(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025027545
(43)【公開日】2025-02-28
(54)【発明の名称】ガラス状コーティング膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
B05D 1/36 20060101AFI20250220BHJP
B05D 7/02 20060101ALI20250220BHJP
B05D 7/14 20060101ALI20250220BHJP
B05D 5/00 20060101ALI20250220BHJP
B05D 3/10 20060101ALI20250220BHJP
B05D 3/12 20060101ALI20250220BHJP
B05D 7/24 20060101ALI20250220BHJP
C09D 183/04 20060101ALI20250220BHJP
C09D 7/63 20180101ALN20250220BHJP
【FI】
B05D1/36 Z
B05D7/02
B05D7/14 P
B05D5/00 Z
B05D3/10 G
B05D3/10 F
B05D3/12 A
B05D7/24 302Y
B05D7/24 303E
B05D5/00 B
C09D183/04
C09D7/63
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023132363
(22)【出願日】2023-08-15
(71)【出願人】
【識別番号】523310077
【氏名又は名称】株式会社アクアサイエンス
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(72)【発明者】
【氏名】石川 道夫
(72)【発明者】
【氏名】佐草 信之
(72)【発明者】
【氏名】春川 英和
【テーマコード(参考)】
4D075
4J038
【Fターム(参考)】
4D075AA01
4D075AA06
4D075AA81
4D075AA85
4D075AE03
4D075BB02X
4D075BB22Y
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4D075DB48
4D075DC08
4D075DC11
4D075DC12
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4D075DC38
4D075EA06
4D075EB43
4D075EB56
4D075EC08
4D075EC54
4J038DL031
4J038DL111
4J038JA19
4J038KA04
4J038KA06
4J038MA09
4J038NA03
4J038NA07
4J038PA06
4J038PA20
4J038PB02
4J038PB07
4J038PC02
4J038PC08
(57)【要約】
【課題】本件出願に係る発明は、被コーティング対象物の表面を紫外線や砂塵等の外的要因から保護すると共に、高い撥水性や耐食性を付与するための、当該被コーティング対象物に対するコーティング膜の形成方法の提供を目的とする。
【解決手段】この目的を達成するために、本件出願に係る発明は、以下の工程1~工程3を含むガラス状コーティング膜の形成方法を採用する。
工程1: 被コーティング対象物の表面を脱脂、洗浄した後、乾燥させる。
工程2: 乾燥後の当該被コーティング対象物の表面に、メチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシラン、及びチタンテトラブトキシドからなる有効成分を所定量含む、コーティング液を塗布する。
工程3: 当該コーティング液を塗布した当該被コーティング対象物に、水を所定量含む反応液を塗布してガラス状コーティング膜を形成する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被コーティング対象物に撥水性を付与するための、被コーティング対象物に対するガラス状コーティング膜の形成方法であって、以下の工程1~工程3を含むことを特徴とするガラス状コーティング膜の形成方法。
工程1: 金属材又は樹脂材からなる被コーティング対象物の表面を脱脂、洗浄した後、乾燥させる。
工程2: 絶対湿度18.4g/m3以下の環境下で、乾燥後の当該被コーティング対象物の表面に、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシランが15質量%~65質量%、チタンテトラブトキシドが0.3質量%~2.7質量%、残部はメチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシランからなる有効成分を80質量%以上含む、コーティング液を塗布する。
工程3: 絶対湿度18.4g/m3以下の環境下で、当該コーティング液を塗布した当該被コーティング対象物に、水を65質量%以上含む反応液を塗布して、当該被コーティング対象物の表面上にガラス状コーティング膜を形成する。
【請求項2】
前記工程2のコーティング液及び前記工程3の反応液の温度は、5℃~55℃である請求項1に記載のガラス状コーティング膜の形成方法。
【請求項3】
前記工程2及び前記工程3の塗布を噴霧法で行う場合、コーティング液及び反応液を各々噴霧するときの液滴の粒径は、50μm以下である請求項1又は請求項2に記載のガラス状コーティング膜の形成方法。
【請求項4】
前記工程2及び前記工程3の塗布を噴霧法で行う場合、前記工程2でコーティング液を噴霧するときの液滴の流速は55m/秒~145m/秒、前記工程3で反応液を噴霧するときの液滴の流速は1m/秒~30m/秒である請求項1又は請求項2に記載のガラス状コーティング膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件出願に係る発明は、ガラス状コーティング膜の形成方法に関するものである。特に、本件出願に係る発明は、金属材又は樹脂材からなる被コーティング対象物の表面上にガラス状コーティング膜を設けることにより、被コーティング対象物に撥水性、耐候性を付与する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム又はアルミニウム合金、銅又は銅合金等の金属材やポリカーボネート樹脂(PC樹脂)、ポリメチルメタクリレート樹脂(PMMA樹脂)等の樹脂材は、耐久性が高く加工性も良好であることから、日用品、自動車の車体及び部品、航空機の機体及び部品等、様々な分野で利用されている。ここで、自動車の車体及び部品、航空機の機体及び部品といった、屋外で使用する製品の場合、優れた耐候性を有することも必要となる。そのため、これらの製品に用いられる金属材や樹脂材の表面上にコーティング膜を設けることにより、当該表面を紫外線や砂塵等の外的要因から保護すると共に、高い撥水性や耐食性を付与する技術が、従来検討されている。
【0003】
特許文献1には、「金属、プラスチック、ガラス等からなる表面が疎水性の対象物に対して、疎水性溶媒を所定量含有する有機溶媒に表面が疎水性の微粒子を分散させたコーティング液を塗工して、該対象物の表面に被膜を形成するコーティング膜形成方法」が、開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、「固形分中にシリコンを所定量含有する塗料樹脂と造膜助剤とを含む、アルミニウム等の金属材料や無機材料に用いる耐食性水系塗料組成物」が、開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010-155727号公報
【特許文献2】特開2007-169353号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1のコーティング膜形成方法は、金属等の対象物(被コーティング物体)の表面を予め疎水性にする前処理が必要であり、製造に手間がかかると共に製造コストの増大を招くものだった。また、特許文献2の耐食性水系塗料組成物は、主成分が塗料樹脂であるため、使用する製品によっては、得られるコーティング膜の硬度が要求仕様を満たさないおそれがある。
【0007】
そのため、当業者間では、金属材又は樹脂材からなる被コーティング対象物の表面を紫外線や砂塵等の様々な外的要因から保護すると共に、高い撥水性や耐食性を付与するための、当該被コーティング対象物に対するコーティング膜の形成方法の提供が、引き続き求められている。
【0008】
そこで、本件発明者は、鋭意研究の結果、以下の発明に想到し、上述の課題を解決するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本件出願に係る発明は、被コーティング対象物に撥水性を付与するための、被コーティング対象物に対するガラス状コーティング膜の形成方法であって、以下の工程1~工程3を含むことを特徴とする。
【0010】
工程1: 金属材又は樹脂材からなる被コーティング対象物を脱脂、洗浄した後、乾燥させる。
工程2: 絶対湿度18.4g/m3以下の環境下で、乾燥後の当該被コーティング対象物の表面に、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシランが15質量%~65質量%、チタンテトラブトキシドが0.3質量%~2.7質量%、残部はメチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシランからなる有効成分を80質量%以上含む、コーティング液を塗布する。
工程3: 絶対湿度18.4g/m3以下の環境下で、当該コーティング液を塗布した当該被コーティング対象物に、水を65質量%以上含む反応液を塗布して、当該被コーティング対象物の表面上にガラス状コーティング膜を形成する。
【0011】
本件出願に係る発明における工程2のコーティング液及び工程3の反応液の温度は、5℃~55℃であることが好ましい。
【0012】
本件出願に係る発明における工程2及び工程3の塗布を噴霧法で行う場合、コーティング液及び反応液を各々噴霧するときの液滴の粒径は、50μm以下であることが好ましい。
【0013】
本件出願に係る発明における工程2及び工程3の塗布を噴霧法で行う場合、工程2でコーティング液を噴霧するときの液滴の流速は55m/秒~145m/秒、工程3で反応液を噴霧するときの液滴の流速は1m/秒~30m/秒であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本件出願に係る発明によれば、金属材又は樹脂材からなる被コーティング対象物の表面を紫外線や砂塵等の様々な外的要因から保護すると共に、高い撥水性や耐食性を付与するための、当該被コーティング対象物に対するコーティング膜の形成方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本件出願に係る発明は、被コーティング対象物に撥水性を付与するための、被コーティング対象物に対するガラス状コーティング膜の形成方法であって、以下の工程1~工程3を含むことを特徴とする。以下、工程ごとにその内容を説明する。
【0016】
工程1: 金属材又は樹脂材からなる被コーティング対象物を脱脂、洗浄した後、乾燥させる。
【0017】
この工程1で用いる被コーティング対象物は、金属材又は樹脂材である。金属材の種類に特段の制限はなく、A1050等の純アルミニウムやA5052及びA2017等のアルミニウム合金、銅又は銅合金等が挙げられる。樹脂材の種類についても、次工程で用いるコーティング液を表面上に塗布したときに、当該表面が浸食されるおそれがないものであれば特段の制限はなく、ポリカーボネート樹脂(PC樹脂)、ポリメチルメタクリレート樹脂(PMMA樹脂)等が挙げられる。また、被コーティング対象物の脱脂、洗浄、乾燥方法についても特段の制限はなく、従来公知のものを採用すればよい。具体的には、例えば、界面活性剤を含む市販の中性洗剤で被コーティング対象物の表面を脱脂、洗浄した後、水洗を行い、エアブローガン等を用いて被コーティング対象物を十分乾燥させればよい。
【0018】
工程2: 絶対湿度18.4g/m3以下の環境下で、乾燥後の当該被コーティング対象物の表面に、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシランが15質量%~65質量%、チタンテトラブトキシドが0.3質量%~2.7質量%、残部はメチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシランからなる有効成分を80質量%以上含む、コーティング液を塗布する。
【0019】
この工程2で用いるコーティング液は、メチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシラン、及びチタンテトラブトキシドからなる有効成分を、80質量%以上含む。当該有効成分のうち、メチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシランは、当該コーティング液の主剤であり、次工程で水を主成分とする反応液を塗布した際に、加水分解反応によりガラス状コーティング膜となるものである。ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシランも同様に、次工程で水を主成分とする反応液を塗布した際に、加水分解反応によりガラス状コーティング膜の一部となるものであるが、本件出願に係る発明においては、これらの化合物は、撥水性を有するガラス状コーティング膜を得るための助剤として用いている。チタンテトラブトキシドは、これらの主剤及び助剤が反応液中の水と接触して加水分解反応を起こすときの触媒であり、室温付近で被コーティング対象物の表面上に迅速にガラス状コーティング膜を形成することを可能にするためのものである。
【0020】
また、この工程2で用いるコーティング液は、上述の有効成分の他に、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール等のアルコール類、ローダミンB、インジゴ、フタロシアニンブルー等の染料又は顔料、窒化ホウ素、無水炭酸マグネシウム等のフィラーを含むことも好ましい。当該コーティング液がアルコール類を含むものであると、粘度が低下して被コーティング対象物に対する塗布作業がより容易になる。また、当該コーティング液が染料又は顔料を含むものであると、様々な外観色を有するガラス状コーティング膜を形成することができる。そして、当該コーティング液が窒化ホウ素、無水炭酸マグネシウム等のフィラーを含むものであると、当該ガラス状コーティング膜を熱伝導性絶縁膜として利用することが可能となる。
【0021】
ここで、当該コーティング液における有効成分の好適な含有量は、80質量%以上である。この有効成分の含有量が80質量%未満であると、次工程で水を主成分とする反応液を塗布した後、被コーティング対象物を65℃~80℃付近に設定した恒温室内に静置する等の工程が別途必要になったり、ガラス状コーティング膜の硬度が低下する傾向があるため好ましくない。一方、当該コーティング液における有効成分の好適な含有量の上限値に特段の制限はなく、上述の有効成分のみからなるコーティング液とすることも、製造コストが削減できるため好ましい。なお、当該コーティング液における有効成分の含有量に関する数値は、不可避不純物を除くものとして記載している。
【0022】
また、この工程2で用いるコーティング液中の有効成分を構成する、各成分の好適な含有量は、当該有効成分の合計量を100質量%とした場合、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシランが15質量%~65質量%、チタンテトラブトキシドが0.3質量%~2.7質量%、残部がメチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシランである。なお、当該コーティング液における各成分の含有量に関するこれらの数値は、不可避不純物を除くものとして記載している。ここで、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシランの含有量が15質量%未満であると、撥水性を有するガラス状コーティング膜(即ち、表面に水を滴下したときに、当該表面と水滴との接触角が90度以上になるガラス状コーティング膜)が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシランの含有量が65質量%を超えても、撥水性を有するガラス状コーティング膜が得られない傾向にあるため好ましくない。また、チタンテトラブトキシドの含有量が0.3質量%未満であると、触媒作用が十分発現せず、次工程で水を主成分とする反応液を塗布したときのコーティング液に含まれる成分(上述の主剤及び助剤)の加水分解速度が極端に遅くなり、作業効率を保つために、次工程で反応液を塗布した後、被コーティング対象物を65℃~80℃付近に設定した恒温室内に静置する等の工程が別途必要となる傾向があるため好ましくない。一方、チタンテトラブトキシドの含有量が2.7質量%を超えても、コーティング液に含まれる成分の加水分解速度が極端に加速されてしまい、透明で外観のよいガラス状コーティング膜が得られない傾向にあるため好ましくない。
【0023】
そして、本工程2及び次工程3の作業は、絶対湿度18.4g/m3以下の環境下で行う必要がある。なお、この絶対湿度18.4g/m3は、温度25℃、相対湿度80%、圧力1気圧のときの空気中の水分量に相当する。ここで、本工程2及び次工程3の作業を絶対湿度18.4g/m3を超える環境下で行うと、被コーティング対象物の表面上に塗布したコーティング液に含まれる成分(主剤及び助剤)が空気中の水分と反応してしまい、次工程で水を主成分とする反応液を塗布する前に一部又は全部が固化して再現性良く所望のガラス状コーティング膜を形成することができない傾向にあるため好ましくない。一方、この絶対湿度の下限値に特段の制限はないが、本工程2及び次工程3の作業は、絶対湿度3.8g/m3以上の環境下で行うことが好ましい。なお、この絶対湿度3.8g/m3は、温度15℃、相対湿度30%、圧力1気圧のときの空気中の水分量に相当する。本工程2及び次工程3の作業を絶対湿度3.8g/m3未満の環境下で行うと、被コーティング対象物の表面上に塗布したコーティング液に含まれる成分(主剤及び助剤)と、次工程で塗布する反応液に含まれる水との反応速度の制御がやや困難になり、再現性良く所望のガラス状コーティング膜を形成することができない傾向にある。
【0024】
工程3: 絶対湿度18.4g/m3以下の環境下で、コーティング液を塗布した被コーティング対象物に、水を65質量%以上含む反応液を塗布して、当該被コーティング対象物の表面上にガラス状コーティング膜を形成する。
【0025】
この工程3で用いる反応液の主成分は、水である。この水の種類に特段の制限はなく、純水(蒸留水、イオン交換水等)や水道水等を使用すればよい。上述の工程2で塗布したコーティング液からなる液状膜の表面上に、本工程3で水を主成分とする反応液を塗布することにより、コーティング液に含まれる成分が反応液中の水と接触して加水分解反応を起こし、ガラス状コーティング膜となる。ここで、コーティング液に成分として水を含有させて1つの薬液を調製し、これを被コーティング対象物に対して塗布するのではなく、コーティング液と水とを分けて2つの薬液として被コーティング対象物に塗布する理由は、上述のコーティング液に水を加えると数分で凝固してしまい、ポットライフが極端に短くなるためである。一方、本件出願に係る発明のように、上述の工程2で塗布したコーティング液からなる液状膜の表面上に、本工程3で水を主成分とする反応液を塗布する方法を採用すると、当該コーティング液が容器内で凝固することなく、室温付近で比較的長期間保存することが可能となる。なお、上述の工程2と本工程3とは、連続して塗布作業を行えばよく、コーティング液を塗布した被コーティング対象物を所定時間静置する必要はない。
【0026】
また、この工程3で用いる反応液は、上述の水の他に、メチルアルコール、エチルアルコール、イソプロピルアルコール等のアルコール類を含むことも好ましい。当該コーティング液がアルコール類を含むものであると、加水分解の反応速度が少し遅くなり、透明で外観のよいガラス状コーティング膜を再現性良く得ることができる。
【0027】
そして、当該反応液における好適な水の含有量は、65質量%以上である。ここで、水の含有量が65質量%未満であると、本工程3で水を主成分とする反応液を塗布した後、被コーティング対象物を65℃~80℃付近に設定した恒温室内に静置する等の工程が別途必要になったり、水の量が不足して加水分解反応が十分進行せず、ガラス状コーティング膜の表面が粘着性を帯びる等の不具合が生じる傾向にあるため好ましくない。一方、当該反応液における好適な水の含有量の上限値に特段の制限はなく、水のみからなる反応液とすることも、製造コストが削減できるため好ましい。
【0028】
本件出願に係る発明では、上述の工程2及び本工程3をこの順で1回行う(即ち、塗布サイクルを1回行う)ことにより、被コーティング対象物の表面上に膜厚0.5μm~2.5μmのガラス状コーティング膜が形成するよう、被コーティング対象物の表面上に塗布するコーティング液及び反応液の量を調整することが好ましい。ここで、1回の塗布サイクルで得られるガラス状コーティング膜の膜厚が0.5μm未満であると、ガラス状コーティング膜が比較的容易に破損するなどして、被コーティング対象物の表面を保護する機能が不足する傾向にあるため好ましくない。一方、1回の塗布サイクルで得られるガラス状コーティング膜の膜厚が2.5μmを超えると、光沢がなく一部又は全部が白濁したガラス状コーティング膜となる傾向にあるため好ましくない。なお、当該数値範囲内の膜厚を有するガラス状コーティング膜を形成するためのコーティング液及び反応液の量は、上述の工程2及び本工程3の塗布をポッティング法で行う場合は成膜対象となる被コーティング対象物の表面積等、デップコーティング法で行う場合はコーティング液に浸した被コーティング対象物の引き上げ速度等、噴霧法で行う場合は液滴の流速や被コーティング対象物表面と噴霧器の噴霧ノズル先端との距離等に応じて、適宜決定すればよい。
【0029】
但し、上述の工程2で被コーティング対象物の表面上に塗布するコーティング液の量と、本工程3で当該コーティング液からなる液状膜の表面上に塗布する反応液の量との割合については、コーティング液に含まれる有効成分(メチルトリメトキシシラン又はメチルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン又はビニルトリエトキシシラン、及びチタンテトラブトキシド)の合計質量を1とした場合、反応液に含まれる水の質量が、1/3~1であることが好ましい。ガラス状コーティング膜を形成しようとする表面全体に濡れ広がるように、被コーティング対象物に対して本件出願に係るコーティング液を塗布したときに、被コーティング対象物における当該表面上の有効成分の合計質量に対する水の質量が1/3未満であると、当該有効成分の加水分解反応が十分進行せず、ガラス状コーティング膜の表面が粘着性を帯びる等の不具合が生じる傾向にあるため好ましくない。一方、被コーティング対象物における当該表面上の有効成分の合計質量に対する水の質量が1を超えると、余分な水を乾燥、除去するために時間及び手間がかかり、製造コストが増大する傾向にあるため好ましくない。
【0030】
ここで、上述の工程2のコーティング液及び本工程3の反応液の温度は、5℃~55℃であることが好ましい。工程2のコーティング液の温度が5℃未満であると、コーティング液の粘度がやや高くなったり、被コーティング対象物に対して本件出願に係るコーティング液を塗布したときに当該コーティング液からなる液状膜の表面に霜が付着し易くなり、透明で外観のよいガラス状コーティング膜が得られない傾向にあるため好ましくない。工程3の反応液の温度は、凍結温度以下でなければ問題はないが、反応液の温度を5℃未満にしてもガラス状コーティング膜の膜質が大きく変わるものでもなく、単に冷却に要する製造コストの増大を招く傾向にあるため好ましくない。一方、上述の工程2のコーティング液及び本工程3の反応液の温度が55℃を超えると、コーティング液に含まれる成分と反応液中の水とが接触したときに起こる加水分解反応の速度が大きくなりすぎて、ガラス状コーティング膜の一部又は全部が白濁する傾向にあるため好ましくない。また、上述の工程2のコーティング液及び本工程3の反応液の温度は、15℃~30℃であることが、より好ましい。上述の工程2のコーティング液及び本工程3の反応液の温度がこの数値範囲内であると、より安定的に透明で外観のよいガラス状コーティング膜が得られる傾向にあると共に、コーティング液及び反応液の冷却又は加熱に要する製造コストを抑制することができる。
【0031】
なお、本工程3で、被コーティング対象物の表面上に塗布したコーティング液からなる液状膜に対して反応液を塗布すると、液状膜の表面から内側に向かって、数十秒間~数分間のうちに加水分解反応が進行し、ガラス状コーティング膜が形成される。そのため、ガラス状コーティング膜の膜厚を必要に応じて所望の大きさにするために、上述の工程2及び本工程3をこの順で更に必要な回数繰り返す際には、そのまま連続して塗布作業を行えばよく、上述の工程2及び本工程3を行った後の被コーティング対象物を所定時間静置する必要はない。
【0032】
また、上述の工程2及び本工程3におけるコーティング液及び反応液の塗布方法としては、従来公知のポッティング法、デップコーティング法、印刷法、噴霧法(「スプレーコーティング法」とも称する。)等が挙げられる。このうち、本件出願に係る発明では、上述の工程2及び本工程3におけるコーティング液及び反応液の塗布に、噴霧法を採用することが好ましい。上述の工程2及び本工程3の塗布を噴霧法で行うことにより、様々な形状且つ様々な大きさの被コーティング対象物に対して、ガラス状コーティング膜を形成することが可能となるためである。なお、上述の工程2及び本工程3の塗布を噴霧法で行う場合、コーティング液及び反応液を各々噴霧するときに用いる装置に特段の制限はなく、二流体ノズルを取り付けた市販のミスト噴霧装置やスプレーガン等の従来公知の噴霧器を使用すればよい。
【0033】
上述の工程2及び本工程3の塗布を噴霧法で行う場合、コーティング液及び反応液を各々噴霧するときの液滴の粒径は、50μm以下であることが好ましい。ここで、上述の工程2及び本工程3でコーティング液及び反応液を各々噴霧するときの液滴の粒径が50μmを超えると、光沢のないガラス状コーティング膜となる傾向があるため好ましくない。また、本工程3で反応液を噴霧するときの液滴の粒径は、1μm以下であることがより好ましい。本工程3で反応液を噴霧するときの液滴の粒径が1μm以下であると、より安定的に透明で外観のよいガラス状コーティング膜が得られる傾向にあるためである。一方、上述の工程2及び本工程3でコーティング液及び反応液を各々噴霧するときの液滴の粒径の下限値に特段の制限はないが、上述の工程2及び本工程3でコーティング液及び反応液を各々噴霧するときの液滴の粒径は、0.1μm以上であることが好ましい。上述の工程2及び本工程3でコーティング液及び反応液を各々噴霧するときの液滴の粒径が0.1μm未満であっても、ガラス状コーティング膜の膜質が極端に向上するものでもなく、コーティング液及び反応液の噴霧に比較的高価な噴霧器が必要となり、単に製造コストの増大を招く傾向にあるためである。
【0034】
そして、上述の工程2及び本工程3の塗布を噴霧法で行う場合、上述の工程2でコーティング液を噴霧するときの液滴の流速は55m/秒~145m/秒、本工程3で反応液を噴霧するときの液滴の流速は1m/秒~30m/秒であることが好ましい。ここで、上述の工程2でコーティング液を噴霧するときの液滴の流速が55m/秒未満であると、ガラス状コーティング膜の一部又は全部が白濁する傾向にあるため好ましくない。一方、上述の工程2でコーティング液を噴霧するときの液滴の流速が145m/秒を超えても、1回の塗布サイクルで得られるガラス状コーティング膜の膜厚が小さくなり製造に手間がかかると共に、コーティング液の噴霧に比較的高価な噴霧器が必要となり、製造コストの増大を招く傾向にあるため好ましくない。また、本工程3で反応液を噴霧するときの液滴の流速が1m/秒未満であると、被コーティング対象物の表面上に噴霧したコーティング液に含まれる成分の加水分解反応が、作業環境内の湿度の影響を受け易くなり、再現性良く透明で外観のよいガラス状コーティング膜が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、本工程3で反応液を噴霧するときの液滴の流速が30m/秒を超えると、滑らかで略均一な膜厚を有するガラス状コーティング膜が得られず、一部又は全部が白濁する傾向があるため好ましくない。
【0035】
ここで、本件出願に係る発明では、上述のとおり、上述の工程2及び本工程3をこの順で1回行う(即ち、塗布サイクルを1回行う)ことにより、被コーティング対象物の表面上に膜厚0.5μm~2.5μmのガラス状コーティング膜が形成するよう、被コーティング対象物の表面上に塗布するコーティング液及び反応液の量を調整することが好ましい。しかし、例えば、被コーティング対象物が金属材である場合に、当該金属材の表面に本件出願に係るガラス状コーティング膜を設けることにより、当該金属材の耐食性の向上を図るときは、当該膜厚のガラス状コーティング膜では、その機能を十分果たすことは困難である。そのため、ガラス状コーティング膜の膜厚が所定の数値範囲内となるまで、上述の工程2及び本工程3をこの順で、更に繰り返す必要がある。
【0036】
金属材の表面上に本件出願に係るガラス状コーティング膜を設けることにより、当該金属材の耐食性の向上を図る場合、金属材の表面上に形成するガラス状コーティング膜の好適な膜厚は、4.5μm~25μmである。ここで、ガラス状コーティング膜の膜厚が4.5μm未満であると、金属材の耐食性を向上させる効果が得られない傾向にあるため好ましくない。一方、ガラス状コーティング膜の膜厚が25μmを超えても、金属材の耐食性を向上させる効果が更に向上するものでもなく、ガラス状コーティング膜に亀裂等の不具合が生じるおそれがあるため好ましくない。
【0037】
以下に、実施例を示し、本件出願に係る発明について、より具体的に説明する。なお、本件出願に係る発明は、以下の実施例の記載に限定して解釈されるものではない。
【実施例0038】
この実施例1ではまず、メチルトリエトキシシラン(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)500ml、ビニルトリエトキシシラン(シグマアルドリッチジャパン合同会社製)495ml、チタンテトラブトキシド(別名テトラ-n-ブチルチタネート、キシダ化学株式会社製)5mlを25℃で混合して、49.75質量%のメチルトリエトキシシラン、49.70質量%のビニルトリエトキシシラン及び0.55質量%のチタンテトラブトキシドからなるコーティング液(有効成分のみからなるコーティング液)を1000ml調製した。そして、純水(イオン交換水)700ml及びメチルアルコール300mlを25℃で混合して、74.68質量%の水及び25.32質量%のメチルアルコールからなる反応液を1000ml調製した。なお、本実施例1は、温度23℃、相対湿度50%、圧力1気圧の屋内(絶対湿度10.3g/m3の環境下)で試験及び評価を行った。
【0039】
次いで、厚さ1mm、横幅10cm、長さ10cmの鏡面仕上げしたアルミニウム合金板(A5052のアルミニウム合金板)を二つ用意して、市販の中性洗剤で表面を脱脂、洗浄後、水洗してエアブローガンを用いて十分乾燥させた。この乾燥後のアルミニウム合金板について、一つはその片方の表面の一部を幅5mmのマスキングテープで覆い、もう一つはそのままの状態で、試験用基板材とした。これらの各試験用基板材の片方の表面(マスキングテープで一部を覆った試験用基板材についてはマスキングテープを張り付けた方の表面)に対して、二流体ノズルを取り付けた市販のミスト噴霧装置を用いて、当該表面全体に濡れ広がるように先程調製したコーティング液を各々5.0ml噴霧した。なお、二流体ノズルで当該コーティング液と同時に噴射させる流体は空気、アルミニウム合金板の表面とミスト噴霧装置の噴霧ノズル先端との距離は15cm、噴霧を行う際のミスト噴霧装置の圧力は0.2MPa、噴霧ノズルの開口径は0.3mm、レーザー回折・散乱法により求めたアルミニウム合金板の表面近傍における液滴の平均粒径は10μm、ミスト噴霧装置から放出されるミスト(液滴)の流速は100m/秒とした。また、市販の電子天秤で計測した、コーティング液を塗布する前後のアルミニウム合金板の質量の変化量によると、アルミニウム合金板の表面上に付着した(アルミニウム合金板の片方の表面全体に濡れ広がるように付着した)コーティング液からなる液状膜の質量は0.039gだった。
【0040】
続いて、このコーティング液を噴霧した二つのアルミニウム合金板に対して、コーティング液を噴霧した方の表面側に向けて、先程の二流体ノズルを取り付けた市販のミスト噴霧装置を用いて、当該コーティング液からなる液状膜の表面全体に濡れ広がるように、先程調製した反応液を各々2.5ml噴霧した。なお、二流体ノズルで当該反応液と同時に噴射させる流体は空気、アルミニウム合金板の表面とミスト噴霧装置の噴霧ノズル先端との距離は30cm、噴霧を行う際のミスト噴霧装置の圧力は0.2MPa、噴霧ノズルの開口径は0.3mm、レーザー回折・散乱法により求めたアルミニウム合金板の表面近傍における液滴の平均粒径は0.8μm、ミスト噴霧装置から放出されるミスト(液滴)の流速は15m/秒とした。また、市販の電子天秤で計測した、反応液を塗布する前後のアルミニウム合金板の質量の変化量によると、アルミニウム合金板に付着した(より正確には、アルミニウム合金板の片方の表面上に設けたコーティング液からなる液状膜の表面全体に濡れ広がるように付着した)反応液の質量は0.021gだった。そのため、アルミニウム合金板の表面上に付着した(アルミニウム合金板の片方の表面全体に濡れ広がるように付着した)有効成分からなるコーティング液の質量に対する、アルミニウム合金板に付着した(アルミニウム合金板の片方の表面上に設けたコーティング液からなる液状膜の表面全体に濡れ広がるように付着した)反応液中の水の質量は、当該有効成分の合計質量(即ち、アルミニウム合金板の表面上に付着したコーティング液の質量)を1とした場合、0.40であると判断した。
【0041】
この「アルミニウム合金板に対してコーティング液の噴霧と反応液の噴霧とを連続して行うこと」を1回の塗布サイクルとして、同様の方法で更に2回、コーティング液及び反応液の噴霧を連続して行い(即ち、合計で3回の塗布サイクルを行い)、透明で光沢を有するガラス状コーティング膜を表面に備える二つの試験基板材(ガラス状コーティング膜付きアルミニウム合金板)を得た。
【0042】
[評価方法]
実施例1で得たガラス状コーティング膜付きアルミニウム合金板のうち、マスキングテープを予め表面の一部に張り付けた一方の試料について、マスキングテープを表面から剥離して、接触式段差計を用いてガラス状コーティング膜の膜厚を測定したところ、膜厚は6.3μmだった。そのため、1回の塗布サイクルで平均して膜厚2.1μmのガラス状コーティング膜をアルミニウム合金板の表面上に形成できたといえる。次いで、このガラス状コーティング膜の表面に純水(イオン交換水)を滴下し、接触角計(共和界面科学株式会社製のCA-DT)を用いてガラス状コーティング膜の表面と水滴との接触角を測定したところ、接触角は96度で、当該ガラス状コーティング膜は撥水性を有していた。続いて、JIS K 5600-5-4の引っかき硬度(鉛筆法)に基づき、ガラス状コーティング膜の一部でその表面硬度を測定したところ、表面硬度は3H相当だった。
【0043】
更に、実施例1で得たガラス状コーティング膜付きアルミニウム合金板のうち、マスキングテープを張り付けずにそのままコーティング液及び反応液を噴霧したもう一方の試料について、ガラス状コーティング膜を形成していない方の当該アルミニウム合金板の表面をマスキングテープで覆い、耐食試験用試料とした。これをステンレス製の角型バット内に入れた液温25℃、濃度5質量%の塩水(塩化ナトリウム水溶液)に浸して60時間放置した後、塩水内から引き上げて水洗し、外観を観察したところ、ガラス状コーティング膜を設けたアルミニウム合金板の表面は腐食していなかった。これらの結果を、表1に示す。
この実施例2は、「アルミニウム合金板に対してコーティング液の噴霧と反応液の噴霧とを連続して行うこと」を1回の塗布サイクルとして、同様の方法で更に4回、コーティング液及び反応液の噴霧を連続して行った(即ち、合計で5回の塗布サイクルを行った)点のみが、実施例1と異なる。そのため、試験及び評価方法については、記載を省略する。この実施例2の結果を、表1に示す。ここで、実施例2で得たガラス状コーティング膜付きアルミニウム合金板における、ガラス状コーティング膜の膜厚は10.4μmだった。そのため、1回の塗布サイクルで平均して膜厚2.08μmのガラス状コーティング膜をアルミニウム合金板の表面上に形成できたといえる。また、このガラス状コーティング膜の表面に対する水滴の接触角は96度で、当該ガラス状コーティング膜は撥水性を有していた。そして、このガラス状コーティング膜の表面硬度は、3H相当だった。更に、塩水を用いた耐食試験では、ガラス状コーティング膜を設けたアルミニウム合金板の表面は腐食していなかった。