(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025027593
(43)【公開日】2025-02-28
(54)【発明の名称】網膜の疾患を治療する方法
(51)【国際特許分類】
A61K 47/68 20170101AFI20250220BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20250220BHJP
A61K 38/46 20060101ALI20250220BHJP
A61P 3/00 20060101ALI20250220BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20250220BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20250220BHJP
C07K 16/28 20060101ALN20250220BHJP
C12N 9/16 20060101ALN20250220BHJP
【FI】
A61K47/68
A61K45/00 ZNA
A61K38/46
A61P3/00
A61K39/395 L
A61K39/395 N
A61P27/02
C07K16/28
C12N9/16 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023132478
(22)【出願日】2023-08-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(72)【発明者】
【氏名】今給黎 厚志
(72)【発明者】
【氏名】森岡 洋貴
(72)【発明者】
【氏名】南 幸太郎
(72)【発明者】
【氏名】薗田 啓之
【テーマコード(参考)】
4C076
4C084
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
4C076AA12
4C076AA95
4C076BB13
4C076CC21
4C076EE59
4C076FF67
4C076FF68
4C084AA17
4C084BA01
4C084BA22
4C084BA23
4C084CA53
4C084DC22
4C084MA17
4C084MA66
4C084NA13
4C084ZC211
4C084ZC212
4C085AA14
4C085AA22
4C085BB11
4C085DD62
4C085EE01
4C085GG01
4H045AA10
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA41
4H045CA40
4H045DA75
4H045DA89
4H045EA20
(57)【要約】
【課題】網膜の異常を伴う疾患の治療又は予防のための医薬組成物を提供すること。
【解決手段】血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質に特異的に結合する抗体又はその断片と,網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質とを結合させた結合体を有効成分として含有してなる,網膜の異常を伴う疾患の治療又は予防のための医薬組成物。ここで,抗体又はその断片は,例えば,トランスフェリン受容体に特異的親和性を有するものである
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質に特異的に結合する抗体又はその断片と,網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質とを結合させた結合体を有効成分として含有してなる,網膜の疾患の治療又は予防のための医薬組成物。
【請求項2】
該血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質が,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F等の有機アニオントランスポーター,モノカルボン酸トランスポーター,及びFc受容体からなる群から選択されるものである,請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
該抗体が,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体又は抗ヒトインスリン受容体抗体である,請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】
該網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質が,リソソーム酵素である,請求項1~3の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
該リソソーム酵素が,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)又はヒトα-L-イズロニダーゼである,請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
ヒトトランスフェリン受容体に親和性を有する抗体又はその断片とhI2Sとを結合させた結合体を有効成分として含有してなる,グリコサミノグリカン(GAG)が網膜内に蓄積することを伴う疾患の治療又は予防のための医薬組成物。
【請求項7】
網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質をして血液網膜関門を通過させるための,血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質に特異的に結合する抗体又はその断片の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質に特異的に結合する抗体又はその断片と,網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質とを結合させた結合体を有効成分として含有してなる,網膜の異常を伴う疾患の治療剤に関し,特に,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体(抗hTfR抗体)とヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)とを結合させた蛋白質を有効成分として含有してなる,網膜を構成する細胞内にヘパラン硫酸やデルマタン硫酸等のグリコサミノグリカン(GAG)が蓄積することを伴う網膜の疾患の治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
抗ヒトトランスフェリン受容体抗体(抗hTfR抗体)とヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)とを結合させた蛋白質が,ハンター症候群の治療剤として有効であることが報告されている(特許文献1)。当該治療剤は,血液脳関門(BBB)を構成する血管内皮細胞上に存在するトランスフェリン受容体(hTfR)に結合することにより,BBBを通過して脳内に到達することができる。従って,当該治療剤をハンター症候群の患者に投与することにより,該患者の脳内に蓄積したヘパラン硫酸やデルマタン硫酸のようなグリコサミノグリカン(GAG)を分解して,除去することができる。これにより,ハンター症候群の患者に認められる脳の異常が緩解される(非特許文献1)。
【0003】
網膜は,神経細胞が規則的に並ぶ層構造を有する膜状の組織である。網膜は,血液網膜関門(blood retinal barrier,BRB)により,血液からの物質輸送が制限される構造となっている。従って,高分子物質,例えば蛋白質を静脈注射等により投与したとしても,ほとんどBRBを通過することができないので,網膜に到達させることができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Okuyama T. et al., Mol Ther. 29. 671-9 (2021)Her. 67, 46-53 (1988)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は,例えば,BRBを通過することができ,網膜で機能を発揮することのできる,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体(抗hTfR抗体)とヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)とを結合させた蛋白質を有効成分として含有してなる,網膜を構成する細胞内にヘパラン硫酸やデルマタン硫酸等のグリコサミノグリカン(GAG)が蓄積することを伴う網膜の疾患の治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,鋭意検討を重ねた結果,網膜を構成する細胞内に蓄積したGAGの量を,抗hTfR抗体とhI2Sとを結合させた蛋白質を投与することにより,減少させることができることを見出し,本発明を完成した。すなわち,本発明は以下を含むものである。
1.血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質に特異的に結合する抗体又はその断片と,網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質とを結合させた結合体を有効成分として含有してなる,網膜の異常を伴う疾患の治療又は予防のための医薬組成物。
2.該血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質が,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F等の有機アニオントランスポーター,モノカルボン酸トランスポーター,及びFc受容体からなる群から選択されるものである,上記1に記載の医薬組成物。
3.該抗体が,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体又は抗ヒトインスリン受容体抗体である,上記1に記載の医薬組成物。
4.該網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質が,リソソーム酵素である,上記1~4の何れかに記載の医薬組成物。
5.該リソソーム酵素が,ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ又はヒトα-L-イズロニダーゼである,上記4に記載の医薬組成物。
6.ヒトトランスフェリン受容体に親和性を有する抗体又はその断片とヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)とを結合させた結合体を有効成分として含有してなる,グリコサミノグリカン(GAG)が網膜内に蓄積することを伴う疾患の治療又は予防のための医薬組成物。
7.網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質をして血液網膜関門を通過させるための,血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質に特異的に結合する抗体又はその断片の使用。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば,例えば,網膜を構成する細胞内に蓄積したヘパラン硫酸やデルマタン硫酸等のグリコサミノグリカン(GAG)を分解して減少させることができるので,網膜内にGAGが蓄積することを伴う網膜症を治療剤することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】マウスに尾静脈より投与したhI2S-抗hTfR抗体及びhI2Sの,網膜における濃度の測定結果を示す図。縦軸は網膜におけるhI2S-抗hTfR抗体の濃度(μg/g 組織蛋白質)を示す。(1)はhI2S-抗hTfR抗体,(2)はhI2Sの濃度をそれぞれ示す。
【
図2】hI2S-抗hTfR抗体を尾静脈より投与したマウスの網膜のヘパラン硫酸の,網膜における濃度の測定結果を示す図。縦軸は網膜におけるヘパラン硫酸の濃度(ng/g 組織蛋白質)を示す。(1)は野生型マウス,(2)は病態モデルマウス,(3)は0.5 mg/kg hI2S-抗hTfR抗体を投与した病態モデルマウス,(4)は2.0 mg/kg hI2S-抗hTfR抗体を投与した病態モデルマウス,(5)は0.5 mg/kg hI2Sを投与した病態モデルマウス。
【
図3】(a) 野生型及びI2S-KO/hTfR-KIマウスのERGのa波(視細胞由来のシグナル)の測定結果を示す図。(1)は野生型マウス,(2)は病態モデルマウスの測定結果,縦軸はa波の強度(μV)を示す。(b) 野生型及びI2S-KO/hTfR-KIマウスのERGのb波(アマクリン細胞/双極細胞由来のシグナル)の測定結果を示す図。(1)は野生型マウス,(2)は病態モデルマウスの測定結果,縦軸はb波の強度(μV)を示す。
【
図4】(a) hI2S-抗hTfR抗体を尾静脈より投与したマウスにおける,ERGのa波(視細胞由来のシグナル)の測定結果を示す図。縦軸はa波の強度(μV)を示す。(b) hI2S-抗hTfR抗体を尾静脈より投与したマウスにおける,ERGのb波(アマクリン細胞/双極細胞由来のシグナル)の測定結果を示す図。縦軸はb波の強度(μV)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において,ヒト抗体は,その全体がヒト由来の遺伝子にコードされる抗体のことをいう。但し,遺伝子の発現効率を上昇させる等の目的で,元のヒトの遺伝子に変異を加えた遺伝子にコードされる抗体も,ヒト抗体である。また,ヒト抗体をコードする2つ以上の遺伝子を組み合わせて,ある一つのヒト抗体の一部を,他のヒト抗体の一部に置き換えた抗体も,ヒト抗体である。後述するヒト化抗体についても同様である。
【0011】
ヒト抗体は,原則として,免疫グロブリン軽鎖の可変領域に3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の可変領域に3箇所の相補性決定領域(CDR)を有する。免疫グロブリン軽鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。免疫グロブリン重鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。ある一つのヒト抗体のCDRを,その他のヒト抗体のCDRに置き換えることにより,ヒト抗体の抗原特異性,親和性等を改変した抗体も,ヒト抗体である。後述するヒト化抗体についても同様である。
【0012】
ヒト抗体の重鎖と軽鎖の可変領域はいずれも,原則として,4個のフレームワーク領域1~4(FR1~4)を含む。FR1は,CDR1にそのN末端側で隣接する領域であり,重鎖及び軽鎖を構成する各ペプチドにおいて,そのN末端からCDR1のN末端に隣接するアミノ酸までのアミノ酸配列からなる。FR2は,重鎖及び軽鎖を構成する各ペプチドにおいて,CDR1とCDR2との間のアミノ酸配列からなる。FR3は,重鎖及び軽鎖を構成する各ペプチドにおいて,CDR2とCDR3との間のアミノ酸配列からなる。FR4は,CDR3のC末端に隣接するアミノ酸から可変領域のN末端までのアミノ酸配列からなる。但し,これに限らず,本発明においては,上記の各FR領域において,そのN末端側の1~5個のアミノ酸及び/又はC末端側の1~5個のアミノ酸を除いた領域を,フレームワーク領域とすることもできる。後述するヒト化抗体についても同様である。
【0013】
本発明において,元のヒト抗体の遺伝子を改変することにより,元の抗体のアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えた抗体も,ヒト抗体という。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個である。元の抗体のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~20個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。アミノ酸を付加させる場合,元の抗体のアミノ酸配列中又はN末端側若しくはC末端側に,好ましくは1~20個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えた抗体も,ヒト抗体である。変異を加えた抗体のアミノ酸配列は,元の抗体のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を示し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは95%以上の相同性を示し,更により好ましくは98%以上の相同性を示すものである。つまり,本発明において「ヒト由来の遺伝子」というときは,ヒト由来の元の遺伝子に加えて,ヒト由来の元の遺伝子に改変を加えることにより得られる遺伝子も含まれる。後述するヒト化抗体等についても同様である。
【0014】
元のヒト抗体の軽鎖の可変領域の全て又はその一部をコードする遺伝子に変異を加える場合にあっては,変異を加えた後の遺伝子は,元の遺伝子と,好ましくは80%以上の相同性を有するものであり,より好ましくは90%以上の相同性を有するものであるが,変異導入後の抗体が抗原に対する特異的親和性を有する限り,相同性に特に制限はない。軽鎖の可変領域のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。軽鎖の可変領域のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。軽鎖の可変領域にアミノ酸を付加させる場合,軽鎖の可変領域のアミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた軽鎖の可変領域のアミノ酸配列は,元の軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0015】
特に,軽鎖の可変領域に変異を加える場合において,CDRのアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。CDRのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。アミノ酸を付加させる場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各CDRのそれぞれのアミノ酸配列は,元の各CDRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。CDRに変異を加える場合,フレームワーク領域に更に変異を加えることもできる。後述するヒト化抗体等についても同様である。
【0016】
また特に,軽鎖の可変領域に変異を加える場合において,フレームワーク領域(FR)のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。FRのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。アミノ酸を付加させる場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各FRのそれぞれのアミノ酸配列は,元の各FRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。FRに変異を加える場合,CDRに更に変異を加えることもできる。後述するヒト化抗体等についても同様である。
【0017】
元のヒト抗体の重鎖の可変領域の全て又はその一部をコードする遺伝子に変異を加える場合にあっては,変異を加えた後の遺伝子は,元の遺伝子と,好ましくは80%以上の相同性を有するものであり,より好ましくは90%以上の相同性を有するものであるが,変異導入後の抗体が抗原に対する特異的親和性を有する限り,相同性に特に制限はない。重鎖の可変領域のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。重鎖の可変領域のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。重鎖の可変領域にアミノ酸を付加させる場合,重鎖の可変領域のアミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた重鎖の可変領域のアミノ酸配列は,元の重鎖の可変領域のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。
【0018】
特に,重鎖の可変領域に変異を加える場合において,CDRのアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。CDRのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。アミノ酸を付加させる場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各CDRのそれぞれのアミノ酸配列は,元の各CDRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。CDRに変異を加える場合,フレームワーク領域に更に変異を加えることもできる。後述するヒト化抗体等についても同様である。
【0019】
また特に,重鎖の可変領域に変異を加える場合において,フレームワーク領域(FR)のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。FRのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~5個であり,より好ましくは1~3個であり,更に好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。アミノ酸を付加させる場合,当該アミノ酸配列中若しくはN末端側又はC末端側に,好ましくは1~5個,より好ましくは1~3個,更に好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた各FRのそれぞれのアミノ酸配列は,元の各FRのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の相同性を有し,より好ましくは90%以上の相同性を示し,更に好ましくは,95%以上の相同性を示す。フレームワーク領域に変異を加える場合,CDRに更に変異を加えることもできる。後述するヒト化抗体等についても同様である。
【0020】
本発明において「相同性」とは,相動性計算アルゴリズムを用いて2つのアミノ酸配列を比較した場合の,最適なアラインメントにおける,全アミノ酸残基に対する相同なアミノ酸残基の割合(%)を意味する。2つのアミノ酸配列をかかる割合で示される相同性で比較することは,本発明の技術的分野において周知であり,当業者にとって容易に理解されるものである。元の蛋白質(抗体を含む)のアミノ酸配列と変異を加えた蛋白質のアミノ酸配列との相同性を算出するための相同性計算アルゴリズムとして,BLAST(Altschul SF. J Mol. Biol. 215. 403-10, (1990)),Pearson及びLipmanの類似性検索法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 85. 2444 (1988)),Smith及びWatermanの局所相同性アルゴリズム(Adv. Appl. Math. 2. 482-9(1981))等が周知である。また,アメリカ国立衛生研究所がインターネット上で提供するBLASTプログラムの一つであるblastpは,2つのアミノ酸配列の相動性を算出するための手段として周知である。
【0021】
なお,元の蛋白質(抗体を含む)のアミノ酸配列中のアミノ酸の他のアミノ酸への置換は,例えば,アミノ酸のそれらの側鎖及び化学的性質で関連性のあるアミノ酸ファミリー内で起こるものである。このようなアミノ酸ファミリー内での置換は,元の蛋白質の機能に大きな変化をもたらさない(即ち,保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。かかるアミノ酸ファミリーとしては,例えば以下のものがある:
(1)酸性アミノ酸であるアスパラギン酸とグルタミン酸,
(2)塩基性アミノ酸であるヒスチジン,リシン,及びアルギニン,
(3)芳香族アミン酸であるフェニルアラニン,チロシン,及びトリプトファン,
(4)水酸基を有するアミノ酸(ヒドロキシアミノ酸)であるセリンとトレオニン,
(5)疎水性アミノ酸であるメチオニン,アラニン,バリン,ロイシン,及びイソロイシン,
(6)中性の親水性アミノ酸であるシステイン,セリン,トレオニン,アスパラギン,及びグルタミン,
(7)ペプチド鎖の配向に影響するアミノ酸であるグリシンとプロリン,
(8)アミド型アミノ酸(極性アミノ酸)であるアスパラギンとグルタミン,
(9)脂肪族アミノ酸である,アラニン,ロイシン,イソロイシン,及びバリン,
(10)側鎖の小さいアミノ酸であるアラニン,グリシン,セリン,及びトレオニン,
(11)側鎖の特に小さいアミノ酸であるアラニンとグリシン,
(12)分岐鎖を有するアミノ酸であるバリン,ロイシン,及びイソロイシン。
【0022】
本発明において,「ヒト化抗体」の語は,可変領域の一部(例えば,特にCDRの全部又は一部)のアミノ酸配列がヒト以外の哺乳動物由来であり,それ以外の領域がヒト由来である抗体のことをいう。例えば,ヒト化抗体として,ヒト抗体を構成する免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を,他の哺乳動物のCDRによって置き換えることにより作製された抗体が挙げられる。ヒト抗体の適切な位置に移植されるCDRの由来となる他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウス及びラットであり,例えばマウスである。
【0023】
本発明において,「キメラ抗体」の語は,2つ以上の異なる種に由来する,2つ以上の異なる抗体の断片が連結されてなる抗体のことをいう。
【0024】
ヒト抗体と他の哺乳動物の抗体とのキメラ抗体とは,ヒト抗体の一部がヒト以外の哺乳動物の抗体の一部によって置き換えられた抗体である。抗体は,以下に説明するFc領域,Fab領域及びヒンジ部とからなる。このようなキメラ抗体の具体例として,Fc領域がヒト抗体に由来する一方でFab領域が他の哺乳動物の抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体の何れかに由来する。逆に,Fc領域が他の哺乳動物に由来する一方でFab領域がヒト抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又は他の哺乳動物の抗体のいずれに由来してもよい。
【0025】
また,抗体は,可変領域と定常領域とからなるということもできる。キメラ抗体の他の具体例として,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がヒト抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)が他の哺乳動物の抗体に由来するもの,逆に,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)が他の哺乳動物の抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がヒト抗体に由来するものも挙げられる。ここで,他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウスである。
【0026】
ヒト抗体とマウス抗体のキメラ抗体は,特に,「ヒト/マウスキメラ抗体」という。ヒト/マウスキメラ抗体には,Fc領域がヒト抗体に由来する一方でFab領域がマウス抗体に由来するキメラ抗体や,逆に,Fc領域がマウス抗体に由来する一方でFab領域がヒト抗体に由来するキメラ抗体が挙げられる。ヒンジ部は,ヒト抗体又はマウス抗体の何れかに由来する。ヒト/マウスキメラ抗体の他の具体例として,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がヒト抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がマウス抗体に由来するもの,逆に,重鎖の定常領域(CH)と軽鎖の定常領域(CL)がマウス抗体に由来する一方で,重鎖の可変領域(VH)及び軽鎖の可変領域(VL)がヒト抗体に由来するものも挙げられる。
【0027】
ヒト化抗体及びキメラ抗体の重鎖及び軽鎖に変異を加える場合も,上記のヒト抗体へ変異を加えるときのルールが適用される。
【0028】
抗体は,本来,2本の免疫グロブリン軽鎖と2本の免疫グロブリン重鎖の計4本のポリペプチド鎖からなる基本構造を有する。但し,本発明において,「抗体」というときは,この基本構造を有するものに加え,
(1)1本の免疫グロブリン軽鎖と1本の免疫グロブリン重鎖の計2本のポリペプチド鎖からなるものや,以下に詳述するように,
(2)免疫グロブリン軽鎖のC末端側にリンカーを,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体,
(3)免疫グロブリン重鎖のC末端側にリンカーを,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖を結合させてなるものである一本鎖抗体,
(4)免疫グロブリン重鎖の可変領域のC末端側にリンカーを,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖の可変領域を結合させてなるものである一本鎖抗体(scFv),及び
(5)免疫グロブリン軽鎖の可変領域のC末端側にリンカーを,そして更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖の可変領域を結合させてなるものである一本鎖抗体(scFv),も含まれる。また,
(6)本来の意味での抗体の基本構造からFc領域が欠失したものであるFab領域からなるもの及びFab領域とヒンジ部の全部若しくは一部とからなるもの(Fab,F(ab’)及びF(ab’)2を含む),及び
(7)単一ドメイン抗体も,本発明における「抗体」に含まれる。更には,軽鎖の可変領域と重鎖の可変領域をリンカーを介して結合させて一本鎖抗体としたscFvも,本発明における抗体に含まれる。
【0029】
なお,本発明において「リンカー」というときは,例えば,複数のアミノ酸がペプチド結合により結合したペプチド鎖からなるものをいう。かかるペプチド鎖からなるリンカーは「ペプチドリンカー」ということもできる。「リンカー」は本明細書の文脈において「リンカー配列」と言い換えることもできる。このリンカーのN末端と他の蛋白質のC末端がペプチド結合で結合し,当該リンカーのC末端に更に他の蛋白質のN末端が結合することにより,2つの蛋白質がリンカーを介して結合体を形成する。
【0030】
本発明の一実施形態において,Fabとは,可変領域とCL領域(軽鎖の定常領域)を含む1本の軽鎖と,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)を含む1本の重鎖が,それぞれに存在するシステイン残基同士でジスルフィド結合により結合した分子のことをいう。Fabにおいて,重鎖は,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)に加えて,更にヒンジ部の一部を含んでもよいが,この場合のヒンジ部は,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠くものである。Fabにおいて,軽鎖と重鎖とは,軽鎖の定常領域(CL領域)に存在するシステイン残基と,重鎖の定常領域(CH1領域)又はヒンジ部に存在するシステイン残基との間で形成されるジスルフィド結合により結合する。Fabを形成する重鎖のことをFab重鎖という。Fabは,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠いているので1本の軽鎖と1本の重鎖とからなる。Fabを構成する軽鎖は,可変領域とCL領域を含む。Fabを構成する重鎖は,可変領域とCH1領域からなるものであってもよく,可変領域,CH1領域に加えてヒンジ部の一部を含むものであってもよい。但しこの場合,ヒンジ部で2本の重鎖の間でジスルフィド結合が形成されないように,ヒンジ部は重鎖間を結合するシステイン残基を含まないように選択される。F(ab’)においては,その重鎖は可変領域とCH1領域に加えて,重鎖どうしを結合するシステイン残基を含むヒンジ部の全部又は一部を含む。F(ab’)2は2つのF(ab’)が互いのヒンジ部に存在するシステイン残基どうしでジスルフィド結合により結合した分子のことをいう。F(ab’)又はF(ab’)2を形成する重鎖のことをFab’重鎖という。また,複数の抗体が直接又はリンカーを介して結合してなる二量体,三量体等の重合体も,抗体である。更に,これらに限らず,免疫グロブリン分子の一部を含み,且つ,抗原に特異的に結合する性質を有するものは何れも,本発明でいう「抗体」に含まれる。即ち,本発明において免疫グロブリン軽鎖というときは,免疫グロブリン軽鎖に由来し,その可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有するものが含まれる。また,免疫グロブリン重鎖というときは,免疫グロブリン重鎖に由来し,その可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有するものが含まれる。従って,可変領域の全て又は一部のアミノ酸配列を有する限り,例えば,Fc領域が欠失したものも,免疫グロブリン重鎖である。
【0031】
また,ここでFc又はFc領域とは,抗体分子中の,CH2領域(重鎖の定常領域の部分2),及びCH3領域(重鎖の定常領域の部分3)からなる断片を含む領域のことをいう。
【0032】
更には,本発明の一実施形態における抗体は,
(8)上記(6)で示したFab,F(ab’)又はF(ab’)2を構成する軽鎖と重鎖を,リンカー配列を介して結合させて,それぞれ一本鎖抗体としたscFab,scF(ab’),及びscF(ab’)2も含まれる。ここで,scFab,scF(ab’),及びscF(ab’)2にあっては,軽鎖のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に重鎖を結合させてなるものでもよく,また,重鎖のC末端側にリンカーを,そして更にそのC末端側に軽鎖を結合させてなるものでもよい。更には,軽鎖の可変領域と重鎖の可変領域とをリンカーを介して結合させて一本鎖抗体としたscFvも,本発明における抗体に含まれる。scFvにあっては,軽鎖の可変領域のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に重鎖の可変領域を結合させてなるものでもよく,また,重鎖の可変領域のC末端側にリンカー配列を,そして更にそのC末端側に軽鎖の可変領域を結合させてなるものでもよい。
【0033】
更には,本明細書でいう「抗体」には,完全長抗体,上記(1)~(8)に示されるものに加えて,(1)~(8)を含むより広い概念である,完全長抗体の一部が欠損したものである抗原結合性断片(抗体フラグメント)のいずれの形態も含まれる。抗原結合性断片には,重鎖抗体,軽鎖抗体,VHH,VNAR,及びこれらの一部が欠損したものも含まれる。
【0034】
「抗原結合性断片」の語は,抗原との特異的結合活性の少なくとも一部を保持している抗体の断片のことをいう。結合性断片の例としては,例えば上記(4)及び(5)に示されるものに加えて,Fab,Fab’,F(ab’)2,可変領域(Fv),重鎖の可変領域(VH)と軽鎖の可変領域(VL)とを適当なリンカーで連結させた一本鎖抗体(scFv),重鎖の可変領域(VH)と軽鎖の可変領域(VL)を含むポリペプチドの二量体であるダイアボディ,scFvの重鎖(H鎖)に定常領域の一部(CH3)が結合したものの二量体であるミニボディ,その他の低分子化抗体等を包含する。但し,抗原との結合能を有している限りこれらの分子に限定されず,例えばFc領域,又は変異を加えたFc領域からなるものであっても,特異性をもって特定の物質に結合することのできるものは,抗原結合性断片に含まれる。また,これらの抗原結合性断片には,抗体を適当な酵素で処理したもの,及び遺伝子工学的に改変された抗体遺伝子を用いて適当な宿主細胞において産生された蛋白質も含まれる。なお,本明細書中で,単に抗体というときは,その文脈に応じて,抗原結合性断片をも含むものとする。
【0035】
本発明の一実施形態において,「一本鎖抗体」というときは,免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカーが結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質をいう。また,免疫グロブリン重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列のC末端側にリンカーが結合し,更にそのC末端側に免疫グロブリン軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列が結合してなり,特定の抗原に特異的に結合することのできる蛋白質も,本発明における「一本鎖抗体」である。例えば,上記(2)及び(3)に示されるものは一本鎖抗体に含まれる。免疫グロブリン重鎖のC末端側にリンカーを介して免疫グロブリン軽鎖が結合した一本鎖抗体にあっては,通常,免疫グロブリン重鎖は,Fc領域が欠失している。免疫グロブリン軽鎖の可変領域は,抗体の抗原特異性に関与する相補性決定領域(CDR)を3つ有している。同様に,免疫グロブリン重鎖の可変領域も,CDRを3つ有している。これらのCDRは,抗体の抗原特異性を決定する主たる領域である。従って,一本鎖抗体には,免疫グロブリン重鎖の3つのCDRが全てと,免疫グロブリン軽鎖の3つのCDRの全てとが含まれることが好ましい。但し,抗体の抗原特異的な親和性が維持される限り,CDRの1個又は複数個を欠失させた一本鎖抗体とすることもできる。
【0036】
一本鎖抗体において,免疫グロブリンの軽鎖と重鎖の間に配置されるリンカーは,好ましくは2~50個,より好ましくは8~50個,更に好ましくは10~30個,更により好ましくは30~30個又は30~30個,例えば30個若しくは30個のアミノ酸残基から構成されるペプチド鎖である。そのようなリンカーは,これにより両鎖が連結されてなる抗hTfR抗体がhTfRに対する親和性を保持する限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンのみ又はグリシンとセリンから構成されるものであり,例えば,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Gly,配列番号1で示されるアミノ酸配列,配列番号2で示されるアミノ酸配列,配列番号3で示されるアミノ酸配列,配列番号4で示されるアミノ酸配列,又はこれらのアミノ酸配列が2~10回,あるいは2~5回繰り返された配列を有するものである。例えば,免疫グロブリン重鎖の可変領域の全領域からなるアミノ酸配列のC末端側に,リンカーを介して免疫グロブリン軽鎖の可変領域を結合させてScFVとする場合,配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するリンカーが好適に用いられる。
【0037】
本発明の一実施形態における抗体は,ラクダ科動物(アルパカを含む)由来の抗体である。ラクダ科動物の抗体には,ジスルフィド結合により連結された2本の重鎖からなるものがある。この2本の重鎖からなる抗体を重鎖抗体という。VHHは,重鎖抗体を構成する重鎖の可変領域を含む1本の重鎖からなる抗体,又は重鎖抗体を構成する定常領域(CH)を欠く1本の重鎖からなる抗体である。VHHも本発明の実施形態における抗体の一つである。ラクダ科動物由来の抗体(VHHを含む)をヒトに投与したときの抗原性を低減させるために,ラクダ科動物の抗体のアミノ酸配列に変異を加えたものも,本発明の一実施形態における抗体である。ラクダ科動物の抗体のアミノ酸に変異を加える場合,本明細書に記載の抗体に加えることのできる変異と同様の変異を加えることができる。その他,ジスルフィド結合により連結された2本の軽鎖からなる抗体も本発明の実施形態における抗体の一つである。この2本の軽鎖からなる抗体を軽鎖抗体という。
【0038】
本発明の一実施形態における抗体は,サメ由来の抗体である。サメの抗体は,ジスルフィド結合により連結された2本の重鎖からなる。この2本の重鎖からなる抗体を重鎖抗体という。VNARは,重鎖抗体を構成する重鎖の可変領域を含む1本の重鎖からなる抗体,又は重鎖抗体を構成する定常領域(CH)を欠く1本の重鎖からなる抗体である。VNARも本発明の実施形態における抗体の一つである。サメ由来の抗体(VNARを含む)をヒトに投与したときの抗原性を低減させるために,サメの抗体のアミノ酸配列に変異を加えたものも,本発明の一実施形態における抗体である。サメの抗体のアミノ酸に変異を加える場合,本明細書に記載の抗体に加えることのできる変異と同様の変異加えることができる。サメの抗体をヒト化したものも本発明の実施形態における抗体の一つである。
【0039】
本発明の一実施形態において,単一ドメイン抗体とは,単一の可変領域で抗原に特異的に結合する性質を有する抗体のことをいう。単一ドメイン抗体には,可変領域が重鎖の可変領域のみからなる抗体(重鎖単一ドメイン抗体),可変領域が軽鎖の可変領域のみからなる抗体(軽鎖単一ドメイン抗体)が含まれる。VHH,VNARは単一ドメイン抗体の一種である。
【0040】
本発明において,抗体が特異的に認識する抗原としては,例えば,血管内皮細胞の表面に存在する分子(表面抗原)である。かかる表面抗原としては,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F等の有機アニオントランスポーター,モノカルボン酸トランスポーター,Fc受容体が挙げられるが,これらに限定されるものではない。モノカルボン酸トランスポーター(MCT)は14種類のサブタイプ(MCT1~MCT14)の何れであってもよいが,特にMCT1,MCT2,MCT4,又はMCT8が好ましく,例えばMCT8である。抗原は,好ましくはヒト血管内皮細胞の表面に存在するこれら分子(表面抗原)である。なお,本発明において,「ヒトトランスフェリン受容体」又は「hTfR」の語は,配列番号5に示されるアミノ酸配列を有する膜蛋白質をいう。本発明の一実施態様において,抗hTfR抗体は,特に配列番号5で示されるアミノ酸配列中N末端側から89番目のシステイン残基からC末端のフェニルアラニンまでの部分(hTfRの細胞外領域)に対して特異的に結合する抗体のことをいうが,これに限定されない。
【0041】
上記の表面抗原の中でも,トランスフェリン受容体(TfR),インスリン受容体,レプチン受容体,リポ蛋白質受容体,IGF受容体,OATP-F等の有機アニオントランスポーター,MCT-8等のモノカルボン酸トランスポーターは,血液網膜関門(BRB)を形成する細胞の表面に存在する抗原である。なお,血液網膜関門(BRB)には循環血液と網膜間の物質の移動を制御する。BRBには,網膜毛細血管内皮細胞により構成される内側BRBと,網膜色素上皮細胞により構成される外側BRBがある。
【0042】
これら血液網膜関門を構成する細胞の表面に存在する抗原を認識できる抗体は,抗原を介して当該細胞に結合できる。そして当該細胞に結合した抗体は,血液網膜関門を通過して網膜に到達することができる。従って,所望の物質を,このような抗体と結合させて結合体とすることにより,網膜にまで到達させることができる。このとき,当該結合体は,内側BRB又は外側BRBの何れを通過してもよく,又はこれらの両方を通過してもよい。
【0043】
網膜は,一般に,網膜視部,網膜毛様体部,及び網膜虹彩部の3つの部分からなるとされている。本発明の一実施形態によれば,当該結合体は,これら3つの部分の少なくとも一つに到達することができる。
【0044】
抗体と結合させる物質としては,網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質が挙げられる。また,かかる物質には,蛋白質,低分子化合物等が含まれる。ここで蛋白質の分子量に特に制限はなく,数個のアミノ酸からなるペプチドも蛋白質に含まれるものとする。また,蛋白質は単量体に限らず,複数のペプチド鎖から構成されるホモ多量体,ヘテロ多量体であってもよい。また,ここで低分子化合物とは,それ自体はほとんど血液網膜関門できず,且つ,分子量が好ましくは100~100000kD,例えば,100~10000kD,100~5000kD,又は200~5000kDであるものをいう。
【0045】
所望の物質が蛋白質である場合,当該蛋白質としては,例えば,網膜への障害を伴うリソソーム病患者において欠損しているか又は機能不全であるリソソーム酵素が挙げられる。かかるリソソーム酵素は,そのままでは網膜に到達することができず,患者の網膜の障害に対して薬効を示すことがないが,これらの抗体と結合させることにより血液網膜関門を通過できるようになるので,リソソーム病患者において見られる網膜の障害を改善することができる。
【0046】
本発明において,抗体と結合させるべきヒトリソソーム酵素に特に限定はないが,α-L-イズロニダーゼ,イズロン酸-2-スルファターゼ,グルコセレブロシダーゼ,β-ガラクトシダーゼ,GM2活性化蛋白質,β-ヘキソサミニダーゼA,β-ヘキソサミニダーゼB-N-アセチルグルコサミン-1-フォスフォトランスフェラーゼ,α-マンノシダーゼ,β-マンノシダーゼ,ガラクトシルセラミダーゼ,サポシンC,アリールスルファターゼA,α-L-フコシダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,α-N-アセチルガラクトサミニダーゼ,酸性スフィンゴミエリナーゼ,α-ガラクトシダーゼA,β-グルクロニダーゼ,ヘパランN-スルファターゼ,α-N-アセチルグルコサミニダーゼ,アセチルCoAα-グルコサミニドN-アセチルトランスフェラーゼ-N-アセチルグルコサミン-6-硫酸スルファターゼ,酸性セラミダーゼ,アミロ-1-6-グルコシダーゼ,シアリダーゼ,アスパルチルグルコサミニダーゼ,パルミトイル蛋白質チオエステラーゼ-1(PPT-1),トリペプチジルペプチダーゼ-1(TPP-1),ヒアルロニダーゼ-1,CLN1,CLN2,CLN3,CLN6,及びCLN8等のリソソーム酵素,が挙げられる。特に,イズロン酸-2-スルファターゼ及びα-L-イズロニダーゼである。
【0047】
ヒトリソソーム酵素の一種であるヒトイズロン酸-2-スルファターゼ(hI2S)は,ヘパラン硫酸やデルマタン硫酸のようなグリコサミノグリカン(GAG)分子内に存在する硫酸エステル結合を加水分解する活性を有するライソソーム酵素の一種である。ムコ多糖症II型はこの酵素をコードする遺伝子の変異による遺伝子疾患である。ハンター症候群はムコ多糖症II型と同義である。これらの患者では,ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸が網膜組織内に蓄積する結果,網膜変性(網膜症)が生じる場合がある。当該抗体とhI2Sとの結合体は,BRBを通過することにより網膜内に蓄積したGAGを分解することができるので,網膜変性を示すハンター症候群の患者に投与することにより,網膜内に蓄積したGAGを分解するための治療剤として使用することができる。
【0048】
ヒトリソソーム酵素の一種であるヒトα-L-イズロニダーゼ(hIDUA)は,ヘパラン硫酸やデルマタン硫酸のようなグリコサミノグリカン(GAG)分子内に存在するイズロン酸結合を加水分解する活性を有するライソソーム酵素の一種である。ムコ多糖症II型はこの酵素をコードする遺伝子の変異による遺伝子疾患である。ムコ多糖症I型はこの酵素をコードする遺伝子の変異による遺伝子疾患である。ムコ多糖症I型はハーラー症候群,ハーラー・シャイエ症候群,及びシャイエ症候群に分類され,ハーラー症候群は重症型,ハーラー・シャイエ症候群は中間型,シャイエ症候群は軽症型である。これらの患者では,ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸が網膜組織内に蓄積する結果,網膜変性(網膜症)が生じる場合がある。当該抗体とhIDUAとの結合体は,BRBを通過することにより網膜内に蓄積したGAGを分解することができるので,網膜変性を示すムコ多糖症I型の患者に投与することにより,網膜内に蓄積したGAGを分解するための治療剤として使用することができる。
【0049】
本発明において,「ヒトイズロン酸-2-スルファターゼ」又は「hI2S」の語は,特に野生型のhI2Sと同一のアミノ酸配列を有するhI2Sのことをいう。野生型のhI2Sは,配列番号6で示される525個のアミノ酸から構成されるアミノ酸配列を有する。但し,これらに限らず,I2S活性を有するものである限り,野生型のhI2Sのアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えたものもhI2Sに含まれる。hI2Sのアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。hI2Sのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。hI2Sにアミノ酸を付加させる場合,hI2Sのアミノ酸配列中又はN末端側若しくはC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えたhI2Sのアミノ酸配列は,元のhI2Sのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を有し,より好ましくは85%以上の同一性を示し,更に好ましくは90%以上の同一性を示し,更により好ましくは95%以上の同一性を示し,更により好ましくは99%以上の同一性を示す。hIDUAについても同様である。
【0050】
本発明において,hI2SがI2S活性を有するというときは,hI2Sを抗体と結合させたときに,天然型のhI2Sが本来有する活性に対して,3%以上の活性を有していることをいう。但し,その活性は,天然型のhI2Sが本来有する活性に対して10%以上であることが好ましく,20%以上であることがより好ましく,50%以上であることが更に好ましく,80%以上であることが更により好ましい。抗体と結合させたhI2Sが変異を加えたものである場合も同様である。抗体は,例えば抗hTfR抗体である。hIDUAについても同様である。
【0051】
本発明において,抗体と所望の物質は,非ペプチドリンカー又はペプチドリンカーを介して,又は直接に結合させることができる。非ペプチドリンカーとしては,ポリエチレングリコール,ポリプロピレングリコール,エチレングリコールとプロピレングリコールとの共重合体,ポリオキシエチル化ポリオール,ポリビニルアルコール,多糖類,デキストラン,ポリビニルエーテル,生分解性高分子,脂質重合体,キチン類,及びヒアルロン酸,又はこれらの誘導体,若しくはこれらを組み合わせたものを用いることができる。ペプチドリンカーは,ペプチド結合した1~100個のアミノ酸から構成されるペプチド鎖若しくはその誘導体であって,そのN末端とC末端が,それぞれ抗体又は所望の物質のいずれかと共有結合を形成することにより,抗体と所望の物質とを結合させるものである。
【0052】
非ペプチドリンカーとしてビオチン-ストレプトアビジンを用いる場合,抗体がビオチンを結合させたものであり,所望の物質がストレプトアビジンを結合させたものであり,このビオチンとストレプトアビジンとの結合を介して,抗体と所望の物質とを結合させてもよく,逆に,抗体がストレプトアビジンを結合させたものであり,所望の物質がビオチンを結合させたものであり,このビオチンとストレプトアビジンとの結合を介して,抗体と所望の物質とを結合させてもよい。
【0053】
非ペプチドリンカーとしてPEGを用いて本発明の抗体と所望の物質とを結合させたものは,特に,抗体-PEG-物質という。抗体-PEG-物質は,抗体とPEGとを結合させて抗体-PEGを作製し,次いで抗体-PEGと所望の物質とを結合させることにより製造することができる。又は,抗体-PEG-物質は,所望の物質とPEGとを結合させて物質-PEGを作製し,次いで物質-PEGと抗体とを結合させることによっても製造することができる。PEGを抗体及び所望の物質と結合させる際には,カーボネート,カルボニルイミダゾール,カルボン酸の活性エステル,アズラクトン,環状イミドチオン,イソシアネート,イソチオシアネート,イミデート,又はアルデヒド等の官能基で修飾されたPEGが用いられる。これらPEGに導入された官能基が,主に抗体及び所望の物質分子内のアミノ基と反応することにより,PEGと抗体及び所望の物質が共有結合する。このとき用いられるPEGの分子量及び形状に特に限定はないが,その平均分子量(MW)は,好ましくはMW=300~60000であり,より好ましくはMW=500~20000である。例えば,平均分子量が約300,約500,約1000,約2000,約4000,約10000,約20000等であるPEGは,非ペプチドリンカーとして好適に使用することができる。
【0054】
例えば,抗体-PEGは,抗体とアルデヒド基を官能基として有するポリエチレングリコール(ALD-PEG-ALD)とを,該抗体に対するALD-PEG-ALDのモル比が1:11,1:12.5,1:15,1:110,1:120等になるように混合し,これにNaCNBH3等の還元剤を添加して反応させることにより得られる。次いで,抗体-PEGを,NaCNBH3等の還元剤の存在下で,所望の物質と反応させることにより,抗体-PEG-物質が得られる。逆に,先に所望の物質とALD-PEG-ALDとを結合させて物質-PEGを作製し,次いで物質-PEGと抗体を結合させることによっても,抗体-PEG-物質を得ることができる。
【0055】
抗体と蛋白質とを結合させる方法について,以下,hI2Sを例に採り説明する。抗体とhI2Sは,抗体の重鎖又は軽鎖のC末端又はN末端に,リンカーを介して又は直接に,それぞれhI2SのN末端又はC末端をペプチド結合により結合させることができる。このように抗体とhI2Sとを結合させてなる結合体は,抗体の重鎖又は軽鎖をコードするcDNAの3’末端側又は5’末端側に,直接又はリンカーをコードするDNA断片を挟んで,hI2SをコードするcDNAがインフレームで配置されたDNA断片を,哺乳動物細胞,酵母等の真核生物用の発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入した哺乳動物細胞を培養することにより,得ることができる。この哺乳動物細胞には,hI2SをコードするDNA断片を重鎖と結合させる場合にあっては,抗体の軽鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも,同じホスト細胞に導入され,また,hI2SをコードするDNA断片を軽鎖と結合させる場合にあっては,抗体の重鎖をコードするcDNA断片を組み込んだ哺乳動物細胞用の発現ベクターも,同じホスト細胞に導入される。抗体が一本鎖抗体である場合,抗体とhI2Sとの結合体は,hI2SをコードするcDNAの5’末端側又は3’末端側に,直接,又はリンカーをコードするDNA断片を挟んで1本鎖抗体をコードするcDNAを連結したDNA断片を,哺乳動物細胞,酵母等の真核生物用の発現ベクターに組み込み,この発現ベクターを導入したこれらの細胞中で発現させることにより,得ることができる。
【0056】
抗体の軽鎖のC末端側にhI2Sを結合させたタイプの結合体は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,hI2Sが,この抗体の軽鎖のC末端側に結合したものである。ここで抗体の軽鎖とhI2Sとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0057】
抗体の重鎖のC末端側にhI2Sを結合させたタイプの結合体は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,hI2Sが,この抗体の重鎖のC末端側に結合したものである。ここで抗体の重鎖とhI2Sとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0058】
抗体の軽鎖のN末端側にhI2Sを結合させたタイプの結合体は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,hI2Sが,この抗体の軽鎖のN末端側に結合したものである。ここで抗体の軽鎖とhI2Sとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0059】
抗体の重鎖のN末端側にhI2Sを結合させたタイプの結合体は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むものであり,hI2Sが,この抗体の重鎖のN末端側に結合したものである。ここで抗体の重鎖とhI2Sとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0060】
このとき抗体とhI2Sとの間にリンカーを配置する場合,その配列は,好ましくは1~50個,より好ましくは1~17個,更に好ましくは1~10個,更により好ましくは1~5個のアミノ酸から構成されるものであるが,抗体に結合させるべきhI2Sによって,リンカーを構成するアミノ酸の個数は1個,2個,3個,1~17個,1~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個等と適宜調整できる。そのようなリンカーは,これにより連結された抗体がhTfRとの親和性を保持し,且つ当該リンカーにより連結されたhI2Sが,生理的条件下で当該蛋白質の生理活性を発揮できる限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものであり,例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,配列番号1で示されるアミノ酸配列,配列番号2で示されるアミノ酸配列,配列番号3で示されるアミノ酸配列,配列番号4で示されるアミノ酸配列,又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,あるいは2~5個連続してなる1~50個のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個のアミノ酸からなる配列等を有するものである。例えば,アミノ酸配列Gly-Serからなるもの,配列番号4で示されるアミノ酸配列を有するものはリンカーとして好適に用いることができる。抗体が1本鎖抗体であっても同様である。
【0061】
なお,1つのペプチド鎖に複数のリンカーが含まれる場合,便宜上,各リンカーはN末端側から順に,第1のリンカー,第2のリンカーというように命名する。
【0062】
抗体が抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である場合の,抗体の好ましい一実施形態として,
軽鎖の可変領域において:
(a)CDR1が配列番号7又は8で示されるアミノ酸配列を含んでなり,
(b)CDR2が配列番号9又は10で示されるアミノ酸配列を含んでなり,且つ
(c)CDR3が配列番号11で示されるアミノ酸配列を含んでなるものであり;
重鎖の可変領域において:
(d)CDR1が配列番号12又は13で示されるアミノ酸配列を含んでなり,
(e)CDR2が配列番号14又は15で示されるアミノ酸配列を含んでなり,且つ
(f)CDR3が配列番号16又は17で示されるアミノ酸配列を含んでなるものである,抗体が例示できる。ここで抗体は好ましくはヒト抗体又はヒト化抗体である。
【0063】
上記の(a)~(f)に示される各CDRのアミノ酸配列の組み合わせは,何れの組み合わせであってもよい。
【0064】
抗体が抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である場合の,抗体の更なる好ましい一実施形態として,
(x)軽鎖の可変領域が配列番号18で示されるアミノ酸配列を有するものであり,重鎖の可変領域が配列番号19で示されるアミノ酸配列を含んでなるものである,抗体が例示できる。ここで抗体は好ましくはヒト抗体又はヒト化抗体である。
ここで,配列番号18で示される軽鎖の可変領域のアミノ酸配列は,CDR1として配列番号7及び配列番号8で示されるアミノ酸配列を含み,CDR2として配列番号9及び配列番号10で示されるアミノ酸配列を含み,CDR3として配列番号11で示されるアミノ酸配列を含む。また,配列番号19で示される重鎖の可変領域のアミノ酸配列は,CDR1として配列番号12及び配列番号13で示されるアミノ酸配列を含み,CDR2として配列番号14及び配列番号15で示されるアミノ酸配列を含み,CDR3として配列番号16及び配列番号17で示されるアミノ酸配列を含む。
【0065】
但し,抗体がヒト化抗体であり且つ抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である場合の,抗体の好ましい実施形態は,上記の(x)に限られるものではない。例えば,軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するものであり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列と80%以上の同一性を有するものである抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明において用いることができる。
【0066】
更には,軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と85%以上の同一性を有するものであり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列と85%以上の同一性を有するものである抗体,
軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するものであり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するものである抗体,及び
軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するものであり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列と95%以上の同一性を有するものである抗体も,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明において用いることができる。
【0067】
軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列と同一性を有するものであり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列と同一性を有するものである抗体として,
(x-a)軽鎖の可変領域が配列番号18で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号7又は8のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号11のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域が,配列番号19で示されるアミノ酸配列と80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号12又は13のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号14又は15のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号16又は17のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるもの,
(x-b)軽鎖の可変領域が配列番号18で示されるアミノ酸配列と85%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号7又は8のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号11のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域が,配列番号19で示されるアミノ酸配列と85%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号12又は13のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号14又は15のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号16又は17のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるもの,
(x-c)軽鎖の可変領域が配列番号18で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号7又は8のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号11のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域が,配列番号19で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号12又は13のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号14又は15のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号16又は17のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるもの,
(x-d)軽鎖の可変領域が配列番号18で示されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号7又は8のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号11のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域が,配列番号19で示されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み,かつCDR1として配列番号12又は13のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号14又は15のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号16又は17のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるもの,
が挙げられる。
【0068】
更に,抗体が且つ抗ヒトトランスフェリン受容体抗体である場合の,抗体の好ましい実施形態として,
上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~5個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~5個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであるもの,
上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~3個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~3個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであるもの,及び
上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1又は2個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1又は2個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであるものも,hTfRに対して親和性を有する限り,本発明において用いることができる。ここで抗体は好ましくはヒト抗体又はヒト化抗体である。
【0069】
抗体の軽鎖の可変領域のアミノ酸配列が,上記の(x)における軽鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,上記の(x)における重鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものである抗体として,
(x-e)
軽鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~5個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,且つCDR1として配列番号7又は8のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号11のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~5個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,かつCDR1として配列番号12又は13のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号14又は15のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号16又は17のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるもの,
(x-f)
軽鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~3個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,且つCDR1として配列番号7又は8のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号11のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1~3個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,かつCDR1として配列番号12又は13のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号14又は15のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号16又は17のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるもの,
(x-g)
軽鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1又は2個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,且つCDR1として配列番号7又は8のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号11のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域のアミノ酸配列において,これを構成するアミノ酸配列中1又は2個のアミノ酸が置換,欠失又は付加したものであり,かつCDR1として配列番号12又は13のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号14又は15のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号16又は17のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるもの,
が挙げられる。
【0070】
上記の(x-a)~(x-g)において,各CDRのアミノ酸配列の組み合わせは,何れの組み合わせであってもよい。
【0071】
抗体がヒト化抗ヒトトランスフェリン受容体抗体であり,ヒトリソソーム酵素がhI2Sである場合の,結合体の好ましい形態として,以下のものが挙げられる。すなわち,
配列番号20で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号21で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体のC末端側に,配列番号6で示されるhI2Sが,Gly-Serで示されるリンカーを介して結合したものとからなる,結合体。
【0072】
また,抗体がヒト化抗ヒトトランスフェリン受容体抗体であり,ヒトリソソーム酵素がhI2Sである場合の,融合蛋白質の好ましい形態として,以下のものが挙げられる。すなわち,
該ヒト化抗hTfR抗体の軽鎖が,配列番号22で示されるアミノ酸配列を有するものであり,
該ヒト化抗hTfR抗体が,そのC末端側で,Gly-Serで示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,配列番号6で示されるhI2Sと結合した,配列番号22で示されるアミノ酸配列を有する融合蛋白質とからなる,結合体。
【0073】
本発明において,生理活性を有する蛋白質は,例えば,当該蛋白質をコードする遺伝子が発現又は強発現することによって,当該蛋白質を産生するように人為的な操作を加えた,哺乳動物細胞を培養することにより産生させることができる。このとき蛋白質を産生する哺乳動物細胞内で強発現させる該遺伝子は,該遺伝子が組み込まれた発現ベクターで形質転換させることにより該哺乳動物細胞に導入するのが一般的である。また,このとき用いられる哺乳動物細胞について特に限定はないが,ヒト,マウス,チャイニーズハムスター由来の細胞が好ましく,特にチャイニーズハムスター卵巣細胞由来のCHO細胞が好ましい。本発明において,蛋白質というときは,特に,このような蛋白質を産生する哺乳動物細胞を培養したときに,培地中に分泌される組換え蛋白質のことをいう。
【0074】
血液網膜関門を形成する細胞上に存在する蛋白質に特異的に結合する抗体又はその断片と,網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質とを結合させた結合体は,網膜の異常を伴う疾患の治療剤の有効成分として用いることができる。かかる結合体を有効成分として含む医薬組成物は,非経口的手段により,例えば,静脈注射,点滴静注等の手段により投与される。
【0075】
静脈内に注入された当該結合体は,BRBを通過して網膜に到達し,網膜内でその生理活性を発揮して,網膜の疾患の症状を改善,又は当該症状の発症または進行を予防する。
【0076】
本発明の一実施形態において,当該医薬組成物は,凍結乾燥製剤又は水性医薬組成物として調製されて,シリンジ又はバイアル等の容器若しくは注射器に充填・封入されたものとして医療機関に提供される。
【実施例0077】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0078】
〔実施例1〕hI2Sとヒト化抗hTfR抗体との結合体の作製
hI2Sとヒト化抗hTfR抗体との結合体(hI2S-抗hTfR抗体)は,WO2018/124277に記載された方法に準じて作製した。なお,hI2S-ヒト化抗hTfR抗体は,WO2018/124277において,I2S-抗hTfR抗体3として記載されているhI2Sとヒト化抗hTfR抗体との融合蛋白質と同一の蛋白質である。すなわち,hI2S-抗hTfR抗体は,配列番号20で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖と,配列番号22で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の重鎖に,その重鎖のC末端にGly-Serで示されるアミノ酸配列を有するリンカーを介して,hI2Sがペプチド結合により融合したものである。ここで,リンカーを介して融合した重鎖とhI2Sのアミノ酸配列は,配列番号22で示されるものである。
【0079】
〔実施例2〕I2S-KO/hTfR-KIマウスの作製
マウストランスフェリン受容体の細胞外領域をコードする遺伝子をヒトトランスフェリン受容体遺伝子の細胞外領域をコードする遺伝子に置換したhTfRノックインマウス(hTfR-KIマウス)を,概ね下記の方法で作製した。細胞内領域がマウスhTfRのアミノ酸配列であり,細胞外領域がヒトhTfRのアミノ酸配列であるキメラhTfRをコードするcDNAの3’側に,loxP配列で挟み込んだネオマイシン耐性遺伝子を配置した,配列番号23で示される塩基配列を有するDNA断片を化学的に合成した。このDNA断片を,5’アーム配列として配列番号24で示される塩基配列,3’アーム配列として配列番号25で示される塩基配列を有するターゲッティングベクターに,常法により組み込み,これをマウスES細胞にエレクトロポレーション法により導入した。遺伝子導入後のマウスES細胞を,ネオマイシン存在下で選択培養し,ターゲッティングベクターが相同組換えにより染色体に組み込まれたマウスES細胞を選択した。得られた遺伝子組換えマウスES細胞を,ICRマウスの8細胞期胚(宿主胚)へ注入し,精管結紮を行ったマウスとの交配によって得られた偽妊娠マウス(レシピエントマウス)に移植した。得られた産仔(キメラマウス)について毛色判定を行い,ES細胞が生体の形成に高効率で寄与した個体,すなわち全体毛に対する白色毛の占める比率の高い個体を選別した。このキメラマウス個体をICRマウスと掛け合わせてF1マウスを得た。白色のF1マウスを選別し,尻尾の組織より抽出したDNAを解析し,染色体上でマウストランスフェリン受容体遺伝子がキメラhTfRに置き換わっているマウスをhTfR-KIマウスとした。このhTfR-KIマウスをI2S遺伝子ノックアウトマウスと掛け合わせて,I2S-KO/hTfR-KIマウスを得た。
【0080】
〔実施例3〕hI2S-抗hTfR抗体の網膜分布試験1
hI2S-抗hTfR抗体の網膜分布試験は,実施例2で作製したI2S-KO/hTfR-KIマウス(雄性,26週齢,4匹)を用いて実施した。hI2S-抗hTfR抗体又はhI2SをI2S-KO/hTfR-KIマウス各2匹ずつに2 mg/kgの用量で尾静脈より単回投与した。
【0081】
網膜中のhI2Sの検出には免疫組織化学染色法を用い,概ね以下の手順で行った。投与の17時間後に麻酔したマウスから眼球を取り出した。採取した眼組織からLEICA CM1860 UV(ライカ社)を用い7 μm厚の凍結した組織切片を作製し,これをスライドガラスに貼り付けた。このスライドガラスを,4%パラホルムアルデヒドで10分間浸して組織切片をスライドガラス上に固定した後,0.05% Tween20を含有するリン酸緩衝生理食塩液(PBST)で3回洗浄した。
【0082】
次いで,組織切片に,Streptavidin BlockとBiotin Block(Vector社)をそれぞれ個別に適量滴下し,湿潤箱内で各15分ずつ振とうした。次いで,組織切片に,SuperBlock Blocking Buffer in PBS(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を150 μL滴下して湿潤箱内で15分間振とうした後,PBSTで軽く洗浄した。
【0083】
Can get signal solution A(東洋紡社)で希釈したウサギ抗hI2Sポリクローナル抗体を一次抗体としてスライドガラス上に固定した組織切片に滴下し,4℃の湿潤箱内で静置した。次いで,0.05% Tween20と0.15 M NaClを含有する0.1 M Tris-HCl緩衝液(TNT wash buffer)にスライドガラスを5分間浸した。これを3回繰り返して余分なウサギ抗hI2Sポリクローナル抗体を除去した。次いで,150 μLのGoat Anti-Rabbit IgG H&L(HRP-polymer)(アブカム社)を二次抗体として組織切片に滴下し,これを湿潤箱内で30分間振とうした。次いで,スライドガラスを上記一次抗体の場合と同様にして洗浄した。
【0084】
次いで,組織切片にTyramide Working Reagent(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を100 μL滴下して湿潤箱内で8分間静置した後,スライドガラスを上記一次抗体の場合と同様にして洗浄した。次いで,組織切片にリン酸緩衝生理食塩液(PBS,シグマ-アルドリッチ社)で1000倍希釈したStreptavidin-Peroxidase Polymer, Ultrasensitive(シグマ-アルドリッチ社)を150 μL滴下して湿潤箱内で30分間振とうした後,スライドガラスを上記一次抗体の場合と同様にして洗浄した。
【0085】
次いで,組織切片にPeroxidaseの発色基質であるImmPACT NovaRED(ベクター社,登録商標)を滴下して染色させた後,スライドガラスを水道水で洗浄した。次いで,スライドガラスを,ヘマトキシリン(メルク社)を満たしたチャンバーに10秒間浸没させた後,イオン交換水で3分間洗浄した。これを脱水,透徹して封入した後,光学顕微鏡により観察した。
【0086】
hI2S-抗hTfR抗体を投与したマウスでは,組織切片に発色基質による染色が検出されたが,hI2Sを投与したマウスでは,当該染色は検出されなかった(データは示さない)。これらの結果は,hI2Sはそれ自体BRBを通過して網膜組織に到達することはないが,hI2Sを抗hTfRと融合させることにより,BRBを通過させ網膜組織に到達させることができることを示す。
【0087】
〔実施例4〕hI2S-抗hTfR抗体の網膜分布試験2
網膜中のhI2S-抗hTfR抗体の濃度を,免疫反応に基づく電気化学発光法により定量した。手順の概略を以下に示す。
【0088】
hI2S-抗hTfR抗体又はhI2Sを,I2S-KO/hTfR-KIマウス各3匹ずつに2 mg/kgの用量で尾静脈より単回投与した。投与の17時間後に麻酔したマウスから右目を取り出し,PBSを満たしたペトリ皿に置いた。眼球の周りに付着した余分な組織を実体顕微鏡下で眼科用剪刃及びピンセットを用いて除いた。針で開けた穴から鋸状縁に沿って切り込みを入れてレンズと角膜/虹彩を除去し,次いで,網膜色素上皮細胞/脈絡膜/強膜複合体を除去して網膜を分離した。採取した網膜に,Protease Inhibitor Cocktail (シグマ-アルドリッチ社)を含むRIPA緩衝液(富士フィルム和光純薬株式会社)を200 μL添加して,ホモジナイズした。ホモジナイズを遠心分離して上清を得た。この上清を検体資料として以下の実験に供した。
【0089】
PBSで洗浄した96ウェルプレートの各ウェルに,PBSで3 μg/mLに希釈したマウス抗hI2Sモノクローナル抗体を一次抗体として25 μLずつ添加し,プレートシェーカーで約60分間振とうして抗体を固相化した。各ウェルの溶液を除いて,ウェルをPBSTで3回洗浄した。SuperBlock(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)を各ウェルに150 μLずつ添加し,プレートシェーカーで約60分間振とうした後,溶液を除いてからウェルをPBSTで3回洗浄した。次いで,検体試料及び既知濃度のhI2S-抗hTfR抗体又はhI2Sを含む検量線試料を各ウェルに25 μLずつ添加し,プレートシェーカーで約60分間振とうした後,溶液を除いてからウェルをPBSTで3回洗浄した。
【0090】
二次抗体としてSuperBlockで0.5 μg/mLに希釈したウサギ抗hI2Sポリクローナル抗体を用い,各ウェルに25 μLずつ添加してプレートシェーカーで約60分間振とうした後,溶液を除いて,ウェルをPBSTで3回洗浄した。次いで,SuperBlockで0.5 μg/mLに希釈したSULFO-Tag Goat Anti Rabbit IgG(メソスケール社)を各ウェルに25 μLずつ添加してプレートシェーカーで約60分間振とうした後,溶液を除いてウェルをPBSTで3回洗浄した。注射用水と等量混合したMSD Read Buffer T (4X) with Surfactant(メソスケール社)を各ウェルに150 μLずつ添加し,速やかにSector Imager S600(メソスケール社)で測定した。また,検体試料に含まれる蛋白質(組織蛋白質)の濃度は,Micro BCA Protein Assay Kit(サーモサイエンティフィック社)を用い,添付の説明書に則った方法により測定した。
【0091】
hI2S-抗hTfR抗体を投与したマウスでは,組織切片にhI2S-抗hTfR抗体が約0.6 μg/g 組織蛋白質の濃度で検出された。一方,hI2Sを投与したマウスでは,組織切片にhI2Sは検出されなかった(
図1)。これらの結果も,hI2Sはそれ自体BRBを通過して網膜組織に到達することはないが,hI2Sを抗hTfRと融合させることにより,BRBを通過させ網膜組織に到達させることができることを示す。
【0092】
〔実施例5〕hI2S-抗hTfR抗体の薬効評価1
hI2S-抗hTfR抗体の網膜に対する薬効を,ムコ多糖症II型モデル動物であるI2S-KO/hTfR-KIマウス(病態対照マウス)の網膜に蓄積するヘパラン硫酸(HS)の濃度を測定することにより評価した。当該融合蛋白質 0.5 mg/kg及び2 mg/kg又はhI2S 0.5 mg/kgを10週齢の雄性病態対照マウスに週に1回40週間,尾静脈内に反復投与した。HS濃度の測定は,先行文献(Tanaka et al., Mol Genet Metab, 125, 53-58, 2018)に記載された常法に従って行った。
【0093】
実験結果を
図2に示す。野生型マウスでは,網膜にHSはほとんど存在しないが,ムコ多糖症II型モデル動物である病態対照マウスでは網膜中にHS濃度が異常に蓄積していることがわかる。hI2Sを投与したマウスでは網膜のHS濃度はモデル動物のそれと有意差はなかったが,hI2S-抗hTfR抗体を投与したマウスでは,統計学的な有意差をもって,用量依存的にHS濃度の減少が認められた。これらの結果は,BRBを通過して網膜組織に到達したhI2S-抗hTfR抗体が,網膜でhI2Sとしての酵素活性を発揮し,網膜に蓄積したHSを分解することを示す。
【0094】
〔実施例6〕hI2S-抗hTfR抗体の薬効評価2
hI2S-抗hTfR抗体の網膜に対する薬効を,網膜にHSの蓄積するムコ多糖症II型モデル動物であるI2S-KO/hTfR-KIマウス(病態対照マウス)の網膜の機能を,網膜電図(ERG)を用いて測定することにより評価した。hI2S-抗hTfR抗体 0.5 mg/kg及び2 mg/kg又はhI2S 0.5 mg/kgを10週齢の病態対照マウスに週に1回38週間,尾静脈内に反復投与した。ERGの測定は投与開始前と最終投与後に実施した。なお,マウスの個体数は一群あたりn=12~14とした。
【0095】
ERGは,PuRec recording system (Mayo社)を用い,概ね以下の手順で測定した。ERG測定の前日にマウスを暗室に移動し暗順応させた。以下,全ての手順を暗赤色光下で行った。マウスを3種混合麻酔(メデトミジン/ミダゾラム/ブトルファノール:0.75/4.0/5.0 mg/kg)にて麻酔し,1%アトロピン(株式会社日本点眼薬研究所)で散瞳した後,ヒーティングパッド(バイオリサーチセンター社)を敷いたGanzfelt dome (Mayo社)内にマウスを移した。基準電極を口中に置き,接地電極を尾に貼り付け,コンタクトレンズ型電極を角膜の中心に置いた。暗順応ERG反応は,それぞれ単発の白色光0.00001,0.0001,0.001,0.01,0.1,1及び10 cd・s/cm2で誘導し,左右の眼の平均値を計算した。
【0096】
結果を
図3及び
図4に示す。病態対照マウスでは,投与開始前である10週齢時には,野生型マウスと比較してERGのb波(アマクリン細胞/双極細胞由来のシグナル)は野生型マウスとほぼ同等であったが(
図3(b)),ERGのa波(視細胞由来のシグナル)は統計学的に有意に減弱しており(
図3(a)),視細胞に障害が生じていることがわかる。38週間の投与期間終了後には,病態対照マウスでは,野生型マウスと比較してa波,b波がともに投与開始前と比較して有意に減弱しており(それぞれ
図4(a)のレーン(1)と(2),
図4(b)のレーン(1)と(2)),この間に視細胞の障害ひいては網膜の障害が進展していることがわかる。
【0097】
hI2S-抗hTfR抗体を投与した病態対照マウスについてみると,ERGのa波,b波ともに,hI2S-抗hTfR抗体を非投与の病態対照マウスと比較して,a波,b波の減弱が用量依存的に抑制された(
図4(a),(b))。特に,2 mg/kgのhI2S-抗hTfR抗体を投与したマウスでは,ERGのa波,b波がともに野生型マウスのレベルにまで復元した(それぞれ
図4(a)のレーン(4),
図4(b)のレーン(4))。一方,hI2Sを投与した病態対照マウスでは,a波,b波の減弱は,有意差のあるレベルにまで抑制されなかった(それぞれ
図4(a)のレーン(5),
図4(b)のレーン(5))。これらの結果から,BRBを通過して網膜組織に到達したhI2S-抗hTfR抗体が,網膜でhI2Sとしての酵素活性を発揮して網膜に蓄積したHSを分解し,視細胞ひいては網膜の機能障害の進展を抑制,又は該機能を復元できることがわかる。
本発明によれば,網膜で薬効を発揮させるべき活性を有する物質であって,血液網膜関門をほとんど通過できない物質を,血液網膜関門が通過できるように改良したものを有効成分として含有する医薬組成物を提供することができる。