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特開2025-27607アルコール発酵方法およびアルコール発酵促進剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025027607
(43)【公開日】2025-02-28
(54)【発明の名称】アルコール発酵方法およびアルコール発酵促進剤
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/06 20060101AFI20250220BHJP
   C12G 3/02 20190101ALI20250220BHJP
【FI】
C12P7/06
C12G3/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023132508
(22)【出願日】2023-08-16
(71)【出願人】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中瀬 由起子
(72)【発明者】
【氏名】両角 佑一
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 大輔
(72)【発明者】
【氏名】杉本 幸子
【テーマコード(参考)】
4B064
4B115
【Fターム(参考)】
4B064AC03
4B064CA06
4B064CC03
4B064CD04
4B064CD09
4B064DA10
4B064DA16
4B115AG17
(57)【要約】
【課題】様々な濃度範囲の糖を含む発酵原料を用いた場合における微生物によるアルコール発酵の効率を高める。
【解決手段】糖を含む発酵原料に、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体を含む発酵促進材料を加え、発酵を行う微生物によりアルコール発酵させる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖を含む発酵原料に、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体を含む発酵促進材料を加え、発酵を行う微生物によりアルコール発酵させる、アルコール発酵方法。
【請求項2】
前記発酵促進材料がクルクミン又はクルクミン誘導体を含む、請求項1に記載のアルコール発酵方法。
【請求項3】
前記発酵原料に含まれる前記糖の濃度が15質量%以上30質量%以下である、請求項1又は2に記載のアルコール発酵方法。
【請求項4】
クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体を含むアルコール発酵促進剤。
【請求項5】
クルクミン又はクルクミン誘導体を含む、請求項4に記載のアルコール発酵促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物によるアルコール発酵方法、およびアルコール発酵促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ワインやビール等の酒類の製造にアルコール発酵が利用されている。アルコール発酵とは、微生物が糖を分解してエタノールと二酸化炭素を生成する代謝プロセス(C12 → 2CHCHOH + 2CO)のことをいう。近年では、木材等のセルロース系バイオマスからアルコール発酵を利用してバイオエタノールを製造することも行われている。
【0003】
微生物による発酵効率を高めることは、エタノールの生産性を向上させる観点から重要である。例えば特許文献1には、発酵原料に、ユズ種子、ビワ種子、ブドウ種子、ゴマ種子、及びニンニク塊茎のいずれかの粉砕物又は抽出物を添加することにより、アルコール発酵の効率を高める方法が記載されている。特許文献1の方法では、13%のグルコースを含むYPD培地に酵母を添加したものを発酵原料とし、そこに上記の粉砕物又は抽出物を添加することによりアルコール発酵が行われる。特許文献1の方法によれば、上記の粉砕物又は抽出物を添加した場合は、添加しなかった場合に比べて発酵速度が増大するため、糖が分解されてエタノールが生成されるまでに要する時間が短縮される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011-125229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
アルコール発酵では、酵母(微生物)に糖が取り込まれることによって該糖がエタノールに分解される。したがって、酵母に取り込まれる糖の量が増えれば発酵効率が高くなると考えられる。酵母に取り込まれる糖の量を増やす方法として、発酵原料に含まれる糖濃度を高くすることが考えられるが、酵母の種類によってアルコール発酵に適した糖濃度の範囲が異なることから、例えば特許文献1の方法において、YPD培地に含まれる糖の濃度を高くすると、かえって発酵効率が低下する場合があった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、様々な濃度範囲の糖を含む発酵原料を用いた場合における微生物によるアルコール発酵の効率を高めることができるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明に係るアルコール発酵方法は、
糖を含む発酵原料に、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体を含む発酵促進材料を加え、発酵を行う微生物によりアルコール発酵させるものである。
【0008】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るアルコール発酵促進剤は、
クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体を含むものである。
【0009】
本願発明者らは、香辛料に含まれる様々な成分の、微生物によるアルコール発酵に及ぼす影響を調べたところ、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから成る4種類の成分が微生物によるアルコール発酵を促進すること、その促進作用は、広い範囲の糖濃度条件において発揮されることを見出した。
【0010】
上記のアルコール発酵方法により、あるいは上記のアルコール発酵促進剤を用いてアルコール発酵を行うことにより、広い範囲の糖濃度条件において微生物によるアルコール発酵を促進することができるため、発酵効率を高めることができる。
【0011】
上記アルコール発酵方法においては、
前記発酵促進材料がクルクミン又はクルクミン誘導体を含むことが好ましい。
【0012】
上記アルコール発酵促進剤においては、
クルクミン又はクルクミン誘導体を含むことが好ましい。
【0013】
上記構成のアルコール発酵方法及びアルコール発酵促進剤によれば、より効果的にアルコール発酵を促進することができる。
【0014】
さらに、本願発明者らは、上記4種類の成分は、酵母のアルコール発酵能が低下すると考えられるような高糖濃度条件でもアルコール発酵を促進することを見出した。
そこで、上記アルコール発酵方法においては、
前記発酵原料に含まれる前記糖の濃度を15質量%以上30質量%以下であるものとすることができる。
【0015】
上記構成のアルコール発酵方法によれば、糖の濃度が15質量%以上30質量%以下という、比較的高い濃度範囲の糖を含む発酵原料を用いるため、微生物に取り込まれる糖の量を増やしつつアルコール発酵を促進することができるため、発酵効率を一層高めることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明のアルコール発酵方法およびアルコール発酵促進剤によれば、広い範囲の糖濃度条件において微生物によるアルコール発酵の効率を高めることができ、エタノールの生産性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ(図1(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ(図1(B))。
図2】実施例2における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ(図2(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ(図2(B))。
図3】実施例3における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ(図3(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ(図3(B))。
図4】実施例4における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ(図4(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ(図4(B))。
図5】比較例1(図5(A))、比較例2(図5(B))、及び比較例3(図5(C))における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ。
図6】比較例4(図6(A))、比較例5(図6(B))、比較例6(図6(C))及び比較例7(図6(D))における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ。
図7】実施例5における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ(図7(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ(図7(B))。
図8】実施例6における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ(図8(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ(図8(B))。
図9】実施例7における、二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフ(図9(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ(図9(B))。
図10】実施例8における、二酸化炭素発生量と発酵時間との関係を示すグラフ(図10(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵時間との関係を示すグラフ(図10(B))。
図11】実施例9における、二酸化炭素発生量と発酵時間との関係を示すグラフ(図11(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵時間との関係を示すグラフ(図11(B))。
図12】実施例10における、二酸化炭素発生量と発酵時間との関係を示すグラフ(図12(A))、及び二酸化炭素発生速度と発酵時間との関係を示すグラフ(図12(B))。
図13】参考例における、二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフ。
図14】実施例11における、発酵開始から2日経過後のエタノール濃度を示すグラフ(図14(A))、及び発酵開始から5日経過後のエタノール濃度を示すグラフ(図14(B))。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係るアルコール発酵方法では、糖を含む発酵原料に、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体を含む発酵促進材料を加え、発酵を行う微生物によりアルコール発酵させる。本発明に係るアルコール発酵方法は、飲料用、食用、工業用、その他の用途を問わず、微生物を用いてエタノールと二酸化炭素を生成させる方法を対象とする。
【0019】
クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンは、それぞれウコン、胡椒、甘草、及びニンニクに含まれる成分である。ウコン、胡椒、甘草、及びニンニクは、いずれも香辛料として利用されている植物材料である。香辛料の多くは古くから防腐作用や殺菌作用を有することが知られている。本発明者は、香辛料に含まれる様々な成分の防腐作用、殺菌作用を調べるための実験を行っていたところ、香辛料に含まれる成分(香辛料成分)の中に酵母によるアルコール発酵を促進する作用を有するものがあることを見出した。本発明に係るアルコール発酵方法及びアルコール発酵促進剤は、そのような知見に基づき得られたものである。
【0020】
本発明者は、香辛料成分の防腐作用、殺菌作用を調べる方法として新規な方法を開発した。この方法では、糖を含む培地に酵母を植菌し、酵母によるアルコール発酵が起きる条件で培養したときに発生する二酸化炭素の量に基づき香辛料成分の防腐作用、殺菌作用の有無を評価する方法である。この評価方法は、培養により酵母が正常に生育し、増殖すれば、アルコール発酵により二酸化炭素の発生量が増大するが、酵母の生育が抑えられたり(抗菌)死滅したりして(殺菌)酵母の数が減少すると、二酸化炭素の発生量が減少するという現象を利用したものである。したがって、この評価方法は、二酸化炭素の量を指標とした、酵母に対する香辛料成分の抗菌・殺菌作用を評価する方法であり、酵母によるアルコール発酵に対する香辛料成分の促進作用を評価する方法でもある。また、この評価方法は、酵母を含む微生物によるアルコール発酵の評価、アルコール発酵を行う微生物に対する様々な成分の抗菌・殺菌作用の評価、あるいはアルコール発酵の促進作用の評価に用いることができる。
【0021】
<微生物>
微生物は、アルコール発酵により糖を分解してエタノールと二酸化炭素を生成することができるものであれば良く、酵母、ザイモモナス属細菌、及びザイモバクター属細菌等が挙げられる。中でも、酵母はアルコール発酵を行う微生物の代表であり、サッカロマイセス属、シゾサッカロマイセス属、及びチゴサッカロマイセス属等の酵母を用いることができる。具体的には、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) 、サッカロマイセス・パストリアヌス(Saccharomyces pasteurianus)、サッカロマイセス ・バイヤヌス(Saccharomyces bayanus)、シゾサッカロマイセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)、及びチゴサッカロミセス・ルーキシィ(Zygosaccharomyces rouxii)から選ばれる1種又は複数種の酵母を用いることができる。サッカロマイセス・セレビシエは、主に、ビール、ワイン、酒等のアルコール飲料の製造あるいはパンの製造に利用されている。また、サッカロマイセス・パストリアヌス、サッカロマイセス ・バイヤヌス、シゾサッカロマイセス・ポンベは、主に、ビール、ワイン、ウイスキー等のアルコール飲料の製造に利用されており、チゴサッカロミセス・ルーキシィは主に醤油、味噌、バルサミコ酢の製造に利用されている。
【0022】
<発酵原料>
発酵原料は糖を含む。発酵原料に含まれる糖は典型的にはグルコース(ブドウ糖)であるが、C12で表されるグルコース以外の単糖(例えばフルクトース(果糖))でもよく、微生物によるアルコール発酵によりエタノールと二酸化炭素とを生成するものであればC12以外の化学式で表される単糖でも良い。また、単糖以外の二糖(例えばスクロース(ショ糖)、マルトース(麦芽糖))や多糖でも良い。また、糖は、果汁、サトウキビ又は甜菜等の糖蜜に含まれるものであっても良く、木材又は草本等のセルロース系バイオマス原料を糖化したものであっても良い。糖化は、糖化酵素を用いる方法、又は酸やアルカリを用いる方法で行うことができる。
【0023】
発酵原料に含まれる糖の濃度は10質量%以上30質量%以下であるのが好ましく、15%質量以上30質量%以下がより好ましく、20%質量以上30質量%以下がさらに好ましい。糖の濃度が10質量%以上であると、アルコール発酵により十分な量のエタノールを生成することができる。糖濃度が30質量%以下であると、微生物のアルコール発酵能の低下を防ぐことができる。
【0024】
発酵原料は、糖の他に、微生物によるアルコール発酵に必要な成分を含んでも良い。例えば、発酵原料はペプトン等の栄養成分又は酵母エキス等の生育促進剤を含む。
【0025】
<発酵促進材料>
発酵促進材料は、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体を含む。クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンはそれぞれ、上述したように香辛料のウコン、胡椒、甘草、及びニンニクに含まれる成分である。したがって、発酵促進材料はこれらの香辛料の粉砕物もしくは抽出物、又はそれらの混合物であっても良い。例えば、発酵促進材料はカレー粉であっても良い。アルコール発酵がより効果的に促進される点から、発酵促進材料は少なくともクルクミン又はクルクミン誘導体を含むことが好ましい。クルクミン誘導体としては、デメトキシクルクミン、又はビスデメトキシクルクミン等が挙げられる。なお、本発明において「アルコール発酵が促進される」とは、微生物により生成されるエタノール及び二酸化炭素の量が増加することを意味する。特に、アルコール発酵の初期の段階(アルコール発酵開始から48時間以内)においてエタノール及び二酸化炭素の量が増加することを言う。
【0026】
発酵促進材料を加えた後の発酵原料に含まれる、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシンから選ばれる少なくとも1種の成分又は該成分の誘導体の濃度は、選ばれる成分の種類によって適宜設定されるが、アルコール発酵をより効果的に促進させることができる観点から、0.01mg/mL以上10mg/mL以下であるのが好ましく、0.1mg/mL以上10mg/mL以下であるのがより好ましく、0.1mg/mL以上1mg/mL以下であるのがさらに好ましい。
【0027】
<アルコール発酵>
アルコール発酵は、発酵原料に発酵促進材料と微生物を添加し、該微生物に適した温度(通常、25℃~35℃)で微生物を培養することにより行う。アルコール発酵により得られたエタノールは、燃料用又は飲料用等として使用することができる。エタノールを飲料用として使用する場合は、添加した成分(すなわち、クルクミン、ピペリン、グリチルリチン酸二カリウム、及びアリシン)の風味や生理活性を該飲料に付与することができる。
【0028】
以下、本発明に係るアルコール発酵方法をいくつかの実施例によって説明するが、これらは単なる例示であって、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下に説明する実施例(及び比較例)では、段落[0020]で説明した評価方法を用いて酵母によるアルコール発酵に対する香辛料成分の促進作用を評価した。以下の実施例では、上記評価方法を用いて香辛料成分の促進作用を評価するための酵母の培養を「発酵試験」と呼ぶこととする。
【実施例0029】
<発酵試験>
酵母(Saccharomyces cerevisiae)の二倍体実験室株であるX2180株(ATCC(American Type Culture Collection)26109、NCYC(National Collection of Yeast Cultures)826)を使用し、YPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)において一晩30℃で振とう培養した。初期酵母密度がOD600=0.1になるように5mLの高濃度グルコース含有YPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース20%)を分注した試験管に上記酵母を植菌し、そこにクルクミンをそれぞれ0.01mg/mL,0.1mg/mL及び1mg/mLになるように加えて各種クルクミン添加試料を調製した。また、初期酵母密度がOD600=0.1になるように5mLの上記高濃度グルコース含有YPD培地を分注した試験管に上記酵母を植菌し、クルクミンを加えずにコントロール試料を調製した。各種クルクミン添加試料及びコントロール試料を30℃で静置培養し、アルコール発酵させた。発酵開始から24時間毎に、電子天秤を用いて各クルクミン添加試料及びコントロール試料の重量を測定し、発酵開始時の重量から所定時間経過後の重量を差し引くことにより、各試料における二酸化炭素発生量を算出した。発酵試験は各試料について独立して3回行なった。
【0030】
図1(A)は、実施例1における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフであり、図1(B)は二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフである。図1(A)において、縦軸は二酸化炭素発生量の平均値(g)を示し、図1(B)において、縦軸は二酸化炭素発生速度の平均値(g/24h)を示す。エラーバーは標準偏差を示す。
【0031】
図1(A)、図1(B)に示す通り、いずれのクルクミン添加試料においても、クルクミンを添加しなかったコントロール試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発酵速度)が増大した。特に、クルクミンの濃度が1mg/mLであるクルクミン添加試料では、コントロール試料に比べ、培養開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)が約120%増大した。以上の結果から、クルクミンの添加によりアルコール発酵が促進されることが分かった。
【実施例0032】
クルクミンに代えてピペリンを使用したこと以外は、実施例1と同じようにして発酵試験を行った。図2(A)は、実施例2における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフであり、図2(B)は二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフである。
【0033】
図2(A)、図2(B)に示す通り、ピペリンの濃度が0.01mg/mL及び0.1mg/mLであるピペリン添加試料では、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)がコントロール試料と同程度であったが、48時間経過後の二酸化炭素発生量はコントロール試料に比べて増大した。また、ピペリンの濃度が1mg/mLであるピペリン添加試料では、コントロール試料に比べ、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)が増大し、その増大率は約60%であった。以上の結果から、ピペリンの添加によりアルコール発酵が促進されることが分かった。
【実施例0034】
クルクミンに代えてグリチルリチン酸二カリウムを使用したこと以外は、実施例1と同じようにして発酵試験を行った。図3(A)は、実施例3における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフであり、図3(B)は二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフである。
【0035】
図3(A)、図3(B)に示す通り、いずれのグリチルリチン酸二カリウム添加試料においても、コントロール試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)が増大した。特に、グリチルリチン酸二カリウムの濃度が1mg/mLであるグリチルリチン酸二カリウム添加試料では、コントロール試料に比べ、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)が約60%増大した。以上の結果から、グリチルリチン酸二カリウムの添加によりアルコール発酵が促進されることが分かった。
【実施例0036】
クルクミンに代えてアリシンを使用したこと以外は、実施例1と同じようにして発酵試験を行った。図4(A)は、実施例4における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフであり、図4(B)は二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフである。
【0037】
図4(A)、図4(B)に示す通り、アリシンの濃度が0.01mg/mLであるアリシン添加試料では、コントロール試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)が増大した。アリシンの濃度が0.1mg/mLであるアリシン添加試料では、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)はコントロール試料に比べてやや小さかったが、48時間経過後の二酸化炭素発生量がコントロール試料に比べて増大した。一方、アリシンの濃度が1mg/mLであるアリシン添加試料では、発酵開始から5日経過しても二酸化炭素がわずかしか生成されなかった。以上の結果から、アリシンの添加によりアルコール発酵が促進されるが、アリシンの濃度が高くなるとアリシンの抗菌性により酵母が失活し、アルコール発酵が抑制されることが分かった。
【0038】
(比較例1)、(比較例2)、(比較例3)
クルクミンに代えてメントール(比較例1)、カプサイシン(比較例2)、又はギンゲロール(比較例3)を使用したこと以外は、実施例1と同じようにして発酵試験を行った。図5(A)、図5(B)、図5(C)はそれぞれ、比較例1、比較例2、比較例3における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフである。メントール、カプサイシン、及びギンゲロールはそれぞれ、ミント、唐辛子、及びショウガに含まれる成分である。
【0039】
図5(A)、図5(B)、図5(C)に示す通り、いずれの成分の添加試料においても、24時間経過後の二酸化炭素発生量はコントロール試料とほぼ同じか、コントロール試料よりも小さかった。発酵日数が増えてもその傾向は変わらなかった。以上の結果から、メントール、カプサイシン、及びギンゲロールはアルコール発酵を促進しないことが分かった。
【0040】
(比較例4)、(比較例5)、(比較例6)、(比較例7)
クルクミンに代えてリモネン(比較例4)、リナロール(比較例5)、クミンアルデヒド(比較例6)、又はアリルイソチオシアネート(比較例7)を使用したこと以外は、実施例1と同じようにして発酵試験を行った。図6(A)、図6(B)、図6(C)、及び図6(D)はそれぞれ、比較例4、比較例5、比較例6、及び比較例7における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフである。リモネン、リナロール、クミンアルデヒド、及びアリルイソチオシアネートはそれぞれ、柑橘類の果皮、コリアンダーシード、クミンシード、及びワサビに含まれる成分である。
【0041】
図6(A)、図6(B)、図6(C)、及び図6(D)に示す通り、いずれの成分の添加試料においても、24時間経過後に二酸化炭素はほとんど発生していなかった。発酵日数が増えてもコントロール試料より二酸化炭素発生量が増大した成分添加試料はなかった。以上の結果から、リモネン、リナロール、クミンアルデヒド、及びアリルイソチオシアネートはアルコール発酵を抑制することが分かった。
【実施例0042】
糖濃度が異なるYPD培地(高濃度グルコース含有YPD(10)培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース10%)、高濃度グルコース含有YPD(20)培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース20%)、及び高濃度グルコース含有YPD(30)培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース30%))を用いたこと、クルクミンを1mg/mLになるように加えたこと以外は実施例1と同じようにして発酵試験を行った。
【0043】
図7(A)は、実施例5における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフであり、図7(B)は二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフである。図7(A)、図7(B)に示す通り、グルコース濃度が10%、20%、30%であるYPD培地を用いたクルクミン添加試料のいずれにおいても、各グルコース濃度に対応するコントロール試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)が増大した。以上の結果から、クルクミンを添加することにより酵母の糖代謝能が低下すると考えられるような高糖濃度(20%~30%)においてもアルコール発酵が促進されることが分かった。
【実施例0044】
クルクミンの他に、デメトキシクルクミンを用い、これらを1mg/mLになるように加えたこと以外は実施例1と同じようにして発酵試験を行った。
【実施例0045】
クルクミンの他に、ビスデメトキシクルクミンを用い、これらを1mg/mLになるように加えたこと以外は実施例1と同じようにして発酵試験を行った。
【0046】
図8(A)、図9(A)はそれぞれ、実施例6、実施例7における二酸化炭素発生量と発酵日数との関係を示すグラフであり、図8(B)、図9(B)はそれぞれ、実施例6、実施例7における二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフである。図8(A)、図8(B)及び図9(A)、図9(B)に示す通り、デメトキシクルクミン又はビスデメトキシクルクミンを添加した試料においても、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量(二酸化炭素発生速度)がコントロール試料に比べて増大した。以上の結果から、クルクミンの誘導体を用いてもアルコール発酵が促進されることが分かった。
【実施例0047】
<発酵試験>
酵母(Saccharomyces cerevisiae)の二倍体実験室株であるX2180株を使用し、YPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)において一晩30℃で振とう培養した。初期酵母密度がOD600=0.1になるように、50mLの高濃度グルコース含有YPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース20%)を分注した培養器に上記酵母を植菌し、そこにクルクミンを0.01mg/mL,0.1mg/mL,1mg/mL,及び10mg/mLになるように加えて各種クルクミン添加試料を調製した。また、初期酵母密度がOD600=0.1になるように、50mLの上記高濃度グルコース含有YPD培地を分注した培養器に上記酵母を植菌してコントロール試料を調製した。各種クルクミン添加試料及びコントロール試料を30℃で静置培養し、アルコール発酵させた。二酸化炭素発生量はガス発生自動計測装置(ファーモグラフII-W、アトー社製)を用いて測定した。発酵試験は各試料について独立して3回行なった。
【0048】
図10(A)は、実施例8における二酸化炭素発生量と発酵時間との関係を示すグラフであり、図10(B)は、実施例8における二酸化炭素発生速度と発酵時間との関係を示すグラフである。図10(A)、図10(B)に示す通り、いずれの濃度のクルクミンを含むクルクミン添加試料においても、コントロール試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量及び二酸化炭素発生速度が増大した。クルクミンの濃度が0.1mg/mL,1mg/mL,及び10mg/mLである各種クルクミン添加試料では、二酸化炭素発生速度は同程度であった。以上の結果から、クルクミンの濃度が0.01mg/mL~10mg/mLでアルコール発酵が促進され、特に0.1mg/mL~10mg/mLでより効果的にアルコール発酵が促進されることが分かった。
【実施例0049】
クルクミンの他にウコンの粉砕物を使用し、これらを1mg/mLになるように加えてクルクミン添加試料及びウコン添加試料を調製したこと以外は、実施例8と同じようにして発酵試験を行った。
【0050】
図11(A)は、実施例9における二酸化炭素発生量と発酵時間との関係を示すグラフであり、図11(B)は、実施例9における二酸化炭素発生速度と発酵時間との関係を示すグラフである。図11(A)、図11(B)より、ウコン添加試料では、クルクミン添加試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量及び二酸化炭素発生速度がやや小さかったが、クルクミン添加試料及びウコン添加試料のいずれにおいても、コントロール試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量及び二酸化炭素発生速度が増大した。以上の結果から、クルクミンの代わりにクルクミンを含む香辛料であるウコンの粉砕物を用いても、アルコール発酵が促進されることが分かった。
【実施例0051】
クルクミンの他にカレー粉(商品名:S&Bカレーパウダー、エスビー食品株式会社製)を使用し、これらを1mg/mLになるように加えてクルクミン添加試料及びカレー粉添加試料を調製したこと以外は実施例8と同じようにして発酵試験を行った。実施例10で使用したカレー粉には、ウコン(ターメリック)及び胡椒が含まれる。
【0052】
図12(A)は、実施例10における二酸化炭素発生量と発酵時間との関係を示すグラフであり、図12(B)は、実施例10における二酸化炭素発生速度(mL/12h)と発酵時間との関係を示すグラフである。図12(A)、図12(B)より、カレー粉添加試料では、クルクミン添加試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量及び二酸化炭素発生速度がやや小さかったが、クルクミン添加試料及びカレー粉添加試料のいずれにおいても、コントロール試料に比べて、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生量が増大した。以上の結果から、クルクミンの代わりにカレー粉を用いても、アルコール発酵が促進されることが分かった。
【0053】
実施例9及び実施例10でそれぞれ使用したウコン粉砕物及びカレー粉にクルクミンがどの程度含まれるかは不明であるが、実施例9及び実施例10において、ウコン粉砕物添加試料及びカレー粉添加試料はクルクミン添加試料とほぼ同等のアルコール発酵能を示したことから、ウコン粉砕物及びカレー粉にはアルコール発酵能を示すのに十分な量のクルクミンが含まれていたと考えられる。また、実施例10で使用したカレー粉にはウコンの他に胡椒が含まれるため、ウコンに含まれる成分であるクルクミンと胡椒に含まれる成分であるピペリンとが作用してアルコール発酵が促進されたとも考えられる。
【0054】
(参考例)
アルコール発酵能が高いことで知られる清酒酵母(K701株)、及び実験室酵母(X2180株)を用い、実施例8と同じようにしてコントロール試料を調製し、発酵試験を行った。
【0055】
図13は参考例における二酸化炭素発生速度と発酵日数との関係を示すグラフである。清酒酵母と実験室酵母の二酸化炭素発生速度を比較すると、発酵開始から24時間経過後ではほぼ同程度であり、48時間経過後では清酒酵母の二酸化炭素発生速度の方が実験室酵母の二酸化炭素発生速度の約47%大きかった。一方、実施例10では、クルクミン添加試料において、発酵開始から24時間経過後の二酸化炭素発生速度がコントロール試料に対して約240%増大し、カレー粉添加試料において、該二酸化炭素発生速度がコントロール試料に対して約190%増大した。参考例における実験室酵母を用いたコントロール試料は、実施例10におけるコントロール試料に相当する。以上より、クルクミン又はカレー粉を添加した試料では、アルコール発酵能が高い清酒酵母を用いたコントロール試料よりも培養開始から24時間以内における二酸化炭素発生速度が大きいことが分かった。
【実施例0056】
実施例10と同じようにして、クルクミン添加試料、カレー粉添加試料、及びコントロール試料をアルコール発酵させた。各試料に含まれるエタノールの濃度(Vol%)をF-キット エタノール(株式会社J.K.インターナショナル製)を用い、該キットのプロトコルに従って測定した。
【0057】
図14(A)は実施例11における発酵開始から2日経過後のエタノール濃度を示すグラフであり、図14(B)は発酵開始から5日経過後のエタノール濃度を示すグラフである。図14(A)、図14(B)に示す通り、クルクミン添加試料及びカレー粉添加試料では、コントロール試料に比べてエタノール濃度が高くなった。また、コントロール試料では発酵開始から5日間で生成される量のエタノールが、クルクミン添加試料では2日間で生成された。以上の結果から、クルクミン又はカレー粉の添加によりアルコール発酵が促進され、エタノールの生産性が向上することが分かった。
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