(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025027637
(43)【公開日】2025-02-28
(54)【発明の名称】蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法
(51)【国際特許分類】
D21C 3/00 20060101AFI20250220BHJP
【FI】
D21C3/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023132590
(22)【出願日】2023-08-16
(71)【出願人】
【識別番号】000226161
【氏名又は名称】日華化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 多加志
【テーマコード(参考)】
4L055
【Fターム(参考)】
4L055AA03
4L055AB02
4L055AB04
4L055AB14
4L055BA18
4L055BA20
4L055BB02
4L055CA23
4L055FA02
4L055FA03
(57)【要約】
【課題】より安全で、蒸解促進効果に優れ、より品質に優れたパルプを得ることが可能な蒸解促進剤を提供すること。
【解決手段】カゼイン、芳香環又は複素環を有するアミノ酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種の蒸解促進成分を含有することを特徴とする蒸解促進剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カゼイン、芳香環又は複素環を有するアミノ酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種の蒸解促進成分を含有することを特徴とする蒸解促進剤。
【請求項2】
前記芳香環又は複素環を有するアミノ酸が、単環の芳香環又は単環の複素環を有するアミノ酸であることを特徴とする請求項1に記載の蒸解促進剤。
【請求項3】
前記単環の芳香環又は単環の複素環を有するアミノ酸が、α炭素に単環の芳香環又は単環の複素環を含有する基が結合したα-アミノ酸であることを特徴とする請求項2に記載の蒸解促進剤。
【請求項4】
前記α炭素に単環の芳香環又は単環の複素環を含有する基が結合したα-アミノ酸が、チロシン及びフェニルアラニンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項3に記載の蒸解促進剤。
【請求項5】
請求項1~4のうちのいずれか一項に記載の蒸解促進剤を用いて蒸解処理を行う工程を含むことを特徴とするパルプの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法に関し、より詳しくは、リグノセルロース材料の蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
木材等の植物のリグノセルロース材料からパルプを製造するには、一般的には、アルカリや亜硫酸塩等を使って蒸解処理を行う。この蒸解処理により不要なリグニン成分や天然樹脂成分等を溶解又は分散させた後、これらの成分をろ過洗浄等により除去することによって、パルプが得られる。
【0003】
一方で、木材等の天然資源は環境問題等から乱伐が規制され、また、木材の価格も高くなっているのが現状である。そのため、原木原単位辺りのパルプの生産量を増加させ、品質の高いパルプ製品を生産することが重要になってきている。これらの課題を解決する方法として、蒸解促進剤を用いる方法が知られている。
【0004】
例えば、特開昭53-74101号公報(特許文献1)には、リグノセルロース物質をアルカリ性薬液又は亜硫酸塩を含む薬液で処理してパルプ化する蒸解工程において、アルカリ性薬液又は亜硫酸塩を含む薬液からなる蒸解液に、ヒドロキシアントラセン又はヒドロキシアントラセン誘導体を蒸解助剤として添加して、アルカリ法又は亜硫酸塩法によりリグノセルロース物質の蒸解を行うことを特徴とするパルプの製造方法が開示されている。また、国際公開第95/29288号(特許文献2)には、アントラキノン類の水分散液を添加してパルプ原料を精製する方法が開示されている。しかしながら、アントラキノン類や、ヒドロキシアントラセン及びその誘導体は発がん性の問題のため、人体への影響を排除できず、より安全性を考慮して、アントラキノン類等を使用しない蒸解促進剤が求められている。
【0005】
また、特開2009-185413号公報(特許文献3)には、アミノカルボン酸やオキシカルボン酸等の有機酸及び/又はその塩を含有する蒸解助剤が開示されている。しかしながら、この蒸解助剤は蒸解促進効果が十分ではなく、また、得られるパルプの品質も十分ではないため、より優れた蒸解促進効果を発現し、さらに、より品質に優れたパルプを得ることが可能な蒸解促進剤が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭53-74101号公報
【特許文献2】国際公開第95/29288号
【特許文献3】特開2009-185413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、より安全で、蒸解促進効果に優れ、より品質に優れたパルプを得ることが可能な蒸解促進剤及びそれを用いたパルプの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、蒸解促進成分として、カゼイン、芳香環又は複素環を有するアミノ酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種を含有する蒸解促進剤が蒸解促進効果に優れており、この蒸解促進剤を用いることによって、より品質に優れたパルプが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の態様を提供する。
[1]カゼイン、芳香環又は複素環を有するアミノ酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種の蒸解促進成分を含有する、蒸解促進剤。
[2]前記芳香環又は複素環を有するアミノ酸が、単環の芳香環又は単環の複素環を有するアミノ酸である、[1]に記載の蒸解促進剤。
[3]前記単環の芳香環又は単環の複素環を有するアミノ酸が、α炭素に単環の芳香環又は単環の複素環を含有する基が結合したα-アミノ酸である、[2]に記載の蒸解促進剤。
[4]前記α炭素に単環の芳香環又は単環の複素環を含有する基が結合したα-アミノ酸が、チロシン及びフェニルアラニンからなる群から選択される少なくとも1種である、[3]に記載の蒸解促進剤。
[5][1]~[4]のうちのいずれか1項に記載の蒸解促進剤を用いて蒸解処理を行う工程を含む、パルプの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、より安全で、蒸解促進効果に優れ、より品質に優れたパルプを得ることが可能な蒸解促進剤を得ることができ、また、この蒸解促進剤を用いることによって、より品質に優れたパルプを得ることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。なお、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物及びその用途を制限することを意図するものではない。
【0012】
〔蒸解促進剤〕
先ず、本発明の蒸解促進剤について説明する。本発明の蒸解促進剤は、カゼイン、芳香環又は複素環を有するアミノ酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種の蒸解促進成分を含有するものである。
【0013】
(蒸解促進成分)
本発明に用いられる蒸解促進成分は、カゼイン、芳香環又は複素環を有するアミノ酸、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1種の化合物である。
【0014】
カゼインは、リンタンパクの一種であり、主に牛乳、ヤギ乳、ラクダ乳等動物性の生乳やアーモンドミルク、ココナッツミルク、豆乳等の植物性のミルクに含まれている。本発明において、このようなカゼインは、生乳やミルクに含まれた状態や生乳やミルクを脱脂加工した脱脂粉乳に含まれた状態で使用してもよいが、蒸解促進効果がより優れており、蒸解促進成分として用いることによって、より品質に優れたパルプを得ることができるという観点から、生乳やミルクから分離して使用することが好ましい。また、本発明においては、工業的に製造されたカゼインを使用することもできる。カゼインの塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等の金属塩や、塩酸塩、硫酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、リンゴ酸塩、p-トルエンスルホン酸塩等の有機酸塩、ジエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩等のアミン塩が挙げられる。
【0015】
芳香環又は複素環を有するアミノ酸としては、例えば、α炭素(カルボキシル基及びアミノ基が結合している炭素)に芳香環又は複素環を含有する基が結合したα-アミノ酸が挙げられる。前記芳香環又は複素環を含有する基としては、ベンジル基、ヒドロキシベンジル基、イミダゾリルメチル基が挙げられる。このような芳香環又は複素環を有するアミノ酸の中でも、蒸解促進効果がより優れており、蒸解促進成分として用いることによって、より品質に優れたパルプを得ることができるという観点から、単環の芳香環又は単環の複素環を有するアミノ酸が好ましく、α炭素に単環の芳香環又は単環の複素環を含有する基が結合したα-アミノ酸がより好ましく、α炭素に単環の芳香環を含有する基が結合したα-アミノ酸が更に好ましく、より具体的には、チロシン及びフェニルアラニンが好ましく、チロシンが特に好ましい。前記芳香環又は複素環を有するアミノ酸の塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等の金属塩や塩酸塩、硫酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、リンゴ酸塩、p-トルエンスルホン酸塩等の有機酸塩、ジエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩等のアミン塩等が挙げられる。
【0016】
チロシンは、細胞でのたんぱく質生合成に使われる22のアミノ酸のうちの一つであり、さくらえび、チーズ、しらす、豚肉、鶏肉、大豆製品等の食品に多く含まれている。本発明において、このようなチロシンは、食品等に含まれた状態で使用してもよいが、蒸解促進効果がより優れており、蒸解促進成分として用いることによって、より品質に優れたパルプを得ることができるという観点から、食品等から分離して使用することが好ましい。また、本発明においては、工業的に製造されたチロシンを使用することもできる。
【0017】
フェニルアラニンは、ベンジル基を有する芳香族アミノ酸であって、必須アミノ酸の一つであり、煮干し、チーズ、いわし、大豆製品、豚肉、落花生、鶏肉等の食品や人工甘味料に多く含まれている。本発明において、このようなフェニルアラニンは、食品等に含まれた状態で使用してもよいが、蒸解促進効果がより優れており、蒸解促進成分として用いることによって、より品質に優れたパルプを得ることができるという観点から、食品等から分離して使用することが好ましい。また、本発明においては、工業的に製造されたフェニルアラニンを使用することもできる。
【0018】
本発明においては、これらの蒸解促進成分の中でも、蒸解促進効果が特に優れており、蒸解促進成分として用いることによって、特に品質に優れたパルプを得ることができるという観点から、カゼイン及びその塩が特に好ましい。
【0019】
(蒸解促進剤)
本発明の蒸解促進剤は前記蒸解促進成分を含むものであり、前記蒸解促進成分の含有量としては、蒸解促進効果とコストの観点から、1~100質量%が好ましく、2~100質量%がより好ましく、5~100質量%が更に好ましく、10~100質量%が特に好ましい。
【0020】
本発明の蒸解促進剤において、前記蒸解促進成分の含有量が100質量%未満の場合に含まれる他の成分としては、公知の非イオン界面活性剤、アニオン界面活性剤、カチオン界面活性剤、両性界面活性剤、鉱物油、有機溶剤、オレンジオイル等の天然溶剤等の添加剤が挙げられる。このような添加剤を配合することによって、リグノセルロース材料等の原料への前記蒸解促進成分の浸透性や洗浄性等が向上する。
【0021】
また、本発明の蒸解促進剤においては、人体への影響(発がん性の可能性)を排除できず、安全性を考慮するという観点から、アントラキノン類及びヒドロキシアントラセン類が含まれてないことが特に好ましい。アントラキノン類としては、例えば、アントラキノン及びその芳香環に炭素数1~4のアルキル基、アミノ基、又はニトロ基が結合したアントラキノン誘導体、アントラキノン及び前記アントラキノン誘導体の芳香環の一部が水添されたアントラキノン誘導体が挙げられる。ヒドロキシアントラセン類としては、例えば、ヒドロキシアントラセン及びその芳香環に炭素数1~4のアルキル基、アミノ基、又はニトロ基が結合したヒドロキシアントラセン誘導体、ヒドロキシアントラセン及び前記ヒドロキシアントラセン誘導体の芳香環の一部が水添されたアントラキノン誘導体が挙げられる。
【0022】
本発明の蒸解促進剤の使用量としては、蒸解促進効果とコストの観点から、リグノセルロース材料の乾燥質量に対して、0.0001~1.0質量%が好ましく、0.001~0.5質量%がより好ましく、0.005~0.1質量%が更に好ましい。
【0023】
また、本発明の蒸解促進剤は、そのまま使用してもよいが、水や有機溶剤に、溶解、乳化又は分散させて使用してもよい。前記有機溶剤としては特に制限はないが、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール等の炭素数1~6の低級アルコール、前記低級アルコールのアルキレンオキシド付加物、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール、3-メチル-3-メトキシブタノール等が挙げられる。
【0024】
さらに、本発明の蒸解促進剤は、タンニン、タンニン酸、グルコース等の糖類、長鎖アルキル基を有する4級アンモニウム等の公知の蒸解促進剤(前記アントラキノン類及び前記ヒドロキシアントラセン類を除く)と併用してもよい。
【0025】
〔パルプの製造方法〕
次に、本発明のパルプの製造方法について説明する。本発明のパルプの製造方法は、前記本発明の蒸解促進剤を用いて蒸解処理を行う工程を含むパルプの製造方法である。
【0026】
パルプの製造方法は、一般的には、リグノセルロース材料を含む原料を蒸解処理(例えば、熱や圧力等をかけて処理する物理処理やアルカリ剤等を用いて処理する化学処理)してパルプ化する蒸解工程と、得られた粗パルプを洗浄する洗浄工程と、洗浄したパルプを漂白する漂白工程とを含んでいる。本発明のパルプの製造方法は、このような一般的なパルプの製造方法における前記蒸解工程において、前記本発明の蒸解促進剤を用いて蒸解処理を行う方法であり、前記本発明の蒸解促進剤を用いること以外は公知の蒸解処理方法を採用することができ、また、洗浄工程及び漂白工程としては公知の洗浄工程及び漂白工程を採用することができる。
【0027】
なお、前記本発明の蒸解促進剤を用いた蒸解処理は、パルプの製造のほかに、リグノセルロース材料から分離したリグニン成分やヘミセルロース成分の製造においても有効である。
【0028】
本発明のパルプの製造方法に用いられるリグノセルロース材料としては特に制限はなく、例えば、木材(針葉樹(N材)、広葉樹(L材)等)のほか、わら、バカス、ヨシ、ケナフ、クワ、竹、草本類、雑草等の非木材も挙げられる。
【0029】
本発明のパルプの製造方法に採用することができる蒸解処理方法としては特に制限はなく、例えば、アルカリ蒸解法、亜硫酸塩蒸解法等の公知の蒸解処理方法が挙げられる。アルカリ蒸解法としては、例えば、クラフト蒸解法、ソーダ蒸解法、炭酸ソーダ蒸解法、ポリサルファイド蒸解法が挙げられる。亜硫酸塩蒸解法としては、例えば、アルカリ性亜硫酸塩蒸解法、中性亜硫酸塩蒸解法、重亜硫酸塩蒸解法等が挙げられる。これらの蒸解処理方法に用いられる薬液(蒸解用薬液)としては特に制限はなく、それぞれの蒸解法に適した薬液を用いることができる。
【0030】
前記蒸解処理に使用する設備(蒸解設備)としては特に制限はなく、公知の蒸解設備を用いることができ、連続式であってもバッチ式であってもよい。また、蒸解システムとして、MCC法(修正蒸解法)、ITC法(全缶等温蒸解法)、Lo-solids法(缶内固形分の低減)、BLI法(黒液を浸透段に使用)等を採用することもできる。
【0031】
本発明のパルプの製造方法において、前記本発明の蒸解促進剤の添加時期及び添加方法としては特に制限はないが、パルプ化する蒸解工程及びそれ以前の工程で前記蒸解促進剤を添加することが好ましく、具体的には、前記蒸解促進剤を、蒸解前や蒸解処理中に蒸解釜に直接添加する方法、蒸解用薬液と混合する方法、蒸解前のリグノセルロース材料に噴霧する方法、蒸解設備が連続式の場合には循環する黒液に添加する方法等が挙げられる。
【0032】
前記蒸解処理における前記蒸解促進剤の使用量としては、蒸解促進効果とコストの観点から、リグノセルロース材料の乾燥質量に対して、0.0001~1.0質量%が好ましく、0.001~0.5質量%がより好ましく、0.005~0.1質量%が更に好ましい。
【0033】
本発明のパルプの製造方法において、前記本発明の蒸解促進剤は、そのまま添加してもよいが、水や有機溶剤に、溶解、乳化又は分散させた状態で添加してもよい。前記有機溶剤としては特に制限はないが、例えば、メタノール、エタノール、プロパノール等の炭素数1~6の低級アルコール、前記低級アルコールのアルキレンオキシド付加物、エチレングリコール、ジエチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール、3-メチル-3-メトキシブタノール等が挙げられる。さらに、前記本発明の蒸解促進剤は、タンニン、タンニン酸、グルコース等の糖類、長鎖アルキル基を有する4級アンモニウム等の公知の蒸解促進剤(前記アントラキノン類及び前記ヒドロキシアントラセン類を除く)と併用してもよい。
【0034】
前記蒸解処理の温度としては、目的のパルプ製品によって異なり、限定されるものではないが、蒸解性とエネルギーコスト、安全性の観点から、50~300℃が好ましく、80~250℃がより好ましい。
【0035】
前記蒸解処理の圧力としては、目的のパルプ製品によって異なり、限定されるものではないが、蒸解性とエネルギーコスト、安全性の観点から、常圧~10MPaが好ましく、常圧~5MPaがより好ましい。
【0036】
また、前記蒸解処理の際に、蒸解釜に酸素を導入してもよい。酸素の導入方法としては特に制限はなく、例えば、蒸解釜の圧力を調整しながら酸素分圧を高く設定し、蒸解釜に酸素又は空気を圧入する方法、リグノセルロース材料の供給や蒸解用薬液の供給の際に酸素又は空気を圧入する方法等が挙げられる。前記酸素分圧としては、0.05~1MPaが好ましく、0.1~0.3MPaがより好ましい。酸素源としては、酸素分圧が前記範囲内に保持できれば特に制限はなく、例えば、純酸素、空気、酸素と空気との混合ガスが挙げられるが、蒸解装置の耐圧度を高くすると設備費が高くなるため、純酸素や酸素と空気との混合ガスが好ましい。
【0037】
さらに、前記蒸解処理の際に、必要に応じて、過酸化物(例えば、過酸化水素や過酸化カリウム等)、過カルボン酸(例えば、過酢酸等)、過酸化水素付加物(例えば、過炭酸ナトリウム等)等の酸化剤を蒸解用薬液に添加して蒸解条件で酸素を発生させてもよい。
【実施例0038】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実施例A1)
〔L材、クラフト蒸解法〕
(クラフト蒸解処理)
木材チップとして60℃で24時間乾燥させたL材の木材チップ(アカシア)50.0g、硫化ナトリウム5水和塩(試薬)6.46g(硫化ナトリウムの純分で3.00g)及び水酸化ナトリウム(試薬)9.00gの混合物に、水道水を入れて合計200gとした。得られた水溶液に、蒸解促進剤としてカゼインナトリウム(試薬、東京化成工業株式会社製)0.0150g(木材チップに対して0.03質量%)を加えて、ミニカラー染色試験機(株式会社テクサム技研製)のポットに仕込み、160℃×120分で蒸解処理(クラフト蒸解処理)を行い、パルプと未蒸解の木材チップとの混合物を得た。
【0040】
(洗浄処理)
この混合物に、目開き710μmのステンレス製ふるい上に目開き75μmのステンレス製ふるいを重ねた2段のふるい上で、水道水によるシャワー洗浄を、洗浄液が無色になるまで繰り返した。
【0041】
洗浄後、目開き75μmのステンレス製ふるい上に残ったパルプ(以下、「回収パルプ」という)及び目開き710μmのステンレス製ふるい上に残った木材チップ(以下、「残留チップ」という)をそれぞれ回収した。
【0042】
〔木材チップの残留率〕
得られた残留チップを105℃で10時間乾燥させた後、質量を測定し、この質量を「乾燥後の残留チップ量(g)」として、下記式:
木材チップの残留率(%)=[乾燥後の残留チップ量(g)/蒸解に供した木材チップ量(50.0g)]×100
により、木材チップの残留率を算出した。その結果を表1に示す。
【0043】
〔パルプ収率〕
得られた回収パルプを105℃で10時間乾燥させた後、質量を測定し、この質量を「乾燥後の回収パルプ量(実測値)(g)」とした。さらに、前記残留チップに再度蒸解処理を施すことを想定して、下記式:
乾燥後の回収パルプ量(補正値)(g)=乾燥後の回収パルプ量(実測値)(g)+(乾燥後の残留チップ量(g)/2)
のように、実測した「乾燥後の回収パルプ量(実測値)(g)」に、歩留り分として「乾燥後の残留チップ量(g)/2」を加算し、これを「乾燥後の回収パルプ量(補正値)(g)」として、下記式:
パルプ収率(%)=[乾燥後の回収パルプ量(補正値)(g)/蒸解に供した木材チップ量(50.0g)]×100
により、パルプ収率(%)を算出した。その結果を表1に示す。
【0044】
(試験紙の作製)
上記の蒸解処理及び洗浄処理と同様にして別途得た回収パルプを、丸形抄紙機(熊谷理機工業株式会社製「スタンダードシートマシン抄紙装置」)を用いてJIS P8222:2015「パルプ-試験用手すき紙の調製方法-標準手すき機による方法」に準拠して、坪量150g/m2の条件で手すきした。その後、圧力700kPaで5分間プレス処理を行い、ドラムドライヤーを用いて105℃で5分間乾燥させて、試験紙を得た。
【0045】
〔カッパー価〕
回収パルプのカッパー価を、前記試験紙を用いて、JIS P8211:2011「パルプ-カッパー価試験方法」に準拠して測定した。その結果を表1に示す。
【0046】
〔白色度〕
前記試験紙の白色度を、分光光度計型測色計(Technidyne社製「Color Touch PC」)を用いてJIS P8148:2018「紙、板紙及びパルプ-拡散青色光反射率の測定方法-室内昼光条件(ISO白色度)」に準拠して、C光源、測定角度2°の条件で測定した。その結果を表1に示す。
【0047】
(実施例A2~A11)
蒸解促進剤として表1に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例A1と同様にして、L材の木材チップ(アカシア)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0048】
(比較例A1)
蒸解促進剤を添加しなかった以外は実施例A1と同様にして、L材の木材チップ(アカシア)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0049】
(比較例A2~A5)
蒸解促進剤として表1に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例A1と同様にして、L材の木材チップ(アカシア)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表1に示す。
【0050】
【0051】
(実施例B1)
〔N材、クラフト蒸解法〕
木材チップとして60℃で24時間乾燥させたN材の木材チップ(パイン)50.0gを用い、硫化ナトリウム5水和塩の量を8.61g(硫化ナトリウムの純分で4.00g)に、水酸化ナトリウムの量を12.0gに、カゼインナトリウムの量を0.00250g(木材チップに対して0.005質量%)に変更した以外は実施例A1と同様にして、蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表2に示す。
【0052】
(実施例B2~B11)
蒸解促進剤として表2に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例B1と同様にして、N材の木材チップ(パイン)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表2に示す。
【0053】
(比較例B1)
蒸解促進剤を添加しなかった以外は実施例B1と同様にして、N材の木材チップ(パイン)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表2に示す。
【0054】
(比較例B2~B5)
蒸解促進剤として表2に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例B1と同様にして、N材の木材チップ(パイン)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表2に示す。
【0055】
【0056】
(実施例C1)
〔L材、ポリサルファイド蒸解法〕
(ポリサルファイド蒸解処理)
木材チップとして60℃で24時間乾燥させたL材の木材チップ(アカシア)50.0g、硫化ナトリウム5水和塩(試薬)4.31g(硫化ナトリウムの純分で2.00g)、水酸化ナトリウム(試薬)9.00g及び四硫化ナトリウム水溶液(ナガオ株式会社製)3.33g(四硫化ナトリウムの純分で1.00g)の混合物に、水道水を入れて合計200gとした。得られた水溶液に、蒸解促進剤としてカゼインナトリウム(試薬、東京化成工業株式会社製)0.0150g(木材チップに対して0.03質量%)を加えて、ミニカラー染色試験機(株式会社テクサム技研製)のポットに仕込み、160℃×120分で蒸解処理(ポリサルファイド蒸解処理)を行い、パルプと未蒸解の木材チップとの混合物を得た。
【0057】
(洗浄処理)
この混合物に、実施例A1と同様にして洗浄処理を施し、回収パルプ及び残留チップをそれぞれ回収した。
【0058】
実施例A1と同様にして、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表3に示す。
【0059】
(実施例C2~C3)
蒸解促進剤として表3に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例C1と同様にして、L材の木材チップ(アカシア)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表3に示す。
【0060】
(比較例C1)
蒸解促進剤を添加しなかった以外は実施例C1と同様にして、L材の木材チップ(アカシア)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表3に示す。
【0061】
(比較例C2~C5)
蒸解促進剤として表3に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例C1と同様にして、L材の木材チップ(アカシア)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表3に示す。
【0062】
【0063】
(実施例D1)
〔N材、クラフト蒸解法〕
木材チップとして60℃で24時間乾燥させたN材の木材チップ(パイン)50.0gを用い、硫化ナトリウム5水和塩の量を5.81g(硫化ナトリウムの純分で2.70g)に、水酸化ナトリウムの量を12.0gに、四硫化ナトリウム水溶液の量を4.33g(四硫化ナトリウムの純分で1.30g)に変更し、蒸解促進剤としてカゼイン(乳由来)(試薬、富士フイルム和光純薬株式会社製)0.0150g(木材チップに対して0.03質量%)を用いた以外は実施例C1と同様にして、蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表4に示す。
【0064】
(実施例D2~D3)
蒸解促進剤として表4に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例D1と同様にして、N材の木材チップ(パイン)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表4に示す。
【0065】
(比較例D1)
蒸解促進剤を添加しなかった以外は実施例D1と同様にして、N材の木材チップ(パイン)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表4に示す。
【0066】
(比較例D2~D5)
蒸解促進剤として表4に示した種類及び量の化合物を用いた以外は実施例D1と同様にして、N材の木材チップ(パイン)の蒸解処理及び洗浄処理を行い、得られた残留チップ及び回収パルプを用いて、木材チップの残留率及びパルプ収率を算出し、回収パルプのカッパー価及び試験紙の白色度を測定した。これらの結果を表4に示す。
【0067】
【0068】
表1~表4に示したように、蒸解促進剤として、カゼイン及びその塩、チロシン並びにフェニルアラニンのうちの少なくとも1種の化合物を用いた場合(実施例)には、ゼラチン、アラニン、バリン、又はロイシンを用いた場合(比較例)に比べて、L材及びN材のいずれの木材チップ並びにクラフト蒸解及びポリサルファイド蒸解のいずれの方法においても、木材チップの残留率が低く、パルプ収率が高く、カッパー価が低く、白色度が高くなることが確認された。
以上説明したように、本発明によれば、より安全で、蒸解促進効果に優れ、より品質に優れたパルプを得ることが可能な蒸解促進剤を得ることが可能となる。したがって、本発明のパルプの製造方法は、このような蒸解促進剤を用いているため、リグノセルロース材料を効率よくパルプ化することができ、さらに、より品質に優れたパルプを得ることが可能な方法として有用である。