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特開2025-27771肝腫瘍に対する至適治療法判断の支援方法、及び支援システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025027771
(43)【公開日】2025-02-28
(54)【発明の名称】肝腫瘍に対する至適治療法判断の支援方法、及び支援システム
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20250220BHJP
   G16H 50/20 20180101ALI20250220BHJP
   A61B 5/055 20060101ALI20250220BHJP
   A61B 6/03 20060101ALI20250220BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20250220BHJP
   G01N 33/574 20060101ALI20250220BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20250220BHJP
【FI】
C12Q1/68
G16H50/20
A61B5/055 380
A61B6/03 360T
G01N33/53 M
G01N33/574 Z
G01N33/48 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023132892
(22)【出願日】2023-08-17
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和4年8月30日に第30回日本消化器関連学会週間(JDDW2022)日程表/抄録検索にて公開。(公開の事実(1)) 〔刊行物等〕令和4年10月29日に第30回日本消化器関連学会週間(JDDW2022)にて発表。(公開の事実(2)) 〔刊行物等〕令和4年11月13日に、「“Optimizing the selection of technically unresectable colorectal liver metastases”,Surgery 173(2023)442-449」 (ウェブサイト https://www.clinicalkey.jp/#!/content/playContent/1-s2.0-S0039606022008820?returnurl=https:%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0039606022008820%3Fshowall%3Dtrue&referrer=)にて発表。(公開の事実(3))
(71)【出願人】
【識別番号】000173588
【氏名又は名称】公益財団法人がん研究会
(74)【代理人】
【識別番号】100179431
【弁理士】
【氏名又は名称】白形 由美子
(72)【発明者】
【氏名】小林 光助
(72)【発明者】
【氏名】井上 陽介
(72)【発明者】
【氏名】高橋 祐
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4C093
4C096
5L099
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA26
2G045CB02
2G045DA13
2G045FA19
2G045FB01
2G045FB02
4B063QA19
4B063QQ58
4C093AA25
4C093FF16
4C093FF17
4C093FF19
4C096AA02
4C096AB36
4C096AC05
4C096AD14
4C096DC19
4C096DC20
4C096DC21
5L099AA04
(57)【要約】
【課題】大腸がん肝転移において、積極的な術前化学療法後の根治的切除(Conversion Surgery、CS)が適応可能となるかは、多数の因子が関与することであり、判断が難しい。CSの適応判断を支援する方法、及びシステムを提供することを課題とする。
【解決手段】初診時にRAS変異の有無、温存可能な区域の有無、腫瘍の数、及び腫瘍の肝静脈との接触を検討し、これらをスコア化することによって、CSの適応可能性の判断を支援する方法を提供する。
【選択図】図3A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝腫瘍において、
積極的な術前化学療法後の根治的切除(Conversion Surgery、CS)の適応判断を支援する方法であって、
初診時にRAS変異の有無、温存可能な区域の有無、腫瘍の数、及び腫瘍の肝静脈との接触を検討し、
CSの適応可能性の判断を支援する方法。
【請求項2】
前記肝腫瘍が転移性肝腫瘍であることを特徴とする請求項1記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
【請求項3】
前記RAS変異の有無、温存可能な区域の有無、腫瘍の数、及び腫瘍の肝静脈との接触をスコア化することを特徴とする請求項2記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
【請求項4】
前記RAS変異の有無及び腫瘍の肝静脈との接触と、温存可能な区域の有無及び腫瘍の数とでは、
異なる重み付けによってスコアを算出するものである請求項1~3いずれか1項記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
【請求項5】
前記温存可能な区域が左外側区域、左内側区域、右前側区域、又は右後側区域のいずれか1つ以上の区域であることを特徴とする請求項4記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
【請求項6】
CT及び/又はMRIの画像から温存可能な区域の有無、腫瘍の数、及び腫瘍の肝静脈との接触を判定する画像解析装置と、
入力されたRAS遺伝子変異の有無の情報から大腸がん肝転移のCS適応性を判定するシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝腫瘍に対するに対する至適療法、具体的には積極的な術前化学療法及び根治的切除(Conversion Surgery)の適応判断を支援する方法、及びシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
大腸がんは増加傾向にあり、世界的には年間約180万人の新規罹患者と80万人の死亡者数が認められている。日本においては、大腸がんの新規罹患者が2017年に15万人を超え、2019年には5万人以上が大腸がんで死亡している。大腸がんの診断時に約20%の症例に肝転移を認め、転移・再発形式の約50-75%が肝転移である。切除可能な肝転移を有するステージIVの進行・再発大腸がんでは原発巣を含めた切除が推奨され、切除例の生存率は非切除例よりも有意に良好である。すなわち大腸がん肝転移(colorectal liver metastases、以下CLMという。)は転移巣の切除により長期予後もしくは根治が望める数少ない癌腫の一つである。
【0003】
しかしながら、肝転移の診断時に切除の適応となる症例は20%程度に過ぎない。初診時切除不能のCLMに対する治療戦略として、従来から行われてきた緩和的な全身化学療法に加え、積極的な化学療法の導入により切除不能であった肝転移巣の切除が可能になるConversion Surgery(以下、CSという。)が行われるようになり、予後が有意に良いことから近年注目されている。
【0004】
がんの治療には、外科療法(手術)、化学療法(抗がん剤)、放射線療法、免疫療法など様々な治療法がある。より高い治療効果を目指して、複数の治療法を組み合わせて行うことを集学的治療というが、CSもその一つである。CSは、初回診断時、切除不能と診断され、積極的な化学療法等の治療を一定期間施行した結果、腫瘍の縮小が得られ、根治切除を目指して行われる手術のことをいう。CLMにおいて、CSを行った患者の5年及び10年全生存率は、33%又は27%であり、CSを行うことにより長期生存率の改善が期待される。
【0005】
CSの有効性に関する報告が増えてきてはいるものの、CSが十分に行われているとは言い難い。CSが十分に行われない背景には、長期予後を得ていずれCSが可能であるかの判断が難しいことが挙げられる。将来的にCSの適応となるか否かの判断は、化学療法に対する腫瘍の縮小予測に加え、縮小後の腫瘍がCSが可能な腫瘍条件となるか等、複数の予測が必要であり判定することが難しい。例えば、CLMでは、CSが良好な成績を示しているものの、その適応判断は非常に複雑であり、熟練した肝臓外科医の経験に基づいた判断が必要であることから、適応可能であるにも関わらず適応されていないケースも見受けられる。
【0006】
がんは有効な治療法が複数あるため、治療法に対する患者の応答を予測し、適切な治療方法を決定する方法が提案されている(特許文献1~3、非特許文献1)。特許文献1には、がんの術前化学放射線治療の治療反応性予測を遺伝子、あるいはタンパク質によって予測する方法が開示されている。非特許文献1は、CLMの予測、診断、治療反応性予測、再発予測、予後予測をAIによって行った種々の報告がまとめられている。機械学習を用いた治療方法の予測等についてもいくつか報告されている。例えば、特許文献2には、治療に対する応答を予測する方法であり、複数の被験者の治療前後のDNAプロファイル等の生物学的シグネチャを取得し、治療の転帰との関連をコンピュータに機械学習させ、患者の治療方法を予測する方法が開示されている。特許文献3には、組織学的画像を機械学習により学習させ、予後、診断、治療の選択に使用する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2023-505031号公報
【特許文献2】特表2023-512698号公報
【特許文献3】特表2022-549629号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Rompianesi, G. etal., World J. Gastroenterology, 2022, 28(1): 108-122, DOI: 10.3748/wjg.v28.i1.108
【非特許文献2】Rees, M. et al., Ann Surg. 2008, Vol.247,pp.125-135.
【非特許文献3】Mise Y., et al. AnnSurg Oncol. 2020, Vol.27,pp.4188-4195.
【非特許文献4】Kawakatsu S., et al.JSurg Oncol.2020,Vol.122, pp.523-528.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1及び2に記載の発明は、遺伝子やタンパク質等のバイオマーカーによって、治療に対する患者の応答を予測する方法であり、特許文献3は病理画像から治療に対する患者の応答を予測する方法である。そのため、特定の治療に対する腫瘍の縮小を予測できる可能性はあるものの、その後、根治的切除の適応となるかを判断する指標とすることはできない。また、非特許文献1には、CLMに関する種々の方法が開示されているが、CSの適応判断について開示されていない。
【0010】
CSの適応となるかの判断は、腫瘍の縮小予測とともに、例えば、上述の肝転移であれば腫瘍のサイズ、個数、腫瘍脈管との関係、肝表からの深さなどCTやMRIなどの画像診断から得られる情報も判断の基準となる。さらに、肝予備能と切除許容ボリュームも適応判断の際に考慮する必要がある。そのため、CSの適応は、熟練した肝臓外科医がこれら全てを踏まえ、経験に基づいて、症例毎に総合的に判断しているのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、積極的な術前化学療法によって根治的切除を行い得るかの判断を支援する方法に関する。特に、対象となる患者数が多いCLMにおいて、CSの適応となる候補者をスクリーニングする方法、及びシステムに関する。
(1)肝腫瘍において、積極的な術前化学療法後の根治的切除(Conversion Surgery、CS)の適応判断を支援する方法であって、初診時にRAS変異の有無、温存可能な区域の有無、腫瘍の数、及び腫瘍の肝静脈との接触を検討し、CSの適応可能性の判断を支援する方法。
(2)前記肝腫瘍が転移性肝腫瘍であることを特徴とする(1)記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
(3)前記RAS変異の有無、温存可能な区域の有無、腫瘍の数、及び腫瘍の肝静脈との接触をスコア化することを特徴とする(2)記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
(4)前記RAS変異の有無及び腫瘍の肝静脈との接触と、温存可能な区域の有無及び腫瘍の数とでは、異なる重み付けによってスコアを算出するものである(1)~(3)いずれか1つ記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
(5)前記温存可能な区域が左外側区域、左内側区域、右前側区域、又は右後側区域のいずれか1つ以上の区域であることを特徴とする(4)記載のCSの適応可能性の判断を支援する方法。
(6)CT及び/又はMRIの画像から温存可能な区域の有無、腫瘍の数、及び腫瘍の肝静脈との接触を判定する画像解析装置と、入力されたRAS遺伝子変異の有無の情報から大腸がん肝転移のCS適応性を判定するシステム。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】解析に用いた大腸がん肝転移患者群の選択方法を示す図。
図2】CS群、非CS群の全生存期間(OS)を示す図。
図3A】TUR(Technical unresectable)-CSスコアと切除不能から切除可能へと転換した患者の率を示す図。
図3B】TUR-CSスコアと全生存率の関連を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、症例数の多いCLMを中心に説明するが、CLM以外の肝腫瘍、例えば、原発性の肝腫瘍、大腸がん以外のがんから転移した転移性の肝腫瘍であっても化学療法によってCSが適応される場合には、以下に示す解析と同様の手法によって、根治的切除可能かを判断することができる。データを示しながら説明する。
【0014】
CLMの予後因子として、肝転移の数と大きさ、原発リンパ節転移が含まれることが示され、これら因子を用いた予後予測モデルが報告されている(非特許文献2)。しかし、この予後予測モデルは、切除可能なCLMを含む全てのCLMの予後予測に用いられるため、切除不能肝転移のほとんどの症例は、予後不良群に含まれると予測される。したがって、この予後予測モデルは、CSが適応可能なCLMを予測するためには適さないと考えられる。既存の予後予測モデルでは、予後不良と判断されている患者から、CS適応可能な患者を予測し、緩和的化学療法を最小化することを目的として、CLM患者の治療プロファイルと長期転帰の解析を行った。
【0015】
[モデル作成に使用した患者選択]
2014年1月から2021年3月までに、がん研有明病院で集学的治療について検討を行ったCLMの患者を対象とし、患者特性、短期及び長期の転帰を解析した。治療方針は、肝臓がんの集学的治療に関するカンファレンスにおいて決定された。初診時に得られたCT及びMRI所見を検討することにより、CLMの切除可能性の検討を行った。切除不能なCLMは、技術的に切除不能な肝内病変、又は切除不能な肝外病変の存在と定義し、具体的には、技術的に切除不能なCLMとは、(1)手術後の残肝容積不足(<30%)、(2)肝門部への浸潤(両肝動脈または両門脈枝への浸潤)、(3)3本の肝静脈の根本への浸潤の少なくともいずれかの場合と定義した。本発明者らの先行研究(非特許文献3、4)に基づいて、切除可能な肝外転移は、技術的に切除不能なカテゴリーに分類しているが、切除可能な肝外転移はここでは除いて解析を行った。
【0016】
[治療計画の策定]
技術的に切除不能なCLMに対して、まず化学療法で治療が行われ、治療方法の変更については集学的治療に関するカンファレンスで定期的に検討が行われた。化学療法によって腫瘍が退縮し、全CLMの完全切除(I期またII期、門脈塞栓術の有無は問わない。)を行っても、切除断端が腫瘍陰性で残肝容積が十分である場合にCSの適応とされた。インドシアニングリーン試験、及び99mTc-ガラクトシルシアリルアルブミン(GSA)シンチグラフィーによって、肝機能パラメータも術前に評価した。
【0017】
多発性のCLMの場合は、肝実質温存、又は経皮的門脈塞栓術後の肝切除を含む一期的肝切除が第一選択として検討された。特に、肝実質温存肝切除は、切除不能なCLM患者においてもCLMの標準的な治療法として行われた。一期的肝切除で切除できなかった進行した両側CLMには、二期的肝切除が適応された。これは主として、切除されずに残存する肝臓部に複数の腫瘍が存在するためであった。
【0018】
化学療法は2剤併用または3剤併用レジメンで行われた。分子標的薬は、Rat sarcoma viral oncogene homolog(RAS)/B-Raf murine sarcoma viral oncogene homolog B1(BRAF)の遺伝子変異の有無に応じて処方した。術後補助化学療法は規定どおりに行われた(術前化学療法を含み12コース)。化学療法の奏効は、4コースごとにResponse Evaluation Criteria in Solid Tumors 1.1基準により、完全奏効、部分奏効、安定、病態進行を定義し、評価を行った。
【0019】
術後合併症はClavien-Dindo分類を用いて評価した。Tumor Burden Score(TBS)は、治療前の腫瘍の大きさと数に基づいて以下のように算出された。
(TBS)=[最大腫瘍径]+[腫瘍数]
TBSが9以上の場合は、予後が悪いと判断した。Brisbane 2000 Terminology of liver anatomy and resectionsに基づいて、肝臓の区域を分類した。温存可能な区域は、多発性腫瘍がびまん性に存在していない領域、又はGlissonean pedicleに浸潤のない領域と定義した。
【0020】
[統計解析]
カテゴリー変数はn(%)で表し、適宜Fisher exact検定またはχ分析を用いて比較した。連続変数は中央値(IQR)で表し、Wilcoxonの順位和検定(2群)またはKruskal-Wallis検定(3群)を用いて比較した。予測モデルとTBSは、受信者動作特性曲線(ROC)分析及び曲線下面積(AUC)を用いて評価した。単変量及び多変量解析を行い、CSに関連する因子に関する解析を行った。これらの分析に含まれるすべての変数のデータは、初回診断時(化学療法前)に収集された。単変量解析でP<0.050であった因子は、多変量解析のためにロジスティック回帰モデルに入力した。
【0021】
予測モデルを構築にあたって、スコアを以下のように定義した。多変量解析により得られた有意な予測因子は2点、単変量解析による予測因子は1点とした。各因子についてオッズ比(ORs)と95%CIを算出した。腫瘍数の中央値である15病変を閾値として用いた。生存曲線はKaplan-Meier法で作成し、log-rank検定を用いて比較した。全コホートを対象としたintention-to-treat解析では、全生存期間(Overall survival、OS)を化学療法開始日から死亡日までの期間とした。CSコホート内の解析では、OSは切除術から死亡までの期間とした。無再発生存期間(Recurrence-free survival、RFS)は、切除から再発までの間隔と定義した。再発は、画像所見、臨床データ、又は病理組織学的検査に基づいて診断された。統計解析はJMP Pro 15.0.0 software(SAS Institute, Inc.)を用いて行った。
【0022】
[試験対象]
試験対象として選択した患者を図1に示す。2014年1月から2021年3月の間に検討されたCLM892例のうち、初診において切除不能と診断された309例のうち肝外転移を有する169例、原発性肝切除後の再発病変を有する10例を除外した。さらに、技術的に切除不能なCLM患者130名からベストサポーティブケアを受けた8例を除外し、残りの122例の技術的に切除不能なCLMを解析の対象とした。このうち、61例(50%)が化学療法後にCSを受け(CS群)、61例(50%)がCSを受けなかった(非CS群)。
【0023】
[CS群と非CS群の比較]
患者のベースライン特性を表1に示す。RAS遺伝子変異はCS群よりも非CS群で有意に高頻度にみられた(CS群vs非CS群:27.9%vs57.4%、p<0.001)。腫瘍数の中央値は、CS群より非CS群が有意に多かった(12vs16、P=0.002)。しかしながら、最大腫瘍径は両者間で差はなかった(5.5vs6.3cm、P=0.814)。技術的切除不能の主な理由は、(1)残肝容積不足、(2)肝門部への浸潤、及び(3)3本の肝静脈の根元への浸潤であった。技術的切除不能に関与した因子の数はCS群と非CS群で有意差があった(CS群vs非CS群 因子1つ:78.7%vs63.9%、因子2つ:21.3%vs27.9%、因子3つ:0%vs8.2%、P=0.040)。
【0024】
【表1】
【0025】
化学療法レジメンに関しては、CS群、非CS群でそれぞれ83.6%と88.5%の患者がダブルレジメンを、16.4%と11.5%の患者がトリプレットレジメンを受けていたが、化学療法レジメンに群間差はなかった(P=0.433)。しかし、CS群では抗EGFRモノクローナル抗体薬の投与頻度が非CS群より有意に高かった(63.9%vs29.5%、p<0.001)。CS群では部分寛解(partial response、PR)率が有意に高かった(P<0.001)。抗EGFRモノクローナル抗体薬による治療を受けた患者群は、抗VEGFRモノクローナル抗体薬治療を受けた患者よりも有意に奏効率が良好であった(抗EGFRモノクローナル抗体薬vs抗VEGFモノクローナル抗体薬:77.2%vs41.0%、P<0.001)。TBSはCS群(14.4;範囲、3.5-42.1)が、非CS群(17.6;範囲、3.5-42.1)より有意に低かった。図2にCS群、非CS群のOSを示す。OSの中央値はCS群(5.6年)が、非CS群(1.8年)よりも有意に(P<0.001)長かった。
【0026】
[CS群の周術期及び長期転帰]
表2に、CS群の患者の周術期、及び転帰を示す。CSを受けた61人の患者のうち、20人(32.8%)が肝実質温存切除(parenchyma-sparing liver resection)を受け、二期的切除26例を含む41人(67.2%)が大肝切除(major liver resection)を受けた。CLMが消失した16例(26.2%)のうち、14例(87.5%)で、消失したCLMを含むすべてのCLMに対して解剖学的切除が行われた。したがって、R0切除が達成された患者は59例(97%)であった。重大な合併症(Clavien-Dindo分類IIIA以上)は10例(16.4%)に認められた。肝不全により1例の患者が死亡した。病理学的奏効は、CS群(n=61)から得られた検体で評価された。その結果、30例(49.2%)が小奏効、27例(44.3%)が大奏効、4例(6.6%)が完全奏効であった。全体として、37例(60.7%)が術後補助化学療法を受け、51例(83.6%)が再発した。無再発生存期間中央値は0.6年であった。51例の再発のうち、28例は肝内再発、14例は肝外再発、9例は肝内再発及び肝外再発であった。OSは、外科的治療を受けた患者において有意に良好であった。再発に対して外科的治療を受けた患者(n=26)は、受けなかった患者(n=25)に比べて、有意に良好であった(生存期間中央値:未到達vs2.8)。再発例では、RAS遺伝子の変異の有無はOSと関連していなかった(野生型:n=34、変異型:n=17、生存期間中央値、野生型4.6年vs変異型3.3年)。
【0027】
【表2】
【0028】
[単変量解析及び多変量解析による予測因子の同定]
CSの適応可能性に関連する予測因子を同定するために、単変量解析および多変量解析を行った(表3)。単変量ロジスティック回帰モデル解析では、野生型RAS(P=0.001)、腫瘍数(P=0.009)、肝静脈との接触(0又は1vs2又は3の肝静脈との接触、p=0.028)、保存可能な区域の存在(左外側区域、左内側区域、右前側区域、右後側区域の少なくとも1つ。P<0.001)がCS適応性と有意に関連していた。このうち、野生型RAS(OR、8.28;95%CI、2.68-24.94;P<0.001)及び保存可能な区域の存在(OR、34.24;95%CI、8.67-135.23;P<0.001)は、多変量解析により有意なCSの予測因子であることが明らかとなった。
【0029】
【表3】
【0030】
[CSを予測するスコアリングシステム]
初診時において技術的に切除不能なCLMと判断され、CSを受けた患者を、4つの統計的に有意な予測因子、すなわち、RAS遺伝子変異の有無、腫瘍の数、肝静脈との接触、及び温存可能区域の有無を用いてスコア化する予測モデル「技術的に切除不能-CSスコア」(Technical unresectable(TUR)-CSスコア)を開発した(表4)。多変量解析から得られた有意な予測因子(RAS遺伝子変異の有無および温存可能な区域の有無)は2点とし、単変量解析による因子(腫瘍の数(15以上)、腫瘍の肝静脈との接触(2肝静脈以上))を1点とした。TUR-CSスコアを用いたCSのAUCは0.889であったのに対し、TBSを用いた場合は0.637であった。このことから、TUR-CSスコアの方が優れた予測モデルであることが示された。TUR-CSスコアは、グレードA(0-2点)、B(3-4点)、C(5-6点)の3つのグレードに分けられる(表4)。
【0031】
【表4】
【0032】
TUR-CSスコアに基づくと、47例がグレードA、46例がグレードB、29例がグレードCであり、転化率はそれぞれ91.5%、32.6%、10.3%であった(P<0.001;図3A)。OSの予後は、グレードAの患者(生存期間中央値、5.7年)で、グレードB(同、2.2年)及びグレードC(同、1.6年)よりも有意に良好であった(いずれもP<0.001)。グレードBの患者では、グレードCの患者よりも、CSを受ける比率は高く、OSは比較的長かったが、その差は統計学的には有意ではなかった(OS:P=0.072、図3B)。CSを受けた患者では、3つのグレード間でOSに差はなかった(生存期間中央値:5.7年vs5.0年vsデータなし;P=0.828)。
【0033】
以上、示してきたように、本発明者らは、RAS遺伝子変異の有無、温存可能な区域の有無、腫瘍の数(中央値以上)、腫瘍の肝静脈との接触(2肝静脈以上)が、CLM肝転移のCS適応可能性を判断する因子として有効であることを明らかにした。これら4つの因子を用いて算出されるTUR-CSスコアのグレードから、診断当初技術的に腫瘍を切除不能な場合であっても、積極的な術前化学療法によって、CSが適応になる可能性を判断することができる。CS群、非CS群のOSを比較した結果が示しているように(図2参照)、CS適応となれば、長期予後が改善することから、初診時に切除不能であっても、TUR-CSスコアによって、CSが適応可能となる可能性が高い場合には、積極的な術前化学療法を行うことが望ましい。従来は、医師の経験に基づいて判断を行っていたが、今後TUR-CSを用いることによって、客観的にCS適応可能性を判断することができる。
【0034】
さらにデータを蓄積し、上記4因子だけではなく、肝外転移やリンパ節転移の有無、腫瘍マーカーの値、原発腫瘍(大腸がん)の進行度、合併症や併存症の有無、年齢、栄養状態、サルコペニアや身体的活動量、RAS以外の遺伝子変異、CTやMRI画像から得られる情報等、多様な情報を組み合わせることによって、より精度よくCS適応可能性を予測することが可能となる。また、ここでは大腸がん肝転移について詳細に説明したが、肝腫瘍、大腸がん以外の原発性腫瘍からの肝転移についても、適応することができる。さらに、同様の解析手法を用いることによって、他の臓器における転移がんについてもCS適応性の判定モデルを確立することができる。
【0035】
また、CS適応性の判定だけではなく、切除後の再発形式や切除後の再切除率の概算、CSとなる可能性の表示、併せて推奨される治療法(積極的な化学療法か、緩和的治療か)の提示などを行うことが可能となる。本方法により、従来は、手術を諦めていた場合であっても、適切な術前治療と適切な時期に手術を選択することが可能となり、大腸がん及び大腸がん肝転移の予後向上につなげることができる。
【0036】
CS適応性を判定するシステムとしては、CTやMRIの画像から腫瘍の数、腫瘍の肝静脈との接触を判定するとともに、温存可能な区域の判定を行う。これら判定結果はCTやMRI装置に付随するコンピュータによって判定させ、スコア化しCS適応性判定システムに送付する。また、初診時、CS適応時のCTやMRI画像をAIに学習させ、初診時の画像から積極的な化学療法による腫瘍の縮小を予測させることも可能である。予測された結果は、適切な化学療法の選択判断として利用することができる。遺伝子検査によって得られたRAS遺伝子の変異の有無も、CS適応性判定システムに送付される。CS適応性判定システムでは、これらスコアの結果を表示するとともに、現段階での切除可否、切除不能の場合には、化学療法後に手術が可能に転換する可能性を表示することができる。CS適応性判定システムは、CTやMRI装置の一部として開発してもよいし、独立したシステムとして開発することも可能である。
図1
図2
図3A
図3B