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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025027898
(43)【公開日】2025-02-28
(54)【発明の名称】サブマージアーク溶接システム
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/18 20060101AFI20250220BHJP
【FI】
B23K9/18 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023133132
(22)【出願日】2023-08-17
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100135389
【弁理士】
【氏名又は名称】臼井 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100168044
【弁理士】
【氏名又は名称】小淵 景太
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
(72)【発明者】
【氏名】本田 玲央
【テーマコード(参考)】
4E001
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB05
4E001DC05
4E001QA10
(57)【要約】
【課題】台車の転倒を防止できるサブマージアーク溶接システムを提供する。
【解決手段】サブマージアーク溶接を行うための溶接システムA1において、溶接ワイヤの先端を突出させ、被溶接物Wの溶接を行う溶接トーチ3と、溶接ワイヤを送給するワイヤ送給装置5と、ワイヤ送給装置5を制御する制御装置1と、溶接トーチ3が搭載され、溶接線に沿って移動する台車4と、台車4が所定以上傾いたことを検出する傾き検出部(押しボタン45)と、を備えた。制御装置1は、傾き検出部が傾いたことを検出した場合に、ワイヤ送給装置4による溶接ワイヤの送給を停止させる送給制御部13を備えている。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サブマージアーク溶接を行うためのサブマージアーク溶接システムであって、
溶接ワイヤの先端を突出させ、被溶接物の溶接を行う溶接トーチと、
前記溶接ワイヤを送給するワイヤ送給装置と、
前記ワイヤ送給装置を制御する制御装置と、
前記溶接トーチが搭載され、溶接線に沿って移動する台車と、
前記台車が所定以上傾いたことを検出する傾き検出部と、
を備え、
前記制御装置は、前記傾き検出部が傾いたことを検出した場合に、前記ワイヤ送給装置による前記溶接ワイヤの送給を停止させる送給制御部を備えている、
サブマージアーク溶接システム。
【請求項2】
前記傾き検出部は、前記被溶接物との接触を検知する接触検知部を備え、前記接触検知部が接触を検知した場合に、傾いたことを検出し、
前記接触検知部は、平面視において、前記台車の重心位置に対して前記溶接トーチの位置とは反対側に配置されている、
請求項1に記載のサブマージアーク溶接システム。
【請求項3】
前記台車は、側面から突出しかつ鉛直方向下方に屈曲する突出部を備え、
前記突出部は、鉛直方向下方を向く先端面を備え、
前記接触検知部は、押しボタンであり、前記先端面に配置されている、
請求項2に記載のサブマージアーク溶接システム。
【請求項4】
前記傾き検出部は、前記台車の傾きを示す傾斜情報を検出する傾斜センサと、前記傾斜情報に基づいて、前記台車が所定以上傾いているかを判定する判定部と、を備えている、
請求項1に記載のサブマージアーク溶接システム。
【請求項5】
前記送給制御部は、前記ワイヤ送給装置に前記溶接ワイヤの送給を停止させた後、前記溶接ワイヤを反対方向へ送給させる、
請求項1ないし4のいずれかに記載のサブマージアーク溶接システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接を行うためのサブマージアーク溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来からサブマージアーク溶接が知られている。サブマージアーク溶接は、被溶接物の上に粒上のフラックスを散布し、フラックスの中に溶接ワイヤを送給して、溶接ワイヤの先端と被溶接物との間にアークを発生させて溶接を行うものである。サブマージアーク溶接では、例えば台車を溶接線に沿って移動させることで、溶接個所を移動させながら溶接を行う。サブマージアーク溶接では、太径の溶接ワイヤに大電流を流すことで、厚板を高能率で溶接することができる。特許文献1には、サブマージアーク溶接装置の一例が開示されている。当該サブマージアーク溶接装置は、溶接ワイヤが巻かれたワイヤリール、フラックスが充填されたホッパ、および溶接ヘッドなどが走行台車に搭載されている。走行台車は、溶接線に沿って設けられたレール上を走行する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007-90410号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
サブマージアーク溶接では、溶接個所がフラックスによって覆われている。したがって、溶接ワイヤが被溶接物に接触して短絡が発生しても、作業者は短絡に気付きにくい。短絡に気付かずに溶接ワイヤの送給が継続されると、台車が転倒する場合がある。
【0005】
図9は、短絡による台車の転倒について説明するための簡略図である。図9(a)に示す溶接システムA100において、ワイヤリール6、ワイヤ送給装置5、および溶接トーチ3が台車4に搭載されている。同図は、台車4の走行方向の後方から見た簡略図である。ワイヤ送給装置5によって送給された溶接ワイヤの先端が溶接トーチ3の先端から電極8として突出し、電極8と被溶接物Wとの間にアークが発生して溶接が行われる。電極8の先端は、フラックス79によって覆われている。なお、図9では、フラックス79を透過させて電極8が見えるように記載している。溶接中に溶接ワイヤ(電極8)の先端が被溶接物Wに接触して短絡が発生しても、実際には外部から視認できない。したがって、作業者は短絡に気付かず、溶接を停止しない。よって、ワイヤ送給装置5は、溶接ワイヤの送給を継続し、溶接ワイヤ(電極8)の先端が被溶接物Wの溶融池に突き刺さる。
【0006】
サブマージアーク溶接では、一般的に、太径の溶接ワイヤが用いられている。したがって、溶接ワイヤは、座屈しにくい。また、ワイヤ送給装置5は、高いトルクで溶接ワイヤを送給できるものが用いられているので、加圧ロールでの溶接ワイヤのスリップも生じにくい。したがって、作業者が短絡発生に気付かず、さらに溶接ワイヤの送給が継続すると、図9(b)に示すように、点Xを中心として、台車4を矢印Yの方向に回転させるモーメントが働く。これにより、台車4は傾いた不安定な状態になり、台車が転倒する場合がある。台車の転倒は、溶接時の短絡発生による場合に限られず、非溶接時に溶接ワイヤをインチングし続けた場合などにも起こり得る。
【0007】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、台車の転倒を防止できるサブマージアーク溶接システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によって提供されるサブマージアーク溶接システムは、サブマージアーク溶接を行うためのサブマージアーク溶接システムであって、溶接ワイヤの先端を突出させ、被溶接物の溶接を行う溶接トーチと、前記溶接ワイヤを送給するワイヤ送給装置と、前記ワイヤ送給装置を制御する制御装置と、前記溶接トーチが搭載され、溶接線に沿って移動する台車と、前記台車が所定以上傾いたことを検出する傾き検出部と、を備え、前記制御装置は、前記傾き検出部が傾いたことを検出した場合に、前記ワイヤ送給装置による前記溶接ワイヤの送給を停止させる送給制御部を備えている。
【0009】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記傾き検出部は、前記被溶接物との接触を検知する接触検知部を備え、前記接触検知部が接触を検知した場合に、傾いたことを検出し、前記接触検知部は、平面視において、前記台車の重心位置に対して前記溶接トーチの位置とは反対側に配置されている。
【0010】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記台車は、側面から突出しかつ鉛直方向下方に屈曲する突出部を備え、前記突出部は、鉛直方向下方を向く先端面を備え、前記接触検知部は、押しボタンであり、前記先端面に配置されている。
【0011】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記傾き検出部は、前記台車の傾きを示す傾斜情報を検出する傾斜センサと、前記傾斜情報に基づいて、前記台車が所定以上傾いているかを判定する判定部と、を備えている。
【0012】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記送給制御部は、前記ワイヤ送給装置に前記溶接ワイヤの送給を停止させた後、前記溶接ワイヤを反対方向へ送給させる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、傾き検出部が、台車が所定以上傾いたことを検出した場合に、送給制御部は、ワイヤ送給装置による溶接ワイヤの送給を停止させる。したがって、本発明に係るサブマージアーク溶接システムは、溶接ワイヤの送給が継続されることによる台車の転倒を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】第1実施形態に係る溶接システムを説明するための図であり、(a)は溶接システムの全体構成を示すブロック図であり、(b)は溶接電源装置および制御装置の内部構成を示すブロック図である。
図2】第1実施形態に係る溶接システムの台車を、走行方向の後方から見た簡略図である。
図3】制御装置が行う転倒防止制御処理を示すフローチャートの一例である。
図4】制御装置が行う転倒防止制御処理を説明するためのタイミングチャートである。
図5】第1実施形態に係る台車の変形例を示す簡略図である。
図6】第2実施形態に係る溶接システムの台車を、走行方向および鉛直方向に直交する方向から見た簡略図である。
図7】台車に対する溶接トーチおよび押しボタンの配置位置を説明するための図であり、台車を平面視した簡略図である。
図8】第3実施形態に係る溶接システムを説明するための図であり、(a)は溶接システムの全体構成を示すブロック図であり、(b)は溶接電源装置および制御装置の内部構成を示すブロック図である。
図9】短絡による台車の転倒について説明するための簡略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、添付図面を参照して具体的に説明する。
【0016】
〔第1実施形態〕
図1および図2は、第1実施形態に係る溶接システムA1を説明するための図である。図1(a)は、溶接システムA1の全体構成を示すブロック図である。図1(b)は、溶接電源装置2および制御装置1の内部構成を示すブロック図である。図2は、溶接システムA1の台車4を、走行方向の後方から見た簡略図である。
【0017】
溶接システムA1は、サブマージアーク溶接を行うための溶接システムである。図1(a)に示すように、溶接システムA1は、制御装置1、溶接電源装置2、溶接トーチ3、台車4、ワイヤ送給装置5、ワイヤリール6、散布装置7、および電極8を備えている。溶接システムA1は、被溶接物Wの溶接線に沿って台車4を移動させながら、散布装置7に粒状のフラックス79を散布させ、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤをフラックス79の中に送給させる。溶接ワイヤはワイヤリール6から供給される。溶接電源装置2は、商用電源Pから供給される交流電力を溶接に適した電力に変換して出力し、フラックス79の内部で、溶接ワイヤの先端部分である電極8と被溶接物Wとの間にアークを発生させる。当該アークの熱によって、溶接が行われる。これにより、被溶接物Wの溶接線に沿って溶接が行われる。
【0018】
溶接トーチ3は、ワイヤ送給装置5が送給する溶接ワイヤを溶接個所に案内する。溶接ワイヤの先端は、溶接トーチ3の先端から突出する電極8になる。溶接トーチ3は、先端部分に配置されかつ溶接電源装置2に導通するコンタクトチップ(図示なし)を備えている。溶接電源装置2は、コンタクトチップに接触する溶接ワイヤに、溶接電流を流す。
溶接トーチ3は、台車4に固定されており、台車4の移動に伴って移動する。なお、溶接トーチ3は台車4に直接固定されてもよいし、アームなどを介して間接的に固定されてもよい。本実施形態では、図2に示すように、溶接トーチ3は、台車4から進行方向に対して右方向に延びるアームの先に固定されている。
【0019】
台車4は、ワイヤリール6、ワイヤ送給装置5、散布装置7、および溶接トーチ3を搭載して、被溶接物Wの溶接線に沿って移動する。なお、制御装置1も台車4に搭載されてもよい。図2に示すように、溶接トーチ3およびワイヤ送給装置5は、台車4から進行方向に対して右方向に延びるアームの先に固定され、台車4の右側に配置されている。なお、図2においては図示しないが、散布装置7およびワイヤストレートナなども、台車4の右側に配置されている。一方、ワイヤリール6は、台車4から進行方向に対して左方向に延びるアームの先に固定され、台車4の左側に配置されている。なお、台車4に搭載される各部の配置位置は、上記したものに限定されない。台車4の重心位置が台車4の中心の近くに位置するように、各部は配置されている。なお、溶接トーチ3は、位置が上下または左右に移動可能に構成されてもよい。また、台車4は、溶接トーチ3の移動に応じて、または、散布装置7のホッパ内のフラックスの量の減少、ワイヤリール6の溶接ワイヤの減少に応じて、台車4の重心位置の変化を抑制するためのバランサを備えてもよい。
【0020】
また、本実施形態では、台車4は、図2に示すように、左側の側面41から突出する突出部42を備えている。突出部42は、鉛直方向下方に屈曲しており、鉛直方向下方を向く先端面43を備えている。先端面43には、押しボタン45が配置されている。押しボタン45は、押圧された場合、押圧信号を制御装置1に出力する(図1(b)参照)。
【0021】
制御装置1は、溶接システムA1の各種制御を行う。制御装置1は、汎用的なコンピュータに溶接システムA1の各種制御を行うプログラムをインストールしたものであってもよいし、溶接システムA1の制御のための専用装置であってもよい。制御装置1は、台車4を所定の移動速度で移動させる。移動速度は、被溶接物Wの材質および厚さなどに応じて設定される。制御装置1は、散布装置7に、フラックス79の散布の開始および停止を指示する。なお、散布装置7によるフラックス79の散布の開始および停止は、手動により行われてもよい。制御装置1は、ワイヤ送給装置5に、溶接ワイヤの送給の開始、停止、および、溶接ワイヤの送給速度を指示する。送給速度は、設定される溶接電流などに応じて設定される。制御装置1は、溶接電源装置2に、電力の出力を指示する。また、制御装置1は、台車4の転倒を防止するための制御を行う。当該制御の詳細については、後述する。
【0022】
溶接電源装置2は、商用電源Pから供給される交流電力を所望の周波数の交流電力に変換して出力する。図1(b)に示すように、溶接電源装置2は、整流平滑回路21、インバータ回路22、トランス23、整流平滑回路24、インバータ回路25、電流センサ26、および電圧センサ27、および制御回路28を備えている。
【0023】
整流平滑回路21は、商用電源Pから入力される交流電力を直流電力に変換して出力する。インバータ回路22は、制御回路28から入力される出力制御駆動信号によってスイッチング素子をスイッチングさせることで、整流平滑回路21から入力される直流電力を高周波電力に変換して出力する。トランス23は、インバータ回路22が出力する高周波電圧を変圧して、整流平滑回路24に出力する。
【0024】
整流平滑回路24は、トランス23から入力される高周波電力を直流電力に変換して出力する。インバータ回路25は、制御回路28から入力されるスイッチング駆動信号によってスイッチング素子をスイッチングさせることで、整流平滑回路24から入力される直流電力を交流電力に変換して出力する。インバータ回路25は、出力端子a(被溶接物Wに接続)の電位が出力端子b(溶接ワイヤに接続)の電位より高い状態である正極性と、出力端子aの電位が出力端子bの電位より低い状態である逆極性とを切り換える。
【0025】
電流センサ26は、溶接電源装置2の出力電流を検出するものであり、本実施形態では、インバータ回路25の一方の出力端子と出力端子aとを接続する接続線に配置されている。電流センサ26が検出する溶接電源装置2の出力電流は、電極8を流れる電流にほぼ等しい。電流センサ26は、検出した電流瞬時値に応じた電流値信号を制御回路28および制御装置1に出力する。なお、電流センサ26が配置される位置は限定されない。電圧センサ27は、溶接電源装置2の出力電圧を検出するものであり、本実施形態では、出力端子aと出力端子bとの端子間電圧を検出する。当該電圧は、被溶接物Wと電極8の先端との間に印加される電圧にほぼ等しい。電圧センサ27は、検出した電圧瞬時値に応じた電圧値信号を制御回路28および制御装置1に出力する。なお、電圧センサ27は、溶接トーチ3に取り付けたリード線と被溶接物Wに取り付けたリード線との間の電圧を検出してもよい。
【0026】
制御回路28は、溶接電源装置2を制御するための回路であり、例えばマイクロコンピュータなどによって実現されている。制御回路28は、電流センサ26から電流値信号を入力され、電圧センサ27から電圧値信号を入力され、制御装置1から各種指令信号および各種設定値を入力される。そして、制御回路28は、インバータ回路22およびインバータ回路25に、それぞれ駆動信号を出力する。なお、溶接電源装置2の構成は限定されない。
【0027】
次に、制御装置1が行う転倒防止制御について説明する。転倒防止制御は、台車4の転倒を防止するための制御である。具体的には、制御装置1は、台車4が所定以上傾いたことを検出した場合に、ワイヤ送給装置5による溶接ワイヤの送給を停止させる。制御装置1は、転倒防止制御のための構成として、図1(b)に示すように、計時部11および送給制御部13を備えている。
【0028】
計時部11は、時間を計時するための構成である。計時部11は、送給制御部13からの指示に応じて計時の開始、停止、および、計時時間の初期化を行う。
【0029】
送給制御部13は、ワイヤ送給装置5を制御するための構成である。送給制御部13は、ワイヤ送給装置5に、溶接ワイヤの送給の開始、停止、および、溶接ワイヤの送給速度を指示する。また、送給制御部13は、押しボタン45から押圧信号を入力された場合、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの送給の停止を指示して、溶接ワイヤの送給を停止させる。
【0030】
例えば、溶接中に溶接ワイヤ(電極8)の先端が被溶接物Wに接触して短絡が発生した場合、ワイヤ送給装置5が溶接ワイヤの送給を継続すると、図2(b)に示すように、点Xを中心として、台車4を矢印Yの方向に回転させるモーメントが働く。これにより、台車4は左側に傾いた不安定な状態になる。しかし、台車4が転倒する前に所定以上傾くと、押しボタン45が被溶接物Wに接触して押圧される。押しボタン45は、押圧された場合、押圧信号を制御装置1に出力する(図1(b)参照)。なお、溶接時の短絡発生による場合以外でも、例えば、非溶接時に溶接ワイヤをインチングし続けた場合などにも、台車4が左側に所定以上傾くと、押しボタン45が被溶接物Wまたは床などに接触して押圧される。つまり、突出部42の先端面43に配置された押しボタン45は、被溶接物Wまたは床との接触を検知して、台車4が左側に所定以上傾いたことを検出する傾き検出部を構成する。
【0031】
このように、送給制御部13は、台車4が左側に所定以上傾くと、押しボタン45が押圧されて押圧信号を入力されるので、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの送給を停止させる。これにより、溶接ワイヤの送給継続による台車4の転倒が防止される。
【0032】
しかし、押しボタン45が押圧された時点で、台車4はすでに傾いている。送給制御部13は、この傾きを是正する機能も備えている。具体的には、送給制御部13は、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの送給の停止を指示した後、溶接ワイヤの反対方向への送給(いわゆるリトラクト)の開始の指示を行う。そして、送給制御部13は、所定時間T後に、リトラクトの停止を指示する。所定時間Tは、押しボタン45が押圧されるまで傾いた台車4を元の体勢に戻すまでに必要な時間が設定されている。所定時間Tは、実験やシミュレーションに基づいて、適切な時間が設定される。なお、所定時間Tは、固定値であってもよいし、溶接ワイヤの送給が停止される直前の送給速度に応じて変更されてもよい。送給制御部13は、リトラクトの開始を指示したときに、計時部11に計時の開始を指示し、計時部11が計時した時間を所定時間Tと比較する。送給制御部13は、所定時間Tが経過したときに、リトラクトの停止を指示し、計時部11による計時を停止して、計時時間を「0」に初期化する。
【0033】
なお、送給制御部13は、リトラクトを実施する時間を設定するのではなく、傾いた台車4を元の体勢に戻すまでに必要な溶接ワイヤの長さ分をリトラクトしてもよい。具体的には、送給制御部13は、ワイヤ送給装置5の図示しないモータを、当該長さ分に応じた回転数だけ逆回転させてもよい。
【0034】
図3は、制御装置1が行う転倒防止制御処理を示すフローチャートの一例である。転倒防止制御処理は、例えば、制御装置1が起動されたときに開始される。
【0035】
まず、押しボタン45から押圧信号が入力されたか否かが判別される(S1)。押圧信号が入力されなかった場合(S1:NO)、ステップS1に戻って、ステップS1の判別が繰り返される。一方、押圧信号が入力された場合(S1:YES)、溶接ワイヤの送給が停止される(S2)。具体的には、送給制御部13が、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの送給の停止を指示する。これにより、ワイヤ送給装置5が溶接ワイヤの送給を停止する。次に、溶接ワイヤのリトラクトが開始される(S3)。具体的には、送給制御部13が、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの反対方向への送給の開始を指示する。これにより、ワイヤ送給装置5が溶接ワイヤのリトラクトを開始する。次に、所定時間Tが経過したか否かが判別される(S4)。具体的には、送給制御部13が、計時部11の計時した時間が所定時間T以上であるか否かを判別する。計時部11は、リトラクトが開始されてからの時間を計時している。所定時間Tが経過していない場合(S4:NO)、ステップS4に戻って、ステップS4の判別が繰り返される。つまり、送給制御部13は、計時部11が計時した時間が所定時間Tになるまで待機する。所定時間Tが経過した場合(S4:YES)、リトラクトが停止され(S5)、転倒防止制御処理が終了される。
【0036】
なお、図3のフローチャートに示す処理は一例であって、制御装置1が行う転倒防止制御処理は上述したものに限定されない。
【0037】
図4は、制御装置1が行う転倒防止制御処理を説明するためのタイミングチャートである。同図(a)は、押しボタン45から入力される押圧信号の時間変化を示している。同図(b)は、計時部11で計時された時間の時間変化を示している。同図(c)は、溶接ワイヤの送給速度の時間変化を示している。溶接ワイヤが順方向に送給されている場合、送給速度は正の値になり、反対方向に送給されている場合、送給速度は負の値になっている。なお、図4に示すタイミングチャートの縦軸および横軸は、理解を容易とするために適宜拡大、縮小したものであり、また示される各波形も、理解の容易のために簡略化され、あるいは誇張もしくは強調されている。
【0038】
時刻t1までは、押しボタン45から押圧信号が入力されていない(オフ)。時刻t1において、押しボタン45から押圧信号が入力された(オン)ことで、送給制御部13が、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの送給の停止を指示する。これにより、溶接ワイヤの送給速度は減少して、時刻t2において「0」になっている。なお、送給速度は、送給停止の指示後、慣性により、傾斜を有して減少している。また、時刻t1において、送給制御部13は、溶接ワイヤの送給の停止を指示した後、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの反対方向への送給(リトラクト)の開始を指示している。これにより、時刻t2から、ワイヤ送給装置5が溶接ワイヤのリトラクトを開始して、溶接ワイヤの送給速度が減少し(反対向きの速度が増加し)、所定のリトラクト用の速度になっている。なお、送給速度は、リトラクト開始の指示後、慣性により、傾斜を有して減少している。
【0039】
また、時刻t1において、計時部11での計時が開始され、経過時間に応じて計時時間が増加している。そして、時刻t3において、経過時間が所定時間Tになったので、送給制御部13が、ワイヤ送給装置5にリトラクトの停止を指示する。送給速度は、リトラクト停止の指示後、慣性により、傾斜を有して増加して(反対向きの速度が減少して)、時刻t4において「0」になっている。所定時間Tが経過したので、時刻t3において、計時部11は、計時を停止して、計時時間を「0」に初期化している。
【0040】
次に、本実施形態に係る溶接システムA1の作用および効果について説明する。
【0041】
本実施形態によると、押しボタン45は、台車4の左側の側面41から突出し鉛直方向下方に屈曲した突出部42の先端面43に配置されている。したがって、溶接トーチ3の先端から溶接ワイヤが突出しすぎて台車4が左側に所定以上傾くと、押しボタン45は、被溶接物Wまたは床などに接触して押圧されて、押圧信号を制御装置1に出力する。送給制御部13は、押しボタン45から押圧信号を入力された場合、ワイヤ送給装置5に、溶接ワイヤの送給の停止を指示する。これにより、ワイヤ送給装置5は、溶接ワイヤの送給を停止する。したがって、溶接システムA1は、溶接ワイヤの送給が継続されることによる台車4の転倒を防止できる。本発明は、実際の溶接作業の前の条件出し(溶接条件を決めるために各パラメータを変更して試行する溶接)を行う際に、特に有効である。また、本発明は、実際に台車4が傾いたことを検出して溶接ワイヤの送給を停止するので、台車4が傾くことを予測して溶接ワイヤの送給を停止する場合と比較して、正確に台車4の転倒を防止できる。
【0042】
また、本実施形態によると、押しボタン45は、台車4の左側に配置されている。これにより、台車4の右側に配置された溶接トーチ3の先端から溶接ワイヤが突出しすぎたことにより台車4が左側に所定以上傾いたことが、適切に検出される。また、本実施形態によると、押しボタン45は、台車4の左側の側面41から突出し鉛直方向下方に屈曲した突出部42の先端面43に配置されている。これにより、押しボタン45は、台車4が左側に所定以上傾いたときに、適切に押圧される。
【0043】
また、本実施形態によると、送給制御部13は、押しボタン45から押圧信号を入力されて、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの送給の停止を指示した後、溶接ワイヤの反対方向への送給(いわゆるリトラクト)の開始の指示を行う。ワイヤ送給装置5は、溶接ワイヤのリトラクトを行う。これにより、溶接システムA1は、溶接ワイヤの送給を停止した時点ですでに傾いている台車4の傾きを是正できる。送給制御部13は、リトラクトの開始の指示から所定時間T後に、リトラクトの停止を指示する。溶接システムA1は、所定時間Tのリトラクトにより、台車4の傾きを元の状態(水平状態)に戻すことができる。
【0044】
なお、本実施形態においては、送給制御部13が送給の停止を指示した後、リトラクトの指示を行う場合について説明したが、これに限られない。送給制御部13は、押しボタン45から押圧信号を入力された場合、送給の停止を指示するだけで、リトラクトの指示を行わなくてもよい。
【0045】
また、本実施形態においては、押しボタン45が、台車4の側面41から突出し鉛直方向下方に屈曲した突出部42の先端面43に配置されている場合について説明したが、これに限られない。例えば、突出部42は、図5(a)に示すように、台車4の上面から突出してもよいし、図5(b)に示すように、台車4の後面(前面)から突出してもよい。また、押しボタン45は、図5(b)に示すように、突出部42の先端面43ではなく側面に配置されてもよい。つまり、押しボタン45は、台車4に対して固定されており、台車4の左側(溶接トーチ3とは反対側)で、溶接トーチ3の先端から溶接ワイヤが突出しすぎて台車4が傾いたときに押圧されるように配置されていればよい。
【0046】
また、本実施形態においては、突出部42の先端面43に押しボタン45が配置されている場合について説明したが、これに限られない。台車4は、押しボタン45の代わりに、被溶接物Wまたは床などに接触したことを検出する接触センサなどを備えてもよい。また、台車4が、押しボタン45の代わりに、被溶接物Wまたは床などとの距離を検出する距離センサを備え、制御装置1が、検出された距離に基づいて、台車4が所定以上傾いたことを検出してもよい。つまり、台車4は、台車4が所定以上傾いたことを検出できる構成を備えていればよい。
【0047】
なお、本実施形態においては、溶接トーチ3が台車4の右側に配置されているので、押しボタン45が台車4の左側に配置されている。溶接トーチ3が台車4の左側に配置されている場合は、押しボタン45が台車4の右側に配置される。
【0048】
〔第2実施形態〕
図6は、第2実施形態に係る溶接システムA2を説明するための図であり、溶接システムA2の台車4を、走行方向および鉛直方向に直交する方向から見た簡略図である。図6(a)において、矢印は台車4の走行方向を示している。つまり、台車4は、矢印の方向に移動する。図6において、上記第1実施形態と同一または類似の要素には、上記第1実施形態と同一の符号を付している。本実施形態に係る溶接システムA2は、押しボタン45の配置位置が、第1実施形態に係る溶接システムA1と異なる。
【0049】
本実施形態においては、溶接トーチ3が、台車4の前側に配置されている。また、押しボタン45は、台車4の後側に配置されている。具体的には、突出部42が、台車4の後側の側面44から突出し、鉛直方向下方に屈曲している。押しボタン45は、突出部42の鉛直方向下方を向く先端面43に配置されている。例えば、溶接中に短絡が発生した場合、ワイヤ送給装置5が溶接ワイヤの送給を継続すると、図2(b)に示すように、点Xを中心として、台車4を矢印Yの方向に回転させるモーメントが働く。これにより、台車4は後側に傾いた不安定な状態になる。しかし、台車4が転倒する前に後側に所定以上傾くと、押しボタン45が被溶接物Wに接触して押圧される。これにより、台車4が後側に所定以上傾いたことが、適切に検出される。
【0050】
本実施形態によると、押しボタン45は、台車4の後側に配置されている。したがって、台車4が後側に所定以上傾くと、押しボタン45は、被溶接物Wまたは床などに接触して押圧されて、押圧信号を制御装置1に出力する。送給制御部13は、押しボタン45から押圧信号を入力された場合、ワイヤ送給装置5に、溶接ワイヤの送給の停止を指示する。これにより、ワイヤ送給装置5は、溶接ワイヤの送給を停止する。したがって、溶接システムA2は、溶接ワイヤの送給が継続されることによる台車4の転倒を防止できる。また、本実施形態によると、押しボタン45は、台車4の後側に配置されているので、台車4が後側に所定以上傾いたことが、適切に検出される。また、本実施形態によると、押しボタン45は、台車4の後側の側面44から突出し鉛直方向下方に屈曲した突出部42の先端面43に配置されている。これにより、押しボタン45は、台車4が後側に所定以上傾いたときに、適切に押圧される。また、本実施形態においても、溶接システムA2は、溶接システムA1と同様の構成を備えていることで、溶接システムA1と同様の効果を奏することができる。
【0051】
なお、本実施形態においては、溶接トーチ3が台車4の前側に配置されているので、押しボタン45が台車4の後側に配置されている。溶接トーチ3が台車4の後側に配置されている場合は、押しボタン45が台車4の前側に配置される。
【0052】
また、台車4は、後側および左側の両方に、それぞれ押しボタン45が配置されてもよい。すなわち、台車4は、台車4の後側の側面44から突出する突出部42と、台車4の左側の側面41から突出する突出部42と、を両方備え、それぞれの先端面43に押しボタン45が配置されてもよい。この構成だと、台車4が後側に所定以上傾いた場合にも、台車4が左側に所定以上傾いた場合にも、溶接ワイヤの送給を停止することができる。
【0053】
第1実施形態および第2実施形態から理解されるように、押しボタン45は、平面視において、台車4の重心位置に対して溶接トーチ3の位置とは反対側に配置される。図7は、台車4に対する溶接トーチ3および押しボタン45の配置位置を説明するための図であり、台車4を平面視した簡略図である。図7においては、溶接トーチ3は、台車4の重心位置Gに対して、右前側に配置されている。この場合、押しボタン45は、台車4の左側(45a参照)および台車4の後側(45b参照)の両方に配置されるのが望ましい。
【0054】
〔第3実施形態〕
図8は、第3実施形態に係る溶接システムA3を説明するための図である。図8(a)は、溶接システムA3の全体構成を示すブロック図である。図8(b)は、溶接電源装置2および制御装置1の内部構成を示すブロック図である。図8において、上記第1実施形態と同一または類似の要素には、上記第1実施形態と同一の符号を付している。本実施形態に係る溶接システムA3は、台車4が、突出部42および押しボタン45の代わりに、台車4の傾きを示す傾斜情報を検出する傾斜センサ46を備えている点で、第1実施形態に係る溶接システムA1と異なる。
【0055】
本実施形態においては、台車4は、突出部42および押しボタン45を備えておらず、代わりに、傾斜センサ46を備えている。傾斜センサ46は、例えば3軸の加速度センサであり、各軸方向の加速度を検出して、検出値を制御装置1に出力する。台車4における傾斜センサ46の配置位置は限定されない。
【0056】
本実施形態に係る制御装置1は、判定部14をさらに備えている。判定部14は、傾斜センサ46より入力される検出値に基づいて台車4の傾き度合いを演算し、算出した傾き度合いが所定値以上であるか否かを判定する。判定部14は、算出した傾き度合いが所定値以上である場合、台車4が所定以上傾いていると判定し、判定信号を送給制御部13に出力する。送給制御部13は、判定部14から判定信号を入力された場合、ワイヤ送給装置5に溶接ワイヤの送給の停止を指示して、溶接ワイヤの送給を停止させる。
【0057】
なお、傾斜センサ46の構成は限定されず、台車4の傾きを示す傾斜情報を検出できればよい。例えば、傾斜センサ46は、ジャイロセンサなどであってもよい。また、傾斜センサ46が検出値に基づいて台車4の傾き度合いを演算して制御装置1に出力し、判定部14が入力された傾き度合いが所定値以上であるか否かを判定してもよい。また、溶接システムA3は、台車4が傾斜センサ46を備える代わりに、台車4の外部から台車4の傾きを検出できる機構を備えてもよい。例えば、カメラで台車4と被溶接物Wとを撮像して、画像処理によって被溶接物Wに対する台車4の傾きを演算してもよい。
【0058】
なお、溶接システムA3は、傾斜センサ46などによって台車4の傾き度合いを検出できるので、送給制御部13は、溶接ワイヤのリトラクトを行う際に、台車4の傾き度合いに基づいて、台車4が水平状態になったことを検出するまで、リトラクトを継続してもよい。
【0059】
本実施形態によると、傾斜センサ46が台車4の傾きを示す傾斜情報を検出し、判定部14が傾斜情報に基づいて台車4が所定以上傾いていると判定した場合、判定信号を送給制御部13に出力する。送給制御部13は、判定部14から判定信号を入力された場合、ワイヤ送給装置5に、溶接ワイヤの送給の停止を指示する。これにより、ワイヤ送給装置5は、溶接ワイヤの送給を停止する。したがって、溶接システムA3は、溶接ワイヤの送給が継続されることによる台車4の転倒を防止できる。また、本実施形態においても、溶接システムA3は、溶接システムA1と同様の構成を備えていることで、溶接システムA1と同様の効果を奏することができる。さらに、本実施形態によると、台車4は、従来の台車に傾斜センサ46を備えるだけなので、容易に構成できる。また、傾斜センサ46が例えば3軸の加速度センサである場合、制御装置1は、台車4の左右方向における傾きも、前後方向における傾きも検出可能である。
【0060】
本発明に係るサブマージアーク溶接システムは、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係るサブマージアーク溶接システムの各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【符号の説明】
【0061】
A1~A3:溶接システム、1:制御装置、13:送給制御部、14:判定部、3:溶接トーチ、4:台車、42:突出部、43:先端面、45:押しボタン、46:傾斜センサ、5:ワイヤ送給装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9