(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025028627
(43)【公開日】2025-03-03
(54)【発明の名称】サブマージアーク溶接機及びサブマージアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/18 20060101AFI20250221BHJP
B23K 9/073 20060101ALI20250221BHJP
B23K 9/095 20060101ALI20250221BHJP
【FI】
B23K9/18 F
B23K9/18 E
B23K9/073 530
B23K9/095 501A
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023133552
(22)【出願日】2023-08-18
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100114557
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 英仁
(74)【代理人】
【識別番号】100078868
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 登夫
(72)【発明者】
【氏名】馬塲 勇人
(72)【発明者】
【氏名】本田 玲央
【テーマコード(参考)】
4E001
4E082
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB05
4E001DE03
4E082AA06
4E082BA02
4E082EA06
4E082EF07
4E082EF11
(57)【要約】
【課題】交流サブマージアーク溶接において、交流電流の波形を操作するための各種操作パラメータを変化させた場合であっても、操作パラメータの変化に応じて交流電流の波形を定める他の各種パラメータを速やかに計算することができ、目標とする所定電流通りの実効電流を得ることができるサブマージアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】サブマージアーク溶接方法であって、溶接電源から出力される電流の交流波形を操作するための複数の操作パラメータと、該複数の操作パラメータと共に交流波形を定めるパラメータとを、出力電流の実効値が所定電流に一致することを拘束条件として関連付けるために、2つ又は3つの操作パラメータと、関数値とを対応付けた複数のテーブルを用意し、複数の操作パラメータを受け付け、受け付けた複数の操作パラメータを用いて、複数のテーブルを参照してパラメータを算出する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サブマージアーク溶接機であって、
溶接電源から出力される電流の交流波形を操作するための複数の操作パラメータと、該複数の操作パラメータと共に交流波形を定めるためのパラメータとを、出力電流の実効値が所定電流に一致することを拘束条件として関連付けるために、2つ又は3つの前記操作パラメータと、関数値とを対応付けた複数のテーブルを記憶する記憶部と、
前記複数の操作パラメータを受け付ける設定受付部と、
該設定受付部にて受け付けた前記複数の操作パラメータを用いて、前記記憶部が記憶する複数のテーブルを参照して前記パラメータを算出する演算処理部と
を備えるサブマージアーク溶接機。
【請求項2】
前記操作パラメータは、
EP(Electrode Positive)期間及びEN(Electrode Negative)期間の長さの比、EP期間及びEN期間におけるピーク電流の比、又は極性切替電流を含み、
前記パラメータは、EP期間の長さ、EN期間の長さ、EP期間におけるピーク電流、又はEN期間におけるピーク電流を含む
請求項1に記載のサブマージアーク溶接機。
【請求項3】
前記演算処理部は、
下記式に基づいて、EN期間におけるピーク電流又はEP期間におけるピーク電流を算出する
請求項1に記載のサブマージアーク溶接機。
In=F(r,R)×G(Ichg,Iset)
Ip=R×In
但し、
In:EN期間におけるピーク電流
Ip:EP期間におけるピーク電流
F(r,R):第1の前記テーブルに係る関数
G(Ichg,Iset):第2の前記テーブルに係る関数
r:EP期間及びEN期間の長さの比
R:EP期間及びEN期間のピーク電流の比
Ichg:極性切替電流
Iset:所定電流
【請求項4】
サブマージアーク溶接方法であって、
溶接電源から出力される電流の交流波形を操作するための複数の操作パラメータと、該複数の操作パラメータと共に交流波形を定めるためのパラメータとを、出力電流の実効値が所定電流に一致することを拘束条件として関連付けるために、2つ又は3つの前記操作パラメータと、関数値とを対応付けた複数のテーブルを用意し、
前記複数の操作パラメータを受け付け、
受け付けた前記複数の操作パラメータを用いて、前記複数のテーブルを参照して前記パラメータを算出する
サブマージアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接機及びサブマージアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
交流サブマージアーク溶接では、溶接ワイヤの極性がプラスとマイナスに交互に切り替えられるところ、EP(Electrode Positive)期間及びEN(Electrode Negative)期間の長さ又はピーク電流を操作することで、溶込み形状又はワイヤ溶着速度を制御できることが知られている(例えば、特許文献1)。EP期間は溶接ワイヤの電圧極性がプラスの期間、EN期間は溶接ワイヤの電極極性がマイナスの期間である。
【0003】
EP期間を長くするほど、またはEP期間のピーク電流を大きくするほど、溶込み形状が狭く深くなり、ワイヤ溶着速度は小さくなる傾向がある。また、EN期間を長くするほど、またはEN期間のピーク電流を大きくするほど、溶込み形状は広く浅くなり、ワイヤ溶着速度が大きくなる傾向がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ただし、EP期間及びEN期間の長さ又はピーク電流が変化すると、それに伴い、実効電流(出力電流の実効値)が変化する。そのため、一般的には、実効電流の変化が小さくなるように、関連する複数のパラメータを連動させる方法が用いられる。パラメータを連動させれば、実効電流の変化をある程度小さく抑えることができるが、単純な操作(連動)だけでは、実効電流の変化を完全になくすことはできず、場合によっては100Aを超える大きな実効電流変化が生じ得る。
【0006】
本開示の目的は、交流サブマージアーク溶接において、交流電流の波形を操作するための各種操作パラメータを変化させた場合であっても、目標とする所定電流通りの実効電流を得ることを可能にする、交流電流波形の他の各種パラメータを速やかに計算することができるサブマージアーク溶接機及びサブマージアーク溶接方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一側面に係るサブマージアーク溶接機は、サブマージアーク溶接機であって、溶接電源から出力される電流の交流波形を操作するための複数の操作パラメータと、該複数の操作パラメータと共に交流波形を定めるためのパラメータとを、出力電流の実効値が所定電流に一致することを拘束条件として関連付けるために、2つ又は3つの前記操作パラメータと、関数値とを対応付けた複数のテーブルを記憶する記憶部と、前記複数の操作パラメータを受け付ける設定受付部と、該設定受付部にて受け付けた前記複数の操作パラメータを用いて、前記記憶部が記憶する複数のテーブルを参照して前記パラメータを算出する演算処理部とを備える。
【0008】
本開示の一側面に係るサブマージアーク溶接方法は、サブマージアーク溶接方法であって、溶接電源から出力される電流の交流波形を操作するための複数の操作パラメータと、該複数の操作パラメータと共に交流波形を定めるためのパラメータとを、出力電流の実効値が所定電流に一致することを拘束条件として関連付けるために、2つ又は3つの前記操作パラメータと、関数値とを対応付けた複数のテーブルを用意し、前記複数の操作パラメータを受け付け、受け付けた前記複数の操作パラメータを用いて、前記複数のテーブルを参照して前記パラメータを算出する。
【発明の効果】
【0009】
本開示の一側面によれば、交流サブマージアーク溶接において、交流電流の波形を操作するための各種操作パラメータを変化させた場合であっても、目標とする所定電流通りの実効電流を得ることを可能にする、交流電流波形の他の各種パラメータを速やかに計算することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本実施形態に係るサブマージアーク溶接機の一構成を示す模式図である。
【
図2】本実施形態に係るサブマージアーク溶接機の一構成を示すブロック図である。
【
図3】溶接電源から出力される電流の交流波形の一例を示す模式図である。
【
図4】本実施形態に係る制御方法を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示の実施形態に係るサブマージアーク溶接機及びサブマージアーク溶接方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0012】
以下、本発明をその実施形態を示す図面に基づいて具体的に説明する。
<サブマージアーク溶接機の構成>
図1は、本実施形態に係るサブマージアーク溶接機の一構成を示す模式図、
図2は、本実施形態に係るサブマージアーク溶接機の一構成を示すブロック図である。本実施形態に係るサブマージアーク溶接機は、溶接電源1と、制御装置2と、トーチ3と、ワイヤリール4と、ワイヤ送給装置5と、フラックス供給装置6と、台車7と、電圧センサ8と、電流センサ9とを備える。
【0013】
トーチ3は、銅合金等の導電性材料からなり、母材Aの被溶接部へ溶接ワイヤWを案内するとともに、アークの発生に必要な溶接電流を供給する円筒形状のコンタクトチップを有する。コンタクトチップは、その内部を挿通する溶接ワイヤWに接触し、溶接電流を溶接ワイヤWに供給する。
【0014】
ワイヤ送給装置5は、ワイヤリール4に巻回された溶接ワイヤWを引き出してトーチ3へ送給する送給ローラ51と、当該送給ローラ51を回転させるモータ52とを有する。ワイヤ送給装置5は、送給ローラ51を回転させることによって、溶接ワイヤWをトーチ3へ供給する。溶接ワイヤWの送給速度は、アーク長が変動しないように溶接電圧に応じて調整される。ワイヤ送給装置5による、溶接ワイヤWの送給速度は、制御装置2によって制御される。
【0015】
フラックス供給装置6は、フラックスホッパ61、ノズル62及びバルブ63、図示しないフラックス回収機等を備える。フラックスホッパ61は、上部から投入されたフラックスBを蓄えており、フラックスBは、フラックスホッパ61の下部に接続されたノズル62を通じて母材Aの被溶接部に供給される。バルブ63は、フラックスホッパ61からノズル62への経路を開閉し、フラックスBの供給量を調整する。バルブ63の開閉及び開閉量は、制御装置2によって制御される。なお、バルブ63の開閉及び開閉量は手動で操作されるように構成してもよい。
【0016】
台車7は、溶接電源1、制御装置2、トーチ3、ワイヤリール4、ワイヤ送給装置5、フラックス供給装置6等を搭載し、溶接線に沿って移動する搬送装置である。台車7は、車輪を回転させる走行モータを備える。走行する台車7によって、トーチ3及びフラックス供給装置6は母材Aの溶接線に沿って移動し、フラックスホッパ61に貯留された粒状のフラックスBが溶接線に沿って散布され、ワイヤ送給装置5によって溶接ワイヤWがフラックスBの中に送給される。台車7の走行速度は制御装置2によって制御される。
【0017】
電圧センサ8は、トーチ3に取り付けたアーク電圧検出リード線と、母材Aに取り付けたアーク電圧検出リード線との間の電圧を、溶接電圧(アーク電圧)として検出し、検出された電圧値を示す電圧値信号を制御装置2へ出力するセンサである。
【0018】
電流センサ9は、溶接電源1からトーチ3を介して溶接ワイヤWへ供給され、アークを通じて母材Aに流れる溶接電流を検出し、検出した電流値を示す電流値信号を制御装置2へ出力するセンサである。
【0019】
溶接電源1は、定電流特性を有するインバータ制御の交流溶接電源であり、商用電源の入力側から順に直列接続された整流器11、1次インバータ12、変圧器13、整流器14、直流リアクタ15、2次インバータ16を備える。溶接電源1は、給電ケーブルを介して、トーチ3のコンタクトチップ及び母材Aに接続される。溶接電源1は、商用電源を入力として、溶接ワイヤWと、母材Aとの間に溶接電力を供給してアークを発生させる。
【0020】
整流器11は、商用電源の交流を整流して1次インバータ12へ出力する。1次インバータ12は、十数kHz~数十kHzの高周波数で駆動し、高周波の交流を変圧器13の1次コイルに与える。変圧器13は交流を変圧し、変圧された交流は整流器14で整流され、直流リアクタ15を介して2次インバータ16へ出力される。2次インバータ16は、数十~数百Hzの低周波数で駆動し、低周波数の交流を出力する。交流の出力により、交流の溶接電圧がトーチ3と母材Aとの間に印加され、溶接電源1から供給された溶接電流は、電源ケーブルを介してトーチ3から溶接ワイヤWに流れる。溶接電流により、母材A及び溶接ワイヤW間に発生したアークの熱によって母材Aの溶接を行う。アークは、フラックス供給装置6によって供給されたフラックスBで覆われる。
【0021】
制御装置2は、溶接電源1の1次インバータ12及び2次インバータ16へそれぞれ制御信号を出力し、各インバータを独立してデジタル制御する回路である。また、制御装置2は、ワイヤ送給装置5による溶接ワイヤWの送給速度、フラックス供給装置6によるフラックスBの供給量、台車7の走行速度等を制御する。
【0022】
制御装置2はプロセッサであり、CPU、マルチコアCPU等の演算処理部21と、記憶部22と、設定受付部23と、ワイヤ送給速度制御部24と、フラックス供給制御部25と、台車走行速度制御部26とを有する。
【0023】
記憶部22は、ROM(Read Only Memory)、EEPROM等の不揮発性メモリ、RAM(Random Access Memory)などの揮発性メモリを含む記憶装置である。記憶部22は、交流の実効値を設定電流に一致させるために用いられる第1テーブル22a及び第2テーブル22bを記憶する。第1テーブル22a及び第2テーブル22bの詳細は後述する。
【0024】
設定受付部23は、ボタン、キー、ダイヤル等の入力装置であり、サブマージアーク溶接機の設定電流、その他の溶接条件を含む設定情報を受け付ける。また、設定受付部23は、溶接電源1から出力される電流の交流波形を操作するための操作パラメータの設定ないし変更を受け付ける。
【0025】
ワイヤ送給速度制御部24は、モータ52の駆動回路に接続されており、当該駆動回路へワイヤ送給速度に応じた回転制御信号を出力することによって、ワイヤ送給装置5による溶接ワイヤWの送給を制御する。送給ローラ51は回転制御信号に応じた速度で回転し、溶接ワイヤWがトーチ3を介して、母材Aの被溶接部へ供給される。
【0026】
アーク長は、溶接電圧(アーク電圧)に比例する。溶接電圧は、トーチ3のコンタクトチップと、母材Aとの間の電圧であり、電圧センサ8によって検出される。ワイヤ送給速度制御部24には、目標値である送給速度設定値が設定される。ワイヤ送給速度制御部24は、送給速度設定値と、電圧センサ8によって検出された溶接電圧の差分を操作量として、アーク長が一定になるように溶接ワイヤWの送給速度を制御する。
【0027】
フラックス供給制御部25は、フラックス供給装置6のバルブ63を開閉させる駆動回路に接続されており、当該駆動回路へフラックス供給量に応じた開閉信号を出力することによって、フラックス供給装置6によるフラックスBの供給を制御する。なお、バルブ63の開閉が手動で操作される構成の場合、フラックス供給制御部25は不要である。
【0028】
台車走行速度制御部26は、台車7の走行モータを駆動する駆動回路に接続されており、当該駆動回路へ台車7の走行速度に応じた走行制御信号を出力することによって、台車7の走行を制御する。
【0029】
また、制御装置2の図示しない信号入出力端子には電圧センサ8、電流センサ9、1次インバータ12、2次インバータ16が接続されており、制御装置2は、設定された溶接条件、検出された溶接電流及び溶接電圧に基づいて、定電流特性で動作するよう1次インバータ12をPWM制御する。また、制御装置2は、設定受付部23にて受け付けた設定電流、操作パラメータに基づいて、交流電流波形を操作ないし制御する。母材A及び溶接ワイヤW間には、所用の溶接電圧が印加され、溶接電流が通電する。
【0030】
<実効電流値を一定に保つ方法>
本実施形態に係る制御装置2は、交流電流の波形を規定する各種パラメータの設定値に応じて、設定電流通りの実効電流が得られるように、EN期間のピーク電流を速やかに算出することができる溶接システムである。これにより、サブマージアーク溶接機は、交流出力の開始直後から、実効電流を一定に保つことができ、溶込み深さを安定化できる。
【0031】
(A)パラメータの操作方法の決定
図3は、溶接電源1から出力される電流の交流波形の一例を示す模式図である。
図3に示す交流波形は正弦波ベースの波形である。
【0032】
はじめに、交流波形をどのように操作するのか、その調整に係る複数のパラメータを決定する。つまり、当該複数のパラメータは、交流波形の形状パターンを規定する数量である。交流波形の形状及び制御方法にもよるが、例えば正弦波波形では、EP(Electrode Positive)期間及びEN(Electrode Negative)期間の長さ、EP期間及びEN期間それぞれのピーク電流、並びに極性切替電流が、交流波形を決定するパラメータである。
EP期間は溶接ワイヤの電圧極性がプラスの期間、EN期間は溶接ワイヤの電極極性がマイナスの期間である。
極性切替電流は、交流電流の正負を切り替えるための閾値電流である。電流が小さくなると、アークの硬直性が弱まり、磁気吹きが生じて溶込みが不安定化するおそれがあるため、電流が小さくなる期間を短縮して磁気吹きを抑制するために、
図3に示すように極性切替電流間において電流を高速で変化させる制御が併用される場合がある。
【0033】
これらのパラメータを全て直接設定すると、交流波形が唯一つに定まってしまうため、実効電流を設定電流に必ずしも一致させることができない。また、EP期間及びEN期間の長さを個別に設定すると、交流周波数が変化するため、溶接条件の調整が難しい。
【0034】
そこで、溶接電源1から出力される電流の交流波形を操作するための複数の操作パラメータを定める。例えば、電流の交流周波数、EN比率、EP/ENピーク電流比、極性切替電流、及び設定電流を操作パラメータとする。EN比率は、交流1周期の長さに対するEN期間の比率、EP/ENピーク電流比は、EN期間のピーク電流に対するEP期間のピーク電流の比率である。設定電流は、溶接電源1から出力される電流の実効値の目標値として設定される電流値である。
【0035】
上記のように操作パラメータが定められた場合、EP期間及びEN期間の長さは、設定した交流周波数及びEN比率より決定される。また、極性切替電流及び設定電流は直接設定され、値がひとつに定まる。一方、EP期間及びEN期間のピーク電流については、それらの比率は設定されるが、値は決定されず操作自由度を持つ。そこで、実効電流が設定電流に一致することを拘束条件として与え、EP期間及びEN期間のピーク電流を定める。すなわち、各種操作パラメータに応じて、実効電流が設定電流に一致するような、EP期間及びEN期間のピーク電流を算出する。
【0036】
(B)ピーク電流の解析的導出(事前導出)
上記の各ピーク電流を解析的に導出する。各期間のピーク電流は、それら以外の各種操作パラメータの関数として表すことができる。ただし当然ながら、波形パターンや制御方法によっては、必ずしも全ての操作パラメータがピーク電流に影響を及ぼすとは限らない。
【0037】
なお、ここで得られるピーク電流の導出式は、多くの場合、根号等を含む複雑な計算式になるため、これを代数的に直接計算するのは計算負荷が大きく時間が掛かる。しかしながら、上記の各種操作パラメータは、いずれも溶接中に変更される場合があるため、設定が変更された場合は、例えば10ms以下程度の短時間のうちに、速やかにピーク電流が再計算及び更新される必要がある。そこで、以下の方法により、短時間でのピーク電流の算出を実現する。
【0038】
(C)ピーク電流導出式の変数分離
上記のピーク電流導出式を変形し、できるだけ変数が少ない複数の要素関数の合成関数として変形する。合成関数を構成する要素関数は、2つ~3つの操作パラメータを変数とする関数であることが好ましい。より好ましくは、要素関数は、2つの操作パラメータを変数とする関数であることが好ましい。例えば上記の正弦波ベースの波形では、ピーク電流は、EN比率及びEP/ENピーク電流比の2つを変数とする要素関数と、極性切替電流及び設定電流の2つを変数とする要素関数の、合成関数として表せる。合成関数は、複数の要素関数の加減乗除によって表すことができる。
【0039】
(D)要素関数の代数的算出
上記の各要素関数について、各変数、すなわち各操作パラメータが一定間隔で変化した場合の計算結果をテーブル化する。演算処理部21は、この複数のテーブルを元に、実際に設定された各変数の値から、各要素関数の計算結果を線形補完にて算出する。なお、要素関数に変数分離を行ったのは、変数の種類が少ないほど、テーブルを簡略化できるためである。詳細は後述する。
【0040】
(E)ピーク電流の算出
得られた各要素関数から、EP期間及びEN期間のピーク電流を算出する。具体的には、操作パラメータをキーにして複数のテーブルを参照して関数値を求め、当該関数値の加減乗除によって、EP期間及びEN期間のピーク電流を算出する。
【0041】
以上の手順に則れば、溶接中に操作パラメータが変更された場合であっても、各種パラメータの設定値に応じて、設定電流通りの実効電流が得られるように、EP期間及びEN期間のピーク電流が速やかに算出される。制御装置2は、算出されたEP期間及びEN期間のピーク電流、その他パラメータの値に基づいて、溶接電源1の出力を制御することによって、交流出力の開始直後から、または溶接条件の変更後ただちに、実効電流を一定に保つことができ、溶込み深さを安定化できる。
【0042】
<正弦波波形の場合の実施例>
(A)パラメータの操作方法の決定
交流周波数、EN比率、EP/ENピーク電流比、極性切替電流及び設定電流を、電流の交流波形を操作するための操作パラメータとする。
【0043】
(B)ピーク電流の解析的導出(事前導出)
EN期間のピーク電流及びEP期間のピーク電流は、解析的に下記式(1)及び(2)で導出される。
【0044】
【0045】
(C)ピーク電流導出式の変数分離
EN期間におけるピーク電流は、下記式(3)及び(4)とおくと、下記式(5)のように変数分離することができる。
【0046】
【0047】
(D)要素関数の代数的算出
EN比率r及びEP/ENピーク電流比Rを一定間隔で変化させた場合の関数Fの計算結果(関数値)と、極性切替電流Ichg及び設定電流Isetを一定間隔で変化させた場合の関数Gの計算結果(関数値)を、それぞれあらかじめ計算してテーブル化する。つまり、制御装置2の記憶部22は、EN比率rと、EP/ENピーク電流比Rと、関数Fの関数値とを対応付けた第1テーブル22aを記憶する。また、記憶部22は、極性切替電流Ichgと、設定電流Isetと、関数Gの関数値とを対応付けた第2テーブル22bを記憶する。制御装置2は、第1テーブル22a及び第2テーブル22bを用いて、実際に設定された各操作パラメータに応じて、関数F及び関数Gの計算結果(関数値)を線形補完にて算出する。
【0048】
(E)ピーク電流の算出
制御装置2は、上記式(5)及び(2)により、EP期間及びEN期間のピーク電流を算出する。
【0049】
図4は、本実施形態に係る制御方法を示すフローチャートである。以下の説明では、主に、溶接電源1のから出力される交流波形制御を説明し、その他のアーク溶接制御の詳細は省略し、又は簡略化して説明する。
【0050】
制御装置2は、サブマージアーク溶接機の各種設定を受け付け、サブマージアーク溶接制御を開始する(ステップS11)。
【0051】
次いで、制御装置2は、設定受付部23にて操作パラメータの変更を受け付ける(ステップS12)。そして、制御装置2は、変更後の操作パラメータをキーにして、第1テーブル22a及び第2テーブル22bを参照し、EN期間及びEP期間それぞれのピーク電流を算出する(ステップS13)。制御装置2は、EN期間及びEP期間それぞれのピーク電流と、設定された操作パラメータに基づく各種パラメータとに基づいて、溶接電源1の出力電流を制御する(ステップS14)。
【0052】
以下、制御装置2は、所定の終了条件を満たすか否かを判定し(ステップS15)、終了条件を満たした場合(ステップS15:YES)、溶接処理を終了する。終了条件を満たしていない場合(ステップS15:NO)、制御装置2は、ステップS12~ステップS14の処理を繰り返し実行し、サブマージアーク溶接方法を実行する。
【0053】
以上の通り、本実施形態によれば、交流サブマージアーク溶接において、交流電流の波形を操作するための各種操作パラメータを変化させた場合であっても、実効電流を設定電流に一致させるピーク電流を速やかに計算することができる。従って、各種操作パラメータをどのような値に設定しても、設定電流通りの実効電流を得ることができ、これにより、交流出力の開始直後から、実効電流を一定に保つことができ、溶込み深さを安定化できる。
【0054】
なお、本実施形態では、出力電流の実効値を設定電流に一致させる制御を説明したが、実効電流が設定電流以外の指標に合致するようにピーク電流を計算してもよい。例えば、実効電流を、所望の外部特性に沿って動かし、定電圧特性を再現する場合において、実効電流及び実効電圧のフィードバック値に応じて時々刻々と変化する狙いの実効電流に、出力実効電流が合致するようにピーク電流を逐次再計算及び更新しても良い。
【0055】
また、EP期間及びEN期間のピーク電流を直接設定し、実効電流が設定電流に一致するように、EN比率に基づくEP期間の長さ若しくはEN期間の長さ、又は極性切替電流等の他のパラメータを算出し、交流電流の出力を制御するように構成してもよい。
【0056】
更に、極性切替電流は、EN期間からEP期間への切り替え用の値と、EP期間からEN期間への切り替えの値とを別の値にしてもよい。
【0057】
更にまた、本実施形態では正弦波ベースの波形を操作する例を説明したが、台形波、その他任意の電流波形を操作する場合に本発明を適用してもよい。なお、台形派の場合、交流周波数、EN比率、EP/ENピーク電流比、アップスロープ期間比率、ダウンスロープ期間比率、極性切替電流、設定電流を、操作パラメータとすればよい。アップスロープ期間比率とは、EP期間の長さに対して、どれだけの時間比率で電流を増加させるのかを決めるパラメータである。ダウンスロープ期間比率とは、EN期間の長さに対して、どれだけの時間比率で電流を減少されるのかを決めるパラメータである。
【符号の説明】
【0058】
1:溶接電源、2:制御装置、3:トーチ、4:ワイヤリール、5:ワイヤ送給装置、
6:フラックス供給装置、7:台車、8:電圧センサ、9:電流センサ、21:演算処理部、22:記憶部、22a:第1テーブル、22b:第2テーブル、23:設定受付部、24:ワイヤ送給速度制御部、25:フラックス供給制御部、26:台車走行速度制御部、A:母材、B:フラックス、W:溶接ワイヤ