IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

2025-29356毛包オルガノイドの作製方法、ヒト毛包オルガノイド、及び毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる方法
<>
  • -毛包オルガノイドの作製方法、ヒト毛包オルガノイド、及び毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる方法 図1
  • -毛包オルガノイドの作製方法、ヒト毛包オルガノイド、及び毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる方法 図2
  • -毛包オルガノイドの作製方法、ヒト毛包オルガノイド、及び毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025029356
(43)【公開日】2025-03-06
(54)【発明の名称】毛包オルガノイドの作製方法、ヒト毛包オルガノイド、及び毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20250227BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20250227BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20250227BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/10
C12N5/071
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023133933
(22)【出願日】2023-08-21
(71)【出願人】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004163
【氏名又は名称】弁理士法人みなとみらい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】楊 暁光
(72)【発明者】
【氏名】岩永 知幸
(72)【発明者】
【氏名】久下 貴之
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AA90Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065AC20
4B065BA30
4B065CA60
(57)【要約】
【課題】ヒト細胞においても好適に適用可能な、毛包オルガノイドを作製するための新規な技術を提供すること。
【解決手段】上皮細胞、間葉系細胞、及び多能性幹細胞を共培養することを含む、毛包オルガノイドの作製方法。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
上皮細胞、間葉系細胞、及び多能性幹細胞を共培養することを含む、毛包オルガノイドの作製方法。
【請求項2】
前記毛包オルガノイドは、毛球部と毛幹を有する、請求項1に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
【請求項3】
前記毛幹は、色素を含む、請求項2に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
【請求項4】
前記毛包オルガノイドは、ヒト由来の細胞から作製された、ヒト毛包オルガノイドである、請求項1~3の何れか一項に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
【請求項5】
共培養の開始時に混合する、間葉系細胞の数に対する上皮細胞の数は、0.1~3倍である、請求項1~4の何れか一項に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
【請求項6】
共培養の開始時に混合する、上皮細胞の数に対する多能性幹細胞の数は、0.3~3倍である、請求項1~5の何れか一項に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
【請求項7】
共培養の開始時に混合する、間葉系細胞の数に対する多能性幹細胞の数は、0.3~3倍である、請求項1~6の何れか一項に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
【請求項8】
請求項1~7の何れか一項に記載の方法により作製された、毛包オルガノイド。
【請求項9】
上皮細胞及び間葉系細胞を含み、毛球部及び毛幹を備える、ヒト毛包オルガノイド。
【請求項10】
前記毛幹は、色素を含む、請求項9に記載のヒト毛包オルガノイド。
【請求項11】
上皮細胞、間葉系細胞を共培養して毛包オルガノイドを製造する方法において、
さらに、多能性幹細胞の存在下で共培養することを含む、毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛包オルガノイドの作製方法、ヒト毛包オルガノイド、及び毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、脱毛症等の疾患に対する再生医療技術として、毛包再生技術の開発が進められている。例えば、上皮間葉細胞相互作用を利用した、毛包及び毛の再生が行われている。特許文献1には、マウスの上皮幹細胞と毛乳頭細胞を混合して培養して得た毛包原基を動物に移植し、当該毛包原基から毛を生やすことが記載されている。また、特許文献2及び3には、マウスから取得した上皮細胞及び間葉系細胞を共培養し、毛包原基を製造することが記載されている。
【0003】
また、非特許文献1には、マウス胎児皮膚から採取した上皮細胞とマウス胎児皮膚から採取した間葉系細胞を低濃度のマトリゲルを添加した培地に懸濁し培養することで、細胞凝集体の空間配置パターンが変化し、毛芽形成が促進されたこと、及びマトリゲルに包埋して培養した場合に、毛幹の長さが約3mmにまで達したことが記載されている。
【0004】
ヒト細胞を用いた場合は、胎児由来上皮細胞と胎児由来間葉系細胞、胎児由来上皮細胞と成人由来間葉系細胞、成人由来上皮細胞と胎児由来間葉系細胞、又は成人由来上皮細胞と成人由来間葉系細胞を用いて、毛幹を持たない毛包様構造を形成させることに成功したことが開示されている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許7158676号公報
【特許文献2】WO2020/225934号公報
【特許文献3】特開2023-56591号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Kageyama et al.,Sci Adv,8,eadd4603,2022
【非特許文献2】Kageyama et al.,Sci Rep,13(1),4847,2023
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記先行技術のあるところ、本発明は、ヒト細胞においても好適に適用可能な、毛包オルガノイドを作製するための新規な技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意研究の結果、多能性幹細胞の存在下で上皮細胞と間葉系細胞を共培養することにより、ヒトの成体由来細胞から毛球部と毛幹を備えた毛包組織を作製することに成功し、本発明を完成させた。
【0009】
上記課題を解決する本発明及びその好ましい形態は、以下の通りである。
[1]上皮細胞、間葉系細胞、及び多能性幹細胞を共培養することを含む、毛包オルガノイドの作製方法。
上皮細胞及び間葉系細胞と共に、多能性幹細胞を加えて培養することで、生体移植を要さずに培養器の中で、毛包組織である毛包オルガノイドを作製することができる。
【0010】
[2]前記毛包オルガノイドは、毛球部および毛幹を有する、[1]に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
好ましい形態では、上皮細胞及び間葉系細胞と共に、多能性幹細胞を加えて培養することで、生体移植を要さずに培養器の中で、毛球部および毛幹を有する毛包オルガノイドを作製することができる。
【0011】
[3]前記毛幹は、色素を含む、[2]に記載の毛包オルガノイドの作製方法。
好ましい形態では、色素が蓄積し、高次に分化した毛包オルガノイドを作製することができる。
【0012】
[4]前記毛包オルガノイドは、ヒト由来の細胞から作製された、ヒト毛包オルガノイドである、[1]~[3]の何れか一つに記載の毛包オルガノイドの作製方法。
本発明によれば、ヒト毛包オルガノイドを効率よく作製することができる。
【0013】
[5]共培養の開始時に混合する、間葉細胞の数に対する上皮細胞の数は、0.1~3倍である、[1]~[4]の何れか一つに記載の毛包オルガノイドの作製方法。
かかる形態とすることにより、オルガノイドにおける毛包及び毛幹形成を促進することができる。
【0014】
[6]共培養の開始時に混合する、上皮細胞の数に対する多能性幹細胞の数は、0.3~3倍である、[1]~[5]の何れか一つに記載の毛包オルガノイドの作製方法。
かかる形態とすることにより、オルガノイドにおける毛包及び毛幹形成を促進することができる。
【0015】
[7]共培養の開始時に混合する、間葉系細胞の数に対する多能性幹細胞の数は、0.3~3倍である、[1]~[6]の何れか一つに記載の毛包オルガノイドの作製方法。
かかる形態とすることにより、オルガノイドにおける毛包及び毛幹形成を促進することができる。
【0016】
[8][1]~[7]の何れか一つに記載の毛包オルガノイドの作製方法により作製された、毛包オルガノイド。
【0017】
[9]上皮細胞及び間葉系細胞を含み、毛球部及び毛幹を備える、ヒト毛包オルガノイド。
【0018】
[10]前記毛幹部は、色素を含む、[9]に記載のヒト毛包オルガノイド。
【0019】
[11]上皮細胞、間葉系細胞を共培養して毛包オルガノイドを製造する方法において、さらに、多能性幹細胞の存在下で共培養することを含む、毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる、方法。
上記の本発明によれば、多能性幹細胞、上皮細胞及び間葉系細胞で構成される細胞凝集塊からの毛幹形成を促進させることできる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、毛包オルガノイドを効率よく作製できる新規な技術を提供することができる。
【0021】
また、本発明によれば、ヒト細胞を用いて、毛幹構造を有する毛包組織をin vitroで作製することができる。すなわち、本発明により、毛幹構造を有するヒト毛包オルガノイドを、効率よく作製することができる。
【0022】
また、本発明によれば、成体由来の上皮細胞及び間葉系細胞を用いて、毛幹構造を有する毛包オルガノイドを作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】抜去した毛の毛球付近から増殖した間葉系細胞の様子を示す、明視野写真である。スケールバーは300μmである。
図2】抜去した毛の外毛根鞘から増殖したケラチノサイトの様子を示す、明視野写真である。スケールバーは300μmである。
図3】共培養の開始から14日目の毛包オルガノイドの様子を示す、明視野写真である。スケールバーは300μmである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞を共培養することを含む、毛包オルガノイドの作製方法に関する。なお、本発明は以下に説明する実施形態に限定されず、発明の範囲内において適宜変更可能である。
【0025】
本発明で使用する上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞の由来は特に限定はされず、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の哺乳動物の細胞を使用することができる。本発明では、特に、ヒト細胞を用いることができる。
【0026】
上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞は、一次的に取得ないし樹立したものを用いてもよいし、市販されているものを使用してもよい。
【0027】
本発明で使用する上皮細胞は、上皮組織由来の細胞であれば特に限定されず、上皮幹細胞も含む。用いる上皮細胞は、上皮性毛根鞘(外毛根鞘、内毛根鞘)、バルジ領域等に存在する上皮性の毛包幹細胞(hair follicle stem cells (HFSC))、毛包ケラチノサイト、及び毛母基部に由来する上皮細胞等の毛包由来の上皮細胞、角化細胞(ケラチノサイト)等の皮膚組織由来の上皮細胞、並びに幹細胞又は他の体性細胞から誘導された上皮細胞から選択できる。
また、本発明で使用する上皮細胞は、胎児(胚)由来と成体由来の何れであってもよいが、作製に使用する上皮細胞の取得のしやすさの観点からは、成体由来の上皮細胞を好適に選択できる。
【0028】
本発明で使用する間葉系細胞は、間葉由来の細胞であれば特に限定されず、間葉系幹細胞も含む。用いる間葉系細胞は、毛乳頭細胞及び真皮毛根鞘細胞(毛球部毛根鞘細胞を含む)等の毛包由来の間葉系細胞、皮膚由来の間葉系細胞、並びに幹細胞又は他の体性細胞から誘導された間葉系細胞から選択できる。
また、本発明で使用する間葉系細胞は、胎児(胚)由来と成体由来の何れであってもよいが、作製に使用する間葉系細胞の取得のしやすさの観点からは、成体由来の間葉系細胞を好適に選択できる。
【0029】
本発明で使用する多能性幹細胞は、人工多能性幹細胞(iPS細胞)や胚性幹細胞(ES細胞)を用いることができるが、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を用いることが好ましい。
【0030】
iPS細胞は、ある特定の核初期化因子を、当該因子をコードする核酸又はタンパク質の形態で体細胞に導入すること又は薬剤によって当該因子の内在性のmRNA及び/又はタンパク質の発現を上昇させることによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K.Takahashi and S.Yamanaka(2006),Cell,126:663-676、K.Takahashi et al.(2007),Cell,131:861-872、J.Yu et al.(2007),Science,318:1917-1920、M.Nakagawa et al.(2008),Nat.Biotechnol.,26:101-106)。
【0031】
核初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子もしくはその遺伝子産物であればよく、特に限定されないが、例えばOct3/4、Klf4、Klf1、Klf2、Klf5、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Sox18、c-Myc、L-Myc、N-Myc、TERT、SV40 large T antigen、HPV16 E6、HPV16 E7、Bmil、Lin28、Lin28b、Nanog、Esrrb又はEsrrgが例示される。これらの核初期化因子は、iPS細胞樹立の際には、組み合わされて使用されてもよい。例えば上記核初期化因子を少なくとも1つ、好ましくは2以上含む組み合わせであり、より好ましくは3以上を含む組み合わせである。
【0032】
多能性幹細胞の初期化における培養は、好ましくは付着培養法により行う。MEF細胞などのフィーダー細胞を敷設した培養面上で多能性幹細胞を付着培養してもよいが、フィーダーフリー条件で付着培養を行うことが好ましい。
【0033】
フィーダーフリー条件で多能性幹細胞の付着培養を行う場合、培養面には種々の培養基質によるコーティングを施すことが好ましい。培養基質としては、例えば、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、マトリゲル、フィブリン、トロンビン等の細胞外マトリックス;ポリL-リシン、ポリD-リシン等のアミノ酸ポリマー等及びこれらの断片等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
培養基質のうち、ラミニン及びその断片が好適である。
【0034】
ラミニン及びその断片として、ラミニン511(α5鎖、β1鎖、γ1鎖からなるラミニン)及びその断片を用いることが好適である。ラミニンとは、基底膜の主要な細胞接着分子であり、α鎖、β鎖、及びγ鎖の3本のサブユニット鎖からなるヘテロ3量体で、分子量約80万Daの巨大な糖タンパク質である。3本のサブユニット鎖がC末端側で会合してコイルドコイル構造を作りジスルフィド結合によって安定化したヘテロ3量体分子をいう。よって、ラミニン511とは、α鎖がα5であり、β鎖がβ1であり、並びにγ鎖がγ1であるラミニンを意味する。
【0035】
ラミニンは、変異体であってもよく、インテグリン結合活性を有している変異体であれば、特に限定されない。ラミニンはヒト由来のものが好適である。ラミニン及びその断片は、インテグリンα6β1との結合活性が解離定数10nM以下を示すものが好適である。ラミニン又はラミニン断片は、市販品を用いることが好適である。
【0036】
ラミニン断片として、ラミニン511をエラスターゼにて消化して得られる断片であるE8フラグメント(ラミニン511E8断片又はラミニン511E8ともいう)(Ido H,et al,J Biol Chem.2007,282,11144-11154)、遺伝子組み換えカイコ繭より発現した組み換えヒトラミニン511E8断片等が挙げられる。
ラミニン及びその断片のうち、ラミニン断片が好適であり、より好適にはラミニン511断片、さらに好適にはラミニン511E8断片であり、さらにヒト由来が好適である。
【0037】
本発明の実施には細胞株として樹立されたヒトiPS細胞株を使用してもよい。例えば、ChiPSC7、ChiPSC11、ChiPSC12、ChiPSC19、ChiPSC20、ChiPSC21、ChiPSC22、ChiPSC23、201B7、201B7-Ff、253G1、253G4、1201C1、1205D1、1210B2、及び836B3から選択されるヒトiPS細胞株を本発明の方法で培養することができる。上述のヒトiPS細胞株はCellartis、iPSアカデミアジャパン社又は京都大学iPS研究所から入手可能である。
【0038】
iPS細胞は、成体由来細胞から誘導したものであることが好ましい。また、成体由来細胞としては、線維芽細胞や毛包に存在する細胞を好ましく用いることができる。
【0039】
本発明の製造方法の一実施形態では、毛包由来の細胞を好ましく使用できる。例えば、抜去した毛を培養することにより取得した、上皮細胞及び間葉系細胞を用いることができる。
また、抜去した毛を培養することにより得られた細胞を初期化して得られたiPS細胞を用いることができる。当該iPS細胞の製造に用いる毛由来の細胞は、抜去した毛に付着した上皮性組織(毛幹の毛球から離れた領域に付着する、毛包の上皮性組織)を培養して得た、上皮細胞を用いることができる。
なお、毛を取得する対象は、ヒト成体であることが好ましい。
【0040】
次いで、本発明の製造方法における、細胞の培養方法について詳述する。
本発明の製造方法は、上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞を共培養する共培養工程と、任意で、共培養工程前に上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞を各々前培養する前培養工程を含む。
【0041】
なお、本発明で使用する細胞の細胞培養器は、特に限定されず、例えば、フラスコ、ディッシュ、シャーレ、ボトル、プレート等が挙げられる。当該細胞培養器の材質は、特に限定されないが、スチレン系樹脂(ポリスチレン又はスチレン共重合体等)、ポリカーボネート、ポリオレフィン系樹脂(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、エチレン共重合体等)、(メタ)アクリル系樹脂、シリコーン樹脂、アミノ樹脂、フッ素樹脂、及びポリイミド樹脂等の合成樹脂(好適にはプラスチック)、ガラス基材から選択される1種又は2種以上が好適である。
【0042】
<前培養工程>
前培養では、上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞を、各々、適切な培養液中で培養する。各細胞の培養条件は、各細胞の特性が維持できる条件であれば特に限定されない。
【0043】
上皮細胞の前培養では、上皮細胞用培地で細胞を培養することが好ましい。上皮細胞用培地は特に限定されず、例えば、EpiLifeTM Medium(Gibco)、角化細胞増殖培地(Keratinocyte Growth MediumまたはHuMedia―KG2)、約5~20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられる。また、適宜上皮細胞の培養に適切な成分(カルシウム、成長因子、ペニシリン-ストレプトマイシン等の抗生物質等)を添加してもよい。
【0044】
また、上皮細胞の前培養では、ラミニン及びその断片を添加した培養液中で上皮細胞を接着培養することが好ましい。使用するラミニン及びその断片の好ましい形態は、上述の通りである。
これにより、共培養工程において毛包の形成を促進させることができる。
【0045】
上皮細胞の前培養において、ラミニン又はその断片は、細胞培養器の接着面積に対するラミニン又はその断片の量が、好ましくは0.05~1.0μg/cm、より好ましくは0.15~0.5μg/cm、より好ましくは0.1~0.4μg/cm、さらに好ましくは0.2~0.3μg/cmであり、例えば0.25μg/cmとなるように、培養液中に添加される。
【0046】
間葉系細胞の前培養では、幹細胞用培地で細胞することが好ましい。幹細胞用培地は特に限定されず、DMEM、DMEM/F12、Essential8TM Medium(Thermo Fisher Scientific)、Essential8TM Flex Medium(Thermo Fisher Scientific)、AmnioMAXTM C-100(Gibco)、StemPro MSC SFM(Life Technologies)、StemFit For MSC(味の素)等が好適に挙げられる。また、培養液には、任意で、Normocin等の抗生物質、血清、成長因子、ホルモン等の添加物を加えることができる。
【0047】
また、間葉系細胞の前培養では、ラミニン及びその断片を添加した培養液中で間葉系細胞を接着培養することが好ましい。使用するラミニン及びその断片の好ましい形態は、上述の通りである。
これにより、共培養工程において、毛包の形成を促進させることができる。
【0048】
間葉系細胞の前培養において、ラミニン又はその断片は、細胞培養器の接着面積に対するラミニン又はその断片の量が、好ましくは0.05~1.0μg/cm、より好ましくは0.15~0.5μg/cm、より好ましくは0.1~0.4μg/cm、さらに好ましくは0.2~0.3μg/cmであり、例えば0.25μg/cmとなるように、培養液中に添加される。
【0049】
多能性幹細胞の前培養の条件は、その分化能を維持しながら培養することができれば特に限定されない。また、多能性幹細胞を前培養する際に用いる培地は、特に限定されないが、StemFitTMAK02N(味の素)、StemSureTMhPSC(富士フイルム和光純薬)、mTeSRTM1(Stemcell Technologies社)、TeSRTM-E6(Stemcell Technologies社)、TeSRTM-E8(Stemcell Technologies社)、StemFlexTM(Thermo Fisher Scientific)、Essential6TM Medium(Thermo Fisher Scientific)、Essential8TM Medium(Thermo Fisher Scientific)、Essential8TM Flex Medium(Thermo Fisher Scientific)を使用することが好ましい。またそれらの培地に、必要に応じて抗生物質を添加することが可能である。
さらに、αMEM、DMEMといった一般的な細胞培養基礎培地に適宜必要なFGF等の成長因子や先に挙げた抗生物質、HSA、BSAといった種々の蛋白質等を添加して多能性幹細胞培養用に適した自作培地も使用することができる。
【0050】
多能性幹細胞の前培養では、ラミニン及びその断片をコーティングした細胞培養器において、細胞を接着培養することが好ましい。使用するラミニン及びその断片の好ましい形態は、上述の通りである。
これにより、共培養工程において、毛包の形成を促進させることができる。
【0051】
多能性幹細胞の前培養では、Rho-キナーゼ(ROCK)阻害剤を添加してもよい。ROCK阻害剤として、(S)-(+)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]ホモピペラジンジヒドロクロリド(非公式名:H-1152)、1-(5-イソキノリンスルホニル)ピペラジンヒドロクロリド(非公式名:HA-100)、1-(5-イソキノリンスルホニル)-2-メチルピペラジン(非公式名:H-7)、1-(5-イソキノリンスルホニル)-3-メチルピペラジン(非公式名:イソH-7)、N-2-(メチルアミノ)エチル-5-イソキノリンスルホンアミドジヒドロクロリド(非公式名:H-8)、N-(2-アミノエチル)-5-イソキノリンスルホンアミドジヒドロクロリド(非公式名:H-9)、N-[2-(p-ブロモ-シンナミルアミノ)エチル]-5-イソキノリンスルホンアミドジヒドロクロリド(非公式名:H-89)、N-(2-グアニジノエチル)-5-イソキノリンスルホンアミドヒドロクロリド(非公式名:H-1004)、1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジンジヒドロクロリド(非公式名:H-1077)、(S)-(+)-2-メチル-4-グリシル-1-(4-メチルイソキノリニル-5-スルホニル)ホモピペラジンジヒドロクロリド(非公式名:グリシルH-1152)および(+)-(R)-トランス-4-(1-アミノエチル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミドジヒドロクロリド(非公式名:Y-27632)が例示できるが、これらだけには限られない。
本発明では、Y-27632を用いることが好ましい。
【0052】
培地中でのROCK阻害剤の濃度は、好ましくは1~20μM、より好ましくは3~15μM、さらに好ましくは5~12μMであり、例えば10μMとすることができる。
【0053】
<共培養工程>
共培養工程では、初めに、上皮細胞、間葉系細胞、及び多能性幹細胞を、培養液を添加した細胞培養器に播種する。
【0054】
共培養開始時における間葉系細胞の数(1倍)に対する上皮細胞の数は、0.1倍以上であることが好ましく、0.2倍以上であることがより好ましく、0.3倍以上であることがより好ましく、0.4倍以上であることがより好ましく、0.5倍以上であることがさらに好ましく、0.8倍以上であることが特に好ましい。
【0055】
共培養開始時における間葉系細胞の数(1倍)に対する上皮細胞の数は、3.0倍以下であることが好ましく、2.5倍以下であることがより好ましく、2.0倍以下であることがより好ましく、1.5倍以下であることがさらに好ましく、1.3倍以下であることが特に好ましい。
【0056】
例えば、共培養開始時おける間葉系細胞の数(1倍)に対する上皮細胞の数は、好ましくは0.1~3倍、より好ましくは0.3~2倍、さらに好ましくは0.5~1.5倍、特に好ましくは0.8~1.3倍とすることができる。
具体的な例としては、共培養開始時における間葉系細胞の数(1倍)に対する上皮細胞の数は1倍であること、すなわち、間葉系細胞と上皮細胞の混合比は、細胞数を基準として1:1であることが挙げられる。
【0057】
共培養開始時における上皮細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、0.3倍以上であることが好ましく、0.5倍以上であることがより好ましく、0.8倍以上であることがより好ましく、1.0倍以上であることがより好ましく、1.3倍以上であることがより好ましく、1.5倍以上であることがさらに好ましく、1.8倍以上であることが特に好ましい。
【0058】
共培養開始時における上皮細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、3.0倍以下であることが好ましく、2.8倍以下であることがより好ましく、2.5倍以下であることがより好ましく、2.3倍以下であることがさらに好ましく、2.0倍以下であることが特に好ましい。
【0059】
例えば、共培養開始時おける上皮細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、好ましくは0.3~3.0倍、より好ましくは0.5~3.0倍、より好ましくは0.8~2.8倍、より好ましくは1.0~2.5倍、より好ましくは1.3~2.5倍、さらに好ましくは1.5~2.5倍、特に好ましくは1.8~2.3倍とすることができる。また、共培養開始時おける上皮細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、好ましくは0.5~2倍、より好ましくは0.8~2倍とすることもできる。
具体的な例としては、共培養開始時における上皮細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、2倍であること、すなわち、上皮細胞と多能性幹細胞の混合比は、細胞数を基準として1:2であることが挙げられる。
【0060】
共培養開始時おける間葉系細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、0.3倍以上であることが好ましく、0.5倍以上であることがより好ましく、0.8倍以上であることがより好ましく、1.0倍以上であることがより好ましく、1.3倍以上であることがより好ましく、1.5倍以上であることがさらに好ましく、1.8倍以上であることが特に好ましい。
【0061】
共培養開始時における間葉系細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、3.0倍以下であることが好ましく、2.8倍以下であることがより好ましく、2.5倍以下であることがより好ましく、2.3倍以下であることがさらに好ましく、2.0倍以下であることが特に好ましい。
【0062】
例えば、共培養開始時おける間葉系細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、好ましくは0.3~3.0倍、より好ましくは0.5~3.0倍、より好ましくは0.8~2.8倍、より好ましくは1.0~2.5倍、より好ましくは1.3~2.5倍、さらに好ましくは1.5~2.5倍、特に好ましくは1.8~2.3倍とすることができる。また、共培養開始時おける間葉系細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、好ましくは0.5~2倍、より好ましくは0.8~2倍とすることもできる。
具体的な例としては、共培養開始時における間葉系細胞の数(1倍)に対する多能性幹細胞の数は、2倍であること、すなわち、間葉系細胞と多能性幹細胞の混合比は、細胞数を基準として1:2であることが挙げられる。
【0063】
播種する細胞の順序は特に限定されず、例えば、3種類の細胞を任意の順で培養液中に播種してもよい。また、上皮細胞及び間葉系細胞を混合後、多能性幹細胞をさらに加える形態であってもよい。
【0064】
共培養の方法は、上皮細胞及び間葉系細胞が凝集して細胞凝集塊を形成する方法であれば特に限定されない。好ましくは、上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞を、細胞非接着性表面上で共培養する。
【0065】
細胞非接着性表面は、培養される細胞が接着して伸展しない表面のことをいい、本発明では、上皮細胞及び間葉系細胞が接着せず浮遊状態で維持される表面をいう。また、本発明における細胞非接着性表面は、細胞が緩く接着するが、接着状態で伸展はせず、さらに酵素処理やキレート処理を行うことなく、ピペッティング等により培養液を流動させることで細胞が容易に脱離可能な表面も含む。
【0066】
細胞非接着性表面を有する細胞培養器としては、例えば、商業的に入手可能な、各ウェルの底面に細胞非接着コーティングが施されたマルチウェルプレートを用いることができる。このような培養容器としては、細胞非接着性のコーティングがされた微小凹部を備えた細胞培養プレートが好ましく例示できる。細胞培養プレートの微小凹部の開口形状は、特に限定されず、円形状、U字状、V字状、四角状、六角状、ライン状等であってもよい。本発明では、当該微小凹部の開口形状は円形状(U字状)又はV字状であることが好ましい。このような細胞培養プレートとしては、住友ベークライト株式会社製のPrimeSurface 96Uプレート、Thermofisher製のNunclonTM SpheraTM96-Well,Nunclon Sphera-Treated,U-Shaped-Bottom Microplate等が好適に例示できる。
また、酸素透過性を有する材質からなる細胞培養器を用いて、共培養を行ってもよい。
【0067】
細胞非接着表面上では、非接着状態の細胞凝集塊が製造される。ここで、非接着状態とは、細胞非接着表面に接着せず浮遊状態にあること、又は、当該細胞非接着表面に緩く接着しているが、トリプシン処理等の酵素処理を施すことなく、ピペッティング等の培養液を流動させる操作で当該細胞非接着性表面から容易に脱離することである。
【0068】
共培養に使用する培養液は、培養する細胞を維持することができれば特に限定されないが、DMEM、DMEM/F12、Advanced DMEM/F12、Minimum Essential Medium(MEM)、RPMI-1640、Basal Medium Eagle(BME)、Glasgow Minimum Essential Medium(Glasgow MEM)、Neurobasal Medium(Thermo Fisher Scientific)等の基本培地を用いることができる。基礎培地としては、DMEM/F12又はAdvanced DMEM/F12を用いることが好ましく、Advanced DMEM/F12を用いることがより好ましい。これらの基本培地に、任意で、抗生物質、血清、成長因子、ホルモン等の添加物を加えてもよい。
【0069】
基礎培地に添加する成分としては、N2サプリメント、B27サプリメント、GlutaMAXサプリメント(Thermo Fisher Scientific)等が好適に挙げられる。また、抗生物質としては、Normocinを添加することが好ましい。
【0070】
一つの実施形態では、共培養に使用する培養液は、細胞外マトリックスを含む。使用する細胞外マトリックスとしては、ラミニン、フィブロネクチン、コラーゲン、ラミニン/エンタクチン複合体、マトリゲル等が好ましく例示できる。
【0071】
一つの実施形態では、共培養に使用する培養液は、細胞外マトリックスのうちマトリゲルを含むことが好ましい。
また、本発明において、マトリゲル(Matrigel)とは、エンゲルブレス-ホルム-スウォーム(Engelbreth-Holm-Swarm、EHS)マウス肉腫細胞から得た可溶性調製物のことをいう。マトリゲルの調整には、DMEMが用いられることが好ましく、例えば、DMEM(1g/Lのグルコースを含有)を好適に用いることができる。
本発明で使用するマトリゲルは、グロースファクターリデュースト(Growth Factor Reduced (GFR))であってもよい。
【0072】
また、本発明では、マトリゲルに含まれる細胞外マトリックスを単独又は複数を組み合わせて含むこともできる。例えば、コラーゲンI、コラーゲンIV、エンタクチン及びコラーゲンIVから選ばれる1種又は2種以上を含むことができ、具体的には、コラーゲンI、コラーゲンIV、ラミニン/エンタクチン複合体、又はラミニン/エンタクチン複合体及びコラーゲンIVを含むことができる。
【0073】
マトリゲルを用いる場合、培養液に添加するマトリゲルの濃度は、培養液全量に対し、0.5v/v%以上であってよく、1v/v%以上であってよく、1.5v/v%以上であってよく、1.8v/v%以上であってよい。
培養液に添加するマトリゲルの濃度は、培養液全量に対し、5v/v%以下であってよく、3v/v%以下であってよく、2.5v/v%以下であってよい。
培養液に添加するマトリゲルの濃度の一例は、2.0v/v%である。
【0074】
共培養の培養期間は、1日以上とすることができ、5日以上とすることができ、10日間以上とすることができ、12日間以上とすることができ、14日間以上とすることができる。
上記の期間共培養を行うことにより、上皮細胞と間葉系細胞の凝集塊を形成し、さらには毛包を有するオルガノイドへと分化させることができる。
【0075】
細胞外マトリックスを添加した培養液で培養する場合、初めに、低温培養を行ってもよい。低温培養後は、通常の培養温度(37℃前後)で培養することができる。
低温培養を行うことで、毛包及び毛幹形成を促進することができる。
【0076】
低温培養の温度は、10℃以下とすることができ、好ましくは8℃以下、より好ましくは5℃以下、さらに好ましくは4℃以下とすることができる。また、低温培養の温度は、2℃以上とすることができ、好ましくは3℃以上とすることができる。
【0077】
低温培養の時間は、好ましくは5分以上、より好ましくは10分以上、より好ましくは15分以上、より好ましくは20分以上、さらに好ましくは25分以上、特に好ましくは28分以上である。また、低温培養の時間は、好ましくは120分以下、より好ましくは100分以下、より好ましくは80分以下、より好ましくは60分以下、より好ましくは50分以下、さらに好ましくは40分以下、特に好ましくは35分以下である。
低温培養の時間は、好ましくは5~120分、より好ましくは10~100分、より好ましくは20~80分、さらに好ましくは25~60分、特に好ましくは28~35分である。
【0078】
また、共培養は、振盪培養させる期間を含むことができる。振盪培養を行うことにより、毛包及び毛幹形成を促進することができる。
【0079】
振盪培養は、共培養の全期間行ってもよいし、共培養の一部の期間のみ行ってもよい。例えば、振盪培養を行う期間は、共培養開始から1日以上としてもよく、5日以上としてもよく、10日以上としてもよく、12日以上としてもよい。
【0080】
振盪培養の条件は特に限定されないが、回転速度は20~90rpmであることが好ましく、30~80rpmであることがより好ましく、40~70rpmであることがさらに好ましく、50~60rpmであることが特に好ましい。
【0081】
以上に示す本発明の作製方法では、特にヒト細胞を用いて、毛球部及び毛幹構造を備える毛包オルガノイドをin vitroで作製することができる。このように、本発明の作製方法では毛幹構造を備える毛包オルガノイドを提供することができるため、ヒトへの臨床応用やヒト用の医薬品や化粧品等の評価ツールとしての応用に有効である。
毛包オルガノイドを臨床のために使用する場合、用いる細胞は自家の細胞でも他家の細胞でもよいが、好ましくは自家の細胞を用いる。
【0082】
また、本発明の製造方法で用いる間葉系細胞、上皮細胞及び多能性幹細胞は、同一のドナー個体から取得された細胞を使用することができる。
同一のドナー個体由来の細胞を用いることで、得られた毛包オルガノイドを移植する際の拒絶反応等のリスクを低減することができる。さらに、得られた毛包オルガノイドを用いてスクリーニング等を行う場合、ドナー個体の特性を反映させたスクリーニング等を実施することが可能となる。
【0083】
<毛包オルガノイド>
上記の本発明の作製方法によれば、ヒト由来の毛包オルガノイドを効率よく作製することができる。すなわち、本発明は、上記の作製方法により作製される毛包オルガノイド自体にもある。上述の作製方法により作製し得る、本発明の毛包オルガノイドの好ましい実施形態について、以下説明する。
【0084】
本発明の作製方法では、共培養を行うことにより、上皮細胞、間葉系細胞及び多能性幹細胞が自発的に凝集し、細胞凝集塊を形成する。当該細胞凝集塊は、毛包への分化能を有する毛包原基である。その後、細胞凝集塊の一部から毛芽(hair peg)が形成され、毛包に成長する。すなわち、共培養を行うことにより、上皮細胞及び間葉系細胞を含み、毛包を備えた毛包オルガノイドを得ることができる。
【0085】
毛包オルガノイドにおいて、毛包は、上皮細胞及び間葉系細胞の凝集塊の表面から突出する構造として形成される。細胞凝集塊の表面に形成された毛包は、例えば、その自由端である先端部分に毛乳頭様構造を有する毛球部を形成する。
【0086】
より好ましい形態では、毛包オルガノイドは、毛幹を備える。毛幹は、細胞凝集塊から突出した毛包の内部に形成されていてもよい。
【0087】
また、毛幹は、色素を含むことが好ましい。蓄積する色素は、メラニンが好適である。
【0088】
毛幹部の長さは、特に限定されないが、例えば、30μm以上であってよく、50μm以上であってよく、100μm以上であってよい。
【0089】
<応用>
本発明の作製方法は、本発明者らが、毛包オルガノイドの作製における上皮細胞と間葉系細胞の共培養時に多能性幹細胞をさらに共存させることにより、毛包誘導が促進され、さらには毛幹形成を促すことを見出しなされたものである。
すなわち、本発明は、上皮細胞、間葉系細胞を共培養して毛包オルガノイドを製造する方法において、さらに、人工多能性幹細胞の存在下で共培養することを含む、毛包オルガノイドの毛幹形成能を向上させる方法にもある。
【0090】
また、本発明の毛包オルガノイドは、移植用組成物として臨床応用が可能である。
すなわち、本発明は上述の毛包オルガノイドを含む、移植用組成物にもある。
【0091】
また、本発明の毛包オルガノイドは、上述の通り、試験ツールとしての応用が可能である。
具体的には、本発明の毛包オルガノイドに被験物質を適用し、その解剖学的、分子生物学的な反応を観察することで、医薬品や化粧品の有効成分をスクリーニングすることができる。毛包オルガノイドへの被験物質の適用方法としては、塗布や注入などが挙げられる。
すなわち、本発明は上述の毛包オルガノイドに被験物質を適用することを特徴とする、医薬品又は化粧品の有効成分のスクリーニング方法にもある。
【実施例0092】
以下、実施例を参照して本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は、以下の実施例に限定されない。
【0093】
(1)間葉系細胞の培養
(1-1)使用試薬等
(a)Antibiotic Mix
247mlのHBSSを滅菌容器に移し、2.5mlのペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液(終濃度100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン)、250μLのAmphotericin B solution(終濃度250ng/ml)を加えた。
(b)間葉系幹細胞培養用培地(MSC培地)
Essential 8 Flex培地(Gibco、Supplement添加済み)45mLを50mL容量チューブに移しとり、0.5mlのペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液(終濃度100U/mlペニシリン、100μg/mlストレプトマイシン)、5mLのFBS(ウシ胎児血清(Gibco))を加えた。その後、bFGF(リプロセル)及びEGF(上皮細胞成長因子(EGF)、ヒト、富士フイルム和光純薬)を、終濃度がそれぞれ10ng/mLとなるように加えた。
(c)iMatrixコーティング
DPBS(-/-)1mLに対してiMatrix-511(ニッピ)5μLを加えた希釈液を、細胞培養用の24wellプレートの底面に300μL/well加え、37℃のインキュベーターで30分以上静置した。その後、希釈液を除去して使用した。
【0094】
(1-2)間葉系細胞の培養
対象者(成人)の毛髪を引き抜き、直ぐにAntibiotic Mixに一瞬浸した。次いで、毛球が真皮毛根鞘組織で覆われているものを選択し、毛球部を含むように毛を切り出した。取得した毛を、150μLのMSC培地を加えたiMatrixでコーティングした24wellプレートへ、1本ずつ播種した。播種当日を、播種0日とする。
【0095】
播種後1日目及び5日目にMSC培地を150μL補充し、さらに播種後7日目にMSC培地を300μL補充した。その後、細胞の増殖レベルに応じ、MSC培地の補充及び交換を継続した。
【0096】
細胞が60~70%コンフルエントとなるまで増殖したら、以下の手順で継代を行った。
すなわち、TrypLESelectを0.2mL加えて37℃インキュベーターで静置し、ピペッティングで細胞を剥離させた。その後、1.5mLチューブに細胞を回収し、遠心後、上清を除去してMSC培地1mLで懸濁し、細胞数をカウントした。そして、iMatrixでコーティングした6wellプレートに5万細胞/wellとなるように、細胞をMSC培地で播種した。次いで、各ウェルに培地量が2mLとなるようにMSC培地を追加し、さらにiMatrix-511(ニッピ)を5μLずつ添加した。
【0097】
培地後、37℃のインキュベーターで培養した。播種翌日から、StemFit for Mesenchymal Stem Cell(味の素、以下、StemFit for MSCともいう)の補充を行い、播種後5日目からは1日おきにStemFit for MSCの全量交換を行い、細胞を増殖させた。
【0098】
図1は、培養開始から7日目の毛乳頭付近の様子と、購入した骨髄由来MSCを示す。毛乳頭付近から展開する細胞は線維芽細胞様の外観をしており、骨髄由来MSCと同様であった。
得られた間葉系細胞は、共培養に使用するまで凍結保存した。
【0099】
(2)上皮細胞の培養
(2-1)使用試薬等
(a)EpiLife培地
500ml容量のEpiLifTM Medium, with 60μM calcium(Gibco)にHuman Keratinocyte Growth Supplement(HKGS、Gibco)の全量(5mL)、ペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液(ナカライテスク)を5mL、Amphotericin-Bを500μL加え、混合した。
(b)MEF-Conditioned培地
EmbryoMax(登録商標)MEF順化培地(メルク)10mLに対して、ペニシリン-ストレプトマイシン混合溶液(ナカライテスク)を0.1mL、Amphotericin-Bを10μL、HKGS(Gibco)を0.1mL加え、混合した。
(c)Antibiotic Mix
実施例1と同様の手順で作製したものを使用した。
(d)コラーゲンコーティング
コラーゲン酸性溶液I-PC(アテロコラーゲン)5mg/mLを1mM塩酸で10倍希釈した。希釈したコラーゲン溶液を、細胞培養用の12wellプレートの場合は400μL/well、6wellプレートの場合は1000μL/well加え、37℃で1時間以上静置した後、アスピレーターで除去した。その後、PBSで3回洗浄してから使用した。
(e)iMatrixコーティング
DPBS(-/-)1mLに対してiMatrix-511(ニッピ)5μLを加えた希釈液を、細胞培養用の6ウェルプレートに1000μL/well加え、37℃のインキュベーターで1時間又は4℃で一晩静置した。その後、希釈液を除去して使用した。
【0100】
(2-2)上皮細胞の培養
対象者(成人)の毛髪を抜いた後、直ぐにAntibiotic Mixに一瞬浸した。次いで、Antibiotic Mix内で毛の外毛根鞘を含む部分を1~2mm切り出し、コラーゲン溶液(コラーゲン酸性溶液I-PC、終濃度0.5mg/mL(アテロコラーゲン))でコートされた12wellプレートの混合培地(EpiLife+ MEF-Conditioned培地+Antibiotic Mix)250μL中に1wellあたり毛を1サンプルずつ播種した。播種当日を、播種0日とする。
【0101】
播種後1日目又は2日目に上記混合培地を250μL補充し、さらに播種後3日目に上記混合培地を500μL補充した。そして、播種後3日目の時点で培地の総液量が0.75mL程度であることを確認し、播種後6日目まで静置培養した。
【0102】
播種後6日目の時点で、増殖した細胞が毛幹を中心に半径1~2mm以上伸長していない場合、混合培地を250μL除き、MEF-Conditioned培地を250μL補充した。このMEF-Conditioned培地の交換は、細胞が半径1~2mm以上伸長するまで行った。
【0103】
次いで、増殖した細胞が毛幹を中心に半径1~2mm以上伸展していることを確認後、培地の交換を行った。培地交換では、上記の混合培地を全て取り除き、EpiLife培地を500μL加えた。なお、播種6日後の時点で細胞が毛幹を中心に半径1~2mm以上伸展していた場合、上記のMEF-Conditioned培地の交換を行わずに、EpiLife培地による培地交換を実施した。
【0104】
培地交換の2日後に、再度EpiLife培地500μLを補充し、この培地補充の2日後にEpiLife培地500μLで培地を交換した。そして、2日に1回の頻度で同様に培地の補充及び交換を継続した。
【0105】
外毛根鞘から増殖した細胞の展開領域において、細胞が過密になる前に、具体的には60~70%コンフルエントとなったら、EpiLife培地を除去してDPBSで洗浄した。次いで、TrypLESelect(Gibco)を0.5mL加えて37℃インキュベーターに静置後、ピペッティングにより細胞をプレートから剥がし、細胞を15mLチューブに回収した。回収した細胞を遠心分離後、上清を除去してMEF-Conditioned培地1mLに懸濁した。
次いで、iMatrix-511(ニッピ)でコートされた6wellプレートに、5万細胞/wellとなるように細胞を播種し、37℃インキュベーターで培養した。500μLのEpiLife培地による培地交換を行いつつ、50~60%コンフルエントとなるまで継続した。
【0106】
図2は、播種後14日目における、外毛根鞘から伸長した上皮細胞の状態を示す。図2に示す通り、外毛根鞘周辺から、上皮細胞が多数増殖していることが確認された。
得られた上皮細胞は、共培養で使用するまで凍結保存した。
【0107】
(3)毛包オルガノイドの作製
(3-1)前培養
[間葉系細胞]
30 mLのStemFit for MSC (Normocin(最終濃度100μg/mL)入り)に対して12μLのiMatrixを添加した培地(Stem-iM)を作製した。解凍した間葉系細胞を、Stem-iM入りのT75フラスコに、2.0×10細胞/フラスコ、又は3.0×10細胞/フラスコとなるように懸濁した。その後、StemFit for MSC (Normocin入り)で培地交換をしつつ37℃で70%コンフルエントになるまで培養した。
【0108】
[上皮細胞]
解凍した毛由来上皮細胞を、30mLのEpiLife培地(1×HKGS、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを含む)を懸濁した後、15mLずつ約25万細胞/T75フラスコとなるように分注した。さらに50μLのiMatrix-511をT75フラスコに添加後、37℃で培養した。1日おきに培地交換をしつつ、70%コンフルエントとなるまで培養を継続した。
【0109】
[iPS細胞]
解凍したiPS細胞(Cellartis(登録商標)human iPS cell line P11025(タカラバイオ))を、Essential 8TM Flex培地(Gibco)(以下、E8という)に懸濁後、遠心し、上清を捨て10μM Y27632を含むE8(以下、E8-Yという)を加えてiPS細胞を再懸濁した。得られた細胞を、iMatrixコーティングした6wellプレートに播種し、37℃5%COインキュベーターで培養した。翌日、E8で培地交換を行い、70%コンフルエントになるまで培養を継続した。
【0110】
(3-2)共培養
間葉系細胞、上皮細胞及びiPS細胞について、それぞれ、トリプシン処理を行い、15mLチューブに回収後、遠心分離を行った。上清を除去し、チューブにAdvanced DMEM/F12(最終濃度100μg/mLのNormocin入り)を加えて懸濁し、細胞数をカウントした。
【0111】
氷上で冷やした下記表1に示す培地1又は培地2を、各6mLチューブに添加した。細胞数が間葉系細胞:上皮細胞:iPS細胞=12万:12万:6万(2:2:1)、7.5万:7.5万:15万(1:1:2)、4000:4000:2000(2:2:1)、又は2500:2500:5000(1:1:2)となるように、チューブに各細胞液を添加した。次いで、冷却したマトリゲルGR(Matrigel(登録商標)Growth Factor Reduced(GFR) Basement Membrane Matrix(Corning))を終濃度2%(v/v)となるように、各チューブに120μLずつ添加した。
【0112】
【表1】
【0113】
作製した3種の細胞混合液を、96well低吸着プレート(NunclonTM SpheraTM96-Well,Nunclon Sphera-Treated,U-Shaped-Bottom Microplate(Thermofisher Scientific))に1ウェルあたり0.2mLずつ添加した。当該プレートは2種類準備した。細胞の播種後、冷蔵庫にて4℃条件下で30分間静置した。その後、37℃のインキュベーターにプレートを移動させ、培養を行った。この時、一方のプレートは静置培養を行い、他方のプレートはシェイカー(ラボシェーカー_ロータリー式BC-740(株式会社バイオクラフト))上で、50~60rpmの条件で振盪培養を実施した。
表2は、実施した培養条件の組み合わせを示す。
【0114】
【表2】
【0115】
培養開始後、1日又は2日おきに、2%(v/v)マトリゲルGRを添加した培地1又は培地2で培地交換を行った。冷却した培地1又は2に冷却したマトリゲルGRを添加し、その後常温まで戻して培地交換に使用した。
【0116】
(4)結果
図3は、条件D「MSC:Kc:iPS=1:1:2、培地2、振盪培養」の条件における、共培養開始日を0日目とした場合の培養開始後14日目の毛包オルガノイドの様子を示す。矢じりは、上皮細胞と間葉系細胞の凝集塊から発芽した、毛芽(hair peg)である。毛芽の先端には毛球部が形成され、さらに毛芽の内部には色素が蓄積した毛幹が形成されていることが確認された。
また、条件A~C、E~Hでも、毛幹様の構造を有する毛包オルガノイドが確認された。
以上の通り、上皮細胞及び間葉系細胞と共に、多能性幹細胞を添加して培養することで、毛包誘導が促進され、毛幹構造を有する毛包オルガノイドを作製できることが明らかとなった。
【0117】
(5)考察
上記の通り、非特許文献1に開示されている技術によれば、マウス胎児由来細胞を用いて毛幹構造を有する毛包組織をin vitroで作製できる。しかしながら、倫理上の問題から、ヒト胎児由来細胞を積極的に適用することは困難である。そのため、ヒト成体由来細胞を用いて毛包オルガノイドを作製する技術が求められているものの、本出願時の技術では、ヒト細胞を用いた毛幹構造を有する毛包オルガノイドの作製には成功していなかった(非特許文献1の考察を参照)。非特許文献2においても、ヒト成体細胞を用いた場合には毛芽の形成が観察されるに留まり、毛幹構造を有する毛包オルガノイドの形成は確認されていなかった。
【0118】
このような状況下で、本発明者らは、上皮細胞及び間葉系細胞と、さらに多能性幹細胞を混合して共培養することで、成人由来の細胞を用いて毛幹を有する毛包オルガノイドの作製に成功した。これは、ヒト由来細胞を用いて毛幹を有する毛包オルガノイドの作製に成功した初の事例である。
【0119】
さらに、本発明では、胎児(胚)由来の細胞ではなく、成体由来細胞の上皮細胞及び間葉系細胞を用いて毛幹を有する毛包オルガノイドの作製に成功した点も、着目すべき点である。胎児由来細胞を用いずとも毛幹を有する毛包オルガノイドが作製できることから、本発明にかかる技術は、ヒト毛包再生において広く活用可能な技術であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明は、毛包原基等の器官原基やオルガノイドの作製、及びこれらを利用した医療材料等の開発に応用することができる。

図1
図2
図3