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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025029653
(43)【公開日】2025-03-07
(54)【発明の名称】魚類の感染症予防治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/7016 20060101AFI20250228BHJP
   A61P 31/00 20060101ALI20250228BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20250228BHJP
   A61K 31/702 20060101ALI20250228BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20250228BHJP
   A23K 20/163 20160101ALI20250228BHJP
   A23K 50/80 20160101ALI20250228BHJP
【FI】
A61K31/7016
A61P31/00 171
A61P31/04 ZNA
A61K31/702
A61P1/00
A23K20/163
A23K50/80
【審査請求】未請求
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023134396
(22)【出願日】2023-08-22
(71)【出願人】
【識別番号】000125381
【氏名又は名称】学校法人藤田学園
(71)【出願人】
【識別番号】511045475
【氏名又は名称】株式会社農
(71)【出願人】
【識別番号】313014608
【氏名又は名称】ウェルネオシュガー株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】590002389
【氏名又は名称】静岡県
(74)【代理人】
【識別番号】110000590
【氏名又は名称】弁理士法人 井手・小野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣岡 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】舩坂 好平
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 彩子
(72)【発明者】
【氏名】藤井 匡
(72)【発明者】
【氏名】栃尾 巧
(72)【発明者】
【氏名】吉川 昌之
(72)【発明者】
【氏名】朝比奈 学之
(72)【発明者】
【氏名】原 和志
(72)【発明者】
【氏名】近藤 修啓
(72)【発明者】
【氏名】平林 克樹
(72)【発明者】
【氏名】山川 早紀
【テーマコード(参考)】
2B005
2B150
4C086
【Fターム(参考)】
2B005GA02
2B005MB07
2B150AA08
2B150AB10
2B150DC13
4C086AA01
4C086AA02
4C086EA01
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA69
4C086ZB31
4C086ZB35
4C086ZC61
(57)【要約】      (修正有)
【課題】抗生物質等に依存しない安全で簡便な魚類の感染症予防治療剤を提供すること。
【解決手段】スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類用感染症予防又は治療剤。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類用感染症予防又は治療剤。
【請求項2】
感染症が、Edwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌の感染に起因するものである請求項1記載の魚類用感染症予防又は治療剤。
【請求項3】
魚類が淡水魚である請求項1又は2記載の魚類用感染症予防又は治療剤。
【請求項4】
スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類用整腸剤。
【請求項5】
魚類の腸内におけるRomboutsia属細菌増殖作用に基づくものである請求項4記載の魚類用整腸剤。
【請求項6】
魚類の腸内におけるEdwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌の減少作用に基づくものである請求項4記載の魚類用整腸剤。
【請求項7】
魚類が淡水魚である請求項4~6のいずれかの項記載の魚類用整腸剤。
【請求項8】
スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類の腸内におけるRomboutsia属細菌増殖剤。
【請求項9】
スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類の腸内におけるEdwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌増殖抑制剤。
【請求項10】
スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する飼料効率向上剤。
【請求項11】
スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有するRomboutsia属細菌増殖剤。
【請求項12】
スクロース及び/又は1-ケストースを魚類に投与することを特徴とする感染症予防又は治療方法。
【請求項13】
感染症が、Edwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌の感染に起因するものである請求項12記載の魚類用感染症予防又は治療方法。
【請求項14】
魚類が淡水魚である請求項12又は13記載の魚類用感染症予防又は治療方法。
【請求項15】
スクロース及び/又は1-ケストースを魚類に投与することを特徴とする魚類の腸内環境改善方法。
【請求項16】
魚類の腸内におけるRomboutsia属細菌を増殖させるものである請求項15記載の魚類の腸内環境改善方法。
【請求項17】
魚類の腸内におけるEdwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌を減少させるものである請求項15又は16記載の魚類の腸内環境改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、魚類の感染症予防又は治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的に水産物の需要が拡大しているが、水産資源量には限界があり、漁船漁業による生産量の増加は見込めないことから、養殖漁業への転換が進められている。しかし、養殖漁業では、高密度養殖に伴う魚病の発生が避けられず、ブリ、フグ、ウナギを始めとする商業魚では魚病により多くの被害が生じており、被害額はブリ類で最も大きく約40億円にも及び、全体では年間約100億~110億円もの損害が発生している。したがって養殖漁業の持続的な発展のために魚病対策が重要な課題とされている。
【0003】
養殖魚に大きな被害をもたらす疾病は、主にウイルスや細菌による感染症であるが、その多くは細菌による感染症である。例えば、エドワジエラ症は、Edwardsiella属細菌を原因菌とする感染症であり、ウナギのほか、ヒラメ、マダイなどの海産魚にも感染し、大きな経済損失をもたらしている。ウナギではパラコロ病と呼ばれ、シラスウナギから成鰻に至るまで罹病し、発症すると、肛門付近の発赤、拡大突出、前腹部の発赤腫脹がみられ、肝臓、腎臓等で膿瘍や潰瘍が多数形成される。また冷水病はFlavobacterium psychrophilum(フラボバクテリウム サイクロフィラム)を原因とする疾病であり、アユ、ニジマス、コイ等の淡水魚に感染し、尾柄部に現れるびらんや潰瘍などの病変が特徴とされる。ウナギにおいては、類似のフラボバクテリウムが引き起こすFlavobacterium columnareが原因となるカラムナリス病という疾患が報告されている。
【0004】
このような細菌感染症の治療・予防のために抗生物質が使用されている。しかし、抗生物質の使用による薬剤耐性菌の出現や魚類体内への残留による安全性の問題も指摘されている。一方、ワクチンの開発も行われているが、投与するための作業時間やコストの負担が大きく、普及の障害となっている。そのため、抗生物質等に依存しない安全で簡便な感染症に対する予防治療方法の確立が求められている。
【0005】
これに対し、乳糖果糖オリゴ糖や大豆オリゴ糖を魚類に投与する感染症の予防治療方法が提案されている(特許文献1及び2)。しかし、上記細菌性感染症に対する予防治療効果については具体的な開示はなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10-45605号公報
【特許文献2】特開2022-120840号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Yaqiu Liu et al.,Front.Microbiol.,09 August 2022 Vol.13
【非特許文献2】Yibin Yang et al., Front.Immunol.,03 June 2022 Vol.13
【非特許文献3】Jiamin Li et al., Front.Nutr.19 October 2022 Vol9
【非特許文献4】Hao-Jun Zhu et al., MicrobiologyOpen Vol.9,Isuue 5 2020
【非特許文献5】Chunling Wang et al., Fish & Shellfish Immunology Vol.106,November 2020
【非特許文献6】Xiaolin Ye et al., Frontieres in Endocrinology, December 2021 vol.12
【非特許文献7】Sytze de Roock et al., Clinical Nutrition, December 2011 vol.30
【非特許文献8】Yi Liu et al., Multiple Sclerosis and Related Disorders Vol. 72, April 2023
【非特許文献9】Sage J B Dunham et al., mBio, 2022 Volume 13 Issue 6
【非特許文献10】Pagakrong Wanapaisan et al.,Neurodegenerative Diseases, 2022;22(2):43-54.
【非特許文献11】Honggang Yin et al., FEMS Microbiology Letters, Volume 370, 2023
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、安全で簡便な魚類の感染症予防治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、スクロース又は1-ケストースを魚類に摂取させることにより、腸内の有用菌であるRomboutsia属細菌を増殖させるとともに、Edwardsiella属細菌、Flavobacterium属細菌等の病原性細菌の増殖を抑制し、これらの病原性細菌を原因とする感染症を治療・予防し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明は、スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類用感染症予防又は治療剤である。
【0011】
また本発明は、スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類用整腸剤である。
【0012】
また本発明は、スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する魚類の腸内におけるRomboutsia属細菌増殖剤、Edwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌増殖抑制剤である。
【0013】
また本発明は、スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分として含有する飼料効率向上剤である。
【0014】
また本発明は、スクロース及び/又は1-ケストースを魚類に投与することを特徴とする感染症予防又は治療方法である。
【0015】
また本発明は、スクロース及び/又は1-ケストースを魚類に投与することを特徴とする魚類の腸内環境改善方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、腸内の有用菌であるRomboutsia属細菌を増殖させるとともに、Edwardsiella属細菌、Flavobacterium属細菌等の病原性細菌の増殖を抑制し、これらを原因とする感染症を治療ないし予防することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1における試験区と対照区でのウナギ腸内細菌叢のRomboutsia属細菌、Edwardsiella属細菌、Flavobacterium属細菌の相対占有率を示すグラフである。
図2】実施例1における試験区と対照区でのウナギ腸内の乳酸と酢酸濃度を示すグラフである。
図3】実施例4における試験区と対照区でのEdwardsiella属細菌の生育率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の感染症予防又は治療剤(以下、「感染症予防治療剤」という)の対象となる魚類としては、特に制限されるものではないが、例えば、ウナギ、ニジマス、アユ、ティラピア、コイ、フナ、ナマズ等の淡水魚やヒラメ、マダイ、ブリ、シマアジ、ギンザケ等の海水魚が挙げられ、これらの中でもウナギ、ニジマス、アユ、ティラピア、コイ、ヒラメ、マダイ等に対し好適に用いられる。
【0019】
本発明の感染症予防治療剤の有効成分は、スクロース及び/又は1-ケストースである。これらの中でも、Romboutsia属細菌増殖効果、Edwardsiella属細菌及びFlavobacterium属細菌等の病原性細菌に対する増殖抑制効果等により優れることから1-ケストースが好ましい。
【0020】
本発明の感染症予防治療剤の対象となる感染症は、特に限定されるものではないが、エドワジエラ症、ウナギのパラコロ病及びカラムナリス病、冷水病、せっそう病、α溶血性レンサ球菌病、ビブリオ病、ノカルジア病、細菌性鰓病、滑走細菌症、β溶血性レンサ球菌症等の細菌性感染症が挙げられ、これらの中でもEdwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌の感染に起因する感染症に対し好適に用いられる。Edwardsiella属細菌の感染に起因する感染症としては、エドワジエラ症、ウナギのパラコロ病等が挙げられ、Flavobacterium属細菌の感染に起因する感染症としては、冷水病、ウナギのカラムナリス病等が挙げられる。
【0021】
本発明の感染症予防治療剤の投与量は、特に制限されるものではなく、適用対象の魚類の種類、感染症の種類、症状等により適宜設定することができるが、各種オリゴ糖の添加率は魚介体重の0.1%~10%とし、魚種、大きさによって適宜調整すると良い。例えば1日当たり1,280mg/kg魚体重程度の投与量とする例などが挙げられる。
【0022】
本発明の感染症予防治療剤の適用方法は特に制限されるものではないが、経口投与が好ましく、上記有効成分を経口剤として製剤化するか、魚類の飼料に添加して給餌することにより経口投与することができる。製剤の剤型としては特に限定されず、顆粒剤、錠剤、等任意の剤型とすることができ、公知の調製方法に従って製剤化することができる。本発明の感染症予防治療剤を添加した飼料も、常法に従って調製することができ、魚粉、小麦粉、デンプン、リン酸カルシウム等の原料飼料に、スクロース及び/又は1-ケストースを、例えば全飼料中3.5~4.0質量%程度になるように配合し、モイストペレット、ドライペレット等任意の形態とすることができる。
【0023】
本発明の感染症予防治療剤を魚類に投与することにより、魚類の腸内細菌環境が改善され、感染症に対する予防治療効果が得られる。すなわち、エドワジエラ病の原因菌であるEdwardsiella属細菌や冷水病の原因菌であるFlavobacterium属細菌など、細菌性感染症の病原菌の多くは、環境水中や腸内に常在している条件性病原菌であるが、本発明の感染症予防治療剤を投与することにより、魚類の腸内において、有用菌であるRomboutsia属細菌を増殖させる一方で(非特許文献6~7)、Edwardsiella属細菌やFlavobacterium属細菌などの病原菌の増殖を抑制することにより、これらを原因とする感染症を予防ないし治療することが可能となる。有用菌であるRomboutsia属細菌は、広く魚類の腸内に常在菌として存在することが知られており、例えば、ウナギ、ティアピア、ニシン、フナ、ナマズ、ミント蟹等で常在菌として存在することが報告されている(非特許文献1~5)。さらに、スクロース及び/又は1-ケストースを投与することにより、魚類の成長が促進されるため、飼料効率を向上することができる。したがって、本発明には、スクロース及び/又は1-ケストースを有効成分とする魚類用感染症予防治療剤に加え、魚類用整腸剤、魚類の腸内におけるRomboutsia属細菌増殖剤、Edwardsiella属細菌増殖抑制剤、Flavobacterium属細菌増殖抑制剤、飼料効率向上剤及びこれらの方法が包含される。
【0024】
本発明の感染症予防治療剤等は、エドワジエラ症、パラコロ病、冷水病等の細菌性感染症予防治療、整腸、腸内環境改善、腸内におけるRomboutsia属細菌増殖、Edwardsiella属細菌及び/又はFlavobacterium属細菌増殖抑制等の用途に用いられる旨の表示を付した態様をとり得るものであり、例えば、製品の本体、容器、包装、説明書、添付文書などにこれらの用途を表示したり、パンフレット、ポスター等の広告、販促資料、ウェビナーやSNSの画面等にその旨表示する態様が包含される。
【0025】
またRomboutsia属細菌は、様々な動物の腸内にも常在しているため、動物を投与対象とすることも可能であり、例えば、ヒト、イヌ、ネコ、サル、チンパンジー、牛、馬、羊等の哺乳動物等が挙げられる。ヒトでは、Romboutsia属細菌が様々な疾患・生理機能に関与することが知られており、例えば、糖尿病、脱髄性視神経炎、アルツハイマー、血管内皮機能改善等とRomboutsia属細菌との関連性が報告されている(非特許文献8~11)。したがって、本発明のスクロース及び/または1-ケストースを有効成分として含有するRomboutsia属細菌増殖剤は、糖尿病、脱髄性視神経炎、アルツハイマーや、血管内皮機能低下に関連する高血圧、脂質異常症、肥満、メタボリックシンドローム、動脈硬化等の疾患を予防ないし改善し得る。
【0026】
本発明のRomboutsia属細菌増殖剤は、上記有効成分に、必要に応じ、薬学的に許容される担体と組み合わせて製剤化できる。薬学的に許容される担体としては、例えば、グルコース、乳糖、澱粉、マンニトール、デキストリン、脂肪酸グリセリド、ポリエチレングリコール、ヒドロキシエチルデンプン、エチレングリコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、アミノ酸、ゼラチン、アルブミン、水、生理食塩水等が挙げられる。さらに必要に応じて、安定化剤、湿潤剤、乳化剤、結合剤、等張化剤、賦形剤等の慣用の添加剤を適宜添加することもできる。その剤型は特に限定されないが、液剤、粉剤、顆粒剤、カプセル剤、錠剤等が例示され、常法に従って製造することができる。本発明のRomboutsia属細菌増殖剤の用量は特に制限されるものではないが、例えば、成人1日の用量として体重1kg当たり0.1~5g程度であり、好ましくは0.5~1g程度である。
【0027】
本発明のRomboutsia属細菌増殖剤は飲食品の形態とすることもでき、上記有効成分に、公知の食品添加物及び/又は食品素材を配合し、常法に従って調製され、その形態も特に制限されるものではなく、例えば、パン、ビスケット、ホットケーキ、麺、錠菓等のデンプンを主体とする食品、ガム、キャンディー、和菓子等の菓子類、ハム、ソーセージ等の畜肉食品、ちくわ、かまぼこ等の魚肉食品、魚介類食品、ドレッシング、醤油、ジャム、ふりかけ等の調味料、茶、ジュース、清涼飲料、酒類等の飲料等が挙げられる。
【実施例0028】
以下に実施例を挙げ、本発明をより詳細に説明するが、本発明は実施例により限定されるものではない。
【0029】
実施例1
1-ケストース投与によるウナギの腸内細菌叢への影響
ウナギにiKesファイバー(1-ケストース含量45.0%以上、伊藤忠製糖製)を経口投与し、ウナギの腸内細菌叢、ならびに全長・体重に及ぼす影響を調べた。200尾ずつ収容された水槽を対照区と試験区とした。飼料はウナギ用配合飼料(マッシュ、日本農産工業株式会社製)を用い、給餌率は収容総魚体重の0.5~1.5質量%とした。給餌は配合飼料:タラ肝油:水=1:0.1:1.3で混合して練り、柔らかい餅状にして行った。試験区の飼料は、水にiKesファイバー10質量%と乳酸菌(Lactobacillus plantarum FM8,株式会社農)2×1011個/gを0.3質量%懸濁させたのち、配合飼料およびタラ肝油と混合して調製した。給餌は一日一回平日の9時に行った。1ヶ月飼育したのち、対照区・試験区それぞれから全個体を取り上げ、全長と体重を測定した。その中からそれぞれ20尾(平均値に近いサイズの個体10尾と平均値より大きいサイズの個体10尾)を解剖に供し、腸管内容物を採取し、-80℃で保存した。
凍結腸管内容物を氷上で解凍し、各サンプルを4M guanidium thiocyanate,100mM Tris-HCl(pH9.0),40mM EDTAに懸濁し、FastPrep FP100A instrument(MP Biomedicals,USA)を用いてジルコニアビーズで粉砕した。ビーズ処理した懸濁液からQIA QUBEを用いてDNAを抽出した。ExTag HS(TaKaRa)を用いてユニバーサルPCRプライマー(F:3V4f_MIX:ACACTCTTTCCCTACACGACGCTCTTCCGATCT-NNNNN-CCTACGGGNGGCWGCAG,R:V3V4r_MIX:GTGACTGGAGTTCAGACGTGTGCTCTTCCGATC-NNNNN-GACTACHVGGGTATCTAATCC)を用いて細菌および古細菌の16S rDNA配列のV3-V4領域を増幅させた。増幅させたPCR産物について、MiSeqによるシークエンスを実施し、その結果をQIIME2(version 2022.2)で解析し、属レベルで各細菌の相対占有率を算出した。また短鎖脂肪酸の測定は、採取した腸管内容物サンプルに氷冷したPBSを1mL加え、ボルテックスミキサーで良く撹拌し遠心分離によって上清を分析サンプルとして回収した。回収した上清はYMC社製の長鎖・短鎖脂肪酸分析ラベル化試薬(製品番号XARFAR02)前処理を行い、HPLCにて分析を実施した。用いた分析カラムはWaters ACQUITY UPLC BEH C18 1.7μm×150mmを使用し、溶媒はアセトニトリル:メタノール:水=24:12:64の割合で調整し、希塩酸でpHを4~5に調整したものを用いた。対照区および試験区における各細菌の相対占有率および短鎖脂肪酸濃度はMann-Whitney testを用いて比較し、p<0.1を有意とした。その結果を図1(細菌の相対占有率)及び図2(短鎖脂肪酸濃度)に示す。また表1に対照区及び試験区における増重量に基づき算出した飼料効率を示す。
【0030】
【表1】
【0031】
図1に示すように、対照区と比較して試験区でRomboutsia属細菌が有意に増加した。一方、Edwardsiella属細菌及びFlavobacterium属細菌は有意に減少した。また図2から、腸内の乳酸と酢酸濃度が試験区において有意に増加することが確認された。これらの結果より、1-ケストースをウナギに投与することにより、ウナギの腸内では有用菌であるRomboutsia属が増加し、酢酸や乳酸をはじめとした短鎖脂肪酸が増加することが分かった。一方でパラコロ病の原因菌であるEdwardsiella属細菌及びカラムナリス病の原因菌であるFlavobacterium属細菌の減少が認められた。
【0032】
実施例2
Romboutsia属細菌およびEdwardsiella属細菌に対する各種糖質による増殖作用
Romboutsia属細菌及びEdwardsiella属細菌の各種糖質に対する資化性を調べた。
ハイポリペプトン(ニッスイ製薬)4.0g、酵母エキス(BD)4.0g、塩化ナトリウム(富士フィルム和光純薬工業)0.2g、リン酸水素二カリウム(富士フィルム和光純薬工業)0.08g、リン酸二水素カリウム(富士フィルム和光純薬工業)0.08g、硫酸マグネシウム7水和物(富士フィルム和光純薬工業)0.02g、塩化カルシウム2水和物(富士フィルム和光純薬工業)0.02g、炭酸水素ナトリウム(和光純薬工業)4.0g、胆汁粉末(富士フィルム和光純薬工業)1.0g、Tween(東京化成工業)4.0g、ビタミンK(東京化成工業)20uL、ヘミン(富士フィルム和光純薬工業)0.01g、レザスリンナトリウム塩(東京化成工業)1mg、システイン塩酸塩1.0g(東京化成工業)を1Lの水に溶解し、基礎培地とした。
炭素源となる糖質として、スクロース(Suc,富士フィルム和光純薬工業)、ケストース(Kes,伊藤忠製糖)、ガラクトオリゴ糖(Gos,富士フィルム和光純薬工業)、イヌリン(シグマアルドリッチ)、ファイバリクサ(FRX,林原)、ラフィノース(東京化成工業)、CI-デキストリン(CI-dex,日新製糖)を50mg/mLの濃度に調整した。基礎培地500μLと調整した各種糖質液500μLとを混合したもの培養液として用いた。培養に用いる菌はRomboutsia lituseburenisis(JCM1404株)と、Edwardsiella tarda(NBRC 105688株)を用いた。これらについてGAM培地(ニッスイ製薬)で前培養を行った後、20uLを培養液に植菌した。植菌前の培地の吸光度660nmにおける濁度を培養スタート時の濁度とし、植菌後24時間経過時点での濁度を測定した。濁度の測定はプレートリーダー(TECAN社)を用いて行った。また培地のpHについても24時間経過時点において測定した。その結果を表2に示す。
【0033】
【表2】
【0034】
表2に示すようにRomboutsia属細菌はスクロース、1-ケストースを資化して増殖し、培地のpHを減少させることが確認された。一方で、Edwardsiella属細菌はグルコースを炭素源とした場合この培地組成で増殖することを確認しているが(実施例3参照)、表2に示すいずれのオリゴ糖でも増殖は確認されず、また培地のpHの減少も確認できなかった。この結果から、Romboutsia属細菌はスクロース、1-ケストースを効率よく資化し培地pHを減少させるが、Edwardsiellaはいずれの糖質も利用できないことが明らかとなった。
【0035】
実施例3
Romboutsia 属細菌とEdwardsiella属細菌の培地pHによる生育比較
Romboutsia属細菌を培養することで低下する培地のpHが、Edwardsiella属細菌の生育にどのように影響するかを評価した。Edwardsiella属細菌が利用可能な炭素源としてグルコースを用いた。実施例2と同じ組成の基礎培地と、50mg/mLのグルコース溶液をそれぞれ500uLずつ混合し培地を調製した。培地に酢酸をそれぞれ終濃度が0mM、5mM、10mM、20mMになるように添加し調整した。Romboutsia lituseburensis(JCM1404株)とEdwardsiella tarda(NBRC 105688株)をGAM培地(ニッスイ製薬)で前培養を行った後、20uLを培養液に植菌した。植菌前の培地の吸光度660nmにおける濁度を培養スタート時の濁度とし、植菌後24時間経過時点での濁度を測定した。また培地のpHについても培養スタート時(0h)と植菌後24時間経過時点(24h)において測定した。
【0036】
【表3】
【0037】
表3に示すとおり、Romboutsia属細菌は、酢酸濃度20mMにおいて若干の増殖鈍化がみられるが、いずれの酢酸濃度においても生育が確認された。培養初期(植菌直後)のpHと比較すると、7.5~6.3程あるpHが、Romboutsia増殖が進むにつれて酢酸を生産し、培地のpHを5.5付近まで減少させることが分かった。
これに対し、Edwardsiella属細菌は、酢酸濃度0~10mMにおいては酢酸の影響を受けずに生育するが、20mMにおいては生育が鈍化することが分かった。つまり、培養初期のpHが5.5以下の状態では、Edwardsiella属細菌の増殖が抑制されることが示唆された。
以上より、魚類生体内においてRomboutsia属細菌の増殖に伴って産生される酢酸によって周囲のpHの低下がおこり、その影響によってEdwardsiella属細菌の生育が抑制されるものと推定された。すなわち実施例2及び3より、スクロース及び1-ケストースがRomboutsia属細菌によって効率的に利用されることにより、魚類の腸内では酢酸の産生が進行しpHが低下し、相対的にEdwardsiellaの生育が抑えられることが明らかになった。
【0038】
実施例4
Romboutsia属細菌の培養上清を用いたEdwardsiella属細菌の培養試験
Romboutsia属細菌を培養することで生産される酢酸を始めとする有機酸により、直接的にEdwardsiella属細菌の生育が抑制されるかを検証するために以下の試験を行った。
まず実施例2と同じ基礎培地10mLに、50mg/mLで調整したグルコースを2mL、滅菌水を2mL加えた培地を調整した。その後1800μLずつ3本分注し、2本にはそれぞれにRomboutsia lituseburensis(JCM1404株)の生菌を植菌、またコントロールとして1本にはRomboutsia lituseburensisの死菌を植菌した。死菌の調整は、Romboutsia lituseburensisの培養液を100℃のヒートブロックにて15分加熱することで行った。植菌量は36μL植菌し、37℃、嫌気条件下にて培養を行った。生菌を植菌した直後(培養0日)、および培養1日後の培養液を回収、死菌を植菌した直後の培養液も回収し、遠心分離機で15000rpm、3分間遠心することで菌体を沈殿させ、遠心上澄み液を0.45μmのメンブレンフィルターで濾過し、培養上清として回収し、pHを測定した。
これらRomboutsia lituseburensisの培養上清を用いて、Edwardsiella属細菌の培養に用いた。
すなわち生菌および死菌の培養0日の培養上清950μLに対し蒸留水50μLを加え1mLに調整、また生菌で培養1日後の培養上清950μLに対し50mg/mLのグルコース50μLを加え1mLに調整し、そこへEdwardsiella tarda(NBRC 105688株)を20μL植菌し37℃、嫌気条件下にて培養を行った。結果を図3に示す。
【0039】
コントロールであるRomboutsia属細菌の死菌を用いた培養上清でのEdwardsiella属細菌の生育率を100%とし、他の2群についてもEdwardsiellaの生育率を表現した。
Edwardsiella属細菌の培養24h、48h後において、Romboutsia属細菌の1日経過後の培養上清を用いた場合、Edwardsiella属細菌の生育率が大きく減少していた。Romboutsia属細菌を1日培養して培地上清のpHが大きく下がることによる影響でEdwardsiella属細菌の生育が抑えられている結果となった。すなわちRomboutsia属細菌の培養産物(短鎖脂肪酸)が、Edwardsiellaの生育抑制に関与していることが推察される。
【0040】
実施例5
養殖下にある養殖魚(ニシキゴイ、ティラピア)について、実施例1と同様に腸内の内容物からDNAを抽出した。一方、Romboutsia属細菌をPCRにより検出するプライマーセット(5’-TAAGCTTGACATCCTTTTGACCTCTC-3’,5’-GCCTCACGACTTGGCTG-3’)を設計した。このプライマーセットは、Romboutsia lituseburensisを定量する為にデザインされた論文記載(chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jstage.jst.go.jp/article/bmfh/38/2/38_18-023/_pdf)のプライマーセットのそれぞれ3’末端に、Romboutsia lituseburensisの16S rRNA遺伝子の該当配列の下線で示した塩基を追加したものである。さらに、Edwardsiella属細菌をPCRにより検出するプライマーセット(5’-GGAAGGTGTGCGTGTTAATAGCA-3’,5’-GAGACTCTAGCTTGCCAGTCTTGGA-3’)を設計した。このプライマーセットは、ウナギの腸内で頻度高く検出されたEdwardsiella属細菌由来の16S rRNA遺伝子配列の上位3種類をアラインメントしてデザインしたものである。
これらのプライマーセットを用い、各養殖魚の腸内内容物から抽出したDNA、及びRomboutsia lituseburensis(JCM1404株)とEdwardsiella tarda(NBRC 105688株)の培養液を実施例1と同様に破砕したゲノムDNAに対してPCR反応を行った。PCR反応液の調製はQuick Taq HS DyeMix(TOYOBO)の仕様書に従い、反応条件は94℃15秒、60℃15秒、72℃20秒の40サイクルとした。その後、2%agarose gelを用いて電気泳動を行い、増幅断片を確認した。
この結果、Romboutsia属細菌をPCRにより検出するプライマーセット及びEdwardsiella属細菌をPCRにより検出するプライマーセットを用いた場合のいずれにおいても、ニシキゴイとティラピアで、増幅DNA断片が認められ、Romboutsia属細菌もしくはEdwardsiella属細菌の存在を確認した。
【0041】
実施例6
スクロース投与によるウナギの飼料効率への影響
ウナギにスクロース(伊藤忠製糖製)を経口投与し、飼料効率ならびに全長・体重に及ぼす影響を調べた。58尾ずつ収容された水槽を対照区と試験区とした。飼料はウナギ用配合飼料(マッシュ、日本農産工業株式会社製)を用い、給餌率は収容総魚体重の1.0~1.5質量%とした。給餌は配合飼料:タラ肝油:水=1:0.1:1.3で混合して練り、柔らかい餅状にして行った。試験区の飼料は、水に配合飼料に対する添加率10質量%のスクロースを溶解した後、配合飼料およびタラ肝油と混合して調製した。給餌は一日一回平日の9時に行った。41日飼育したのち、対照区・試験区それぞれから全個体を取り上げ、全長と体重を測定した。
表4に対照区及び試験区における増重量に基づき算出した飼料効率を示す。
【0042】
【表4】
【0043】
表4に示すとおり、スクロースを投与することにより、飼料効率が向上することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の感染症予防剤は、安全性が高い有効成分を用いるものであり、経口投与することにより、細菌性感染症を有効に予防ないし治療することが可能であるため、抗生物質に依存しない安全で簡便な感染症に対する予防治療剤として、養殖漁業において極めて有用である。
図1
図2
図3
【配列表】
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