(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025030501
(43)【公開日】2025-03-07
(54)【発明の名称】イネ科植物の種子、湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための方法、およびその利用
(51)【国際特許分類】
A01C 1/06 20060101AFI20250228BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20250228BHJP
A01N 35/02 20060101ALI20250228BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20250228BHJP
【FI】
A01C1/06 Z
A01P21/00
A01N35/02
A01N25/00 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023135846
(22)【出願日】2023-08-23
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】池田 由香里
(72)【発明者】
【氏名】早川 佑紀
(72)【発明者】
【氏名】堤 晴香
(72)【発明者】
【氏名】片山 雄登
【テーマコード(参考)】
2B051
4H011
【Fターム(参考)】
2B051AB01
2B051BA04
2B051BB01
2B051BB14
4H011AB03
4H011BB05
4H011DD03
(57)【要約】
【課題】湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減する植物由来化合物およびその処理方法、ならびに当該方法によって処理された植物の種子を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係る種子は、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含むか、当該化合物で処理されている、植物の種子であり、前記植物はイネ科植物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物で処理されている、植物の種子であり、前記植物はイネ科植物である、種子。
【請求項2】
前記種子が吸水した状態である、請求項1に記載の種子。
【請求項3】
前記植物がコムギである、請求項1または2に記載の種子。
【請求項4】
植物の種子の出芽阻害を軽減する方法であり、
前記種子を、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物に接触させるサフラナール処理工程を含む、
湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための方法。
【請求項5】
前記サフラナール処理工程において、前記種子に接触させるサフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物の濃度が、10.0μmol/L以下である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記サフラナール処理工程の前に、前記種子を吸水させる工程を含む、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】
前記サフラナール処理工程後の前記種子を生育する生育工程を含む、請求項4または5に記載の方法。
【請求項8】
前記サフラナール処理工程が、前記サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含む蒸気を前記種子に接触させることを含む、請求項4または5に記載の方法。
【請求項9】
植物の種子の製造方法であり、
サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を、前記種子に接触させる、または前記種子に付する、サフラナール処理工程を含み、
前記植物はイネ科植物である、製造方法。
【請求項10】
植物の生育調整剤であり、
サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含む、
湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための生育調整剤。
【請求項11】
植物の生育調整キットであり、
サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を備え、
湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための生育調整キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ科植物の種子、湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための方法、イネ科植物の種子の製造方法、湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための生育調整剤、および湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための生育調整キットに関する。
【背景技術】
【0002】
コムギは過湿に弱い作物であるが、日本では、降水量が多く、排水不良が起こりやすい水田転換畑での栽培も多いため、湿害被害を受けやすい。コムギは湿害を受けると、出芽や成育が阻害され、収量や品質が低下してしまう。このようなコムギの湿害による成育障害を解決する技術には、育種による品種改良や土壌改良などがある。
【0003】
また、作物への物理的あるいは化学的処理も湿害による成育障害の軽減に有効である。例えば、非特許文献1において、湛水ストレス処理前に冠水のプライミング処理を行うことによって、コムギ開花後の湛水ストレス環境下の成育障害が緩和されること、プライミング処理後のコムギの葉では、エチレン生合成に関与するタンパク質の発現量が多いこと、エチレン前駆体である1-アミノシクロプロパンカルボン酸(ACC)を湛水前に処理することで、湛水ストレス下でも気孔の開口を促進することで葉での光合成が促進されることが記載されている。非特許文献2では、コムギの根部が低酸素環境に曝される前にACCを処理すると、根でエチレンの蓄積が促されて、エタノール発酵や活性酸素発生に関与する酵素の遺伝子発現が増加することが記載されている。非特許文献3では、イネ科植物の過湿環境への応答機構の1つである根の皮層の通気組織形成は、土壌中の酸素濃度の低下によって体内でエチレンや活性酸素が蓄積されることで促されることが記載されている。非特許文献4では、播種後のコムギに植物を燃焼した時に発生する煙を通した水溶液(煙水)を処理することで、冠水ストレス下でも光合成と解糖系を調節し、生育抑制を軽減することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Wang et. al.,Physiological and proteomic mechanisms of waterlogging priming improves tolerance to waterlogging stress in wheat (Triticum aestivum L.), Environmental and Experimental Botany, 132,p.175-182,2016
【非特許文献2】Yamauchi et.al., Ethylene and reactive oxygen species are involved in root aerenchyma formation and adaptation of wheat seedlings to oxygen-deficient conditions, Journal of Experimental Botany, 65,p.261-273,2014
【非特許文献3】山内と中園、イネ科植物の根における過湿環境への形態的な応答・適応機構、根の研究、24(1)、p.23-35,2015
【非特許文献4】Komatsu et al., Morphological, biochemical, and proteomic analyses to understand the promotive effects of plant-derived smoke solution on wheat growth under flooding stress, Plants, 11, 1508, 2022
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
植物が生産する化合物の中には、環境ストレスによる植物の成育障害を改善させる機能があることが報告されている。有用機能を持つ植物由来の化合物を、湿害被害を受けやすい作物の成育障害を軽減させる技術に活用できれば、新規のバイオスティミュラント剤の開発や安価で省力的な方法による生産性向上に貢献できる可能性がある。しかしながら、湿害による作物の成育阻害を軽減する植物由来の化合物についての知見は未だ不足している。
【0006】
本発明の一態様は、コムギの湿害による出芽阻害を軽減する植物由来化合物とその処理法と、当該方法によって処理された植物の種子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、上記目的を達成すべく研究を重ねた。その結果、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含む蒸気を播種前の植物の種子と接触させることによって、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減できることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明の一態様は、
(1)サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物で処理されている、植物の種子であり、前記植物はイネ科植物である、種子、
(2)植物の種子の出芽阻害を軽減する方法であり、前記種子を、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物に接触させるサフラナール処理工程を含む、湿害に起因する植物の種子の出芽阻害を軽減するための方法。
(3)植物の種子の製造方法であり、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を、前記種子に接触させる、または前記種子に付する、サフラナール処理工程を含み、前記植物はイネ科植物である、製造方法、
(4)植物の生育調整剤であり、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含む、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整剤、
(5)植物の生育調整キットであり、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を備え、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整キット、
である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、従来の技術よりも簡便に湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減する方法と、当該方法によって処理された植物の種子を提供することを目的とする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施例に係る、コムギの冠水処理後の出芽率におけるサフラナールの処理効果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<本発明の一態様に係る種子の特徴>
本発明の一態様に係る種子は、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種(以下、「サフラナール等」と称することがある。)の化合物を含むか、当該化合物で処理されている、植物の種子であり、前記植物はイネ科植物である。
【0012】
本発明の一態様に係る種子は、例えば、植物由来の揮発性物質であるサフラナール等を種子に接触させる等という、従来の技術よりも簡便な方法で得ることができる。よって、湿害に起因する出芽阻害を軽減する効果を有する植物の種子をより簡便に提供することができる。また、本発明の一態様に係る種子は、播種後に土壌に大量散布をしなくとも、サフラナール等の化合物を植物の種子または発芽種子と接触させることによって目的の効果が得られることも本発明の一態様における有利な点である。
【0013】
本発明の一態様が解決する、湿害に起因する出芽阻害について説明する。湿害とは、一般的に、土壌中の過剰水分に基づく土壌の空気不足に起因して、作物が生育障害を起こす現象をいう。過剰水分環境は、作物の発芽阻害、出芽率の低下、出芽後の生育抑制および生育遅延等を引き起こすことが知られている。
【0014】
本明細書において、「湿害」は、一般的に使用される意味と変わりなく、例えば、冠水害、発芽後の生育期において植物体の一部が浸水することによる水害等を包含する。本明細書において、「出芽阻害が軽減する」とは、湿害に対する対策を全く行わなかった場合の過剰水分環境下に暴露された植物よりも、出芽率が向上することを意味する。
【0015】
以上のことより、本発明の一態様によれば、湿害に起因する出芽阻害を軽減することで、作物の安定供給や増収に貢献することができる。従って、持続可能な食糧生産システムの確保に貢献できるので、国連が主導する持続可能な開発目標(SDGs)の目標2「飢餓をゼロに」に貢献することができる。
【0016】
<植物の種子>
本発明の一態様に係る種子は、発芽前または出芽前の種子であればよい。本明細書において、「発芽」とは、成熟した種子などが適当な温度と水分とを得て芽を出すことをいう。また、本発明の一態様に係る種子は、乾燥した状態であってもよく、好ましくは、吸水した状態であるか、吸水した状態を経た後に再び乾燥をさせた状態の種子(いわゆる、「プライミング種子」)である。ここで、吸水した状態とは、乾燥して休眠状態にある種子に含まれる水分とは別に、外部からの水を含んだ状態をいう。反対に、乾燥した状態とは、休眠状態にある種子の状態をいう。好ましい一例では、吸水した状態の種子とは、休眠が打破された状態の種子を指す。
【0017】
(植物)
本発明の一態様に係る種子は、イネ科植物の種子であり、好ましくは、イネ科植物の農作物や緑肥植物の種子である。イネ科植物としては、例えば、コムギ、オオムギ、イネ、ライムギ、エンバク、トウモロコシ、アワ、ヒエ等が挙げられる。好ましくは、コムギ、オオムギおよびイネであり、より好ましくは、コムギおよびオオムギであり、特に好ましくはコムギである。
【0018】
(サフラナール等の化合物)
本発明の一態様に係る種子は、サフラナール等の化合物を含むか、当該化合物で処理されている。本願明細書におけるサフラナール等は、以下の一般式(I)または(II)で表現される。
【化1】
ここで一般式(I)において、R
1はアルデヒド基またはカルボキシル基であり、R
2、R
3およびR
4はそれぞれ独立に、炭素数1~5のアルキル基であり、中でもメチル基、またはエチル基が好ましい。なお、炭素数1~5のアルキル基は、水素原子の一部がハロゲン原子で置換されていてもよい。また、一般式(II)において、R
1はアルデヒド基またはカルボキシル基であり、R
2、R
3およびR
4はそれぞれ独立に、炭素数1~5のアルキル基であり、中でもメチル基、またはエチル基が好ましい。なお、炭素数1~5のアルキル基は、水素原子の一部がハロゲン原子で置換されていてもよい。一般式(I)で表現されるサフラナール等の化合物の具体例としては、サフラナール(2,6,6-trimethylcyclohexa-1,3-diene-1-carbaldehyde)、2,6,6-トリメチルシクロヘキサ-1,3-ジエン-1-カルボン酸(2,6,6-trimethylcyclohexa-1,3-diene-1-carboxylic acid)等を挙げることができる。一般式(II)で表現されるサフラナール等の化合物の具体例としては、β―シクロシトラール(2,6,6-trimethylcyclohexene-1-carbaldehyde)、β―シクロシトリックアシッド(2,6,6-trimethylcyclohexene-1-carboxylic acid)等を挙げることができる。サフラナール等の化合物は、公知の化合物であり、市販品として入手できる。
【0019】
本明細書において、「サフラナール等の化合物を含む」とは、サフラナール等の化合物を種子中に含むことをいう。含んでいる箇所は、特に限定されず、種子の表面に付着していてもよい。また、「当該化合物で処理されている」とは、サフラナール等の化合物に接触した種子をいう。例えば、種子がサフラナール等に接触したことがあればよく、種子にサフラナール等の化合物が残留していなくてもよい。
【0020】
<湿害に起因する出芽阻害を軽減するための方法>
本発明の一態様に係る湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための方法(以下、「軽減方法」と称することがある。)は、前記植物の種子または植物体自体を、サフラナールに接触させるサフラナール処理工程を含む。このような構成により、従来よりも簡便に、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減できる方法を提供することができる。
【0021】
(サフラナール処理工程)
サフラナール処理工程は、前記植物の種子を、サフラナールに接触させる工程である。
【0022】
植物の種子に接触させるサフラナール等の化合物の形態は特に限定されず、例えばサフラナール等の化合物を含む固形物または気体でもよい。より簡便な処理法という観点から、好ましくはサフラナール等の化合物を揮発させた蒸気である。
【0023】
種子に接触させるサフラナール等の化合物の濃度は、サフラナール等の化合物を揮発させた蒸気である場合、空気中に含まれる濃度が、好ましくは10.0μmol/L以下、より好ましくは8.0μmol/L以下であり、好ましくは1.0μmol/L以上、より好ましくは6.0μmol/L以上、さらに好ましくは7.5μmol/L以上である。この範囲であることにより、より好適に湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減することができる。
【0024】
サフラナール等の化合物は、他の成分と混ぜ合わされていてもよい。他の成分は、サフラナール等の化合物の効果に影響を与えず、且つ植物に悪影響を及ぼさないものであればよい。このような成分として、例えば、窒素、リン酸、カリウム等の肥料、パーライト、バーミュキュライト、ポリエチレンイミン系資材等の土壌改良剤、ヘキサン、ジメチルスルホキシド、エタノール等の有機溶媒、ポリマー溶液、無機鉱物、水等が挙げられる。
【0025】
サフラナール等の化合物と植物の種子との接触は、サフラナール等の化合物が種子に接触しやすくなる観点から、密閉空間で行うことが好ましい。サフラナール処理は、例えば、以下のように行うことができる。つまり、密閉容器に、吸水させた種子と、サフラナール溶液を滴下したろ紙とを入れ、密閉容器内を、所定濃度のサフラナールの蒸気で満たして、所定の期間(例えば1日間)サフラナール処理を行う。
【0026】
サフラナール処理を行なう環境は特に限定されず、例えば、15℃~25℃の温度、好ましくは20℃の温度で、大気圧環境下で行なってもよい。
【0027】
(その他の工程)
本発明の一態様に係る軽減方法は、サフラナール処理工程の前に、前記種子を吸水させる工程を含んでもよい。
【0028】
本発明の一態様に係る軽減方法は、サフラナール処理工程後の前記種子または植物体を生育する生育工程を含んでもよい。生育方法については、常法により行えばよい。一例では、成育工程は、水田からの転用地(水田跡地)、又は乾田(水田の裏作等として)において行われる。水田からの転用地又は乾田では、一般に、コムギ等の植物の湿害に起因する植物の出芽阻害が発生しやすい。
【0029】
<植物の種子の製造方法>
本発明の一態様に係る種子の製造方法は、前記種子をサフラナール等の化合物に接触させるサフラナール処理工程を含み、前記植物はイネ科植物である。これにより、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減できる。よって、本発明の一態様に係る種子の製造方法によれば、従来の技術よりも簡便な方法で処理された、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減する効果を有する植物の種子を得ることができる。種子、植物およびサフラナール処理工程については、前述した通りであるため、同じ説明は繰り返さない。種子が多層のコート層を有するコート種子である場合、サフラナールは種皮と接していないコート層に含まれていてもよい。
【0030】
<湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整剤>
本発明の一態様に係る湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整剤(以下、単に「生育調整剤」という。)は、サフラナール等の化合物を含む。サフラナール等の化合物を含むことにより、簡便に、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減することができる。このような効果が得られることにより、本発明の一態様に係る生育調整剤は、バイオスティミュラントとして利用することもできる。
【0031】
本発明の一態様に係る生育調整剤の施用方法は、特に限定されないが、一例としては、種子処理剤、種子コート剤、肥料組成物等が挙げられる。
【0032】
生育調整剤に含まれるサフラナール等は、1種でもよく、サフラナール等のうち、任意に選択される2種以上でもよい。生育調整剤に含まれるサフラナール等の化合物の濃度は、効果が発揮できればよく、蒸気にした際、空気中に含まれる濃度が、好ましくは10.0μmol/L以下、より好ましくは8.0μmol/L以下であり、好ましくは1.0μmol/L以上、より好ましくは6.0μmol/L以上、さらに好ましくは7.5μmol/L以上である。また、生育調整剤は、サフラナール等の濃度をここに例示した濃度より高い濃度とし、使用時に希釈されるためのものであってもよい。
【0033】
生育調整剤は、サフラナール等の化合物以外に、他の成分を含んでいてもよい。他の成分は、サフラナール等の化合物の効果に影響を与えず、且つ植物に悪影響を及ぼさないものであればよく、例えば、界面活性剤、展着剤、製剤補助剤、肥料、土壌改良剤等が挙げられる。また、植物の生育効果を増強させるため、種々の他の薬剤と混合して利用することもできる。
【0034】
生育調整剤の形態は、配合される他の成分の種類により、固形物でもあり得、気体でもあり得る。例えば、粉末、錠剤、溶液等が挙げられる。
【0035】
生育調整剤の散布時期は、播種前および播種後の種子であり得る。生育調整剤は、直接種子に振りかけてもよく、土壌中に施用してもよく、種子が存在する大気中に放出してもよい。
【0036】
<湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整キット>
本発明の一態様に係る湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整キット(以下、単に「生育調整キット」という。)は、サフラナール等の化合物を備える。このような構成により、従来の技術よりも簡便に、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減することができる。サフラナール等の化合物については、前述した通りであるため、同じ説明は繰り返さない。
【0037】
本発明の一態様に係る生育調整キットは、サフラナール等の化合物を備えていればよく、必要に応じて他の構成を含んでいてもよい。例えば、植物の種子、サフラナール処理用容器、栽培容器、および生育調整キットの使用説明書等である。本発明の一態様に係る生育調整キットに備えられ得る植物の種子については、特に限定されない。なお、生育調整キットの使用説明書には、例えば、本発明の一態様に係る軽減方法を行なうための具体的手順の一例が記載されていてもよい。
【0038】
〔まとめ〕
本実施形態に係る種子は、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含むか、当該化合物で処理されている、植物の種子であり、前記植物はイネ科植物である。
【0039】
本実施形態に係る種子は、種子が吸水した状態であってもよい。
【0040】
本実施形態に係る湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための方法は、植物の種子または植物体自体を、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物に接触させるサフラナール処理工程を含む。
【0041】
本実施形態に係る軽減方法は、サフラナール処理工程において、前記種子または植物体に接触させるサフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物の濃度が、10.0μmol/L以下である。
【0042】
本実施形態に係る軽減方法は、サフラナール処理工程の前に、前記種子を吸水させる工程を含んでもよい。
【0043】
本実施形態に係る軽減方法は、サフラナール処理工程後の前記種子を生育する生育工程を含んでもよい。
【0044】
本実施形態に係る軽減方法は、サフラナール処理工程が、前記サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含む蒸気を前記種子に接触させることを含んでもよい。
【0045】
本実施形態に係る種子の製造方法は、種子をサフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物に接触させるサフラナール処理工程を含み、前記植物はイネ科植物である。
【0046】
本実施形態に係る湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整剤は、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を含む。
【0047】
本実施形態に係る湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するための生育調整キットは、サフラナールおよびサフラナール類縁体のうち少なくとも一種の化合物を備える。
【0048】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明の以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例0049】
[評価例1]サフラナール処理によるコムギの冠水による出芽阻害の軽減効果の検討
コムギ種子(Triticum aestivum L.、品種:農林61号)を浄水の入ったビーカーの中に入れ、24時間、25℃暗条件下で吸水させた。吸水後のコムギ種子を、浄水で湿らせたペーパータオルを含む6Lの密封容器(幅29cm×奥行20cm×高さ14cm)に置床した。続いて、密封容器の中央にろ紙を入れたガラスシャーレを置き、そのろ紙(1cm×3cm)にサフラナール(Toronto Research Chemicals,Inc.製)を滴下し、密封し、24時間、25℃暗条件下で静置した。この時のサフラナールの滴下量は、密閉容器内のサフラナール濃度(ろ紙上に滴下したサフラナールが容器内にすべて揮散した場合の濃度)がそれぞれ、0μmol/L(滴下なし)、6.0μmol/L、7.0μmol/L、または8.0μmol/Lとなるように滴下した。密閉容器中のサフラナール濃度は、サフラナールの水滴が、ろ紙から完全に揮発したと見做して計算した。
【0050】
150mLの4号珪砂(粒径:0~1.5mm)を栽培容器(幅65mm×奥行65mm×高さ81mm)に入れ、サフラナール処理後のコムギ種子を置いた。さらに、種子の上に100mLの4号珪砂を被せた。コムギを播種した栽培容器は、さらに4Lのプラスティック容器(幅285mm×奥行165mm×高さ85mm)に入れた後、プラスティック容器の上端まで浄水を加えることで冠水処理とした。冠水処理中は、栽培棚にて温度を22~25℃に保ち、明期12時間(90~110μmol・m-2s-1)および暗期12時間の明暗サイクルの条件下で88時間(暗期48時間、明期40時間)、静置した。その間、適宜、プラスティック容器の上端まで浄水を添加した。冠水処理後はプラスティック容器中の浄水をすべて排水し、冠水処理時と同じ温度および明暗サイクル条件で10日間栽培した。
【0051】
栽培群を以下に示す。
・0μmol/Lサフラナール処理+冠水処理
・6μmol/Lサフラナール処理+冠水処理
・7μmol/Lサフラナール処理+冠水処理
・8μmol/Lサフラナール処理+冠水処理
【0052】
<測定>
栽培後、コムギの出芽率を測定した。出芽率は、播種した全種子の個数に対する出芽したコムギ種子の個数の割合である。土から芽が現れた状態の種子を、出芽したコムギ種子として計算した。
【0053】
<統計解析>
上記条件による実験を合計2反復行い、サフラナール濃度と出芽率の関係について、一般化線型混合モデル(ポアソン分布、対数リンク、反復実験の順番を表す番号をランダム変数)を用いて解析した。解析結果を
図1に示す。統計上の有意確率は、P=0.000246となり有意である。
【0054】
[評価例のまとめ]
評価例1により、サフラナールを植物の種子と接触させることによって、従来よりも簡便に、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減する効果を有するコムギが得られることが示された。
本発明の一態様によれば、植物由来化合物であるサフラナール、あるいはその類縁体の処理、あるいはそれらの化合物を揮散させる植物体の処理によって、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減する技術を提供することができる。このため、湿害に起因する植物の出芽阻害を軽減するバイオスティミュラントとして利用可能である。