(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025030795
(43)【公開日】2025-03-07
(54)【発明の名称】破壊確率評価方法、破壊確率評価装置およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20250228BHJP
G01N 17/00 20060101ALI20250228BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
G01N17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023136390
(22)【出願日】2023-08-24
(71)【出願人】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(74)【代理人】
【識別番号】110000936
【氏名又は名称】弁理士法人青海国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大谷 佳広
【テーマコード(参考)】
2G024
2G050
【Fターム(参考)】
2G024AD16
2G024BA12
2G024BA22
2G024CA02
2G024DA28
2G024FA06
2G050AA01
2G050AA05
2G050CA10
(57)【要約】
【課題】移動体の評価対象部位の破壊確率を精度良く評価する。
【解決手段】破壊確率評価方法は、移動体の評価対象部位の破壊が生じる限界損傷度D
crの確率密度関数である第1関数を求めることと、移動体が単位移動距離を移動することに伴い評価対象部位に蓄積される損傷度D’を示す複数のサンプルデータを用いて、損傷度D’の対数の平均Mの確率密度関数である第2関数を求めることと、複数のサンプルデータを用いて、損傷度D’の対数の分散Σの確率密度関数である第3関数を求めることと、第1関数、第2関数、第3関数、および、移動体の合計移動距離Lに基づいて、評価対象部位の破壊確率を評価することと、を含む。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体の評価対象部位の破壊が生じる限界損傷度の確率密度関数である第1関数を求めることと、
前記移動体が単位移動距離を移動することに伴い前記評価対象部位に蓄積される損傷度を示す複数のサンプルデータを用いて、前記損傷度の対数の平均の確率密度関数である第2関数を求めることと、
前記複数のサンプルデータを用いて、前記損傷度の対数の分散の確率密度関数である第3関数を求めることと、
前記第1関数、前記第2関数、前記第3関数、および、前記移動体の合計移動距離に基づいて、前記評価対象部位の破壊確率を評価することと、
を含む、
破壊確率評価方法。
【請求項2】
前記限界損傷度の対数と、前記評価対象部位に累積されている累積損傷度の対数との差を示す限界状態関数は、以下の式(1)により表され、
前記破壊確率を評価することは、前記限界状態関数を用いて前記破壊確率を評価することを含む、
請求項1に記載の破壊確率評価方法。
G=lnDcr-(M+Σ/2+lnL) ・・・(1)
ただし、
G:前記限界状態関数
Dcr:前記限界損傷度
M:前記損傷度の対数の平均
Σ:前記損傷度の対数の分散
L:前記移動体の合計移動距離
【請求項3】
前記複数のサンプルデータにおける前記損傷度が対数正規分布に従うことを検定することをさらに含む、
請求項1または2に記載の破壊確率評価方法。
【請求項4】
移動体の評価対象部位の破壊が生じる限界損傷度の確率密度関数である第1関数を求めることと、
前記移動体が単位移動距離を移動することに伴い前記評価対象部位に蓄積される損傷度を示す複数のサンプルデータを用いて、前記損傷度の対数の平均の確率密度関数である第2関数を求めることと、
前記複数のサンプルデータを用いて、前記損傷度の対数の分散の確率密度関数である第3関数を求めることと、
前記第1関数、前記第2関数、前記第3関数、および、前記移動体の合計移動距離に基づいて、前記評価対象部位の破壊確率を評価することと、
を実行する、
破壊確率評価装置。
【請求項5】
コンピュータに、
移動体の評価対象部位の破壊が生じる限界損傷度の確率密度関数である第1関数を求めることと、
前記移動体が単位移動距離を移動することに伴い前記評価対象部位に蓄積される損傷度を示す複数のサンプルデータを用いて、前記損傷度の対数の平均の確率密度関数である第2関数を求めることと、
前記複数のサンプルデータを用いて、前記損傷度の対数の分散の確率密度関数である第3関数を求めることと、
前記第1関数、前記第2関数、前記第3関数、および、前記移動体の合計移動距離に基づいて、前記評価対象部位の破壊確率を評価することと、
を実行させるための、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、破壊確率評価方法、破壊確率評価装置およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両等の移動体の部位には、移動距離に応じて損傷度が蓄積される。ゆえに、移動体の部位の疲労寿命を予測するために、当該部位の破壊確率を評価するための技術が提案されている。例えば、非特許文献1には、鉄道車両の台車枠の溶接部の破壊確率を評価するための技術が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】牧野泰三、外5名、「部分安全係数法(JIS B 9955-2017)を用いた鉄道車両用台車枠溶接部の寿命と破壊確率の評価」、日本機械学会論文集、2022年、88巻、915号、p.22-00102
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の技術では、移動体の評価対象部位の破壊確率を精度良く評価するには不十分であり、移動体の評価対象部位の破壊確率を精度良く評価するための新たな提案が望まれている。
【0005】
本開示の目的は、移動体の評価対象部位の破壊確率を精度良く評価することが可能な破壊確率評価方法、破壊確率評価装置およびプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示の破壊確率評価方法は、移動体の評価対象部位の破壊が生じる限界損傷度の確率密度関数である第1関数を求めることと、移動体が単位移動距離を移動することに伴い評価対象部位に蓄積される損傷度を示す複数のサンプルデータを用いて、損傷度の対数の平均の確率密度関数である第2関数を求めることと、複数のサンプルデータを用いて、損傷度の対数の分散の確率密度関数である第3関数を求めることと、第1関数、第2関数、第3関数、および、移動体の合計移動距離に基づいて、評価対象部位の破壊確率を評価することと、を含む。
【0007】
限界損傷度の対数と、評価対象部位に累積されている累積損傷度の対数との差を示す限界状態関数は、以下の式(1)により表され、破壊確率を評価することは、限界状態関数を用いて破壊確率を評価することを含んでもよい。
G=lnDcr-(M+Σ/2+lnL) ・・・(1)
ただし、
G:限界状態関数
Dcr:限界損傷度
M:上記の損傷度の対数の平均
Σ:上記の損傷度の対数の分散
L:移動体の合計移動距離
【0008】
複数のサンプルデータにおける上記の損傷度が対数正規分布に従うことを検定することをさらに含んでもよい。
【0009】
上記課題を解決するために、本開示の破壊確率評価装置は、移動体の評価対象部位の破壊が生じる限界損傷度の確率密度関数である第1関数を求めることと、移動体が単位移動距離を移動することに伴い評価対象部位に蓄積される損傷度を示す複数のサンプルデータを用いて、損傷度の対数の平均の確率密度関数である第2関数を求めることと、複数のサンプルデータを用いて、損傷度の対数の分散の確率密度関数である第3関数を求めることと、第1関数、第2関数、第3関数、および、移動体の合計移動距離に基づいて、評価対象部位の破壊確率を評価することと、を実行する。
【0010】
上記課題を解決するために、本開示のプログラムは、コンピュータに、移動体の評価対象部位の破壊が生じる限界損傷度の確率密度関数である第1関数を求めることと、移動体が単位移動距離を移動することに伴い評価対象部位に蓄積される損傷度を示す複数のサンプルデータを用いて、損傷度の対数の平均の確率密度関数である第2関数を求めることと、複数のサンプルデータを用いて、損傷度の対数の分散の確率密度関数である第3関数を求めることと、第1関数、第2関数、第3関数、および、移動体の合計移動距離に基づいて、評価対象部位の破壊確率を評価することと、を実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、移動体の評価対象部位の破壊確率を精度良く評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本開示の実施形態に係る破壊確率評価方法における評価対象部位の一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、本開示の実施形態に係る破壊確率評価装置の構成の一例を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、本開示の実施形態に係る破壊確率評価方法の概要を説明するための図である。
【
図4】
図4は、本開示の実施形態に係る破壊確率評価方法において行われる処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に添付図面を参照しながら、本開示の実施形態について説明する。実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値等は、理解を容易とするための例示にすぎず、特に断る場合を除き、本開示を限定するものではない。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本開示に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0014】
図1は、本実施形態に係る破壊確率評価方法における評価対象部位の一例を示す模式図である。
図1には、鉄道車両10の台車枠11が示されている。台車枠11は、複数の構造部材11aを含む。構造部材11aは、例えば、柱形状を有し、鉄系材料によって形成される。
図1に示すように、台車枠11において、構造部材11a同士が、溶接部11bを介して接合されている。溶接部11bは、構造部材11a同士を溶接することにより形成される部位である。溶接部11bは、母材が溶融した後に凝固した組織を有する。
【0015】
本実施形態に係る破壊確率評価方法では、例えば、鉄道車両10の台車枠11の溶接部11bの破壊確率の評価が行われる。以下では、鉄道車両10の台車枠11の溶接部11bの破壊確率の評価が行われる例を説明する。ただし、本実施形態に係る破壊確率評価方法における評価対象部位は、この例に限定されない。本実施形態に係る破壊確率評価方法では、移動体の評価対象部位の破壊確率の評価が行われればよい。
【0016】
鉄道車両10は、移動体の一例に相当する。ただし、移動体は、鉄道車両10に限定されない。例えば、移動体は、船舶等であってもよい。溶接部11bは、鉄道車両10の評価対象部位の一例に相当する。ただし、鉄道車両10の評価対象部位は、溶接部11bに限定されない。例えば、鉄道車両10の評価対象部位は、構造部材11a等であってもよい。
【0017】
図2は、本実施形態に係る破壊確率評価装置20の構成の一例を示すブロック図である。破壊確率評価装置20は、本実施形態に係る破壊確率評価方法を実行する。
【0018】
図2に示すように、破壊確率評価装置20は、例えば、プロセッサ20aと、メモリ20bとを含む。プロセッサ20aは、例えば、中央処理装置(CPU)等を含む。メモリ20bは、例えば、プログラム等が格納されたROM、および、ワークエリアとしてのRAM等を含む。
【0019】
破壊確率評価装置20は、例えば、取得部21と、評価部22と、記憶部23とを含む。取得部21の機能、および、評価部22の機能は、例えば、プログラムがプロセッサ20aにより実行されることによって実現される。記憶部23の機能は、例えば、メモリ20bにより実現される。なお、以下で説明する破壊確率評価装置20の機能は、1つの装置によって実現されてもよく、複数の装置に分担されてもよい。
【0020】
取得部21は、各種情報を取得する。取得部21により取得された情報は、評価部22による処理において用いられる。取得部21により取得された情報は、記憶部23に記憶されてもよい。
【0021】
評価部22は、評価対象部位の破壊確率を評価するための各種処理を実行する。評価部22により行われる処理の詳細については後述する。
【0022】
記憶部23は、各種情報を記憶する。記憶部23に記憶されている情報は、評価部22による処理において用いられる。
【0023】
図3は、本実施形態に係る破壊確率評価方法の概要を説明するための図である。
【0024】
本実施形態に係る破壊確率評価方法では、限界状態関数Gを以下の式(2)により定義する。
【0025】
G=lnDcr-lnDcu ・・・(2)
【0026】
限界状態関数Gは、評価対象部位である溶接部11bの強度に相当するパラメータから評価対象部位である溶接部11bに作用する外力に相当するパラメータを減算したパラメータである。限界状態関数Gは、溶接部11bの破壊が生じるか否かを判断するための指標である。限界状態関数G<0の場合、溶接部11bの破壊が生じる。一方、限界状態関数G>0の場合、溶接部11bの破壊は生じない。
【0027】
式(2)のDcrは、限界損傷度である。限界損傷度Dcrは、溶接部11bの破壊が生じる損傷度である。lnDcrは、溶接部11bの強度に相当するパラメータである。式(2)のDcuは、累積損傷度である。累積損傷度Dcuは、溶接部11bに累積されている損傷度である。lnDcuは、溶接部11bに作用する外力に相当するパラメータである。式(2)の通り、限界状態関数Gは、限界損傷度Dcrの対数と、累積損傷度Dcuの対数との差を示す。
【0028】
本実施形態に係る破壊確率評価方法では、lnDcrが正規分布に従うと仮定する。つまり、限界損傷度Dcrが、対数正規分布に従うと仮定する。
【0029】
以下、溶接部11bの破壊確率を評価するためのパラメータとして、合計移動距離Lを定義する。合計移動距離Lは、鉄道車両10の移動距離の合計値である。鉄道車両10の移動距離は、走行距離を意味する。つまり、合計移動距離Lは、合計走行距離を意味する。
【0030】
限界損傷度D
crは、合計移動距離Lに依存せず一定である。ゆえに、lnD
crは、合計移動距離Lに依存せず一定である。一方、累積損傷度D
cuは、合計移動距離Lが増加するにつれて、限界損傷度D
crに近づく方向に移動する。ゆえに、
図3で矢印により示すように、lnD
cuは、合計移動距離Lが増加するにつれて、lnD
crに近づく方向に移動する。
【0031】
図3に示すように、合計移動距離Lが増加することによって、lnD
crとlnD
cuとが部分的に重なり合う。lnD
crとlnD
cuとが重なり合う範囲が広いほど、溶接部11bの破壊確率が高くなる。式(2)の限界状態関数Gを用いることにより、lnD
crとlnD
cuとが重なり合う範囲の広さを評価できる。それにより、溶接部11bの破壊確率を評価できる。
【0032】
図4は、本実施形態に係る破壊確率評価方法において行われる処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図4に示す処理フローは、例えば、破壊確率評価装置20によって行われる。ただし、
図4に示す処理フローの一部の処理が破壊確率評価装置20ではなく人により行われてもよい。
【0033】
図4に示す処理フローが開始すると、ステップS101において、評価部22は、限界損傷度D
crの確率密度関数を求める。限界損傷度D
crの確率密度関数は、第1関数とも呼ばれる。
【0034】
評価部22は、例えば、溶接部11bの疲労寿命と応力範囲との関係性を示す実績データを用いて、限界損傷度Dcrの確率密度関数を求めることができる。例えば、横軸に疲労寿命の対数を取り、縦軸に応力範囲の対数を取ったグラフ上において、溶接部11bの疲労寿命データ点は、右下がりの直線を中心に分布することが知られている。評価部22は、平均が0となる正規分布にlnDcrが従うと仮定し、溶接部11bの疲労寿命データ点を示す実績データを用いてlnDcrの標準偏差を求める。例えば、lnDcrの標準偏差は、非特許文献1からの引用値である0.4113等であってもよい。それにより、評価部22は、限界損傷度Dcrの確率密度関数(つまり、第1関数)を求めることができる。
【0035】
ステップS101の次に、ステップS102において、取得部21は、距離当たり損傷度D’を示す複数のサンプルデータを収集する。距離当たり損傷度D’は、鉄道車両10が単位移動距離を移動することに伴い溶接部11bに蓄積される損傷度である。単位移動距離は、鉄道車両10の単位走行距離を意味する。
【0036】
例えば、鉄道車両10を走行させる走行試験を行い、走行試験の結果に基づいて、距離当たり損傷度D’を示す複数のサンプルデータの収集が行われる。走行試験において、鉄道車両10が単位移動距離のN倍の距離を走行した場合、取得部21は、N個のサンプルデータを収集できる。以下、サンプルデータの数をN個とする。
【0037】
なお、距離当たり損傷度D’の頻度分布は、例えば、レインフロー法等によって応力範囲を計数し、修正マイナー則等の損傷則を用いて算出され得る。
【0038】
ステップS102の次に、ステップS103において、評価部22は、距離当たり損傷度D’が対数正規分布に従うことを検定する。
【0039】
以下で説明するように、本実施形態に係る破壊確率評価方法は、距離当たり損傷度D’が対数正規分布に従うと仮定して行われる。つまり、本実施形態に係る破壊確率評価方法は、lnD’が正規分布に従うと仮定して行われる。しかしながら、サンプルデータの数が不足する場合や単位移動距離の取り方等において、距離当たり損傷度D’が対数正規分布に従うとは言えない場合もあり得る。ゆえに、ステップS104以降の処理に進む前に、距離当たり損傷度D’が対数正規分布に従うことを検定しておくことが好ましい。
【0040】
ステップS103では、例えば、既存の種々の検定が適宜用いられ得る。そのような検定としては、例えば、Shapiro-Wilk検定が挙げられる。例えば、評価部22は、Shapiro-Wilk検定を用いて、lnD’が正規分布に従うことを検定する。そして、lnD’が正規分布に従うと判断できる場合、距離当たり損傷度D’が対数正規分布に従うと判断できる。
【0041】
以下で説明するステップS104以降の処理の前提として、以下の式(3)が近似的に成立するものと仮定する。
【0042】
D=D’ a×L ・・・(3)
【0043】
式(3)のD’ aは、距離当たり損傷度D’の平均(具体的には、母平均)である。式(3)のDは、鉄道車両10が合計移動距離Lだけ移動したときの累積損傷度である。
【0044】
式(3)は、距離当たり損傷度D’にはバラツキがあるものの、合計移動距離Lがある程度長い場合には、累積損傷度は距離当たり損傷度D’の平均D’ aに合計移動距離Lを乗算した値に概ね等しくなる、との仮定に基づく。合計移動距離Lが十分に大きい場合、この仮定は妥当であると考えられる。
【0045】
lnD’が正規分布に従うと仮定すると、対数正規分布の性質、および、距離当たり損傷度D’の期待値が平均D’ aに相当する点を考慮し、以下の式(4)が成立する。
【0046】
lnD’ a=μ+σ2/2 ・・・(4)
【0047】
式(4)のμは、lnD’の平均(具体的には、母平均)である。式(4)のσ2は、lnD’の分散(具体的には、母分散)である。
【0048】
そして、式(3)および式(4)から以下の式(5)が導出される。
【0049】
lnD=μ+σ2/2+lnL ・・・(5)
【0050】
ステップS103の次に、ステップS104において、評価部22は、lnD’の平均Mの確率密度関数を求める。平均Mは、lnD’の平均μを確率変数として定義したパラメータに相当する。本来確定値である平均μの真の値は不明であるため、以下のように、N個のサンプルデータを用いて、その存在範囲と確率を推定する。そのため、平均μに相当する確率変数として平均Mを導入する。平均Mの確率密度関数は、第2関数とも呼ばれる。
【0051】
ステップS104では、まず、以下の式(6)が成立するものとする。
【0052】
Pr[μ<μp]=p ・・・(6)
【0053】
式(6)のμpは、平均μの片側信頼区間pの上限値である。式(6)のPr[]は、[]内の条件が成立する確率を表すものとする。
【0054】
そして、以下の式(7)により表される累積分布関数FM(μp)を定義する。
【0055】
FM(μp)=p ・・・(7)
【0056】
累積分布関数FM(μp)は、平均μが上限値μpより小さくなる確率を表す関数である。累積分布関数FM(μp)を用いることによって、上限値μpを微小変化させた際のp値の変化量に基づいて、平均Mがある値を取る確率密度を求めることができる。このように、差分近似によって、平均Mの確率密度関数(つまり、第2関数)を求めることができる。
【0057】
上限値μpは、t分布を用いた区間推定によって、以下の式(8)により表される。
【0058】
μp=m+tN-1,p×s/√N ・・・(8)
【0059】
式(8)のmは、lnD’のサンプル平均値である。式(8)のsは、lnD’のサンプル不偏分散の平方根である。つまり、s2が、lnD’のサンプル不偏分散である。式(8)のtN-1,pは、自由度N-1、片側信頼区間pに対応するt値である。
【0060】
式(8)を用いることによって、上限値μpを計算することができる。ゆえに、例えば、表計算ソフト等を利用することによって、累積分布関数FM(μp)を数値的に計算することができる。
【0061】
ステップS104の次に、ステップS105において、評価部22は、lnD’の分散Σの確率密度関数を求める。分散Σは、lnD’の分散σ2を確率変数として定義したパラメータに相当する。本来確定値である分散σ2の真の値は不明であるため、以下のように、N個のサンプルデータを用いて、その存在範囲と確率を推定する。そのため、分散σ2に相当する確率変数として分散Σを導入する。分散Σの確率密度関数は、第3関数とも呼ばれる。
【0062】
ステップS105では、まず、以下の式(9)が成立するものとする。
【0063】
Pr[σ2<σ2
p]=p ・・・(9)
【0064】
式(9)のσ2
pは、分散σ2の片側信頼区間pの上限値である。
【0065】
そして、以下の式(10)により表される累積分布関数FΣ(σ2
p)を定義する。
【0066】
FΣ(σ2
p)=p ・・・(10)
【0067】
累積分布関数FΣ(σ2
p)は、分散σ2が上限値σ2
pより小さくなる確率を表す関数である。累積分布関数FΣ(σ2
p)を用いることによって、上限値σ2
pを微小変化させた際のp値の変化量に基づいて、分散Σがある値を取る確率密度を求めることができる。このように、差分近似によって、分散Σの確率密度関数(つまり、第3関数)を求めることができる。
【0068】
上限値σ2
pは、χ二乗分布を用いた区間推定によって、以下の式(11)により表される。
【0069】
σ2
p={(N-1)×s2}/χ2
N-1,p ・・・(11)
【0070】
式(11)のχ2
N-1,pは、自由度N-1、片側信頼区間pに対応するχ2の値である。
【0071】
式(11)を用いることによって、上限値σ2
pを計算することができる。ゆえに、例えば、表計算ソフト等を利用することによって、累積分布関数FΣ(σ2
p)を数値的に計算することができる。
【0072】
ステップS105の次に、ステップS106において、評価部22は、ステップS101で求められた限界損傷度D
crの確率密度関数である第1関数、ステップS104で求められた平均Mの確率密度関数である第2関数、ステップS105で求められた分散Σの確率密度関数である第3関数、および、鉄道車両10の合計移動距離Lに基づいて、溶接部11bの破壊確率を評価し、
図4の処理フローは終了する。
【0073】
ステップS106では、まず、式(5)の右辺のμ、σ2を確率変数であるM、Σにそれぞれ置き換え、以下の式(12)により表される新たな確率変数Dcuを定義する。
【0074】
lnDcu=M+Σ/2+lnL ・・・(12)
【0075】
式(12)のDcuは、式(2)の累積損傷度Dcuに相当する。
【0076】
そして、式(2)に式(12)を代入すると、以下の式(13)が導出される。なお、式(13)は、上述した式(1)と同一である。
【0077】
G=lnDcr-(M+Σ/2+lnL) ・・・(13)
【0078】
ステップS106では、式(13)により定義される限界状態関数Gを用いて、溶接部11bの破壊確率を評価する。
【0079】
上述したように、限界損傷度Dcrの確率密度関数である第1関数は、例えば、溶接部11bの疲労寿命データ点を示す実績データを用いることによって求められ得る。また、上述したように、式(7)により表される累積分布関数FM(μp)、および、式(10)により表される累積分布関数FΣ(σ2
p)は、数値的に計算され得る。ゆえに、平均Mの確率密度関数である第2関数、および、分散Σの確率密度関数である第3関数は、差分近似によって求められ得る。そして、合計移動距離Lは、所与の定数である。よって、例えば、AFOSM(Advanced First Order Second Moment)法を利用して、所与のLに対して溶接部11bの破壊確率を算出することができる。
【0080】
以上説明したように、本実施形態に係る破壊確率評価方法は、移動体(上記の例では、鉄道車両10)の評価対象部位(上記の例では、溶接部11b)の破壊が生じる限界損傷度Dcrの確率密度関数である第1関数を求めることと、移動体が単位移動距離を移動することに伴い評価対象部位に蓄積される損傷度D’を示す複数のサンプルデータを用いて、損傷度D’の対数lnD’の平均Mの確率密度関数である第2関数を求めることと、複数のサンプルデータを用いて、損傷度D’の対数lnD’の分散Σの確率密度関数である第3関数を求めることと、第1関数、第2関数、第3関数、および、移動体の合計移動距離Lに基づいて、評価対象部位の破壊確率を評価することと、を含む。上記の例では、コンピュータである破壊確率評価装置20が、上記の第1関数を求めることと、上記の第2関数を求めることと、上記の第3関数を求めることと、上記の破壊確率を評価することと、を実行する。
【0081】
非特許文献1では、式(5)の右辺のσ2/2の項が考慮されていない。つまり、非特許文献1では、lnD’の分散Σの確率密度関数である第3関数を考慮せずに、評価対象部位の破壊確率が評価される。一方、本実施形態に係る破壊確率評価方法では、lnD’の分散Σの確率密度関数である第3関数を考慮して、評価対象部位の破壊確率が評価される。それにより、累積損傷度Dcuを精度良く見積もった上で、評価対象部位の破壊確率を評価できる。ゆえに、移動体の評価対象部位の破壊確率を精度良く評価することができる。
【0082】
特に、本実施形態に係る破壊確率評価方法では、限界損傷度Dcrの対数lnDcrと、評価対象部位に累積されている累積損傷度Dcuの対数lnDcuとの差を示す限界状態関数Gは、式(13)(つまり、式(1))により表され、破壊確率を評価することは、限界状態関数Gを用いて破壊確率を評価することを含む。それにより、lnD’の分散Σの確率密度関数である第3関数を考慮して、評価対象部位の破壊確率を評価することが適切に実現される。ゆえに、累積損傷度Dcuを精度良く見積もった上で、評価対象部位の破壊確率を評価することが適切に実現される。よって、移動体の評価対象部位の破壊確率を精度良く評価することが適切に実現される。
【0083】
ただし、破壊確率の評価に用いられる限界状態関数Gは、式(13)と異なる式により表されてもよい。例えば、上述した式(2)から式(13)の少なくとも一部の式が適宜変更され、その結果、限界状態関数Gが式(13)と異なる式により表されてもよい。式の変更は、例えば、新たな項の追加、または、ある項に追加の定数を乗算する等の変更を含む。
【0084】
特に、本実施形態に係る破壊確率評価方法は、複数のサンプルデータにおける損傷度D’が対数正規分布に従うことを検定することをさらに含む。それにより、損傷度D’が対数正規分布に従うと仮定して行われる破壊確率の評価の精度を向上させることができる。
【0085】
ただし、損傷度D’が対数正規分布に従うことの検定は、省略されてもよい。
【0086】
以上、添付図面を参照しながら本開示の実施形態について説明したが、本開示はかかる実施形態に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本開示の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0087】
10 鉄道車両(移動体)
11b 溶接部(評価対象部位)
20 破壊確率評価装置
D’ 距離当たり損傷度(損傷度)
Dcr 限界損傷度
Dcu 累積損傷度
G 限界状態関数
L 合計移動距離
M 平均
Σ 分散