(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025032699
(43)【公開日】2025-03-12
(54)【発明の名称】ガラクトシルセラミドの製造方法及び糸状菌
(51)【国際特許分類】
C12P 13/02 20060101AFI20250305BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20250305BHJP
C12N 9/90 20060101ALN20250305BHJP
C12N 1/14 20060101ALN20250305BHJP
C12N 15/61 20060101ALN20250305BHJP
【FI】
C12P13/02 ZNA
C12N1/15
C12N9/90
C12N1/14 A
C12N15/61
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023138129
(22)【出願日】2023-08-28
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】竹川 薫
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B064AE02
4B064CA05
4B064CA19
4B064CB28
4B064CC24
4B064CC30
4B064CD05
4B064CD12
4B064DA16
4B065AA58X
4B065AA58Y
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA17
4B065CA04
4B065CA16
4B065CA20
4B065CA60
(57)【要約】 (修正有)
【課題】糸状菌由来の酵素を用いたガラクトシルセラミドの製造方法を提供する。
【解決手段】ガラクトシルセラミドの製造方法は、グルコシルセラミドに以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を接触させて、グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する工程を含む。(a)特定のアミノ酸配列を含む酵素(b)特定のアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドから前記ガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素(c)特定のアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコシルセラミドに以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を接触させて、グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する工程を含む、ガラクトシルセラミドの製造方法。
(a)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を含む酵素
(b)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドから前記ガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
(c)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
【請求項2】
グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する前記工程が、前記(a)から前記(c)のいずれかの酵素を発現する糸状菌の菌体内で行われる、請求項1に記載のガラクトシルセラミドの製造方法。
【請求項3】
前記糸状菌に、紫外線を照射する工程を含む、請求項2に記載のガラクトシルセラミドの製造方法。
【請求項4】
グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する前記工程に先立って、前記糸状菌が、前記(a)から前記(c)のいずれかの酵素を過剰発現するよう形質転換する工程を含む、請求項2に記載のガラクトシルセラミドの製造方法。
【請求項5】
以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を過剰発現するよう形質転換された糸状菌。
(a)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を含む酵素
(b)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
(c)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガラクトシルセラミドの製造方法及び糸状菌に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ヒトの細胞の細胞膜を構成するスフィンゴ糖脂質として、グルコシルセラミドやガラクトシルセラミドが知られている。グルコシルセラミドは皮膚の保湿効果を有し、化粧品等に配合される。
【0003】
一方、糸状菌においてもグルコシルセラミドが膜構成成分として存在することが知られており、非特許文献1には糸状菌の一種である麹菌がガラクトシルセラミドを有することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Tani Y., et al., Structural analysis of cerebrosides from Aspergillus fungi: the existence of galactosylceramide in A. oryzae. Biotechnol Letters, 36, 2507-2513, 2014.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、糸状菌において、これまでにガラクトシルセラミドの生合成に関与する酵素は明らかになっておらず、糸状菌を用いてガラクトシルセラミドを製造する技術はこれまで存在しなかった。
【0006】
本発明は、糸状菌由来の酵素を用いたガラクトシルセラミドの製造方法及びガラクトシルセラミドを大量生産できる糸状菌を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明の一態様は、以下の態様を包含する。
【0008】
[1] グルコシルセラミドに以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を接触させて、グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する工程を含む、ガラクトシルセラミドの製造方法。(a)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を含む酵素(b)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドから前記ガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素(c)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
[2] グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する前記工程が、前記(a)から前記(c)のいずれかの酵素を発現する糸状菌の菌体内で行われる、[1]に記載のガラクトシルセラミドの製造方法。
【0009】
[3] 前記糸状菌に、紫外線を照射する工程を含む、[2]に記載のガラクトシルセラミドの製造方法。
【0010】
[4] グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する前記工程に先立って、前記糸状菌が、前記(a)から前記(c)のいずれかの酵素を過剰発現するよう形質転換する工程を含む、[2]に記載のガラクトシルセラミドの製造方法。
【0011】
[5] 以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を過剰発現するよう形質転換された糸状菌。(a)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を含む酵素(b)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素(c)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、糸状菌由来の酵素を用いたガラクトシルセラミドの製造方法及びガラクトシルセラミドを大量生産する糸状菌を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の好ましい実施形態にかかるガラクトシルセラミドの製造方法を示すフローである。
【
図2】形質転換工程で用いられた1つ目のプラスミドの配列を示す模式図である。
【
図3】形質転換工程で用いられた2つ目のプラスミドの配列を示す模式図である。
【
図4】Aspergillus oryzaeの各系の株から得られた糖脂質のクロマトグラフである。
【
図5】Aspergillus oryzaeから得られた糖脂質に対し、エンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた結果を示すクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、場合により図面を参照しつつ、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0015】
<<ガラクトシルセラミドの製造方法>>
一実施形態において、本発明は、グルコシルセラミドに以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を接触させて、グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する工程を含む、ガラクトシルセラミドの製造方法を提供する。
(a)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を含む酵素
(b)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドから前記ガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
(c)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
【0016】
図1は、本発明の好ましい実施形態にかかるガラクトシルセラミドの製造方法を示すフローである。
【0017】
図1に示すように、本実施形態の製造方法は、糸状菌を形質転換する工程(形質転換工程S1)と、形質転換された糸状菌を培養し、ガラクトシルセラミドを合成する工程(合成工程S2)と、合成されたガラクトシルセラミドを糸状菌から抽出する工程(抽出工程S3)を含んでいる。なお、ガラクトシルセラミドの製造方法が上記の形質転換工程S1と抽出工程S3を含むことは必ずしも必要でなく、少なくとも合成工程S2を含んでいればよい。
【0018】
[形質転換工程S1]
形質転換工程S1は、以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を過剰発現するよう、糸状菌を形質転換する工程である。
(a)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を含む酵素
(b)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
(c)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
【0019】
本発明者は、高等動物において公知な、ガラクトースをセラミドに付加するガラクトース転移酵素と、相同性を有する酵素が糸状菌には存在しないことを突き止めた。
【0020】
その後、本発明者は、試行錯誤の末、糸状菌において、上記の配列番号1~11に示すアミノ酸配列を含む各酵素が、グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する活性を有することを発見した。以下において、(a)~(c)の酵素をそれぞれ、「ガラクトシルセラミド合成酵素」又は「GceA」という。
【0021】
形質転換工程S1においては、(a)~(c)のいずれかのガラクトシルセラミド合成酵素をコードする遺伝子を糸状菌に導入することで、ガラクトシルセラミド合成酵素を野生型株に比して過剰発現させる。これにより、ガラクトシルセラミドを大量生産することができる。
【0022】
<(a)のガラクトシルセラミド合成酵素>
配列番号1に示すアミノ酸配列は、Aspergillus oryzae(麹菌)におけるRIB40株のガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。このガラクトシルセラミド合成酵素は、Aspergillus oryzaeのRIB40株において、配列番号12に示すDNA配列(Genbank:NC_036442.1)でコードされる。当該遺伝子はAspergillus oryzaeの8番染色体上に存在する。
【0023】
配列番号2に示すアミノ酸配列は、Aspergillus fumigatusにおけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。このガラクトシルセラミド合成酵素は、Aspergillus fumigatusにおいて、配列番号13に示す塩基配列でコードされる。当該遺伝子はAspergillus fumigatusの2番染色体上に存在する。
【0024】
配列番号3に示すアミノ酸配列は、Aspergillus nigerにおけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。このガラクトシルセラミド合成酵素は、Aspergillus nigerにおいて、配列番号14に示すDNA配列でコードされる。
【0025】
配列番号4に示すアミノ酸配列は、Aspergillus nidulansにおけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。このガラクトシルセラミド合成酵素は、Aspergillus nidulansにおいて、配列番号15に示すDNA配列でコードされる。当該遺伝子はAspergillus nidulansの7番染色体上に存在する。
【0026】
配列番号5に示すアミノ酸配列は、Penicillium camemberti(カマンベールチーズの生産菌)におけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。
【0027】
配列番号6に示すアミノ酸配列は、Aureobasidium pullulans(多糖プルラン生産菌)におけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。
【0028】
配列番号7に示すアミノ酸配列は、Cordyceps militaris(冬虫夏草の一種であるサナギタケ)におけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。
【0029】
配列番号8に示すアミノ酸配列は、Beauveria bassiana(昆虫寄生菌)におけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。
【0030】
配列番号9に示すアミノ酸配列は、Fusarium oxysporum(植物病原菌)におけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。
【0031】
配列番号10に示すアミノ酸配列は、Trichoderma atroviride(植物病原菌)におけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。
【0032】
配列番号11に示すアミノ酸配列は、Glonium stellatum(モジカビ)におけるガラクトシルセラミド合成酵素のアミノ酸配列である。
【0033】
これらのガラクトシルセラミド合成酵素は、グルコシルセラミドのグリコシル基の4位の炭素に結合した水酸基をエピメル化することで、ガラクトシルセラミドに変換する。
【0034】
<(b)のガラクトシルセラミド合成酵素>
上記(b)について、「1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列」とは、1個以上で且つ10個以下、好ましくは1個以上で且つ8個以下、より好ましくは1個以上で且つ5個以下、さらに好ましくは1個以上で且つ3個以下のアミノ酸が欠失、置換、付加、又は挿入されたアミノ酸配列をいう。
【0035】
<(c)のガラクトシルセラミド合成酵素>
本明細書において、基準となるアミノ酸配列(上述の配列番号1~11に示すアミノ酸配列)に対する、対象アミノ酸配列の配列同一性は、たとえば次のようにして求めることができる。まず、基準となるアミノ酸配列および対象アミノ酸配列をアラインメントする。各アミノ酸配列には、配列同一性が最大となるよう、ギャップを含めてもよい。次いで、基準となるアミノ酸配列および対象アミノ酸配列において、一致したアミノ酸の数を算出し、下記の式(1)に従って配列の同一性を算出することができる。
【0036】
配列同一性(%)=一致したアミノ酸の数/対象アミノ酸配列の総アミノ酸数×100…(1)
(c)のガラクトシルセラミド合成酵素は、配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0037】
<遺伝子導入>
(a)~(c)のいずれかのガラクトシルセラミド合成酵素をコードする遺伝子を糸状菌に導入する方法はとくに限定されるものではないが、たとえばプラスミドDNAに当該遺伝子を組み込んで導入する方法が挙げられる。
【0038】
プラスミドDNAを用いる場合、構成的プロモーターや誘導型プロモーターを併せて組み込むことで、糸状菌でのガラクトシルセラミド合成酵素の高発現を実現することができる。
【0039】
構成的プロモーターとしては、たとえばtef1遺伝子のプロモーターであるPtefやpgkA遺伝子のプロモーターであるPpgkA、enoAプロモーター等が挙げられる。Ptefは強発現のプロモーターであり、PpgkAは中程度に発現の高いプロモーターである。
【0040】
誘導型プロモーターとしては、たとえばマルトースを誘導基質とするamyBプロモーターや、キシロースを誘導基質とするキシラナーゼプロモーター等が挙げられる。
【0041】
糸状菌にプラスミドDNAを導入する方法としては、たとえばエレクトロポレーション法やプロトプラストPEG法が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0042】
プラスミドDNAを導入する対象の生物は、糸状菌であればとくにその種類は限定されるものではない。
【0043】
プラスミドDNAに組み込むガラクトシルセラミド合成酵素の遺伝子は、導入する対象と同種のガラクトシルセラミド合成酵素をコードする遺伝子であってもよく、他の種類の糸状菌のガラクトシルセラミド合成酵素(上記(a)~(c)のいずれかの酵素)をコードする遺伝子であってもよい。
【0044】
[合成工程S2]
合成工程S2は、形質転換工程S1で形質転換された糸状菌を培養して、ガラクトシルセラミドを合成させる。
【0045】
合成工程S2においては、形質転換された糸状菌を培養することで、糸状菌の菌体内で、過剰発現したガラクトシルセラミド合成酵素が自然にグルコシルセラミドに接触し、グルコシルセラミドをガラクトシルセラミドに変換する。なお、ガラクトシルセラミドは3回にわたり膜を貫通するスフィンゴ糖脂質と考えられ、合成されたガラクトシルセラミドは細胞膜に配置される。
【0046】
糸状菌を培養する培地の種類は菌種に応じて適宜選択される。Aspergillus oryzaeを培養する場合には、たとえば後に実施例で用いたCD培地やDPY液体培地が挙げられる。
【0047】
なお、形質転換工程S1において、ガラクトシルセラミド合成酵素とともに誘導型プロモーターを糸状菌に導入した場合には、ガラクトシルセラミド合成酵素を過剰発現させるため、合成工程S2で糸状菌を培養する培地に、マルトースやキシロース等の誘導基質を含ませる必要がある。
【0048】
[抽出工程S3]
糸状菌が合成したガラクトシルセラミドを抽出する方法はとくに限定されるものではないが、たとえば有機溶媒を用いた公知の抽出方法を用いることができる。
【0049】
たとえば特開第2023-064103号公報には、糸状菌の培養液から菌体を集菌して乾燥させ、エタノー水溶液を加えて撹拌抽出し、得られた抽出液を45℃で減圧蒸留して濃縮エキスを得た後、アセトンで洗浄することによりセラミドを抽出する方法が開示されている。
【0050】
また、特開第2012-126910号公報には、セラミドを含む醤油粕に対し、エタノールを加えて撹拌抽出し、ロータリーエバポレーターで濃縮乾固した後、アセトンで洗浄し、エタノールを用いて再抽出し、活性炭や陰イオン交換樹脂を用いて不純物を除去し、得られた再抽出物をエタノールに溶解した上で水を加えて冷却遠心分離により析出させ、アセトン等を用いて洗浄したものを、真空デシケーターで乾燥させることで、セラミド粉末を抽出する方法が開示されている。
【0051】
また、抽出工程S3は、実施例で詳述するように、糸状菌の分生子を回収する工程と、回収した分生子を植菌し培養する工程と、分生子から培養した菌体から糖脂質を抽出する工程とを含んでいてもよい。
【0052】
<<糸状菌>>
一実施形態において、本発明は、以下の(a)から(c)のいずれかの酵素を過剰発現するよう形質転換された糸状菌を提供する。以下の(a)から(c)については上述したものと同様である。
(a)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列を含む酵素
(b)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列において1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加又は挿入されたアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
(c)配列番号1~11のいずれかに示すアミノ酸配列と60%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、且つグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドへの変換活性を有する酵素
【0053】
上記(c)の配列同一性は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上である。
【0054】
本発明は、以上の各実施態様に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれるものであることは言うまでもない。
【0055】
たとえば、
図1に示された実施形態においては、合成工程S2で、糸状菌の菌体内でガラクトシルセラミドを合成していたが、上記(a)から(c)のいずれかの酵素を、糸状菌から単離してin vitroでグルコシルセラミドと接触させ、ガラクトシルセラミドに変換させてもよい。
【0056】
また、
図1に示された実施形態にかかる製造方法は、形質転換工程S1を備えているが、形質転換工程S1に代えて、又は形質転換工程S1に加えて、糸状菌に紫外線を照射する工程を含んでいてもよい。糸状菌に紫外線を照射する工程は、合成工程S2に先立って行われる。
【0057】
本発明者は、糸状菌の一種であるAspergillus oryzaeのRIB40株に、紫外線を照射することで、ガラクトシルセラミド合成酵素の発現を上昇できることを発見し、野生株でもグルコシルセラミドからガラクトシルセラミドを大量生産できる可能性を見出した。なお、RIB40株は、配列番号1に示すアミノ酸配列のガラクトシルセラミド合成酵素をコードする遺伝子を有するが、当該遺伝子は通常発現していない。
【実施例0058】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0059】
[形質転換工程]
図2は、形質転換工程で用いられた1つ目のプラスミドの配列を示す模式図であり、
図3は、形質転換工程で用いられた2つ目のプラスミドの配列を示す模式図である。
【0060】
本実施例では、まず、配列番号16に塩基配列を示すプラスミド(
図2参照)又は配列番号17に塩基配列を示すプラスミド(
図3参照)をAspergillus oryzaeのRIB40株に導入し、形質転換した。
【0061】
Aspergillus oryzaeのATPスルフリラーゼには予め変異が加えられており、メチオニンを含有する培地でのみ生育可能な状態となっている。なお、本実施例の形質転換に用いたAspergillus oryzaeの親株は、NSlDN1(niaD+,sC-)であった。
【0062】
図2に示す1つ目のプラスミドには、上述のPtefと、ガラクトシルセラミド合成酵素をコードするgceA遺伝子(配列番号12参照)と、amyBのターミネーターであるTamyBと、選抜マーカーであるAosCの部分配列(sC)が含まれている。
【0063】
当該プラスミドが導入されたAspergillus oryzaeは、相同組換えによりAosCが正常に機能する配列となるため、メチオニンを含まない培地でも生存することが可能となる。
【0064】
図3に示す2つ目のプラスミドには、1つ目のプラスミドのPtefに代えて、上述のPpgkAが含まれている。
【0065】
以上の2種類のプラスミドのいずれかが導入されたAspergillus oryzaeに加えて、さらに、Aspergillus oryzaeのRIB40の野生株(WT)と、gceA遺伝子を含まず選抜マーカーであるsCを含むプラスミドを導入したコントロール(Ctr)の系を別途用意した。
【0066】
各系の遺伝子型を、以下の表1に示す。
【0067】
【0068】
表1において、NSlDN1(host)は、上記のgceA遺伝子を含む2種類のプラスミドを導入した対象(導入前)のホスト株である。
【0069】
[合成工程]
上記各系のAspergillus oryzaeを、CD培地で植え継いだ。
【0070】
CD培地は、0.3%NaNO3,0.2%KCl,0.1%KH2PO4,0.05%MgSO4・7H2O,0.002%FeSO4・7H2O,2%Glucoseを含有し、pH5.5であった。
【0071】
当該培地を収容したプレートで4日間にわたりAspergillus oryzaeを培養した。
【0072】
[抽出工程]
分生子が形成された上記のプレートに、10mLの滅菌済み0.01% Tween 20(Merck社製)を添加し、滅菌されたスプレッターで分生子を懸濁した。
【0073】
得られた懸濁液に対しMiracloth(Merck社製)を用いて菌体残渣を濾過し、15mLチューブに回収した後、2000rpmで5分間遠心分離した。
【0074】
遠心分離後、上清を捨てて5mLの滅菌水を加え、振動撹拌して分生子を懸濁した。その後、再び2000rpmで5分間遠心分離した。
【0075】
次いで、上清を捨て、滅菌水を加えて分生子を懸濁し、2mLチューブに移して4℃で保存した。
【0076】
その後、バッフル付き500mL三角フラスコに100mLのDPY液体培地を作製し、上記のようにして回収された分生子を105個植菌し、30℃、150rpmで3日間培養した。
【0077】
次いで、Miraclothで菌体を回収し、培地をよく絞った後、アルミホイルで包み、-80℃で冷凍して完全に凍らせた。こうして得られた菌体を20時間以上凍結乾燥させた。
【0078】
凍結乾燥後の菌体を乳棒で砕いた後、マルチビーズショッカー(登録商標、安井器械社製、2000rpm,10秒間)を用いて完全に粉末状にした。
【0079】
こうして粉末状にした乾燥菌体50mgを50mLディスポに入れた後、クロロホルム0.50mLとメタノール1.0mLを加え、振動撹拌によってよく懸濁した。
【0080】
次いで、上記のディスポに再度クロロホルム0.50mLを加え、振動撹拌することでよく懸濁した後、10分間の超音波処理を行った。
【0081】
その後、0.8M(mol/L)のKOH メタノール2mLを加え、42℃に設定した恒温槽で30分間インキュベートした。
【0082】
次いで、クロロホルム5mLと蒸留水2.25mLを加え、振動撹拌によってよく懸濁した。
【0083】
最後に、ディスポ立てを用いて37℃、16~18時間にわたりインキュベートし、糖脂質を抽出した。
【0084】
[TLC]
まず、上記のようにして抽出された糖脂質を含む3層の液体における下層のクロロホルム4mLを15mLディスポに回収した。
次いで、回収されたクロロホルム相から溶媒を蒸発させた後、残った溶質をクロロホルムとメタノールを2:1の割合で混合した有機溶媒200μLに溶解させた。
【0085】
その後、0.5%のホウ酸を含むクロロホルムとメタノールと蒸留水とを65:20:2の割合で混合した展開溶媒を調製し、展開槽(CAMAG)に加え、展開溶媒が展開槽の底から0.5cmの水深になるように調整した。
【0086】
次いで、展開槽中の展開溶媒の蒸気を均一に満たすため、適当な大きさのろ紙を展開槽中に立てかけ、30分以上蓋をして静置した。
【0087】
その後、上記の溶質を溶解させた溶液15μLを、Silica gel 60 TLC plate(Merck社製)に対し、底辺から1cmの位置に、3回に分けて滴下した。
【0088】
溶媒の高さが9.5cmに到達するまで展開した後、ドライヤーで乾燥させた。
【0089】
その後、0.2%オルシノールを含むメタノール:硫酸(=9:1)にプレートを浸した後、ドライヤーで乾燥させた。
【0090】
最後に、150℃のホットプレートでTLCプレートを焼いた。
【0091】
図4は、Aspergillus oryzaeの各系の株から得られた糖脂質のクロマトグラフである。
【0092】
図4に示すように、gceA遺伝子が導入されていない野生型株とコントロールの株では、グルコシルセラミドを示すバンドのみが見られた。
【0093】
これに対し、Ptef又はPpgkAのプライマー及びgceA遺伝子が導入された系では、グルコシルセラミドの存在を示すバンドが確認されず、ガラクトシルセラミドの存在を示すバンドが確認できた。
【0094】
以上の結果から、配列番号1に示すガラクトシルセラミド合成酵素を過剰発現させた株では、グルコシルセラミドがほぼすべてガラクトシルセラミドに変換されたことが明らかになった。
【0095】
[エンドガラクトシルセラミダーゼ(EGALC)処理]
まず、上述の処理により抽出された糖脂質を含む有機溶媒を、冷却遠心濃縮装置SpeedVac(登録商標、サーモ フィッシャー サイエンティフィック社製)に供し、有機溶媒を取り除いた。
【0096】
次いで、10μLの1%Triton(登録商標)X-100を加えて超音波破砕装置によりソニケーションし、溶解させた。なお、糖脂質は完全には溶解されなかった。
【0097】
その後、当該溶液4μLと、0.5Mの酢酸バッファー2μL(pH5.5、終濃度50mM)と、0.15mUのエンドガラクトシルセラミダーゼ(ガラクトシダーゼ)4μLと、水10μLとを混合して計20μLの溶液とし、37℃で72時間にわたり酵素反応させた。
【0098】
次いで、冷却遠心濃縮装置SpeedVacにより反応液を除去し、15μLのメタノールを加えて超音波破砕装置によりソニケーションし、溶解させた。
【0099】
当該溶液の全量をTLCプレートに滴下し、クロロホルムとメタノールと0.02%CaCl2とを2:3:1で混合した展開溶媒で展開し、最後にオルシノール硫酸を噴霧した。
【0100】
図5は、Aspergillus oryzaeから得られた糖脂質に対し、エンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた結果を示すクロマトグラムである。
【0101】
図5において、「GlcCer」は、市販のグルコシルセラミドに対しエンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた系であり、「GalCer」は、市販のガラクトシルセラミドに対しエンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた系である。
【0102】
また、「過剰発現株」は、プロモーターとしてPpgkAを含むプラスミドを導入したAspergillus oryzaeから上述の処理により抽出されたガラクトシルセラミドに対し、エンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた系である。
【0103】
また、「RIB936」は、Aspergillus oryzae種において、元々グルコシルセラミドに加えてガラクトシルセラミドも合成する株である。
【0104】
また、「WT」は、上述のように元々ガラクトシルセラミドを合成しないRIB40の株である。
【0105】
また、
図5において「-」はエンドガラクトシルセラミダーゼを反応させていないネガティブコントロールの系であり、「+」はエンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた系である。
【0106】
図5に示すように、まず、「GlcCer」では、エンドガラクトシルセラミダーゼの反応の有無に拘わらず、グルコシルセラミドを示す単一のバンドB1又はB2が確認された。
【0107】
「GalCer」に対しエンドガラクトシルセラミダーゼを反応させていない系では、ガラクトシルセラミドの存在を示すバンドB3が確認できたのに対し、エンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた系では、ガラクトシルセラミドから遊離したガラクトースの存在を示すバンドB4が確認できた。
【0108】
一方、過剰発現株から抽出された糖脂質に対し、エンドガラクトシルセラミダーゼを反応させていない系では、ガラクトースの存在を示すバンドが確認されず、エンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた系ではガラクトースの存在を示すバンドB5が確認できた。
【0109】
この結果から、ガラクトシルセラミド合成酵素(配列番号1参照)を過剰発現させた株では、ガラクトシルセラミドが合成されたことを改めて確認できた。
【0110】
また、元々グルコシルセラミドに加えてガラクトシルセラミドも合成するRIB936株から抽出された糖脂質に対し、エンドガラクトシルセラミダーゼを反応させていない系では、ガラクトースの存在を示すバンドが確認されなかった。
【0111】
これに対し、RIB936株から抽出された糖脂質にエンドガラクトシルセラミダーゼを反応させた系では、ガラクトースの存在を示すバンドB6が確認された。
【0112】
また、元々ガラクトシルセラミドを合成しない(ガラクトシルセラミド合成酵素を発現しない)RIB40株(WT)では、エンドガラクトシルセラミダーゼの反応の有無に拘わらず、ガラクトースの存在を示すバンドは確認されなかった。
【0113】
[RTPCRによるgceAの発現確認]
(RNA抽出)
バッフル付き500mL三角フラスコに100mLのDPY液体培地を作製し、プロモーターを異にする上記2種類のプラスミドを導入したAspergillus oryzaeの形質転換株から回収された分生子を105個植菌し、30℃、150rpmで3日間培養した。
【0114】
その後、Miraclothで菌体を回収し、培地をよく絞った後、スクリューキャップマイクロチューブ(SARSTEDT社製)に菌体を適量入れ、-80℃で完全に凍結させた。
【0115】
上記のマイクロチューブに冷やしたメタルコーンを入れ、マルチビーズショッカー(登録商標、安井器械社製、2000rpm,10秒間)を用いて破砕した。
【0116】
以後の操作では、QIAGEN社製のRNeasy(登録商標) Plant Mini Kit (50)を用い、方法はキットに添付のプロトコールに従った。
【0117】
(cDNA合成)
cDNA合成は、qPCR RT Master Mix(東洋紡社製)を用い、反応液の組成は添付のプロトコールに従った。
【0118】
(RTPCR)
KOD-Plus-Neo(東洋紡社製)を用いてRTPCRを行った。反応液の組成は添付のプロトコールに従い、合成したcDNAに蒸留水を加えて100ng/μLに調製した。
【0119】
本実施例で用いたRTPCR用のプライマーは表2の通りである。
【0120】
【0121】
RTPCRの結果、プロモーターを異にする上記2種類のプラスミドを導入したAspergillus oryzaeの形質転換株から、gceA遺伝子の発現が確認された。