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特開2025-3273絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025003273
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 3/08 20060101AFI20241226BHJP
   G01N 19/00 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
G01N3/08
G01N19/00 F
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023222872
(22)【出願日】2023-12-28
(31)【優先権主張番号】202310747168.8
(32)【優先日】2023-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】521017642
【氏名又は名称】山東大学
【氏名又は名称原語表記】SHANDONG UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】No.17923, Jingshi Road, Lixia District Jinan, Shandong 250061, China
(74)【代理人】
【識別番号】100177220
【弁理士】
【氏名又は名称】小木 智彦
(72)【発明者】
【氏名】王冠
(72)【発明者】
【氏名】李子豪
(72)【発明者】
【氏名】劉洪順
(72)【発明者】
【氏名】▲イエン▼闊
(72)【発明者】
【氏名】趙忠宇
(72)【発明者】
【氏名】▲トウ▼遠新
(72)【発明者】
【氏名】李清泉
【テーマコード(参考)】
2G061
【Fターム(参考)】
2G061AA01
2G061AB01
2G061BA01
2G061BA06
2G061CA20
2G061CB01
2G061EA03
2G061EA04
2G061EC09
(57)【要約】      (修正有)
【課題】絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法に関する。
【解決手段】交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを構築して、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルを準備し、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの重合度と引張強度試験を測定して、劣化後の機械的特性の変化規則を取得し、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの微視的な形態図とXRDスペクトルを観察し、セルロースの分子鎖アモルファスの単位セルを構築し、構造を最適化し、セルロースモデルを取得し、油紙混合モデルを構築し、セルロースモデルと油紙混合モデルに基づいて、異なる劣化状態の油紙サンプルに対して分子動力学シミュレーションを実行して、絶縁油紙の巨視的な機械的特性の劣化と微視的な物理・化学的特性の変化との間の関係を構築することを含み、絶縁紙の寿命予測にデータ基盤と理論的サポートを提供する。
【選択図】図19
【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを構築して、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルを準備するステップと、
異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの重合度と引張強度を測定して、劣化後の機械的性能の変化規則を取得し、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの微視的な形態図とXRDスペクトルを観察して、機械的性能の劣化原因を分析するステップと、
セルロースの分子鎖とアモルファスの単位セルを構築し、構造を最適化し、セルロースモデルを取得するステップと、
絶縁油が絶縁油紙に及ぼす影響を考慮して、油紙混合モデルを構築するステップと、
セルロースモデルと油紙混合モデルに基づいて、異なる劣化状態の油紙サンプルに対して分子動力学シミュレーションを実行して、絶縁油紙の巨視的な機械的性能の劣化と微視的な物理・化学的特性の変化との間の関係を構築するステップと、を含むことを特徴とする絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項2】
交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを構築することには、具体的に、
高温劣化ボックスを構築し、
絶縁油紙に一定振幅の振動を与えるために、高温劣化ボックスの台座に振動発生装置を設置し、
交流および直流回路を構築し、直流電圧と交流電圧はそれぞれ2つの変圧器によって供給され、直流電圧と交流電圧は劣化ボックスの頂部にある絶縁スリーブに共同で印加され、
前処理した絶縁油紙を異なる劣化タンクにそれぞれ入れて、劣化タンクを劣化ボックス内部に配置することが含まれることを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項3】
異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルを準備することには、具体的に、
実験温度として140℃、電界強度として5kV/mm、交流と直流の電圧比として1:1、機械的応力の振動周波数として100Hz、振動振幅として1mm、温度、電界、力学場という3つの外部要因中の異なる要因を組み合わせて、絶縁油紙サンプルに適用し、絶縁油紙サンプルに対して0~360時間の加速劣化試験を実施することが含まれることを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項4】
絶縁油紙サンプルの重合度を粘度試験法で測定し、セルロース重合度の累積損失率を一次反応速度方程式によりフィッティングし、異なる因子の影響下でのセルロースの累積損失率を求め、振動処理を施した絶縁油紙サンプルと振動処理を施していない絶縁油紙サンプルに対して引張強度試験を行い、2つの絶縁油紙サンプルの応力とひずみの関係曲線を描き、異なる要因の作用下での弾性率と引張強度を得ることを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項5】
交流電界と直流電界の付加は、重合度の低下に顕著な促進作用を発揮し、振動後の絶縁紙の重合度の低下は、交流電界と直流電界によって劣化した絶縁紙と比較してより顕著であり、即ち、振動が絶縁紙重合度の低下の促進に、より顕著な要因であり、振動後の絶縁紙の剛性係数が低下し、絶縁紙がより破損しやすくなり、即ち、振動によって絶縁紙の機械的特性が低下し、劣化の過程で分解が発生したり破損したりよりしやすくなり、最終的には絶縁構造が破壊されることを特徴とする請求項4に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項6】
劣化時間が長くなると、絶縁紙セルロースの劣化は徐々に激しくなり、その理由は、応力の作用下でセルロース鎖の間の分子力が弱まり、配列が緩み、セルロースの主鎖が伸びたり切れたりすることで、繊維の表面に空孔や亀裂が生じ、機械力の作用によってセルロースの結晶は結晶相の含有量が減少し、分子鎖の柔軟性が増してより変形しやすくなるからであることを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項7】
セルロビオース分子モデルを構築し、セルロビオース分子モデルを基本繰り返しユニットとして使用して、重合度10の2つのセルロース分子鎖を構築し、ACモジュールを使用して、密度1.5g/cmのアモルファスの単位セルを構築し、Forciteのモジュールを使用して、構造を最適化して、セルロースモデルを取得することを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項8】
絶縁油中のパラフィンC1838、シクロアルカンC1832および芳香族炭化水素C1818を選択し、分子数比1:8:1に従って油紙混合モデルを構築することを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項9】
異なる劣化状態サンプルに対して分子動力学シミュレーションを実行することは、具体的に、
平均二乗変位を導入して、粒子の拡散の程度を説明し、異なる劣化条件下でのセルロースの平均二乗変位の変化状況を計算し、異なる劣化条件下でのセルロースモデルの平均二乗変位に基づいて、セルロースモデルのガラス転移温度を取得し、
異なる劣化条件下でセルロースモデルに含まれる水素結合の数を計算し、異なる劣化条件下での水素結合数の変化をカウントし、
劣化後のセルロース・油紙混合モデルの弾性率マトリックスを計算し、セルロース分子の機械的弾性率を導出し、機械的弾性率の変化規則を解析することであることを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。
【請求項10】
機械力による劣化作用を受けた絶縁紙はガラス転移を起こしやすくなり、ガラス状態のセルロース鎖は変形しやすくなり、熱場は分子間の水素結合を破壊する可能性があり、電界の追加は劣化の後期段階で水素結合を破壊するが、力学場は水素結合の数にほとんど影響を与えず、機械力学場が加わったX方向に、機械力学場が加わっていない場合に比べてヤング率が増加し、X方向に垂直なY軸方向、Z軸方向に、ヤング率が減少することを特徴とする請求項1に記載の絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁油紙の劣化技術分野に属し、特に、絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この部分の記述は、本発明に関連する背景技術情報を提供するだけであり、必ずしも先行技術を構成するものではない。
【0003】
コンバータ変圧器の絶縁油紙は、動作中の湿気、酸素、高温、交流および直流電界、直流バイアス磁界によって引き起こされる機械振動により、必然的に劣化していく。微視的な構造の変化により、劣化した絶縁紙の電気的および機械的特性は大きな影響を受け、高電圧機器の絶縁体として機能し続けることができなくなる。絶縁紙の寿命と耐用時間に対する予測を実現し、送電網の安定した動作を確保するために、学者らは、重合度、周波数領域の誘電スペクトル、油中のフルフラール、新しい特性評価量など、絶縁紙の劣化の特性パラメータとして、絶縁紙の多くの物理的および化学的特性を提案してきた。中でも絶縁紙の機械的特性は測定が容易であり、絶縁紙の寿命をより正確に予測できる。しかし、コンバータ変圧器の動作中の作業条件は複雑であるため、その機械的性能のオンラインモニタリングや短期検査を実現することは困難である。従って、絶縁油紙の経時劣化と条件による機械的性能の変化の法則とメカニズムについて研究することは、コンバータ変圧器の安定性と安全性にとって大きな意義がある。
【0004】
コンバータ変圧器に使用されているセルロース絶縁紙は、α-セルロース、ヘミセルロース、リグニンを主成分とするA級硫酸塩木材パルプ紙であり、3つの質量分率はそれぞれ90%、6%~7%、および3%~4%であり、α-セルロースは結晶領域とアモルファス領域(非結晶領域)を形成しており、結晶領域は物理的・化学的性質が安定しており、結晶粒度分布が均一であり、多くのアモルファス領域があり、温度変化によりガラス転移を起こしやすい。セルロース絶縁紙の劣化は、主にセルロース主鎖の切断やずれ、セルロース鎖間の配向配列の破壊によって引き起こされる。コンバータ変圧器の動作中にセルロースの劣化や分解を引き起こす可能性のある主な要因には、水分、酸素、外部応力(電界、高温、機械的応力など)がある。水分や酸素は、セルロース高分子の官能基と直接反応し、それぞれ分解、水解及び酸化分解を引き起こし、外部応力は、セルロース分子の運動を強化し、セルロース分子の極性を変化させ、セルロース鎖を伸ばすなどの方法によってセルロースを分解させる。且つ外部応力という要素の作用は特に特殊であり、電気的応力、熱的応力、機械的応力という3種応力による絶縁紙への劣化は、「1+1」のオーバーレイではなく、相互に影響を与えたり、促進したり、抑制したりする関係がある。セルロースの微視的な構造が変化すると、巨視的な機械的特性や電気的特性などの物理的・化学的特性が低下するため、絶縁紙の機械的特性の変化する規則とメカニズムを観察することにより、絶縁紙の劣化の程度と寿命を予測することができる。
【0005】
セルロース絶縁紙の劣化に関する現在の研究には、主に、セルロースの分解速度と対応する製品に対する酸素、水分などの影響、油紙絶縁システムの寿命モデル、劣化後の絶縁紙の微視的な構造の変化、セルロース絶縁紙の改質、分子動力学を導入した絶縁紙のマルチフィールドの複合劣化シミュレーションなどが含まれる。上記の研究は、絶縁紙の性能劣化メカニズムを解明し、絶縁システムの寿命を予測することに重要な役割を果しているが、電界、熱場、および機械的応力学場の複合効果が絶縁紙の機械的性能劣化に及ぼす影響については、包括的に検討されていない。外部応力からの絶縁紙への劣化作用は、相互に影響するため、どちらか一方、あるいは両方の外部応力を単独で考慮した研究は、実際の結果から偏差することになる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法を提供し、まず絶縁紙の電気・熱・機械複合劣化試験のプラットフォームを設計し、次に試料に対して異なる条件下でマルチフィールドの複合劣化試験を実施し、さらに劣化後のサンプルに対して重合度と引張強度の試験を行い、試料の劣化後の機械的特性の変化規則を獲得し、次に、機械的特性の劣化の原因を、XRDスペクトルと微視的形態図と合わせて初歩的に分析した;絶縁紙の機械的特性がマルチフィールドの作用下で劣化する微視的なメカニズムを更に探求するために、マルチ物理フィールドの複合劣化下での絶縁紙に対して分子動力学シミュレーションを実行して、絶縁紙の巨視的な機械的特性の劣化と微視的な物理・化学的特性の変化間の関係を構築し、絶縁紙の寿命予測にデータ基盤と理論的サポートを提供して従来技術に存在する問題を解決することを目的とする。
【0007】
上記の技術的問題を解決するために、本発明は以下の技術的解決策を通じて実現される:
本発明は、
交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを構築して、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルを準備するステップと、
異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの重合度と引張強度を測定して、劣化後の機械的性能の変化規則を取得し、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの微視的な形態図とXRDスペクトルを観察して、機械的性能の劣化原因を分析するステップと、
セルロースの分子鎖とアモルファスの単位セルを構築し、構造を最適化し、セルロースモデルを取得するステップと、
絶縁油が絶縁油紙に及ぼす影響を考慮して、油紙混合モデルを構築するステップと、
セルロースモデルと油紙混合モデルに基づいて、異なる劣化状態の油紙サンプルに対して分子動力学シミュレーションを実行して、絶縁油紙の巨視的な機械的性能の劣化と微視的な物理・化学的特性の変化との間の関係を構築するステップと、
を含む絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法である。
【0008】
交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを構築することには、具体的に、
高温劣化ボックスを構築し、
絶縁油紙に一定振幅の振動を与えるために、高温劣化ボックスの台座に振動発生装置を設置し、
交流および直流回路を構築し、直流電圧と交流電圧はそれぞれ2つの変圧器によって供給され、直流電圧と交流電圧は劣化ボックスの頂部にある絶縁スリーブに共同で印加され、
前処理した絶縁油紙を異なる劣化タンクにそれぞれ入れて、劣化タンクを劣化ボックス内部に配置することが含まれる。
【0009】
異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルを準備することには、具体的に、
実験温度として140℃、電界強度として5kV/mm、交流と直流の電圧比として1:1、機械的応力の振動周波数として100Hz、振動振幅として1mm、温度、電界、力学場という3つの外部要因中の異なる要因を組み合わせて、絶縁油紙サンプルに適用し、絶縁油紙サンプルに対して0~360時間の加速劣化試験を実施することが含まれる。
【0010】
絶縁油紙サンプルの重合度を粘度試験法で測定し、セルロース重合度の累積損失率を一次反応速度方程式によりフィッティングし、異なる因子の影響下でのセルロースの累積損失率を求め、振動処理を施した絶縁油紙サンプルと振動処理を施していない絶縁油紙サンプルに対して引張強度試験を行い、2つの絶縁油紙サンプルの応力とひずみの関係曲線を描き、異なる要因の作用下での弾性率と引張強度を得る。
【0011】
交流電界と直流電界の付加は、重合度の低下に顕著な促進作用を発揮、振動後の絶縁紙の重合度の低下は、交流電界と直流電界によって劣化した絶縁紙と比較してより顕著であり、即ち、振動が絶縁紙重合度の低下の促進に、より顕著な要因であり、振動後の絶縁紙の剛性係数が低下し、絶縁紙がより破損しやすくなり、即ち、振動によって絶縁紙の機械的特性が低下し、劣化の過程で分解が発生したり破損したりよりしやすくなり、最終的には絶縁構造が破壊される。
【0012】
劣化時間が長くなると、絶縁紙セルロースの劣化は徐々に激しくなり、その理由は、応力の作用下でセルロース鎖の間の分子力が弱まり、配列が緩み、セルロースの主鎖が伸びたり切れたりすることで、繊維の表面に空孔や亀裂が生じ、機械力の作用によってセルロースの結晶は結晶相の含有量が減少し、分子鎖の柔軟性が増してより変形しやすくなるからである。
【0013】
セルロビオース分子モデルを構築し、セルロビオース分子モデルを基本繰り返しユニットとして使用して、重合度10の2つのセルロース分子鎖を構築し、ACモジュールを使用して、密度1.5g/cmのアモルファスの単位セルを構築し、Forciteのモジュールを使用して、構造を最適化して、セルロースモデルを取得する。
【0014】
絶縁油中のパラフィンC1838、シクロアルカンC1832および芳香族炭化水素C1818を選択し、分子数比1:8:1に従って油紙混合モデルを構築する。
【0015】
異なる劣化状態サンプルに対して分子動力学シミュレーションを実行することは、具体的に、
平均二乗変位を導入して、粒子の拡散の程度を説明し、異なる劣化条件下でのセルロースの平均二乗変位の変化状況を計算し、異なる劣化条件下でのセルロースモデルの平均二乗変位に基づいて、セルロースモデルのガラス転移温度を取得し、
異なる劣化条件下でセルロースモデルに含まれる水素結合の数を計算し、異なる劣化条件下での水素結合数の変化をカウントし、
劣化後のセルロース・油紙混合モデルの弾性率マトリックスを計算し、セルロース分子の機械的弾性率を導出し、機械的弾性率の変化規則を解析することである。
【0016】
機械力による劣化作用を受けた絶縁紙はガラス転移を起こしやすくなり、ガラス状態のセルロース鎖は変形しやすくなり、熱場は分子間の水素結合を破壊する可能性があり、電界の追加は劣化の後期段階で水素結合を破壊するが、力学場は水素結合の数にほとんど影響を与えず、機械力学場が加わったX方向に、機械力学場が加わっていない場合に比べてヤング率が増加し、X方向に垂直なY軸方向、Z軸方向にヤング率が減少する。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法を提供し、コンバータ変圧器絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化条件下での機械的特性を研究するために、以下のマルチ物理フィールド結合の絶縁油紙劣化実験と、分子動力学に基づいた絶縁油紙劣化シミュレーションを実行した。まず、本発明は、劣化後のサンプルの重合度および引張強度を通じて、サンプルの巨視的な機械的特性の劣化状況を分析し、次に、X線回折分光法とSEM走査電子顕微鏡法を使用して、サンプルの機械的特性の劣化の微視的なメカニズムを初歩に分析し、最後に、分子動力学シミュレーションによって得られた絶縁紙セルロースの平均二乗変位、相互作用エネルギー、機械弾性率などの指標と組み合わせることで、絶縁紙の電気・熱・機械複合劣化条件下での機械的特性の劣化メカニズムが明らかにし、絶縁紙の巨視的な機械的特性と微視的な物理・化学的特性の変化の間の関係を構築し、絶縁紙の寿命予測にデータ基盤と理論的サポートを提供し、同時に、変圧器の油紙絶縁の劣化のメカニズムを原子レベルで研究することに効果的な方法を提供した。
【0018】
もちろん、本発明を実施するいずれかの製品は、必ずしも上記の利点をすべて同時に達成する必要はない。
【図面の簡単な説明】
【0019】
本発明の実施例の技術的解決策をより明確に説明するために、実施例を説明するために必要な図面を以下に簡単に紹介する。明らかに、以下の説明における図面は本発明の一部の実施例にすぎず、当業者であれば創造的な努力をすることなくこれらの図面に基づいて他の図面を得ることができる。
図1a】本発明の劣化実験プラットフォームの全体構造の概略図である。
図1b】本発明の劣化実験プラットフォームにおけるACおよびDC回路図である。
図2】本発明のセルロース鎖構造の概略図である。
図3】本発明のセルロースモデルの構築プロセスの概略図である。
図4a】は、本発明のパラフィンC1838分子モデル構造の概略図である。
図4b】本発明のシクロアルカンC1832分子モデル構造の概略図である。
図4c】本発明の芳香族炭化水素C1818分子モデル構造の概略図である。
図5】本発明の油紙混合シミュレーションモデル構造の概略図である。
図6】本発明の異なる劣化条件下での重合度の経時変化を示す概略図である。
図7】本発明の累積損失率の経時変化のフィッティング曲線の概略図である。
図8】本発明の絶縁紙の受けた引張力とひずみとの関係を示す図である。
図9】本発明の微視的な形態の概略図である。
図10a】本発明の5日間劣化後の回折強度変化を示す概略図である。
図10b】本発明の10日間劣化後の回折強度変化を示す概略図である。
図10c】本発明の15日間劣化後の回折強度変化を示す概略図である。
図11】本発明のT+E条件下でのMSDの経時変化の概略図である。
図12】本発明のT+E+M条件下でのMSDの経時変化の概略図である。
図13】本発明高分子の凝縮状態の温度による変化の構造概略図である。
図14】本発明のセルロースのMSDの温度による変化の概略図である。
図15】本発明のセルロースモデル内の水素結合の概略図である。
図16】本発明のセルロースモデル内の水素結合量の変化を示す図である。
図17a】本発明の400Kの温度における水素結合の長さの変化を示す図。
図17b】本発明の600Kの温度における水素結合の長さの変化を示す図。
図17c】本発明の800Kの温度における水素結合の長さの変化を示す図。
図18a】本発明の温度によるX方向のヤング率の変化の概略図。
図18b】本発明の温度によるY方向のヤング率の変化の概略図。
図18c】本発明の温度によるZ方向のヤング率の変化の概略図。
図19】本発明の試験方法のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施例における技術的解決策は、本発明の実施形態の図面を参照して以下に明確且つ完全に説明されるが、明らかに、説明される実施例は本発明の実施例の一部にすぎず、すべての実施例ではない。本発明の実施例に基づいて、創造的な努力をすることなく当業者によって得られる他のすべての実施例は、本発明の保護の範囲内に含まれる。
【0021】
実施例一
図1図19を参照すると、本発明は、絶縁油紙の電気・熱・機械複合劣化の機械的特性の試験方法であり、
交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを構築して、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルを準備するステップと、
異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの重合度と引張強度を測定して、劣化後の機械的性能の変化規則を取得し、異なる劣化状態の絶縁油紙サンプルの微視的な形態図とXRDスペクトルを観察して、機械的性能の劣化原因を分析するステップと、
セルロースの分子鎖とアモルファスの単位セルを構築し、構造を最適化し、セルロースモデルを取得するステップと、
絶縁油が絶縁油紙に及ぼす影響を考慮して、油紙混合モデルを構築するステップと、
セルロースモデルと油紙混合モデルに基づいて、異なる劣化状態の油紙サンプルに対して分子動力学シミュレーションを実行して、絶縁油紙の巨視的な機械的特性の劣化と微視的な物理・化学的特性の変化との間の関係を構築するステップと、を含む。
【0022】
(一)劣化プラットフォームとシミュレーションモデル
(1)交流および直流の電界下での熱劣化プラットフォームの構築
交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを構築することには、具体的に、
高温劣化ボックスを構築し、
絶縁油紙に一定振幅の振動を与えるために、高温劣化ボックスの台座に振動発生装置を設置し、
交流および直流回路を構築し、直流電圧と交流電圧はそれぞれ2つの変圧器によって供給され、直流電圧と交流電圧は劣化ボックスの頂部にある絶縁スリーブに共同で印加され、
前処理した絶縁油紙を異なる劣化タンクにそれぞれ入れて、劣化タンクを劣化ボックス内部に配置することが含まれる。
【0023】
コンバータ変圧器内部の交流と直流が複合した電圧と高温及び機械的応力が油浸透絶縁紙の劣化に及ぼす影響を研究するために、交流及び直流・熱・機械応力結合劣化実験プラットフォームを設計し、当該実験プラットフォームは、図1に示すように、高温劣化ボックスと、外部に接続された交流回路及び直流回路と、振動発生装置で構成される。
【0024】
図1に示す劣化回路では、直流電圧と交流電圧は、それぞれ2つの変圧器によって供給され、劣化ボックスの頂部にある絶縁スリーブに一緒に印加され、絶縁破壊を防ぐために、実際に印加される電圧値は分圧器とオシロスコープで監視される。前処理した絶縁油紙を異なる劣化タンクにそれぞれ入れて、劣化タンクを劣化ボックス内部に配置する。試験を行う際には、高圧側と接地端は劣化ボックスの頂部スリーブと右側スリーブにそれぞれ接続される。一定振幅の振動を与えるために、劣化ボックスの台座に振動発生装置が設置されて、コンバータ変圧器の実動作条件における直流バイアス磁界によるコア振動をシミュレーションする。
【0025】
本発明では、実験温度として140℃が選択され、サンプルについてそれぞれ0~360時間の加速劣化試験を行った。これにより、経験規則から、劣化温度が140℃の場合、動作温度が80℃の場合に比べて、劣化速度が1024倍加速し、360時間は実際の劣化の状況として約40年に相当することが推測できる。電界強度の選定については、実際の±800kVコンバータ変圧器の動作では、絶縁油紙の電界強度が0.3~2.8kV/mmの間であることを考慮し、劣化影響を加速させるために、本発明では、電界強度を5kV/mmとし、交流電圧と直流電圧の比は1:1とした。変圧器の巻線振動は主に基本周波数100Hzに集中するため、本発明では機械的応力の周波数として100Hzを選択した。振動振幅は1mmとした。
【0026】
(2)シミュレーションモデルの構築
コンバータ変圧器の絶縁紙の主成分は、(1-4)-β-グリコシド結合で結ばれた多数のβ-D-グルコピラノシル基からなるセルロース分子であり、その基本繰り返しユニットは化学分子式(C10(nは重合度)のセルロース二糖である。化学結合の内部回転効果と水素結合の存在により、セルロース鎖はコンフォメーションを図2に示すHの結合角と面を持つチェアコンフォメーションを形成した。
【0027】
研究によると、異なるセルロース鎖の重合度の大きさは、分子動力学シミュレーションにおける分子コンフォメーションや物理・化学的特性に明らかな差異がないことが示され、且つ多くの文献では、重合度10のセルロース鎖を構築して、その物理・化学的特性、絶縁性能及び機械的性能を研究した結果、いずれも実際のデータに見合った結果が得られた。本発明は、マルチフィールドの複合劣化でのセルロース鎖の機械的性能を研究するために、重合度10のセルロース鎖を構築した。複数の分子鎖間の相互作用を考慮して、本発明では、各単位セル内に2本の分子鎖を充填し、平均密度を1.5g/cmと設定した。本発明は、セルロビオース分子モデルを構築し、基本繰り返しユニットとして使用して、重合度10の2つのセルロース分子鎖を構築し、最後に、ACモジュールを使用して密度1.5g/cmのアモルファス単位セルを構築し、Forciteモジュールを使用して構造を最適化し、その構築プロセス及びモデルを図3に示した。
【0028】
実際の作業では、コンバータ変圧器の絶縁紙を高温の絶縁油に長時間浸漬するが、絶縁油中の有機化合物や微量水分が非常に拡散しやすく、絶縁紙のセルロースと安定した複合材料を形成する。したがって、絶縁紙の物理・化学的特性および機械的性能に対する絶縁油の影響を考慮して、本発明は油紙混合モデルをさらに構築した。現在、コンバータ変圧器に使用されている絶縁油のほとんどは炭化水素から構成される鉱物油であるが、精製工程が複雑なため、鉱物油に含まれる各種の複雑な炭化水素物質をすべて測定することは難しい。したがって、本発明は、最も代表的なパラフィンC1838、シクロアルカンC1832および芳香族炭化水素C1818を選択し、その分子数比率は1:8:1であり、そのモデルを図4に示し、その質量分率を表に示し、アモルファスセル(Amorphous Cell)モジュールを使用して、辺長が立方体の単位セルを構築し、その中に絶縁油分子とセルロース分子を充填し、その密度が1.5g/cmであり、そのモデル図を図5に示した。
【0029】
モデルのホール分布を実際の材料に近づけ、システムのローカルミニマム間のポテンシャルウェルを克服するために、アニール(Anneal)モジュールを用いてモデルにエネルギー緩和を行い、システムの初期エネルギーは繰り返しアニール後に最低値に達し、アニール後のモデルはセルロース分子の実際のチェアコンフォメーションにより一致した。
【0030】
本発明は、3つの外部要因である温度、電界および力学場が、絶縁紙に適用された場合の機械的特性に及ぼす影響について研究を行った。全過程のシミュレーション計算と解析にForciteモジュールとNPTアンサンブルを使用し、280Kから680Kの温度範囲で50Kごとに300psずつ分子動力学計算を行い、ここで、最初の160psは体系の平衡に使用し、最後の100psはデータ解析に使用し、最後の100psは、計算解析のために1psごとに分子動力学軌跡を収集するように設定した。電界強度は劣化の加速効果を考慮して0.01V/A、即ち100kV/mmに設定された。すべてのシミュレーションプロセスでは、アップグレードされたCOMPASII力学場を使用し、Andersen法とBerendsen法を使用して、それぞれ温度と圧力を制御し、シミュレーション時の圧力は0.5GPaであり、積分アルゴリズムはVelocity Verltであり、静電相互作用はEwardであり、ファンデルワールス相互作用はAtom basedであり、すべてのシミュレーションは、MS8.0のForciteモジュールによって完成した。シミュレーション計算が完成後、Analysisモジュールを使用して分析を行い、一部のデータはエクスポートされて別途で処理した。
【0031】
(二)油紙絶縁劣化の物理・化学的特性
(1)重合度
絶縁紙の重合度は、その劣化の程度を特徴付ける基本的なパラメータであり、絶縁紙の機械的強度を直感的に反映できる。本実験では、粘度試験法を使用して絶縁紙の重合度を測定し、60時間、116時間、180時間、240時間、300時間、および360時間の熱・電気・機械複合劣化の絶縁紙の重合度を記録して、各劣化条件における重合度の経時変化を得て、図6に示した。
【0032】
図6から分かるように、劣化前のすべての絶縁紙の重合度は約1160である。劣化時間の増加につれて、すべてのサンプルの重合度は大幅に低下し、最終的には500未満になり、劣化が中後期段階に入ったことを示した。交流電界および直流電界の付加は絶縁紙の重合度の低下に顕著な促進作用を発揮し、振動後の絶縁紙の重合度の低下は、交流電界および直流電界によって劣化した絶縁紙と比較して顕著であり、即ち、振動は絶縁紙の重合度の低下の促進に、より顕著な要因である。
【0033】
絶縁紙が劣化する主な原因は、温度、電界、機械的応力、水分などの要因の影響下で、絶縁紙を構成するセルロース鎖の化学結合が切れたり、ずれたり或は水素結合とファンデルワールス力が破壊されて、巨視的な機械的特性上の重合度や引張強度などのパラメータの低下として表現される。したがって、一次反応速度式を用いて、セルロースの重合度の累積損失率をフィッティングさせることができる。
【0034】
【数1】
【0035】
式中、ωDPは重合度の累積損失率(ωDP=0の場合、DP=DPは絶縁紙が分解されていないことを示し、ωDP=1の場合、DP=0は絶縁紙が完全に分解されたことを意味し);ω DPはωDPの最大値であり、絶縁紙の分解が完了したときのセルロースの重合度の減少率を示し、kDPは、累積損失率の変化率を表す。
【0036】
セルロース重合度の累積損失率のフィッティングカーブを図7に示し、そのパラメータと適合度Rを表1に示した。
【0037】
表1セルロース重合度の累積損失率のフィッティングパラメータ
【表1】
【0038】
図7と表1からわかるように、熱・電気・機械劣化および熱・電気劣化における絶縁紙セルロースの累積損失率は上昇傾向を示し、累積損失率は熱・電気・機械的劣化下でより速く増加し、その割合は、kDPは0.01418から0.05996に増加した。これは、応力が加わることで絶縁紙の劣化が促進されることを示している。その理由としては、振動によりセルロース鎖の配列の緩みが促進され、鎖の切れやずれが起こり、セルロースの重合度が低下すると推測される。
【0039】
(2)引張強度
絶縁紙に対する振動の影響をさらに研究するために、振動処理を施したされた絶縁紙と振動処理を施していない絶縁紙に対して引張強度試験を行い、2種類の絶縁紙の応力とひずみの関係曲線を図8に示した。表2に示すように、応力とひずみの関係にしたがって、TEおよびTEMの作用下での絶縁紙の弾性率と引張強度を取得することができる。
【0040】
表2劣化後の絶縁紙の力学的性能表
【表2】
【0041】
図8を観察すると、2つの曲線は変化が同様の傾向を示し、主に3つの段階に分かれていることがわかる。
第一段階:変位量は引張力と比例し、このときの変位量に対する引張力の比が材料の剛性係数である。振動を施した絶縁紙の剛性係数は、振動を施していない絶縁紙の剛性係数に比べて大幅に低くなり、即ち、絶縁紙は振動により、より変形しやすくなっている。
【0042】
第2段階:変位は引張力に比例しなくなり、変曲点を経ると変位は急激に増加し、引張力は基本的に変化せず、この変曲点が材料の降伏点であり、この現象を材料の降伏現象と称する。振動後の絶縁紙は剛性係数の低下により、より変形しやすくなるため、降伏点は振動を施していない絶縁紙よりもわずかに遅れ、即ち、振動により絶縁紙の延性が向上される。
【0043】
第三段階:変位と引張力は比例関係に戻り、変位が一定の限界を超えると、引張力は急激に0までに減少して、この時点で材料は破断し、振動を施した絶縁紙が破断する引張力は300Nであり、振動を施していない絶縁紙が破断する引張力は410Nであり、絶縁紙の破断点が振動により前にもって発生するようになることが示された。
【0044】
上記を総合的に分析すると、振動を施した絶縁紙は、剛性係数が低下するため、絶縁紙の抗変形能力が低くなり、材料の延性が強くなるため、より高い降伏点を有する。
【0045】
しかし、振動が絶縁紙に与える破壊作用により、破断点が前にもって発生するようになり、絶縁紙は破断がより発生しやすくなる。即ち、振動によって絶縁紙の機械的特性が低下し、劣化の過程で分解や破断が生じる可能性が高まり、最終的には絶縁構造が破壊される。
【0046】
(3)微視的な形態
熱・電気・機械複合劣化を経た絶縁紙をSEM走査型電子顕微鏡で観察した結果、図9が得られ、絶縁紙の劣化状況は通常、微視的な形態図におけるセルロースの配列状況、表面の平滑度、平均幅及び破断状況によって確認できる。図9からわかるように、未劣化の絶縁紙のSEM絶縁紙は、表面が平滑で、繊維が緻密に配列し、繊維間の接続が緊密であり、繊維の平均幅は約180μmであり、明らかな分岐、空孔、切れ目がない。図9からわかるように、120時間の劣化後、絶縁紙の繊維幅は約110μmと大幅に狭くなり、同時にセルロース表面に若干のシワや空孔が発生した。劣化時間が240時間に達すると、図9からわかるように、繊維配列がまばらになり、その平均幅は約60μm/ストリップに減少し、最も細いセルロースの幅はわずか40μmになり、繊維間の接続が緩くなり、接続部分の空孔が大幅に増加し、表面の突起やシワがより顕著になった。360時間の劣化後、図9からわかるように、繊維の配列はより緩くなり、幅は大幅に狭くなり、平均はわずか約50μmになり、前に比べて空孔の数が大幅に増加し、繊維上の複数の亀裂が視覚的に観察できた。以上をまとめると、劣化時間が経つにつれて、絶縁紙セルロースの劣化は徐々に進行し、その原因は、セルロース鎖間の分子の作用力が応力下で弱くなり、その配列が緩み、セルロースの主鎖に伸張と破断が起こることで、繊維表面に空孔や亀裂が生じるからである。これも、上述した絶縁紙の劣化後の重合度や引張強度低下の原因を、微視的な構造の観点からある程度で裏付けている。
【0047】
(4)X線回折スペクトル
セルロースからなる高分子にはアモルファス領域と結晶領域が存在するが、本発明では主にセルロースの結晶質領域の結晶構造及び結晶質領域と非晶質領域との間の変換をX線回折分析により解析する。XRD図の回折強度は、物の相の自体の回折能力の強さと、混合物における割合を反映し、回折ピークの位置は結晶の種類に関係し回折面の間隔を表し、半値幅と形態は結晶サイズとひずみの関数である。異なる劣化条件下でのサンプルのXRD分析結果を図10に示す。
【0048】
セルロース重合体の回折ピークは2θ=18.5°付近と2θ=16°付近に現れ、それぞれが結晶領域を表す回折ピークとアモルファス領域を表す「バルジピーク」である。図10から、劣化時間の増加とともに2つの回折ピークの高さが減少し、且つ熱・電気・機械劣化条件下では減少がさらに大きくなることがわかる。
【0049】
XRDスペクトルの各性能パラメータの計算し、表2に示す。表2において、Iamはアモルファス領域の回折ピーク強度(2θ=16°付近の回折強度、θはブラッグ角)であり、I002は結晶領域の回折ピーク強度(2θ=18.5°付近の回折強度)である。
【0050】
表から、熱・電気及び熱・電気・機械の劣化条件下では、IamとI002の両方が劣化時間の延長とともに単調減少することがわかる。異なる劣化時間と条件下では、すべての回折ピークの位置は約18.5°と16°であり、明らかな変化はなく、絶縁紙の結晶タイプが劣化の前後で変化していないことを示した。劣化時間の増加とともに回折強度は減少し、これは劣化時間の増加とともにセルロース結晶領域の結晶相含有量が減少し、且つTEMでの回折ピーク強度がTEでの回折ピーク強度よりも低くなっていることを示している。これは、機械力の作用によりセルロース結晶の結晶相含有量が減少することを示した。
【0051】
同じ劣化条件下では、半値幅FwHM002は劣化時間とともに単調増加した。その理由は、劣化時間の延長によってセルロースの格子歪みと結晶ブロックの微細化が進み、その結果、逆格子空間での選択的な反射領域が増加し、回折ピークが広くになったためと考えられる。
【0052】
表2中の相対結晶化度CrIは、結晶領域とアモルファス領域(非晶質領域)とを有するセルロースミクロフィブリルにおいて、セルロースミクロフィブリル全体に占める結晶領域の割合を示し、結晶子サイズDは結晶粒の大きさを示す。それらは、それぞれシーガル(Segal)公式とシェラー(Scherrer)公式に従って求められる。
【0053】
【数2】
【0054】
ここで、Dは結晶粒の結晶面に垂直な方向の平均厚さ(Å)であり、Kはシェラー(Scherrer)定数であり、Bは回折ピークの半値幅であるため、K=0.89であり、θはブラッグ回折角であり、γはX線の波長で、通常は1.54056Åである。
【0055】
房状ミセル構造理論によると、セルロースの結晶構造は、規則的に配列された結晶ミセルセルと、単位セルから伸びる房状ウィスカーから構成される。高度に結晶化した秩序のある領域から完全にアモルファスの無秩序領域までが連続的な遷移であるため、明確な境界はない。これにより、セルロースの結晶領域とアモルファス領域が相互に変換され、劣化時間経過とともに結晶化度が増加したり、減少したりして、機械力は結晶粒の微細化を促進したが、セルロースは同じ劣化日数のTE条件下で結晶化度が、TEM下での結晶化度よりも大幅に高く、これは、機械的応力を加えた絶縁紙板の結晶領域の一部がアモルファス領域に変化していることを示している。これにより分子鎖の柔軟性が増し、変形しやすくなる。
【0056】
表3XRD各パラメータ
【表3】
【0057】
(三)油紙の絶縁の劣化に関する分子動力学研究
(1)平均二乗変位
絶縁紙の性能劣化はセルロースの分子運動と密接な関係があり、マルチ物理フィールドの結合劣化が絶縁紙の分子運動に及ぼす影響を研究するために、本発明は平均二乗変位を導入して粒子拡散の程度を説明する。平均二乗変位(MSD)は、経時的に移動した後の粒子の位置の基準位置に対する偏差を示す指標であり、その定義式は次のとおりである。
【0058】
【数3】
【0059】
Nは計算された原子の総数を表し、
は原子の位置ベクトルを表し、tは現在の瞬間を表す。
【0060】
システムのMSD値が大きいほど、システム内の原子の運動が激しくなり、即ち、モデルの安定性が悪くなる。外部条件の変化がセルロース分子運動の程度に及ぼす影響を調べるために、本発明では、複数条件下でのセルロースのMSDの変化状況を計算し、図11図12に示す。
図11図12からわかるように、2つの条件では、MSDはいずれも温度の上昇とともに増加し、これは、温度場がセルロース分子の運動を強化することを示し、これは分子の熱運動の定理と一致している。300Kから500Kの間の温度場を適用した場合、セルロースのMSD値の変化は明らかではなく、変動範囲は16Åを超えなかった。温度が600Kを超えると、MSDは時間の経過とともに大幅に増加し始め、その変動範囲は最大36Åおよび80Åに達することができる。これは、500Kから600Kの間でセルロース分子が何らかの状態遷移を起こした可能性が高く、その分子間作用力が弱くなり、重合体の縮合構造が変化し、分子鎖間の相対変位が起こりやすくなることを示している。また、温度が300Kから500Kの間の場合、機械力を加える前後でセルロース分子のMSDに大きな差はないが、温度が600Kから800Kの場合、機械場を加えた後のセルロース分子のMSDは、機械場を加えない場合のMSDの2倍に達することがあり、これは、温度が上昇すると、分子鎖の運動に対する機械力の影響が強まることを示している。その理由を分析すると、温度上昇により高分子が膨張し、セグメントが移動できる自由体積が増加し、分子鎖の運動に対する機械力の影響も増大するためと考えられる。
【0061】
ガラス転移温度(T)とは、高分子がガラス状態から高弾性状態に変化する温度のことで、高弾性状態では分子はより強い運動の能力を有する。ガラス転移温度は分子鎖の運動によって生じるため、分子鎖の運動変化を調べることでセルロース絶縁紙のガラス転移温度を決定できる。各劣化条件における10psでのセルロースモデルのMSD値を当該温度での代表値として取り、散布図を作成した。散布図をフィッティングすることにより2つのフィッティング曲線が得られ、それらの交点に対応する横軸の点はガラス転移温度である。高分子の状態は温度の変化とともに変化し、その過程を図に示した。
【0062】
図13から、T+Eの作用下でのガラス転移温度は519.32Kであり、T+E+Mの作用下でのガラス転移温度は516.86Kであることが分かる。機械力によりセルロースのガラス転移温度が低下した。このことは、機械力の劣化作用を受けた絶縁紙はよりガラス転移しやすく、ガラス状態のセルロース鎖はより変形しやすいことを示す。ガラス転移温度は主にセルロース鎖セグメントの柔軟性に関係し、鎖セグメントが柔らかいほどガラス転移温度は低くなりる。これは、機械力によってセルロースの分子鎖の柔軟性が増し、絶縁紙がより変形しやすくなることを示す。
【0063】
(2)水素結合
セルロース内の多数のヒドロキシル基とグリコシド結合は、水素原子と相互作用して水素結合を形成するのに十分な酸素原子を提供した。セルロースの水素結合は分子間および分子内に存在し、その結合エネルギーは約12~40kcal/molであり、結合長は約0.24~0.32nmで、配向性、飽和性、相加性を有する。水素結合は各粒子に一定の拘束効果をもたらし、粒子の運動や化学結合の切断を阻害できる。ただし、水素結合の総数は限られ、粒子を拘束するその能力は結合エネルギーの合計に等しいため、水素結合エネルギーと水素結合の数および長さの間には強い相関関係がある。セルロースモデル内の水素結合は図18に示すとおりである。
【0064】
セルロースモデルに対して、熱場、電気・熱結合、および電気・熱・結合の影響下での分子動力学シミュレーション計算を完了した後、最後の100psの軌道ファイルを取得し、スクリプトを使用して各トレイルファイル内のセルロースモデルに含まれる水素結合の数を計算した。誤差を小さくするため、100個のトレイルファイル内の水素結合数の平均を取り、異なる条件下での水素結合数の変化を統計して取得し、図15に示すとおりである。
図15から、温度が高くなるほど水素結合の数が減少し、電界の追加により分子間の水素結合の数が減少し、力場は水素結合にほとんど影響を与えないことが分かる。温度が上昇するにつれて水素結合の数は減少し続け、これは、温度が高く、劣化時間が長いほど、絶縁紙内部の分子間の水素結合の結合エネルギーが低下し、分子間の結合が悪くなり、分子の運動が激しくなることがわかる。これは、絶縁紙の分解生成物が劣化時間とともに増加し、重合度が劣化時間とともに低下することを示す実験結果と一致し、熱力場が水素結合を破壊し、絶縁紙の劣化を引き起こす可能性があることを示している。
【0065】
力場効果を加えた後の水素結合は、力場を加えない場合と大きく変化していないことから、水素結合に対する力場の効果は大きくないことがわかる。電界を加えた後の水素結合量の変化を300Kから480Kの間で比較すると、セルロース内の水素結合量は、電界を加えない場合よりも加えた場合の方が高いが、その差は大きくない。後期の500K以降、電界の作用下ではセルロースモデルの水素結合量は急激に低下し、電界を加えない通常の状態よりもさらに低くなる。このことから、劣化の初期段階では、セルロース分子間距離が比較的近く、劣化は深刻な影響を与えていないが、この時、分子間作用力は強いので、電界は明らかな役割を果たしていないことが推測される。劣化が進むと分子間の結合度が減少し、このとき電界力の影響が顕著になり、水素結合の数も減少する。これは、電熱結合劣化が単なる1+1の累積劣化ではなく、複雑に複合したメカニズムが含まれるため、劣化効果が激しくなることを引き起こす可能性もある。
【0066】
図15からわかるように、温度が上昇するにつれて水素結合の長さも長くなり、300Kから800Kまでは2.0Åを超える長さの水素結合の割合が徐々に増加する。これは、TEMの作用下では、温度が上昇しても、比較的長い水素結合の割合が増加することを示している。水素結合の結合エネルギーはその長さに反比例し、長さが長くなるほど結合エネルギーは弱くなる。これは、熱場の強度が増加すると、セルロース間の水素結合の結合エネルギーが弱まり、切断されやすくなることを示している。
【0067】
水素結合の数の変化は、高分子の機械的性能に影響を与えることができる。セルロースの水素結合が減少すると、セルロース分子間の作用力が弱くなり、外部応力により分子鎖が配向しやすくなると同時に、セルロース鎖の柔軟性が増し、引張強度が低下する。上記を総合的に分析すると、熱場は分子間の水素結合を破壊し、電界の追加は劣化の後期段階で水素結合を破壊するが、力場は水素結合の数にほとんど影響を与えない。したがって、熱場と電界はセルロースの引張強度を低下させ、外力の作用下で配向がより容易に発生する。
【0068】
(3)力学的性質
上記劣化後の絶縁紙の引張強度の変化の精度を検証し、セルロースの機械的弾性率を予測するために、劣化後のセルロース・油混合モデルの弾性率行列を分子動力学シミュレーションにより計算し、セルロース分子の機械的弾性率を導き出し、その変化する規則を分析した。
【0069】
材料力学では、材料にかかる応力とその結果として生じるひずみは、フックの法則によって次のように表される。
【0070】
【数4】
【0071】
式中のCijは6次の弾性係数行列であり、材料の力学的特性はいずれもこの行列から導き出すことができ、
は応力であり、
はひずみである。
【0072】
有効体積弾性率(B)と有効せん断弾性率(C)は、RUSS平均法によって取得できる。
【0073】
【数5】
ここで、
【0074】
【数6】
【0075】
セルロースモデルは等方性であるため、弾性率間の関係は次のように取得できる。
【0076】
【数7】
【0077】
弾性率のうち、ヤング率は材料に引張応力がかかったときの応力とひずみの関係を表し、引張強度の概念と対応関係がある。材料の弾性率は、外部応力を受けたときに材料によって生じるひずみを正確に表すことができ、劣化後の材料の弾性率の変化規則の研究は、絶縁紙の劣化状態の評価と寿命予測の基礎となる。
【0078】
本発明では、図に示すように、MSソフトウェアのForciteモジュールのMechanical Propertiesを使用して、ヤング率とせん断弾性率を計算した。
図18より、機械力場が印加されたX方向のヤング率は、機械力場が印加されていない場合に比べて増加したが、それに垂直なY軸およびZ軸方向ではヤング率が減少することがわかる。これは、X軸の機械的応力の作用により分子鎖が一軸配向し、X軸のセルロースの力学的弾性率が増加し、X方向に垂直なY軸方向、Z軸方向のヤング率が減少するためである。これは、加えられた力に対して垂直方向に弾性率が減少するという以前の実験事実と一致している。
【0079】
結論:
本発明に基づいて実施された熱・電気・機械複合劣化実験と、劣化サンプルに対する重合度、引張強度試験と、X線回折パターン、走査型電子顕微鏡写真、および分子動力学シミュレーションの結果から、次の結論が得られた:
1)熱・電気・機械効果により、劣化後の絶縁紙の重合度が低下し、振動が加わると累積損失率の上昇率が大きくなる。セルロースの累積損失率がより速く定常状態に達し、これは、機械的振動が絶縁紙の機械的性能の劣化を加速できることを示し、
2)振動を施した絶縁紙の剛性が低下し、降伏点が前もって発生し、振動前よりもより破断しやすくなる。これは、機械力により分子間作用力が破壊され、結晶性が低下し、セルロースが配向し、配向方向に垂直な方向の引張強度が低下するためであり、
3)熱・電気・機械効果は微結晶の種類を変更しないが、絶縁紙繊維の相対的な結晶化度と粒度を小さする。同時に、熱・電気・機械により、繊維の微細化と空孔の出現と発達が促進された。振動の発生により、繊維の微細化、分岐、破断が促進されるとともに、セルロースの配列が緩み、空孔が増大且つ大型化しながら、絶縁紙の機械的性能の劣化を促進した。
【0080】
本明細書の説明において、「一実施形態」、「示例」、「具体例」な等の用語の記載は、当該実施例または示例に関連して説明される特定の特徴、構造、材料または特性が、本発明の少なくとも1つの実施例または示例に含まれることを意味する。本明細書において、上記用語の概略的表現は、必ずしも同一の実施例または示例を指すものではない。さらに、説明した特定の特徴、構造、材料、または特性は、任意の1つまたは複数の実施例または示例において、適切な方法で組み合わせることができる。
【0081】
上記に開示した本発明の好ましい実施例は、本発明の説明を助けることのみを意図している。好ましい実施例は、全ての詳細を網羅的に記載したものではなく、本発明を記載された特定の実施例のみに限定するものでもない。明らかに、本明細書に従って多くの修正および変形を行うことができる。これらの実施例は、本発明が属する技術分野の当業者が本発明をよく理解し、利用できるように、本発明の原理および実際の応用をよりよく説明するために、本明細書において選択され、具体的に記載されている。本発明は、特許請求の範囲およびその全範囲ならびに均等物によってのみ限定される。

図1a
図1b
図2
図3
図4a
図4b
図4c
図5
図6
図7
図8
図9
図10a
図10b
図10c
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17a
図17b
図17c
図18a
図18b
図18c
図19