(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025003611
(43)【公開日】2025-01-09
(54)【発明の名称】電気抵抗層
(51)【国際特許分類】
B32B 9/00 20060101AFI20241226BHJP
C23C 28/04 20060101ALI20241226BHJP
【FI】
B32B9/00 A
C23C28/04
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024186789
(22)【出願日】2024-10-23
(62)【分割の表示】P 2019169111の分割
【原出願日】2019-07-11
(31)【優先権主張番号】P 2018131913
(32)【優先日】2018-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】510202167
【氏名又は名称】Next Innovation合同会社
(72)【発明者】
【氏名】道脇 裕
(57)【要約】
【課題】 簡易な構成によって、絶縁層の剥離や亀裂の発生を防止し、且つピンホールが殆ど無く確実に絶縁化するための手段の提供。
【解決手段】 電気抵抗層50は、母材10の表面に設けられた第一のリン酸塩化層20に存在する導通部22に施された金属めっき部30をリン酸塩化処理して成る第二のリン酸塩化層40を有する。母材10全体に亘って形成したリン酸塩化層によってピンホール等の導通部22を無くし、高い電気抵抗を有するだけでなく、高い耐電圧をも有する絶縁性を有する電気抵抗層を形成し得ることができる。また、母材10に対する電気抵抗層50の剥離、亀裂等の発生を防止することができ、高温や多湿等の環境下での劣化を抑止する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材の表面に設けられた第一のリン酸塩化層に存在する導通部に施された金属めっき部をリン酸塩化処理して成る第二のリン酸塩化層を有することを特徴とする電気抵抗層。
【請求項2】
前記第二のリン酸塩化層に残存する導通部に対して金属めっき及び前記リン酸塩化処理が少なくとも一段階以上に亘って施されて成る適宜の抵抗値を有することを特徴とする請求項1に記載の電気抵抗層。
【請求項3】
前記第一のリン酸塩化層は、リン酸マンガン層、リン酸亜鉛マンガン層又はリン酸亜鉛層の何れかを含むことを特徴とする請求項1に記載の電気抵抗層。
【請求項4】
前記第一のリン酸塩化層及び前記第二のリン酸塩化層は、前記母材の前記表面全体を絶縁する絶縁層を構成することを特徴とする請求項1に記載の電気抵抗層。
【請求項5】
前記絶縁層上に形成された導電層を有することを特徴とする請求項4に記載の電気抵抗層。
【請求項6】
前記絶縁層は、前記導電層に印加される所定の電圧を超える耐電圧性能を有することを特徴とする請求項5に記載の電気抵抗層。
【請求項7】
前記導電層は、導電パターンを含むことを特徴とする請求項6に記載の電気抵抗層。
【請求項8】
母材の表面に設けられたリン酸塩化層に存在する導通部に施された金属めっき部を酸化処理して成る金属酸化物を有することを特徴とする電気抵抗層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、母材表面に形成される電気抵抗層に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、導体層と絶縁層を交互に積層して形成された多層プリント配線板が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この多層プリント配線板の絶縁層は、熱硬化性樹脂層と、液晶ポリマー樹脂層とを重ねることで形成されている。
【0003】
また、ベース部材を構成する母材金属の表面を化学反応により直接変化させて絶縁層を形成し、絶縁層上にパターン電極を形成した薄型金属パッケージが提案されている(例えば、特許文献2参照)。ここでの絶縁層は、母材金属から直接生成された金属酸化物、金属水酸化物等の絶縁性の金属化合物からなり、ベース部材を陽極酸化させて設けた陽極酸化膜等である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011-216841号公報
【特許文献2】特開2013-128037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の絶縁層には種々の問題があった。例えば樹脂層からなる絶縁層は、導体層に対して熱膨張率が異なることから、導体層に対する絶縁層の剥離や亀裂の発生等、不具合が生じる虞がある。また絶縁層が樹脂であると耐熱性や耐候性が十分でないため、高温、多湿等の環境によって熱膨張、収縮や湿潤、乾燥を繰り返す等して劣化が早まり、それにより導体層に対する絶縁層の剥離や亀裂の発
【0006】
また、特許文献2のように、母材金属の表面を化学反応させて絶縁膜を形成した場合、熱膨張率の差による剥離や亀裂の発生、また耐熱性や耐候性によって生じ得る剥離や亀裂の発生等の不具合を一定程度防止できるが、絶縁膜の膜厚が不均一で、膜厚が薄い部分では絶縁破壊が起こり易い。また絶縁膜には、膜厚の薄い部分と共に導通部分となる所謂ピンホールが多数存在している。このような導通部分は、個々では極めて微小な電流しか流れ得ないが、多数存在していることから絶縁膜全体としては微小な電流の合計値が絶縁膜に通電される電流となる為、このような欠陥を有する絶縁膜上に、導電層や導電性のパターン等を形成すると、この導電層と導電性の母材との間を電子が行き交って通電してしまい正常な回路機能を果たせなく成る。従って、絶縁性の膜でありながら比較的大きな電流が通電してしまい、絶縁膜として採用することは非常に困難であるという問題がある。
【0007】
本発明は、上記問題点に鑑みて本発明者の鋭意研究により成されたものであり、簡易な構造によって、絶縁層の剥離や亀裂の発生を防止し、且つ確実に絶縁化された電気抵抗層を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様の電気抵抗層は、母材の表面に設けられた第一のリン酸塩化層に存在する導通部に施された金属めっき部をリン酸塩化処理して成る第二のリン酸塩化層を有する。
本発明の他の態様の電気抵抗層は、母材の表面に設けられたリン酸塩化層に存在する導通部に施された金属めっき部を酸化処理して成る金属酸化物を有する。
【0009】
電気抵抗層は、前記第二のリン酸塩化層に残存する導通部に対して金属めっき及び前記リン酸塩化処理が少なくとも一段階以上に亘って施されて成る適宜の抵抗値を有する。
【0010】
電気抵抗層は、前記第一のリン酸塩化層が、リン酸マンガン層、リン酸亜鉛マンガン層又はリン酸亜鉛層の何れかを含む。
【0011】
電気抵抗層は、前記第一のリン酸塩化層及び前記第二のリン酸塩化層は、前記母材の前記表面全体を絶縁する絶縁層を構成する。
【0012】
電気抵抗層は、前記絶縁層上に形成された導電層を有する。
【0013】
電気抵抗層は、前記絶縁層が前記導電層に印加される所定の電圧を超える耐電圧性能を有する。
【0014】
電気抵抗層は、前記導電層が導電パターンを含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、簡易な製法によって、絶縁層の剥離や亀裂の発生を防止し、且つ確実に絶縁化された電気抵抗層を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本実施形態に係る絶縁層形成方法を適用する母材を示す図である。
【
図2】本実施形態に係る絶縁層形成方法における第二工程後の母材を示す図である。
【
図3】本実施形態に係る絶縁層形成方法における第三工程後の母材を示す図である。
【
図4】第三工程で酸化処理を行った場合のリン酸塩化層を示す図である。
【
図5】事前工程において金属めっき部を形成した母材を示す図である。
【
図6】第三工程後に存在する導通部分を示す図である。
【
図7】再度第二工程及び第三工程を行ったときのリン酸塩化層の形成を示す図である。
【
図8】乾式めっきにより形成した鉄めっき部を示す図である。
【
図9】鉄めっき部上に形成したリン酸塩化層を示す図である。
【
図10】絶縁層上に形成した導電層を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に本発明による絶縁層形成方法における、実施形態の一例である微細導通部の自己選択的閉塞処理による絶縁層形成方法について説明する。なお、本実施形態では絶縁層を形成する対象母材を良導体である金属として説明するが、これに限定されるものではなく電気抵抗性の母材や電気絶縁性の母材に対しても適宜設定し得る。
【0018】
本発明の絶縁層形成方法は、表面処理によって母材に高抵抗層を形成する第一工程と、第一工程を経た母材に、高抵抗層を形成し得る金属めっき部を形成する第二工程と、その後さらに、高抵抗層を形成する処理を施すという絶縁層の形成方法である。従来、単に母材に高抵抗層を形成しても、通電し得る所謂ピンホールや高抵抗層の厚さが薄い部分、高抵抗層内で微細な導電体が連続的又は断続的に存在して電圧印加時に通電してしまい得る部分等の微細導通部の形成が避けられず、絶縁性が不十分であったが、本発明は、金属めっきにより微細導通部を塞ぎ、そこにさらに高抵抗層を形成する処理を施すことで微細導通部を減少させ、高い絶縁性を実現することができる。
【0019】
本発明の第一工程は、母材に高抵抗層を形成するという工程である。高抵抗層を形成する工程としては、塩酸等の酸性液体や塩水等を含む錆促進剤及び/又は発錆剤を用いて母材表面に金属酸化物層を形成する化成処理やリン酸塩化成処理を挙げることができる。
【0020】
リン酸塩化成処理を用いた絶縁層の形成方法は、少なくとも第一乃至第三工程を有して成る方法である。即ち、母材に対しリン酸塩化成処理を行う第一工程、第一工程によって形成したリン酸塩化層に存在する微細導通部に対して自己選択的に金属めっき部を形成して閉塞する第二工程、金属めっき部にリン酸塩化成処理を行うことで金属めっき部を絶縁化させる第三工程を有して成る方法である。なお第二工程では、後述するリン酸塩化層に残存する導通部分(微細導通部)を中心として鉄を析出、好ましくは導通部分にのみ鉄を析出させる処理を行う。このことから、鉄めっき部がリン酸塩化層における導通部分のみを選択するように形成され、これを鉄めっき部による自己選択的な微細導通部の閉塞と称する。
【0021】
また母材に対してリン酸塩化成処理を行うことから、ここでの母材は、例えば鉄或いは鉄合金、錫或いは錫合金、亜鉛或いは亜鉛合金、ニッケル或いはニッケル合金、アルミニウム或いはアルミニウム合金等のリン酸塩化成処理可能な金属とする。
【0022】
図1は本実施形態に係る絶縁層形成方法を適用する母材10を示し、(a)は第一工程前の母材を示す図、(b)は第一工程後の母材を示す図である。第一工程は、母材10に対して高電気低効率を有する高抵抗層(絶縁性を有する層)を形成するためにリン酸塩化成処理を行う工程である。絶縁性の層を形成するためのリン酸塩化成処理には、例えばリン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸亜鉛マンガン等のリン酸塩を母材表面に生成するリン酸塩化成処理液を用いる。
【0023】
また第一工程には、リン酸塩化成処理工程以外にも脱脂工程、水洗工程、リン酸塩化成処理工程後の水洗処理工程、純水洗工程、乾燥工程等を含んでも好く、これらの工程には公知の方法を適用する。
【0024】
またリン酸塩化成処理工程では、母材の表面にリン酸塩化成処理液をスプレー法もしくは浸漬法により接触させる。これにより
図1に示すように母材10の表面にリン酸塩化層20が形成される。
【0025】
なお、リン酸塩化成処理としては、例えばリン酸塩化成処理液に浸漬する方法があり、その場合には液温が95℃以上とすることが好ましい。また他の方法としてリン酸塩化成処理液中で陰極電解処理する方法がある。このとき電流密度が1~100A/dm2、液温が90℃以下とすることが好ましい。電流密度が1A/dm2未満では適正なリン酸塩化層を形成する結晶(リン酸塩結晶という。)が生成しない。また100A/dm2を超える電流密度とした場合、陰極電解処理の際に母材10の表面で生じる水素ガスの発生が激しくなり、リン酸塩化層が母材10表面で成長し難くなる。何れの場合においても、その処理時間は、5~60分が好ましく、10分~20分がより好ましい。
【0026】
リン酸塩化成処理液はリン酸イオンを必須成分とし、マグネシウムイオン、アルミニウムイオン、カルシウムイオン、マンガンイオン、鉄イオン、コバルトイオン、ニッケルイオン、銅イオン及び亜鉛イオンの群から選ばれる少なくとも一種以上の金属イオンを含むものである。なおリン酸塩化成処理液としては、例えばリン酸イオンは3~50g/Lとするのが好ましい。3g/L未満の場合はリン酸塩化層の生成速度が遅くなってしまう。またリン酸イオンが50g/Lを超える場合は高濃度となって持ち出しが多くなるというデメリットとなる。
【0027】
またリン酸塩化成処理液に硝酸イオンを添加することで、リン酸塩化成処理液の安定性、陰極電解における分極促進を向上させるようにしてもよく、また酸化促進剤として亜硝酸イオン、過酸化水素、塩素酸イオンを添加してもよい。また電解処理に用いる電極にはカーボン、ステンレス鋼、白金、チタン合金、チタン-白金被覆合金等を用いる。
【0028】
なお、リン酸塩化成処理工程前に表面調整工程を行ってもよく、これによって母材表面を活性化し、リン酸塩結晶析出のための核を作ることができる。表面調整工程を行う場合に使用する表面調整剤は、リン酸塩に応じて適宜選択されるものであり、液体やゲル状体、流体等何れであってもよい。表面調整工程によれば、例えば、リン酸塩結晶の核となる成分が母材10の表面に付着する。従って核となる成分からリン酸塩結晶が生成し成長する。また表面調整工程を行うことで、リン酸塩結晶は緻密な結晶となり、また化成反応が生起し易くなる。従って表面調整工程のない場合と比べて化成処理工程の処理時間が短縮する。
【0029】
母材10の表面に形成されたリン酸塩化層20には、特許文献2における母材金属の表面を化学反応させて形成した絶縁層と同様に、微細導通部である層厚の薄い部分やピンホール等の極めて微小な電流が流れる導通部分22が多数存在する。このような導通部分22は、後述の第二工程及び第三工程を行うことでリン酸塩化層で埋めて絶縁化させるようにする。
【0030】
次に、第一工程後に行う第二工程について説明する。
図2は本実施形態に係る絶縁層の形成方法における第二工程後の母材10を示す図である。第二工程は、リン酸塩化層20の上層として鉄めっき部を形成する工程である。ここでは鉄めっき部を形成するものとして説明するが、これに限定するものではなく、亜鉛めっき部、錫めっき部、ニッケルめっき部等のリン酸塩化層と密着性が良好で且つ、後述の第三工程におけるリン酸塩化成処理可能な素材を主成分とした金属めっき部であればよい。
【0031】
また鉄めっき部は、少なくとも鉄を主成分とするめっきであればよく、例えば、純鉄めっき部、鉄-炭素合金めっき部、鉄系合金めっき部(Fe-W、Fe-Ni、Fe-P、Fe-Zn、Fe-Ni-Mo、Fe-Co、Fe-Cr、Fe-Cr-Ni、)等がある。
【0032】
このような鉄めっき部は、種々のめっき方法、例えば、物理蒸着法(PVD)、化学蒸着法(CVD)等の乾式めっき、溶融めっき、溶射等を採用し得るが、電解めっきや後述する無電解めっき等の湿式めっきを採用することが好ましい。
【0033】
電解めっきによる鉄めっき部の形成は、公知の方法により行うことができるが、例えば硫酸塩浴、硼弗化浴を用いることができる。電解めっきを行う場合、めっき液に、陽極を浸漬するとともに、陽極と間隔を隔てて向かい合うように母材10(陰極)を浸漬する。
【0034】
陽極は、鉄の金属板である。例えば陽極は、二枚準備され、二枚の陽極を互いに間隔を隔てて向かい合うようにめっき液に浸漬させてもよい。その場合母材10は、二枚の陽極の間において、各陽極に対して間隔を隔てて向かい合うように、めっき液に浸漬すると好い。
【0035】
めっき液の温度は、硫酸塩浴を用いる場合であれば20℃から38℃の範囲とすることが好ましい。めっき液の温度を所定範囲内に維持しつつ、定電流で電気めっきして、鉄めっき部を形成する。電流密度は、例えば、硫酸塩浴を用いる場合であれば2.5~10A/dm2とすると好い。
【0036】
上記の方法によって電気めっきを行うことで、
図2に示すようにリン酸塩化層20における導通部分22上に鉄が析出し鉄めっき部30が形成される。即ち電気めっきによれば通電する部分にめっきが形成されることから、絶縁性を有するリン酸塩化層20における微細導通部(例えば、ピンホールや、層厚が薄く絶縁破壊が起きやすい箇所等)の電流が流れる導通部分22を中心として鉄めっき部30が形成される。
【0037】
次に第三工程について説明する。
図3は本実施形態に係る絶縁層の形成方法における第三工程後の母材10を示す図である。第三工程は鉄めっき部30上に第二のリン酸塩化層40を形成する工程である。
【0038】
ここでの第二のリン酸塩化層40は、第一工程と同様のリン酸塩化成処理を行うことにより形成することが出来る。第二のリン酸塩化層40は、鉄めっき部30の上層として形成される。即ちリン酸塩化成処理は、既に形成されたリン酸塩化層20に対しては殆ど無効であってリン酸塩結晶が殆ど析出しない。これに対し、鉄めっき部30には、リン酸塩化成処理が有効であり、
図3(a)に示すように、鉄めっき部30が形成された部分において、その表面にリン酸塩結晶が析出する。そしてリン酸塩化成処理が進行することで、
図3(b)に示すように、鉄めっき部30が形成されていた箇所を覆うように第二のリン酸塩化層40が形成される。
【0039】
従って、第一工程で形成されたリン酸塩化層20の導通部分22であった箇所で且つ鉄めっき部30が形成されている箇所にリン酸塩結晶が析出して、第一工程で形成されたリン酸塩化層20の導通部分22であった箇所を自発的且つ選択的に埋めるように第二のリン酸塩化層40が形成される。これによってリン酸塩化層20の導通部分22が第二のリン酸塩化層40によって塞がれて、結果母材10の全面を、導通部分22が殆ど存在しない略一様のリン酸塩化層で構成される絶縁層で覆うことができる。
【0040】
なお、本発明の絶縁層は、導通部分22が殆ど存在しないことから、リン酸塩化層の至るところが絶縁している面絶縁層であるといえる。
【0041】
なお、第二のリン酸塩化層40は、第一工程におけるリン酸塩化成処理と必ずしも同じものである必要はなく、別のリン酸塩化成処理であってもよい。例えば、第一工程におけるリン酸塩化成処理としてリン酸マンガン層を形成する処理を施しておきながら、第三工程におけるリン酸塩化成処理としてリン酸亜鉛マンガン層を形成する処理を施すようにしてもよい。
【0042】
以上、説明したように本実施形態の絶縁層の形成方法によれば、母材にリン酸塩化成処理、電気めっきによる鉄めっき部形成の処理、リン酸塩化成処理の順に表面処理を行うことにより、最初に形成したリン酸塩化層に生じるピンホールや層厚の薄い導通部分をリン酸塩化層によって埋める(塞ぐ)ことができる。従って著しく高い絶縁性を有する絶縁層を形成することができ、母材の表面を高度に絶縁化することができる。しかもこの絶縁層は、樹脂によって形成するものではないことから、母材と絶縁層との熱膨張率の差が原因で絶縁層の剥離や、亀裂の発生を防止し、高温や多湿等の環境下での劣化による強度低下を抑止することが出来る。
【0043】
なお、第二工程においては、無電解めっきで鉄めっき部を形成してもよい。その場合のめっき液は、自己触媒型(還元型)の無電解めっき用のめっき液を採用し、めっき液の温度は、70から100℃、好ましくは85℃から95℃とする。これによっても、ピンホールになっている導通部分に鉄めっき部を形成することができ、更に第三工程を行えば、結果、ピンホールになっていた導通部分をリン酸塩化層で塞ぐことができ、母材の表面を絶縁層としてのリン酸塩化層によって覆うことができる。
【0044】
また、鉄めっきの厚さは、その後の第三工程で形成するリン酸塩化層が成し得る厚さ限界以下に設定することが望ましい。何故なら、鉄めっきの厚さが厚過ぎた場合には、第三工程におけるリン酸塩化層が成し得る層厚を超えている分の鉄めっきの鉄分子がリン酸塩化されずに残存してしまい、残存している鉄分子が微細導通部を形成し得ることによる。
【0045】
勿論、この鉄めっきの厚さは、時間制御によって成し得る。なお、鉄めっきの時間は、例えば1分から60分、好ましくは2分から10分とする。しかしながら、このような鉄めっきの時間は、第一工程で生成されたリン酸塩化層に生じている微細導通部の大きさや数等によって好適な処理時間が変わり得るものである。
【0046】
また、上述した実施形態においては、第一工程及び第三工程でリン酸塩化成処理を行うものとして説明したが、高抵抗層を形成し得るものであれば、酸化処理を用いるようにしてもよい。即ち第一工程ではリン酸塩化成処理、第三工程では酸化処理を行うようにする。ここで
図4は第三工程で酸化処理を行った場合のリン酸塩化層を示す図であり、
図4(a)に示すようにリン酸塩化層20に導通部分22であって鉄めっき部30が形成された部分が散在しているとき、酸化処理を行うことで鉄めっき部30が酸化する。これにより
図4(b)に示すように、鉄めっき部がリン酸塩化層のように高抵抗層に相当する金属酸化物42となる。従って、第二工程で形成された鉄めっき部の表面が酸化して金属酸化物42となり、結果導通部分22を絶縁化することが可能となる。
【0047】
また、第三工程において、リン酸塩化成処理を行った後、更に酸化処理を行うようにしてもよい。なお酸化処理の方法としては、母材10に陽極酸化層形成処理を施したり、母材10を高濃度酸素下で加熱したり、酸化(促進)処理液に浸漬したりする等、種々の方法が適宜選択し得る。
【0048】
また、第一工程及び第三工程でリン酸塩化成処理を行うため、母材がリン酸塩化成処理可能な金属である場合を例に説明したが、母材がリン酸塩化成処理しにくい金属(例えば、銅や一部のステンレス鋼等)の場合には、第一工程前の事前工程として、
図5(a)に示すように母材10に対してリン酸塩化成処理が有効な金属めっき部15を形成する処理を行ってもよい。このようにしたことで、第一工程を行えば、
図5(b)に示すように、金属めっき部15上にリン酸化層20を形成することが出来る。次に第二工程を行えば、
図5(c)に示すようにリン酸塩化層20上に鉄めっき部30を形成することが出来る。そして第三工程を行えば、
図5(d)に示すように鉄めっき部30の上層としてリン酸塩化層40を形成することが出来る。結果、リン酸塩化成処理しにくい母材10であっても、母材10上に直接金属めっき部15を形成すれば、上述した第一工程~第三工程による絶縁層を形成することができる。勿論、母材としては金属に限らず、樹脂やセラミックス或いはガラス等でもよく、この場合には予め導電性の表面改質や処理、めっき等、即ちリン酸塩化成処理可能な層を母材表面に予め形成しておく。
【0049】
従って、リン酸塩化成処理しにくい母材であっても、本発明による絶縁層の形成方法を適用することが出来る。なお事前工程に適用する金属めっき部は、例えば鉄めっき部、錫めっき部、亜鉛めっき部等であって適宜設定し得る。
【0050】
また、事前工程におけるめっき方法は、特に限定するものではなく、乾式めっき、湿式めっき、溶融めっき等、適宜選択し得るものであるが、物理蒸着法や化学蒸着法、或いは、イオン液体を用いた無電解めっき法等のように、母材全体に金属めっき部を形成可能な方法を用いることが好ましい。
【0051】
また、上述した実施形態において、第三工程の後に、再度、第二工程及び第三工程を繰り返すようにしてもよい。このようにすれば
図6に示すように第三工程後であっても導通部分22が存在していた場合に、再度第二工程を行うことで導通部分22に金属めっき部を形成することが出来る。ここでの金属めっき部は、最初の第二工程と同様に鉄めっき部とするが、勿論異なる金属めっき部としてもよく、例えば錫めっき部、亜鉛めっき部、ニッケルめっき部であってもよい。
【0052】
即ち、第三工程後に再度第二工程を行ったとき、
図7(a)に示すように、残存している導通部分に対し、鉄めっき部35が形成される。そして再度第三工程を行ったとき、
図7(b)に示すように鉄めっき部35が溶解してリン酸塩化層45が形成されるため、結果導通部分22にリン酸塩化層45が形成されるので、より絶縁性の高い絶縁層を形成することができる。なお、第二工程及び第三工程を繰り返す回数は特に限定するものではないが、回数を増やすことで導通部分22を減らすことができ、また母材に形成される層厚を増す(増厚する)こともできる。
【0053】
また、第二工程の鉄めっき部を乾式めっきによって形成してもよいことは言うまでもない。その場合には鉄めっき部は、
図8に示すように、導通部分22を含んだリン酸塩化層の略全域を覆うように母材全体に亘って形成される。
【0054】
次いで、第三工程を行った場合、
図9に示すように、鉄めっき部の表面が溶解しリン酸塩結晶が析出されてリン酸塩化層が形成される。このとき鉄めっき部は完全に溶解するのではなく、元々定着していたリン酸塩化層上に残存する場合もあり得、その上層として新たなリン酸塩化層が形成される。即ち、局部的に鉄めっき部を挟んでリン酸塩化層が積層した状態となり得る。
【0055】
また、第三工程によって形成したリン酸塩化層にも、微細導通部が生じ得るが、このような微細導通部と、第一工程によるリン酸塩化層の微細導通部とが連通する可能性は低い。これは、鉄めっき部の厚さを、その後の処理として施すリン酸塩化成処理によって成し得るリン酸塩化層の上限厚さ以下に設定した場合、この鉄めっきによって事前に形成されたリン酸塩化層上に生成した鉄成分の殆どがリン酸塩化層に置換され、導電性の成分である鉄成分の殆どが消失し得ることによる。即ち、複数段階に亘って鉄めっきを介しながらリン酸塩化層を積層することで、母材まで連通し得るような微細導通部が生じる可能性を著しく低減させることができる。
【0056】
なお、上述した湿式めっきにおいても、母材のめっき液への浸漬時間を長くすれば、導通部分を中心に形成される鉄めっき部がリン酸塩化層全体を覆い得、結果乾式めっきを行った場合と同様に導通部分22を含んだリン酸塩化層の略全域を覆うように母材全体に亘って鉄めっき部を形成することができる。
【0057】
このように、母材全体に亘って形成したリン酸塩化層を積層した場合には、積層したリン酸塩化層が厚くなって厚さが薄いことが原因となる導通部分を無くすことが出来、更にピンホールが原因となる導通部分を無くすことが出来るので、高い電気抵抗を有するだけで無く、高い耐電圧をも有する高い絶縁性を有する絶縁層を形成し得る。また母材と絶縁層との熱膨張率の差が原因で絶縁層の剥離や、亀裂の発生を防止することができ、高温や多湿等の環境下での劣化を抑止することが出来る。
【0058】
なお、ここでの絶縁層の形成は、上述した第三工程の完了によって成されるが、この後の処理によって導電層や導電パターン、電子素子等を形成することも可能である。例えば
図10に示す絶縁層50(リン酸塩化層20及び第二のリン酸塩化層40を含んで成る絶縁層である。)上に導電性を有する導電層60を配設してもよい。このような導電層60は、例えば導電性ペーストを利用した積層印刷、パット印刷、塗装、めっき、インクジェット印刷、スパッタリング、スプレー塗布、溶融めっき、溶射等によって絶縁層50上に直接形成し得るものである。
【0059】
また、導電層60は、面状、線状、網目状、幾何学的模様、ドット状或いはこれらの組合せから成る構成等の種々の形状で形成し得る。従って、導電パターンを成すように線状に導電層を形成してもよい。また面状に形成した後、パターニング加工によって導電パターンを形成してもよい。その場合のパターニング加工は、例えばエッチング、切削加工、レーザー加工、マスキング法等であり、不要な部分を除去するものであればよい。
【0060】
また、導電層の形成と共に、電気素子を形成してもよい。例えば、導電層を線状とし、母材の外周面に沿って螺旋状に設けることでコイルを形成してもよく、また線状の導電層の線幅を細くしたり線の厚みを薄くしたりすることで電気抵抗が大きい抵抗部分を形成してもよい。また母材と導電層との間に絶縁層が存在していることから、コンデンサを形成することも可能である。勿論導電層上に更に絶縁層、導電層を交互に形成してコンデンサを形成するようにしてもよいことは言うまでもない。
【0061】
また、導電層上に保護層を形成してもよく、例えば、保護層の材料には、光または電子線などにより硬化する電離放射線硬化型樹脂、発熱して硬化する熱硬化型樹脂、紫外線により硬化する感光性樹脂等があり、また塗装、ディッピング、スプレー法等の手法により保護層としての樹脂層を形成したりしてもよい。
【0062】
なお、絶縁層を形成する対象部材は、住宅家屋や集合住宅、ビル等の建物、橋梁や鉄塔、鉄道、パイプライン、プラント、発電所や風力発電装置、太陽光発電装置等の建築物や建造物(以下、建築物と建造物を合わせて単に建造物と称する。)やそれらに用いる建材や構造材等の各種部材、建設機械、工作機械等の産業機械やその他の機械装置類やそれらを構成する締結部材や歯車、刃物、保持部材等の消耗品類、或いは、スプリング、ベアリング、リニアガイド等の要素部品等、ロケットや航空機、潜水艦、船舶、電車やバス、トラック、乗用車、オートバイ、自転車、エレベータ等の各種移動手段、また、オフィスや家庭用の機器類、日用品等の様々な場面で用いられる部材等がある。
【0063】
また、上述した各実施形態における絶縁層は、部材表面の全面に設けても良いが、部材表面の一部に設けるようにしてもよい。例えば上記のパターニングを施す場合に、パターニングを施す箇所及びその周囲に絶縁層を形成するようにしてもよく、絶縁層を形成する範囲は適宜設定する。
【0064】
[実施例]
以下、本発明を、実施例を挙げて更に具体的に説明する。ただしこれら各実施例は、本発明を制限するものではない。
【0065】
実施例及び比較例において、第一工程乃至第三工程の各処理手順、絶縁性の測定、耐電圧の測定、防錆性の評価はそれぞれ以下のように行なった。
【0066】
[母材]
厚さ0.475mm、幅30mm、長さ100mmのSPCC板を、絶縁層を形成する母材とした。
【0067】
[第一工程]
SPCC板にリン酸塩化層としてのリン酸マンガン層、リン酸亜鉛マンガン層、リン酸亜鉛層の何れかの層を形成した。ここでリン酸マンガン層を形成するときは、SPCC板をリン酸マンガン処理液に95℃で11分間浸漬した。リン酸マンガン処理液として、リン酸、マンガン化合物、ニッケル化合物を含有するもの(ケミコート社製商品名;ケミコートNo.618建浴剤)を用いた。リン酸マンガン処理液に浸漬した後、SPCC板を水洗した。
【0068】
[第二工程]
先ず、SPCC板を無電解鉄めっき液に90℃で4分間浸漬した。ここでの無電解鉄めっき液は、硫酸第一鉄(7水和物)を158.66g/L、次亜リン酸ナトリウムを120g/L、クエン酸ナトリウムを60g/L、酢酸ナトリウムを60g/Lをそれぞれ含有するものとした。
【0069】
[第三工程]
第三工程では、第一工程のリン酸マンガン処理液への浸漬と同様の処理を行なった。即ち、第一工程におけるリン酸マンガン処理液と同じ処理液に95℃で11分間浸漬した。リン酸マンガン処理液に浸漬した後、SPCC板を水洗した。
【0070】
[絶縁性の測定]
[針接触]
SPCC板の表面の絶縁性確認のため、抵抗値の測定を行なった。具体的には株式会社オーム電機のデジタルマルチテスター(TDB-401)(単にテスタという。)によってリン酸マンガン層の抵抗値を測定した。また抵抗値の測定では、プローブ(接触子)位置の入れ替えを行なった。即ちアノード側プローブをリン酸マンガン層に、カソード側プローブをSPCC板の良導体の導通部分が線路端子とした場合とでそれぞれ抵抗値の測定を行なった。
【0071】
[面状接触]
また、針接触と異なる面状接触による測定を行なった。ここで面状接触とは、リン酸マンガン層に金属面(面状接触子)を接触させることである。面状接触による測定は、テスタのアノード側プローブを金属面を介して導通し得るように、リン酸マンガン層に間接的に接触させた状態の測定である。
【0072】
従ってアノード側プローブは、面状接触子としての測定ブロック74(
図11参照。)に差し込むことで、測定ブロック74を装着した。また負極側プローブの先端はSPCC板のリン酸マンガン層以外の良導性の導通箇所に接触した。なお、ここでの面状接触子は、ブロック状を成し、プローブと別体の測定ブロック74とするが、必ずしも別体である必要はなく、プローブそのものを面状接触子としてもよいことは言うまでもない。
【0073】
測定ブロック74は、
図11(a)に示すように、金属面を成す底部76を有する。底部76はリン酸マンガン層に面状接触し、プローブ72を測定ブロック74の孔78に差し込んで先端を底部76に接触させることで、プローブ72は底部76を介して間接的にリン酸マンガン層に接触する。なお、測定ブロック74には、必ずしも孔78が必要な訳ではなく、測定ブロック74をプローブ72と一体的に設けるなど、ブローブ72が面状接触するようにすればよい。またここでは、測定ブロック74の底部76が、直径10mmの円形形状で、面積が約78mm
2のものを用いた。
【0074】
なお、一般的には針接触による抵抗値の測定が行われるが、本発明者が市販の測定プローブを用いて確認したところ、プローブの接触箇所に応じて異なる抵抗値が測定されることが発覚した。即ち、プローブがリン酸マンガン層の導通部分に接触した場合、抵抗値が低く測定されるが、導通部分を避けた箇所に接触した場合、抵抗値が高く測定されていた。そこで、一般的な方法よりも絶縁しているか否かをより客観的に確認するため、本実施例では面状接触による測定を行なった。
【0075】
なお、他方のプローブは、直接SPCC板に接触させたが、勿論測定ブロック74を介してSPCC板に導通し得るようにしてもよいことは言うまでもない。また、測定ブロック74の底部76は、リン酸マンガン層に面状接触するものとして説明したが、これに限定されるものではない。
【0076】
例えば、底部76は、リン酸マンガン層を所定以上の面積で覆い、リン酸マンガン層の多数の箇所に点接触し得るものであってもよい。即ち底部76は、リン酸マンガン層との対向面にリン酸マンガン層に接触し得る複数の突起部分を有するものであってもよい。また底部76は、リン酸マンガン層に面状接触する部分と、点接触する突起部分との両方を有する形状であっても良いことは言うまでもない。
【0077】
[水+面状接触]
一般的なリン酸マンガン層の表面は、厚さが不均一であり、微細導通部が多数存在していることから、上述した抵抗値の測定に加えて、測定ブロック74とリン酸マンガン層との間に導電性の流動体としての導電性を有する水を塗布して、導通部分を流動体で埋めた状態で抵抗値の測定を行なった。
【0078】
[耐電圧試験]
耐電圧計としてのデジタル絶縁抵抗計(横河計測株式会社製MY600)を用いて、電極をSPCC板に当接させて電圧を印加し、印加電圧を5[V]、50[V]、125[V]、250[V]、500[V]、1000[V]の順に漸次上げながら抵抗値の測定を行った。
【0079】
なお耐電圧計の抵抗値の有効最大表示値は、印加電圧50[V]のとき100[MΩ]、印加電圧125[V]のとき250[MΩ]、印加電圧250[V]のとき500[MΩ]、印加電圧500[V]のとき2000[MΩ]、印加電圧1000[V]のとき4000[MΩ]である。
【0080】
所定以下の抵抗値が測定されたときの印加電圧を絶縁破壊電圧(耐電圧の上限範囲)とした。また耐電圧試験においても、上述の針接触及び面状接触の両測定方法を適用した。更に、アノード側プローブとカソード側プローブとの位置を入れ替えた測定も行なった。
【0081】
[防錆性の評価]
防錆性の確認のため5wt%NaCl溶液に浸漬させる塩水浸漬実験を行なった。塩水浸漬実験では、塩水に浸漬してからSPCC板に錆が発生するまでの浸漬時間を測定した。
【0082】
[比較例1、2、実施例1乃至9]
上述した第一工程乃至第三工程による処理によって表1、2に示す層数でリン酸マンガン層を有するSPCC板を得た。比較例1のSPCC板は、第一乃至第三工程による処理を行なっていないリン酸マンガン層を0層としたものである。比較例2のSPCC板は、第一工程の処理のみを行なったリン酸マンガン層を1層としたものである。
【0083】
実施例1乃至9のSPCC板は、第一工程乃至第三工程による処理を行なってリン酸マンガン層を2~10層の何れかにしたものである。
【表1】
【表2】
【0084】
表1、2の導電箇所(+)は、アノード側プローブを導電箇所(SPCC板の母材表面等)に、カソード側プローブをリン酸マンガン層に接触させたときの測定結果を示す。導電箇所(-)は、アノード側プローブをリン酸マンガン層に、カソード側プローブを導電箇所に接触させたときの測定結果を示す。
【0085】
各比較例、各実施例において得られた結果は、表1、2に示す通りであった。なお比較例2、実施例1乃至9のSPCC板の厚さは、リン酸マンガン層の層数によらず、殆ど一定であった。表1でテスタの測定結果がOLとなっているのは、テスタで測定可能な抵抗値40[MΩ]を超えたためである。また表2の抵抗値が絶縁破壊となっているものは、対応する印加電圧を印加したときに絶縁破壊したことを示す。従って必ずしも絶縁破壊電圧が印加電圧に相当するものではない。
【0086】
具体的には表2の実施例1の針接触の導電箇所(+)に示す結果では、印加電圧500[V]で絶縁破壊となっている。これは印加電圧を250[V]にしたとき、抵抗値が50[MΩ]を超えて測定不能となったので、次に印加電圧を500[V]にしたところ、絶縁破壊してしまったものである。このようなときは、抵抗値を絶縁破壊、印加電圧を500[V]とそれぞれ記録した。従って実際の絶縁破壊電圧は、250[V]を超え500[V]以下の範囲内の印加電圧であると考えられる。
【0087】
実施例1乃至9は、比較例1、2と比べてテスタによる抵抗値が高く絶縁性が非常に向上したことがわかる。これは第一工程によって形成したリン酸マンガン層の導通部分に鉄めっき部が形成され、更に鉄めっき部上にリン酸マンガン層が形成されたことで、導通部分だった箇所が閉塞されたためと考えられる。
【0088】
また、比較例2の針接触では、抵抗値が測定不能(OL:40MΩ以上)と測定されたが、面状接触で数KΩ~数MΩの範囲の値となっていた。これはリン酸マンガン層(リン酸塩化層)自体には無数の導通部分が存在し、導電性(絶縁性)や耐電圧に影響することは明らかである。従って、面状接触の測定によれば、針状プローブを用いた電気抵抗値の測定では、被測定対象物との接触面積が過小で微細導通部の総量が少なく、検出できなかった導電性を検出することができる。即ち、面状接触の測定では、測定ブロック74の接触面が針状ブローブの先端部より著しく大きな面積を有し、この接触面の範囲内に存在する微細導通部の総量が著しく増加するため、測定ブロック74を介して導通性が発現する。結果、この面積効果によって、更に精確に絶縁層等の層の電気抵抗値を測定でき、微小導通部の有無を正確に判断して絶縁性のレベルを正確に確認することが可能となる。
【0089】
また、実施例1乃至9は、比較例2と比較して耐電圧が向上している。更に層数が増えたことで更に耐電圧が向上する傾向にある。これはリン酸マンガン層の導通部分だった箇所が閉塞されたことで耐電圧が向上したためと考えられる。また第二工程及び第三工程の回数が増える程、即ちリン酸マンガン層の層数が増える程、リン酸マンガン層の導通部分が閉塞されて結果導通部分の総数が減少し耐電圧が向上し得ると考えられる。
【0090】
更に、防錆性の評価においてリン酸マンガン層が10層の場合、240時間経過しても発錆が見られないことから、リン酸マンガン層表面に微細導通部が殆ど存在していないと考えられる。このことからも第二工程及び第三工程を繰り返す処理回数が増える程、即ちリン酸マンガン層の層数が増える程、リン酸マンガン層の導通部分の総数が減少すると考えられる。
【0091】
また、各実施例の何れにおいてもSPCC板に形成した絶縁層は、少なくとも250[V]以上の耐電圧性能を有するものである。これは上述した導電層60を電気素子とし、導電層60に接続する電源をリチウムイオン二次電池とした場合、リチウムイオン二次電池の電圧が3.7[V]なので、絶縁層は、電源電圧の電圧に対し、数十倍以上の耐電圧性能を有するものである。勿論、マンガン乾電池、ニッケル電池、リチウム電池等の一次電池や、ニカド電池、ニッケル水素蓄電池等の二次電池の電圧に対しても、同等以上の耐電圧性能を有するものである。
【0092】
なお、表に示していないが、リン酸マンガン層の代わりにリン酸亜鉛層又はリン酸亜鉛マンガン層を絶縁層として形成した場合においても、層数(第二工程及び第三工程を繰り返す処理回数と捉えてもよい。)が増える程、耐電圧が向上する傾向にあることを確認している。
【0093】
また、各実施例において、アノード側プローブとカソード側プローブの位置によって抵抗値が大きく異なっていることが明らかである。具体的には、アノード側プローブを良導性の導通箇所に接触させた(カソード側プローブをリン酸マンガン層に接触させた)場合と比較し、アノード側プローブをリン酸マンガン層に接触させた(カソード側プローブを良導性の導通箇所に接触させた)場合の方が抵抗値が著しく高くなった。このことから、本発明のように、母材にリン酸塩化層を形成した本発明の絶縁層付部材は、電流を金属である母材側から絶縁層であるリン酸塩化層の方向に流れ易くする整流作用を有すると考えられる。
【0094】
従って、整流作用を活用することで母材10にリン酸塩化層20を形成した部材を、整流素子として利用することができる。即ち、金属としての母材10とリン酸塩化層20との接合によって整流素子を形成し、母材10に直接的に又は間接的に端子を設けると共に、リン酸塩化層20に直接的又は間接的に端子を設けるようにする。なお整流素子に印加する電圧の方向は、特に限定するものではなく、母材10に設けた端子がアソードとなってもよく、カソードとなってもよい。
【0095】
なお、上記の絶縁性の測定に用いる導電性の流動体は、導電性を有する水に限定されるものではなく、例えば塩水、銀ペースト、イオン液体等であってもよいが、母材(SPCC板)に酸化、溶解等の反応が起きない導電性の流動体を選択することが好ましい。
【0096】
また、面状接触に用いる測定ブロック74の大きさは、特に限定されるものではないが、
図11(b)に示すように、底部76のリン酸マンガン層に対向する面の面積が
図11(a)の底部76の面積と比較して小さくなるように、底部76を小型化したものでもよい。特に底部76を小型化すれば、測定ブロック74とリン酸マンガン層との間を導電性の流動体で埋める際にその作業を容易に行うことができる。なお、面状接触子、即ち、測定ブロック74の側面に絶縁処理を施して、測定ブロック74と測定対象部位であるリン酸マンガン層の表面との間に介在させる導電性の流動体が測定ブロック74とリン酸マンガン層との間からはみ出して測定ブロック74の側面に接触しても導通しないように構成することが望ましい。
【0097】
本発明には、以下に記載の特徴が含まれる。
【0098】
本発明の絶縁層形成方法は、表面処理によって母材に高電気抵抗率を有する高抵抗層形成処理を施す第一工程と、第一工程を経た母材に、高抵抗層を形成し得る金属めっき部形成処理を施す第二工程と、第二工程を経た母材に、高抵抗層形成処理を施す第三工程と、を有する。
【0099】
また、本発明の絶縁層形成方法は、第二工程が、第一工程により形成された高抵抗層の微細導通部に金属めっきを形成する。
【0100】
また、本発明の絶縁層形成方法は、高抵抗層が、リン酸塩化成処理によって形成されるリン酸塩化層であり、金属めっき部はリン酸塩化成処理可能及び/又は酸化処理可能な金属を主成分とする。
【0101】
また、本発明の絶縁層形成方法は、第三工程における高抵抗層が、リン酸塩化成処理及び/又は酸化処理によって形成される。
【0102】
また、本発明の絶縁層形成方法は、高抵抗層を直接形成し得ない母材に高度な電気絶縁性を有する絶縁層を形成する絶縁層形成方法であって、母材に金属めっき部を層状に形成する事前工程と、表面処理によって金属めっき部に高電気抵抗率を有する高抵抗層を形成する第一工程と、第一工程を経た母材に、高抵抗層を形成し得る金属めっき部を形成する第二工程と、第二工程を経た母材に、高抵抗層を形成する処理を施すことにより、第二工程で形成された金属めっき部に高抵抗層を形成する第三工程と、を有する。
【0103】
また、本発明の絶縁層形成方法は、高抵抗層が、リン酸塩化成処理によって形成されるリン酸塩化層であり、金属めっき部は、リン酸塩化成処理可能及び/又は酸化処理可能な金属を主成分とする。
【0104】
また、本発明の絶縁層形成方法は、第三工程における高抵抗層が、リン酸塩化成処理及び/又は酸化処理によって形成される。
【0105】
また、本発明の絶縁層形成方法は、第二工程と、第三工程とを交互に繰り返し行う。
【0106】
また、本発明の絶縁層形成方法は、第二工程では、湿式めっきによって金属めっき部を形成する。
【0107】
また、本発明の絶縁層形成方法は、金属めっき部が、鉄、錫、亜鉛又はニッケルを主成分とする。
【0108】
また、本発明の絶縁層形成方法は、最外面の高抵抗層の上層に導電層を形成する形成工程を有する。
【0109】
また、本発明の絶縁層形成方法は、導電層が、面状、線状、網目状、幾何学的模様及び/又はドット状或いはこれらの組合せから成る構成を成す。
【0110】
また、本発明の絶縁層形成方法は、導電層が、導電パターンを成す。
【0111】
また、本発明の絶縁層形成方法は、導電層が、電子素子を成すように幅、厚さ、前記高抵抗層上で設けられる方向が設定される。
【0112】
また、本発明の絶縁層付部材は、母材表面にリン酸塩化層が形成され、リン酸塩化層表面に導電性液体を塗布し、アノード側プローブを導電箇所に、カソード側プローブをリン酸塩化層に接触させて、約78mm2の面状プローブで測定したときの抵抗値が、190KΩ以上である。
【0113】
また、本発明の絶縁層付部材は、母材表面に略一様のリン酸塩化層で構成される絶縁層を有する。
【0114】
また、本発明の絶縁層付部材は、絶縁層が、該絶縁層の成す面全体の至るところが絶縁している面絶縁層である。
【0115】
また、本発明の絶縁層付部材は、母材表面にリン酸塩化層を主として構成される絶縁層を有し、上記絶縁層には、金属酸化物が散在する。
【0116】
また、本発明の絶縁層付部材は、絶縁層の上層に導電層を有する。
【0117】
また、本発明の絶縁層付部材は、導電層が、面状、線状、網目状、幾何学的模様及び/又はドット状或いはこれらの組合せから成る構成を成す。
【0118】
また、本発明の絶縁層付部材は、導電層が、導電パターンを成す。
【0119】
また、本発明の絶縁層付部材は、導電層が、電子素子を成すように幅、厚さ、前記高抵抗層上で設けられる方向が設定される。
【0120】
また、本発明の絶縁層付部材は、絶縁層が、導電層に印加される電圧を超える耐電圧性能を有する。
【0121】
また、本発明の抵抗測定方法は、部材上に形成された高抵抗層の抵抗値を測定する抵抗測定方法であって、高抵抗層を所定以上の面積で覆い、且つ高抵抗層の多数の箇所に点接触及び/又は高抵抗層に面状接触する第一接触子と、第一接触子が接触する箇所以外の部材表面に接触する第二接触子を有する測定装置により、高抵抗層の抵抗を測定する。
【0122】
また、本発明の抵抗測定方法は、部材が、良導性を有し、第二接触子は、部材の良導性を有する箇所に接触する。
【0123】
また、本発明の抵抗測定方法は、部材が、高抵抗層によって被覆され、第二接触子は、高抵抗層に被覆された表面に接触する。
【0124】
また、本発明の抵抗測定方法は、第一接触子が、測定装置と別体で且つ高抵抗層の多数の箇所に点接触及び/又は前記高抵抗層に面状接触する部材であり、測定装置の接触子は、第一接触子を介して間接的に高抵抗層に接触する。
【0125】
また、本発明の抵抗測定方法は、高抵抗層と第一接触子との間に導電性の流動体を配する。
【0126】
また、本発明の接合型整流素子は、金属とリン酸塩との接合により成る接合型整流素子であって、金属に直接的に又は間接的に設けられるアノード側端子と、リン酸塩に直接的又は間接的に設けられるカソード側端子とを有する。
【0127】
また、本発明の接合型整流素子は、金属とリン酸塩との接合により成る接合型整流素子であって、金属に直接的に又は間接的に設けられるカソード側端子と、リン酸塩に直接的又は間接的に設けられるアノード側端子とを有する。
【0128】
また、本発明の接合型整流素子は、金属が、リン酸塩化成処理可能な鉄を主成分とするものである。
【0129】
また、本発明の接合型整流素子は、リン酸塩が、リン酸塩化層である。
【符号の説明】
【0130】
10…母材、15…金属めっき部、20,45…リン酸塩化層、22…導通部分、30…鉄めっき部、40…第二のリン酸塩化層、42…金属酸化物、50…絶縁層、60…導電層。