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2025-36208熱電変換素子、熱電変換モジュール、熱電変換方法及び揺らぎ検知センサー
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025036208
(43)【公開日】2025-03-14
(54)【発明の名称】熱電変換素子、熱電変換モジュール、熱電変換方法及び揺らぎ検知センサー
(51)【国際特許分類】
   H10N 15/00 20230101AFI20250306BHJP
   H10N 50/80 20230101ALI20250306BHJP
   H10B 61/00 20230101ALI20250306BHJP
【FI】
H10N15/00
H10N50/80 Z
H10B61/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024139223
(22)【出願日】2024-08-20
(31)【優先権主張番号】P 2023141650
(32)【優先日】2023-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(71)【出願人】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128381
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 義憲
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【弁理士】
【氏名又は名称】三上 敬史
(74)【代理人】
【識別番号】100154656
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 英彦
(72)【発明者】
【氏名】岡本 敏
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 英治
(72)【発明者】
【氏名】吉川 貴史
(72)【発明者】
【氏名】平田 裕也
【テーマコード(参考)】
4M119
5F092
【Fターム(参考)】
4M119AA20
4M119BB20
4M119CC05
4M119CC10
5F092AC26
5F092AD24
5F092BD13
(57)【要約】
【課題】ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換可能な熱電変換素子、熱電変換モジュール、及び熱電変換方法を提供する。
【解決手段】本発明の熱電変換素子200は、第1方向に沿った熱流Hの入力に対して非線形の熱電応答特性を有する熱電変換部202と、第1方向に沿って外部から熱電変換部202に入力された熱流Hに起因して熱電変換部202で生じた熱電信号Jを取り出すための電極部207a、207bと、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1方向に沿った熱流の入力に対して非線形の熱電応答特性を有する熱電変換部と、
前記第1方向に沿って外部から前記熱電変換部に入力された熱流に起因して前記熱電変換部で生じた熱電信号を取り出すための電極部と、
を備える、熱電変換素子。
【請求項2】
前記熱電変換部は、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示し、
前記電極部として、前記熱電変換部に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極を備える、請求項1に記載の熱電変換素子。
【請求項3】
前記熱電変換部が、前記第1方向と直交する第2方向に沿って互いに積層された強磁性金属層及び常磁性金属層を含む熱電変換層であり、
前記一対の電極が、前記熱電変換層に前記熱電変換層の面内方向に前記第1方向に沿って互いに離間して設けられている、請求項2に記載の熱電変換素子。
【請求項4】
前記一対の電極の離間距離が、0.1μm以上、1000μm以下である、請求項3に記載の熱電変換素子。
【請求項5】
前記常磁性金属層が単層又は積層された複数の層からなり、前記常磁性金属層の前記単層又は前記積層された複数の層のそれぞれが、Pt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成される、請求項3に記載の熱電変換素子。
【請求項6】
前記強磁性金属層が単層又は積層された複数の層からなり、前記強磁性金属層の前記単層又は前記積層された複数の層のそれぞれが、Ni-Fe合金、Fe、Co、Ni、Gd、CoFeB合金、又は(Ga,Fe)Sb合金で構成されている、請求項3~5のいずれか一項に記載の熱電変換素子。
【請求項7】
請求項1に記載の熱電変換素子を複数備え、複数の前記熱電変換素子は、各熱電変換素子からの熱電信号が同極性で重畳可能なように互いに電気的に接続されている、熱電変換モジュール。
【請求項8】
空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す熱電変換部に、交流成分を含む温度勾配を印加するステップと、
前記熱電変換部が、前記交流成分を含む温度勾配を熱電変換して非相反熱電信号を生成するステップと、
を有する熱電変換方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電変換素子、熱電変換モジュール、熱電変換方法及び揺らぎ検知センサーに関する。
【背景技術】
【0002】
身の回りにある様々な形態のエネルギーを回収して、電気エネルギーに変換するエナジーハーベスト(環境発電)技術が注目されている。そのような技術を実現するものとして、特許文献1に記載されたようなゼーベック効果を利用した熱電変換素子や、非特許文献1、2に記載されたようなスピンゼーベック効果を利用した熱電変換素子が知られている。
【0003】
また、物質の特定の周波数、温度、電流値などの物理量を測定することによって、対象物の故障、事故又は劣化等(例えばデバイスの故障、建築物の劣化、又は生体の健康異常等)を検知する検知器やセンサーが知られている。例えば、特許文献2には、火災の発生を検知する火災検知装置が記載されている。この火災検知装置は、監視エリアで発生する音を音響データとして収音するマイクと、マイクで収音された音響データを周波数解析することで周波数スペクトルを算出する周波数解析部と、周波数解析部で算出された周波数スペクトルに関して定在波以下の周波数帯域において1/f揺らぎ特性が含まれているか否かを判定し、1/f揺らぎ特性が含まれていると判定した場合には監視エリアで炎が発生したことを検知する炎検知部とを備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2015-144212号公報
【特許文献2】特許第7376660号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】内田健一、齊藤英治、“スピンゼーベック効果と熱電変換への応用”、応用物理、応用物理学会、2013年、第82巻、第11号、p.928-931
【非特許文献2】K.Uchida, et. al., “Observation of the spinSeebeck effect”, Nature, 2008, Vol.455, No. 9, p.778-781
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来から知られているゼーベック効果やスピンゼーベック効果を利用した熱電変換素子は、物体に生じた温度勾配を電気エネルギーに変換しているが、温度勾配が反転すると素子内に発生する電場の極性も反転する。そのため、発電のためにはマクロスケールでの定常的な温度勾配の存在が必要であった。そのため、熱流の方向や大きさがランダムに変化するような熱源、即ちミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換を行うことは実質的に不可能であった。
【0007】
また、従来の故障、事故又は劣化等を検知する検知器やセンサーは、物質の特定の周波数、温度、電流値などの物理量を測定するというメカニズム上、実際に対象物に故障、事故又は劣化等が起こって初めてそれらの発生を検知することが可能であるため、それらの予兆を検知して発生を未然に防ぐことができなかった。対象物から発せられる振動や電磁ノイズ等の本来一定の規則的な動きを繰り返すエネルギーが、不規則な動きをし始めるのを検知することができれば、対象物の故障、事故又は劣化等の予兆を捉えることができると考えれるが、そのためにはそのようなエネルギーがミクロスケールでランダムに変化する揺らぎを検知する必要がある。しかしながら、そのような対象物から発せられるミクロスケールのエネルギー揺らぎを検知可能なセンサーは、これまで知られていなかった。
【0008】
本発明は上述の課題に鑑みてなされたものであり、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換可能な熱電変換素子、熱電変換モジュール、及び熱電変換方法を提供すること、又は、対象物から発せられるミクロスケールのエネルギー揺らぎを検知可能なセンサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述の課題を解決するため、本発明に係る熱電変換素子は、第1方向に沿った熱流の入力に対して非線形の熱電応答特性を有する熱電変換部と、第1方向に沿って外部から熱電変換部に入力された熱流に起因して熱電変換部で生じた熱電信号を取り出すための電極部と、を備える。
【0010】
本発明に係る熱電変換素子によれば、流入した熱流によって熱電変換部において生成される熱電信号は、熱電変換部の非線形の熱電応答特性に起因して熱流の方向に対して非線形となり、そのような非線形の熱電信号が電極部によって電気的に取り出することが可能であることを本願発明者らは見出した。そのため、方向や大きさがランダムに変化する熱流からであっても、熱電変換部内で一定方向に熱電信号を生成することが可能であるため、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換を行うことが可能となる。
【0011】
また、上述の課題を解決するため、本発明に係る熱電変換素子において、熱電変換部は、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示し、上記電極部として、上記熱電変換部に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極を備えることができる。
【0012】
これにより、流入した熱流によって熱電変換部において生成される熱電信号は、熱電変換部の非相反伝導に起因して熱流の方向に対して非相反となり、そのような非相反熱電信号が一対の電極によって電気的に取り出することが可能であることを本願発明者らは見出した。そのため、方向や大きさがランダムに変化する熱流からであっても、熱電変換部内で一定方向に熱電信号を生成することが可能であるため、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換を行うことが可能となる。
【0013】
さらに、本発明に係る熱電変換素子においては、上記熱電変換部が、第1方向と直交する第2方向に沿って互いに積層された強磁性金属層及び常磁性金属層を含む熱電変換層であり、上記一対の電極が、上記熱電変換層に上記熱電変換層の面内方向に第1方向に沿って互いに離間して設けられていることが好ましい。これにより、熱電変換層の空間反転対称性の破れに基づく熱電変換の電圧が大きくなるため、熱電変換効率が特に高くなる。
【0014】
さらに、本発明に係る熱電変換素子においては、上記一対の電極の離間距離が、0.1μm以上、1000μm以下とすることができる。このような範囲とすることで、熱電変換の電圧が大きくなるため、熱電変換効率が高くなる。
【0015】
さらに、本発明に係る熱電変換素子においては、上記常磁性金属層が単層又は積層された複数の層からなり、上記常磁性金属層の上記単層又は上記積層された複数の層のそれぞれが、Pt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成されることが好ましい。これにより、熱電変換層の空間反転対称性の破れに基づく伝導の非相反性が特に大きくなるため、熱電変換効率が特に高くなる。
【0016】
さらに、本発明に係る熱電変換素子においては、上記強磁性金属層が単層又は積層された複数の層からなり、上記強磁性金属層の上記単層又は上記積層された複数の層のそれぞれが、Ni-Fe合金、Fe、CoNi、Gd、CoFeB合金、又は(Ga,Fe)Sb合金で構成されていることが好ましい。これらは室温で強磁性を示す材料であり、室温での伝導の非相反性が実現されることから、熱電変換効率が高くなる。
【0017】
さらに、本発明に係る熱電変換モジュールは、上記いずれかの熱電変換素子を複数備え、複数の前記熱電変換素子は、各熱電変換素子からの熱電信号が同極性で重畳可能なように互いに電気的に接続されている。これにより、大きな非相反熱電信号を取り出すことが可能となる。
【0018】
また、上述の課題を解決するため、本発明に係る熱電変換方法は、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す熱電変換層と、上記熱電変換層に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極と、を備える熱電変換素子を準備する工程であって、上記熱電変換層が、互いに積層された強磁性金属層及び常磁性金属層を含み、上記一対の電極が、上記常磁性金属層に上記常磁性金属層の面内方向に互いに離間して設けられている、工程と、上記熱電変換層の上記強磁性金属層に1T以下の磁場を印加しながら熱電変換を行う工程と、を有する。
【0019】
本発明に係る熱電変換方法によれば、1T以下の磁場が印加されて磁化された強磁性金属層と常磁性金属層との積層体に熱流が流入すると、常磁性金属層にスピン流が駆動され、常磁性金属層と強磁性金属層との界面にスピン蓄積が形成される。このスピン蓄積の極性は、熱流の向きに応じて、強磁性金属層の磁化方向に対して平行あるいは反平行になる。このスピン蓄積の極性と磁化の向きとの間の相対的な向きに応じて電子の散乱が変化し、これによって熱電変換層に生じる熱電信号に熱流の向き依存性、即ち非相反性が生じる。これが非相反熱電信号であり、このような非相反熱電信号を一対の電極によって電気的に取り出すことができる。そのため、方向や大きさがランダムに変化する熱流からであっても、常磁性金属層内で一定方向に熱電信号を生成することが可能であるため、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換を行うことが可能となる。
【0020】
また、上述の課題を解決するため、本発明に係る熱電変換方法は、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す熱電変換部に、交流成分を含む温度勾配を印加するステップと、熱電変換部が、交流成分を含む温度勾配を熱電変換して非相反熱電信号を生成するステップと、を有する。
【0021】
本発明に係る熱電変換方法によれば、熱電変換部は、印加された交流成分を含む温度勾配を熱電変換して熱電信号を生成する。この際、当該熱電信号は、熱電変換部の非相反伝導特性に起因して温度勾配の方向に対して非線形となるため、非相反熱電信号となる。これにより、ミクロスケールでの温度揺らぎは、交流成分を含む温度勾配とみなすことができるため、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換を行うことが可能となる。
【0022】
また、上述の課題を解決するため、本発明に係る揺らぎ検知センサーは、第1方向に沿った外部エネルギーの入力に対して非線形の電気応答特性を有する非線形応答部と、第1方向に沿って外部から上記非線形応答部に入力されたエネルギー揺らぎに起因して上記非線形応答部で生じた電気応答信号を取り出すための電極部と、を備える。
【0023】
本発明に係る揺らぎ検知センサーによれば、外部から入力されたエネルギー揺らぎによって非線形応答部において生成される電気応答信号は、非線形応答部の非線形の電気応答特性に起因してエネルギーの流れの方向に対して非相反となり、そのような非相反の電気応答信号を電極部によって電気的に取り出することが可能であることを本願発明者らは見出した。そのため、方向や大きさがランダムに変化する外部エネルギーからであっても、非線形応答部内で一定方向に非相反の電気応答信号である非線形電圧信号を生成することが可能であるため、対象物から発せられるミクロスケールのエネルギー揺らぎを検知することが可能となる。
【0024】
さらに、本発明に係る揺らぎ検知センサーでは、外部エネルギーが、電流及び/又は熱流であり、エネルギー揺らぎが、電流揺らぎ及び/又は熱流揺らぎであることができる。この場合、対象物から発せられる電流揺らぎ及び/又は熱流揺らぎを検知することが可能となる。
【0025】
さらに、本発明に係る揺らぎ検知センサーでは、外部エネルギーが、電流であり、エネルギー揺らぎが、電流揺らぎであることができる。この場合、対象物から発せられる電流揺らぎを検知することが可能となる。
【0026】
さらに、本発明に係る揺らぎ検知センサーでは、非線形応答部は、第1方向と直交する第2方向に沿って空間反転対称性が破れた構成を有することができる。
【0027】
さらに、本発明に係る揺らぎ検知センサーでは、非線形応答部は、第2方向に沿って互いに積層された強磁性層及び常磁性層を含むことができる。
【0028】
さらに、本発明に係る揺らぎ検知センサーでは、上記強磁性層は、自発磁化及び/又は高い保磁力を有し得るように構成されていることができる。
【0029】
さらに、本発明に係る揺らぎ検知センサーでは、上記強磁性層は、強磁性金属層であり、磁性金属と常磁性金属からなるL1型の規則合金で構成され、上記常磁性層は、常磁性金属層であることができる。これにより、上記強磁性層が有し得る保磁力の大きさを増大することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換可能な熱電変換素子、熱電変換モジュール、及び熱電変換方法が提供される、又は、対象物から発せられるミクロスケールのエネルギー揺らぎを検知可能なセンサーが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】第1実施形態に係る熱電変換素子を示す斜視図である。
図2】第1実施形態に係る熱電変換素子の断面図である。
図3】第1実施形態に係る熱電変換方法の工程を示す工程図である。
図4】熱電変換素子を用いた熱電変換モジュールの構成を示す斜視図である。
図5】非相反熱電信号を測定する実験方法を示す概略図である。
図6】非相反熱電信号を測定する実験の測定結果を示す図である。
図7】第2実施形態に係る揺らぎ検知センサーを示す斜視図である。
図8】第2実施形態に係る揺らぎ検知センサーの断面図である。
図9】第2実施形態に係るエネルギー変換方法の工程を示す工程図である。
図10】揺らぎ検知センサーを用いた揺らぎ検知センサーモジュールの構成を示す斜視図である。
図11】実施例3の非相反電圧信号JN1を測定する実験方法を示す概略図である。
図12】実施例3の実験の測定結果を示す図である。
図13】実施例4の非相反電圧信号JN1を測定する実験方法を示す概略図である。
図14】実施例4の実験の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。なお、各図面において、可能な場合には同一要素には同一符号を用いる。また、図面中の構成要素内及び構成要素間の寸法比は、図面の見易さのため、それぞれ任意となっている。
【0033】
(第1実施形態)
図1は、第1実施形態に係る熱電変換素子を示す斜視図であり、図2は、第1実施形態に係る熱電変換素子の断面図である。
【0034】
図1及び図2に示すように、本実施形態に係る熱電変換素子200は、基板201と、熱電変換部としての熱電変換層202と、電極部としての一対の電極207a、207bを備える。
【0035】
基板201は、例えば図1に示すように板状又はフィルム状の部材であり、略平坦な表面201Sを有する。表面201Sは、例えば図1に示すようにZ軸方向から見て矩形状である。基板201は、表面201S上に熱電変換層202を積層するための部材である。基板201を構成する材料としては、例えば、Au、Ag、Cu、及びAl等の金属、シリコン、サファイヤ、SiC、GaN、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)、並びに、ポリイミド、ポリエチレンテレフタラート(PET)、及びポリエチレンナフタレート(PEN)などの樹脂を挙げることができる。
【0036】
なお、図1及び図2においては、直交座標系Cを示しており、基板201の厚さ方向にZ軸を設定し、基板201の表面201Sの矩形の長辺方向及び短辺方向に、それぞれX軸及びY軸を設定している。以降の図においても必要に応じて直交座標系Cを示している。
【0037】
熱電変換層202は、Z軸方向(第2方向)に沿って互いに積層された単層の強磁性金属層203及び単層の常磁性金属層205を有し、本実施形態では基板201の表面201S上に強磁性金属層203が積層され、強磁性金属層203上に常磁性金属層205が積層されている。強磁性金属層203は、熱電変換素子200の使用環境における温度において強磁性を示す金属で構成されている。強磁性金属層203は、室温(300K程度)で強磁性を示す金属で構成されていることが好ましく、この観点からFe、Co、Ni、Gd、又はそれらの少なくとも一つを含む合金から構成されていることが好ましく、Ni-Fe合金、Co、又はCoFeBから構成されていることが特に好ましい。
【0038】
熱電変換層202は、例えば、平面視で(即ち、Z軸方向から見て)X軸方向に沿った長辺及びY軸方向に沿った短辺を有する矩形状である。強磁性金属層203の厚さは、特に制限されないが、例えば1nm以上、100nm以下とすることができる。
【0039】
常磁性金属層205は、熱電変換素子200の使用環境における温度において常磁性を示す金属で構成されており、室温(300K)で常磁性を示す金属で構成されていることが好ましい。常磁性金属層205は、後述の常磁性金属層205内でのスピンネルンスト効果を高くするためにスピン軌道相互作用の高い常磁性金属で構成されていることが好ましく、この観点からPt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成されていることが好ましく、特にPtで構成されていることが好ましい。常磁性金属層205の厚さは、特に制限されないが、例えば 1nm以上、100nm以下とすることができる。
【0040】
熱電変換層202は、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す。具体的には、強磁性金属層203の表面に常磁性金属層が設けられているが、強磁性金属層203の裏面には同様の常磁性金属層は設けられておらず、また、常磁性金属層205の裏面に強磁性金属層が設けられているが、常磁性金属層205の表面には同様の強磁性金属層は設けられていない。そのため、熱電変換層202は、Z軸方向に沿って空間反転対称性が破れた構造を有している。熱電変換層202は、XY平面に沿った方向には、実質的に空間反転対称性を有している。そして、熱電変換層202は、このZ軸方向に沿った空間反転対称性の破れに起因して、面内(XY平面内)方向の電気伝導率について非相反性を示す。これにより、熱電変換層202は、後述のように面内(XY平面内)方向の一つ(本実施形態では、第1方向としてのX軸方向)に沿った熱流Hの入力に対して非線形の熱電応答特性を有する。
【0041】
一対の電極207a、207bは、熱電変換層202に熱電変換層202の面内(XY平面内)方向に互いに離間して設けられている。一対の電極207a、207bは、後述のように面内(XY平面内)方向の一つに沿って外部から熱電変換層202に入力された熱流Hに起因して熱電変換層202で生じた熱電信号Jを取り出すために設けられている。本実施形態では、一対の電極207a、207bは、強磁性金属層203に接しないように常磁性金属層205に設けられており、常磁性金属層205の強磁性金属層203とは反対側の表面205Sに設けられている。一対の電極207a、207bは、常磁性金属層205の面内(XY平面内)方向の一つであるX軸方向に沿って互いに離間している。一対の電極207a、207bは、後述のように熱電変換層202から非相反熱電信号を取り出すことが可能な導電率を有する材料で構成され、そのような材料としては、例えば、Cu、Ag、Au、Pt、Ni、Al、コンスタンタン、Cr、In、Pd、Fe、Cu合金、Ti/Au積層、及びCr/Au積層等の金属材料、酸化インジウムスズ(ITO)、及び酸化亜鉛(ZnO)等の導電性酸化物を挙げることができ、Cu、Ag、Au、Pt、Ni、Al、コンスタンタン、及びCu銅合金が好ましく、Cu、Au、Ag、Pt、Ni、Ti/Au積層、及びCr/Au積層が特に好ましい。
【0042】
一対の電極207a、207bの厚さは、特に制限されないが、例えば10nm以上、1μm以下とすることができる。一対の電極207a、207b間のX軸方向に沿った離間距離D207は、0.1μm以上、1000μm以下であることが好ましい。
【0043】
また、本実施形態の熱電変換素子200は、強磁性金属層203と接するように設けられている電気的に絶縁性の磁性材料からなる層を備えていてもよいし、そのような層を備えていなくてもよい。
【0044】
このような熱電変換素子200は、例えば基板201を準備し、その表面201S上にDCマグネトロンスパッタリング法等の物理的気相成長法で強磁性金属層203を構成するための材料及び常磁性金属層205を構成するための材料をこの順に堆積して積層体を形成し、フォトリソグラフィー法及びリフトオフ法によって当該積層体を平面視で矩形状となるようにパターニングして熱電変換層202を形成する。その後、常磁性金属層205の表面205Sを含む領域に一対の電極207a、207bを構成するための金属材料をDCマグネトロンスパッタリング法等の物理的気相成長法で堆積して金属層を形成し、フォトリソグラフィー法及びリフトオフ法によって当該金属層を所定の形状にパターニングして一対の電極207a、207bを形成する。
【0045】
次に、本実施形態に係る熱電変換方法について説明する。図3は、本実施形態に係る熱電変換方法の工程を示す工程図である。図3に示すように、本実施形態に係る熱電変換方法の工程は、熱電変換素子を準備する工程S11と、熱流を入力する工程S12と、外部磁場を印加しながら熱電変換を行う工程S13とを有する。これらの工程について、再度図1及び図2を参照しつつ説明する。
【0046】
熱電変換素子を準備する工程S11では、図1図2に示すような上述の熱電変換素子200を準備する。続いて、熱流を入力する工程S12では、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す熱電変換層202に、熱流Hを印加する。具体的には、熱流を入力する工程S12では、熱電変換層202に対して熱電変換の対象である外部からの熱流Hを、熱電変換層202の面内(XY平面内)方向の一つであるX軸方向に沿って流れるように入力する。
【0047】
本実施形態の熱流Hは、上述の「ミクロスケールでの温度揺らぎ」に対応する。熱流Hは、単一又は複数の交流成分を含む温度勾配である。ここで、「交流成分」とは、所定の周波数で周期的に熱の大きさが正負に変動する成分であり、熱流Hが複数の交流成分を含む場合、各交流成分の周波数は互いに異なる。上述のように「ミクロスケールでの温度揺らぎ」は、熱流の方向や大きさがランダムに変化するような熱源に対応するが、フーリエ変換によって当該温度揺らぎに含まれる単一の交流成分又は複数の互いに周波数が異なる交流成分を求めることができるため、上述の「ミクロスケールでの温度揺らぎ」は、単数又は複数の交流成分を含む温度勾配とみなすことができる。
【0048】
次に、外部磁場を印加しながら熱電変換を行う工程S13が行われる。外部磁場を印加しながら熱電変換を行う工程S13は、熱電変換層202が、熱流Hを熱電変換して熱電信号Jを生成する工程を含む。具体的には、外部磁場を印加しながら熱電変換を行う工程S13では、熱電変換素子200の外部に設けられた磁場発生部から発生させた外部磁場Bを強磁性金属層203に対して印加する。この際の外部磁場Bの印加方向は、熱電変換素子200の面内(XY平面内)方向であって、熱流Hの流れの方向と直交する方向の一方であるY軸負方向とする。これにより、強磁性金属層203は、外部磁場Bの方向に磁化され、外部磁場Bの方向を向いた磁化203Mを有する。このような外部磁場Bの印加は、熱流Hの熱電変換を行う間、維持される。外部磁場Bの大きさは、例えば1T以下とすることができる。
【0049】
工程S13において、熱流Hが常磁性金属層205に流入すると、スピン流Jが、Z軸方向に沿って生成され、強磁性金属層203内に流れ込む。スピン流Jの極性は、熱流Hの方向に応じてY軸正方向又はY軸負方向に変化する。そのため、熱流Hの方向が反転するとスピン流Jの極性は反転し、スピン流Jの極性と強磁性金属層203の磁化203Mの方向との相対的な向き関係が反転する。また、強磁性金属層203の磁化203Mの方向を反転させることによって、スピン流Jの極性と磁化203Mの方向との相対的な向き関係を反転させることもできる。
【0050】
スピン流Jが強磁性金属層203内に流れ込むと、スピン流の極性方向と強磁性金属層203の磁化203Mの方向との相対的な向きに応じて、電子散乱が変化する。強磁性金属層203及び常磁性金属層205の接合界面付近におけるスピン流の極性方向は熱流Hの向きに応じて変化するため、この電子散乱は熱流Hの向きに応じて変化する。これによって熱電変換層202に生じる熱電信号に熱流Hの向き依存性、即ち非相反性が生じる。
【0051】
このように熱電変換層202内に生成される熱電信号Jは、上述のような熱電変換層202の非相反伝導に起因して熱流Hの方向に対して非相反となり(即ち、熱電信号Jが熱流Hの方向に対して非線形に変化し)、熱流Hの方向がX軸正方向かX軸負方向かに関わらず、熱電信号Jの方向は、X軸正方向となり、そのような非相反熱電信号Jを一対の電極207a、207bを介して電気的に取り出すことができることを本願発明者らは見出した。そのため、本実施形態に係る熱電変換素子200によれば、熱流Hの方向や大きさがランダムに変化しても、熱電変換層202内で一定方向に非相反熱電信号Jを生成することが可能であるため、ミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換を行うことが可能となる。
【0052】
また、外部磁場Bの方向をY軸正方向に反転させ、強磁性金属層203の磁化203Mの方向をY軸正方向に反転させることによって、非相反熱電信号Jの方向をX軸負方向に反転させることができる。
【0053】
熱電変換層202においては、一対の電極207a、207bによって取り出される非相反熱電信号Jの電圧の大きさをV、Vに対応する熱電変換層202内に発生する電場をE、熱電変換層202の非線形ゼーベック係数をS、一対の電極207a、207b間の距離をL(図2におけるD207)、熱電変換層202の距離Lの範囲における温度勾配を∇T、熱電変換層202の距離Lの範囲における温度差をΔTとしたとき、電場E=非線形ゼーベック係数S×(温度勾配∇T)の関係が成り立つ。この式の両辺に距離Lを掛けることにより、電圧V=非線形ゼーベック係数S×(温度差ΔT)/Lとなるため、一対の電極207a、207b間の距離Lが小さい程、電圧Vが大きくなる。そのため、上述のように一対の電極207a、207b間のX軸方向に沿った離間距離D207を好ましくは1000μm以下と小さい値にすることにより、一対の電極207a、207bによって取り出される非相反熱電信号Jが大きくなる。
【0054】
また、熱電変換素子200は、X軸正側の端面及び/又はX軸負側の端面に接するように又は近接するように設けられた、熱流Hが熱電変換層202内に流入し易くするための熱伝導部を備えてもよい。このような熱伝導部は、例えばアルミニウム、銅、炭素繊維、サファイヤ、アルミナ、熱酸化膜付きシリコン、高分子ポリマーで構成することができる。
【0055】
図4は、上述のような熱電変換素子を用いた熱電変換モジュールの構成を示す斜視図である。図4に示すように、本実施形態に係る熱電変換モジュール300は、複数の熱電変換素子200を備え、本実施形態では4つの熱電変換素子200a、200b、200c、200dを有する。4つの熱電変換素子200a、200b、200c、200dは、各熱電変換素子からの非相反熱電信号Jが同極性で重畳するように互いに電気的に接続されている。
【0056】
具体的には、熱電変換モジュール300では、図1及び図2に示す熱電変換素子200と同様の態様で直交座標系Cに対して配置された熱電変換素子200a、200cと、図1及び図2に示す熱電変換素子200をY軸の周りに180度回転させた態様で直交座標系Cに対して配置された熱電変換素子200b、200dが、Y軸方向に沿って交互に設けられている。そして、熱電変換素子200aの電極207aと熱電変換素子200bの電極207bが電気的に接続され、熱電変換素子200bの電極207aと熱電変換素子200cの電極207bが電気的に接続され、熱電変換素子200cの電極207aと熱電変換素子200dの電極207bが電気的に接続されている。また、熱電変換素子200b、200dをY軸の周りに180度回転させた態様で配置することに代えて、熱電変換素子200b、200dを熱電変換素子200a、200cと同様に図1及び図2に示す熱電変換素子200と同様の態様で直交座標系Cに対して配置した上で、熱電変換素子200b、200dにおいて、熱電変換層202の強磁性金属層203と常磁性金属層205の積層順を逆にすることもできる。この場合、熱電変換素子200aの電極207aと熱電変換素子200bの電極207aが電気的に接続され、熱電変換素子200bの電極207bと熱電変換素子200cの電極207bが電気的に接続され、熱電変換素子200cの電極207aと熱電変換素子200dの電極207aが電気的に接続される。
【0057】
また、外部磁場Bによって4つの熱電変換素子200a、200b、200c、200dのそれぞれの強磁性金属層203は、Y軸負方向に磁化され、Y軸負方向を向いた磁化203Mを有する。
【0058】
また、熱電変換モジュール300は、4つの熱電変換素子200a、200b、200c、200dのX軸負側の端面及びX軸正側の端面に接するように又は近接するように設けられた熱伝導部301、302を備える。これにより、X軸方向に流れる熱流が4つの熱電変換素子200a、200b、200c、200dのそれぞれの強磁性金属層203内に流入し易くなる。熱電変換モジュール300は、熱伝導部301、302を備えなくてもよい。
【0059】
熱流が4つの熱電変換素子200a、200b、200c、200dのそれぞれの強磁性金属層203内に流入してそれぞれの熱電変換素子200で生成された非相反熱電信号は、同極性で重畳された後に、熱電変換素子200aの電極207bと熱電変換素子200dの電極207aとによって取り出されることができるため、大きな非相反熱電信号を取り出すことが可能となる。
【0060】
(実施例)
次に、第1実施形態に係る発明の効果をより明確にするため、実施例を用いて説明する。以下のように熱電変換素子200に対応する素子を作製した。まず、基板201として厚さが0.5mmの熱酸化膜付きSi基板を準備し、この基板上にDCマグネトロンスパッタリング法によって、強磁性金属層203として厚さが5nmのNi-Fe合金層、及び、常磁性金属層205として厚さが5nmのPt層をこの順に堆積し、熱電変換層202を形成した。その後、フォトリソグラフィー法とリフトオフ法によって、熱電変換層202をY軸方向の幅が5μm、X軸方向の長さが50μmの平面視で矩形状にパターン化した。その後、熱電変換層202上にRFマグネトロンスパッタリング法によってTi/Au層を堆積し、当該Ti/Au層をフォトリソグラフィー法とリフトオフ法によって所定の形状にパターン化することによって一対の電極207a、207bに対応する一対の電極を形成し、熱電変換素子200に対応する素子を作製した。
【0061】
次に、当該素子を、室温(300K)において、熱流を入力する工程S12及び外部磁場を印加しながら熱電変換を行う工程S13を行い、一対の電極207a、207bから出力される非相反熱電信号Jを測定する実験を行った。図5は、非相反熱電信号Jを測定する実験方法を示す概略図である。図5に示すように、熱電変換素子200に対応する素子のX軸負方向の端部に隣接して第1の抵抗ヒーター210を設け、当該素子のX軸正方向の端部に隣接して第2の抵抗ヒーター211を設けた。そして、第1の抵抗ヒーター210及び第2の抵抗ヒーター211に、第1の電源220及び第2の電源221をそれぞれ電気的に接続した。また、一対の電極207a、207b間にロックインアンプ230を電気的に接続した。
【0062】
そして、熱電変換素子200に対してY軸負方向に印加する外部磁場Bの大きさを、5mTから-5mTまで0.1mT間隔で変化させながら、第1の抵抗ヒーター210及び第2の抵抗ヒーター211によって熱電変換素子200に対してX軸に沿った方向に角周波数ωの正弦波的に変化する交流温度勾配ΔTACを与えた。そして、熱電変換素子200で生成される熱電信号のうち、交流温度勾配ΔTACの2倍周波数に対応する熱電信号の変化量のy成分であるΔV2ω、yをロックインアンプ230で検出した。
【0063】
交流温度勾配ΔTACについてより具体的には、ωを角周波数、tを時間としたとき、第1の電源220によって第1の抵抗ヒーター210に対して、Vdc+Vacsin(ωt)の交流電圧を印加し、それとは逆位相であるVdc-Vacsin(ωt)の交流電圧を第2の電源221によって第2の抵抗ヒーター211に印加した。これにより、熱電変換素子200に対してX軸に沿った方向にΔTAC=(√2)ΔTrmssin(ωt)で表される交流温度勾配が印加される(ΔTrmsは、交流温度勾配の実効値)。そのため、交流温度勾配ΔTACは、単一の交流成分を含む熱流Hに対応する。第1の電源220及び第2の電源221として、株式会社エヌエフ回路設計ブロック製の電圧源装置WF1968を用い、ロックインアンプ230として株式会社エヌエフ回路設計ブロック製のロックインアンプLI5640を用いた。また、第1の電源220及び第2の電源221で印加する上記交流電圧の周波数f(=ω/2π)を13.723Hzとし、上記ΔTrmsが4Kとなるように上記Vacを調整した。ロックインアンプ230のロックイン条件として、ダイナミックリザーブをlow、測定感度(sensitivity)を500nV、時定数を1秒、スロープを-24dBとした。
【0064】
図6は、上記実験の結果として得られた熱電信号ΔV2ω、yの外部磁場B依存を示す図である。熱電変換素子200に与えられたΔTACは正弦波的に変化するため、マクロスケールで見ると熱電変換素子200に温度勾配は実質的に与えられないことになり、ΔTACは、ミクロスケールでの温度揺らぎに対応する。そして、もしも熱電変換素子200から出力される熱電信号が交流温度勾配ΔTACの極性に対して線形となる場合、交流温度勾配ΔTACの2倍周波数に対応する熱電信号ΔV2ω、yは、交流温度勾配ΔTACの正位相と逆位相に対応する熱電信号が打ち消し合うため、ゼロとなるのに対して、熱電変換素子200から出力される熱電信号が交流温度勾配ΔTACの極性に対して非線形(非相反)となる場合、熱電信号ΔV2ω、yは有限の値となる。
【0065】
本実験では、図6に示されるように、外部磁場Bが印加されている場合、有限の値のΔV2ω、yが検出され、外部磁場Bの極性が反転するとΔV2ω、yの極性も反転した。これにより、本実験で用いた熱電変換素子は、温度勾配の方向に対して非線形に熱電信号を生成することが可能であるため、マクロスケールでは温度勾配が実質的に存在しないミクロスケールでの温度揺らぎから熱電変換を行うことが可能であることが示された。
【0066】
本発明は上述の第1実施形態に限定されず、様々な変形態様が可能である。
【0067】
例えば、上述の第1実施形態では熱電変換素子200は基板201を備えているが(図1及び図2参照)、熱電変換素子200は基板201を備えていなくてもよい。この場合、熱電変換層202を自立層として形成することができる。
【0068】
また、上述の第1実施形態では、工程S13において外部磁場Bを強磁性金属層203に対して、熱電変換素子200の面内(XY平面内)方向であって、熱流Hの流れの方向と直交する方向に印加しているが(図1及び図2参照)、熱電変換素子200の面内(XY平面内)方向であって、熱流Hの流れの方向と90度以外の角度で交差する方向に印加してもよい。ただし、外部磁場Bと熱流Hは、互いに平行又は反平行とはならないように設定される。
【0069】
また、上述の第1実施形態では、工程S13において外部磁場Bを印加しながら熱電変換を行っているが(図1及び図2参照)、外部磁場Bの印加無しでも強磁性金属層203の磁化203Mを有するのであれば、工程S13において外部磁場Bの印加無しで熱電変換を行うことができる。これを実現するための方法として、例えば、強磁性金属層203を保磁力の大きな材料で構成し、強磁性金属層203が残留磁化としての磁化203Mを有するようにすることや、強磁性金属層203に静磁場又は交換結合磁場を印加する層又は部材を熱電変換素子200に設けることを挙げることができる。例えば、熱電変換素子200は、強磁性金属層203に交換結合磁場を印加するように強磁性金属層203の常磁性金属層205側とは反対側に積層されたNiO、IrMn、FeMn、NiMn、PtMn、PdMn、Mn2Au、FeRh,MnSb等の反強磁性層をさらに備えることができる。これにより、外部磁場Bの印加無しで熱電変換を行うことが可能となる。
【0070】
また、上述の第1実施形態では、一対の電極207a、207bを、強磁性金属層203に接しないように、かつ、X軸方向に沿って互いに離間するように、常磁性金属層205の表面205Sに設けているが(図1及び図2参照)、強磁性金属層203に接しないように、かつ、X軸方向に沿って互いに離間するように、常磁性金属層205のX軸正負方向の側面にそれぞれ設けてもよい。
【0071】
また、上述の第1実施形態では強磁性金属層203は単層であったが(図1及び図2参照)、強磁性金属層203は、積層された複数の強磁性金属の層からなってもよい。この場合、当該複数の層のそれぞれが、Ni-Fe合金、Fe、Co、Ni、Gd、CoFeB合金、又は(Ga,Fe)Sb合金で構成されていることが好ましい。このような積層された複数の強磁性金属の層は、例えば、複数種類の強磁性金属からなる層を互いに周期的に積層した積層体(例えば第1の強磁性金属からなる層を層A、第2の強磁性金属からなる層を層B、及び第3の強磁性金属からなる層を層Cとしたとき、層A層B層C層A層B層C・・・のように3種の層を周期的に積層した積層体)や、複数種類の強磁性金属からなる層を互いにランダムに積層した積層体(例えば、層A層B層C層B層A層C・・・のように3種の層をランダムに積層した積層体)とすることができる。
【0072】
また、上述の第1実施形態では常磁性金属層205は単層であったが(図1及び図2参照)、常磁性金属層205は、積層された複数の常磁性金属の層からなってもよい。この場合、当該複数の層のそれぞれが、Pt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成されることが好ましい。このような積層された複数の常磁性金属の層としては、例えば、複数種類の常磁性金属からなる層を互いに周期的に積層した積層体(例えば、第1の常磁性金属からなる層を層D、第2の常磁性金属からなる層を層E、及び第3の常磁性金属からなる層を層Fとしたとき、層D層E層F層D層E層F・・・のように3種の層を周期的に積層した積層体)や、複数種類の常磁性金属からなる層を互いにランダムに積層した積層体(例えば、層D層E層F層E層D層F・・・のように3種の層をランダムに積層した積層体)とすることができる。上記積層された複数の常磁性金属の層は、互いに同じ符号のスピンネルンスト角を持つことが好ましい。これにより、熱電変換層202における熱電変換の際、複数の常磁性金属の層のそれぞれに起因する非相反熱電信号が互いに打ち消し合うことがなくなるため、非相反熱電信号を全体として増大させることができるためである。
【0073】
また、上述の第1実施形態では熱電変換層202は、常磁性金属層を1層(常磁性金属層205)のみ備えていたが(図1及び図2参照)、熱電変換層202は、第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層を備えていてもよい。この場合、第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層の間に強磁性金属層203が介在するように第1の常磁性金属層、強磁性金属層203及び第2の常磁性金属層がこの順にZ軸方向に沿って積層されて熱電変換層202が構成される。第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層の好ましい構成材料は常磁性金属層205と同様だが、熱電変換層202がZ軸方向に沿って空間反転対称性が破れた構造を有するように第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層の構成(構成材料及び膜厚等)が選択される。
【0074】
この場合、第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層は、互いに逆符号のスピンネルンスト角を持つことが好ましい。(例えば、第1の常磁性金属層をPtで構成し、第2の常磁性金属層をTaで構成することによって、これを実現することができる。)これにより、熱電変換層202における熱電変換の際、第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層のそれぞれから強磁性金属層203に、同じ向きの極性を有するスピン流が注入されるため、非相反熱電信号を増大させることができるためである。
【0075】
さらに、この場合、第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層のそれぞれ又はいずれかは、上述のように積層された複数の常磁性金属の層からなってもよい。この場合、第1の常磁性金属層と第2の常磁性金属層のそれぞれ又はいずれかを構成する複数の常磁性金属の層は、上述の理由により互いに同じ符号のスピンネルンスト角を持つことが好ましい。
【0076】
また、上述の第1実施形態では一対の電極207a、207bは常磁性金属層205の表面205Sに設けられているが(図1及び図2参照)、一対の電極207a、207bは、常磁性金属層205に接しないように、かつ、X軸方向に沿って互いに離間するように、強磁性金属層203の裏面(Z軸負側の面)に設けられていてもよい。
【0077】
また、上述の第1実施形態では基板201上に強磁性金属層203及び常磁性金属層205がこの順に積層されて熱電変換層202を構成しているが(図1及び図2参照)、基板201上に常磁性金属層205及び強磁性金属層203をこの順に積層して熱電変換層202を構成してもよい。この場合、一対の電極207a、207bは、X軸方向に沿って互いに離間するように、強磁性金属層203の表面(Z軸正側の面)又は常磁性金属層205の裏面(Z軸負側の面)に設けることができる。
【0078】
本開示の熱電変換素子、熱電変換モジュール及び熱電変換方法は、以下の構成を有する。
[1] 第1方向に沿った熱流の入力に対して非線形の熱電応答特性を有する熱電変換部と、
前記第1方向に沿って外部から前記熱電変換部に入力された熱流に起因して前記熱電変換部で生じた熱電信号を取り出すための電極部と、
を備える、熱電変換素子。
[2] 前記熱電変換部は、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示し、
前記電極部として、前記熱電変換部に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極を備える、[1]に記載の熱電変換素子。
[3] 前記熱電変換部が、前記第1方向と直交する第2方向に沿って互いに積層された強磁性金属層及び常磁性金属層を含む熱電変換層であり、
前記一対の電極が、前記熱電変換層に前記熱電変換層の面内方向に前記第1方向に沿って互いに離間して設けられている、[2]に記載の熱電変換素子。
[4] 前記一対の電極の離間距離が、0.1μm以上、1000μm以下である、[2]又は[3]に記載の熱電変換素子。
[5] 前記常磁性金属層が単層又は積層された複数の層からなり、前記常磁性金属層の前記単層又は前記積層された複数の層のそれぞれが、Pt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成される、[3]又は[4]に記載の熱電変換素子。
[6] 前記強磁性金属層が単層又は積層された複数の層からなり、前記強磁性金属層の前記単層又は前記積層された複数の層のそれぞれが、Ni-Fe合金、Fe、Co、Ni、Gd、CoFeB合金、又は(Ga,Fe)Sb合金で構成されている、[3]~[5]のいずれかに記載の熱電変換素子。
[7] [1]~[6]のいずれかに記載の熱電変換素子を複数備え、複数の前記熱電変換素子は、各熱電変換素子からの熱電信号が同極性で重畳可能なように互いに電気的に接続されている、熱電変換モジュール。
[8] 空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す熱電変換層と、前記熱電変換層に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極と、を備える熱電変換素子を準備する工程であって、前記熱電変換層が、互いに積層された強磁性金属層及び常磁性金属層を含み、前記一対の電極が、前記熱電変換層に前記熱電変換層の面内方向に互いに離間して設けられている、工程と、
前記熱電変換層の前記強磁性金属層に1T以下の磁場を印加しながら熱電変換を行う工程と、
を有する熱電変換方法。
[9] 空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す熱電変換層と、
前記熱電変換層に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極と、
を備える熱電変換素子であって、
前記熱電変換層が、互いに積層された常磁性金属層及び強磁性金属層を含み、
前記一対の電極が、前記常磁性金属層に前記常磁性金属層の面内方向に互いに離間して設けられている、熱電変換素子(ただし、強磁性金属層と接するように設けられている電気的に絶縁性の磁性材料からなる層を備える熱電変換素子を除く)。
[10] 空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す熱電変換部に、交流成分を含む温度勾配を印加するステップと、
前記熱電変換部が、前記空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導に基づき、前記交流成分を含む温度勾配を熱電変換して非相反熱電信号を生成するステップと、
を有する熱電変換方法。
[11] 第1の層と第2の層を含む熱電変換部を用いた熱電変換方法であって、
前記熱電変換部に交流成分を含む温度勾配を印加するステップと、
前記第1の層が、流れ込んだスピン流の電子散乱が当該スピン流の極性方向に依存して異なることに基づき、前記交流成分を含む温度勾配を熱電変換して非相反熱電信号を生成するステップと、
を有する熱電変換方法。
[12] 熱電変換部と、
前記熱電変換部の第1方向の一端に設けられた第1の熱伝導部と、
前記熱電変換部の前記第1方向の他端に設けられた第2の熱伝導部と、
前記熱電変換部に前記第1方向に互いに離間して設けられた一対の電極と、
を備え、
前記第1の熱伝導部と前記第2の熱伝導部の間に交流成分を含む温度勾配を印加すると、前記熱電変換部に直流電気信号が生じ、当該直流電気信号が前記一対の電極によって取り出されることができる、熱電変換素子。
[13] 少なくとも第1の熱電変換素子と第2の熱電変換素子を含む熱電変換モジュールであって、
前記第1の熱電変換素子及び前記第2の熱電変換素子は、それぞれ熱電変換部と、前記熱電変換部に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極と、を備え、
前記第1の熱電変換素子の前記一対の電極の一方と、前記第2の熱電変換素子の前記一対の電極の一方が、前記第1の熱電変換素子からの前記非相反熱電信号と前記第2の熱電変換素子からの前記非相反熱電信号が同極性で重畳可能なように、互いに電気的に接続されている、熱電変換モジュール。
[14] 少なくとも第1の熱電変換素子と第2の熱電変換素子を含む熱電変換モジュールであって、
前記第1の熱電変換素子及び第2の熱電変換素子の第1方向の一端に設けられた第1の熱伝導部と、
前記第1の熱電変換素子及び第2の熱電変換素子の前記第1方向の他端に設けられた第2の熱伝導部と、
を備える、熱電変換モジュール。
[15] 印加された交流成分を含む温度勾配を直流電気信号に変換するための、[13]又は[14]に記載の熱電変換モジュール。
[16] 少なくとも第1の熱電変換素子と第2の熱電変換素子を含む熱電変換モジュールであって、
前記第1の熱電変換素子及び前記第2の熱電変換素子は、それぞれ熱電変換部と、前記熱電変換部に互いに離間して設けられた、非相反熱電信号を取り出すための一対の電極と、を備え、
前記第1の熱電変換素子の前記一対の電極の一方が設けられた面と前記第2の熱電管素子の前記一対の電極の一方が設けられた面が前記第1の熱電変換素子及び前記第2の熱電管素子の縁部を含む領域で重なっていることにより、前記第1の熱電変換素子の前記一対の電極の前記一方と前記第2の熱電変換素子の前記一対の電極の前記一方が電気的に接続されている、熱電変換モジュール。
【0079】
(第2実施形態)
図7は、第2実施形態に係る揺らぎ検知センサーを示す斜視図であり、図8は、第2実施形態に係る揺らぎ検知センサーの断面図である。
【0080】
図7及び図8に示すように、本実施形態に係る揺らぎ検知センサー400は、基板401と、非線形応答部としての非線形応答層402と、電極部としての一対の電極407a、407bを備える。
【0081】
基板401は、例えば図7に示すように板状又はフィルム状の部材であり、略平坦な表面401Sを有する。表面401Sは、例えば図7に示すようにZ軸方向から見て矩形状である。基板401は、表面401S上に非線形応答層402を積層するための部材である。基板401を構成する材料としては、例えば、Au、Ag、Cu、及びAl等の金属、シリコン、サファイヤ、SiC、GaN、イットリア安定化ジルコニア(YSZ)、並びに、ポリイミド、ポリエチレンテレフタラート(PET)、及びポリエチレンナフタレート(PEN)などの樹脂を挙げることができる。
【0082】
なお、図7及び図8においては、直交座標系Cを示しており、基板401の厚さ方向にZ軸を設定し、基板401の表面401Sの矩形の長辺方向及び短辺方向に、それぞれX軸及びY軸を設定している。以降の図においても必要に応じて直交座標系Cを示している。
【0083】
非線形応答層402は、第1方向であるX軸方向に沿った外部エネルギーの入力に対して非線形の電気応答特性を有する。当該外部エネルギーは、例えば電流及び/又は熱流である。本実施形態では、非線形応答層402は、第2方向であるZ軸方向に沿って互いに積層された強磁性層403及び常磁性層405を含み、基板401上に強磁性層403が積層され、強磁性層403上に常磁性層405が積層されている。強磁性層403は、揺らぎ検知センサー400の使用環境における温度において強磁性を示す材料で構成され、室温(300K)で強磁性を示す材料で構成されることが好ましい。本実施形態では、強磁性層403は硬質磁性材料で構成され、自発磁化403Мを有し得る。また、強磁性層403は、高い保磁力、例えば50mT以上の保磁力を有することが好ましい。
【0084】
また、強磁性層403は、強磁性金属層であることが好ましい。当該強磁性金属層は、室温(300K)で強磁性を示す磁性金属と常磁性を示す常磁性金属からなるL1型の規則合金で構成されることが好ましい。当該磁性金属は、例えば鉄、ニッケル、コバルト、ガドリニウム、ジスプロシウム、テルビウムのうちの少なくとも1つから構成され、当該常磁性金属は、例えばPt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成されることが好ましい。強磁性層403が、このようなL1型の規則合金で構成されることによって、強磁性層403は、特に大きな保磁力を有し得るため、後述のような揺らぎ検知センサー400による電流揺らぎ及び/又は熱流揺らぎのエネルギー変換を、室温・無磁場の環境で効率よく行うことができる。
【0085】
非線形応答層402は、例えば、平面視で(即ち、Z軸方向から見て)X軸方向に沿った長辺及びY軸方向に沿った短辺を有する矩形状である。強磁性層403の厚さは、特に制限されないが、例えば1nm以上、100nm以下とすることができる。
【0086】
常磁性層405は、揺らぎ検知センサー400の使用環境における温度において常磁性を示す材料で構成されており、室温(300K)で常磁性を示す材料で構成されていることが好ましい。また、常磁性層405は、常磁性金属層であることが好ましい。当該常磁性金属層は、後述のような当該常磁性金属層の内部でのスピンネルンスト効果及びスピンホール効果を高くするためにスピン軌道相互作用の高い常磁性金属で構成されていることが好ましく、この観点からPt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成されていることが好ましく、特にPtで構成されていることが好ましい。常磁性層405の厚さは、特に制限されないが、例えば1nm以上、100nm以下とすることができる。
【0087】
本実施形態では、非線形応答層402は、空間反転対称性の破れに基づく非相反伝導を示す。具体的には、強磁性層403の表面に常磁性層が設けられているが、強磁性層403の裏面には同様の常磁性層は設けられておらず、また、常磁性層405の裏面に強磁性層が設けられているが、常磁性層405の表面には同様の強磁性層は設けられていない。そのため、非線形応答層402は、Z軸方向に沿って空間反転対称性が破れた構造を有している。非線形応答層402は、XY平面に沿った方向には、実質的に空間反転対称性を有している。そして本実施形態の非線形応答層402は、このZ軸方向に沿った空間反転対称性の破れに起因して、面内(XY平面内)方向の電気伝導率について非相反性を示す。
【0088】
一対の電極407a、407bは、非線形応答層402に非線形応答層402の面内(XY平面内)方向に互いに離間して設けられている。本実施形態では、一対の電極407a、407bは、強磁性層403に接しないように常磁性層405に設けられており、常磁性層405の強磁性層403とは反対側の表面405Sに設けられている。一対の電極407a、407bは、常磁性層405の面内(XY平面内)方向の一つであるX軸方向に沿って互いに離間している。
【0089】
一対の電極407a、407bは、後述のように非線形応答層402から非相反電圧信号を取り出すことが可能な導電率を有する材料で構成され、そのような材料としては、例えば、Cu、Ag、Au、Pt、Ni、Al、コンスタンタン、Cr、In、Pd、Fe、Cu合金、Ti/Au積層、及びCr/Au積層等の金属材料、酸化インジウムスズ(ITO)、及び酸化亜鉛(ZnO)等の導電性酸化物を挙げることができ、Cu、Ag、Au、Pt、Ni、Al、コンスタンタン、及びCu銅合金が好ましく、Cu、Au、Ag、Pt、Ni、Ti/Au積層、及びCr/Au積層が特に好ましい。
【0090】
一対の電極407a、407bの厚さは、特に制限されないが、例えば10nm以上、1μm以下とすることができる。一対の電極407a、407b間のX軸方向に沿った離間距離D407は、0.1μm以上、1000μm以下であることが好ましい。
【0091】
また、本実施形態の揺らぎ検知センサー400は、強磁性層403と接するように設けられている電気的に絶縁性の磁性材料からなる層をさらに備えていてもよいし、そのような層を備えていなくてもよい。
【0092】
このような揺らぎ検知センサー400を製造する際は、例えば基板401を準備し、その表面401S上にDCマグネトロンスパッタリング法等の物理的気相成長法で強磁性層403を構成するための材料及び常磁性層405を構成するための材料をこの順に堆積して積層体を形成し、フォトリソグラフィー法及びリフトオフ法によって当該積層体を平面視で矩形状となるようにパターニングして非線形応答層402を形成する。その後、常磁性層405の表面405Sを含む領域に一対の電極407a、407bを構成するための金属材料をDCマグネトロンスパッタリング法等の物理的気相成長法で堆積して金属層を形成し、フォトリソグラフィー法及びリフトオフ法によって当該金属層を所定の形状にパターニングして一対の電極407a、407bを形成する。
【0093】
次に、本実施形態に係るエネルギー変換方法について説明する。図9は、本実施形態に係るエネルギー変換方法の工程を示す工程図である。図9に示すように、本実施形態に係るエネルギー変換方法は、非線形応答層を有する揺らぎ検知センサーを準備する工程S11と、非線形応答層に電流揺らぎ又は熱流揺らぎを入力する工程S12と、電流揺らぎ又は熱流揺らぎのエネルギー変換を行う工程S13と、を有する。これらの工程について、再度図7及び図8を参照しつつ説明する。
【0094】
非線形応答層を有する揺らぎ検知センサーを準備する工程S11では、図7図8に示すような上述の揺らぎ検知センサー400を準備する。続いて、非線形応答層に電流揺らぎ又は熱流揺らぎを入力する工程S12では、強磁性層403が自発磁化403Мを有する状態で非線形応答層402に対してエネルギー変換の対象である外部からの電流揺らぎJf又は熱流揺らぎHfを、非線形応答層402の面内(XY平面内)方向の一つであるX軸方向に沿って流れるように入力する。
【0095】
本明細書において、「電流揺らぎ」とは、電流が時間的・空間的に変動する現象を指し、具体的には、ある方向(例えばX軸方向)の電流と、それとは反対方向(例えば-X軸方向)の電流が互いに重なり合い、時間的・空間的に正味の電流の方向が変動する状況を意味し、「熱流揺らぎ」とは、熱流が時間的・空間的に変動する現象を指し、具体的には、ある方向(例えばX軸方向)の熱流と、それとは反対方向(例えば-X軸方向)の熱流が互いに重なり合い、時間的・空間的に正味の熱流の方向が変動する状況を意味する。
【0096】
工程S12において、電流揺らぎJfが常磁性層405に入力されると、スピンホール効果によってスピン流JS1がZ軸方向に沿って生成され、熱流揺らぎHfが常磁性層405に入力されると、スピンネルンスト効果によってスピン流JS1がZ軸方向に沿って生成される。
【0097】
電流揺らぎ又は熱流揺らぎのエネルギー変換を行う工程S13では、上述のように生成されたスピン流JS1が、自発磁化403Мを有する状態の強磁性層403内に流れ込む。スピン流JS1の極性は、電流揺らぎJfに起因する電流の方向(即ち、ある時点・ある場所における電流揺らぎJfの正味の電流の方向)又は熱流揺らぎHfに起因する熱流の方向(即ち、ある時点・ある場所における熱流揺らぎHfの正味の熱流の方向)に応じてY軸正方向又はY軸負方向に変化する。そのため、上記電流又は熱流の方向が反転するとスピン流JS1の極性は反転し、スピン流JS1の極性と強磁性層403の自発磁化403Мの方向との相対的な向き関係が反転する。また、強磁性層403の自発磁化403Мの方向を反転させることによって、スピン流JS1の極性と自発磁化403Мの方向との相対的な向き関係を反転させることもできる。
【0098】
スピン流JS1が強磁性層403内に流れ込むと、スピン流JS1の極性方向と強磁性層403の自発磁化403Мの方向との相対的な向きに応じて、電子散乱の態様が変化する。強磁性層403及び常磁性層405の接合界面付近におけるスピン流JS1の極性方向は上記電流又は熱流の向きに応じて変化するため、この電子散乱の態様は上記電流又は熱流の向きに応じて変化する。これによって非線形応答層402に生じる電気応答信号としての電圧信号に上記電流又は熱流の向き依存性、即ち非相反性が生じる。
【0099】
このように非線形応答層402内に生成される電気応答信号としての電圧変換信号JN1は、上述のような非線形応答層402の非相反伝導に起因して上記電流又は熱流の方向に対して非相反となり(即ち、電圧変換信号JN1が電流揺らぎJf又は熱流揺らぎHfの二次に比例して変化し)、上記電流又は熱流の方向がX軸正方向かX軸負方向かに関わらず、電圧変換信号JN1の方向は、X軸正方向となり、そのような非相反電圧変換信号JN1を一対の電極407a、407bを介して電気的に取り出すことができることを本願発明者らは見出した。そのため、本実施形態に係る揺らぎ検知センサー400によれば、電流揺らぎJfに起因する上記電流又は熱流揺らぎHfに起因する上熱流の方向や大きさがランダムに変化しても、非線形応答層402内で一定方向に非相反電圧信号JN1を生成することが可能であるため、ミクロスケールでの電流揺らぎJf又は熱流揺らぎHfからエネルギー揺らぎを検知することが可能となる。
【0100】
非線形応答層402に電流揺らぎJfが入力される場合、非線形応答層402においては、一対の電極407a、407bによって取り出される非相反電圧信号JN1の電圧の大きさをV、Vに対応する非線形応答層402内に発生する電場をE、一対の電極407a、407b間の距離をL(図8におけるD407)、非線形応答層402の距離Lの範囲における電流密度をjとしたとき、電場E=非線形電気輸送係数γ×電気抵抗率ρ×(電流密度j)の関係が成り立つ。この式の両辺に距離Lを掛けることにより、電圧V=L×γ×ρ×jとなるため、一対の電極407a、407b間の距離Lが大きい程、電圧Vが大きくなる。そのため、上述のように一対の電極407a、407b間のX軸方向に沿った離間距離D407を好ましくは1000μm以上と大きい値にすることにより、一対の電極407a、407bによって取り出される非相反電圧信号JN1が大きくなる。
【0101】
同様に、非線形応答層402に熱流揺らぎHfが入力される場合、非線形応答層402においては、一対の電極407a、407bによって取り出される非相反電圧信号JN1の電圧の大きさをV、Vに対応する非線形応答層402内に発生する電場をE、非線形応答層402の非線形ゼーベック係数をS、一対の電極407a、407b間の距離をL(図8におけるD407)、非線形応答層402の距離Lの範囲における温度勾配を∇T、非線形応答層402の距離Lの範囲における温度差をΔTとしたとき、電場E=非線形ゼーベック係数S×(温度勾配∇T)の関係が成り立つ。この式の両辺に距離Lを掛けることにより、電圧V=非線形ゼーベック係数S×(温度差ΔT)/Lとなるため、一対の電極407a、407b間の距離Lが小さい程、電圧Vが大きくなる。そのため、上述のように一対の電極407a、407b間のX軸方向に沿った離間距離D407を好ましくは1000μm以下と小さい値にすることにより、一対の電極407a、407bによって取り出される非相反電圧信号JN1が大きくなる。
【0102】
また、揺らぎ検知センサー400は、X軸正側の端面及び/又はX軸負側の端面に接するように又は近接するように設けられた、電流揺らぎJf又は熱流揺らぎHfが非線形応答層402内に流入し易くするための熱伝導部を備えてもよい。このような熱伝導部は、例えばアルミニウム、銅、炭素繊維、サファイヤ、アルミナ、熱酸化膜付きシリコン、高分子ポリマーで構成することができる。
【0103】
図10は、上述のような揺らぎ検知センサーを用いた揺らぎ検知センサーモジュールの構成を示す斜視図である。図10に示すように、本実施形態に係る揺らぎ検知センサーモジュール500は、複数の揺らぎ検知センサー400を備え、本実施形態では4つの揺らぎ検知センサー400a、400b、400c、400dを有する。4つの揺らぎ検知センサー400a、400b、400c、400dは、各非線形電子輸送電圧変換素子からの非相反電圧信号JN1が同極性で重畳するように互いに電気的に接続されている。
【0104】
具体的には、揺らぎ検知センサーモジュール500では、図7及び図8に示す揺らぎ検知センサー400と同様の態様で直交座標系Cに対して配置された揺らぎ検知センサー400a、400cと、図7及び図8に示す揺らぎ検知センサー400をY軸の周りに180度回転させた態様で直交座標系Cに対して配置された揺らぎ検知センサー400b、400dが、Y軸方向に沿って交互に設けられている。そして、揺らぎ検知センサー400aの電極407aと揺らぎ検知センサー400bの電極407bが電気的に接続され、揺らぎ検知センサー400bの電極407aと揺らぎ検知センサー400cの電極407bが電気的に接続され、揺らぎ検知センサー400cの電極407aと揺らぎ検知センサー400dの電極407bが電気的に接続されている。また、揺らぎ検知センサー400b、400dをY軸の周りに180度回転させた態様で配置することに代えて、揺らぎ検知センサー400b、400dを揺らぎ検知センサー400a、400cと同様に図7及び図8に示す揺らぎ検知センサー400と同様の態様で直交座標系Cに対して配置した上で、揺らぎ検知センサー400b、400dにおいて、非線形応答層402の強磁性層403と常磁性層405の積層順を逆にすることもできる。この場合、揺らぎ検知センサー400aの電極407aと揺らぎ検知センサー400bの電極407aが電気的に接続され、揺らぎ検知センサー400bの電極407bと揺らぎ検知センサー400cの電極407bが電気的に接続され、揺らぎ検知センサー400cの電極407aと揺らぎ検知センサー400dの電極407aが電気的に接続される。
【0105】
また、揺らぎ検知センサーモジュール500は、4つの揺らぎ検知センサー400a、400b、400c、400dのX軸負側の端面及びX軸正側の端面に接するように又は近接するように設けられた熱伝導部501、502を備える。これにより、X軸方向に流れる熱流が4つの揺らぎ検知センサー400a、400b、400c、400dのそれぞれの強磁性層403内に流入し易くなる。揺らぎ検知センサーモジュール500は、熱伝導部501、502を備えなくてもよい。
【0106】
電流揺らぎ又は熱流揺らぎが4つの揺らぎ検知センサー400a、400b、400c、400dのそれぞれの強磁性層403内に流入してそれぞれの揺らぎ検知センサー400で生成された非相反電圧信号は、同極性で重畳された後に、揺らぎ検知センサー400aの電極407bと揺らぎ検知センサー400dの電極407aとによって取り出されることができるため、大きな非相反電圧信号を取り出すことが可能となる。揺らぎ検知センサーモジュール500が、より多くの揺らぎ検知センサー400を備えることも可能であり、この場合、より大きな非相反電圧信号を取り出すことが可能となる。
【0107】
(実施例3:電流揺らぎの入力)
次に、第2実施形態に係る発明の効果をより明確にするため、実施例3、4を用いて説明する。実施例3として、非線形応答層を有する揺らぎ検知センサーを準備する工程S11に対応するように、以下のように揺らぎ検知センサー400に対応する素子を作製した。まず、基板401として厚さが0.5mmの(111)配向の酸化マグネシウム基板を準備し、この基板上にDC及びRFマグネトロンスパッタリング法によって、強磁性層403としてCoをDC37Wで、PtをRF109Wで0.046nm/sでコスパッタ成膜し、厚さ7.5nmのL1型の規則合金であるCoPt合金層を形成した。さらに、このCoPt合金層上に、常磁性層405として厚さが7.5nmのPt層を堆積し、非線形応答層402を形成した。その後、フォトリソグラフィー法とリフトオフ法によって、非線形応答層402を、平面視でホール素子形状に、即ち、平面視でY軸方向の幅が10μm、X軸方向の長さが40μmの矩形部と、当該矩形部の両端部からY軸方向突出するそれぞれ2つの突出部を有する形状にパターン化した。その後、非線形応答層402上にRFマグネトロンスパッタリング法によってTi/Au層を堆積し、当該Ti/Au層をフォトリソグラフィー法とリフトオフ法によって所定の形状にパターン化することによって当該突出部に一対の電極407a、407bに対応する一対の電極及び当該矩形部のX軸方向の両端部に後述の交流電源418のための一対の電極408a、408bを形成し、揺らぎ検知センサー400に対応する素子を作製した。
【0108】
次に、このように作成した素子に関して、非線形応答層に電流揺らぎ又は熱流揺らぎを入力する工程S12及び電流揺らぎ又は熱流揺らぎのエネルギー変換を行う工程S13に対応する実験を行った。具体的には、当該素子に対して、室温(300K)において、工程S12に対応するように電流揺らぎを入力し、一対の電極407a、407bから出力される非相反電圧信号JN1を測定する実験を行った。図11は、非相反電圧信号JN1を測定する実験方法を示す概略図である。図11に示すように、揺らぎ検知センサー400に設けた一対の電極408a、408b間に交流電源418を電気的に接続した。また、一対の電極407a、407b間にロックインアンプ430を電気的に接続した。
【0109】
そして、実施例3の揺らぎ検知センサーに対してY軸負方向に印加する外部磁場Bの大きさを、2Tから-2Tまで変化させながら、X軸に沿った方向に角周波数ωの正弦波的に変化する交流電流を与えた。そして、実施例3の揺らぎ検知センサーで生成される電圧信号のうち、交流電流の2倍周波数に対応する電圧信号の変化量のy成分であるΔV2ω、yをロックインアンプ430で検出した。
【0110】
交流電流についてより具体的には、ωを角周波数、tを時間としたとき、交流電源418によって、揺らぎ検知センサー400に対してX軸に沿った方向にIAC=(√2)Irmssin(ωt)で表される交流電流を印加した(Irmsは、交流電流の実効値を意味する)。Irmsが0.01mAとなる場合と、Irmsが2.77mAとなる場合のそれぞれについて実験を行った。交流電源418として、米国Tektronix, Inc製の6221型AC/DC電流ソースを用い、ロックインアンプ430として株式会社エヌエフ回路設計ブロック製のロックインアンプLI5640を用いた。また、交流電源418で印加する上記交流電圧の周波数f(=ω/2π)を13.423Hzとした。ロックインアンプ430のロックイン条件として時定数を1秒、スロープを-24dBとした。
【0111】
図12は、実施例3の上記実験の結果として得られた電圧信号ΔV2ω、yの外部磁場B依存を示す図である。実施例3の揺らぎ検知センサーに与えられたIACは正弦波的に変化するため、実施例3の揺らぎ検知センサーに流れる電流の時間平均はゼロ(即ち、<IAC>=0)であり、IACは、ミクロスケールでの電流揺らぎJfに対応する。そして、もしも実施例3の揺らぎ検知センサーから出力される電圧信号が交流電流IACの極性に対して線形となる場合、交流電流IACの2倍周波数に対応する電圧信号ΔV2ω、yは、交流電流IACの正位相と逆位相に対応する電圧信号が打ち消し合うため、ゼロとなるのに対して、実施例3の揺らぎ検知センサーから出力される電圧信号が交流電流IACの極性に対して非線形(非相反)となる場合、電圧信号ΔV2ω、yは有限の値となる。
【0112】
本実験では、図12に示されるように、Irmsが2.77mAの場合、外部磁場Bが印加されている際に、有限の値のΔV2ω、yが検出され、外部磁場Bの極性が反転するとΔV2ω、yの極性も反転した。また、図12中に矢印で示すように、外部磁場Bの印加に対して電圧信号ΔV2ω、yはヒステリシスを有し、外部磁場Bがゼロの時でも電圧信号ΔV2ω、yは有意な値を示すことが明らかとなった。これにより、実施例3の揺らぎ検知センサーは、電流の方向に対して非相反に電圧信号を生成することが可能であるため、電流の時間平均がゼロであっても電流揺らぎJfから非相反電圧信号にエネルギー変換を、外部磁場を印加しない状況下であっても行うことが可能であることが示された。
【0113】
(実施例4:熱流揺らぎの入力)
次に、実施例4について実験を行った。実施例4として、非線形応答層を有する揺らぎ検知センサーを準備する工程S11に対応するように、以下のように揺らぎ検知センサー400に対応する素子を作製した。まず、基板401として厚さが0.5mmの(111)配向の酸化マグネシウム基板を準備し、この基板上にDC及びRFマグネトロンスパッタリング法によって、強磁性層403としてCoをDC37Wで、PtをRF109Wで0.046nm/sでコスパッタ成膜し、厚さ7.5nmのL1型の規則合金であるCoPt合金層を形成した。さらに、このCoPt合金層上に、常磁性層405として厚さが5nmのPt層を堆積し、非線形応答層402を形成した。その後、フォトリソグラフィー法とリフトオフ法によって、非線形応答層402をY軸方向の幅が7.5μm、X軸方向の長さが60μmの平面視で矩形状にパターン化した。その後、非線形応答層402上にRFマグネトロンスパッタリング法によってTi/Au層を堆積し、当該Ti/Au層をフォトリソグラフィー法とリフトオフ法によって所定の形状にパターン化することによって一対の電極407a、407bに対応する一対の電極を形成し、揺らぎ検知センサー400に対応する素子を作製した。
【0114】
次に、このように作成した素子に関して、非線形応答層に電流揺らぎ又は熱流揺らぎを入力する工程S12及び電流揺らぎ又は熱流揺らぎのエネルギー変換を行う工程S13に対応する実験を行った。具体的には、当該素子に対して、室温(300K)において、工程S12として熱流揺らぎHfを入力し、一対の電極407a、407bから出力される非相反電圧信号JN1を測定する実験を行った。図13に示すように、実施例4の揺らぎ検知センサー400に対応する素子のX軸負方向の端部に隣接して第1の抵抗ヒーター410を設け、当該素子のX軸正方向の端部に隣接して第2の抵抗ヒーター411を設けた。そして、第1の抵抗ヒーター410及び第2の抵抗ヒーター411に、第1の電源420及び第2の電源421をそれぞれ電気的に接続した。また、一対の電極407a、407b間にロックインアンプ430を電気的に接続した。
【0115】
そして、実施例4の揺らぎ検知センサーに対してY軸負方向に印加する外部磁場Bの大きさを、2Tから-2Tまで変化させながら、第1の抵抗ヒーター410及び第2の抵抗ヒーター411によって実施例4の揺らぎ検知センサーに対してX軸に沿った方向に角周波数ωの正弦波的に変化する交流温度勾配ΔTACを与えた。そして、実施例4の揺らぎ検知センサーで生成される熱電信号のうち、交流温度勾配ΔTACの2倍周波数に対応する熱電信号の変化量のy成分であるΔV2ω、yをロックインアンプ430で検出した。
【0116】
交流温度勾配ΔTACについて、より具体的には、ωを角周波数、tを時間としたとき、第1の電源420によって第1の抵抗ヒーター410に対して、Vdc+Vacsin(ωt)の交流電圧を印加し、それとは逆位相であるVdc-Vacsin(ωt)の交流電圧を第2の電源421によって第2の抵抗ヒーター411に印加した。これにより、揺らぎ検知センサー400に対してX軸に沿った方向にΔTAC=(√2)ΔTrmssin(ωt)で表される交流温度勾配を印加した(ΔTrmsは、交流温度勾配の実効値)。第1の電源420及び第2の電源421として、株式会社エヌエフ回路設計ブロック製の電圧源装置WF1948を用い、ロックインアンプ430として株式会社エヌエフ回路設計ブロック製のロックインアンプLI5640を用いた。また、第1の電源420及び第2の電源421で印加する上記交流電圧の周波数f(=ω/2π)を3.723Hzとした。ロックインアンプ430のロックイン条件として、時定数を1秒、スロープを-24dBとした。
【0117】
図14は、実施例4の上記実験の結果として得られた電圧信号ΔV2ω、yの外部磁場B依存を示す図である。実施例4の揺らぎ検知センサーに与えられたΔTACは正弦波的に変化するため、マクロスケールで見ると実施例4の揺らぎ検知センサーに温度勾配は実質的に与えられないことになり、ΔTACは、ミクロスケールでの温度揺らぎに対応する。そして、もしも実施例4の揺らぎ検知センサーから出力される電圧信号が交流温度勾配ΔTACの極性に対して線形となる場合、交流温度勾配ΔTACの2倍周波数に対応する電圧信号ΔV2ω、yは、交流温度勾配ΔTACの正位相と逆位相に対応する熱電信号が打ち消し合うため、ゼロとなるのに対して、実施例4の揺らぎ検知センサーから出力される電圧信号が交流温度勾配ΔTACの極性に対して非線形(非相反)となる場合、電圧信号ΔV2ω、yは有限の値となる。
【0118】
本実験では、図14に示されるように、外部磁場Bが印加されている場合、有限の値のΔV2ω、yが検出され、外部磁場Bの極性が反転するとΔV2ω、yの極性も反転した。また外部磁場Bがゼロの時でも電圧信号ΔV2ω、yは有意な値を示すことが明らかとなった。これにより、実施例4の揺らぎ検知センサーは、温度勾配の方向に対して非相反に電圧信号を生成することが可能であるため、マクロスケールでは温度勾配が実質的に存在しないミクロスケールでの熱流揺らぎHfから非相反電圧信号にエネルギー変換を行うことが可能であることが示された。
【0119】
本発明は上述の第2実施形態に限定されず、様々な変形態様が可能である。
【0120】
例えば、上述の第2実施形態では揺らぎ検知センサー400は基板401を備えているが(図7及び図8参照)、揺らぎ検知センサー400は基板401を備えていなくてもよい。この場合、非線形応答層402を自立層として形成することができる。
【0121】
また、上述の第2実施形態では、非線形応答層に電流揺らぎ又は熱流揺らぎを入力する工程S12において、電流揺らぎJf及び熱流揺らぎHfのいずれかを非線形応答層402に入力していたが(図7及び図8参照)、電流揺らぎJf及び熱流揺らぎHfの両方を重畳的に非線形応答層402に入力してもよい。
【0122】
また、上述の第2実施形態では、非線形応答層に電流揺らぎ又は熱流揺らぎを入力する工程S12及び電流揺らぎ又は熱流揺らぎのエネルギー変換を行う工程S13は、強磁性層403が自発磁化403Мを有する状態で行われるが、強磁性層403を軟質磁性材料で構成し、強磁性層403に外部磁場を印加して強磁性層403を自発磁化403Мと同等に磁化しながら、これらの工程を行ってもよい。
【0123】
また、上述の第2実施形態では、一対の電極407a、407bを、強磁性層403に接しないように、かつ、X軸方向に沿って互いに離間するように、常磁性層405の表面405Sに設けているが(図7及び図8参照)、強磁性層403に接しないように、かつ、X軸方向に沿って互いに離間するように、常磁性層405のX軸正負方向の側面にそれぞれ設けてもよい。
【0124】
また、上述の第2実施形態では常磁性層405は単層であったが(図7及び図8参照)、常磁性層405は、積層された複数の常磁性金属の層からなってもよい。この場合、当該複数の層のそれぞれが、Pt、Pd、W、AuW合金、Ta、CuIr合金、CuBi合金、BiSb合金、又はBiSe合金で構成されることが好ましい。このような積層された複数の常磁性金属の層としては、例えば、複数種類の常磁性金属からなる層を互いに周期的に積層した積層体(例えば、第1の常磁性金属からなる層を層D、第2の常磁性金属からなる層を層E、及び第3の常磁性金属からなる層を層Fとしたとき、層D層E層F層D層E層F・・・のように3種の層を周期的に積層した積層体)や、複数種類の常磁性金属からなる層を互いにランダムに積層した積層体(例えば、層D層E層F層E層D層F・・・のように3種の層をランダムに積層した積層体)とすることができる。上記積層された複数の常磁性金属の層は、互いに同じ符号のスピンネルンスト角を持つことが好ましい。これにより、非線形応答層402におけるエネルギー変換の際、複数の常磁性金属の層のそれぞれに起因する非相反電圧信号が互いに打ち消し合うことがなくなるため、非相反電圧信号を全体として増大させることができるためである。
【0125】
また、上述の第2実施形態では非線形応答層402は、常磁性金属層等の常磁性層を1層(常磁性層405)のみ備えていたが(図7及び図8参照)、非線形応答層402は、常磁性金属層等の第1の常磁性層と常磁性金属層等の第2の常磁性層を備えていてもよい。この場合、第1の常磁性層と第2の常磁性層の間に強磁性層403が介在するように第1の常磁性層、強磁性層403及び第2の常磁性層がこの順にZ軸方向に沿って積層されて非線形応答層402が構成される。第1の常磁性層と第2の常磁性層の好ましい構成材料は常磁性層405と同様だが、非線形応答層402がZ軸方向に沿って空間反転対称性が破れた構造を有するように第1の常磁性層と第2の常磁性層の構成(構成材料及び膜厚等)が選択されることが好ましい。
【0126】
この場合、第1の常磁性層と第2の常磁性層は、互いに逆符号のスピンネルンスト角を持つことが好ましい。(例えば、第1の常磁性層をPtで構成し、第2の常磁性層をTaで構成することによって、これを実現することができる。)これにより、非線形応答層402におけるエネルギー変換の際、第1の常磁性層と第2の常磁性層のそれぞれから強磁性層403に、同じ向きの極性を有するスピン流が注入されるため、非相反電圧信号を増大させることができるためである。
【0127】
さらに、この場合、第1の常磁性層と第2の常磁性層のそれぞれ又はいずれかは、上述のように積層された複数の常磁性金属の層からなってもよい。この場合、第1の常磁性層と第2の常磁性層のそれぞれ又はいずれかを構成する複数の常磁性金属の層は、上述の理由により互いに同じ符号のスピンネルンスト角を持つことが好ましい。
【0128】
また、上述の第2実施形態では一対の電極407a、407bは常磁性層405の表面405Sに設けられているが(図7及び図8参照)、一対の電極407a、407bは、常磁性層405に接しないように、かつ、X軸方向に沿って互いに離間するように、強磁性層403の裏面(Z軸負側の面)に設けられていてもよい。
【0129】
また、上述の第2実施形態では基板401上に強磁性層403及び常磁性層405がこの順に積層されて非線形応答層402を構成しているが(図7及び図8参照)、基板401上に常磁性層405及び強磁性層403をこの順に積層して非線形応答層402を構成してもよい。この場合、一対の電極407a、407bは、X軸方向に沿って互いに離間するように、強磁性層403の表面(Z軸正側の面)又は405の裏面(Z軸負側の面)に設けることができる。
【0130】
本開示の揺らぎ検知センサーは、以下の構成を有する。
[1] 第1方向に沿った外部エネルギーの入力に対して非線形の電気応答特性を有する非線形応答部と、
前記第1方向に沿って外部から前記非線形応答部に入力されたエネルギー揺らぎに起因して前記非線形応答部で生じた電気応答信号を取り出すための電極部と、
を備える、揺らぎ検知センサー。
[2] 前記外部エネルギーが、電流及び/又は熱流であり、前記エネルギー揺らぎが、電流揺らぎ及び/又は熱流揺らぎである、[1]に記載の揺らぎ検知センサー。
[3] 前記外部エネルギーが、電流であり、前記エネルギー揺らぎが、電流揺らぎである、[1]又は[2]に記載の揺らぎ検知センサー。
[4] 前記非線形応答部は、前記第1方向と直交する第2方向に沿って空間反転対称性が破れた構成を有する、[1]~[3]のいずれかに記載の揺らぎ検知センサー。
[5] 前記非線形応答部は、前記第2方向に沿って互いに積層された強磁性層及び常磁性層を含む、[1]~[4]のいずれかに記載の揺らぎ検知センサー。
[6] 前記強磁性層は、自発磁化を有し得るように構成されている、[1]~[5]のいずれかに記載の揺らぎ検知センサー。
[7] 前記強磁性層は、強磁性金属層であり、磁性金属と常磁性金属からなるL1型の規則合金で構成され、前記常磁性層は、常磁性金属層である、[1]~[6]のいずれかに記載の揺らぎ検知センサー。
【符号の説明】
【0131】
200…熱電変換素子、202…熱電変換層、203…強磁性金属層、205…常磁性金属層、207a、207b…一対の電極。
図1
図2
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