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特開2025-37211硫化物イオンを含有する廃液の処理方法
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  • 特開-硫化物イオンを含有する廃液の処理方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025037211
(43)【公開日】2025-03-17
(54)【発明の名称】硫化物イオンを含有する廃液の処理方法
(51)【国際特許分類】
   C02F 1/58 20230101AFI20250310BHJP
【FI】
C02F1/58 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2023161757
(22)【出願日】2023-09-05
(71)【出願人】
【識別番号】512004372
【氏名又は名称】株式会社興徳クリーナー
(72)【発明者】
【氏名】世古 遼
(72)【発明者】
【氏名】湯川 正太郎
(72)【発明者】
【氏名】谷田 悠一
【テーマコード(参考)】
4D038
【Fターム(参考)】
4D038AA08
4D038AB35
4D038AB80
4D038BA02
4D038BA04
4D038BA06
4D038BB16
4D038BB17
4D038BB18
(57)【要約】
【課題】硫化物イオンを含有する廃液を労働安全リスク、環境リスクの低い条件で効率良く固定化処理することで、作業者の安全確保のみならず環境影響を軽減した硫化物イオンを含有する廃液の処理方法を提供するものである。
【解決手段】鉄化合物を中和することで得られた水酸化鉄スラリーに硫化物イオンを含有する廃液を添加した後、pHを7.0から9.5の間に維持されるよう酸成分を添加して得られたスラリーを固液分離することで、硫化物イオンを含有する廃液を硫化水素ガスが遊離することなく鉄化合物として固定化することが可能である。さらに固液分離によって回収した濾液には遊離性の硫化物が残留しないため、後段の排水処理工程における硫化水素の発生も防止することができる。また、鉄化合物として固定化した硫化物は硫化鉄鉱代替物としてリサイクルすることも可能となり、労働安全リスクのみならず環境リスクを軽減した硫化物イオン含有廃液の処理方法を提供することができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)鉄化合物をアルカリ剤でpH7.0以上とすることで水酸化鉄スラリーを作成する第1工程と
(2)水酸化鉄スラリーに硫化物イオンを含有する廃液を添加してpH11.0以上とする第2工程と
(3)pHを7.0から9.5の間に維持されるよう酸成分を添加し、生成したスラリーを固液分離する第3工程
からなる、硫化物イオンを含有する廃液の処理方法。
【請求項2】
第1工程において使用する鉄化合物が塩化鉄(III)、塩化鉄(II)、硫酸鉄(III)、硫酸鉄(II)の内、1種類以上を含む化合物である請求項1に記載の硫化物イオンを含有する廃液の処理方法。
【請求項3】
第1工程において、水酸化鉄スラリーに硫化物イオンを含有する廃液を添加する際の「鉄成分/遊離硫化物イオン」の比が1.1当量以上となるように硫化物イオンを含有する廃液の添加量を決定する請求項1または2に記載の硫化物イオンを含有する廃液の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化物イオンを含有する廃液を労働安全リスク、環境リスクの低い条件で固定化処理することで、作業者の安全確保のみならず環境影響を軽減した硫化物イオンを含有する廃液の処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
硫化水素や硫化物イオンは様々な産業で副生または利用されている。例えば、石油精製の工程においては、分留した油分は水素化精製を経て石油製品となるが、この際に原油に含有する硫黄成分が水素化される事で硫化水素が副生する。副生した硫化水素は脱硫装置を経て硫黄汚泥として安定化され、硫酸原料として利用されたり埋立処分される。また、化学産業や医薬品産業ではチオール基やチオン基などのようなS原子を含む官能基が多くの分野で利用されており、必要不可欠な官能基として利用されている。これら産業では製造工程の安全管理としてスクラバーを設けることが一般的であり、製造工程排水としてだけでなく廃循環水も硫化水素が溶解した廃液として多量に排出される。
【0003】
硫化水素は人体にとって有害な化合物の一つであり、作業環境中に3ppm程度存在すると腐卵臭による不快感を感じ、10ppm程度存在すると刺激を感じ、300ppm程度存在すると短時間で死に至る。また、人間の嗅覚は硫化水素に対して非常に鋭敏に機能し、作業環境中に0.3ppm存在するだけでもその存在を感知することができる。これは悪臭防止法の規制値として臭気指数を選択する市町村に事業所を持つ企業にとっては大きな課題となる。
【0004】
硫化水素が溶解した廃液、すなわち硫化物イオンを含有する廃液の処理方法には焼却処理、化学酸化処理、曝気による硫化ガス揮散法、吸着処理法、硫黄酸化細菌による生物処理法などが挙げられるが、それぞれ課題を内包している。
【0005】
焼却処理では、硫化物イオンを硫酸イオンまで完全に酸化させることで無害化が可能だが、硫酸イオンが生成するため焼却炉が酸によってダメージを負い、設備の耐久性を損なうことが懸念されるため、全硫黄濃度として受け入れ基準を設ける焼却処理会社がほとんどである。また、排ガスの脱硫設備を設けてこれに対処する事業者も多いが、設備コストや管理コストの観点で課題がある。
【0006】
化学酸化処理は、硫化物イオンの酸化を燃焼ではなく化学薬品やオゾンによって行うものである。特許文献1では、化学製造工場から排出される廃液に溶て次亜塩素酸ソーダを添加し酸化処理することで、これら悪臭物質を除去する方法が提案されている。この方法によれば、硫化水素に限らず、有機性の硫黄化合物も処理可能であり、酸化還元電位を監視しながら次亜塩素酸ソーダ等の酸化剤を添加することで過不足無く酸化処理が実施できる。一方で、酸化剤の薬品コストを考慮すると対応可能なS量には限度があり、%オーダーの硫化物イオンを含有する廃液に適用するのは経済面から困難である。
【0007】
曝気による硫化ガス揮散法は、硫化水素含有廃液を酸性条件で曝気することで気相部に硫化水素を放出し、各種吸着剤やアルカリでトラップすることで硫化物を分離する方法である。分離された硫化物は硫黄酸化細菌等で生物処理されたり、再利用することが可能となるため有効な処理方法の一つであるが、揮散した硫化水素が漏洩するリスクも孕んでおり、労働安全、悪臭防止の観点から、広く一般に適用することは難しい。
【0008】
特許文献2では、処理対象をバイオガス発電で生成する硫化水素などの臭気成分とし、臭気成分を吸収塔内の吸収液に吸着させ、その吸収液を吸収塔の下部に設置された生物反応槽へ導入後、硫黄酸化菌等の微生物により生物処理する方法が提案されている。この方法によれば、一連の処理工程を密閉条件で実施することで臭気成分の外部漏洩を防止することができ、硫化水素等の臭気成分を漏洩させることなく処理を完了できるため、労働安全、悪臭防止の観点からも有効な処理方法である。しかしながら、生物反応ゆえに夾雑物や阻害物質を含有していると安定な運用が難しく、また対応可能な処理対象液(吸収液)の硫化物イオン量は0.8kg-S/日程度であるため、産業工程から排出される%オーダーの硫化物イオンを含む廃液を多量に処理することは困難であり、処理量を確保するために設備を大型化した場合、設置面積や設備コストの課題が浮上する。
【0009】
一方、硫化物イオンを含有する廃液の処理方法ではないが、重金属を含む廃液の処理方法として硫化物を使用する提案もある。
【0010】
特許文献3では、重金属含有排水を硫化剤で処理するにあたり、硫化剤を添加する事で発生する硫化水素ガスをセンサー等で検出しながら、前記排水から硫化水素ガスが発生し始める状態を維持するように硫化剤の添加を繰り返す、硫化剤による重金属イオンの処理方法である。この方法によれば、硫化剤が過剰に添加されることがないため、過剰添加による多硫化物生成やコロイド化を防止でき、また処理工程での硫化水素ガスによるリスクを大幅に抑制できるとの記載がある。
【0011】
また特許文献4では、塩素分を含む焼却灰をセメント原料としてリサイクルするにあたり、塩素分を洗い流すため焼却灰を水洗した際に洗浄水側へ移動するPb、Zn,Cu、Tl、Se等を処分する方法として、pH10.0以上に調整した状態で重金属類含有排水に硫化剤を添加し、Seを含有する場合には第一鉄化合物を添加してSeまで還元して凝集沈殿処理する方法が提案されている。この方法によれば、硫化ガスの発生を抑制しながらPb、Zn、Cu、Tlを硫化物として固定化し、Seも0価の固体として不溶化することが可能になる。
【0012】
特許文献3または4で示した方法を利用して硫化物イオンを含有する廃液の処理を考えた場合、処理対象である硫化物イオン濃度や廃液量に合わせて重金属類を高濃度に含む廃液又は多量の排水を準備する必要があり、環境汚染に配慮した廃液の運用や保管管理に問題を有し、さらに硫化物イオンの処理に必要な重金属類の不足分を薬品で追加する場合にはコスト面で課題が多いため現実的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開昭55-5741号公報
【特許文献2】特開2009-285550号公報
【特許文献3】WO2003/020647号公報
【特許文献4】特開2009-106853号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであって、硫化物イオンを含有する廃液を労働安全リスク、環境リスクの低い条件で効率良く固定化処理することで、作業者の安全確保のみならず環境影響を軽減した硫化物イオンを含有する廃液の処理方法を提供するものである。
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、鉄化合物を中和することで得られた水酸化鉄スラリーに硫化物イオンを含有する廃液を添加した後、pHを7.0から9.5の間に維持されるよう酸成分を添加して得られたスラリーを固液分離することで、前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち本発明は、
(1)鉄化合物をアルカリ剤でpH7.0以上とすることで水酸化鉄スラリーを作成する第1工程と
(2)水酸化鉄スラリーに硫化物イオンを含有する廃液を添加してpH11.0以上とする第2工程と
(2)pHを7.0から9.5の間に維持されるよう酸成分を添加し、生成したスラリーを固液分離する第3工程
からなる、硫化物イオンを含有する廃液の処理方法である。
【0017】
(第1工程)
第1工程は、鉄化合物にアルカリ剤を添加することで水酸化鉄スラリーを生成する工程である。
【0018】
この構成によれば、鉄化合物を含む水溶液をアルカリ剤でpH7.0以上とすることで水酸化鉄スラリーを作成する。鉄化合物を中和するアルカリ剤は一般的に入手可能なアルカリ薬剤であればいずれでも良く、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、アンモニア水、水酸化マグネシウムなどが挙げられるが、比較的安価でハンドリングが良く排水負荷の少ない水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウムが好ましい。またこれらのアルカリ剤は固体や粉体の状態で使用しても良いが、中和反応をスムーズに進行させるため水溶液やスラリーの状態で使用することが好ましい。なお、作成する水酸化鉄スラリーのpHは、使用する鉄化合物や硫化物イオンを含有する廃液のpHに合わせて適宜調整すればよい。
【0019】
作成する水酸化鉄スラリーの濃度は一般的に使用されるパドル翼やプロペラ翼を備えた攪拌機で攪拌できる濃度であれば良く、硫化物イオンを含有する廃液の1ロット当たりの処理効率を鑑みて、必要に応じて濃縮操作や事前に同様の工程で作成し固液分離等により得られる水酸化鉄スラッジを追加しても良い。一方で、スラリー濃度が高すぎると、硫化物イオンを含有する廃液の添加時にハンドリングが悪くなり、硫化物イオンを含有する廃液の混合及び反応がスムーズに進まなくなる。またスラリー濃度の高い水酸化鉄はゲル状になりやすく、後段で硫化物イオンを含有する廃液を添加した際に2層に分離する可能性があり、反応が円滑に進行しない恐れがある。この観点から水酸化鉄スラリーの濃度は10wt%以下が好ましく、硫化物イオンを含有する廃液の処理効率を確保する観点から、水酸化鉄スラリーの濃度は3wt%以上10wt%以下が更に好ましい。水酸化鉄スラリーの濃度が濃くなることが想定される場合には、事前に鉄化合物を希釈または希釈しながらアルカリ剤を添加して水酸化鉄スラリーを作成するなどの方法を取ることができる。
【0020】
なおスラリー濃度を上げるための鉄成分の追加を市販の水酸化鉄(酸化水酸化鉄)や酸化鉄で実施した場合、硫化物イオンを含有する廃液を添加してもアルカリ域では鉄成分と硫化物イオンが反応しないことが確認されており、この状態で酸成分を添加すると硫化水素ガスが発生する可能性が極めて高い。したがって労働安全上のリスクから上記の鉄化合物は使用することができない。
【0021】
第1工程で使用する鉄化合物には酸性の鉄化合物を使用する。中和反応を介して均一かつ特定の結晶構造を持たない水酸化鉄の分散体を得ることで、第2工程における硫化物イオンと水酸化鉄の反応を円滑に行うことができる。酸性の鉄化合物は入手が容易であり比較的安価なことから塩化鉄(III)、塩化鉄(II)、硫酸鉄(III)、硫酸鉄(II)の内、1種類以上を含む化合物を好適に用いることができる。なお、これらの水溶液を中和して水酸化鉄スラリーを作成する際にアルカリ剤の選定範囲が広くなることから、塩化鉄(III)または塩化鉄(II)がより好ましく、また単位重量当たりの硫化物イオン処理能力や硫化物イオン及び硫化物イオンの空気酸化により生成する亜硫酸イオンに対する酸化処理能力を考慮すると塩化鉄(III)が更に好ましい。
【0022】
(第2工程)
第2工程は、第1工程で作成した水酸化鉄スラリーに硫化物イオンを含有する廃液を添加して硫化鉄コロイド等を生成させることで、硫化物イオンを安定化させる工程である。
【0023】
第2工程における水酸化鉄スラリーへの硫化物イオンを含有する廃液の添加方法はポンプなどを用いる一般的な方法で問題ないが、水酸化鉄スラリー中にポンプの吐出口を挿入して廃液を添加する方法が好ましい。これによって、液ハネや衝撃による硫化水素の遊離を防止するだけでなく、スムーズに水酸化鉄スラリーと混合、反応させることで、混合中の硫化水素ガスの遊離も防止することができる。
【0024】
第2工程完了時のpHは硫化水素ガスの遊離を防止する目的でpH11.0以上となることが求められる。保管性の観点から硫化物イオンを含有する廃液は強アルカリ性で排出されることが多いため、水酸化鉄スラリーと混合した時点でpH11.0以上となることがほとんどであるが、pH11.0に至らなかった場合には適宜アルカリ剤を添加してpH11.0以上に調整すればよい。
【0025】
第2工程における、第1工程で作成する水酸化鉄スラリーに由来する鉄濃度と硫化物イオンを含有する廃液に由来する遊離硫化物イオン濃度の比(以下、Fe/S比と記載)は、水酸化鉄スラリーの状態によって調整すれば良いが、Fe/S比を1.1当量以上となるように硫化物イオンを含有する廃液の添加量を調整することが好ましい。本反応は固液反応でありFeとSが100%反応することは考えにくいため、Fe過剰の条件が望まれる。Fe/S比が1.1当量よりも小さい場合、硫化物イオンの対カチオン不足や第3工程における酸成分の添加によって硫化水素ガス発生の懸念がある。さらには、Fe/S比は1.5当量から3.0当量とすることが好ましい。Fe/S比が3.0当量よりも大きい場合、硫化物イオンを含有する廃液の処理効率の低下や処理後に発生する汚泥が大量になり汚泥処分コストが増大する。一方、Fe/S比が1.5等量未満の場合第3工程で得られる汚泥の硫化鉄濃度が高くなり汚泥保管時の自然発火リスクが懸念され、夾雑物の混合や湿度管理等の管理策を講ずる必要が生じるため好ましくない。
【0026】
(第3工程)
第3工程は、第2工程の反応で生成した硫化物を含むコロイドや未反応硫化物などを、酸成分を添加することで鉄成分に固定化し、固液分離することで廃液中から除去する工程である。
【0027】
第3工程においては、第2工程の反応によって生成した硫化物を含むコロイドや未反応硫化物を残存する鉄成分と反応させるため、酸成分を添加してpHを7.0から9.5に維持する。ここで設定pHが7.0より小さい場合、処理工程の運転トラブル等でFe/S比が1.0当量未満となった際に硫化水素発生リスクの上昇や水酸化鉄(II)に由来するFe2+が多量にろ液へ溶解し排水処理負荷が上がる可能性がある。またpHが9.5より大きいと処理が進行しない。なお設定pHを7.0から8.0とした場合、水酸化鉄(II)に由来するFe2+のろ液への溶解を促進し、ろ液の処理に課題を残す可能性があるため、設定pHを8.0から9.5とする方が好ましい。
【0028】
酸成分を添加することで反応液のpHは低下するが、反応が進行するとpHは上昇する。したがって、pHが規定値で安定するまで酸成分添加と反応進行を繰り返す必要がある。酸成分の添加はpHを確認しながらポンプ等の起動、停止を手動で繰り返しても良いが、例えばpHコントローラー等の自動制御装置を用いて自動運転することも可能である。
【0029】
第3工程で添加する酸成分は一般的に入手可能な化合物であればいずれでもよく、鉱酸、有機酸、酸性無機化合物が選択できる。入手の容易さやコスト、後処理を経た排水の環境負荷を考慮すると、塩酸、硫酸、塩化鉄(III)、塩化鉄(II)、硫酸鉄(III)、硫酸鉄(II)、塩化銅(II)などが挙げられる。これらのうち、硫化物イオンやそのコロイドを酸化処理することで遊離硫化物を低減することができるため、塩化鉄(III)、硫酸鉄(III)、塩化銅(II)を酸成分として適用することが好ましい。
【0030】
添加する酸成分の濃度は通常用いられる範囲の濃度であればいずれでもよいが、濃度が薄いと第3工程を経て発生する排水量が増えるため排水処理コストの増大につながり、濃度が濃いとハンドリング性の低下だけでなく酸成分添加位置で局所的な低pH状態が生まれ硫化水素ガス発生リスクが高まるため、適宜選択すればよい。
【0031】
第3工程の終点は、設定したpHで安定した段階でサンプルリングし、ろ過処理後、ろ液に含まれる溶解性またはコロイド状物質中の硫化物濃度を測定して判断することができる。なお、硫化物が残留している場合、黒色コロイド状のろ液や未反応硫化物に由来する赤褐色のろ液が得られ、硫化物が残留していない場合には、Fe3+と硫化物の反応で生成するSやFe2+に由来する黄色透明のろ液、または硫化物に由来する成分がほとんど含まれない無色透明のろ液が得られる。この特徴を応用した終点判断方法として、遊離硫化物濃度の測定に代えて吸光光度法や比色法によって処理進捗を観察し、この後に硫化物濃度を測定する方法を併用することも可能である。処理不十分と判断される場合には、設定pHを変更して更に酸成分を追加することで処理を進めることができる。
【0032】
第3工程の反応によって得られた処理後スラリーは固液分離によって処理後汚泥と処理後ろ液に分離される。固液分離の方法は、作業効率や発生汚泥のハンドリングを考慮するならば、高分子凝集剤によって凝集させた後、フィルタープレス、遠心分離、デカンター等の一般的に用いられる方法により固液分離される。
【0033】
第3工程の固液分離操作によって得られたろ液は、含有する成分に応じて水処理をさらに実施することで公共用水域や下水道へ放流することが可能となる。例えば、吸着処理等の物理的処理や凝集沈殿処理等の化学的処理が挙げられるが、第2工程を経たろ液には処理対象の硫化物イオン含有廃液に由来する亜硫酸イオンやSだけでなく処理工程に由来するFe2+等も含有するため、Fe(III)化合物を使用した凝集沈殿処理が好ましい。
【0034】
以上の工程によって得られた処理後液には遊離性の硫化物は含まれておらず、適宜選択される方法によって安全に処分することができる。また液中から固定化された硫化物イオンは主に硫化鉄として固形化されており、通常の条件では硫化水素の発生を考慮する必要のない安定な状態となるため、一般的な汚泥成分の処分方法である埋立処分だけでなく、例えば金属鉄の原料である硫化鉄鉱の代替としてリサイクルすることも可能となる。
【発明の効果】
【0035】
本発明による方法によれば、硫化物イオンを含有する廃液を硫化水素ガスが遊離することなく鉄化合物として固定化することが可能である。さらに固液分離によって回収したろ液には遊離性の硫化物が残留しないため、後段の排水処理工程における硫化水素の発生も防止することができる。また、鉄化合物として固定化した硫化物は硫化鉄鉱代替物としてリサイクルすることも可能となり、労働安全リスクのみならず環境リスクも軽減した硫化物イオン含有廃液の処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】本発明に係る、硫化水素含有廃液の処理方法の一実施形態を示す処理フロー図である。
図2】本発明の処理方法に関わる第1工程の一実施形態を示す処理フロー図である。
図3】本発明の処理方法に関わる第2工程の一実施形態を示す処理フロー図である。
図4】本発明の処理方法に関わる第3工程の一実施形態を示す処理フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。図1に示すように本発明は硫化物イオンを含有する廃液を処理するため、第1工程として、鉄化合物をアルカリ剤で中和して得た水酸化鉄スラリーを反応槽に準備する。第2工程として、硫化物イオンを含有する廃液を添加してpH11.0以上とする。次いで第3工程として、pHが7.0から9.5の間に維持されるよう酸成分を添加し、必要に応じて終点判断を経た後に生成したスラリーを固液分離する。これら工程を経ることで、発生した汚泥は適正処分またはリサイクルされ、ろ液は適宜選択される方法によって適正処理されることで排水規制成分が除去され、該廃液を労働安全リスク、環境リスクを低減して処理することができる。以降では模式図を用いて各工程を詳細に説明する。
【0038】
(第1工程)
図2に示すように水酸化鉄スラリーは鉄化合物をアルカリ剤でpH7.0以上に中和して作成する。水酸化鉄スラリーの濃度が3wt%以上10wt%以下となるように希釈水及び/又は水酸化鉄スラリーの濃縮操作や同様の手段で得た水酸化鉄スラリーを固液分離等することで得られる水酸化鉄スラッジを追加することが好ましい。
【0039】
(第2工程)
図3に示すように第2工程では硫化物イオンを含有する廃液を添加してpHを11.0以上とする。この際、該廃液を添加するために用いるポンプの吐出口を水酸化鉄スラリー中に挿入して廃液を添加することで、液ハネや衝撃による硫化水素の遊離を防止しながら廃液の混合を行うことができる。この工程によって未反応硫化物イオンとコロイド状硫化物を含む鉄化合物スラリーとして硫化物イオンを安定化することができる。
【0040】
(第3工程)
図4に示すように第3工程では、第2工程によって得たスラリーに酸成分を添加してpHを7.0~9.5に維持する。これによって、コロイド状硫化物や未反応硫化物イオンと残存する鉄成分を反応させることができる。終点判断は適宜サンプルをろ過して得たろ液の硫化物イオン濃度を測定するか、処理進捗の確認をろ液の色変化に依存する吸光光度法や比色法に代替しても良く、処理不十分と判断された場合には設定pHを変更して再度酸成分を添加する。処理が完了したスラリーは固液分離され、ろ液と固形物に分離される。
【0041】
第3工程を経て得られたろ液には、処理対象の硫化物イオン含有廃液に由来する亜硫酸イオンやSだけでなく処理工程に由来するFe2+等も含有するため、Fe(III)化合物を含む薬剤を添加した凝集沈殿処理を行うことによって排水規制成分の除去された排水を得ることができる。一方、硫化物イオンが固定化された固形物は硫化鉄を主成分とし、通常の条件では硫化水素の発生を考慮する必要のない安定な状態となるため、一般的な汚泥成分の処分方法である埋立処分だけでなく、例えば金属鉄の原料である硫化鉄鉱の代替としてリサイクルすることも可能となる。
【0042】
以上の工程を経ることで、硫化物イオンを含有する廃液を硫化水素ガスが遊離することなく、さらに環境影響の少ない状態で処分することが可能となる。
【0043】
以下実施例で本発明をより具体的に説明する。なお本発明は以下の実施例の記載によって限定されるものではない。遊離硫化物濃度の分析は、共立理化学研究所製パックテスト(遊離硫化物)及びデジタルパックテスト・マルチSPを用いた。なお当該分析における分析下限値は5ppmであり、以下分析下限値未満の場合には「未検出」と記載する。他の元素についてはICP発光分光分析装置によって分析した。
【実施例
【実施例0045】
・第1工程
1000mL容ビーカーに塩化鉄(III)水溶液(Fe=13.3wt%):100gを添加し、蒸留水:200gを加えることで希釈した。ここに卓上撹拌機及びpH計を設置し、攪拌しながら10.0wt%水酸化カルシウムスラリー:253gを添加することでスラリー濃度=4.60wt%、pH=7.03の水酸化鉄スラリー:553gを作成した。
・第2工程
第1工程で作成した水酸化鉄スラリー:553gを攪拌しながら、水硫化ソーダ水溶液(遊離硫化物=18,000ppm、pH=12.7):212gを添加することで、Fe/S比=2.00当量とした。この際、吐出口が水酸化鉄スラリー中に挿入されたポンプを用いて水硫化ソーダ水溶液を添加することにより、硫化水素臭を感知することは無かった。30分間攪拌することで、pH=11.5の黒色スラリー:765gを得た。0.45μmメンブレンフィルターによるろ過を行った所、ろ液色は濃赤褐色で、硫化水素臭は感知しなかったが遊離硫化物=3000ppmが残留した。
・第3工程
第2工程で得た黒色スラリー:765gに対して、pH=9.0を維持するためpHコントローラーを用いて44.5wt%塩化鉄(III)水溶液を添加したところ、25.3gを添加した時点でpHが安定した。またこの間硫化水素臭を感知しなかった。サンプルを採取し0.45μmメンブレンフィルターによってろ過した所、ろ液色は黄色透明で遊離硫化物=未検出、Fe=未検出であった。生成したスラリーに0.10wt%アニオン性高分子凝集剤水溶液:10mLを添加した後、減圧濾過装置により固液分離することで、上記と同等のろ液:575gと汚泥:207gを得た。
【実施例0046】
・第1工程
1000mL容ビーカーに塩化鉄(III)水溶液(Fe=13.3wt%):100gを添加し、蒸留水:200gを加えることで希釈した。ここに卓上撹拌機及びpH計を設置し、攪拌しながら10.0wt%水酸化カルシウムスラリー:253gを添加することでスラリー濃度=4.60wt%、pH=7.03の水酸化鉄スラリー:553gを作成した。
・第2工程
第1工程で作成した水酸化鉄スラリー:553gを攪拌しながら、水硫化ソーダ水溶液(遊離硫化物=18,000ppm、pH=12.7):212gを添加することで、Fe/S比=2.00当量とした。この際、吐出口が水酸化鉄スラリー中に挿入されたポンプを用いて水硫化ソーダ水溶液を添加することにより、硫化水素臭を感知することは無かった。30分間攪拌することで、pH=11.5の黒色スラリー:765gを得た。0.45μmメンブレンフィルターによるろ過を行った所、ろ液色は濃赤褐色で、硫化水素臭は感知しなかったが遊離硫化物=3000ppmが残留した。
・第3工程
第2工程で得た黒色スラリー:765gに対して、pH=7.0を維持するためpHコントローラーを用いて44.5wt%塩化鉄(III)水溶液を添加したところ、77.0gを添加した時点でpHが安定した。またこの間硫化水素臭を感知しなかった。サンプルを採取し0.45μmメンブレンフィルターによってろ過した所、ろ液色は淡黄色透明で遊離硫化物=未検出、Fe=1.1wt%であった。生成したスラリーに0.10wt%アニオン性高分子凝集剤水溶液:10mLを添加した後、減圧濾過装置により固液分離することで、上記と同等のろ液:637gと汚泥:180gを得た。
【実施例0047】
・第1工程
1000mL容ビーカーに塩化鉄(II)水溶液(Fe=12.8wt%):100gを添加し、蒸留水:200gを加えることで希釈した。ここに卓上撹拌機及びpH計を設置し、攪拌しながら10.0wt%水酸化カルシウムスラリー:175gを添加することでスラリー濃度=4.51wt%、pH=7.75の水酸化鉄スラリー:475gを作成した。
・第2工程
第1工程で作成した水酸化鉄スラリー:475gを攪拌しながら、水硫化ソーダ水溶液(遊離硫化物=13,000ppm、pH=12.6):249gを添加することで、Fe/S比=2.27当量とした。この際、吐出口が水酸化鉄スラリー中に挿入されたポンプを用いて水硫化ソーダ水溶液を添加することにより、硫化水素臭を感知することは無かった。30分間攪拌することで、pH=11.9の黒色スラリー:724gを得た。0.45μmメンブレンフィルターによるろ過を行った所、ろ液色は黄橙色透明で、硫化水素臭は感知しなかったが、遊離硫化物=2400ppmが残留した。
・第3工程
第2工程で得た黒色スラリー:724gに対して、pH=9.0を維持するためpHコントローラーを用いて44.5wt%塩化鉄(III)水溶液を添加したところ、26.6gを添加した時点でpHが安定した。またこの間硫化水素臭を感知しなかった。サンプルを採取し0.45μmメンブレンフィルターによってろ過した所、ろ液色は黄褐色透明で遊離硫化物=未検出、Fe=30ppmであった。生成したスラリーに0.10wt%アニオン性高分子凝集剤水溶液:10mLを添加した後、減圧濾過装置により固液分離することで、上記と同等のろ液:555gと汚泥:186gを得た。
【実施例0048】
・第1工程
1000mL容ビーカーに塩化鉄(III)水溶液(Fe=13.3wt%):100gを添加し、蒸留水:200gを加えることで希釈した。ここに卓上撹拌機及びpH計を設置し、攪拌しながら10.0wt%水酸化カルシウムスラリー:243gを添加することでスラリー濃度4.69wt%、pH7.20の水酸化鉄スラリー:543gを作成した。
・第2工程
第1工程で作成した水酸化鉄スラリー:543gを攪拌しながら、水硫化ソーダ水溶液(遊離硫化物=11,000ppm、pH=12.6):278gを添加することで、Fe/S比=2.50当量とした。この際、吐出口が水酸化鉄スラリー中に挿入されたポンプを用いて水硫化ソーダ水溶液を添加することにより、硫化水素臭を感知することは無かった。30分間攪拌することで、pH=11.8の黒色スラリー:820gを得た。0.45μmメンブレンフィルターによるろ過を行った所、ろ液色は濃赤褐色で、硫化水素臭は感知しなかったが、遊離硫化物=2400ppmが残留した。
・第3工程
第2工程で得た黒色スラリー:820gに対して、pH=9.0を維持するためpHコントローラーを用いて36.9wt%塩化銅(II)水溶液を添加したところ、16.3gを添加した時点でpHが安定した。またこの間硫化水素臭を感知しなかった。サンプルを採取し0.45μmメンブレンフィルターによってろ過した所、ろ液色は黄色透明で遊離硫化物=未検出、Fe=未検出、Cu=6.38ppmであった。生成したスラリーに0.10wt%アニオン性高分子凝集剤水溶液:10mLを添加した後、減圧濾過装置により固液分離することで、上記と同等のろ液:548gと汚泥:305gを得た。
【実施例0049】
・第1工程
1000mL容ビーカーに塩化鉄(III)水溶液(Fe=12.7wt%):100gを添加し、蒸留水:201gを加えることで希釈した。ここに卓上撹拌機及びpH計を設置し、攪拌しながら24.0wt%水酸化ナトリウム水溶液:115gを添加することでスラリー濃度6.11wt%、pH7.79の水酸化鉄スラリー:416gを作成した。
・第2工程
第1工程で作成した水酸化鉄スラリー:416gを攪拌しながら、水硫化ソーダ水溶液(遊離硫化物=16,000ppm、pH=12.8):411gを添加することで、Fe/S比=1.11当量とした。この際、吐出口が水酸化鉄スラリー中に挿入されたポンプを用いて水硫化ソーダ水溶液を添加することにより、硫化水素臭を感知することは無かった。30分間攪拌することで、pH=12.8の黒色スラリー:827gを得た。0.45μmメンブレンフィルターによるろ過を行った所、ろ液色は濃赤褐色で、硫化水素臭は感知しなかったが、遊離硫化物=3500ppmが残留した。
・第3工程
第2工程で得た黒色スラリーの一部:727gに対して、pH=9.0を維持するためpHを確認しながら手動で10.0wt%塩酸を添加したところ、148gを添加した時点でpH=8.57で安定した。またこの間硫化水素臭を感知しなかった。サンプルを採取し0.45μmメンブレンフィルターによってろ過した所、ろ液色は黄色透明で遊離硫化物=未検出、Fe=未検出であった。生成したスラリーに0.10wt%アニオン性高分子凝集剤水溶液:10mLを添加した後、減圧濾過装置により固液分離することで、ろ液:851gと汚泥:202gを得た。
【比較例1】
【0050】
・第3工程
実施例5の第2工程で得た黒色スラリー:100gに対して、pH=10.0を維持するためpHを確認しながら手動で10.0wt%塩酸を添加したところ、17.0gを添加した時点でpH=9.77で安定した。またこの間硫化水素臭を感知しなかった。サンプルを採取し0.45μmメンブレンフィルターによってろ過した所、ろ液色は褐色黒濁で遊離硫化物=600ppmであり、設定pH10.0ではろ液中の硫化物イオンを検出下限値以下まで低減することはできなかった。
【比較例2】
【0051】
・第1工程
1000mL容ビーカーに蒸留水:380gを投入し、ここに市販の酸化水酸化鉄(化学用水酸化鉄;キシダ化学株式会社製):20.0g(Fe=62.9wt%)を添加して卓上撹拌機で攪拌したところpH=5.50であった。24.0wt%水酸化ナトリウム水溶液:0.722gを添加してpH=11.6とすることでスラリー濃度5.00wt%、pH11.6の水酸化鉄スラリー:401gを得た。
・第2工程
第1工程で作成した水酸化鉄スラリー:401gを攪拌しながら、水硫化ソーダ水溶液(遊離硫化物=14,000ppm、pH=12.7):207gを添加することで、Fe/S比=2.49当量とした。この際、吐出口が水酸化鉄スラリー中に挿入されたポンプを用いて水硫化ソーダ水溶液を添加することにより、硫化水素臭を感知することは無かった。30分間攪拌することで、pH=12.4の黄土色スラリー:608gを得た。0.45μmメンブレンフィルターによるろ過を行った所、ろ液色は褐色透明で、僅かに硫化水素臭を感知した。ろ液の遊離硫化物濃度=4700ppmであり、使用した水酸化鉄スラリーと水硫化ソーダ水溶液の重量比を加味すると、希釈分だけ遊離硫化物濃度が低下しており、ほとんど反応が進行しなかった。
・第3工程
第2工程で得た黄土色スラリー:608gに対して、pH=9.0を維持するためpHを確認しながら手動で10.0wt%塩酸:92.9gを添加したところ、pH=9.17で安定したが強い硫化水素臭を感知し、安全処理は不可能であった。
【0052】
以上のように、本発明の方法による処理を行うことで、処理後ろ液に遊離性の硫化物イオンを残留させることなく、硫化物イオンを含有する廃液を労働安全リスクを排除して処理することができた。
図1
図2
図3
図4