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特開2025-39107放射線量測定方法、ゲル線量計および放射線量測定システム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025039107
(43)【公開日】2025-03-21
(54)【発明の名称】放射線量測定方法、ゲル線量計および放射線量測定システム
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/10 20060101AFI20250313BHJP
   G01T 1/04 20060101ALI20250313BHJP
   G01T 1/29 20060101ALI20250313BHJP
【FI】
A61N5/10 Q
A61N5/10 P
G01T1/04
G01T1/29 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023145958
(22)【出願日】2023-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】510126379
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立病院機構
(71)【出願人】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】豊原 尚実
(72)【発明者】
【氏名】草野 陽介
(72)【発明者】
【氏名】五東 弘昭
(72)【発明者】
【氏名】下野 義章
【テーマコード(参考)】
2G188
4C082
【Fターム(参考)】
2G188AA02
2G188BB02
2G188BB11
2G188BB14
2G188EE37
2G188FF04
2G188GG04
2G188KK02
4C082AC05
4C082AN05
4C082AP01
4C082AP20
(57)【要約】
【課題】ゲル線量計の実用化を図る。
【解決手段】放射線量測定方法は、放射線3から付与されるエネルギーによる電離作用で生成されるラジカルと反応する反応物質8を含むゲル線量計4と、ラジカルと反応した反応物質8の反応量の測定値を取得する測定機器5と、1つ以上のコンピュータ6とを用いて行う方法であり、コンピュータ6は、予め求められた補正係数に基づいて、測定値を補正して放射線3の線量を求める処理と、測定値が正しいか否かを確認する処理との少なくとも一方を行う。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線から付与されるエネルギーによる電離作用で生成されるラジカルと反応する反応物質を含むゲル線量計と、
前記ラジカルと反応した前記反応物質の反応量の測定値を取得する測定機器と、
1つ以上のコンピュータと、
を用いて行う方法であり、
前記コンピュータは、予め求められた補正係数に基づいて、前記測定値を補正して前記放射線の線量を求める処理と、前記測定値が正しいか否かを確認する処理と、の少なくとも一方を行う、
放射線量測定方法。
【請求項2】
前記コンピュータは、
前記ラジカルの生成量と消失量と前記反応量との関係から前記補正係数を求め、
前記測定機器で取得した前記反応量の前記測定値に、前記補正係数を乗ずることで前記放射線の前記線量を求める、
請求項1に記載の放射線量測定方法。
【請求項3】
前記放射線である加速エネルギーの異なる複数種の荷電粒子を照射して拡大ブラッグピークを形成し、放射線治療を行う治療装置の前記拡大ブラッグピークの線量分布を測定する方法であり、
前記ゲル線量計における前記荷電粒子の照射始点と原点とし、前記荷電粒子の進行方向と一致する1次元方向の座標を規定した場合において、
前記測定機器は、それぞれの前記座標における前記反応量の前記測定値を取得し、
前記コンピュータは、
同一の前記座標において前記加速エネルギーの異なる前記荷電粒子ごとに生成される前記ラジカルの生成量を算出し、
前記原点の前記ラジカルの前記生成量を用いて、それぞれの前記座標における前記ラジカルの前記生成量を除することで得られる、前記座標ごとに対応する前記補正係数を求め、
それぞれの前記座標おける前記反応量の前記測定値に、対応する前記補正係数を乗じることで前記反応量の補正値を求め、
前記加速エネルギーの異なる前記荷電粒子ごとに求めた複数の前記補正値を和することで前記拡大ブラッグピークの前記線量分布を算出する、
請求項1に記載の放射線量測定方法。
【請求項4】
前記放射線である加速エネルギーの異なる複数種の荷電粒子を照射して拡大ブラッグピークを形成し、放射線治療を行う治療装置の前記拡大ブラッグピークの線量分布を確認する方法であり、
前記ゲル線量計における前記荷電粒子の照射始点と原点とし、前記荷電粒子の進行方向と一致する1次元方向の座標を規定した場合において、
前記コンピュータは、
予め治療計画で策定された前記加速エネルギーの異なる前記荷電粒子ごとの前記座標の前記線量の計画値に基づいて、同一の前記座標において前記加速エネルギーの異なる前記荷電粒子ごとに生成される前記ラジカルの生成量を算出し、
前記原点の前記ラジカルの前記生成量を用いて、それぞれの前記座標における前記ラジカルの前記生成量を除することで得られる、前記座標ごとに対応する前記補正係数を求め、
前記補正係数の逆数を前記座標ごとに対応する換算係数とし、それぞれの前記座標における前記線量の前記計画値に、対応する前記換算係数を乗じることで補正値を求め、
前記加速エネルギーの異なる前記荷電粒子ごとに求めた複数の前記補正値を和することで確認値を求め、
前記測定機器で取得したそれぞれの前記座標における前記反応量の前記測定値を前記確認値と比較し、前記治療計画で策定された前記線量分布が再現されているか否かを確認する、
請求項1に記載の放射線量測定方法。
【請求項5】
前記補正係数は、前記ゲル線量計のそれぞれの前記座標における前記放射線の照射後、1ナノ秒後のOHラジカルの濃度値を、前記原点における前記放射線の照射後、1ナノ秒後の前記OHラジカルの前記濃度値で除した値である、
請求項3または請求項4に記載の放射線量測定方法。
【請求項6】
前記ラジカルは、水分子の励起で生じるOHラジカルである、
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の放射線量測定方法。
【請求項7】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の放射線量測定方法に用いるゲル線量計であって、
前記反応物質は、
水溶液をゲル化するゲル化剤と、
前記放射線により水が電離して生成される前記ラジカルにより切断され、酸化した分子結合基が特定の波長領域の光を選択的に吸光して発色する発色剤と、
を含む、
ゲル線量計。
【請求項8】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の放射線量測定方法に用いるゲル線量計であって、
前記反応物質は、
水溶液をゲル化するゲル化剤と、
前記放射線により水が電離して生成される前記ラジカルにより変化するビニルモノマーまたは鉄イオンの少なくとも一方と、
を含む、
ゲル線量計。
【請求項9】
放射線から付与されるエネルギーによる電離作用で生成されるラジカルと反応する反応物質を含むゲル線量計と、
前記ラジカルと反応した前記反応物質の反応量の測定値を取得する測定機器と、
1つ以上のコンピュータと、
を備え、
前記コンピュータは、予め求められた補正係数に基づいて、前記測定値を補正して前記放射線の線量を求める処理と、前記測定値が正しいか否かを確認する処理と、の少なくとも一方を行う、ように構成されている、
放射線量測定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、放射線量測定技術に関する。
【背景技術】
【0002】
放射線によるがん治療は、がん腫瘍に治療用の放射線を集中して照射することで、効率的な治療を実現するものである。放射線が人体に照射されると、放射線による物質へのエネルギー付与が生じ、これにより物質が電離されてラジカルが生成される。このラジカルがDNAに作用し、腫瘍の増殖機能が破壊される。X線によるがん治療は、電子線をターゲット材料に照射して生成したX線を人体に照射するものである。
【0003】
一方、粒子線によるがん治療は、荷電粒子を加速器により所定のエネルギーまで加速して人体に照射するものである。この荷電粒子が人体に照射されると、クーロン相互作用によって荷電粒子の持つエネルギーが物質に付与される。このエネルギーの付与量は、荷電粒子の入射エネルギーに対応する体内の特定深さにおいて、急峻な最大値を取る。この現象は、ブラッグピークと呼ばれている。粒子線におけるがん治療は、このブラッグピークの発現原理を応用したものであり、付与されるエネルギーを腫瘍に集中させるとともに、健常細胞へのエネルギーの付与を抑制している。
【0004】
粒子線治療における照射野の形成法としては、パッシブ法とスキャニング法の2種類がある。パッシブ法では、加速器より輸送される粒子線を散乱体、電磁石、リッジフィルタを使用して平面方向および深さ方向に広げる。平面方向は、コリメータを使って腫瘍形状に合わせてビームの形状を調整する。そして、深さ方向は、ポリエチレンブロックなどの部材を腫瘍形状に合わせて掘削した補償フィルタを使ってビームの形状を調整する。このように調整された粒子線のビームを患者に照射することで、正常臓器への線量付与を軽減し、腫瘍に限局した照射が可能となる。スキャニング法では、粒子線をペンシルビームと呼ばれる細いビームに絞り、腫瘍の形に合わせて照射が行われる。スキャニング法では、最初に粒子線の出射方向を変化させながら、出射軸に垂直な面に対し、2次元的にビームが照射される。続いて、粒子線のエネルギーを変化させ、ブラッグピークが生じる位置を人体の深さ方向に変化させて、同様に2次元的に照射する。これを繰り返して、腫瘍の形に合わせて粒子線が3次元的に照射され、健常組織への照射ダメージが最小限に抑えられる。
【0005】
X線および荷電粒子などの放射線が物質中の分子の電離と励起を生じさせる際の微視的なエネルギーの付与量は、線エネルギー付与(Linear Energy Transfer:LET)と呼ばれている。このLETは、光子線で2keV/μm程度である。一方、荷電粒子の1つである炭素イオンビーム(126+)は、人体への入射位置で約10keV/μm、ブラッグピークの発生位置で数百keV/μmとなる。すなわち粒子線によるがん治療は、高いLETの線質を有する放射線による治療法として知られている。
【0006】
粒子線治療は、人体組織のがん標的に粒子線を正確に照射するために、生体組織中のがん標的の3次元での各位置における線量分布を最適化する必要がある。このため、予め患者のX線画像またはコンピュータ断層撮影(CT)画像が取得され、がん腫瘍の種類、その空間座標、その周辺の臓器などの情報が特定される。これらの情報に基づいて、コンピュータプログラムを用いて、患者に付与する粒子線の照射方向、ブラッグピークが生じる空間座標、照射する粒子線の数量などの治療指示を治療装置に与える目的で、治療計画が立案される。
【0007】
ここで、人体組織における狙った位置に粒子線が正確に照射されている否かを確認するために、粒子線照射装置の照射精度に関し、定期的な確認検査を行う必要がある。具体的には、粒子線のエネルギーとその照射深さの関係、すなわちブラッグピークが出現する位置を確認する必要がある。さらに、粒子線を2次元的、3次元的、4次元的に照射する場合は、照射野が、治療計画時の設定範囲に収まっていることを確認する必要がある。さらに、患者の放射線の被ばくをより少なくし、腫瘍の形状に対して確実に放射線が照射されているか否かを確認するために、ファントムと呼ばれる人体を模擬した材料および水を入れた容器を用いて、放射線量の分布を測定することが行われている。現状は、電離箱またはラジオクロミックフィルムなどの線量測定器をファントム内に配置して、放射線量の2次元分布を測定し、それを3次元に換算して評価する方法が採用されている。しかし、3次元解析には、時間と手間が生じるという欠点がある。
【0008】
そこで、近年、簡便に3次元的な放射線の線量分布を測定できるように、放射線感受性を有する反応物質を使用した3次元ゲル線量計の開発が進められている。ゲル線量計の種類としては、ポリマーゲル線量計、フリッケゲル線量計、ミセルゲル線量計がある。ポリマーゲル線量計は、放射線により生成するラジカルによるビニルモノマーの重合反応を利用したものである。フリッケゲル線量計は、ラジカルによる鉄イオンの酸化反応を利用したものである。ミセルゲル線量計は、ラジカルによる放射線感受性色素の発色を利用したものである。これらの線量計は、放射線の照射でゲル線量計内に生成されるラジカルと、ゲル線量計の物質が化学反応し、その反応量を測定することで、媒質に付与された放射線の強度分布を測定するものである。例えば、ポリマーゲル線量計は、ビニルモノマーの重合量が水素原子のスピンに影響する原理を利用し、磁気共鳴画像(MRI)によりスピン変化量を測定するものである。フリッケゲル線量計は、ラジカルによる鉄二価の鉄三価への変化量を測定するものである。ミセルゲル線量計は、ラジカルによる放射線感受性色素の発色量の吸光度と発色強度を測定するものである。これらの測定量は、いずれも、放射線が媒質に付与したエネルギー量により生成されるラジカルの量に比例する原理を利用しているものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第6212695号公報
【特許文献2】特許第6296230号公報
【特許文献3】特表昭58-501091号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来のゲル線量計の課題は、MRI、価数の変化量、色素の発色量などの各測定値の線量応答性が線質に依存することにある。代表的な線質の1つがLETであり、特に、荷電粒子の飛程終端のような局所的にLETが上昇する部分では、測定値がエネルギー付与に比例しなくなる現象が発生する。このため、付与されるエネルギーと測定値の関係性が保てず、測定値が付与されたエネルギーを正しく表しているのか、その確認が不可能になる。このような理由により、荷電粒子による3次元線量分布の測定にゲル線量計が適用できず、実用化できない状態が長く続いてきた。
【0011】
本発明の実施形態は、このような事情を考慮してなされたもので、ゲル線量計の実用化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の実施形態に係る放射線量測定方法は、放射線から付与されるエネルギーによる電離作用で生成されるラジカルと反応する反応物質を含むゲル線量計と、前記ラジカルと反応した前記反応物質の反応量の測定値を取得する測定機器と、1つ以上のコンピュータと、を用いて行う方法であり、前記コンピュータは、予め求められた補正係数に基づいて、前記測定値を補正して前記放射線の線量を求める処理と、前記測定値が正しいか否かを確認する処理と、の少なくとも一方を行う。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施形態により、ゲル線量計の実用化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】放射線量測定システムを示す構成図。
図2】実施例1のゲル線量計を示す画像図。
図3】実施例1の吸収線量の実測値と深さの関係を示すグラフ。
図4】実施例1の補正係数と深さの関係を示すグラフ。
図5】実施例1の補正後の測定値と深さの関係を示すグラフ。
図6】実施例2の170MeV/uのビームの線量と深さの関係を示すグラフ。
図7】実施例2の200MeV/uのビームの線量と深さの関係を示すグラフ。
図8】実施例2の230MeV/uのビームの線量と深さの関係を示すグラフ。
図9】実施例2の260MeV/uのビームの線量と深さの関係を示すグラフ。
図10】実施例2の320MeV/uのビームの線量と深さの関係を示すグラフ。
図11】実施例3のゲル線量計を示す側面図。
図12】実施例3の図11のXII-XII断面図。
図13】実施例3の治療計画時の図11に対応するゲル線量計を示す画像図。
図14】実施例3の治療計画時の図12に対応するゲル線量計を示す画像図。
図15】実施例3の実測時の図11に対応するゲル線量計を示す画像図。
図16】実施例3の実測時の図12に対応するゲル線量計を示す画像図。
図17】実施例3の各ビームのゲル吸光度を示すグラフ。
図18】実施例3の各ビームの補正係数を示すグラフ。
図19】実施例3の吸収線量と深さの関係を示すグラフ。
図20】実施例4のビームの吸収線量分布を示すグラフ。
図21】実施例4の各ビームの換算係数を示すグラフ。
図22】実施例4の吸収線量と深さの関係を示すグラフ。
図23】実施例5の回転ガントリに配置されたゲル線量計を示す側面図。
図24】実施例5の図23に対応する線量と深さの関係を示すグラフ。
図25】実施例5の回転ガントリが回転したときのゲル線量計を示す側面図。
図26】実施例5の図25に対応する線量と深さの関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら、放射線量測定方法、ゲル線量計および放射線量測定システムの実施形態について詳細に説明する。
【0016】
図1の符号1は、本実施形態の放射線量測定システムである。この放射線量測定システム1は、治療装置2から照射される放射線3の品質保証(Quality Assurance:QA)を行うために用いられる。
【0017】
治療装置2としては、例えば、治療用の放射線3としての炭素イオンなどの荷電粒子ビームを照射対象としての患者の病巣組織(がん)に照射して治療を行う粒子線がん治療用装置がある。
【0018】
このような放射線治療技術は、重粒子線がん治療技術と称される。この技術は、がん病巣(患部)を炭素イオンがピンポイントで狙い撃ちし、がん病巣にダメージを与えながら、正常細胞へのダメージを最小限に抑えることが可能とされている。なお、荷電粒子ビームは、放射線3のなかでも電子より重いものと定義される。荷電粒子には、陽子線、重粒子線が含まれる。このうち重粒子線は、ヘリウム原子より重いものと定義される。
【0019】
なお、本実施形態は、治療用の放射線3として炭素が用いられた荷電粒子ビームを例示しているが、その他の態様でもよい。例えば、ヘリウム、酸素、またはネオンが用いられた荷電粒子ビームでもよい。また、荷電粒子ビームとして陽子線が用いられてもよい。
【0020】
重粒子線を用いるがん治療では、従来のエックス線、ガンマ線、陽子線を用いたがん治療と比較してがん病巣を殺傷する能力が高く、患者の体の表面では線量が弱く、がん病巣において線量がピークになる特性を有している。このため、照射回数と副作用を少なくすることができ、治療期間をより短くすることができる。
【0021】
例えば、荷電粒子ビームは、患者の体内を通過する際に運動エネルギーを失って速度が低下するとともに、速度の二乗にほぼ反比例する抵抗を受け、或る一定の速度まで低下すると急激に停止する。この停止点はブラッグピークと呼ばれ、高エネルギーが放出される。治療装置2は、このブラッグピークを患者の病巣組織(患部)の位置に合わせることにより、正常組織のダメージを抑えつつ、病巣組織のみを死滅させることができる。
【0022】
放射線量測定システム1は、例えば、治療装置2から照射される放射線3の線量または拡大ブラッグピーク(Spread out Bragg peak:SOBP)の線量分布の測定または確認を行うために用いられる。この測定または確認の作業は、治療装置2のメンテナンス時に行ってもよいし、治療開始前に患者ごとに行ってもよい。
【0023】
放射線量測定システム1は、ゲル線量計4と測定機器5とコンピュータ6とを備える。
【0024】
ゲル線量計4は、無色透明な円筒形状の容器7と、この容器7に収容された無色透明な反応物質8とを備える。このゲル線量計4は、いわゆるQAファントムの一種である。なお、無色透明な円筒形状の容器7は一例であり、QAの内容によっては、容器7が直方体形状などの他の形状を成している場合もあり得る。
【0025】
放射線3が照射される前において、反応物質8は、無色透明である。しかし、反応物質8に放射線3が照射されると、その部分の色が変わる。ユーザは、この反応物質8の発色部分9を確認することで、適切な位置に適切な強度の放射線3が照射されているか否かを把握することができる。
【0026】
ゲル線量計4は、治療装置2から照射される放射線3の線量の測定時に、通常、治療装置2の基準点であるアイソセンタの位置に設けられる。例えば、このゲル線量計4は、患者を載置するための載置台(図示略)に設けられる。また、治療装置2が回転ガントリ(図示略)を備える場合には、通常、回転ガントリの回転の中心に設けられる。
【0027】
反応物質8は、放射線3から付与されるエネルギーによる電離作用で生成されるラジカルと反応する。なお、本実施形態のラジカルは、例えば、水分子の励起で生じるOHラジカルである。
【0028】
反応物質8は、水溶液をゲル化するゲル化剤と、放射線3により水が電離して生成されるラジカルと反応し、この反応生成物中の分子結合基が特定の波長領域の光を選択的に吸光して発色する発色剤を含む。
【0029】
なお、ポリマーゲル線量計の場合、反応物質8は、ビニルモノマーである。フリッケゲル線量計の場合、反応物質8は、鉄イオンである。このように、ラジカルとの反応で変化する物質は、全て反応物質8に該当する。
【0030】
測定機器5は、例えば、ゲル線量計4を撮影するカメラおよび光CT装置などの撮影機器である。この測定機器5は、ゲル線量計4の反応物質8の発色部分9を撮影し、ラジカルと反応した反応物質8の反応量の測定値を取得する。この測定値は、吸光度(発色量)である。なお、測定機器5は、コンピュータ6に接続され、このコンピュータ6により制御される。また、測定機器5で取得される情報は、ピクセルデータでもよいし、ボクセルデータでもよいし、断層撮影画像でもよい。
【0031】
なお、ビニルモノマーの重合量による水素原子のスピン緩和速度、または、鉄イオンの価数変化によるスピン緩和速度を測定する場合、測定機器5としては、例えば、MRI(Magnetic Resonance Imaging)が用いられる。また、ビニルモノマーの重合量の変化量を測定する場合、測定機器5としては、例えば、X線CTが用いられる。
【0032】
コンピュータ6は、測定機器5から測定値(実測値)を取得する。このコンピュータ6は、予め求められた補正係数に基づいて、測定値を補正して放射線3の線量を求める処理と、測定値が正しいか否かを確認する処理との少なくとも一方を行う。
【0033】
本実施形態の放射線量測定システム1は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)などのハードウェア資源を有し、CPUが各種プログラムを実行することで、ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて実現されるコンピュータ6で構成される。さらに、本実施形態の放射線量測定方法は、各種プログラムをコンピュータ6に実行させることで実現される。
【0034】
放射線量測定システム1の各構成は、必ずしも1つのコンピュータ6に設ける必要はない。例えば、1つの放射線量測定システム1が、ネットワークで互いに接続された複数のコンピュータ6で実現されてもよい。例えば、補正係数を算出する機能と、測定値を取得する機能と、測定値を補正係数で補正する機能とが、それぞれ個別のコンピュータ6に搭載されていてもよい。
【0035】
発明者らは、ゲル線量計4の実用化を図るため、線エネルギー付与(LET)の変化によるラジカルの生成量と、ラジカルとゲル線量計4の反応物質8との反応量との関係を研究した。この結果、発明者らは、測定値が放射線3による付与エネルギーを反映しないメカニズムを明らかにした。
【0036】
例えば、所定の媒質に放射線3が照射されると、付与されるエネルギーに比例した量のラジカルが、放射線3の照射位置を中心とした数nmの微小領域内で生成される。この現象は、スパーと呼ばれている。この微小領域内において、ラジカルは、周辺の媒質を構成する元素および放射線3により生成された他のラジカルとの反応により消失する。さらに、ラジカルの一部は、ゲル線量計4の反応物質8と反応する。これら同時に生じる反応の結果は、様々な測定機器5により、反応した物質の量を測定することで取得することができる。
【0037】
ここで、放射線3によるラジカルの生成速度、ラジカルの消失速度、ラジカルとゲル線量計4の反応物質8との反応速度の関係は、以下の関係式(1)のようになる。
【0038】
ラジカル生成速度>ラジカル消失速度>ラジカルと反応物質の反応速度 …(1)
【0039】
スパー中のラジカルの生成量は、放射線3による付与エネルギーに比例する。ラジカルの生成速度は、前述の関係式(1)に示すように大きいため、放射線照射後、約1ピコ秒後に、ラジカルの量が放射線3によるエネルギー付与量を反映した値となる。
【0040】
スパー中のラジカルの消失量は、単位体積中に存在するラジカルの量に依存する。ラジカルの量が大きいとラジカルの消失量が大きく、ラジカルの量が小さいとラジカルの消失量も小さい。ラジカルの消失速度は、前述の関係式(1)に示すようにラジカルの生成速度より小さいため、その値は、放射線照射後、約1μ秒で一定となる。
【0041】
ラジカルとゲル線量計4の反応物質8と反応量は、1μ秒以後にスパー中に存在するラジカルの濃度に依存する。この反応速度は、前述の関係式(1)に示すように小さいため、ゲル線量計4の反応物質8との反応量は、放射線3の照射後、約1μ秒後に存在するラジカル量に依存する。
【0042】
ここで、LETが低い放射線3を照射する場合は、放射線3のエネルギー付与によるラジカル生成量が少ない。このためラジカルの消失量も小さく、反応物質8と反応するラジカルの量への消失量の影響が少ない。このため、1μ秒後の反応物質8とラジカルの反応量は、エネルギー付与によるラジカル生成量に依存した値となる。
【0043】
一方、荷電粒子のようにLETが大きく、特にブラッグピークのようにピンポイントでLETが高くなる領域の場合は、この微小領域にラジカルが短時間で大量に生成される。このためラジカルの消失量は大きくなり、さらにその消失速度も大きくなる。この結果、急激にラジカル量が減少されてしまうため、約1μ秒のラジカル量は、放射線3のエネルギー付与によるラジカル生成量を反映しなくなる。
【0044】
したがって、ゲル線量計4の反応物質8と反応するラジカル量が少なくなる。このため、反応物質8の測定値は、放射線3のエネルギー付与によるラジカル生成量を反映しなくなる。これが、高LETの放射線3を照射した場合に、ゲル線量計4が線量に相当する測定値を示さない理由である。
【0045】
この現象は、特にブラッグピークを生成する荷電粒子で特に顕著に見られる。例えば、図5のグラフに示すように、測定値(実測値)が、ブラッグピークにおける実際の吸収線量から大きく乖離した小さな値となる。以下の説明において、この測定値が急激に低下することを乖離現象Dと称する。
【0046】
本実施形態の放射線量測定システム1は、このような反応メカニズムの解明を基にして開発されたものであり、荷電粒子によるエネルギーの付与を簡便に、かつ高精度で検出するものである。
【0047】
発明者らが、発明した方法は、放射線3からのエネルギー付与による電離作用で生成するラジカルと反応する反応物質8を含むゲル線量計4に関するものである。まず、放射線3の照射により生成されるラジカルの量について、その減少量を取り入れたラジカル量から補正係数が求められる。そして、放射線3の照射により生成されるラジカルと反応した反応物質8の反応量の測定値に、補正係数を乗ずることで、放射線3からのエネルギー付与に相当するラジカルと反応した反応物質8の量が求められる。
【0048】
ゲル線量計4に用いられる反応物質8には、様々なものがある。例えば、ポリマーゲル線量計では、ビニルモノマーが用いられる。フリッケゲル線量計は、鉄イオンが用いられる。ミセルゲル線量計は、ロイコ色素に代表される放射線感受性色素が用いられる。これら反応物質8は、放射線3の照射による水の電離作用で生成するOHラジカルと反応し、その反応量により付与されたエネルギーの測定が行われる。
【0049】
また、発明者らは、先に述べたラジカルの生成と消滅のメカニズムを詳細に研究した。この結果、ゲル線量計4で測定される反応物質8の量に、照射後、1ナノ秒後のOHラジカル量から求めた補正係数を乗じて得られる値が、荷電粒子により付与されるエネルギー、すなわち吸収線量に合致することを見出した。本実施形態は、このような知見に基づきなされたものである。
【0050】
例えば、ゲル線量計4における放射線3の進行方向の各座標における放射線照射後、1ナノ秒後のOHラジカル濃度分布を、ゲル線量計4の放射線3の照射始点における放射線照射後、1ナノ後のOHラジカル濃度値で除した値が補正係数とされる。この補正係数を同一の座標で測定されたゲル線量計4の反応物質8の値に乗じて得られる補正後の値が放射線量の値とされる。
【0051】
この方法は、単一エネルギーを持つ荷電粒子の進捗方向の線量分布の値をゲル線量計4による測定値を用いて算出することができる。さらに、複数のエネルギーを持つ荷電粒子を用いて生成される拡大ブラッグピークの線量分布の測定にも供することができる。
【0052】
さらに、この方法は、治療計画で計算された線量分布の確認のために用いることができる。例えば、治療計画で示された荷電粒子のビーム毎の吸収線量分布に、補正係数の逆数を乗じて得られる線量分布と、ゲル線量計4のラジカルとの反応物質8の反応量を測定値と比較することで、治療計画の確認を行うことができる。
【0053】
本実施形態は、吸収線量を化学線量計で正確に測定する方法に適用可能である。また、本実施形態は、付与する予定の線量分布があり、それが治療装置2で正しく実現されるか否かを確認するためのQA方法として適用可能である。
【0054】
以下の説明で例示するゲル線量計4の反応物質8は、ロイコ色素を含有した水が主成分の組成である。この反応物質8は、放射線3が水に照射されて生じるOHラジカルと反応して紫色(吸収波長490nm)に発色する。この発色部分9の発色量の測定は、例えば、測定機器5としての光CT装置が用いられる。この光CT装置は、反応物質8の発色部分9を様々な方向から写真撮影し、その発色の分布を3次元的に再構成することで、反応量の3次元分布を測定することできる。
【0055】
本実施形態では、前述のゲル線量計4が例示されているが、放射線3を受けてラジカルを介し、反応することを原理とした測定方法、または、放射線3を受けて直接反応が進む測定方法に対して本実施形態を適用することができる。
【実施例0056】
発明者らが実施した実施例1について図2から図5を用いて説明する。なお、前述の図1を参照する場合がある。
【0057】
測定値の乖離現象D(図5)の原因は、生成したラジカルが再結合反応によりその量が低下し、吸収線量の値と乖離していることにある。実施例1は、この原理に着目している。まず、生成したラジカルが再結合しないと仮定した場合のラジカルの量が求められる。そして、再結合反応が生じたラジカルの量との差異が補正係数として算出される。ここで、ゲル線量計4の測定値に補正係数を乗ずる。これにより放射線3によるラジカルの乖離現象Dが生じていない場合の反応物質8の反応量が算出でき、放射線3の吸収線量が分かるようになる。
【0058】
発明者らは、ゲル線量計4を用いて、治療装置2としての粒子線がん治療用装置から照射される290MeV/uの単一のエネルギーのビームの吸収線量分布の測定に本実施形態を適用した。
【0059】
図2に示すように、発明者らは、スケール入りの横長透明セル(容器7)にゲル線量計4の材料(反応物質8)を入れ、前述のエネルギーの炭素イオンビーム(放射線3)を照射した。照射条件は、予めゲル線量計4の形状を用いて治療計画ソフトウェアを用い、ゲル線量計4の範囲内にブラッグピークが生成されるように調整した。
【0060】
発明者らは、照射後の反応物質8に、ビーム進行方向に青く発色した発色部分9を確認した。発明者らは、ビームの進行方向の各座標の発色量を紫外可視分光光度計により測定し、測定値(実測値)を取得した。
【0061】
図3のグラフは、このときの測定値(実測値)を示す。このグラフに示すように、反応物質8の測定値には、乖離現象D(図5)と呼ばれる事象が生じる。具体的には、ビームの進行方向全体に亘りブラッグピークの位置が不明瞭で、ブラッグピーク付近に典型的に生じる吸収線量が高くなる部分も判別できなかった。
【0062】
発明者らは、コンピュータ6を用いた計算により、照射試験と同一のビーム条件、かつゲル線量計4の形状で、ビームの進行方向のOHラジカル濃度分布を計算した。OHラジカルの濃度は、再結合反応が生じていない濃度を求めたものである。
【0063】
図4に示すように、各座標のOHラジカル濃度は、ゲル線量計4の入口のOHラジカル濃度で規格化し、各座標の値をビームの進行方向の補正係数とした。つまり、ゲル線量計4における放射線3の照射始点と原点P0(図2)とし、放射線3の進行方向と一致する1次元方向の座標を規定した場合において、発明者らは、この原点P0のOHラジカル濃度を「1.0」として、それぞれの座標の補正係数を求めた。そして、所定の位置P1(図2)が、ブラッグピークの位置となる。
【0064】
発明者らは、ゲル線量計4におけるそれぞれの座標の吸光度分布(図3)に、同一の座標の補正係数の分布(図4)を乗じ、ビームの進行方向の補正された吸光度を算出した。発明者らは、不明瞭であったブラッグピークの位置P1(図2)と、その周辺の典型的な線量分布を確認することできた。発明者らは、これらの分布と、治療計画による分布を比較した結果、全体の吸光度の分布とブラッグピークの位置が一致することを確認した。そして、本実施形態の放射線量測定方法が、ブラッグピーの位置の確認に有効であることが証明された(図5)。
【0065】
以上、実施例1を放射線量測定システム1に適用する場合には、コンピュータ6は、ラジカルの生成量と消失量と反応量との関係から補正係数を求める。そして、コンピュータ6は、測定機器5(図1)で取得した反応量の測定値に、補正係数を乗ずることで放射線3の線量を求める。このようにすれば、ブラッグピークの位置を確認することができる。
【実施例0066】
つぎに、実施例2について図6から図10を用いて説明する。なお、前述の図1を参照する場合がある。
【0067】
発明者らは、治療装置2としての粒子線がん治療用装置から照射されるビームの品質保証に本実施形態の放射線量測定方法を適用した。
【0068】
粒子線がん治療用装置のビームエネルギーは、照射装置の品質管理のためにモノビーム照射による検証がなされている。ここで、エネルギーが、170、200、230、260、290および320MeV/uになるようにモノビームが調整される。また、治療計画時には、ゲル線量計4に照射した際のブラッグピークを含む吸収線量分布が予め求められる。
【0069】
図6は、170MeV/uのモノビームのグラフである。図7は、200MeV/uのモノビームのグラフである。図8は、230MeV/uのモノビームのグラフである。図9は、260MeV/uのモノビームのグラフである。図10は、320MeV/uのモノビームのグラフである。なお、290MeV/uのグラフについては、実施例1(図5)に記載されているため、ここでは省略する。
【0070】
発明者らは、実施例1と同様な透明セルに入ったゲル線量計4を準備し、前述の各ビーム条件で照射し、照射方向の発色量分布を紫外可視分光光度計により測定した。発明者らは、コンピュータ6を用いた計算により、各照射試験と同一のビーム条件、かつゲル線量計4の形状で、ビーム進行方向のOHラジカル濃度分布を計算した。実施例1と同様に、各座標のOHラジカル濃度は、ゲル線量計4の入口である原点P0(図2)のOHラジカル濃度で規格化し、各座標の値をビーム進行方向の補正係数とした。
【0071】
発明者らは、各座標の吸光度に、同一の座標の補正係数を乗じ、ビーム進行方向における補正された吸光度を算出した。発明者らは、この値の分布と治療計画の値とを比較した結果、いずれのモノビームの条件でも、吸光度の分布とブラッグピークの位置が治療計画と一致することを確認した。
【0072】
これにより、治療計画で構築した照射条件による重粒子線照射が計画通り実施できていることが分かるようになる。本実施形態の放射線量測定方法は、治療計画のQAで必要なビームの位置および分布の確認が可能であることが証明された。
【実施例0073】
つぎに、実施例3について図11から図19を用いて説明する。なお、前述の図1を参照する場合がある。
【0074】
重粒子線によるがん治療では、荷電粒子ビーム(放射線3)のエネルギーを離散的に変化させ、腫瘍形状に合致した拡大ブラッグピーク(SOBP)が形成され、腫瘍に正確に線量が付与される(図19)。
【0075】
治療計画のQAのために、荷電粒子ビームを照射して媒質に付与されるエネルギーの測定を行い、治療計画で設定した照射条件により計画通りの拡大ブラッグピーク(SOBP)が形成されていることを確認する必要がある。ここで、本実施形態の放射線量測定方法は、拡大ブラッグピークを形成する荷電粒子ビームの測定方法に適用される。
【0076】
拡大ブラッグピーク(SOBP)は、ビームに荷電粒子の数(ビーム強度)を乗じ、全ビームを合算することで形成される。拡大ブラッグピークの吸収線量をゲル線量計4で測定すると、各ビームで測定値の乖離現象D(図5)が生じる。このため、乖離現象Dが生じた状態の反応物質8の反応量が反映された測定値(実測値)が得られる。この原理を基に、各ビームで乖離現象Dが生じた反応量を、本実施形態の放射線量測定方法で補正し、乖離現象Dが生じない場合の補正後の測定値を求める。それを基に、拡大ブラッグピークを再構成することで、拡大ブラッグピーク形成時の吸収線量を正しく評価することができる。
【0077】
図11から図12に示すように、発明者らは、ゲル線量計4に腫瘍を模擬したターゲット10を設定した。このターゲット10は、例えば、患者の体表面から46mmの深さに存在する一辺が34mmの立方体の腫瘍が想定されている。このターゲット10に向けて荷電粒子ビーム(放射線3)が照射される。
【0078】
図13から図14に示すように、発明者らは、ターゲット10に、荷電粒子ビーム(放射線3)を照射する治療計画を作成した。例えば、強度が異なる複数の荷電粒子ビームに対応して複数の照射範囲11が設定されている。つまり、ターゲット10の形状に合わせて拡大ブラッグピーク(SOBP)を形成するために、これらの照射範囲11が設定される。発明者らは、この治療計画にしたがって荷電粒子ビームをゲル線量計4に照射した。
【0079】
図15から図16に示すように、発明者らは、荷電粒子ビーム(放射線3)の進行方向のゲル線量計4の発色部分9を、測定機器5(図1)としての光CT装置で測定し、3次元の吸光度分布を取得した。
【0080】
また、発明者らは、別途23種の荷電粒子ビームを照射したゲル線量計4の発色部分9の分布を予め測定した(図17)。そして、発明者らは、同じ照射条件におけるOHラジカル濃度分布を、前述の実施例1と実施例2と同様の方法で計算し、補正係数とした(図18)。
【0081】
図19に示すように、発明者らは、ゲル線量計4における同一の座標上で反応物質8の吸光度にOHラジカル濃度を乗じた分布を算出した。この補正後の測定値(補正値)が、治療計画での線量の分布である治療計画値とよく一致していることが分かった。
【0082】
このように、治療計画で策定した腫瘍の大きさに相当する拡大ブラッグピーク(SOBP)と、ゲル線量計4の発色部分9の吸光度の測定値を補正して算出した吸光度分布が一致していることが分かった。このため、治療計画で想定した拡大ブラッグピークが荷電粒子ビーム(放射線3)の照射により形成されていることが確認され、本実施形態の放射線量測定方法が、治療計画のQAに適用できることが確認された。
【0083】
以上、実施例3は、放射線3である加速エネルギーの異なる複数種の荷電粒子を照射して拡大ブラッグピーク(SOBP)を形成し、放射線治療を行う治療装置2(図1)の拡大ブラッグピークの線量分布を測定する方法である。
【0084】
この実施例3を放射線量測定システム1に適用する場合には、まず、ゲル線量計4における荷電粒子の照射始点と原点P0(図2)とし、荷電粒子の進行方向と一致する1次元方向の座標が規定される。測定機器5(図1)は、それぞれの座標における反応量の測定値(実測値)を取得する。
【0085】
コンピュータ6は、同一の座標において加速エネルギーの異なる荷電粒子ごとに生成されるラジカルの生成量を算出する。また、コンピュータ6は、原点P0(図2)のラジカルの生成量を用いて、それぞれの座標におけるラジカルの生成量を除することで得られる、座標ごとに対応する補正係数を求める。また、コンピュータ6は、それぞれの座標おける反応量の測定値に、対応する補正係数を乗じることで反応量の補正値を求める。また、コンピュータ6は、加速エネルギーの異なる荷電粒子ごとに求めた複数の補正値を和することで拡大ブラッグピークの線量分布を算出する。このようにすれば、ゲル線量計4を用いて、拡大ブラッグピークの線量分布を測定することができる。
【0086】
なお、補正係数は、ゲル線量計4のそれぞれの座標における放射線3の照射後、1ナノ秒後のOHラジカルの濃度値を、原点P0(図2)における放射線3の照射後、1ナノ秒後のOHラジカルの濃度値で除した値である。
【実施例0087】
つぎに、実施例4について図20から図22を用いて説明する。なお、前述の図1を参照する場合がある。
【0088】
放射線治療では、患者を断層撮影装置(CT装置)で診断した結果を基に、腫瘍の形状に沿ってどの程度の線量を付与するかを予めコンピュータ6で計算して線量分布が求められる。そして、求められた線量分布を基に治療装置2(図1)が制御される。重粒子線がん治療において、この線量分布は、離散的に形成されたビームの強度分布の総和であるため、この線量分布に前述の方法で求めた補正係数の逆数(換算係数)を乗ずると、乖離現象D(図5)が生じた場合のラジカル分布を求めることができる。
【0089】
治療装置2のQAの際には、ゲル線量計4(図1)に、荷電粒子ビーム(放射線3)を照射して反応物質8の反応量の分布が求められる。そして、求められた反応量の分布を治療計画の吸収線量に補正係数の逆算値を乗じて得た分布と比較することで、治療装置2が正しく線量を付与できているかの否かの確認が容易に可能となる(図22)。
【0090】
実施例4では、実施例3と同じように、患者の体表面から40mmの深さに存在する一辺が34mmの立方体の腫瘍が想定されている(図11から図12)。発明者らは、この立方体に荷電粒子ビーム(放射線3)を照射する治療計画を作成した(図13から図14)。発明者らは、この治療計画にしたがって荷電粒子ビームをゲル線量計4に照射した。そして、発明者らは、荷電粒子ビーム(放射線3)の進行方向のゲル線量計4の発色部分9を、測定機器5(図1)としての光CT装置で測定し、3次元の吸光度分布を取得した(図15から図16)。
【0091】
発明者らは、治療計画で算出した23種の荷電粒子ビームの進行方向の吸収線量分布に対し(図20)、実施例1および実施例2の方法で求めたOHラジカル濃度から算出した補正係数の逆数(換算係数)を乗じた(図21)。なお、補正係数の逆数には、対応する座標の値が用いられる。この結果は、荷電粒子ビームを照射した場合、OHラジカルの再結合が生じた場合の吸収線量を表す。すなわち、この値は、反応物質8の測定値そのもの(補正値)を表している(図22)。
【0092】
発明者らは、この計算結果(補正値)をゲル線量計4の測定値(実測値)と比較したところ、両者はよく一致していることが分かった。よって、治療計画で想定した吸収線量を補正した分布について、ゲル線量計4で測定して得られた吸光度分布と比較することで、治療計画の妥当性が証明されることが分かった。すなわち、本実施形態の放射線量測定方法は、治療計画のQAに適用可能であることが確認された。
【0093】
なお、補正値の和は、線量分布に対応してしている。補正値の和を確認値として、治療計画の線量分布と比較し、治療計画で策定された線量分布が再現されているか否かを確認することができる。
【0094】
以上、実施例4は、放射線3である加速エネルギーの異なる複数種の荷電粒子を照射して拡大ブラッグピーク(SOBP)を形成し、放射線治療を行う治療装置2(図1)の拡大ブラッグピークの線量分布を確認する方法である。
【0095】
この実施例4を放射線量測定システム1に適用する場合には、まず、ゲル線量計4における荷電粒子の照射始点と原点P0(図2)とし、荷電粒子の進行方向と一致する1次元方向の座標が規定される。
【0096】
コンピュータ6は、予め治療計画で策定された加速エネルギーの異なる荷電粒子ごとの座標の線量の計画値に基づいて、同一の座標において加速エネルギーの異なる荷電粒子ごとに生成されるラジカルの生成量を算出する。また、コンピュータ6は、原点P0(図2)のラジカルの生成量を用いて、それぞれの座標におけるラジカルの生成量を除することで得られる補正係数であって、座標ごとに対応する補正係数を求める。また、コンピュータ6は、補正係数の逆数を座標ごとに対応する換算係数とし、それぞれの座標における線量の計画値に、対応する換算係数を乗じることで補正値を求める。また、コンピュータ6は、加速エネルギーの異なる荷電粒子ごとに求めた複数の補正値を和することで確認値を求める。また、コンピュータ6は、測定機器5(図1)で取得したそれぞれの座標における反応量の測定値を確認値と比較し、治療計画で策定された線量分布が再現されているか否かを確認する。このようにすれば、治療計画時に設定された拡大ブラッグピークが正しく実現されているか否かを確認することができる。
【0097】
なお、補正係数は、ゲル線量計4のそれぞれの座標における放射線3の照射後、1ナノ秒後のOHラジカルの濃度値を、原点P0(図2)における放射線3の照射後、1ナノ秒後のOHラジカルの濃度値で除した値である。
【実施例0098】
つぎに、実施例5について図23から図26を用いて説明する。なお、前述の図1を参照する場合がある。
【0099】
実施例5は、治療装置2(図1)が重要臓器を避けて照射することが求められるケースなど、任意の方向から照射する場合を想定したものである。この実施例5は、回転ガントリ(図示略)を備える場合を想定している。図23および図25は、回転ガントリの回転の中心に配置されたゲル線量計4の断面図である。図23は、ゲル線量計4の初期の位置であり、図25は、回転ガントリが90度回転した状態である。実際は、ゲル線量計4が回転しないで、回転ガントリのみが回転するが、理解を助けるために、図23のゲル線量計4の向きを90度回転させて図25に図示している。
【0100】
回転ガントリ(図示略)を用いて重粒子線がん治療を行う場合、回転ガントリの回転による荷電粒子ビーム(放射線3)の照射軸のずれが生じていないか確認する必要がある。また、治療計画で作成した拡大ブラッグピーク(SOBP)が回転ガントリの回転に影響されず、患者の体内に形成されることを確認する必要がある。
【0101】
発明者らは、回転ガントリによる荷電粒子ビームの照射のQAへの本実施形態の適用を検討した。発明者らは、回転ガントリを模擬し、水平方向と、これとは異なる方向、例えば、垂直方向からの荷電粒子ビームの照射試験を実施した。
【0102】
発明者らは、最初に水平方向から照射し、ゲル線量計4は、そのままの位置に固定した条件で、荷電粒子ビーム(放射線3)の照射角度を変えて、ゲル線量計4に垂直方向から照射する治療計画を策定した。
【0103】
発明者らは、垂直方向から260~140MeV/uの36本の荷電粒子ビームをゲル線量計4に照射するとともに、水平方向から260~170MeV/uの36本荷電粒子ビームを照射した。発明者らは、図24および図26のグラフに示すような拡大ブラッグピーク(SOBP)がゲル線量計4に形成される治療計画とした。例えば、治療計画は、一辺が60mmの立方体の腫瘍(ターゲット10)が想定されているものとした。
【0104】
発明者らは、この治療計画にしたがって荷電粒子ビーム(放射線3)をゲル線量計4に照射し、照射後の吸光度の分布を測定機器5(図1)としての光CT装置で測定した。
【0105】
最初の照射では、ゲル線量計4の水平方向に発色部分9の分布が観察され、これに垂直方向の照射を行うと、発色部分9の分布が重なって観察された。発明者らは、これが想定した立方体の腫瘍(ターゲット10)の部分と合致していることを確認した。
【0106】
発明者らは、垂直に36種、水平に36種の荷電粒子ビームの各空間座標の吸収線量(治療計画値)に、実施例4の方法と同様に、OHラジカル濃度から求めた同一の座標の換算係数を乗じ、拡大ブラッグピーク(SOBP)の値(補正値:確認値)を計算した。そして、発明者らは、この値をゲル線量計4の測定値(実測値)と比較した。その結果、治療計画で想定した両方向からの合計の値(補正値:確認値)とゲル線量計4の測定値(実測値)が一致した。これにより、本実施形態の放射線量測定方法を用いることで、荷電粒子ビームの照射方向を回転ガントリで回転させて照射した場合の治療計画の検証が可能であることを確認した(図24および図26)。
【0107】
以上、本実施形態が実施例1から実施例5に基づいて説明されているが、いずれかの実施例において適用された構成が他の実施例に適用されてもよいし、各実施例において適用された構成が組み合わされてもよい。
【0108】
前述のコンピュータ6は、制御デバイスと記憶デバイスと出力デバイスと入力デバイスと通信インターフェースとを備える。ここで、制御デバイスは、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、FPGA(Field Programmable Gate Array)、専用のチップなどの高集積化させたプロセッサを含む。記憶デバイスは、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、HDD(Hard Disk Drive)、SSD(Solid State Drive)などを含む。出力デバイスは、ディスプレイパネル、ヘッドマウントディスプレイ、プロジェクタ、プリンタなどを含む。入力デバイスは、マウス、キーボード、タッチパネルなどを含む。前述の放射線量測定システム1は、通常のコンピュータ6を利用したハードウェア構成で実現できる。
【0109】
なお、前述のコンピュータ6で実行されるプログラムは、ROMなどに予め組み込んで提供される。追加的または代替的に、このプログラムは、インストール可能な形式または実行可能な形式のファイルとして、コンピュータ6で読み取り可能な非一時的な記憶媒体に記憶されて提供される。この記憶媒体は、CD-ROM、CD-R、メモリカード、DVD、フレキシブルディスク(FD)などを含む。
【0110】
また、このコンピュータ6で実行されるプログラムは、インターネットなどのネットワークに接続された所定のサーバに格納し、ネットワーク経由でダウンロードさせて提供するようにしてもよい。また、このコンピュータ6は、構成要素の各機能を独立して発揮する別々のモジュールを、ネットワークまたは専用回線で相互に接続し、組み合わせて構成することもできる。
【0111】
なお、前述の実施形態は、治療装置2における荷電粒子ビームの照射対象として、人間である患者を例示しているが、その他の態様でもよい。例えば、犬、猫などの動物が照射対象でもよい。これらの動物に対して放射線治療を施す際に治療装置2が用いられてもよい。
【0112】
以上説明した実施形態によれば、コンピュータ6は、予め求められた補正係数に基づいて、測定値を補正して放射線3の線量を求める処理と、測定値が正しいか否かを確認する処理との少なくとも一方を行う。このようにすれば、ゲル線量計4の実用化を図ることができる。
【0113】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、組み合わせを行うことができる。これら実施形態またはその変形は、発明の範囲と要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【符号の説明】
【0114】
1…放射線量測定システム、2…治療装置、3…放射線、4…ゲル線量計、5…測定機器、6…コンピュータ、7…容器、8…反応物質、9…発色部分、10…ターゲット、11…照射範囲、D…乖離現象。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
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図19
図20
図21
図22
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図26