(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025040498
(43)【公開日】2025-03-25
(54)【発明の名称】接着物の評価方法および評価システム
(51)【国際特許分類】
G01N 17/00 20060101AFI20250317BHJP
G01N 27/02 20060101ALI20250317BHJP
【FI】
G01N17/00
G01N27/02 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023147347
(22)【出願日】2023-09-12
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(72)【発明者】
【氏名】北原 学
(72)【発明者】
【氏名】堀江 俊男
(72)【発明者】
【氏名】野田 浩司
【テーマコード(参考)】
2G050
2G060
【Fターム(参考)】
2G050AA02
2G050BA03
2G050CA01
2G050EA01
2G050EA02
2G050EB10
2G060AA08
2G060AE29
2G060AF03
2G060AF06
2G060AG03
2G060AG11
2G060CA04
2G060EA08
2G060HA02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】接着物の接着状態を非破壊で評価できる方法を提供する。
【解決手段】本発明は、導電性を有する被着材(11、12)同士を、樹脂を含む接着剤で接合した接着物(M)の評価方法であり、被着材間にある接着層(2)の交流特性を測定するステップと、この交流特性に基づいて接着層の状態を評価するステップとを備える。接着層の状態は、例えば、吸水状態、劣化状態または接着界面状態である。被着材は、例えば、金属基材(鋼板、アルミニウム合金板等)からなる。交流特性は、位相角、誘電正接、インピーダンス等である。例えば、1000~10000Hzにおける誘電正接(tanδ)に着目すれば、接着層の劣化や接着力の低下を評価できる。また、0.1~10Hzにおけるtanδの変化態様に着目すれば、破壊モードの予測も可能になる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性を有する被着材同士を、樹脂を含む接着剤で接合した接着物の評価方法であって、
該被着材間にある接着層の交流特性を測定する測定ステップと、
該交流特性に基づいて該接着層の状態を評価する評価ステップと、
を備える接着物の評価方法。
【請求項2】
前記接着層の状態は、劣化状態、接着界面状態または吸水状態の少なくとも一つ以上を含む請求項1に記載の接着物の評価方法。
【請求項3】
前記交流特性は、位相角、誘電正接またはインピーダンスの少なくとも一つ以上を含む請求項1に記載の接着物の評価方法。
【請求項4】
前記位相角または誘電正接は、1000~10000Hz内の一つ以上の特定周波数に対応した特性値を含む請求項3に記載の接着物の評価方法。
【請求項5】
前記インピーダンスは、0.1~10Hz内の一つ以上の特定周波数に対応した特性値を含む請求項3に記載の接着物の評価方法。
【請求項6】
前記評価ステップは、0.1~10Hzにおける誘電正接の変化態様に基づいて、前記接着物の破壊モードを予測する請求項3に記載の接着物の評価方法。
【請求項7】
前記評価ステップは、0.1~10Hz内の一つ以上の特定周波数に対応したインピーダンスに基づいて、前記接着層の吸水率を見積もる請求項3に記載の接着物の評価方法。
【請求項8】
前記被着材は、金属基材からなる請求項1に記載の接着物の評価方法。
【請求項9】
前記被着材同士は、異種金属基材からなる請求項8に記載の接着物の評価方法。
【請求項10】
前記異種金属基材は、鉄基材とアルミニウム基材を含む請求項9に記載の接着物の評価方法。
【請求項11】
導電性を有する被着材同士を、樹脂を含む接着剤で接合した接着物の評価システムであって、
該被着材へ交流通電して該被着材間にある接着層の交流特性を測定する測定手段と、
該交流特性をデーターベースと比較して該接着層の状態を評価する評価手段と、
を備える接着物の評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接着物の状態を評価できる方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
接着物は、通常、樹脂からなる接着層を介して複数部材が接合されてなる。接着物の接合強度等は、機械締結物や溶接物等と異なり、外環境の影響を受け易い接着層の状態(経時変化、劣化等)に大きく依存する。接着物の機能や信頼性等を確保、維持するために、接着層の状態(単に「接着状態」ともいう。)を非破壊で評価することが求められる。
【0003】
そのような接着状態の評価方法は種々提案されており、例えば、下記の特許文献に関連する記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011-191274
【特許文献2】特開2022-123435
【特許文献3】特開2023-117523
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1は、接着剤を構成するエポキシ樹脂中で架橋されたウレタン結合を加水分解後にFT-IRで測定して、カルボキシル基とアミノ基のピーク強度比から接着剤の劣化度を評価している。この方法は、接着物の破壊を前提として、引張せん断強度の低下させる要因を分析しているに過ぎない。
【0006】
特許文献2は、加熱した複合材(炭素繊維強化樹脂材)同士の接着物(誘電体)へ、高周波信号(10MHz~100MHz)を印加して得たキャパシタンスに基づいて、接合面上の汚染に起因して生じ得るウィークボンドを検出しているに過ぎず、接着状態を評価するものではない。
【0007】
特許文献3は、接着物ではなく、エポキシ樹脂からなる塗膜(膜厚15μm)の劣化を評価している。塗膜は、通常、接着層よりも遙かに薄く、さらに、片面が全体的に外界に開放された状態である。このような塗膜と、被着材により両界面が拘束された接着層とでは、劣化のメカニズムが大きく異なる。実際、特許文献3に示されている交流特性(周波数特性)は、接着層には現れない塗膜に特有な特徴を示している。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、接着物の接着状態を非破壊で評価できる新たな方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は鋭意研究した結果、導電性被着材間にある接着層は、その接着状態を反映した特有な交流特性を発現することを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0010】
《評価方法》
本発明は、導電性を有する被着材同士を、樹脂を含む接着剤で接合した接着物の評価方法であって、該被着材間にある接着層の交流特性を測定する測定ステップと、該交流特性に基づいて該接着層の状態を評価する評価ステップと、を備える接着物の評価方法である。
【0011】
導電性を有する被着材間へ交流信号を印加(交流通電)等して得られる交流特性は、それら被着材の表面(被接着面)に結合した接着界面を有する接着層の状態(接着状態)を、ほぼ直接的に反映したものとなる。この交流特性に基づけば、接着層の状態を的確に把握することが可能となり、接着物を破壊することなく的確に効率よく診断できる。
【0012】
《評価システム》
本発明は、接着物の評価システムとしても把握される。例えば、本発明は、導電性を有する被着材同士を、樹脂を含む接着剤で接合した接着物の評価システムであって、該被着材へ交流通電して該被着材間にある接着層の交流特性を測定する測定手段と、該交流特性をデーターベースと比較して該接着層の状態を評価する評価手段と、を備える接着物の評価システムでもよい。
【0013】
《その他》
(1)本明細書でいう「~ステップ」と「~手段」は相互に読み替えることができる。つまり、「方法」の構成要素と「物(装置、システム、プログラム)」の構成要素とを相互に読み替えてもよい。また本発明は、コンピュータで実行されるプログラム(記録媒体、データ構造等を含む。)またはそのプログラムをコンピュータで実行するシステム(装置)として把握されてもよい。
【0014】
(2)交流特性は、被着材間へ交流信号を印加して測定される電流、インピーダンス、それらから求まる誘電特性(複素誘電率、誘電正接、容量性リアクタンス等)などである。本明細書でいう交流特性は、特定の周波数帯における傾向(周波数特性)でもよいし、その周波数帯に属する一つ以上の周波数に対応した特性値でもよい。
【0015】
被着材間への交流信号の印加(交流通電)は、被着材へ貼着等される専用の電極を介してなされてもよいし、被着材自体を電極とみなして、被着材へ電気的に接続された配線や元々設けられているハーネス等を介してなされてもよい。
【0016】
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x~y」は、下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として、「a~b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】接着物の交流特性の測定システムを示す模式図である。
【
図2A】第1実施例の接着物に係る曝露時間と引張せん断強さ(接着強度)の関係を示すグラフである。
【
図2B】その接着物に係る位相角(θ)の周波数依存性を示す散布図である。
【
図2C】その接着物に係る誘電正接(tanδ)の周波数依存性を示す散布図である。
【
図2D】その周波数依存性の低周波数側を示す散布図である。
【
図2E】その接着物に係る破面を例示した写真である。
【
図3A】第2実施例の接着物に係る曝露時間と引張せん断強さの関係を示すグラフである。
【
図3B】その接着物に係るtanδの周波数依存性を示す散布図である。
【
図3C】その周波数依存性の低周波数側を示す散布図である。
【
図3D】その接着物に係る破面を例示した写真である。
【
図4A】第3実施例の接着物に係る曝露時間と引張せん断強さの関係を示すグラフである。
【
図4B】その接着物に係るtanδの周波数依存性を示す散布図である。
【
図4C】その周波数依存性の低周波数側を示す散布図である。
【
図4D】その接着物に係る破面を例示した写真である。
【
図5A】第4実施例の接着物に係る曝露時間と引張せん断強さの関係を示すグラフである。
【
図5B】その接着物に係るtanδの周波数依存性を示す散布図である。
【
図5C】その周波数依存性の低周波数側を示す散布図である。
【
図5D】その接着物に係る破面を例示した写真である。
【
図6A】エポキシ樹脂系接着剤を用いた接着物に係るインピーダンス(0.1Hz)と吸水率の関係を示すグラフである。
【
図6B】変性シリコーン系接着剤を用いた接着物に係るインピーダンスの周波数依存性を示す散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は「方法」のみならず「物」にも適宜該当し得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0019】
《被着材》
接着剤により接合される部材または基材である被着材は、導電性を有する。導電性の程度は問わないが、例えば、室温(20℃)における電気抵抗率(比抵抗)が0.5~1000μΩ・cmまたは1~100μΩ・cm程度であればよい。
【0020】
被着材は、全体が均質的な材質でなくてもよい。例えば、導電性を有する表面処理層や被膜等で覆われたものでもよい。このような被着材の導電性は、例えば、交流特性の測定時における交流信号(電圧)の印加点(域)から、被接合面(接着界面)の中央付近までの電気抵抗率で判断される。その電気抵抗率は、例えば、1.5×10-8Ω・m~10-4Ω・m程度であればよい。
【0021】
被着材は、金属基材の他、母材中にフィラ(粒子、繊維等)が分散した複合材でもよい。複合材は、全体として導電性を発揮すれば、母材とフィラの一方は非導電材でもよい。例えば、導電性炭素繊維が樹脂基材(マトリックス)中に分散した炭素繊維強化プラスチック(CFRP)等でもよいし、フィラが金属基材中に分散した金属基複合材(MMC:Metal Matrix Composites)等でもよい。
【0022】
金属基材は、例えば、鉄基材、アルミニウム基材、チタン基材、マグネシウム基材等である。本明細書でいう「X基材」は、主成分(全体に対して質量割合が最も多い成分)がX(元素)であることを意味する。金属基材は、純金属、合金、金属間化合物、金属基複合材等のいずれでもよい。また金属基材は、溶製材(鋳物、展伸材等)でも焼結材でもよく、金属組織、製造過程、成形・加工の有無等を問わない。
【0023】
接着される被着材は、同種材でも異種材でもよい。異種金属基材の組合せ例として、鉄基材(例えば非めっき鋼板やめっき鋼板等)とアルミニウム基材(例えばAl合金板やダイキャスト部材等)がある。
【0024】
《接着剤/接着層》
接着剤は、樹脂を含む有機系接着剤である。交流特性を測定するため、導電性被着材に挟持される接着剤(接着層)は、非導電性または絶縁性であるとよい。例えば、室温(20℃)における電気抵抗率(比抵抗)が107Ω・mm以上、108Ω・mm以上または109Ω・mm以上あるとよい。
【0025】
接着剤は、主剤の種類を問わない。被着材、接着物の用途・仕様・使用環境等に適した接着剤が選択されるとよい。接着剤には、例えば、化学反応系接着剤の他、溶剤系接着剤、水性系接着剤、ホットメルト系接着剤などがある。エポキシ樹脂系接着剤、ウレタン樹脂系接着剤、アクリル樹脂系接着剤、変成シリコーン系接着剤等の化学反応系接着剤が工業的に多用される。このような化学反応系接着剤は、特に、金属基材からなる被着材の接着に適する。本明細書でいう「Y系接着剤」は、Y(樹脂成分、高分子化合物)を主剤(接着剤全体に対して質量割合が最も多い成分)とする接着剤である。
【0026】
接着剤は、主剤や硬化剤の他、フィラを含んでもよい。フィラは、例えば、無機粒子(炭酸カルシウム、シリカ、ガラス等)の他、カーボンブラック等でもよい。フィラの材質や配合量(混練量)等は、接着剤全体として非導電性が確保されるように選択・調整されるとよい。
【0027】
接着剤は、硬化剤の要否・有無を問わず、一液型でも二液型でもよい。また接着剤が乾燥、硬化する過程も問わず、加熱硬化型でも、室温硬化型(紫外線硬化型等を含む)でもよい。
【0028】
接着剤が被着材間で硬化して形成された接着層の厚さは、例えば、30μm~2mm、100~500μm程度である。なお、接着剤により被着材が接着される機序は、主に化学結合によると考えられるが、投錨効果があってもよい。
【0029】
《測定》
交流特性の測定対象は、接着物の全体でもよいし、その一部でもよい。その測定は、交流信号(電圧または電流)を出力する交流電源、接着物から得られた交流信号を解析する解析装置、それらの制御装置等を用いて行える。通常、それらが内蔵された測定装置を用いればよい。例えば、周波数特性分析器(FRA:Frequency Response Analyzer)を搭載したポテンショスタットやガルバノスタット、LCRメータ、インピーダンスアナライザ等である。
【0030】
交流特性は、特定周波数に対応する特性値でもよいし、所定の周波数帯(域)における特性値の変化(分布)を示す周波数依存性(周波数特性)等でもよい。交流特性として、複素誘電率(ε=ε'-iε"、i:虚数単位、ε':実部、ε":虚部)、誘電正接(tanδ=ε"/ε')、キャパシタンス(C)等の誘電特性、複素インピーダンス(Z*)、インピーダンス|Z|(大きさ)、容量性リアクタンス(1/ωC)等がある。
【0031】
《評価》
交流特性に基づいて、接着層の状態が評価される。接着層の状態は、例えば、接着層の劣化状態、接着層と被着材の接着界面状態、接着層の吸水状態等である。
【0032】
接着層は、接着物が置かれる環境の温度や湿度の状況に応じて、多かれ少なかれ、吸水と脱水を繰り返す。これにより、接着層を構成する樹脂中や被着材との接着界面に存在するイオンの状態が変化し、その状態が交流特性(インピーダンススペクトル等)に現れ得る。例えば、接着層の吸水率が増加すると、低周波数域でインピーダンス(|Z|)が低下し得る。また、接着層への水分の侵入により、接着界面において、接着層を構成する分子鎖の振動状態や、被着材の表面状態(酸化状態等)が変化して、位相角が90°より小さくなったり(遅角したり)、誘電損失(tanδ)が増加したりし得る。
【0033】
このような事情を踏まえて、例えば、次のような特定の周波数帯(域)における特性値や周波数依存性を指標とすれば、接着層の状態(「接着状態」ともいう。)の的確な評価が可能となる。
【0034】
1000~10000Hz内の一つ以上の特定周波数に対応した特性値(位相角、誘電正接等)を指標とすれば、接着層の劣化状態(接着強度の低下度)を評価できる。また、0.1~10Hz内の一つ以上の特定周波数に対応した特性値(インピーダンス等)を指標とすれば、接着層の吸水状態(吸水率)を評価(推定、見積等)できる。さらに、0.1~10Hzにおける誘電正接の変化態様を指標とすれば、接着物の破壊モード(凝集破壊または界面剥離)も予測し得る。
【0035】
なお、上述した周波数域は、接着物の構成要素(金属板、接着層)、接着物が置かれる環境等に応じて、調整されてもよい。例えば、1000~10000Hzを、1000~5000Hzや5000~10000Hz等へ短縮したり、500~10000Hzや1000~20000Hz等へ拡張したりしてもよい。また0.1~10Hzを、例えば、0.2~5Hzや5~10Hz等へ短縮したり、0.01~10Hzや0.1~100Hz等へ拡張したりしてもよい。
【実施例0036】
金属板(被着材)同士を接着剤で接合した試料(接着物)を種々製作した。劣化環境へ暴露した試料の接着強度(引張せん断強さ)と交流特性(位相角、誘電正接またはインピーダンス)をそれぞれ測定した。このような具体例に基づいて、本発明をさらに詳しく説明する。
【0037】
《概要》
(1)試料
図1に示すように、金属板11と金属板12が接着層2を介して接着された接着物Mを製作した。各金属板は短冊状(20×100×t2mm)とし、各端部(10mm)を直線状に重ね合せて接着した。金属板の被接着面は、粗面化等の下地処理を施さず、入手した状態のままとした。但し、接着前に、被接着面を脱脂した。
【0038】
接着は、一方の金属板の被接着面へ接着剤を塗布し、他方の金属板の被接着面を重ねて、両金属板を金属製クリップで加圧した。接着剤の硬化後に測定した接着層2の厚さは、概ね100μmであった。
【0039】
(2)劣化環境
接着物Mを試験槽に入れて、高温(80℃)かつ高湿(相対湿度95%RH)からなる加速的な劣化環境に暴露した。その曝露時間は種々変更した。暴露前の試料(0h)を初期試料という。
【0040】
(3)交流特性
劣化環境へ暴露した接着物M(初期試料を含む。)の交流特性を、
図1に示す評価システムDで測定および評価した。具体的にいうと、先ず、金属板11、12(両者を併せて「金属板1」という。)の外表面へ電極51、52(両者を併せて「電極5」という。)をそれぞれ貼着した。電極5は金メッキを施したステンレスクリップであり、金属板1の表面に先端を挟み密着させた。電極5と金属板1の接触面積(約0.02cm
2)は、金属板同士の接着面積(2cm
2)より小さかった。
【0041】
次に、電極5を測定装置6(測定手段)に接続した。測定装置6には、FRAを搭載したポテンショスタット(AMETEK社製Solartron Analytical ModuLab)を用いた。
【0042】
さらに、測定装置6から得られたデータをパソコン7(評価手段)へ取り込み、種々の解析や評価を行なった。なお、パソコン7(コンピュータ)には、データ処理、波形分析、グラフ作成、評価(診断)等を行うためのソフトウェアやデータベースがインストールされている。
【0043】
(4)引張せん断試験
劣化環境へ暴露した接着物M(初期試料を含む。)の引張せん断強さ(接着強度)を求めた。引張せん断試験は、万能試験機を用いて、JIS K6850に準拠して行なった。その試験後、各試料の破面も観察した。
【0044】
《第1実施例:鋼板とアルミニウム合金板の接着物》
(1)試料
金属板には、溶融亜鉛めっき鋼板(270MPa級/板厚:0.75mm)とアルミニウム合金板(JIS A5052)を用いた。接着剤には、主剤(ビスフェノールA型エポキシ樹脂)に、無機フィラー(シリカなど)を混練(分散)させたエポキシ樹脂系接着剤(アイシン化工株式会社:フェルコ8000)を用いた。接着剤は、金属板同士の接着後に、大気雰囲気中で170℃×1時間加熱して熱硬化させた。
【0045】
こうして、金属板が接着層(厚さ100μm)を介して接着された接着物(初期試料)を複数製作した。
【0046】
(2)接着強度
劣化環境への暴露時間が異なる試料の引張せん断強さを
図2Aにまとめて示した。本実施例では、暴露時間を8時間(8h)、24時間(24h)、72時間(72h)、120時間(120h)または336時間(336h)とした。
図2Aからわかるように、曝露時間が概ね10時間を越えるあたりから、接着強度(「接着力」ともいう。)が曝露時間(対数)に比例して低下した。
【0047】
(3)接着強度と交流特性
暴露時間の異なる各試料について、位相角(θ)と誘電正接(tanδ)の周波数特性(周波数依存性)を
図2Bと
図2Cに示した。なお、位相角は、電極51、52を介して金属板11、12へ印加された交流電圧に対する交流電流のズレ(進行角)であり、誘電正接と同様に測定装置6で求まる。
【0048】
図2Bと
図2Cからわかるように、1000~10000Hz(第1周波数帯)に着目すると、初期の接着力が略維持されている試料(暴露時間:0h、8h)は、位相角なら-90°付近(-80°~-90°)、誘電正接なら0付近(0~-0.1)となり、いずれも安定した範囲(安定域)内にあった。
【0049】
一方、接着力が低下した試料(暴露時間:24h~336h)では、同周波数帯における位相角や誘電正接が、曝露時間の増加(または接着力の低下)と共に安定域から乖離した。
【0050】
このように、特定の周波数帯(例えば1000~10000Hz)における交流特性(θ、tanδ)に基づけば、接着物(接着層)の劣化状態(接着力の低下具合)を非破壊で評価できる(評価ステップ)。また、その周波数帯に属する代表的な特性値(例えば、特定周波数(f)におけるθやtanδ)を、予め用意しておいたデーターベース(閾値)と比較すれば、接着層の劣化状態を定量的に評価することもできる(評価ステップ)。
【0051】
(4)接着界面と交流特性
暴露時間の異なる各試料について、0.1~10Hz(第2周波数帯)に着目した誘電正接(tanδ)の周波数特性を
図2Dに示した。また、曝露時間が異なる試料(24hと120h)の引張せん断試験後の破面を
図2Eに示した。
【0052】
図2Dと
図2Eからわかるように、凝集破壊した試料(24h)は、0.1~10Hzでtanδが単調減少(漸減)した。一方、界面剥離した試料(120h)は、その周波数帯でtanδが上に凸状(0.1~10Hz内で極大(ピーク)をとる曲線状)に変化した。界面剥離は、接着界面における接着不良や接着力低下の進行を示している。従って、特定の周波数帯(例えば0.1~10Hz)における交流特性(例えばtanδの曲線形状やピーク位置)に基づけば、非破壊で、接着界面状態や、将来に生じ得る破壊モードを予測することが可能になる(評価ステップ)。
【0053】
《第2実施例:アルミニウム合金板同士の接着物》
既述したアルミニウム合金板同士を接着した試料も製作して、その特性を評価した。接着する金属板の組合せを変更した以外は、第1実施例と同様に、試料の製作と評価を行なった。
【0054】
各試料の曝露時間と引張せん断強さの関係を
図3Aに、各試料のtanδの周波数依存性(高周波数側)を
図3Bに、その周波数依存性の低周波数側を
図3Cに、曝露時間が異なる試料の破面を
図3Dにそれぞれ示した。
【0055】
本実施例と第1実施例の各図を比較するとわかるように、接着する金属板の組合せを変更しても、曝露時間に応じて、接着物(接着層)に現れる特徴は同傾向であった。
【0056】
《第3実施例:鋼板同士の接着物》
既述した鋼板同士を接着した試料も製作して、その特性を評価した。接着する金属板の組合せを変更した以外は、第1実施例と同様に、試料の製作と評価を行なった。本実施例では、曝露時間を48時間(48h)にした試料も追加した。
【0057】
各試料の曝露時間と引張せん断強さの関係を
図4Aに、各試料のtanδの周波数依存性(高周波数側)を
図4Bに、その周波数依存性の低周波数側を
図4Cに、曝露時間が異なる試料の破面を
図4Dにそれぞれ示した。
【0058】
本実施例と第1実施例の各図を比較するとわかるように、接着する金属板の組合せを変更しても、やはり、接着物(接着層)に現れる特徴は同傾向であった。
【0059】
但し、
図4C、
図4Dと、
図2D、
図2Eまたは
図3C、
図3Dとを比較するとわかるように、鋼板同士を接着した試料はいずれも、0.1~10Hzでtanδが単調減少(漸減)を示し、ピークを示すことはなかった。このため、本実施例に係る試料はいずれも凝集破壊していた。
【0060】
第1実施例~第3実施例を総合すると、例えば、0.1~10Hzにおけるtanδの変化態様から、破面(破壊モード)の予測に加えて、金属板の組合せや、金属板と接着剤の接着性等の推定も可能になる。
【0061】
《第4実施例:接着剤》
第1実施例に対して、接着剤を変性シリコーン系接着剤(サンスター技研株式会社製ペンギンシール2410)へ変更した試料も製作して、その特性を評価した。接着剤を変更した以外は、第1実施例と同様に、試料の製作と評価を行なった。本実施例では、暴露時間を、24時間(24h)、72時間(72h)、96時間(96h)、168時間(168h)または240時間(240h)とした。
【0062】
各試料の曝露時間と引張せん断強さの関係を
図5Aに、各試料のtanδの周波数依存性(高周波数側)を
図5Bに、その周波数依存性の低周波数側を
図5Cに、曝露時間が異なる試料の破面を
図5Dにそれぞれ示した。
【0063】
接着剤を変更した本実施例でもやはり、曝露時間の変化に伴い接着物(接着層)に現れる特徴は、他の実施例と同傾向であった。
【0064】
ちなみに、変性シリコーン系接着剤は、本来、耐候性に優れるシール材であり、吸水や劣化を生じ難いが、接着力が弱い。このような接着剤の特徴が、
図5A~
図5Dに現れている。例えば、
図5Aからわかるように、引張せん断強さは小さく、曝露時間に対する変化も少ない。また
図5Bからわかるように、1000~10000Hzにおけるtanδの変化は小さい。一方、
図5Cからわかるように、0.1~10Hzにおけるtanδの変化(バラツキ)は大きくなった。これらのことから、tanδの変化や絶対値に着目すれば、接着剤の特徴や種類の予測も可能になる。
【0065】
《第5実施例:吸水状態》
(1)測定
第1実施例~第3実施例で用意した曝露時間が異なる各試料(接着物)について、インピーダンス(0.1Hz時の大きさ|Z|)と、吸水率とを測定しておいた。それらの関係を
図6Aにまとめて示した。なお、吸水率は、インピーダンス測定を実施した試験片と同条件で作製した試験片(接着剤厚さ:1mm)を、同条件に曝露したときの重量変化から求めた。
【0066】
また、第4実施例で用意した曝露時間が異なる各試料(接着物)について、インピーダンス(|Z|)の周波数依存性を測定しておいた。それらの関係を
図6Bにまとめて示した。
【0067】
(2)吸水率
図6Aからわかるように、同じ接着剤を用いた場合、特定の低周波数(例えば0.1Hz)におけるインピーダンスと吸水率は明確な相関を示し、曝露時間の増加により吸水率が増加すると、インピーダンス(対数)が比例して低下することがわかった。
【0068】
このため、
図6Aに示すようなマスターカーブを予め用意しておけば、測定したインピーダンスから、接着物(接着層)に含まれる水分量(吸水率)やその劣化状態を推定することも可能になる。
【0069】
また
図6Bからわかるように、変性シリコーン系接着剤を用いた場合、0.1~10Hzさらには0.1~1Hzにおいて、各試料のインピーダンスは略一定で安定していた。初期試料を除けば、曝露時間が増加してもインピーダンスは殆ど変化せず、吸水率も略一定になった。なお、0.1~1Hzで測定された|Z|が2~3×10
7Ωのとき、吸水率は約0.4%であった。
【0070】
このように、特定の周波数または周波数帯におけるインピーダンスに基づけば、接着層の吸水状態(吸水率)を評価できることもわかった。
【0071】
以上から、本発明によれば、接着物の接着状態を非破壊で評価できることが確認された。