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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025042519
(43)【公開日】2025-03-27
(54)【発明の名称】チタン多孔質体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 1/08 20060101AFI20250319BHJP
   B22F 3/11 20060101ALI20250319BHJP
   B22F 3/24 20060101ALI20250319BHJP
   C22C 14/00 20060101ALN20250319BHJP
【FI】
C22C1/08 F
C22C1/08 D
B22F3/11 B
B22F3/24 G
C22C14/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023149587
(22)【出願日】2023-09-14
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】溝尾 航
(72)【発明者】
【氏名】井上 洋介
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA06
4K018BA03
4K018CA44
4K018DA03
4K018FA06
4K018KA22
(57)【要約】
【課題】切断箇所を良好な性状とし、比較的短時間のうちにチタン焼結体を様々な寸法・形状に切断することができるチタン多孔質体の製造方法を提供する。
【解決手段】この発明のチタン多孔質体の製造方法は、チタン焼結体に向けて、研磨剤を添加した液体を噴射させて、前記チタン焼結体を切断する切断工程を含み、前記チタン焼結体が、シート状で10μm以上かつ3000μm以下の厚みを有し、30%以上かつ55%以下の空隙率であり、前記切断工程で前記研磨剤として、Si及び/又はTi並びにOを合計で60質量%以上含有するとともに、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの含有量が5質量%以下であり、モース硬度が4.5以上かつ9.0以下であり、平均円形度が0.5以上かつ0.8以下である研磨剤を使用するというものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン多孔質体を製造する方法であって、
チタン焼結体に向けて、研磨剤を添加した液体を噴射させて、前記チタン焼結体を切断する切断工程を含み、
前記チタン焼結体が、シート状で10μm以上かつ3000μm以下の厚みを有し、30%以上かつ55%以下の空隙率であり、
前記切断工程で前記研磨剤として、Si及び/又はTi並びにOを合計で60質量%以上含有するとともに、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの含有量が5質量%以下であり、モース硬度が4.5以上かつ9.0以下であり、平均円形度が0.5以上かつ0.8以下である研磨剤を使用する、チタン多孔質体の製造方法。
【請求項2】
前記切断工程で、平均粒径が100μm以上かつ170μm以下である研磨剤を使用する、請求項1に記載のチタン多孔質体の製造方法。
【請求項3】
前記切断工程で、複数枚の前記チタン焼結体を重ねた状態で、それらのチタン焼結体をともに切断し、
複数枚の前記チタン焼結体の積層厚みを、前記厚みの範囲内とする、請求項1又は2に記載のチタン多孔質体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、シート状のチタン多孔質体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン粉末等の焼結により製造されるチタン多孔質体は、細孔による通気性ないし通液性及び、電気伝導性を有し、また、表面に不動態皮膜が形成されること等により高い耐食性をも有するものである。
【0003】
そのような特性を有するチタン多孔質体は、固体高分子(Polymer Electrolyte Membrane、PEM)型の水電解装置内における腐食が生じ得る環境下にある多孔質輸送層(Porous Transport Layer、PTL)等に用いることが検討されている。特に、再生可能エネルギー由来の電力を用いてPEM型等の水電解装置で製造される水素は、グリーン水素と称され、脱炭素社会の実現に向けた動きが加速する近年において大きな期待が寄せられている。そのようなチタン多孔質体には、チタン粉末等を焼結させて得られるチタン焼結体を用いることができる。
【0004】
ところで、チタン多孔質体は、固体高分子型の水電解装置の多孔質輸送層に用いる場合、その水電解装置のセルに応じた種々の形状に切断することが必要になる場合がある。
【0005】
金属多孔質体の切断に関し、特許文献1には、「金属多孔体を製造する方法であって、三次元網目状構造の骨格を有する長尺シート状の金属多孔体を、上下に組み合わされた2枚の円盤状のスリット刃を用いて長手方向に切断する切断工程を有し、前記切断工程において、前記2枚の円盤状のスリット刃は、少なくとも、一方のスリット刃が他方のスリット刃に押し付けられることによって、前記2枚の円盤状のスリット刃の刃先同士が接触している、金属多孔体の製造方法」が記載されている。特許文献1の実施例では、切断対象の「金属多孔体」について、「長手方向Aの長さが200m、厚みが1mmのニッケル製の金属多孔体を用意した。前記ニッケル製の金属多孔体は、三次元網目状構造の骨格を有しており、平均気孔径は400μmであり、気孔率は98%であった。」と記載されている。
【0006】
特許文献2の実施例では、「ニッケル成分からなる金属多孔体(多孔率97%、厚さ1.4mm、幅160mm)」について、「作業者は手動で切断作業を行っている。」との記載がある。また、特許文献2には、「切断手段としては、金属多孔体を切断できるものであれば、特に限定されるものではなく、上下に刃を持つ押し切りカッター方式や下面に樹脂板を敷いている上を円盤状の刃が回転しながら幅方向に移動し切断する方法等、いずれの方法でも、多孔率の大きな多孔体金属であるため、容易に切断することができる。」と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2020/039693号
【特許文献2】特開2008-170197号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1及び2に記載されているように、空隙率が高いニッケル製等の金属多孔質体は、カッターないしナイフ等で切断できると考えられる。
【0009】
他方、固体高分子型の水電解装置の多孔質輸送層には、厚みがある程度薄くて空隙率が低いシート状のチタン多孔質体が求められることがある。この場合、チタン焼結体を、所望の寸法・形状になるように切断して、多孔質輸送層に適した寸法・形状のチタン多孔質体とすることが必要になるが、厚みが薄く且つ空隙率が低いチタン焼結体は、カッター又はナイフによっては容易には切断することができない。それにより、切断作業に時間がかかる他、切断後のチタン多孔質体の縁部等の切断箇所に凹凸が形成されやすくなる。また、カッターもしくはナイフでは、切断態様が直線状に限られる等といったような制約があり、チタン焼結体を任意の形状に自由に切断できるとは言い難い。
【0010】
この発明の目的は、切断箇所を良好な性状とし、比較的短時間のうちにチタン焼結体を様々な寸法・形状に切断することができるチタン多孔質体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者は鋭意検討の結果、所定の厚み及び空隙率を有するチタン焼結体の切断には、いわゆるアブレシブジェット加工が有効であることを見出した。特に、チタン焼結体を切断するべくチタン焼結体に向けて噴射する液体中の粉末状ないし粒子状の研磨剤として、所定の硬さ及び形状を有するものを使用することで、切断後に得られるチタン多孔質体の切断箇所を良好な性状にすることができる。また、アブレシブジェット加工は、直線状の他、曲線状等の任意の形状に切断することが可能であり、切断態様の自由度が高い。但し、研磨剤は、切断後のチタン多孔質体に残留することがあるので、その後の当該チタン多孔質体の所定の用途での使用時に悪影響を及ぼさないように、組成を調整することが肝要である。
【0012】
この発明のチタン多孔質体の製造方法は、チタン焼結体に向けて、研磨剤を添加した液体を噴射させて、前記チタン焼結体を切断する切断工程を含み、前記チタン焼結体が、シート状で10μm以上かつ3000μm以下の厚みを有し、30%以上かつ55%以下の空隙率であり、前記切断工程で前記研磨剤として、Si及び/又はTi並びにOを合計で60質量%以上含有するとともに、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの含有量が5質量%以下であり、モース硬度が4.5以上かつ9.0以下であり、平均円形度が0.5以上かつ0.8以下である研磨剤を使用するというものである。
【0013】
前記切断工程では、平均粒径が100μm以上かつ170μm以下である研磨剤を使用することが好ましい。
【0014】
前記切断工程で、複数枚の前記チタン焼結体を重ねた状態で、それらのチタン焼結体をともに切断する場合、複数枚の前記チタン焼結体の積層厚みを、前記厚みの範囲内とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
この発明のチタン多孔質体の製造方法によれば、切断箇所を良好な性状とし、比較的短時間のうちにチタン焼結体を様々な寸法・形状に切断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】比較例1の切断で得られたチタン多孔質体の平面視の一部を示す画像である。
図2】比較例2の切断で得られたチタン多孔質体の平面視の一部を示す画像である。
図3】実施例1の切断で得られたチタン多孔質体の平面視の一部を示す画像である。
図4】実施例2の切断で得られたチタン多孔質体の平面視の一部を示す画像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
この発明の一の実施形態に係るチタン多孔質体の製造方法には、たとえば液体噴射装置(アブレシブジェット装置)を用いて、研磨剤を添加した液体を、チタン粉末等を焼結させて得られたチタン焼結体に向けて噴射させることにより、チタン焼結体を切断する切断工程が含まれる。切断工程でチタン焼結体を切断した後、所定の寸法・形状のチタン多孔質体が得られる。なお、この実施形態に係るチタン多孔質体の製造方法は、主に、切断工程を実施してチタン多孔質体を切り出すことを対象としている。
【0018】
チタン焼結体は、シート状で厚みが10μm以上かつ3000μm以下であり、空隙率が30%以上かつ55%以下である。このようなチタン焼結体は、その材質や厚み、空隙率の故に、カッターないしナイフでは切断することが難しい。そこで、この実施形態では、上述したように、研磨剤を添加した液体の噴射により切断するアブレシブジェット加工を採用する。
【0019】
チタン焼結体に向けて噴射する研磨剤としては、チタン焼結体を容易かつ短時間で切断しつつ液体噴射装置の損耗を抑制するため、モース硬度が4.5以上かつ9.0以下であり、平均円形度が0.5以上かつ0.8以下であるものを使用する。また、チタン多孔質体への研磨剤のコンタミによる水電解装置等での問題の発生を回避するとの観点から、研磨剤は、Si及び/又はTiとO(酸素)とを合計で60質量%以上含有し、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの含有量が5質量%以下であるものとする。
【0020】
切断工程に供するチタン焼結体は、購買等により入手してもよいが、一例として、以下に述べるようなペースト作製工程、乾燥工程、脱バインダー工程及び焼結工程をこの順序で行うことにより製造することもできる。
【0021】
(ペースト作製工程)
ペースト作製工程では、水素化脱水素チタン粉や水素化チタン粉等の粉砕粉末もしくはアトマイズ粉のような球状粉末その他のチタン粉末、有機バインダー及び有機溶媒を、攪拌機付混合機、回転混合機又は三本ロールミル等を用いて混合し、ペーストを作製する。このとき、振動ミル、ビーズミルその他の粉砕混合機等を用いて粉砕してもよい。
【0022】
ペーストに含ませるチタン粉末の平均粒径は、例えば75μm以下とし、好ましくは50μm以下とし、また好ましくは25μm以下とし、また好ましくは18μm以下とすることができる。このような粒径が小さいチタン粉末を使用し、ペースト内で適切に分散させることで、表面が平滑なチタン焼結体が得られる。なお、チタン粉末の平均粒径は、5μm以上、さらに10μm以上とすることがある。平均粒径は、レーザー回折散乱法によって得られた粒度分布で体積基準の累積分布が50%となる粒子径を意味する。
【0023】
ペーストに使用する有機バインダーとしては、様々なものを適宜選択して用いることができるが、たとえば、メチルセルロース系、ポリビニルアルコール系、エチルセルロース系、アクリル系、ポリビニルブチラール系等のものを挙げることができる。疎水性を示す有機バインダーが好ましい。但し、ここで挙げたものに限らない。有機溶媒は、例えばアルコール(エタノール、イソプロパノール、ターピネオール、ブチルカルビトール等)とする。一例として、有機バインダーはポリビニルブチラール、有機溶媒はイソプロピルアルコールとすることがある。ペーストにはさらに、可塑材(グリセリン、エチレングリコール等)や、界面活性材(アルキルベンゼンスルホン酸塩等)等を含ませてもよい。
【0024】
ペーストは、溶媒としての水を含まないものとする。ペーストは、さらに発泡剤も含まないことが好適である。なお、ペーストは溶媒として水を含まないものであればよく、吸湿等の意図せずにペーストに混入し得る水の含有は許容される。水及び/または発泡剤を含むペーストを使用してチタン焼結体を製造すると製造過程で大きな孔が形成されてしまい、所望する孔のサイズを実現できない。ペーストが水及び/または発泡剤を含むことで孔のサイズが大きいチタン多孔質体を製造した場合、固体高分子型の水電解装置の電解質膜を傷つけやすい表面の平滑性に劣るチタン多孔質体となる。
【0025】
(乾燥工程)
上記のペーストは基材上に比較的薄く塗布し、乾燥工程にて加熱する。これにより、ペースト中の主に有機溶媒が蒸発し、基材上にシート状の成形体が得られる。
【0026】
基材としては、ある程度安価に入手できる樹脂基材が好ましい。また、樹脂基材は、可撓性を有することから取扱いが容易であるという利点もある。樹脂基材の具体的な材質としては、たとえば、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PEN(ポリエチレンナフタレート)等のポリエステル類、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリビニルアルコール等のポリビニル類が挙げられるが、なかでも、PETは安価であり、乾燥工程後に基材から成形体を容易に分離させることができる点で好ましい。
【0027】
基材上に離型層を設けることは任意であるが、離型層を設ける場合、シリコーンコーティング等を離型層として用いることができる。例えば、東レ株式会社製のセラピール(登録商標)など、そのような材料が予め塗布された基材を選択することにより、基材上に離型層を設けることができる。基材上に離型層を設けることで、乾燥工程後に得られる薄いシート状の成形体を、基材から容易に分離させることが可能になる。
【0028】
乾燥工程では、たとえば炉内や乾燥機内等にて載置面上でペーストを乾燥させる。これにより、ペースト中の主に有機溶媒が蒸発し、基材上にシート状の成形体が得られる。
【0029】
乾燥時の加熱温度は、80℃以上かつ150℃以下とすることができる。この範囲内の温度でペーストを乾燥させることにより、ペースト中の有機溶媒等の成分の沸騰を抑制しつつ、比較的短時間のうちに乾燥を終了させることができる。乾燥時間は特に限定されず適宜決定すればよく、たとえば5分以上かつ300分以下とすることができる。乾燥は、酸素を含む雰囲気、たとえば大気雰囲気下で行うことが好ましい。これにより、製造コストの上昇を抑えることができる。
【0030】
(脱バインダー工程)
乾燥工程が終了した後、成形体に対して脱バインダー工程を行い、成形体中の有機バインダーを揮発させる。
【0031】
脱バインダー工程では、たとえば、成形体を、320℃以上かつ450℃以下の温度に加熱することが好ましい。これにより、加熱によるチタン粉末の焼結を抑制しつつ有機バインダーを除去することができる。
【0032】
加熱時間は、特に限らないが、3時間以上かつ12時間以下の時間とすることがある。加熱時の雰囲気は、大気雰囲気等の酸素を含む雰囲気とすることが好適である。酸素を含む雰囲気としたときは、雰囲気を厳密に調整する場合のようなコストの上昇を抑制することができる。
【0033】
(焼結工程)
その後、脱バインダー工程を経た成形体に対して焼結工程を行い、成形体中のチタン粉末を焼結させる。焼結工程後にチタン焼結体が得られる。
【0034】
焼結工程では、成形体を、例えば750℃~1100℃の温度に加熱する。焼結工程では、上記の温度に、1時間以上かつ4時間以下の時間にわたって加熱することがある。焼結時の雰囲気は、たとえば1.0×10-2Pa以下の真空ないし減圧雰囲気、又は、ArやHeの不活性ガス雰囲気とすることができる。
【0035】
なお、切断工程に供するチタン焼結体は、上述したようなペースト作製工程、乾燥工程、脱バインダー工程及び焼結工程を経る方法の他、乾式の無加圧堆積法により製造することも可能である。無加圧堆積法では、例えば、グラファイト製等のセッター上にチタン粉末を堆積させ、堆積したチタン粉末の上側を摺りきる等してシート状とし、その後シート状に堆積したチタン粉末をセッターとともに加熱炉内に配置して焼結することで、チタン焼結体が得られる。
【0036】
(切断工程)
切断工程では、上記のチタン焼結体に向けて、粉末状ないし粒子状の研磨剤を添加した液体を噴射させることにより、チタン焼結体を切断する。切断工程での切断後に、チタン多孔質体が得られる。
【0037】
上記の焼結工程等で得られるチタン焼結体はシート状であり、たとえば一枚当たりの厚みが、10μm以上かつ3000μm以下のものとする場合がある。切断工程では、このような厚みのチタン焼結体を良好に切断することができる。
【0038】
あるいは、切断工程では、複数枚のチタン焼結体を重ねた状態で、それらのチタン焼結体を同時に切断してもよい。複数枚のチタン焼結体を重ねて切断すると、平面視における切断面の真直度が高いチタン多孔質体が得られる。この場合、複数枚のチタン焼結体の積層厚みが、10μm以上かつ3000μm以下になるように、積層枚数を調整する。ここでいうチタン焼結体の厚みは、複数枚重ねて切断する場合はそれらの合計の厚みを意味する。
【0039】
切断箇所の性状がさらに良好なチタン多孔質体を得るとの観点から、切断時の一枚又は複数枚のチタン焼結体の厚みは、500μm以上かつ3000μm以下とすることが好ましく、500μm以上かつ2000μm以下とすることがより一層好ましい。
【0040】
厚みは、一枚の又は積層させた複数枚のチタン焼結体の周縁の4点と中央の1点の計5点について、測定子が突起型で最小表示量が0.001mmのデジタルシックネスゲージ(株式会社ミツトヨ製デジタルシックネスゲージ(型番547-321)等)を用いて測定し、それらの測定値の平均値とする。シート状のチタン焼結体が平面視で矩形状をなす場合は、上記の周縁の4点は、四隅の4点とする。
【0041】
また、上記の焼結工程等で得られるチタン焼結体は、チタン粉末どうしが結合して構成されており、互いに結合したチタン粉末間に細孔が形成された三次元網目構造を有する。一例として、チタン焼結体は、スポンジチタン状の三次元網目構造の骨格を有することがある。多くの場合、チタン焼結体の互いに結合されたチタン粉末で構成される骨格の内部は中空ではなく中実である。他方、チタン繊維どうしが結合して構成された三次元網目構造は不織布状のものとなる。
【0042】
チタン焼結体の空隙率は、30%以上かつ55%以下である。空隙率がこの程度の範囲であれば、用途に応じた所要の通気性もしくは通液性を有し、固体高分子型の水電解装置の多孔質輸送層等として良好に用いることができる。空隙率は、好ましくは35%以上かつ50%以下、より好ましくは35%以上かつ45%以下である。
【0043】
複数枚のチタン焼結体を重ねて切断する場合、上記の空隙率は、シート状である各チタン焼結体の厚みで重みをつけた空隙率の加重平均とする。たとえば、二枚のチタン焼結体を切断する場合を仮定すると、各チタン焼結体の空隙率をそれぞれP1、P2とし、厚みをそれぞれT1、T2としたとき、重ね合わせたチタン焼結体の空隙率Pwは、Pw=(P1×T1)/(T1+T2)+(P2×T2)/(T1+T2)で求めることができる。一例として、厚みが200μmで空隙率が30%のチタン焼結体と、厚みが200μmで空隙率が50%のチタン焼結体の二枚を重ねる場合、重ね合わせたチタン焼結体の空隙率は、40%である。
【0044】
一枚当たりのチタン焼結体の空隙率εは、チタン焼結体の幅、長さ及び厚み等の外形寸法より求められる体積ならびに、質量から算出した見かけ密度ρ´と、チタン焼結体を構成するチタンの真密度ρ(4.51g/cm3)を用いて、式:ε=(1-ρ´/ρ)×100により算出する。
【0045】
上述したような厚み及び空隙率を有するチタン焼結体を、カッター又はナイフで切断しようとすれば、切断後に得られるチタン多孔質体の切断面が平面視で整然とした直線状ないし曲線状にならず、該切断面に不規則な凹凸が形成されることがある。これは、カッターやナイフでは、所定の厚み及び空隙率を有するチタン焼結体を切断しにくいことによるものと考えられる。また、カッターもしくはナイフでは、そもそも切断が困難なチタン焼結体を真っ直ぐにしか切断できない場合があり、切断後のチタン多孔質体の形状の自由度が低い。
【0046】
これに対し、この実施形態では、液体噴射装置からチタン焼結体に、研磨剤を含む液体を噴射させることにより、チタン焼結体を切断する。そして、液体に含ませる研磨剤は、モース硬度が4.5以上かつ9.0以下であり、平均円形度が0.5以上かつ0.8以下であるものとする。これにより、展延性がある程度高いチタン焼結体を、高い寸法精度で切断することができ、また切断箇所での凹凸の発生が抑制される。加えて、液体噴射装置からの液体の噴射態様は容易に調整することが可能であるから、チタン焼結体を様々な形状に切断することができる。その上、カッターやナイフを使用する場合に比して、一回の切断にかかる時間が短く、作業能率が高まる。
【0047】
研磨剤のモース硬度が低すぎると、噴射された液体による切断能力が低くなる傾向があり、チタン焼結体の良好な切断を実現することができない。この一方で、モース硬度が高すぎると、例えば液体噴射装置のノズルなどが磨耗して、そこから噴射される液体の形状を制御できなくなり、その結果、切断されたチタン焼結体の寸法を制御しにくくなる。言い換えれば、研磨剤のモース硬度を好ましい範囲内とすればチタン焼結体を高い寸法精度で切断することができ、また切断箇所での凹凸の発生が抑制される。この観点から、研磨剤のモース硬度は、5.0以上かつ8.5以下、さらに5.5以上かつ8.0以下であることが好ましい。
【0048】
研磨剤のモース硬度の測定は、研磨剤と同じ組成の塊状のサンプルに対し、モース硬度計を使用し、室温にて行う。
【0049】
研磨剤の平均円形度は、低いほうがチタン焼結体の切断性に優れるが、低すぎると液体噴射装置の内部で研磨剤が流動不良となり、噴射される液体に研磨剤が含まれなくなって、チタン焼結体の切断自体を実施できなくなるおそれがある。このため、研磨剤の平均円形度は、0.5以上かつ0.7以下、さらに0.6以上かつ0.7以下であることが好ましい。
【0050】
研磨剤の平均円形度は、たとえばPITA-04(株式会社セイシン企業製)を使用し、セル内にキャリア液とともに研磨剤の粒子を流し、CMOSカメラで多量の粒子の画像を撮り込み、5000個の個々の粒子画像から、各粒子の投影面積の周囲長(A)と投影面積と等しい面積の円の周囲長(B)を測定して円形度を算出し、各粒子の円形度の平均値として求める。上記円形度の数値は粒子の形状が真球に近くなるほど大きくなり、完全な真球の形状を有する粒子の円形度は1となる。逆に、粒子の形状が真球から離れるにつれて円形度の数値は小さくなる。
【0051】
また、研磨剤を液体噴射装置のノズル内で円滑に流動させつつ、チタン焼結体をさらに高い寸法精度で切断するため、研磨剤の平均粒径は、100μm以上かつ170μm以下、さらに130μm以上かつ160μm以下とすることが好ましい。研磨剤の平均粒径は、たとえばPITA-04(株式会社セイシン企業製)を使用し、セル内にキャリア液とともに研磨剤の粒子を流し、CMOSカメラで多量の粒子の画像を撮り込み、5000個の個々の粒子画像から、各粒子の投影面積と等しい面積の円の直径を測定して円相当径を算出し、各粒子の円相当径の平均値として求める。
【0052】
なお、液体噴射装置としては、一般に入手可能なものを使用することができる。ここで、液体としては水を使用することができる。
【0053】
研磨剤は、液体に添加して該液体とともにチタン焼結体に噴射すると、切断後のチタン多孔質体の内部の三次元網目構造に捕捉される等して、チタン多孔質体に残留することがある。この場合であっても、チタン多孔質体を固体高分子型の水電解装置の多孔質輸送層として用いたときに、水電解装置の内部での研磨剤の溶出等による悪影響が抑えられるような研磨剤を用いることが望まれる。
【0054】
この観点から、研磨剤は、Si及び/又はTi並びにOを合計で60質量%以上含有するとともに、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの含有量が5質量%以下であるものとする。
【0055】
研磨剤に含まれるSi及び/又はTiは、チタン多孔質体に混入したとしても問題にはならない。研磨剤中のSi及び/又はTi並びにOの合計含有量は、70質量%以上とすることが好ましく、100質量%以下である。具体的には、研磨剤としては、ソーダ石灰系ガラス(Na2O-CaO-SiO2系)や、二酸化チタン(TiO2)等を好適に用いることができる。
【0056】
Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuは、水電解装置の内部での汚染を招くおそれがある元素であるので、できる限りチタン多孔質体に混入しないことが望ましい。研磨剤に、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuのうちの一種又は複数種の元素が含まれる場合は、その含有量(複数種が含まれる場合は合計含有量)を5質量%以下とし、好ましくは3質量%以下、より好ましくは2質量%以下とする。
【0057】
研磨剤中の成分の含有量は、EPMA分析-ZAF法の半定量分析値を用いる。EPMA分析では、研磨剤を樹脂埋め研磨したサンプルを使用する。
【0058】
複数枚のチタン焼結体を重ねて切断する際には、必要に応じて、最も表側及び裏側の各チタン焼結体の表面(外側を向く外面)をそれぞれ、PET板等で覆うことができる。そして、二枚のPET板に挟まれた複数枚のチタン焼結体をずれないように固定し、それらを水中に浸漬させた状態で切断を開始することができる。
【0059】
上述したような研磨剤を含む液体を、チタン焼結体に噴射することで、所望の形状に切断されたチタン多孔質体が得られる。
【0060】
チタン多孔質体はチタン製である。チタン製であれば、チタン多孔質体は、ある程度の相対密度で高い電気伝導性を有するものであるといえる。チタン多孔質体のチタン含有量は、好ましくは97質量%以上であり、また好ましくは98質量%以上である。チタン含有量の上限側は、これに限らないが、例えば99.8質量%以下、99質量%以下である場合がある。このチタン含有量は、金属成分のみならず酸素等のガス成分の不純物も考慮したチタンの純度を意味する。このため、チタン含有量は、金属成分及び、ガス成分を含む不純物成分の総含有量を100質量%から差し引くことにより求められる。
【0061】
チタン多孔質体は、不純物としてFeを含有することがあり、また、たとえば製造過程に起因する不可避的不純物として、Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snが含まれる場合がある。Fe含有量は、たとえば0.25質量%以下となることがある。Ni、Cr、Al、Cu、Zn、Snの各々の含有量は0.10質量%未満であること、それらの合計の含有量は0.30質量%未満であることがそれぞれ好適である。チタン多孔質体中のFe等の含有量を測定するには、不活性ガス(アルゴンガス等)の雰囲気下でチタン多孔質体を溶解して鋳片を作製し、これに対してXRF分析を行うことができる。
【0062】
チタン多孔質体の酸素含有量は特に限定されないが、0.4質量%以上かつ2.0質量%以下になることがある。酸素含有量は、不活性ガス溶融-赤外線吸収法により測定することができる。
【0063】
チタン多孔質体は、炭素、窒素、酸素含有量を除き、JIS H 4600(2012)の純チタン1~4種、典型的には1~2種に相当する純度である場合がある。
なお、上述した切断工程でチタン焼結体を切断して得られるチタン多孔質体は、多くの場合、チタン焼結体と同じ特性ないし属性や性状等を有する。チタン焼結体とチタン多孔質体とでは、例えば、上記空隙率、上記厚み、上記三次元網目構造の骨格等が一致することが多い。また、切断工程を経て得られたチタン多孔質体はシート状であることが多い。シート状とは、平面視の寸法に対して厚みが小さい板状もしくは箔状を意味し、平面視の形状については特に問わない。
【実施例0064】
次に、この発明のチタン多孔質体の製造方法を試験的に実施し、その効果を確認したので、以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0065】
(試験例1)
平面視で縦が300mm、横が300mm、厚みが250μmのチタン焼結体(東邦チタニウム株式会社製のWEBTi-K(「WEBTi」は登録商標))を切断し、平面視で縦が100mm、横が100mm、厚みが250μmのチタン多孔質体を製造した。前記WEBTi-Kはチタン粉末の焼結体であり、スポンジチタン状の三次元網目構造の骨格を有する。
【0066】
チタン焼結体の切断に、比較例1では手作業用のナイフを使用し、比較例2ではローラーカッターを使用した。一方、実施例1及び2では、液体噴射装置(OMAX Corporation(米国)製のOMAX2652)から研磨剤を含む液体(水)を噴射して、チタン焼結体を切断した。切断の対象は、比較例1及び2ならびに実施例1では一枚のチタン焼結体と、実施例2では、同じものを七枚重ねたチタン焼結体とした。実施例2の七枚のチタン焼結体は、積層厚みが1750μmであった。チタン焼結体の空隙率は、一枚の場合も七枚の場合も変わらず40%である。
【0067】
実施例1及び2では、研磨剤として、材質がソーダ石灰ガラスであって、Si及びOを70質量%以上含み、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの合計含有量が2質量%以下であり、モース硬度が6.5であり、平均円形度が0.65であり、平均粒径が157μmであるものを用いた。
【0068】
その結果を図1~4に示す。図1~4中の149μm、274μm、78μm、32μmの数字は、平面視における直線状の切断面の真直度を意味し、株式会社キーエンス製の光学顕微鏡(型番:VHX-S770)を用いて、5000μmの線分の左右両側のそれぞれに最も突出する各部分の突出量の合計として測定したものである。
【0069】
比較例1では、ナイフで切断したことにより、図1に示すように、切断箇所に凹凸が形成された。すなわち、切断面の真直度が低かった。ローラーカッターを使用した比較例2では、図2からわかるように、切断面の真直度が低いものになった。
【0070】
これに対し、実施例1及び2では、切断箇所での凹凸の形成が目視にて確認されず、切断面の真直度が高かった。特に実施例2では、切断面の真直度が極めて高くなった。これは、積層によって厚みが増大したことによるものと考えられる。つまり、積層厚みと同じ厚みの一枚のチタン焼結体を同様にして切断しても、同様の良好な切断面性状になると推測される。
【0071】
また、比較例1及び2では、チタン焼結体を平面視で曲線状に切断しようとしたところ、曲線に凹凸ができて(図1参照)、良好に切断することができなかった。一方、実施例1及び2では、良好な曲線状の切断面に切断することができた(図4参照)。
【0072】
(試験例2)
異なる研磨剤を用いたことを除いて、上記の試験例1の実施例1と同様にして、計四枚のチタン焼結体を一枚ずつ順次に切断した。
【0073】
ここでは、研磨剤として、材質が炭化ケイ素(SiC)であって、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの合計含有量が2質量%以下であり、モース硬度が13.0であり、平均円形度が0.67であり、平均粒径が128μmであるものを用いた。
【0074】
一枚目のチタン焼結体の切断では、切断後のチタン多孔質体の寸法精度(目的とする寸法に対する実際の切断後の寸法のずれ)は0.1mmであり、高い精度で切断することができた。
【0075】
そして、二枚目及び三枚目の切断が終わり、最後の四枚目の切断では、切断後のチタン多孔質体の寸法精度は0.5mmとなり、誤差が大きくなった。その後、液体噴射装置を点検したところ、ノズルの先端が削れていることがわかった。それにより、液体の噴射流が太くなり、寸法精度が低下したと推測した。これは、モース硬度が高い研磨剤を使用したことによるものと考えられる。
【0076】
(試験例3)
異なる研磨剤を用いたことを除いて、上記の試験例1の実施例1と同様にして、チタン焼結体を切断した。
【0077】
ここでは、研磨剤として、材質がソーダ石灰ガラスであって、Si及びOを70質量%以上含み、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの合計含有量が2質量%以下であり(試験例1のソーダ石灰ガラスと組成が同等である。)、モース硬度が6.5であり、平均円形度が0.98であり、平均粒径が151μmであるものを用いた。
【0078】
その結果、チタン多孔質体の切断箇所は良好な性状になったが、実施例1と比較して、切断作業に3倍もの時間を要した。
【0079】
(試験例4)
異なる研磨剤を用いたことを除いて、上記の試験例1の実施例1と同様にして、チタン焼結体を切断した。
【0080】
ここでは、研磨剤として、材質がガーネットであって、Al、Fe、Ni、Mn、Cr及びCuの合計含有量が15質量%以上であり、モース硬度が7.7であり、平均円形度が0.70であり、平均粒径が125μmであるものを用いた。
【0081】
その結果、チタン多孔質体の切断箇所は良好な性状になったが、このチタン多孔質体を固体高分子型の水電解装置の多孔質輸送層として使用すると、主にAlやFeの溶出が確認された。これは、チタン多孔質体に研磨剤が残留し、その研磨剤からAlやFeが溶出したことによるものと考えられる。
【0082】
以上より、この発明によれば、切断箇所を良好な性状とし、比較的短時間のうちにチタン焼結体を様々な寸法・形状に切断できることがわかった。
図1
図2
図3
図4