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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025043168
(43)【公開日】2025-03-28
(54)【発明の名称】原子発振器
(51)【国際特許分類】
   H03L 7/26 20060101AFI20250321BHJP
   H01S 1/06 20060101ALI20250321BHJP
【FI】
H03L7/26
H01S1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023150532
(22)【出願日】2023-09-15
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和4年度、総務省、令和4年度から新たに実施する電波資源拡大のための研究開発に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301022471
【氏名又は名称】国立研究開発法人情報通信研究機構
(71)【出願人】
【識別番号】591102693
【氏名又は名称】santec Holdings株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】原 基揚
(72)【発明者】
【氏名】井戸 哲也
(72)【発明者】
【氏名】諌本 圭史
(72)【発明者】
【氏名】モハンマド サード カーン
(72)【発明者】
【氏名】西山 伸彦
【テーマコード(参考)】
5J106
【Fターム(参考)】
5J106AA01
5J106CC07
5J106GG02
5J106KK02
5J106LL10
(57)【要約】
【課題】周波数安定性とスタートアップ高速化を両立させる原子発振器を提供する。
【解決手段】原子発振器10は、アルカリ金属原子が封入されたガスセル4と、ガスセル4を透過した光を検出して電気信号に変換する光検出器5と、高周波発振器62を備えて前記電気信号を入力されて帰還信号を出力する制御回路6と、前記帰還信号により変調させた光を出力してガスセル4に導入するレーザー素子1と、ガスセル4の共鳴周波数が高周波発振器62の周波数に非同期の状態から同期するまでのスタートアップ期間に一時的に、スペクトル線幅の広い光を出力するようにレーザー素子1を制御するスタートアップ回路8と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属原子が封入されたガスセルと、前記ガスセルを透過した光を検出して電気信号に変換する光検出器と、高周波発振器を備えて前記電気信号が入力されて帰還信号を出力する制御回路と、前記帰還信号により変調させた光を出力して前記ガスセルに導入するレーザー光源と、を備えて、CPT共鳴による共振周波数を発生させる原子発振器であって、
前記レーザー光源が出力した光を入力されて前記ガスセルに導入する光変調器と、前記ガスセルの共鳴周波数が前記高周波発振器の周波数に非同期の状態から同期するまでのスタートアップ期間に一時的に前記光変調器を、入力された光を位相変調してスペクトル線幅が広くなるように制御するスタートアップ回路と、をさらに備えることを特徴とする原子発振器。
【請求項2】
アルカリ金属原子が封入されたガスセルと、前記ガスセルを透過した光を検出して電気信号に変換する光検出器と、高周波発振器を備えて前記電気信号が入力されて帰還信号を出力する制御回路と、前記帰還信号により変調させた光を出力して前記ガスセルに導入するレーザー光源と、を備えて、CPT共鳴による共振周波数を発生させる原子発振器であって、
前記レーザー光源が、共振器に可動ミラーを設けられたレーザー素子であり、
前記ガスセルの共鳴周波数が前記高周波発振器の周波数に非同期の状態から同期するまでのスタートアップ期間に一時的に前記可動ミラーの駆動を制御して、前記レーザー光源に、非制御時よりもスペクトル線幅を広くした光を出力させるスタートアップ回路をさらに備えることを特徴とする原子発振器。
【請求項3】
前記スタートアップ回路は、前記可動ミラーの駆動用電圧にジッタを付加して前記レーザー光源に印加させることにより、前記可動ミラーを振動させてスペクトル線幅を広くした光を出力させる請求項2に記載の原子発振器。
【請求項4】
前記スタートアップ回路は、前記可動ミラーの駆動用電圧を、前記可動ミラーを静止させる電圧以上に印加させないことにより、前記可動ミラーを振動可能としてスペクトル線幅を広くした光を出力させる請求項2に記載の原子発振器。
【請求項5】
前記スタートアップ回路は、広くした前記光のスペクトル線幅を漸減して前記スタートアップ期間後のスペクトル線幅とする請求項1または請求項2に記載の原子発振器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子発振器に関する。
【背景技術】
【0002】
原子発振器には、原子時計、ならびに原子共鳴を利用した慣性センサおよび磁気センサ等に使用される小型の原子周波数標準器として、CPT(Coherent Population Trapping,量子干渉効果)共鳴を利用したものがある。CPTによる原子発振器(以下、原子発振器)は、アルカリ金属原子を封入したガラスセル(原子共鳴系)、原子共鳴系に光を入力するレーザー光源、および局部発振器を備え、原子共鳴系から出力される信号(共鳴信号)に局部発振器を同期(ロック)して安定な周波数を出力する。レーザー光源には、小型で高速応答性を有する垂直共振器面発光レーザー(Vertical Cavity Surface Emitting Laser:VCSEL)を適用されることが多い(例えば、非特許文献1)。原子発振器がチップレベルにまで小型化し得たことにより、原子時計として腕時計等に利用するだけでなく、クロックモジュールとして、PCおよびスマートフォンのような情報端末、自動車、その他電子機器に広く搭載することが可能となる。
【0003】
原子発振器の周波数の安定性のために、レーザー光源は、波長可変と共にスペクトル線幅が狭いことが好ましい。VCSEL等の半導体レーザーは、レーザー発振用電流の増減に伴う温度変化により波長を変化させることができるが、環境により波長が制限される場合がある。そこで、前記の熱制御よりも構造が複雑であるが応答性に優れた、可動ミラーを用いた機械的制御による波長可変VCSELが開示されている(例えば、特許文献1、特許文献2、非特許文献2、非特許文献3)。詳しくは、VCSELの共振器の一対のミラーの一方をMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)で駆動して、共振器長を変化させて出力光の波長を変化させる。このようなMEMS型波長可変VCSELは、数MHz以下の狭線幅を実現することができ、周波数安定性が高い原子発振器が得られる(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4200431号公報
【特許文献2】特開2021-097061号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】S. Knappe et. al., “ATOMIC VAPOR CELLS FOR MINIATURE FREQUENCY REFERENCES”, in Proceedings of the 2003 IEEE International Frequency Control Symposium and PDA Exhibition Jointly with the 17th European Frequency and Time Forum, pp.31-32, 2003
【非特許文献2】M. Huang, D. K. Serkland, J. Camparo, “A narrow-linewidth three-mirror VCSEL for atomic devices”, Applied Physics Letters 121, 114002, 2022
【非特許文献3】M.S. Khan et. al., “Compact low-cost solution for wavelength sensitive applications with micro-machined tunable VCSEL”, in Proceedings of 2022 IEEE International Conference on Optical MEMS and Nanophotonics, 2022
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
原子共鳴系に入力する光のスペクトル線幅が狭いと、前記したように同期状態においては周波数安定性が高いが、一方で、非同期状態になると同期が成立し難く、同期するまで(スタートアップ)の時間(ロックアップタイム)が長くなる。特に、電子機器に搭載されたクロックモジュールは、電子機器の起動や待機状態からの復帰等により、スタートアップが頻繁に実行される。レーザー発振用電流を大きくすることにより、出力スペクトルの形状を大きくして線幅を広くすることができるが、VCSELの狭線幅化設計により、ロック容易な線幅とするために定常時(同期状態継続時)に対して大電流を供給することになり、このような大電流に対応した回路構造とする必要がある等、効率がよくない。
【0007】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたものであり、周波数安定性とスタートアップ高速化を両立させる原子発振器を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る原子発振器は、CPT共鳴による共振周波数を発生させるものであり、アルカリ金属原子が封入されたガスセルと、前記ガスセルを透過した光を検出して電気信号に変換する光検出器と、高周波発振器を備えて前記電気信号が入力されて帰還信号を出力する制御回路と、前記帰還信号により変調させた光を出力して前記ガスセルに導入するレーザー光源と、前記ガスセルの共鳴周波数が前記高周波発振器の周波数に非同期の状態から同期するまでのスタートアップ期間に一時的に、前記ガスセルに導入する光のスペクトル線幅が広くなるように制御するスタートアップ回路と、を備える構成である。前記原子発振器はさらに、前記レーザー光源が出力した光を入力されて前記ガスセルに導入する光変調器を備え、前記スタートアップ回路が前記光変調器を、入力された光を位相変調してスペクトル線幅が広くなるように制御する。または前記原子発振器は、前記レーザー光源が、共振器に可動ミラーを設けられたレーザー素子であり、前記スタートアップ回路が前記可動ミラーの駆動を制御して、前記レーザー光源に非制御時よりもスペクトル線幅を広くした光を出力させる。
【0009】
かかる構成により、原子発振器は、定常運転時に高い周波数安定性を得つつ、スタートアップが高速化する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、電子機器に搭載可能な汎用のクロックモジュールとして好適な原子発振器が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の第1実施形態に係る原子発振器の構造を説明するブロック図である。
図2】本発明の第1実施形態およびその変形例に係る原子発振器に搭載されたMEMS型波長可変VCSELの構造を説明する斜視片側断面図である。
図3図2に示すMEMS型波長可変VCSELの出力スペクトルである。
図4】本発明の第1実施形態の変形例に係る原子発振器の構造を説明するブロック図である。
図5】本発明の第2実施形態に係る原子発振器の構造を説明するブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る原子発振器を実施するための形態について、図を参照して説明する。同一、同質の構造の要素については、同じ符号を付して表し、説明を省略する。
【0013】
〔第1実施形態〕
図1に示すように、本発明の第1実施形態に係る原子発振器10は、アルカリ金属原子が封入されたガスセル4と、ガスセル4を透過した光を検出して電気信号(共鳴信号)に変換する光検出器5と、高周波発振器62を備えて共鳴信号を入力されて帰還信号を出力する制御回路6と、帰還信号により変調させた直流電流を供給されてガスセル4に導入する光を出力するレーザー素子(レーザー光源)1と、レーザー素子1に印加される波長調整用電圧を制御するスタートアップ回路8と、を備える。さらに原子発振器10は、ここでは、レーザー素子1が出力した光を変換する光学系2、およびレーザー素子1のレーザー発振用直流電流に帰還信号を重畳するBias-T回路7を備える。また、原子発振器10は、必要に応じて、ガスセル4のバイアス磁界を制御するために、光軸方向の磁場をガスセル4に印加するようにその周囲を巻回するソレノイドコイル、および地磁気等の外部磁界を遮断する磁気シールドを備えてもよい(図示省略)。原子発振器10は、レーザー素子1が導入した光によってガスセル4内でCPT共鳴を発生させ、その共振周波数に同調した高周波発振器62が出力した電気信号を、変調して帰還信号としてレーザー素子1にフィードバックすると共に、周波数標準信号として外部へ出力し、原子時計として使用することができる。なお、図1、ならびに後記図4および図5において、実線の矢印で交流の電気信号を、太線の矢印で直流電流を、ハッチングを付した矢印で光を、それぞれ模式的に表す。以下、各要素について詳細に説明する。
【0014】
(レーザー素子)
レーザー素子1は、ガスセル4に封入したアルカリ金属原子に、基底状態から励起状態への光学遷移を誘導する光を出力する光源である。例えば、87RbのD1線であれば、波長795nmの光を出力する。さらにこの光は、差周波がアルカリ金属原子の遷移周波数fclockと一致するように2本の側帯波を立てられる。なお、遷移周波数fclockは、アルカリ金属原子の2つの基底準位間のエネルギー差に相当する。そのために、レーザー素子1は、制御回路6が出力した帰還信号によって、周波数fmod(fmod=fclock/2)で変調される。レーザー素子1は、VCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting LASER、垂直共振器面発光レーザー)が好適であり、本実施形態においてはさらに、共振器の複数のミラーの一部が可動式で、機械的制御により波長可変なMEMS型波長可変VCSELが適用される。
【0015】
図2に示すように、MEMS型波長可変VCSELは、GaAs基板110に活性領域111および半導体多層膜(DBR膜)112を形成されたhalf-VCSELチップ(VCSEL部)11と、光を出射するための貫通孔を形成されたSOI(Silicon on Insulator)基板120に可動ミラーを設けたMEMSチップ(波長調整部)12と、がスペーサを介して接合してなる。可動ミラーは、SOI基板120のGaAs基板110側の表面にエアギャップ124を挟んで形成された厚さ1μm程度のSi膜(Membrane)121上に積層された誘電体多層膜122である。half-VCSELチップ11の半導体多層膜112は、活性領域111の、SOI基板120と反対側に形成され、可動ミラーと対をなす固定ミラーとなる。MEMS型波長可変VCSELは、活性領域111に積層した電極に接続した端子113に直流電流源を接続してレーザー発振用電流が供給され、MEMSチップ12のSi膜121とSOI基板120との間に直流電源を接続してMEMSを駆動する波長調整用電圧が印加される。すなわち、図1に示すように、原子発振器10は、レーザー素子1が、VCSEL部11に直流電流源91を、波長調整部12に直流電源92を、それぞれ接続され、波長調整部12にはさらにスタートアップのために交流電源93が接続される。原子発振器10のスタートアップについては後記する。
【0016】
VCSEL等の半導体レーザーは、レーザー発振用電流が大きいほど出力する光が長波長となる。これは、半導体レーザーの活性領域の温度が上昇し、熱効果により屈折率が高くなるからである。また、MEMS型波長可変VCSELは、可動ミラーが、電圧印加により発生した静電引力で、Si膜と共にSOI基板側へ引き寄せられる。したがって、波長調整用電圧が大きいほど、half-VCSELに設けられた固定ミラーとの距離が長くなり、すなわち共振器長が伸長して、出力する光が長波長となる。また、MEMS型波長可変VCSELは、ある程度以上の電圧が印加されていないと、可動ミラーが固定されず、レーザー発振用電流を供給されると光圧で可動ミラーが振動し、出力する光のスペクトル線幅が広くなる。図3に示すように、MEMS型波長可変VCSELは、波長調整用電圧を印加している時には約0.17nmと狭いスペクトル線幅の光を出力するのに対して、波長調整用電圧を印加していないと約0.6nmに線幅が広くなる。
【0017】
なお、図2に示すMEMS型波長可変VCSELは、GaAs基板110のSOI基板120側表面に、活性領域111と短絡しないように形成された電極が設けられ、この電極に接続する端子123を有する。この電極は、可動ミラーをGaAs基板110(活性領域111)側へ引き寄せる電圧を印加するためのものであり、共振器長を短縮させることもできるので、波長可変範囲が広い(特許文献2)。したがって、チップ製造ばらつきに起因する発振波長のばらつきを補填することができ、製造歩留が向上する。このような共振器長を伸長、圧縮の両方を可能とするMEMS型波長可変VCSELを搭載した態様については、後記変形例にて説明する。
【0018】
(光学系)
光学系2は、例えば、光の入射側から順に、コリメータ(図示省略)、偏光板(Linear Polarizer;LP)、4分の1波長板(λ/4板、QWP)を備え、レーザー素子1が出力した光を、ガスセル4に対応した径の平行光にし、さらに円偏光にしてガスセル4に導入する。
【0019】
(ガスセル)
ガスセル4は、原子発振器10における原子共鳴系であり、ガス状態のアルカリ金属原子およびバッファガスを、光を透過するセルに封入したものである。ガスセル4は、レーザー素子1から光を導入されて、その一部をアルカリ金属原子が吸収し、透過した光が光検出器5に入射される。セルは、特に小型のものとして、例えば、直径数mmのスルーホールを形成した厚さ1~数mmのシリコン基板を2枚のガラス板で挟んで構成することができる。そして、ガスセル4の一方のガラス板の側に、光学系2を挟んでレーザー素子1を対向させ、他方のガラス板の側に光検出器5を対向させる。アルカリ金属原子は、セシウム(133Cs)やルビジウム(85Rb,87Rb)が適用され、ガスセル4をより小型化するためにはルビジウムが好適である。ガスセル4に封入されたアルカリ金属原子は、固有の波長の光を照射されると、これを吸収して基底状態から励起状態に遷移する。また、この固有の波長の光に、差周波がアルカリ金属原子の遷移周波数fclockと一致する2本の側帯波が付随していると、アルカリ金属原子に吸収されずに透過した光が遷移周波数fclockにおいて強くなる。遷移周波数fclockは、87Rb:約6.8GHz、85Rb:約3.0GHz、133Cs:約9.2GHzである。バッファガスは、セルの壁面へのアルカリ金属原子の衝突で励起準位寿命の緩和時間が短縮することによる影響を抑制するために封入され、窒素やアルゴン等の不活性ガスが適用される。
【0020】
(光検出器)
光検出器5は、ガスセル4を透過した光を電気信号に変換して、共鳴信号として出力する。光検出器5は、レーザー素子1が出力する光の波長域に対応したフォトダイオードであり、高感度のものが好ましい。光検出器5はさらに、応答速度を十分に高速とすることで、周波数fclock近傍のマイクロ波を抽出して、ノイズの少ない信号を得ることができる。
【0021】
(制御回路、Bias-T回路)
制御回路6は、光検出器5から共鳴信号を入力され、安定な周波数を外部に提供すると共に、レーザー素子1の変調信号(帰還信号)を出力する。制御回路6は、CPTによる原子発振器において使用される公知の構成とすることができ、一例として、判別器61、高周波発振器62、および周波数混合器63を備える。判別器61は、ロックインアンプであり、内蔵した局部発振器からの制御信号と入力された共鳴信号とから誤差信号を生成して、高周波発振器62へ出力する。高周波発振器62は、共鳴信号から生成された誤差信号を入力され、この信号に発振をロックされて安定な周波数を外部に提供すると共に、レーザー素子1の変調信号を出力する。周波数混合器63は、高周波発振器62が出力した電気信号と判別器61の局部発振器からの制御信号とを混合して、レーザー素子1の変調信号として帰還信号を出力する。Bias-T回路7は、制御回路6が出力した、交流電気信号である帰還信号を、直流電流であるレーザー発振用電流に重畳する。
【0022】
制御回路6は、前記構成に限られず、例えば、国際公開2021/049423号に開示された、判別器を備えない回路を適用することができる。
【0023】
(スタートアップ回路)
スタートアップ回路8は、原子発振器10の起動時等のガスセル4の共鳴周波数が高周波発振器62の周波数に非同期の状態において、原子共鳴のピークを探索して共鳴周波数を同期させる。そのために、スタートアップ回路8は、ガスセル4の出力、すなわち光検出器5が出力する電気信号に基づいて、レーザー素子1に供給、印加されるレーザー発振用電流および波長調整用電圧、ならびに高周波発振器62の発振周波数を調整する。すなわち、スタートアップ回路8は、光検出器5から電気信号を入力され、直流電流源91、直流電源92、および高周波発振器62に、それぞれを制御する信号を出力し、本実施形態においてはさらに、レーザー素子1の波長調整部12に直流電源92と共に接続した交流電源93を制御する信号を出力して、レーザー素子1が出力する光のスペクトル線幅を一時的に広くする。スタートアップ回路8の詳しい動作については後記する。
【0024】
本実施形態に係る原子発振器10は、前記したように、レーザー素子1に直流電流源91および直流電源92を接続される。直流電流源91および直流電源92はそれぞれ、スタートアップ回路8により出力を制御される。
【0025】
(原子発振器の周波数安定化動作)
以下に、本実施形態に係る原子発振器の周波数安定化動作について、図1を参照して説明する。
【0026】
レーザー素子1は、制御回路6からの帰還信号に基づいて、差周波がアルカリ金属原子の遷移周波数fclockと一致するように、その半分の周波数fmod(fmod=fclock/2)で変調され、ν0±fmod(fmod=fclock/2)の2本の側帯波を立てた光を照射する。この光は、光学系2を経由して円偏光となってガスセル4に導入される。ガスセル4を透過した光は、振動数ν0の光がアルカリ金属原子に吸収されて消失し、一方で、振動数fclockにピークを有する光である。この光は、光検出器5で電気信号に変換され、その際、光検出器5の追従できない光は、DC帯で強度信号として出力される。
【0027】
光検出器5から電気信号(共鳴信号)が制御回路6の判別器61に入力される。共鳴信号は、前記したように周波数fclockにピークを有するが、ピークの相対強度が低く、また、周波数fclockの近傍外にノイズを含んだSN比の低い信号である。判別器61は、内蔵した局部発振器からの制御信号と入力された共鳴信号とから誤差信号を生成して、高周波発振器62へ出力する。高周波発振器62は、誤差信号に発振をロックされて安定な周波数を出力し、周波数混合器63で判別器61の制御信号と混合して帰還信号を出力する。帰還信号は、Bias-T回路7で、直流電流源91からのレーザー発振用電流に重畳して、レーザー素子1の出力光を変調する。
【0028】
原子発振器10は、光学系2に4分の1波長板を備えず、直線偏光をガスセル4に導入することもでき、この場合には、ガスセル4と光検出器5との間に、光学系2の偏光板とは吸収軸が非平行な偏光板を配置する。また、ガスセル4は、両側に窓(ガラス板)を備えて一方向に光を透過させる構造に限られず、レーザー素子1を配置した側の反対側に光反射膜を備えてもよい。このようなガスセル4を備える場合、原子発振器10は、ガスセル4と光学系2との間にサーキュレータを備えて、ガスセル4を透過して出射した光を光検出器5に入射させる。
【0029】
(原子発振器のスタートアップ動作)
原子発振器10は、起動時や待機状態からの復帰時等の、非同期(アンロック)状態から同期させる(スタートアップ)際に、スタートアップ回路8が以下のように動作する。スタートアップ回路8は、まず、ガスセル4のアルカリ金属原子の吸収帯の探索として、光検出器5の出力を観測しながら、直流電流源91の電流値および直流電源92の電圧値を細かく変化(スイープ)させて、出力が最小となる、すなわち吸収が最大となるレーザー素子1の出力光の波長を探索し、電流値および電圧値を固定する。前記したように、レーザー発振用電流が大きいほど、また、波長調整用電圧が大きいほど、出力光が長波長に、すなわち周波数が低くなる。出力光の波長の探索は、例えば、始めに、波長調整用電圧を使用領域の中心値に固定した状態でレーザー発振用電流をスイープさせ、電流値を固定してから必要に応じて波長調整用電圧をスイープさせて波長を微調整してもよいし、その逆の順序でもよい。また、レーザー発振用電流が過大であると、定常時の消費電力が大きくなってしまう。そこで、レーザー発振用電流が予め設定した値(上限値)よりも大きくなる場合には上限値以下で固定し、波長調整用電圧をスイープさせて探索する。レーザー発振用電流および波長調整用電圧の値を固定したら、次に、CPT共鳴の捕捉として、高周波発振器62の発振周波数をスイープして、吸収が極大となる、すなわち光検出器5の出力が極大となる変調周波数を探索し、固定すると、スタートアップが完了し、定常状態となる。
【0030】
本実施形態に係る原子発振器10は、スペクトル線幅の狭いレーザー光を出力するレーザー素子1を光源として備える。このような光から得られる共鳴信号は、同期(ロック)状態の安定性が高い一方、原子発振器10の起動時等の非同期状態においては、ロック状態へ至るまでの時間(ロックアップタイム)が長くなることがある。そこで、原子発振器10は、スタートアップ回路8が、スタートアップにおける吸収帯の探索を、以下のようにレーザー素子1を制御して実行する。
【0031】
原子発振器10は、直流電流源91によるレーザー発振用電流の供給、および直流電源92による波長調整用電圧の印加を開始すると共に、スタートアップ回路8が、交流電源93による交流電圧の印加を開始させる。交流電圧の印加により、波長調整用電圧は、レーザー素子1の波長調整部12に、交流電源93による交流電圧に直流電源92によるオフセット電圧が加算された、ジッタ(揺らぎ)を付加された直流電圧である。このような波長調整用電圧の印加により、交流電圧の振幅に対応して可動ミラーが振動する。したがって、レーザー素子1は、見かけ上の線幅が広い光を出力し、この線幅は交流電圧の振幅に対応する。そして、スタートアップ回路8は、吸収帯の粗探索として、前記したように、光検出器5の出力を観測しながら直流電流源91の電流値および直流電源92の電圧値をスイープさせて、出力が最小となる値を探索して固定する。次に、交流電源93を停止させ、波長調整部12に直流電源92のみが接続された状態とする。このとき、交流電源93を、交流電圧の振幅を漸減させて停止することが好ましい。振幅を漸減させる過程で、出力光の線幅が狭くなって捕捉が外れた場合には、再捕捉するように交流電圧の振幅を増加させ、直流電源92の電圧値を調整して出力光の波長をシフトさせてから、交流電圧の振幅の漸減を再開する。
【0032】
このように、スタートアップ回路8は、原子発振器10の起動時等のスタートアップにおいて、波長調整用電圧を制御して、開始時に、レーザー素子1の出力光を共鳴信号が捕捉し易いスペクトル線幅の広い光として、捕捉後に線幅を狭くする。その結果、原子発振器10は、早期に共鳴信号が出力光を捕捉し、その後、狭線幅で吸収線を捕捉することができ、短時間でスタートアップが完了し、スタートアップ後には周波数が安定化する。
【0033】
(原子発振器のスタートアップ動作の変形例)
レーザー素子1に適用されるMEMS型波長可変VCSELは、前記したように、MEMSにある程度以上の電圧が印加されていないと、レーザー発振用電流により可動ミラーが振動するので、出力する光のスペクトル線幅が広くなる(図3参照)。そこで、原子発振器10は、交流電源93を接続せず、スタートアップにおいて、スタートアップ回路8が以下のように動作することもできる。
【0034】
まず、直流電流源91によるレーザー発振用電流の供給を開始する。この時、直流電源92による電圧印加は停止、または、レーザー素子1の出力光の線幅が十分に広い電圧を印加する。そして、ガスセル4のアルカリ金属原子の吸収帯の粗探索として、光検出器5の出力を観測しながら直流電流源91の電流値をスイープさせて、出力が最小となる電流値を探索する。次に、レーザー発振用電流を光検出器5の出力が最小またはその近傍となる範囲に固定して、直流電源92による波長調整用電圧の印加を開始し、電圧値をスイープさせて、光検出器5の出力が最小となる電圧値を探索する。
【0035】
ここで、前記したように、原子発振器10は、固定した電流値が過大であると定常時の消費電力が大きくなってしまう。そこで、スタートアップ回路8は、探索した電流値が予め設定した値(上限値)よりも大きい場合には、予め設定した下げ幅で電流値を下げて固定してから、直流電源92の電圧値をスイープさせて、光検出器5の出力が最小となる電圧値を探索する。電流の下げ幅は、捕捉した吸収線が外れない範囲に設定される。電圧を印加すると、レーザー素子1の出力光の波長が長波長側へシフトすると共に線幅が狭くなるので、スタートアップ回路8は、捕捉した吸収線が外れないように予め設定した範囲で電圧値を探索する。電圧値を増加させる際には、捕捉した吸収線が外れ難いように、緩やかに漸増させて線幅を漸減させることが好ましい。探索した電圧値に固定し、電流値がまだ上限値よりも大きい場合には、電流値をさらに下げて、再び電圧値をスイープさせて探索し、これを、電流値が上限値以下になり、かつ出力光の線幅が十分に狭くなる(定常時の線幅となる)電圧値とするまで繰り返す。
【0036】
狭線幅で吸収線を捕捉したら、前記実施形態と同様に、CPT共鳴の捕捉として、高周波発振器62の発振周波数をスイープして、光検出器5の出力が極大となる変調周波数を探索し、固定すると、スタートアップが完了し、定常状態となる。
【0037】
(変形例)
前記実施形態に係る原子発振器に設けられたレーザー素子は、電圧印加により共振器の可動ミラーが片方向に移動して共振器長を伸長させる。これに対して、特許文献2に開示されたレーザー素子は、波長可変範囲を広くするために、図2に示すように、共振器長を短縮させるように可動ミラーを反対側へも移動させる端子123が形成され、可動ミラーが双方向に移動可能としたMEMS型波長可変VCSELである。図4に示すように、本発明の第1実施形態の変形例に係る原子発振器10Aは、このようなレーザー素子(レーザー光源)1Aを備え、レーザー素子1Aの波長調整部12Aには共振器伸長用の直流電源92を接続するが、共振器短縮用の直流電源を接続せず、代わりに交流電源93を接続する。そして、前記実施形態と同様に、直流電流源91、直流電源92、交流電源93、および高周波発振器62を制御するスタートアップ回路8Aを備える。その他の構成は、図1に示す前記実施形態に係る原子発振器10と同様である。
【0038】
本変形例に係る原子発振器の周波数安定化動作は、前記実施形態と同様である。なお、定常時において、交流電源93は使用しない。以下に、本変形例に係る原子発振器のスタートアップ動作について説明する。
【0039】
(原子発振器のスタートアップ動作)
原子発振器10Aは、直流電流源91によるレーザー発振用電流の供給、および直流電源92による波長調整用電圧の印加を開始すると共に、スタートアップ回路8Aが、交流電源93による交流電圧の印加を開始させる。このときの波長調整用電圧は、レーザー素子1Aが交流電圧を印加されていないときには、可動ミラーが固定され、出力光の線幅を狭くする電圧値とする。しかし、交流電圧の印加により、レーザー素子1Aは、共振器長を短縮させる方向に可動ミラーが引き寄せられて振動するので、線幅が広くなる。前記実施形態と同様に、スタートアップ回路8Aは、吸収帯の粗探索として、光検出器5の出力を観測しながら直流電流源91の電流値および直流電源92の電圧値をスイープさせて、出力が最小となる値を探索して固定する。次に、交流電源93を停止させ、波長調整部12に直流電源92のみが接続された状態とする。このとき、交流電源93を、交流電圧の振幅を漸減させて停止させることが好ましい。
【0040】
狭線幅で吸収線を捕捉したら、スタートアップ回路8Aは、前記実施形態と同様に、CPT共鳴の捕捉として、高周波発振器62の発振周波数をスイープして、光検出器5の出力が極大となる変調周波数を探索し、固定すると、スタートアップが完了し、定常状態となる。
【0041】
なお、波長調整用電圧は共振器長を伸長させるために印加しているが、直流電源92と交流電源93の接続を入れ替えて、共振器長を短縮させるために波長調整用電圧を印加してもよい。これは、レーザー素子1Aの発振波長に応じて組み立てられる。あるいは、スタートアップ回路8Aが切り替えるように構成されてもよい。
【0042】
〔第2実施形態〕
本発明に係る原子発振器は、レーザー光源としてMEMS型波長可変VCSELに限られず、熱制御で波長を調整するレーザー素子を適用することもできる。すなわち、図5に示すように、本発明の第2実施形態に係る原子発振器10Bは、アルカリ金属原子が封入されたガスセル4と、ガスセル4を透過した光を検出して電気信号(共鳴信号)に変換する光検出器5と、高周波発振器62を備えて共鳴信号を入力されて帰還信号を出力する制御回路6と、帰還信号により変調させた直流電流を供給されて光を出力するレーザー素子(レーザー光源)1Bと、レーザー素子1Bが出力した光を位相変調してガスセル4に導入する光変調器31と、光変調器31を制御するスタートアップ回路8Bと、を備える。さらに原子発振器10Bは、ここでは、レーザー素子1Bが出力した光を変換する光学系2、レーザー素子1Bのレーザー発振用直流電流に帰還信号を重畳するBias-T回路7、および光変調器31に変調信号を供給する局部発振器32を備える。
【0043】
(レーザー素子)
レーザー素子1Bは、第1実施形態と同様にVCSEL(Vertical Cavity Surface Emitting LASER、垂直共振器面発光レーザー)が好適である。ただし、レーザー素子1Bは、MEMS構造(第1実施形態の波長調整部12)を備えず共振器のミラーが可動式ではなくてもよく、直流電流源91からレーザー発振用電流のみを供給される簡易な構成のものを適用することができる。
【0044】
(光変調器)
光変調器31は、レーザー素子1Bから光を入力され、局部発振器32から供給された変調信号に基づいてこの光を位相変調する。詳しくは、入力された光に変調信号の周波数の間隔で側帯波を立てることによりスペクトル線幅を広くする。なお、光変調器31は、変調信号の供給が停止している時には、光を変調せずに通過させる。
【0045】
(スタートアップ回路)
スタートアップ回路8Bは、スタートアップ時に、光変調器31を制御してレーザー素子1Bが出力した光を位相変調させる。詳しくは、スタートアップ回路8Bは、局部発振器32を制御して光変調器31の変調信号を出力させる。
【0046】
本実施形態に係る原子発振器の周波数安定化動作は、第1実施形態と同様である。以下に、本実施形態に係る原子発振器のスタートアップ動作について説明する。
【0047】
(原子発振器のスタートアップ動作)
原子発振器10Bは、直流電流源91によるレーザー発振用電流の供給を開始する共に、スタートアップ回路8Bが局部発振器32に変調信号を出力させる。すると、光変調器31により位相変調された光は、スペクトル線幅が広くなってガスセル4に導入される。スタートアップ回路8Bは、吸収帯の粗探索として、光検出器5の出力を観測しながら直流電流源91の電流値をスイープさせて、出力が最小となる値を探索して固定する。次に、局部発振器32による変調信号の供給を停止させる。第1実施形態と同様に、レーザー素子1Bの出力光のスペクトル線幅を漸減させることが好ましく、そのために、スタートアップ回路8Bは、局部発振器32に変調信号の周波数を漸減させて停止させる。
【0048】
以上、本発明に係る原子発振器を実施するための実施形態について述べてきたが、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
【符号の説明】
【0049】
10,10A,10B 原子発振器
1,1A,1B レーザー素子(レーザー光源)
11 VCSEL部
12,12A 波長調整部
2 光学系
31 光変調器
4 ガスセル
5 光検出器
6 制御回路
62 高周波発振器
8,8A,8B スタートアップ回路
図1
図2
図3
図4
図5