(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025004693
(43)【公開日】2025-01-15
(54)【発明の名称】細胞処理装置、細胞処理システム及び細胞処理方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20250107BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20250107BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12N1/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023104552
(22)【出願日】2023-06-26
(71)【出願人】
【識別番号】598121341
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100127384
【弁理士】
【氏名又は名称】坊野 康博
(74)【代理人】
【識別番号】100152054
【弁理士】
【氏名又は名称】仲野 孝雅
(72)【発明者】
【氏名】竹村 研治郎
(72)【発明者】
【氏名】下口 颯斗
(72)【発明者】
【氏名】今城 哉裕
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA08
4B029BB11
4B029CC02
4B029DG08
4B065AA90X
4B065BD45
4B065BD50
(57)【要約】
【課題】より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現する。
【解決手段】細胞処理装置100は、培養制御部53と、振動制御部54と、を備えている。培養制御部53は、培養された培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる。振動制御部54は、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、培養細胞を剥離させる。培養制御部53は、振動制御部54によって剥離された培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行う。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の培養を行う細胞処理装置であって、
培養容器に播種された処理対象となる培養細胞を設定された培養環境で培養する細胞培養手段と、
培養された前記培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる接着力低下手段と、
接着力が低下された前記培養細胞を含む前記培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、前記培養細胞を剥離させる物理的刺激付与手段と、
を備え、
前記細胞培養手段は、前記物理的刺激付与手段によって剥離された前記培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行うことを特徴とする細胞処理装置。
【請求項2】
前記培養容器は、初代の前記培養細胞を培養するための第1の培養領域と、
前記第1の培養領域を仕切る仕切部材を取り外すことで形成され、前記第1の培養領域より大きい培養容量の第2の培養領域と、
を備え、
前記接着力低下手段は、前記細胞培養手段が前記第1の培養領域で初代の前記培養細胞を培養した後、前記第1の培養領域における前記培養細胞の接着力を低下させ、
前記物理的刺激付与手段は、前記第1の培養領域の前記培養細胞を剥離させ、
前記細胞培養手段は、前記第1の培養領域の初代の前記培養細胞を、前記物理的刺激付与手段が剥離させた後に形成された前記第2の培養領域において、設定された培養環境で培養することを特徴とする請求項1に記載の細胞処理装置。
【請求項3】
前記培養容器は、前記第2の培養領域を仕切る仕切部材を取り外すことで形成され、前記第2の培養領域より大きい培養容量の第3の培養領域を備え、
前記接着力低下手段は、前記細胞培養手段が前記第2の培養領域で継代された前記培養細胞を培養した後、前記第2の培養領域における前記培養細胞の接着力を低下させ、
前記物理的刺激付与手段は、前記第2の培養領域の前記培養細胞を剥離させ、
前記細胞培養手段は、前記第2の培養領域の継代された前記培養細胞を、前記物理的刺激付与手段が剥離させた後に形成された前記第3の培養領域において、設定された培養環境で培養することを特徴とする請求項2に記載の細胞処理装置。
【請求項4】
前記接着力低下手段は、前記物理的刺激として、強制振動、衝撃力または流体による刺激を接着力が低下された前記培養細胞に付与することで、前記培養細胞を剥離させることを特徴とする請求項1に記載の細胞処理装置。
【請求項5】
細胞の培養を行う細胞処理システムであって、
処理対象となる培養容器を前記細胞の培養のための工程が実行される位置に搬送する搬送手段と、
前記培養容器に播種された処理対象となる培養細胞を設定された培養環境で培養する細胞培養手段と、
培養された前記培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる接着力低下手段と、
接着力が低下された前記培養細胞を含む前記培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、前記培養細胞を剥離させる物理的刺激付与手段と、
を備え、
前記細胞培養手段は、前記物理的刺激付与手段によって剥離された前記培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行うことを特徴とする細胞処理システム。
【請求項6】
前記物理的刺激付与手段は、前記搬送手段によって前記培養容器が搬送される工程で発生する振動を前記物理的刺激として前記培養容器に付与することにより、前記培養細胞を剥離させることを特徴とする請求項5に記載の細胞処理システム。
【請求項7】
培養容器に播種された処理対象となる培養細胞を設定された培養環境で培養する細胞培養工程と、
培養された前記培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる接着力低下工程と、
接着力が低下された前記培養細胞を含む前記培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、前記培養細胞を剥離させる物理的刺激付与工程と、
前記物理的刺激付与工程において剥離された前記培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行う第1継代培養工程と、
を含むことを特徴とする細胞処理方法。
【請求項8】
前記物理的刺激付与工程では、前記物理的刺激として、強制振動、衝撃力または流体による刺激を接着力が低下された前記培養細胞に付与することで、前記培養細胞を剥離させることを特徴とする請求項7に記載の細胞処理方法。
【請求項9】
前記第1継代培養工程で培養された前記培養細胞に対し、前記接着力低下工程によって接着力を低下させ、前記物理的刺激付与工程によって前記培養細胞が剥離された後、設定された培養環境で培養を行う第2継代培養工程をさらに含むことを特徴とする請求項7に記載の細胞処理方法。
【請求項10】
前記培養細胞の継代が行われる場合、継代の前に前記培養細胞が培養された培養領域よりも、継代の後に前記培養細胞が培養される培養領域の方が培養容量を拡大されることを特徴とする請求項7または9に記載の細胞処理方法。
【請求項11】
前記培養細胞の継代が行われる場合、継代の前に前記培養細胞が培養される培養領域が複数設置され、継代の後に前記培養細胞が培養される培養領域は、継代の前に前記培養細胞が培養された複数の培養領域を包含し、当該複数の培養領域全体よりも培養容量が拡大された培養領域とされることを特徴とする請求項7に記載の細胞処理方法。
【請求項12】
継代の前に前記培養細胞が培養される前記複数の培養領域には、異なる種類の培養細胞が培養され、継代の後に前記培養細胞が培養される培養領域において、前記異なる種類の培養細胞が混合して培養されることを特徴とする請求項11に記載の細胞処理方法。
【請求項13】
前記培養細胞の継代が行われる場合、継代の後に前記培養細胞が培養される培養領域に凹部が形成され、継代の後に培養された前記培養細胞の少なくとも一部は、前記凹部内で細胞塊を形成することを特徴とする請求項7または9に記載の細胞処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞処理装置、細胞処理システム及び細胞処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、医療あるいはバイオテクノロジーの分野等では、目的に応じた種々の細胞を培養する技術が用いられている。
細胞を培養する場合、所望の数の細胞を取得するために、細胞の継代培養が行われることがある。
細胞の継代培養において、所望の数の細胞を取得するためは、培養容器内で適切な細胞密度を保つことが必要であり、培養面を拡大して細胞数を増加させたり、培養容器の数を拡大して細胞数を増加させたりするには、継代時の細胞の回収及び再播種を必要としていた。このため、細胞の継代培養では、一般に、タンパク質分解酵素(トリプシン)を用いた培養面からの細胞の剥離、遠心分離、培地への懸濁、再播種は実質的に必須の工程であると考えられている。
なお、細胞の継代培養に関する技術は、例えば、特許文献1に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、細胞の継代培養において、タンパク質分解酵素(トリプシン)を用いた培養面からの細胞の剥離、遠心分離、培地への懸濁、再播種という一連の工程は、作業負担の大きい工程であることから効率の低下を招くものであり、また、培養の自動化を阻害し、コンタミネーションのリスクを高める要因ともなる。
また、上記一連の工程の一部を省略したり、自動化したりすることが試みられているものの、効率的に高品質な細胞を得ることが可能な細胞の継代培養方法は確立されていないのが現状である。
【0005】
本発明の課題は、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明の一態様の細胞処理装置は、
細胞の培養を行う細胞処理装置であって、
培養容器に播種された処理対象となる培養細胞を設定された培養環境で培養する細胞培養手段と、
培養された前記培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる接着力低下手段と、
接着力が低下された前記培養細胞を含む前記培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、前記培養細胞を剥離させる物理的刺激付与手段と、
を備え、
前記細胞培養手段は、前記物理的刺激付与手段によって剥離された前記培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の一実施形態に係る細胞処理方法の手順を示す図である。
【
図3】培養ディッシュをインキュベータ内に静置した時間と、細胞剥離率R
Tとの関係を示す模式図である。
【
図4】物理的刺激における培養細胞の剥離実験の手順を示す模式図である。
【
図5】物理的刺激としての強制振動の加振周波数及び振動時間と、細胞剥離率R
Vとの関係を示す模式図である。
【
図6】本発明及び従来の培養手法を用いた比較実験の手順を示す模式図である。
【
図7】本発明及び従来の培養手法で細胞を培養した場合の生細胞率を示す模式図である。
【
図8】本発明を適用した細胞処理装置100の構成例を示す模式図である。
【
図9】可変容量培養容器200の構成を示す模式図である。
【
図10】可変容量培養容器200の使用形態を示す模式図である。
【
図11】制御ユニット130の機能的構成を示す模式図である。
【
図12】細胞処理装置100が実行する細胞培養制御処理の流れを示すフローチャートである。
【
図13】複数の装置を組み合わせて構成された細胞処理システム300のシステム構成を示す模式図である。
【
図14】制御装置410の機能的構成を示す模式図である。
【
図15】細胞処理システム300が実行する細胞培養制御処理の流れを示すフローチャートである。
【
図16】可変容量培養容器200内に中領域を1つ、中領域内に小領域を複数設置した場合の細胞培養方法の工程例を示す模式図である。
【
図17】可変容量培養容器200内に中領域を1つ、中領域内に小領域を複数設置し、複数の小領域において異種の細胞を培養する場合の細胞培養方法の工程例を示す模式図である。
【
図18】小領域の底面を平面、中領域の底面に凹部(半球状の窪み)を形成して培養細胞を培養する場合の細胞処理方法の工程例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。
[本発明の基本的概念]
本発明は、細胞の継代培養を行う際に、タンパク質分解酵素(例えば、トリプシン)を用いた培養面からの細胞の剥離、遠心分離、培地への懸濁、再播種という一連の工程を行うことなく、培養面への接着力を低下させる工程及び振動により培養面から細胞を剥離させる工程を経ることにより、培養面に細胞を維持したまま細胞の培養容量を拡大することを可能としている。
これにより、タンパク質分解酵素によって培養面から細胞を完全に剥離する必要がないため、タンパク質分解酵素に細胞を浸漬する時間を短縮することができる。また、細胞を回収して再播種する必要がないため、培養容器の拡張等により培養容量を拡大することができる。さらに、細胞の回収、遠心分離、懸濁及び再播種等の工程が不要となることから、細胞の継代培養に要する作業負担を軽減することができる。
したがって、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することができる。
以下、本発明の具体的な実施形態について説明する。
【0010】
[細胞処理方法]
図1は、本発明の一実施形態に係る細胞処理方法の手順を示す図である。
図1に示すように、本実施形態に係る細胞処理方法が実施される場合、培養領域を小領域から大領域に拡大可能な培養容器を用意する。
そして、細胞処理方法のステップS1において、用意した培養容器における小領域に初代の培養細胞を播種する(培養細胞播種工程)。このとき、培養細胞は培養容器における小領域に播種されるため、限られた数の初代の培養細胞を一定の細胞密度で播種された状態とすることができる。
【0011】
次に、ステップS2において、培養容器を培養環境に設置し、所定条件で細胞を培養する(細胞培養工程)。細胞を培養するための所定条件は、培養される細胞に応じて定めることができる。細胞を培養する場合、培養初期においては、一定以上の細胞密度となる(即ち、過度に細胞が疎な状態とならない)ことが培養の成否に影響するため、培養細胞が小領域に集中して播種されていることで、大領域で培養を開始する場合に比べ、細胞の培養を成功させる確率を高めることができる。
【0012】
ステップS3において、培養を終了した小領域の培養領域に対し、タンパク質分解酵素(ここでは、トリプシンとする。)を供給し、培養細胞の接着力を低下させる(接着力低下工程)。このとき、タンパク質分解酵素によって培養細胞を剥離させる場合に比べ、タンパク質分解酵素に培養細胞を浸漬する時間がより短時間に設定される。即ち、本実施形態の接着力低下工程では、タンパク質分解酵素によって接着細胞を剥離するのではなく、接着細胞の接着面に対する接着力を低下させる(接着は維持する)ために、タンパク質分解酵素のタンパク質分解能力を用いている。
【0013】
ステップS4において、設定された時間が経過後に、培養領域の小領域からタンパク質分解酵素を除去する(分解酵素除去工程)。このとき、細胞の剥離を行う場合に比べ、タンパク質分解酵素に培養細胞を浸漬する時間が短時間に設定されていることから、培養細胞のほとんどは、低下した接着力で接着面に接着した状態となっている。また、タンパク質分解酵素によって細胞を剥離する場合に比べ、タンパク質分解酵素の作用によって細胞が受けるダメージを抑制することができる。
【0014】
ステップS5において、タンパク質分解酵素除去後の小領域に対し、継代培養に必要な量の培地を供給(添加)する(培地供給工程)。これにより、接着力が低下された培養細胞が培地に浸された状態となる。
【0015】
ステップS6において、培養容器に物理的刺激(ここでは、強制振動とする。)を与え、低下した接着力で培地に接着している培養細胞を物理的刺激の作用によって培地から剥離する(細胞剥離工程)。このとき与えられる物理的刺激は、培養細胞に力を作用させるものであればよく、強制振動とすることが可能である他、接着細胞を剥離する作用を与えることができるものであれば、例えば、インパルス(衝撃力)あるいは流体刺激(流体圧等による力学的作用)等を使用することが可能である。物理的刺激の作用によって細胞を剥離することにより、タンパク質分解酵素の作用(化学的な作用)を用いて細胞を剥離する場合に比べ、細胞に与えるダメージを抑制することができる。
【0016】
ステップS7において、培養容器の小領域を仕切る部材を除去し、培養容量を大領域に拡大する(培養容量拡大工程)。このとき、細胞剥離工程で剥離された培養細胞が懸濁した培地が、小領域から大領域に流出し、培養領域が大領域に拡大する。小領域での培養によって増加した数の培養細胞が大領域に拡大することから、大領域に培地が拡大した後にも、一定以上の細胞密度が維持され、細胞の培養が成功する確率が高い状態となっている。また、遠心分離等によって培養細胞を取り出す場合に比べ、継代培養に要する作業負担を低下させ、効率を高めることができる。
ステップS7の後、必要に応じて、ステップS2以降の工程が繰り返され、培養領域が目的とする大きさまで拡大される。
【0017】
[検証実験]
上記細胞処理方法を実施する場合、タンパク質分解酵素(トリプシン)による培養細胞の接着力低下(接着力低下工程)及び物理的刺激による培養細胞の剥離(細胞剥離工程)が好適に達成される必要がある。
以下、これらの工程を検証した結果について説明する。
なお、ここでは、以下の条件で実験を行った。
細胞種:チャイニーズハムスター卵巣細胞(CHO)
培養容器:60mmディッシュ
播種細胞数:5×105個
培養期間:48時間
【0018】
[接着力低下実験]
図2は、接着力低下実験の手順を示す模式図である。
図2に示すように、接着力低下実験では、初めに、培養細胞が培養された培養ディッシュを用意した。
次に、培養ディッシュの培地を除去し、トリプシン(0.05%,1mL)を添加した。
【0019】
30秒経過後、培養ディッシュをインキュベータ内に静置し、所定時間、培養細胞をトリプシンに浸漬した。このとき、培養細胞を剥離する場合よりも短い所定時間、培養細胞をトリプシンに浸漬する。
次に、インキュベータから培養ディッシュを取り出し、30秒経過後、トリプシンを回収した。このとき回収されるトリプシンには、細胞数NTの剥離した細胞が含まれている。
【0020】
次に、培養ディッシュに残った培養細胞を剥離するため、培養ディッシュにトリプシンを添加し、インキュベータ内に5分間静置した。
最後に、培養ディッシュからトリプシンを回収した。このとき、培養ディッシュには、細胞数NRの細胞が残存している。
ここで、接着力を低下させるために培養細胞にトリプシンに浸漬したことにより、培養細胞が剥離した割合を細胞剥離率RTとして、式(1)のように定義する。
細胞剥離率RT=NT/(NT+NR) (1)
【0021】
図3は、培養ディッシュをインキュベータ内に静置した時間と、細胞剥離率R
Tとの関係を示す模式図である。
図3においては、培養ディッシュをインキュベータ内に静置(培養細胞をトリプシンに浸漬)する時間を0.5分、1.0分、1.5分及び2.0分としたときの細胞剥離率R
Tがそれぞれ示されている。なお、インキュベータ外で培養細胞をトリプシンに浸漬する時間は、共通して1.0分である。
【0022】
図3によれば、培養ディッシュをインキュベータ内に静置する時間が1.5分から2.0分になると、細胞剥離率R
Tが急激に増加していることがわかる。
したがって、上記実験条件においては、接着力を低下させるために培養細胞をトリプシンに浸漬する時間として、培養細胞が急激に剥離される2.0分よりもやや短い1.5分とすることが適当であると考えられる。
【0023】
[物理的刺激における培養細胞の剥離]
図4は、物理的刺激における培養細胞の剥離実験の手順を示す模式図である。
図4に示すように、物理的刺激における培養細胞の剥離実験では、初めに、培養細胞が培養された培養ディッシュを用意した。
次に、培養ディッシュの培地を除去し、トリプシン(0.05%,1mL)を添加した。
【0024】
30秒経過後、培養ディッシュをインキュベータ内に静置し、所定時間、培養細胞をトリプシンに浸漬した。このとき、培養細胞を剥離する場合よりも短い所定時間、培養細胞をトリプシンに浸漬する。
次に、インキュベータから培養ディッシュを取り出し、30秒経過後、トリプシンを回収すると共に、継代培養に必要な量の培地を供給(添加)した。
【0025】
続いて、培養ディッシュに残った培養細胞を剥離するため、培養ディッシュに物理的刺激(ここでは、強制振動とする。)を与えた。これにより、接着力が低下した培養細胞が物理的刺激の作用により剥離された状態となる。
次に、培養ディッシュから培地を回収した。このとき回収される培地には、細胞数NVの剥離した細胞が含まれている。
【0026】
さらに、培養ディッシュに残った培養細胞を剥離するため、培養ディッシュにトリプシンを添加し、インキュベータ内に5分間静置した。
最後に、培養ディッシュからトリプシンを回収した。このとき、培養ディッシュには、細胞数NRの細胞が残存している。
ここで、接着力が低下した培養細胞に物理的刺激を与えたことにより、培養細胞が剥離した割合である細胞剥離率RVは、式(2)のように表される。
細胞剥離率RV=NV/(NV+NR) (2)
【0027】
図5は、物理的刺激としての強制振動の加振周波数及び振動時間と、細胞剥離率R
Vとの関係を示す模式図である。
図5においては、加振周波数500Hz、1000Hz及び2000Hzとした場合それぞれにおいて、振動時間を0分、0.2分、1.0分、5.0分及び25.0分としたときの細胞剥離率R
Vがそれぞれ示されている。
【0028】
図5によれば、加振周波数が500Hzの場合に、全体として細胞剥離率R
Vが高くなる傾向が示されている。また、振動時間が1.0分の時点で、細胞剥離率R
Vが最大値に到達していることがわかる。
したがって、上記実験条件においては、培養細胞の剥離を実現する物理的刺激として、加振周波数500Hzの強制振動を与えることが適当であると共に、加振時間は1.0分で足りると考えられる。
なお、培養容器の種類あるいは培養される細胞の種類等によって適切なパラメータは異なるものになると考えられるため、上記検証と同様の工程を実行することにより、本発明の適用対象それぞれにおける好適なパラメータを取得することが望ましい。
【0029】
[効果]
次に、本実施形態における細胞処理方法の効果を説明する。
以下では、本実施形態における細胞処理方法を用いた場合の生細胞率の観点から効果を検証する。
[比較実験]
図6は、本発明及び従来の培養手法を用いた比較実験の手順を示す模式図である。
図6に示すように、ここでは、チャイニーズハムスターの卵巣細胞を用いて、播種細胞数5×10
5個を初期値として比較実験を行った。
まず、従来の手法として、培養面積が小面積(25cm
2)の培養フラスコに培養細胞を播種し、30時間培養を行った。
【0030】
そして、タンパク質分解酵素(トリプシン)を用いた培養面からの細胞の剥離、遠心分離、培地への懸濁、再播種を行って、培養面積が中面積(75cm2)の培養フラスコに培地を移し、培養容量を拡大した。
さらに、30時間培養を行った後、タンパク質分解酵素(例えば、トリプシン)を用いた培養面からの細胞の剥離、遠心分離、培地への懸濁、再播種を行って、培養面積が大面積(225cm2)の培養フラスコに培地を移し、培養容量を拡大した。
この後、所定時間(例えば、30時間)の培養を行い、培養された細胞を回収した。
【0031】
一方、本発明の細胞処理方法として、培養容器における培養面積が小面積(25cm2)の領域(小領域)に培養細胞を播種し、30時間培養を行った。
そして、上述の細胞処理方法に従い、タンパク質分解酵素(トリプシン)を用いて培養細胞の接着力を低下させ、物理的刺激を与えて培養細胞を剥離した後、小領域を形成していた枠体を除去し、培養面積が中面積(75cm2)の領域(中領域)に培養容量を拡大した。
さらに、30時間培養を行った後、タンパク質分解酵素(トリプシン)を用いて培養細胞の接着力を低下させ、物理的刺激を与えて培養細胞を剥離した後、中領域を形成していた枠体を除去し、培養面積が大面積(225cm2)の領域(大領域)に培養容量を拡大した。
この後、所定時間(例えば、30時間)の培養を行い、培養された細胞を回収した。
【0032】
[生細胞率]
図7は、本発明及び従来の培養手法で細胞を培養した場合の生細胞率を示す模式図である。
図7に示すように、従来の手法及び本発明の細胞処理方法で細胞を培養した結果、いずれも生細胞率が100%に近いものとなった。
即ち、本発明の細胞処理方法で細胞を培養した場合も、従来の手法と同様の生細胞率を実現することができていることがわかる。
【0033】
[第1実施形態]
次に、本発明の第1実施形態について説明する。
本実施形態においては、細胞処理装置として本発明を実現した例について説明する。
【0034】
[細胞処理装置]
図8は、本発明を適用した細胞処理装置100の構成例を示す模式図である。
図8に示すように、細胞処理装置100は、培養器110(インキュベータ)と、加振ユニット120と、制御ユニット130と、を備えている。
培養器110は、密閉された培養環境を形成するチャンバーを有し、チャンバー内の温度及び湿度を制御可能であると共に、必要な場合にチャンバー内の換気を行う機能を有している。培養器110は、設定された培養条件に従ってチャンバー内の環境を制御し、細胞の培養における各種工程を実行する。
また、培養器110における培養容器の設置ステージは、加振ユニット120に支持されており、加振ユニット120が動作することにより、設置された培養容器に振動(鉛直方向の振動あるいは水平方向の振動)が付与される。
本実施形態において、細胞処理装置100によって細胞培養処理が実行される場合、培養容器として、細胞培養領域の容量が可変である可変容量培養容器200が使用される。
【0035】
図9は、可変容量培養容器200の構成を示す模式図である。
また、
図10は、可変容量培養容器200の使用形態を示す模式図である。
図9及び
図10に示すように、可変容量培養容器200は、基板201と、側壁部材202と、外側仕切部材203と、内側仕切部材204と、天板205と、を備えている。
基板201は、可変容量培養容器200の底板を構成する部材(例えば、ガラス製の部材)であり、可変容量培養容器200に必要とされる最大培養容量に応じた面積の基板201が用いられる。
【0036】
側壁部材202は、基板201の板面と外形が一致する枠状の部材(例えば、PDMS(ポリジメチルシロキサン)製の部材)である。側壁部材202が基板201上に設置されることにより、側壁部材202の枠内に基板201を底面とする細胞培養領域(大領域)が形成される。なお、側壁部材202は、細胞培養時には基板201に固定され、基板201と側壁部材202との間は密着されて液体が漏出しない状態となっている。
【0037】
外側仕切部材203は、外形が側壁部材202の内形と一致し、中央部に方形の貫通穴203aを有する枠状の部材(例えば、PDMS製の部材)である。外側仕切部材203の高さは、側壁部材202の高さと一致するよう構成されている。外側仕切部材203が側壁部材202の枠内に設置されることにより、外側仕切部材203の枠内に基板201を底面とする細胞培養領域(中領域)が形成される。なお、外側仕切部材203は、細胞培養時には基板201に固定され、基板201と外側仕切部材203との間は密着されて液体が漏出しない状態となっている。
【0038】
内側仕切部材204は、外形が外側仕切部材203の貫通穴203aの内形と一致し、中央部に方形の貫通穴204aを有する枠状の部材(例えば、PDMS製の部材)である。内側仕切部材204の高さは、側壁部材202の高さと一致するよう構成されている。内側仕切部材204が外側仕切部材203の貫通穴203a内に設置されることにより、内側仕切部材204の枠内に基板201を底面とする細胞培養領域(小領域)が形成される。なお、内側仕切部材204は、細胞培養時には基板201に固定され、基板201と内側仕切部材204との間は密着されて液体が漏出しない状態となっている。
【0039】
天板205は、基板201の板面と外形が一致する板状の部材(例えば、ガラス製の部材)であり、基板201を底面として設置された側壁部材202を天面として覆う構成となっている。天板205の下面(設置時に基板201と対向する面)には、側壁部材202の1つの辺に沿って突起部205aが設置されている。突起部205aの長さは、側壁部材202の内形以下に形成され、天板205が側壁部材202と上面視において一致するよう重ねて配置された場合、天板205の下面の外周部分と側壁部材202の上面(基板201と接していない側の面)とが密着し、側壁部材202の枠内を閉塞した状態となる。一方、天板205が側壁部材202と上面視においてずれた位置(例えば、天板205の突起部205aが側壁部材202の上面(側壁部材202の1つの辺の上等)に重なる位置)に配置された場合、天板205の下面と側壁部材202の上面(基板201と接していない側の面)との間に空隙が形成され、側壁部材202の枠内が外部と通気した状態となる。このような構成を利用して、細胞の培養時には、側壁部材202の枠内が外部と通気した状態とし、強制振動付与時には、側壁部材202の枠内を閉塞した状態とすることができる。
【0040】
図8に戻り、加振ユニット120は、音波による振動(鉛直方向の振動あるいは水平方向の振動)を発生し、培養容器が設置される培養ステージに物理的刺激としての強制振動を付与する。なお、加振ユニット120は、超音波による振動を発生する装置とすることも可能である。また、培養ステージに付与する振動として、インパルス(衝撃力)を用いることも可能である。
【0041】
制御ユニット130は、PC(Personal Computer)あるいはPLC(Programmable Logic Controller)等の情報処理装置によって構成され、細胞処理装置100全体を制御する。例えば、制御ユニット130は、培養器110における培養環境(温度、湿度あるいは換気の状態等)を制御したり、加振ユニット120が発生する振動(振動の強さ、時間等)を制御したりする。
本実施形態において、制御ユニット130は、プロセッサによって制御プログラムを実行することにより、以下のような機能的構成を実現する。
【0042】
図11は、制御ユニット130の機能的構成を示す模式図である。
図11に示すように、制御ユニット130は、パラメータ設定部51と、センサ情報取得部52と、培養制御部53と、振動制御部54と、を機能的構成として備えている。
パラメータ設定部51は、操作者の操作に従って、培養器110における培養環境制御のパラメータ(温度、湿度あるいは換気の設定値等)及び加振ユニット120における振動制御のパラメータ(振動の強さ及び時間の設定値等)を設定する。なお、パラメータ設定部51は、操作者の操作に従って各種パラメータを設定することの他、各種パラメータの設定値が予め記憶された設定ファイルを読み込むことによって、パラメータを設定することも可能である。
【0043】
センサ情報取得部52は、培養器110のチャンバー内を計測する各種センサ(温度センサ、湿度センサ、撮像センサ等)から検出結果を表すデータを取得する。なお、細胞処理装置100に設置するセンサの種類は、細胞処理装置100において管理されるデータの種類等に応じて、適宜選択することが可能である。また、撮像センサの検出結果(撮像画像)は、多様な用途に使用することが可能であり、例えば、培養器110内に培養容器が設置されているか否かを判定するために使用したり、培養容器内の培養細胞の状態(細胞培養の進捗等)を確認するために使用したり、培養容器の状態(密閉されているか、通気されているか等)を確認するために使用したりすることができる。
【0044】
培養制御部53は、パラメータ設定部51によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、培養器110における培養環境を制御する。また、培養制御部53は、センサ情報取得部52によって取得された各種センサの検出結果を表すデータを参照し、細胞処理装置100で実行される細胞処理方法の各工程(培養器110における細胞培養の各工程)を管理する。例えば、培養制御部53は、培養器110内に培養容器が設置されていることを検出したり、細胞処理方法の工程の1つが終了したことを判定したり、これら検出結果あるいは判定結果を操作者に報知(音、光あるいは画像による報知等)したりする。
振動制御部54は、パラメータ設定部51によって設定された振動制御のパラメータに従って、加振ユニット120の振動子を振動させることにより、加振ユニット120における振動を制御する。
【0045】
[細胞処理装置100の動作]
次に、細胞処理装置100の動作を説明する。
図12は、細胞処理装置100が実行する細胞培養制御処理の流れを示すフローチャートである。
細胞培養制御処理は、制御ユニット130の入力部を介して、細胞培養制御処理の実行が指示入力されることに対応して開始される。なお、細胞培養制御処理が開始されることに先立ち、初代の培養細胞が小領域に播種された培養容器が用意される(培養細胞播種工程)。
【0046】
細胞培養制御処理が開始されると、ステップS11において、パラメータ設定部51は、培養器110における培養環境制御のパラメータ(温度、湿度あるいは換気の設定値等)及び加振ユニット120における振動制御のパラメータ(振動の強さ及び時間の設定値等)を設定する。
ステップS12において、培養制御部53は、センサ情報取得部52によって取得された培養器110のチャンバー内を撮像する撮像センサの検出結果を表すデータ(培養器110内の撮像画像のデータ)に基づいて、培養器110に培養容器(培養細胞が播種された初期状態のもの)が設置されていることを検出する。
【0047】
ステップS13において、パラメータ設定部51によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、培養器110における培養環境を制御する。これにより、可変容量培養容器200における1つの大きさの培養領域での細胞培養が終了する(細胞培養工程)。
ステップS14において、培養制御部53は、細胞培養工程が終了したことを報知する。ステップS14において、細胞培養工程の終了が報知されることに応じて、培養容器が培養器110から取り出される。そして、細胞培養工程を終了した培養領域に対し、タンパク質分解酵素(トリプシン)が供給され、設定された時間経過後(接着力低下工程)、タンパク質分解酵素(トリプシン)が除去される(分解酵素除去工程)。そして、培養容器の培養領域に、継代培養に必要な量の培地が供給(添加)され(培地供給工程)、この培養容器が次の工程に供される。このとき、培養容器における培養細胞は、接着力が低下した状態となっている。
【0048】
ステップS15において、培養制御部53は、センサ情報取得部52によって取得された培養器110のチャンバー内を撮像する撮像センサの検出結果を表すデータ(培養器110内の撮像画像のデータ)に基づいて、培養器110に培養容器(接着力低下後)が設置されていることを検出する。
ステップS16において、振動制御部54は、音波による振動(鉛直方向の振動あるいは水平方向の振動)を発生し、培養容器が設置される培養ステージに物理的刺激としての強制振動を付与する(細胞剥離工程)。これにより、接着力が低下されていた培養細胞が強制振動の作用により剥離された状態となる。
【0049】
ステップS17において、培養制御部53は、細胞剥離工程が終了したことを報知し、培養容器における培養領域の拡大操作を受け付ける。ステップS17において、細胞剥離工程の終了が報知されることに応じて、培養容器が培養器110から取り出される。そして、培養容器の現在の培養領域を仕切る部材が除去され、より大きい培養領域に拡大(即ち、培養容量が拡大)される(培養容量拡大工程)。このとき、培養細胞が懸濁した培地が、拡大された培養領域に流出した状態となっている。この培養容器が次の工程に供される。
【0050】
ステップS18において、培養制御部53は、パラメータ設定部51によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、培養器110における培養環境を制御する。これにより、可変容量培養容器200における拡大された培養領域での細胞の継代培養が終了する(拡大された培養領域での細胞培養工程)。
【0051】
ステップS19において、培養制御部53は、拡大された培養領域での細胞培養工程(継代培養)の終了を報知する。ステップS19において、拡大された培養領域での細胞培養工程の終了が報知されることに応じて、培養容器が培養器110から取り出される。そして、さらに継代培養が行われる場合には、拡大された培養領域での細胞培養工程を終了した培養領域に対し、タンパク質分解酵素(トリプシン)が供給され、設定された時間経過後(接着力低下工程)、タンパク質分解酵素(トリプシン)が除去される(分解酵素除去工程)。そして、培養容器の培養領域に、継代培養に必要な量の培地が供給(添加)され(培地供給工程)、この培養容器が次の工程に供される。このとき、培養容器における培養細胞は、接着力が低下した状態となっている。
【0052】
ステップS20において、培養制御部53は、細胞培養制御処理の終了が指示されたか否かの判定を行う。
細胞培養制御処理の終了が指示されていない場合、ステップS20においてNOと判定されて、処理はステップS15に移行する。
一方、細胞培養制御処理の終了が指示された場合、ステップS20おいてYESと判定されて、細胞培養制御処理は終了する。
なお、細胞培養制御処理の終了に伴い、適宜、培養容器に物理的刺激が付与される等して、培養細胞が回収される。
【0053】
以上のように、本実施形態における細胞処理装置100は、細胞の継代培養を行う場合に、初代の培養細胞を培養した後、タンパク質分解酵素(トリプシン等)により、培養容器内の培養細胞の接着力を低下させる処理を行い、接着力が低下された培養細胞に培地を加えた後、物理的刺激(強制振動等)を与えることによって、培養細胞を剥離する。そして、細胞処理装置100は、培養領域が拡大された同一の培養容器において、培養容量を拡大して継代培養を行う。
そのため、タンパク質分解酵素によって細胞を剥離する場合に比べ、タンパク質分解酵素の作用によって細胞が受けるダメージを抑制することができる。また、遠心分離等によって培養細胞を取り出す場合に比べ、継代培養に要する作業負担を低下させ、効率を高めることができる。
したがって、本実施形態における細胞処理装置100によれば、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することができる。
【0054】
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態について説明する。
第1実施形態において、単体の細胞処理装置100として本発明を実現する場合を例に挙げて説明したが、本発明は、複数の装置を組み合わせたシステムとして実現することも可能である。例えば、複数の装置を組み合わせたシステムとして本発明を実現することで、細胞処理方法の各工程を自動化できると共に、培養細胞の大量生産を行うことが容易となる。
【0055】
[細胞処理システム300のシステム構成]
図13は、複数の装置を組み合わせて構成された細胞処理システム300のシステム構成を示す模式図である。
図13に示すように、細胞処理システム300は、搬送装置310と、移載装置320と、培養細胞供給装置330と、培地供給装置340と、培地除去装置350と、タンパク質分解酵素供給装置360と、タンパク質分解酵素除去装置370と、振動付与部380と、培養容量管理装置390と、培養器400と、制御装置410と、を含んで構成される。また、細胞処理システム300によって細胞培養処理が実行される場合、上述の実施形態と同様に、培養容器として、細胞培養領域の容量が可変である可変容量培養容器200が使用される。
【0056】
搬送装置310は、処理対象となる培養容器を載置して搬送する装置であり、例えば、ローラコンベアあるいはベルトコンベア等によって構成される。なお、搬送装置310の搬送経路において、培地あるいはタンパク質分解酵素の供給や除去等の処理が行われる場合、これらの処理が行われる位置では、補助アーム等の機構で培養容器を一時的に保持し、培養容器を停止させた状態で処理を行うこととしてもよい。
移載装置320は、搬送装置310のライン外の位置から搬送装置310に培養容器を移載したり、搬送装置310に載置された培養容器を搬送装置310のライン外の位置に移載したりする。移載装置320は、例えば、ロボットハンド等のハンドリング装置によって構成することができる。
【0057】
培養細胞供給装置330は、搬送装置310に載置された培養容器に対し、培養細胞(初代)が懸濁された規定量の培地を供給する。
培地供給装置340は、搬送装置310における所定位置(継代培養が行われる位置)において、継代培養に必要な量の培地を供給する。
培地除去装置350は、搬送装置310における所定位置(継代培養が行われる位置)において、培養容器内の不要な培地を除去する。
【0058】
タンパク質分解酵素供給装置360は、搬送装置310における所定位置(継代培養が行われる位置)において、培養容器内の培養細胞の接着力を低下させるためのタンパク質分解酵素(トリプシン等)を供給する。
タンパク質分解酵素除去装置370は、搬送装置310における所定位置(継代培養が行われる位置)において、培養容器内の不要なタンパク質分解酵素(トリプシン等)を除去する。
【0059】
振動付与部380は、タンパク質分解酵素によって接着力が低下された培養細胞を保持した培養容器に物理的刺激を付与し、培養細胞を剥離させる。本実施形態において、振動付与部380は、搬送装置310における搬送時の振動を強制振動として利用する。そのため、振動付与部380は、搬送装置310において、継代培養が行われる搬送区間の一部が強制振動付与のための領域として割り当てられた構成となっている。
【0060】
このような構成により、加振装置等の振動付与設備を別途備える必要がないため、より低コストかつ効率的に、培養細胞を剥離させることができる。なお、振動付与部380として割り当てられた搬送装置310の搬送区間を、他の区間よりも搬送時における振動が大きくなる構成(上下方向に高低差が与えられた構成等)としてもよい。
培養容量管理装置390は、可変容量培養容器200の培養領域を拡大する処理を行う装置であり、例えば、ロボットハンド等のハンドリング装置によって構成することができる。
【0061】
培養器400は、搬送装置310における所定位置(細胞の培養やタンパク質分解酵素による処理等、環境の管理が必要な工程が行われる位置)に設置される。培養器400は、設定された培養環境を形成するチャンバーを有し、チャンバー内の温度及び湿度を制御可能であると共に、必要な場合にチャンバー内の換気を行う機能を有している。なお、培養器400は、搬送装置310のライン上に設置することが可能である他、搬送装置310のライン外の所定位置(ラインに隣接した位置等)に設置することも可能である。この場合、移載装置320によって、搬送装置310のライン上と培養器400との間で培養容器が移載される。
【0062】
制御装置410は、PCあるいはPLC等の情報処理装置によって構成され、細胞処理システム300全体を制御する。即ち、制御装置410は、搬送装置310、移載装置320、培養細胞供給装置330、培地供給装置340、培地除去装置350、タンパク質分解酵素供給装置360、タンパク質分解酵素除去装置370、振動付与部380、培養容量管理装置390、および、培養器400それぞれの動作を制御する。
【0063】
なお、移載装置320、培養細胞供給装置330、培地供給装置340、培地除去装置350、タンパク質分解酵素供給装置360、タンパク質分解酵素除去装置370、振動付与部380、培養容量管理装置390、および、培養器400それぞれは、必要に応じて、搬送装置310の所定箇所に1つまたは複数が設置される。また、細胞処理システム300の各部には、必要に応じて各種センサが設置される。例えば、細胞処理システム300には、搬送装置310の搬送速度を検出するためのセンサ、搬送装置310における各部を撮像する撮像センサ、培養器400のチャンバー内を計測する各種センサ(温度センサ、湿度センサ、撮像センサ等)を備えることができる。また、細胞処理システム300には、培養細胞供給装置330、培地供給装置340、培地除去装置350、タンパク質分解酵素供給装置360及びタンパク質分解酵素除去装置370が備えるノズルの位置、移載装置320及び培養容量管理装置390の可動部(ロボットハンド等)の位置を検出する位置センサ(エンコーダ等)を備えることができる。
本実施形態において、制御装置410は、プロセッサによって制御プログラムを実行することにより、以下のような機能的構成を実現する。
【0064】
図14は、制御装置410の機能的構成を示す模式図である。
図14に示すように、制御装置410は、パラメータ設定部451と、センサ情報取得部452と、撮像制御部453と、細胞供給制御部454と、培地供給制御部455と、培地除去制御部456と、タンパク質分解酵素供給制御部457と、タンパク質分解酵素除去制御部458と、培養容量制御部459と、培養制御部460と、搬送制御部461と、を機能的構成として備えている。
【0065】
パラメータ設定部451は、各種パラメータの設定値が予め記憶された設定ファイルを読み込むことによって、細胞処理システム300における動作を決定するための各種パラメータを設定する。例えば、パラメータ設定部451は、搬送装置310の搬送速度を表すパラメータ、移載装置320、培養細胞供給装置330、培地供給装置340、培地除去装置350、タンパク質分解酵素供給装置360、タンパク質分解酵素除去装置370及び培養容量管理装置390の動作タイミングを定めるパラメータ、培養器400における培養環境制御のパラメータ(温度、湿度あるいは換気の設定値等)を設定する。
【0066】
センサ情報取得部452は、細胞処理システム300の各部に設置された各種センサから検出結果を表すデータを取得する。
撮像制御部453は、細胞処理システム300の各部に設置された撮像センサによる撮像を制御し、細胞処理システム300の動作を管理するために必要な撮像画像のデータを取得させる。
細胞供給制御部454は、培養細胞供給装置330に対し、処理対象となる培養容器に培養細胞が懸濁した培地を供給させる。
【0067】
培地供給制御部455は、培地供給装置340に対し、処理対象となる培養容器に継代培養に必要な量の培地を供給させる。
培地除去制御部456は、培地除去装置350に対し、処理対象となる培養容器内の不要な培地を除去させる。
タンパク質分解酵素供給制御部457は、タンパク質分解酵素供給装置360に対し、培養容器内の培養細胞の接着力を低下させるためのタンパク質分解酵素(トリプシン等)を供給させる。
【0068】
タンパク質分解酵素除去制御部458は、タンパク質分解酵素除去装置370に対し、処理対象となる培養容器内の不要なタンパク質分解酵素(トリプシン等)を除去させる。
培養容量制御部459は、培養容量管理装置390に対し、継代培養が行われる可変容量培養容器200の培養領域を拡大する処理(例えば、小領域を形成する内側仕切部材204を取り除く動作)を実行させる。
培養制御部460は、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、培養器400における培養環境を制御する。本実施形態において、細胞の継代培養に対応して複数の培養器400が設置されるため、培養制御部460は、各培養器400それぞれに設定された培養環境制御のパラメータに従って、各培養器400を個別に制御する。
【0069】
搬送制御部461は、搬送装置310の搬送動作を制御し、搬送装置310における搬送の開始及び停止、搬送速度を制御する。なお、搬送装置310が、搬送経路における部分毎に搬送速度が可変な構成である場合、搬送制御部461は、搬送装置310の部分毎に、搬送動作を制御し、搬送装置310における搬送の開始及び停止、搬送速度を制御することができる。
【0070】
[細胞処理システム300の動作]
次に、細胞処理システム300の動作を説明する。
図15は、細胞処理システム300が実行する細胞培養制御処理の流れを示すフローチャートである。
細胞培養制御処理は、制御装置410の入力部を介して、細胞培養制御処理の実行が指示入力されることに対応して開始される。
【0071】
細胞培養制御処理が開始されると、ステップS31において、パラメータ設定部451は、各種パラメータの設定値が予め記憶された設定ファイルを読み込むことによって、細胞処理システム400における動作を決定するための各種パラメータを設定する。これにより、細胞処理システム300全体で細胞の継代培養を行うための動作が規定される。
ステップS32において、撮像制御部453は、撮像センサが撮像した撮像画像のデータに基づいて、処理対象となる培養容器が搬送装置310における第1位置(培養細胞を播種するための初期位置)に設置されたことを検出する。
【0072】
ステップS33において、細胞供給制御部454は、培養細胞供給装置330によって、第1位置に設置された培養容器内に、培養細胞が懸濁した培地を供給する。ステップS33の処理が施された培養容器は、搬送装置310の搬送動作によって、初代の培養細胞を培養するための第1の培養器400の位置に搬送される。
ステップS34において、培養制御部460は、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、第1の培養器400における培養環境を制御する。このとき、第1の培養器400内には、搬送装置310によって搬送された培養容器が設置された状態となり、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに基づく培養が行われた後、初代の培養細胞が培養された培養容器は、第1の培養器400から外部に搬送される。
【0073】
ステップS35において、培地除去制御部456は、培地除去装置350によって、第1の培養器400から外部に搬送された培養容器内の不要な培地を除去する。
ステップS36において、タンパク質分解酵素供給制御部457は、タンパク質分解酵素供給装置360によって、不要な培地が除去された培養容器内に、培養細胞の接着力を低下させるためのタンパク質分解酵素(トリプシン等)を供給する。ステップS35の処理が施された培養容器は、搬送装置310の搬送動作によって、細胞の接着力を低下させるための第2の培養器400の位置に搬送される。
【0074】
ステップS37において、培養制御部460は、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、第2の培養器400における培養環境を制御する。このとき、第2の培養器400内には、搬送装置310によって搬送された培養容器が設置された状態となり、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに基づくタンパク質の分解処理が行われた後、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器は、第2の培養器400から外部に搬送される。
ステップS38において、タンパク質分解酵素除去制御部458は、タンパク質分解酵素除去装置370によって、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器内の不要なタンパク質分解酵素(トリプシン等)を除去する。
【0075】
ステップS39において、培地供給制御部455は、培地供給装置340によって、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器内に、継代培養に必要な量の培地を供給する。
ステップS40において、搬送制御部461は、振動付与部380によって、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器に強制振動を付与する。本実施形態においては、上述したように、搬送装置310において、継代培養が行われる搬送区間の一部が強制振動付与のための領域として割り当てられていることから、培養容器が搬送装置310に搬送されることで、接着力が低下された培養細胞が剥離される。
【0076】
ステップS41において、培養容量制御部459は、培養容量管理装置390によって、継代培養が行われる培養容器(可変容量培養容器200)の培養領域を拡大する処理を実行する。これにより、可変容量培養容器200の内側仕切部材204が取り外され、培養領域が小領域から中領域に拡大される。ステップS41の処理が施された培養容器は、搬送装置310の搬送動作によって、初回の継代培養のための第3の培養器400の位置に搬送される。
ステップS42において、培養制御部460は、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、第3の培養器400における培養環境を制御する。このとき、第3の培養器400内には、搬送装置310によって搬送された培養容器が設置された状態となり、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに基づく培養が行われた後、初回の継代培養が行われた培養容器は、第3の培養器400から外部に搬送される。
【0077】
ステップS43において、培地除去制御部456は、培地除去装置350によって、第3の培養器400から外部に搬送された培養容器内の不要な培地を除去する。
ステップS44において、タンパク質分解酵素供給制御部457は、タンパク質分解酵素供給装置360によって、不要な培地が除去された培養容器内に、培養細胞の接着力を低下させるためのタンパク質分解酵素(トリプシン等)を供給する。ステップS44の処理が施された培養容器は、搬送装置310の搬送動作によって、細胞の接着力を低下させるための第4の培養器400の位置に搬送される。
【0078】
ステップS45において、培養制御部460は、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、第4の培養器400における培養環境を制御する。このとき、第4の培養器400内には、搬送装置310によって搬送された培養容器が設置された状態となり、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに基づくタンパク質の分解処理が行われた後、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器は、第4の培養器400から外部に搬送される。
【0079】
ステップS46において、タンパク質分解酵素除去制御部458は、タンパク質分解酵素除去装置370によって、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器内の不要なタンパク質分解酵素(トリプシン等)を除去する。
ステップS47において、培地供給制御部455は、培地供給装置340によって、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器内に、継代培養に必要な量の培地を供給する。
ステップS48において、搬送制御部461は、振動付与部380によって、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器に強制振動を付与する。本実施形態においては、上述したように、搬送装置310において、継代培養が行われる搬送区間の一部が強制振動付与のための領域として割り当てられていることから、培養容器が搬送装置310に搬送されることで、接着力が低下された培養細胞が剥離される。
【0080】
ステップS49において、培養容量制御部459は、培養容量管理装置390によって、継代培養が行われる培養容器(可変容量培養容器200)の培養領域を拡大する処理を実行する。これにより、可変容量培養容器200の外側仕切部材203が取り外され、培養領域が中領域から大領域に拡大される。ステップS49の処理が施された培養容器は、搬送装置310の搬送動作によって、2回目の継代培養のための第5の培養器400の位置に搬送される。
ステップS50において、培養制御部460は、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに従って、ヒータあるいは加湿器等を動作させることにより、第5の培養器400における培養環境を制御する。このとき、第5の培養器400内には、搬送装置310によって搬送された培養容器が設置された状態となり、パラメータ設定部451によって設定された培養環境制御のパラメータに基づく培養が行われた後、2回目の継代培養が行われた培養容器は、第5の培養器400から外部に搬送される。
【0081】
ステップS51において、細胞処理システム300における細胞培養のための工程が終了し、培養容器が搬送装置310のラインから所定の保管位置に移送される。
なお、ここでは、継代培養を2回行う場合を例に挙げて細胞培養制御処理を説明したが、継代培養を1回または3回以上行うこととしてもよい。
【0082】
以上のように、本実施形態における細胞処理システム300は、細胞の継代培養を行う場合に、初代の培養細胞を培養した後、タンパク質分解酵素(トリプシン等)により、培養容器内の培養細胞の接着力を低下させる処理を行い、接着力が低下された培養細胞に培地を加えた後、物理的刺激(強制振動等)を与えることによって、培養細胞を剥離する。そして、細胞処理装置100は、培養領域が拡大された同一の培養容器において、培養容量を拡大して継代培養を行う。
また、細胞処理システム300は、細胞処理方法における各工程を自動化し、初代の培養細胞を培養する工程及び継代培養の工程を含む主要な工程を作業員による手作業を要することなく実行することを可能としている。
このような処理により、タンパク質分解酵素によって細胞を剥離する場合に比べ、タンパク質分解酵素の作用によって細胞が受けるダメージを抑制することができる。また、遠心分離等によって培養細胞を取り出す場合に比べ、継代培養に要する作業負担を低下させ、効率を高めることができる。さらに、細胞処理方法の各工程を自動化できると共に、培養細胞の大量生産を行うことが容易となる。
したがって、本実施形態における細胞処理システム300によれば、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することができる。
【0083】
[変形例]
次に、本発明の各種変形例について説明する。
上述の実施形態において説明した細胞処理方法は、本発明の基本的な実施例を示したものであり、以下のように変形した形態として、本発明を実施することが可能である。
【0084】
[変形例1]
上述の実施形態においては、可変容量培養容器200に外側仕切部材203及び内側仕切部材204をそれぞれ1つ設置し、1つの小領域を拡大して、1つの中領域を形成する場合を例に挙げて説明したが、これに限られない。
例えば、可変容量培養容器200内に、外側仕切部材203によって中領域を1つ、外側仕切部材203の枠内(中領域内)に、内側仕切部材204によって小領域を複数設置し、複数の小領域を拡大して、1つの中領域を形成する構成としてもよい。
【0085】
図16は、可変容量培養容器200内に中領域を1つ、中領域内に小領域を複数設置した場合の細胞培養方法の工程例を示す模式図である。
図16(A)に示すように、外側仕切部材203の枠内(中領域内)に、小領域を複数(
図16においては4つ)設置し、それぞれの小領域において、初代の培養細胞を培養することができる。
すると、
図16(B)に示すように、小領域において接着細胞が培養され、細胞数が増加する。
【0086】
このように初代の培養細胞が培養された小領域それぞれにおいて、タンパク質分解酵素(トリプシン等)によって培養細胞の接着力を低下させ、タンパク質分解酵素を除去した後に培地を供給し、培養容器に強制振動を付与する。
すると、
図16(C)に示すように、各小領域において、剥離された培養細胞が培地に懸濁した状態が形成される。
この状態において、内側仕切部材204を取り外すと、
図16(D)に示すように、中領域に培養細胞が懸濁した培地が流出する。
【0087】
さらに、培養容器を設定された培養環境で培養することにより、
図16(E)に示すように、中領域において培養細胞が増加し、小領域から中領域における継代培養が実現される。
このような細胞処理方法とすることで、中領域における複数の位置に小領域が設置されることから、中領域に培養領域を拡大した初期状態において、培養細胞の分布をより均等化することができる。
そのため、継代培養を行う際に、中領域全体に培養細胞が増殖し易い状態を形成することができる。
なお、本変形例では、中領域の内部に複数の小領域を形成する場合を例に挙げて説明したが、大領域の中に複数の中領域を形成することとしてもよい。
【0088】
[変形例2]
変形例1おいて、可変容量培養容器200内に、外側仕切部材203によって中領域を1つ、外側仕切部材203の枠内(中領域内)に、内側仕切部材204によって小領域を複数設置し、複数の小領域を拡大して、1つの中領域を形成する構成例について説明したが、このとき、複数の小領域で培養する細胞を異種のものとすることができる。
図17は、可変容量培養容器200内に中領域を1つ、中領域内に小領域を複数設置し、複数の小領域において異種の細胞を培養する場合の細胞培養方法の工程例を示す模式図である。
【0089】
図17(A)に示すように、外側仕切部材203の枠内(中領域内)に、小領域を複数(
図17においては2つ)設置し、それぞれの小領域において、異種(細胞腫C1及びC2)の初代の培養細胞を培養することができる。
すると、
図17(B)に示すように、それぞれの小領域において、異種の接着細胞が培養され、それぞれの種類の細胞数が増加する。
このように初代の培養細胞が培養された小領域それぞれにおいて、タンパク質分解酵素(トリプシン等)によって培養細胞の接着力を低下させ、タンパク質分解酵素を除去した後に培地を供給し、培養容器に強制振動を付与する。
【0090】
すると、
図17(C)に示すように、各小領域において、剥離された異種の培養細胞が培地に懸濁した状態が形成される。
この状態において、内側仕切部材204を取り外すと、
図17(D)に示すように、中領域に異種の培養細胞が懸濁した培地が流出し、異種の培養細胞が混合された培地が中領域内に形成される。
さらに、培養容器を設定された培養環境で培養することにより、
図17(E)に示すように、中領域において異種の培養細胞が増加し、小領域から中領域における異種の培養細胞の継代培養が実現される。
【0091】
このような細胞処理方法とすることで、小領域において、異種の培養細胞を一定の密度で培養し、細胞数が増加された異種の培養細胞を中領域に拡大して、異種の細胞を混合した継代培養を行うことができる。
そのため、継代培養を行う際に、異種の培養細胞を混合した細胞培養結果を容易に得ることができる。
なお、本変形例では、中領域の内部に複数の小領域を形成し、各小領域において異種の培養細胞を培養する場合を例に挙げて説明したが、大領域の中に複数の中領域を形成し、各中領域において異種の培養細胞を培養することとしてもよい。
【0092】
[変形例3]
上述の実施形態及び変形例において、小領域、中領域及び大領域それぞれにおいて、底面の形状を同一(平面)として培養細胞を培養する場合を例に挙げて説明したが、これに限られない。
例えば、小領域と中領域とで、培養領域の底面の形状を異なるものとすることができる。一例として、小領域の底面を平面とすると共に、中領域の底面に凹部(半球状の窪み等)を形成して培養細胞を培養することが可能である。
図18は、小領域の底面を平面、中領域の底面に凹部(半球状の窪み)を形成して培養細胞を培養する場合の細胞処理方法の工程例を示す模式図である。
【0093】
図18(A)に示すように、初めに、底面が平面である小領域において初代の培養細胞を培養した後、小領域において、タンパク質分解酵素(トリプシン等)によって培養細胞の接着力を低下させ、タンパク質分解酵素を除去した後に培地を供給し、培養容器に強制振動を付与する。
すると、
図18(B)に示すように、小領域において、剥離された培養細胞が培地に懸濁した状態が形成される。
この状態において、内側仕切部材204を取り外すと、
図18(C)に示すように、中領域に培養細胞が懸濁した培地が流出する。このとき、中領域の底面には凹部が形成されていることから、剥離された培養細胞の一部が凹部に集約された状態となる。
【0094】
この状態において、さらに、培養容器を設定された培養環境で培養すると、中領域の凹部に集約された培養細胞は、細胞塊(スフェロイド)を形成する。即ち、中領域底面の凹部は、3次元的な細胞の培養が行われる環境を提供するものとなる。
【0095】
このような細胞処理方法とすることで、小領域において、2次元的に接着細胞を培養し、中領域に拡大して継代培養を行うタイミングで、3次元的に細胞塊(スフェロイド)を形成することが可能となる。
そのため、継代培養を行いながら、2次元的な細胞の培養と、3次元的な細胞の培養とを併せて実行することが可能となる。
なお、本変形例では、中領域の底面に凹部を形成する場合を例に挙げて説明したが、大領域の底面または小領域の底面に凹部を形成し、これらの凹部で細胞塊(スフェロイド)を形成することとしてもよい。
【0096】
なお、本発明は、本発明の効果を奏する範囲で変形、改良等を適宜行うことができ、上述の実施形態に限定されない。
例えば、本発明の細胞処理方法を実行する際に、継代培養を行う工程の必要なタイミングにおいて、洗浄液により培養細胞を洗浄する工程を適宜追加することができる。
これにより、培養によって得られる細胞数を増加させたり、培養される細胞の品質を高めたりすることが可能となる。
【0097】
また、上述の実施形態において、培養容器の材質として、ガラスまたはPDMSを用いる場合を例に挙げて説明したが、これに限られない。例えば、培養容器を構成する部材の一部または全部をシリコーン製の部材(シリコーンゴムあるいはシリコーン樹脂等)とすることが可能である。
本発明の細胞処理方法では、接着力が低下された培養細胞に対し、超音波による共振等ではなく、強制振動で剥離を行うことができるため、シリコーン等の柔軟性を有する部材であっても、培養細胞の剥離を容易に行うことができる。
【0098】
また、上述の実施形態及び変形例を適宜組み合わせて、本発明を実施することが可能である。
上述の実施形態における制御のための処理は、ハードウェア及びソフトウェアのいずれにより実行させることも可能である。
即ち、上述の処理を実行できる機能が細胞処理装置100あるいは細胞処理システム300に備えられていればよく、この機能を実現するためにどのような機能構成及びハードウェア構成とするかは上述の例に限定されない。
【0099】
なお、上記実施形態は、本発明を適用した一例を示しており、本発明の技術的範囲を限定するものではない。即ち、本発明は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、省略や置換等、種々の変更を行うことができ、上記実施形態以外の各種実施形態を取ることが可能である。本発明が取ることができる各種実施形態及びその変形は、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【0100】
以上のように構成される細胞処理装置100は、培養制御部53と、振動制御部54と、を備えている。
培養制御部53は、培養された培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる。
振動制御部54は、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、培養細胞を剥離させる。
培養制御部53は、振動制御部54によって剥離された培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行う。
これにより、タンパク質分解酵素によって細胞を剥離する場合に比べ、タンパク質分解酵素の作用によって細胞が受けるダメージを抑制することができる。また、遠心分離等によって培養細胞を取り出す場合に比べ、継代培養に要する作業負担を低下させ、効率を高めることができる。
したがって、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することができる。
【0101】
培養容器は、初代の培養細胞を培養するための第1の培養領域と、
第1の培養領域を仕切る仕切部材を取り外すことで形成され、第1の培養領域より大きい培養容量の第2の培養領域と、を備える。
培養制御部53は、第1の培養領域で初代の培養細胞を培養した後、第1の培養領域における培養細胞の接着力を低下させる。
振動制御部54は、第1の培養領域の前記培養細胞を剥離させる。
培養制御部53は、第1の培養領域の初代の培養細胞を、振動制御部54が剥離させた後に形成された第2の培養領域において、設定された培養環境で培養する。
これにより、より大きい培養領域に拡大しながら、細胞の継代培養を実行することができる。
【0102】
培養容器は、第2の培養領域を仕切る仕切部材を取り外すことで形成され、第2の培養領域より大きい培養容量の第3の培養領域を備える。
培養制御部53は、第2の培養領域で継代された培養細胞を培養した後、第2の培養領域における培養細胞の接着力を低下させる。
振動制御部54は、第2の培養領域の前記培養細胞を剥離させる。
培養制御部53は、第2の培養領域の継代された培養細胞を、振動制御部54が剥離させた後に形成された第3の培養領域において、設定された培養環境で培養する。
これにより、初代の培養細胞から継代された培養細胞を、第2の培養領域よりも培養容量が大きい第3の培養領域において、さらに継代することができる。
したがって、本発明の細胞処理方法を用いて、継代を繰り返して目的とする培養細胞を適切に取得することができる。
【0103】
培養制御部53は、物理的刺激として、強制振動、衝撃力または流体による刺激を接着力が低下された培養細胞に付与することで、培養細胞を剥離させる。
これにより、タンパク質分解酵素に対する浸漬時間を抑制し、細胞に与えられるダメージを軽減しながら、細胞の継代培養を行うことができる。
【0104】
また、本発明の細胞処理システム300は、搬送装置310と、培養制御部460と、振動付与部380と、を備えている。
搬送装置310は、処理対象となる培養容器を細胞の培養のための工程が実行される位置に搬送する。
培養制御部460は、培養容器に播種された処理対象となる培養細胞を設定された培養環境で培養する。
培養制御部460は、培養された培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる。
振動付与部380は、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、培養細胞を剥離させる。
培養制御部460は、振動付与部380によって剥離された培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行う。
これにより、タンパク質分解酵素によって細胞を剥離する場合に比べ、タンパク質分解酵素の作用によって細胞が受けるダメージを抑制することができる。また、遠心分離等によって培養細胞を取り出す場合に比べ、継代培養に要する作業負担を低下させ、効率を高めることができる。さらに、細胞処理方法の各工程を自動化できると共に、培養細胞の大量生産を行うことが容易となる。
したがって、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することができる。
【0105】
振動付与部380は、搬送装置310によって培養容器が搬送される工程で発生する振動を物理的刺激として培養容器に付与することにより、培養細胞を剥離させる。
これにより、加振装置等の振動付与設備を別途備える必要がないため、より低コストかつ効率的に、培養細胞を剥離させることができる。
【0106】
また、本発明の細胞処理方法は、細胞培養工程と、接着力低下工程と、細胞剥離工程と、を含む。
細胞培養工程では、培養容器に播種された処理対象となる培養細胞を設定された培養環境で培養する。
接着力低下工程では、培養された培養細胞にタンパク質分解酵素を作用させて接着力を低下させる。
物理的刺激付与工程では、接着力が低下された培養細胞を含む培養容器に培地を添加し、物理的刺激を付与することにより、培養細胞を剥離させる。
第1継代培養工程では、物理的刺激付与工程において剥離された培養細胞を設定された培養環境で培養することにより、細胞の継代培養を行う。
これにより、タンパク質分解酵素によって細胞を剥離する場合に比べ、タンパク質分解酵素の作用によって細胞が受けるダメージを抑制することができる。また、遠心分離等によって培養細胞を取り出す場合に比べ、継代培養に要する作業負担を低下させ、効率を高めることができる。
したがって、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能な細胞の継代培養技術を実現することができる。
【0107】
物理的刺激付与工程では、物理的刺激として、強制振動、衝撃力または流体による刺激を接着力が低下された培養細胞に付与することで、培養細胞を剥離させる。
これにより、タンパク質分解酵素に対する浸漬時間を抑制し、細胞に与えられるダメージを軽減しながら、細胞の継代培養を行うことができる。
【0108】
第1継代培養工程で培養された培養細胞に対し、接着力低下工程によって接着力を低下させ、物理的刺激付与工程によって培養細胞が剥離された後、設定された培養環境で培養を行う第2継代培養工程をさらに含む。
本発明の細胞処理方法を用いて、継代を繰り返して目的とする培養細胞を適切に取得することができる。
【0109】
培養細胞の継代が行われる場合、継代の前に培養細胞が培養された培養領域よりも、継代の後に培養細胞が培養される培養領域の方が培養容量を拡大される。
これにより、継代を行いながら培養される細胞の数を適切に増加させることができるため、より高品質な細胞をより効率的に得ることが可能となる。
【0110】
培養細胞の継代が行われる場合、継代の前に培養細胞が培養される培養領域が複数設置され、継代の後に培養細胞が培養される培養領域は、継代の前に培養細胞が培養された複数の培養領域を包含し、当該複数の培養領域全体よりも培養容量が拡大された培養領域とされる。
これにより、継代の前に培養細胞が培養される培養領域が複数設置されるため、培養領域を拡大した初期状態において、拡大後の培養領域において、培養細胞の分布をより均等化することができる。
そのため、継代培養を行う際に、継代の後に培養細胞が培養される培養領域全体に培養細胞が増殖し易い状態を形成することができる。
【0111】
継代の前に培養細胞が培養される複数の培養領域には、異なる種類の培養細胞が培養され、継代の後に培養細胞が培養される培養領域において、異なる種類の培養細胞が混合して培養される。
これにより、継代の前に培養細胞が培養される培養領域において、異種の培養細胞を一定の密度で培養し、細胞数が増加された異種の培養細胞を、継代の後に培養細胞が培養される培養領域に拡大して、異種の細胞を混合した継代培養を行うことができる。
そのため、継代培養を行う際に、異種の培養細胞を混合した細胞培養結果を容易に得ることができる。
【0112】
培養細胞の継代が行われる場合、継代の後に培養細胞が培養される培養領域に凹部が形成され、継代の後に培養された培養細胞の少なくとも一部は、凹部内で細胞塊を形成する。
これにより、継代の前に培養細胞が培養される培養領域において、2次元的に接着細胞を培養し、継代の後に培養細胞が培養される培養領域に拡大して継代培養を行うタイミングで、3次元的に細胞塊(スフェロイド)を形成することが可能となる。
そのため、継代培養を行いながら、2次元的な細胞の培養と、3次元的な細胞の培養とを併せて実行することが可能となる。
【符号の説明】
【0113】
100 細胞処理装置、110,400 培養器(インキュベータ)、120 加振ユニット、130 制御ユニット、200 可変容量培養容器、201 基板、202 側壁部材、203 外側仕切部材、203a,204a 貫通穴、204 内側仕切部材、205 天板、205a 突起部、51 パラメータ設定部、52 センサ情報取得部、53,460 培養制御部、54 振動制御部、300 細胞処理システム、310 搬送装置、320 移載装置、330 培養細胞供給装置、340 培地供給装置、350 培地除去装置、360 タンパク質分解酵素供給装置、370 タンパク質分解酵素除去装置、380 振動付与部、390 培養容量管理装置、410 制御装置、451 パラメータ設定部、452 センサ情報取得部、453 撮像制御部、454 細胞供給制御部、455 培地供給制御部、456 培地除去制御部、457 タンパク質分解酵素供給制御部、458 タンパク質分解酵素除去制御部、459 培養容量制御部、461 搬送制御部