IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 王子ホールディングス株式会社の特許一覧

特開2025-48575積層シートの製造方法および積層体の製造方法
<>
  • 特開-積層シートの製造方法および積層体の製造方法 図1
  • 特開-積層シートの製造方法および積層体の製造方法 図2
  • 特開-積層シートの製造方法および積層体の製造方法 図3
  • 特開-積層シートの製造方法および積層体の製造方法 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025048575
(43)【公開日】2025-04-03
(54)【発明の名称】積層シートの製造方法および積層体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C09D 201/00 20060101AFI20250327BHJP
   B05D 7/00 20060101ALI20250327BHJP
   B05D 7/04 20060101ALI20250327BHJP
   B05D 7/24 20060101ALI20250327BHJP
   B05D 1/36 20060101ALI20250327BHJP
   B29C 65/48 20060101ALI20250327BHJP
   B29C 65/70 20060101ALI20250327BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20250327BHJP
   C09D 169/00 20060101ALI20250327BHJP
   C09D 167/00 20060101ALI20250327BHJP
【FI】
C09D201/00
B05D7/00 A
B05D7/04
B05D7/24 302T
B05D7/24 302C
B05D7/24 303E
B05D7/24 303G
B05D1/36 Z
B29C65/48
B29C65/70
C09D5/00 D
C09D169/00
C09D167/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023157458
(22)【出願日】2023-09-22
(71)【出願人】
【識別番号】000122298
【氏名又は名称】王子ホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002620
【氏名又は名称】弁理士法人大谷特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】才 貴史
(72)【発明者】
【氏名】伏見 速雄
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 利奈
(72)【発明者】
【氏名】砂川 寛一
【テーマコード(参考)】
4D075
4F211
4J038
【Fターム(参考)】
4D075AC25
4D075AE03
4D075BB05Z
4D075BB16X
4D075BB21Z
4D075BB24Z
4D075BB60Z
4D075BB91Z
4D075BB93Z
4D075CA13
4D075CA47
4D075CA48
4D075CB06
4D075DA04
4D075DB48
4D075DC01
4D075DC13
4D075DC24
4D075EA05
4D075EA07
4D075EB07
4D075EB35
4D075EB38
4D075EB51
4D075EB56
4D075EC07
4D075EC22
4D075EC30
4D075EC53
4D075EC54
4F211AA01B
4F211AA24
4F211AA28
4F211AB11A
4F211AG01
4F211AG03
4F211AH73
4F211AR08
4F211TA03
4F211TA08
4F211TC02
4F211TD11
4F211TH02
4F211TH11
4F211TH27
4F211TN47
4F211TN63
4F211TN85
4F211TQ10
4J038BA022
4J038DD001
4J038DE001
4J038DG302
4J038KA19
4J038NA01
4J038NA12
4J038PA07
4J038PB05
4J038PB08
4J038PC08
(57)【要約】
【課題】繊維層と樹脂層の層間密着性に優れる積層シートの製造方法および当該積層シートの製造方法により得られる積層シートを用いた積層体の製造方法を提供する。
【解決手段】熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂層(1A)および繊維層をこの順に有する積層シートの製造方法であって、下記工程1~3を有する積層シートの製造方法。
工程1:熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂と、ブロックイソシアネート化合物とを含む樹脂層(1A)形成用塗工液を塗工し、特定の温度で乾燥して、樹脂層(1a)を形成する工程
工程2:樹脂層(1a)の熱可塑性樹脂基材とは反対側の面に、樹脂と、繊維幅1nm以上1,000nm以下の微細繊維状セルロースとを含む繊維層形成用塗工液を塗工し、特定の温度で乾燥して、繊維層を形成する工程
工程3:繊維層が形成されたシートを特定の温度で加熱して樹脂層(1A)を形成する工程
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂層(1A)および繊維層をこの順に有する積層シートの製造方法であって、
下記工程1~3を有し、
工程1:熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂と、ブロックイソシアネート化合物とを含む樹脂層(1A)形成用塗工液を塗工乾燥して、樹脂層(1a)を形成する工程
工程2:樹脂層(1a)の熱可塑性樹脂基材とは反対側の面に、樹脂と、繊維幅1nm以上1,000nm以下の微細繊維状セルロースとを含む繊維層形成用塗工液を塗工乾燥して、繊維層を形成する工程
工程3:繊維層が形成されたシートを加熱して樹脂層(1A)を形成する工程
工程1および2の乾燥温度が、ブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度未満であり、かつ、工程3の加熱温度がブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度以上である、
積層シートの製造方法。
【請求項2】
工程1の乾燥温度が70℃以上95℃以下である、請求項1に記載の積層シートの製造方法。
【請求項3】
工程2の乾燥温度が70℃以上100℃以下である、請求項1または2に記載の積層シートの製造方法。
【請求項4】
工程3の加熱温度が110℃以上130℃以下である、請求項1または2に記載の積層シートの製造方法。
【請求項5】
熱可塑性樹脂基材を構成する熱可塑性樹脂が、ポリカーボネートおよびポリエチレンテレフタレートよりなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項1または2に記載の積層シートの製造方法。
【請求項6】
樹脂層(1A)形成用塗工液がポリカーボネートを含む、請求項1または2に記載の積層シートの製造方法。
【請求項7】
繊維層形成用塗工液が含有する固形分中、微細繊維状セルロースの含有量が50質量%以上である、請求項1または2に記載の積層シートの製造方法。
【請求項8】
さらに、下記工程4を有する、請求項1または2に記載の積層シートの製造方法。
工程4:繊維層の樹脂層(1A)とは反対側の面に、樹脂と、イソシアネート化合物およびブロックイソシアネート化合物よりなる群から選択される少なくとも1種とを含む樹脂層(2A)形成用塗工液を塗工乾燥して、樹脂層(2a)を形成する工程
【請求項9】
工程4の乾燥温度が60℃以上85℃以下である、請求項8に記載の積層シートの製造方法。
【請求項10】
さらに、下記工程5を有する請求項8に記載の積層シートの製造方法。
工程5:工程4を経たシートを加熱して樹脂層(2A)を形成する工程
【請求項11】
工程5の加熱温度が80℃以上135℃以下である、請求項10に記載の積層シートの製造方法。
【請求項12】
樹脂層(2A)形成用塗工液がポリカーボネートを含む、請求項8に記載の積層シートの製造方法。
【請求項13】
樹脂層(2A)形成用塗工液がイソシアネート化合物を含む、請求項8に記載の積層シートの製造方法。
【請求項14】
ブロックイソシアネート化合物がヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアナト基がブロックされてなる化合物である、請求項1または2に記載の積層シートの製造方法。
【請求項15】
請求項10に記載の積層シートの製造方法により得られた積層シートの樹脂層(2A)と、樹脂板とを接着させることを含む、積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層シートの製造方法および積層体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、石油資源の代替および環境意識の高まりから、再生産可能な天然繊維を利用した材料が着目されている。天然繊維の中でも、繊維幅が10μm以上50μm以下の繊維状セルロース、特に木材由来の繊維状セルロース(パルプ)は、主に紙製品としてこれまで幅広く使用されてきた。
繊維状セルロースとしては、繊維幅が1,000nm以下の微細繊維状セルロースも知られている。また、このような微細繊維状セルロースから構成されるシートや、微細繊維状セルロースと樹脂とを含む複合シート、および成形体が開発されている。
【0003】
特許文献1には、微細繊維状セルロースを含む繊維層と樹脂層を有する積層シートであって、高い透明性を有し、かつ着色が抑制された積層シートを提供することを目的として、繊維層と、前記繊維層の少なくとも一方の面に配される樹脂層と、を有する積層シートであって、前記繊維層は、置換基導入量が0.5mmol/g未満であり、かつ繊維幅が1~10nmである繊維状セルロースを含む、積層シートが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2021-181673号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1には上記積層シートが、光学部材、および、各種乗り物や建物の窓材等の用途に適していると記載されている。本発明者らの検討により、上記積層シートを上記用途に用いた場合に、上記積層シートの補強材としての機能を高めるためには、繊維層を厚くすることが必要であり、さらに、繊維層を厚くするためには、繊維層と樹脂層の層間密着性を向上させる必要があることがわかった。
本発明は、繊維層と樹脂層の層間密着性に優れる積層シートの製造方法および当該積層シートの製造方法により得られる積層シートを用いた積層体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、繊維層および樹脂層の形成工程を含む積層シートの製造方法において、特定のイソシアネート化合物を用いて樹脂層を形成すること、繊維層および樹脂層の形成工程における乾燥または加熱する温度を、工程ごとに、特定のイソシアネート化合物の解離温度未満または以上に制御することにより、上記課題を解決できることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の<1>~<15>に関する。
<1>熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂層(1A)および繊維層をこの順に有する積層シートの製造方法であって、
下記工程1~3を有し、
工程1:熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂と、ブロックイソシアネート化合物とを含む樹脂層(1A)形成用塗工液を塗工乾燥して、樹脂層(1a)を形成する工程
工程2:樹脂層(1a)の熱可塑性樹脂基材とは反対側の面に、樹脂と、繊維幅1nm以上1,000nm以下の微細繊維状セルロースとを含む繊維層形成用塗工液を塗工乾燥して、繊維層を形成する工程
工程3:繊維層が形成されたシートを加熱して樹脂層(1A)を形成する工程
工程1および2の乾燥温度が、ブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度未満であり、かつ、工程3の加熱温度がブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度以上である、
積層シートの製造方法。
<2>工程1の乾燥温度が70℃以上95℃以下である、<1>に記載の積層シートの製造方法。
<3>工程2の乾燥温度が70℃以上100℃以下である、<1>または<2>に記載の積層シートの製造方法。
<4>工程3の加熱温度が110℃以上130℃以下である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
<5>熱可塑性樹脂基材を構成する熱可塑性樹脂が、ポリカーボネートおよびポリエチレンテレフタレートよりなる群から選択される少なくとも1種を含む、<1>~<4>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
<6>樹脂層(1A)形成用塗工液がポリカーボネートを含む、<1>~<5>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
<7>繊維層形成用塗工液が含有する固形分中、微細繊維状セルロースの含有量が50質量%以上である、<1>~<6>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
<8>さらに、下記工程4を有する、<1>~<7>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
工程4:繊維層の樹脂層(1A)とは反対側の面に、樹脂と、イソシアネート化合物およびブロックイソシアネート化合物よりなる群から選択される少なくとも1種とを含む樹脂層(2A)形成用塗工液を塗工乾燥して、樹脂層(2a)を形成する工程
<9>工程4の乾燥温度が60℃以上85℃以下である、<8>に記載の積層シートの製造方法。
<10>さらに、下記工程5を有する<8>または<9>に記載の積層シートの製造方法。
工程5:工程4を経たシートを加熱して樹脂層(2A)を形成する工程
<11>工程5の加熱温度が80℃以上135℃以下である、<10>に記載の積層シートの製造方法。
<12>樹脂層(2A)形成用塗工液がポリカーボネートを含む、<8>~<11>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
<13>樹脂層(2a)がイソシアネート化合物を含有する、<8>~<12>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
<14>ブロックイソシアネート化合物がヘキサメチレンジイソシアネートのイソシアナト基がブロックされてなる化合物である、<1>~<13>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法。
<15><10>~<14>のいずれか1つに記載の積層シートの製造方法により得られた積層シートの樹脂層(2A)と、樹脂板とを接着させることを含む、積層体の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、繊維層と樹脂層の層間密着性に優れる積層シートの製造方法および当該積層シートの製造方法により得られる積層シートを用いた積層体の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、本発明の一実施形態の積層シートの製造方法により得られる積層シートの構成を説明する断面図である。
図2図2は、本発明の別の一実施形態の積層シートの製造方法により得られる積層シートの構成を説明する断面図である。
図3図3は、リンオキソ酸基を有する繊維状セルロース含有スラリーに対するNaOH滴下量とpHの関係を示すグラフである。
図4図4は、カルボキシ基を有する繊維状セルロース含有スラリーに対するNaOH滴下量とpHの関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を説明する。なお、本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、本明細書において、数値範囲の上限および下限は任意に組み合わせることができる。また、本明細書において、積層シートの各層形成用塗工液が含有する成分(必須成分)および含有し得る成分(任意成分)は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0011】
[積層シートの製造方法]
本実施形態の積層シートの製造方法は、熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂層(1A)および繊維層をこの順に有する積層シートの製造方法であって、
下記工程1~3を有し、
工程1:熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂と、ブロックイソシアネート化合物とを含む樹脂層(1A)形成用塗工液を塗工乾燥して、樹脂層(1a)を形成する工程
工程2:樹脂層(1a)の熱可塑性樹脂基材とは反対側の面に、樹脂と、繊維幅1nm以上1,000nm以下の微細繊維状セルロースとを含む繊維層形成用塗工液を塗工乾燥して、繊維層を形成する工程
工程3:繊維層が形成されたシートを加熱して樹脂層(1A)を形成する工程
工程1および2の乾燥温度が、ブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度未満であり、かつ、工程3の加熱温度がブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度以上である。
【0012】
本実施形態の積層シートの製造方法により得られる積層シートは、繊維層と樹脂層の層間密着性に優れる。このメカニズムは以下のように推測される。
工程1および2の乾燥温度が、ブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度未満であるため、工程1および2でブロック剤が解離してイソシアナト基が繊維層の樹脂と反応する前に消費されるのを防ぐことができる。そして、工程3でブロック剤の解離温度以上の温度で加熱することにより、イソシアネート化合物からブロック剤を解離させて、イソシアナト基を樹脂層(1a)および繊維層中の樹脂と反応させることができる。このように、本実施形態の積層シートの製造方法によれば、イソシアネート化合物の密着助剤としての機能を効果的に発現させられることが、上述の層間密着性に優れる一因と考えられる。本実施形態の積層シートの製造方法により得られる積層シートは、繊維層と樹脂層の層間密着性に優れることから、従来の積層シートよりも繊維層を厚くすることができ、補強材としての機能を高めることができると考えられる。
なお、上記メカニズムは推測によるものであり、本発明はこれに制限されるものではない。
【0013】
〔工程1〕
工程1は、熱可塑性樹脂基材の少なくとも一方の面に、樹脂と、ブロックイソシアネート化合物とを含む樹脂層(1A)形成用塗工液を塗工乾燥して、樹脂層(1a)を形成する工程である。
【0014】
<熱可塑性樹脂基材>
熱可塑性樹脂基材を構成する熱可塑性樹脂は特に制限されないが、ポリカーボネートおよびポリエチレンテレフタレートよりなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、ポリカーボネートまたはポリエチレンテレフタレートを含むことが好ましい。
熱可塑性樹脂基材を構成する熱可塑性樹脂中、ポリカーボネートおよびポリエチレンテレフタレートの含有量は、合計で、好ましくは85質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、そして、100質量%以下である。
【0015】
<樹脂層(1A)形成用塗工液>
樹脂層(1A)形成用塗工液は、樹脂と、ブロックイソシアネート化合物とを含む。
【0016】
(樹脂)
樹脂は、繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、ポリカーボネート、アクリル樹脂、ポリウレタン、ポリエステル、およびエポキシ樹脂が好ましく、ポリカーボネートがより好ましい。
樹脂中、ポリカーボネートの含有量は、好ましくは85質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、そして、100質量%以下であり、好ましくは100質量%である。なお、本明細書において、「ポリカーボネート」とは、構成単位がカーボネート基(-O-(C=O)-O-)を介して繰り返し結合している部位を含む樹脂を意味する。
【0017】
(ブロックイソシアネート化合物)
ブロックイソシアネート化合物とは、「ポリイソシアネート化合物のイソシアナト基をブロック剤で保護した構造を有する化合物」を意味する。ブロック剤の解離温度は、工程1および工程2における乾燥温度超、かつ、工程3の加熱温度未満であれば特に制限されず、たとえば110℃以上130℃以下である。ブロック剤の解離温度は、「示差走査熱量計を用いて、DSC(Differential scanning calorimetry)分析にて測定した場合における、ブロックイソシアネート化合物の脱保護反応に伴う吸熱ピークの温度」を意味する。示差走査熱量計としては、たとえば、株式会社日立ハイテク製の示差走査熱量計(NEXTA STA200)が挙げられる。
【0018】
解離温度が110℃以上130℃以下のブロック剤としては、たとえば、アミン系ブロック剤(アミン化合物)、オキシム系ブロック剤(「>C=N-OH」を有する化合物)、およびスズ触媒を添加したフェノール系ブロック剤(フェノール化合物)が挙げられる。
アミン系ブロック剤としては、たとえば、ジフェニルアミン、アニリンおよびプロピルアミンが挙げられる。
オキシム系ブロック剤としては、たとえば、メチルエチルケトンオキシムが挙げられる。
フェノール系ブロック剤としては、たとえば、クレゾールおよびフェノールが挙げられる。
【0019】
本実施形態の積層シートの製造方法に用いるブロックイソシアネート化合物は、たとえば、後述するイソシアネート化合物を上記ブロック剤で保護した化合物が挙げられ、イソシアネート化合物としては、炭素数2以上18以下の脂肪族ポリイソシアネートが好ましく、ヘキサメチレンジイソシアネートがより好ましい。
【0020】
ブロックイソシアネート化合物は、市販品を用いてもよい。
アミン系ブロック剤でブロックされたイソシアネート化合物としては、たとえば、タケネートXB―G206(三井化学株式会社製)が挙げられる。
オキシム系ブロック剤でブロックされたイソシアネート化合物としては、たとえば、タケネートB―882N(三井化学株式会社製)が挙げられる。
フェノール系ブロック剤でブロックされたイソシアネート化合物としては、たとえば、ブロネート1902(大榮産業株式会社製)が挙げられる。
【0021】
なお、本実施形態の積層シートの製造方法において、工程1および工程2における乾燥温度と工程3の加熱温度に合わせて、たとえば、解離温度が110℃未満のブロック剤でブロックされたイソシアネート化合物を用いることもできる。解離温度が110℃未満のブロック剤でブロックされたイソシアネート化合物として、たとえば、活性メチレン系ブロック剤(活性メチレン化合物)でブロックされたイソシアネート化合物が挙げられ、当該イソシアネート化合物の具体例として、たとえば、ブロネート1227EV、ブロネート1232EV(大榮産業株式会社製)が挙げられる。
【0022】
(有機溶媒)
樹脂層(1A)形成用塗工液は、樹脂層(1a)の形成容易性の観点から、有機溶媒を含有することが好ましく、有機溶媒としては、たとえば、トルエン、塩化メチレン、テトラヒドロフラン、テトラグライム、ジメチルカーボネート、メチルエチルケトン、酢酸エチル、およびジメチルアセトアミドが挙げられ、トルエンが好ましい。
【0023】
(その他の成分1)
樹脂層(1A)形成用塗工液は、上述の樹脂、ブロックイソシアネート化合物、および有機溶媒以外の成分(「その他の成分1」)を含有してもよい。その他の成分1としては、たとえば、フィラー、顔料、染料、紫外線吸収剤等の樹脂フィルム分野で使用される公知成分が挙げられる。
【0024】
(含有量)
樹脂層(1A)形成用塗工液が含有する固形分の含有量は、樹脂層(1a)の形成容易性および繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは3質量%以上、より好ましくは6質量%以上、さらに好ましくは9質量%以上であり、そして、好ましくは30質量%以下、より好ましくは25質量%以下、さらに好ましくは20質量%以下である。
樹脂層(1A)形成用塗工液が含有する固形分中、樹脂の含有量は、樹脂層(1a)の形成容易性および繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは40質量%以上、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは60質量%以上であり、そして、好ましくは90質量%以下、より好ましくは85質量%以下、さらに好ましくは80質量%以下である。
樹脂層(1A)形成用塗工液が含有する固形分中、ブロックイソシアネート化合物の含有量は、樹脂層(1a)の形成容易性および繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは10質量%以上、より好ましくは15質量%以上、さらに好ましくは20質量%以上であり、そして、好ましくは50質量%以下、より好ましくは45質量%以下、さらに好ましくは40質量%以下である。
樹脂層(1A)形成用塗工液が含有する固形分中、樹脂およびブロックイソシアネート化合物の含有量の合計は、繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは85質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上、そして、100質量%以下であり、好ましくは100質量%である。
樹脂層(1A)形成用塗工液中、樹脂100質量部に対するブロックイソシアネート化合物の含有量は、繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは20質量部以上、より好ましくは30質量部以上、さらに好ましくは40質量部以上であり、そして、好ましくは80質量部以下、より好ましくは70質量部以下、さらに好ましくは60質量部以下である。
樹脂層(1A)形成用塗工液が含有する固形分中、その他の成分1の含有量は、好ましくは5質量%以下、より好ましくは3質量%以下、さらに好ましくは1質量%以下であり、そして、0質量%以上、好ましくは0質量%である。
【0025】
(濃度)
樹脂層(1A)形成用塗工液中の固形分濃度は、当該塗工液中の固形分が均一に分散した樹脂層(1a)を形成する観点から、好ましくは1質量%以上、より好ましくは5質量%以上、さらに好ましくは10質量%以上であり、そして、好ましくは40質量%以下、より好ましくは30質量%以下、さらに好ましくは20質量%以下である。
【0026】
(塗工乾燥)
樹脂層(1A)形成用塗工液は熱可塑性樹脂基材に公知の塗工機を用いて塗工することができる。塗工機としてえは、たとえば、バーコーター、ロールコーター、グラビアコーター、ダイコーター、カーテンコーター、エアドクターコーター等を使用することができる。
乾燥温度は、ブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度未満で樹脂層(1a)を形成することができれば制限されず、好ましくは70℃以上、より好ましくは75℃以上であり、そして、好ましくは95℃以下、より好ましくは90℃以下である。なお、乾燥時間はたとえば、好ましくは1分以上、より好ましくは2分以上であり、そして、好ましくは20分以下、より好ましくは10分以下である。
【0027】
乾燥方法としては、特に限定されないが、非接触の乾燥方法でも、熱可塑性樹脂基材および樹脂層(1a)からなるシートを拘束しながら乾燥する方法のいずれでもよく、これらを組み合わせてもよい。
非接触の乾燥方法としては、特に限定されないが、熱風、赤外線、遠赤外線または近赤外線により加熱して乾燥する方法(加熱乾燥法)、真空にして乾燥する方法(真空乾燥法)を適用することができる。加熱乾燥法と真空乾燥法を組み合わせてもよいが、通常は、加熱乾燥法が適用される。赤外線、遠赤外線または近赤外線による乾燥は、赤外線装置、遠赤外線装置または近赤外線装置を用いて行うことができるが特に限定されない。
【0028】
〔工程2〕
工程2は、樹脂層(1a)の熱可塑性樹脂基材とは反対側の面に、樹脂と、繊維幅1nm以上1,000nm以下の微細繊維状セルロースとを含む繊維層形成用塗工液を塗工乾燥して、繊維層を形成する工程である。
【0029】
(樹脂)
繊維層形成用塗工液が含む樹脂は、繊維層の製造しやすさの観点から、親水性高分子であることが好ましい。親水性高分子とは、一般に水に溶解、膨潤、または濡れやすい高分子化合物のことである。分子構造中に、カルボキシ基、スルホン基、またはアミノ基などのイオン性基を有する高分子化合物、水酸基、アミド基、エーテル基、またはポリオキシエチレン基、ポリオキシプロピレン基等の非イオン性の親水性基を有する高分子化合物が例示される。
親水性高分子としては、カルボキシビニルポリマー;ポリビニルアルコール;メタクリル酸アルキル・アクリル酸コポリマー;ポリビニルピロリドン;ポリビニルメチルエーテル;ポリアクリル酸ナトリウム等のポリアクリル酸塩;アクリル酸アルキルエステル共重合体;ウレタン系共重合体;変性ポリエステル;変性ポリイミド;ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール;ポリアクリルアミド、ポリエチレンイミン等のポリカチオン;ポリアニオン;両性イオン型のポリマー;キサンタンガム、グアーガム、タマリンドガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、クインスシード、アルギン酸、アルギン酸の金属塩、プルラン、サクラン、およびペクチンなどに例示される増粘性多糖類;カルボキシメチルセルロース、カルボキシエチルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルメチルセルロース、およびヒドロキシエチルセルロースなどに例示されるセルロース誘導体;カチオン化デンプン、生デンプン、酸化デンプン、エーテル化デンプン、エステル化デンプン、デキストリン、およびアミロースなどに例示されるデンプン類;ポリグリセリンなどのグリセリン類;ヒアルロン酸、ヒアルロン酸の金属塩;カゼインなどのタンパク質類等を挙げることができる。また、これらの親水性高分子の共重合体であってもよい。
これらの中でも、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、セルロース誘導体が好ましく、セルロース誘導体がより好ましく、ヒドロキシプロピルメチルセルロースがさらに好ましい。
【0030】
(微細繊維状セルロース)
微細繊維状セルロースは、繊維幅が1nm以上1,000nm以下である繊維状セルロースである。以下、繊維幅が1nm以上1,000nm以下である繊維状セルロースを、単に「微細繊維状セルロース」または「繊維状セルロース」と称することもある。なお、繊維状セルロースの繊維幅は、たとえば電子顕微鏡観察などにより測定することが可能である。
微細繊維状セルロースの繊維幅は、1nm以上1,000nm以下である。微細繊維状セルロースの繊維幅は、たとえば2nm以上1000nm以下であることが好ましく、2nm以上100nm以下であることがより好ましく、2nm以上50nm以下であることがさらに好ましく、2nm以上10nm以下であることが特に好ましい。微細繊維状セルロースの繊維幅を2nm以上とすることにより、セルロース分子として水に溶解することを抑制し、微細繊維状セルロースによる強度や剛性、寸法安定性の向上という効果をより発現しやすくすることができる。
【0031】
微細繊維状セルロースの平均繊維幅は、たとえば1nm以上1,000nm以下である。微細繊維状セルロースの平均繊維幅は、2nm以上1,000nm以下であることが好ましく、2nm以上100nm以下であることがより好ましく、2nm以上50nm以下であることがさらに好ましく、2nm以上10nm以下であることが特に好ましい。微細繊維状セルロースの平均繊維幅を2nm以上とすることにより、セルロース分子として水に溶解することを抑制し、微細繊維状セルロースによる強度や剛性、寸法安定性の向上という効果をより発現しやすくすることができる。なお、微細繊維状セルロースは、たとえば単繊維状のセルロースである。
【0032】
微細繊維状セルロースの数平均繊維幅は、たとえば電子顕微鏡を用いて以下のようにして測定される。まず、濃度0.01質量%以上0.1質量%以下の繊維状セルロースの水系懸濁液を調製し、この懸濁液を親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストして透過型電子顕微鏡(TEM)観察用試料とする。幅の広い繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面の走査電子顕微鏡(SEM)像を観察してもよい。次いで、観察対象となる繊維の幅に応じて1,000倍、5,000倍、10,000倍あるいは50,000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。ただし、試料、観察条件や倍率は下記の条件を満たすように調整する。
(1)観察画像内の任意箇所に一本の直線Xを引き、該直線Xに対し、20本以上の繊維が交差する。
(2)同じ画像内で該直線と垂直に交差する直線Yを引き、該直線Yに対し、20本以上の繊維が交差する。
【0033】
上記条件を満足する観察画像に対し、直線X、直線Yと交差する繊維の幅を目視で読み取る。このようにして、少なくとも互いに重なっていない表面部分の観察画像を3組以上得る。次いで、各画像に対して、直線X、直線Yと交差する繊維の幅を読み取る。これにより、少なくとも20本×2×3=120本の繊維幅を読み取る。そして、読み取った繊維幅の平均値を、繊維状セルロースの平均繊維幅とする。
【0034】
微細繊維状セルロースの繊維長は、特に限定されないが、たとえば0.1μm以上1,000μm以下であることが好ましく、0.1μm以上800μm以下であることがより好ましく、0.1μm以上600μm以下であることがさらに好ましい。繊維長を上記範囲内とすることにより、微細繊維状セルロースの結晶領域の破壊を抑制できる。また、微細繊維状セルロースのスラリー粘度を適切な範囲とすることも可能となる。なお、微細繊維状セルロースの繊維長は、たとえばTEM、SEM、原子間力顕微鏡(AFM)による画像解析より求めることができる。
【0035】
微細繊維状セルロースはI型結晶構造を有していることが好ましい。ここで、微細繊維状セルロースがI型結晶構造を有することは、グラファイトで単色化したCuKα(λ=1.5418Å)を用いた広角X線回折写真より得られる回折プロファイルにおいて同定できる。具体的には、2θ=14°以上17°以下付近と2θ=22°以上23°以下付近の2箇所の位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。
微細繊維状セルロースに占めるI型結晶構造の割合は、たとえば30%以上であることが好ましく、40%以上であることがより好ましく、50%以上であることがさらに好ましい。これにより、低線熱膨張係数発現の点でさらに優れた性能が期待できる。結晶化度については、X線回折プロファイルを測定し、そのパターンから常法により求められる(Seagalら、Textile Research Journal、29巻、786ページ、1959年)。
【0036】
微細繊維状セルロースの軸比(繊維長/繊維幅)は、特に限定されないが、たとえば20以上10,000以下であることが好ましく、50以上1,000以下であることがより好ましい。軸比を上記下限値以上とすることにより、微細繊維状セルロースを含有するシートを形成しやすい。軸比を上記上限値以下とすることにより、たとえば微細繊維状セルロースを水分散液として扱う際に、希釈等のハンドリングがしやすくなる点で好ましい。
【0037】
本実施形態における微細繊維状セルロースは、たとえばイオン性置換基および非イオン性置換基のうちの少なくとも1種を有することが好ましい。分散媒中における繊維の分散性を向上させ、解繊処理工程における解繊効率を高める観点からは、微細繊維状セルロースがイオン性置換基を有することがより好ましい。イオン性置換基としては、たとえばアニオン性基およびカチオン性基のいずれか一方または双方を含むことができる。また、非イオン性置換基としては、たとえばアルキル基およびアシル基などを含むことができる。本実施形態においては、イオン性置換基としてアニオン性基を有することが特に好ましい。また、イオン性置換基は、エステル結合またはエーテル結合を介して微細繊維状セルロースに導入される基であることが好ましく、エステル結合を介して微細繊維状セルロースに導入される基であることがより好ましい。この場合、エステル結合は、微細繊維状セルロースとイオン性置換基となる化合物の脱水縮合で形成されることが好ましい。
なお、微細繊維状セルロースには、イオン性置換基を導入する処理が行われていなくてもよい。
【0038】
イオン性置換基としてのアニオン性基としては、たとえばリンオキソ酸基またはリンオキソ酸基に由来する置換基(単にリンオキソ酸基ということもある)、カルボキシ基またはカルボキシ基に由来する置換基(単にカルボキシ基ということもある)、硫黄オキソ酸基または硫黄オキソ酸基に由来する置換基(単に硫黄オキソ酸基ということもある)、ザンテート基またはザンテート基に由来する置換基(単にザンテート基ということもある)、ホスホン基またはホスホン基に由来する置換基、ホスフィン基またはホスフィン基に由来する置換基、スルホン基またはスルホン基に由来する置換基、カルボキシアルキル基等を挙げることができる。中でも、アニオン性基は、リンオキソ酸基、リンオキソ酸基に由来する置換基、カルボキシ基、カルボキシメチル基、カルボキシエチル基、硫黄オキソ酸基および硫黄オキソ酸基、ザンテート基、スルホン基に由来する置換基よりなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましく、リンオキソ酸基、リンオキソ酸基に由来する置換基、カルボキシ基、硫黄オキソ酸基、硫黄オキソ酸基に由来する置換基、ザンテート基よりなる群から選択される少なくとも1種であることがより好ましく、リンオキソ酸基、リンオキソ酸基に由来する置換基、カルボキシ基、硫黄オキソ酸基、硫黄オキソ酸基に由来する置換基よりなる群から選択される少なくとも1種であることがさらに好ましく、リンオキソ酸基であることが特に好ましい。アニオン性基としてリンオキソ酸基を導入することにより、たとえば、アルカリ性条件下や酸性条件下においても、繊維状セルロースの分散性をより高めることができ、結果として高強度かつ高透明な微細繊維状セルロース含有層が得られやすくなる。イオン性置換基としてのカチオン性基としては、たとえばアンモニウム基、ホスホニウム基、スルホニウム基等を挙げることができる。中でもカチオン性基はアンモニウム基であることが好ましい。
【0039】
リンオキソ酸基またはリンオキソ酸基に由来する置換基は、たとえば下記式(1)で表される置換基である。各微細繊維状セルロースには、下記式(1)で表される置換基が複数導入されていてもよい。この場合、複数導入される下記式(1)で表される置換基はそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。
【0040】
【化1】
【0041】
式(1)中、a、bおよびnは自然数であり、mは任意の数である(ただし、a=b×mである)。n個あるαおよびα’のうち少なくとも1つ(好ましくはa個)がOであり、残りはRまたはORである。なお、各αおよびα’の全てがOであっても構わない。n個あるαは全て同じでも、それぞれ異なっていてもよい。βb+は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。
Rは、各々、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、不飽和-環状炭化水素基、芳香族基、またはこれらの誘導基である。なお、式(1)におけるαは、セルロース分子鎖に由来する基であってもよい。また、式(1)においては、nは1であることが好ましい。
【0042】
飽和-直鎖状炭化水素基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、またはn-ブチル基等が挙げられるが、特に限定されない。飽和-分岐鎖状炭化水素基としては、i-プロピル基、またはt-ブチル基等が挙げられるが、特に限定されない。飽和-環状炭化水素基としては、シクロペンチル基、またはシクロヘキシル基等が挙げられるが、特に限定されない。不飽和-直鎖状炭化水素基としては、ビニル基、またはアリル基等が挙げられるが、特に限定されない。不飽和-分岐鎖状炭化水素基としては、i-プロペニル基、または3-ブテニル基等が挙げられるが、特に限定されない。不飽和-環状炭化水素基としては、シクロペンテニル基、シクロヘキセニル基等が挙げられるが、特に限定されない。芳香族基としては、フェニル基、またはナフチル基等が挙げられるが、特に限定されない。
また、Rにおける誘導基としては、上記各種炭化水素基の主鎖または側鎖に対し、カルボキシ基、カルボキシレート基(-COO)、ヒドロキシ基、およびアミノ基などの官能基から選択される少なくとも1種類が付加または置換した状態の官能基が挙げられるが、特に限定されない。また、Rの主鎖を構成する炭素原子数は特に限定されないが、20以下であることが好ましく、10以下であることがより好ましい。Rの主鎖を構成する炭素原子数を上記範囲とすることにより、リンオキソ酸基の分子量を適切な範囲とすることができ、繊維原料への浸透を容易にし、微細繊維状セルロースの収率を高めることもできる。なお、式(1)中にRが複数個存在する場合や微細繊維状セルロースに上記式(1)で表される複数種の置換基が導入される場合には、複数存在するRはそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。
【0043】
βb+は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。有機物からなる1価以上の陽イオンとしては、有機オニウムイオンを挙げることができる。有機オニウムイオンとしては、たとえば、有機アンモニウムイオンや有機ホスホニウムイオンを挙げることができる。有機アンモニウムイオンとしては、たとえば、脂肪族アンモニウムイオンや芳香族アンモニウムイオンを挙げることができ、有機ホスホニウムイオンとしては、たとえば、脂肪族ホスホニウムイオンや芳香族ホスホニウムイオンを挙げることができる。無機物からなる1価以上の陽イオンとしては、ナトリウム、カリウム、もしくはリチウム等のアルカリ金属のイオンや、カルシウム、もしくはマグネシウム等の2価金属のイオン、水素イオン、アンモニウムイオン等が挙げられるが、特に限定されない。これらは1種または2種類以上を組み合わせて適用することもできる。なお、式(1)中にβb+が複数個存在する場合や微細繊維状セルロースに上記式(1)で表される複数種の置換基が導入される場合には、複数存在するβb+はそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンとしては、βb+を含む繊維原料を加熱した際に黄変しにくく、また工業的に利用し易いナトリウム、またはカリウムのイオンが好ましいが、特に限定されない。
【0044】
リンオキソ酸基またはリンオキソ酸基に由来する置換基としては、より具体的には、リン酸基(-PO)、リン酸基の塩、亜リン酸基(ホスホン酸基)(-PO)、亜リン酸基(ホスホン酸基)の塩が挙げられる。また、リンオキソ酸基またはリンオキソ酸基に由来する置換基は、リン酸基が縮合した基(たとえば、ピロリン酸基)、ホスホン酸が縮合した基(たとえば、ポリホスホン酸基)、リン酸エステル基(たとえば、モノメチルリン酸基、ポリオキシエチレンアルキルリン酸基)、アルキルホスホン酸基(たとえば、メチルホスホン酸基)などであってもよい。
【0045】
また、硫黄オキソ酸基(硫黄オキソ酸基または硫黄オキソ酸基に由来する置換基)は、たとえば下記式(2)で表される置換基である。各微細繊維状セルロースには、下記式(2)で表される置換基が複数種導入されていてもよい。この場合、複数導入される下記式(2)で表される置換基はそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。
【0046】
【化2】
【0047】
式(2)中、bおよびnは自然数であり、pは0または1であり、mは任意の数である(ただし、1=b×mである)。なお、nが2以上である場合、複数あるpは同一の数であってもよく、異なる数であってもよい。式(2)中、βb+は有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンである。有機物からなる1価以上の陽イオンとしては、有機オニウムイオンを挙げることができる。有機オニウムイオンとしては、たとえば、有機アンモニウムイオンや有機ホスホニウムイオンを挙げることができる。有機アンモニウムイオンとしては、たとえば、脂肪族アンモニウムイオンや芳香族アンモニウムイオンを挙げることができ、有機ホスホニウムイオンとしては、たとえば、脂肪族ホスホニウムイオンや芳香族ホスホニウムイオンを挙げることができる。無機物からなる1価以上の陽イオンとしては、ナトリウム、カリウム、もしくはリチウム等のアルカリ金属のイオンや、カルシウム、もしくはマグネシウム等の2価金属のイオン、水素イオン、アンモニウムイオン等が挙げられる。なお、微細繊維状セルロースに上記式(2)で表される複数種の置換基が導入される場合には、複数存在するβb+はそれぞれ同一であっても異なっていてもよい。有機物または無機物からなる1価以上の陽イオンとしては、βb+を含む繊維原料を加熱した際に黄変しにくく、また工業的に利用し易いナトリウム、またはカリウムのイオンが好ましいが、特に限定されない。
【0048】
微細繊維状セルロースに対するイオン性置換基の導入量は、たとえば微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.05mmol/g以上であることが好ましく、0.10mmol/g以上であることがより好ましく、0.20mmol/g以上であることがさらに好ましく、0.50mmol/g以上であることがよりさらに好ましく、1.00mmol/g以上であることが特に好ましい。また、微細繊維状セルロースに対するイオン性置換基の導入量は、たとえば繊維状セルロース1g(質量)あたり5.20mmol/g以下であることが好ましく、3.65mmol/g以下であることがより好ましく、3.50mmol/g以下であることがさらに好ましく、3.00mmol/g以下であることがよりさらに好ましい。イオン性置換基(好ましくはアニオン性基)の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維原料の微細化を容易とすることができ、微細繊維状セルロースの安定性を高めることが可能となる。
ここで、単位mmol/gにおける分母は、イオン性置換基の対イオンが水素イオン(H)であるときの微細繊維状セルロースの質量を示す。
【0049】
また、微細繊維状セルロースに対するイオン性置換基(好ましくはアニオン性基)の導入量は、積層シートの吸水性およびイエローインデックスを低減する観点から、微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.50mmol/g未満であることが好ましく、0.40mmol/g以下であることがより好ましく、0.30mmol/g以下であることがさらに好ましく、0.25mmol/g以下であることがよりさらに好ましく、0.15mmol/g以下であることが特に好ましく、積層シートのヘーズの観点から0.01mmol/g以上であることが好ましく、0.02mmol/g以上であることがより好ましく、0.03mmol/g以上であることがさらに好ましい。このような低置換基量の微細繊維状セルロースは、たとえば、後述する、微細繊維状セルロースに置換基を除去させる処理を解繊処理後の微細繊維状セルロースに施すことにより得られるものであってもよい。繊維層形成用塗工液には、積層シートの透明性の観点から、上記低置換基量の微細繊維状セルロースを用いることが好ましい。
【0050】
微細繊維状セルロースに対するイオン性置換基の導入量は、たとえば中和滴定法により測定することができる。中和滴定法による測定では、得られた微細繊維状セルロースを含有するスラリーに、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリを加えながらpHの変化を求めることにより、導入量を測定する。
【0051】
図3は、リンオキソ酸基を有する繊維状セルロース含有スラリーに対するNaOH滴下量とpHの関係を示すグラフである。繊維状セルロースに対するリンオキソ酸基の導入量は、たとえば次のように測定される。
まず、繊維状セルロースを含有するスラリーを強酸性イオン交換樹脂で処理する。なお、必要に応じて、強酸性イオン交換樹脂による処理の前に、後述の解繊処理工程と同様の解繊処理を測定対象に対して実施してもよい。
次いで、水酸化ナトリウム水溶液を加えながらpHの変化を観察し、図3の上側部に示すような滴定曲線を得る。図3の上側部に示した滴定曲線では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットしており、図3の下側部に示した滴定曲線では、アルカリを加えた量に対するpHの増分(微分値)(1/mmol)をプロットしている。この中和滴定では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットした曲線において、増分(pHのアルカリ滴下量に対する微分値)が極大となる点が二つ確認される。これらのうち、アルカリを加えはじめて先に得られる増分の極大点を第1終点と呼び、次に得られる増分の極大点を第2終点と呼ぶ。滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中に含まれる繊維状セルロースの第1解離酸量と等しくなり、第1終点から第2終点までに必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中に含まれる繊維状セルロースの第2解離酸量と等しくなり、滴定開始から第2終点までに必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中に含まれる繊維状セルロースの総解離酸量と等しくなる。そして、滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量を滴定対象スラリー中の固形分(g)で除して得られる値が、リンオキソ酸基導入量(mmol/g)となる。なお、単にリンオキソ酸基導入量(またはリンオキソ酸基量)といった場合は、第1解離酸量のことを表す。
なお、図3において、滴定開始から第1終点までの領域を第1領域と呼び、第1終点から第2終点までの領域を第2領域と呼ぶ。たとえば、リンオキソ酸基がリン酸基の場合であって、このリン酸基が縮合を起こす場合、見かけ上、リンオキソ酸基における弱酸性基量(本明細書では第2解離酸量ともいう)が低下し、第1領域に必要としたアルカリ量と比較して第2領域に必要としたアルカリ量が少なくなる。一方、リンオキソ酸基における強酸性基量(本明細書では第1解離酸量ともいう)は、縮合の有無に関わらずリン原子の量と一致する。また、リンオキソ酸基が亜リン酸基の場合は、リンオキソ酸基に弱酸性基が存在しなくなるため、第2領域に必要としたアルカリ量が少なくなるか、第2領域に必要としたアルカリ量はゼロとなる場合もある。この場合、滴定曲線において、pHの増分が極大となる点は一つとなる。
なお、上述のリンオキソ酸基導入量(mmol/g)は、分母が酸型の繊維状セルロースの質量を示すことから、酸型の繊維状セルロースが有するリンオキソ酸基量(以降、リンオキソ酸基量(酸型)と呼ぶ)を示している。一方で、リンオキソ酸基の対イオンが電荷当量となるように任意の陽イオンCに置換されている場合は、分母を当該陽イオンCが対イオンであるときの繊維状セルロースの質量に変換することで、陽イオンCが対イオンである繊維状セルロースが有するリンオキソ酸基量(以降、リンオキソ酸基量(C型))を求めることができる。
すなわち、下記計算式によって算出する。
リンオキソ酸基量(C型)=リンオキソ酸基量(酸型)/{1+(W-1)×A/1000}
A[mmol/g]:繊維状セルロースが有するリンオキソ酸基由来の総アニオン量(リンオキソ酸基の強酸性基量と弱酸性基量を足した値)
W:陽イオンCの1価あたりの式量(たとえば、Naは23、Alは9)
【0052】
図4は、カルボキシ基を有する微細繊維状セルロースに対するNaOH滴下量とpHの関係を示すグラフである。
微細繊維状セルロースに対するカルボキシ基の導入量は、たとえば次のように測定される。
まず、微細繊維状セルロースを含有するスラリーを強酸性イオン交換樹脂で処理する。なお、必要に応じて、強酸性イオン交換樹脂による処理の前に、後述の解繊処理工程と同様の解繊処理を測定対象に対して実施してもよい。次いで、水酸化ナトリウム水溶液を加えながらpHの変化を観察し、図4に示すような滴定曲線を得る。なお、必要に応じて、後述の解繊処理工程と同様の解繊処理を測定対象に対して実施してもよい。
図4に示されるように、この中和滴定では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットした曲線において、増分(pHのアルカリ滴下量に対する微分値)が極大となる点が一つ観測される。この増分の極大点を第1終点と呼ぶ。ここで、図4における滴定開始から第1終点までの領域を第1領域と呼ぶ。第1領域で必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中のカルボキシ基量と等しくなる。そして、滴定曲線の第1領域で必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象の微細繊維状セルロース含有スラリー中の固形分(g)で除すことで、カルボキシ基の導入量(mmol/g)を算出した。
なお、上述のカルボキシ基導入量(mmol/g)は、カルボキシ基の対イオンが水素イオン(H)であるときの繊維状セルロースの質量1gあたりの置換基量(以降、カルボキシ基量(酸型)と呼ぶ)を示している。
【0053】
なお、上述のカルボキシ基導入量(mmol/g)は、分母が酸型の繊維状セルロースの質量であることから、酸型の繊維状セルロースが有するカルボキシ基量(以降、カルボキシ基量(酸型)と呼ぶ)を示している。一方で、カルボキシ基の対イオンが電荷当量となるように任意の陽イオンCに置換されている場合は、分母を当該陽イオンCが対イオンであるときの繊維状セルロースの質量に変換することで、陽イオンCが対イオンである繊維状セルロースが有するカルボキシ基量(以降、カルボキシ基量(C型))(mmol/g)を求めることができる。
すなわち、下記計算式によって算出する。
カルボキシ基量(C型)=カルボキシ基量(酸型)/{1+(W-1)×(カルボキシ基量(酸型))/1000}
W:陽イオンCの1価あたりの式量(たとえば、Naは23、Alは9)
【0054】
なお、滴定法による置換基量の測定においては、水酸化ナトリウム水溶液1滴の滴下量が多すぎる場合や、滴定間隔が短すぎる場合、本来より低い置換基量となるなど正確な値が得られないことがある。適切な滴下量、滴定間隔としては、たとえば、0.1N水酸化ナトリウム水溶液を5~30秒に10~50μLずつ滴定するなどが望ましい。また、繊維状セルロース含有スラリーに溶解した二酸化炭素の影響を排除するため、たとえば、滴定開始の15分前から滴定終了まで、窒素ガスなどの不活性ガスをスラリーに吹き込みながら測定するなどが望ましい。
【0055】
また、繊維状セルロースに対する硫黄オキソ酸基またはスルホン基の導入量は、繊維状セルロースを含むスラリーを凍結乾燥し、さらに粉砕した試料の硫黄量を測定することで算出することができる。具体的には、繊維状セルロースを含むスラリーを凍結乾燥し、さらに粉砕した試料を、密閉容器中で硝酸を用いて加圧加熱分解した後、適宜希釈してICP-OESで硫黄量を測定する。供試した繊維状セルロースの絶乾質量で割り返して算出した値を繊維状セルロースの硫黄オキソ酸基量またはスルホン基量(単位:mmol/g)とする。
【0056】
<<微細繊維状セルロースの製造方法>>
(セルロースを含む繊維原料)
微細繊維状セルロースは、セルロースを含む繊維原料から製造される。
セルロースを含む繊維原料としては、特に限定されないが、入手しやすく安価である点からパルプを用いることが好ましい。パルプとしては、たとえば木材パルプ、非木材パルプ、および脱墨パルプが挙げられる。木材パルプとしては、特に限定されないが、たとえば広葉樹クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹クラフトパルプ(NBKP)、サルファイトパルプ(SP)、溶解パルプ(DP)、ソーダパルプ(AP)、未晒しクラフトパルプ(UKP)および酸素漂白クラフトパルプ(OKP)等の化学パルプ、セミケミカルパルプ(SCP)およびケミグラウンドウッドパルプ(CGP)等の半化学パルプ、砕木パルプ(GP)およびサーモメカニカルパルプ(TMP、BCTMP)等の機械パルプ等が挙げられる。非木材パルプとしては、特に限定されないが、たとえばコットンリンターおよびコットンリント等の綿系パルプ、麻、麦わらおよびバガス等の非木材系パルプが挙げられる。脱墨パルプとしては、特に限定されないが、たとえば古紙を原料とする脱墨パルプが挙げられる。本実施態様のパルプは上記の1種を単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。
上記パルプの中でも、入手のしやすさという観点からは、たとえば木材パルプおよび脱墨パルプが好ましい。また、木材パルプの中でも、セルロース比率が大きく解繊処理時の微細繊維状セルロースの収率が高い観点や、パルプ中のセルロースの分解が小さく軸比の大きい長繊維の微細繊維状セルロースが得られる観点から、たとえば化学パルプがより好ましく、クラフトパルプ、サルファイトパルプがさらに好ましい。なお、軸比の大きい長繊維の微細繊維状セルロースを用いると粘度が高くなる傾向がある。
セルロースを含む繊維原料としては、たとえばホヤ類に含まれるセルロースや、酢酸菌が生成するバクテリアセルロースを利用することもできる。
また、セルロースを含む繊維原料に代えて、キチン、キトサンなどの直鎖型の含窒素多糖高分子が形成する繊維を用いることもできる。
【0057】
上述のようなイオン性置換基を導入した微細繊維状セルロースを得るためには、上述したセルロースを含む繊維原料にイオン性置換基を導入するイオン性置換基導入工程、洗浄工程、アルカリ処理工程(中和工程)、解繊処理工程をこの順で有することが好ましく、洗浄工程の代わりに、または洗浄工程に加えて、酸処理工程を有していてもよい。イオン性置換基導入工程としては、リンオキソ酸基導入工程、カルボキシ基導入工程、硫黄オキソ酸基導入工程、ザンテート基導入工程、ホスホン基またはホスフィン基導入工程、スルホン基導入工程、およびカチオン性基導入工程が例示される。以下、それぞれについて説明する。
【0058】
(イオン性置換基導入工程)
-リンオキソ酸基導入工程-
リンオキソ酸基導入工程は、セルロースを含む繊維原料が有する水酸基と反応することで、リンオキソ酸基を導入できる化合物から選択される少なくとも1種の化合物(以下、「化合物A」ともいう)を、セルロースを含む繊維原料に作用させる工程である。この工程により、リンオキソ酸基導入繊維が得られることとなる。
本実施形態に係るリンオキソ酸基導入工程では、セルロースを含む繊維原料と化合物Aの反応を、尿素およびその誘導体から選択される少なくとも1種(以下、「化合物B」ともいう)の存在下で行ってもよい。一方で、化合物Bが存在しない状態において、セルロースを含む繊維原料と化合物Aの反応を行ってもよい。
化合物Aを化合物Bとの共存下で繊維原料に作用させる方法の一例としては、乾燥状態または湿潤状態またはスラリー状の繊維原料に対して、化合物Aと化合物Bを混合する方法が挙げられる。これらのうち、反応の性が高いことから、乾燥状態または湿潤状態の繊維原料を用いることが好ましく、特に乾燥状態の繊維原料を用いることが好ましい。繊維原料の形態は、特に限定されないが、たとえば綿状や薄いシート状であることが好ましい。化合物Aおよび化合物Bは、それぞれ粉末状または溶媒に溶解させた溶液状または融点以上まで加熱して溶融させた状態で繊維原料に添加する方法が挙げられる。これらのうち、反応の均一性が高いことから、溶媒に溶解させた溶液状、特に水溶液の状態で添加することが好ましい。また、化合物Aと化合物Bは繊維原料に対して同時に添加してもよく、別々に添加してもよく、混合物として添加してもよい。化合物Aと化合物Bの添加方法としては、特に限定されないが、化合物Aと化合物Bが溶液状の場合は、繊維原料を溶液内に浸漬し吸液させたのちに取り出してもよいし、繊維原料に溶液を滴下してもよい。また、必要量の化合物Aと化合物Bを繊維原料に添加してもよいし、過剰量の化合物Aと化合物Bをそれぞれ繊維原料に添加した後に、圧搾や濾過によって余剰の化合物Aと化合物Bを除去してもよい。
【0059】
本実施態様で使用する化合物Aとしては、リン原子を有し、セルロースとエステル結合を形成可能な化合物であればよく、リン酸もしくはその塩、亜リン酸もしくはその塩、脱水縮合リン酸もしくはその塩、無水リン酸(五酸化二リン)などが挙げられるが、特に限定されない。リン酸としては、種々の純度のものを使用することができ、たとえば100%リン酸(正リン酸)や85%リン酸を使用することができる。亜リン酸としては、たとえば99%亜リン酸(ホスホン酸)が挙げられる。脱水縮合リン酸は、リン酸が脱水反応により2分子以上縮合したものであり、たとえばピロリン酸、ポリリン酸等を挙げることができる。リン酸塩、亜リン酸塩、脱水縮合リン酸塩としては、リン酸、亜リン酸または脱水縮合リン酸のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩などが挙げられ、これらは種々の中和度とすることができる。
これらのうち、リンオキソ酸基の導入の効率が高く、後述する解繊工程で解繊効率がより向上しやすく、低コストであり、かつ工業的に適用しやすい観点から、リン酸、リン酸のナトリウム塩、リン酸のカリウム塩、またはリン酸のアンモニウム塩が好ましく、リン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、またはリン酸二水素アンモニウムがより好ましい。
繊維原料に対する化合物Aの添加量は、特に限定されないが、たとえば化合物Aの添加量をリン原子量に換算した場合において、繊維原料100質量部(絶乾質量)に対するリン原子の添加量が0.5質量部以上100質量部以下となることが好ましく、1質量部以上50質量部以下となることがより好ましく、2質量部以上30質量部以下となることがさらに好ましい。繊維原料に対するリン原子の添加量を上記範囲内とすることにより、微細繊維状セルロースの収率をより向上させることができる。一方で、繊維原料に対するリン原子の添加量を上記上限値以下とすることにより、収率向上の効果とコストのバランスをとることができる。
【0060】
本実施態様で使用する化合物Bは、上述のとおり尿素およびその誘導体から選択される少なくとも1種である。化合物Bとしては、たとえば尿素、ビウレット、1-フェニル尿素、1-ベンジル尿素、1-メチル尿素、および1-エチル尿素などが挙げられる。
反応の均一性を向上させる観点から、化合物Bは水溶液として用いることが好ましい。また、反応の均一性をさらに向上させる観点からは、化合物Aと化合物Bの両方が溶解した水溶液を用いることが好ましい。
繊維原料100質量部(絶乾質量)に対する化合物Bの添加量は、特に限定されないが、たとえば1質量部以上500質量部以下であることが好ましく、10質量部以上400質量部以下であることがより好ましく、100質量部以上350質量部以下であることがさらに好ましい。
【0061】
セルロースを含む繊維原料と化合物Aの反応においては、化合物Bの他に、たとえばアミド類またはアミン類を反応系に含んでもよい。アミド類としては、たとえばホルムアミド、ジメチルホルムアミド、アセトアミド、ジメチルアセトアミドなどが挙げられる。アミン類としては、たとえばメチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。これらの中でも、特にトリエチルアミンは良好な反応触媒として働くことが知られている。
【0062】
リンオキソ酸基導入工程においては、繊維原料に化合物A等を添加または混合した後、当該繊維原料に対して加熱処理を施すことが好ましい。加熱処理温度としては、繊維の熱分解や加水分解反応を抑えながら、リンオキソ酸基を効率的に導入できる温度を選択することが好ましい。加熱処理温度は、たとえば50℃以上300℃以下であることが好ましく、100℃以上250℃以下であることがより好ましく、130℃以上200℃以下であることがさらに好ましい。また、加熱処理には、種々の熱媒体を有する機器を利用することができ、たとえば撹拌乾燥装置、回転乾燥装置、円盤乾燥装置、ロール型加熱装置、プレート型加熱装置、流動層乾燥装置、バンド型乾燥装置、ろ過乾燥装置、振動流動乾燥装置、気流乾燥装置、減圧乾燥装置、赤外線加熱装置、遠赤外線加熱装置、マイクロ波加熱装置、高周波乾燥装置を用いることができる。
【0063】
本実施形態に係る加熱処理においては、たとえば薄いシート状の繊維原料に化合物Aを含浸等の方法により添加した後、加熱する方法や、ニーダー等で繊維原料と化合物Aを混練または撹拌しながら加熱する方法を採用することができる。これにより、繊維原料における化合物Aの濃度ムラを抑制して、繊維原料に含まれるセルロース繊維表面へより均一にリンオキソ酸基を導入することが可能となる。これは、乾燥に伴い水分子が繊維原料表面に移動する際、溶存する化合物Aが表面張力によって水分子に引き付けられ、同様に繊維原料表面に移動してしまう(すなわち、化合物Aの濃度ムラを生じてしまう)ことを抑制できることに起因するものと考えられる。
また、加熱処理に用いる加熱装置は、たとえばスラリーが保持する水分および化合物Aと繊維原料中のセルロース等が含む水酸基等との脱水縮合(リン酸エステル化)反応に伴って生じる水分を常に装置系外に排出できる装置であることが好ましい。このような加熱装置としては、たとえば送風方式のオーブン等が挙げられる。装置系内の水分を常に排出することにより、リン酸エステル化の逆反応であるリン酸エステル結合の加水分解反応を抑制できることに加えて、繊維中の糖鎖の酸加水分解を抑制することもできる。このため、軸比の高い微細繊維状セルロースを得ることが可能となる。
加熱処理の時間は、たとえば繊維原料から実質的に水分が除かれてから1秒以上300分以下であることが好ましく、1秒以上1,000秒以下であることがより好ましく、10秒以上800秒以下であることがさらに好ましい。本実施形態では、加熱温度と加熱時間を適切な範囲とすることにより、リンオキソ酸基の導入量を好ましい範囲内とすることができる。
【0064】
繊維原料に対するリンオキソ酸基の導入量は、たとえば微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.05mmol/g以上であることが好ましく、0.10mmol/g以上であることがより好ましく、0.20mmol/g以上であることがさらに好ましく、0.50mmol/g以上であることがよりさらに好ましく、1.00mmol/g以上であることが特に好ましい。また、繊維原料に対するリンオキソ酸基の導入量は、たとえば微細繊維状セルロース1g(質量)あたり5.20mmol/g以下であることが好ましく、3.65mmol/g以下であることがより好ましく、3.00mmol/g以下であることがさらに好ましい。リンオキソ酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維原料の微細化を容易にし、微細繊維状セルロースの安定性を高めることができる。
【0065】
-カルボキシ基導入工程-
カルボキシ基導入工程は、セルロースを含む繊維原料に対し、オゾン酸化やフェントン法による酸化、TEMPO酸化処理などの酸化処理やカルボン酸由来の基を有する化合物もしくはその誘導体、またはカルボン酸由来の基を有する化合物の酸無水物もしくはその誘導体によって処理することにより行われる。
カルボン酸由来の基を有する化合物としては、特に限定されないが、たとえばマレイン酸、コハク酸、フタル酸、フマル酸、グルタル酸、アジピン酸、イタコン酸等のジカルボン酸化合物やクエン酸、アコニット酸等のトリカルボン酸化合物が挙げられる。また、カルボン酸由来の基を有する化合物の誘導体としては、特に限定されないが、たとえばカルボキシ基を有する化合物の酸無水物のイミド化物、カルボキシ基を有する化合物の酸無水物の誘導体が挙げられる。カルボキシ基を有する化合物の酸無水物のイミド化物としては、特に限定されないが、たとえばマレイミド、コハク酸イミド、フタル酸イミド等のジカルボン酸化合物のイミド化物が挙げられる。
【0066】
カルボン酸由来の基を有する化合物の酸無水物としては、特に限定されないが、たとえば無水マレイン酸、無水コハク酸、無水フタル酸、無水グルタル酸、無水アジピン酸、無水イタコン酸等のジカルボン酸化合物の酸無水物が挙げられる。また、カルボン酸由来の基を有する化合物の酸無水物の誘導体としては、特に限定されないが、たとえばジメチルマレイン酸無水物、ジエチルマレイン酸無水物、ジフェニルマレイン酸無水物等のカルボキシ基を有する化合物の酸無水物の少なくとも一部の水素原子が、アルキル基、フェニル基等の置換基により置換されたものが挙げられる。
【0067】
カルボキシ基導入工程において、TEMPO酸化処理を行う場合には、たとえばその処理をpHが6以上8以下の条件で行うことが好ましい。このような処理は、中性TEMPO酸化処理ともいう。中性TEMPO酸化処理は、たとえばリン酸ナトリウム緩衝液(pH=6.8)に、繊維原料としてパルプと、触媒としてTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル)等のニトロキシラジカル、犠牲試薬として次亜塩素酸ナトリウムを添加することで行うことができる。さらに亜塩素酸ナトリウムを共存させることによって、酸化の過程で発生するアルデヒドを、効率的にカルボキシ基まで酸化することができる。
また、TEMPO酸化処理は、その処理をpHが10以上11以下の条件で行ってもよい。このような処理は、アルカリTEMPO酸化処理ともいう。アルカリTEMPO酸化処理は、たとえば繊維原料としてのパルプに対し、触媒としてTEMPO等のニトロキシラジカルと、共触媒として臭化ナトリウムと、酸化剤として次亜塩素酸ナトリウムを添加することにより行うことができる。
繊維原料に対するカルボキシ基の導入量は、置換基の種類によっても変わるが、たとえばTEMPO酸化によりカルボキシ基を導入する場合、微細繊維状セルロース1g(質量)あたり0.05mmol/g以上であることが好ましく、0.10mmol/g以上であることがより好ましく、0.20mmol/g以上であることがさらに好ましく、0.50mmol/g以上であることがよりさらに好ましく、0.90mmol/g以上であることが特に好ましい。また、3.65mmol/g以下であることが好ましく、3.00mmol/g以下であることがより好ましく、2.50mmol/g以下であることがさらに好ましく、2.20mmol/g以下であることがよりさらに好ましく、2.00mmol/g以下であることが特に好ましい。その他、置換基がカルボキシメチル基である場合、微細繊維状セルロース1g(質量)あたり5.8mmol/g以下であってもよい。カルボキシ基の導入量を上記範囲内とすることにより、微細化処理工程におけるセルロース繊維の微細化を容易にし、微細繊維状セルロースの安定性を高めることができる。
【0068】
-硫黄オキソ酸基導入工程-
微細繊維状セルロースの製造工程は、イオン性置換基導入工程として、たとえば、硫黄オキソ酸基導入工程を含んでもよい。硫黄オキソ酸基導入工程は、セルロースを含む繊維原料が有する水酸基と硫黄オキソ酸が反応することで、硫黄オキソ酸基を有するセルロース繊維(硫黄オキソ酸基導入繊維)を得ることができる。
【0069】
硫黄オキソ酸基導入工程では、上述した<リンオキソ酸基導入工程>における化合物Aに代えて、セルロースを含む繊維原料が有する水酸基と反応することで、硫黄オキソ酸基を導入できる化合物から選択される少なくとも1種の化合物(以下、「化合物C」ともいう)を用いる。化合物Cとしては、硫黄原子を有し、セルロースとエステル結合を形成可能な化合物であればよく、硫酸もしくはその塩、亜硫酸もしくはその塩、硫酸アミドなどが挙げられるが特に限定されない。硫酸としては、種々の純度のものを使用することができ、たとえば96%硫酸(濃硫酸)を使用することができる。亜硫酸としては、5%亜硫酸水が挙げられる。硫酸塩または亜硫酸塩としては、硫酸塩または亜硫酸塩のリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩などが挙げられ、これらは種々の中和度とすることができる。硫酸アミドとしては、スルファミン酸などを使用することができる。硫黄オキソ酸基導入工程では、上述した<リンオキソ酸基導入工程>における化合物Bを同様に用いることが好ましい。
【0070】
硫黄オキソ酸基導入工程においては、セルロース原料に硫黄オキソ酸、並びに、尿素および/または尿素誘導体を含む水溶液を混合した後、当該セルロース原料に対して加熱処理を施すことが好ましい。加熱処理温度としては、繊維の熱分解や加水分解反応を抑えながら、硫黄オキソ酸基を効率的に導入できる温度を選択することが好ましい。加熱処理温度は、100℃以上であることが好ましく、120℃以上であることがより好ましく、150℃以上であることがさらに好ましい。また、加熱処理温度は、300℃以下であることが好ましく、250℃以下であることがより好ましく、200℃以下であることがさらに好ましい。
【0071】
加熱処理工程では、実質的に水分がなくなるまで加熱をすることが好ましい。このため、加熱処理時間は、セルロース原料に含まれる水分量や、硫黄オキソ酸、並びに、尿素および/または尿素誘導体を含む水溶液の添加量によって、変動するが、たとえば、10秒以上10000秒以下とすることが好ましい。加熱処理には、種々の熱媒体を有する機器を利用することができ、たとえば撹拌乾燥装置、回転乾燥装置、円盤乾燥装置、ロール型加熱装置、プレート型加熱装置、流動層乾燥装置、バンド型乾燥装置、ろ過乾燥装置、振動流動乾燥装置、気流乾燥装置、減圧乾燥装置、赤外線加熱装置、遠赤外線加熱装置、マイクロ波加熱装置、高周波乾燥装置を用いることができる。
【0072】
セルロース原料に対する硫黄オキソ酸基の導入量は、0.05mmol/g以上であることが好ましく、0.10mmol/g以上であることがより好ましく、0.20mmol/g以上であることがさらに好ましく、0.50mmol/g以上であることがよりさらに好ましく、0.90mmol/g以上であることが特に好ましい。また、セルロース原料に対する硫黄オキソ酸基の導入量は、5.00mmol/g以下であることが好ましく、3.00mmol/g以下であることがより好ましい。硫黄オキソ酸基の導入量を上記範囲内とすることにより、繊維原料の微細化を容易とすることができ、繊維状セルロースの安定性を高めることが可能となる。
【0073】
-塩素系酸化剤による酸化工程(第二のカルボキシ基導入工程)-
イオン性置換基導入工程としては、塩素系酸化剤による酸化工程を含んでもよい。塩素系酸化剤による酸化工程では、塩素系酸化剤を湿潤あるいは乾燥状態の、水酸基を有する繊維原料に加えて反応を行うことで、繊維原料にカルボキシ基が導入される。
【0074】
塩素系酸化剤としては、次亜塩素酸、次亜塩素酸塩、亜塩素酸、亜塩素酸塩、塩素酸、塩素酸塩、過塩素酸、過塩素酸塩、二酸化塩素などが挙げられる。置換基の導入効率、ひいては解繊効率、コスト、取り扱いやすさの点から、塩素系酸化剤は、次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸ナトリウム、二酸化塩素であることが好ましい。塩素系酸化剤を添加する際には、試薬(固形状もしくは液状)としてそのまま繊維原料に加えてもよいし、適当な溶媒に溶かして加えてもよい。
【0075】
塩素系酸化剤による酸化工程における塩素系酸化剤の溶液中濃度は、たとえば有効塩素濃度に換算して、1質量%以上1,000質量%以下であることが好ましく、5質量%以上500質量%以下であることがより好ましく、10質量%以上100質量%以下であることがさらに好ましい。塩素系酸化剤の繊維原料100質量部に対する添加量は、1質量部以上100,000質量部以下であることが好ましく、10質量部以上10,000質量部以下であることがより好ましく、100質量部以上5,000質量部以下であることがさらに好ましい。
【0076】
塩素系酸化剤による酸化工程における塩素系酸化剤との反応時間は、反応温度に応じて変わり得るが、たとえば1分間以上1,000分間以下であることが好ましく、10分間以上500分間以下であることがより好ましく、20分間以上400分間以下であることがさらに好ましい。反応時のpHは、5以上15以下であることが好ましく、7以上14以下であることがより好ましく、9以上13以下であることがさらに好ましい。また、反応開始時、反応中のpHは塩酸や水酸化ナトリウムを適宜添加しながら一定(たとえば、pH11)を保つことが好ましい。また、反応後は濾過等により、余剰の反応試薬、副生物等を水洗・除去してもよい。
【0077】
-ザンテート基導入工程(キサントゲン酸エステル化工程)-
イオン性置換基導入工程としては、たとえばザンテート基導入工程(以下、ザンテート化工程ともいう。)を含んでもよい。ザンテート化工程では、二硫化炭素とアルカリ化合物を、湿潤あるいは乾燥状態の、水酸基を有する繊維原料に加えて反応を行うことで、繊維原料にザンテート基が導入される。具体的には、二硫化炭素を後述の手法でアルカリセルロース化した繊維原料に対して加え、反応を行う。
【0078】
((アルカリセルロース化))
繊維原料へのイオン性置換基導入に際しては、繊維原料が含むセルロースにアルカリ溶液を作用させ、セルロースをアルカリセルロース化することが好ましい。この処理により、セルロースの水酸基の一部がイオン解離し、求核性(反応性)を高めることができる。アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、特に限定されず、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。汎用性が高いことから、たとえば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシドを用いることが好ましい。アルカリセルロース化は、イオン性置換基の導入と同時に行ってもよいし、その前段として行ってもよいし、両方のタイミングで行ってもよい。
【0079】
アルカリセルロース化を始める際の溶液温度は、0℃以上50℃以下であることが好ましく、5℃以上40℃以下であることがより好ましく、10℃以上30℃以下であることがさらに好ましい。
【0080】
アルカリ溶液中のアルカリ濃度としては、モル濃度として0.01mol/L以上4mol/L以下であることが好ましく、0.1mol/L以上3mol/L以下であることがより好ましく、1mol/L以上2.5mol/L以下であることがさらに好ましい。特に、アルカリセルロース化における処理温度が10℃未満である場合は、アルカリ濃度は1mol/L以上2mol/L以下であることが好ましい。
【0081】
アルカリセルロース化の処理時間は、1分間以上であることが好ましく、10分間以上であることがより好ましく、30分間以上であることがさらに好ましい。また、アルカリ処理の時間は、6時間以下であることが好ましく、5時間以下であることがより好ましく、4時間以下であることがさらに好ましい。
【0082】
アルカリ溶液の種類、処理温度、濃度、浸漬時間を上述のように調整することで、セルロースの結晶領域へのアルカリ溶液浸透を抑制でき、セルロースI型の結晶構造が維持されやすくなり、微細繊維状セルロースの収率を高めることができる。
【0083】
イオン性置換基導入とアルカリセルロース化を同時に行わない場合、アルカリセルロース化はイオン性置換基導入の前段で行われるのが好ましい。この場合、アルカリセルロース化処理で得られたアルカリセルロースは、遠心分離や、濾別などの一般的な脱液方法により、固液分離し、水分を除去しておくことが好ましい。これにより、次いで行われるイオン性置換基導入工程での、反応効率が向上する。固液分離後のセルロース繊維濃度は、5%以上50%以下であることが好ましく、10%以上40%以下であることがより好ましく、15%以上35%以下であることがさらに好ましい。
【0084】
-ホスホン基またはホスフィン基導入工程(ホスホアルキル化工程)-
イオン性置換基導入工程としては、ホスホン基またはホスフィン基導入工程(ホスホアルキル化工程)を含んでもよい。ホスホアルキル化工程では、必須成分として、反応性基とホスホ基またはホスフィン基とを有する化合物(化合物E)、任意成分としてアルカリ化合物、前述した尿素およびその誘導体から選択される化合物Bを、湿潤あるいは乾燥状態の、水酸基を有する繊維原料に加えて反応を行うことで、繊維原料にホスホン基またはホスフィン基が導入される。
【0085】
反応性基としては、ハロゲン化アルキル基、ビニル基、エポキシ基(グリシジル基)などが挙げられる。
化合物Eとしては、たとえばビニルホスホン酸、フェニルビニルホスホン酸、フェニルビニルホスフィン酸等が挙げられる。置換基の導入効率、ひいては解繊効率、コスト、取り扱いやすさの点から化合物Eはビニルホスホン酸であることが好ましい。
さらに任意成分として、上述した<リンオキソ酸基導入工程>における化合物Bを同様に用いることも好ましく、添加量も前述のようにすることが好ましい。
【0086】
化合物Eを添加する際には、試薬(固形状もしくは液状)としてそのまま繊維原料に加えてもよいし、適当な溶媒に溶かして加えてもよい。繊維原料は事前にアルカリセルロース化するか、反応と同時にアルカリセルロース化されることが好ましい。アルカリセルロース化の方法は、前述のとおりである。
【0087】
反応時の温度は、たとえば50℃以上300℃以下であることが好ましく、100℃以上250℃以下であることがより好ましく、130℃以上200℃以下であることがさらに好ましい。
【0088】
化合物Eの繊維原料100質量部に対する添加量は、1質量部以上100,000質量部以下であることが好ましく、2質量部以上10,000質量部以下であることがより好ましく、5質量部以上1,000質量部以下であることがさらに好ましい。
【0089】
反応時間は、反応温度に応じて変わり得るが、たとえば1分間以上1,000分間以下であることが好ましく、10分間以上500分間以下であることがより好ましく、20分間以上400分間以下であることがさらに好ましい。また、反応後は濾過等により、余剰の反応試薬、副生物等を水洗・除去してもよい。
【0090】
-スルホン基導入工程(スルホアルキル化工程)-
イオン性置換基導入工程としては、スルホン基導入工程(スルホアルキル化工程)を含んでもよい。スルホアルキル化では、必須成分として、反応性基とスルホン基とを有する化合物(化合物E)と、任意成分としてアルカリ化合物、前述した尿素およびその誘導体から選択される化合物Bを、湿潤あるいは乾燥状態の、水酸基を有する繊維原料に加えて反応を行うことで、繊維原料にスルホン基が導入される。
【0091】
反応性基としては、ハロゲン化アルキル基、ビニル基、エポキシ基(グリシジル基)などが挙げられる。
化合物Eとしては、2-クロロエタンスルホン酸ナトリウム、ビニルスルホン酸ナトリウム、p-スチレンスルホン酸ナトリウム、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸等が挙げられる。中でも、置換基の導入効率、ひいては解繊効率、コスト、取り扱いやすさの点から化合物Eはビニルスルホン酸ナトリウムであることが好ましい。
さらに任意成分として、上述した<リンオキソ酸基導入工程>における化合物Bを同様に用いることも好ましく、添加量も前述のようにすることが好ましい。
【0092】
化合物Eを添加する際には、試薬(固形状もしくは液状)としてそのまま繊維原料に加えてもよいし、適当な溶媒に溶かして加えてもよい。繊維原料は事前にアルカリセルロース化するか、反応と同時にアルカリセルロース化されることが好ましい。アルカリセルロース化の方法は、前述のとおりである。
【0093】
反応時の温度は、たとえば50℃以上300℃以下であることが好ましく、100℃以上250℃以下であることがより好ましく、130℃以上200℃以下であることがさらに好ましい。
【0094】
化合物Eの繊維原料100質量部に対する添加量は、1質量部以上100,000質量部以下であることが好ましく、2質量部以上10,000質量部以下であることがより好ましく、5質量部以上1,000質量部以下であることがさらに好ましい。
【0095】
反応時間は、反応温度に応じて変わり得るが、たとえば1分間以上1,000分間以下であることが好ましく、10分間以上500分間以下であることがより好ましく、15分間以上400分間以下であることがさらに好ましい。また、反応後は濾過等により、余剰の反応試薬、副生物等を水洗・除去してもよい。
【0096】
-カルボキシアルキル化工程(第三のカルボキシ基導入工程)-
イオン性置換基導入工程としては、カルボキシアルキル化工程を含んでもよい。必須成分として、反応性基とカルボキシ基とを有する化合物(化合物E)、任意成分としてアルカリ化合物、前述した尿素およびその誘導体から選択される化合物Bを、湿潤あるいは乾燥状態の、水酸基を有する繊維原料に加えて反応を行うことで、繊維原料にカルボキシ基が導入される。
【0097】
反応性基としては、ハロゲン化アルキル基、ビニル基、エポキシ基(グリシジル基)などが挙げられる。
化合物Eとしては、置換基の導入効率、ひいては解繊効率、コスト、取り扱いやすさの点からモノクロロ酢酸、モノクロロ酢酸ナトリウム、2-クロロプロピオン酸、3-クロロプロピオン酸、2-クロロプロピオン酸ナトリウム、3-クロロプロピオン酸ナトリウムが好ましい。
さらに任意成分として、上述した<リンオキソ酸基導入工程>における化合物Bを同様に用いることも好ましく、添加量も前述のようにすることが好ましい。
【0098】
化合物Eを添加する際には、試薬(固形状もしくは液状)としてそのまま繊維原料に加えてもよいし、適当な溶媒に溶かして加えてもよい。繊維原料は事前にアルカリセルロース化するか、反応と同時にアルカリセルロース化されることが好ましい。アルカリセルロース化の方法は、前述のとおりである。
【0099】
反応時の温度は、たとえば50℃以上300℃以下であることが好ましく、100℃以上250℃以下であることがより好ましく、130℃以上200℃以下であることがさらに好ましい。
【0100】
化合物Eの繊維原料100質量部に対する添加量は、1質量部以上100,000質量部以下であることが好ましく、2質量部以上10,000質量部以下であることがより好ましく、5質量部以上1,000質量部以下であることがさらに好ましい。
【0101】
反応時間は、反応温度に応じて変わり得るが、たとえば1分間以上1,000分間以下であることが好ましく、3分間以上500分間以下であることがより好ましく、5分間以上400分間以下であることがさらに好ましい。また、反応後は濾過等により、余剰の反応試薬、副生物等を水洗・除去してもよい。
【0102】
-カチオン性基導入工程(カチオン化工程)-
必須成分として、反応性基とカチオン性基とを有する化合物(化合物E)、任意成分としてアルカリ化合物、前述した尿素およびその誘導体から選択される化合物Bを、湿潤あるいは乾燥状態の、水酸基を有する繊維原料に加えて反応を行うことで、繊維原料にカチオン性基が導入される。
【0103】
反応性基としては、ハロゲン化アルキル基、ビニル基、エポキシ基(グリシジル基)などが挙げられる。
カチオン性基としては、アンモニウム基、ホスホニウム基、スルホニウム基等を挙げることができる。中でもカチオン性基はアンモニウム基であることが好ましい。
化合物Eとしては、置換基の導入効率、ひいては解繊効率、コスト、取り扱いやすさの点からグリシジルトリメチルアンモニウムクロリド、3-クロロ-2-ヒドロキシプロピルトリメチルアンモニウムクロリド等が好ましい。
さらに任意成分として、上述した<リンオキソ酸基導入工程>における化合物Bを同様に用いることも好ましい。添加量も前述のようにすることが好ましい。
【0104】
化合物Eを添加する際には、試薬(固形状もしくは液状)としてそのまま繊維原料に加えてもよいし、適当な溶媒に溶かして加えてもよい。繊維原料は事前にアルカリセルロース化するか、反応と同時にアルカリセルロース化されることが好ましい。アルカリセルロース化の方法は、前述のとおりである。
【0105】
反応時の温度は、たとえば50℃以上300℃以下であることが好ましく、100℃以上250℃以下であることがより好ましく、130℃以上200℃以下であることがさらに好ましい。
【0106】
化合物Eの繊維原料100質量部に対する添加量は、1質量部以上100,000質量部以下であることが好ましく、2質量部以上10,000質量部以下であることがより好ましく、5質量部以上1,000質量部以下であることがさらに好ましい。
【0107】
反応時間は、反応温度に応じて変わり得るが、たとえば1分間以上1,000分間以下であることが好ましく、5分間以上500分間以下であることがより好ましく、10分間以上400分間以下であることがさらに好ましい。また、反応後は濾過等により、余剰の反応試薬、副生物等を水洗・除去してもよい。
【0108】
(洗浄工程)
本実施形態における微細繊維状セルロースの製造方法においては、必要に応じてイオン性置換基導入繊維に対して洗浄工程を行うことができる。洗浄工程は、たとえば水や有機溶媒によりイオン性置換基導入繊維を洗浄することにより行われる。また、洗浄工程は後述する各工程の後に行われてもよく、各洗浄工程において実施される洗浄回数は、特に限定されない。
【0109】
(アルカリ処理(中和処理)工程)
微細繊維状セルロースを製造する場合、イオン性置換基導入工程と、後述する解繊処理工程との間に、繊維原料に対してアルカリ処理(中和処理)を行ってもよい。アルカリ処理の方法としては、特に限定されないが、たとえばアルカリ溶液中に、イオン性置換基導入繊維を浸漬する方法が挙げられる。
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、特に限定されず、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。本実施形態においては、汎用性が高いことから、たとえば水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウムをアルカリ化合物として用いることが好ましい。また、アルカリ溶液に含まれる溶媒は、水または有機溶媒のいずれであってもよい。中でも、アルカリ溶液に含まれる溶媒は、水、またはアルコールに例示される極性有機溶媒などを含む極性溶媒であることが好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒であることがより好ましい。アルカリ溶液としては、汎用性が高いことから、たとえば水酸化ナトリウム水溶液、または水酸化カリウム水溶液が好ましい。
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液の温度は、特に限定されないが、たとえば5℃以上80℃以下であることが好ましく、10℃以上60℃以下であることがより好ましい。アルカリ処理工程におけるイオン性置換基導入繊維のアルカリ溶液への浸漬時間は、特に限定されないが、たとえば5分以上30分以下であることが好ましく、10分以上20分以下であることがより好ましい。アルカリ処理におけるアルカリ溶液の使用量は、特に限定されないが、たとえばイオン性置換基導入繊維の絶乾質量に対して100質量%以上100000質量%以下であることが好ましく、1000質量%以上10000質量%以下であることがより好ましい。
【0110】
アルカリ処理工程におけるアルカリ溶液の使用量を減らすために、イオン性置換基導入工程の後であってアルカリ処理工程の前に、イオン性置換基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄してもよい。アルカリ処理工程の後であって解繊処理工程の前には、取り扱い性を向上させる観点から、アルカリ処理を行ったイオン性置換基導入繊維を水や有機溶媒により洗浄することが好ましい。
【0111】
(酸処理工程)
微細繊維状セルロースを製造する場合、イオン性置換基を導入する工程と、後述する解繊処理工程の間に、繊維原料に対して酸処理を行ってもよい。たとえば、イオン性置換基導入工程、酸処理工程、アルカリ処理工程および解繊処理工程をこの順で行ってもよい。
酸処理の方法としては、特に限定されないが、たとえば酸を含有する酸性液中に繊維原料を浸漬する方法が挙げられる。使用する酸性液の濃度は、特に限定されないが、たとえば10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることがより好ましい。また、使用する酸性液のpHは、特に限定されないが、たとえば0以上4以下であることが好ましく、1以上3以下であることがより好ましい。酸性液に含まれる酸としては、たとえば無機酸、スルホン酸、カルボン酸等を用いることができる。無機酸としては、たとえば硫酸、硝酸、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、次亜塩素酸、亜塩素酸、塩素酸、過塩素酸、リン酸、ホウ酸等が挙げられる。スルホン酸としては、たとえばメタンスルホン酸、エタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸等が挙げられる。カルボン酸としては、たとえばギ酸、酢酸、クエン酸、グルコン酸、乳酸、シュウ酸、酒石酸等が挙げられる。これらの中でも、塩酸または硫酸を用いることが特に好ましい。
酸処理における酸溶液の温度は、特に限定されないが、たとえば5℃以上100℃以下が好ましく、20℃以上90℃以下がより好ましい。酸処理における酸溶液への浸漬時間は、特に限定されないが、たとえば5分以上120分以下が好ましく、10分以上60分以下がより好ましい。酸処理における酸溶液の使用量は、特に限定されないが、たとえば繊維原料の絶乾質量に対して100質量%以上100,000質量%以下であることが好ましく、1,000質量%以上10,000質量%以下であることがより好ましい。
【0112】
(解繊処理工程)
イオン性置換基導入繊維を解繊処理工程で解繊処理することにより、微細繊維状セルロースが得られる。
解繊処理工程においては、たとえば解繊処理装置を用いることができる。解繊処理装置は、特に限定されないが、たとえば高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、またはビーターなどを使用することができる。上記解繊処理装置の中でも、粉砕メディアの影響が少なく、コンタミネーションのおそれが少ない高速解繊機、高圧ホモジナイザー、超高圧ホモジナイザーを用いるのがより好ましい。
【0113】
解繊処理工程においては、たとえばイオン性置換基導入繊維を、分散媒により希釈してスラリー状にすることが好ましい。分散媒としては、水、および極性有機溶媒などの有機溶媒から選択される1種または2種以上を使用することができる。極性有機溶媒としては、特に限定されないが、たとえばアルコール類、多価アルコール類、ケトン類、エーテル類、エステル類、非プロトン性極性溶媒等が好ましい。アルコール類としては、たとえばメタノール、エタノール、イソプロパノール、n-ブタノール、イソブチルアルコール等が挙げられる。多価アルコール類としては、たとえばエチレングリコール、プロピレングリコール、グリセリンなどが挙げられる。ケトン類としては、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)等が挙げられる。エーテル類としては、たとえばジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノn-ブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル等が挙げられる。エステル類としては、たとえば酢酸エチル、酢酸ブチル等が挙げられる。非プロトン性極性溶媒としてはジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルホルムアミド(DMF),ジメチルアセトアミド(DMAc)、N-メチル-2-ピロリジノン(NMP)等が挙げられる。
【0114】
解繊処理時の微細繊維状セルロースの固形分濃度は適宜設定できる。
また、リンオキソ酸基導入繊維を分散媒に分散させて得たスラリー中には、たとえば水素結合性のある尿素などのリンオキソ酸基導入繊維以外の固形分が含まれていてもよい。
【0115】
(窒素除去処理)
微細繊維状セルロースの製造工程は、窒素量を低減させる工程(窒素除去処理工程)をさらに含んでもよい。窒素量を低減させることで、さらに着色を抑制し得る微細繊維状セルロースを得ることができる。窒素除去処理工程は、解繊処理工程の前に設けられることが好ましい。
【0116】
窒素除去処理工程においては、置換基導入繊維を含むスラリーのpHを10以上に調整し、加熱処理を行うことが好ましい。加熱処理においては、スラリーの液温を50℃以上100℃以下とすることが好ましく、加熱時間は15分以上180分以下とすることが好ましい。置換基導入繊維を含むスラリーのpHを調整する際には、上述したアルカリ処理工程で用いることができるアルカリ化合物をスラリーに添加することが好ましい。
【0117】
窒素除去処理工程の後、必要に応じて置換基導入繊維に対して洗浄工程を行うことができる。洗浄工程は、たとえば水や有機溶媒によりイオン性置換基導入繊維を洗浄することにより行われる。また、各洗浄工程において実施される洗浄回数は、特に限定されない。
【0118】
(置換基除去処理)
微細繊維状セルロースの製造方法は、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースから、置換基の少なくとも一部を除去する工程を含んでもよい。このような工程を経ることで、置換基導入量が低いが、繊維幅の小さい微細繊維状セルロースを得ることもできる。本明細書において、微細繊維状セルロースから、置換基の少なくとも一部を除去する工程は、置換基除去処理工程ともいう。
【0119】
置換基除去処理工程としては、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースを加熱処理する工程、酵素処理する工程、酸処理する工程、アルカリ処理する工程等が挙げられる。これらは単独で行ってもよく、組み合わせて行ってもよい。中でも、置換基除去処理工程は、加熱処理する工程または酵素処理する工程であることが好ましい。上記処理工程を経ることで、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースから、置換基の少なくとも一部が除去され、置換基導入量が0.5mmol/g未満の微細繊維状セルロースを得ることができる。このような微細繊維状セルロースを用いて微細繊維状セルロース含有層を形成することにより、より耐水性に優れる積層体が得られやすくなる。
【0120】
置換基除去処理工程は、スラリー状で行われることが好ましい。すなわち、置換基除去処理工程は、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースを含むスラリーを、加熱処理する工程、酵素処理する工程、酸処理する工程、アルカリ処理する工程等であることが好ましい。置換基除去処理工程をスラリー状で実施することによって、置換基除去処理時の加熱等によって生じる着色物質や、添加もしくは発生する酸、アルカリ、塩などの残留を防ぐことができる。これにより、微細繊維状セルロース含有層の着色を抑制することができる。また、置換基除去処理後に除去した置換基由来の塩の除去処理を行う場合、塩の除去効率を高めることも可能となる。
【0121】
置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースを含むスラリーに対して置換基除去処理を行う場合、該スラリー中の微細繊維状セルロースの濃度は、0.05質量%以上であることが好ましく、0.1質量%以上であることがより好ましく、0.2質量%以上であることがさらに好ましい。また、該スラリー中の微細繊維状セルロースの濃度は、20質量%以下であることが好ましく、15質量%以下であることがより好ましく、10質量%以下であることがさらに好ましい。スラリー中の微細繊維状セルロースの濃度を上記範囲内とすることにより、置換基除去処理をより効率よく行うことができる。さらに、スラリー中の微細繊維状セルロースの濃度を上記範囲内とすることにより、置換基除去処理時の加熱等によって生じる着色物質や、添加もしくは発生する酸、アルカリ、塩などの残留を防ぐことができる。これにより、微細繊維状セルロース含有層の着色を抑制することができる。また、置換基除去処理後に除去した置換基由来の塩の除去処理を行う場合、塩の除去効率を高めることも可能となる。
【0122】
置換基除去処理工程が、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースを加熱処理する工程である場合、加熱処理する工程における加熱温度は、40℃以上であることが好ましく、50℃以上であることがより好ましく、60℃以上であることがさらに好ましい。また、加熱処理する工程における加熱温度は、250℃以下であることが好ましく、230℃以下であることがより好ましく、200℃以下であることがさらに好ましい。中でも、置換基除去処理工程に供する微細繊維状セルロースが有する置換基がリンオキソ酸基である場合、加熱処理する工程における加熱温度は、80℃以上であることが好ましく、100℃以上であることがより好ましく、120℃以上であることがさらに好ましい。
【0123】
置換基除去処理工程が加熱処理する工程である場合、加熱処理工程において使用できる加熱装置としては、特に限定されないが、熱風加熱装置、蒸気加熱装置、電熱加熱装置、水熱加熱装置、火力加熱装置、赤外線加熱装置、遠赤外線加熱装置、マイクロ波加熱装置、高周波加熱装置、撹拌乾燥装置、回転乾燥装置、円盤乾燥装置、ロール型加熱装置、プレート型加熱装置、流動層乾燥装置、バンド型乾燥装置、ろ過乾燥装置、振動流動乾燥装置、気流乾燥装置、減圧乾燥装置を用いることができる。蒸発を防ぐ観点から、加熱は密閉系で行われることが好ましく、さらに加熱温度を高める観点から、耐圧性の装置内や容器内で行われることが好ましい。加熱処理はバッチ処理であってもよく、バッチ連続処理であってもよく、連続処理であってもよい。
【0124】
置換基除去処理工程が、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースを酵素処理する工程である場合、酵素処理する工程では、置換基の種類に応じて、リン酸エステル加水分解酵素、硫酸エステル加水分解酵素等を用いることが好ましい。
【0125】
酵素処理工程では、微細繊維状セルロース1gに対して酵素活性が0.1nkat以上となるよう酵素を添加することが好ましく、1.0nkat以上となるよう酵素を添加することがより好ましく、10nkat以上となるよう酵素を添加することがさらに好ましい。また、微細繊維状セルロース1gに対して酵素活性が100000nkat以下となるよう酵素を添加することが好ましく、50000nkat以下となるよう酵素を添加することがより好ましく10000nkat以下となるよう酵素を添加することがさらに好ましい。微細繊維状セルロース分散液(スラリー)に酵素を添加した後には、0℃以上50℃未満の条件下で1分以上100時間以下処理を行うことが好ましい。
【0126】
酵素反応の後、酵素を失活させる工程を設けてもよい。酵素を失活させる方法としては、酵素処理を施したスラリーに酸成分もしくはアルカリ成分を添加して酵素を失活させる方法、酵素処理を施したスラリーの温度を90℃以上に上昇させて酵素を失活させる方法が挙げられる。
【0127】
置換基除去処理工程が、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースを酸処理する工程である場合、酸処理する工程では、上述した酸処理工程で用いることができる酸化合物をスラリーに添加することが好ましい。
【0128】
置換基除去処理工程が、置換基を有し、かつ繊維幅が1nm以上1000nm以下の微細繊維状セルロースをアルカリ処理する工程である場合、アルカリ処理する工程では、上述したアルカリ処理工程で用いることができるアルカリ化合物をスラリーに添加することが好ましい。
【0129】
置換基除去処理工程では、置換基除去反応が均一に進むことが好ましい。反応を均一に進めるためには、たとえば、微細繊維状セルロースを含むスラリーを撹拌してもよく、スラリーの比表面積を高めてもよい。スラリーを撹拌する方法としては、外部からの機械的シェアを与えてもよく、反応中のスラリーの送液速度を上げることで自己撹拌を促してもよい。
【0130】
置換基除去処理工程では、スペーサー分子を添加してもよい。スペーサー分子は、隣接する微細繊維状セルロースの間に入り込み、それにより微細繊維状セルロース間に微細なスペースを設けるためのスペーサーとして働く。置換基除去処理工程において、このようなスペーサー分子を添加することで、置換基除去処理後の微細繊維状セルロースの凝集を抑制することができる。これにより、微細繊維状セルロース含有層の透明性をより効果的に高めることができる。
【0131】
スペーサー分子は水溶性有機化合物であることが好ましい。水溶性有機化合物としては、たとえば、糖や水溶性高分子、尿素等を挙げることができる。具体的には、トレハロース、尿素、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリエチレンオキサイド(PEO)、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール(PVA)等を挙げることができる。また、水溶性有機化合物として、メタクリル酸アルキル・アクリル酸コポリマー、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸ナトリウム、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、イソプレングリコール、ヘキシレングリコール、1,3-ブチレングリコール、ポリアクリルアミド、キサンタンガム、グアーガム、タマリンドガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、クインスシード、アルギン酸、プルラン、カラギーナン、ペクチン、カチオン化デンプン、生デンプン、酸化デンプン、エーテル化デンプン、エステル化デンプン、アミロース等のデンプン類、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン、ヒアルロン酸、ヒアルロン酸の金属塩を用いることもできる。
【0132】
また、スペーサー分子として公知の顔料を使用することができる。たとえば、カオリン(含クレー)、炭酸カルシウム、酸化チタン、酸化亜鉛、非晶質シリカ(含コロイダルシリカ)、酸化アルミニウム、ゼオライト、セピオライト、スメクタイト、合成スメクタイト、珪酸マグネシウム、炭酸マグネシウム、酸化マグネシウム、珪藻土、スチレン系プラスチックピグメント、ハイドロタルサイト、尿素樹脂系プラスチックピグメント、ベンゾグアナミン系プラスチックピグメント等が挙げられる。
【0133】
(pH調整工程)
上述した置換基除去処理工程がスラリー状で行われる場合、置換基除去処理工程の前に、微細繊維状セルロースを含むスラリーのpHを調整する工程を設けてもよい。たとえば、セルロース繊維にイオン性置換基を導入し、このイオン性置換基の対イオンがNaである場合、解繊後の微細繊維状セルロースを含むスラリーは弱アルカリ性を示す。この状態で加熱を行うと、セルロースの分解により着色要因の一つである単糖が発生する場合があるため、スラリーのpHを8以下に調整することが好ましい。また、酸性条件においても同様に単糖が発生する場合があるため、スラリーのpHを3以上に調整することが好ましい。
【0134】
また、置換基を有する微細繊維状セルロースがリン酸基を有する微細繊維状セルロースである場合、置換基の除去効率向上の観点から、リン酸基のリンが求核攻撃を受けやすい状態であることが好ましい。求核攻撃を受けやすいのは、セルロース-O-P(=O)(-O-H)(-O-Na)と表される中和度1の状態であり、この状態とするには、
スラリーのpHを3以上8以下に調整することが好ましく、pHを4以上6以下に調整することがさらに好ましい。
【0135】
pHを調整する手段は特に限定されないが、たとえば微細繊維状セルロースを含むスラリーに酸成分やアルカリ成分を添加してもよい。酸成分は無機酸および有機酸のいずれであってもよく、無機酸としては、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸等が挙げられる。有機酸としては、ギ酸、酢酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、アジピン酸、セバシン酸、ステアリン酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、フマル酸、グルコン酸等が挙げられる。アルカリ成分は、無機アルカリ化合物であってもよいし、有機アルカリ化合物であってもよい。無機アルカリ化合物としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムなどが挙げられる。有機アルカリ化合物としては、アンモニア、ヒドラジン、メチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、ジプロピルアミン、ブチルアミン、ジアミノエタン、ジアミノプロパン、ジアミノブタン、ジアミノペンタン、ジアミノヘキサン、シクロヘキシルアミン、アニリン、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド、ベンジルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、ピリジン、N,N-ジメチル-4-アミノピリジン等が挙げられる。
【0136】
また、pH調整工程では、pHを調整するためにイオン交換処理を行ってもよい。イオン交換処理に際しては、強酸性陽イオン交換樹脂もしくは弱酸性イオン交換樹脂を用いることができる。適切な量の陽イオン交換樹脂で十分な時間処理することにより、目的とするpHの微細繊維状セルロースを含むスラリーを得ることができる。さらに、pH調整工程では酸成分やアルカリ成分の添加とイオン交換処理を組み合わせてもよい。
【0137】
(塩の除去処理)
置換基除去処理工程の後には、除去した置換基由来の塩の除去処理を行うことが好ましい。置換基由来の塩を除去することで、着色を抑制し得る微細繊維状セルロースが得られ易くなる。置換基由来の塩を除去する手段は特に限定されないが、たとえば洗浄処理やイオン交換処理が挙げられる。洗浄処理は、たとえば水や有機溶媒により、置換基除去処理で凝集した微細繊維状セルロースを洗浄することにより行われる。イオン交換処理では、イオン交換樹脂を用いることができる。
【0138】
(均一分散処理)
置換基除去処理工程の後には、置換基除去処理を経て得られた微細繊維状セルロースを均一分散処理する工程を設けてもよい。微細繊維状セルロースに対して置換基除去処理を施すことにより、少なくとも一部の微細繊維状セルロースが凝集する。均一分散処理工程においては、このように凝集した微細繊維状セルロースを均一分散する工程である。
【0139】
均一分散処理工程では、たとえば高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザー高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ビーズミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混練機、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機またはビーターなどを使用することができる。上記均一分散処理装置の中でも、高速解繊機、高圧ホモジナイザーを用いることがより好ましい。
【0140】
均一分散処理工程における処理条件は特に限定されないが、処理中の微細繊維状セルロースの最高移動速度や、処理時の圧力を大きくすることが好ましい。高速解繊機においては、その周速が20m/sec以上であることが好ましく、25m/sec以上であることがより好ましく、30m/sec以上であることがさらに好ましい。高圧ホモジナイザーは、高速解繊機よりも、処理中の微細繊維状セルロースの最高移動速度や、処理時の圧力が大きくなるため、より好ましく使用できる。高圧ホモジナイザー処理においては、処理時の圧力は1MPa以上350MPa以下が好ましく、10MPa以上300MPa以下がより好ましく、50MPa以上250MPa以下がさらに好ましい。
【0141】
なお、均一分散処理工程においては、上述したスペーサー分子を新たに添加してもよい。均一分散処理工程において、このようなスペーサー分子を添加することで、微細繊維状セルロースの均一分散をよりスムーズに行うことができる。これにより、微細繊維状セルロース含有層の透明性をより効果的に高めることができる。
【0142】
微細繊維状セルロースとして、イオン性基を含有する微細繊維状セルロースと、未変性微細繊維状セルロースとを併用してもよい。
【0143】
(繊維幅が1,000nm超の繊維状セルロース)
繊維層形成用塗工液は、繊維幅が1,000nm超の繊維状セルロースを含有してもよい。以下、繊維幅が1,000nm超の繊維状セルロースを、「粗大セルロース繊維」ともいう。なお、粗大セルロースの繊維幅の上限は、たとえば30,000nm以下、好ましくは20,000nm以下である。
【0144】
(分散媒)
繊維層形成用塗工液は、微細繊維状セルロースが均一に分散した繊維層を形成するため、分散媒を含むことが好ましい。分散媒としては、水を主成分とするものであることが好ましく、水に加えて有機溶媒を含有していてもよい。前記有機溶媒としては、解繊処理工程において挙げた極性有機溶媒が例示される。繊維層形成用塗工液の溶媒中の水の含有量は、好ましくは50質量%以上、より好ましくは70質量%以上、さらに好ましくは90質量%以上、よりさらに好ましくは95質量%以上であり、そして、100質量%以下であり、100質量%が好ましい。
【0145】
(その他の成分2)
繊維層形成用塗工液には、親水性高分子、繊維幅1nm以上1,000nm以下の微細繊維状セルロース、および粗大セルロース以外の成分(「その他の成分2」)が含まれていてもよい。その他の成分2としては、たとえば、親水性低分子、熱可塑性樹脂、界面活性剤、有機イオン、カップリング剤、無機層状化合物、無機化合物、レベリング剤、防腐剤、消泡剤、有機系粒子、潤滑剤、帯電防止剤、紫外線防御剤、染料、顔料、安定剤、磁性粉、配向促進剤、可塑剤、分散剤、着色防止剤、重合禁止剤、pH調整剤および架橋剤等が挙げられる。
【0146】
(含有量)
繊維層形成用塗工液が含有する固形分中、親水性高分子の含有量は、繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは5質量%以上、より好ましくは15質量%以上、さらに好ましくは25質量%以上であり、そして、好ましくは55質量%以下、より好ましくは45質量%以下、さらに好ましくは35質量%以下である。
【0147】
繊維層形成用塗工液が含有する固形分中、微細繊維状セルロースの含有量は、積層シートの補強材としての機能を高める観点から、好ましくは45質量%以上、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは55質量%以上、よりさらに好ましくは60質量%以上、特に好ましくは65質量%以上であり、そして、好ましくは95質量%以下、より好ましくは90質量%以下、さらに好ましくは85質量%以下、よりさらに好ましくは80質量%以下、特に好ましくは75質量%以下である。
繊維層形成用塗工液が含有する固形分中、粗大セルロース繊維の含有量は、繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは50質量%以下、より好ましくは40質量%以下、さらに好ましくは20質量%以下、よりさらに好ましくは5質量%以下、特に好ましくは0質量%である。
繊維層形成用塗工液が含有する固形分中、その他の成分2の含有量は、たとえば、5質量%以下とすることができ、3質量%以下であってもよく、1質量%以下であってもよく、そして、0質量%であってもよい。
【0148】
(濃度)
繊維層形成用塗工液中の固形分濃度は、当該塗工液中の固形分が均一に分散した繊維層を形成する観点、および、塗工適性の観点から、好ましくは0.05質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、さらに好ましくは0.5質量%以上、よりさらに好ましくは1.0質量%以上であり、そして、好ましくは10質量%以下、より好ましくは8.0質量%以下、さらに好ましくは5.0質量%以下、よりさらに好ましくは3.0質量%以下である。
【0149】
(塗工乾燥)
繊維層形成用塗工液は樹脂層(1a)上に公知の塗工機を用いて塗工することができる。塗工機としてえは、たとえば、バーコーター、ロールコーター、グラビアコーター、ダイコーター、カーテンコーター、エアドクターコーター等を使用することができる。厚みをより均一にできることから、バーコーター、ダイコーター、カーテンコーター、スプレーコーターが好ましい。
なお、繊維層形成用塗工液の温度は特に限定されないが、15℃以上45℃以下であることが好ましい。塗工温度が上記下限値以上であれば、微細繊維状セルロース分散液を容易に塗工でき、上記上限値以下であれば、塗工中の溶媒の揮発を抑制できる。
【0150】
繊維層形成用塗工液の塗工において、当該塗工液の粘度が低く、樹脂層(1a)上で展開してしまう場合、所望の厚み、坪量の繊維層を得るため、樹脂層(1a)上に堰止用の枠を固定して使用してもよい。堰止用の枠の材料は特に限定されないが、乾燥後に付着する繊維層の端部が容易に剥離できるものを選択することが好ましい。中でも樹脂板または金属板を成形したものが好ましいが、特に限定されない。たとえばアクリル板、ポリエチレンテレフタレート板、塩化ビニル板、ポリスチレン板、ポリ塩化ビニリデン板等の樹脂板や、アルミ板、亜鉛版、銅版、鉄板等の金属板および、それらの表面を酸化処理したもの、ステンレス板、真ちゅう板等を成形したもの用いることができる。
【0151】
乾燥温度の下限は、樹脂層(1a)中のブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度未満で繊維層を形成することができれば制限されず、好ましくは70℃以上、より好ましくは75℃以上であり、そして、好ましくは100℃以下、より好ましくは95℃以下である。なお、乾燥時間は、好ましくは4分以上、より好ましくは7分以上であり、そして、好ましくは13分以下、より好ましくは16分以下である。
工程2の乾燥方法は、工程1の乾燥方法と同様である。
なお、工程2では塗工乾燥を繰り返して所望の厚さの繊維層を得ることもできる。
【0152】
〔工程3〕
工程3は、繊維層が形成されたシートを加熱して樹脂層(1A)を形成する工程であり、加熱温度は樹脂層(1a)が含むブロックイソシアネート化合物のブロック剤の解離温度以上である。工程3ではブロックイソシアネート化合物からブロック剤を解離させて、イソシアネート化合物と、樹脂層(1a)が含む樹脂、繊維層が含む樹脂および微細繊維状セルロースとを反応させることにより樹脂層(1A)を形成する。
加熱温度は、好ましくは110℃以上、より好ましくは115℃以上であり、そして、好ましくは130℃以下、より好ましくは125℃以下である。なお、加熱時間は、好ましくは30分以上、より好ましくは60分以上であり、そして、好ましくは180分以下、より好ましくは150分以下である。
工程3の加熱は、工程1の乾燥方法と同様にして行うことができる。
【0153】
本実施形態の積層シートの製造方法は、さらに、下記工程4を有することができる。
〔工程4〕
工程4は、繊維層の樹脂層(1A)とは反対側の面に、樹脂と、イソシアネート化合物およびブロックイソシアネート化合物よりなる群から選択される少なくとも1種とを含む樹脂層(2A)形成用塗工液を塗工乾燥して、樹脂層(2a)を形成する工程である。
後述する工程5により、樹脂層(2a)を樹脂層(2A)として、さらに、樹脂層(2A)と樹脂板とを接着させることにより、積層体を得ることができる。
【0154】
<樹脂層(2A)形成用塗工液>
樹脂層(2A)形成用塗工液は、樹脂と、イソシアネート化合物およびブロックイソシアネート化合物よりなる群から選択される少なくとも1種とを含む。積層シートの透明性向上の観点から、樹脂層(2A)形成用塗工液は、イソシアネート化合物を含むことが好ましい。
【0155】
(樹脂)
樹脂層(2A)形成用塗工液が含む樹脂は、樹脂層(1A)形成用塗工液が含む樹脂と同様である。
【0156】
(イソシアネート化合物)
イソシアネート化合物は、2つ以上(好ましくは2~4個、より好ましくは2または3個)のイソシアナト基を有するポリイソシアネート化合物であり、たとえば、炭素数が6以上20以下の芳香族ポリイソシアネート、炭素数2以上18以下の脂肪族ポリイソシアネート、炭素数6以上15以下の脂環式ポリイソシアネート、炭素数8以上15以下のアラルキル型ポリイソシアネート、これらのポリイソシアネートの変性物、およびこれらの2種以上の混合物を挙げることができる。中でも、炭素数6以上15以下の脂環式ポリイソシアネート、すなわちイソシアヌレートが好ましい。なお、上記炭素数の炭素には、イソシアナト基の炭素は含まれない。
【0157】
炭素数が6以上20以下の芳香族ポリイソシアネートの具体例としては、トリレンジイソシアネート、1,4-フェニレンジイソシアネート、4,4’-ジフェニルジイソシアネート、1,5-ナフタレンジイソシアネート、4,4’-ジフェニルメタンジイソシネート、4,4’-トルイジンジイソシアネート、および4,4’-ジフェニルエーテルジイソシアネートが挙げられる。
【0158】
炭素数6以上15以下の脂環式ポリイソシアネートの具体例としては、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、ジシクロヘキシルメタン-4,4’-ジイソシアネート(水添MDI)、シクロヘキシレンジイソシアネート、メチルシクロヘキシレンジイソシアネート、ビス(2-イソシアナトエチル)-4-シクロヘキセン-1,2-ジカルボキシレート、2,5-ノルボルナンジイソシアネート、2,6-ノルボルナンジイソシアネートが挙げられる。
【0159】
炭素数2以上18以下の脂肪族ポリイソシアネートの具体例としては、エチレンジイソシアネート、トリメチレンジイソシアネート、1,4-テトラメチレンジイソシアネート、1,5-ペンタメチレンジイソシアネート、1,6-ヘキサメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、および2,6-ジイソシアネートメチルカプロエートが挙げられる。
【0160】
炭素数8以上15以下のアラルキル型ポリイソシアネートの具体例としては、キシリレンジイソシアネート、テトラメチルキシリレンジイソシアネート、およびω,ω’-ジイソシアネート-1,4-ジエチルベンゼンが挙げられる。
【0161】
イソシアネート化合物中のイソシアナト基の含有量は、0.5mmol/g以上であることが好ましく、0.6mmol/g以上であることがより好ましく、0.8mmol/g以上であることがさらに好ましく、0.9mmol/g以上であることが特に好ましく、そして、イソシアナト基の含有量は、3.0mmol/g以下であることが好ましく、2.5mmol/g以下であることがより好ましく、2.0mmol/g以下であることがさらに好ましく、1.5mmol/g以下であることが特に好ましい。
【0162】
イソシアネート化合物は、市販品を用いてもよく、たとえば、タケネートD101-E(三井化学株式会社製)、デュラネートTPA-100(旭化成株式会社)、デュラネートMFA-75B(旭化成株式会社)およびコロネートL55-E(東ソー株式会社)が挙げられる。
【0163】
(ブロックイソシアネート化合物)
樹脂層(2A)形成用塗工液が含むブロックイソシアネート化合物は、樹脂層(1A)形成用塗工液のブロックイソシアネート化合物と同様である。
【0164】
(有機溶媒)
樹脂層(2A)形成用塗工液は、樹脂層(2a)の形成容易性の観点から、有機溶媒を含有することが好ましく、当該有機溶媒は、樹脂層(1A)形成用塗工液の有機溶媒と同様である。
【0165】
(その他の成分3)
樹脂層(2A)形成用塗工液は、上述の樹脂、イソシアネート化合物、ブロックイソシアネート化合物、および有機溶媒以外の成分(「その他の成分3」)を含有してもよい。その他の成分3は、樹脂層(1A)形成用塗工液のその他の成分1と同様である。
【0166】
(含有量)
樹脂層(2A)形成用塗工液が含有する固形分の含有量は、樹脂層(2a)の形成容易性および繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは3質量%以上、より好ましくは6質量%以上、さらに好ましくは9質量%以上であり、そして、好ましくは30質量%以下、より好ましくは25質量%以下、さらに好ましくは20質量%以下である。
樹脂層(2A)形成用塗工液が含有する固形分中、樹脂の含有量は、樹脂層(2a)の形成容易性および繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは40質量%以上、より好ましくは50質量%以上、さらに好ましくは60質量%以上であり、そして、好ましくは90質量%以下、より好ましくは85質量%以下、さらに好ましくは80質量%以下である。
樹脂層(2A)形成用塗工液が含有する固形分中、イソシアネート化合物およびブロックイソシアネート化合物の含有量の合計は、樹脂層(2a)の形成容易性および繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは10質量%以上、より好ましくは15質量%以上、さらに好ましくは20質量%以上であり、そして、好ましくは50質量%以下、より好ましくは45質量%以下、さらに好ましくは40質量%以下である。
樹脂層(2A)形成用塗工液が含有する固形分中、樹脂、イソシアネート化合物およびブロックイソシアネート化合物の含有量は合計で、好ましくは85質量%以上、より好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上であり、そして、100質量%以下であり、好ましくは100質量%である。
樹脂層(2A)形成用塗工液中、樹脂100質量部に対するイソシアネート化合物およびブロックイソシアネート化合物の含有量の合計は、繊維層と樹脂層の層間密着性向上の観点から、好ましくは10質量部以上、より好ましくは15質量部以上、さらに好ましくは20質量部以上であり、そして、好ましくは80質量部以下、より好ましくは70質量部以下、さらに好ましくは60質量部以下である。
樹脂層(2A)形成用塗工液が含有する固形分中、その他の成分3の含有量は、樹脂層(1A)形成用塗工液が含有する固形分中のその他の成分1の含有量と同様である。
【0167】
(濃度)
樹脂層(2A)形成用塗工液中の固形分濃度は、樹脂層(1A)形成用塗工液中の固形分濃度と同様である。
【0168】
(塗工乾燥)
工程4の塗工乾燥は、乾燥温度以外、工程1の塗工乾燥と同様である。
工程4の乾燥温度は、好ましくは60℃以上、より好ましくは65℃以上であり、そして、好ましくは95℃以下、より好ましくは90℃以下である。
【0169】
本実施形態の積層シートの製造方法は、さらに、下記工程5を有することができる。
〔工程5〕
工程5は、工程4を経たシートを加熱して樹脂層(2A)を形成する工程(エージング処理)である。工程5により、樹脂層(2a)を所望の接着性を有する樹脂層(2A)とすることができる。
工程5の加熱温度は、樹脂層(2A)にブロックイソシアネート化合物を用いる場合には、好ましくは110℃以上、より好ましくは115℃以上であり、そして、好ましくは135℃以下、より好ましくは130℃以下、さらに好ましくは125℃以下である。なお、加熱時間は、好ましくは30分以上、より好ましくは60分以上であり、そして、好ましくは180分以下、より好ましくは150分以下である。
また、工程5の加熱温度は、樹脂層(2A)にイソシアネート化合物を用いる場合には、好ましくは80℃以上、より好ましくは85℃以上であり、そして、好ましくは100℃以下、より好ましくは95℃以下である。加熱時間は好ましくは3時間以上、より好ましくは5時間以上、さらに好ましくは7時間以上であり、そして、好ましくは14時間以下、より好ましくは12時間以下、さらに好ましくは10時間以下である。
「樹脂層(2A)にブロック型イソシアネート化合物を用いる場合」の加熱温度および加熱時間と、「樹脂層(2A)にイソシアネート化合物を用いる場合」の加熱温度および加熱時間とを組み合わせて、工程5の加熱温度および加熱時間とすることができる。工程5の加熱温度および加熱時間を、たとえば、80℃以上135℃以下、30分以上10時間以下とすることができる。
工程5の加熱は、工程1の乾燥方法と同様にして行うことができる。
【0170】
[積層シート]
図1は、本発明の一実施形態の積層シートの製造方法により得られる積層シートの構成を説明する断面図である。前記積層シートは、熱可塑性樹脂基材(符号1)の一方の面に、樹脂層(1A)(符号2)および繊維層(符号3)をこの順に有する。図2は、本発明の別の一実施形態の積層シートの製造方法により得られる積層シートの構成を説明する断面図である。前記積層シートは、熱可塑性樹脂基材(符号1)の一方の面に、樹脂層(1A)(符号2)、繊維層(符号3)および樹脂層(2A)(符号4)をこの順に有する。
【0171】
<厚み>
熱可塑性樹脂基材の厚みは、好ましくは10μm以上、より好ましくは20μm以上、さらに好ましくは50μm以上、よりさらに好ましくは100μm以上、特に好ましくは150μm以上であり、そして、好ましくは500μm以下、より好ましくは400μm以下、さらに好ましくは320μm以下である。熱可塑性樹脂基材の厚みは、ウルトラミクロトームUC-7(日本電子株式会社製)によって積層シートの断面を切り出し、当該断面を電子顕微鏡、拡大鏡または目視で観察して、測定される値である。
熱可塑性樹脂基材の厚みは、積層シートの用途に応じて適宜調整することが好ましい。
【0172】
樹脂層(1A)および(2A)の厚みは、それぞれ、好ましくは1μm以上、より好ましくは2μm以上、さらに好ましくは3μm以上であり、そして、好ましくは20μm以下、より好ましくは15μm以下、さらに好ましくは10μm以下である。樹脂層(1A)および(2A)の厚みは、ウルトラミクロトームUC-7(日本電子株式会社製)によって積層シートの断面を切り出し、当該断面を電子顕微鏡、拡大鏡または目視で観察して、測定される値である。
樹脂層(1A)および(2A)の厚みは、積層シートの用途に応じて適宜調整することが好ましい。
【0173】
繊維層の厚みは、好ましくは10μm以上、より好ましくは15μm以上、さらに好ましくは20μm以上であり、そして、好ましくは300μm以下、より好ましくは250μm以下、さらに好ましくは200μm以下である。繊維層の厚みは、触針式厚み計(マール社製、ミリトロン1202D)で測定することができる。また、繊維層の厚みは、ウルトラミクロトームUC-7(日本電子株式会社製)によって積層シートの断面を切り出し、当該断面を電子顕微鏡、拡大鏡または目視で観察してもよい。積層シートにおける繊維層の厚みを上記範囲内とすることにより、積層シートは、補強効果をより発揮することができる。たとえば、積層シートを樹脂板といった被着体に貼合した場合、被着体の強度を補強することができる。
繊維層の厚みは、積層シートの用途に応じて適宜調整することが好ましい。
【0174】
積層シートの厚みは、好ましくは50μm以上、より好ましくは80μm以上、さらに好ましくは100μm以上であり、そして、好ましくは1000μm以下、より好ましくは800μm以下、さらに好ましくは600μm以下である。熱可塑性樹脂基材の厚みは、ウルトラミクロトームUC-7(日本電子株式会社製)によって積層シートの断面を切り出し、当該断面を電子顕微鏡、拡大鏡または目視で観察して、測定される値である。
積層シートの厚みは、積層シートの用途に応じて適宜調整することが好ましい。
【0175】
<密度>
繊維層の密度は、1.0g/cm以上であることが好ましく、1.2g/cm以上であることがより好ましく、1.4g/cm以上であることがさらに好ましい。また、繊維層の密度は、1.7g/cm以下であることが好ましく、1.6g/cm以下であることがさらに好ましい。
【0176】
繊維層の密度は、繊維層の坪量と厚さから、JIS P 8118に準拠して算出される。繊維層の坪量は、ウルトラミクロトームUC-7(日本電子株式会社製)によって積層シートの繊維層のみが残るように切削し、JIS P 8124に準拠し、算出することができる。
【0177】
なお、積層シートに繊維層が2層以上含まれている場合は、各々の繊維層が含有する必須成分および任意成分は同じであっても異なってもよく、同じであることが好ましい。また、各々の繊維層の厚みおよび密度は同じであっても異なってもよく、同じであることが好ましい。また、繊維層全体の厚みおよび密度が上記範囲にあることが好ましい。
【0178】
〔ヘーズ〕
本実施形態の積層シートのヘーズは、好ましくは20.0%以下、より好ましくは5.0%以下、さらに好ましくは4.5%以下、よりさらに好ましくは4.0%以下である。一方で、積層シートのヘーズの下限値は、たとえば0%であってもよい。積層シートのヘーズは、微細繊維状セルロースの繊維幅、イオン性基の種類、イオン性基の導入量、繊維層中の樹脂の種類、熱可塑性樹脂基材を構成する樹脂の種類、樹脂層中の微細繊維状セルロースおよび樹脂の含有量、積層シートを構成する各層の厚み等によって制御することができる。
積層シートのヘーズは、JIS K7136:2000に準拠して測定される値である。
【0179】
[積層体の製造方法]
本実施形態の積層体の製造方法は、本実施形態の積層シートの製造方法により得られた積層シートの樹脂層(2A)と、樹脂板とを接着させることを含む。
【0180】
樹脂板は、天然樹脂や合成樹脂を主成分とする板である。ここで、主成分とは、樹脂板の全質量に対して、50質量%以上含まれている成分を指す。樹脂成分の含有量は、樹脂板の全質量に対して、60質量%以上であることが好ましく、80質量%以上であることがさらに好ましく、90質量%以上であることが特に好ましい。なお、樹脂成分の含有量は、樹脂板の全質量に対して、100質量%であってもよい。
【0181】
天然樹脂としては、たとえば、ロジン、ロジンエステル、水添ロジンエステル等のロジン系樹脂を挙げることができる。
【0182】
合成樹脂としては、たとえば、ポリオレフィン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンナフタレート樹脂、ポリイミド樹脂、ポリスチレン樹脂、アクリル樹脂等が挙げられる。中でも、合成樹脂は、ポリオレフィン樹脂であることが好ましく、ポリエチレン樹脂およびポリプロピレン樹脂から選択される少なくとも1種を有することが好ましい。また、ポリオレフィン樹脂は、環状オレフィン構造を有する樹脂であることも好ましい。この場合、環状オレフィン構造を有する樹脂は、シクロオレフィン樹脂(COP)であってもよく、シクロオレフィンコポリマーであってもよい。
【0183】
積層シートの樹脂層(2A)と、樹脂板との接着は、たとえば、2つの積層シートの樹脂層(2A)を、樹脂板の上下に重ね合わせた状態で熱プレスすることが好ましい。この際の熱プレス条件は樹脂板または樹脂層(2A)のガラス転移温度等を参考に適宜選択できる。
熱プレス条件は、たとえば、1~10MPa、100~200℃で30秒~5分保持である。
【0184】
〔用途〕
本実施形態の積層シートの製造方法により得られる積層シートおよび本実施形態の積層体の製造方法により得られる積層体は、繊維層と樹脂層の層間密着性に優れ、また、ヘーズを小さくすることができる。上記積層シートおよび積層体は、各種のディスプレイ装置、各種の太陽電池、等の光透過性基板の用途に適している。また、上記積層シートおよび積層体は、電子機器の基板、家電の部材、各種の乗り物や建物の窓材、内装材、外装材、包装用資材等の用途にも適している。
【実施例0185】
以下に実施例と比較例を挙げて、本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。なお、特に断らない限り、以下の操作は室温(23℃)、相対湿度50%RHの条件で行った。
【0186】
<製造例1>
(リン酸化処理)
原料パルプとして、王子製紙株式会社製の広葉樹溶解パルプ(ドライシート)を使用した。この原料パルプに対してリン酸化処理を次のようにして行った。まず、上記原料パルプ100質量部(絶乾質量)に、リン酸二水素アンモニウムと尿素の混合水溶液を添加して、リン酸二水素アンモニウム45質量部、尿素120質量部、水150質量部となるように調整し、薬液含浸パルプを得た。次いで、得られた薬液含浸パルプを165℃の熱風乾燥機で250秒加熱し、パルプ中のセルロースにリン酸基を導入し、リン酸化パルプを得た。
【0187】
(洗浄処理)
次いで、得られたリン酸化パルプに対して洗浄処理を行った。洗浄処理は、リン酸化パルプ100g(絶乾質量)に対して10Lのイオン交換水を注いで得たパルプ分散液を、パルプが均一に分散するよう撹拌した後、濾過脱水する操作を繰り返すことにより行った。ろ液の電導度が100μS/cm以下となった時点で、洗浄終点とした。
【0188】
(中和処理)
次いで、洗浄後のリン酸化パルプに対して中和処理を次のようにして行った。まず、洗浄後のリン酸化パルプを10Lのイオン交換水で希釈した後、撹拌しながら1Nの水酸化ナトリウム水溶液を少しずつ添加することにより、pHが12以上13以下のリン酸化パルプスラリーを得た。次いで、当該リン酸化パルプスラリーを脱水して、中和処理が施されたリン酸化パルプを得た。次いで、中和処理後のリン酸化パルプに対して、上記洗浄処理を行った。
【0189】
(窒素除去処理)
リン酸化パルプにイオン交換水を添加し、固形分濃度が4質量%のスラリーを調製した。スラリーに48質量%の水酸化ナトリウム水溶液を添加してpH13.4に調整し、液温85℃の条件で1時間加熱した。その後、このパルプスラリーを脱水し、リン酸化パルプ100g(絶乾質量)に対して10Lのイオン交換水を注いで得たパルプ分散液を、パルプが均一に分散するよう撹拌し、濾過脱水する操作を繰り返すことにより余剰の水酸化ナトリウムを除去した。ろ液の電気伝導度が100μS/cm以下となった時点で、除去の終点とした。なお、後述する測定方法で測定される窒素量から得られるカルバミド基の導入量は、0.01mmоl/gであった。
【0190】
これにより得られたリンオキソ酸化パルプに対しFT-IRを用いて赤外線吸収スペクトルの測定を行った。その結果、1230cm-1付近にリン酸基のP=Oに基づく吸収が観察され、パルプにリン酸基が付加されていることが確認された。また、得られたリン酸化パルプを供試して、X線回折装置に分析を行ったところ、2θ=14°以上17°以下付近と2θ=22°以上23°以下付近の2箇所の位置に典型的なピークが確認され、セルロースI型結晶が維持されていることが確認された。なお、後述する測定方法で測定されるリン酸基量(第1解離酸量)は1.45mmоl/gだった。なお、総解離酸量は2.45mmоl/gであった。
【0191】
(解繊処理)
得られたリン酸化パルプにイオン交換水を添加し、固形分濃度が2質量%のスラリーを調製した。このスラリーを、湿式微粒化装置(株式会社スギノマシン製、スターバースト)で200MPaの圧力にて6回処理し、微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液を得た。
【0192】
(置換基除去処理(高温熱処理))
微細繊維状セルロース分散液を耐圧容器に入れ、液温160℃で15分間、リン酸基量が0.08mmоl/gとなるまで加熱を行った。この操作により微細繊維状セルロース凝集物の生成が確認された。
【0193】
(置換基除去後スラリーの洗浄処理)
加熱後のスラリーに、スラリーと同量のイオン交換水を加えて固形分濃度が約1質量%のスラリーとし、スラリーを撹拌した後、濾過脱水する操作を繰り返すことにより、スラリーの洗浄を行った。濾液の電気伝導度が10μS/cm以下となった時点で、再びイオン交換水を添加して、約1質量%のスラリーとし、24時間静置した。そこからさらに濾過脱水する操作を繰り返し、再び濾液の電導度が10μS/cm以下となった時を洗浄終点とした。得られた微細繊維状セルロース凝集物にイオン交換水を加え、置換基除去後スラリーを得た。このスラリーの固形分濃度は1.7質量%であった。
【0194】
(置換基除去後スラリーの均一分散)
得られた置換基除去後スラリーにイオン交換水を加え、固形分濃度が1.0質量%のスラリーとした後、湿式微粒化装置(株式会社スギノマシン製、スターバースト)で200MPaの圧力にて3回処理し、置換基除去微細繊維状セルロースを含む置換基除去微細繊維状セルロース分散液を得た。また、透過型電子顕微鏡を用いて微細繊維状セルロースの繊維幅を測定したところ、2~4nmであった。
【0195】
(リンオキソ酸基量の測定)
リンオキソ酸基量(リンオキソ酸化(リン酸化または亜リン酸化)パルプのリンオキソ酸基量と等しい)は、対象となる微細繊維状セルロースを含む微細繊維状セルロース分散液にイオン交換水を添加して、微細繊維状セルロースの含有量が0.2質量%のスラリーを調製した。得られたスラリーに対し、イオン交換樹脂による処理を行った後、アルカリを用いた滴定を行うことにより測定した。
イオン交換樹脂による処理は、上記微細繊維状セルロース含有スラリーに体積で1/10の強酸性イオン交換樹脂(アンバージェット1024;オルガノ株式会社製、コンディショニング済)を加え、1時間振とう処理を行った後、目開き90μmのメッシュ上に注いでイオン交換樹脂とスラリーとを分離することにより行った。
また、アルカリを用いた滴定は、イオン交換樹脂による処理後の微細繊維状セルロース含有スラリーに、0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液を、5秒におきに10μLずつ加えながら、スラリーが示すpHの値の変化を計測することにより行った。なお、滴定開始の15分前から窒素ガスをスラリーに吹き込みながら滴定を行った。この中和滴定では、アルカリを加えた量に対して測定したpHをプロットした曲線において、増分(pHのアルカリ滴下量に対する微分値)が極大となる点が二つ観測される。これらのうち、アルカリを加えはじめて先に得られる増分の極大点を第1終点と呼び、次に得られる増分の極大点を第2終点と呼ぶ(図3)。滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量が、滴定に使用したスラリー中の第1解離酸量と等しくなる。また、滴定開始から第2終点までに必要としたアルカリ量が滴定に使用したスラリー中の総解離酸量と等しくなる。なお、滴定開始から第1終点までに必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除した値をリンオキソ酸基量(mmol/g)とした。また、滴定開始から第2終点までに必要としたアルカリ量(mmol)を、滴定対象スラリー中の固形分(g)で除した値を総解離酸量(mmol/g)とした。
なお、リンオキソ酸基量(リンオキソ酸基導入量)(mmol/g)は、リンオキソ酸基の対イオンが水素イオン(H+)であるときの微細繊維状セルロースの質量1gあたりの置換基量を示している。
【0196】
<実施例1>
(工程1)
トルエンに変性ポリカーボネート(三菱ガス化学株式会社製、ユピゼータRX-2136P)が10質量%、ブロックイソシアネート化合物(三井化学株式会社製、タケネートXB-G206、ブロック剤の解離温度110℃)が5.0質量%となるよう加えて撹拌し、溶解して樹脂層(1A)形成用塗工液を得た。樹脂層(1A)形成用塗工液を、ポリエチレンテレフタレート基材(厚み300μm、東洋紡株式会社製)上にグラビアコーターにて塗工後、80℃で5分乾燥して樹脂層(1a)を形成した。樹脂層(1a)の厚みは5μmであった。
【0197】
(工程2)
微細繊維状セルロースが70質量部、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(信越化学株式会社製、65SH-1500)が30質量部となるよう混合した後、固形分濃度が1.6%となるようイオン交換水で希釈、撹拌して繊維層形成用塗工液を得た。アプリケーターを用いて繊維層形成用塗工液を上記樹脂層(1a)上に塗工し、80℃で50分乾燥した。繊維層の厚みが約100μmに達するまで上記塗工と乾燥を繰り返した。
【0198】
(工程3)
工程1および2を経て得られた繊維層が形成されたシートを、120℃で2時間のエージング処理を行って樹脂層(1A)(厚み5μm)を形成した。
【0199】
(工程4)
工程1において、樹脂層(1A)形成用塗工液と同様にして調製した樹脂層(2A)形成用塗工液を、繊維層上に塗工後、70℃で5分乾燥して樹脂層(2a)を形成した。樹脂層(2a)の厚みは5μmであった。
【0200】
(工程5)
工程4を経たシートを120℃で2時間エージングして、樹脂層(2A)(厚み5μm)を形成し、積層シート(厚み410μm)を得た。
【0201】
(積層体の作製)
厚み3mmのポリカーボネート板(帝人株式会社製、パンライト)の両面を、2つの積層シートを用いて、ポリカーボネート板と樹脂層(2A)が接するようにして挟んだ。次いで、これらを厚み2mm、寸法200mm角のステンレス板2枚で挟んだ。その後、室温に設定したミニテストプレス(東洋精機工業株式会社製、MP-WCH)に挿入して5MPaのプレス圧力下、3分かけて160℃まで昇温した。この状態で1分間保持した後、3分かけて30℃まで冷却した。上記の手順により、ポリカーボネート板と積層シートの積層体(厚み3820μm)を得た。
【0202】
<実施例2>
(工程1)
実施例の工程1において、ブロックイソシアネート化合物の添加量を2.6質量%としたこと、ポリエチレンテレフタレート基材に代えてポリカーボネート基材(厚み300μm、AGC株式会社製、カーボグラス)を用いたこと以外は、実施例1の工程1と同様にして樹脂層(1a)を形成した。
【0203】
(工程2)
実施例1の工程2において、繊維層の厚みが約160μmに達するまで塗工と乾燥を繰り返した以外は、実施例1の工程2と同様にして繊維層を形成した。
【0204】
(工程3)
実施例1の工程3と同様にして樹脂層(1A)を形成した。
【0205】
(工程4)
実施例1の工程1において、ブロック型ポリイソシアネートに代えて、ポリイソシアネート(三井化学株式会社製、タケネートD101-E)を添加量2.6質量%で用いたこと以外は、実施例1の工程1と同様にして、樹脂層(2A)形成用塗工液を得た。樹脂層(2A)形成用塗工液を、繊維層上に塗工後、70℃で5分乾燥して樹脂層(2a)を形成した。樹脂層(2a)の厚みは5μmであった。
【0206】
(工程5)
工程4を経たシートを90℃で8時間エージングして、樹脂層(2A)(厚み5μm)を形成し、積層シート(厚み470μm)を得た。
【0207】
(積層体の作製)
実施例1で得られた積層シートに代えて、実施例2で得られた積層シートを用いたこと以外は、実施例1と同様にして積層体(厚み3940μm)を得た。
【0208】
<実施例3>
実施例2において、ポリカーボネート基材に代えてポリエチレンテレフタレート基材(厚み300μm、東洋紡株式会社製)を用いたこと以外は、実施例2と同様にして積層シート(厚み470μm)および積層体(厚み3940μm)を得た。
【0209】
<実施例4>
実施例3において、繊維層の厚みを30μmとしたこと以外は、実施例3と同様にして積層シート(厚み340μm)および積層体(厚み3680μm)を得た。
【0210】
<実施例5>
実施例2において、繊維層の厚みを30μmとしたこと以外は、実施例2と同様にして積層シート(厚み340μm)および積層体(厚み3680μm)を得た。
【0211】
<比較例1>
実施例2の工程1において、ブロックイソシアネート化合物に代えて、ポリイソシアネート(三井化学株式会社製、タケネートD101-E)を用いたこと、および、工程2において、最初の塗工および乾燥にのみ、ヒドロキシプロピルメチルセルロースの代わりにポリビニルアルコール(株式会社クラレ製、Z300)を用いて得た繊維層形成用塗工液を用い、その後、実施例2の工程2で得た繊維層形成用塗工液を用いたこと以外は、実施例2と同様にして積層シート(厚み470μm)および積層体(厚み3940μm)を得た。
【0212】
<比較例2>
比較例1において、繊維層の厚みを170μmとしたこと以外は、比較例1と同様にして積層シート(厚み480μm)および積層体(厚み3960μm)を得た。
【0213】
<比較例3>
実施例2の工程1において、ブロックイソシアネート化合物に代えて、ポリイソシアネート(三井化学株式会社製、タケネートD101-E)を用いたこと以外は、実施例2と同様にして積層シート(厚み470μm)および積層体(厚み3940μm)を得た。
【0214】
<比較例4>
比較例1において、ポリカーボネート基材に代えてポリエチレンテレフタレート基材(厚み300μm、東洋紡株式会社製)を用いたこと、および、繊維層の厚みを130μmとしたこと以外は、比較例1と同様にして積層シート(厚み440μm)および積層体(厚み3880μm)を得た。
【0215】
<シートの評価>
(透明性)
JIS K 7136:2000に準拠し、ヘーズメータ(株式会社村上色彩技術研究所社製、HM-150)を用いて積層シートのヘーズを測定した。結果を表1に示す。
【0216】
(繊維層と樹脂層(1A)の層間密着性)
JIS K 5400に準拠し、繊維層側の表面に1mmのクロスカットを100個入れ、セロハンテープ(ニチバン株式会社製)をその上に貼り付け、押し付けた後、60°方向に剥離した。剥離したマスの有無により、樹脂層(1A)と繊維層(微細繊維状セルロース含有シート)の層間密着性を下記の基準にしたがって評価した。結果を表1に示す。
A:剥離したマス数が0点
B:剥離したマス数が1点以上
【0217】
<積層体の評価>
(樹脂板と積層シートの密着性)
カッター刃で積層体表面に枠を書くように切り込みを入れ、切り込み端部をカッター刃で捲り上げたうえで、積層シートを樹脂板から剥離させることで、樹脂板(厚み3mmのポリカーボネート板(帝人株式会社製、パンライト))と積層シートの密着性を評価した。評価結果より、下記の基準にしたがって密着性を評価した。結果を表1に示す。
A:積層シートが破壊されるか剥離できない
B:積層シートは剥離するが、抵抗が強い
C:積層シートは容易に剥離する
【0218】
【表1】
【0219】
(表の注)
BI:ブロックイソシアネート化合物(括弧内の数値は、樹脂層(1A)形成用塗工液中のポリカーボネート100質量部に対するブロックイソシアネート化合物の含有量である。)
NI:イソシアネート化合物(括弧内の数値は、樹脂層(1A)形成用塗工液中のポリカーボネート100質量部に対するイソシアネート化合物の含有量である。)
PET:ポリエチレンテレフタレート
PC:ポリカーボネート
【0220】
表1の結果からわかるように、本発明の積層シートの製造方法により得られた積層シートは、繊維層と樹脂層の層間密着性に優れるものであった(実施例1~5)。
これに対して、本発明の積層シートの製造方法の工程1において、ブロックイソシアネート化合物に代えてイソシアネート化合物を用いて製造した積層シートは繊維層と樹脂層の層間密着性が劣るものであった(比較例1~4)。
【符号の説明】
【0221】
1 熱可塑性樹脂基材
2 樹脂層(1A)
3 繊維層
4 樹脂層(2A)
図1
図2
図3
図4