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2025-5318表面増強ラマン散乱分光装置及び表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025005318
(43)【公開日】2025-01-16
(54)【発明の名称】表面増強ラマン散乱分光装置及び表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20250108BHJP
   G01N 27/30 20060101ALI20250108BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N27/30 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023105514
(22)【出願日】2023-06-27
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2021年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 「電気自動車用革新型蓄電池開発/フッ化物電池の研究開発、亜鉛負極電池の研究開発」(RISING3) 委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】899000068
【氏名又は名称】学校法人早稲田大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】國本 雅宏
(72)【発明者】
【氏名】柳沢 雅広
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 美紀子
(72)【発明者】
【氏名】本間 敬之
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043BA01
2G043BA07
2G043CA03
2G043EA03
2G043EA17
2G043FA06
2G043GA07
2G043GA08
2G043GA09
2G043GB11
2G043GB21
2G043HA09
2G043JA01
2G043KA01
2G043KA02
2G043KA05
2G043KA09
2G043LA03
2G043MA16
(57)【要約】      (修正有)
【課題】測定対象の材料破壊処理が不要で、電解液中から電極表面への電気化学反応種の移動の阻害を抑制できる表面増強ラマン散乱分光装置及びこれに用いる表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルを提供する。
【解決手段】表面増強ラマン散乱分光装置1は、励起光L1を出射する光源LS、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10、及び表面増強ラマン散乱光L2を受光する受光部Dを備え、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10は、電気化学反応種を含む電解液13を収容する容器11、窓部となるプラズモンセンサ16、対極18及び作用極19、及び電源部22を有する。プラズモンセンサ16は、基体14及び基体14の一面に修飾された金属ナノ粒子15を有し、作用極19は金属ナノ粒子15の修飾された面に点接触するように保持され、励起光L1を入射させて金属ナノ粒子15に表面プラズモンを励起させ、表面増強ラマン散乱光L2を生成させる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面増強ラマン散乱光を測定する表面増強ラマン散乱分光装置であって、
励起光を出射する光源と、
表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルと、
前記励起光が前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルに入射したときの前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルの内部からの前記表面増強ラマン散乱光を受光する受光部とを備え、
前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルは、
電気化学反応種を含有する電解液を収容する容器と、
前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する窓部として前記容器に設けられたプラズモンセンサと、
前記電気化学反応種を電気化学的に反応させるように前記電解液に電流を流すための対極及び作用極と、
前記電流を前記対極及び前記作用極の間に流す電源部とを有し、
前記プラズモンセンサは、
前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する基体と、
前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルの内部側の前記基体の一面に修飾された金属ナノ粒子とを有し、
前記作用極は、前記金属ナノ粒子が修飾された面に点接触するように前記容器に保持されており、
前記金属ナノ粒子が修飾された面が前記作用極に点接触した状態で前記基体の他面側から前記一面側へ向けて前記励起光を入射させて前記作用極と接触する前記金属ナノ粒子の表面に表面プラズモンを励起させ、前記表面プラズモンにより前記作用極上の前記電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映したラマン散乱光を増強させて前記表面増強ラマン散乱光を生成させる
表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項2】
前記金属ナノ粒子は、平坦面を有し、前記基体に前記一面から膨出するように前記平坦面が前記基体の前記一面と面接触している
請求項1に記載の表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項3】
前記金属ナノ粒子を球状と仮定したときの直径が5nm以上100nm以下である
請求項2に記載の表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項4】
前記金属ナノ粒子は、半球状または円錐状である
請求項1に記載の表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項5】
前記金属ナノ粒子は、Ag、Au、Cuのいずれかから形成されている
請求項1に記載の表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項6】
前記金属ナノ粒子は、前記基体よりも耐摩耗性の高い材料により形成された被覆膜で覆われている
請求項1に記載の表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項7】
前記金属ナノ粒子は、前記基体よりも屈折率の高い材料により形成された被覆膜で覆われている
請求項1に記載の表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項8】
前記作用極は、前記容器の底部を貫通して前記作用極の中途部において前記電解液と接し、前記作用極の両端部が前記容器の底部から前記容器の外部に伸びるように配置されている
請求項1に記載の表面増強ラマン散乱分光装置。
【請求項9】
励起光が入射されたときの表面増強ラマン散乱光を測定するための表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルであって、
電気化学反応種を含有する電解液を収容する容器と、
前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する窓部として前記容器に設けられたプラズモンセンサと、
前記電気化学反応種を電気化学的に反応させるように前記電解液に電流を流すための対極及び作用極と、
前記電流を前記対極及び前記作用極の間に流す電源部とを有し、
前記プラズモンセンサは、
前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する基体と、
前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルの内部側の前記基体の一面に修飾された金属ナノ粒子とを有し、
前記作用極は、前記金属ナノ粒子が修飾された面に点接触するように前記容器に保持されており、
前記金属ナノ粒子が修飾された面が前記作用極に点接触した状態で前記基体の他面側から前記一面側へ向けて前記励起光を入射させて前記作用極と接触する前記金属ナノ粒子の表面に表面プラズモンを励起させ、前記表面プラズモンにより前記作用極上の前記電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映したラマン散乱光を増強させて前記表面増強ラマン散乱光を生成させる
表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面増強ラマン散乱分光装置及び表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルに関する。
【背景技術】
【0002】
表面増強ラマン散乱分光法は、金属のナノ構造への特定波長の光照射により当該構造表面のごく近傍に誘起される電場増強効果を利用し、電場が増強された領域内に存在する分子などの化学構造を反映するラマンスペクトルを高い選択性で取得する方法である。この分光を実際の解析に利用するにあたっては、種々適用可能な方式があるが、その一つが、所謂プラズモンセンサを利用する方式である。プラズモンセンサはいくつかの種類があり、例えばガラスなどの光透過性材料の表面に金属ナノ粒子を修飾した構成である。
【0003】
表面増強ラマン散乱分光法において上記の構成のプラズモンセンサを利用するにあたっては、金属ナノ粒子の修飾されたプラズモンセンサの一面が測定対象の表面と接触するようにプラズモンセンサを測定対象に乗せるなどし、そのプラズモンセンサと測定対象の表面との接触部に励起レーザーを照射することで界面の電場増強を誘起し、このようにして表面増強ラマン散乱スペクトルを取得する。プラズモンセンサを用いた表面増強ラマン散乱分光法によれば、測定対象表面へのナノ粒子修飾など材料破壊処理を伴うことなく表面増強ラマン散乱光の測定が可能である。
【0004】
特許文献1には、プラズモンセンサを利用した光学デバイスが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6179905号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、電気化学反応種を含有する電解液中に配置された電極表面に対してプラズモンセンサを用いる場合、プラズモンセンサを電極表面に配置する必要があることから、反応に必須となる、電解液中から電極表面への電気化学反応種の移動をセンサ自体が阻害してしまい、電極表面の反応環境を正しく再現できず、従って正しい反応挙動の追跡が困難となっていた。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、測定対象の電極表面の材料破壊処理が不要であり、電気化学反応種の電極表面への移動の阻害を抑制してより理想的な電極環境を再現した反応挙動の追跡が可能である表面増強ラマン散乱分光装置及びこれに用いる表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る表面増強ラマン散乱分光装置は、表面増強ラマン散乱光を測定する表面増強ラマン散乱分光装置であって、励起光を出射する光源と、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルと、前記励起光が前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルに入射したときの前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルの内部からの前記表面増強ラマン散乱光を受光する受光部とを備え、前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルは、電気化学反応種を含有する電解液を収容する容器と、前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する窓部として前記容器に設けられたプラズモンセンサと、前記電気化学反応種を電気化学的に反応させるように前記電解液に電流を流すための対極及び作用極と、前記電流を前記対極及び前記作用極の間に流す電源部とを有し、前記プラズモンセンサは、前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する基体と、前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルの内部側の前記基体の一面に修飾された金属ナノ粒子とを有し、前記作用極は、前記金属ナノ粒子が修飾された面に点接触するように前記容器に保持されており、前記金属ナノ粒子が修飾された面が前記作用極に点接触した状態で前記基体の他面側から前記一面側へ向けて前記励起光を入射させて前記作用極と接触する前記金属ナノ粒子の表面に表面プラズモンを励起させ、前記表面プラズモンにより前記作用極上の前記電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映したラマン散乱光を増強させて前記表面増強ラマン散乱光を生成させる。
【0009】
本発明に係る表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルは、励起光が入射されたときの表面増強ラマン散乱光を測定するための表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルであって、電気化学反応種を含有する電解液を収容する容器と、前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する窓部として前記容器に設けられたプラズモンセンサと、前記電気化学反応種を電気化学的に反応させるように前記電解液に電流を流すための対極及び作用極と、前記電流を前記対極及び前記作用極の間に流す電源部とを有し、前記プラズモンセンサは、前記励起光及び前記表面増強ラマン散乱光を透過する基体と、前記表面増強ラマン散乱測定用分光電解セルの内部側の前記基体の一面に修飾された金属ナノ粒子とを有し、前記作用極は、前記金属ナノ粒子が修飾された面に点接触するように前記容器に保持されており、前記金属ナノ粒子が修飾された面が前記作用極に点接触した状態で前記基体の他面側から前記一面側へ向けて前記励起光を入射させて前記作用極と接触する前記金属ナノ粒子の表面に表面プラズモンを励起させ、前記表面プラズモンにより前記作用極上の前記電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映したラマン散乱光を増強させて前記表面増強ラマン散乱光を生成させる。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、測定対象の電極表面の材料破壊処理が不要であり、電解液中から電極表面への電気化学反応種の移動の阻害を抑制してより理想的な電極環境を再現した反応挙動の追跡が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施形態に係る表面増強ラマン散乱分光装置の模式構成図である。
図2】実施例に係る電気化学反応の作用極のポテンシャルに対する電流を示す図である。
図3】実施例に係る1090cm-1近傍領域のラマンスペクトルを示す図である。
図4】実施例に係る1850cm-1近傍領域のラマンスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
【0013】
(表面増強ラマン散乱分光装置1)
図1は、実施形態に係る表面増強ラマン散乱分光装置1の模式構成図である。表面増強ラマン散乱分光装置1は、励起光L1を出射する光源LSと、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10と、励起光L1が表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10に入射したときの表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10の内部からの表面増強ラマン散乱光L2を受光する受光部Dとを有する。表面増強ラマン散乱分光装置1は、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10に収容される電解液に含有される作用極19上の電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映した表面増強ラマン散乱光を測定する表面増強ラマン散乱分光装置である。
【0014】
(表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10)
表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10は、電気化学反応種を含有する電解液13を収容する容器11、プラズモンセンサ16、電気化学反応種を電気化学的に反応させるように電解液13に電流を流すための対極18及び作用極19、及び電流を対極18及び作用極19の間に流す電源部22を有する。また、作用極19の電位制御のためその電位測定の際の基準となる参照極21を有する。
【0015】
(容器11)
容器11は、電気化学反応種を含有する電解液13を収容する。容器11は内部を密閉可能とするように蓋部12を含んで構成されている。容器11及び蓋部12は、例えばポリエーテルエーテルケトン等の耐薬品性樹脂で形成されており、それぞれ必要に応じて複数の部材からシール材等を介して構成されていてもよい。蓋部12の容器11と反対側の面には保護部17が設けられているが、設計によっては、蓋部12は保護部17と一体化していてもよい。保護部17は、例えばポリエーテルエーテルケトン等の耐薬品性樹脂で形成されている。
【0016】
(電解液13)
電解液13は、電気化学反応種を含有する。電気化学反応種に特に限定はないが、後述の実施例ではエチレンカーボネート及びLiPFを含有する。
【0017】
(プラズモンセンサ16)
プラズモンセンサ16は、励起光L1及び表面増強ラマン散乱光L2が透過する窓部として、容器11を構成する蓋部12に設けられている。プラズモンセンサ16は、励起光L1及び表面増強ラマン散乱光L2が透過する基体14と、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10の内部側の基体14の一面に修飾された金属ナノ粒子15とを有する。
【0018】
(基体14)
基体14は、励起光L1及び表面増強ラマン散乱光L2が透過するように、例えば透明な石英ガラスから形成されている。
【0019】
(金属ナノ粒子15)
金属ナノ粒子15は、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10の内部側の基体14の一面に配置されている。金属ナノ粒子15は、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10の内部で電解液13に接する。金属ナノ粒子15は、例えばAg、Au、Cuのいずれかから形成されており、好ましくはAgから形成されている。金属ナノ粒子15は、例えば表面の一部に平坦面を有するとともに、曲面を有した半球状に形成されている。金属ナノ粒子15は、平坦面が基体14の一面に面接触にて固着されている。金属ナノ粒子15は、基体14の一面から膨出しており、後述の作用極19と近接して点接触し得るように設けられている。これにより、基体14の一面と反対側の他面側から一面側へ向けて励起光L1が照射されると、作用極19と接触する金属ナノ粒子15の表面に表面プラズモンが励起し、この表面プラズモンの電界(単に、プラズモン電界とも呼ぶ)により作用極19と接触する金属ナノ粒子15の表面の近傍における作用極19上の電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映した表面増強ラマン散乱光L2が得られる。
【0020】
金属ナノ粒子15は、金属ナノ粒子15を球状と仮定したときの直径が好ましくは5nm以上100nm以下であり、さらに好ましくは16nm以上60nm以下であり、またさらに好ましくは30nm以上50nm以下である。ここで、金属ナノ粒子15は上記のように例えば半球状であり、上記の「球状と仮定したときの直径」とは、半球の表面の曲面を含んで補完して得た全球面を有する球の直径である。
【0021】
金属ナノ粒子15は、上記において半球状であると説明しているが、これに限定されず、例えば円錐状であってもよい。球状の金属ナノ粒子15の一部が基体14に埋め込まれて金属ナノ粒子15の半球状の部分が露出した構成であってもよい。また、金属ナノ粒子15は、基体14よりも耐摩耗性の高い材料により形成された被覆膜で覆われていてもよい。あるいは、金属ナノ粒子15は、基体14よりも屈折率の高い材料により形成された被覆膜で覆われていてもよい。
【0022】
プラズモンセンサ16としては、上記の他、特許文献1に記載された光学デバイスを好ましく用いることができる。
【0023】
(対極18)
対極18は、金属箔で形成されており、蓋部12の容器11側の面に貼り付けられて、電解液13に接するように設けられている。対極18は、例えばPt箔から形成されている。対極18は、電解液13に含まれる主たる反応物としての電気化学反応種とは反応しない材料が用いられる。対極18は、作用極19や参照極21に接触しないよう工夫の上固定されてさえいれば、必ずしも蓋部12に貼り付けられている必要はない。
【0024】
(作用極19)
作用極19は、ワイヤー状の金属で形成されており、少なくとも1つの金属ナノ粒子の表面に点接触するように、容器11に保持されている。作用極19は例えばCuワイヤーから形成されている。ワイヤー状の作用極19は容器11の底部を貫通して作用極19の中途部において電解液13と接し、両端部が容器11の底部から容器11の外部に伸びるように配置されている。作用極19は、電解液13の電気化学反応種と反応する材料で形成されていてもよく、様々な材料からなる作用極19を用いることができる。作用極19が容器11を貫通する部分を含む部分において、作用極19の周囲に作用極保護カバー20が設けられている。作用極保護カバー20により、作用極19が電解液13と接触する面積が規定される。
【0025】
(参照極21)
参照極21は棒状等の一方向に延びた形状を有しており、一方の端部が電解液13に接し、容器11の側部を貫通して参照極21の他方の端部が容器11の外部に伸びるように設けられている。参照極21には、例えばLi-Al電極等を用いることができる。参照極21は、ある別の電極における電位を測定する際の基準値を示す電極であり、これにより電気化学反応中に作用極19に印加されている電位を測定、及び制御することが可能となる。
【0026】
(電源部22)
電源部22は、対極18、作用極19、及び参照極21に電気的に接続されており、各電極の電位を規定する。
【0027】
(光源LS)
光源LSは、励起光L1を出射する。励起光L1は、窓部であるプラズモンセンサ16から表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10に入射する。光源LSとしては、例えば波長532nm~1500nm、具体的には532nm、785nm、あるいは1060nmの光を発光する固体レーザーを用いることができる。好ましくは、利用するプラズモンセンサの金属ナノ粒子の金属種、あるいは金属ナノ粒子のサイズに応じた波長のレーザーを用いる。
【0028】
(受光部D)
受光部Dは、励起光L1が表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10に入射したときの表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10の内部からの表面増強ラマン散乱光L2を受光する。受光部Dは、例えば分光機能を備えた撮像素子で構成されている。受光部Dと光源LSとがハーフミラーHMを中心に直交して配置されており、表面増強ラマン散乱光L2はハーフミラーHMで進行方向が屈曲されて受光部Dへ進入するように構成されている。
【0029】
(その他)
励起光L1の光路及び表面増強ラマン散乱光L2の光路上には、必要に応じて、対物レンズ、ピンホール、光学フィルタ等の光路に一般的に用いられる光学部材が配置されていてもよい。また、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10に対する励起光L1の光学的な配置を調整するために、表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10を3軸方向に移動させることができるピエゾステージに表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10を設け、励起光L1の焦点位置を面方向及び深さ方向にÅ(オングストローム)単位で位置調整し得るようになされていてもよい。
【0030】
上記の構成のプラズモンセンサ16及び作用極19を有する表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10を用いた表面増強ラマン散乱分光装置1では、金属ナノ粒子15が作用極19に点接触した状態で基体14の他面側から一面側へ向けて励起光L1を入射させて作用極19と接触する金属ナノ粒子15の表面に表面プラズモンを励起させ、表面プラズモンにより作用極19上の電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映したラマン散乱光を増強させて表面増強ラマン散乱光L2を生成させる。表面プラズモンの励起による電場増強効果は、作用極19と接触する金属ナノ粒子15の表面の近傍領域にまで及び、表面プラズモンで電場が増強された高感度のラマン分光が実現できる。
【0031】
電解液13がエチレンカーボネートを含有し、作用極19がCuで形成された上記の構成の表面増強ラマン散乱分光装置1においてラマン散乱分光を行うと、金属リチウム二次電池で利用される電極において、その電極表面近傍nmオーダーの範囲に生じる電解液分解生成物の追跡を行うことができる。
【0032】
(プラズモンセンサ16の製造方法)
透明な石英ガラスからなる基体14に、例えば、スパッタ法、金属めっき法、蒸着法、CVD(Chemical Vapor Deposition)法等を単一で、または複合的に利用することにより、金属ナノ粒子15を作成して、プラズモンセンサ16を製造できる。
【0033】
(作用・効果)
上記の構成のプラズモンセンサ16及び作用極19を有する表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10を用いた表面増強ラマン散乱分光装置1では、作用極19と接触する金属ナノ粒子15の表面に表面プラズモンを励起させ、表面プラズモンにより作用極19上の電気化学反応種の状態及び反応挙動を反映したラマン散乱光を増強させて表面増強ラマン散乱光L2を生成させている。上記のプラズモンセンサ16を用いているので、測定対象の電極表面の材料破壊処理が不要である。またプラズモンセンサ16と作用極19が点で接触しているので電解液13中から電極表面への電気化学反応種の移動の阻害が抑制され、本来の環境に近い理想的な電極反応場の環境を再現しながら、より正しい反応挙動の追跡が可能である。このように、プラズモンセンサ16を有する表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル10による高感度のラマン分光により、電極にナノ粒子を設けない非破壊計測で、かつin-situで、電気化学反応を追跡できる。
【0034】
(実施例)
上記の実施形態に記載の表面増強ラマン散乱分光装置1を用いて、金属リチウム二次電池で利用される電極表面近傍nmオーダーの範囲に生じる電解液分解生成物を観察した。表面増強ラマン散乱分光装置1において作用極19としてCuワイヤーを用い、エチレンカーボネート及びLiPFを含有する電解液13を用いた。作用極19の電位を+2.1Vから-0.6Vへ変化させ、このときのLiCOの生成とLiの生成を、ラマン散乱分光スペクトル(LiCO:1090cm-1、Li:1850cm-1)から追跡した。
【0035】
図2は実施例に係る電気化学反応の作用極19のポテンシャルに対する、対極18及び作用極19の間に流れる電流を示す図である。図2中、横軸は参照極(Li-Al電極)に対する作用極のポテンシャル(V)であり、縦軸は電流(10-3mA)である。作用極19の電位を+2.1Vから-0.6Vへ変化させたとき、+2.0V程度から電解液13の分解が発生し、―0.2V程度からLiが析出する。
【0036】
図3は実施例に係る作用極19の電位を+2.1Vから-0.6Vへ変化させたときの1090cm-1近傍領域のラマンスペクトルを示す図である。ラマンシフトが1090cm-1の近傍のピークはLiCOに対応する。LiCOは、作用極19の電位が+1.4Vから徐々に形成され、その後+0.3Vから消費されることを示す。これは、図2における作用極19の電位が+1.4Vから+0.3Vまで変化するときに対応する。
【0037】
上記の作用極19の電位が+1.4Vから+0.3Vまで変化するときの反応式を以下に示す。
【0038】
【化1】
【0039】
図4は実施例に係る作用極19の電位を+2.1Vから-0.6Vへ変化させたときの1850cm-1近傍領域のラマンスペクトルを示す図である。ラマンシフトが1850cm-1の近傍のピークはLiに対応する。LiはLiCOを出発物にして形成され得るが、これは、図3に見られるようにLiCOが+0.3V付近で消費されるのに対し、Liは、+0.4Vと、LiCOの消費位置とほぼ同等の電位から観察され始めることに対応している。
【0040】
上記の作用極19の電位が+0.4Vより低いポテンシャル領域での反応式を以下に示す。
【0041】
【化2】
【0042】
上記の実施例から、金属リチウム二次電池で利用される電極表面近傍nmオーダーの範囲に生じる電解液分解生成物を観察できることが実証された。
【0043】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の変更が可能であり、当業者によってなされる他の実施形態、変形例も本発明に含まれる。例えば、容器11を不活性ガスで満たし、作用極19の代わりに触媒作用を有する金属ワイヤーとし、反応種であるガスを連続的に供給して触媒作用を有する金属ワイヤーに接触させ、触媒反応によって生じた生成物を検出する装置とすることができ、気体中の反応をin-situで追跡することができる。
【符号の説明】
【0044】
1 表面増強ラマン散乱分光装置
10 表面増強ラマン散乱測定用分光電解セル
11 容器
12 蓋部
13 電解液
14 基体
15 金属ナノ粒子
16 プラズモンセンサ
17 保護部
18 対極
19 作用極
20 作用極保護カバー
21 参照極
22 電源部
LS 光源
L1 励起光
L2 表面増強ラマン散乱光
HM ハーフミラー
D 受光部
図1
図2
図3
図4