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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025005324
(43)【公開日】2025-01-16
(54)【発明の名称】シール装置
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/28 20060101AFI20250108BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20250108BHJP
【FI】
F16J9/28
F02F5/00 A
F02F5/00 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023105521
(22)【出願日】2023-06-27
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】安田 健
【テーマコード(参考)】
3J044
【Fターム(参考)】
3J044AA02
3J044BA06
3J044BA07
3J044BC06
3J044CB25
3J044DA16
(57)【要約】
【課題】特定の水分率の水素ガス中で使用されるシール装置において、シールおよび相手材の摩擦摩耗特性に優れるシール装置を提供する。
【解決手段】シール装置は、水分率50ppm以下の水素ガス雰囲気下で、シール(ピストンリング1)と、JIS G0203で定義されるステンレス鋼または耐熱鋼からなる金属部材(シリンダー)とが相対的に摺動する機構(圧縮機構部)を含み、ピストンリング1は、炭素材料を含み、かつ、ASTM D638準拠の引張試験における弾性率が7GPa~15GPaのポリイミド樹脂組成物からなる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分率50ppm以下の水素ガス雰囲気下で、シールと、JIS G0203で定義されるステンレス鋼または耐熱鋼からなる金属部材とが相対的に摺動する機構を含むシール装置であって、
前記シールは、炭素材料を含み、かつ、ASTM D638準拠の引張試験における弾性率が7GPa~15GPaのポリイミド樹脂組成物からなることを特徴とするシール装置。
【請求項2】
前記機構は、水分率10ppm以下の水素ガス雰囲気下で、前記シールと前記金属部材とが摺動する機構であることを特徴とする請求項1記載のシール装置。
【請求項3】
前記ポリイミド樹脂が熱可塑性ポリイミド樹脂であることを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール装置。
【請求項4】
前記炭素材料は、前記樹脂組成物全体に対して5体積%~35体積%含まれ、前記炭素材料が少なくとも炭素繊維を含み、該炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、前記炭素繊維の平均繊維長が20μm~200μmであることを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール装置。
【請求項5】
前記ポリイミド樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対してポリテトラフルオロエチレン樹脂を5体積%~25体積%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール装置。
【請求項6】
前記炭素材料は、前記樹脂組成物全体に対して5体積%~15体積%含まれ、前記炭素材料がPAN系炭素繊維であり、それら以外の炭素材料を含まず、
前記ポリイミド樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対してポリテトラフルオロエチレン樹脂を15体積%~25体積%含むことを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール装置。
【請求項7】
前記シール装置が、少なくとも、前記ポリイミド樹脂組成物からなるピストンリングと、JIS G0203で定義されるステンレス鋼または耐熱鋼からなるシリンダーと、前記ピストンリングを装着する環状溝が設けられた金属製のピストンとで構成され、前記ピストンリングが前記シリンダーに対して往復動することによって、前記ピストンリングの外周面が前記シリンダーの内周面と摺動することを特徴とする請求項1または請求項2記載のシール装置。
【請求項8】
前記シール装置が、水素ガス用往復式圧縮機に用いられることを特徴とする請求項7記載のシール装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素ガス中で用いられる、シールと金属部材が相対的に摺動する機構を含むシール装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素ステーションでは、水素ガス用往復式圧縮機のピストンリング、水素ガスの流路に設置されるバルブのグランドパッキンなどとして、水素を密封し、かつ、摺動を伴うシールが多数使用されている。このようなシールは、相手材となる金属部材と相対的に摺動する機構を備えたシール装置として使用されている。特に、水素ステーションの水素ガス用往復式圧縮機でシールとして使用されるピストンリングでは、吐出圧が例えば82MPaの高圧になることから、ピストンリングおよび相手材となるシリンダーの摩耗が、長期間使用する上での課題となっている。
【0003】
代表的な水素ガス用往復式圧縮機は、ピストンとシリンダーを含む構造であり、シリンダーに対してピストンが往復動することによって、水素ガスを圧縮する仕組みである。このような往復式圧縮機では、ピストンとシリンダーとの間の隙間において水素ガスをシールする目的で、従来から環状のピストンリングが使用されている。ピストンリングはピストンに設けられた環状溝に装着される。この場合、ピストンリングの外周面がシリンダーの内周面と接触し、かつ、ピストンリングの側面が環状溝の側面と接触することにより、水素ガスがシールされる。
【0004】
また、水素ガス用往復式圧縮機で圧縮した水素ガスを燃料電池自動車(FCV)に充填する場合、圧縮ガスに硫黄成分が混入されると、燃料電池の性能低下を引き起こす場合がある。そのため、ピストンリングに含まれる硫黄原子の含有量が低いことが要求される。
【0005】
水素ガス用往復式圧縮機のピストンリングとしては、例えば特許文献1が開示されている。特許文献1には、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂または熱可塑性ポリイミド樹脂を少なくとも主成分とする樹脂組成物からなり、樹脂組成物には硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が配合され、該炭素材料が炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉からなる群から選択される少なくとも1種以上であって、樹脂組成物全体に対して炭素材料が合計で5体積%~35体積%含まれることを特徴とするピストンリングが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2023-25841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記特許文献1では摩擦摩耗試験は実施されているものの、実際に水素ガス雰囲気下での評価はなされていない。特に、水素ガス中の摩擦摩耗特性は、水素ガス中に含まれる不純物の影響を受けることが考えられる。例えば、FCVに充填するための水素ガスは、国際規格(ISO14687-2)において、水素純度が99.97%以上であることが規定されるととともに、水(HO)などの不純物の上限値が定められている。上記特許文献1に記載されているピストンリング(摺動部材)には、より改善の余地があると考えられる。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、特定の水分率の水素ガス中で使用されるシール装置において、シールおよび相手材の摩擦摩耗特性に優れるシール装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のシール装置は、水分率50ppm以下の水素ガス雰囲気下で、シールと、JIS G0203で定義されるステンレス鋼または耐熱鋼からなる金属部材とが相対的に摺動する機構を含むシール装置であって、上記シールは、炭素材料を含み、かつ、ASTM D638準拠の引張試験における弾性率が7GPa~15GPaのポリイミド(PI)樹脂組成物からなることを特徴とする。
【0010】
上記機構は、水分率10ppm以下の水素ガス雰囲気下で、上記シールと上記金属部材とが摺動する機構であることを特徴とする。
【0011】
上記PI樹脂が熱可塑性PI樹脂であることを特徴とする。
【0012】
上記炭素材料は、上記樹脂組成物全体に対して5体積%~35体積%含まれ、上記炭素材料が少なくとも炭素繊維を含み、該炭素繊維がPAN系炭素繊維であり、上記炭素繊維の平均繊維長が20μm~200μmであることを特徴とする。
【0013】
上記PI樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対してポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂を5体積%~25体積%含むことを特徴とする。
【0014】
上記炭素材料は、上記樹脂組成物全体に対して5体積%~15体積%含まれ、上記炭素材料がPAN系炭素繊維であり、それら以外の炭素材料を含まず、上記PI樹脂組成物は、該樹脂組成物全体に対してPTFE樹脂を15体積%~25体積%含むことを特徴とする。
【0015】
上記シール装置が、少なくとも、上記PI樹脂組成物からなるピストンリングと、JIS G0203で定義されるステンレス鋼または耐熱鋼からなるシリンダーと、上記ピストンリングを装着する環状溝が設けられた金属製のピストンとで構成され、上記ピストンリングが上記シリンダーに対して往復動することによって、上記ピストンリングの外周面が上記シリンダーの内周面と摺動することを特徴とする。
【0016】
上記シール装置が、水素ガス用往復式圧縮機に用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明者は、水素ガス中の水分率が50ppm以下の環境において、炭素材料を含み、かつ、ASTM D638準拠の引張試験における弾性率が7GPa~15GPaのPI樹脂組成物からなるシールが、炭素材料を含むPEEK樹脂組成物からなるシールよりも、著しく摩擦摩耗特性に優れ、かつ、相手材となる金属部材(ステンレス鋼または耐熱鋼)を損傷しにくいことを見出した。すなわち、炭素材料を含むPI樹脂組成物からなるシールと、ステンレス鋼または耐熱鋼からなる金属部材が相対的に摺動する機構を含むシール装置が、水分率50ppm以下の水素ガスのシール装置として好適であることを見出した。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0018】
本発明のシール装置は、水分率50ppm以下の水素ガス中で用いた場合のシールの摩耗量低下に著しく優れるため、特に規格ISO14687-2における水分の規格値(5ppm以下)を満足する水素ガスを取り扱う装置において好適に使用できる。なお、水素ガス中の水分率は、水素ガス中のHO濃度をいい、例えばキャビティリングダウン分光法によって測定される。
【0019】
本発明のシール装置におけるシールは、耐熱性に優れるPI樹脂を主成分(ベース樹脂)とする樹脂組成物からなり、炭素材料が1種以上含まれている。さらに、ASTM D638準拠の引張試験における弾性率が7GPa以上であるため、金属部材と摺動した際の真実接触面積が増加しにくく摩擦摩耗特性に優れ、かつ、15GPa以下であるため、シールが金属部材表面に沿って馴染みやすく、シール性を維持できる。
【0020】
上記シールの一形態として、上記炭素材料は、該樹脂組成物全体に対して5体積%~35体積%含み、さらに、上記炭素材料が少なくとも炭素繊維を含み、さらに、該樹脂組成物全体に対してPTFE樹脂を5体積%~25体積%含むので、金属部材(ステンレス鋼または耐熱鋼)と組み合わせたシール装置とした場合、オイルなどによる潤滑剤がない環境であっても優れた摩擦摩耗特性を発揮できる。
【0021】
上記シール装置は、少なくとも上記PI樹脂組成物からなるピストンリング、JIS G0203で定義されるステンレス鋼または耐熱鋼からなるシリンダー、上記ピストンリングを装着する環状溝が設けられた金属製のピストンで構成され、上記ピストンリングが上記シリンダーに対して往復動することによって、上記ピストンリングの外周面が上記シリンダーの内周面と摺動する水素ガス用往復式圧縮機において特に好適に使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明のシール装置のシール(ピストンリング)の一例の斜視図である。
図2】本発明のシール装置を用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。
図3】ピンオンディスク試験機の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明のシール装置は、PI樹脂組成物からなるシールと、ステンレス鋼または耐熱鋼からなる金属部材が相対的に摺動する機構を含む装置であれば、シールの形状、金属部材の形状に限定されることなく使用できる。ステンレス鋼および耐熱鋼はJIS G0203(鉄鋼用語)で定義され、その種類は、ステンレス鋼であればJIS G4303に化学成分とともに規定されている種類であってもよく、耐熱鋼であればJIS G4311に化学成分とともに規定されている種類であってもよい。
【0024】
例えば、水素ガス用往復式圧縮機であれば、シールであるピストンリングと、金属部材であるシリンダーが相対的に摺動する機構が含まれるので、本発明のシール装置を適用することができる。また、水素ステーションで使用されるバルブでは、開閉時に、シールであるグランドパッキンと、金属部材であるステム(弁棒)が相対的に摺動する機構が含まれるので、本発明のシール装置を適用することができる。
【0025】
以下に、シール装置が水素ガス用往復式圧縮機のシール(ピストンリング)および金属部材(シリンダー)である場合について、発明の実施形態を説明する。
【0026】
本発明のシール装置を適用した往復式圧縮機の一例を図1および図2に基づいて説明する。図1は、シール装置のうち、シール(ピストンリング)の一例を示した斜視図である。図1に示すように、ピストンリング1は断面が略矩形の環状体である。リング内周面1bとリングの両側面1cとの角部は直線状、曲線状の面取りが設けられていてもよく、ピストンリング1を射出成形で製造する場合、該部分に金型からの突出し部分となる段部を設けてもよい。
【0027】
また、ピストンリング1は、一箇所の合い口1aを有するカットタイプのリングであり、弾性変形により拡径してピストンの環状溝に装着される。ピストンリング1は、合い口1aを有することから、使用時においてガスの圧力によって拡径されて、外周面1dがシリンダーの内周面と密着する。合い口1aの形状については、限定されるものではなく、ストレートカット型、アングルカット型などにすることも可能であるが、シール性に優れることから、図1に示す複合ステップカット型を採用することが好ましい。
【0028】
なお、上記ピストンリングは、図1に示すような単一の部材からなるピストンリングに限定されず、複数の部材を組み合わせることで円環状になるピストンリングであってもよい。
【0029】
上記ピストンリングは、図1に示すような単一の部材からなるピストンリングである場合、弾性変形により拡径して環状溝に組み込むことを考慮し、拡径時に変形のおそれがある小径のピストンリングでないことがより好ましく、例えば外径30mm以上であってもよい。
【0030】
図2は、上記ピストンリングを用いた水素ガス用往復式圧縮機の一例の断面図である。水素ガス用往復式圧縮機の圧縮機構部2は、シリンダー3とピストン4からなり、ピストン4はピストンロッド5に接続されている。ピストン4の外周面には、ピストンリング1を装着するための環状溝が複数配置されており、ピストンリング1が弾性変形により拡径して各環状溝に1つずつ組み込まれる。ピストンに装着されるピストンリングの数は特に限定されず、図2では6個のピストンリングが装着されている。水素ガスは圧縮室6に導入され、ピストン4がシリンダー3に対して往復動することによって圧縮された後、外部に排出される。
【0031】
水素ガスを圧縮する水素ガス用往復式圧縮機は、水素ステーションなどに設置され、FCV、水素エンジン車への水素ガスの充填などに用いられる。
【0032】
以下には、本発明のシール装置のシールに用いるPI樹脂組成物について説明する。
【0033】
PI樹脂は、熱硬化性PI樹脂、熱可塑性PI樹脂のいずれであってもよいが、射出成形などの溶融成形が可能な熱可塑性PI樹脂であることが好ましい。熱可塑性PI樹脂としては、ガラス転移点、融点が高い樹脂がより好ましい。具体的には、下記式(1)に示すように、分子構造の繰り返し単位中に、熱的特性、機械的強度などに優れたイミド基が芳香族基を取り囲みながらも、熱などのエネルギーが加えられることにより適度な溶融特性を示すエーテル結合部分を複数個有する構造のイミド系樹脂がよく、機械的特性、剛性、耐熱性、射出成形性を満足させるため、エーテル結合部を繰り返し単位中に2個有する熱可塑性PI樹脂が好ましい。また、熱可塑性PI樹脂には、繰り返し単位中にイミド基が2個以上あってもよい。
【0034】
【化1】
(式中、Xは直接結合、炭素数1~10の炭化水素基、六フッ素化されたイソプロピリデン基、カルボニル基、チオ基およびスルホン基からなる群より選ばれた基を表し、R~Rは水素、炭素数1~5の低級アルキル基、炭素数1~5の低級アルコキシ基、塩素または臭素を表し、互いに同じであっても異なっていてもよい。Yは炭素数2以上の脂肪族基、環式脂肪族基、単環式芳香族基、縮合多環式芳香族基、芳香族基が直接または架橋基により相互に連結された非縮合多環式芳香族基からなる群から選ばれた4価の基を表す。)
【0035】
熱可塑性PI樹脂の市販品としては、三井化学株式会社製オーラム(登録商標)、三菱ガス化学株式会社製サープリム(登録商標)などが挙げられる。この2種類のうち、上記式(1)を満たすオーラムはガラス転移点250℃、融点388℃であり、極めて耐熱性に優れるため、特に好ましい。オーラムは、上記式(1)におけるXが直接結合であり、R~Rが全て水素である。本発明の樹脂組成物に使用可能なオーラムのグレードとしては、例えば、PD250、PD400、PD450、PD500などが挙げられる。
【0036】
水素ガスのシール性を考慮すると、ベース樹脂であるPI樹脂の水素ガス透過度は低いことが好ましい。水素ガス透過度は、例えばJIS K7126-1準拠の測定方法で、7.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下であってもよい。高温かつ高圧の水素ガス中で曝露したときの物性変化を抑制する観点から、4.0×10-12mol/(m・s・Pa)以下を満足することが好ましく、1.0×10-12mol/(m・s・Pa)~3.5×10-12mol/(m・s・Pa)であることがより好ましい。無充填の熱可塑性PI樹脂について、50mm角のシート(厚さ0.4mm)を用いて、JIS K7126-1準拠の測定方法で水素ガス透過度を測定したところ、測定値は3.1×10-12mol/(m・s・Pa)であった。なお、測定条件は温度23±2℃、高圧側圧力100kPaとし、圧力センサ法で測定した。
【0037】
本明細書における「炭素材料」は、結晶性の有無およびその度合いは限定されず、非意図的であれば硫黄原子を含有していてもよい。炭素材料として具体的には、炭素繊維、黒鉛、コークス粉などが挙げられる。本発明に用いる樹脂組成物には、摩擦摩耗特性、強度、弾性率などを向上させる目的で、硫黄原子の含有量が200ppm以下の炭素材料が1種以上含まれる。当該炭素材料に含まれる硫黄原子の含有量は100ppm以下であることが好ましく、50ppm以下であることがより好ましい。
【0038】
炭素材料としては、耐摩耗性向上の観点から、少なくとも炭素繊維を含むことが好ましい。この場合、例えば、炭素材料としては、炭素繊維のみを用いてもよく、炭素繊維と黒鉛を用いてもよく、炭素繊維とコークス粉を用いてもよく、炭素繊維と黒鉛とコークス粉を用いてもよい。それら以外の炭素材料(例えばカーボンブラック)は、硫黄含有量を抑える観点から、含まれないことが好ましい。
【0039】
炭素繊維、黒鉛、およびコークス粉の各々に含まれる硫黄原子の含有量(使用する各々の炭素材料全量(100質量%)に対する質量%)は、周知の分析方法で測定できる。例えば、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)を用いてもよい。より高精度に測定する目的で、トリプル四重極型誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS/MS)を用いてもよい。分析の前処理方法としては、例えば、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過し、上澄みを分析サンプルとして得る方法が挙げられる。分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置など既知の分析方法で確認することができる。
【0040】
炭素繊維では、石油ピッチなどの原料に硫黄原子が含まれる場合があるほか、製造工程で硫酸を使用する場合などがあり、硫黄原子が不純物として残留することがある。また、地中に存在している天然黒鉛は不純物として硫黄を含有しており、人造黒鉛およびコークス粉は石炭由来であるため、硫黄を含有している。
【0041】
上記樹脂組成物を水素ガス用往復式圧縮機のピストンリング材として使用した場合、炭素材料に含まれる硫黄原子の含有量が少ないほど、圧縮ガスに硫黄成分が混入しにくく、燃料電池の発電効率が低下しにくい。
【0042】
本発明によれば、炭素材料に含まれる硫黄原子の含有量を規定した樹脂組成物を用いることにより、水素雰囲気への曝露(脱硫処理)など、特殊な雰囲気での熱処理を必要としないシールを得ることができる。本発明のシール装置のシールは、特殊な雰囲気での熱処理を必要としないことから特殊な曝露装置を必要とせず、厳重な安全対策が不要となる。
【0043】
樹脂組成物に配合する炭素繊維は、原材料から分類されるピッチ系またはPAN系のいずれのものでも用いることができるが、ピッチ系炭素繊維に比べて硫黄原子の含有量が比較的少ないPAN系炭素繊維を用いることが好ましい。なお、ピッチ系炭素繊維の場合、原料のピッチは不純物として硫黄を含有している。また、PAN系炭素繊維の場合も、表面処理に硫酸を用いる場合、硫黄が残留することがある。
【0044】
炭素繊維の焼成温度は限定されるものではなく、2000℃またはそれ以上の高温で焼成されて黒鉛化品、1000~1500℃程度で焼成された炭化品のどちらであってもよい。本発明に使用できる市販品のミルドファイバーとしては、ピッチ系炭素繊維として、株式会社クレハ製:クレカ M-101S、M-101F、M-201Sなどが挙げられる。また、PAN系炭素繊維として、帝人株式会社製:HT M800 160MU、HT M100 40MU、東レ株式会社製:トレカ MLD-30、MLD-300などが挙げられる。
【0045】
本発明に用いる炭素繊維の平均繊維長は、特に限定されないが、20μm~200μmの短繊維であることが好ましい。平均繊維長が20μm未満であると耐摩耗性向上の効果が得られにくく、200μmを超えると摺動時に折損した炭素繊維が摺動面に入り込みやすくなり、シリンダーなどを損傷摩耗させやすい。なお、本明細書における平均繊維長は数平均繊維長である。
【0046】
本明細書において「アスペクト比」は、炭素繊維の「平均繊維長」を「平均繊維径」で除した値である。ここで、「平均繊維長」と「平均繊維径」は、いずれも数平均であり、走査型電子顕微鏡を用いて、例えば200検体測定し、その平均値とすることができる。本発明に用いる炭素繊維はアスペクト比3~50であることが好ましく、アスペクト比5~25がより好ましい。アスペクト比が50を超えると摺動時に折損した炭素繊維が摺動面に入り込みやすくなり、シリンダーなどを損傷摩耗させやすい。アスペクト比が3未満であると、耐摩耗性向上の効果が得られにくくなる。
【0047】
樹脂組成物に配合する黒鉛は、固体潤滑剤であり、無潤滑条件の摩擦摩耗特性を向上できる。また、黒鉛としては、天然黒鉛、人造黒鉛のいずれを用いてもよい。粒子の形状は、鱗片状、粒状、球状などがあるが、いずれを用いてもよい。本発明に使用できる市販品の黒鉛としては、人造黒鉛であるイメリス・ジーシー・ジャパン株式会社製:KS-6、KS-25、KS-44などが挙げられる。このほか、樹脂粒子を焼成して得られた球状黒鉛(または球状カーボン)を用いてもよく、例えばフェノール樹脂粒子を焼成して得られるエア・ウォーター・ベルパール株式会社製:ベルパールC800、C2000などを使用できる。黒鉛の50%粒子径は限定されないが、3μm~50μmが好ましく、10μm~30μmがより好ましい。50μmを超えると、樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。
【0048】
樹脂組成物に配合するコークス粉は、無潤滑条件の耐摩耗性を向上できる。コークス粉の50%粒子径は限定されないが、3μm~50μmが好ましく、10μm~30μmがより好ましい。50μmを超えると、樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。
【0049】
なお、50%粒子径が50μmを超える黒鉛やコークス粉を配合することで樹脂組成物の引張伸び特性が低下すると、シールがピストンリングである場合、ピストンリングを拡径してピストンの環状溝に装着するときに破断するおそれがある。
【0050】
本発明に用いる黒鉛、コークス粉、および、後述するPTFE樹脂の50%粒子径(D50)は、粒子径分布を累積分布としたとき、累積値が50%となる点の粒子径であり、例えば、レーザー光散乱法を利用した粒子径分布測定装置などを用いて測定することができる。
【0051】
上記樹脂組成物は、上記炭素材料のほかに、PTFE樹脂を含むことが好ましい。PTFE樹脂は、固体潤滑剤であり、樹脂組成物の無潤滑条件における摩擦摩耗特性を向上できる。PTFE樹脂として、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよい。樹脂組成物の流動性を安定させるためには、成形時のせん断により繊維化し難く、溶融粘度を増加させ難い再生PTFEを採用することが好ましい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。γ線または電子線を照射後にさらに熱処理を加えたタイプもある。PTFE樹脂の50%粒子径は、特に限定されるものではないが10μm~50μmとすることがより好ましい。
【0052】
本発明に使用できる市販品のPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-400H、三井ケマーズフロロプロダクツ株式会社製:テフロン(登録商標)7-J、TLP-10、AGC株式会社製:フルオンG163、L150J、L169J、L170J、L172J、L173J、L182J、ダイキン工業株式会社製:ポリフロンM-15、などが挙げられる。また、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオルアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。上記の中でγ線または電子線などを照射したPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KTL-8F、AGC株式会社製:フルオンL169J、L170J、L172J、L173J、L182Jなどが挙げられる。
【0053】
上記樹脂組成物は、炭素繊維、黒鉛、コークス粉などの炭素材料を1種以上含み、樹脂組成物全体に対して炭素材料を合計で5体積%~50体積%含むことが好ましく、5体積%~35体積%含むことがより好ましく、5体積%~25体積%含むことがさらに好ましく、10体積%~20体積%であってもよい。炭素材料の合計の配合量が5体積%未満であると、耐摩耗性向上の効果が得られにくく、35体積%を超えると、樹脂組成物の溶融粘度が高くなり、射出成形しにくくなるほか、引張伸び特性が低下するおそれがある。50体積%を超えると、溶融粘度が極めて高くなり、射出成形そのものが困難になりやすい。
【0054】
上記樹脂組成物は、さらにPTFE樹脂を樹脂組成物全体に対して5体積%~25体積%含むことが好ましい。PTFE樹脂の配合量が5体積%未満であると、無潤滑条件における摩擦摩耗特性の向上効果が得られにくく、25体積%を超えると樹脂組成物の引張伸び特性が低下するおそれがある。PTFE樹脂の配合量は10体積%~20体積%であってもよい。
【0055】
上記樹脂組成物には、上記炭素材料、上記PTFE樹脂のほかに、本発明の効果を阻害しない程度に周知の樹脂用添加剤を配合してもよい。添加剤としては、例えば、アラミド繊維、無機物(マイカ、タルク、炭酸カルシウムなどのカルシウム塩、窒化ホウ素など)、ウィスカ(炭酸カルシウム、チタン酸カリウムなど)、着色剤(酸化鉄、酸化チタン、カーボンブラックなど)、他の樹脂成分などが挙げられる。無機物のモース硬度(10段階)は、例えば2~5であってもよい。なお、硫黄原子の含有量が200ppmを超える添加剤を配合する場合、上記樹脂組成物全体に対して、この添加剤の配合量を3体積%以下にすることが好ましい。また、上記樹脂組成物には、200ppmを超えて硫黄原子を含有する炭素材料が含まれてもよいが、その炭素材料の含有量は、樹脂組成物全体に対して3体積%以下であることが好ましい。
【0056】
上記樹脂組成物は、二硫化モリブデン、二硫化タングステンなどの硫化物を含まないことが好ましい。
【0057】
上記樹脂組成物において、ベース樹脂は、樹脂組成物全体に対して50体積%~95体積%含まれることが好ましく、60体積%~90体積%含まれることがより好ましく、65体積%~80体積%であってもよい。
【0058】
上記樹脂組成物に、本発明の効果を阻害しない程度に、PI樹脂、PTFE樹脂以外の樹脂を配合する場合、当該樹脂は、分子構造に硫黄原子を含まない樹脂であることが好ましい。つまり、分子構造に硫黄原子を含む樹脂である、PPS樹脂、ポリエーテルサルホン(PES)樹脂、ポリサルホン(PSU)樹脂、およびポリフェニルサルホン(PPSU)樹脂は、樹脂組成物に含まないことが好ましい。PPS樹脂は、下記の式(2)に示すように、分子構造に硫黄原子が含まれている。このほか、PES樹脂、PSU樹脂、PPSU樹脂はいずれもスルホニル基が含まれる分子構造であるため、硫黄原子を含有している。また、後述するように、水分率10ppm以下の水素ガス中における摩擦摩耗特性を向上させる観点から、上記樹脂組成物は、PEEK樹脂を含まないことが好ましい。
【0059】
【化2】
【0060】
本発明のシール装置のシールは、PI樹脂を主成分とした樹脂組成物の成形体である。なお、本明細書における「成形体」とは、射出成形、圧縮成形、押し出し成形などの周知の方法により成形された成形体、もしくは、これらの成形体を機械加工したものを指す。例えば、射出成形素材から削り出したピストンリング、射出成形で製造したピストンリングなどがこの範囲に含まれる。
【0061】
上記樹脂組成物は、ASTM D638準拠の引張試験における弾性率が7GPa~15GPaであることが好ましい。弾性率が7GPa以上であるため、金属部材と摺動した際の真実接触面積が増加しにくく摩擦摩耗特性に優れ、かつ、15GPa以下であるため、シールが金属部材表面に沿って馴染みやすく、シール性を維持できる。シールがピストンリングである場合など、弾性変形により拡径して環状溝に組み込むことを考慮すると、組み込み時の割れ難さの観点から上記樹脂組成物の弾性率は高すぎないことがより好ましく、上記弾性率は7~12GPaであってもよい。
【0062】
上記シールの硫黄原子の含有量は、例えば、誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)で測定することができる。より高精度に測定する目的で、トリプル四重極型誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS/MS)を用いてもよい。分析の前処理方法としては、例えば、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過し、上澄みを分析サンプルとして得る方法が挙げられる。分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置など既知の分析方法で確認することができる。
【0063】
上記シールの硫黄原子の含有量は、樹脂組成物全量(100質量%)に対して0.1質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがより好ましく、0.025質量%(250ppm)以下であることがさらに好ましく、0.020質量%(200ppm)以下であることが特に好ましい。
【0064】
本発明のシール装置は例えば水素ガス用往復式圧縮機に用いられる。当該水素ガス用往復圧縮機のピストンリングとしては、無潤滑条件で、30MPa~120MPaの高圧で使用され、好ましくは65MPa~110MPaで使用され、さらに好ましくは80MPa~100MPaで使用される。
【0065】
PI樹脂組成物が熱可塑性PI樹脂を主成分とする場合、構成する各材料を、必要に応じて、ヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合した後、二軸混練押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレットを得ることができる。なお、炭素材料、PTFE樹脂、上述の樹脂用添加剤の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。この成形用ペレットを用いて射出成形によりシールを成形することができる。射出成形素材を用いて追加工または全加工を行い、所定のシール形状に仕上げてもよい。
【0066】
PI樹脂組成物が熱可塑性PI樹脂を主成分とする場合、射出成形素材、射出成形素材から削り出したピストンリング、射出成形で製造したピストンリングのうち、いずれかの状態で結晶化処理(熱処理)を実施することが好ましい。例えば、熱可塑性ポリイミド樹脂として、上述の三井化学株式会社製オーラムを使用する場合、射出成形時にはほとんど結晶化しないため、結晶化処理によって結晶化度を高めてもよい。結晶化処理の条件は、例えば、大気中または窒素中にて、最高温度280~320℃とし、最高温度で2時間以上保持としてもよい。結晶化処理後の結晶化度は20%~40%であることが好ましい。結晶化度の測定方法は、示差走査熱量測定(DSC)で結晶の融解熱量を測定するなどの周知の方法で測定できる。
【0067】
上記結晶化処理は、炭素材料に不純物として含まれる活性な硫黄を除去するという点でも、実施することが好ましい。
【0068】
また、上記熱処理は大気中で行うことが好ましい。これにより、水素雰囲気への曝露(脱硫処理)など、特殊な雰囲気での熱処理を必要としないことから特殊な曝露装置を必要とせず、厳重な安全対策が不要である。
【実施例0069】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0070】
実施例1~3、比較例1~4
表1の配合割合(体積%)で配合したPI樹脂組成物およびPEEK樹脂組成物を用いて、射出成形によってφ8×20mmの射出成形素材、ASTM D638準拠の4号ダンベルを成形した。PI樹脂組成物は、最高温度320℃、最高温度での保持時間2時間で射出成形素材、4号ダンベルを結晶化処理した。射出成形素材は、さらに機械加工することでφ6×15mmのピン試験片を作製した。PEEK樹脂組成物は、最高温度200℃、最高温度での保持時間4時間で射出成形素材、4号ダンベルを熱処理した後、射出成形素材を機械加工して、同様のピン試験片を作製した。
【0071】
各樹脂組成物に用いた原材料を以下に示す。PTFE樹脂のD50は10~50μmの範囲、PAN系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維はアスペクト比5~25の範囲を満足するものを使用した。PAN系炭素繊維に含まれる硫黄原子の含有量は、ICP-MS/MSによる測定で50ppm以下であった。ピッチ系炭素繊維に含まれる硫黄原子の含有量は、ICP-MS/MSによる測定で200ppm以下であった。
【0072】
(1)熱可塑性PI樹脂〔PI〕
(2)PEEK樹脂〔PEEK〕
(3)PTFE樹脂〔PTFE〕
(4)PAN系炭素繊維〔CF-1〕
(5)ピッチ系炭素繊維〔CF-2〕
【0073】
<摩擦摩耗試験>
得られたピン試験片について、図3に示すピンオンディスク試験機を用いて、水素ガス中の水分率を管理しながら、この水素ガス中で摩擦摩耗試験を行った。水素ガス中の水分率は、キャビティリングダウン分光法を用いた水分分析器(Tiger Optics社製 HALO Trace Gas Analyzer)によって測定した。図3に示すように、回転ディスク8の表面にピン試験片7の試験面を下記の面圧で押し付けた状態で、回転ディスク8を回転させた。具体的な試験条件は以下のとおりであり、回転ディスク8の材質はステンレス鋼(SUS304)である。
(試験条件)
周速 :4m/s
面圧 :4MPa
潤滑 :なし(ドライ)
温度 :室温(温度管理なし)
摺動距離:80,000m
雰囲気 :水素ガス
水分率 :10ppm以下、20ppm、50ppmの3水準
【0074】
試験終了後、試験前後におけるピン試験片7の高さの変化量をそれぞれ測定した。また、表面粗さ・輪郭形状測定機により回転ディスク8の摩耗量(摩耗深さの最大部)をそれぞれ測定した。
【0075】
<引張試験>
得られた4号ダンベル試験片を用いて、試験速度は5mm/min、試験温度23℃の条件でASTM D638準拠の引張試験を実施した。弾性率(引張弾性率)の測定には、接触式自動伸び計を使用した。実施例1~3の弾性率は10GPa、比較例1~3の弾性率は6GPa、比較例4の弾性率は4GPaであった。
【0076】
【表1】
【0077】
表1に示すように、水分率50ppm以下の条件で、PI樹脂組成物は、PEEK樹脂組成物に比べて、摩耗量(ピン試験片、回転ディスク)および動摩擦係数ともに、小さい値であった。特に、水分率10ppm以下の条件では、その差は顕著であった。また、水分率50ppmの条件で、弾性率10GPaの実施例3は、弾性率6GPaの比較例3に比べ摩耗量(ピン試験片)が小さい値であった。さらに、水分率10ppm以下の条件で、弾性率10GPaの実施例1は、弾性率6GPaの比較例1および弾性率4GPaの比較例4に比べ摩耗量(ピン試験片、回転ディスク)の差が顕著であった。
【0078】
また、実施例1のピンオンディスク試験後、回転ディスクの摺動部をX線光電子分光法(XPS)により分析したところ、ワイドスキャンスペクトルで検出された各元素のうち、炭素(C)の占める割合(at.%)が、未摺動部を分析した場合に比べて約2倍となっていた。一方、比較例1のピンオンディスク試験後、回転ディスクの摺動部を同様に分析したところ、炭素(C)の占める割合(at.%)は、未摺動部を分析した場合と同等であった。水分率が10ppm以下の条件では、同一の炭素繊維を配合しても、ベース樹脂が熱可塑性PI樹脂の場合と、PEEK樹脂の場合で、回転ディスクの摺動部の化学組成が変化することが判明した。実施例1と比較例1の摩擦摩耗特性の違いに影響したと考えられる。
【0079】
実施例1~実施例3のPI樹脂組成物、比較例1~比較例3のPEEK樹脂組成物のピン試験片について、次の手順で硫黄原子を測定した。ピン試験片を凍結粉砕し、マイクロ波試料前処理装置にて酸分解して得られた分解液をろ過して、上澄みを分析サンプルとして得た。この分析サンプルをICP-MS/MSにより分析した。なお、分解残渣に硫黄原子が含まれないことは、蛍光X線分析装置によって確認した。PI樹脂組成物のピン試験片は、硫黄原子の測定値が極めて小さく、5ppm未満であった。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明のシール装置は、水分率50ppm以下の水素ガス中で使用されるシール装置として好適であり、例えば、水素ガス用往復式圧縮機におけるピストンリングおよびシリンダーを組み合わせたシール装置として好適に使用できる。
【符号の説明】
【0081】
1 ピストンリング
2 圧縮機構部
3 シリンダー
4 ピストン
5 ピストンロッド
6 圧縮室
7 ピン試験片
8 回転ディスク
図1
図2
図3