(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025005508
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】複合めっき材
(51)【国際特許分類】
C23C 18/52 20060101AFI20250109BHJP
C25D 15/02 20060101ALI20250109BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
C23C18/52 A
C25D15/02 F
C25D15/02 J
C25D7/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023105692
(22)【出願日】2023-06-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 展示会名 SURTECH2023 表面技術要素展 開催日 2023年2月1日~2月3日 展示会名 日本ものづくりワールド 第28回機械要素技術展 開催日 2023年6月21日~23日
(71)【出願人】
【識別番号】391015638
【氏名又は名称】アイテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003203
【氏名又は名称】弁理士法人大手門国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 達也
(72)【発明者】
【氏名】高原 彬
【テーマコード(参考)】
4K022
4K024
【Fターム(参考)】
4K022AA02
4K022AA48
4K022BA05
4K022BA14
4K022BA16
4K022BA34
4K022CA11
4K022DA01
4K022DB02
4K024AA10
4K024AB01
4K024AB12
4K024BB04
4K024BB09
4K024CA01
4K024CA03
4K024CA04
4K024CA06
(57)【要約】
【課題】本発明は、球状化黒鉛粒子を用いることで、摺動性及び導電性に優れた複合めっき材を提供することを目的とするものである。
【解決手段】本発明に係る複合めっき材は、基材表面に形成された球状化黒鉛粒子を含む金属めっき層からなる複合めっき材であって、前記球状化黒鉛粒子は、平均粒径が1μm~100μmで表面占有率が20%以上である。球状化黒鉛粒子を用いることで、配向性が抑えられるとともに分布密度が高められ、球状化黒鉛粒子がほぼ均一に高密度で表面から露出した状態にすることが可能となって摺動性及び導電性が向上する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に形成された球状化黒鉛粒子を含む金属めっき層からなる複合めっき材であって、前記球状化黒鉛粒子は、平均粒径が1μm~100μmで表面占有率が20%以上である複合めっき材。
【請求項2】
前記球状化黒鉛粒子は、へき開方向が曲面状に形成されている請求項1に記載の複合めっき材。
【請求項3】
前記球状化黒鉛粒子は、表面に露出した形状のアスペクト比の平均値が0.7以上で標準偏差が0.2以下である請求項1又は2に記載の複合めっき材。
【請求項4】
前記金属めっき層は、ニッケル、コバルト、タングステン、銅、金、銀、鉄、パラジウム、白金、スズ、ロジウムといった金属又はこれらの金属を複数種類含む合金からなる請求項1又は2に記載の複合めっき材。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の複合めっき材を摺動面に形成した摺動部材。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の複合めっき材を表面に形成した導電部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部材、金型、電子部品等の表面処理に好適な複合めっき材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、様々な部材の表面処理の方法としてめっき処理が行われており、めっき処理により基材表面に金属被膜を形成して強度や耐久性といった特性の向上が図られているが、摺動性、導電性といった物理的特性に着目した開発も進められている。
【0003】
例えば、特許文献1では、マトリックス中に鱗片状黒鉛、鱗状黒鉛、土状黒鉛から選ばれる黒鉛微粒子を含有する金属めっき層を摺動面に形成した摺動部材が記載されている。また、特許文献2では、銀層中に炭素粒子を含有する複合材からなる複合めっき皮膜が素材上に形成され、複合めっき皮膜の表面の炭素粒子が占める割合が30~90面積%である複合めっき材が記載されている。
【0004】
非特許文献1では、平均粒径5μmの鱗片状グラファイトを銀めっき液中に懸濁させて、厚さ5μmの銀めっきを行った点が記載されており、形成されためっき層の表面を撮影した写真が掲載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-124588号公報
【特許文献2】特開2020-152929号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】園家啓嗣 監修、「めっき技術の最新動向」、株式会社シーエムシー出版、2021年4月19日、262頁~265頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、黒鉛微粒子を金属めっき層に含有することで、潤滑性能の向上が図られているが、特許文献1に示すような鱗片状や鱗状といった一般的な薄片状の黒鉛粒子は、その形状から金属めっき層内に複合される密度が制約される。また、一般的な黒鉛粒子は層が重なった結晶構造をとり、層間が剥離(へき開)することで摺動性を向上させることが知られているが、へき開する方向に配向性があるため、金属めっき層表面にランダムに露出した黒鉛粒子のうち、摺動性に寄与する粒子が限定的となる。
【0008】
例えば、非特許文献1に記載された写真に示すように、めっき層に複合される薄片状の粒子が黒鉛のへき開方向に対して垂直に立ったような状態になるなど、ランダムな方向で複合された場合、めっき層表面に露出する黒鉛粒子の配向性と摺動面の方向が一致せず、摺動性に与える効果が低下する。また、めっき層の厚さ方向に対しても複合される黒鉛粒子の密度に制約があり、加えて黒鉛粒子の配向性のばらつきにより安定した摺動性が得られにくいといった課題がある。
【0009】
特許文献2では、複合めっき皮膜の表面の炭素粒子が占める割合に言及しているが、上述したような黒鉛微粒子の形状に着目しておらず、様々な形状の炭素粒子を用いた場合には特許文献1に記載された黒鉛微粒子と同様の課題がある。
【0010】
そこで、本発明は、球状化黒鉛粒子を用いることで、摺動性及び導電性に優れた複合めっき材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る複合めっき材は、基材表面に形成された球状化黒鉛粒子を含む金属めっき層からなる複合めっき材であって、前記球状化黒鉛粒子は、平均粒径が1μm~100μmで表面占有率が20%以上である。さらに、前記球状化黒鉛粒子は、へき開方向が曲面状に形成されている。さらに、前記球状化黒鉛粒子は、表面に露出した形状のアスペクト比の平均値が0.7以上で標準偏差が0.2以下である。さらに、前記金属めっき層は、ニッケル、コバルト、タングステン、銅、金、銀、鉄、パラジウム、白金、スズ、ロジウムといった金属又はこれらの金属を複数種類含む合金からなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、へき開方向が曲面状に形成された球状化黒鉛粒子を用いているので、球状化黒鉛粒子の配向性が抑えられるとともに分布密度を高めることができ、球状化黒鉛粒子がほぼ均一に高密度で表面から露出した状態にすることに加え、厚さ方向に対して複合される球状化黒鉛粒子の密度を高くすることができる。そのため、摺動性及び導電性が向上するとともに表面が摩耗した場合でも安定した摺動性及び導電性を実現することができる。ここで、摺動性とは、潤滑性、耐摩耗性及び低攻撃性といった摺動動作に関する特性全般を総称したものを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明に係る実施形態である複合めっき材の表面及び断面を撮影した画像並びに模式断面図である。
【
図2】従来の複合めっき材の表面及び断面を撮影した画像並びに模式断面図である。
【
図3】実施例1における摩擦摩耗試験結果を示すグラフである。
【
図4】実施例2において形成された複合めっき材の表面に関する撮影画像である。
【
図5】実施例2における摩擦摩耗試験結果を示すグラフである。
【
図6】実施例2における摩擦摩耗試験結果を示すグラフである。
【
図7】実施例3において作成された試料及び比較試料の表面に関する撮影画像である。
【
図8】実施例3における摩擦摩耗試験結果を示すグラフである。
【
図9】実施例3における摩擦摩耗試験結果を示すグラフである。
【
図10】実施例3における摩擦摩耗試験後の試料及び比較試料の摺動面を比較した撮影画像である。
【
図11】実施例3における摩擦摩耗試験後のボール材の摺動面を比較した撮影画像である。
【
図12】実施例4で用いる面接触抵抗測定試験装置に関する概略構成図である。
【
図13】実施例4における測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る実施形態について詳述する。
図1は、本発明に係る実施形態である複合めっき材の表面(
図1(a))及び断面を撮影した画像(
図1(b))並びに模式断面図(
図1(c))であり、
図2は、従来の複合めっき材の表面(
図2(a))及び断面を撮影した画像(
図2(b))並びに模式断面図(
図2(c))である。模式断面図では、矢印方向が摺動方向を示している。
【0015】
本発明に係る複合めっき材は、球状化黒鉛粒子を含む金属めっき層からなり、この例では、黒鉛粒子が球状化されて、黒鉛のへき開方向が曲面状に形成され、へき開方向の配向性が抑えられており、概ねブロック形状となっている。ブロック状の黒鉛粒子は所定の空間内に詰め込みやすく充填しやすい形状となっているので、金属めっき層の表面に沿う方向及び厚さ方向に黒鉛粒子を高密度で複合することができる。
【0016】
そのため、表面に球状化黒鉛粒子が高密度で均一に露出した状態にすることが可能となり、摺動性を高めることができる。球状化黒鉛粒子が表面に露出した状態では、露出した部分の形状が一方向に長くなるといった異方性が抑えられ、どの摺動方向に対しても黒鉛粒子がへき開することで、安定した摺動性が得られる。また、球状化黒鉛粒子を厚さ方向にも高密度に複合することで、球状化黒鉛粒子が常に摺動面に露出するようになり、金属めっき層が摩耗した場合でも安定した摺動性が維持できる。
【0017】
また、金属めっき層全体に導電性を有する球状化黒鉛粒子が高密度で分散することで、導電性を高めることができる。例えば、Ni(ニッケル)-P(リン)系の金属めっき層では、表面に酸化膜が形成されて導電性が低下する。一方、球状化黒鉛粒子が金属めっき層表面に露出することで、球状化黒鉛粒子を通して導電性を確保でき、金属めっき層表面の酸化膜の影響が抑えられる。そのため、表面に酸化被膜が形成されやすいニッケル等の金属めっき層の場合でも十分な導電性を確保することが可能となる。
【0018】
また、球状化黒鉛粒子を用いてめっき処理を行う場合、球状化黒鉛粒子の平均粒径より金属めっき層の厚さを薄く形成することで、球状化黒鉛粒子の露出部分を拡大することができる。また、金属めっき層に球状化黒鉛粒子が均一に分散して厚さ方向にも球状化黒鉛粒子が高密度に複合した複合めっき材を形成することができる。
【0019】
一方、従来の複合めっき材では、金属めっき層内に薄片状の黒鉛粒子を複合しており、
図2に示すように、薄片状の黒鉛粒子は、配向性が高くランダムな形状となっている。そのため、薄片状の黒鉛粒子がランダムな方向を向いて金属めっき層内に複合される場合、上述した球状化黒鉛粒子の場合に比べて表面に露出した部分が低密度になる。さらに、金属めっき層表面に露出した黒鉛粒子の配向性と摺動方向が一致しない場合は、摺動性に与える効果が低下する。また、厚さ方向に対して複合される黒鉛粒子の密度が低くなることで、安定した摺動性が得られにくい。
【0020】
さらに、薄片状の黒鉛粒子の場合、球状化黒鉛粒子のように金属めっき層表面および厚さ方向に高密度で複合できない。そのため、金属めっき層表面の酸化膜による導電性低下の影響を受けやすく、厚さ方向に対しての導電性も確保しづらい。
【0021】
以上のとおり、本発明に係る複合めっき材では、従来のものに比べて、摺動性及び導電性に関して優れた特性を備えたものとなっている。したがって、複合めっき材を摺動部材の摺動面に形成することで、無潤滑で優れた摺動性を有する摺動部材を実現することができる。また、導電部材では、電気的に接続する表面に複合めっき材を形成することで、安定した電気的接続を確保することが可能となる。特に、摺動接点部材のように、摺動面が電気的な接続面となる場合には、接続面に複合めっき材を形成することで、優れた摺動性とともに安定した電気的接続を実現することができる。
【0022】
複合めっき材を構成する金属めっき層は、公知の金属めっき層であればよく、特に限定されないが、例えば、ニッケル、コバルト、タングステン、銅、金、銀、鉄、パラジウム、白金、スズ、ロジウムといった金属又はこれらの金属を複数種類含む合金からなるものが挙げられる。
【0023】
複合めっき材に含まれる球状化黒鉛粒子は、平均粒径が1μm~100μmで、好ましくは8μm~20μmである。また、黒鉛粒子の金属めっき層の表面に対する表面占有率は、20%以上であることが好ましく、20%以上で摺動性が向上する。そして、黒鉛粒子の表面占有率が大きくなるにしたがい、こうした特性がさらに向上するようになる。
【0024】
表面占有率は、金属めっき層の表面を撮影した走査型電子顕微鏡(SEM)による撮影画像を画像解析して算出することができる。例えば、撮影画像に対して公知の画像処理解析装置により自動面積計測を行って黒鉛粒子が露出している領域を抽出し、画像全体に対する抽出領域の割合を算出処理して表面占有率を求めることができる。
【0025】
また、球状化黒鉛粒子の露出部分の形状については、形状のアスペクト比(露出形状の短軸/長軸の比率)でみると、各形状のアスペクト比の平均が0.7以上で、標準偏差が0.2以下であることを特徴とする。また、球状化黒鉛粒子が金属めっき層表面から露出していることを特長としており、この部分が摺動性及び導電性の向上に寄与している。
【0026】
各形状のアスペクト比は、上述した画像処理により特定された黒鉛の領域について解析することで算出したり、ランダムに選択した黒鉛の領域の一部を測定して算出することができる。
【0027】
球状化黒鉛粒子は、黒鉛を粉砕等の公知の機械処理で製造することが実用化されている。粉砕により得られる黒鉛粒子は、通常鱗片状(薄片)の粒子形状であり、顕著な異方性を備えた形状となっている。そのため、こうした鱗片状の黒鉛粒子に対して、粉砕方法を工夫することで球状化した粒子形状に形成することが知られている。また、化学的処理により球状の黒鉛粒子を生成することも提案されており、こうした公知の方法で製造された球状に近いブロック状の黒鉛粒子であればよい。
【0028】
こうした球状化黒鉛粒子は、へき開方向が曲面状に形成されているので、分割した形状もへき開方向に分割するようになる。例えて言えば、キャベツの結球化したような形態で葉を剥がすように分割する態様で様々な形状の黒鉛粒子が形成されるが、いずれの形状の黒鉛粒子でもへき開方向が曲面状に形成されているため、表面に露出した状態では配向性が抑えられるようになる。また、曲面状のへき開方向に分割されることでブロック状に形成されるようになり、上述したように高密度で分布するように複合することが可能となる。
【0029】
本発明に係る複合めっき材を基材表面に形成する場合には、公知のめっき処理により行うことができる。具体的には、金属めっき層となる上述した金属のイオンを含む金属めっき液及び球状化黒鉛粒子を準備する。
【0030】
金属めっき液中に球状化黒鉛粒子を安定して分散させるために、分散材として界面活性剤を添加するとよい。界面活性剤としては、アニオン性、両性、ノニオン性及びカチオン性高分子等の界面活性剤が挙げられ、これらの界面活性剤を複数種類混合して用いることが好ましい。
【0031】
アニオン性界面活性剤としては、例えば、アルキルスルホン酸ナトリウム、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムが挙げられる。アニオン性界面活性剤の添加量は、0.01~3g/リットルが好ましく、より好ましくは、0.03~1g/リットルである。
【0032】
両性界面活性剤としては、例えば、アルキルジメチルアミンオキサイド、アルキルジメチルアミノ酢酸ベタイン、アルキルヒドロキシスルホベタインが挙げられる。両性界面活性剤の添加量は、0.05~5g/リットルが好ましく、より好ましくは、0.1~1g/リットルである。
【0033】
ノニオン性界面活性剤としては、例えば、パーフルオロアルキル化合物、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールジイソステアリン酸エステル、水溶性キサンタンガムが挙げられる。ノニオン性界面活性剤の添加量は、0.01~5g/リットルが好ましく、より好ましくは、0.1~2g/リットルである。
【0034】
カチオン性高分子界面活性剤としては、カチオン化セルロース及びCMC誘導体が挙げられる。カチオン性高分子界面活性剤の添加量は、0.001~2g/リットルが好ましく、より好ましくは、0.01~0.5g/リットルである。
【0035】
めっき処理に使用する金属めっき液としては特に制限はないが、ニッケルイオン、コバルトイオン、銅イオン、金イオン、銀イオン、鉄イオン、パラジウムイオン、白金イオン、スズイオン及びロジウムイオンよりなる群から選ばれた1種又は2種以上の金属イオンを含むものが使用でき、特に好ましいものとしてはニッケルイオン又は銀イオンを含む金属めっき液が挙げられる。
【0036】
金属めっき液に添加して複合めっき液を製造する場合、球状化黒鉛粒子の添加量は、複合めっき液中の組成において0.1~100g/リットルであることが好ましく、より好ましくは、0.5~60g/リットルである。球状化黒鉛粒子の添加量をこの範囲に調整した複合めっき液を用いてめっき処理すれば、めっき層中に球状化黒鉛粒子を均一に分散させることができる。また、複合めっき液には、必要に応じて還元剤、錯化剤等を添加することができる。
【0037】
複合めっき液を用いて公知の無電解めっき処理を行う場合には、金属イオンの還元反応を促進させ、めっき層の析出速度を一定に保つために、複合めっき液の酸性度をpH4~8にすることが好ましく、より好ましくはpH4.5~5.5である。また、複合めっき液のpHを調整するために、調整剤を適宜添加することができる。
【0038】
そして、球状化黒鉛粒子が分散された複合めっき液に対して、基材である被めっき体を浸漬させることにより、被めっき体の表面において、金属マトリックス中に球状化黒鉛粒子が均一に分散された複合めっき材を形成させることができる。
【0039】
さらに、析出速度を保つためには、めっき処理中の浴温を85~90℃ に調整して実施することが好ましい。また、必要に応じて、めっき処理中に複合めっき液を撹拌したり、被めっき体を揺動させることで、めっき効率を向上させたり、複合めっき材の外観及び膜厚を一定に保つことができる。
【0040】
また、複合めっき液を用いて公知の電解めっき処理を行う場合は、めっき浴に応じてpH及び温度等の処理条件を設定することになる。例えば、後述の実施例3に示す銀めっき液の場合、めっき層の析出速度を一定に保つために、複合めっき液を塩基性に調整することが好ましく、より好ましくはpH11.0以下である。また、複合めっき液のpHを調整するために、調整剤を適宜添加することができる。
【0041】
さらに、析出速度を保つためには、めっき処理中の浴温を15~30℃ に調整して実施することが好ましい。また、電流密度は1~3A/dm2にすることが好ましい。必要に応じて、めっき処理中に複合めっき液を撹拌したり、被めっき体を揺動させることで、めっき効率を向上させたり、複合めっき材の外観及び膜厚を一定に保つことができる。
【実施例0042】
以下に実施例を挙げ、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら制約されるものではない。
【0043】
[実施例1]
球状化黒鉛粒子として、平均粒径6~20μmの球状化黒鉛粒子(日本黒鉛工業株式会社製CGBシリーズ)を使用した。黒鉛粒子をNi-P系の金属めっき液に添加し、下記の組成の複合めっき液を調製した。
・硫酸ニッケル六水和物 25g/リットル
・次亜リン酸ナトリウム一水和物 25g/リットル
・球状化黒鉛粒子分散液 0.5g/リットル
・リンゴ酸 20g/リットル
・酢酸 10g/リットル
調製した複合めっき液は、硫酸又は水酸化アンモニウム溶液を適宜添加してpH4.5に調整した。次に、複合めっき液の温度を90℃(複合めっき液の使用温度)に昇温させた。このとき、複合めっき液中の球状化黒鉛粒子は、良好な分散状態を維持しており、製造された複合めっき液は、使用温度に昇温しても安定した分散状態を保持することが確認できた。分散状態は、沈殿の有無及び複合めっき液の色等を目視でチェックして良好な分散状態であることを確認した。
【0044】
調製した複合めっき液に試験片(ステンレス鋼(SUS304)製の縦2cm×横2cm×厚さ0.2cmの板体で、両面が鏡面研磨(Ra=0.01μm以下)されたもの)を40~60分程度浸漬して無電解めっき処理を行い、表面にNi-P母材の厚さが10μmの複合めっき材を形成した。複合めっき材として、Ni-P母材に平均粒径が6,8,12,20μmの4種類の球状化黒鉛粒子が複合された試料1~4を得た。試料1~4の表面を目視により確認すると、球状化黒鉛粒子が均一に複合され、ムラのない銀灰色に近い半光沢面が表出した複合めっき材が形成されていた。
【0045】
次に、得られた試料1~4に対して材料表面の摩擦摩耗試験を行った。ボールオンディスク方式の摩擦摩耗試験機(轟産業株式会社製)を用い、ボール材としてSUJ2(軸受け鋼;直径6mm)を選定した。各試料を鏡面部が試験面(上面)となるように試験台にセットし、ボール材を上面に接触させ荷重5Nを印加した状態(初期面圧が約0.7GPa)に設定した。そして、無潤滑の状態においてボール材を上面に対して速度0.1m/秒で15分間連続して直径5.5mmの円周上を摺動させた。
【0046】
比較のため、試験片と同じ材料で同じサイズの板体にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)を2μmの厚さで均一に成膜した比較試料1(株式会社テストマテリアルズ製)について同様の摩擦摩耗試験を行った。
【0047】
図3に試験結果を示す。縦軸に摩擦係数をとり、横軸に摺動時間(秒)をとり、摩擦係数の経時変化を示している。試料1は、摺動時間が長くなるにしたがい摩擦係数が増加しているのに対し、試料2~4では、摩擦係数が低く推移し、高い潤滑性を有していることが確認された。また、試料2又は3では、比較試料1(DLC)よりも低い摩擦係数の推移を示し、試料2が最も高い潤滑性を示した。したがって、平均粒径8μmの黒鉛粒子を複合した複合めっき材が最も優れた摺動性を示した。
【0048】
[実施例2]
次に、球状化黒鉛粒子として、平均粒径が8μmの球状化黒鉛粒子(日本黒鉛工業株式会社製)を実施例1と同様に調製した金属めっき液に添加した。黒鉛粒子の添加量は、以下のとおりに設定した。
(試料5)0.025g/リットル
(試料6)0.05g/リットル
(試料7)0.1g/リットル
(試料8)0.5g/リットル(実施例1における試料2と同じ)
【0049】
実施例1と同様に調製した4種類の複合めっき液を用いて、実施例1と同様の試験片に無電解めっき処理を行った。めっき処理の条件は実施例1と同様に設定した。
【0050】
複合めっき材が形成された試料5~8に対して、複合めっき材の表面に露出する球状化黒鉛粒子の表面占有率について評価を行った。
図4は、形成された複合めっき材の表面を撮影したSEM(日本電子株式会社製JSM-IT100)の撮影画像である。
図4(a)が試料8、
図4(b)が試料7、
図4(c)が試料6、
図4(d)が試料5の画像をそれぞれ示している。
【0051】
図4に示す撮影画像を、光学顕微鏡(株式会社KEYENCE製VHX-5000)の自動面積測定機能にて、露出した黒鉛粒子の領域を抽出して表面占有率を算出した。算出結果は、以下のとおりであった。
(試料5)5%
(試料6)12%
(試料7)21%
(試料8)42%
【0052】
次に、試料5~8に対して、実施例1と同様の摩擦摩耗試験を行った。比較のため、実施例1で使用したDLCを成膜した比較試料1についても同じ摩擦摩耗試験を行った。試験結果を
図5及び
図6に示す。
【0053】
図5では、縦軸に摩擦係数をとり、横軸に摺動時間(秒)をとり、摩擦係数の経時変化を示している。試料5及び6では、摺動時間が長くなるにしたがい摩擦係数が高く推移することに対し、試料7及び8では、摩擦係数が低く推移しており、比較試料1(DLC)と同等又は高い潤滑性を示した。したがって、得られた複合めっき材では、黒鉛粒子の表面占有率が20%以上でDLCと同等以上の優れた潤滑性を示すことが確認された。
【0054】
図6は、試料及びボール材の摺動面における比摩耗量(mm
3/Nm)を示している。比摩耗量は、体積で表した摩耗量(mm
3)を摺動距離(m)と荷重(N)で割った値で、摩耗量の程度を示している。試料5及び6は、比較試料1(DLC)より、試料側の比摩耗量が大きくなった。一方、試料7及び8では、試料及びボール材側の比摩耗量が小さくなった。したがって、黒鉛粒子の表面占有率が20%以上でDLCと同等以上の優れた耐摩耗性を示すことが確認された。
【0055】
[実施例3]
球状化黒鉛粒子として、平均粒径8μmの球状化黒鉛粒子(日本黒鉛工業株式会社製)を使用した。球状化黒鉛粒子を銀系の金属めっき液に添加し、以下の組成の複合めっき液を調製した。
・シアン化銀カリウム 55.6g/リットル
・シアン化カリウム 100g/リットル
・炭酸カリウム 5g/リットル
・球状化黒鉛粒子分散液 60g/リットル
・セレノシアン酸カリウム 0.1g/リットル
【0056】
調製した複合めっき液は、pH11.0以下であり、複合めっき液の温度を20℃(複合めっき液の使用温度)に設定した。このとき、複合めっき液中の球状化黒鉛粒子は、スターラーによって常に攪拌を加えた。分散状態は、沈殿の有無及び複合めっき液の色等を目視でチェックして良好な分散状態であることを確認した。
【0057】
調製した複合めっき液に、試験片(真鍮製の縦3cm×横3cm×厚さ0.5cmの板体)を電流密度1.5A/dm2にて5分程度電解めっき処理を行い、表面に厚さ5μmの複合めっき材が形成された試料9を得た。試料9の表面を目視により確認すると、黒鉛粒子が均一に複合され、ムラのない銀灰色に近い光沢面が表出した複合めっき材が形成されていた。
【0058】
試料9に対して、複合めっき材の表面に露出する球状化黒鉛粒子の表面占有率について評価を行った。
図7(a)は、試料9の表面を撮影したSEM(日本電子株式会社製JSM-IT100)の撮影画像である。
図7(a)に示す撮影画像を光学顕微鏡(株式会社KEYENCE製VHX-5000)の自動面積測定機能にて、露出した黒鉛粒子の領域を抽出して表面占有率を算出した。算出結果は、60%であった。
【0059】
次に、得られた試料9に対して材料表面の摩擦摩耗試験を行った。往復動摩擦摩耗試験機(新東科学株式会社製 Heidon Type-32)を用い、ボール材としてSUJ2(軸受け鋼;直径10mm)の表面に銀アンチモン合金めっき層5μm(ユミコアジャパン株式会社製 ARUGUNA S)を形成したものを選定した。各試料を試験台にセットし、ボール材を上面に接触させて荷重2Nを印加した状態に設定した。そして、無潤滑の状態においてボール材を上面に対して往復動作(往復距離;40mm、往復速度3mm/秒)させて200往復の摺動を行った。
【0060】
比較のため、試験片と同じサイズの板体に対して、銀アンチモンめっき層(5μm)を形成した比較試料2(ユミコアジャパン株式会社製 ARUGNA S)及び薄片状の黒鉛粒子を含む銀めっき層を形成した比較試料3(ユミコアジャパン株式会社製 ARUGNA C-100)について同様の摩擦摩耗試験を行った。比較試料2の試験前の表面の撮影画像を
図7(b))に、比較試料3の試験前の撮影画像を
図7(c)に示す。試料9と同様に表面占有率を算出したところ、21%であった。
【0061】
図8に試験結果を示す。
図8では、縦軸に摩擦係数をとり、横軸に往復回数をとり、摩擦係数の経時変化を示している。試料9は、摩擦係数がほぼ一定となっており、比較試料3よりも摩擦係数が低く抑えられて良好な摺動特性を有していることが確認された。
【0062】
図9は、試料及びボール材の摺動面における比摩耗量(mm
3/Nm)を示している。比較試料2及び3では、ボール材側及び試料側の比摩耗量が大きくなったが、試料9では、試料及びボール材側の比摩耗量が小さくなっており、比較試料3よりも比摩耗量が小さく優れた耐摩耗性を示すことが確認された。
【0063】
図10は、試験後の各試料に関する摺動表面を撮影した画像であり、試料9(
図10(a)))、比較試料2(
図10(b))及び比較試料3(
図10(c))の観察結果をそれぞれ示している。また、
図11は、試験後のボール材の摺動表面を撮影した画像であり、試料9(
図11(a)))、比較試料2(
図11(b))及び比較試料3(
図11(c))の観察結果をそれぞれ示している。試料9の場合には、ボール材の摺動表面には黒鉛が凝着しており、母材であるSUJ2の露出は確認されなかった。比較試料2及び3の場合には、ボール材の表面のめっき層が摩滅して母材の露出が確認された。
【0064】
したがって、試料9では、複合めっきの球状化黒鉛粒子由来の固体潤滑膜が形成されていることで、ボール材を摩耗させることなく良好な潤滑性及び耐摩耗性、低攻撃性を備えていることが確認された。これに対して、比較試料2及び3では、試料及びボール材の双方の摩耗が大きく、試料9に比べて潤滑性及び耐摩耗性、低攻撃性の点で劣っていることが確認された。
【0065】
[実施例4]
実施例2にて得られた試料8に対して面接触による抵抗測定試験を行った。
図12は、測定試験装置(株式会社ケミックス社製FCR-2.0m)に関する概略構成図である。試験台10上に試験片11が載置されており、試験片11と荷重プレート12との間に、導電シート13(株式会社ケミックス社製のセパレータ向けカーボン板、縦10mm×横10×厚さ0.5mm)及び電極板14として金めっきされた銅板(ミスミ株式会社製の銅板(縦30mm×横140mm×厚さ3mm)表面に金めっき処理したもの)が重ね合わせて配置されている。そして、試験片11及び電極板14の間には、抵抗計15(鶴賀電気株式会社製MODEL3566)が接続されており、荷重プレート12には、上面に荷重50Nが印加されるようになっている。荷重プレート12の上面にはロードセル16が取り付けられており、印加される荷重を検出するようになっている。
【0066】
荷重が印加した状態では、試験片11に導電シート13を介して電極板14が圧接した状態となり、試験片11及び電極板14が導電シート13のサイズである接触面積1cm2で電気的に接続した状態に設定される。
【0067】
めっき処理後の試料は試験開始前の面接触抵抗(mΩ・cm2)を測定し、その後、恒温恒湿試験(温度85℃、湿度95%)を500時間実施した後に面接触抵抗を測定した。
【0068】
比較のため、試験片と同じサイズの板体に対して、黒鉛粒子を添加しないNi-Pめっき層5μmを成膜した比較試料4及び実施例3における比較試料2(ユミコアジャパン株式会社製 ARUGNA S, 膜厚5μm)について同様の測定試験を行った。
【0069】
図13に恒温恒湿試験の開始前及び500時間実施後の面接触抵抗に関する測定結果を示す。比較試料4では、500時間実施後にニッケルめっき層の表面に酸化膜が形成されるため、面接触抵抗値が大幅に増加するようになる。これに対して、試料8では、複合めっき材の表面に黒鉛粒子が露出しているため、ニッケルめっき層の表面に酸化膜が形成された場合でも露出部分の黒鉛粒子により導電性が確保され、酸化膜による抵抗値の増加が抑制されることで、比較試料2(Agアンチモン合金めっき)よりも優れた導電性を示すことが確認された。
【0070】
以上説明した通り、球状化黒鉛粒子を含む金属めっき層からなる複合めっき材では、黒鉛粒子がほぼ均一に高密度で表面から露出することが可能となり、摺動性及び導電性が向上するとともに表面が摩耗した場合でも安定した摺動性及び導電性を実現することができる。