(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025005534
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】滑り軸受装置
(51)【国際特許分類】
F16C 33/74 20060101AFI20250109BHJP
F16C 17/02 20060101ALI20250109BHJP
F16J 15/3272 20160101ALI20250109BHJP
【FI】
F16C33/74 Z
F16C17/02 Z
F16J15/3272
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023105736
(22)【出願日】2023-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100187827
【弁理士】
【氏名又は名称】赤塚 雅則
(72)【発明者】
【氏名】中村 勘太
(72)【発明者】
【氏名】星野 航平
【テーマコード(参考)】
3J011
3J043
3J216
【Fターム(参考)】
3J011AA12
3J011BA06
3J011DA01
3J011JA01
3J011KA02
3J011LA04
3J011QA03
3J011SB04
3J011SB05
3J011SB13
3J011SB20
3J043AA16
3J043BA07
3J043CB14
3J043DA02
3J216AA05
3J216AA12
3J216AB15
3J216AB44
3J216BA01
3J216CA02
3J216CA04
3J216CB03
3J216CB11
3J216CC09
3J216CC14
3J216DA03
3J216FA05
(57)【要約】
【課題】確実な密封性が確保されるとともに耐久性の高い滑り軸受装置を提供する。
【解決手段】同軸周りに相対回転する第一の部材2および第二の部材3と、軸受空間を密封する密封装置4と、を有し、第一の部材2または第二の部材3の少なくとも一方にプライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒が含まれるα+β型またはα型のチタン合金製の摺動面6が設けられ、摺動面6に表面からの深さに応じて酸素濃度が減少する酸素拡散層7が設けられ、摺動面6に対向する第一の部材2または第二の部材3が、自己潤滑性を有する固体潤滑材5を介して摺動面6に摺接しており、密封装置4が、第一の部材2または第二の部材3のうちの一方の部材に設けられたリング状のケース8と、ケース8に設けられ、第一の部材2または第二の部材3のうちの他方の部材に接触するリング状のシール体9と、シール体9を前記他方の部材に付勢する付勢部材10と、を有する構成とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一の部材(2)と、前記第一の部材(2)に対して径方向外側に配置され、前記第一の部材(2)と同軸周りに相対回転する第二の部材(3)と、前記第一の部材(2)と前記第二の部材(3)との間に設けられ、前記両部材(2、3)の間に形成される軸受空間を密封する密封装置(4)と、を有する滑り軸受装置であって、
前記第一の部材(2)または前記第二の部材(3)の少なくとも一方にプライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒が含まれるα+β型またはα型のチタン合金製の摺動面(6)が設けられており、前記摺動面(6)に表面からの深さに応じて酸素濃度が減少する酸素拡散層(7)が設けられており、前記摺動面(6)に対向する前記第一の部材(2)または前記第二の部材(3)が、当該部材(2、3)と一体に設けられた自己潤滑性を有する固体潤滑材(5)を介して前記摺動面(6)に摺接しており、
前記第一の部材(2)または前記第二の部材(3)のうちの一方の部材に設けられたリング状のケース(8)と、
前記ケース(8)に設けられ、前記第一の部材(2)または前記第二の部材(3)のうちの他方の部材に接触するリング状のシール体(9)と、
前記シール体(9)を前記他方の部材に付勢する付勢部材(10)と、
を有することを特徴とする滑り軸受装置。
【請求項2】
前記シール体(8)を突出する方向と直交する方向に付勢する付勢部材(10)をさらに有する請求項1に記載の滑り軸受装置。
【請求項3】
複数の前記シール体(8)が径方向に同心状に接触しつつ配置されており、前記各シール体(8)の周方向の一部を切断した合い口(12)が形成され、その合い口(12)の両端が周方向に摺動することで前記シール体(9)が拡縮径可能となっており、複数の前記シール体(9)のそれぞれの合い口(12)の周方向位置がずれるように配置されている請求項2に記載の滑り軸受装置。
【請求項4】
前記各シール体(9)に形成された合い口(12)の両端が、軸方向に法線をもつ合わせ面(13)で摺動する請求項3に記載の滑り軸受装置。
【請求項5】
複数の前記シール体(9)が軸方向に同心状に接触しつつ配置されており、前記各シール体(9)の周方向の一部を切断した合い口(12)が形成され、その合い口(12)の両端が周方向に摺動することで前記シール体(9)が拡縮径可能となっており、複数の前記シール体(9)のそれぞれの合い口(12)の周方向位置がずれるように配置されている請求項2に記載の滑り軸受装置。
【請求項6】
前記各シール体(9)に形成された合い口(12)の両端が、径方向に法線をもつ合わせ面(13)で摺動する請求項5に記載の滑り軸受装置。
【請求項7】
スリーブ状滑り軸受構造を採用した請求項1に記載の滑り軸受装置。
【請求項8】
航空・宇宙関連機器に採用される請求項1に記載の滑り軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、滑り軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な軸受においては、内輪と外輪の間にゴム製のシール体を設けることによって、軸受空間に異物が侵入するのを防止している。ところが、ゴムは低温や高温などの環境下において分子構造の変化による硬化、脆化、劣化などによって伸縮性が低下するため、宇宙環境などの温度が極低温から高温まで変化する厳しい温度環境下では適用が難しく、例えば、月面環境における砂(レゴリス)などの硬質異物の軸受内への侵入をゴム製のシール体では確実に防止することができないおそれがある。
【0003】
そこで、例えば下記特許文献1においては、温度変化の影響を受けにくいシール部材(シール体)として軸心方向の内側に配置される繊維製シールと、軸心方向の外側に配置される樹脂製シールとからなる複合シールを備えた軸受を提案している(本文献の段落0045~0046、
図8などを参照)。このシール部材は、径拘束部材の付勢力によって内輪の外周面に接触するとともに、このシール体を軸方向から挟み込む2枚の固定板のストレート部と弾性湾曲部の弾性力によって軸方向の所定位置に保持されている。
【0004】
樹脂製シールには空気抜き穴が形成されており、この空気抜き穴から軸受空間の空気を逃がすことができるよう構成されている。また、繊維製シールによって、空気抜き穴から軸受空間に異物が侵入するのを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に係る構成においては、樹脂製シールに形成された空気抜き穴、および、繊維製シールの繊維の隙間を通って、軸受外部から軸受空間に異物が侵入するおそれがあり、密封性の点で懸念がある。また、2枚の固定板の弾性力によってシール部材を保持しているため、軸受空間の内圧が大きく変化した際に固定板がその弾性力に抗して軸方向に変形してシール部材の保持力が損なわれ、密封性の低下や破損のおそれがある。
【0007】
また、特許文献1に係る構成においては、外輪および内輪の素材としてステンレス鋼が採用されているが(本文献の段落0028を参照)、ステンレス鋼は比較的比重が大きく、宇宙分野への適用に際し支障が生じるおそれがある。内外輪の素材をステンレス鋼からチタン合金などの比較的比重が小さい金属に変更することにより、打ち上げ能力の向上やコストの削減に貢献できるが、ステンレス鋼と比較して、一般的なチタン合金は硬度、耐摩耗性、疲労強度などの点で十分とは言えず耐久性の点で課題がある。
【0008】
そこで、この発明は、確実な密封性が確保されるとともに耐久性の高い滑り軸受装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、この発明においては、
第一の部材と、前記第一の部材に対して径方向外側に配置され、前記第一の部材と同軸周りに相対回転する第二の部材と、前記第一の部材と前記第二の部材との間に設けられ、前記両部材の間に形成される軸受空間を密封する密封装置と、を有する滑り軸受装置であって、
前記第一の部材または前記第二の部材の少なくとも一方にプライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒が含まれるα+β型またはα型のチタン合金製の摺動面が設けられており、前記摺動面に表面からの深さに応じて酸素濃度が減少する酸素拡散層が設けられており、前記摺動面に対向する前記第一の部材または前記第二の部材が、当該部材と一体に設けられた自己潤滑性を有する固体潤滑材を介して前記摺動面に摺接しており、
前記第一の部材または前記第二の部材のうちの一方の部材に設けられたリング状のケースと、
前記ケースに設けられ、前記第一の部材または前記第二の部材のうちの他方の部材に接触するリング状のシール体と、
前記シール体を前記他方の部材に付勢する付勢部材と、
を有することを特徴とする滑り軸受装置を構成した。
【0010】
このようにすると、このケースの中に設けられたシール体が確実に保持され、高い密封性が確保される。また、密封装置のシール体が拡縮径することで軸受空間の空気を逃がすことができる。その一方で、軸受空間の内圧の低下に伴って付勢部材の付勢力によってシール体が拡縮径して第一の部材または第二の部材と接触することで確実な密封性が確保される。また、α+β型またはα型のチタン合金製の摺動面を設けるとともに、この摺動面に酸素拡散層を設けることにより、宇宙分野などでの使用に適した軽量化が図られ、かつ厳しい環境下での使用に耐える十分な耐摩耗性や疲労強度を確保することができ、耐久性の向上を図ることができる。
【0011】
上記の滑り軸受装置においては、前記シール体を突出する方向と直交する方向に付勢する付勢部材をさらに有する構成とすることができる。このようにすると、シール体の軸方向の位置決めがなされるため、このシール体による密封性をさらに高めることができる。
【0012】
上記のすべての滑り軸受装置においては、複数の前記シール体が径方向に同心状に接触しつつ配置されており、前記各シール体の周方向の一部を切断した合い口が形成され、その合い口の両端が周方向に摺動することで前記シール体が拡縮径可能となっており、複数の前記シール体のそれぞれの合い口の周方向位置がずれるように配置されている構成とすることができる。このように、複数の前記シール体のそれぞれの合い口の周方向位置がずれるように配置することで、軸受空間の内圧の変化に伴ってシール体を容易に拡縮径することができるとともに、この合い口を通って軸受空間に異物が侵入するのを防止することができる。
【0013】
複数のシール体を径方向に同心状に配置した構成においては、前記各シール体に形成された合い口の両端が、軸方向に法線をもつ合わせ面で摺動する構成とすることができる。このようにすると、径方向に配置したシール体の合い口を通って軸受空間に異物が侵入するのを一層防止することができる。
【0014】
上記のすべての滑り軸受装置においては、複数の前記シール体が軸方向に同心状に接触しつつ配置されており、前記各シール体の周方向の一部を切断した合い口が形成され、その合い口の両端が周方向に摺動することで前記シール体が拡縮径可能となっており、複数の前記シール体のそれぞれの合い口の周方向位置がずれるように配置されている構成とすることもできる。このように、複数の前記シール体のそれぞれの合い口の周方向位置がずれるように配置することで、軸受空間の内圧の変化に伴ってシール体を容易に拡縮径することができるとともに、この合い口を通って軸受空間に異物が侵入するのを防止することができる。
【0015】
複数のシール体を軸方向に同心状に配置した構成においては、前記各シール体に形成された合い口の両端が、径方向に法線をもつ合わせ面で摺動する構成とすることができる。このようにすると、軸方向に配置したシール体の合い口を通って軸受空間に異物が侵入するのを一層防止することができる。
【0016】
上記のすべての滑り軸受装置は、スリーブ状滑り軸受構造に採用することができる。
【0017】
上記のすべての滑り軸受装置は、航空・宇宙関連機器に採用することができる。
【発明の効果】
【0018】
この発明に係る滑り軸受装置は、第一の部材または第二の部材のうちの一方の部材に設けられたリング状のケースと、前記ケースに設けられ、前記第一の部材または前記第二の部材のうちの他方の部材に接触するリング状のシール体と、前記シール体を他方の部材に付勢する付勢部材と、を有するとともに、前記部材の摺動面にα+β型またはα型のチタン合金製の摺動面が設けられており、前記摺動面に表面からの深さに応じて酸素濃度が減少する酸素拡散層が設けられているため、確実な密封性と高い耐久性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】この発明に係る滑り軸受装置の一実施形態(スリーブ状滑り軸受構造)を示す断面図
【
図4】
図1に示す滑り軸受装置に用いられるシール体の斜視図
【
図5】
図1に示す滑り軸受装置の変形例を示す断面図
【
図7】
図5に示す滑り軸受装置に用いられるシール体の斜視図
【発明を実施するための形態】
【0020】
この発明に係る滑り軸受装置1(以下、軸受1と称する。)の一実施形態を
図1から
図4に基づいて説明する。以下の説明においては、内外輪の回転軸に沿う方向を軸方向、前記回転軸に対し直交する方向を径方向、前記回転軸を中心とする円弧に沿う方向を周方向という。
【0021】
この軸受1は、
図1に示すように、第一の部材2(以下、内輪2と称し、第一の部材2と同じ符号を付する。)と、内輪2の外周側に設けられこの内輪2と同軸周りに相対回転する第二の部材3(以下、外輪3と称し、第二の部材3と同じ符号を付する。)と、内輪2と外輪3との間に設けられ、内外輪2、3の間に形成される軸受空間を密封する密封装置4と、を主要な構成要素としている。この実施形態に係る軸受1は、内輪2と外輪3が、内外輪2、3間に設けられた自己潤滑性を有する固体潤滑材5(ライナー)を介して軸周りに相対回転するスリーブ状滑り軸受構造の軸受1である。
【0022】
内輪2と外輪3の軸方向の両端部には、密封装置4を取り付けるための凹部が形成されている。固体潤滑材5は、外輪3の内輪2に臨む面、および、密封装置4の内輪2に臨む軸方向面に、それぞれ外輪3および密封装置4と一体に設けられている。内輪2は、プライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒が含まれるα+β型またはα型のチタン合金から構成されており、外輪3に臨むように摺動面6が設けられている。摺動面6には、表面からの深さに応じて酸素濃度が減少する酸素拡散層7が設けられている。そして、外輪3が、固体潤滑材5を介して摺動面6に摺接している。
【0023】
密封装置4は、
図2に拡大して示すように、内輪2に臨む開口を有するリング状のケース8と、ケース8の中に設けられるリング状のシール体9と、シール体9を開口から突出する方向に付勢する付勢部材10(以下、径方向付勢部材10aと称する。)と、シール体9を前記突出する方向と直交する方向に付勢する付勢部材10(以下、軸方向付勢部材10bと称する。)と、を有する。
【0024】
ケース8は、軸受空間の内圧変化に耐えてその形状を維持し得る剛性を有している。このケース8は、軸受1の軸方向内側に位置する内ケース8aと、軸方向外側に位置する外ケース8bで構成される。内ケース8aの外周には、軸方向外向きに延びるフランジ8cが形成されている。このフランジ8cの先端を外ケース8bの外周の内側面に突き当てた状態で、内ケース8aと外ケース8bは、締結部材11(ボルト)で一体に固定される。内ケース8aと外ケース8bを一体に固定することで、ケース8内に内輪2に臨む開口を有する環状の空間が形成される。ケース8は、この締結部材11によって外輪3に固定される。
【0025】
シール体9は、ケース8に形成された開口から突出して内輪2の外周面に接触している。このシール体9は、ケース8よりも剛性が低く、温度変化に対する耐性を有する素材からなり、例えばケース8がステンレス鋼やチタン合金などの金属で構成されている場合、シール体9はポリエーテルエーテルケトン(PEEK)や、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を主成分とするフッ素系樹脂で構成することができる。
【0026】
図1から
図4に示すように、この実施形態においては、2本のシール体9が径方向に同心状に接触しつつ配置されている。以下、径方向内側のシール体9を内径シール体9a、径方向外側のシール体9を外径シール体9bと称する。内径シール体9aと外径シール体9bには、周方向の一部をステップ状に切断した合い口12がそれぞれ形成されている。
図3および
図4に示すように、内径シール体9aの合い口12と外径シール体9bの合い口12は、周方向位置がずれるように、具体的には、周方向の反対位置に形成されている。合い口12の両端には、軸方向に法線をもつ合わせ面13が形成されている。この合わせ面13で合い口12の両端が周方向に摺動することで、内径シール体9aおよび外径シール体9bは拡縮径可能となっている。
【0027】
接触しつつ配置された内径シール体9aと外径シール体9bの間にはキー穴が形成されており、そのキー穴に両シール体9a、9bの間に介在する共通のキー部材14が軸方向から挿入されている。このキー部材14によって、両シール体9a、9b同士が軸周りに相対回転不能とされている。内径シール体9aと外径シール体9bの軸周りの相対回転を防止するために、キー部材14以外の手段を採用することもできる。また、例えば内径シール体9aと外径シール体9bの間に所定の大きさの摩擦力が生じて相対回転が制限される場合などは、キー部材14を用いない構成とすることができる場合もある。
【0028】
径方向付勢部材10aは、ケース6内に形成された環状の空間の内部に収容されている。この実施形態では、径方向付勢部材10aとして、無負荷状態における内径が外径シール体9bの外径よりも小さいコイルばねを採用している。この径方向付勢部材10aの内周縁によって、シール体9は内輪2の外周面に向かって押圧される。コイルばね以外に、内径が外径シール体9bの外径よりも小さいC字形ばねを採用することもできる。
【0029】
軸方向付勢部材10bは、ケース8(内ケース8a)の内面とシール体9(内径シール体9a、外径シール体9b)との間に介在するように設けられている。軸方向付勢部材10bは、軸受外部の異物が直接接触しない非暴露側、すなわち、シール体9に対して軸方向内側に設けられている。この実施形態では、軸方向付勢部材10bとしてウェーブスプリングを採用している。このウェーブスプリングは、単巻型または多重巻型のいずれを採用することもできる。この軸方向付勢部材10bによって、シール体9は外ケース8bに向かって押圧される。ウェーブスプリング以外の弾性体によって、シール体9を軸方向に付勢する構成とすることもできる。
【0030】
宇宙環境での極低温から高温までの幅広い温度に適応するために、ケース8(内ケース8a、外ケース8b)、締結部材11、キー部材14、径方向付勢部材10a、軸方向付勢部材10bの素材として、ステンレス鋼やチタン合金などの金属を採用するのが好ましく、シール体9、固体潤滑材5の素材として、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)や、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)を主成分とするフッ素系樹脂を採用するのが好ましいが、素材の種類は例示に過ぎずこれに限定されない。
【0031】
上記実施形態に係る軸受1の作用を説明する。シール体9(内径シール体9a、外径シール体9b)は、径方向付勢部材10aの付勢力によって付勢され、内径シール体9aは内輪2の外周面に押し付けられた状態となっている。ここで、この軸受1が宇宙などの低圧環境下におかれて軸受空間の内圧が相対的に上昇すると、密封装置4のケース8に対する脆弱部であるシール体9が、径方向付勢部材10aの付勢力に抗して拡径して(
図3中の矢印を参照)、このシール体9と内輪2の外周面との間に生じた隙間から軸受空間の空気が逃される。そして、軸受空間の内圧が低下すると、径方向付勢部材10aの付勢力によって、再びシール体9が内輪2の外周面に押し付けられて、軸受空間の密封性が確保される。
【0032】
また、密封装置4内の空気は、軸方向付勢部材10bとして用いられるウェーブスプリングの隙間からシール体9の内径側に逃げられるようになっており、この内径側において軸受空間の空気と合流して軸受1の外部に逃される。
【0033】
なお、上記の実施形態においては、内輪2を酸素拡散層7が設けられたプライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒が含まれるα+β型またはα型のチタン合金製とし、外輪3および密封装置4に固体潤滑材5を設けた構成としたが、外輪3を酸素拡散層7が設けられた前記チタン合金製とし、内輪2に固体潤滑材5を設けた構成とすることもできる。また、内輪2と外輪3の両方を、酸素拡散層7が設けられた前記チタン合金製とすることもできる。
【0034】
図1に示した軸受1の変形例を
図5から
図7に示す。この変形例に係る軸受1は、基本的な構成は
図1に示した軸受1と共通するが、密封装置4の構成の一部が相違している。この変形例に係る密封装置4は、2本のシール体9が軸方向に同心状に接触しつつ配置されている。以下、軸方向内側のシール体9を内側シール体9c、軸方向外側のシール体9を外側シール体9dと称する。内側シール体9cと外側シール体9dの合い口12は、周方向位置がずれるように、具体的には、周方向の反対位置に形成されている。合い口12の両端には、径方向に法線をもつ合わせ面13が形成されている。この合わせ面13で合い口12の両端が周方向に摺動することで、内側シール体9cおよび外側シール体9dは拡縮径可能となっている。
【0035】
接触しつつ配置された内側シール体9cと外側シール体9dの間にはキー穴が形成されており、そのキー穴に両シール体9c、9dの間に介在する共通のキー部材14が径方向から挿入されている。このキー部材14の機能などについては上記と同じなので説明は省略する。
【0036】
図1に示した構成と同様に、内輪2は、プライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒が含まれるα+β型またはα型のチタン合金から構成されており、外輪3に臨むように摺動面6が設けられている。摺動面6には、表面からの深さに応じて酸素濃度が減少する酸素拡散層7が設けられている。
【0037】
この変形例においては、ケース8の内径は、シール体9の内径よりも大きく、かつ、シール体9の合わせ面13の径よりも小さくなるように構成されている。これにより、合い口12からの異物の侵入を防止しつつ、内輪2の外周面とシール体9を確実に当接させて高い密封性を確保している。
【0038】
上記のいずれの実施形態においても、摺動面6を形成するチタン合金として、α+β型またはα型のチタン合金を用いている。α+β型チタン合金の例として、Ti-6Al-4Vや、Ti-6Al-2Sn-4Zr-6Moなどを挙げることができ、またα型チタン合金の例として、Ti-5Al-2.5Snや、Ti-8Al-1Mo-1Vなどを挙げることができる。
【0039】
上記のチタン合金製の軸受1の摺動面6は、後述する一連の工程によって表面硬さを高めることによって強化される。この軸受1に用いられるチタン合金は、複数のα結晶粒を含んでいる。α結晶粒とは、α相で構成されている結晶粒である。α結晶粒には、プライマリα結晶粒およびセカンダリα結晶粒が含まれている。プライマリα結晶粒は、プライマリα相で構成される結晶粒である。セカンダリα結晶粒は、セカンダリα相で構成される結晶粒である。
【0040】
プライマリα相は、後述する溶体化処理工程、時効処理工程、および、浸酸処理工程のいずれにおいてもβ相に変態することなく残存したα相である。また、セカンダリα相は、一旦β相に変態した後に冷却される際に、マルテンサイト変態またはマッシブ変態により形成されるα相である。セカンダリα相には、hcp構造のα’相と、斜方晶構造のα’’相がある。
【0041】
プライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒は、形状により識別することができる。プライマリα結晶粒は楕円形状を有しており、セカンダリα結晶粒は針状の形状を有している。各々のα結晶相は、結晶方位により識別される。具体的には、あるα結晶相の結晶方位と当該α結晶相に隣接する別のα結晶相の結晶方位とのずれが15°以上である場合には、それらのα結晶相は別々のα結晶粒とみなされる。
【0042】
結晶方位の測定(各々のα結晶粒界の特定)は、例えば、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法を用いて行われる。この測定においては、EBSDの観察画像内の異なる2点の間の結晶方位差が15°以上のときに、その2点の間に結晶粒界が存在すると判断し個々の結晶粒の面積を特定した。そして、この観察画像の全領域において、最も面積が大きい結晶粒から小さい結晶粒に向かって降順に面積を足し合わせ、その和がこの観察画像内の全結晶粒面積の70%に到達した時点において、それまでに足し合わせた各結晶粒の大きさの平均値を「平均粒径」として採用した。耐摩耗性や疲労強度などの観点からは、平均粒径が15μm以下の微細な結晶粒が摺動面6に形成されているのが好ましい。
【0043】
チタン合金中における酸素の濃度は、EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)により測定される。このチタン合金は、表面において0.8質量パーセント以上の酸素(O)を含有していることが好ましく、表面において1.4質量パーセント以上の酸素を含有していることがより好ましく、表面において1.8質量パーセント以上の酸素を含有していることがさらに好ましい。
【0044】
上記のように摺動面6にプライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒が含まれているチタン合金製の軸受1の製造は、準備工程、溶体化処理工程、時効処理工程、浸酸処理工程、および、後処理工程の各工程を経て行なわれる。
【0045】
準備工程は、α+β型チタン合金またはα型チタン合金のいずれかの摺動面6を備えた内輪2または外輪3(以下、対象材という。)について、最終製品の寸法に近い寸法と形状まで切削加工する工程である。
【0046】
溶体化処理工程は、前記準備工程にて一定形状まで切削加工された対象材を、所定の温度と時間、熱処理炉の炉内で加熱保持する工程である。このとき、炉内にはアルゴン、ヘリウム、窒素などの不活性ガスが導入され、炉内圧力は常圧とされる。溶体化処理工程は、保持工程および冷却工程を必須の工程とする。
【0047】
保持工程は、熱処理炉の炉内で、対象材を所定の保持温度(以下、「第1温度」という。)において、所定の時間保持する工程である。第1温度は、対象材を構成するチタン合金のβ単相変態点よりも低い温度である。β単相変態点とは、対象材を構成するチタン合金中のα相の全てがβ相へと変態する温度であり、保持工程を第1温度で行った場合、対象材を構成するチタン合金中のα相の一部がβ相へと変態する。冷却工程は、保持工程を経た対象材を冷却する工程であり、保持工程に引き続いて行われる。この冷却工程により、保持工程においてβ相に変態したα相がセカンダリα相となる。
【0048】
時効処理工程は、溶体化処理工程が行われた後に、セカンダリα結晶粒より微細なβ層を析出させる工程である。この時効処理工程おいては、対象材が、所定の温度(以下、「第2温度」という。)において所定の時間保持された後に冷却される。第2温度は、対象材を構成するチタン合金のβ変態開始点よりも低い温度である。β変態開始点とは、対象材を構成するチタン合金中のα相の少なくとも一部が、β相への変態を開始する温度である。
【0049】
浸酸処理工程は、溶体化処理工程および時効処理工程の後に、摺動面6の表面に高硬度の酸素拡散層7を形成するための工程である。この浸酸処理工程は、対象材を所定の保持温度(以下、「第3温度」という。)において、所定の時間保持することにより行われる。第3温度は、対象材を構成するチタン合金に含まれる結晶粒の粗大化を抑制する観点からβ単相変態点未満が好ましい。
【0050】
この浸酸処理工程は、二酸化炭素(CO2)を含む雰囲気ガス中において行われる。この雰囲気ガスは、アルゴン、ヘリウム、窒素などの不活性ガスをさらに含んでいてもよい。雰囲気ガスの圧力は、常圧(大気圧)であることが好ましい。
【0051】
上記一連の処理工程は、内輪2または外輪3の全表面に対して行うことができる。また、対象材にマスキングを施すことにより、摺動面6のみに酸素拡散層7を設けることもできる。
【0052】
浸酸処理の条件をより詳細に説明すれば以下の通りである。すなわち、常圧下の炉内にアルゴンガスをベースとしたCO2ガスを導入し、チタン合金製の対象材を炉内にて加熱保持した後に冷却する。チタン合金をCO2ガス雰囲気下で加熱すると、対象材の表面でCO2ガスがOとCに解離し、これらの元素が対象材の表面から内部に拡散浸透する。なお、炭素は、酸素と比較してチタン合金中での固溶限が狭いため、対象材の固溶強化にほとんど影響しない。
【0053】
後処理工程は、浸酸処理工程の後、旋削や研磨などの機械加工によって対象材を特定の寸法精度に仕上げる工程である。この後処理工程によって、浸酸処理工程で対象材の表層部に形成された、TiC、TiO2、または、TiOからなる脆性的な化合物層が除去される。この後処理工程に続いて、所定形状に成形した固体潤滑材5を内輪2または外輪3の所定位置に接着し、軸受1の組立加工を行なう。
【0054】
上記一連の工程によって製造された内輪2や外輪3の摺動面6には、平均粒径が15μm以下の微細な結晶粒が形成されるとともに、その酸素濃度は約0.8質量パーセント以上となり、その硬度は約550Hv以上になる。
【0055】
上記実施形態に係る軸受1は、ケース8の素材をステンレス鋼やチタン合金などの金属とし、軸受空間の内圧変化に耐えてその形状を維持し得る剛性を有する構成としたので、軸受空間の内圧が大きく変化してもケース8の変形が生じにくい。このため、このケース8の中に設けられたシール体9が確実に保持され、高い密封性が確保される。また、シール体9の素材をポリエーテルエーテルケトンまたはポリテトラフルオロエチレンを主成分とするフッ素樹脂などの温度変化に対する耐性を有する樹脂とし、シール体9の剛性をケース8の剛性よりも相対的に小さくした。このため、密封装置4の脆弱部であるシール体9が拡縮径することで軸受空間の空気を逃がすことができるとともに、宇宙などの大きな温度変化が生じる環境下でも高い密封性が確保される。
【0056】
また、上記各実施形態に係る軸受1は、径方向付勢部材10aおよび軸方向付勢部材10bによってシール体9を付勢するため、軸受1に温度変化が生じた場合や、シール体9に摩耗や変形によって軌道輪との間に径差が生じた場合でも、このシール体9のシール面に隙間が生じるのを防止するとともに、シール体9の追従性を高めることができる。
【0057】
また、上記各実施形態に係る軸受1は、内輪2または外輪3の少なくとも一方にα+β型またはα型のチタン合金製の摺動面6を設けるとともに、この摺動面6に酸素拡散層7を設けることにより、宇宙分野などでの使用に適した軽量化が図られ、かつ厳しい環境下での使用に耐えるのに十分な耐摩耗性や疲労強度を確保することができ、耐久性の向上を図ることができる。
【0058】
また、上記各実施形態に係る軸受1は、複数のシール体9に周方向の一部を切断した合い口12を形成するとともに、その合い口12の周方向位置がずれるように配置したので、軸受空間の内圧の変化に伴ってシール体9を容易に拡縮径することができるとともに、この合い口12を通って軸受空間に異物が侵入するのを防止することができる。
【0059】
また、上記各実施形態に係る軸受1は、接触しつつ配置された複数のシール体9同士が、このシール体9の間に介在するキー部材14によって軸周りに相対回転不能とされている。このため、シール体9同士の合い口の相対的な位相が固定されるため、合い口12からの異物の侵入を確実に防止することができる。
【0060】
また、上記各実施形態に係る軸受1は、内輪2の外周面とシール体9が摺動する構成としたが、外輪3の内周面とシール体9が摺動する構成とすることもできる。この場合、径方向付勢部材10aは、例えば無負荷状態における外径がシール体9の内径よりも大きいコイルばねを採用し、この径方向付勢部材10aの外周縁によって、シール体9を外輪3の内周面に向かって押圧することができる。
【0061】
また、上記各実施形態に係る軸受1は、密封装置4を2本のシール体9で構成したが、その本数は適宜変更することができる。
【0062】
また、上記各実施形態に係る軸受1は、密封滑り軸受1を例示して説明したが、内輪2と外輪3の間に転動体が設けられた転がり軸受に適用することも可能である。
【0063】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0064】
2 第一の部材(内輪)
3 第二の部材(外輪)
4 密封装置
5 固体潤滑材
6 摺動面
7 酸素拡散層
8 ケース
9 シール体
10 付勢部材
12 合い口
13 合わせ面