(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025005761
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】ダイヤモンド構造体の集積方法
(51)【国際特許分類】
C30B 29/04 20060101AFI20250109BHJP
C30B 33/12 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
C30B29/04 V
C30B33/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023106099
(22)【出願日】2023-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100149320
【弁理士】
【氏名又は名称】井川 浩文
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(72)【発明者】
【氏名】勝見 亮太
(72)【発明者】
【氏名】八井 崇
(72)【発明者】
【氏名】鳴瀬 駿
(72)【発明者】
【氏名】高田 晃佑
(72)【発明者】
【氏名】河合 健太
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 大地
【テーマコード(参考)】
4G077
【Fターム(参考)】
4G077BA03
4G077FB06
4G077FG01
4G077HA20
(57)【要約】
【課題】 所望の材料による基板上に微細なダイヤモンド構造物を確実に集積し得る方法を提供する。
【解決手段】 ダイヤモンド基板の表面にマスクをプリントする工程と、マスクがプリントされたダイヤモンド基板の表面に対する異方性エッチングによりマスクパターンを転写する工程と、転写領域に対し、斜状方向に異方性エッチングすることにより転写領域の底部を斜状に除去する工程と、ダイヤモンド構造体の表面側に第1の貼着力を有する第1の貼着フィルムを貼着して、ダイヤモンド構造体をピックアップする工程と、ダイヤモンド構造体の底部側に第1の貼着力よりも大きい貼着力となる第2の貼着力の第2の貼着フィルムを貼着し、第1の貼着フィルムを剥離してダイヤモンド構造体の貼着状態を反転させる工程と、ダイヤモンド構造体の表面側を所定基板に接着させ、第2のフィルムをダイヤモンド構造体の底部側から剥離させる工程を含む。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
カラーセンターを含むダイヤモンド結晶によって形成されるダイヤモンド基板の表面に、ダイヤモンドエッチングに対して堅牢な材料によって所望形状に形成されたマスクをプリントするマスクプリント工程と、
前記マスクがプリントされた前記ダイヤモンド基板の表面に対して垂直方向への異方性エッチングによりマスクパターンを転写する転写工程と、
前記転写工程により転写された転写領域に対し、斜状方向に異方性エッチングする準等方性エッチングにより前記転写領域の底部を斜状に除去し、該転写領域を断面略三角形に分離してダイヤモンド構造体を形成するアンダーカット工程と、
前記ダイヤモンド構造体の表面側に第1の貼着力を有する第1の貼着フィルムを貼着して、該ダイヤモンド構造体をピックアップするピックアップ工程と、
前記ダイヤモンド構造体の底部側に前記第1の貼着力よりも大きい貼着力となる第2の貼着力を有する第2の貼着フィルムを貼着するとともに、前記第1の貼着フィルムを前記ダイヤモンド構造体の表面側から剥離することにより該ダイヤモンド構造体の貼着状態を反転させる反転工程と、
前記ダイヤモンド構造体の表面側を所定基板に接着させ、前記第2のフィルムを該ダイヤモンド構造体の底部側から剥離させるプレース工程と
を含むことを特徴とするダイヤモンド構造体の集積方法。
【請求項2】
前記マスクの形状は、線状部分と、この線状部分に連続する環状部分とを含むものであり、前記環状部分は前記線状部分の幅寸法よりも大きい外径に形成されるものである請求項1に記載のダイヤモンド構造体の集積方法。
【請求項3】
前記アンダーカット工程は、前記線状部分が転写された領域を浮上させる状態までエッチングするものであるとともに、前記環状部分が転写された領域における一部がテザーとして残存させるものであり、該アンダーカット工程により形成される前記ダイヤモンド構造体の全体が、前記テザーによってエアーブリッジされた状態となるものである請求項2に記載のダイヤモンド構造体の集積方法。
【請求項4】
前記アンダーカット工程の後において、前記ダイヤモンド構造体の表面に残存するマスクを除去する工程を、さらに含むものである請求項3に記載のダイヤモンド構造体の集積方法。
【請求項5】
所望形状の前記マスクを作製するための事前工程を含み、該事前工程は、
適宜基板に犠牲層を積層する工程と、
前記犠牲層の表面にマスク材料を積層する工程と、
積層されたマスク材料の表面に、前記マスクの形状に合致する形状のレジストをパターニングする工程と、
前記マスク材料をエッチングにより所望形状の前記マスクを形成される工程と、
前記レジストを除去する工程と、
前記犠牲層をエッチングにより除去する工程と
を含むものである請求項1~4のいずれかに記載のダイヤモンド構造体の集積方法。
【請求項6】
前記第2の貼着フィルムにおける第2の貼着力は、前記第1の貼着フィルムにおける第2の貼着力の2倍以上の差を有するものである請求項1~4のいずれかに記載のダイヤモンド構造体の集積方法。
【請求項7】
前記カラーセンターは、炭素原子を置換した窒素(N)と該窒素に隣接する空孔(V)の複合体(NVセンター)である請求項1~4のいずれかに記載のダイヤモンド構造体の集積方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カラーセンターを含むダイヤモンド結晶によって形成される所望形状のダイヤモンド構造体を所望の基板上に集積する方法に関し、特に、微細なダイヤモンド構造体を集積するための加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド単結晶中の炭素原子が他の原子に置換され、また炭素原子が存在しない空孔が形成される点欠陥(カラーセンター)を含むダイヤモンド結晶は、量子センシング、量子通信、または量子計算などの多様な量子技術に適用されることが研究されている(非特許文献1~3参照)。特に、炭素原子を置換した窒素(N)と、それに隣接する空孔(V)との複合体(NVセンター)は、室温において長いコヒーレンス時間を持つ電子スピンに優れている特性を有しており、量子ビットとして作用させることができ、量子センサとして使用するときには、磁場、電場、ひずみ、または温度などの様々な環境パラメータを検出するために利用されている(非特許文献4~8)。
【0003】
一方で、ダイヤモンド単結晶中のNVセンターは、1量子ビットとして作用するものとなるが、近時、3量子ビットとして作用するNVセンターを有するダイヤモンド単結晶も製造されるようになっている(特許文献1参照)。また、NVセンターを有するダイヤモンド層を製造する方法についても改良されており、NVセンターを高密度に製造する方法が提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2020-029386号公報
【特許文献2】特開2020-183332号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. M. Taylor, P. Cappellaro, L. Childress, L. Jiang, D. Budker, P. R. Hemmer, A. Yacoby, R. Walsworth, and M. D. Lukin, Nat. Phys. 4, 810 (2008)
【非特許文献2】J. F. Barry, J. M. Schloss, E. Bauch, M. J. Turner, C. A. Hart, L. M. Pham, and R. L. Walsworth, Rev. Mod. Phys. 92, 015004 (2020)
【非特許文献3】M. Ruf, N. H. Wan, H. Choi, D. Englund, and R. Hanson, J. Appl. Phys. 130, 070901 (2021)
【非特許文献4】Y. Wu, F. Jelezko, M. B. Plenio, and T. Weil, Angew Chem Int Ed Engl 55, 6586 (2016)
【非特許文献5】R. Schirhagl, K. Chang, M. Loretz, and C. L. Degen, Annu Rev Phys Chem 65, 83 (2014)
【非特許文献6】A. Kuwahata, T. Kitaizumi, K. Saichi, T. Sato, R. Igarashi, T. Ohshima, Y. Masuyama, T. Iwasaki, M. Hatano, F. Jelezko, M. Kusakabe, T. Yatsui, and M. Sekino, Sci. Rep. 10, 2483 (2020)
【非特許文献7】K.-M. C. Fu, G. Z. Iwata, A. Wickenbrock, and D. Budker, AVS Quantum Science 2, 044702 (2020)
【非特許文献8】T. Yanagi, K. Kaminaga, M. Suzuki, H. Abe, H. Yamamoto, T. Ohshima, A. Kuwahata, M. Sekino, T. Imaoka, S. Kakinuma, T. Sugi, W. Kada, O. Hanaizumi, and R. Igarashi, ACS Nano 15, 12869 (2021)
【非特許文献9】N. H. Wan, T. J. Lu, K. C. Chen, M. P. Walsh, M. E. Trusheim, L. De Santis, E. A. Bersin, I. B. Harris, S. L. Mouradian, I. R. Christen, E. S. Bielejec, and D. Englund, Nature 583, 226 (2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ダイヤモンドを用いた量子技術の進歩を加速させるためには、マイクロレベルまたはナノレベルの微細な構造をダイヤモンドに実装することが重要となり、各種の加工法も提案されつつあるのが現状である。特に、スケーラブルな量子フォトニクスへの応用は、ダイヤモンドカラーセンター(NVセンター)を所望のチップ上に集積することが要求され、特に、Si、SiN、LiNbO3およびAlNなどの基板上に集積できることが極めて重要となるものである。
【0007】
しかし、異種エピタキシャル成長によって、異種材料上に高品質の単結晶ダイヤモンド薄膜を形成させることは困難であり、結果的には、別途形成した単結晶ダイヤモンド構造体を異種材料に貼着する手法(ピックアンドプレース技術)によるハイブリッド集積が現実的なところであるとされている。
【0008】
ところで、ピックアンドプレース技術を利用して基板上にダイヤモンド構造体を貼着するために、例えば、マイクロマニピュレータを使用して、単結晶ダイヤモンドのカラーセンターを基板上に集積させることが考えられる。しかし、ダイヤモンドフォトニクスの分野におけるナノファブリケーション技術は、既存技術におけるハイブリッド集積の手法を直ちに転用することはできない。例えば、角度エッチングによって形成されたダイヤモンド構造体は、三角形底面を有することとなるから、ハイブリッド集積には不向きである。近時において、準等方性エッチングによって作製されたGeVセンターおよびSiVセンターを含むダイヤモンドウエーブガイドアレーをAlNフォトニックチップに集積するハイブリッド集積に関する技術が報告されている(非特許文献9参照)が、準等方性エッチングを用いる場合であってもダイヤモンド構造体の底部は平坦ではなく、実用化できるまでに至っていないのが現状である。
【0009】
本発明は、上記諸点に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、所望の材料による基板上に微細なダイヤモンド構造物を確実に集積し得る方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明は、カラーセンターを含むダイヤモンド結晶によって形成されるダイヤモンド基板の表面に、ダイヤモンドエッチングに対して堅牢な材料によって所望形状に形成されたマスクをプリントするマスクプリント工程と、前記マスクがプリントされた前記ダイヤモンド基板の表面に対して垂直方向への異方性エッチングによりマスクパターンを転写する転写工程と、前記転写工程により転写された転写領域に対し、斜状方向に異方性エッチングする準等方性エッチングにより前記転写領域の底部を斜状に除去し、該転写領域を断面略三角形に分離してダイヤモンド構造体を形成するアンダーカット工程と、前記ダイヤモンド構造体の表面側に第1の貼着力を有する第1の貼着フィルムを貼着して、該ダイヤモンド構造体をピックアップするピックアップ工程と、前記ダイヤモンド構造体の底部側に前記第1の貼着力よりも大きい貼着力となる第2の貼着力を有する第2の貼着フィルムを貼着するとともに、前記第1の貼着フィルムを前記ダイヤモンド構造体の表面側から剥離することにより該ダイヤモンド構造体の貼着状態を反転させる反転工程と、前記ダイヤモンド構造体の表面側を所定基板に接着させ、前記第2のフィルムを該ダイヤモンド構造体の底部側から剥離させるプレース工程とを含むことを特徴とする。
【0011】
上記構成によれば、基本的には、ダイヤモンド基板にプリントされたマスク形状に合致した表面形状を有しつつ、アンダーカットされた底面を有する断面略三角形のダイヤモンド構造体を形成したうえで、当該ダイヤモンド構造体を反転させた状態で平坦な表面部分を基板表面に貼着させることができる。このときのダイヤモンド構造体の表面部分はマスクによってエッチングから保護されるため、平滑な平面上であるから、基板な貼着された状態において安定的な集積状態となるものである。
【0012】
上記構成の発明において、前記マスクの形状は、線状部分と、この線状部分に連続する環状部分とを含むものであり、前記環状部分は前記線状部分の幅寸法よりも大きい外径に形成されるものとすることができる。
【0013】
上記構成によれば、マスク形状を線状とする部分が転写されることによりダイヤモンドビーム(ナノビーム)を構成させることができ、マスク形状を環状とする部分が転写されることにより、ダイヤモンドビームと一体的な大径領域を構成させ、ピックアップ工程および反転工程における貼着補助部として機能させることができる。すなわち、第1および第2の貼着フィルムが、大径領域に対して貼着力を作用させ得ることとなり、ピックアップ工程または反転工程を確実に実行させることができる。特に、第2の貼着フィルムによる非平面の底部においても十分に第2の貼着力を作用させることができるものとなる。
【0014】
また、上記構成に発明において、前記アンダーカット工程は、前記線状部分が転写された領域を浮上させる状態までエッチングするものであるとともに、前記環状部分が転写された領域における一部がテザーとして残存させるものであり、該アンダーカット工程により形成される前記ダイヤモンド構造体の全体が、前記テザーによってエアーブリッジされた状態となるものとすることができる。
【0015】
上記構成によれば、線状部分が転写された領域はダイヤモンドビーム(ナノビーム)であるが、環状部分が転写された領域は貼着補助部として機能させるものであるから、この貼着補助部にテザーを形成してダイヤモンド構造体をエアーブリッジさせることにより、ピックアップ工程を容易に行うことができる。特に、貼着補助部は貼着フィルムによる貼着力を効果的に作用させるためのものであることから、この位置にテザーを形成することにより、分離操作が容易となるものである。
【0016】
上記構成の発明において、前記アンダーカット工程の後において、前記ダイヤモンド構造体の表面に残存するマスクを除去する工程を、さらに含むものとしてよい。
【0017】
上記構成によれば、当初、ダイヤモンド基板上に転写のためにプリントしたマスクは、そのままダイヤモンド基板の表面に残存していることから、このマスクを異種材料基板に集積させる前に除去することができ、ダイヤモンド構造体の表面を直接基板上に集積させることができる。なお、マスクが残存した状態においてもマスクそのものはダイヤモンドエッチングに対して堅牢な材料によって形成するため、表面は平滑であるため、特に除去する必要はないが、両者の平滑状態に応じて、より平滑な面を選択的に使用すればよいものとなる。
【0018】
さらに、上記各構成の発明において、所望形状の前記マスクを作製するための事前工程を含み、該事前工程は、適宜基板に犠牲層を積層する工程と、前記犠牲層の表面にマスク材料を積層する工程と、積層されたマスク材料の表面に、前記マスクの形状に合致する形状のレジストをパターニングする工程と、前記マスク材料をエッチングにより所望形状の前記マスクを形成される工程と、前記レジストを除去する工程と、前記犠牲層をエッチングにより除去する工程とを含むものとすることができる。
【0019】
上記構成によれば、ダイヤモンド構造体の集積方法に係る一連の各工程に、事前工程を含めた構成となっており、リソグラフィ技術およびエッチングプロセスによって所望形状のマスクを形成することができる。ところで、マスク作製においても犠牲層除去後にエアーブリッジにより遊離させるため、予めパターニング時にテザーが形成されるべき部分を設けておくことができる。このテザー部分は、マスクにも反映され、ダイヤモンド基板に転写された後に、ダイヤモンド構造体のテザーをも構成し得るものとなる。マスクを形成する際においても、パターン形状には、線状部分と環状部分とを設けることができ、テザーは環状部分に設けることにより、マスクをプリントする際のピックアップを容易なものとすることができる。
【0020】
また、各構成の発明において、前記第2の貼着フィルムにおける第2の貼着力は、前記第1の貼着フィルムにおける第2の貼着力の2倍以上の差を有するものであることが好ましい。
【0021】
上記構成によれば、反転工程においては、第1の貼着フィルムを使用してダイヤモンド構造体をピックアップした後、第2の貼着フィルムにダイヤモンド構造体の底部を貼着させて第1の貼着フィルムを剥離するものであるが、両者の貼着力の間に3倍以上の差を設けることにより、第1の貼着フィルムのみを剥離することが容易となる。
【0022】
なお、各構成の発明におけるカラーセンターは、炭素原子を置換した窒素(N)と該窒素に隣接する空孔(V)の複合体(NVセンター)とするものであってよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、微細なダイヤモンド構造体は、斜状方向に異方性エッチングする準等方性エッチングにより前記転写領域の底部を斜状に除去し、断面形状略三角形としつつ、エッチングの影響を受けないダイヤモンド基板の表面側を異種材料による基板上に貼着できることから、平滑な面をもって基板上に集積させることがきる。従って、基板上に微細なダイヤモンド構造物を確実に集積することができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図2】転写工程、アンダーカット工程およびピックアップ工程を示す説明図である。
【
図3】反転工程およびプレース工程を示す説明図である。
【
図4】ダイヤモンド構造体の詳細を示す説明図である。
【
図7】(a)は作製されたマスクの光学顕微鏡像であり、(b)はマスクをダイヤモンドプレートの表面にプリントした状態の光学顕微鏡像であり、(c)は転写した状態の光学顕微鏡像であり、(d)は錐形ファラデーケージを例示する写真であり、(e)および(f)はアンダーカットされた状態の光学顕微鏡像を示す。
【
図8】(a)は、ダイヤモンド構造体の状態を示す光学顕微鏡像であり、(b)は、ダイヤモンド構造体を底面側から観察される光学顕微鏡像である。
【
図9】(a)は、PLスペクトルを示すグラフであり、(b)は、入力レーザーによる出力に対する光子計測結果の関係を示すグラフであり、(c)は、ODMRスペクトルを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。本発明は、微細なダイヤモンド構造体を異種材料による所望の基板上に集積するための方法に関するものであり、本実施形態の概要は、ダイヤモンド基板の表面に、ダイヤモンドエッチングに対して堅牢な材料によって所望形状に形成されたマスクをプリントし、エッチングによりマスク形状を転写したうえ、ダイヤモンド構造体を切り離して、異種材料の基板上に貼着させるものである。
【0026】
<実施形態における具体的手法>
上述の集積方法に基づく手順を
図1~
図3に基づいて説明する。マスク10は、予めリソグラフィ技術およびエッチングプロセスによって、所定の基板11において所望形状に形成されたものを使用する。なお、このマスク10の作製方法は後述する。マスク材料としては、ダイヤモンドエッチングに対して堅牢な材料であれば特に限定されないが、酸化アルミニウム(AlOx)やシリコンナイトライド(SiN)などを使用することができる。
【0027】
図1に示すように、マスク10は、作製基板11の表面に浮遊させた(テザーを使用してエアーブリッジさせた)状態としたものとし、適宜な貼着フィルム20を使用して取り出すことができる(
図1(a)参照)。取り出したマスク10は、貼着フィルム20に貼着された状態でダイヤモンドプレート30の表面にプリントされる(マスクプリント工程)。
【0028】
マスク10は、ダイヤモンドプレート30の表面において、ファンデルワールス力によって貼着されるものである。マスク10と貼着フィルム20との貼着状態は、剥離速度に応じて操作できるものであり、ダイヤモンドプレート30の表面に貼着させた後は、緩やかに貼着フィルム20を引き上げることにより(
図1(b)参照)、両者が剥離し、マスク10のみをダイヤモンドプレート30の表面に貼着させた状態とすることが可能である(
図1(c)参照)。
【0029】
引き続き、
図2に示すように、ダイヤモンドプレート30から所望形状のダイヤモンド構造体50を形成させるのであるが、まず、ダイヤモンドプレート30に対して異方性エッチングによって、マスク形状を転写する(転写工程、
図2(a)参照)。この転写により、マスク10がプリントされた範囲には転写領域40が形成され、マスク10がプリントされていない領域はエッチングによって除去された状態となる。なお、このときのエッチングは、アルゴンと酸素の混合ガスを使用するO
2/Arプラズマエッチングによることができる。
【0030】
次に、マスク形状が転写された転写領域40に対し、斜状方向に異方性エッチングすること(準等方性エッチング)により転写領域40の底部を斜状に除去する(アンダーカット工程、
図2(b)参照)。このときのエッチングについてもO
2/Arプラズマエッチングによることができる。なお、転写領域40に対する斜状方向への異方性エッチングは、転写領域40に対してプラズマ流を斜め方向から照射させるものであり、錐形のファラデーケージの中で処理することにより、錐面を通過するプラズマ流の方向を斜状方向に変換させることができる。
【0031】
このように斜状方向に異方性エッチング(準等方性エッチング)により、転写領域40の底部(マスク10に保護されない部分)が斜状にエッチングされて、断面略三角形に分離されたダイヤモンド構造体50を形成することができる。
【0032】
ここで、ダイヤモンド構造体50の表面側(マスク10が貼着された側)に第1の貼着フィルムを貼着することにより、ダイヤモンド構造体50をピックアップすることができる(ピックアップ工程、
図2(c)参照)。なお、ダイヤモンド構造体50を浮遊させるために、テザーを構成しておくことが好ましいが、ここでは説明を省略する。
【0033】
図3に示すように、上記のように形成されたダイヤモンド構造体50は最終的に所望の基板80の表面に集積されるものであるが、まず、第1の貼着フィルム60によってピックアップされたダイヤモンド構造体50を、第1の貼着フィルム60を下にしてダイヤモンド構造体50が第1の貼着フィルム60の上側に載置された状態とし(
図3(a)参照)、上方からダイヤモンド構造体50の底部側(第1の貼着フィルム60が貼着される表面側の反対側)から、第2の貼着フィルム70を貼着する(
図3(b)参照)。この状態において、ダイヤモンド構造体50の表面側および底面側は、それぞれ異なる貼着フィルム60,70によって個別に貼着された状態となる。そして、第1の貼着フィルム60のみを剥離することにより、ダイヤモンド構造体50に対する貼着状態を反転させることができる(反転工程、
図3(b)~(d)参照)。この反転工程を容易にするため、第2のフィルム70の貼着力(第2の貼着力)は、第1の貼着60の貼着力(第1の貼着力)よりも強力なものとする。また、第1の貼着フィルム60は、緩やかに引き離すことにより、容易に剥離させることができる。
【0034】
このようにして、貼着状態が反転したことにより、第2の貼着フィル70は、ダイヤモンド構造体50の底部側(斜状エッチングにより三角形断面の頂点側)を貼着した状態となっていることから、ダイヤモンド構造体50の表面側を集積させるべき所望の基板80の表面に密着させることが可能となる(
図3(e)参照)。そして、このダイヤモンド構造体50の表面側を基板80の表面に対して、ファンデルワールス力により貼着させた後に、第2の貼着フィル70を剥離することにより(プレース工程)、当該基板80にダイヤモンド構造体50を集積させることができる(
図3(f)参照)。なお、第2の貼着フィル70を剥離する場合においても、引き離す速度を緩やかにすることによって、ファンデルワールス力による貼着力を維持させつつ、当該フィルム70の剥離が可能となる。
【0035】
ところで、上記において形成されるダイヤモンド構造体50は、
図4(a)に示すように、線状(図は直線)とする線状部分51と環状(図は円環状)とする環状部分52とに区分させて形成されるものとしている。このような形状のダイヤモンド構造体50の形成には、当初よりマスク10の形成時において、これらの線状部分51と環状部分52とに区分されるものであるが、この両者51,52に区分しつつダイヤモンド構造体50を形成することにより、ピックアップ工程(
図2(c)参照)および反転工程(
図3(b)~(d)参照)の各工程を容易にすることができる。
【0036】
すなわち、線状部分51の表面には、多少の面積を有するが、ほぼ線状であって貼着フィルム60,70が十分に貼着できる面積を保持していないことが多い。他方、環状部分52は、大きめの外径を有して形成することにより、その周囲に貼着フィルム60,70が貼着されることによって十分に貼着可能となるためである。特に、本発明におけるダイヤモンド構造体50が微細構造(マイクロレベルまたはナノレベル)の場合には、線状部分51による貼着の困難性は顕著となるため、専ら環状部分52を利用してピックアップ工程(
図2(c)参照)および反転工程(
図3(b)~(d)参照)を実現可能とすることができるのである。このように、環状部分52を貼着補助部として機能させることができる。なお、本実施形態では、転写領域40の残部とマスク10とで構成された二層構造としてダイヤモンド構造体50の全体を形成するものとしている。ダイヤモンド構造体50は、このような二層構造でもよいが、マスク10を除去して転写領域40をアンダーカットした領域のみで構成するものであってもよい。
【0037】
また、
図4(b)に示すように、反転工程(
図3(b)~(d)参照)においては、アンダーカット工程(
図2(b)参照)により、ダイヤモンド構造体50の底部側は、斜状にエッチングされて三角形の頂角部分50aが形成される状態となっている。そのため、反転工程(
図3(b)~(d)参照)におけるダイヤモンド構造体50の底部側を第2の貼着フィル70によって貼着させることの困難性について考慮する必要がある。
【0038】
そこで、
図4(c)に示すように、第2の貼着フィル70が適宜な可撓性を有する材料を基材として使用することにより、当該第2の貼着フィル70の貼着面は、ダイヤモンド構造体50の底部側における頂角部分50aの両側に位置する斜辺部分50b,50cに対して貼着可能な状態を生じさせることができるものとなる。このように、ダイヤモンド構造体50の底部側斜辺部分50b,50cに第2の貼着フィル70を貼着させることにより、ダイヤモンド構造体50の表面側の平面部分50dの面積を越える範囲における貼着を可能にすることができる。なお、この基材としての材料は、可撓性に代えて弾力性を有するものとしてもよい。
【0039】
このように、第2の貼着フィル70によるダイヤモンド構造体50の底面側を貼着させる場合においても第1の貼着フィルム60との間における貼着力には差を設けることが必要となる。両側ともに適度な面積に対して(特に環状部分52を中心として)両フィルム60,70が貼着されると仮定しても、第2の貼着フィル70は、第1の貼着フィルム60の接着力の約2倍以上とすれば、好適に第1の貼着フィルム60を剥離することができることとなる。因みに、第1の貼着フィルム60の接着力(180度方向剥離力試験による剥離力)を4.5~6.5(g/0.75”)とする場合、第2の貼着フィル70の接着力(同剥離力)を14.0~20.0(g/0.72”)とすることにより、第2の貼着フィル70による貼着状態を維持しつつ第1の貼着フィルム60のみを剥離することができることを確認した。
【0040】
本実施形態は、上記のような手法によるものであるため、アンダーカットされたダイヤモンド構造体50の平滑な表面側を基板80に集積することが可能となる。なお、上記実施形態において、ダイヤモンド構造体50の表面側にプリントされたマスク10は、そのままダイヤモンド構造体50の表面側に積層された状態で残存させているが、このマスク10は途中の段階で除去してもよい。なお、当該マスク10の除去は、所定のエッチング剤を使用するエッチング等によることができる。
【0041】
<事前工程の例示>
上述のとおり、ダイヤモンドエッチングには、当該ダイヤモンドエッチングに堅牢な材料のマスク10をダイヤモンドプレート30にプリントする必要がある。そこで、このマスク10を作製するための工程(事前工程)の具体例を示す。
【0042】
図5~
図6は、事前工程を例示するものである。マスク10を作製する際には、まず、任意の基板(リソグラフィ技術およびエッチングプロセスを使用するため好ましくはSi基板)91を使用し、この基板91の表面に犠牲層92を積層する(
図5(a)参照)。犠牲層としては、シリコン基板を酸化させて、シリコン酸化膜(SiO
2)を形成させるなどの方法がある。犠牲層とは、後にエッチングによって除去することを前提に、その表面に他の材料を積層可能とするための層状領域を意味する。このような犠牲層91の表面にマスク材料(後にマスク10となるべき材料)によるマスク材料層93を積層させる(
図5(b)参照)。さらに、このマスク材料層93の表面にマスク形状として残すべき所望形状のレジスト94をパターニングするし(
図5(c)参照)。
【0043】
そして、マスク材料層93に対して異方性エッチングによって、転写することにより、所望形状のマスクを形成し(
図6(a)参照)、レジスト94を除去したうえで(
図6(b)参照)、最後に犠牲層をエッチングによって除去することにより、マスク10の部分のみを独立したものとして得ることができる。
【0044】
なお、図示を省略しているが、最終的に独立させるマスク部分10と、その周辺のマスク材料95,96との間は、完全に切り離されたものではなく、一部(微細な部分)をテザーとして連続するように構成している。このテザーを設けることにより、マスク部分10は、エアーブリッジされた状態となり、表面側からマスク部分10のみを貼着フィルムによってピックアップすることが可能となる。
【実施例0045】
<実験例1>
1.事前工程
事前工程として、シリコンナイトライド(SiN)によるマスクを作製した。
まず、Si基板表面を酸化させ、100nmの膜厚による酸化シリコン(SiO
2)膜を形成し、犠牲層を構築した。その表面にシリコンナイトライド(SiN)を堆積させて、200nmの膜厚によるスラブを形成した。続けて、電子ビームリソグラフィにより、ポリマーレジスト(日本ゼオン株式会社製、主鎖切断型ポジ型電子線レジストZEP520A)をパターン化し、事前工程時のマスクとして積層したうえで、乾式エッチング(異方性エッチング)により不要な部分を除去した。その後、アッシングプロセスによりレジストを除去し、最後に、フッ化水素(HF)溶液による湿式エッチングにより犠牲層(酸化シリコン)を除去し、エアーブリッジにより(テザーを使用して)マスクとなるべき部分を浮遊状態として作製した。作製されたマスクの光学顕微鏡像を
図7(a)に示す。
【0046】
なお、製作したマスク形状は、環状部分を円環状とし、線状部分を直線状とした。各部の寸法については、円環状部分は、外径2.0μm、内径1.4μmとし、直線状部分は、幅0.4μm、全長3.0μmとして、全体的にミクロレベルの微細な構造とした。
【0047】
2.ダイヤモンドエッチング
ダイヤモンド構造体を作製するためにダイヤモンドプレートを準備した。用意したダイヤモンドプレートは、実験用として、ElementSix社製の単結晶型II-aダイヤモンドによる板厚3mmのプレート(30mm×30mm)を機械的に研磨した後、アセトンでクリーニングしたものである。なお、ここでは、量子特性を計測する必要はないため、カラーセンター(NVセンター)を含まないものを代用することとした。
【0048】
プリント用の貼着フィルムとして、PDMS(ポリジメチルシロキサン)を基材とするものとし、具体的にはDowCorning社製Sylgard184を使用した。この貼着フィルムを使用して、作製されたマスクを素早く持ち上げることにより、浮遊するマスクを取り出し、ダイヤモンドプレートの表面にプリントした。プリント時のダイヤモンドプレート表面とマスクとの間は、ファンデルワールス力によるものとし、格別の貼着材料を使用せず固定させることができる。このときの光学顕微鏡像を
図7(b)に示す。
【0049】
次に、マスクパターンをダイヤモンドプレートに転写した。転写は、アルゴンと酸素の混合ガスを使用するO
2/Arプラズマドライエッチングにより、マスクによって保護される領域を除き異方性エッチングにより転写した。株式会社アルバック社製の誘導結合プラズマドライエッチング装置(ICP-RIE装置)を使用し、酸素(O
2)ガスの体積流量を40sccmとし、アルゴン(Ar)ガスの体積流量を2sccmとし、圧力1Pa、バイアス高周波電力を1000Wとして、エッチング時間8分間にてエッチングし、転写を完了した。このときの光学顕微鏡像を
図7(c)に示す。
【0050】
引き続き、斜状方向の異方性エッチング(準等方性エッチング)により、転写されたダイヤモンドの底部をアンダーカット処理した。エッチングは、転写時と同様に、株式会社アルバック社製の誘導結合プラズマドライエッチング装置(ICP-RIE装置)を使用し、酸素(O
2)ガスの体積流量およびアルゴン(Ar)ガスの体積流量を同じ条件とし、圧力1Pa、バイアス高周波電力を1000Wとして、エッチング時間10分間にてエッチングした。このアンダーカット処理に際しては、
図7(d)に示すような錐形ファラデーケージによって転写領域を覆うことで、プラズマ流を斜状に誘導することによって斜状のエッチングを可能とした。なお、錐形ファラデーケージの大きさは、底面直径が約5mm、上面直径が約2mm、斜辺の傾斜角を60度とするものであり、複数の転写領域をまとめて被覆できる大きさとしている。アンダーカット処理後の光学顕微鏡像を
図7(e)および(f)に示す。なお、アンダーカットされた転写領域は、線状部分では明確に分離された状態となっており、環状部分で、僅かに連続する部分が残存する状態となっており、の連続する部分でテザーとして、エアーブリッジされた状態として仕上げることができるものである。
【0051】
3.評価
上記のように、単結晶型II-aダイヤモンドを用いた実験において、ダイヤモンド構造体を作製し得ることが判明した。また、環状部分と線状部分とを区分して構成することにより、環状部分のテザーによって支持されるエアーブリッジ状態のダイヤモンド構造体を得ることができる。
【0052】
なお、線状部分(直線部分)は、導波路として利用され得るものであるところ、NVセンターを含むダイヤモンド導波路は、一般的に集積光学および低屈折率材料であるシリコン基板上(酸化シリコン膜表面)に配置され、これにより、導波路内で効率的な光の閉じ込めが可能となる。他方、NVセンターには、2つの偶極子方向があり、NV発光の効率的な波結合には、横電場(TE)偏光および横磁場(TM)偏光の双方をサポートすることが要求される。そこで、有限要素法を用いた導波モードの屈折率分散をシミュレーションしたところ、導波路の幅が約400nmの場合には、両偏光の効率的な屈折率「2.0」を得ることができたが、幅が300nm未満の場合には、屈折率が「1.5」であり、光の閉じ込めが弱く、低い偶極子-波結合結合となる。また、450nm以上の場合には、高次モードの分散が発現し、波路結合の現象が予想された。そこで、さらに有限差分時間領域法により、二極子-波路結合効率をシミュレーションしたところ、偶極子方向の双方において、導波路の幅が約400nmで最大化されることが確認でき、分散計算の結果に酷似していることから、導波路の幅を400nmとすることが好適であると考えれる。従って、前述のダイヤモンド構造体における線状部分の幅寸法は400nmを基準としている。
【0053】
<実験例2>
1.ダイヤモンド構造体の集積
次に、実験例2として、NVセンターを含むダイヤモンドプレートを使用したダイヤモンド構造体を作製し、シリコン基板(酸化シリコン膜)に集積させた。事前工程~アンダーカット工程までは、上記実験例1と同様とした。ただし、使用したダイヤモンドプレートは、ElementSix社製のダイヤモンドNV基板(DNV-B1)による板厚5mmのプレート(30mm×30mm)を使用した。なお、集積させる基板は、シリコン基板の表面を酸化させて1μmの厚みを有する酸化シリコン膜を作製したものとした。
図8(a)は、アンダーカットされたNVセンターを含むダイヤモンド構造体の状態を示す光学顕微鏡像であり、
図8(b)は、当該ダイヤモンド構造体を底面側(アンダーカットされた側)から観察される光学顕微鏡像である。
【0054】
上述(実験例1)に示したように、テザーによってエアーブリッジさせた状態のダイヤモンド構造体に対し、商用PDMSフィルム(Delphon Industries LLC社製「Gel-Pak(登録商標)」X4に相当する接着力(180度方向剥離力試験による剥離力4.5~6.5(g/0.75”))の貼着フィルムを自家製造し、ダイヤモンド構造体をピックアップした。
【0055】
その後、この自家製フィルムを裏返し、反対側からダイヤモンド構造体に対して、、商用PDMSフィルム(Delphon Industries LLC社製「Gel-Pak(登録商標)」X8(180度方向剥離力試験による剥離力14.0~20.0(g/0.72”))を貼着し、自家製フィルムを剥離することにより、商用フィルム上にダイヤモンド構造体を反転させた。
【0056】
反転させたダイヤモンド構造体の表面側が、シリコン基板に形成した酸化シリコン膜表面に密着する状態で載置し、商用フィルムを緩やかに引き上げることによって剥離した。ダイヤモンド構造体と酸化シリコン膜との間は、ファンデルワールス力によって固定されるものとなった。
【0057】
上記のようにシリコン基板上(酸化シリコン膜表面)に、マスクで保護されたダイヤモンド構造体の表面側(またはプリントされたマスク表面)が密着された状態で固定されることにより、シリコン基板上にダイヤモンド構造体を集積させることができる。
【0058】
2.評価
上記のようにしてシリコン基板上に集積されたダイヤモンド構造体は、その線状部分をもって導波路として機能させ得るものとなる。そこで、シリコン基板上に集積されたダイヤモンド構造体(以下、作製デバイスといいます)の光学的特徴を測定した。
【0059】
まず、PL(フォトルミネッセンス)特性試験を行った。532nmの波長で発振する連続波レーザー(Laser Quantum社製Gem532)を使用して光学的に励起したレーザービームを作製デバイスに照射し、PL信号を収集した。PL信号を収集するために、開口数1.25×100対物レンズを使用した。また、入力レーザーのバックグラウンド光を抑制するために、NVセンターからのPL信号をノッチフィルター(533nm)とロングパスフィルター(>600nm)でフィルター処理し、シリコン基板からのバックグラウンド発光をショートパスフィルター(<800nm)で処理した。収集されるPL信号は、回折格子分光計(Princeton Instruments社製のActon SP2500)およびシリコン電荷結合素子カメラ(CCDカメラ、Princeton Instruments社製のPIXIS256E)を使用して分析した。
【0060】
その結果を
図9(a)および(b)に示す。
図9(a)は、作製デバイスについて測定されたPLスペクトルを示すものであり、この結果から、スペクトルは、ゼロ フォノン ライン(637nm)および入力レーザーのピーク(532nm)を伴うフォノン側波帯放出(~700nm)の強いピークを示しており、集積されたNVセンターからの放出に由来するPL信号を確認できる結果となった。なお、
図9(b)は、入力レーザーによる出力に対する光子計測結果の関係を示すものである。
【0061】
次に、作製デバイスが量子センサとしての適用可能性を確認するため、作製デバイスに対して光学検出磁気共鳴(ODMR)測定を行った。なお、NVセンターを含むダイヤモンド構造体は、作製デバイスの近傍に設置した銅薄膜によるフィルムを使用してマイクロ波を励起させた。その結果を
図9(c)に示す。この
図9(c)は、外部磁場のない状態における作製デバイスのODMRスペクトルであり、典型的なNVセンターを有するダイヤモンドのODMRスペクトルを重ねて示している。
【0062】
この結果から、2.88GHzのマイクロ波周波数で、約0.006のコントラストによるODMRディップを観察することができ、典型的なODMRスペクトルとほぼ一致する結果となった。この結果から、作製デバイスは量子センサとしての利用可能性があることが判明した。
【0063】
<まとめ>
以上のとおり、上記実施形態に示したダイヤモンド構造体の集積方法によれば、異なる材料の任意な基板表面に微細なダイヤモンド構造体を容易に集積させることができるものとなる。特に、マスクパターンが転写された領域の底部を斜状方向に対する異方性エッチング(準等方性エッチング)によりアンダーカットすることによって、断面形状略三角形のダイヤモンド構造体を形成させたうえで、エッチングの影響を受けない平滑な表面側を異種材料基板上に貼着することで、当該基板上に集積させることがきることとなる。当然のことながら、上記に開示した技術と他の先端フォトニクス技術のスケーラブルな融合を可能にするものである。
【0064】
なお、上記実施形態は、本発明の一例を示すものであり、本発明がこれらの実施形態に限定されるものではない。従って、上記実施形態の各要素を変更し、または他の要素を追加するものであってもよい。
【0065】
例えば、上記実施形態では、第1および第2の貼着フィル60,70の基材としてPDMSフィルムを使用したが、他の基材による材料により、適度な可撓性を有するフィルムを使用することができる。また、これらの貼着力の差は、2倍以上であることが好ましいが、極めて大きい差を有する必要はなく、せいぜい10倍までの差であれば目的を達成することができる。
【0066】
また、ダイヤモンド構造体の線状部分の長さは、実験レベルとして4μmとしてマスクパターンを構成し、その転写によって当該長さの線状部分を形成させているが、目的に応じて適宜長さのダイヤモンド構造体とすることができるものである。他方、環状部分は、例示として円環状としたが、貼着フィルムによる貼着領域が確保できれば、円環に限定されず、多角形の環状として形成することができる。このときの外径と内径の差(環状部分の幅寸法)は、線状部分の幅寸法に応じて適宜選択されるものであり、環状部分の幅寸法が線状部分の幅寸法よりも遙かに大きい場合には、環状部分をアンダーカットするためのエッチング時間が長期化し、また、略三角形断面が肥大化することとなるため、テザーが形成される程度の適度な幅寸法とすることが好ましい。