(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025005947
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】劣化診断方法及び劣化診断装置
(51)【国際特許分類】
G01R 31/392 20190101AFI20250109BHJP
G01R 31/367 20190101ALI20250109BHJP
G01R 31/374 20190101ALI20250109BHJP
G01R 31/389 20190101ALI20250109BHJP
H01M 10/48 20060101ALI20250109BHJP
H02J 7/00 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
G01R31/392
G01R31/367
G01R31/374
G01R31/389
H01M10/48 P
H01M10/48 301
H02J7/00 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023106412
(22)【出願日】2023-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003942
【氏名又は名称】日新電機株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】沖田 優斗
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 涼
(72)【発明者】
【氏名】吉田 翔治
(72)【発明者】
【氏名】長岡 直人
【テーマコード(参考)】
2G216
5G503
5H030
【Fターム(参考)】
2G216BA23
2G216BA34
2G216BA54
2G216BA59
2G216BA67
2G216CB12
2G216CB13
2G216CB44
2G216CB52
5G503AA01
5G503BA01
5G503BB01
5G503EA09
5H030AA10
5H030AS20
5H030FF22
5H030FF42
5H030FF43
5H030FF44
5H030FF52
(57)【要約】
【課題】蓄電池の充放電時の回路特性から、高精度に蓄電池の劣化状態を判定することができる劣化診断方法を実現する。
【解決手段】劣化診断方法は、稼働中の電池(90)の温度(T)及び所定間隔毎の電流(Ib)と電圧(Vb)とを測定し、電流(Ib)から単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出し、抽出した波形の電流急変期間の電流(Ib)に基づき、電流(Ib)及び電圧(Vb)が過渡応答解析に適していると判断された場合に、当該電流(Ib)及び電圧(Vb)に基づき、過渡応答解析を行い、さらに補正した基準温度(Tst)における直列抵抗成分(Ri_st)を基に、電池(90)の劣化状態を診断する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
稼働中の蓄電池の、蓄電池温度、及び、所定間隔毎の端子電流と端子間電圧とを測定する測定ステップと、
前記測定ステップにおいて測定した前記端子電流から単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する抽出ステップと、
前記単一のパルス波形または前記単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の前記端子電流に基づき、前記端子電流及び前記端子間電圧が、前記蓄電池の前記蓄電池温度における直列抵抗成分を算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する適否判定ステップと、
前記端子電流及び前記端子間電圧が前記過渡応答解析に適していると判断された場合に、前記端子電流及び前記端子間電圧に基づき、前記直列抵抗成分、及び、並列容量成分と並列抵抗成分とが並列に接続された並列接続回路が、直列に接続された回路を含む等価回路に還元されて実行される前記蓄電池の前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池の前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を算出する解析ステップと、
前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を、予め定められた基準温度における前記直列抵抗成分に補正する第1補正ステップと、
前記基準温度における前記直列抵抗成分を基に、前記蓄電池の蓄電容量の、前記蓄電池の初期状態での蓄電容量に対する減少割合である、容量低下率を算出して、前記蓄電池の劣化状態を診断する診断ステップと、を含む、劣化診断方法。
【請求項2】
前記適否判定ステップにおいて、前記端子電流及び前記端子間電圧が前記過渡応答解析に不適であると判定された場合には、前記蓄電池において電流を変動させるのに必要な時間である電流応答時間に基づき、前記端子電流及び前記端子間電圧を補正する第2補正ステップをさらに含み、
前記解析ステップでは、前記第2補正ステップで補正した前記端子電流及び前記端子間電圧に基づき、前記蓄電池において前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池の前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を算出する、請求項1に記載の劣化診断方法。
【請求項3】
前記抽出ステップでは、
前記端子電流が第1定常電流から前記第1定常電流とは異なる第2定常電流まで第1所定変動期間以内に変動することを検出すると、前記端子電流が前記第1定常電流から前記第2定常電流まで変動する期間を含む抽出期間の前記端子電流を前記単一のステップ波形として抽出し、
前記端子電流が第1定常電流から前記第2定常電流まで第1所定変動期間以内に変動し、さらに所定定常時間経過するまでに、前記第2定常電流から前記第1定常電流まで第2所定変動期間以内に変動することを検出すると、前記端子電流が前記第1定常電流から前記第2定常電流を経て前記第1定常電流まで変動する期間を含む抽出期間の前記端子電流を前記単一のパルス波形として抽出する、請求項1に記載の劣化診断方法。
【請求項4】
前記適否判定ステップでは、
前記電流急変期間に測定された前記端子電流のそれぞれについて、前記第2定常電流に対する前記電流急変期間に測定された前記端子電流の比を1から減算した値の絶対値が閾値以内であれば、当該端子電流を前記過渡応答解析に適していると判定し、前記絶対値が前記閾値より大きければ当該端子電流を前記過渡応答解析に不適であると判定する、請求項3に記載の劣化診断方法。
【請求項5】
稼働中の蓄電池の蓄電池温度、及び、所定間隔毎の端子電流と端子間電圧とを測定する測定部と、
前記測定部が測定した前記端子電流から単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する抽出部と、
前記単一のパルス波形または前記単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の前記端子電流に基づき、前記端子電流及び前記端子間電圧が、前記蓄電池の前記蓄電池温度における直列抵抗成分を算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する適否判定部と、
前記端子電流及び前記端子間電圧が前記過渡応答解析に適していると判断された場合に、前記端子電流及び前記端子間電圧に基づき、前記直列抵抗成分、及び、並列容量成分と並列抵抗成分とが並列に接続された並列接続回路が、直列に接続された回路を含む等価回路に還元されて実行される前記蓄電池の前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池の前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を算出する解析部と、
前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を、予め定められた基準温度における前記直列抵抗成分に補正する第1補正部と、
前記基準温度における前記直列抵抗成分を基に、前記蓄電池の蓄電容量の、前記蓄電池の初期状態での蓄電容量に対する減少割合である、容量低下率を算出して、前記蓄電池の劣化状態を診断する診断部と、を備えている、劣化診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄電池の劣化を診断する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
蓄電池の劣化状態を診断する技術が知られている。そのような従来技術として、特許文献1には、蓄電池の充放電時の回路特性から蓄電池の劣化状態を判定する技術が開示されている。特許文献1の技術は、稼働中の蓄電池から測定した端子電流及び端子間電圧を基に蓄電池の過渡応答解析を行うことで劣化診断を行う。特許文献1の技術によれば、蓄電池の劣化状態の診断のために、蓄電池の運用を停止する必要が無く、蓄電池を稼働しながら劣化状態を判定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
蓄電池の充放電において変動する電流及び電圧の波形が、パルス波形またはステップ波形となる場合、過渡応答解析の精度は電流変動が大きい箇所に大きく依存し、例えば、電流変動開始直後から電流変動終了前までに測定された電流値に基づき劣化診断を行うと、劣化診断の精度が下がる場合があるという問題がある。
【0005】
本発明の一態様は、蓄電池の充放電時の回路特性から、高精度に蓄電池の劣化状態を判定することができる劣化診断方法を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る劣化診断方法は、稼働中の蓄電池の、蓄電池温度、及び、所定間隔毎の端子電流と端子間電圧とを測定する測定ステップと、前記測定ステップにおいて測定した前記端子電流から単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する抽出ステップと、前記単一のパルス波形または前記単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の前記端子電流に基づき、前記端子電流及び前記端子間電圧が、前記蓄電池の前記蓄電池温度における直列抵抗成分を算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する適否判定ステップと、前記端子電流及び前記端子間電圧が前記過渡応答解析に適していると判断された場合に、前記端子電流及び前記端子間電圧に基づき、前記直列抵抗成分、及び、並列容量成分と並列抵抗成分とが並列に接続された並列接続回路が、直列に接続された回路を含む等価回路に還元されて実行される前記蓄電池の前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池の前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を算出する解析ステップと、前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を、予め定められた基準温度における前記直列抵抗成分に補正する第1補正ステップと、前記基準温度における前記直列抵抗成分を基に、前記蓄電池の蓄電容量の、前記蓄電池の初期状態での蓄電容量に対する減少割合である、容量低下率を算出して、前記蓄電池の劣化状態を診断する診断ステップと、を含む。
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る劣化診断装置は、稼働中の蓄電池の蓄電池温度、及び、所定間隔毎の端子電流と端子間電圧とを測定する測定部と、前記測定部が測定した前記端子電流から単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する抽出部と、前記単一のパルス波形または前記単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の前記端子電流に基づき、前記端子電流及び前記端子間電圧が、前記蓄電池の前記蓄電池温度における直列抵抗成分を算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する適否判定部と、前記端子電流及び前記端子間電圧が前記過渡応答解析に適していると判断された場合に、前記端子電流及び前記端子間電圧に基づき、前記直列抵抗成分、及び、並列容量成分と並列抵抗成分とが並列に接続された並列接続回路が、直列に接続された回路を含む等価回路に還元されて実行される前記蓄電池の前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池の前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を算出する解析部と、前記蓄電池温度における前記直列抵抗成分を、予め定められた基準温度における前記直列抵抗成分に補正する第1補正部と、前記基準温度における前記直列抵抗成分を基に、前記蓄電池の蓄電容量の、前記蓄電池の初期状態での蓄電容量に対する減少割合である、容量低下率を算出して、前記蓄電池の劣化状態を診断する診断部と、を備えている。
【0008】
本発明の各態様に係る劣化診断装置は、コンピュータによって実現してもよく、この場合には、コンピュータを前記蓄電装置及び前記発電装置が備える各部(ソフトウェア要素)として動作させることにより前記蓄電装置及び前記発電装置をコンピュータにて実現させる各装置の制御プログラム、及びそれを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も、本発明の範疇に入る。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、蓄電池の充放電時の回路特性から、高精度に蓄電池の劣化状態を判定することができる劣化診断方法を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係る劣化診断装置の概略構成を示す機能ブロック図である。
【
図2】端子電流の波形の抽出を説明するグラフである。
【
図3】端子電流および端子間電圧の補正基準について説明するグラフである。
【
図4】補正手順の一例について説明するグラフである。
【
図5】実験例における、端子電流及び端子間電圧の測定値を示すグラフである。
【
図6】上記実験例の補正後の端子間電圧を示すグラフである。
【
図7】上記実験例における補正結果を示す表である。
【
図8】上記劣化診断装置の解析部が行う過渡応答解析に適用する、電池の等価回路である。
【
図9】様々な温度Tにおいて、過渡応答解析により算出された直列抵抗成分Riの結果をまとめて示すグラフである。記号が互いに異なるプロットは、それぞれ電池の劣化の状態が互いに異なる場合の結果を表す。
【
図10】温度補正係数Aの、容量低下率D依存性を示すグラフである。
【
図11】温度補正係数Bの、容量低下率D依存性を示すグラフである。
【
図12】温度補正係数Cの、容量低下率D依存性を示すグラフである。
【
図13】容量低下率Dと、電池の温度Tを固定した条件下での直列抵抗成分Riとの関係を示すプロット(四角)と、容量低下率Dと、補正が施された直列抵抗成分Ri_stとの関係を示すプロット(丸)とを示すグラフである。
【
図14】上記劣化診断装置が実行する劣化診断方法の処理手順を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔実施形態〕
以下、本発明の実施形態1について、詳細に説明する。ただし、以下の説明は本発明に係る劣化診断装置及び劣化診断方法の一例であり、本発明の技術的範囲は図示例に限定されるものではない。なお、各図のグラフの軸において、単位が記載されていない場合は、その軸は任意単位である。
【0012】
(劣化診断装置の構成)
以下、本発明の一実施形態について、詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る劣化診断装置1の概略構成を示す機能ブロック図である。劣化診断装置1は、本発明の一実施形態に係る劣化診断方法を実行する装置である。
【0013】
劣化診断装置1は、蓄電池すなわち二次電池である電池90を監視し、電池90の劣化診断を実行する。電池90は例えばリチウムイオン二次電池である。劣化診断装置1は、
図1及び以下の説明に示される各機能ブロックが実現されていれば、物理的に一筐体に納められた形態の装置である必要は無い。
【0014】
劣化診断装置1は、測定部10と、制御部20と、記憶部30と、を備えている。記憶部30は情報を記憶するメモリであり、磁気ディスク、半導体メモリ、その他、任意の公知のメモリ装置が単体で、または組み合わされて構成されてよい。記憶部30は、制御部20が実行する各種のプログラム、及びプログラムによって使用されるデータを格納する。
【0015】
測定部10は、稼働中の電池90(蓄電池)の所定間隔毎の蓄電池温度(温度T)、及び、所定間隔毎の端子電流(電流Ib)と端子間電圧(電圧Vb)とを測定する。温度Tは、電流Ib及び電圧Vbと同時刻に測定される。
【0016】
測定部10は、電池90の端子に流れる端子電流である電流Ibを監視する、電流計11を有している。電流計11は、所定間隔で電流Ibを測定する。なお、本明細書において、充電が行われている場合の電流Ibは正値、放電が行われている場合の電流Ibは負値であるように表す。
【0017】
測定部10は、電池90の端子間に印加される端子間電圧である電圧Vbを監視する、電圧計12を有している。電圧計12は、電流Ibと同じ所定間隔で電圧Vbを測定する。
【0018】
また、測定部10は、電池90の温度Tを監視する、温度計13を有している。より具体的には、温度計13が、電池90のセルの表面の温度を測定するように構成されていてもよい。あるいは、温度計13は、電池90の端子の温度を測定するように構成されていてもよい。温度Tは、電流Ib及び電圧Vbと同じ所定間隔、且つ、同じタイミングで測定される。
【0019】
電流計11が測定した電流Ibの値は、ADコンバータ14によって、アナログデジタル変換され、デジタル信号として制御部20に伝送される。電圧計12が測定した電圧Vbの値は、ADコンバータ15によって、アナログデジタル変換され、デジタル信号として制御部20に伝送される。温度計13が測定した温度Tの値は、ADコンバータ16によって、アナログデジタル変換され、デジタル信号として制御部20に伝送される。
【0020】
上記構成を備えた測定部10によって、劣化診断装置1は、電池90の充電中または放電中の、電池90の温度T、電流Ib、電圧Vbの測定を行うことが可能である。
【0021】
制御部20は、劣化診断装置1の各部を統括的に制御する。制御部20の機能は、記憶部30に記憶されたプログラムを、CPUが実行することで実現されてよい。制御部20は、抽出部21と、適否判定部22と、解析前補正部23と、解析部24と、解析後補正部25と、診断部26と、を有している。
【0022】
劣化診断装置1は、過渡応答解析を用いて劣化状態の診断を行う。制御部20では、抽出部21、適否判定部22及び解析前補正部23により、過渡応答解析に適するデータが過渡応答解析されるように、測定部10で測定された測定値について過渡応答解析の事前処理が行われる。また、制御部20では、当該事前処理されたデータを用いて、解析部24、解析後補正部25及び診断部26により、過渡応答解析を用いて電池90の劣化状態の診断が行われる。制御部20が有する各機能ブロックが実行する動作については後述する。
【0023】
(抽出部)
抽出部21は、測定した電流Ibから単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する。具体的には、抽出部21は、電流Ibが第1定常電流Ib1から第1定常電流Ib1とは異なる第2定常電流Ib2まで第1所定変動期間tr1以内に変動することを検出すると、単一のステップ波形を抽出する。その場合、抽出部21は、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2まで変動する期間を含む抽出期間teの電流Ibを単一のステップ波形として抽出する。
【0024】
図2の2001は、端子電流である電流Ibの単一のステップ波形の抽出を説明する図である。なお、
図2の2001及び
図2の2002は、電池90が充電されている状態を示し、電池90を放電する場合は電流の正負が逆になる。
【0025】
図2の2001に示すように、電池90は充電されると、電流Ibは第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2まで、電流急変期間の間に急変する。ここで、第1定常電流Ib1は、例えば、電池90が休止状態である場合の電流Ibの電流値を示す。また、第2定常電流Ib2は、第1定常電流Ib1から変動後、同じ電流値であるとみなされる状態で一定期間継続される電流Ibの電流値であり、例えば、電池90が充電状態である場合の電流Ibの電流値を示す。
【0026】
電流急変期間は、電流変動開始直後から電流変動終了前までの期間を示す。電流変動開始とは、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2に変動し始めたとみなすことができる時点を示し、例えば、微小時間に対する電流変動の傾きが所定値以上となった時点を示す。また、電流変動終了とは、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2に変動したとみなすことができる時点を示し、例えば、微小時間に対する電流変動の傾きが所定値以下となった時点を示す。
【0027】
抽出部21は、例えば、(1)第1定常電流Ib1が第1所定定常時間X1以上継続し、(2)その後、電流急変期間において、電流Ibが第1所定変動期間tr1以内に、第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2まで変動し、(3)電流Ibが第2定常電流Ib2である状態が第2所定定常時間X2継続したことを検出すると、電流Ibが単一のステップ波形であると判断する。そして、抽出部21は、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2まで変動する期間を含む抽出期間teの電流Ibを単一のステップ波形として抽出する。
【0028】
第1所定定常時間X1及び第2所定定常時間X2は電池90の使用状況により任意に設定できる。第1所定変動期間tr1も適宜設定でき、例えば、第1所定変動期間tr1を、測定部10で電流Ib及び電圧Vbを測定する所定間隔の2倍以内と設定することができる。
【0029】
また、抽出部21は、測定した電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2まで第1所定変動期間tr1以内に変動し、さらに第2所定定常時間X2経過するまでに、第2定常電流Ib2から第1定常電流Ib1まで第2所定変動期間tr2以内に変動することを検出すると、単一のパルス波形を抽出する。その場合、抽出部21は、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2を経て第1定常電流Ib1まで変動する期間を含む抽出期間teの電流Ibを単一のパルス波形として抽出する。
【0030】
図2の2002は、端子電流である電流Ibの単一のパルス波形の抽出を説明する図である。
図2の2002示すように、電池90は充電されると、電流Ibは第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2まで、電流急変期間の間に急変する。また、電池90は充電が終了すると、電流Ibは第2定常電流Ib2から第1定常電流Ib1まで、電流急変期間の間に急変する。
【0031】
抽出部21は、例えば、(1)第1定常電流Ib1が第1所定定常時間X1以上継続し、(2)その後、電流急変期間において、電流Ibが第1所定変動期間tr1以内に、第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2まで変動し、(3)電流Ibが第2定常電流Ib2である状態が継続し、電流Ibが第2定常電流Ib2となってから第2所定定常時間X2未満で再び電流Ibが第2定常電流Ib2から第1定常電流Ib1まで変動し、(4)電流Ibが第1定常電流Ib1である状態が第3所定定常時間X3継続したことを検出すると、電流Ibが単一のパルス波形であると判断する。そして、抽出部21は、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2を経て第1定常電流Ib1まで変動する期間を含む抽出期間teの電流Ibを単一のパルス波形として抽出する。
【0032】
第3所定定常時間X3は電池90の使用状況により任意に設定できる。第2所定変動期間tr2も適宜設定でき、例えば、第2所定変動期間tr2を、測定部10で電流Ib及び電圧Vbを測定する所定間隔の2倍以内と設定することができる。
【0033】
(適否判定部)
適否判定部22は、単一のパルス波形または単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の電流Ibに基づき、電流Ib及び電圧Vbが、電池90の温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する。
【0034】
単一のパルス波形または単一のステップ波形の電流変動が大きい場合、例えば、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2に変動するまでの電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbに基づき電池90の劣化診断を行うと、劣化診断の精度が下がる場合がある。そこで、適否判定部22では、抽出部21において電流Ibから単一のパルス波形または単一のステップ波形が抽出された場合、電流急変期間の電流Ibに基づき、電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbが過渡応答解析に適しているか否かを判定する。
【0035】
適否判定部22は、電流急変期間に測定された電流Ibのそれぞれについて、第2定常電流Ib2に対する電流急変期間に測定された電流Ibの比を1から減算した値の絶対値、すなわち|1-Ib/Ib2|が閾値σ以内であれば、当該電流Ib及び当該電流Ibと同じタイミングで測定した電圧Vbを過渡応答解析に適していると判定する。また、適否判定部22は、|1-Ib/Ib2|が閾値σより大きければ当該電流Ib及び当該電流Ibと同じタイミングで測定した電圧Vbを過渡応答解析に不適であると判定する。
【0036】
第2定常電流Ib2に対する電流急変期間に測定された電流Ibの比が小さい程、すなわち、第2定常電流Ib2と電流急変期間に測定された電流Ibとの差が大きいほど、過渡応答解析の精度が低下する。そのため、適否判定部22では、閾値σを適切に設定することで、過渡応答解析の精度が低下する、第2定常電流Ib2と電流急変期間に測定された電流Ibの差が大きい電流Ibを、過渡応答解析が不適であると判定する。
【0037】
また、上述では電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2に変動する電流急変期間(以降、第1電流急変期間と記載する)について説明したが、電流Ibが単一のパルス波形の場合における、電流Ibが第2定常電流Ib2から第1定常電流Ib1に変動する電流急変期間(以降、第2電流急変期間と記載する)についても、適否判定部22で同様の処理を行う。
【0038】
上記の場合、適否判定部22は、電流急変期間に測定された電流Ibのそれぞれについて、第2定常電流Ib2と第1定常電流Ib1との差に対する、第2定常電流Ib2と第2電流急変期間に測定された電流Ibとの差の比を1から減算した値の絶対値、すなわち|1-{(Ib2-Ib)/(Ib2-Ib1)}|が閾値σ以内であれば、当該電流Ib及び当該電流Ibと同じタイミングで測定した電圧Vbを過渡応答解析に適していると判定する。また、適否判定部22は、|1-{(Ib2-Ib)/(Ib2-Ib1)}|が閾値σより大きければ当該電流Ib及び当該電流Ibと同じタイミングで測定した電圧Vbを過渡応答解析に不適であると判定する。
【0039】
(解析前補正部)
解析前補正部23は、適否判定部22において、電流Ib及び電圧Vbが過渡応答解析に不適であると判定された場合には、電池90において電流を変動させるのに必要な時間である電流応答時間tαに基づき、電流Ib及び電圧Vbを補正する。補正した電流Ib及び電圧Vbは参考値として記憶部30に記憶される。記憶部30はさらに測定部10による測定値が記憶されてもよい。
【0040】
図3は、端子電流(電流Ib)および端子間電圧(電圧Vb)の補正基準について説明するグラフである。
図3においてCurrent Dataは電流Ibの波形を示す。
【0041】
図3に示すように、電流が急変する波形において電流変動終了後に電流Ib及び電圧Vbが測定されるパターンとしてパターン1からパターン3が考えられる。パターン1は、電流変動開始直前を測定する為、電流変動終了から最も遅れて電流Ibが測定されるパターンを示す。パターン2は、電圧変動終了直後に電流Ibが測定されるパターンを示す。パターン3は、パターン1とパターン2との中間的な時間で電流Ibが測定されるパターンを示す。
【0042】
過渡応答解析前の補正は、パターン3の測定時間を基準として行われる。パターン3の測定時間を基準とすることで、電流Ibの測定がパターン1またはパターン2となる場合であっても、過渡応答解析の精度を安定して保つことができる。
【0043】
なお、パターン1の場合、過渡応答解析に用いられる等価回路の内部抵抗値はパターン2及びパターン3と比較して大きく算出され、パターン2の場合、上記内部抵抗値はパターン1及びパターン3と比較して小さく算出される。パターン1とパターン2とで算出される内部抵抗値の差は許容範囲内であり、電流Ib及び電圧Vbについて過渡応答解析前の補正は不要である。パターン3についても、パターン1及びパターン2と同様に電流Ib及び電圧Vbについて過渡応答解析前の補正は不要となる。過渡応答解析前の補正が必要となるのは、上述した通り、電流急変期間において第1定常電流Ib1と第2定常電流Ib2との間で電流Ibが測定された場合である。
【0044】
パターン3を補正の基準とした場合、パターン1またはパターン2との測定時間の差は最大でサンプリング周期tβ(所定間隔)の半分となるため、これを考慮して補正を行う。
【0045】
具体的には、解析前補正部23は、電圧Vbを下記の式(ア)で補正する。
Vh=Vc-th×ΔV 式(ア)
ここで、Vhは補正後の電圧である。Vcは、電流変動終了直後の電圧である。電流変動終了直後の電圧とは、電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2に変動したとみなすことができる時点の電圧を示す。電流Ibが第1定常電流Ib1から第2定常電流Ib2に変動したとみなすことができる時点とは、例えば、微小時間に対する電流変動の傾きが所定値以下となった時点を示す。
【0046】
ΔVは、過去の測定値における、電流変動終了直後の微小時間に対する電圧変動の傾きの平均値である。なお、ΔVについては、過去の測定値ではなく、測定部10で測定された電流変動直後の電圧Vbからの微小時間の傾きとしてもよい。
【0047】
また、thは補正時刻を示す。劣化診断装置1の電流応答時間tαが測定部10のサンプリング周期tβ(所定間隔)よりも極端に短い場合、例えば、サンプリング周期tβが1秒であるのに対して、電流応答時間tαが1ミリ秒であるような場合、解析前補正部23は、サンプリング周期tβの半分を補正時刻thとする。また、上記以外の場合、解析前補正部23は、tβ-tα{1-(Ib/Ib2)}の半分を補正時刻thとする。
【0048】
また、解析前補正部23は、電流Ibを下記の式(イ)で補正する。
Ih=Ib2 式(イ)
ここで、Ihは補正後の電流を示し、Ib2は、第2定常電流Ib2を示す。
【0049】
また、上述では第1電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbの補正について説明したが、電流Ibが単一のパルス波形の場合における、第2電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbの補正についても、解析前補正部23で同様の処理を行う。
【0050】
その場合、解析前補正部23による補正は下記の点で異なる。すなわち、第2電流急変期間に測定された電圧Vbの補正について、劣化診断装置1の電流応答時間tαがサンプリング周期tβよりも極端に短い場合に当てはまらない場合、解析前補正部23は、tβ-tα[1-{(Ib2-Ib)/(Ib2-Ib1)}]の半分を補正時刻thとする。また、電流Ibの補正は下記の式(ウ)で補正する。
Ih=Ib1 式(ウ)
ここで、Ihは補正後の電圧を示し、Ib1は、第1定常電流Ib1を示す。
【0051】
(過渡応答解析前の補正手順)
図4は補正手順の一例について説明するグラフである。まず、解析前補正部23は、適否判定部22で過渡応答解析に適していないと判定された電流Ib及び電圧Vbを補正対象として検知する(
図4の4001参照)。
【0052】
次に、解析前補正部23は、過渡応答解析に適していないと判定された電流Ibを第2定常電流Ib2とし補正後の電流Ihとする。言い換えると、過渡応答解析に適していないと判定された電流Ibに第2定常電流Ib2を複製する(式(イ)参照)。
【0053】
また、解析前補正部23は、過渡応答解析に適していないと判定された電圧Vbに対して、電圧変動終了直後の電圧を用いて上述の式(ア)から補正後の電圧Vhとする。言い換えると、過渡応答解析に適していないと判定された電圧Vbに電圧変動開始直後の電圧Vcを複製し(
図4の4002参照)、上述の式(ア)より補正後の電圧Vhを求める(
図4の4003参照)。
【0054】
このように、適否判定部22において電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbが過渡応答解析に不適であると判定された場合、解析前補正部23により、電流Ib及び電圧Vbは電流応答時間tαに基づき補正される。
【0055】
また、後述する解析部24において、補正後の電流Ih及び電圧Vhに基づいて過渡応答解析された後、劣化状態が診断される。そのため、過渡応答解析に不適であると判定された電流Ib及び電圧Vbは、過渡応答解析に用いられても適正な劣化状態を診断できるように補正されてから過渡応答解析されるので、高精度に電池90の劣化状態を判定することができる。
【0056】
〔補正の検証〕
上述の解析前補正部23の補正について、
図5から
図7に基づき以下に検証する。
図5は、実験例における端子電流(電流Ib)及び端子間電圧(電圧Vb)の測定値を示すグラフである。
図5に示すグラフにおいて、電流Case1_I及び電圧Case1_Vには、矢印で示す過渡応答解析に適していない電流Ib及び電圧Vbが含まれている。
【0057】
図6は、補正後の電圧Case1_Vを示したグラフである。丸は補正後の電圧Case1_V、三角は補正前の電圧Case1_Vを示し、四角はCase1以外の測定データにおいて良好な過渡応答解析を行うことができた場合の電圧Vbを示す。
図6では、解析前補正部23の補正により、
図5の矢印で示す過渡応答解析に適していない電圧Vbが良好な過渡応答解析が行えるように補正できたことが確認できる。
【0058】
図7は、実験例における検証結果を示す表である。
図7では、過渡応答解析の精度が良好であった測定データの過渡応答解析結果に対する、解析前補正部23による補正前及び補正後の電流Case1_I及び電圧Case1_Vの過渡応答解析結果の誤差率を示している。
図7に示すように、補正後におけるが誤差率(1.7%)が補正前における誤差率(5.1%)から改善できていることが分かる。
【0059】
(解析部)
解析部24は、測定部10が測定した電池90の充電中または放電中の電流Ib、電圧Vbを解析し、温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出する。
【0060】
解析部24は、適否判定部22により電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbが過渡応答解析に適していると判断された場合、当該電流Ib及び電圧Vbに基づき、電池90の過渡応答解析を行い、温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出する。
【0061】
また、解析部24は、適否判定部22により電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbが過渡応答解析に不適であると判断された場合、解析前補正部23で補正した電流Ib及び電圧Vbに基づき、電池90において過渡応答解析を行い、電池90の温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出する。
【0062】
図8は、劣化診断装置1の解析部24が行う過渡応答解析に適用する、電池90の等価回路である。電池90の過渡応答解析において解析部24は、電池90を
図8に示される等価回路として取り扱う。言い換えると、解析部24は、電池90の過渡応答解析を、直列抵抗成分Ri、及び、並列容量成分Cnと並列抵抗成分Rnとが並列に接続された並列接続回路が、直列に接続された回路を含む等価回路に還元されて実行する。
【0063】
電池90の端子間の内部等価回路は、直列抵抗成分Ri、並列容量成分Cnと並列抵抗成分RnとのRC並列回路(並列接続回路)が1段以上、直列容量成分C0、及び、起電力Eが直列接続された回路で表される。ここで起電力Eは電池90の端子間の開回路電圧である。並列容量成分Cnと並列抵抗成分Rnにおける符号nは、RC並列回路のインデックスを表す。RC並列回路の段数がMであるとき、インデックスnは1~Mのいずれかの自然数である。
【0064】
すなわち、電池90の端子間の内部インピーダンスは、並列容量成分Cnと並列抵抗成分RnとのRC並列回路(並列接続回路)の各段のインピーダンス、直列抵抗成分Ri、及び、直列容量成分C0の、直列接続で表される。
【0065】
解析部24では、電流Ib、電圧Vbの波形のデータをこのような等価回路にフィッティングして電池90の温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出する。なお、RC並列回路の段数Mは1段でも良く、その場合、等価回路は
図8のように並列容量成分C1と並列抵抗成分R1と表される。
【0066】
並列抵抗成分Rnは、電池90の反応抵抗成分に相当する抵抗成分でもある。直列容量成分C0及び開回路電圧である起電力Eは、電池90の劣化状態により変動しない電池90の固有の値であり、予め記憶部30に記憶されている。解析部24は記憶部30に記憶された直列容量成分C0及び起電力Eの値を参照して、当該フィッティングを実行する。
【0067】
(直列抵抗成分と温度の関係)
図9は、様々な電池90の温度Tにおいて、算出された直列抵抗成分Riの結果をまとめて示すグラフである。
図9に示されるように、直列抵抗成分Riは、電池90の温度Tに大きく依存していることが理解される。また、
図9において、記号の異なる各プロットは、電池90の劣化状態が互いに異なるケースにおいて得られた結果を示している。電池90の劣化が進むほど、直列抵抗成分Riが大きくなっている。すなわち、三角で表されている結果が、
図9の3通りの結果のうちで、最も電池90の劣化が進んだ状態を表している。
【0068】
なお本明細書において、電池90の劣化の状態を、電池90の蓄電容量Qの、電池90の初期状態での蓄電容量Q0に対する減少割合である、容量低下率Dで表すこととする:
【数1】
ここで、容量低下率Dの単位は、パーセント(%)である。
【0069】
図9の劣化状態が互いに異なる各プロットにおいて、温度Tと直列抵抗成分Riとの関係はそれぞれ式(2)で良好に近似できる:
【数2】
ここでの係数A、B、Cを、温度補正係数と称することとする。
【0070】
図10、
図11、
図12は、それぞれ温度補正係数A、B、Cの、容量低下率D依存性を示すグラフである。図から明らかなように、温度補正係数Aは容量低下率Dに大きく依存するパラメータである。一方、温度補正係数Bは容量低下率Dに依存しないパラメータであり、温度補正係数Cの容量低下率D依存性は小さい。従って、式(2)において、温度補正係数Aは容量低下率Dの関数であるが、温度補正係数B、Cは容量低下率Dに依存しない定数とみなすこととする。
【0071】
これにより、電池90のある基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stを考慮すると、式(2)から温度補正係数Aを消去して、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stが式(3)で表される:
【数3】
なお、各式中において、温度T及び基準温度Tstは絶対温度を用いるものとする。
【0072】
このようにして、測定されたある温度Tにおける直列抵抗成分Riから、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stが、電池90の劣化の状態にかかわらず、すなわち、容量低下率Dが未知であっても、算出できるようになる。
【0073】
(解析後補正部)
解析後補正部25(第1補正部)は、取得した温度Tに基づいて、解析部24が算出した直列抵抗成分Riから、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stを算出する。言い換えると、解析後補正部25は、温度Tにおける直列抵抗成分Riを、予め定められた基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stに補正する。
【0074】
具体的には、解析後補正部25は、記憶部30に記憶された温度補正係数B、Cの値を参照して、式(3)に従って、当該補正を実行する。温度補正係数B、Cは、電池90毎に決まった値であって、予め記憶部30に記憶されている。
【0075】
(診断部)
診断部26は、基準温度における直列抵抗成分Ri_stを基に、電池90の蓄電容量の、電池90の初期状態での蓄電容量に対する減少割合である、容量低下率Dを算出して、電池90の劣化状態を診断する。上述のように容量低下率Dは、電池90の劣化の状態を示す指標であり、こうして、劣化診断装置1では、電池90の劣化診断が実現される。
【0076】
図13は、容量低下率Dと、電池の温度Tを固定した条件下での直列抵抗成分Riとの関係を示すプロット(四角)と、容量低下率Dと、補正が施された直列抵抗成分Ri_stとの関係を示すプロット(丸)とを示すグラフである。
図13の四角で表されるプロットは、電池90の温度Tを25℃に固定した条件下での容量低下率Dと、直列抵抗成分Riとの関係を示す。
【0077】
図13に示すように、容量低下率Dは、直列抵抗成分Riに対して強存性があり、一次式で良好に表すことができることが理解される。すなわち、温度Tが一定下の条件で、直列抵抗成分Riを算出できれば、容量低下率Dを的確に判定できることとなる。しかし、現実には、電池90を実際に運用している状況において、温度Tが一定下の条件で、電流Ib、電圧Vbの測定が行われることを期待することは困難である。
【0078】
また、
図13において、測定時の電池90の温度Tが25℃とは異なるが、基準温度Tstを25℃とし、上記の手続きに従って直列抵抗成分Riを補正して得られた、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stが丸でプロットされている。この場合であっても、容量低下率Dは、補正が施された直列抵抗成分Ri_stに対して強い依存性があり、一次式で良好に表すことができることが理解される。すなわち、上記手続きによって、適正に直列抵抗成分Riが、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stに補正されていることが明らかである。
【0079】
よって、容量低下率Dは、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stを用いて、1次式である式(4)により良好に見積もることができる:
【数4】
ここで、定数Ri0は、初期状態での基準温度Tstにおける直列抵抗成分であり、係数dを、劣化補正係数と称することとする。
【0080】
定数Ri0及び劣化補正係数dは、電池90毎に決まった値であって、予め記憶部30に記憶されている。診断部26は記憶部30に記憶された定数Ri0及び劣化補正係数dの値を参照して、式(4)に従って、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stから、電池90の容量低下率Dを算出する。
【0081】
なお、式(1)~(4)により、電池90の蓄電容量Qは、
【数5】
で表すことができる。
【0082】
(劣化診断装置の処理の流れ)
図14は、劣化診断装置1が実行する劣化診断方法の処理手順を説明するためのフローチャートである。
図14に示すように、始めに、測定部10は稼働中の電池90の、温度T、及び、所定間隔毎の電流Ibと電圧Vbとを測定する(ステップS1、測定ステップ)。
【0083】
次に、抽出部21がステップS1で測定した電流Ibから単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する(ステップS2、抽出ステップ)。
【0084】
適否判定部22は、単一のパルス波形または単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の電流Ibに基づき、電流Ib及び電圧Vbが、電池90の温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する(ステップS3、適否判定ステップ)。
【0085】
ステップS3において、電流Ib及び電圧Vbが、過渡応答解析に不適であると判定された場合(ステップS3でNO)、解析前補正部23が電池90において電流を変動させるのに必要な時間である電流応答時間tαに基づき、電流Ib及び電圧Vbを補正する(ステップS4、第2補正ステップ)。解析部24は、ステップS4で補正された電流Ib及び電圧Vbに基づき過渡応答解析を実行し、電池90の温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出する(ステップS5、解析ステップ)。
【0086】
ステップS3において、電流Ib及び電圧Vbが、過渡応答解析に適していると判定された場合(ステップS3でYES)、解析部24は、当該電流Ib及び電圧Vbに基づき過渡応答解析を実行し、電池90の温度Tにおける直列抵抗成分Riを算出する(ステップS5、解析ステップ)。
【0087】
その後、ステップS5で算出した温度Tにおける直列抵抗成分Riを、解析後補正部25が、予め定められた基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stに補正する(ステップS6、第1補正ステップ)。そして診断部26は、ステップS6で補正された、基準温度Tstにおける直列抵抗成分Ri_stを基に、電池90の蓄電容量Qの、電池90の初期状態での蓄電容量Q0に対する減少割合である、容量低下率Dを算出して、電池90の劣化状態を診断する(ステップS7、診断ステップ)。
【0088】
このように、本実施形態では、所定間隔で測定された電流Ibから単一のパルス波形または単一のステップ波形が抽出された場合、適否判定ステップにおいて、電流急変期間の電流Ibに基づき、電流急変期間に測定された電流Ib及び電圧Vbが過渡応答解析に適しているか否かが判定される。また、過渡応答解析に適していると判定された場合には、電流Ib及び電圧Vbに基づき過渡応答解析が行われ、過渡応答解析に不適であると判定された場合には、過渡応答解析に適するように補正された電流Ib及び電圧Vbに基づき過渡応答解析が行われる。
【0089】
そのため、過渡応答解析に適した電流Ib及び電圧Vbついて過渡応答解析され劣化状態が診断されるため、電池90の充放電時の回路特性から、高精度に電池90の劣化状態を判定することができる。
【0090】
また、劣化診断装置1は、充電または放電時の電池90の電流Ib及び電圧Vbと、電池90の温度Tを監視することによって、電池の回路特性から電池90の劣化の指標である容量低下率Dを算出することができる。
【0091】
そのため、電池90の放電、フル充電を実行することにより充電容量を求めるような試験を実行することなく、電池90の劣化の状態を診断することができる。
【0092】
また実施形態の劣化診断方法によれば、電池90の温度Tを測定し、電池90の回路特性(直列抵抗成分Ri)の補正を行うため、
図9に示されているような、温度Tの強い影響をキャンセルして正しく電池90の劣化の状態を診断することができる。特に実施形態1では、式(3)に表されたように、電池90の劣化の状態(容量低下率D)に影響されずに、温度Tの影響をキャンセルできる巧みな手法を用いており、的確に電池90の劣化の状態を診断することができる。
【0093】
また、実施形態1の劣化診断方法は、式(4)及び
図13に示されたように、電池90の劣化の状態を示す指標である容量低下率Dを良好に予測し得る直列抵抗成分Riという回路パラメータを用いることを基礎としている。そのため実施形態1の劣化診断方法によれば、電池90の劣化の状態を正確に診断することができるようになる。
【0094】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る劣化診断方法は、稼働中の蓄電池(電池90)の、蓄電池温度(温度T)、及び、所定間隔毎の端子電流(電流Ib)と端子間電圧(電圧Vb)とを測定する測定ステップと、前記測定ステップにおいて測定した前記端子電流(電流Ib)から単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する抽出ステップと、前記単一のパルス波形または前記単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の前記端子電流(電流Ib)に基づき、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)が、前記蓄電池(電池90)の前記蓄電池温度(温度T)における直列抵抗成分(Ri)を算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する適否判定ステップと、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)が前記過渡応答解析に適していると判断された場合に、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)に基づき、前記直列抵抗成分(Ri)、及び、並列容量成分(Cn)と並列抵抗成分(Rn)とが並列に接続された並列接続回路が、直列に接続された回路を含む等価回路に還元されて実行される前記蓄電池(電池90)の前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池(電池90)の前記蓄電池温度(温度T)における前記直列抵抗成分(Ri)を算出する解析ステップと、前記蓄電池温度(温度T)における前記直列抵抗成分(Ri)を、予め定められた基準温度(Tst)における前記直列抵抗成分(Ri_st)に補正する第1補正ステップと、前記基準温度(Tst)における前記直列抵抗成分(Ri_st)を基に、前記蓄電池(電池90)の蓄電容量(Q)の、前記蓄電池(電池90)の初期状態での蓄電容量(Q0)に対する減少割合である、容量低下率(D)を算出して、前記蓄電池(電池90)の劣化状態を診断する診断ステップと、を含む。
【0095】
単一のパルス波形または単一のステップ波形の電流変動が大きい場合、例えば、電流変動開始直後から電流変動終了前までに測定された端子電流及び端子間電圧に基づき蓄電池の劣化診断を行うと、劣化診断の精度が下がる場合がある。
【0096】
そこで、上記構成によれば、所定間隔で測定された端子電流から単一のパルス波形または単一のステップ波形が抽出された場合、適否判定ステップにおいて、電流急変期間の端子電流に基づき、端子電流及び端子間電圧が過渡応答解析に適しているか否かが判定される。また、端子電流及び端子間電圧が過渡応答解析に適していると判定された場合に、当該端子電流及び端子間電圧に基づき過渡応答解析が行われて劣化状態が診断される。
【0097】
そのため、過渡応答解析に適した端子電流及び端子間電圧ついてのみ過渡応答解析され劣化状態が診断されるため、蓄電池の充放電時の回路特性から、高精度に蓄電池の劣化状態を判定することができる。
【0098】
本発明の態様2に係る劣化診断方法は、上記態様1において、前記適否判定ステップにおいて、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)が前記過渡応答解析に不適であると判定された場合には、前記蓄電池において電流を変動させるのに必要な時間である電流応答時間に基づき、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)を補正する第2補正ステップをさらに含み、前記解析ステップでは、前記第2補正ステップで補正した前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)に基づき、前記蓄電池(電池90)において前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池(電池90)の前記蓄電池温度(温度T)における前記直列抵抗成分(Ri)を算出してもよい。
【0099】
上記構成によれば、適否判定ステップにおいて端子電流及び端子間電圧が過渡応答解析に不適であると判定された場合、第2補正ステップにおいて、端子電流及び端子間電圧が電流応答時間に基づき補正される。また、解析ステップにおいて、補正された端子電流及び端子間電圧に基づいて過渡応答解析された後、劣化状態が診断される。そのため、過渡応答解析に不適であると判定された端子電流及び端子間電圧は、過渡応答解析に用いられても適正な劣化状態を診断できるように補正されてから、過渡応答解析されるので、高精度に蓄電池の劣化状態を判定することができる。
【0100】
本発明の態様3に係る劣化診断方法は、上記態様1または2において、前記抽出ステップでは、前記端子電流(電流Ib)が第1定常電流(Ib1)から前記第1定常電流(Ib1)とは異なる第2定常電流(Ib2)まで第1所定変動期間(tr1)以内に変動することを検出すると、前記端子電流(電流Ib)が前記第1定常電流(Ib1)から前記第2定常電流(Ib2)まで変動する期間を含む抽出期間(te)の前記端子電流(電流Ib)を前記単一のステップ波形として抽出し、前記端子電流(電流Ib)が第1定常電流(Ib1)から前記第2定常電流(Ib2)まで第1所定変動期間(tr1)以内に変動し、さらに所定定常時間(X2)経過するまでに、前記第2定常電流(Ib2)から前記第1定常電流(Ib1)まで第2所定変動期間(tr2)以内に変動することを検出すると、前記端子電流(電流Ib)が前記第1定常電流(Ib1)から前記第2定常電流(Ib2)を経て前記第1定常電流(Ib1)まで変動する期間を含む抽出期間(te)の前記端子電流(電流Ib)を前記単一のパルス波形として抽出してもよい。
【0101】
上記構成によれば、端子電流の単一のパルス波または単一のステップ波形を好適に抽出することができる。
【0102】
本発明の態様4に係る劣化診断方法は、上記態様3において、前記適否判定ステップでは、前記電流急変期間に測定された前記端子電流(電流Ib)のそれぞれについて、前記第2定常電流(Ib2)に対する前記電流急変期間に測定された前記端子電流(電流Ib)の比を1から減算した値の絶対値が閾値(σ)以内であれば、当該端子電流(電流Ib)を前記過渡応答解析に適していると判定し、前記絶対値が前記閾値(σ)より大きければ当該端子電流(電流Ib)を前記過渡応答解析に不適であると判定してもよい。
【0103】
第2定常電流に対する電流急変期間に測定された端子電流の比が小さい程、すなわち、第2定常電流と電流急変期間に測定された端子電流との差が大きいほど、過渡応答解析の精度が低下する。上記構成によれば、閾値を適切に設定することで、電流急変期間に測定された端子電流が、過渡応答解析の精度が低下する、第2定常電流との差が大きい端子電流を含む場合は、適否判定ステップにおいて過渡応答解析に不適であると適切に判定することができる。
【0104】
本発明の態様5に係る劣化診断装置は、稼働中の蓄電池(電池90)の蓄電池温度(温度T)、及び、所定間隔毎の端子電流(電流Ib)と端子間電圧(電圧Vb)とを測定する測定部(10)と、前記測定部(10)が測定した前記端子電流(電流Ib)から単一のパルス波形または単一のステップ波形を抽出する抽出部(21)と、前記単一のパルス波形または前記単一のステップ波形において電流が急変する電流急変期間の前記端子電流(電流Ib)に基づき、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)が、前記蓄電池(電池90)の前記蓄電池温度(温度T)における直列抵抗成分(Ri)を算出するための過渡応答解析に適しているか否かを判定する適否判定部(22)と、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)が前記過渡応答解析に適していると判断された場合に、前記端子電流(電流Ib)及び前記端子間電圧(電圧Vb)に基づき、前記直列抵抗成分(Ri)、及び、並列容量成分(Cn)と並列抵抗成分(Rn)とが並列に接続された並列接続回路が、直列に接続された回路を含む等価回路に還元されて実行される前記蓄電池(電池90)の前記過渡応答解析を行い、前記蓄電池(電池90)の前記蓄電池温度(温度T)における前記直列抵抗成分(Ri)を算出する解析部(24)と、前記蓄電池温度(温度T)における前記直列抵抗成分(Ri)を、予め定められた基準温度(Tst)における前記直列抵抗成分(Ri_st)に補正する第1補正部(解析後補正部25)と、前記基準温度(Tst)における前記直列抵抗成分(Ri_st)を基に、前記蓄電池(電池90)の蓄電容量(Q)の、前記蓄電池(電池90)の初期状態での蓄電容量(Q0)に対する減少割合である、容量低下率(D)を算出して、前記蓄電池(電池90)の劣化状態を診断する診断部(26)と、を備えている。
【0105】
上記の構成によれば、態様1と同様の効果を奏する。
【0106】
本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。さらに、実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を組み合わせることにより、新しい技術的特徴を形成することができる。
【符号の説明】
【0107】
1 劣化診断装置
10 測定部
21 抽出部
22 適否判定部
23 解析前補正部
24 解析部
25 解析後補正部(第1補正部)
26 診断部
90 電池
C1、Cn 並列容量成分
C0 直列容量成分
Ri 直列抵抗成分
R1、Rn 並列抵抗成分
Ib 電流(端子電流)
Ib1 第1定常電流
Ib2 第2定常電流
Vb 電圧(端子間電圧)
T 温度(蓄電池温度)
Tst 基準温度
tr1 第1所定変動期間
tr2 第2所定変動期間
te 抽出期間
Ri_st 基準温度における直列抵抗成分
D 容量低下率