(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025006214
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】ゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/201 20180101AFI20250109BHJP
G01N 23/202 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
G01N23/201
G01N23/202
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023106877
(22)【出願日】2023-06-29
(71)【出願人】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001368
【氏名又は名称】清流国際弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100129252
【弁理士】
【氏名又は名称】昼間 孝良
(74)【代理人】
【識別番号】100155033
【弁理士】
【氏名又は名称】境澤 正夫
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 幸
(72)【発明者】
【氏名】西辻 祥太郎
(72)【発明者】
【氏名】竹中 幹人
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001AA04
2G001BA14
2G001CA01
2G001CA04
2G001FA02
2G001FA06
2G001KA01
2G001LA05
(57)【要約】
【課題】加硫ゴム中のフィラー凝集体の分散状態を精度よく把握できるゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法を提供する。
【解決手段】フィラーの体積分率φが異なる複数の試料10の散乱プロファイルデータ20を演算装置3によりデータ処理することにより、全ての試料10でのフィラー凝集体の散乱プロファイルデータから抽出したフィラー散乱プロファイルデータ21を生成し、それぞれの試料10について、散乱プロファイルデータ20およびフィラー散乱プロファイルデータ21に基づいて算出される散乱強度比率S(q)と散乱ベクトルqとの関係を示す分散プロファイルデータ30を生成し、生成したそれぞれの分散プロファイルデータ30に基づいてそれぞれの試料10でのフィラー凝集体の分散状態を評価する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラーが配合された加硫ゴムを試料として、X線散乱法または中性子散乱法の測定により前記試料の散乱プロファイルデータを取得し、取得した前記散乱プロファイルデータを用いたゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法において、
前記フィラーの体積分率が異なる複数の前記加硫ゴムを前記試料としてそれぞれの前記散乱プロファイルデータを取得し、
それぞれの前記散乱プロファイルデータを演算装置によりデータ処理することにより、それぞれの前記散乱プロファイルデータにおける散乱ベクトル毎の散乱強度の逆数とそれぞれの前記体積分率との関係を利用して全ての前記試料でのフィラー凝集体の散乱プロファイルデータから抽出したフィラー散乱プロファイルデータを生成し、それぞれの前記試料について、取得した前記散乱プロファイルデータおよび前記フィラー散乱プロファイルデータに基づいて散乱強度比率を算出し、前記散乱強度比率と前記散乱ベクトルとの関係を示す分散プロファイルデータを生成し、生成したそれぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体の分散状態を評価するゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
【請求項2】
前記散乱プロファイルデータでは、前記散乱強度として、前記X線散乱法または前記中性子散乱法の測定により取得したそれぞれの前記試料での散乱強度をそれぞれの前記体積分率またはそれぞれの前記試料の厚さで補正した値を用いる請求項1に記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
【請求項3】
前記フィラー凝集体の分散状態の評価では、それぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体どうしの凝集体間距離の最頻値を算出し、算出した前記最頻値を評価指標として用いる請求項1または2に記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
【請求項4】
前記フィラー凝集体の分散状態の評価では、それぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体どうしの凝集体間距離の平均値を算出し、算出した前記平均値を評価指標として用いる請求項1または2に記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
【請求項5】
前記フィラー凝集体の分散状態の評価では、それぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体どうしの凝集体間距離の標準偏差を算出し、算出した前記標準偏差を評価指標として用いる請求項1または2に記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法に関し、より詳しくは、加硫ゴム中のフィラー凝集体の分散状態を精度よく把握できるゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤ、コンベヤベルトなどのゴム製品にはカーボンブラックやシリカなどのフィラーが配合されたゴムが用いられている。ゴム中のフィラー凝集体の分散状態はゴム製品の性能に影響を及ぼす。それ故、ゴム中のフィラー凝集体の分散状態を適切に評価する方法が求められている。
【0003】
シリカ配合の加硫ゴムとこの加硫ゴムを溶媒で膨潤させたものとを測定材料として用いて、それぞれの測定材料からX線散乱測定法によりそれぞれの散乱強度曲線を取得し、非膨潤のシリカ配合ゴムの散乱強度曲線と、溶媒で膨潤させたシリカ配合ゴムの散乱強度曲線を膨潤度で補正した値との比を用いてシリカアグリゲートの分散を評価する方法が提案されている(特許文献1参照)。特許文献1で提案されている方法では、膨潤させたシリカ配合ゴムでのフィラー凝集体の分散の情報S(q)≒1と見做せることを利用して、シリカ配合ゴム中のシリカアグリゲートの分散のみを定量化している。
【0004】
しかしながら、この方法は、溶媒を用いて膨潤させたシリカ配合ゴムを測定材料として用いている。それ故、この方法では、膨潤度のバラツキが生じ、これに伴い散乱強度の測定結果が変化するため、シリカアグリゲートの分散状態を正確に把握するには改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、加硫ゴム中のフィラー凝集体の分散状態を精度よく把握できるゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成する本発明のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法は、フィラーが配合された加硫ゴムを試料として、X線散乱法または中性子散乱法の測定により前記試料の散乱プロファイルデータを取得し、取得した前記散乱プロファイルデータを用いたゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法において、前記フィラーの体積分率が異なる複数の前記加硫ゴムを前記試料としてそれぞれの前記散乱プロファイルデータを取得し、それぞれの前記散乱プロファイルデータを演算装置によりデータ処理することにより、それぞれの前記散乱プロファイルデータにおける散乱ベクトル毎の散乱強度の逆数とそれぞれの前記体積分率との関係を利用して全ての前記試料でのフィラー凝集体の散乱プロファイルデータから抽出したフィラー散乱プロファイルデータを生成し、それぞれの前記試料について、取得した前記散乱プロファイルデータおよび前記フィラー散乱プロファイルデータに基づいて散乱強度比率を算出し、前記散乱強度比率と前記散乱ベクトルとの関係を示す分散プロファイルデータを生成し、生成したそれぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体の分散状態を評価することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フィラーの体積分率が異なる複数の加硫ゴムを試料として用いることにより、散乱ベクトル毎の散乱強度の逆数とフィラーの体積分率との関係を利用することが可能になり、それぞれの試料でのフィラー凝集体の分散状態を表す前記分散プロファイルデータを生成できる。したがって、生成した前記分散プロファイルデータによりそれぞれの試料でのフィラー凝集体の分散状態を精度よく把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図2】ゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法の実施形態の手順を例示するフロー図である。
【
図3】それぞれの試料の散乱プロファイルデータを例示するグラフ図である。
【
図4】散乱ベクトル毎の散乱強度の逆数と体積分率との関係を例示するグラフ図である。
【
図5】それぞれの試料の散乱プロファイルデータとフィラー散乱プロファイルデータとを例示するグラフ図である。
【
図6】それぞれの試料の分散プロファイルデータを例示するグラフ図である。
【
図7】実施例により算出したサンプル毎の凝集体間距離の平均値を例示するグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法を、図に示す実施形態に基づいて説明する。
【0011】
図1に例示する評価システム1は、ゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法を実施するために使用される。この評価方法では、まず、加硫ゴム中に配合されたフィラーの体積分率が異なる複数の試料10を用意して、X線散乱装置2によるX線散乱法の測定によりそれぞれの試料10の散乱プロファイルデータ20を取得する。次いで、それぞれの散乱プロファイルデータ20を演算装置3によりデータ処理することにより、後述する
図6に例示するそれぞれの試料10についての分散プロファイルデータ30を生成し、生成したそれぞれの分散プロファイルデータ30を用いてそれぞれの試料10でのフィラー凝集体の分散状態を評価する。
【0012】
まず、評価システム1について説明する。
【0013】
評価システム1は、X線散乱装置2と演算装置3とを備えている。演算装置3は種々のデータが入力、記憶され、これらデータを用いてデータ処理を行う。演算装置3は公知の種々のコンピュータを用いることができる。演算装置3は、中央演算処理部(CPU)4、主記憶部(メモリ)5、補助記憶部(例えば、HDD)6、入力部(キーボード、マウス)7、および、出力部(ディスプレイ)8を有している。補助記憶部6には、X線散乱装置2により取得した複数の散乱プロファイルデータ20が記憶されている。
【0014】
X線散乱装置2は、小角X線散乱法(SAXS)または超小角X線散乱法(USAXS)の測定が可能な公知の種々のX線散乱装置を用いることができる。小角X線散乱法の測定では、散乱角θとして、0.1°<2θ<10°の小角領域を用いて、試料10中に存在する1~100nm程度の大きさの電子密度の異なる領域ごとのX線の散乱強度I(q)を測定する。超小角X線散乱法の測定では、散乱角θとして、0°<2θ≦0.1°の超小角領域を用いて、試料10中に存在する1~1000nm程度の大きさの電子密度の異なる領域ごとのX線の散乱強度I(q)を測定する。X線散乱装置2には、研究室レベルの小型装置や大型施設の大型装置などを用いることができる。
【0015】
評価システム1は、X線散乱装置2により取得した複数の散乱プロファイルデータ20が演算装置3に入力されて、入力部7により所定のプログラムが起動されて実行されると、そのプログラムにより指示された各データ処理を演算装置3が実行する。そして、演算装置3が各データ処理を実行して得られた評価結果を出力部8に出力する。評価システム1は、演算装置3に複数の散乱プロファイルデータ20が記憶されていれば、X線散乱装置2を備える必要がない。
【0016】
次に、ゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法の手順について説明する。
【0017】
図2に例示するように、この評価方法では、まず、加硫ゴム中のフィラーの体積分率φ[vol%]が異なる複数の試料10を用意する(S110)。フィラーの体積分率φは、加硫ゴムを構成するそれぞれの配合成分を混合する前の状態でのそれらの配合成分の体積の合計に対するフィラーの体積の割合である。次いで、X線散乱装置2によりそれぞれの試料10の散乱プロファイルデータ20を取得する(S120)。次いで、取得したそれぞれの散乱プロファイルデータ20を演算装置3によりデータ処理することにより、試料10中のフィラー凝集体の分散状態を評価する(S130、S140)。以下に、各ステップ(S110~S140)の内容について詳述する。
【0018】
ステップ(S110)では、同じ加硫ゴムで実質的にフィラーの配合量のみを異ならせて、加硫ゴム中のフィラーの体積分率φが異なる複数のサンプルを製造し、製造したそれぞれのサンプルを試料10として用いる。同じ加硫ゴムどうしでは、フィラー成分を除いて、それぞれの配合成分(ゴム成分や添加剤の種類)が実質的に同一であり、かつ、混合条件(混練ミキサでの、混合温度、混合時間、ロータの回転速度、混練ミキサから排出した時の未加硫ゴムの温度など)や加硫条件(加硫温度、加硫圧力、加硫時間など)の製造条件も実質的に同一である。フィラーの体積分率φを異ならせて用意するサンプル(試料10)の種類数は、例えば、三つ以上である。
【0019】
試料10に用いる加硫ゴムは、カーボンブラック、シリカ、炭酸カルシウムなどのフィラーが配合された未加硫ゴムを加硫して製造される。加硫ゴムのゴム成分は加硫剤により加硫可能なゴム成分であればよく、天然ゴム(NR)、あるいは、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブタジエンゴム(BR)、イソプレンゴム(IR)などの合成ゴムが例示される。加硫剤(架橋剤)としては、ゴム成分の鎖状高分子を示す分子鎖どうしを加硫(架橋)可能であればよく、有機過酸化物や硫黄が例示される。加硫ゴムには、加硫剤とフィラー以外の、カップリング剤、加硫促進剤、老化防止剤、難燃剤、補強材、および、着色剤などの公知の種々の配合剤が配合されていてもよい。
【0020】
同じ加硫ゴムでフィラーの配合量を異ならせる場合、フィラーとしてシリカを用いる時は、フィラーの配合量に応じて、カップリング剤の配合量も異ならせる。したがって、フィラーであるシリカの体積分率φが異なる試料10では、フィラーに加えて少なくともカップリング剤の配合量も異なっている。本発明では、このように厳密にフィラーのみの配合量を異ならせた試料10を用いるのではなく、実質的にフィラーのみの配合量を異ならせた試料10を用いる。
【0021】
このステップ(S110)では、実質的にフィラーの体積分率φのみが異なっている複数種類の試料10を1組として扱う。所望の加硫ゴムでのフィラー凝集体の分散状態を評価したい場合、所望の加硫ゴムの試料10と、その試料10に対して実質的にフィラーの配合量のみを異ならせた別の1種類以上の試料10とが1組として用いられる。また、所望の加硫ゴムにおける混合条件や加硫条件などの製造条件の違いに起因するフィラー凝集体の分散状態を評価したい場合、所望の加硫ゴムの試料10と、その試料10に対して実質的にフィラーの配合量のみを異ならせた別の1種類以上の試料10との1組と、その1組の試料10とは異なる製造条件で製造された別の1組以上の試料10が用いられる。
【0022】
それぞれの試料10でのフィラーの体積分率φは任意に選択できるが、それぞれの試料10の中にフィラーの体積分率φが10vol%未満の試料10が含まれていることが好ましく、その体積分率φが1vol%以上5vol%以下の試料10が含まれていることがより好ましい。フィラーの体積分率φが0vol%により近い試料10を用意することで、その試料10でのフィラー凝集体の分散状態を基準にすることにより、フィラーの体積分率φの増加によるフィラー凝集体の分散状態の変化を把握できる。
【0023】
実施形態では、フィラーの体積分率φ以外の配合および製造条件を実質的に同一にして、フィラーの体積分率φが異なる4種類のサンプルを製造し、それぞれのサンプルから公知のウルトラミクロトームを用いて薄切片を切り取り、その薄切片を試料10とした。それぞれの試料10でのフィラーの体積分率φは、例えば、5vol%、10vol%、15vol%、20vol%である。
【0024】
ステップ(S120)では、X線散乱装置2による小角X線散乱法あるいは超小角X線散乱法の測定によりそれぞれの試料10の散乱プロファイルデータ20を取得する。このステップ(S120)では、X線散乱装置2により、それぞれの試料10に対してX線を照射して散乱したX線の中の所定の散乱ベクトルq〔nm-1〕の領域に現れるX線の散乱強度I(q)〔a.u.〕を測定して、それぞれの散乱プロファイルデータ20を取得する。一例として、散乱プロファイルデータ20を、X線散乱装置2によるX線散乱法の測定により取得したが、中性子散乱装置による中性子散乱法の測定により取得することもできる。散乱ベクトルqは、散乱角をθとし、入射線の波長をλとして、下記の数式(1)で表される。
【0025】
【0026】
図3に例示するそれぞれの試料10の散乱プロファイルデータ20は、X線散乱装置2によるX線散乱法の測定結果に基づいて作成されたものである。
図3中では、横軸が散乱ベクトルq〔nm
-1〕、縦軸が測定で得られた散乱強度I(q)をそれぞれの試料10の体積分率φで補正した値である補正散乱強度I(q)/φ〔a.u.〕を示す。縦軸には、測定で得られた散乱強度I(q)をそのまま用いることもできるが、補正散乱強度I(q)/φを用いることが好ましい。この補正散乱強度I(q)/φを用いることにより、
図3のグラフ図に示される散乱プロファイルデータ20には、フィラー凝集体の分散状態に応じた変化がより顕著に現れる。なお、測定により取得した散乱強度I(q)は、X線散乱装置2の試料や真空チューブの窓材、空気などに起因する寄生散乱が公知の種々の寄生散乱の補正手法を用いて補正されている。
【0027】
図3に記載されている散乱プロファイルデータ20は、それぞれの試料10毎に、散乱ベクトルqと補正散乱強度I(q)/φとの該当位置にプロットした点群(図示しない)を近似したものである。
図3中の実線、破線、一点鎖線、二点鎖線のそれぞれは、フィラーの体積分率5vol%、10vol%、15vol%、20vol%の試料10の散乱プロファイルデータ20を示している。
【0028】
それぞれの散乱プロファイルデータ20には、散乱ベクトルqが0.01nm-1以上0.2nm-1以下の範囲の補正散乱強度I(q)/φが含まれている。その範囲の補正散乱強度I(q)/φには、フィラー凝集体に起因した散乱強度(後述するフィラー散乱強度Iagg(q))が含まれている。このように、散乱ベクトルqの範囲が0.01nm-1以上0.2nm-1以下の範囲を含むことで、フィラー凝集体の散乱強度の解析には有利になる。また、その範囲内の散乱強度I(q)を測定するために、X線散乱装置2による測定では、小角X線散乱法あるいは超小角X線散乱法を用いることが好ましい。
【0029】
ステップ(S130)では、演算装置3によりそれぞれの散乱プロファイルデータ20を解析して複数の分散プロファイルデータ30を生成するデータ処理が実行される。具体的に、演算装置3は、それぞれの散乱プロファイルデータ20から全ての試料10でのフィラー凝集体のみの散乱プロファイルデータからスクリーニング(抽出)してフィラー散乱プロファイルデータ21を生成する。次いで、演算装置3は、それぞれの試料10毎に以下のデータ処理を実行する。まず、演算装置3は、散乱プロファイルデータ20とフィラー散乱プロファイルデータ21との散乱強度の比率である散乱強度比率S(q)を散乱ベクトル(q)毎に算出する。次いで、演算装置3は、散乱強度比率S(q)と散乱ベクトル(q)との関係を示す分散プロファイルデータ30を生成する。演算装置3は、以上のデータ処理を試料10毎に実行して、それぞれの試料10の分散プロファイルデータ30を生成する。フィラー散乱プロファイルデータ21のスクリーニングでは、それぞれの散乱プロファイルデータ20における散乱ベクトルq毎の補正散乱強度I(q)/φの逆数とそれぞれの体積分率φとの関係を利用する。
【0030】
図4に例示するグラフ図は、散乱ベクトルq毎の補正散乱強度I(q)/φの逆数と体積分率φとの関係の一例を示している。
図4中の白丸点、白四角点、白三角点、クロス点は、それぞれの試料10(体積分率5vol%、10vol%、1vol%5、20vol%)の散乱プロファイルデータ20について、所定の散乱ベクトルq(q1、q2、・・・、q7)と補正散乱強度の逆数(log(φ/I(q))とを該当位置にプロットしたものである。所定の散乱ベクトルq(q1、q2、・・・、q7)は、0.01nm
-1以上0.2nm
-1以下の範囲の中から任意に選択される。所定の散乱ベクトルqの数は、例えば、20個以上であればよい。
図4中の各曲線は、プロットした点群を散乱ベクトルq(q1、q2、・・・、q7)毎に分類して、散乱ベクトルq毎に近似した曲線を示している。
図4中の太実線、太破線、中間実線、中間破線、一点鎖線、二点鎖線、細実線のそれぞれは、散乱ベクトルq1、q2、・・・、q7の近似曲線を示している。それぞれの近似曲線から、散乱強度I(q)/φの逆数は、体積分率φに依存する関係にあり、その関係は体積分率φを変数とした二次関数として表されることが分かる。
【0031】
フィラー散乱プロファイルデータ21の生成では、
図4中の各近似曲線に対して下記の数式(2)に示す式を曲線回帰させることにより、各近似曲線でのフィラー散乱強度I
agg(q)、定数A
2、A
3をそれぞれ算出する。次いで、散乱ベクトルqのフィラー散乱強度I
agg(q)の関数として、フィラー散乱プロファイルデータ21を生成する。
【0032】
【0033】
図5に例示するグラフ図では、上述した
図3のグラフ図にフィラー散乱プロファイルデータ21が追加されている。フィラー散乱プロファイルデータ21は、散乱ベクトルqのフィラー散乱強度I
agg(q)の関数であり、全ての試料10でのフィラー凝集体のみの散乱プロファイルデータが統合されている。
【0034】
分散プロファイルデータ30を生成では、それぞれの散乱プロファイルデータ20とフィラー散乱プロファイルデータ21との散乱強度の比率である散乱強度率S(q)をそれぞれの試料10について算出する。次いで、散乱ベクトルqの散乱強度比率S(q)の関数としてそれぞれの試料10の分散プロファイルデータ30を生成する。散乱強度比率S(q)は、下記の数式(3)で表される。
【0035】
【0036】
図6に例示するそれぞれの分散プロファイルデータ30は、それぞれの試料10毎に、散乱ベクトルqと散乱強度比率S(q)との該当位置にプロットした点群(図示しない)を近似したものである。
図6中の実線、破線、一点鎖線、二点鎖線のそれぞれは、フィラーの体積分率5vol%、10vol%、15vol%、20vol%の試料10の分散プロファイルデータ30を示している。
【0037】
ステップ(S140)では、それぞれの分散プロファイルデータ30に基づいてそれぞれの試料10でのフィラー凝集体の分散状態を評価する。評価するフィラー凝集体の分散状態とは、試料10に存在するフィラー凝集体どうしの凝集体間距離や拡散具合である。散乱強度比率S(q)は、補正散乱強度I(q)/φに含まれるフィラー凝集体のみの散乱強度の大きさを示すので、試料10でのフィラー凝集体の大きさや形状などの粒子内干渉効果、凝集体間距離などの粒子間干渉効果を示している。即ち、分散プロファイルデータ30は、試料10でのフィラー凝集体の凝集体間距離や拡散具合を表している。それ故、それぞれの分散プロファイルデータ30に基づいて、それぞれの試料10での分散状態を把握できる。例えば、上述した
図6では、フィラーの体積分率が5vol%の試料10での凝集体間距離が他の試料10に比して長く、分散状態が疎であると推定できる。このように、生成した分散プロファイルデータ30に基づいて、加硫ゴム中のフィラー凝集体の分散状態を精度よく把握することが可能になる。
【0038】
具体的に、ステップ(S140)では分散プロファイルデータ30から評価指標を算出し、算出した評価指標を用いて試料10でのフィラー凝集体の分散状態を定量化して評価する。評価指標には、それぞれの試料10での凝集体間距離の最頻値dを用いることができる。凝集体間距離の最頻値dは、それぞれの分散プロファイルデータ30のピークに基づく。詳述すると、まず、それぞれの分散プロファイルデータ30における散乱強度比率S(q)が最も大きくなる散乱ベクトルqmaxを特定する。次いで、特定したそれぞれの散乱ベクトルqmaxに基づいてそれぞれの試料10での凝集体間距離の最頻値dを算出する。凝集体間距離の最頻値dは2π/qmaxで求めることができる。最頻値dが長い程、分散状態が疎であり、最頻値dが短い程、分散状態が密である。
【0039】
また、評価指標には、それぞれの試料10での凝集体間距離の平均値ξPBGと標準偏差σを用いることができる。平均値ξPBGと標準偏差σは、下記の数式(4)~(7)を用いて算出される。下記の数式(4)~(7)では、凝集体間距離をξとし、凝集体間距離ξの対数正規分布関数をP(ξ)とし、球状振幅構造関数をθ(q、ξ)とし、パッキングファクタ(充填率)をpとする。
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
算出した凝集体間距離の平均値ξPBGが長い程、分散状態は疎であり、平均値ξPBGが短い程、分散状態は密である。また、算出した標準偏差σが大きい程、フィラー凝集体どうしの凝集体間距離のばらつきが大きく、分散状態は不均一であり、標準偏差σが小さい程、凝集体間距離のばらつきが小さく、分散状態は均一である。評価指標は、凝集体間距離の平均値ξPBGのみを用いることもでき、凝集体間距離の標準偏差σのみを用いることもできる。また、評価指標は、凝集体間距離の最頻値d、平均値ξPBG、標準偏差σのそれぞれを用いることもできる。評価指標は、それぞれの分散プロファイルデータ30に基づいて算出されるものであればよい。
【0045】
以上のように本実施形態によれば、フィラーの体積分率φが異なる複数の試料10を用いることにより、散乱ベクトルq毎の補正散乱強度I(q)/φの逆数とフィラーの体積分率φとの関係を利用することが可能になる。そして、その関係を利用して、それぞれの散乱プロファイルデータ20から全ての試料10でのフィラー凝集体のみの散乱プロファイルデータを統合したフィラー散乱プロファイルデータ21を高精度にスクリーニングできる。測定で取得した散乱プロファイルデータ20とスクリーニングしたそのフィラー散乱プロファイルデータ21とを用いて得られた散乱強度比率S(q)と散乱ベクトルqとの関係を示す分散プロファイルデータ30は、それぞれの試料10でのフィラー凝集体の凝集体間距離や拡散具合を表している。それ故、それぞれの分散プロファイルデータ30に基づいて、それぞれの試料10でのフィラー凝集体の分散状態を精度よく把握できるので、その分散状態を実体に即して評価できる。
【0046】
また、本実施形態によれば、実質的にフィラーの体積分率φのみが異なる複数の試料10を用意すればよく、試料10に用いる加硫ゴムでのフィラーの配合量を特に制限する必要がない。それ故、フィラーの配合量が異なる様々な加硫ゴムでのフィラー凝集体の分散状態を評価できるので、加硫ゴムを使用したゴム製品の開発、研究に大いに寄与する。
【0047】
既述した実施形態では、散乱プロファイルデータ20を測定で得られた散乱強度I(q)を体積分率φで補正した補正散乱強度I(q)/φを用いたが、測定で得られた散乱強度I(q)を試料10の厚さで補正した値を用いてもよい。具体的には、散乱強度I(q)を試料10の厚さで除算した値を用いる。
【0048】
本発明は特定の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲において、種々の変形・変更が可能である。
【実施例0049】
下記の表1に例示する4種類の加硫ゴムの試料(サンプル1~サンプル4)を用いて、上述した
図2に例示する評価方法と同様の方法を用いて、評価指標として各サンプルでの凝集体間距離の平均値ξ
PBGを算出した。表1は、各サンプルの配合データを示していて、添加剤の配合量をポリマー(スチレンブタジエンゴム)100質量部に対する質量部として示している。混合条件や加硫条件などの製造条件を実質的に同一として、実質的にシリカの体積分率のみを5vol%、10vol%、15vol%、20vol%に異ならせたサンプル1~サンプル4を製造した。
【0050】
【0051】
X線散乱装置2では、カメラ距離を8mとし、X線のエネルギーを6.2keVとして小角X線散乱法を用いて各試料10の散乱プロファイルデータ20を取得した。取得したそれぞれの散乱プロファイルデータ20での散乱ベクトルqの範囲は、0.01nm-1~0.2nm-1であった。
【0052】
図7に例示するグラフ図は、
図2に例示する評価方法と同様の方法を用いて算出した各サンプルの凝集体間距離の平均値ξ
PBGを示している。
図7中の黒点は、各サンプルの体積分率φと算出した凝集体間距離の平均値ξ
PBGとの該当位置にプロットしたものである。配合されたフィラーの体積分率φの増加に伴って各サンプルでの凝集体間距離の平均値ξ
PBGが短くなり、フィラー凝集体の分散状態が密になっていることが分かる。
【0053】
本開示は、以下の発明を包含する。
発明(1):フィラーが配合された加硫ゴムを試料として、X線散乱法または中性子散乱法の測定により前記試料の散乱プロファイルデータを取得し、取得した前記散乱プロファイルデータを用いたゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法において、
前記フィラーの体積分率が異なる複数の前記加硫ゴムを前記試料としてそれぞれの前記散乱プロファイルデータを取得し、
それぞれの前記散乱プロファイルデータを演算装置によりデータ処理することにより、それぞれの前記散乱プロファイルデータにおける散乱ベクトル毎の散乱強度の逆数とそれぞれの前記体積分率との関係を利用して全ての前記試料でのフィラー凝集体の散乱プロファイルデータから抽出したフィラー散乱プロファイルデータを生成し、それぞれの前記試料について、取得した前記散乱プロファイルデータおよび生成した前記フィラー散乱プロファイルデータに基づいて散乱強度比率を算出し、前記散乱強度比率と前記散乱ベクトルとの関係を示す分散プロファイルデータを生成し、生成したそれぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体の分散状態を評価するゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
発明(2):前記散乱プロファイルデータでは、前記散乱強度として、前記X線散乱法または前記中性子散乱法の測定により取得したそれぞれの前記試料での散乱強度をそれぞれの前記体積分率またはそれぞれの前記試料の厚さで補正した値を用いる発明(1)に記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
発明(3):前記フィラー凝集体の分散状態の評価では、それぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体どうしの凝集体間距離の最頻値を算出し、算出した前記最頻値を評価指標として用いる発明(1)または(2)に記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
発明(4):前記フィラー凝集体の分散状態の評価では、それぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体どうしの凝集体間距離の平均値を算出し、算出した前記平均値を評価指標として用いる発明(1)~(3)のいずれかに記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。
発明(5):前記フィラー凝集体の分散状態の評価では、それぞれの前記分散プロファイルデータに基づいてそれぞれの前記試料での前記フィラー凝集体どうしの凝集体間距離の標準偏差を算出し、算出した前記標準偏差を評価指標として用いる発明(1)~(4)のいずれかに記載のゴム中のフィラー凝集体の分散状態の評価方法。