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2025-62292コイルばねの製造方法及びコイルばねの加工装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025062292
(43)【公開日】2025-04-14
(54)【発明の名称】コイルばねの製造方法及びコイルばねの加工装置
(51)【国際特許分類】
   B21F 3/02 20060101AFI20250407BHJP
   B21J 5/06 20060101ALI20250407BHJP
   C21D 7/02 20060101ALN20250407BHJP
【FI】
B21F3/02 Z
B21J5/06 F
C21D7/02 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023171248
(22)【出願日】2023-10-02
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】早川 守
(72)【発明者】
【氏名】寺本 真也
(72)【発明者】
【氏名】千葉 隆弘
【テーマコード(参考)】
4E070
4E087
【Fターム(参考)】
4E070AB09
4E070AD03
4E070EA05
4E070FA01
4E087CA46
4E087CB03
4E087DB07
4E087EA20
(57)【要約】
【課題】疲労特性に優れたコイルばねの製造方法を提供する。
【解決手段】コイルばねの製造方法は、コイル状に成形するための曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える工程を含む。
【選択図】図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コイル状に成形するための曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える工程を含む、コイルばねの製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記全周面圧縮負荷を加える工程で加える圧縮応力が、前記素線の引張強度に相当する応力以上である、コイルばねの製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記全周面圧縮負荷を加える工程における前記素線の縮径率が0.00125以上である、コイルばねの製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記全周面圧縮負荷を加える工程における前記素線の断面減少率が0.00250以上である、コイルばねの製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のコイルばねの製造方法であって、
コイル状に成型した後、300℃以上の温度に加熱する熱処理を行わない、コイルばねの製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記素線は、常温における基地の線膨張係数との差が3.0×10-6-1以上である介在物を含む、コイルばねの製造方法。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか一項に記載のコイルばねの製造方法であって、
前記素線の引張強度が2000MPa以上である、コイルばねの製造方法。
【請求項8】
コイル状に成形するための曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える、コイルばねの加工装置であって、
穴を有するガイド部材と、
前記穴の内部において、前記穴を通過する前記素線の、前記コイルばねの径方向の両側及び前記コイルばねの高さ方向の両側に配置される少なくとも4つのダイスと、
前記4つのダイスの少なくとも一つを前記コイルばねの径方向の一方側に押し込む打撃部材と、を備え、
前記穴は、前記一方側に向かって、前記コイルばねの高さ方向の寸法が小さくなるテーパ形状を有する、コイルばねの加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルばねの製造方法及びコイルばねの加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高サイクルの負荷を受ける高張力鋼の機械部品では、介在物等の内部欠陥を起点とする内部疲労破壊による部品の折損のリスクを低減することが必要となる。内部疲労破壊では、その起点となる介在物の大きさや高応力部位での介在物の存在確率が大きく影響を及ぼすと考えられる。従来、介在物を起点とする疲労限を予想する方法が定式化されており、一様な応力下ではこのような推定式による疲労限を予想することができる。このような考え方から、ショットピーニングや窒化を施し、圧縮残留応力を表面部に付与したコイルばねが開発されている。
【0003】
特許第4328047号公報には、中実線材や円形パイプ等の被加工材に複数のダイスで半径方向から繰返し打撃を加えて被加工材の断面積を減少させるスウェージングマシンが開示されている。
【0004】
国際公開第2014/077326号には、ショックアブソーバの内側と外側とで素線の径が異なる圧縮コイルばねを具備したストラット型懸架装置が開示されている。同文献には、スウェージング加工等によって径が変化する素線を成形した後、曲げ工程で螺旋状に成形して圧縮コイルばねにすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4328047号公報
【特許文献2】国際公開第2014/077326号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】R. W. Landgraf and R. C. Francis, “Material and processing effects on fatigue performance of leaf springs,” SAE Transactions, pp. 1485-1494, 1979
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ショットピーニングによって圧縮残留応力を付与する方法では、ショットピーニングによって圧縮残留応力を付与できる深さ(クロッシングポイント、0.5mm未満)までに存在する介在物の周りの鋼材の疲労特性を向上させることはできるものの、それよりも深い領域に存在する介在物の周りの鋼材の疲労特性を改善することはできない。より深部の領域に存在する介在物の周りの鋼材の疲労特性を改善することができれば、清浄度の低い材料でも高疲労強度を実現することが可能となり、プロセス削減による環境負荷低減や製造コストの低減につながるものと期待される。
【0008】
本発明の課題は、疲労特性に優れたコイルばねの製造方法を提供することである。本発明の他の課題は、疲労特性に優れたコイルばねを製造することができるコイルばねの加工装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法は、コイル状に成形するための曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える工程を含む。
【0010】
本発明の一実施形態によるコイルばねの加工装置は、コイル状に成形するための曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える、コイルばねの加工装置であって、穴を有するガイド部材と、前記穴の内部において、前記穴を通過する前記素線の、前記コイルばねの径方向の両側及び前記コイルばねの高さ方向の両側に配置される少なくとも4つのダイスと、前記4つのダイスの少なくとも一つを前記コイルばねの径方向の一方側に押し込む打撃部材と、を備え、前記穴は、前記一方側に向かって、前記コイルばねの高さ方向の寸法が小さくなるテーパ形状を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、疲労特性に優れたコイルばねが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法のフロー図である。
図2図2は、曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加えるための装置の一例の構成を模式的に示す平面図である。
図3図3は、図2のコイルばねの加工装置の正面図である。
図4図4は、曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加えるための装置の他の例の構成を模式的に示す平面図である。
図5A図5Aは、引張試験により得られた公称応力-公称ひずみ線図(σ-ε線図)である。
図5B図5Bは、引張試験により得られた真応力-塑性ひずみ線図(στ-ε線図)である。
図6図6は、数値計算の入力データとして仮定した単調引張、繰返し応力ひずみ線図である。
図7図7は、数値計算で使用した有限要素モデルの概略図である。
図8A図8Aは、変形解放後のモデル中央部断面の残留相当応力(Mises応力(σmises))の分布である。
図8B図8Bは、変形解放後のモデル中央部断面の残留垂直応力(σ)の分布である。
図8C図8Cは、変形解放後のモデル中央部断面の残留せん断応力(τxy)の分布である。
図9図9は、弾性限界及び全断面降伏モーメントにおける弾性・弾塑性の応力分布を示す図である。
図10図10は、モデル中央断面における残留相当応力σmisesの最大値と圧縮応力σcylとの関係を示す図である。
図11図11は、全周面圧縮負荷後の線径と圧縮応力σcylとの関係を示す図である。
図12A図12Aは、σcyl=2000MPaの全周面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留相当応力(Mises応力(σmises))の分布である。
図12B図12Bは、σcyl=2000MPaの全周面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留垂直応力(σ)の分布である。
図12C図12Cは、σcyl=2000MPaの全周面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留せん断応力(τxy)の分布である。
図13A図13Aは、σcyl=2200MPaの全周面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留相当応力(Mises応力(σmises))の分布である。
図13B図13Bは、σcyl=2200MPaの全周面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留垂直応力(σ)の分布である。
図13C図13Cは、σcyl=2200MPaの全周面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留せん断応力(τxy)の分布である。
図14図14は、Y方向の両側から2200MPaの面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留相当応力(Mises応力(σmises))の分布である。
図15図15は、Z方向の両側から2200MPaの面圧縮負荷を加えてから除荷したときの残留相当応力(Mises応力(σmises))の分布である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、鋼材中の介在物の種類と疲労特性との関係を調査している過程で、介在物の線膨張係数と疲労特性とに相関があることを見出した。具体的には、介在物の線膨張係数と基地(マトリックス)の線膨張係数との差が大きいほど、鋼材の疲労限度が低くなる傾向があることを見出した。このことから、介在物の周りの疲労強度の低下には、外力の影響の他に、熱応力の影響があることが示唆された。
【0014】
コイルばねの製造プロセスでは一般的に、素線をコイル状に成形する加工(コイリング)の後、コイリングによって生じた残留応力を除去するために、300~600℃程度での熱処理(残留応力除去焼鈍)が行われる。熱処理温度から常温に戻る際、基地の線膨張係数が介在物の線膨張係数よりも大きいため、基地は介在物の周りで十分に収縮することができず、介在物の周りの基地は介在物の周方向に引張応力を受ける。これによって、介在物の周りに引張残留応力が発生し、特に基地との線膨張係数差の大きい介在物の周りにおいて、疲労強度の低下が起こっていると考えられる。
【0015】
本発明者らは、コイリング時に生じる残留応力を熱処理によらずに除去する方法を検討した。具体的には、有限要素法を用いて、コイリング時の曲げ加工に相当する変形を付与したときに発生する残留応力を計算し、この残留応力を除去することができる加工方法を検討した。その結果、引張強度以上の大きさの全周面圧縮負荷を加えることで、残留応力を顕著に低減できることを確認した。
【0016】
このことから、コイリング後、コイルばね形状を保持したまま、全周面圧縮負荷を加えることで、コイリング後の熱処理を省略することができると考えられる。コイリング後の熱処理を省略できれば、基地と介在物との線膨張係数差によって生じる介在物周りの残留応力も低減することができる。これによって、従来有害と考えられていた介在物が存在しても、疲労強度が低下しないようにすることができる。また副次的な効果として、熱処理を省略することによる生産性の向上、コイルばねの硬さの向上が期待できる。
【0017】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法及びコイルばねの加工装置について説明する。
【0018】
[コイルばねの製造方法]
本実施形態によるコイルばねの製造方法で対象とするコイルばねは、コイルばねを構成する鋼材(素線)が、基地(マトリックス)との線膨張係数の差が3.0×10-6-1以上である介在物を含むものであることが好ましい。基地と介在物との線膨張係数の差が大きいほど、熱処理をした際に起こる介在物の周りでの疲労強度の低下が大きく、熱処理を省略する効果が大きくなるためである。基地と介在物との線膨張係数の差は、より好ましくは10.0×10-6-1以上であり、さらに好ましくは13.0×10-6-1以上である。基地と介在物との線膨張係数の差の上限は特に限定しないが、例えば23.0×10-6-1である。なお、「線膨張係数」及び「線膨張係数の差」は、常温(25℃)における値を意味するものとする。
【0019】
基地の線膨張係数は、鋼材の種類に依存するが、コイルばね用に用いられる鋼材では、概ね23.0×10-6-1程度である。したがって、介在物の線膨張係数は、20.0×10-6-1以下であることが好ましい。このような介在物としては例えば、TiB、TiC、TiN、ZrB、ZrC、ZrN、VB、VC、VN、NbB、NbC、TaB、TaC、CrN、Mo、MoC、W、WC、BC、SiC、SiB、Si、AlN、Al、AlTi、TiO、及びSiO等がある。すなわち、本実施形態によるコイルばねの製造方法は、介在物がTiB、TiC、TiN、ZrB、ZrC、ZrN、VB、VC、VN、NbB、NbC、TaB、TaC、CrN、Mo、MoC、W、WC、BC、SiC、SiB、Si、AlN、Al、AlTi、TiO、及びSiOからなる群から選択される1種又は2種以上であってもよい。
【0020】
コイルばねを構成する鋼材に含まれる介在物の円相当径は、50.0μm以下であることが好ましい。すなわち、コイルばねを構成する鋼材は、円相当径が50.0μmを超える介在物を含まないことが好ましい。50.0μmを超える介在物が存在すると、十分な疲労強度を確保することが困難な場合がある。コイルばねを構成する鋼材に含まれる介在物の円相当径は、より好ましくは45.0μm以下である。
【0021】
また、円相当径が1.0~50.0μmの介在物の数密度が、断面100mm当たり1個以上であることが好ましい。介在物の数密度が1個/100mm未満の場合には、介在物による鋼材の疲労強度への影響はもともと小さいと考えられるためである。なお、円相当径が1.0μm未満の介在物の数密度は特に限定しない。円相当径が1.0μm未満の介在物による鋼材の疲労強度への影響は小さいと考えられるためである。
【0022】
本実施形態によるコイルばねを構成する鋼材としては例えば、コイルばね用の鋼材として一般的に用いられる高張力鋼の鋼材を用いることができる。本実施形態によるコイルばねを構成する鋼材(素線)は、好ましくは1800MPa以上の引張強度(素線の長さ方向の引張強度。以下同じ。)を有し、より好ましくは2000MPa以上の引張強度を有する。
【0023】
図1は、本発明の一実施形態によるコイルばねの製造方法のフロー図である。この製造方法は、コイリング(ステップS1)及び全周面圧縮負荷(ステップS2)の各工程を含んでいる。
【0024】
まず、上述した鋼材に曲げ加工を施してコイル状に成形する(コイリング(ステップS1))。
【0025】
続いて、コイル状に成形するための曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える(ステップS2)。具体的には、曲げ加工を施した素線の周方向の全体から、素線の径方向に均一な圧縮負荷を加える。全周面圧縮負荷を加える工程(ステップS2)は、コイリングと同時に行ってもよい。具体的には、後述するコイルばねの加工装置をコイリング装置に組み込み、曲げ加工された直後の素線に対して全周面圧縮負荷を加えるようにしてもよい。
【0026】
全周面圧縮負荷を加える工程(ステップS2)で加える圧縮応力の大きさは、素線の引張強度に相当する応力の大きさ以上であることが好ましい。圧縮応力の大きさが小さくても残留応力を低減する効果はある程度得られるが、素線の引張強度に相当する応力の大きさ以上とすることで、残留応力を顕著に低減することができる。圧縮応力の大きさの下限は、より好ましくは引張強度の105%であり、さらに好ましくは引張強度の110%である。一方、圧縮応力の大きさを過剰に大きくしても、効果は飽和すると考えられる。圧縮応力の大きさの上限は、好ましくは引張強度の150%であり、より好ましくは引張強度の140%であり、さらに好ましくは引張強度の130%である。
【0027】
全周面圧縮負荷を加える工程(ステップS2)はあるいは、縮径率{(加工前の素線の直径-加工後の素線の直径)/加工前の素線の直径}が0.005(0.5%)以上となるようにしてもよい。縮径率の下限は、より好ましくは0.01であり、さらに好ましくは0.02である。縮径率の上限は、線材(素線)が破損しないかぎり大きい値でよいが、好ましくは0.16であり、より好ましくは0.08である。
【0028】
全周面圧縮負荷を加える工程(ステップS2)はあるいは、断面減少率{(加工前の素線の断面積-加工後の素線の断面積)/加工前の素線の断面積}が0.01(1.0%)以上となるようにしてもよい。断面減少率の下限は、より好ましくは0.02であり、さらに好ましくは0.04である。断面減少率の上限は、線材(素線)が破損しないかぎり大きい値でよいが、好ましくは0.30であり、より好ましくは0.15である。
【0029】
本実施形態によるコイルばねの製造方法は、全周面圧縮負荷を加えた後に必要に応じてさらにショットピーニングを施す工程を備えていてもよい。
【0030】
本実施形態によるコイルばねの製造方法は、コイリング後に300℃以上の温度に加熱する熱処理を行わないことが好ましい。コイルばねを300℃以上の温度に加熱すると、介在物の周りに引張残留応力が発生する場合がある。本実施形態によるコイルばねの製造方法は、コイリング後に200℃以上の温度に加熱する熱処理を行わないことがより好ましく、コイリング後に熱処理を行わないことがさらに好ましい。
【0031】
以上の工程によってコイルばねが製造される。本実施形態によれば、疲労特性に優れたコイルばねが得られる。
【0032】
[コイルばねの加工装置]
素線に全周面圧縮負荷を加える方法は特に限定されず任意の方法を用いることができるが、例えば以下に説明する装置を用いて実施することができる。
【0033】
[加工装置の例1]
図2は、曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える装置の一例であるコイルばねの加工装置10の構成を模式的に示す平面図である。図3は、コイルばねの加工装置10の正面図である。コイルばねの加工装置10は、ガイド部材11、少なくとも4つのダイス121~124、打撃部材13、及びガイド部材11を固定するための支持部材14を備えている。
【0034】
ガイド部材11は、少なくとも一つの面で開口した穴11aを有しており、ダイス121~124は、この穴11aの内部に配置されている。ガイド部材11は、コイルばねの素線wを通すための穴11b(図3)をさらに有している。穴11bは、ガイド部材11を貫通している。穴11bはまた、ガイド部材11の内部で穴11aと連続している。
【0035】
素線wは、図示しない送り装置によってガイド部材11の穴11bに送り込まれる。穴11a及び穴11bは、穴11bの一方の開口からガイド部材11の内部に入った素線wが、穴11aを通過した後、穴11bの他方の開口からガイド部材11の外部へ出ることができるように構成されている。
【0036】
ガイド部材11は、素線wを穴11bに通したときにコイルばねの他の部分と干渉しない形状を有している。ガイド部材11は例えば、コイルばねの径方向の寸法がコイルばねの内径よりも小さく、コイルばねの高さ方向(径方向と直交する方向)の寸法がコイルばねのピッチの2倍よりも小さい寸法である形状とすることができる。ガイド部材11はあるいは、素線wが通過する部分に凹部やスリット等を有する形状であってもよい。支持部材14も、コイルばねと干渉しないように配置されている。これによって、加工されるコイルばねの形状を維持することができる。
【0037】
ダイス121~124は、穴11aの内部において、穴11aを通過する素線wを4方向から囲むように配置されている。より具体的には、ダイス121~124は、穴11aを通過する素線wの、コイルばねの径方向の両側及びコイルばねの高さ方向の両側に配置されている。より詳しく説明すると、ダイス121は、コイルばねの径方向において、穴11aを通過する素線wよりもコイルばねの中心から遠い側に配置されている。ダイス122は、コイルばねの径方向において、穴11aを通過する素線wよりもコイルばねの中心に近い側に配置されている。ダイス123は、コイルばねの高さ方向において、穴11aを通過する素線wよりもコイルばねの高さ方向の一方端側に配置されている。ダイス124は、コイルばねの高さ方向において、穴11aを通過する素線wよりもコイルばねの高さ方向の他方端側に配置されている。ダイス121~124の各々は、素線wと接する面が、穴11aを通過する素線wの形状に沿った曲面であることが好ましい。
【0038】
穴11aは、コイルばねの径方向の中心側に向かって径が小さくなるテーパ形状を有している。穴11aは、より詳しくは、コイルばねの径方向の中心側に向かって、コイルばねの高さ方向(y方向)の寸法が小さくなるテーパ形状を有している。また、ダイス121~124の各々は、穴11aの内周面と接する面が穴11aの内周面に沿った形状を有しており、穴11aの内周面に沿って摺動できるように構成されている。
【0039】
打撃部材13は、図示しないアクチュエータに接続され、コイルばねの径方向に振動してダイス121に衝撃を加える。打撃部材13は、ダイス121を介して間接的に他のダイス122~124にも衝撃を加える。具体的には、ダイス121~124の各々は、コイルばねの中心側に移動する方向に衝撃を受ける。このとき、穴11aはコイルばねの中心側に向かって径が小さくなるテーパ形状を有しているため、ダイス123及び124の各々は、コイルばねの中心側に移動するとともに、穴11aの内周面に規制され、コイルばねの高さ方向において素線wに近づく方向に移動する。ダイス122も穴11aの内周面によって、コイルばねの中心から遠ざかる方向に反力を受ける。
【0040】
この構成によって、素線wには図2の白抜きの矢印で示すように4方向から圧縮応力が負荷される。素線wを送りながら打撃部材13を振動させることによって、素線wの全体に全周面圧縮負荷を加えることができる。
【0041】
打撃部材13が加える打撃エネルギーは、例えば10~80Jである。エネルギーE(J)はエネルギーを加える体積V(mm)から次の式で静水圧p(MPa)に変換できる。
p=1000E/V
例えば線素長さ0.758mm、直径4mmの円柱に20Jの打撃エネルギーを加えると、発生する静水圧pは2100MPaとなる。打撃エネルギーやダイス121~124の寸法を調整することで、素線に加える圧縮応力の大きさを調整することができる。
【0042】
コイルばねの加工装置10は、コイリング装置に組み込んでもよい。例えば、コイルばねの加工装置10を、コイリング装置の送り方向においてコイリングピンの後段に配置して、コイリングピンによって曲げ加工された直後の素線wに全周面圧縮負荷を加えるようにしてもよい。この場合、コイルばねの加工装置10とコイリング装置とで送り装置を共通にすることができる。
【0043】
図2及び図3では、コイルばねの径方向において、打撃部材13を加工対象の素線wよりもコイルばねの中心から遠い側に配置し、打撃部材13をコイルばねの中心側に押し込むことで素線wに全周面圧縮負荷を加える場合を説明した。しかしこれと反対に、コイルばねの径方向において、打撃部材13を加工対象の素線wよりもコイルばねの中心に近い側に配置し、打撃部材13をコイルばねの中心から遠い側に押し込むことで素線wに全周面圧縮負荷を加えてもよい。また、打撃部材13を押し込む方向は、コイルばねの径方向から傾斜していてもよい。
【0044】
[加工装置の例2]
図4は、曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加えるための装置の他の例であるコイルばねの加工装置20の構成を模式的に示す平面図である。コイルばねの加工装置20は、環状部材21、第1部材22、及び第2部材23を備えている。第1部材22及び第2部材23はヒンジ24によって連結されている。
【0045】
素線wは、図示しない送り装置によって環状部材21の内側を通るように送り込まれる。第1部材22及び第2部材23の少なくとも一方は、図示しないアクチュエータに接続され、ヒンジ24を中心に回転するように構成されている。環状部材21は、第1部材22と第2部材23との間に配置され、第1部材22及び第2部材23の少なくとも一方が回転することによって、第1部材22と第2部材23とに挟まれるように構成されている。環状部材21が第1部材22と第2部材23とに挟まれることによって、環状部材21が縮径し、環状部材21の内側を通る素線wは全周面圧縮負荷を受ける。
【0046】
素線wを送りながら第1部材22と第2部材23とを周期的に駆動することで、素線wの全体に全周面圧縮負荷を加えることができる。
【0047】
以上、曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加えるための装置の例を説明したが、これらは飽くまでも例示であって、曲げ加工を施した素線に全周面圧縮負荷を加える方法はこれらの装置を用いたものに限定されない。
【実施例0048】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明は、これらの実施例に限定されない。
【0049】
[材料モデル及び供試材]
材料モデルには移動硬化則を考慮したOak Ridge国立研究所モデル(ORNL)を用いた。本材料モデルは繰返し負荷により徐々に応力-ひずみ応答が変化し、10サイクル毎に硬化ないし軟化するモデルである。本材料モデルを用いることで、ばね鋼特有の繰返し加工軟化特性による残留応力の解放を模擬できると考えられる。
【0050】
数値計算に必要な材料物性の取得のため、実材料(供試材)を用いた試験を行った。供試材には、ばね用規格鋼SAE9254にバナジウムを添加した線材を用いた。機械的性質を表1に示す。本供試材は、実際のコイルばね同様の加工・熱処理プロセスを経た材料であり、コイルばねの塑性変形特性を評価するのに用いる材料として適している。
【0051】
【表1】
【0052】
供試材より小型試験片を作製し、引張試験を行った。引張試験により得られた公称応力-公称ひずみ線図(σ-ε線図)と真応力-塑性ひずみ線図(στ-ε線図)を図5A及び図5Bに示す。
【0053】
本供試材は繰返し軟化することが認められている。そこで、引張試験の公称応力-公称ひずみ線図を基準とし、先行研究(R. W. Landgraf and R. C. Francis, “Material and processing effects on fatigue performance of leaf springs,” SAE Transactions, pp. 1485-1494, 1979)の引張と繰返しの応力-ひずみ特性と同様の比率となるように図6に示す単調引張、繰返し応力ひずみ線図を仮定し、数値計算の入力データとした。本入力データは33%降伏応力が低下した値となっている。入力した材料物性を表2に示す。静的特性には下記のJohnson Cookのモデルでパラメータを設定し、繰返し特性は直接応力-塑性ひずみの関係を入力した。
σ=A+B(ε
【0054】
【表2】
【0055】
[有限要素モデル及び負荷、拘束条件]
有限要素モデルには、図7に示す単純な丸棒形状のモデルを用いた。より具体的には、8節点ソリッド要素の1次要素を用いて直径4mm、全長8mmの円柱形状を作成した。モデルの要素数は5120である。本モデルはまた、直径に対して21点の節点を有する。今回は簡便なモデル化を行うため、均一な曲げ負荷が加わる領域を対象として、一方の断面を対称拘束、他方の断面を多点拘束(MPC拘束)してZ軸回りの曲げモーメントを付与するモデルを用いた。対称拘束だけではモデルが固定されないため、対称拘束面はY,Z方向及び3軸回転を拘束して計算した。これらの対称拘束やMPC拘束によりエッジ部には高いひずみと応力が生じたため、均一な変形をしていると考えられるモデル中央部断面(X=4mmの面)を対象に評価した。
【0056】
上記のモデルを対象に、単調曲げとして、MPC拘束部である端面に-23600mm・Nのモーメントを付与した。-23600mm・Nのモーメントを負荷したときの変形量は、MPC拘束部である端面に30°の回転量を与えたときの変形量に相当し、これは平均径が30mmのコイルばねをコイリングする際の変形量に相当する。
【0057】
変形解放後のモデル中央部断面の残留応力分布を図8A図8Cに示す。図8Aは相当応力(Mises応力(σmises))の分布であり、図8Bは垂直応力(σ)の分布であり、図8Cはせん断応力(τxy)の分布である。
【0058】
図8Aに示すようにσmisesの最大値は中立軸で生じており、図8Cにおけるτxyのピーク位置と対応した。一般的に弾性における梁曲げでは、最大応力は梁の最上、最下面で生じ(図9(a))、中立面上で最大せん断応力が生じる(図9(e))。さらに完全弾塑性モデルを考えた塑性曲げの場合、最上部から弾性限までの領域は応力一定(図9(c))、全断面降伏モーメントMが加わった場合、極端なせん断塑性応力が中立軸に生じることになる(図9(h))。この極端なせん断塑性応力により引き起こされた塑性変形が中立軸の局所で生じ、除荷時に大きな残留応力が残ることになる。今回の解析結果を見ると中立面上で最大となるσmises及びτxyが生じており、全断面降伏によるせん断変形が残留応力発生の主因であることが分かる。
【0059】
[全周面圧縮負荷による残留応力の低減]
単調曲げ加工後、絞り負荷に相当する表面圧縮負荷(全周面圧縮負荷)を与える計算を行った。具体的には、モデルの曲面部に対し600~2400MPaの圧縮応力σcylを加え、除荷後の残留応力を評価した。
【0060】
モデル中央断面における残留相当応力σmisesの最大値と圧縮応力σcylとの関係を図10に、全周面圧縮負荷後の線径と圧縮応力σcylとの関係を図11に示す。図10に示すように、圧縮応力σcylの増加に伴ってσmisesが低下し、特に、素線の引張強度(2076MPa)以上の全周面圧縮負荷を加えると急激にσmisesが低下した。また、図11に示すように、素線の引張強度(2076MPa)以上の全周面圧縮負荷を加えると線径も急激に低下した。σcyl=2000MPa及びσcyl=2200MPaのときの線径はそれぞれ3.992mm(縮径率:0.0020(0.2%)、断面減少率:0.0040(0.4%))及び3.897mm(縮径率:0.0258(2.58%)、断面減少率:0.0508(5.08%))であった。
【0061】
急激にσmisesが低下する前後である、σcyl=2000MPaのときの残留応力分布を図12A図12Cに、σcyl=2200MPaのときの残留応力分布を図13A図13Cに示す。図8A図8Cの場合と同様に、図12A及び図13Aは相当応力(Mises応力(σmises))の分布であり、図12B及び図13Bは垂直応力(σ)の分布であり、図12C及び図13Cはせん断応力(τxy)の分布である。図13A及び図13Bから、σmisesが最大となっている箇所はσが最小となっている領域であり、σmisesが高くても高値の領域は圧縮残留応力が生じており、疲労強度への影響は軽微であるか、疲労強度は向上するものと考えられる。
【0062】
図14は、全周面圧縮負荷に代えて、Y方向(曲げモーメントの軸方向(Z方向)と直交する方向)の両側から各々45°分の領域に2400MPaの圧縮負荷を加えた場合の残留応力分布である。図15は、全周面圧縮負荷に代えて、Z方向(曲げモーメントの軸方向(Z方向)と平行な方向)の両側から各々45°分の領域に2400MPaの圧縮負荷を加えた場合の残留応力分布である。いずれの場合も残留応力が残っており、全周面圧縮負荷を加えた場合と比較して改善効果が小さかった。
【0063】
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、発明の範囲内で上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。
【符号の説明】
【0064】
10,20 コイルばねの加工装置
11 ガイド部材
121~124 ダイス
13 打撃部材
14 支持部材
21 環状部材
22 第1部材
23 第2部材
24 ヒンジ
w 素線
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図9
図10
図11
図12A
図12B
図12C
図13A
図13B
図13C
図14
図15