(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025006955
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】認知機能推定装置、認知機能推定方法、認知機能推定プログラムおよび認知機能推定システム
(51)【国際特許分類】
A61B 10/00 20060101AFI20250109BHJP
A61B 5/11 20060101ALI20250109BHJP
G06Q 50/22 20240101ALI20250109BHJP
【FI】
A61B10/00 H
A61B5/11 230
G06Q50/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023108027
(22)【出願日】2023-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】523250326
【氏名又は名称】磐井AI株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】弁理士法人信栄事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 明宏
【テーマコード(参考)】
4C038
5L099
【Fターム(参考)】
4C038VA12
4C038VA18
4C038VB14
5L099AA11
(57)【要約】
【課題】簡易かつ精度よく被験者の認知機能を推定できる認知機能推定装置を提供する。
【解決手段】認知機能推定装置は、歩行情報取得部と、推定パラメータ算出部と、判定部と、を備え、前記歩行情報取得部は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって得られる歩行情報を取得するように構成され、前記歩行情報は、歩行中の前記被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含み、前記推定パラメータ算出部は、前記歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出するように構成され、前記判定部は、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定するように構成される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歩行情報取得部と、推定パラメータ算出部と、判定部と、を備える認知機能推定装置であって、
前記歩行情報取得部は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって得られる歩行情報を取得するように構成され、
前記歩行情報は、歩行中の前記被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含み、
前記推定パラメータ算出部は、前記歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出するように構成され、
前記判定部は、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定するように構成される、
認知機能推定装置。
【請求項2】
前記推定パラメータ算出部は、前記認知機能推定パラメータとして、前記歩行情報に基づき最大遊脚速度、離床角度、一歩の最大踵高さおよび一歩の最大爪先高さからなる群から選択される少なくとも一つを算出するように構成され、
前記判定部は、前記最大遊脚速度、前記離床角度、前記一歩の最大踵高さおよび前記一歩の最大爪先高さからなる群から選択される少なくとも一つを含む前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定するように構成される、
請求項1に記載の認知機能推定装置。
【請求項3】
さらに、認知機能推定部を備え、
前記認知機能推定部は、軽度認知障害(MCI)があると判定された被験者について、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の認知機能レベルを推定する、請求項1または2に記載の認知機能推定装置。
【請求項4】
前記歩行情報は、前記被験者の腰に取り付けられた慣性センサによって計測される、前記被験者の腰の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方をさらに含む、請求項1または2に記載の認知機能推定装置。
【請求項5】
歩行情報取得工程と、推定パラメータ算出工程と、判定工程と、を有する認知機能推定方法であって、
前記歩行情報取得工程は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって計測される歩行情報を取得し、
前記歩行情報は、歩行中の前記被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含み、
前記推定パラメータ算出工程は、前記歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出し、
前記判定工程は、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定する、
認知機能推定方法。
【請求項6】
コンピュータに、歩行情報取得手順と、推定パラメータ算出手順と、判定手順とを実行させるための認知機能推定プログラムであって、
前記歩行情報取得手順は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって得られる歩行情報を取得し、
前記歩行情報は、歩行中の前記被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含み、
前記推定パラメータ算出手順は、前記歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出し、
前記判定手順は、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定する、
認知機能推定プログラム。
【請求項7】
請求項1または2に記載の認知機能推定装置と、測定デバイスとを備える認知機能推定システムであって、
前記測定デバイスは、慣性センサと、通信部とを備え、
前記通信部は、前記認知機能推定装置と通信可能であり、前記歩行情報を前記認知機能推定装置に送信可能である、
認知機能推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知機能推定装置、認知機能推定方法、認知機能推定プログラムおよび認知機能推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
被験者が認知症であるか否かの判定を簡易に行う方法が検討されている。特許文献1は、腰の加速度情報に基づく歩行データを利用して被験者が認知症か否かを判定する認知症判定プログラムを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
軽度認知障害(MCI)は、認知症には至っていないが記憶力や注意力等の認知機能に低下がみられる状態であり、いわば正常な状態と認知症の中間の状態に該当する。MCIの段階で適切な対処を行った場合、認知症に至ってから治療する場合と比べて回復する割合が高いことが知られている。したがって、MCIの段階で症状を発見することが重要である。しかしながら、MCIの段階で病院での検査を受けることは検査対象者の負担が大きい等の理由で難しい。また、従来の簡易な認知症の推定方法は、推定の精度が高くない。
【0005】
本発明は、簡易かつ精度よく被験者の認知機能を推定できる認知機能推定装置、認知機能推定方法、認知機能推定プログラムおよび認知機能推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る認知機能推定装置は、歩行情報取得部と、推定パラメータ算出部と、判定部と、を備え、
前記歩行情報取得部は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって得られる歩行情報を取得するように構成され、
前記歩行情報は、歩行中の前記被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含み、
前記推定パラメータ算出部は、前記歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出するように構成され、
前記判定部は、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定するように構成される。
【0007】
本発明に係る認知機能推定方法は、歩行情報取得工程と、推定パラメータ算出工程と、判定工程と、を有する認知機能推定方法であって、
前記歩行情報取得工程は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって計測される歩行情報を取得し、
前記歩行情報は、歩行中の前記被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含み、
前記推定パラメータ算出工程は、前記歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出し、
前記判定工程は、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定する。
【0008】
本発明に係る認知機能推定プログラムは、コンピュータに、歩行情報取得手順と、推定パラメータ算出手順と、判定手順とを実行させるための認知機能推定プログラムであって、
前記歩行情報取得手順は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって得られる歩行情報を取得し、
前記歩行情報は、歩行中の前記被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含み、
前記推定パラメータ算出手順は、前記歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出し、
前記判定手順は、前記認知機能推定パラメータに基づいて、前記被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定する。
【0009】
本発明に係る認知機能推定システムは、本発明に係る認知機能推定装置と、測定デバイスとを備える認知機能推定システムであって、
前記測定デバイスは、慣性センサと、通信部とを備え、
前記通信部は、前記認知機能推定装置と通信可能であり、前記歩行情報を前記認知機能推定装置に送信可能である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、簡易かつ精度よく被験者の認知機能を推定できる認知機能推定装置、認知機能推定方法、認知機能推定プログラムおよび認知機能推定システムを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る認知機能推定システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る認知機能推定装置の構成を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、測定デバイスの構成の一例を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、測定デバイスが取り付けられた歩行中の被験者を示す図である。
【
図5】
図5は、
図4の一部拡大図であり、測定デバイスの取り付けの態様の一例を示す図である。
【
図6】
図6は、本発明の一実施形態に係る認知機能推定装置における処理の一例を示すフローチャートである。
【
図7】
図7は、本発明の別の実施形態に係る認知機能推定装置の構成の一例を示すブロック図である。
【
図8】
図8は、本発明の別の実施形態に係る認知機能推定装置における処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施形態について説明する。ただし、本発明はこれらの実施形態に限定されるものではない。
【0013】
[実施形態1]
図1は、本発明の一実施形態に係る認知機能推定システム100を示すブロック図である。本発明の一実施形態に係る認知機能推定システム100は、認知機能推定装置1(以下、推定装置1と呼ぶ)と、測定デバイス2とを備える。推定装置1は、歩行情報取得部11と、推定パラメータ算出部12と、判定部13と、出力部14とを備える。測定デバイス2は、慣性センサ21と、通信部22とを備える。
図1に示すように、測定デバイス2の通信部22は、例えば、通信回線網3を介して推定装置1と通信可能である。ただし推定装置1と測定デバイス2との通信はこの態様に限定されず、例えば、ケーブルを利用した有線接続でもよいし、無線通信による無線接続でもよい。これにより、通信部22は、後述する歩行情報を推定装置1に送信可能となっている。認知機能推定システム100は、例えば、複数の測定デバイス2を備えてもよい。無線接続は、例えば、Wi-Fi(登録商標)、Bluetooth(登録商標)、LPWA(Low Power Wide Area)等が挙げられる。無線通信としては、各装置が直接通信する形態(Ad Hoc通信)、アクセスポイントを介した間接通信のいずれも用いることができる。本実施形態の推定装置1は、システムとしてサーバに組み込まれていてもよい。また、本実施形態の推定装置1は、本発明のプログラムがインストールされたパーソナルコンピュータ(PC)、タブレット端末等であってもよい。また、図示していないが、推定装置1は、例えば、通信回線網3を介して、システム管理者の外部端末とも接続可能であり、システム管理者は、外部端末から推定装置1の管理を実施してもよい。
【0014】
通信回線網3は、特に制限されず、公知のネットワークを使用でき、例えば、有線でもよいし、無線でもよい。通信回線網3は、例えば、インターネット回線、WWW(World Wide Web)、電話回線、LAN(Local Area Network)、Wi-Fi、LPWA(Low Power Wide Area)等であってもよい。
【0015】
図2は、本実施形態に係る推定装置1のハードウェア構成のブロック図である。推定装置1は、例えば、CPU(中央処理装置)101、メモリ102、バス103、記憶装置104、入力装置106、ディスプレイ107、通信デバイス108等を備える。推定装置1の各部は、それぞれのインタフェース(I/F)により、バス103を介して接続されている。
【0016】
CPU101は、例えばコントローラ(システムコントローラ、I/Oコントローラ等)等により他の構成と連携動作し、推定装置1の全体の制御を担う。推定装置1において、CPU101により、例えば、本発明のプログラム105やその他のプログラムが実行され、また、各種情報の読み込みや書き込みが行われる。具体的には、例えば、CPU101が、歩行情報取得部11、推定パラメータ算出部12、判定部13、および出力部14として機能する。推定装置1は、演算装置としてCPUを備えるが、CPUの代わりにGPU(Graphics Processing Unit)、APU(Accelerated Processing Unit)等の他の演算装置を備えてもよいし、CPUとこれらとの組合せを備えてもよい。
【0017】
メモリ102は、例えば、メインメモリを含む。メインメモリは、主記憶装置ともいう。CPU101が処理を行う際には、例えば、後述する記憶装置104(補助記憶装置)に記憶されている本発明のプログラム105等の種々の動作プログラムを、メモリ102が読み込む。そして、CPU101は、メモリ102からデータを読み出し、解読し、プログラムを実行する。メインメモリは、例えば、RAM(ランダムアクセスメモリ)である。メモリ102は、例えば、さらに、ROM(読み出し専用メモリ)を含む。
【0018】
バス103は、例えば、外部機器とも接続できる。外部機器の例としては、外部記憶装置(外部データベース等)、プリンタ等があげられる。推定装置1は、例えば、バス103に接続された通信デバイス108により、通信回線網3に接続でき、通信回線網3を介して、外部機器と接続することもできる。また、推定装置1は、通信デバイス108および通信回線網3を介して、測定デバイス2にも接続できる。
【0019】
記憶装置104は、例えば、メインメモリ(主記憶装置)に対して、いわゆる補助記憶装置ともいう。前述のように、記憶装置104には、本発明のプログラム105を含む動作プログラムが格納されている。記憶装置104は、例えば、記憶媒体と、記憶媒体に読み書きするドライブとを含む。記憶媒体は、特に制限されず、例えば、内蔵型でも外付け型でもよく、HD(ハードディスク)、SSD、FD(フロッピー(登録商標)ディスク)、CD-ROM、CD-R、CD-RW、MO、DVD、フラッシュメモリー、メモリーカード等であってもよい。ドライブは、特に制限されない。記憶装置104は、例えば、記憶媒体とドライブとが一体化されたハードディスクドライブ(HDD)であってもよい。推定装置1が、例えば記憶部を含む場合、記憶装置104は記憶部として機能する。
【0020】
推定装置1は、例えば、さらに入力装置106と、ディスプレイ107とを備える。入力装置106は、例えば、タッチパネル、トラックパッド、マウス等のポインティングデバイス;キーボード;カメラ、スキャナ等の撮像手段;ICカードリーダ、磁気カードリーダ等のカードリーダ;マイク等の音声入力手段;等であってもよい。ディスプレイ107は、例えば、LEDディスプレイ、液晶ディスプレイ等の表示装置であってもよい。本実施形態1において、入力装置106とディスプレイ107とは別個に構成されているが、タッチパネルディスプレイのように入力装置106とディスプレイ107とが一体として構成されてもよい。
【0021】
推定装置1において、メモリ102および記憶装置104は、ユーザからのアクセス情報およびログ情報、ならびに、外部データベース(図示せず)から取得した情報を記憶することも可能である。
【0022】
図3は、測定デバイス2のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
図3に示すように、測定デバイス2は、例えば、CPU201、メモリ202、バス203、記憶装置204、入力装置206、通信デバイス(通信部22)、ディスプレイ207、慣性センサ21等を備える。測定デバイス2の各部は、それぞれのインタフェース(I/F)により、バス203を介して接続されている。測定デバイス2において、慣性センサ21以外の各構成の説明は、推定装置1の各構成の説明を援用できる。
【0023】
慣性センサ21は、加速度、角速度またはその両方を測定可能なセンサである。慣性センサ21は、例えば3軸の加速度および3軸の角速度を測定可能な6軸センサである。測定デバイス2は、被験者の足に取り付けられ、慣性センサ21により被験者の足の加速度、角速度またはその両方を測定できるように構成されている。
【0024】
次に、本実施形態に係る認知機能推定システムによって認知機能を推定する処理の一例について説明する。
【0025】
図4は、本実施形態によって認知機能を推定する対象となる被験者Sを示す図である。まず、測定デバイス2が被験者Sの足に取り付けられる。測定デバイス2は被験者Sの足に直接貼り付けてもよいし、靴や靴下、タイツなどを挟んで間接的に取り付けてもよい。測定デバイス2が取り付けられる具体的な箇所は特に限定されず、被験者Sの足の甲、爪先、踵、側部、足の裏などに取り付けられうる。歩行時の衝撃等による測定データの乱れを少なくする観点から、足の甲または側部に測定デバイス2を取り付けることが好ましい。
図5は
図4の破線Vで囲まれた領域の拡大図であり、測定デバイス2の取り付けの態様の一例を示す図である。
図5に示す態様では、被験者Sの靴30のひもの足の甲に相当する位置に測定デバイス2が取り付けられている。
【0026】
測定デバイス2は、被験者の足に加えて被験者の腰にも取り付けられていることが好ましい。被験者の腰の動きから得られる歩行情報を併せて利用することで、認知機能の推定の精度がさらに向上する。
【0027】
測定デバイス2は、被験者の歩行情報を測定する。ここでの「歩行情報」とは被験者の歩行の状態を表す情報であり、具体的には慣性センサ21によって測定される歩行時の被験者の体の一部の加速度に関する情報または角速度に関する情報である。本実施形態において、歩行情報は歩行中の被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含む。歩行情報は、被験者の腰の加速度または角速度に関する情報をさらに含んでもよい。
【0028】
測定デバイス2は、通信部22により、通信回線網3を介して測定した歩行情報を推定装置1に送信する。このとき測定デバイス2は慣性センサ21が測定した被験者の足の加速度または角速度のデータをそのまま歩行情報として推定装置1に送信してもよいし、後述する認知機能推定パラメータの算出に必要なデータを抽出、あるいは演算により算出して、当該データを歩行情報として推定装置1に送信してもよい。また、後述する認知機能推定パラメータの一部または全部を測定デバイス2において算出し、算出した認知機能推定パラメータを歩行情報として推定装置1に送信してもよい。
【0029】
次に、推定装置1による処理を開始する。
図6は、推定装置1における処理の一例を示すフローチャートである。まず、推定装置1の歩行情報取得部11により、被験者の歩行情報を取得する(S1、歩行情報取得工程)。具体的には、歩行情報取得部11は、通信回線網3を介して測定デバイス2から送信された歩行情報を、通信デバイス108により取得する。また、推定装置1が記憶部を備える場合、推定装置1は取得した歩行情報を記憶部に記憶してもよい。推定装置1の記憶部が歩行情報を記憶している場合、歩行情報取得部11は、記憶部に記憶されている歩行情報を読み出し、被験者の歩行情報を取得してもよい。また、例えば測定デバイス2により測定された歩行情報がシステム外のデータベースに記憶されている場合、歩行情報取得部11は当該データベースから被験者の歩行情報を取得してもよい。
【0030】
次に、取得した歩行情報に基づいて、推定パラメータ算出部12により認知機能推定パラメータを算出する(S2、推定パラメータ算出工程)。認知機能推定パラメータは、被験者の認知機能を推定するための各種パラメータである。なお、測定デバイス2において認知機能推定パラメータが算出され当該認知機能推定パラメータが歩行情報として推定装置1に送信されている場合には、推定パラメータ算出部は、演算処理を行うことなく歩行情報をそのまま認知機能推定パラメータとして算出してもよい。
【0031】
認知機能推定パラメータの例としては、被験者の歩行時の歩調、立脚時間、接地時間/立脚時間、踵上げ時間/立脚時間、歩行速度、最大遊脚速度、離床角度、1歩の足軌道長、1歩の最大踵高さ、1歩の最大爪先高さ、歩幅、角速度波形類似度、加速度波形類似度が挙げられる。特に、MCIの状態にある者の場合、足が高く上がらず地面を擦るように歩く、いわゆる「すり足」の状態になる傾向がある。「すり足」の状態は、最大遊脚速度、離床角度、1歩の最大踵高さ、1歩の最大爪先高さ等のパラメータに顕著に反映される。したがって推定パラメータ算出部は、認知機能推定パラメータとして、「すり足」の状態が反映されやすいパラメータである最大遊脚速度、離床角度、一歩の最大踵高さおよび一歩の最大爪先高さの少なくとも一つを算出するように構成されていることが好ましい。このような構成とすることで、認知機能の判定の精度がさらに向上する。
【0032】
以下、認知機能推定パラメータの詳細について説明する。以下の説明において、x軸は被験者の歩行時の進行方向(前後方向)、y軸は左右方向、z軸は高さ方向(上下方向)を意味する。x軸、y軸およびz軸は
図4にも示されている。
【0033】
歩調は、単位時間あたりのステップ数である。一方の足が接地してから再び離地するまでを1ステップとして数える。
【0034】
立脚時間は、1ステップのうち立脚期にある状態の時間である。立脚期とは一方の足が接地している状態で他方の足が離地してから、他方の足が再び接地するまでの期間を意味する。
【0035】
接地時間は、足が接地してから再び離地するまでの時間であり、1ステップあたりの時間と言い換えることができる。
【0036】
踵上げ時間は、足全体が接地している状態において踵が離地してから、足全体が離地するまでの時間である。言い換えると、爪先は接地しているが踵は離地している状態にある時間である。
【0037】
最大遊脚速度は、足が離地してから再び接地するまでの期間(遊脚期)におけるx軸方向の足の最大速度である。
【0038】
離床角度は、足が離地する段階において、爪先が離地する瞬間における足と地面とがなす角度である。
【0039】
1歩の足軌道長は、足が離地してから再び接地するまでに足が描く軌道の長さであり、一方向の射影ではなく3次元空間上において計測される値である。1歩の最大踵高さとは、足が離地してから再び接地するまでに踵が達する最大の高さである。1歩の最大爪先高さとは、足が離地してから再び接地するまでに爪先が達する最大の高さである。
【0040】
波形類似度は、ある軸の加速度または角速度について一歩ごとに波形を切り取って複数の波形を重ね合わせたときに、それらの波形がどの程度類似しているかを示す指標である。本明細書では例えばx軸方向の加速度波形類似度を「x軸加速度波形類似度」、y軸方向の角速度波形類似度を「y軸角速度波形類似度」のように表記する。
【0041】
波形類似度は例えば以下の手順により算出される。まず波形のオフセット成分を除去し、ピーク値によって1歩(ストライド)ごとの波形Wjを特定する。次に、1歩ごとの波形が100点で構成されるように線形補間し、Wj(s)を得る(sは1以上100以下の整数)。次に、下記式(i)のように各ストライドWj(s)の平均をとりWmean(s)を得る。最後に各ストライドWjとWmeanとの類似度γjを下記式(ii)により算出し、類似度γjの平均値を波形類似度とする。
【0042】
【0043】
上述した認知機能推定パラメータのうち、立脚時間、接地時間、踵上げ時間、最大遊脚速度、離床角度、1歩の最大踵高さおよび1歩の最大爪先高さは、腰に取り付けた慣性センサによって測定された歩行情報のみから得ることはできず、足に取り付けた慣性センサによって測定された歩行情報を用いることで得られるパラメータである。
【0044】
次に、推定装置1の判定部13により、認知機能推定パラメータに基づいて、被験者のMCIの有無を判定する(S3、判定工程)。
【0045】
判定部13は、例えば、歩調、立脚時間、接地時間/立脚時間、踵上げ時間/立脚時間、歩行速度、最大遊脚速度、離床角度、1歩の足軌道長、1歩の最大踵高さ、1歩の最大爪先高さ、歩幅、角速度波形類似度、加速度波形類似度などの認知機能推定パラメータに基づいて、以下の式(1)により被験者がMCIであるか否かの判定を行う。式(1)においてx1~xnは認知機能推定パラメータであり、α1~αnおよびβは係数であり、pは確率である。α1~αnおよびβの係数は、例えば後述する実施例のように二項ロジスティック回帰分析を行うことにより決定できる。MCIであるか否かの判定にあたっては、例えば算出した認知機能推定パラメータを式(1)に代入して確率pを求め、pが0.5以上であればMCIであると判定し、pが0.5未満であればMCIでないと判定する。
【0046】
【0047】
次に、出力部14は、判定部13による判定の結果を出力する(S4、出力工程)。出力部14は、例えば判定結果をディスプレイ107に出力してもよいし、通信デバイス108を介して、外部の装置に出力してもよい。外部の装置は、例えば、プリンタなどの印刷機、タブレット端末などの携帯端末、および測定デバイス2等であってもよい。そして、推定装置1による処理を終了する。
【0048】
出力部14が測定デバイス2に判定結果を出力する場合、測定デバイス2のディスプレイ207は、判定結果を表示可能であってもよい。
【0049】
本実施形態によれば、被験者の足の加速度または角速度に関する情報を含む歩行情報を用いて認知機能を推定するため、被験者がMCIであるか否かを精度よく推定できる。
【0050】
[実施形態2]
次に、本発明の別実施形態について説明する。
図7は、本実施形態の推定装置1Aの一例の構成を示すブロック図である。
図7に示すように、推定装置1Aは、上述した推定装置1の構成に加えて、さらに、認知機能推定部15を備える。推定装置1Aのハードウェア構成は、CPU101が
図7の推定装置1Aの構成を備える以外は、
図2の推定装置1と同様である。
【0051】
本実施形態の推定装置1A、および測定デバイス2を含む推定システムにおける処理の一例を、
図8のフローチャートに基づいて説明する。
図8は、推定装置1Aの処理(S1~S3、S11、S4)の一例を示すフローチャートである。本態様による認知機能を推定する処理の一例について以下で説明する。
【0052】
まず、歩行情報取得工程S1、推定パラメータ算出工程S2、判定工程S3については上述の推定装置1による処理と同様にして、被験者がMCIであるか否かを判定する。
【0053】
判定工程S3においてMCIであると判定した場合(S3においてYES)、推定装置1Aの認知機能推定部15は、被験者の認知機能レベルを推定する(S11、認知機能推定工程)。
【0054】
認知機能推定部15による被験者の認知機能レベルの推定は、例えば事前に決定した回帰式を用いて推定することができる。認知機能レベルは、例えば改定長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-Rスコア)や、ミニメンタルステート検査(MMSE)に基づいて推定することができる。例えばHDS-Rスコアに基づく場合、まず複数の被験者のHDS-Rスコア、および歩行情報から得られる認知機能推定パラメータを測定する。次にHDS-Rスコアを従属変数とし、認知機能推定パラメータを独立変数として重回帰分析を行い、HDS-Rスコアを推定する回帰式(2)における係数α1’~αn’およびβ’を決定する。このようにして得られる回帰式(2)に被験者の認知機能推定パラメータを代入することで、当該被験者の認知機能レベル(推定されるHDS-Rスコア)を算出できる。
【0055】
【0056】
そして、推定装置1Aの出力部14は、判定工程S3における判定の結果および認知機能推定工程S11で算出した認知機能レベルの少なくとも一方を出力する(S4、出力工程)。出力部14は、例えば、MCIであると判定された被験者について、判定結果および認知機能レベルを出力し、MCIでないと判定された被験者(判定工程S3においてNO)については、判定結果を出力する。そして、推定装置1Aによる処理を終了する。
【0057】
本実施形態によれば、被験者がMCIであるか否かの判定に加えてさらに認知機能レベルを推定することで、被験者の認知機能をより詳細に推定することができる。
【0058】
[実施形態3]
本発明のさらに別の実施形態は、認知機能推定方法に関する。本実施形態に係る認知機能推定方法は、
図6のフローチャートに示される歩行情報取得工程S1と、推定パラメータ算出工程S2と、判定工程S3と、を有する認知機能推定方法である。認知機能推定方法は、さらに出力工程S4を有してもよい。
【0059】
歩行情報取得工程S1は、被験者の足に取り付けられた慣性センサ21によって計測される歩行情報を取得する工程である。歩行情報は、歩行中の被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含む。推定パラメータ算出工程S2は、歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出する工程である。判定工程S3は、認知機能推定パラメータに基づいて、被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定する工程である。出力工程S4は、判定工程S3における判定の結果を出力する工程である。
【0060】
図8のフローチャートに示されるように、本実施形態に係る認知機能推定方法は、判定工程S3においてMCIであると判定された被験者の認知機能レベルを推定する認知機能推定工程S11を有していてもよい。
【0061】
本実施形態に係る認知機能推定方法によれば、簡易かつ精度よく被験者の認知機能を推定できる。本実施形態に係る認知機能推定方法の各工程の具体的な態様および好ましい構成については上述した実施形態1および実施形態2の記載を援用し、ここでは省略する。
【0062】
[実施形態4]
本発明のさらに別の実施形態は、認知機能推定プログラムに関する。本実施形態に係る認知機能推定プログラムは、コンピュータに、歩行情報取得手順と、推定パラメータ算出手順と、判定手順とを実行させるための認知機能推定プログラムである。認知機能推定プログラムは、コンピュータにさらに出力手順を実行させるものであってもよい。
【0063】
歩行情報取得手順は、被験者の足に取り付けられた慣性センサによって得られる歩行情報を取得する手順である。歩行情報は、歩行中の被験者の足の加速度に関する情報および角速度に関する情報の少なくとも一方を含む。推定パラメータ算出手順は、歩行情報に基づいて認知機能推定パラメータを算出する手順である。判定手順は、認知機能推定パラメータに基づいて、被験者の軽度認知障害(MCI)の有無を判定する手順である。
【0064】
本実施形態に係る認知機能推定プログラムは、判定手順においてMCIであると判定された被験者の認知機能レベルを推定する認知機能推定手順をコンピュータにさらに実行させるものであってもよい。
【0065】
本実施形態に係る認知機能推定プログラムによれば、簡易かつ精度よく被験者の認知機能を推定できる。本実施形態に係る認知機能推定プログラムの歩行情報取得手順、推定パラメータ算出手順、判定手順、出力手順、および認知機能推定手順は、それぞれ上述した実施形態1および実施形態2における歩行情報取得工程S1、推定パラメータ算出工程S2、判定工程S3、出力工程S4、認知機能推定工程S11に対応するものである。各手順の具体的な態様および好ましい構成については上述した実施形態1および実施形態2の記載を援用し、ここでは省略する。また、本実施形態に係る認知機能推定プログラムは、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録されてもよい。記録媒体は、例えば、非一時的なコンピュータ可読記録媒体(non-transitory computer-readable storage medium)である。記録媒体は、特に制限されず、ランダムアクセスメモリ(RAM)、読み出し専用メモリ(ROM)、ハードディスク(HD)、SSD、光ディスク、フロッピー(登録商標)ディスク(FD)等が例示できる。
【実施例0066】
以下、実施例を参照して本発明をさらに説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0067】
[実施例1]
(1)被験者
被験者は、平均年齢74歳(65~89歳)の高齢者38名(男性23名、女性15名)とした。被験者には、研究の趣旨および目的、結果の取り扱いについて説明を行い、インフォームド・コンセントを得た上で調査した。なお、本実施例の試験は、一関工業高等専門学校倫理委員会の承認を受けて実施した。
【0068】
(2)歩行情報の測定および認知機能推定パラメータの算出
3軸加速度および3軸角速度を測定可能な6軸の慣性センサを有する測定デバイスを、被験者の靴のひも(足の甲に相当する位置)および腰にクリップで取り付けた。各被験者には通常通り歩行するように指示した。また、歩行距離は10mとし、各被験者について、各2回測定した。そして、得られた歩行情報に基づき、認知機能推定パラメータとして、歩調、立脚時間、接地時間/立脚時間、踵上げ時間/立脚時間、歩行速度、最大遊脚速度、離床角度、1歩の足軌道長、1歩の最大踵高さ、1歩の最大爪先高さ、歩幅、y軸角速度波形類似度(腰部)、x軸加速度波形類似度(腰部)を算出した。
【0069】
(3)認知機能レベルの測定
各被験者について、認知度のスクリーニング検査であるミニメンタルステート検査(MMSE)を用いて、認知機能レベルを測定した。MMSEは時間の見当識、場所の見当識、3単語の即時再生と遅延再生、計算、物品呼称、文章復唱、3段階の口頭命令、書字命令、文章書字、図形模写の計11項目から構成される、30点満点の認知機能検査である。MMSEの評価基準では、23点以下は認知症が疑われ、27点以下は軽度認知障害(MCI)が疑われる。本実施例においては、27点以下の被験者を軽度認知障害(MCI)、30点の被験者を健常者(Normal)とした。なお、MMSEの得点が28点または29点の者はいなかった。また、MCIとされた被験者の得点はいずれも25~27点の範囲内であり、認知症が疑われる23点以下の被験者はいなかった。
【0070】
(4)分析
まず、各被験者の認知機能推定パラメータを独立変数、MCIであるか否かを従属変数とし、二項ロジスティック回帰分析を行った。回帰分析の結果、下記の回帰式(3)が得られた。
【0071】
【0072】
式(3)の適合性を検証するため、Hosmer-Lemeshow testを行ったところ、p値が0.890であった。p値が0.05以上であると適合していると言えるため、式(3)はよく適合していると言える。
【0073】
式(3)の判定精度を確かめるため、各被験者の認知機能推定パラメータを基に認知機能の推定を行った。結果を表1に示す。表1に示すように、式(3)の的中精度は84.2%であり、式(3)の推定精度が非常に高いことがわかった。
【0074】
【0075】
[比較例1]
実施例1における被験者38人に関する認知機能推定パラメータのうち、歩調、歩行速度、波形類似度、および歩幅のみを用いて、実施例1と同様に二項ロジスティック回帰分析を行った。歩調、歩行速度、波形類似度および歩幅は、いずれも腰に取り付けた慣性センサから得られる情報のみから算出可能なパラメータである。これにより、下記の回帰式(4)を得た。
【0076】
【0077】
式(4)を用いて、実施例1と同様に各被験者の認知機能推定パラメータを基に認知機能の推定を行った。結果を表2に示す。表2に示すように、式(4)の的中精度は71.1%であった。
【0078】
【0079】
実施例1および比較例1の結果から、足に取り付けた慣性センサから得られる情報を用いて算出した推定パラメータを使用することで、的中精度が大きく向上することが分かった。特に、MMSEによってMCIであると判定された被験者14名についての的中率は、比較例1では42.9%であったのに対し実施例1では78.6%となっており、大幅に向上した。MCIである被験者を正確に判定できると、MCIの被験者が認知症に至る前に適切な対処を行うよう促すことができるため、特に有益である。
【0080】
以上、具体的な実施形態および実施例を参照して本発明を説明したが、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0081】
上記の実施形態では認知機能推定パラメータの算出において二項ロジスティック回帰分析を行ったが、例えば歩行情報と認知機能レベルに基づいてディープラーニングを用いて認知機能推定パラメータを算出してもよい。上記の実施形態では認知機能推定パラメータとして歩調や歩行速度等の具体的な物理量を使用したが、認知機能推定パラメータは具体的な物理量である必要はなく、認知機能を推定するための任意のパラメータでありうる。
【0082】
上記の実施形態では慣性センサ21が測定デバイス2に取り付けられ、通信部22を通じて測定デバイス2から推定装置1に歩行情報が送られる構成であったが、推定装置1が慣性センサ21を備えていてもよい。例えば、推定装置1は慣性センサを備えるスマートフォンであってもよい。