(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025070767
(43)【公開日】2025-05-02
(54)【発明の名称】骨補填材、及びキット
(51)【国際特許分類】
A61L 27/22 20060101AFI20250424BHJP
A61L 27/12 20060101ALI20250424BHJP
【FI】
A61L27/22
A61L27/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023181298
(22)【出願日】2023-10-20
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】田口 哲志
【テーマコード(参考)】
4C081
【Fターム(参考)】
4C081AB04
4C081CD151
4C081CF02
4C081DA14
(57)【要約】 (修正有)
【課題】優れた水中安定性を有し、同時に、優れたインジェクタビリティを示す骨補填材を提供する。
【解決手段】骨補填材であって、溶媒と、下記式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体を含む第1剤と、リン酸カルシウムを含む第2剤と、を備え、第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、10w/v%より高い。式(1)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは単結合、又は2価の連結基を表し、nは1~5である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨補填材であって、
溶媒と、下記式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体とを含む第1剤と、
リン酸カルシウムを含む第2剤と、を備え、
第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が10w/v%より高い、骨補填材。
【化1】
式(1)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは単結合、又は2価の連結基を表し、nは1~5である。
【請求項2】
第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、50w/v%以下である、請求項1に記載の骨補填材。
【請求項3】
第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、15w/v%~40w/v%である、請求項1に記載の骨補填材。
【請求項4】
第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、20w/v%~30w/v%である、請求項1に記載の骨補填材。
【請求項5】
第2剤の質量(M2)の、第1剤の質量(M1)に対する割合(M2/M1)が、1/1~4/1である、請求項1~4のいずれか1項に記載の骨補填材。
【請求項6】
式(1)において、2価の連結基が、-C(O)-、炭素数1~10のアルキレン基、及び繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1~5のいずれか1項に記載の骨補填材。
【請求項7】
式(1)において、nが1~3である、請求項1~6のいずれか1項に記載の骨補填材。
【請求項8】
式(1)において、ベンゼン環における水酸基が、Lの結合位置に対して、メタ位及び/又はパラ位にある、請求項7に記載の骨補填材。
【請求項9】
式(1)で表される前記構造が、下記式(3)で表される構造である、請求項1~5のいずれか1項に記載の骨補填材。
【化2】
式(3)において、Gltnはゼラチン残基を表す。
【請求項10】
前記ゼラチン誘導体が、冷水魚由来ゼラチンの誘導体である、請求項1~9のいずれか1項に記載の骨補填材。
【請求項11】
前記リン酸カルシウムが、α型リン酸三カルシウム(α-TCP)である、請求項1~10のいずれか1項に記載の骨補填材。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか1項に記載の骨補填材と、前記骨補填材を射出するためのシリンジと、を備えるキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨補填材、及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
骨補填材は骨欠損部の再建や再生を目的として用いられる材料であり、炭酸アパタイト、リン酸八カルシウム等の化学合成された人工骨、これらと生体高分子との複合体、自家/他家骨などが用いられている。
【0003】
一方、本願発明者は、非特許文献1において、生体親和性が高く、低温流動性を示すスケトウダラ由来ゼラチンにカテコール基を導入したカテコール基導入ゼラチンを合成し、これを用いた接着剤が高い組織接着性を有することを明らかにしている。非特許文献1で報告した技術は、ムール貝が水中において無機材料等の様々な基盤と相互作用することにより高い接着強度を示し、そのキー分子がカテコール基であることに着想を得ている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Colloids Surf B, 2022, 220, 112946.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の骨補填材は、臨床において顆粒状や多孔体として用いられる場合が多かった。このため、血液等の体液が多く存在する環境(水環境)において、患部に固定し、骨欠損部の形状に成形することが難しかった。また、骨補填材の水中での硬化が不十分であると、例えば、硬化物が血中に拡散して血流に乗って移動し、血管を閉塞する虞もある。そのため、血液等の水環境において拡散せずに硬化する骨ペーストが求められていた。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するものであり、生体内の水環境においても利用可能な優れた水中安定性を有し、同時に、優れたインジェクタビリティを示す骨補填材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、以下の構成により上記課題を達成することができることを見出した。
【0008】
[1] 骨補填材であって、
溶媒と、後述する式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体とを含む第1剤と、
リン酸カルシウムを含む第2剤と、を備え、
第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、10w/v%より高い、骨補填材。
[2] 第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、50w/v%以下である、[1]に記載の骨補填材。
[3] 第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、15w/v%~40w/v%である、[1]に記載の骨補填材。
[4] 第1剤における前記ゼラチン誘導体の濃度が、20w/v%~30w/v%である、[1]に記載の骨補填材。
[5] 第2剤の質量(M2)の、第1剤の質量(M1)に対する割合(M2/M1)が、1/1~4/1である、[1]~[4]のいずれかに記載の骨補填材。
[6] 式(1)において、2価の連結基が、-C(O)-、炭素数1~10のアルキレン基、及び繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドからなる群から選択される少なくとも1つである、[1]~[5]のいずれかに記載の骨補填材。
[7] 式(1)において、nが1~3である、[1]~[6]のいずれかに記載の骨補填材。
[8] 式(1)において、ベンゼン環における水酸基が、Lの結合位置に対して、メタ位及び/又はパラ位にある、[7]に記載の骨補填材。
[9] 式(1)で表される前記構造が、後述する式(3)で表される構造である、[1]~[5]のいずれかに記載の骨補填材。
[10] 前記ゼラチン誘導体が、冷水魚由来ゼラチンの誘導体である、[1]~[9]のいずれかに記載の骨補填材。
[11] 前記リン酸カルシウムが、α型リン酸三カルシウム(α-TCP)である、[1]~[10]のいずれかに記載の骨補填材。
[12] [1]~[11]のいずれかに記載の骨補填材と、前記骨補填材を患部に付与するためのシリンジと、を備えるキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明の骨補填材は、優れた水中安定性を有し、同時に、優れたインジェクタビリティを示す。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例におけるゼラチン誘導体(Cat-ApGltn)の合成方法を説明する図である。
【
図2】実施例で作製した各骨補填材の試験結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について詳細に説明する。
以下に記載する構成要件の説明は、本発明の代表的な実施形態に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に制限されるものではない。
なお、本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0012】
本明細書における基(原子群)の表記において、置換及び無置換を記していない表記は、本発明の効果を損ねない範囲で、置換基を有さないものと共に置換基を有するものをも包含するものである。例えば、「アルキル基」とは、置換基を有さないアルキル基(無置換アルキル基)のみならず、置換基を有するアルキル基(置換アルキル基)をも包含するものである。このことは、各化合物についても同義である。
【0013】
[骨補填材]
本実施形態の骨補填材は、後述する式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体を含む第1剤と、リン酸カルシウムを含む第2剤とを含む。第1剤と第2剤は別々に包装されて供され、使用時に混合される。混合されることで、ゼラチン誘導体と、リン酸カルシウムとが相互作用して硬化物(骨補填材硬化物)の骨格が形成される。硬化反応は、典型的には、ゼラチン誘導体が有するベンゼン環上の水酸基(例えば、カテコール基)由来の-O-と、リン酸カルシウム由来のCa2+とによる反応である。ゼラチン誘導体は、骨伝導性(骨を周囲に呼び込む性質)を有する、骨補填材の有効成分であるリン酸カルシウムのバインダとして機能する。
【0014】
1.第1剤
本実施形態の第1剤は、下記式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体と、溶媒を含む。
【0015】
<ゼラチン誘導体>
式(1)で表される構造を有するゼラチン誘導体は、原料となるゼラチン(原料ゼラチン)に-NH-L-を介して、少なくとも1個の水酸基を有するベンゼン環(以下、適宜、「特定フェノール類基」と記載する)が結合されている。
【0016】
【化1】
式(1)において、Gltnはゼラチン残基を表し、Lは単結合、又は2価の連結基を表し、nは1~5である。
【0017】
本実施形態の骨補填材の硬化物(即ち、ゼラチン誘導体の硬化物)は、その内部において、リン酸カルシウムの一部溶解により形成されるアモルファスハイドロキシアパタイトによる粒子間架橋に加えて、特定フェノール類基(典型的には、カテコール基等)間の物理的架橋(例えば、π-πスタッキング)、および特定フェノール類基とリン酸カルシウムとの静電的相互作用が生じ、これにより、優れた水中安定性を有する。ここで、「水中安定性」とは、第1剤と第2剤との混合物が水中で速やかに硬化し、且つ、得られた硬化物が水中で拡散せずに安定に存在することを意味する。これにより、本実施形態の骨補填材は、血液等の体液が多く存在する環境(水環境)においても、患部に固着して骨欠損部の再建や再生を促進できる。また、血管の閉塞の原因となり得る、硬化物の血中への拡散も抑制できる。
【0018】
また、本実施形態のゼラチン誘導体は、特定フェノール類基を有するため、例えば、直鎖アルキル基が導入されたゼラチン誘導体よりも、水性溶媒に溶解し易い。このため、水性溶媒を用いて第1剤を調製する場合、調製時間を大幅に短縮できると共に、優れたインジェクタビリティを実現し易い。
【0019】
また、本実施形態の骨補填材は、生体適合性ポリマーであるゼラチンの誘導体を用いるため生体親和性が高い。そして、特定フェノール類基と、生体組織に含まれるタンパク質との間には、水素結合、π-πスタッキング、カチオン-π相互作用等、複合的な分子間相互作用が働くため、本実施形態の骨補填材の硬化物は、生体組織、及び骨補填材中のリン酸カルシウムを含む無機材料に対して強い接着力を示す。更に、特定フェノール類基が導入された本実施形態のゼラチン誘導体は、例えば、直鎖アルキル基が導入されたゼラチン誘導体よりも、生理食塩水中での膨潤性が低い。このため、本実施形態の骨補填材の硬化物は、生体組織から剥がれ落ち難いという利点も有する。
【0020】
式(1)の特定フェノール類基において、nは1~5であり、1~3が好ましく、n=2がより好ましい。水酸基の位置は特に限定されないが、n=1~3の場合、ベンゼン環における水酸基は、Lの結合位置に対して、メタ位及び/又はパラ位にあることが好ましい。
【0021】
より好ましい特定フェノール類基の態様としては、以下の式で表されるものが挙げられる。以下の式中、*は、式(1)のLとの連結位置を示す。中でも、より優れた本実施形態の効果を有する骨補填材が得られる点で、特定フェノール類基は、水酸基が2個のカテコール基が好ましい。
【0022】
【0023】
式(1)のLの2価の連結基としては、-C(O)-、-C(O)O-、-OC(O)-、-O-、-S-、-N(R)-(Rは水素原子、又は、1価の有機基(好ましくは炭素数1~20個の炭化水素基)を表す)、アルキレン基(好ましくは炭素数1~10のアルキレン基)、アルケニレン基(好ましくは炭素数2~10のアルケニレン基)、繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイド(-(CH2CH2O)n-、n=1~10)、及びこれらの組み合わせ等が挙げられ、中でも、-C(O)-、炭素数1~10のアルキレン基、繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイド、及びこれらの組み合わせが好ましい。
【0024】
例えば、式(1)において、Lは、炭素数1~10のアルキレン基、好ましくは、炭素数1~3のアルキレン基、より好ましくはメチレン基であってよい。この場合、本実施形態のゼラチン誘導体は、ゼラチン(原料ゼラチン)に、イミノ基(-NH-)及びアルキレン基を介して特定フェノール類基が結合した構造を有する。また、Lは、繰り返し数1~10のポリエチレンオキサイドであってもよい。この場合、本実施形態のゼラチン誘導体は、ゼラチン(原料ゼラチン)に、イミノ基(-NH-)及びポリエチレンオキサイドを介して特定フェノール類基が結合した構造を有する。
【0025】
また、例えば、式(1)のLは、-C(O)-及び、2価の連結基L1の組み合わせであってもよい。即ち、本実施形態のゼラチン誘導体は、下記式(2)で表される構造を含んでもよい。
【0026】
【0027】
式(2)において、Gltnはゼラチン残基を表し、L1は2価の連結基を表し、nは1~5である。式(2)で表される構造を有するゼラチン誘導体は、ゼラチン(原料ゼラチン)に、アミド基(-NHC(O)-)及び、2価の連結基L1を介して特定フェノール類基が結合した構造を有する。式(2)の2価の連結基L1としては、式(1)におけるLの2価の連結基として説明した形態が挙げられ、好適態様も同様である。また、式(2)の特定フェノール類基としては、式(1)で説明した形態が挙げられ、好適形態も同様である。
【0028】
式(1)及び(2)において、ゼラチン残基Gltnに直接結合している窒素原子(N)は、ゼラチン中の主としてリジン(Lys)のε-アミノ基由来である。式(1)及び(2)のNH構造は、例えばFT-IR(Fourier transform infrared spectrometer)スペクトルにおいて3300cm-1付近のバンドにより検出することができる。
【0029】
ゼラチン残基Gltnは、原料ゼラチン由来の構造である。原料ゼラチンの詳細については、後述するゼラチン誘導体の製造方法において説明する。
【0030】
ここで、原料ゼラチン中のアミノ基(第1級アミノ基、-NH2)の含有量に対する、ゼラチン誘導体中における特定フェノール類基(例えば、カテコール基)が結合された(導入された)イミノ基(-NH-)又はアミド基(-NHC(O)-)の含有量のモル比を「疎水性基導入率」と定義する。
【0031】
疎水性基導入率は、特に制限されないが、より優れた本実施形態の効果を有する骨補填材が得られるという観点から、例えば、30mol%~90mol%、又は40mol%~80mol%が好ましい。換言すれば、ゼラチン誘導体における、イミノ基(又はアミド基)/アミノ基(モル比)は、30/70~90/10、又は40/60~80/20が好ましい。
【0032】
なお、実施形態において、疎水性基導入率は、原料ゼラチンのアミノ基数と、ゼラチン誘導体のアミノ基数を、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法(TNBS法)によって定量し、得られた値から、以下の式により算出される。
ゼラチン誘導体の疎水性基導入率(モル%)
=[原料ゼラチンのアミノ基数-ゼラチン誘導体のアミノ基数]
/[原料ゼラチンのアミノ基数]×100
【0033】
ゼラチン誘導体1分子中に導入される特定フェノール類基(例えば、カテコール基)の数は特に限定されず、原料ゼラチンの分子量に基づいて、疎水性基導入率が所定の値となるように適宜調整してよい。例えば、ゼラチン誘導体1分子中の特定フェノール類基の数は、5~10個、6~9個、又は6~8個としてよい。
【0034】
ゼラチン誘導体の分子量は特に限定されず、原料ゼラチンの分子量と導入された疎水性基(特定フェノール類基等)の種類と量(数)によって決定される。したがって、ゼラチン誘導体の重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲は、後述する原料ゼラチンの重量平均分子量(Mw)の取り得る範囲とほぼ同じである。
【0035】
ゼラチン誘導体は、1種類のゼラチン誘導体のみから構成されてもよいし、2種類以上のゼラチン誘導体の混合物であってもよい。
【0036】
<ゼラチン誘導体の製造方法>
ゼラチン誘導体の製造方法(合成方法)は特に制限されず、公知の方法が利用できる。
【0037】
例えば、ゼラチンが有するε-アミノ基に、アルデヒド、又は、ケトンを反応させ、シッフ塩基を介して疎水性基(特定フェノール類基を含む)を結合させ、そのシッフ塩基を還元してゼラチン誘導体を得る方法が挙げられる(
図1参照)。この方法は、例えば、特開2019-216755号公報の0029~0031段落に記載されている。この方法によれば、ゼラチン残基にイミノ基を介して疎水性基が結合したゼラチン誘導体が得られる。この疎水性基は、反応に用いるアルデヒド、又は、ケトンに由来する。
【0038】
他の方法としては、ゼラチンが有するε-アミノ基に、酸ハライド、又は、クロロギ酸エステル化合物等をトリエチルアミン等の塩基の存在下で反応させ、アミドを得る方法が挙げられる。この方法は、例えば、国際公開第2014/112208号の0072段落~0080段落に記載されている。この方法によれば、ゼラチン残基にアミド結合(イミノ基が含まれる)を介して疎水性基(特定フェノール類基を含む)が結合したゼラチン誘導体が得られる。この疎水性基は、反応に用いる酸ハライド、又は、クロロギ酸エステル化合物に由来する。
【0039】
上記で得られた反応溶液に、大過剰の貧溶媒、例えば冷エタノールを加えると、ゼラチン誘導体が沈殿するので、これをろ別し、乾燥すれば、粉末状のゼラチン誘導体が得られる。なお、乾燥させる前に、ゼラチン誘導体をエタノール等で洗浄してもよい。
【0040】
ゼラチン誘導体の製造に使用する原料ゼラチン(以下、「Orgゼラチン」ともいう。)は典型的には、疎水性基が導入されていない(誘導体化されていない)ゼラチンである。
【0041】
Orgゼラチンの分子量は、特に制限されず、一般に、重量平均分子量で10,000~300,000が好ましい。一形態として、生体に対するアレルギー反応が抑制されやすい観点からは、50,000未満であることも好ましい。この点では、ゼラチンの分子量は、45,000以下が好ましく、40,000以下がより好ましい。下限としては特に制限されないが、骨補填材の硬化物がより優れた機械強度を有する点で、10,000以上が好ましい。
【0042】
Orgゼラチンは、天然由来、化学合成、発酵法、及び、遺伝子組換え等により得られるゼラチンのいずれであっても特に制限なく使用できる。なかでも、天然由来のゼラチンが好ましい。天然由来のゼラチンとしては、例えば、ウシ、及び、ブタ等の哺乳動物由来のもの、及び、タイ、チョウザメ、サケ、及び、タラ等魚由来のものが挙げられる。
【0043】
取り扱い性の観点からは、使用温度(例えば生体温度)において、Orgゼラチンは優れた流動性を有することが好ましい。この点では、Orgゼラチンは魚由来ゼラチンが好ましく、なかでも、サケ、及び、スケソウダラ等の冷水魚由来のゼラチンが好ましい。
【0044】
魚由来ゼラチン、特に、冷水魚ゼラチンは、構成単位であるアミノ酸の1000個当たり、ヒドロキシプロリンに由来する単位の数が80個以下、及び/又は、プロリン由来の単位の数が110個以下であることが好ましい。このような条件を有するゼラチンは、常温でのより優れた流動性を有しているため、第1剤に使用すると、優れた取り扱い性を有する骨補填材が得られる。
【0045】
Orgゼラチンは、酸処理ゼラチン、及び、アルカリ処理のいずれであってもよい。第1剤は、Orgゼラチンとして異なる2種以上のゼラチンを含んでもよい。異なる2種以上とは、由来、分子量、及び、処理方法等のいずれか又は複数が異なるものを意味する。
【0046】
<溶媒>
第1剤に用いる溶媒としては、水性溶媒が挙げられ、水性溶媒としては、超純水、生理食塩水、ホウ酸、リン酸、炭酸等各種無機塩緩衝液又はこれらの混合物を用いることができる。
【0047】
<添加剤>
第1剤は、ゼラチン誘導体のみから構成されてもよいし、ゼラチン誘導体及び溶媒のみから構成されてもよいし、また、本実施形態の効果を奏する範囲において、それ以外の添加剤を含有してもよい。第1剤に占める、式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体、及び溶媒の合計含有量は、90質量%以上、98質量%以上、又は100質量%であってよい。添加剤としては、着色料、pH調整剤、及び、保存剤等が挙げられる。例えば、骨補填材の適用箇所が分かり易いように、着色料(例えばブリリアントブルー)を添加してもよい。添加量は、例えば10~100μg/mLであってよい。
【0048】
第1剤における、式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体の濃度(第1剤100mL中に溶解しているゼラチン誘導体のg数)は、10w/v%より高く、また、15w/v%以上、又は20w/v%以上が好ましい。ゼラチン誘導体の濃度が上記範囲内であると、高い水中安定性を得られ易い。また、第1剤における、式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体の濃度の上限値は、特に限定されないが、例えば、50w/v%以下、40w/v%以下、又は30w/v%以下が好ましい。ゼラチン誘導体の濃度が上記範囲内であると、高いインジェクタビリティを得られ易い。
【0049】
第1剤の調製方法は、特に限定されず、例えば、ゼラチン誘導体及び溶媒と、必要により添加剤等を公知の方法により混合することで製造できる。
【0050】
2.第2剤
第2剤は、リン酸カルシウムを含む。骨伝導性を有するリン酸カルシウムは、本実施形態の骨補填材の有効成分であると同時に、式(1)で表される構造を含むゼラチン誘導体と相互作用し、骨補填材の硬化物の水中安定性の向上に寄与する。したがって、本実施形態の骨補填材は、ゼラチン誘導体の硬化剤を別途、含有する必要がない。
【0051】
リン酸カルシウムとしては、α型リン酸三カルシウム(α-TCP)、β型リン酸三カルシウム(β-TCP)、リン酸八カルシウム(OCP)、リン酸四カルシウム、リン酸水素カルシウム、水酸アパタイトなどが挙げられ、中でも、α型リン酸三カルシウム(α-TCP)が好ましい。リン酸カルシウムとしては、1種類のみを用いてもよいし、複数種類を混合して用いてもよい。
【0052】
第2剤は、リン酸カルシウムのみから構成されてもよいし、本実施形態の効果を奏する範囲内において、その他の成分を含有してもよい。その他の成分としては、例えば、上述した第1剤が含有可能な溶媒、添加剤、又は、リン酸マグネシウムなどの無機成分等が挙げられる。第2剤中におけるリン酸カルシウムの含有量は、例えば、90質量%以上、98質量%以上、又は、100質量%としてもよい。
【0053】
第2剤の質量(M2)の、第1剤の質量(M1)に対する割合(M2/M1)(典型的には、リン酸カルシウムの質量(M2)の、ゼラチン誘導体の溶液の質量(M1)に対する割合(M2/M1))は、特に限定されないが、より優れた本実施形態の効果を有する骨補填材が得られるという観点から、例えば、(M2/M1)=1/1~4/1としてもよい。
【0054】
[骨補填材の使用方法]
本実施形態の骨補填材は、インプラント用骨補填材や骨用骨補填材として利用できる。例えば、使用直前に、第1剤と第2剤とを混合してペーストを調製し、該ペーストを生体組織(例えば、骨欠損部等の患部)に付与する。
【0055】
硬化反応の際の温度としては特に制限されないが、一般に15~45℃が好ましく、20~42℃がより好ましい。硬化時間は特に制限されないが、1分~10分で、十分な水中安定性が得られる。
【0056】
骨補填材を生体組織に付与する方法は特に限定されず、例えば、シリンジを用いて付与(射出)してもよい。シリンジは特に限定されず、汎用のものを用いることができる。本実施形態の骨補填材の第1剤と第2剤とを混合して調製したペーストは、良好なインジェクタビリティを有し、シリンジを用いて容易に吐出して患部に付与できる。本実施形態の骨補填材は、該骨補填材を患部に付与(射出)するためのシリンジと共にキットを構成してもよい。
【実施例0057】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0058】
<ゼラチン誘導体の合成>
原料ゼラチン(スケトウダラ由来ゼラチン、以下、適宜、「Org-ApGltn」と記載する)を用いて、カテコール基が導入されたゼラチン誘導体(以下、適宜、「Cat-ApGltn」と記載する)を合成した。本実施例では、
図1に示すように、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドをOrg-ApGltnのアミノ基と反応させ、シッフ塩基を形成させた後に、得られたシッフ塩基を還元剤によって安定な第2級アミンに還元して、Cat-ApGltnを得た。
【0059】
60gのスケトウダラ由来ゼラチン(Org-ApGltn)(新田ゼラチン株式会社製、重量平均分子量(Mw):85kDa、アミノ基含有量:324μmol/g)を700mLの超純水に溶解し、55℃で攪拌しながら、Org-ApGltnのアミノ基量(324μmol/g)100当量に対して500当量の3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド(東京化成工業株式会社製)をエタノール(純生化学株式会社製)と共に溶液に添加し、3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒドとOrg-ApGltnのアミノ基間にイミン結合を形成させた。同温度で1時間撹拌した後、2-ピコリンボラン(純生化学株式会社製、145.8mmol)をエタノールとともに混合液に加え、イミンを還元した。得られた混合溶液(Org-ApGltn濃度:6質量/体積%、水:エタノール=105:45mL)を50℃で17時間攪拌し反応を進行させた。その後、反応溶液(150mL)を8000mLの冷エタノール(-7~4℃)に滴下し、Cat-ApGltnを精製した。得られた再沈殿物を8000mLのエタノールで洗浄(1時間×2回)することで未反応の3,4-ジヒドロキシベンズアルデヒド、及び2-ピコリンボランを除去した。その後、3日間真空乾燥し、Cat-ApGltnを収率96.7質量%で得た。
【0060】
得られたCat-ApGltnは、フーリエ変換赤外分光法(FT-IR)により、3285cm-1の第2級アミンのピーク増加が認められ、プロトン核磁気共鳴法(1H-NMR)により、6.8~7.0ppmのカテコール基由来芳香環のピークが認められた。これらの定性分析結果から、Cat-ApGltnにカテコール基が導入されていることが確認できた。即ち、Cat-ApGltnは、下記式(3)で表される構造を含む。
【0061】
【化4】
式(3)において、Gltnはゼラチン残基を表す。
【0062】
また、Cat-ApGltnのカテコール基導入率(疎水基導入率、以下、適宜、「DS」と記載する)を原料ゼラチンのアミノ基数と、Cat-ApGltnのアミノ基数を、2,4,6-トリニトロベンゼンスルホン酸法(TNBS法)によって定量し、得られた値から算出した。DSは、51mol%であった。
【0063】
次に、以下に説明する、第1剤(溶液)及び第2剤(粉末)から構成される6種類の骨補填剤を調製した。
【0064】
<骨補填材05>
第1剤として、合成したCat-ApGltnを生理食塩水に溶解して、Cat-ApGltn濃度:5w/v%の溶液を調製した。第2剤(粉末)として、リン酸カルシウムであるα型リン酸三カルシウム(α-TCP)を用意した。
【0065】
<骨補填材10>
Cat-ApGltn濃度を10w/v%に変更したこと以外は、骨補填材05と同様の方法により、骨補填材10を用意した。
【0066】
<骨補填材15>
Cat-ApGltn濃度を15w/v%に変更したこと以外は、骨補填材05と同様の方法により、骨補填材15を用意した。
【0067】
<骨補填材20>
Cat-ApGltn濃度を20w/v%に変更したこと以外は、骨補填材05と同様の方法により、骨補填材20を用意した。
【0068】
<骨補填材25>
Cat-ApGltn濃度を25w/v%に変更したこと以外は、骨補填材05と同様の方法により、骨補填材25を用意した。
【0069】
<骨補填材Org>
Cat-ApGltnに代えて、原料ゼラチン(Org-ApGltn)を用い、Org-ApGltn濃度を20w/v%としたこと以外は、骨補填材05と同様の方法により、骨補填材Orgを用意した。
[評価]
(1)インジェクタビリティ
各骨補填材において、0.5mL(約500mg、W1)の第1剤(Cat-ApGltnの生理食塩水溶液)を1000mg(W2)の第2剤(α-TCP)に添加し(W2/W1=2/1)、均一になるまで混錬してペーストを得た。得られたペーストをシリンジ(筒先内径1.6mm)に充填後、37℃の生理食塩水中に押し出した。比較のため、同様の試験を市販品の骨補填材(HOYA Technosurgical株式会社製、Biopex(登録商標)-R)を用いて行った。該市販品は、シリンジによる注入が可能な骨補填材である。
【0070】
調製した全ての骨補填材05~25、及びOrgは、シリンジを用いて射出することができ、市販品と同等の優れたインジェクタビリティを有していた。
【0071】
(2)水中安定性
まず、上述の「(1)インジェクタビリティ」試験と同様の方法により、骨補填材05~25、及びOrg、並びに市販品(Biopex(登録商標)-R)から得られたペーストをシリンジにより、生理食塩水中に押し出した。続いて、ペーストを押し出した生理食塩水を、回転数600rpmで30秒間攪拌した。
図2に、生理食塩水中に押し出した各ペーストの攪拌前の写真(After injection)と、攪拌後の写真(After stirring)を示す。
【0072】
図2の各ペーストの攪拌前の写真(After injection)に示すように、調製した全ての骨補填材05~25、及びOrgは、生理食塩水中に拡散することなく、市販品と同様に硬化した。
【0073】
しかし、
図2の各ペーストの攪拌後の写真(After injection)に示すように、骨補填材Org、並びに骨補填材5及び10では、攪拌によりペーストが拡散、白濁して固形分が確認できなかった。市販品(Biopex(登録商標)-R)も白濁し、わずかな固形分のみが確認できた。一方、骨補填材15では、白濁は生じているが、大きな固形分が残存していた。更に、骨補填材20及び25では、白濁は殆ど生じなかった。これらの結果から、第1剤のCat-ApGltn濃度が高い程、硬化物の水中安定性が向上することが確認できた。硬化物の水中安定性は、第2剤のα-TCP、及びα-TCPの溶解後に析出したカルシウム塩と、第1剤(Cat-ApGltn)との相互作用によるものと考えられる。硬化物の水中安定性を高める観点からは、第1剤のCat-ApGltn濃度は、10w/v%を超えることが好ましく、15w/v%以上がより好ましく、20w/v%以上が更により好ましい。