(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025007312
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】細胞の代謝により産生された、培養液中に溶存する二酸化炭素の量を制御しながら培養する方法及び細胞培養装置
(51)【国際特許分類】
C12M 3/02 20060101AFI20250109BHJP
C12N 5/02 20060101ALI20250109BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20250109BHJP
【FI】
C12M3/02
C12N5/02
C12N5/07
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023108613
(22)【出願日】2023-06-30
(71)【出願人】
【識別番号】502040041
【氏名又は名称】日揮株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100146466
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 正俊
(74)【代理人】
【識別番号】100202418
【弁理士】
【氏名又は名称】河原 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】田原 直樹
(72)【発明者】
【氏名】内田 昭博
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 実
【テーマコード(参考)】
4B029
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB11
4B029CC01
4B029DA03
4B029DB01
4B029DB08
4B029DF04
4B029DF05
4B029DF08
4B029DF09
4B065AA91X
(57)【要約】
【課題】細胞の代謝により産生され、培養液中に溶存する二酸化炭素の量を制御しながら培養する新たな方法及びそのための培養装置を提供の提供。
【解決手段】培養槽と、
前記培養槽の内部に設置され、前記培養槽の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼と、
を備える細胞培養装置を用いる方法であり、
前記撹拌翼は、羽部と、前記羽部との連結部とを有し、
前記羽部は、羽部上部と、前記羽部上部から水深方向に延在する羽部下部とを有するものであり、
所望の時期又は期間、前記羽部上部を前記培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態で、前記撹拌翼を所定の回転速度で回転させながら、細胞を培養する工程、
を含む方法、及びそのための細胞培養装置を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の代謝により産生された、培養液中に溶存する二酸化炭素の量を制御しながら培養する方法であって、
前記培養液を収納する培養槽と、
前記培養槽の内部に設置され、前記培養槽の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼と、
を備える細胞培養装置を用いる方法であり、
前記撹拌翼は、羽部と、前記羽部との連結部とを有し、
前記羽部は、羽部上部と、前記羽部上部から水深方向に延在する羽部下部とを有するものであり、
所望の時期又は期間、前記羽部上部を前記培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態で、前記撹拌翼を所定の回転速度で回転させながら、細胞を培養する工程、
を含む、方法。
【請求項2】
前記培養液中に溶存する二酸化炭素の量を測定し、その量に応じて前記撹拌翼の回転速度及び/又は前記界面の位置を調節する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記回転速度が、0.5m/秒~1.5m/秒の翼先端速度となるよう前記撹拌翼を回転させる、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記培養槽は、50L~100,000Lの培養液が適用される、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記羽部下部は、前記界面から前記培養槽の底面の最深部の距離の50%以上の深さにある培養液と接触する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】
前記羽部は、前記回転軸との間に所定の間隔を有する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項7】
前記撹拌翼の連結部は、前記培養槽の底面部から隙間を設けて、略垂直に配置された羽部底部である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項8】
培養液中に溶存する酸素の量を制御する酸素制御機構を備える、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項9】
前記酸素制御機構は、スパージャーである、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記スパージャーが、焼結金属、オリフィス又はSPG膜である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記細胞が、動物細胞である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項12】
新鮮な培養液を添加しながら細胞を培養する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項13】
新鮮な培養液を添加し、かつ、前記培養槽から前記培養液を排出しながら培養する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項14】
排出した前記培養液から任意の成分を除去又は減少後の、含有する細胞が濃縮した培養液を、前記培養槽に添加する、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
請求項1又は2に記載の方法に用いるための細胞培養装置であって、
前記培養液を収納する培養槽と、
前記培養槽の内部に設置され、前記培養槽の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼と、
を備え、
前記撹拌翼は、羽部と、前記羽部との連結部とを有し、
前記羽部は、前記培養液の界面の上方の気相へ突出する羽部上部と、前記羽部上部から前記界面を貫通して水深方向に延在する羽部下部を有する、
細胞培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の代謝により産生された、培養液中に溶存する二酸化炭素の量を制御しながら培養する方法に関する。また、本発明は、当該方法に用いるための細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品製造、再生医療又は培養肉製造の分野において、大量の動物細胞を培養する必要がある。動物細胞を大量に培養する方法としては、通気撹拌培養が最も実績のある大量培養の方法として採用されている。
【0003】
動物細胞の通気撹拌培養では、撹拌による過度なせん断応力によって動物細胞がダメージを受けやすい。したがって、培養液の酸素及び二酸化炭素(CO2)のガス交換のために、撹拌回転数を上げて、通気気泡を微細化したり、流動状態を改善することによってガス交換効率を向上させることには制限がある。
【0004】
また、スパージャー(「散気管」ともいう。)を用いて通気する場合も、その流量は細胞の酸素消費量が大腸菌等の微生物と比較しても絶対的に多くなく、通気により発生する泡の培養液界面での破泡によって細胞の死滅が起こり、培養上面での泡沫の発生によりガス交換の効率低下も発生するといわれていることから、通気流量を上げるには限界がある。そのため、通常の動物細胞培養では空気ではなく、純酸素をスパージャーで通気して、通気流量を抑えながらも細胞の酸素要求を満たしている状態で培養が行われる。
【0005】
上記のように、通気条件、撹拌条件の制限から、細胞の呼吸により生じるCO2が培養液に蓄積する傾向にあり、特に大規模な動物細胞培養になるにつれて、溶存CO2の蓄積が起こりやすく、その結果として溶存CO2濃度が上昇する。培養液中の溶存CO2濃度が上昇すると細胞の増殖性やタンパク質の生産性の阻害が起こるとの報告がある。
【0006】
そのため、酸素供給用のスパージャーとは別に、CO2除去用のスパージャーを併設し、そのスパージャーに窒素(N2)又は空気を通気して曝気する方法があるが、この方法では、動物細胞培養槽でのスパージャーからの酸素供給のための通気量以上に窒素又は空気を深部通気する必要がある。
【0007】
また、この方法も曝気により発生する泡の破泡の発生によるガス交換の効率低下が発生し得ることと、酸素供給とCO2除去を2本のスパージャーで通気流量制限することになるので最適な培養条件を設定することが困難である。
【0008】
培養液から溶存CO2を除去する場合、CO2は培養上面の気相部からしか抜ける箇所はなく、培養液面上部の空間には、通常の動物細胞培養槽ではガス交換と、培養槽内の無菌性を担保するための陽圧保持のために、培養液上面の気相部分に空気の通気(上面通気)を行っている。
【0009】
上面通気量を上げることで、CO2を除去する効果の上昇が期待されるが、培養槽内の陽圧保持圧力との関係から、通気量を大きく上げることには限界があり、通常の動物細胞培養槽ではただ単純にガス交換と培養槽内の陽圧保持のために上面通気するだけで、それ以上の工夫はなされてない。
【0010】
特許文献1及び2では、培養液上面に発生する泡を除去するための消泡翼について開示している。当該消泡翼は、培養液の界面を撹拌することにより、培養液の界面に発生した、細胞の死滅を引き起こす泡を消泡する。しかしながら、引用文献1に開示される消泡翼は、培養液の界面付近のみは撹拌する羽形状であり、培養液の界面を消泡翼の位置となるようにその液量を固定する必要があり、フェドバッチ等の液面の変化を伴うような培養には対応できない。また、培養液の液量が変わるために消泡翼を移動させる必要がある。
【0011】
特許文献3には、液面の乱れやボルテックス形成を抑制しながら培養液の撹拌を行い、かつ、吸い込みノズルから酸素含有ガスを液面に向けて連続的に吐出し、液面に逆円錐状の凹みを形成させる動物培養装置を開示している。当該培養装置も、酸素供給の効率化を目的としたものであり、CO2の除去について具体的に開示していない。
【0012】
非特許文献1には、マイクロキャリアを用いた培養方法において、培養液のスパージャーによる直接的な酸素通気によって泡が発生し、マイクロキャリアに接着した細胞が泡沫分離してしまうことから、直接通気ではなく培養液表面に乱流を発生させるための撹拌翼を有しており、それによる乱流発生によって酸素を溶解する方法が記載されている。しかしながら、当該文献にも、CO2の除去について具体的に開示していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許第3391455号
【特許文献2】欧州特許出願公開第0257750号明細書
【特許文献3】国際公開第88/00965号
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】W.S.Hu, et al., Use of surface aerator improve oxygen transfer in cell culture, Biotechnol Bioeng. 1986 Jan;28(1):122-5.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
従来の培養装置やそれを用いた培養方法(例えば、特許文献1~3、非特許文献1)は、主に培養液中における溶存酸素の量を増加させることを目的として開発されている。用いられる培養液が比較的少ないレベル(例えば50L未満)であれば、溶存酸素の量を増加させる手段のみで良いが、大量培養レベル(例えば50L以上)となった場合は、細胞が代謝によって産生する二酸化炭素が培養液中に蓄積してしまうことが問題となる。
【0016】
したがって、本発明は、細胞の代謝により産生され、培養液(例えば、50L以上の培養液)中に溶存する二酸化炭素の量を制御しながら培養する新たな方法及びそのための培養装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題に対して、本願発明者らが鋭意検討を行った結果、羽部上部と、前記羽部上部から水深方向に延在する羽部下部とを有する羽部を備えた撹拌翼を用いて、羽部上部を前記培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態で、前記撹拌翼を所定の回転速度で回転させながら、細胞を培養することにより、培養液(例えば、50L以上の培養液)中に溶存する二酸化炭素の量を制御し得ることを見出し、本願発明を完成させるに至った。
【0018】
すなわち、本発明は以下の態様を包含する。
【0019】
[1] 細胞の代謝により産生された、培養液中に溶存する二酸化炭素の量を制御しながら培養する方法であって、
前記培養液を収納する培養槽と、
前記培養槽の内部に設置され、前記培養槽の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼と、
を備える細胞培養装置を用いる方法であり、
前記撹拌翼は、羽部と、前記羽部との連結部とを有し、
前記羽部は、羽部上部と、前記羽部上部から水深方向に延在する羽部下部とを有するものであり、
所望の時期又は期間、前記羽部上部を前記培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態で、前記撹拌翼を所定の回転速度で回転させながら、細胞を培養する工程、
を含む、方法。
[2] 前記培養液中に溶存する二酸化炭素の量を測定し、その量に応じて前記撹拌翼の回転速度及び/又は前記界面の位置を調節する、項目1に記載の方法。
[3] 前記回転速度が、0.5m/秒~1.5m/秒の翼先端速度となるよう前記撹拌翼を回転させる、項目1又は2に記載の方法。
[4] 前記培養槽は、50L~100,000Lの培養液が適用される、項目1~3のいずれか1項に記載の方法。
[5] 前記羽部下部は、前記界面から前記培養槽の底面の最深部の距離の50%以上の深さにある培養液と接触する、項目1~4のいずれか1項に記載の方法。
[6] 前記羽部は、前記回転軸との間に所定の間隔を有する、項目1~5のいずれか1項に記載の方法。
[7] 前記撹拌翼の連結部は、前記培養槽の底面部から隙間を設けて、略垂直に配置された羽部底部である、項目1~6のいずれか1項に記載の方法。
[8] 培養液中に溶存する酸素の量を制御する酸素制御機構を備える、項目1~7のいずれか1項に記載の方法。
[9] 前記酸素制御機構は、スパージャーである、項目8に記載の方法。
[10] 前記スパージャーが、焼結金属、オリフィス又はSPG膜である、項目9に記載の方法。
[11] 前記細胞が、動物細胞である、項目1~10のいずれか1項に記載の方法。
[12] 新鮮な培養液を添加しながら細胞を培養する、項目1~11のいずれか1項に記載の方法。
[13] 新鮮な培養液を添加し、かつ、前記培養槽から前記培養液を排出しながら培養する、項目1~12のいずれか1項に記載の方法。
[14] 排出した前記培養液から任意の成分を除去又は減少後の、含有する細胞が濃縮した培養液を、前記培養槽に添加する、項目13に記載の方法。
【0020】
[15] 項目1~14のいずれか1項に記載の方法に用いるための細胞培養装置であって、
前記培養液を収納する培養槽と、
前記培養槽の内部に設置され、前記培養槽の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼と、
を備え、
前記撹拌翼は、羽部と、前記羽部との連結部とを有し、
前記羽部は、前記培養液の界面の上方の気相へ突出する羽部上部と、前記羽部上部から前記界面を貫通して水深方向に延在する羽部下部を有する、
細胞培養装置。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、細胞の代謝により発生し、培養液中に溶存するCO2の量を所望の時期又は期間に精密に制御することができるようになる。これにより、細胞の培養状態に影響を与える培養液中に溶存するCO2の量を精密かつ簡便に調整することができ、細胞培養環境の改善に寄与する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】
図1は、本発明の細胞培養装置の構成の例を示す模式図(縦断面図)である。
【
図2】
図2は、本発明の細胞培養装置の構成の例を示す模式図(縦断面図)である。
【
図3】
図3は、本発明の細胞培養装置の構成の例を示す模式図(縦断面図((A)及び(B))及び上面図(C))である。
図3(A)の撹拌翼を90度回転したものが
図3(B)である。
【
図4】
図4は、本発明の使用態様の例を示す模式図である。
【
図5】
図5は、本発明の使用態様の例を示す模式図である。
【
図6】
図6は、実施例1において用いたMR210翼(A)又は比較例の2枚パドル翼(B)を備えた細胞培養装置装置の構成を示す模式図である。
【
図7】
図7は、実施例1において実施したMR210翼を用いて撹拌回転数(翼先端速度)、液量(143L又は156L)をそれぞれ変化させた時の液中の様子を示す写真である。各写真の下の数値は、総括二酸化炭素移動容量係数(k
La(CO
2))を示している。
【
図8】
図8は、実施例1において実施したMR210翼、または2枚パドル翼を用いて撹拌回転数(翼先端速度)、液量(143L又は156L)をパラメータとして測定した総括二酸化炭素移動容量係数(k
La(CO
2))の結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、実施例2において実施した、MR210翼とスパージャーとを併用した場合の総括酸素移動容量係数(k
La)及び総括二酸化炭素移動容量係数(k
La(CO
2))の比較結果を示す。(A)通気量(100mL/分、250mL/分、500mL/分)、及び(B)撹拌翼の回転数(25rpm、50rpm、75rpm)を変更した場合の総括酸素移動容量係数(k
La)。(C)通気量は500mL/分として、撹拌翼の回転数(50rpm、75rpm)を変更した場合の総括二酸化炭素移動容量係数(k
La(CO
2))。
【
図10】
図10は、実施例3において実施した細胞培養実験における溶存CO
2(%)の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための形態について説明するが、本発明の技術的範囲は下記の形態のみに限定されない。なお、本明細書で引用されている先行技術文献は、参照により本明細書に取り込まれる。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【0024】
本明細書において、「第1」「第2」・・・等の用語は、1つの要素を別の要素と区別するために用いており、例えば、第1の要素を第2の要素と表現し、同様に第2の要素を第1の要素と表現してもよく、これによって本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0025】
特段の定義がない限り、本明細書で使用する用語(技術的用語および科学的用語)は、当業者が一般に理解している用語と同一の意味を有する。
【0026】
一実施態様において、本願発明は、
細胞の代謝により産生された、培養液中に溶存する二酸化炭素の量を制御しながら培養する方法であって、
前記培養液を収納する培養槽と、
前記培養槽の内部に設置され、前記培養槽の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼と、
を備える細胞培養装置を用いる方法であり、
前記撹拌翼は、羽部と、前記羽部との連結部とを有し、
前記羽部は、羽部上部と、前記羽部上部から水深方向に延在する羽部下部とを有するものであり、
所望の時期又は期間、前記羽部上部を前記培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態で、前記撹拌翼を所定の回転速度で回転させながら、細胞を培養する工程、
を含む、方法を提供する。
【0027】
また、他の実施態様において、本願発明は、上記本願発明の方法を実施するための細胞培養装置であって、
培養液を収納する培養槽と、
前記培養槽の内部に設置され、前記培養槽の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼と、
を備え、
前記撹拌翼は、羽部と、前記羽部との連結部とを有し、
前記羽部は、前記培養液の界面の上方の気相へ突出する羽部上部と、前記羽部上部から前記界面を貫通して水深方向に延在する羽部下部を有する、
細胞培養装置を提供する。
【0028】
本願発明の方法を実施し得る細胞培養装置の構成の例については、
図1~3に沿って説明する。
【0029】
図1~3は本願発明の方法を実施し得る細胞培養装置(1、1a、1b、1c、1d、1e)の構成の一例を示すが、本発明において適用可能な細胞培養装置の構成はこれらの構成のみに限定されない。ここでは、
図1の細胞培養装置1の各構成要素を中心に説明するが、他の態様としてさらに説明が必要な構成要素については、別途追加で説明する。ここで説明した構成要素は、それぞれを任意に組み合わせることができ、本願発明において適用することができる。
【0030】
本発明の方法を適用し得る細胞培養装置1は、培養液を収納する培養槽10と、前記培養槽10の内部に設置され、前記培養槽10の上部から前記培養槽の底面方向に延びた回転軸12を中心として回転する、前記培養液を撹拌するための撹拌翼11を備えている。
【0031】
培養槽10は、撹拌翼11を設置可能であり、通常用いられている培養槽であればよく、例えば、円筒状型や直方体型であってもよく、円筒状型が好ましい。
【0032】
撹拌翼11は、羽部110と、前記羽部110との連結部111とを有している。羽部110は、培養液の界面(
図1のLSに相当)の上方の気相へ突出する羽部上部1100と、前記羽部上部1100から前記界面を貫通して水深方向に延在する羽部下部1101とを有する。一態様において、連結部111は、
図1に示すように培養槽10の底面部から隙間を設けて、略垂直に配置され、培養槽の底部の液体を撹拌する羽根底部(111)を形成するものであってもよい。例えば、羽根底部(111)は、培養槽の内径の25%以下に形成されている。
【0033】
図1に例示される撹拌翼は、例えば特開2004-321967号に開示される撹拌翼であってもよく、佐竹マルチミクス株式会社(埼玉、日本)から販売されているMR210翼(Super-Mix MR210)を本願発明に用いることができる。撹拌翼11は、1枚であってもよく、
図1に示すように回転軸12を中心として左右対称となるように1対(2枚)であってもよく、3枚以上、例えば3枚、4枚、5枚、6枚又はそれ以上の撹拌翼11を設けていてもよい。
【0034】
一実施態様において、撹拌翼11の羽部110と回転軸12との間には、
図1、
図2(A)、(B)又は
図2(D)に示す細胞培養装置(1、1a、1b、1d、1e)のように所定の間隔(隙間)を有するものであってもよく、
図2(c)の細胞培養装置1cのように、ほとんど隙間を有さないものであってもよい。前者の撹拌翼11と回転軸12の間に設けられた隙間によって、撹拌翼11が回転することにより、回転軸12の周囲に渦が生じ、培養液中のCO
2の除去をさらに促進する効果が期待できる。撹拌翼11の羽部110の内側の側縁部と回転軸12との間の所定の間隔(隙間)は、撹拌翼11が回転した場合に回転軸12の周囲に渦が生じる程度の間隔を有していればよく、例えば、回転軸12の任意の側面から水平方向にある培養槽の内壁までの距離の10%~90%、15%~80%、15%~60%、又は15%~40%の間隔であってもよい。
【0035】
一実施態様において、羽部上部1100及び羽部下部1101は、細胞培養装置1のようにそれぞれ異なる形状を有してもよい(
図1)。例えば、羽部上部1100は、回転軸12を中心とした場合の外側部において、三角形状の山形に突出していてもよい。羽部下部1101は、前記羽部上部1100の下端と連結部(羽部底部)111の一端部とを接続する板状体であり、例えば
図1に示すように上部から下部に広がった幅を有するものであってもよい。
【0036】
他の態様において、
図2(C)に示されるように羽部上部1100cは、上部から下部に向かって広がった幅を有する羽形状を有し、羽部下部1101cは、前記羽部上部1100cの下端の幅を有する羽形状を有するものであってもよい。
【0037】
他の態様において、
図2(D)に示されるように、羽部上部1100dと、羽部下部1101dは、らせん状に一体的につながったヘリカルリボン型翼を有するものであってもよい。
【0038】
他の態様において、
図2(A)及び(B)に例示されるように、羽部上部(1100a、1100b)及び羽部下部(1101a、1101b)は、細胞培養装置(1a、1b)のように1枚の長方形の形状の羽根として形成されるものであってもよい。
【0039】
一実施態様において、羽部下部(1101など)は、界面から培養槽の底面の最深部の距離の50%以上、例えば50%~99%の深さにある培養液と接触するものあってもよい。羽部下部と接触する培養液の深さが長いほど、界面上部の気相から界面下部の液相の深部までを一体となって撹拌することができる。
【0040】
他の態様において、
図3に例示されるように、撹拌翼は、第1撹拌翼11e1と第2撹拌翼11e2のように、上下に2つ又はそれ以上の撹拌翼を備えるものであってもよい。この場合、最も上層に位置する第1撹拌翼11e1が、前記培養液の界面の上方の気相へ突出する羽部上部と、前記羽部上部から前記界面を貫通して水深方向に延在する羽部下部とを有するものであり、それが、本願発明の効果、すなわち、CO
2培養液中に溶存するCO
2の量を制御する効果を発揮する。
【0041】
一実施態様において、撹拌翼11と培養槽10の内壁との間には、一定の隙間を有するものであってもよい(例えば、
図1、
図2(A)、(C)参照)。この隙間に、スパージャー15を備えることができる。また培養槽10の内壁には、バッフル14を設けてもよく、これにより、培養液の撹拌効果を高めることができる。
【0042】
上記の細胞培養装置を用いることにより、細胞の代謝により産生された、培養液中に溶存する二酸化炭素の量を所望の濃度に制御しながら培養することができる。本願発明者らは、上述の構成を有する細胞培養装置を用い、羽部上部を培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態で撹拌翼を回転させながら培養することにより、培養液中のCO
2を除去することを見出した(例えば、
図8参照)。例えば、細胞を培養中の所望の時期又は期間、例えば、培養液中に溶存する二酸化炭素(CO
2)の量を測定し、培養液中の溶存CO
2量が所定の閾値(例えば、細胞の生育に影響を与える13%など)を超えた場合に、培養液の量を調整して、培養液の界面を調整して、羽部上部を培養液の界面の上方の気相へ突出させ、その状態で撹拌翼を回転させることにより、培養液中の溶存CO
2量を減少させることができる。従って、培養液中の溶存CO
2量が所定の閾値を超えない場合は、羽部上部が培養液中に浸漬した状態で培養を続け、必要に応じて羽部上部を培養液の界面の上方の気相へ突出させてもよい。
【0043】
撹拌翼の回転速度を速くすると培養液中の溶存CO2量を除去する効果は高まるが、速すぎるとせん断応力が高くなりすぎてしまい、細胞にダメージを与えてしまう。そのため、細胞へのダメージを与えない範囲で回転速度を調整すればよい。撹拌翼の回転速度は、例えば、0.5m/秒~1.5m/秒、好ましくは1.0m/秒~1.5m/秒の翼先端速度となるよう前記撹拌翼を回転させることにより、溶存CO2の除去効果を高めることができる。
【0044】
通気条件、撹拌条件の制限から、細胞の呼吸により生じるCO2が培養液に蓄積する傾向にあり、特に大規模な動物細胞培養になるにつれて、溶存CO2の蓄積が起こりやすく、その結果として溶存CO2濃度が上昇する。従って、本願発明は、特に大量の細胞培養を行う場合、例えば培養槽に50L~100,000L、好ましくは100L~100,000Lの培養液が適用される場合に、その効果を発揮し得る。これまで、羽部上部を培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態で撹拌培養することが、大量の培養液(特に50L以上の培養液)中に溶存するCO2量を効率的に除去できる効果を有することは知られていなかった。本願発明は、そのような大量培養において培養環境の悪化につながる溶存CO2の制御を簡便に行うことができる画期的な方法である。
【0045】
本願発明において適用される細胞培養装置は、培養液中に溶存する酸素の量を制御する酸素制御機構を備えるものであってもよく、スパージャーが好ましい。スパージャーとしては、市販されており培養に用いることができるものを本発明にも使用することができ、例えば、焼結金属スパージャー又はオリフィススパージャー(例えば、Biotechnology and Bioengineering, Vol.40,Pp252-259(1992)を参照)あるいはSPG膜を有するスパージャー(例えば、国際公開第2016/002492号を参照)を用いることができ、SPG膜を有するスパージャーが好ましい。
【0046】
スパージャー15は、例えば内部領域が空洞となるように概略円筒形状に形成された多孔質体(多孔質膜)により構成された、上下方向に延びる管状のポーラス体を用いることができ、例えば、国際公開第2016/002492号に記載のスパージャーを用いてもよい。
【0047】
スパージャー15の形状は、上下方向に直線状に延びるもの以外の形状であってもよい。また、上下方向に直線状に延びる場合、培養容器中に設置される位置はどこでもよいが、撹拌翼の長径側の外方に設置することにより、該スパージャー15が培養液の上下流と旋回流を伴う大循環流に影響を与えないようになるので好ましい。
【0048】
上記の多孔質体は、上端側に気体供給路16が気密に接続され、下端側は例えば図示しないシール部材などによりシールされている。この多孔質体には、細孔径が例えば50μm以下の微小な細孔が全面に亘って均一に多数形成されており、多孔質体19の内部領域とスパージャー15の外部とが細孔を介して多数箇所において連通するように構成されている。
【0049】
多孔質体は、例えば火山灰シラスと石灰(CaO又はCaCO3)や硼酸(H3BO3)などのガラス原料とを混合して高温で溶解し、その後700℃程度で熱処理を行った後に酸処理して得られるものである。即ち、前記の熱処理により、多孔質体19中のガラス成分がシリカ(SiO2)及びアルミナ(Al2O3)を主成分とする第1ガラス相と、酸化ホウ素(B2O3)及び酸化カルシウム(CaO)を主成分とする第2ガラス相とに極めて均一に分離するので、熱処理の温度や時間あるいは成分の添加量などを調整することにより、酸処理後には極めて微細な細孔が均一に形成された多孔質体が得られることになる。この多孔質体は、例えばSPG(シラスポーラスガラス、又は、シラス多孔質ガラス)膜などと呼ばれており、SPGテクノ株式会社により製造されているものを採用することができる。
【0050】
本願発明は、培養液中に溶存する二酸化炭素(CO2)の量を測定し、その量に応じて、所望の溶存CO2濃度となるように前記撹拌翼の回転速度を調節してもよい。したがって、本発明に適用される細胞培養装置は、溶存する二酸化炭素(CO2)の量を測定するためのDCO2センサーを備えるものであってもよい。
【0051】
また、本願発明は、培養液中に溶存する二酸化炭素(CO2)の量を測定し、その量に応じて、所望の溶存CO2濃度となるように界面の位置を調節するものであってもよい。また、撹拌翼の回転速度の調節と界面の位置の調節を組み合わせてもよく、例えば、回転数の比較的低い領域(例えば、0.5m/秒~1.0m/秒の翼先端速度)では撹拌翼の回転速度の調節によって培養液中の溶存CO2を制御してもよく、回転数の比較的高い領域(例えば、1.0m/秒~1.5m/秒の翼先端速度)においては、撹拌翼の回転速度の調節から界面の位置の調節に切り替えてもよい。
【0052】
また、本願発明は、新鮮な培養液を添加しながら細胞を培養するものであってもよく、他の態様においては、新鮮な培養液を添加し、かつ、前記培養槽から前記培養液を排出しながら培養するものであってもよい。
【0053】
また、本願発明は、排出した前記培養液から任意の成分を除去又は減少後の、含有する細胞が濃縮した培養液を、前記培養槽に添加するものであってもよい。
【0054】
一実施態様において、本願発明の方法をバッチ培養法で実施することができる。この場合、例えば、培養開始時点において、撹拌翼の羽部上部を培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態となるように培養液の量を調節すればよい。この場合、溶存CO2は、撹拌回転数を所望の速度に設定することで制御することができる。
【0055】
他の態様において、本願発明の方法を
図4に模式的に記載されるフェドバッチ培養法において実施することができる。この場合、例えば、バッチ培養法の培養液の界面レベル(
図4のLSに相当)より低くなる量の培養液(
図4のLS
lowに相当)にて培養を開始し、必要に応じて濃縮した添加培養液を逐次添加するが、撹拌翼11の羽部上部1100を培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態を維持する量で培養を終了する。この場合も溶存CO
2は、撹拌回転数を所望の速度に設定することで制御することができる。
【0056】
他の態様において、本願発明の方法を
図5に模式的に記載されるパーフュージョン培養法(濃縮バッチ培養法)において実施することができる。この場合、例えば、培養開始時においては、撹拌翼11の羽部上部1100は、培養液中に浸漬した状態(
図5のLS
highに相当)で培養するが、培養液中の溶存CO
2が上昇したら、一部の培養液を培養槽から排出して、撹拌翼11の羽部上部1100を培養液の界面の上方の気相へ突出させた状態となるように培養液の界面(液面)レベルを下げる(
図5のLSに相当)。この状態で、さらに撹拌翼11の回転速度を制御することによって培養液中の溶存CO
2を制御することができる。培養液中の溶存CO
2が所望のレベルを下回った場合、添加する新鮮な培養液の量を増加及び/又は排出する培養液の量を減少させることにより、撹拌翼11の羽部上部1100を浸漬させることで、溶存CO
2の減少を停止又は遅延させることができる。
【0057】
培養液中の溶存酸素は、スパージャー15によって供給する酸素の量を調整することによって、溶存CO2とは独立して制御することができる。
【0058】
本発明の方法で培養可能な細胞の種類は特に限定されず、任意の細胞の増殖に利用可能であるが、例えば、細胞は、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、酵母菌及び細菌からなる群から選択される。動物細胞は、脊椎動物門に属する動物由来の細胞と無脊椎動物(脊椎動物門に属する動物以外の動物)由来の細胞とに大別される。本明細書における、動物細胞の由来は特に限定されない。好ましくは、脊椎動物門に属する動物由来の細胞を意味する。脊椎動物門は、無顎上綱と顎口上綱を含み、顎口上綱は、哺乳綱、鳥綱、両生綱、爬虫綱などを含む。好ましくは、一般に、哺乳動物と言われる哺乳綱に属する動物由来の細胞である。哺乳動物は、特に限定されないが、好ましくは、マウス、ラット、ヒト、サル、ブタ、イヌ、ヒツジ、ヤギなどを含む。
【0059】
本願発明で用いられる培養液は、培養する細胞の種類によって適宜選択されるものであり、特に限定されず、公知の培養液や、細胞に応じて最適化した培養液のいずれにおいてももちいることができる。
【実施例0060】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を限定することを意図するものではない。
【0061】
<実施例1>
撹拌翼は、MR210翼(Super-Mix MR210、佐竹マルチミクス株式会社、埼玉、日本)を用いた(
図1に相当)。比較例として、各層3枚羽の撹拌翼30を上下2層に有するパドル翼(佐竹マルチミクス株式会社)(
図6参照)(以下「2枚パドル翼」)を用いて実験を行った。
【0062】
撹拌翼回転手段としてブラシレスモータ(BLM6400SHP-30S、オリエンタルモータ株式会社、東京、日本)を用い、撹拌翼に接続した上記撹拌翼を円筒状の培養槽(CVi Incorporated社、米国)(直径558.8mm、高さ885mm)に設置した。
【0063】
培養槽に、156L又は143Lの模擬培地を仕込んだ。なお、模擬培地は、以下の組成からなる溶液であり、動物細胞を培養するための培養液の物性(粘度、密度、表面張力)を模倣したものである。
【表1】
【0064】
156Lの場合、撹拌翼の羽部上部は完全に浸漬した状態となる。一方で143L加えた場合は、MR210翼の羽部上部の一部が気相に露出した状態となる。一方で2枚パドル翼は、156L又は143Lの模擬培地を仕込んだいずれの場合も撹拌翼の羽部上部は完全に浸漬した状態となる。
【0065】
撹拌翼の種類(MR210翼、又は2枚パドル翼)、撹拌回転数(翼先端速度)、液量(143L又は156L)をパラメータとして、総括二酸化炭素移動容量係数(kLa(CO2))を算出した。なお、本実施例は無通気で実施した。また、各撹拌翼について、25rpm、50rpm又は75rmpの撹拌回転数で撹拌実験を行ったが、翼先端部の旋回半径がそれぞれの撹拌翼で異なるため、翼先端速度(m/s)に変換して比較した。MR210翼:25rpm→0.476m/s、50rpm→0.952m/s、75rpm→1.429m/s。2枚パドル翼:50rpm→0.860m/s、75rpm→1.291m/s。
【0066】
なお、総括二酸化炭素移動容量係数(kLa(CO2))は、以下の方法により求めた。
【0067】
模擬培地を156L又は143L調製し、液温を37℃とし、kLa(CO2)測定は、酸素のkLaの測定法である物理吸収法(The static method of Gassing Out、P.F.Stanbury and A. Whitaker著、“Principles of Fermentation Technology”1984 Pergamon Press, p.174-175)をkLa(CO2)測定においても採用した。単管でCO2をバブリングして、25%DCO2を目途に溶解し、その後上面通気(37.6L/min)を開始し、排ガスCO2濃度が0.8%以下になったらスパージャーから通気(又は無通気)を開始し、15%DCO2以下又は1時間経過したら通気を止めて測定を終了した。その間のDCO2の濃度の変化からkLa(CO2)を算出した。DCO2センサー(メトラー・トレド株式会社)でDCO2濃度を、ベントの排ガス側のCO2濃度は排ガスCO2計(バイオット株式会社)でそれぞれ測定した。
【0068】
その結果、MR210翼のk
La(CO
2)は、2枚パドル翼に比べて格段に数値が高く、かつ、MR210翼の156L仕込みよりも143L仕込みの数値の方が高かった(
図7)。
【0069】
このことから、MR210翼では、培養液界面に翼が出て培養液界面を撹拌する143L仕込みの方がCO
2除去に効果的であった。撹拌による培養液表面の変動と、培養液界面からの空気の巻き込みが、CO
2の除去に効果があることが確認された(
図8)。
【0070】
2枚パドル翼は、CO2除去効果は低く、一方、MR210翼はCO2除去効果が高い撹拌翼であることが明らかとなった。
【0071】
撹拌状態を観察したところ、MR210翼の0.952m/s以上では、界面が上下に動いて気泡を巻き込んでいる様子が確認された。
【0072】
<実施例2>
撹拌翼とスパージャーとを併用した場合の総括酸素移動容量係数(kLa)及び総括二酸化炭素移動容量係数(kLa(CO2))の比較
【0073】
撹拌翼、実施例1と同様、MR210翼(Super-Mix MR210、佐竹マルチミクス株式会社、埼玉、日本)を用い(
図1(A))、その他の培養装置の構成も実施例1と同様のものを用いた。スパージャーは、
図6(A)の位置に設置した。
【0074】
スパージャーとして、シラス多孔質ガラス(SPG)膜(株式会社キヨモトテックイチ)、焼結金属(バイオット株式会社)、又はオリフィス(株式会社キヨモトテックイチ)を備えるスパージャーを使用した。それぞれのスパージャーに、気体供給路を介して気体(酸素)が貯留された気体貯留部(酸素ボンベ)に接続した。液量は156LとしてMR210翼の上部羽部が完全に浸漬するようにした。
【0075】
各スパージャーについて、通気量(100mL/分、250mL/分、500mL/分)、及び、撹拌翼の回転数(25rpm、50rpm、75rpm)を変更して、総括酸素移動容量係数(k
La)を測定した(
図9(A)及び(B))。また、通気量は500mL/分として、撹拌翼の回転数(50rpm、75rpm)を変更した場合の総括二酸化炭素移動容量係数(k
La(CO
2))を測定した(
図9(C))。
【0076】
その結果、スパージャーを培養槽に適用することにより、培養液の溶存酸素量に影響を与える総括酸素移動容量係数(k
La)を制御することが可能であった(
図9(A)及び(B))。その一方、スパージャーによる通気がある場合と、無通気の場合と比較した場合、CO
2除去効果は同等であった(
図9(C))。この結果と実施例1の結果を考慮すると、通気の有無、撹拌回転数、及び培養液レベル(すなわち、撹拌翼の羽上部の気相への露出の有無)を組み合わせることによって、培養液中へのO
2供給とCO
2除去を独立して制御可能であることが明らかとなった。
【0077】
<実施例3>
撹拌翼、実施例1と同様、MR210翼(Super-Mix MR210、佐竹マルチミクス株式会社、埼玉、日本)を用い(
図6(A))、その他の培養装置の構成も実施例1と同様のものを用いた。スパージャーは、シラス多孔質ガラス(SPG)膜スパージャー用い、
図6(A)の位置に設置した。
【0078】
MR210翼の羽部上部が液面より上部に出る条件(143L)で培地(富士フイルム和光純薬製、JX G017-MAB01培地)を添加し、そこへCHO-S細胞(初期細胞濃度:6.1×105 cells/ml)を加え、37℃に保温しながら、50rpm(翼先端速度:0.952m/s)の条件で撹拌をスタートし、培養48時間で60rpm(翼先端速度:1.143m/m)に変更した。その時のCO2の除去状態を観察した。また、CHO-S細胞へのせん断による阻害の影響の有無を確認した。上面通気量は37.6NL/min、O2ガスを一定量マニュアル通気した。pHは7.2(制御幅:pH7.2±0.2)となるよう、CO2ガス通気した。
【0079】
培養開始直後、溶存二酸化炭素(DCO
2)は、細胞増殖阻害が発生するといわれている13%を超えていたが、徐々に低下し、培養48時間後に撹拌回転数を50rpmから60rpmに上昇させた後は、DCO
2低下速度が上昇した(
図10)。せん断応力による細胞へのダメージも認められず、効果的に細胞培養可能であることが明らかとなった。