(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025007572
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/22 20160101AFI20250109BHJP
【FI】
H02P21/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023109060
(22)【出願日】2023-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(71)【出願人】
【識別番号】000001845
【氏名又は名称】サンデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098361
【弁理士】
【氏名又は名称】雨笠 敬
(72)【発明者】
【氏名】橋本 誠司
(72)【発明者】
【氏名】川口 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】孫 林峰
(72)【発明者】
【氏名】木暮 雅之
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505AA06
5H505BB02
5H505CC04
5H505DD08
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG02
5H505GG04
5H505GG10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ25
5H505LL14
5H505LL22
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】ニューラルネットワーク構造により、直接的に最適効率となる出力信号を学習的に導出する場合に、物理的な制約を学習アルゴリズムに組み込むことで、リアルタイムでより最適な効率改善を図ることができるモータ制御装置を提供する。
【解決手段】モータ制御装置1は、モータ6を制御するものであって、入力信号を入力し、順伝搬と逆伝搬による学習を繰り返すことにより、最適効率となる出力信号を導出するニューラルネットワーク補償器11を備え、入力信号を電流波高指令値i
p
*と電流波高値i
pとし、出力信号を電流位相指令値θ
i
*とし、傾きΔi
p/Δθ
i
*に基づく値を教師信号として教師信号を最小化するように入力信号から出力信号を学習的に導出する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号を入力し、順伝搬と逆伝搬による学習を繰り返すことにより、モータの効率改善のための出力信号を導出するニューラルネットワーク補償器を備え、該ニューラルネットワーク補償器が導出した前記出力信号に基づき、前記モータを制御するモータ制御装置において、
前記ニューラルネットワーク補償器は、
前記入力信号を、電流波高指令値ip
*と電流波高値ipとし、
前記出力信号を、電流位相指令値θi
*とすると共に、
傾きΔip/Δθi
*に基づく値を教師信号として、当該教師信号を最小化するように、前記入力信号から前記出力信号を学習的に導出することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
前記傾きΔip/Δθi
*に基づく値である符号関数sgn(Δip/Δθi
*)を前記ニューラルネットワーク補償器の教師信号とすることを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記ニューラルネットワーク補償器は、前記入力信号として機械角速度指令値ω*と機械角速度推定値ωを更に入力し、前記モータの動特性改善のための補償電流値iNを前記出力信号として更に導出することを特徴とする請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記ニューラルネットワーク補償器は、入力層、中間層及び出力層を備えた単一構成のものであることを特徴とする請求項3に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記モータは、永久磁石同期電動機であることを特徴とする請求項1乃至請求項4のうちの何れかに記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記モータを駆動制御するモータ駆動部と、
前記ニューラルネットワーク補償器の前記出力信号に基づいて前記モータ駆動部により前記モータを制御するモータ制御部と、
を備えたことを特徴とする請求項1乃至請求項4のうちの何れかに記載のモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニューラルネットワーク制御を利用してモータの運転を制御するモータ制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
永久磁石埋込型(IPM)モータ(永久磁石同期電動機)は、永久磁石を回転子内部に配置した構造で、リラクタンストルクを併用可能であり、高効率化を図りやすいため、家電機器や産業機器、自動車分野の用途などに広く用いられてきている。また、近年のAI技術の発展に伴い、この種モータ制御の分野においてもその導入が検討されて来ている。
【0003】
例えば、特許文献1ではモータの電流制御系において,ステップ状のトルク指令に対する電流のオーバーシュート量、アンダーシュート量、立ち上がり時間を報酬とした学習により、電流制御器のPIゲインを最適化する学習装置と学習方法を提案している。また、例えば、特許文献2ではモータの最適電流指令を学習することができる機械学習方法を提案している。この文献では、モータトルク、モータ電流、モータ電圧を報酬とした学習により、モータの電流指令値を導出している。
【0004】
更に、例えば、特許文献3ではニューラルネットワーク手段を用いて、1次電圧と位相角を導出し、誘導機を制御する装置が提案されている。しかしながら、何れの文献に記載の構成によっても、モータの製品ばらつきや経年変化によるモータパラメータの変動に対して、応答性良く損失を最小化し、効率の低下を防止することは難しいという問題があった。
【0005】
そこで、例えば特許文献4では、ニューラルネットワーク制御により、リアルタイムで最適効率となる出力信号を学習的に導出し、モータの総合効率(機械出力/電源入力)が最適になるように補償を行うモータ制御装置を提案していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2017-34844号公報
【特許文献2】特開2018-14838号公報
【特許文献3】特許第3054521号公報
【特許文献4】特開2022-42871号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来のニューラルネットワーク制御による補償では、学習方法が場当たり的にデータを与えて学習させるものであったため、制御装置と外部環境要因に応じた最適値からずれてしまう。即ち、モータの製造バラツキや経年変化等でパラメータが変化してしまった場合、損失が最小となるような運転点で動作できず、総合効率(機械出力/電源入力)が低下してしまう。
【0008】
また、安価でバラツキの大きな部品を採用した場合も、損失が最小となるような運転点で動作できず、やはり総合効率が低下してしまう。それにより、電流が増加して熱が増えるため、素子の寿命が低下する。また、インバータの故障を防ぐために運転時間が短くなる問題があった。
【0009】
本発明は、係る従来の技術的課題を解決するために成されたものであり、ニューラルネットワーク構造により、直接的に最適効率となる出力信号を学習的に導出する場合に、物理的な制約を学習アルゴリズムに組み込むことで、リアルタイムでより最適な効率改善を図ることができるモータ制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のモータ制御装置は、入力信号を入力し、順伝搬と逆伝搬による学習を繰り返すことにより、モータの効率改善のための出力信号を導出するニューラルネットワーク補償器を備え、このニューラルネットワーク補償器が導出した出力信号に基づき、モータを制御するものであって、ニューラルネットワーク補償器は、入力信号を、電流波高指令値ip
*と電流波高値ipとし、出力信号を、電流位相指令値θi
*とすると共に、傾きΔip/Δθi
*に基づく値を教師信号として、当該教師信号を最小化するように、入力信号から出力信号を学習的に導出することを特徴とする。
【0011】
請求項2の発明のモータ制御装置は、上記発明において傾きΔip/Δθi
*に基づく値である符号関数sgn(Δip/Δθi
*)をニューラルネットワーク補償器の教師信号とすることを特徴とする。
【0012】
請求項3の発明のモータ制御装置は、請求項1の発明においてニューラルネットワーク補償器は、入力信号として機械角速度指令値ω*と機械角速度推定値ωを更に入力し、モータの動特性改善のための補償電流値iNを出力信号として更に導出することを特徴とする。
【0013】
請求項4の発明のモータ制御装置は、上記発明においてニューラルネットワーク補償器は、入力層、中間層及び出力層を備えた単一構成のものであることを特徴とする。
【0014】
請求項5の発明のモータ制御装置は、上記各発明においてモータは、永久磁石同期電動機であることを特徴とする。
【0015】
請求項6の発明のモータ制御装置は、請求項1乃至請求項4の発明においてモータを駆動制御するモータ駆動部と、ニューラルネットワーク補償器の出力信号に基づいてモータ駆動部によりモータを制御するモータ制御部を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、入力信号を入力し、順伝搬と逆伝搬による学習を繰り返すことにより、モータの効率改善のための出力信号を導出するニューラルネットワーク補償器を備え、このニューラルネットワーク補償器が導出した出力信号に基づき、モータを制御する制御装置において、ニューラルネットワーク補償器が、入力信号を、電流波高指令値ip
*と電流波高値ipとし、出力信号を、電流位相指令値θi
*とすると共に、傾きΔip/Δθi
*に基づく値を教師信号として、当該教師信号を最小化するように、入力信号から出力信号を学習的に導出するようにしたので、モータに製品ばらつきがあった場合や、磁気飽和に加え、経年変化や温度変化によりモータパラメータが変動した場合にも、リアルタイムで損失を最小化し、効率の低下を防止して、最小損失でのモータ駆動が可能となる。
【0017】
これにより、バラツキが多くなる安価なモータを採用することができるようになると共に、パラメータの適合にかかる工数も大幅に低減され、コストの削減も図ることが可能となると共に、所謂ロバスト化も実現することができるようになる。
【0018】
特に、ニューラルネットワーク補償器は、傾きΔip/Δθi
*に基づく値を教師信号とし、当該教師信号を最小化するように入力信号から出力信号を学習的に導出するようにしたので、傾きΔip/Δθi
*という物理的な制約をニューラルネットワークの学習アルゴリズムに組み込み、より最適な効率でのモータ駆動が可能となる。また、オーバーシュートが発生しない速度制御器との親和性も高くなるものである。
【0019】
請求項2の発明によれば、上記発明において傾きΔip/Δθi
*に基づく値である符号関数sgn(Δip/Δθi
*)をニューラルネットワーク補償器の教師信号とするようにしたので、ニューラルネットワーク補償器での演算の簡便性と学習の早さ、及び、安定性を向上させることができるようになる。
【0020】
また、請求項3の発明の如くニューラルネットワーク補償器が、入力信号として機械角速度指令値ω*と機械角速度推定値ωを更に入力し、モータの動特性改善のための補償電流値iNを出力信号として更に導出するようにすることで、外乱に対してリアルタイムでモータの速度応答性を改善することができるようになる。これにより、速度指令を生成する上位の制御装置の設計工数も削減することが可能となる。
【0021】
特に、ニューラルネットワーク補償器が、モータの効率改善と動特性改善のためのニューラルネットワークが統合されたかたちとなるので、請求項4の発明の如き単一構成で、効率改善と動特性改善を統一的に考慮した設計が可能となると共に、各出力を個別のニューラルネットワークにて生成する場合に比してネットワーク規模の小型化を図り、計算負荷を軽減することができるようになる。
【0022】
これにより、システムの安定性を向上させながら、演算効率の改善及び低消費電力化が可能となると共に、大きな演算リソースを有する演算装置も不要となるため、コストの削減も図ることが可能となる。更に、効率改善と動特性改善の両方に寄与する学習が成されることになるので、効率改善のためのニューラルネットワークと動特性改善ためのニューラルネットワークを個々に設ける場合に比して、効率改善と動特性改善の性能をより一層向上させることが可能となる。
【0023】
また、上記各発明は請求項5の発明の如き永久磁石同期電動機に有効であり、具体的には請求項6の発明の如くモータを駆動制御するモータ駆動部と、ニューラルネットワーク補償器の出力信号に基づいてモータ駆動部によりモータを制御するモータ制御部を更に設けてモータを制御するものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明を適用した一実施例のモータ制御装置のブロック図である(実施例1)。
【
図2】
図1のモータ制御装置のニューラルネットワーク補償器のブロック図である。
【
図3】
図2のニューラルネットワーク補償器の内部構造の一例を示す図である。
【
図4】モータが最適効率となる電流波高値と電流位相の関係を説明するためのdq軸における最適位相条件を示す図である。
【
図5】同じくモータが最適効率となる電流波高値と電流位相の関係を説明するためのi
p-θ
i軸における最適位相条件を示す図である。
【
図6】本発明を適用したモータ制御装置の損失に対する応答波形を説明する図である。
【
図7】本発明を適用したモータ制御装置の電流(i
d、i
q、i
p)と位相(θ
i)の応答波形を説明する図である。
【
図8】本発明を適用したモータ制御装置の物理パラメータ変化後の損失に対する応答波形を説明する図である。
【
図9】本発明を適用したモータ制御装置の物理パラメータ変化後の電流(i
d、i
q、i
p)と位相(θ
i)の応答波形を説明する図である。
【
図10】パラメータ変化前後での各評価値の最適値に対する割合を説明する図である。
【
図11】本発明を適用した他の実施例のモータ制御装置のブロック図である(実施例2)。
【
図12】
図11のモータ制御装置のニューラルネットワーク補償器のブロック図である。
【
図13】
図12のニューラルネットワーク補償器の内部構造の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づき詳細に説明する。
【実施例0026】
(1)モータ制御装置1
図1は本発明の一実施例のモータ制御装置1の構成を示すブロック図である。この実施例のモータ制御装置1は、モータ駆動部としてのインバータ回路9と、モータ制御部3を備え、所定周波数の交流電力を変換生成し、モータ6に供給する構成とされている。モータ6は、例えば電気自動車やハイブリッド自動車等の電動車両の空調装置に用いられる電動圧縮機を駆動する三相の永久磁石埋込型モータであり、実施例の場合は永久磁石同期電動機(IPMSM:Interior Permanent Magnet Synchronous Motor)を採用し、モータ制御部3が生成する電圧指令によってインバータ回路9により駆動される。
【0027】
(2)インバータ回路9(モータ駆動部)
インバータ回路9は、複数(6個)のスイッチング素子がブリッジ結線されて構成されている。インバータ回路部9の各スイッチング素子は、後述するインバータ制御部3のPWM信号生成器8が生成するPWM信号によりスイッチングされる。
【0028】
(3)モータ制御部3
モータ制御部3は、実施例ではモータ6の機械角速度推定値ω’mと機械角速度指令値ω*との偏差に基づき、当該偏差を無くす方向でd軸電圧指令値Vd*、q軸電圧指令値Vq*を生成し、これらd軸電圧指令値Vd*、q軸電圧指令値Vq*から最終的にPWM信号生成器8を用いて、インバータ回路9の各スイッチング素子をスイッチングするためのPWM信号を生成し、モータ6をセンサレスベクトル制御にて駆動するものである。尚、係るセンサレス制御に限らず、位置センサを用いてモータ6を制御してもよい。
【0029】
この実施例のモータ制御部3は、プロセッサを備えたコンピュータの一例であるマイクロコンピュータから構成されており、その機能として、ニューラルネットワーク補償器11と、速度制御器12と、極座標変換器13と、電流制御器14と、非干渉補償器16と、相電圧指令演算器7と、PWM信号生成器8と、dq軸電流変換器10、三相電流推定器17と、磁石位置推定器18と、回転数演算器19等を備えている。
【0030】
三相電流推定器17は、相電圧指令演算器7が出力する各相電圧、即ち、U相電圧指令値V*
u、V相電圧指令値V*
v、W相電圧指令値V*
w(PWM信号生成器8が生成する6つのPWM信号を用いても良い。)と、一つのシャント抵抗により検出したインバータ回路9を流れる一相の相電流から、各相電流(U相電流iu、V相電流iv、W相電流iw)を推定する(1シャント電流検知方式)。尚、各相電流の検知方式としてはそれ以外に、二つのシャント抵抗を用いて二相の相電流を検出する2シャント電流検知方式や、シャント抵抗を3つ用いて三相の相電流を検出する3シャント電流検知方式、ホールCTを用いて相電流を検出するホールCT電流検知方式が考えられる。
【0031】
磁石位置推定器18は、この実施例では三相電流推定器17が出力する各相電流、即ち、U相電流iu、V相電流iv、W相電流iwから電気角推定値θ'
eを推定する。尚、この電気角推定値θ'
eの推定に関しては、これらの他に、U相電圧指令値V*
u、V相電圧指令値V*
v、W相電圧指令値V*
wを用いても良く、d軸電圧指令値Vd*、q軸電圧指令値Vq*を用いても良い。又、d軸電圧指令値Vd*、q軸電圧指令値Vq*とd軸電流id、q軸電流iq活用しても良く、それ以外にも、これらU相電流iu、V相電流iv、W相電流iw、U相電圧指令値V*
u、V相電圧指令値V*
v、W相電圧指令値V*
w、d軸電圧指令値Vd*、q軸電圧指令値Vq*、d軸電流id、q軸電流iqのうちの何れか、或いは、それらの組み合わせ、若しくは、それらの全てを用いて電気角推定値θ'
eを推定しても良い。
【0032】
また、回転数演算器19は、磁石位置推定器18が出力する電気角推定値θ'
eから、先述した機械角速度推定値ω'
mを推定する。更に、dq軸電流変換器10は、磁石位置推定器18が出力する電気角推定値θ'
eからd軸電流idと、q軸電流iqを導出する。また、磁石位置推定器18が出力する電気角推定値θ'
eは、更に相電圧指令演算器7に入力されると共に、dq軸電流変換器10が出力するd軸電流idとq軸電流iqと、回転数演算器19が出力する機械角速度推定値ω'
mを、非干渉補償器16に入力される。
【0033】
また、回転数演算器19が出力する機械角速度推定値ω'
mは、更に減算器21に入力される。この減算器21には機械角速度指令値ω*が入力され、この減算器21において機械角速度指令値ωm
*から機械角速度推定値ω'
mが減算されてそれらの偏差が算出される。尚、前述した如く位置センサを用いてモータ6を制御する場合には、当該位置センサにより検出された機械角速度(ωm)が機械角速度推定値ω'
mの代わりに減算器21に入力されることになる。
【0034】
減算器21で算出された偏差は速度制御器12に入力される。この速度制御器12はI-P演算及び電流波高値ipとトルクの関係式より、電流波高指令値ip
*を算出する。尚、係る式による演算では無く、電流波高値ipとトルクの関係からオフラインで設定したマップを使用し、電流波高指令値ip
*を算出しても良い。また、式を使用する場合、オンラインでパラメータを同定、又は推定し、精度の向上を図っても良い。
【0035】
極座標変換器13には、この電流波高指令値ip
*が他方の入力として入力される。極座標変換器13の一方の入力には、ニューラルネットワーク補償器11が出力する電流位相指令値θi
*が入力される。尚、このニューラルネットワーク補償器11については、後に詳述する。
【0036】
極座標変換器13は、これら電流位相指令値θi
*と電流波高指令値ip
*からd軸電流指令値id
*とq軸電流指令値iq
*を導出する。極座標変換器13では、以下の式(I)に基づき、d軸電流指令値id
*とq軸電流指令値iq
*を導出する。
【0037】
【0038】
極座標変換器13が出力するd軸電流指令値id
*とq軸電流指令値iq
*は、減算器22、23にそれぞれ入力される。各減算器22、23にはdq軸電流変換器10が出力するd軸電流idとq軸電流iqがそれぞれ入力され、各減算器22、23において偏差がそれぞれ算出される。
【0039】
各減算器22、23が出力する各偏差は、電流制御器14に入力される。この電流制御器14は、各偏差を用いてPI演算を行い、d軸電圧指令値V
d
*とq軸電圧指令値V
q
*を生成して出力する。これらd軸電圧指令値V
d
*とq軸電圧指令値V
q
*は、非干渉補償器16にてdq軸間の干渉を打ち消された後(
図1中ではその出力をV
'
d
*、V
'
q
*で示す)、相電圧指令演算器7に入力される。尚、この非干渉補償器16は省略しても良い。
【0040】
相電圧指令演算器7は、d軸電圧指令値V'
d
*とq軸電圧指令値V'
q
*、磁石位置推定器18が出力する電気角推定値θ'
eからU相電圧指令値Vu
*、V相電圧指令値Vv
*、W相電圧指令値Vw
*を生成してPWM信号生成器8に出力する。PWM信号生成器8は各相の電圧指令値Vu
*、Vv
*、Vw
*からインバータ回路9の各スイッチング素子をスイッチング(PWM制御)するためのPWM信号を生成する。そして、インバータ回路9から各相電圧Vu、Vv、Vwがモータ6に印加され、これにより、実施例ではモータ6のセンサレスベクトル制御を実現するものである。
【0041】
(4)ニューラルネットワーク補償器11(実施例1)
次に、
図2、
図3を用いて
図1中のニューラルネットワーク補償器11について詳述する。
図2はこの実施例のニューラルネットワーク補償器11のブロック図、
図3はニューラルネットワーク補償器11の内部構造を示す図である。ニューラルネットワーク補償器11は、入力信号を入力して、順伝搬と逆伝搬による学習を繰り返すことにより、モータ6の効率改善のための出力信号、即ち、モータ6が最適効率となる出力信号を導出するものである。
【0042】
尚、前記モータ6の効率改善のための出力信号は、本発明では電流位相指令値θi
*である。また、入力信号はモータ6の電流値としての電流波高値ipと電流波高指令値ip
*(電流波高値ipの指令値)である。
【0043】
また,本発明において最小化すべき教師信号は、sgn(Δi
p/Δθ
i
*)である。そして、
図1、
図2の実施例のニューラルネットワーク補償器11は、教師信号sgn(Δi
p/Δθ
i
*)を最小化するように、入力信号から出力信号を学習的に導出する。尚、この出願において最小化には当然に零も含まれるものとする。即ち、最適な効率となる電流位相指令値θ
i
*を導出するために、入力信号には電流波高指令値i
p
*と電流波高値i
p、最小化する教師信号にはsgn(Δi
p/Δθ
i
*)を利用する。
【0044】
ここで、
図4に示す如く、必要トルクT
eに対し、電流波高値i
pを最小化する電流位相θ
iが存在し、
図5に示す如く、最適効率のときに傾きΔi
p/Δθ
i
*が零(0)となる。これが本発明における物理的な制約である。また、この実施例では、更に演算の簡便性、学習の早さ、安定性向上を考慮し、傾きΔi
p/Δθ
i
*に符号関数sgnを適用し、制御時刻での傾きの符号(-、0、+)のみにより学習を行う。即ち、ニューラルネットワーク補償器11では、順伝搬と逆伝搬を繰り返して、リアルタイムで教師信号である符号関数sgn(Δi
p/Δθ
i
*)を最小化する最適な電流位相指令値θ
i
*を導出する。
【0045】
図1では速度制御器12の出力である電流波高指令値i
p
*と、ニューラルネットワーク補償器11が学習により導出した最適な電流位相指令値θ
i
*により、モータ6を最適効率の状態で速度制御する。
【0046】
次に、
図3に示す内部構造を用いて実施例のニューラルネットワーク補償器11を更に具体的に説明する。ニューラルネットワーク補償器11は、教師信号(傾きΔi
p/Δθ
i
*の符号関数sgn(Δi
p/Δθ
i
*))を最小化するように、補償量(出力信号:電流位相指令値θ
i
*)を現在の入力信号(電流波高指令値i
p
*と電流波高値i
p)から学習的に導出する。
【0047】
ここで、損失(銅損)は電流波高値の二乗ip
2に比例する。トルクは電流波高値ipにより制御されるが、電流波高値ipは電流位相θiの関数である。従って、ニューラルネットワーク補償器11により、必要トルク条件を満たす範囲で電流波高値ipが最小となる電流位相θiを演算周期毎に情報更新することで導出する。
【0048】
この実施例のニューラルネットワーク(NN)補償器11の内部構造は
図3のようになる(2入力、1出力)。入力層24(Input layer)と出力層26(Output layer)間に複数の中間層27(Middle layer)があり、各中間層27はしきい値である複数のニューロン28(neuron)により構成され、出力層26もしきい値であるニューロン29により構成されている。
【0049】
そして、入力層24と最初の中間層27のニューロン28は入力層24と当該中間層27の結合の重みであるシナプス(全体を31で示す)により結合され、前後の中間層27のニューロン28はシナプス(全体を32で示す)により結合され、最後の中間層27のニューロン28と出力層26のニューロン29はシナプス(全体を33で示す)により結合される。
【0050】
各ニューロン28、29の結合式は式(II)となる。尚、実施例のニューラルネットワーク補償器11は、入力層(2入力)、2層(最初の中間層:10ニューロン)、3層(最後の中間層:10ニューロン)、出力層(1出力)である。
【0051】
【0052】
ここで、式(II)中のyは結果、xは入力、wiは重みであり、すべてベクトルである。また、bは閾値(バイアス)、σは活性化関数である。また、重みwiと、閾値bの更新式(学習式)は式(III)となる。
【0053】
【0054】
ここで、式(III)中のα、βは学習率、Eは損失関数(電流波高値ip)である。ニューラルネットワーク補償器11の演算手順については、一回のサンプリング周期で、以下のステップ1:順伝搬演算(式(IV)で示す)と、ステップ2:逆伝搬演算(式(V)で示す)と、ステップ3:勾配降下演算(式(VI)で示す)を実施する(3層構造の例)。
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
尚、式(IV)~式(VI)中の丸括弧()の添え字は現在の層と次の層を接続することを意味する。また、かぎ括弧[]の添え字はどの層からどの層へ伝わる重みであるかを表している。添え字1は2×10、添え字2は10×10、添え字3は10×1である。
【0059】
また、式(IV)~式(VI)中のW[1]、W[2]、W[3]は各層の重み、B[1]、B[2]、B[3]は各層の閾値、αとβは重みを更新するための学習率(ハイパーパラメータ)である。また、A[1]、A[2]はニューロンの結合式、σは活性化関数である。更に、θi
*は電流位相指令値θi
*、Lは損失関数、上添え字Tは転置行列である。
【0060】
ニューラルネットワーク補償器11は、教師信号sgn(Δip/Δθi
*)を最小化するようにシナプス31~33を順伝搬と逆伝搬により更新し、入力信号(電流波高指令値ip
*と電流波高値ip)から出力信号(電流位相指令値θi
*)を学習的に導出する。そして、ニューラルネットワーク補償器11が出力する電流位相指令値θi
*は極座標変換器13に入力される。
【0061】
(5)
図1のモータ制御装置1の評価
次に、
図6~
図10を参照しながらこの実施例(
図1~
図3)のニューラルネットワーク補償器11を用いたモータ6の最適効率制御の効果について説明する。
図6は物理パラメータ変化がない場合の損失に対する時間応答波形を示している。尚、図中に記載のパーセンテージは,最適値(Optimal)に対する割合を示している。また、実線は実施例のモータ制御装置1の場合(NN-based MTPA)、破線はニューラルネットワーク補償器を用いない従来の一般的なMTPA(Conventional MTPA)によるモータ制御の場合を示している。
【0062】
図6より、この実施例のモータ制御装置1の場合(最適効率比で100%)と、従来の一般的なMTPA(100%)の場合は、ともに略同等であり、最適効率となっていることが確認できる。また、d軸電流i
dとq軸電流i
q、及び、電流波高値i
pと電流位相θ
iの時間応答波形を
図7に示す。
図7から何れの制御でも電流レベルで各値は最適条件に一致していることが確認できる。
【0063】
次に,物理パラメータが変化した場合の結果について比較検証する。ここでは、実応用を考慮し、変化後の物理パラメータは利用できないものとする。即ち、MTPAでは、変化前のパラメータのみ利用可能で、その値により設計されているものとする。
図8に損失に対する時間応答波形を示す。
図8より、従来のMTPAでは(破線)、物理パラメータ変化により最適性が失われ、最適効率に対して損失レベルで3.7%劣化している。
【0064】
これに対して、この実施例のモータ制御装置1では(実線)、物理パラメータを必要とせず、ニューラルネットワーク制御による学習により、損失を最適値(劣化0%)に維持できていることがわかる。d軸電流i
dとq軸電流i
q、及び、電流波高値i
pと電流位相θ
iの時間応答波形を
図9に示す。
図9から、従来のMTPAでは物理パラメータの変化により、各値は最適条件から外れているが(破線)、実施例のモータ制御装置1では何れも最適値に略一致していることが確認できる(実線)。
【0065】
パラメータ変化前後での従来のMTPAと実施例のモータ制御装置1(ニューラルネットワーク補償)の比較について、各値を最適値に対する割合としてまとめた結果を
図10に示す。図中(a)は物理パラメータ変化前、(b)は変化後を示している。この図よりパラメータ変化後は、実施例のモータ制御装置1は全て最適値近傍の値をとっており、一般的なMTPAに対する優位性が確認できる。
【0066】
以上のように、ニューラルネットワーク補償器11の入力信号を、電流波高指令値ip
*と電流波高値ipとし、出力信号を電流位相指令値θi
*とすると共に、傾きΔip/Δθi
*に基づく値を教師信号として、当該教師信号を最小化するように、入力信号から出力信号を学習的に導出するようにしたので、モータ6に製品ばらつきがあった場合や、磁気飽和に加え、経年変化や温度変化によりモータパラメータが変動した場合にも、リアルタイムで損失を最小化し、効率の低下を防止して、最小損失でのモータ駆動が可能となる。
【0067】
これにより、バラツキが多くなる安価なモータ6を採用することができるようになると共に、パラメータの適合にかかる工数も大幅に低減され、コストの削減も図ることが可能となると共に、所謂ロバスト化も実現することができるようになる。
【0068】
特に、ニューラルネットワーク補償器11は、傾きΔip/Δθi
*に基づく値を教師信号とし、当該教師信号を最小化するように入力信号から出力信号を学習的に導出するようにしたので、傾きΔip/Δθi
*という物理的な制約をニューラルネットワークの学習アルゴリズムに組み込み、より最適な効率でのモータ駆動が可能となる。また、オーバーシュートが発生しない速度制御器との親和性が高くなる。即ち、速度オーバーシュートが発生する場合、それに起因する不要な消費電力が発生する事となり、ノイズを含んだ状態で学習する事となる。その為、本発明では速度制御器にオーバーシュートが発生しない制御系で構成する事で、最適な学習が可能となる。
【0069】
また、実施例では傾きΔip/Δθi
*に基づく値として、符号関数sgn(Δip/Δθi
*)をニューラルネットワーク補償器11の教師信号に採用したので、ニューラルネットワーク補償器11での演算の簡便性と学習の早さ、及び、安定性を向上させることができるようになる。特に、本発明は実施例の如き永久磁石同期電動機のモータ6に有効である。
この実施例のニューラルネットワーク補償器11は、モータ6の効率改善と動特性改善のための学習機能が統合された単一構成のものであり、入力信号を入力して、順伝搬と逆伝搬による学習を繰り返すことにより、モータ6の効率改善のための出力信号とモータ6の動特性改善のための出力信号を導出するものである。
この実施例のニューラルネットワーク補償器11も、多層のニューラルネットワーク補償器であり、順伝搬と逆伝搬による学習を繰り返し、リアルタイムで教師信号sgn(Δip/Δθi
*)を最小化する最適な電流位相指令値θi
*と、(ipf
*)2を最小化(零)する最適な補償電流値iNを導出する。
そして、入力層24と最初の中間層27のニューロン28は入力層24と当該中間層27の結合の重みであるシナプス(全体を31で示す)により結合され、前後の中間層27のニューロン28はシナプス(全体を32で示す)により結合され、最後の中間層27のニューロン28と出力層26のニューロン29はシナプス(全体を33で示す)により結合される。
ここで、効率改善用のニューラルネットワーク補償器と動特性改善用のニューラルネットワーク補償器をそれぞれ別個に設けた場合、シナプス数は各ニューラルネットワーク補償器の合計で260個、ニューロンの数は合計で42個、乗算(順伝搬)は合計で約260回、乗算(逆伝搬)は合計で約3000回となる。
一方、この実施例のニューラルネットワーク補償器11ではそれらが統合化されているため(統合ニューラルネットワーク補償器)、中間層27のニューロン28や各シナプス31~33を共用することができるようになり、シナプス数は160個、ニューロンの数は22個、乗算(順伝搬)は約180回、乗算(逆伝搬)は約1600回となって、何れも半分強に削減することができる。
そして、この実施例によっても前述した実施例同様にモータ6に製品ばらつきがあった場合や、磁気飽和に加え、経年変化や温度変化によりモータパラメータが変動した場合にも、リアルタイムで損失を最小化し、効率の低下を防止して、最小損失でのモータ駆動が可能となる。これにより、コストの削減も図ることが可能となると共に、所謂ロバスト化も実現することができるようになる。
特に、この実施例ではニューラルネットワーク補償器11は、モータ6の効率改善と動特性改善のためのニューラルネットワークが統合されたかたちとなるので、単一構成で効率改善と動特性改善を統一的に考慮した設計が可能となると共に、各出力を個別のニューラルネットワークにて生成する場合に比してネットワーク規模の小型化を図り、計算負荷を軽減することができるようになる。
それにより、システムの安定性を向上させながら、演算効率の改善及び低消費電力化が可能となると共に、大きな演算リソースを有する演算装置も不要となるため、コストの削減も図ることが可能となる。更に、効率改善と動特性改善の両方に寄与する学習が成されることになるので、効率改善のためのニューラルネットワークと動特性改善ためのニューラルネットワークを個々に設ける場合に比して、効率改善と動特性改善の性能をより一層向上させることが可能となる。