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特開2025-7603処理装置、処理方法、およびプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025007603
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】処理装置、処理方法、およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/00 20060101AFI20250109BHJP
【FI】
G01R31/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023109123
(22)【出願日】2023-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 晃弘
(72)【発明者】
【氏名】門田 健次
【テーマコード(参考)】
2G036
【Fターム(参考)】
2G036AA18
2G036AA28
2G036BB09
(57)【要約】
【課題】過渡熱変化のデータから、対象物の構造関数を精度良く算出する技術を提供する。
【解決手段】処理装置10は、変換部130を備える。変換部130は、対象物の過渡熱変化データを、対象物の構造関数に変換する。変換部130は、第1処理、第2処理、第3処理、および第4処理を実行する。第1処理は、過渡熱変化データを対数時間で微分する処理である。第2処理は、第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューション(Bayesian Deconvolution)を用いて熱抵抗スペクトルに変換する処理である。第3処理は、熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する処理である。第4処理は、RCデータを用いて、構造関数を導出する処理である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の過渡熱変化データを、前記対象物の構造関数に変換する変換部を備え、
前記変換部は、
前記過渡熱変化データを対数時間で微分する第1処理を実行し、
前記第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する第2処理を実行し、
前記熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する第3処理を実行し、
前記RCデータを用いて、前記構造関数を導出する第4処理を実行する
処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載の処理装置において、
前記過渡熱変化データは、有限要素法によるシミュレーションの結果である
処理装置。
【請求項3】
請求項2に記載の処理装置において、
前記シミュレーションを実行して前記過渡熱変化データを生成するシミュレーション部をさらに備える
処理装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の処理装置において、
前記対象物は、少なくとも発熱源および放熱部材を有する
処理装置。
【請求項5】
請求項4に記載の処理装置において、
前記発熱源は半導体チップである
処理装置。
【請求項6】
一以上のコンピュータが、
対象物の過渡熱変化データを対数時間で微分する第1処理を実行し、
前記第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する第2処理を実行し、
前記熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する第3処理を実行し、
前記RCデータを用いて、前記対象物の構造関数を導出する第4処理を実行する
処理方法。
【請求項7】
コンピュータを、対象物の過渡熱変化データを、前記対象物の構造関数に変換する変換手段として機能させ、
前記変換手段は、
前記過渡熱変化データを対数時間で微分する第1処理を実行し、
前記第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する第2処理を実行し、
前記熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する第3処理を実行し、
前記RCデータを用いて、前記構造関数を導出する第4処理を実行する
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は処理装置、処理方法、およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
電子回路やモジュールの開発において、熱設計の重要性が増している。熱設計においては、対象品の熱特性を把握する必要がある。一方、熱特性を正確に測定するためには手間と時間を要する。
【0003】
特許文献1には、シミュレーションと演算により、対象品の構造関数を推定することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】羅 亜非、「過渡熱測定と構造関数による等温面抵抗の定義とその応用に関する研究」富山県立大学学位論文、2018年3月17日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、非特許文献1には、過渡熱測定の温度応答から構造関数を算出するために必要な逆畳み込み演算をどのように行うか記載されていなかった。
【0006】
本発明は、過渡熱変化のデータから、対象物の構造関数を精度良く算出する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一形態によれば、以下の処理装置、処理方法、およびプログラムが提供される。
【0008】
[1] 対象物の過渡熱変化データを、前記対象物の構造関数に変換する変換部を備え、
前記変換部は、
前記過渡熱変化データを対数時間で微分する第1処理を実行し、
前記第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する第2処理を実行し、
前記熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する第3処理を実行し、
前記RCデータを用いて、前記構造関数を導出する第4処理を実行する
処理装置。
[2] [1]に記載の処理装置において、
前記過渡熱変化データは、有限要素法によるシミュレーションの結果である
処理装置。
[3] [2]に記載の処理装置において、
前記シミュレーションを実行して前記過渡熱変化データを生成するシミュレーション部をさらに備える
処理装置。
[4] [1]から[3]のいずれか一つに記載の処理装置において、
前記対象物は、少なくとも発熱源および放熱部材を有する
処理装置。
[5] [4]に記載の処理装置において、
前記発熱源は半導体チップである
処理装置。
[6] 一以上のコンピュータが、
対象物の過渡熱変化データを対数時間で微分する第1処理を実行し、
前記第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する第2処理を実行し、
前記熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する第3処理を実行し、
前記RCデータを用いて、前記対象物の構造関数を導出する第4処理を実行する
処理方法。
[7] コンピュータを、対象物の過渡熱変化データを、前記対象物の構造関数に変換する変換手段として機能させ、
前記変換手段は、
前記過渡熱変化データを対数時間で微分する第1処理を実行し、
前記第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する第2処理を実行し、
前記熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する第3処理を実行し、
前記RCデータを用いて、前記構造関数を導出する第4処理を実行する
プログラム。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、過渡熱変化のデータから、対象物の構造関数を精度良く算出する技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施形態に係る処理装置の概要を示す図である。
図2】対象物の構造を例示する図である。
図3】Foster型RCモデルを示す図である。
図4】Cauer型RCモデルを示す図である。
図5】実施形態に係る処理装置の機能構成を例示する図である。
図6】処理装置を実現するための計算機を例示する図である。
図7】実施形態に係る処理方法の流れを例示するフローチャートである。
図8】シミュレーションにおける対象物のモデルを示す図である。
図9図8において破線で囲った領域を拡大して示す図である。
図10】積層体における各要素の、モデルにおける厚さを示す図である。
図11】実施例に係る対象物の各要素の物性を示すテーブルである。
図12】実施例1に係る推定過渡熱変化データを示すグラフである。
図13】実施例1に係る推定過渡熱変化データと実測過渡熱変化データとを合わせて示すグラフである。
図14】実施例1に係る対数時間微分データを示すグラフである。
図15】実施例1に係る熱抵抗スペクトルを示すグラフである。
図16】実施例1に係る複数の組(RFoster,i,CFoster,i)をプロットしたグラフである。
図17】実施例1に係る複数の組(RCauer,i,CCauer,i)をプロットしたグラフである。
図18】実施例1に係る推定構造関数を示すグラフである。
図19】実施例1に係る実測構造関数と、実施例1に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。
図20】実施例2に係る実測構造関数と、実施例2に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。
図21】実施例3に係る実測構造関数と、実施例3に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。
図22】実施例4に係る実測構造関数と、実施例4に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。
図23】実施例5に係る実測構造関数と、実施例5に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。
図24】実施例6に係る実測構造関数と、実施例6に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0012】
図1は、実施形態に係る処理装置10の概要を示す図である。本実施形態に係る処理装置10は、変換部130を備える。変換部130は、対象物の過渡熱変化データを、対象物の構造関数に変換する。変換部130は、第1処理、第2処理、第3処理、および第4処理を実行する。第1処理は、過渡熱変化データを対数時間で微分する処理である。第2処理は、第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューション(Bayesian Deconvolution)を用いて熱抵抗スペクトルに変換する処理である。第3処理は、熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する処理である。第4処理は、RCデータを用いて、構造関数を導出する処理である。実施形態に係る処理装置10について以下に詳しく説明する。
【0013】
<対象物>
本実施形態に係る処理装置10によれば、対象物の過渡熱変化データから、その対象物の構造関数を算出することができる。対象物は、少なくとも発熱源および放熱部材を有する。対象物は特に限定されないが、たとえば電子回路、半導体モジュール等でありうる。半導体モジュールはたとえば、放熱部材、グリース、基板、および半導体チップを備える。半導体チップはたとえばパワー半導体チップである。パワー半導体チップを備える半導体モジュールを特にパワー半導体モジュールと呼ぶことがある。パワー半導体チップは特に発熱が大きいことから、適切に放熱がされるように熱設計する重要性が高い。すなわち、パワー半導体モジュールの構造関数を正確に導出することが重要である。
【0014】
図2は、対象物20の構造を例示する図である。本図の例において、対象物20は、半導体チップ21、半田22、電極23、絶縁基板24、電極25、グリース26、および放熱部材27を備える。本図の例において、発熱源は半導体チップ21である。電極は、たとえば銅である。絶縁基板は、たとえばセラミックスである。セラミックスの例としては窒化ケイ素、アルミナ、および窒化アルミニウム等が挙げられる。ただし、対象物20の構成は本例に限定されない。
【0015】
<過渡熱変化データ>
過渡熱変化データは、非定常過程における対象物の温度変化を示すデータである。具体的には、過渡熱変化データは、発熱源の発熱量に急変化ΔPが生じたときの、発熱源の時間に対する温度変化(過渡熱レスポンス)を示すデータである。発熱量の急変化ΔPは、発熱量の増加であってもよいし、減少であってもよい。すなわち、過渡熱変化データは、加熱過程のデータであってもよいし、冷却過程のデータであってもよい。過渡熱レスポンスは、対象物20の温度特性に依存する。
【0016】
過渡熱変化データは、時間tと、温度または温度差との関係を示すテーブルまたはグラフのデータであり得る。なおここで、「温度」は発熱源の温度T(t)であり、温度差は発熱源の温度T(t)と雰囲気温度Tambとの差(T(t)-Tamb)を意味する。
【0017】
過渡熱変化データは、過渡熱測定で得られる実測データであってもよいし、シミュレーションの結果であってもよい。過渡熱変化データを得るシミュレーション手法の例としては、有限要素法、有限体積法等が挙げられる。過渡熱変化データがシミュレーションの結果である場合、実際の測定を行うことなく、対象物20の構造関数を得られる。過渡熱変化データが実測データである場合、たとえば、処理装置10は、熱特性の評価装置の一部であってもよい。評価装置で実施された測定結果として過渡熱変化データが得られ、それを処理装置10が構造関数に変換して出力することができる。
【0018】
<構造関数>
構造関数は、熱抵抗(累積熱抵抗)と熱容量(累積熱容量)との関係を示す。構造関数により、対象物20の熱特性を表現することができる。変換部130が導出する構造関数は、微分構造関数であってもよいし、累積構造関数であってもよい。累積構造関数を一回微分することで微分構造関数が得られる。以下では、変換部130が累積構造関数を導出する例について説明する。
【0019】
構造関数の導出原理について以下に説明する。まず、過渡熱変化データから、熱抵抗スペクトルを算出する。そして、熱抵抗スペクトルを離散化して、Foster型RCモデルにおける熱抵抗と熱容量との複数の組を算出する。さらに、Foster型RCモデルにおける熱抵抗と熱容量との複数の組を、Cauer型RCモデルにおける熱抵抗と熱容量との複数の組に変換する。そして、Cauer型RCモデルにおける熱抵抗の累積値と、Cauer型RCモデルにおける熱容量の累積値とを導出する。以下に詳しく説明する。
【0020】
図3は、Foster型RCモデルを示す図である。まず、このようなFoster型RCモデルを仮定すると、温度差(T(t)-Tamb)[K]は以下の式(1)で表される。
【0021】
【数1】
【0022】
ここで、Pは発熱源における発熱量[W]であり、上記したΔPに相当する。τは時定数[s]であり、τ=Rが成り立つ(i=1,2,・・・n)(nは正の整数)。Rは熱抵抗[K/W]であり、Cは熱容量[J/K]である。テイラー展開等を行うことにより、式(1)は式(2)の様に変形できる。
【0023】
【数2】
【0024】
ここで、τは時定数[s]であり、R(ζ)は熱抵抗スペクトルである。z=ln(t)、およびζ=ln(τ)とすると、式(2)から式(3)が得られる。
【0025】
【数3】
【0026】
さらに式(3)から変形して式(4)が得られる。また、畳み込み演算子(Xを円で囲んだ印)を用いて式(5)および式(6)が成り立つ。
【0027】
【数4】
【数5】
【数6】
【0028】
ここで、w(z)=exp[z-exp(z)]である。
【0029】
したがって、過渡熱変化データを対数時間で微分してdT(z)/dzを求め、求めたdT(z)/dzを式(6)に適用することで各ζに対する熱抵抗R(ζ)、すなわち熱抵抗スペクトルが得られる。
【0030】
なお、dT/dzは以下の式(7)の関係を用いて得られる。
【0031】
【数7】
【0032】
ここで、式(6)の逆畳み込み演算を、ベイジアンデコンボリューションを用いて行うと、式(8)が得られる。
【0033】
【数8】
【0034】
なお、wki=exp[z-z-exp(z-z)]であり、R=R(z)である。R (m)はm回繰り返し計算後の熱抵抗スペクトルを意味する。また、以下の式(9)および式(10)が成り立つ。式(8)により、熱抵抗スペクトルの各値がRとして得られる。M回繰り返し計算後の熱抵抗スペクトルR (M)を、R(ζ)として用いる。ここで、Mは特に限定されないが、たとえば50以上200以下である。なお、R (0)の要素R,R,・・・Rは、たとえば全て1とすることができる。ただし、R (0)の要素は0以外の任意の値とすることができる。
【0035】
【数9】
【数10】
【0036】
次に、Foster型RCモデルにおける、熱抵抗RFosterと熱容量CFosterとの複数の組(RFoster,i,CFoster,i)(i=1,2,・・・n)(nは正の整数)を算出することについて説明する。複数の組(RFoster,i,CFoster,i)は、熱抵抗スペクトルを離散化することで得られる。具体的には、以下の式(11)を用いて、R(ζ)によって表される熱抵抗スペクトルから、複数の組(RFoster,i,CFoster,i)が得られる。なお、式(11)において、ζは対数時定数である。
【0037】
【数11】
【0038】
次に、Foster型RCモデルにおける熱抵抗RFosterと熱容量CFosterとの複数の組(RFoster,i,CFoster,i)を、Cauer型RCモデルにおける熱抵抗RCauerと熱容量CCauerとの複数の組(RCauer,i,CCauer,i)(i=1,2,・・・n)(nは正の整数)に変換することについて説明する。
【0039】
図3に示したFoster型RCモデルにおける過渡応答は、以下の式(12)で表される。ここで、ΔT(t)はT(t)-Tambを意味する。
【0040】
【数12】
【0041】
式(12)をラプラス変換すると、式(13)が得られる。ここで、sは複素数である。
【0042】
【数13】
【0043】
図4は、Cauer型RCモデルを示す図である。Cauer型RCモデルにおける過渡応答は、以下の式(14)で表される。
【0044】
【数14】
【0045】
したがって、式(13)および式(14)より、式(15)が得られる。
【0046】
【数15】
【0047】
式(15)を用いて、Foster型RCモデルにおける熱抵抗RFosterと熱容量CFosterとの複数の組(RFoster,i,CFoster,i)を、Cauer型RCモデルにおける熱抵抗RCauerと熱容量CCauerとの複数の組(RCauer,i,CCauer,i)に変換できる。すなわち式(15)に複数の組(RFoster,i,CFoster,i)を、代入した上で、式(15)を解くことで、Cauer型RCモデルにおける熱抵抗RCauerと熱容量CCauerとの複数の組(RCauer,i,CCauer,i)を順に導出できる。
【0048】
複数の熱抵抗RCauer,iの累積値σRCauer,i(すなわち、RCauer,1からRCauer,iまでの累積値)は以下の式(16)で求められる。また、複数の熱容量CCauer,iの累積値σCCauer,i(すなわち、CCauer,1からCCauer,iまでの累積値)は、以下の式(17)で求められる。
【0049】
【数16】
【数17】
【0050】
こうして(σRCauer,i,σCCauer,i)(i=1,2,・・・n)(nは正の整数)が構造関数として得られる。
【0051】
図5は、本実施形態に係る処理装置10の機能構成を例示する図である。本図の例において、処理装置10は、シミュレーション部110をさらに備える。シミュレーション部110は、シミュレーションを実行して過渡熱変化データを生成する。処理装置10の機能について、以下に詳しく説明する。
【0052】
シミュレーション部110は、シミュレーションに必要な情報を取得する。シミュレーションに必要な情報にはたとえば、対象物20の構造を示す情報、対象物20の各構成部の物性(密度、熱伝導率、比熱等)を示す情報、雰囲気温度や初期温度、および発熱源の発熱条件を示す情報等が含まれる。たとえば、処理装置10に対してユーザが入力したシミュレーションに必要な情報を、シミュレーション部110が取得する。他の例として、シミュレーション部110は、シミュレーションに必要な情報を、他の装置から取得してもよい。
【0053】
シミュレーション部110は、シミュレーションに必要な情報を用いて、シミュレーションを実行する。シミュレーション部110はたとえば有限要素法、または有限体積法等によるシミュレーションを実行できる。シミュレーション部110は、シミュレーション結果として過渡熱変化データを生成する。
【0054】
変換部130は、シミュレーション部110が生成した過渡熱変化データを取得する。ただし、処理装置10はシミュレーション部110を備えなくてもよい。変換部130は、過渡熱変化データを他の装置から取得してもよいし、変換部130からアクセス可能な記憶装置に保持された過渡熱変化データを読み出して取得してもよい。変換部130が取得する過渡熱変化データは、実測データであってもよい。
【0055】
また、変換部130は、対象物の過渡熱変化データを構造関数に変換するために必要な他の情報をさらに取得する。変換部130は、たとえば発熱源の発熱量Pである。変換部130は、ベイジアンデコンボリューションにおける繰り返し計算の回数Mを示す値をさらに取得してもよい。変換部130は、たとえば処理装置10に対してユーザが入力したMの値を取得することができる。なお、Mの値は予め固定で定められていてもよい。その場合、変換部130はMの値を取得する必要はない。
【0056】
変換部130は、以下の第1処理から第4処理を実行する。
【0057】
<第1処理>
第1処理は、過渡熱変化データを対数時間で微分する処理である。過渡熱変化データを対数時間で微分して得られるデータを、対数時間微分データと呼ぶ。変換部130は、式(7)で示した関係を用いて過渡熱変化データを対数時間微分データに変換できる。すなわち、過渡熱変化データを時間で一回微分し、得られたデータにさらにtを乗じることで、dT/dzが得られる。対数時間微分データは、時間tと、dT/dzとの関係を示すデータである。または、変換部130は、対数時間微分データとして、対数時間zと、dT/dzとの関係を示すデータを生成してもよい。なお、変換部130は過渡熱変化データを対数時間で微分する前に、前処理を行ってもよい。たとえば、変換部130は、ノイズ軽減のための処理を行ってもよい。変換部130が取得した過渡熱変化データのサンプリング周期が不等間隔である場合等に、変換部130はデータの等間隔化の処理を行ってもよい。また、変換部130は、得られた対数時間微分データに対して、次の第2処理を行う前に他の処理を行ってもよい。
【0058】
<第2処理>
第2処理は、第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する処理である。具体的には変換部130は、第1処理で得られた対数時間微分データに対し、ベイジアンデコンボリューション等の演算を行って、熱抵抗スペクトルを得る。変換部130は、対数時間微分データを式(8)に適用することで、熱抵抗スペクトルを導出する。対数時間微分データを式(8)に適用することは、ベイジアンデコンボリューションを実行することに相当する。熱抵抗スペクトルは、時定数と、熱抵抗との関係を示すデータである。または、熱抵抗スペクトルは、対数時定数と、熱抵抗との関係を示すデータであってもよい。なお、変換部130は、得られた熱抵抗スペクトルに対して、次の第3処理を行う前に他の処理を行ってもよい。
【0059】
<第3処理>
第3処理は、熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する処理である。RCデータは、具体的には、Cauer型RCモデルにおける熱抵抗RCauerと熱容量CCauerとの複数の組(RCauer,i,CCauer,i)(i=1,2,・・・n)(nは正の整数)を示すデータである。
【0060】
第3処理は、第1ステップと第2ステップとを含む。第1ステップでは、第2処理で得られた熱抵抗スペクトルをFoster型RCモデルにおける熱抵抗RFosterと熱容量CFosterとの複数の組(RFoster,i,CFoster,i)(i=1,2,・・・n)(nは正の整数)に変換する。第2ステップでは、(RFoster,i,CFoster,i)を、RCデータに変換する。
【0061】
第1ステップにおいて変換部130は、式(11)を用いて、熱抵抗スペクトルを(RFoster,i,CFoster,i)に変換する。
【0062】
第2ステップにおいて、変換部130はさらに、式(15)を用いて、(RFoster,i,CFoster,i)を、(RCauer,i,CCauer,i)、すなわちRCデータに変換する。なお、変換部130は、得られたRCデータに対して、次の第4処理を行う前に他の処理を行ってもよい。
【0063】
<第4処理>
第4処理は、RCデータを用いて、構造関数を導出する処理である。変換部130は、第3処理で得られたRCデータ、式(16)、および式(17)を用いて、複数の熱抵抗RCauer,iの累積値σRCauer,iと複数の熱容量CCauer,iの累積値σCCauer,iとを算出する。こうして、累積値σRCauer,iと累積値σCCauer,iとの複数の組(σRCauer,i,σCCauer,i)(i=1,2,・・・n)(nは正の整数)を示すデータ、すなわち構造関数を示すデータが得られる。
【0064】
変換部130は、導出された構造関数を示すデータを出力する。変換部130が構造関数を示すデータを出力する方法は特に限定されない。変換部130はたとえば、構造関数を示すデータを他の装置に対して出力してもよいし、変換部130がアクセス可能な記憶装置に保持させてもよい。
【0065】
処理装置10のハードウエア構成について以下に説明する。処理装置10の各機能構成部(シミュレーション部110および変換部130)は、ハードウエアとソフトウエアとの組み合わせ(例:電子回路とそれを制御するプログラムの組み合わせなど)で実現される。
【0066】
図6は、処理装置10を実現するための計算機1000を例示する図である。計算機1000は任意の計算機である。たとえば計算機1000は、SoC(System On Chip)、Personal Computer(PC)、サーバマシン、タブレット端末、またはスマートフォンなどである。計算機1000は、処理装置10を実現するために設計された専用の計算機であってもよいし、汎用の計算機であってもよい。また、処理装置10は、一つの計算機1000で実現されても良いし、複数の計算機1000の組み合わせにより実現されても良い。
【0067】
計算機1000は、バス1020、プロセッサ1040、メモリ1060、ストレージデバイス1080、入出力インタフェース1100、およびネットワークインタフェース1120を有する。バス1020は、プロセッサ1040、メモリ1060、ストレージデバイス1080、入出力インタフェース1100、およびネットワークインタフェース1120が、相互にデータを送受信するためのデータ伝送路である。ただし、プロセッサ1040などを互いに接続する方法は、バス接続に限定されない。プロセッサ1040は、CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、または FPGA(Field-Programmable Gate Array)などの種々のプロセッサである。メモリ1060は、RAM(Random Access Memory)などを用いて実現される主記憶装置である。ストレージデバイス1080は、ハードディスク、SSD(Solid State Drive)、メモリカード、または ROM(Read Only Memory)などを用いて実現される補助記憶装置である。
【0068】
入出力インタフェース1100は、計算機1000と入出力デバイスとを接続するためのインタフェースである。たとえば入出力インタフェース1100には、キーボードなどの入力装置や、ディスプレイなどの出力装置が接続される。入出力インタフェース1100が入力装置や出力装置に接続する方法は、無線接続であってもよいし、有線接続であってもよい。たとえばシミュレーション部110は、入出力インタフェース1100を介して、シミュレーションに必要な情報の入力を受け付けることができる。
【0069】
ネットワークインタフェース1120は、計算機1000をネットワークに接続するためのインタフェースである。この通信網は、たとえば LAN(Local Area Network)や WAN(Wide Area Network)である。ネットワークインタフェース1120がネットワークに接続する方法は、無線接続であってもよいし、有線接続であってもよい。処理装置10は、入出力インタフェース1100またはネットワークインタフェース1120を介して、他の装置と通信可能である。
【0070】
ストレージデバイス1080は、処理装置10の各機能構成部を実現するプログラムモジュールを記憶している。プロセッサ1040は、これら各プログラムモジュールをメモリ1060に読み出して実行することで、各プログラムモジュールに対応する機能を実現する。
【0071】
図7は、本実施形態に係る処理方法の流れを例示するフローチャートである。本実施形態に係る処理方法は、一以上のコンピュータが、第1処理S10を実行し、第2処理S20を実行し、第3処理S30を実行し、第4処理S40を実行する。第1処理S10は、対象物の過渡熱変化データを対数時間で微分する処理である。第2処理S20は、第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する処理である。第3処理S30は、熱抵抗スペクトルを、熱抵抗と熱容量との複数の組を示すRCデータに変換する処理である。第4処理S40は、RCデータを用いて、対象物の構造関数を導出する処理である。
【0072】
本実施形態に係る処理方法は、本実施形態に係る処理装置10によって実行されうる。
【0073】
次に、本実施形態の作用および効果について説明する。本実施形態によれば、変換部130は、第1処理の結果を、ベイジアンデコンボリューションを用いて熱抵抗スペクトルに変換する。したがって、過渡熱変化のデータから、対象構造の構造関数を精度良く算出できる。
【実施例0074】
以下、本実施形態を、実施例を参照して詳細に説明する。なお、本実施形態は、これらの実施例の記載に何ら限定されるものではない。
【0075】
<実施例1>
実施形態に係る処理方法を用いて、対象物の構造関数を導出した。
【0076】
図8は、シミュレーションにおける対象物のモデルを示す図である。図9は、図8において破線で囲った領域を拡大して示す図である。モデルでは、構造の各長さを、実際の対象物における長さの4分の1とした。積層体300における各要素の、モデルにおける厚さを図10に示す。なお、モデルにおける放熱部材37のサイズは、図8に示した通りである。
【0077】
実施例1に係る対象物は、放熱部材37の上に、グリース36、電極35、絶縁基板34、電極33、半田32、および半導体チップ31がこの順に積層された構造を有した。このうち、グリース36、電極35、絶縁基板34、電極33、半田32、および半導体チップ31が積層された部分を積層体300と呼ぶ。積層体300は、放熱部材37の角に配置した。
【0078】
実施例1に係る対象物の実物において、半導体チップ31はSi-IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)チップであり、グリース36は一般放熱用グリース(信越化学工業社製、グリースオイルコンパウンドG-747)であり、半田32はSn-Pb半田であり、電極33および電極35は銅であり、絶縁基板34は窒化ケイ素セラミックスであった。
【0079】
図11は、実施例に係る対象物の各要素の物性を示すテーブルである。図11に示した値を、シミュレーションにおいて用いた。シミュレーションにおいて、半導体チップ31を発熱源とし、内部発熱Pを16.56Wとした。また、雰囲気および対象物の初期温度は25℃とした。また、対流条件として、放熱部材37の底面における対流熱伝達係数は、1000W/(m・K)とした。
【0080】
上記のようなモデルおよび条件を用いて、有限要素法によるシミュレーションを実行し、推定過渡熱変化データを得た。具体的には、半導体チップ31上部中央の温度変化をプロットし、推定過渡熱変化データとした。得られた推定過渡熱変化データを図12に示す。
【0081】
一方、実際に準備した、実施例1に係る対象物の過渡熱変化を、過渡熱抵抗評価装置(シーメンス社製、T3Ster内蔵パワーサイクル試験機、型番PWT1500A)を用いて測定することで、実施例1に係る実測過渡熱変化データを得た。また、この過渡熱抵抗評価装置内での演算により、構造関数が合わせて得られた。この構造関数を、実施例1に係る実測構造関数と呼ぶ。
【0082】
図13は、実施例1に係る推定過渡熱変化データと実測過渡熱変化データとを合わせて示すグラフである。なお、本図では縦軸を発熱源の温度T(t)と雰囲気温度Tambとの差(T(t)-Tamb)としている。図13で示すように、シミュレーションによって、過渡熱変化データを精度良く推定できた。
【0083】
実施例1に係る推定過渡熱変化データに対して実施形態で説明した第1処理を行い、実施例1に係る対数時間微分データを得た。図14は、実施例1に係る対数時間微分データを示すグラフである。
【0084】
実施例1に係る数時間微分データに対して、実施形態で説明した第2処理を行い、実施例1に係る熱抵抗スペクトルを得た。図15は、実施例1に係る熱抵抗スペクトルを示すグラフである。
【0085】
実施例1に係る熱抵抗スペクトルに対して、実施形態で説明した第3処理の第1ステップを行い、Foster型RCモデルにおける熱抵抗RFosterと熱容量CFosterとの複数の組(RFoster,i,CFoster,i)を得た。図16は、実施例1に係る複数の組(RFoster,i,CFoster,i)をプロットしたグラフである。
【0086】
さらに、実施形態で説明した第3処理の第2ステップを行い、実施例1に係る複数の組(RFoster,i,CFoster,i)をCauer型RCモデルにおける熱抵抗RCauerと熱容量CCauerとの複数の組(RCauer,i,CCauer,i)に変換した。図17は、実施例1に係る複数の組(RCauer,i,CCauer,i)をプロットしたグラフである。
【0087】
実施例1に係る複数の組(RCauer,i,CCauer,i)に対して、実施形態で説明した第4処理を行い、構造関数を得た。この構造関数を、実施例1に係る推定構造関数と呼ぶ。図18は、実施例1に係る推定構造関数を示すグラフである。
【0088】
図19は、実施例1に係る実測構造関数と、実施例1に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。図19で示すように、実施例1において構造関数を精度良く推定できた。
【0089】
<実施例2>
実施例2では、対象物におけるグリース36として、一般放熱用グリースの代わりに高信頼性放熱用グリース(信越化学工業社製、グリースオイルコンパウンドG-779)を用いた点以外は実施例1と同様にして、実測構造関数および推定構造関数を得た。
【0090】
図20は、実施例2に係る実測構造関数と、実施例2に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。図20で示すように、実施例2において構造関数を精度良く推定できた。
【0091】
<実施例3>
実施例3では、対象物における絶縁基板34として、窒化ケイ素セラミックスの代わりに高熱伝導窒化ケイ素セラミックスを用いた点以外は実施例1と同様にして、実測構造関数および推定構造関数を得た。
【0092】
図21は、実施例3に係る実測構造関数と、実施例3に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。図21で示すように、実施例3において構造関数を精度良く推定できた。
【0093】
<実施例4>
実施例4では、対象物におけるグリース36として、一般放熱用グリースの代わりに高信頼性放熱用グリース(信越化学工業社製、グリースオイルコンパウンドG-779)を用い、絶縁基板34として、窒化ケイ素セラミックスの代わりに高熱伝導窒化ケイ素セラミックスを用いた点以外は実施例1と同様にして、実測構造関数および推定構造関数を得た。
【0094】
図22は、実施例4に係る実測構造関数と、実施例4に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。図22で示すように、実施例4において構造関数を精度良く推定できた。
【0095】
<実施例5>
実施例5では、対象物における絶縁基板34として、窒化ケイ素セラミックスの代わりアルミナセラミックスを用いた点以外は実施例1と同様にして、実測構造関数および推定構造関数を得た。
【0096】
図23は、実施例5に係る実測構造関数と、実施例5に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。図23で示すように、実施例5において構造関数を精度良く推定できた。
【0097】
<実施例6>
実施例6では、対象物におけるグリース36として、一般放熱用グリースの代わりに高信頼性放熱用グリース(信越化学工業社製、グリースオイルコンパウンドG-779)を用い、絶縁基板34として、窒化ケイ素セラミックスの代わりにアルミナセラミックスを用いた点以外は実施例1と同様にして、実測構造関数および推定構造関数を得た。
【0098】
図24は、実施例6に係る実測構造関数と、実施例6に係る推定構造関数とをあわせて示すグラフである。図24で示すように、実施例6において構造関数を精度良く推定できた。
【0099】
<比較例>
実施例1に係る推定過渡熱変化データを用いて、構造関数の導出を試みた。ただし、比較例においては、対数時間微分データに対する処理において、ベイジアンデコンボリューションで逆畳み込みを行う変わりに、フーリエ変換、除算、および逆フーリエ変換の組み合わせで逆畳み込みを行った。その結果、妥当性のある熱抵抗スペクトルの曲線が得られなかった。これは、逆畳み込み演算の結果に対するノイズの影響が強いためであると考えられる。
【0100】
以上、図面を参照して本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。たとえば、各実施形態で実行される工程の実行順序は、その記載の順番に制限されない。各実施形態では、工程の順番を内容的に支障のない範囲で変更することができる。また、上述の各実施形態は、内容が相反しない範囲で組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0101】
10 処理装置
20 対象物
21,31 半導体チップ
22,32 半田
23,25,33,35 電極
24,34 絶縁基板
26,36 グリース
27,37 放熱部材
110 シミュレーション部
130 変換部
300 積層体
1000 計算機
1020 バス
1040 プロセッサ
1060 メモリ
1080 ストレージデバイス
1100 入出力インタフェース
1120 ネットワークインタフェース
図1
図2
図3
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図5
図6
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