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2025-76431三次元皮膚組織の作製方法、及び三次元皮膚組織
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025076431
(43)【公開日】2025-05-15
(54)【発明の名称】三次元皮膚組織の作製方法、及び三次元皮膚組織
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20250508BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20250508BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20250508BHJP
   C12N 5/02 20060101ALI20250508BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/0735
C12N5/10
C12N5/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2025006794
(22)【出願日】2025-01-17
(62)【分割の表示】P 2024560451の分割
【原出願日】2024-10-10
(31)【優先権主張番号】P 2023186507
(32)【優先日】2023-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004163
【氏名又は名称】弁理士法人みなとみらい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白井 悠暉
(72)【発明者】
【氏名】森 葵
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 萌奈
(72)【発明者】
【氏名】望月 麻友
(72)【発明者】
【氏名】久下 貴之
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065BA01
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】本発明は、幹細胞から、表皮層及び真皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を作製する新規の技術を提供することを課題とする。
【解決手段】上記課題を解決する本発明は、真皮層及び表皮層が積層した三次元皮膚組織を作製する皮膚組織形成工程を含む、三次元皮膚組織の作製方法であって、
前記皮膚組織形成工程は、幹細胞を浮遊培養して得られた三次元培養物を、培養液を透過可能な膜を備えた培養容器の前記膜上に切開せずに配置し、培養することにより、少なくとも真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を得る、三次元培養工程を含む、三次元皮膚組織の作製方法である。
【選択図】図1


【特許請求の範囲】
【請求項1】
真皮層及び表皮層が積層した三次元皮膚組織を作製する皮膚組織形成工程を含む、三次元皮膚組織の作製方法であって、
前記皮膚組織形成工程は、幹細胞を浮遊培養して得られた三次元培養物を、培養液を透過可能な膜を備えた培養容器の前記膜上に切開せずに配置し、培養することにより、少なくとも真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を得る、三次元培養工程を含む、三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項2】
前記幹細胞の分化誘導の開始から1~20日経過後に、前記三次元培養工程を実施する、請求項1に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項3】
前記三次元培養工程では、気液界面培養、及び/又は、前記膜を隔てて上方と下方に異なる培養液を充填した二層液間培養を行う、請求項1又は2に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項4】
前記二層液間培養では、前記膜の上方に上皮細胞用培地を充填し、前記三次元培養物の上部を前記上皮細胞用培地と接触させて培養する、請求項3に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項5】
前記三次元培養工程において、真皮層の上方に表皮層が積層した前記三次元皮膚組織を得る、請求項1~4の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項6】
前記皮膚組織形成工程は、
トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)シグナル伝達のアンタゴニスト、線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達のアゴニスト及び骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達のアゴニストから選ばれる1種又は2種以上の因子を含む第1分化培地で幹細胞を含むスフェロイドを培養し、非神経外胚葉上皮の形成を誘導する第1誘導工程と、
前記第1誘導工程を経た三次元培養物を、線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達のアゴニスト及び/又は骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達のアンタゴニストを含む第2分化培地で培養し、前記三次元培養物を高次な構造に誘導する工程を含む、請求項1~5の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項7】
前記三次元培養工程において、前記膜上に配置する前記三次元培養物は、最大径が2mm以下である、請求項1~6の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項8】
前記三次元培養工程において、前記膜上に配置する前記三次元培養物は、毛包を有さない、請求項1~7の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項9】
前記三次元培養工程において、前記膜上に配置する前記三次元培養物は、間葉系細胞が未分化であるか、又は前記間葉系細胞を有する層の厚さが200μm以下である、請求項1~8の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項10】
前記三次元皮膚組織は、ヒト由来である、請求項1~9の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項11】
前記三次元培養工程にて得られる前記三次元皮膚組織は、毛包を有する、請求項1~10の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【請求項12】
請求項1~11の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法により作製された、三次元皮膚組織。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は幹細胞から三次元皮膚組織を作製する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚移植用組成物としての応用や、医薬品又は化粧品の有効成分のスクリーニングツールとして応用するために皮膚オルガノイドの作製技術の開発が進められている。
現在までに未分化細胞や変異導入細胞を用いて生体内の上皮構造に類似したオルガノイドを作製する技術(非特許文献1)、上皮と間質を共に有するオルガノイドを作製する技術(非特許文献2)、内部に血管網を有するオルガノイドを作製する技術(非特許文献3、非特許文献4、特許文献1)などが提案されている。
特に非特許文献5及び特許文献2には上皮層と真皮層の多層構造を備える皮膚オルガノイドの作製技術が提案されている。
【0003】
また、非特許文献6には、非特許文献5の手法により得られた、表皮層が内側に形成された球状の皮膚オルガノイドを切開し、セルカルチャーインサート上で培養する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開2013/047639号
【特許文献2】国際公開2017/070506号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Sato T et al.,Nature 459,pp262-265,2009
【非特許文献2】Spence JR et al.,Nature 470,pp105-109,2011
【非特許文献3】Takebe T et al.,Nature 499,pp481-484,2013
【非特許文献4】Takebe T et al.,Cell Stem Cell 16,pp556-565,2015
【非特許文献5】J Lee et al.,Nature 582,pp399-404,2020
【非特許文献6】Song-yi J et la.,iScience.25(10),105150,2022
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記先行技術のあるところ、本発明は、幹細胞から、表皮層及び真皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を作製する新規の技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明、及びその好ましい形態は、以下の通りである。
[1]真皮層及び表皮層が積層した三次元皮膚組織を作製する皮膚組織形成工程を含む、三次元皮膚組織の作製方法であって、
前記皮膚組織形成工程は、幹細胞を浮遊培養して得られた三次元培養物を、培養液を透過可能な膜を備えた培養容器の前記膜上に切開せずに配置し、培養することにより、少なくとも真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を得る、三次元培養工程を含む、三次元皮膚組織の作製方法。
【0008】
幹細胞を培養して得た三次元培養物を、切開せずに膜上で培養することで、真皮層と表皮層が積層した三次元皮膚組織を簡便に得ることができる。
【0009】
[2]前記幹細胞の分化誘導の開始から1~20日経過後に、前記三次元培養工程を実施する、[1]に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
上記形態とすることで、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0010】
[3]前記三次元培養工程では、気液界面培養、及び/又は、前記膜を隔てて上方と下方に異なる培養液を充填した二層液間培養を行う、[1]又は[2]に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
上記形態とすることにより、真皮層及び表皮層の層構造を備える三次元皮膚組織を効率よく得ることができる。
【0011】
[4]前記二層液間培養では、前記膜の上方に上皮細胞用培地を充填し、前記三次元培養物の上部を前記上皮細胞用培地と接触させて培養する、[3]に記載の三次元皮膚組織の作製方法。
上記形態とすることにより、三次元培養物の上部にて表皮層を構成する細胞の分化を促進することで、真皮層及び表皮層の層構造を備える三次元皮膚組織を効率よく得ることができる。
【0012】
[5]前記三次元培養工程において、真皮層の上方に表皮層が積層した前記三次元皮膚組織を得る、[1]~[4]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
かかる形態の三次元皮膚組織は、真皮層の上方に表皮層が形成され、表皮層が外界と接する形態となる。そのため、上記形態の三次元皮膚組織は、臨床又は試験ツールとして好適に用いることができる。
【0013】
[6]前記皮膚組織形成工程は、
トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)シグナル伝達のアンタゴニスト、線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達のアゴニスト及び骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達のアゴニストから選ばれる1種又は2種以上の因子を含む第1分化培地で幹細胞を含むスフェロイドを培養し、非神経外胚葉上皮の形成を誘導する第1誘導工程と、
前記第1誘導工程を経た三次元培養物を、線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達のアゴニスト及び/又は骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達のアンタゴニストを含む第2分化培地で培養し、前記三次元培養物を高次な構造に誘導する工程を含む、[1]~[5]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
上記形態とすることで、皮膚組織形成工程において、培養物の皮膚組織への分化を誘導することができる。
【0014】
[7]前記培養容器は、前記膜上が細胞外マトリックス成分でコーティングされる、[1]~[6]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
上記形態とすることで、培養物が真皮層と表皮層の層構造を形成するのを促進させることができる。
【0015】
[8]前記三次元皮膚組織は、ヒト由来である、[1]~[7]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【0016】
[9][1]~[8]の何れか一項に記載の三次元皮膚組織の作製方法により作製された、三次元皮膚組織。
【0017】
[10]前記三次元培養工程において、前記膜上に配置する前記三次元培養物は、最大径が2mm以下である、[1]~[8]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【0018】
[11]前記三次元培養工程において、前記膜上に配置する前記三次元培養物は、毛包を有さない、[1]~[8]及び[10]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【0019】
[12]前記三次元培養工程において、前記膜上に配置する前記三次元培養物は、間葉系細胞が未分化であるか、又は前記間葉系細胞を有する層の厚さが200μm以下である、[1]~[8]及び[10]~[11]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【0020】
[13]前記三次元培養工程にて得られる前記三次元皮膚組織は、毛包を有する、[1]~[8]、[10]~[12]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法。
【0021】
[14][1]~[8]及び[10]~[13]の何れか一つに記載の三次元皮膚組織の作製方法により作製された、三次元皮膚組織。
[15]毛包を有する、[14]に記載の三次元皮膚組織。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、表皮層及び真皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の三次元皮膚組織の作製方法の工程フローの好ましい実施形態を示す図である。
図2】三次元培養工程S24における、気液界面培養を行う様子を模式的に示す図である。
図3】三次元培養工程S24における、二層液間培養を行う様子を模式的に示す図である。
図4】試験例1の実施例1における、誘導開始から27日目の三次元皮膚組織の免疫組織染色の結果を示す蛍光写真である。スケールバーは200μmである。
図5】試験例2における、毛包を有する三次元皮膚組織の免疫組織染色の結果を示す蛍光写真である。図5(a)は誘導開始から116日目の実施例10であり、(b)は誘導開始から116日目の実施例11であり、(c)は誘導開始から117日目の実施例12である。スケールバーは100μmである。破線はカルチャーインサートの膜の位置を示し、*は毛包の位置を示す。
図6】試験例3における、スフェロイドの皮膚組織への分化誘導過程を示す、免疫組織染色後の蛍光写真である。スケールバーは100μmである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は幹細胞から三次元皮膚組織を作製するものである。以下、本発明の一実施形態について説明する。なお、本発明は以下に説明する実施形態に限定されず、発明の範囲内において適宜変更可能である。
【0025】
本実施形態では、本発明の三次元皮膚組織の作製方法は、大別して幹細胞のスフェロイドを得るスフェロイド形成工程S1と、当該スフェロイドを培養して三次元皮膚組織を形成する皮膚組織形成工程S2を備える。該皮膚組織形成工程S2は、誘導培地を用いてスフェロイドを培養する工程(第1分化培地で培養する第1誘導工程S21、任意で、第2分化培地で培養する第2誘導工程S22、及び任意で、より高度な構造に誘導する第3誘導工程S23)と、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を形成させる三次元培養工程S24を含む。
【0026】
図1は、本発明の三次元皮膚組織の培養方法における、4つの好ましい実施形態を示す。
【0027】
第1の実施形態では、スフェロイド形成工程S1、第1誘導工程S21、第2誘導工程S22、三次元培養工程S24を順に実施する(図1(a))。第1の実施形態における三次元培養工程S24は、第2分化培地で培養する誘導ステップS241と、真皮層及び表皮層が積層したより高次な構造を誘導する成熟ステップS242を含む。
【0028】
第2の実施形態では、スフェロイド形成工程S1、第1誘導工程S21、第2誘導工程S22、及び三次元培養工程S24を順に実施する(図1(b))。第2の実施形態における三次元培養工程S24は、上記成熟ステップS242を含む。
【0029】
第3の実施形態では、スフェロイド形成工程S1、第1誘導工程S21、第2誘導工程S22、第3誘導工程S23、及び三次元培養工程S24を順に実施する(図1(c))。第3の実施形態における三次元培養工程S24は、上記成熟ステップS242を含む。
【0030】
第4の実施形態では、スフェロイド形成工程S1、第1誘導工程S21、及び三次元培養工程S24を順に実施する(図1(d))。第4の実施形態における三次元培養工程S24は、上記誘導ステップS241と成熟ステップS242を含む。
【0031】
なお、本実施形態では、スフェロイド形成工程S1を含む形態を例示しているが、本発明では予め作製した幹細胞のスフェロイドを用いて、皮膚組織形成工程S2から実施する形態であってもよい。
【0032】
以下、本発明に使用する幹細胞及びその培養方法、並びに各工程の好ましい形態について説明する。
【0033】
<1>幹細胞及びその培養方法
本発明で使用する幹細胞としては、人工多能性幹細胞(iPS細胞)や胚性幹細胞(ES細胞)などの多能性幹細胞や体性幹細胞が挙げられる。
【0034】
幹細胞の由来は特に限定はされず、例えば、ヒト、サル、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウマ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ブタ等の哺乳動物の細胞を使用することができる。
【0035】
本発明の方法で作製する三次元皮膚組織は、ヒトへの臨床応用やヒト用の医薬品や化粧品等の評価ツールとしての応用に有効である。そのため、本発明ではヒト幹細胞を使用することが好ましい。
三次元皮膚組織を臨床のために使用する場合、幹細胞は、自家の細胞でも他家の細胞でもよいが、好ましくは自家の細胞を用いる。
【0036】
iPS細胞は、ある特定の核初期化因子を、当該因子をコードする核酸又はタンパク質の形態で体細胞に導入すること又は薬剤によって当該因子の内在性のmRNA及び/又はタンパク質の発現を上昇させることによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K.Takahashi and S.Yamanaka(2006),Cell,126:663-676、K.Takahashi et al.(2007),Cell,131:861-872、J.Yu et al.(2007),Science,318:1917-1920、M.Nakagawa et al.(2008),Nat.Biotechnol.,26:101-106)。
【0037】
核初期化因子は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子又はES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子もしくはその遺伝子産物であればよく、特に限定されないが、例えばOct3/4、Klf4、Klf1、Klf2、Klf5、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Sox18、c-Myc、L-Myc、N-Myc、TERT、SV40 large T antigen、HPV16 E6、HPV16 E7、Bmil、Lin28、Lin28b、Nanog、Esrrb又はEsrrgが例示される。これらの核初期化因子は、iPS細胞樹立の際には、組み合わされて使用されてもよい。例えば上記核初期化因子を少なくとも1つ、好ましくは2以上含む組み合わせであり、より好ましくは3以上を含む組み合わせである。
【0038】
本発明の実施には細胞株として樹立されたヒトiPS細胞株を使用してもよい。例えば、ChiPSC7、ChiPSC11、ChiPSC12、ChiPSC19、ChiPSC20、ChiPSC21、ChiPSC22、ChiPSC23、201B7、201B7-Ff、253G1、253G4、1201C1、1205D1、1210B2、及び836B3から選択されるヒトiPS細胞株を本発明の方法で培養することができる。上述のヒトiPS細胞株はCellartis、iPSアカデミアジャパン社又は京都大学iPS研究所から入手可能である。
【0039】
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、分化多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J.Evans and M.H.Kaufman(1981),Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された。
【0040】
ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、LIF、bFGFなどの物質を添加した培地を用いて行うことができる。ヒト及びサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えばH.Suemori et al.(2006),Biochem.Biophys.Res.Commun.,345:926-932、H.Kawasaki et al.(2002),Proc.Natl.Acad.Sci.USA,99:1580-1585などに記載されている。また、いくつかの研究機関はES細胞の分譲を行っている。例えばヒトES細胞株であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)から入手可能である。
【0041】
体性幹細胞としては、間葉系幹細胞、造血系幹細胞、神経系幹細胞、骨髄幹細胞及び生殖幹細胞などが挙げられる。体性幹細胞として、好ましくは間葉系幹細胞が挙げられる。なお、間葉系幹細胞とは、骨芽細胞、軟骨芽細胞及び脂肪芽細胞等の間葉系の細胞全て又はいくつかへの分化が可能な幹細胞又はその前駆細胞の集団を広義に意味する。間葉系幹細胞としてより具体例には、骨髄由来間葉系幹細胞、臍帯マトリックス由来間葉系幹細胞、脂肪組織由来間葉系幹細胞、また毛包間葉系幹細胞などを挙げることができる。
【0042】
これら幹細胞は、一次的に取得ないし樹立したものを用いてもよいし、市販されているものを使用してもよい。
【0043】
スフェロイド形成工程S1に供する前の幹細胞の培養方法は、その分化能を維持しながら培養することができれば特に限定されない。幹細胞の培養は、好ましくは付着培養法により行う。MEF細胞などのフィーダー細胞を敷設した培養面上で幹細胞を付着培養してもよいが、フィーダーフリー条件で付着培養を行うことが好ましい。
【0044】
フィーダーフリー条件で幹細胞の付着培養を行う場合、培養面には種々の培養基質によるコーティングを施すことが好ましい。培養基質としては、例えば、ラミニン、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、マトリゲル、フィブリン、トロンビン等の細胞外マトリックス;ポリL-リシン、ポリD-リシン等のアミノ酸ポリマー等及びこれらの断片等が挙げられ、これらから選択される1種又は2種以上を用いることができる。
培養基質のうち、ラミニン及びその断片が好適である。
【0045】
ラミニン及びその断片として、ラミニン511(α5鎖、β1鎖、γ1鎖からなるラミニン)及びその断片を用いることが好適である。ラミニンとは、基底膜の主要な細胞接着分子であり、α鎖、β鎖、及びγ鎖の3本のサブユニット鎖からなるヘテロ3量体で、分子量約80万Daの巨大な糖タンパク質である。3本のサブユニット鎖がC末端側で会合してコイルドコイル構造を作りジスルフィド結合によって安定化したヘテロ3量体分子をいう。よって、ラミニン511とは、α鎖がα5であり、β鎖がβ1であり、並びにγ鎖がγ1であるラミニンを意味する。
【0046】
ラミニンは、変異体であってもよく、インテグリン結合活性を有している変異体であれば、特に限定されない。ラミニンはヒト由来のものが好適である。ラミニン及びその断片は、インテグリンα6B1との結合活性が解離定数10nM以下を示すものが好適である。ラミニン又はラミニン断片は、市販品を用いることが好適である。
【0047】
ラミニン断片として、ラミニン511をエラスターゼにて消化して得られる断片であるE8フラグメント(ラミニン511E8断片又はラミニン511E8ともいう)(参考文献2:Ido H,et al,J Biol Chem.2007,282,11144-11154)、遺伝子組み換えカイコ繭より発現した組み換えヒトラミニン511E8断片等が挙げられる。
ラミニン及びその断片のうち、ラミニン断片が好適であり、より好適にはラミニン511断片、さらに好適にはラミニン511E8断片であり、さらにヒト由来が好適である。
【0048】
培養基質でコーティングする細胞培養器材としては、例えば、フラスコ、ディッシュ、シャーレ、ボトル、プレート等が挙げられるがこれらに限定されない。当該細胞培養器材の材質は、特に限定されないが、スチレン系樹脂(ポリスチレン又はスチレン共重合体等)、ポリカーボネート、ポリオレフィン系樹脂(ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエステル、エチレン共重合体等)、(メタ)アクリル系樹脂、シリコーン樹脂、アミノ樹脂、フッ素樹脂、及びポリイミド樹脂等の合成樹脂(好適にはプラスチック)、ガラス基材から選択される1種又は2種以上が好適である。
【0049】
幹細胞を培養する際に用いる培地も限定されない。例えば、StemFitTMAK02N(味の素)、StemSureTMhPSC(富士フイルム和光純薬)、mTeSRTM1(Stemcell Technologies社)、TeSRTM-E6(Stemcell Technologies社)、TeSRTM-E8(Stemcell Technologies社)、StemFlexTM(Thermo Fisher Scientific)、Essential6TM Medium(Thermo Fisher Scientific)、Essential8TM Medium(Thermo Fisher Scientific)、Essential8TM Flex Medium(Thermo Fisher Scientific)を使用することが好ましい。またそれらの培地に、必要に応じてPenicillin-Streptmycin(Thermo Fisher Scientific)やnormocinTM(Invivogen)等の抗生物質を添加することが可能である。
さらに、αMEM、DMEMといった一般的な細胞培養基礎培地に適宜必要なFGF等の成長因子や先に挙げた抗生物質、HSA、BSAといった種々の蛋白質等を添加して多能性幹細胞培養用に適した自作培地も使用することができる。
【0050】
iMatrixコーティングした場合にはStemFitTM AK03N(味の素)が好適であり、ビトロネクチンでコーティングした場合にはEssential8TM Flex Medium(Thermo Fisher Scientific)が好適であり、マトリゲルでコーティングした場合はmTeSRTM(Stemcell Technologies)が好適である。
【0051】
また、MEF細胞などのフィーダー細胞上ではノックアウト血清代替物、L-グルタミン、非必須アミノ酸、2-メルカプトエタノール、及びb-FGF等を含有する、ダルベッコ変法イーグル培地/F12培地を例示することができる。
【0052】
<2>スフェロイド形成工程S1
スフェロイド形成工程S1は、幹細胞のスフェロイドを形成することができれば、その具体的態様は限定されない。スフェロイド形成工程S1は、幹細胞を浮遊培養することで実施することが好ましい。
【0053】
浮遊培養とは培地中で細胞を浮遊状態で増殖させることをいう。浮遊培養の手段としては特に限定されないが、攪拌培養、静置培養もしくは攪拌培養と静置培養の組み合わせが挙げられ、さらに静置培養では必要に応じてマイクロキャリアを使用することも可能である。
【0054】
攪拌培養とは、細胞が培養基材(容器)の表面に付着するのではなく、培地中に懸濁されている状態での培養である。攪拌培養の方法としては、攪拌子あるいは攪拌羽根等によって培養液を攪拌しながら培養する方法と、培養容器自体を駆動することによって内部の培養液を間接的に流動させて培養する方法があり、前者としてはスピナーフラスコを用いた培養方法が挙げられる。
【0055】
マイクロキャリアを用いた培養とは、マイクロキャリア表面に細胞を付着させた状態での培養である。マイクロキャリアとしては、合成高分子又は天然高分子からなるものを使用することができる。マイクロキャリアは、コラーゲンやラミニンなど接着基質によって被覆されていても、被覆されていなくてもよいが、被覆されていることが好ましい。マイクロキャリアを使用してスフェロイドを形成する場合には、後述の静置培養により行うことが好ましい。
【0056】
静置培養の方法としては、スフェロイド形成用U字底96ウェルプレート(例えば、#174925、Nunclon Sphera:Thermo Scientific)に幹細胞を播種する方法が挙げられる。この静置培養に使用するスフェロイド形成用培養基材は、細胞が接着せず、さらに底部形状がU字状等になっており、播種された細胞がその最下部に自然に集まる構造になっていればよい。底の形状はU字型に限定されず、V字型、M字形、平面等の何れの形状でも使用可能であり、さらに96ウェルに限定されるものではない。
【0057】
U字底プレートを使用する場合、幹細胞を播種した後に、遠心分離を実施してもよい。遠心力によりプレートの底に幹細胞が集まり、凝集が促進される。
【0058】
スフェロイド形成工程S1前に実施する幹細胞の維持のための培養を付着培養によって行う場合には、トリプシンやアキュターゼなどの任意の剥離剤を用いて培養面から幹細胞を剥離してから、スフェロイド形成工程S1に供する。
【0059】
スフェロイド形成工程S1において使用する培地の量及び幹細胞の数は限定されず、適宜設計することができる。例えば、スフェロイド形成用U字底96ウェルプレートを用いる場合には、培地量は好ましくは50~200μl/ウェル、より好ましくは80~120μl/ウェル分配し、好ましくは1000~6000細胞/ウェル、より好ましくは2000~5000細胞/ウェルで幹細胞を播種する。
【0060】
生細胞と死細胞を区別してカウントし、生細胞の数が上述したスフェロイド形成に好適な個数となるように調整する形態としてもよい。生細胞と死細胞の区別は、生細胞又は死細胞に特異的な染色試薬を用いることで容易に実施可能である。死細胞に特異的な核染色試薬としてトリパンブルーを用いることができる。
【0061】
スフェロイド形成工程S1の培養期間は、スフェロイドの形成に十分な期間であれば限定されない。培養期間は例えば、1~10日、好ましくは1~4日とすることができる。
【0062】
スフェロイド形成工程S1で用いる培地は、上述した幹細胞培養用の培地を使用することができる。より具体的には、Essential 8TM Flex Medium(Thermo Fisher Scientific)を用いることが好ましい。
【0063】
スフェロイド形成工程S1においては、培地にスフェロイドの形成を促進するための成分を添加してもよい。スフェロイドの形成を促進するための成分としては、Rho-キナーゼ(ROCK)阻害剤が挙げられる。ROCK阻害剤は、単細胞および細胞の小凝集体を保護する作用を有することが知られている(例えば、Watanabe K,et al.,“A ROCK inhibitor permits survival of dissociated human embryonic stem cells,”Nat.Biotechnol.25:681-686(2007)を参照)。
【0064】
スフェロイド形成工程S1で好適に使用できるROCK阻害剤として、(S)-(+)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]ホモピペラジンジヒドロクロリド(非公式名:H-1152)、1-(5-イソキノリンスルホニル)ピペラジンヒドロクロリド(非公式名:HA-100)、1-(5-イソキノリンスルホニル)-2-メチルピペラジン(非公式名:H-7)、1-(5-イソキノリンスルホニル)-3-メチルピペラジン(非公式名:イソH-7)、N-2-(メチルアミノ)エチル-5-イソキノリン-スルホンアミドジヒドロクロリド(非公式名:H-8)、N-(2-アミノエチル)-5-イソキノリンスルホンアミドジヒドロクロリド(非公式名:H-9)、N-[2-(p-ブロモ-シンナミルアミノ)エチル]-5-イソキノリンスルホンアミドジヒドロクロリド(非公式名:H-89)、N-(2-グアニジノエチル)-5-イソキノリンスルホンアミドヒドロクロリド(非公式名:H-1004)、1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジンジヒドロクロリド(非公式名:H-1077)、(S)-(+)-2-メチル-4-グリシル-1-(4-メチルイソキノリニル-5-スルホニル)ホモピペラジンジヒドロクロリド(非公式名:グリシルH-1152)および(+)-(R)-トランス-4-(1-アミノエチル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサンカルボキサミドジヒドロクロリド(非公式名:Y-27632)が例示できるが、これらだけには限られない。
【0065】
培地中でのROCK阻害剤の濃度は、好ましくは1~20μM、より好ましくは3~15μM、さらに好ましくは5~12μMである。
【0066】
<3>皮膚組織形成工程S2
皮膚組織形成工程S2は、幹細胞を分化誘導し、幹細胞のスフェロイドから真皮層と表皮層が積層した三次元皮膚組織を形成させる工程である。以下、皮膚組織形成工程S2についての説明を行う。なお、皮膚組織形成工程S2の初日、すなわち分化誘導を開始する日を「0日目」として培養期間等に関する説明を行う。
【0067】
本実施形態において、皮膚組織形成工程S2は、幹細胞のスフェロイドを分化誘導する工程(第1誘導工程S21、第2誘導工程S22、及び第3誘導工程S23)と、これらの誘導工程を経た三次元培養物から、少なくとも真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を得る、三次元培養工程S24を含む。
本実施形態では、皮膚組織形成工程S2のうち第1誘導工程S21の開始日が「0日目」に該当する。
【0068】
分化誘導の工程では、第1誘導工程S21、第2誘導工程S22及び第3誘導工程S23は、分化誘導の条件が異なる。以下、それぞれの工程について説明する。
【0069】
<3-1>第1誘導工程S21
第1誘導工程S21は、非神経外胚葉上皮の形成を誘導する工程である。より具体的には、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ)シグナル伝達のアンタゴニスト、線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達のアゴニスト及び骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達のアゴニストから選ばれる1種又は2種以上の因子を含む第1分化培地で培養を実施する。
【0070】
より具体的には、TGFβシグナル伝達のアンタゴニスト及びFGFシグナル伝達のアゴニストを含み、任意で骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達のアゴニストを含んでいてもよい第1分化培地で培養を実施する。
【0071】
一つの実施形態では、0日目から、TGFβシグナル伝達のアンタゴニスト、BMPシグナル伝達のアゴニスト及びFGFシグナル伝達のアゴニストを全て含む第1分化培地で、幹細胞のスフェロイドを培養する。
【0072】
別の一つの実施形態では、第1分化培地として、第1-1分化培地と第1-2分化培地を用いる。具体的に本実施形態では、0日目ではTGFβシグナル伝達のアンタゴニスト及びFGFシグナル伝達のアゴニストを含む第1-1分化培地で幹細胞のスフェロイドを培養し、0日目から1日目の任意のタイミングで、さらにBMPシグナル伝達のアゴニストを含む第1-2分化培地で培養を行う。
【0073】
第1分化培地は、上述した幹細胞の培養に適した培地をベースとして、上述の因子を添加することで調製することができる。第1分化培地のベースは幹細胞の培養に適した培地であれば特に制限されないが、Essential6TM Medium(Thermo Fisher Scientific)が特に好適に例示できる。
【0074】
TGFβシグナル伝達のアンタゴニストとしては、SB431542(4-[4-(1,3-ベンゾジオキソール-5-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]-ベンズアミド)、SB525334(6-[2-tert-ブチル-5-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-イミダゾール-4-イル]-キノキサリン)、SD-208(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)、LDN-193189(4-[6-[4-(1-ピペラジニル)フェニル]ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]-キノリン塩酸塩)、E-616452(2-(3-(6-メチルピリジン-2-イル)-1H-ピラゾール-4-イル)-1,5-ナフチリジン)、LY2157299(2-(6-メチル-ピリジン-2-イル)-3-[6-アミド-キノリン-4-イル]-5,6-ジヒドロ-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール)、LY2109761(4-[5,6-ジヒドロ-2-(2-ピリジニル)-4H-ピロロ[1,2-b]ピラゾール-3-イル]-7-[2-(4-モルフォリニル)エトキシ]-キノリン)などの低分子化合物や、TGFβ受容体に特異的なRNAi核酸、また抗TGFβ抗体が挙げられる。本発明においては、SB431542が特に好適に例示できる。
【0075】
TGFβシグナル伝達のアンタゴニストとして、上記低分子化合物を用いる場合、第1誘導工程S21における当該低分子化合物の培地中の濃度は、好ましくは1~50μM、より好ましくは3~30μM、さらに好ましくは5~20μMである。
【0076】
BMPシグナル伝達のアゴニストとしては、例えばBMP4、BMP2及びBMP7、並びにこれらのコンジュゲート若しくは断片からなる群から選択される1種若しくは2種以上が挙げられる。特にBMP4又はそのコンジュゲート若しくは断片が好適に例示できる。
【0077】
第1誘導工程S21における、上述したBMPシグナル伝達のアゴニストの第1分化培地中の濃度は、好ましくは0~30ng/ml、さらに好ましくは0.1~20ng/ml、さらに好ましくは0.5~10ng/ml、さらに好ましくは1~7ng/ml、さらに好ましくは2~6ng/mlである。
【0078】
FGFシグナル伝達のアゴニストとしては、FGFファミリーに属するタンパク質又はそのコンジュゲート若しくは断片が挙げられる。本発明においては、FGFファミリーに属するタンパク質として、bFGF、FGF4、FGF9などが好適に例示でき、このうちbFGFが特に好適に例示できる。
【0079】
第1誘導工程S21における、上述したFGFシグナル伝達のアゴニストの第1分化培地中の濃度は、好ましくは0.1~20ng/ml、より好ましくは1~10ng/ml、さらに好ましくは2~6ng/mlである。
【0080】
第1分化培地には、さらに細胞外マトリックス成分を添加してもよい。細胞外マトリックス成分は基底膜抽出物(BME)であってもよい。また、具体的には、細胞外マトリックス成分として、ラミニン、コラーゲンIV、エンタクチン(ナイトジェン)、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどが挙げられる。
これら細胞外マトリックス成分を含む試薬として、マトリゲル(BD Biosciences社、Corning社等)を使用することができる。
【0081】
また、本発明において、マトリゲル(Matrigel)とは、エンゲルブレス-ホルム-スウォーム(Engelbreth-Holm-Swarm)(EHS)マウス肉腫細胞から得た可溶性調製物のことをいう。マトリゲルの調製には、DMEMが用いられることが好ましく、例えば、DMEM(1g/Lのグルコースを含有)を好適に用いることができる。
【0082】
第1分化培地における細胞外マトリックス成分の濃度は、好ましくは0.1~5質量%、より好ましくは0.3~3質量%、さらに好ましくは0.5~2質量%である。
【0083】
第1誘導工程S21では、スフェロイド形成工程S1で形成したスフェロイドを第1分化培地中で浮遊培養する。浮遊培養の具体的態様は特に限定されないが、上述した静置培養にて第1誘導工程S21を実施することが好ましい。
【0084】
好ましい実施の形態では、第1分化培地を96ウェルU字底プレートに、好ましくは50~200μl/ウェル、より好ましくは80~150μl/ウェルにて分注し、各ウェルで一つのスフェロイドを個別に培養する。
【0085】
第1誘導工程S21の実施期間は、好ましくは1日以上、より好ましくは2日以上、さらに好ましくは3日以上である。第1誘導工程S21を上記期間で実施することで、非神経外胚葉上皮をより良好に形成することができる。
また、第1誘導工程S21の実施期間は、好ましくは7日以下、より好ましくは5日以下、さらに好ましくは4日以下である。上記期間は、非神経外胚葉上皮の形成のために十分である。
特に好ましい実施の形態では、第1誘導工程S21の実施期間は3日である。
【0086】
第1誘導工程S21の期間中、第1分化培地の交換は任意である。上記期間で第1誘導工程S21を実施する場合、第1分化培地の交換は不要である。
【0087】
<3-2>第2誘導工程S22
第2誘導工程S22は、第1誘導工程S21を経た三次元培養物をさらに高次な構造に誘導する工程である。第2誘導工程S22では、三次元培養物を浮遊培養することが好ましい。また、第2誘導工程S22では、線維芽細胞成長因子(FGF)シグナル伝達のアゴニスト及び/又は骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達のアンタゴニストを含む第2分化培地を使用して培養することが好ましい。
【0088】
一つの実施形態では、第2分化培地は、BMPシグナル伝達のアンタゴニストを含み、任意でFGFシグナル伝達のアゴニスト含んでいてもよい。
【0089】
別の実施形態では、第2分化培地は、FGFシグナル伝達のアゴニスト及びBMPシグナル伝達のアンタゴニストを含む。かかる実施形態によれば、三次元皮膚組織の形成効率を向上させることができる。
【0090】
第2誘導工程S22で使用するFGFシグナル伝達のアゴニストは、上述したFGFファミリーに属するタンパク質又はそのコンジュゲート若しくは断片が挙げられる。本発明においては、FGFファミリーに属するタンパク質として、bFGF、FGF4、FGF9などが好適に例示でき、このうちbFGFが特に好適に例示できる。
第1誘導工程S21と第2誘導工程S22で使用するFGFシグナル伝達のアゴニストは同一であることが好ましく、より好ましくは両工程ともにbFGFを使用する。
【0091】
第2分化培地におけるFGFシグナル伝達のアゴニストの濃度は、好ましくは1~1000ng/ml、より好ましくは10~800ng/ml、さらに好ましくは50~500ng/ml、さらに好ましくは100~300ng/mlである。
【0092】
BMPシグナル伝達のアンタゴニストとしては、Chordin、Noggin、Follistatinなどのタンパク質性阻害剤、Dorsomorphin(6-[4-(2-ピペリジン-1-イル-エトキシ)フェニル]-3-ピリジン-4-イル-ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン)、その誘導体(P.B.Yu et al.(2007),Circulation,116:II_60;P.B.Yu et al.(2008),Nat.Chem.Biol.,4:33-41;J.Hao et al.(2008),PLoS ONE,3(8):e2904)およびLDN-193189(4-(6-(4-(ピペラジン-1-イル)フェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル)キノリン)が例示される。好ましくは、LDN-193189である。
【0093】
第2分化培地におけるBMPシグナル伝達のアンタゴニストの濃度は、好ましくは0~4000nM、より好ましくは50~3000nM、さらに好ましくは100~2000nM、さらに好ましくは500~1500nMである。
【0094】
第2分化培地は、上述した幹細胞の培養に適した培地をベースとして、これに上述の因子を添加して調製することができる。第2分化培地のベースは特に限定されないが、Essential6TM Medium(Thermo Fisher Scientific)が特に好適に例示できる。
【0095】
第2誘導工程S22では、第1誘導工程S21で用いた第1分化培地をすべて除去して、第2分化培地に置き換えて実施してもよい。
【0096】
一つの実施形態では、第1誘導工程S21において浮遊培養を実施している第1分化培地に、さらに第2分化培地を添加することで、第2誘導工程S22を開始する。
【0097】
この場合、第1誘導工程S21の終了日(第2誘導工程S22の開始日)において、第1分化培地に対して、好ましくは0.01~1倍量、より好ましくは0.05~0.5倍量、さらに好ましくは0.1~0.3倍量、さらに好ましくは0.15~0.25倍量の第2分化培地を添加する。
【0098】
より好ましい実施形態では、第1誘導工程S21において浮遊培養を実施している第1分化培地に、さらに第2分化培地を添加することで、第2誘導工程S22を開始する。そして、第2誘導工程S22の期間中、上述の混合培地にFGFシグナル伝達のアゴニスト及びBMPシグナル伝達のアンタゴニストを含まない新鮮な培地を添加するか、または、前記混合培地の一部若しくは全部を前記新鮮な培地に置き換えながら、三次元培養物の培養を行う。
かかる実施形態では、第2誘導工程S22の期間中、第2分化培地の含有成分の濃度が段階的に変更される。このように段階的に培地組成が変更されるように第2誘導工程S22を実施することで、三次元皮膚組織の形成効率を向上させることができる。
【0099】
第2誘導工程S22の実施期間は、好ましくは1日以上であり、また、3日以上とすることができ、4日以上とすることができ、5日以上とすることができる。また、別の実施形態では、第2誘導工程S22の実施期間は、好ましくは7日以上とすることができる。
この期間で第2誘導工程S22を実施することで、続く三次元培養工程S24において、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0100】
第2誘導工程S22の実施期間の上限は限定されず、例えば14日以下、より好ましくは10日以下、さらに好ましくは9日以下とすることができる。第2誘導工程S22の実施期間の上限は、5日以下とすることができ、4日以下とすることができ、3日以下とすることができる。
上記期間で第2誘導工程S22を実施することで、続く三次元培養工程S24において、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0101】
ここで、本発明の第1の実施形態(図1(a))では、第2誘導工程S22の実施期間は、好ましくは1~14日間、より好ましくは1~10日間、より好ましくは1~8日間、より好ましくは1~5日間、より好ましくは1~4日間、より好ましくは1~3日間である。
第2の実施形態及び第3の実施形態(図1(b)~(c))では、第2誘導工程S22の実施期間は、好ましくは3~14日間、より好ましくは4~10日間、より好ましくは5~10日間、より好ましくは7~9日間である。
上記期間で第2誘導工程S22を実施することで、続く三次元培養工程S24において、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0102】
また、一実施形態(例えば、第4の実施形態)では、第2誘導工程S22を実施せず、第1誘導工程S21の後、三次元培養工程S24を行うこともできる。
【0103】
<3-3>第3誘導工程S23
皮膚組織形成工程S2は、任意で、第2誘導工程S22を経た三次元培養物をより成熟させる、第3誘導工程S23を含んでもよい。具体的には、本発明の第3の実施形態(図1(c))が該当する。
【0104】
第3誘導工程S23では、浮遊培養を行うことが好ましい。
かかる浮遊培養の具体的形態は限定されず、成熟培地を充填したフラスコ、ディッシュ、シャーレ、ボトル、プレート等の培養容器でオルガノイドを浮遊培養させる形態が好ましく例示できる。培養容器は低接着表面を有するものが好ましい。
【0105】
第3誘導工程S23は、培養容器を静置して実施してもよいが、シェイカーに載置して培養液を振とうしながら実施してもよい。シェイカーとしては、2次元軌道で振とうするオービタルシェイカーが例示できる。オービタルシェイカーの振とう速度は、例えば50~80rpmである。
【0106】
第3誘導工程S23で使用する成熟培地は、いずれの細胞培養用培地を制限なく使用することができる。例えば、Advanced DMEM/F-12(Thermo Fisher Scientific)、NeurobalsalTM MEDIUM(Thermo Fisher Scientific)、またはこれらの混合培地が好適に例示できる。
【0107】
第3誘導工程S23の実施期間は、好ましくは3日以上、より好ましくは4日以上、さらに好ましくは5日以上、さらに好ましくは6日以上である。
【0108】
第3誘導工程S23の実施期間の上限は、好ましくは8日以下、より好ましくは7日以下である。
【0109】
第3誘導工程S23の実施期間は、好ましくは3~8日、より好ましくは4~8日、さらに好ましくは5~8日、さらに好ましくは6~7日である。
【0110】
第3誘導工程S23で使用する培地には、さらに細胞外マトリックス成分を添加してもよい。細胞外マトリックス成分は基底膜抽出物(BME)であってもよい。また、具体的には、細胞外マトリックス成分として、ラミニン、コラーゲンIV、エンタクチン(ナイトジェン)、ヘパラン硫酸プロテオグリカンなどが挙げられる。
これら細胞外マトリックス成分を含む試薬として、マトリゲル(BD Biosciences社、Corning社等)を使用することができる。
【0111】
第3誘導工程S23で使用する培地における細胞外マトリックス成分の濃度は、好ましくは0.05~5質量%、より好ましくは0.1~2質量%、さらに好ましくは0.3~1質量%である。
【0112】
<3-4>三次元培養工程S24
三次元培養工程S24は、浮遊培養により得た前記三次元培養物を培養することにより、少なくとも真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を得る工程である。
【0113】
三次元培養工程S24は、第1誘導工程S21による第1分化培地での分化誘導後に実施後に開始されることが好ましい。
【0114】
三次元培養工程S24は、分化誘導の開始から好ましくは1~20日経過後、より好ましくは1~18日経過後、さらに好ましくは3~18日経過後、さらに好ましくは3~15日経過後、特に好ましくは4~12日経過後に開始されることが好ましい。また三次元培養工程S24を、分化誘導の開始から5~20日経過後、より好ましくは5~18日経過後、さらに好ましくは6~18日経過後に開始する形態も好ましい。
そして、一実施形態では、三次元培養工程S24は、分化誘導の開始日から好ましくは1日以上、より好ましくは2日以上、さらに好ましくは3日以上の経過時点で開始される。また、一実施形態では、三次元培養工程S24は、分化誘導の開始日から好ましくは20日以下、より好ましくは18日以下、さらに好ましくは15日以下、さらに好ましくは12日以下の経過時点で開始される。
【0115】
すなわち、好ましい形態では、三次元培養工程S24は、分化誘導の開始日から好ましくは1~20日目、より好ましくは3~18日目、さらに好ましくは3~15日目、特に好ましくは4~12日目に開始されることが好ましい。
【0116】
分化誘導の開始時期を上記の通りとすることで、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された構造を有する三次元皮膚組織の形成を促進することができる。さらに、三次元皮膚組織における毛包の形成を促進することができる。
なお、本発明において、「少なくとも表皮層が外界に開放された構造」とは、「真皮層が表皮層を取り囲むことで表皮層が真皮層に内包された形態」ではなく、表皮層が外界に露出している形態を示す。
【0117】
例えば第1の実施形態(図1(a))では、三次元培養工程S24は、誘導開始日から5~9日目、より好ましくは5~8日目に、さらに好ましくは6~7日目に開始される。また、好ましい形態では、三次元培養工程S24は、誘導開始日から3~12日目、より好ましくは4~11日目に開始されてもよい。
かかる形態とすることで、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進することができる。また、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された構造を有する三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0118】
第2の実施形態(図1(b))では、三次元培養工程S24は、誘導開始日から10~13日目、より好ましくは12~13日目に開始されてもよい。第3の実施形態(図1(c))では、誘導開始日から15~19日目、より好ましくは17~18日目に開始されてもよい。第4の実施形態(図1(d))では、誘導開始日から1~3日目、より好ましくは2~3日目に開始されてもよい。
【0119】
三次元培養工程S24では、好ましくは、培養液を透過可能な膜を備えた培養容器の該膜上に、第1誘導工程S21、第2誘導工程S22又は第3誘導工程S23を実施後の三次元培養物を切開せずに配置する。
【0120】
本発明では、前記培養容器の膜上に、立体形状を有する三次元培養物を配置する。すなわち、本発明は、単一に分離された細胞を膜上に配置するものではない。好ましい形態では、該三次元培養物は、膜上に配置する前に、切開及び細胞を分離する処理を行わず、立体形状を維持したまま膜上に配置されることが好ましい。
三次元培養物における細胞を分離する処理とは、例えば三次元培養物の細胞外マトリックスの構成成分を分解する処理であり、具体的には三次元培養物をタンパク質分解酵素及び/又はコラーゲン分解酵素(コラゲナーゼ)で処理すること、さらにはタンパク質分解酵素及びコラーゲン分解酵素で処理することが挙げられる。
三次元培養物を膜上に配置する本発明は、細胞を分離させるための酵素処理等の手間を省くことができ、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織をより容易に得ることができる。また、かかる形態とすることにより、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された構造であり、毛包を有する三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0121】
膜上に配置する三次元培養物は、幹細胞の浮遊培養を経て得た、立体形状を有する培養物であれば細胞や組織の分化状態は特に限定されない。例えば、三次元培養物は、真皮層を形成する細胞や表皮層を形成する細胞がそれぞれ未分化の状態であってもよく、真皮層と表皮層がすでに形成されている状態であってもよい。真皮層と表皮層がすでに形成されている場合、三次元培養物は、表皮層を内側、真皮層を外側に備える形態であってもよい。
一実施形態では、膜上に配置する三次元培養物は、上皮系細胞のみが分化した球状の形態であってもよく、上皮系細胞を含む層を取り囲むように間葉系細胞を含む層が形成され、該上皮系細胞を含む層が間葉系細胞を含む層に内包された球状の形態であってもよい。
【0122】
第1誘導工程S21を経て得た三次元培養物は、培養物の表層に非神経外胚葉上皮が形成されている。すなわち、一実施形態では、三次元培養工程S24において、好ましくは非神経外胚葉上皮が形成された三次元培養物を、膜上に配置する。また、膜上に配置する三次元培養物は、非神経外胚葉上皮、表皮前駆細胞、頭蓋プラコード、神経外胚葉及び間葉系細胞から選択される1種以上、好ましくは2種以上、より好ましくは3種以上、より好ましくは4種以上、さらに好ましくは5種全てを含むものを用いることもできる。
【0123】
また、別の実施形態では、三次元培養工程S24において、表皮角化細胞及び/又は線維芽細胞を含む三次元培養物を、膜上に配置することもできる。
【0124】
一実施形態では、膜上に配置する三次元培養物は、毛包を有さないものであることが好ましい。すなわち、膜上に配置する三次元培養物は、毛包が分化していないものであることが好ましい。
毛包が未分化の未熟な三次元培養物を用いることで、該三次元培養物を膜上で培養するのみで、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された構造を有する三次元皮膚組織を、容易に得ることができる。
【0125】
一実施形態では、膜上に配置する三次元培養物は、球形の形状であることが好ましい。球形の三次元培養物は、細胞が凝集して形成される、略球形の形状を含む。
球形の三次元培養物を用いる場合、該三次元培養物の最大径は、2mm以下であることが好ましく、1.5mm以下であることがより好ましく、1.3mm以下であることがより好ましく、1mm以下であることがさらに好ましい。
かかる形態とすることで、該三次元培養物を膜上で培養するのみで、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された構造を有する三次元皮膚組織の形成を促進することができる。さらに、三次元皮膚組織における毛包の形成を促進することができる。
三次元培養物の最大径は、画像解析により測定することができる。
【0126】
なお、球形の三次元培養物を用いる場合における、三次元培養物の最大径の下限値は、特に限定されないが、100μm以上としてもよく、300μm以上としてもよい。
【0127】
一実施形態では、膜上に配置する三次元培養物は、間葉系細胞が未分化であるか、又は間葉系細胞を有する層の厚さが一定以下であることが好ましい。間葉系細胞を有する層の厚さは、好ましくは200μm以下、より好ましくは180μm以下、より好ましくは150μm以下、より好ましくは130μm以下、より好ましくは100μm以下、より好ましくは90μm以下、より好ましくは80μm以下、より好ましくは70μm以下、より好ましくは60μm以下、さらに好ましくは50μm以下、特に好ましくは40μm以下である。
かかる形態とすることで、該三次元培養物を膜上で培養するのみで、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された構造を有する三次元皮膚組織の形成を促進することができる。さらに、三次元皮膚組織における毛包の形成を促進することができる。
一実施形態では、上記の間葉系細胞は、頭部神経堤細胞(cranial neural crest cell;CNCC)であってもよい。
【0128】
膜上に配置する三次元培養物の数は特に限定されず、例えば培養容器で隔てられた1空間(例えば、マルチウェルプレートの場合には1ウェル)につき、第1誘導工程S21を経て得た三次元培養物を1個配置してもよいし、複数配置してもよい。複数の三次元培養物を配置する場合には、1空間(1ウェル)当たり、2個以上配置してもよく、5個以上配置してもよく、10個以上の三次元培養物を配置してもよい。
【0129】
三次元培養工程S24で使用する培養容器に備えられた膜は、培養液を透過可能な膜であり、多孔膜を好ましく用いることができる。このような膜を備えた培養容器としては、細胞培養用プレート(例えば、24ウェルプレート)に、多孔膜を備えたトランズウェルインサートやセルカルチャーインサートを設置したものが好ましく挙げられる。また、培養容器自体に多孔膜が備えられた形態であってもよい。
【0130】
培養容器に設けられる多孔膜は、膜の孔径が、好ましくは0.1~8μm、より好ましくは0.4~5μm、さらに好ましくは0.4~3μmである。
【0131】
本発明で使用する膜の厚さは、特に限定されず、例えば10~1000μmとすることができる。当該膜の厚さは、後述する細胞外マトリックス成分等によるコーティングの厚さによっても調節することができる。
【0132】
培養容器に設けられる膜の素材は特に限定されないが、親水性ポリテトラフルオロエチレン(Polytetrafluoroethylene,PTFE)、セルロース混合エステル、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート等を適宜採用できる。
【0133】
また、培養容器に備えられる膜は、細胞外マトリックス成分からなる、微細孔を有する膜であってもよい。当該細胞外マトリックス成分からなる膜は、細胞外マトリックス成分が網目構造を形成する。膜を構成する細胞外マトリックス成分は、好ましくはコラーゲンであり、より好ましくはコラーゲンIであり、さらに好ましくはコラーゲンIから得たアテロコラーゲンである。このような培養容器としては、FibColl(登録商標)高透過性アテロコラーゲンインサート24well用(株式会社高研)を細胞培養用プレートに設置したものが好ましく例示できる。
【0134】
培養容器に設けられる膜は、該膜上を細胞外マトリックス成分でコーティングされることが好ましい。使用する細胞外マトリックス成分は、コラーゲンであることが好ましく、コラーゲンIであることがより好ましい。
細胞外マトリックス成分でコーティングした膜上で培養することで、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進することができる。また、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された構造を有する三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0135】
細胞外マトリックス成分としてコラーゲンを用いる場合、該コラーゲンはゲル化されていることが好ましい。
【0136】
培養容器に設けられる膜は、該膜上にフィーダー細胞が敷設されていてもよい。フィーダー細胞としては、脂肪由来間葉系幹細胞を用いることが好ましい。
【0137】
また、三次元培養工程S24では、膜の下方に培地を充填し、該膜上で三次元培養物を培養することが好ましい。すなわち、膜の下方に充填された培地と三次元培養物を、該膜を介して接触させ、該膜を通過して培地を三次元培養物に供給することが好ましい。かかる形態とすることにより、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進することができる。
【0138】
また、三次元培養物は膜上に載置されている状態が保たれていればよい。すなわち、三次元培養物は膜上に接着していてもよいし、膜に完全には接着せず、ピペッティングや振盪により膜から浮遊する状態であってもよい。
なお、膜上にフィーダー細胞を敷設する場合、三次元培養物は膜上のフィーダー細胞に載置されている状態が保たれていればよい。
【0139】
三次元培養工程S24において、膜の上方は、上皮系細胞の分化を誘導する培養環境とすることが好ましい。好ましい実施形態では、三次元培養工程S24では、三次元培養物について、気液界面培養、及び/又は二層液間培養を実施する。好ましくは、三次元培養工程S24では、気液界面培養を実施する。
かかる形態とすることで、真皮層及び表皮層の層構造を備える三次元皮膚組織を効率よく得ることができる。
【0140】
図2は、気液界面培養の様子を模式的に示す図であり、図3は、二層液間培養を模式的に示す図である。図2及び3では、浮遊培養工程により得た三次元培養物Cを、細胞培養プレート10のセルに設置されたセルカルチャーインサート11上に配置した状態(a)と、培養を継続し、真皮層L1及び表皮層L2が形成された状態(b)を示す。
【0141】
気液界面培養では、膜Mを隔てて下方に培養液を添加し、上方には培地を添加しない状態で培養を行う(図2)。具体的には、浮遊培養により得た三次元培養物Cを膜M上に配置した後、膜M上の培地を除去し、該三次元培養物の上部を気相に暴露させ、下部を培養液に接触させた状態で、培養する。
これにより、三次元培養物Cの上部にて表皮層L2を構成する細胞の分化が促進され、真皮層L1及び表皮層L2の層構造を備える三次元皮膚組織を効率よく得ることができる。
【0142】
使用する培養液は、三次元培養物Cの成熟に適した培地であれば特に限定されないが、上記第3誘導工程S23で使用した成熟培地が好ましく例示できる。成熟培地には、細胞外マトリックス成分を添加してもよい。添加する細胞外マトリックス成分の好ましい形態は、上記第3誘導工程S23で使用する培地と同様であり、具体的にはマトリゲルを使用できる。
【0143】
二層液間培養は、膜Mを隔てて上方と下方に異なる培養液を充填し、培養を行う方法である(図3)。二層液間培養では、膜Mの上方に上皮細胞用培地を充填し、三次元培養物Cの上部を上皮細胞用培地と接触させて培養する。
これにより、三次元培養物Cの上部にて表皮層L2を構成する細胞の分化が促進され、真皮層L1及び表皮層L2の層構造を備える三次元皮膚組織を効率よく得ることができる。
【0144】
使用する上皮細胞用培地は特に限定されず、例えば、Keratinocyte serum free medium(KSFM、Thermo Fisher Scientific)、EpiLifeTM Medium(Gibco)、角化細胞増殖培地(Keratinocyte Growth Medium)、約5~20%の胎仔ウシ血清を含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地などが挙げられるが、それらに限定されない。また、適宜上皮細胞の培養において適切な成分(カルシウム、成長因子等)を添加してもよい。
【0145】
膜Mの下方には、成熟培地を充填することが好ましい。成熟培地の好ましい実施形態は、上記の気液界面培養と同様である。
【0146】
本発明において、三次元培養工程S24において成熟培地を用いて培養する工程は、成熟ステップS242ともいう。成熟ステップS242では、細胞外マトリックス成分を含有する培地で培養を開始し、その後、細胞外マトリックス成分を含有しない培地で培養を行う実施形態としてもよい。
【0147】
ここで、好ましい形態では、成熟ステップS242において、成熟培地に細胞外マトリックス成分を添加した成熟培地で培養する工程と、細胞外マトリックス成分を添加しない成熟培地で培養する工程を何れも含む。
かかる実施形態の場合、細胞外マトリックス成分を含有する培地で成熟ステップS242を開始し、その1~4日後に、細胞外マトリックス成分を含有しない培地で既存の培地の全部又は一部を置換し、その後、1~4日ごとに、細胞外マトリックス成分を含有しない培地で既存の培地の全部又は一部を置換しながら、培養を継続する。
【0148】
なお、第3の実施形態(図1(c))の成熟ステップS242においては、細胞外マトリックス成分を添加しない成熟培地で培養する工程を含み、細胞外マトリックス成分を添加した成熟培地で培養する工程を含まない形態とすることができる。
【0149】
また、三次元培養工程S24は、第1分化培地での分化誘導後、第2分化培地での分化誘導の途中で開始されることが好ましい。また、三次元培養工程S24は、第1分化培地での分化誘導後に開始され、第2分化培地での分化誘導工程を含む形態であってもよい。
かかる形態において、例えば、第1の実施形態(図1(a))において、第2誘導工程S22の実施期間が6~10日に満たず、三次元培養工程S24開始時に使用する三次元培養物が未熟である場合や、第4の実施形態(図1(d))において第2誘導工程S22を実施しない場合、三次元培養工程S24開始時の培養では、上記成熟培地での培養前に第2誘導工程S22で使用した第2分化培地を用いて培養する工程(誘導ステップS241)を実施することが好ましい。
かかる場合には、誘導ステップS241の気液界面培養や二層液間培養において膜の下方に充填する培地を、第2分化培地とすることが好ましい。
【0150】
三次元培養工程S24において誘導ステップS241を実施する場合、誘導ステップS241の実施期間は、培養物の分化状態に応じて適宜変更することができる。
本発明では、第2誘導工程S22及び誘導ステップS241における第2分化培地を用いた培養の培養期間の合計が、好ましくは2日以上、より好ましくは5日以上、さらに好ましくは7日以上となることが好ましい。また、第2誘導工程S22及び誘導ステップS241における第2分化培地を用いた培養の培養期間の合計は、例えば14日以下、好ましくは13日以下、より好ましくは10日以下、さらに好ましくは9日以下とすることができる。具体的には、第2誘導工程S22及び誘導ステップS241における第2分化培地を用いた培養の培養期間の合計は、例えば2~14日、好ましくは5~13日、より好ましくは5~10日、さらに好ましくは7~10日、さらに好ましくは7~9日とすることができる。
【0151】
また、別の実施形態では、三次元培養工程S24は、第2分化培地での分化誘導後、開始されてもよい。かかる実施形態は、例えば第2の実施形態(図1(b))において、三次元培養工程S24は、第2誘導工程S22後に開始され、第2分化培地での培養工程を含まない形態とすることができる。
【0152】
さらに、三次元培養工程S24は、第2分化培地での分化誘導後、成熟培地での培養の途中で開始されてもよい。かかる場合、三次元培養工程S24は、細胞外マトリックス成分を添加した成熟培地での培養が完了後、開始される形態が好ましい。
【0153】
三次元培養工程S24では、三次元培養物を気液界面培養、二層液間培養の何れか一方の培養法のみで培養してもよいし、2つの培養法を任意の順で行ってもよい。
【0154】
三次元培養工程S24の実施期間は、好ましくは8日以上、より好ましくは10日以上、さらに好ましくは14日以上、さらに好ましくは20日以上である。
また、毛包を有する三次元皮膚組織を得る場合には、三次元培養工程S24の実施期間は、好ましくは90日以上、より好ましくは100日以上、さらに好ましくは105日以上である。
【0155】
三次元培養工程S24の実施期間の上限は、特に限定されないが、200日以下とすることができ、150日以下とすることができ、100日以下とすることができ、80日以下とすることができる。
三次元培養工程S24の実施期間は、例えば8~200日間とすることができ、10~150日間とすることができ、14~100日間とすることができ、20~80日間とすることができる。
【0156】
三次元培養工程S24の期間を上記範囲内とすることで、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進させることができる。
【0157】
三次元培養工程S24では、非特許文献6と異なり、誘導を開始後に三次元培養物が高次に分化した皮膚組織構造を備える前に、切開せずに該三次元培養物を膜上で培養する。そのため、三次元皮膚組織の作製手順を簡素化でき、さらに所望の三次元皮膚組織を得るまでの培養期間を短縮することができる。
そして、かかる三次元培養工程S24を有する本発明は、培養物を切開することなく簡素な方法で得られることから、大量培養等の工業的な生産に好適に応用できる。
【0158】
また、皮膚組織形成工程S2では、上述の通り、第2誘導工程S22及び/又は誘導ステップS241において、第2分化培地を用いて培養を行う。
一実施形態では、第2誘導工程S22及び誘導ステップS241における第2分化培地による培養は、以下の形態とすることができる。
【0159】
例えば、第2分化培地による培養を2日以上行う実施形態では、第2分化培地による培養開始日の2~3日後に、既存の分化培地に対して、好ましくは0.3~1倍量、より好ましくは0.4~0.8倍量、さらに好ましくは0.5~0.7倍量の、FGFシグナル伝達のアゴニスト及びBMPシグナル伝達のアンタゴニストを含まない新鮮な培地を追加してもよい。
その後、1~3日の間隔を空けて、既存の分化培地の好ましくは30~70%、より好ましくは40~60%を前記新鮮な培地に置換して、第2分化培地による培養を継続する。
【0160】
また、第2分化培地による培養では、BMPシグナル伝達のアンタゴニストを、好ましくは1~1000nM、より好ましくは5~500nM、さらに好ましくは10~250nMの濃度で含む培地で三次元培養物を培養する。
段階的に濃度を変更させながら第2分化培地による培養を実施する場合には、上記濃度範囲内で濃度の変更を行うことができる。
【0161】
また、第2分化培地による培養では、FGFシグナル伝達のアゴニストを、好ましくは0.5~250ng/ml、より好ましくは2~150ng/ml、さらに好ましくは5~75ng/mlの濃度で含む培地で三次元培養物を培養する。
段階的に濃度を変更させながら第2分化培地による培養を実施する場合には、上記濃度範囲内で濃度の変更を行うことができる。
【0162】
FGFシグナル伝達のアゴニストは、第1誘導工程S21での培地中の濃度に比して、第2誘導工程S22及び/又は誘導ステップS241における第2分化培地による培養での培地中の濃度が高くなるように調整することが好ましい。具体的には、第2誘導工程S22及び/又は誘導ステップS241における第2分化培地による培養での培地中のFGFシグナル伝達のアゴニストの濃度は、第1誘導工程S21での培地中の濃度に対して、好ましくは1.1~20倍、より好ましくは2~15倍である。
段階的にFGFシグナル伝達のアゴニスト濃度を変更させながら第2誘導工程S22及び/又は誘導ステップS241を実施する場合には、少なくとも第2誘導工程S22の開始時点において上記条件を満たすように調整すればよい。
【0163】
このように、第2誘導工程S22及び/又は誘導ステップS241において、第2分化培地の濃度を段階的に調節することで、真皮層と表皮層が積層した層状の三次元皮膚組織の形成を促進させることができる。
【0164】
また、三次元培養工程S24における誘導ステップS241では、第1分化培地による培養後、第1分化培地へ第2分化培地を添加することで、第2分化培地による培養を開始してもよい。すなわち、誘導ステップS241で使用する培地は、第1分化培地に含まれる因子と第2分化培地に含まれる因子の何れも含んでいてもよい。かかる形態の好ましい実施の形態は、上述した第2誘導工程S22における、「第1誘導工程S21において浮遊培養を実施している第1分化培地に、さらに第2分化培地を添加することで、第2誘導工程S22を開始する形態」と同様である。
【0165】
また、本発明において、三次元培養工程S24では、幹細胞のスフェロイドを培養して得た三次元培養物をWntシグナル伝達のアゴニストを含む培地で培養してもよいが、Wntシグナル伝達のアゴニストを含まない培地で培養することもできる。
非特許文献6に記載の方法では、Wntシグナル伝達のアゴニストを添加した培地で培養することで、得られる球状の皮膚オルガノイドの大きさをより大きくし、該皮膚オルガノイドを切開しやすくさせている。一方、本発明は、幹細胞のスフェロイドを培養して得た三次元培養物を、切開せずに膜上に配置するものである。そのため、本発明では、非特許文献6に示すようにWntシグナル伝達のアゴニストを含む培地で培養する工程を含まずとも、所望の層状の三次元皮膚組織を膜上に形成させることができる。
上記Wntシグナル伝達のアゴニストとしては、GSK3β阻害剤、具体的にはCHIR9902が挙げられる。
【0166】
<三次元皮膚組織>
本発明によれば、表皮層と真皮層が積層した層状の三次元皮膚組織を作製することできる。本発明は、上述の作製方法により作製される三次元皮膚組織自体にもある。上述の作製方法により作製し得る、本発明の三次元皮膚組織の好ましい実施形態について、以下説明する。
【0167】
好ましい実施の形態では、本発明の三次元皮膚組織は、表皮層が真皮層と直接接触する。かかる実施形態の三次元皮膚組織は、生体の皮膚構造に近い構造を有するため、臨床又は試験ツールとしての応用により好適である。
【0168】
また、好ましい実施の形態では、本発明の三次元皮膚組織は、真皮層の上方に表皮層が積層した構造を有する。
このように正常な多層構造を有する三次元皮膚組織は、臨床への応用、また試験ツールとしての応用に好適である。
【0169】
さらに、本発明の三次元皮膚組織は、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ少なくとも表皮層が外界に開放された形態であることが好ましい。
かかる形態の三次元皮膚組織は、膜の上部に表皮層が形成され、表皮層が外界に露出した構造となる。そのため、得られた三次元皮膚組織をそのまま生体材料や試験ツールとして利用することができる。
かかる形態の三次元皮膚組織は、真皮層が表皮層を取り囲むことで表皮層が真皮層に内包された球状の形態と区別される。
【0170】
また、本発明の三次元皮膚組織の表皮層は、表皮ケラチノサイトを含むことができる。また、本発明の三次元皮膚組織の真皮層は、皮膚線維芽細胞を含むことができる。
【0171】
好ましい実施の形態では、本発明の三次元皮膚組織は、間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells)、毛乳頭細胞(dermal papilla cells)、皮膚鞘細胞(dermal sheath cells)及び毛包表皮幹細胞(follicular epidermal stem cells)からなる群から選択される1種又は2種以上の細胞を含んでいてもよい。
【0172】
好ましい実施の形態では、本発明の三次元皮膚組織は、毛包を有する。すなわち、好ましい実施の形態では、三次元皮膚組織は、毛包オルガノイドである。毛包は、真皮層に毛乳頭細胞を有する毛球部を形成していることが好ましい。
【0173】
<応用>
本発明の三次元皮膚組織は、移植用皮膚組成物として臨床応用が可能である。
すなわち、本発明は上述の三次元皮膚組織を含む、移植用皮膚組成物にもある。
【0174】
また、本発明の三次元皮膚組織は、試験ツールとしての応用が可能である。
具体的には、本発明の三次元皮膚組織に被験物質を適用し、その解剖学的、分子生物学的な反応を観察することで、医薬品や化粧品の有効成分をスクリーニングすることができる。三次元皮膚組織への被験物質の適用方法としては、塗布や注入などが挙げられる。
すなわち、本発明は上述の三次元皮膚組織に被験物質を適用することを特徴とする、医薬品又は化粧品の有効成分のスクリーニング方法にもある。
【実施例0175】
以下、実施例を参照して本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は、以下の実施例に限定されない。
【0176】
1.試験例1
<細胞株の培養>
試験に使用する幹細胞として、タカラバイオ株式会社から購入したCellartis human iPS cell line(パサージュ21-47)を用意した。
【0177】
細胞株は、実験前にマイコプラズマの検査を行い、陰性であることを確認した。細胞は、ビトロネクチン組換えヒトタンパク質(Invitrogen)を0.5μg/cmの濃度で塗布した6ウェルプレート上で培養した。
【0178】
幹細胞は、100μg/ml Normocinを添加したEssential8TM Flex(Thermo Fisher Scientific)培地(以下、E8培地という)で維持した。培地は、細胞のコンフルエントの程度に応じ、1日おき、または毎日補充した。細胞は約80%コンフルエントで継代した(通常4~5日ごと)。
【0179】
細胞の継代における細胞剥離には、CTSTM TrypLETM Select Enzyme(以下、TrypLE Select;Thermo Fisher Scientific)を用いた。
【0180】
また継代の際には、10μM Y27632(ROCK阻害剤、アポトーシス阻害剤;Semgent)を含むE8培地を用い、継代から24時間後に、Y27632を含まない新鮮なE8培地で培地を再補充した。
【0181】
<スフェロイド形成工程>
TrypLE Selectを用いて幹細胞を培養皿から剥離した。剥離後、10μM Y27632を含むE8培地(以下、E8-10Yという)中に単細胞の懸濁液として回収した。死細胞と生細胞を区別するためにTrypan blue(Thermo Fisher Scientific)を1:1(Trypan blue:細胞懸濁液)の割合で使用し、生細胞の数を計測した。
【0182】
実験に必要な適切な数の生細胞を、20μM Y27632を含むE8培地(以下、E8-20Y)に移した。E8-20Y細胞懸濁液を96ウェルU字底プレート(ThermoFisher Scientific)に分注した。この際、100μl/ウェル、かつ、3500個/ウェルとなるように細胞を分配した。
【0183】
細胞を分注したプレートを110gで6分間遠心分離することにより、細胞の凝集を促進した。24時間培養後、新しい100μlのE8培地を各ウェルに加え、Y27632を希釈し、細胞の増殖と凝集体の成長を促進した。
【0184】
<皮膚組織形成工程>
皮膚組織形成工程において、三次元培養工程の開始時期、培養形態等の条件を検討した(実施例1~9)。
【0185】
[実施例1]
(第1誘導工程)
スフェロイド形成工程で得た幹細胞のスフェロイドの分化誘導を開始した。なお、以下、分化誘導の開始日(皮膚組織形成工程(第1誘導工程)の開始日)を「0日目」として説明する。
【0186】
0日目、分化を開始するために、すべてのスフェロイドを個別に回収し、1ウェル当たり100μlの分化培地が充填されている新しい96ウェルU字底プレートに移し、スフェロイドを浮遊培養することで非神経外胚葉形成を開始させた。
分化培地は、Essential6TM(以下、「E6培地」という)をベースとするものであり、2%のMatrigel(Corning)、10μMのSB431542(Stemgent)、4ng/mlのbFGF(以下、FGF;PeproTech)および5.0ng/mlのBMP4(PeproTech)を含む。
【0187】
(第2誘導工程)
3日目に、頭部神経堤様細胞(CNC細胞)の形成を誘導するために、1μMのLDN-193189(BMP阻害剤、Stemgent)と250ng/mlのFGFを含むE6培地を1ウェルあたり25μlの量で添加し、最終的に1ウェルあたり125μlの量とした。
【0188】
(三次元培養工程)
6日目に、96ウェルU字底プレートへ1ウェルあたり75μlの新鮮なE6培地を添加し、これにより得られた培地200μlを24wellプレートに移した。また、同様の組成となるように、Matrigel、SB431542、FGF、BMP4及びLDN-193189を添加した新たなE6培地を200μl作製し、24wellプレートへ添加し、1ウェル当たりの培地量を400μlとした(400μlの培地は、1%のMatrigel、5μMのSB431542、2.5ng/mlのBMP4、125nMのLDN-193189と33.25ng/mlのFGFを含む)。さらにカルチャーインサート(millicell、径12mm;メンブレン孔径3μm、ポリカーボネート製のもの、以下、「CI」という)を設置した。CIは、膜上をコラーゲンでコーティングしたものを用いた。
【0189】
コラーゲンコーティングしたCIは、PBSで2mg/mLとなるように希釈されたCollagen I rat tail(Corning)に、コラーゲンの0.023倍の1N NaOHを加えてゲル化したコラーゲン溶液を、50μLずつCI上に載せ、37℃、5%COの条件下で30分静置することで得た。
【0190】
次いで、CI上に、第2誘導工程で得られた培養物を1個ずつ置き、CI上の培地を除いた。以後、CI上方には培地を加えず、CIの多孔膜を介して培養物の下部が培地と触れている状態で、気液界面培養を行った。
【0191】
8日目と10日目に培地の半分を交換した(200μlの使用済み培地を取り除き、200μlの新鮮なE6培地を加えた)。
【0192】
12日目、使用済み培地の全量を取り除き、1%マトリゲル(Corning)を含む成熟培地400μlを各ウェルに添加し、気液界面培養を継続した。
【0193】
成熟培地は、Advanced DMEM/F-12(Thermo Fisher Scientific)と、NeurobasalTM medium(Thermo Fisher Scientific)の1:1の混合培地をベースとし、1×GlutaMaxTM(Thermo Fisher Scientific),0.5×B-27 minus vitamin A(Thermo Fisher Scientific)そして0.5×N-2(Thermo Fisher Scientific)をサプリメントとして含み、0.1mMの2-メルカプトエタノール(Thermo Fisher Scientific)及び100μg/mlのnormocinを含むものである。
【0194】
15日目に、使用済み培地の半分を、1%マトリゲルを含む新鮮な成熟培地で交換した(200μlの使用済み培地を除去し、200μlの新鮮培地を添加した)。
18日目からは3日ごとにマトリゲルを含まない新鮮な成熟培地で培地の半分を交換して気液界面培養を継続した。
【0195】
[実施例2]
三次元培養工程において、気液界面培養ではなく二層液間培養を行った点以外は、上記実施例1と同様の手順で行った。
【0196】
二層液間培養では、CI上の培地を除いた後、該CI内にKeratinocyte serum free medium(KSFM、Thermo Fisher Scientific)を添加した。すなわち、CIの膜を介して上方にKSFM、下方にE6培地(実施例1の気液界面培養で使用したものと同一の組成のもの)が充填された状態で、培養を行った。
【0197】
8日目と10日目に培地交換を行った。CI下方については、半量の200μlの使用済み培地を取り除き、200μlの新鮮なE6培地を加えた。CI上方については、使用済み培地を全量取り除き、200μlのKSFMを各CI上部に添加した。
【0198】
12日目、使用済み培地の全量を取り除き、各ウェルについて、CI下部に1%マトリゲルを含む成熟培地を400μl、CI上部にKSFMを200μl添加し、二層液間培養を継続した。
【0199】
15日目に、使用済み培地の交換を行った。CI下方については、半量の200μlの使用済み培地を除去し、1%マトリゲルを含む新鮮な成熟培地を200μlの新鮮培地を添加した。CI上方については、使用済み培地を全量取り除き、200μlのKSFMを各CI上部に添加した。
【0200】
18日目からは3日ごとに培地交換を行った。培地交換では、CI下方についてマトリゲルを含まない新鮮な成熟培地で培地の半分を交換し、CI上方について使用済み培地の全量交換を行い、二層液間培養を継続した。
【0201】
[実施例3]
三次元培養工程において、CI上での三次元培養工程の開始時期を、誘導開始6日目から12日目に変更した以外は、実施例2と同様の手順で実施した。以下、変更点について説明する。
【0202】
(第2誘導工程)
6日目前までの工程は、実施例1及び2と同様である。
6日目、75μlの新鮮なE6培地を加え、最終容量を200μlにした。
8日目と10日目に培地の半分を交換した(100μlの使用済み培地を取り除き、100μlの新鮮なE6培地を加えた)。
【0203】
(三次元培養工程)
12日目、使用済み培地の全量を取り除き、各ウェルについて、CI下方に1%マトリゲルを含む成熟培地を400μl、CI上方にKSFMを200μl添加し、二層液間培養を行った。
二層液間培養の手順は、12日目以降の実施例2の手順と同様である。
【0204】
[実施例4]
三次元培養工程において、CI上での三次元培養工程の開始時期を、誘導開始12日目から18日目に変更して実施した。12日目開始前までの手順は、実施例3と同様である。以下、変更点について説明する。
【0205】
(第3誘導工程)
12日目、自己組織化を誘導するため、すべての培養物を、24ウェル低粘着プレート(ThermoFisher Scientific)の個々のウェルに500μlずつ充填された1%マトリゲルを含む成熟培地に移した。
【0206】
成熟培地中のオルガノイドを浮遊培養において、培地循環を一定に保つため、24ウェルプレートは、5%CO 37℃のインキュベーター内で、65rpmで振とうするオービタルシェイカーに載置した。
【0207】
15日目に、使用済み培地の半分を、1%マトリゲルを含む新鮮な成熟培地で交換した(250μlの使用済み培地を除去し、250μlの新鮮培地を添加した)。
【0208】
(三次元培養工程)
18日目に、マトリゲルを含まない新鮮な成熟培地で培地の半分を交換した後、交換後の培地を24wellプレートに1ウェル当たり400μl添加し、コラーゲンコーティングをしたCIを設置した。次いで、CI上に、第3誘導工程で得られた培養物を1ウェル当たり1個ずつ置き、実施例1と同様に気液界面培養を行った。
【0209】
[実施例5]
三次元培養工程において、気液界面培養ではなく二層液間培養を行った点以外は、上記実施例4と同様の手順で行った。
【0210】
具体的には、18日目に、マトリゲルを含まない新鮮な成熟培地で培地の半分を交換した後、各ウェルについて、交換後の培地をCIの下方に400μl添加した。CI上に培養物を1ウェル当たり1個ずつ配置後、CIの上方にKSFMを200μl添加し、二層液間培養を行った。その後、3日ごとに培地交換を行った。培地交換の方法は、実施例2の手順と同様である。
【0211】
[実施例6~9]
実施例1~3について、コラーゲンコーティングを行わないCIを使用する点のみを変更した形態を、実施例6~8とした。また、実施例3における三次元培養工程において、コラーゲンコーティングを行わないCIを用いて気液界面培養を行う実施例9も実施した。表1に、実施例1~9の培養条件の一覧を記載する。「三次元培養工程開始のタイミング」は、分化誘導の開始日からの日数(分化誘導開始日を0日とする)で記載した。
【0212】
【表1】
【0213】
<免疫染色>
実施例1~9の皮膚組織について、誘導開始から27日目に、以下のマーカー(一次抗体)について免疫組織染色を行った。
・E-cadherin(上皮細胞の細胞間接着因子マーカー)
・PDGFRα(間葉系細胞のマーカー)
【0214】
免疫染色は、以下の手順で実施した。
得られた皮膚組織を用いて常法により、皮膚組織の上方領域と下方領域を含むように、CIの上下方向と平行に凍結切片を切り出し、該切片をPBS-Tで洗浄した。その後、10% Gоat Serumを添加してブロッキングを行った後、一次抗体(上記参照)を4℃で反応させた。反応後、PBS-Tで洗浄し、二次抗体(Alexa488 AntimouseおよびAlexa647 Antirabbit)を室温で反応させた。反応後の皮膚組織をPBSで洗浄し、ProLong Gold Antifade Mountant with DAPI(Invitrogen社製)でプレパラートに封入した。
得られた皮膚組織について、蛍光顕微鏡(Keyence社製)を用い、皮膚組織の染色画像を撮像した。
【0215】
<結果>
実施例1~9の三次元培養物は、真皮層と表皮層が積層している様子が観察された。すなわち、CI等の多孔膜上で未発達な三次元培養物を切開せずに培養することで、真皮層と表皮層が積層した層状の立体皮膚組織を得ることができた。
【0216】
また、図4に示す通り、実施例1において、PDGFRαが発現する真皮層の上に、E-cadherinが発現する表皮層が積層している様子が観察された。また、実施例1にて得られた皮膚組織は、組織の内部に表皮層が取り込まれた形態ではなく、真皮層の上方に表皮層が平らに積層していた。
【0217】
2.試験例2
試験例1と同様に<細胞株の培養>及び<スフェロイド形成工程>を実施後、下記の手順で実施例10~12を実施した。
【0218】
[実施例10]
実施例1の通り、誘導開始日に第1誘導工程を行った後、誘導開始日から3日目に第2誘導工程を実施した。
次いで、誘導開始から4日目に、第2誘導工程で得られた培養物を1ウェルあたり10個ずつ、CI上に静置した。実施例10では、CIとしてFibColl(登録商標)高透過性アテロコラーゲンインサート24well用(株式会社高研)を用い、CIのコラーゲンコーティングを実施しなかった。
以後の培養は、実施例1と同様の手順で実施し、実施例10の三次元皮膚組織を得た。
【0219】
[実施例11]
実施例11では、CIとして実施例10と同様のアテロコラーゲンインサートを用い、且つ、第2誘導工程で得られた培養物を1ウェルあたり10個ずつ置いた。CIの種類及び静置した培養物の数以外は、実施例1と同様の手順で実施例11の三次元皮膚組織を得た。
【0220】
[実施例12]
実施例9と同様の手順で培養を行い、実施例12の三次元皮膚組織を得た。
【0221】
<免疫染色>
実施例10~12の皮膚組織について、以下の一次抗体及び二次抗体を用いて免疫組織染色を行った。実施例10及び11は誘導開始から116日目に、実施例12は誘導開始から117日目に、免疫組織染色を実施した。免疫染色は、上記試験例1と同様の手順で実施した。
【0222】
・上皮細胞の細胞間接着因子マーカー(実施例10~11)
一次抗体:E-cadherin、二次抗体:Alexa488 Antimouse
・間葉系細胞のマーカー(実施例10~12)
一次抗体:PDGFRα、二次抗体:Alexa647 Antirabbit
・毛乳頭細胞のマーカー
一次抗体:SOX2(実施例10~12)、二次抗体:Alexa555 Antirat(実施例10~11)、Alexa488 Antimouse(実施例12)
【0223】
図5に示す通り、実施例10~12の三次元皮膚組織は、破線で示される膜の上方に、PDGFRαが発現する真皮層、E-cadherinが発現する表皮層が順に積層していた。また、当該三次元皮膚組織は、*の位置に毛包が形成されていることが確認された。
この結果から、誘導開始から12日目まで程度の未熟な状態でCI上における培養を開始することにより、表皮層が外界に開放されるように表皮層が真皮層の上方に積層し、さらに毛包を有する、層状の三次元皮膚組織が形成されることが明らかとなった。
【0224】
3.試験例3
上記<スフェロイド形成工程>で得られたスフェロイドを分化誘導した経過を、免疫組織染色により確認した。具体的には、誘導開始日から3日目、5日目、6日目、8日目、10日目、12日目、15日目、18日目の培養物について、下記の抗体を用いて免疫組織染色を行った。培養物の培養は、上記の実施例4及び5と同様の手順で実施し、誘導開始から18日目の時点では、CIへ移行を行わず、染色を実施した。免疫組織染色の手順は、試験例1と同様である。
【0225】
・上皮細胞の細胞間接着因子マーカー
一次抗体:E-cadherin、二次抗体:Alexa488 Antimouse
・間葉系細胞のマーカー
一次抗体:PDGFRα、二次抗体:Alexa647 Antirabbit
【0226】
図6は、誘導日数ごとの、各マーカーの免疫組織染色の結果を示す。誘導開始から3日目には、E-cadherinの蛍光が確認された。そして、誘導開始から10日目にかけて、培養物が成長するとともに、凝集体の外殻が明瞭になる様子が観察された。
誘導開始から12日目には、上皮系細胞を含む層の外側にPDGFRαの蛍光が確認され、該上皮系細胞を含む層を囲むように間葉系細胞を含む層が形成されていた。
誘導開始から15日目には、間葉系細胞を含む層の厚みが増していた。誘導開始から18日目には、間葉系細胞を含む層が、誘導開始から15日目と比べてさらに厚くなっていた。なお、誘導開始から18日目の時点では、毛包の形成は確認されなかった。
【0227】
試験例1~3の結果を踏まえると、真皮層の上方に表皮層が積層し、かつ表皮層が外界に開放された三次元皮膚組織であって、特に毛包を有する皮膚組織を得るためには、誘導開始から日数が経過しておらず、分化が進んでいない未熟な段階で、三次元培養物をCI上に移行し培養することが重要であるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0228】
本発明は、臨床用又はスクリーニングツールとして有用な皮膚組織の作製技術に応用することができる。
【符号の説明】
【0229】
10 細胞培養プレート
11 セルカルチャーインサート
M 膜
C 三次元培養物
L1 真皮層
L2 表皮層
図1
図2
図3
図4
図5
図6