(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025076609
(43)【公開日】2025-05-16
(54)【発明の名称】膜構造体、及び膜構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 9/08 20060101AFI20250509BHJP
C12N 7/01 20060101ALI20250509BHJP
C12N 9/88 20060101ALI20250509BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20250509BHJP
【FI】
C12N9/08
C12N7/01 ZNA
C12N9/88
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023188268
(22)【出願日】2023-11-02
(71)【出願人】
【識別番号】504013775
【氏名又は名称】学校法人 埼玉医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】小谷 典弘
(72)【発明者】
【氏名】山下 主税
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AA95X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA27
4B065CA28
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】簡便かつ迅速に標的細胞に発現している標的タンパク質の同定を行うことができる膜構造体の提供。
【解決手段】PL(Proximity labeling)酵素を膜表面上に有する膜構造体。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
PL酵素を膜表面上に有することを特徴とする膜構造体。
【請求項2】
前記PL酵素が、HRP(Horseradish peroxidase)、APEX(Ascorbate peroxidases)、及びBioID(Biotin ligase)の少なくともいずれかである、請求項1に記載の膜構造体。
【請求項3】
前記膜構造体が、ウイルス及び脂質膜小胞の少なくともいずれかである、請求項1から2のいずれか一項に記載の膜構造体。
【請求項4】
前記膜構造体がProximity labeling法に用いられる、請求項1から2のいずれか一項に記載の膜構造体。
【請求項5】
細胞にPL酵素発現ベクターを導入して、細胞膜上にPL酵素を発現するPL酵素発現細胞を形成する工程と、
前記PL酵素発現細胞から、PL酵素を膜表面上に有する膜構造体を形成する工程と、
を有することを特徴とする膜構造体の製造方法。
【請求項6】
前記PL酵素が、HRP(Horseradish peroxidase)、APEX(Ascorbate peroxidases)、及びBioID(Biotin ligase)の少なくともいずれかである、請求項5に記載の膜構造体の製造方法。
【請求項7】
前記細胞がパッケージング細胞または脂質膜小胞産生細胞であり、
前記膜構造体がウイルスまたは脂質膜小胞産生細胞である、請求項5から6のいずれか一項に記載の膜構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜構造体、及び膜構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ウイルスのパンデミックは人類の脅威として恐れられており、COVID-19(SARS-CoV-2)のパンデミックは2020年から世界全体に多大なダメージを与えている。これらパンデミックは今後も起こりうる事象であり、その都度人類が対処していく上で原因となるウイルスの生物学的特徴を理解することは脅威を軽減するために不可欠である。
特に、宿主細胞へのウイルスの侵入に関与するウイルス受容体や補助受容体などの感染因子の同定作業は、ワクチンおよび抗ウイルス薬の開発などに寄与する重要な知見を提供すると考えられる。
【0003】
しかしながら、これらの感染因子の同定作業は、複雑な分子生物学実験プロセスを経る必要があることから、時間とコストがかかる。上記SARS-CoV-2受容体がACE2であることは比較的早期に判明したが、これは2003年に出現したSARS-CoV-1の研究成果を利用できたためであり、次のパンデミックウイルスが同様の経過をたどるとは限らない。
このような背景から、次のパンデミックに備えて、宿主細胞の膜表面に発現するウイルス受容体・感染因子(以下、「標的タンパク質」と称することがある)の同定を簡便かつ迅速に行うシステムの構築が必要であると考えられる。
【0004】
また、ウイルス受容体・感染因子の同定以外にも、がん細胞や免疫細胞による自己免疫なども人類の脅威として恐れられており、これらの標的細胞に作用する細胞外小胞(エクソソームなどを含めた脂質膜でできた小胞全般を含む。以下「脂質膜小胞」と称することもある)医薬の早期開発も近年望まれている。
細胞外小胞医薬は、上記ウイルスと同様に標的細胞(ウイルスで言えば宿主細胞)上の「受容体」を介して結合・侵入を行うことで効能を発揮することが知られている。これら「細胞外小胞受容体」(以下、「標的タンパク質」と称することがある)の同定作業もウイルス受容体・感染因子同様に複雑な分子生物学実験プロセスを経る必要がある。そのため、これらの標的タンパク質の同定には時間とコストがかかるという問題がある。
【0005】
そこで、近年、上記標的タンパク質の同定方法として、PL(Proximity labeling)酵素を用いたProximity labelingが注目されている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Norihiro Kotani et al, J. Biol. Chem. (2022) 298(11) 102500 : 1-17
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の一態様は、簡便かつ迅速に宿主細胞または標的細胞に発現している標的タンパク質の同定を行うことができる膜構造体の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。
<1> PL酵素を膜表面上に有することを特徴とする膜構造体である。
<2> 前記PL酵素が、HRP(Horseradish peroxidase)、APEX(Ascorbate peroxidases)、及びBioID(Biotin ligase)の少なくともいずれかである、<1>に記載の膜構造体である。
<3> 前記膜構造体が、ウイルス及び脂質膜小胞の少なくともいずれかである、<1>から<2>のいずれか一項に記載の膜構造体である。
<4> 前記膜構造体がProximity labeling法に用いられる、<1>から<3>のいずれか一項に記載の膜構造体である。
<5> 細胞にPL酵素発現ベクターを導入して、細胞膜上にPL酵素を発現するPL酵素発現細胞を形成する工程と、
前記PL酵素発現細胞から、PL酵素を膜表面上に有する膜構造体を形成する工程と、
を有することを特徴とする膜構造体の製造方法である。
<6> 前記PL酵素が、HRP(Horseradish peroxidase)、APEX(Ascorbate peroxidases)、及びBioID(Biotin ligase)の少なくともいずれかである、<5>に記載の膜構造体の製造方法である。
<7> 前記細胞がパッケージング細胞または脂質膜小胞産生細胞であり、
前記膜構造体がウイルスまたは脂質膜小胞である、<5>から<6>のいずれか一項に記載の膜構造体の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、簡便かつ迅速に宿主細胞または標的細胞に発現している標的タンパク質の同定を行うことができる膜構造体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る膜構造体としてのウイルスの構造を示す概略図である。
【
図2A】本発明の一実施形態に係る膜構造体を用いたPL酵素による標的タンパク質の標識方法の一例を示す概略図である。
【
図2B】本発明の一実施形態に係る膜構造体を用いたPL酵素による標的タンパク質の標識方法の一例を示す概略図である。
【
図2C】本発明の一実施形態に係る膜構造体を用いたPL酵素による標的タンパク質の標識方法の一例を示す概略図である。
【
図2D】本発明の一実施形態に係る膜構造体を用いたPL酵素による標的タンパク質の標識方法の一例を示す概略図である。
【
図3】本発明の一実施形態におけるHRPが発現しているかを確認するウエスタンブロットの結果である。
【
図4】本発明の一実施形態におけるDAF-HRPウイルスの産生効率の結果である。
【
図5】本発明の一実施形態におけるウイルス感染細胞の蛍光顕微鏡での感染確認の結果である。
【
図6】本発明の一実施形態におけるProximity labeling法(Proximity labeling法の1つの方法としてのEMARS)実施後の標識タンパク質の電気泳動および蛍光検出の結果、および抗FITC抗体を用いたウエスタンブロットの結果である。
【
図7】本発明の一実施形態におけるEV(細胞外小胞)にHRPが発現しているかを確認するウエスタンブロットの結果およびEV-DAF-HRPによるEMARS産物の電気泳動および蛍光検出の結果である。
【
図8】本発明の一実施形態における膜構造体の製造方法に用いられるベクターの構造の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(膜構造体)
本発明の一実施形態に係る膜構造体としては、PL(Proximity labeling)酵素を膜表面上に有する。前記膜構造体の膜表面上にPL酵素が存在することで、本発明の一実施形態に係る膜構造体は、Proximity labeling法(以下、「EMARS」と称することがある)、がん細胞や免疫細胞を標的としたタンパク質の解析などの用途に用いることができる。
【0012】
前記膜構造体としては、PL酵素を有することができる膜構造を有していれば特に制限なく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ウイルス、脂質膜小胞などが挙げられる。前記膜構造体が、ウイルスである場合はProximity labeling法の用途に用いることができ、脂質膜小胞である場合はがん細胞や免疫細胞を標的としたタンパク質の解析の用途に用いることができる。
【0013】
<ウイルス>
図1は、本発明の一実施形態に係る膜構造体としてのウイルスの構造を示す概略図である。
ここで、「ウイルス」とはエンベロープおよびキャプシドタンパク質の殻から構成された粒子を意味する。さらに本発明に係る一実施形態では、「ウイルス」は、ウイルスゲノム(核酸形状)を含むものだけでなく、ウイルスゲノムを含んでいないエンベロープおよびキャプシドタンパク質から構成されたウイルス様の粒子である中空粒子(例えば、VSVGウイルス、コロナウイルスなどの中空粒子)も包含する。したがって、VSVGウイルスやコロナウイルスとは、ウイルスゲノムが内包されたウイルス粒子、及び中空粒子のいずれかをいう。中空粒子とはVSVGウイルス、コロナウイルスなどの中空粒子を含む。
本発明において、ウイルスベクターとは、上記ウイルス粒子を意味する場合と該ウイルス粒子に包含されているウイルスゲノム(核酸形状)を意味する場合の両方が含まれ、例えば、VSVGウイルスやコロナウイルスの場合、組換えVSVGウイルスおよびコロナウイルスベクターはVSVGウイルスやコロナウイルスなどの粒子もしくはVSVGウイルスやコロナウイルスなどの粒子内に存在するウイルスゲノムDNAのいずれかを意味する。
本発明に係る一実施形態のウイルスとしては、PL酵素を有しており、更に必要に応じて核酸、キャプシドタンパク質などのその他の成分を有していてもよい。
【0014】
図2Aから
図2Dは、PL酵素による標的タンパク質の標識方法の一例を示す概略図である。
まず、
図2Aに示すように、解析サンプルとなる細胞100の膜表面上には、前記PL酵素が結合するタンパク質110A(以下、「PL酵素結合タンパク質110A」)、前記PL酵素結合タンパク質110Aと相互作用している標的タンパク質110B、及び前記PL酵素結合タンパク質110Aと相互作用していない標的外タンパク質110Cが存在している。
図2Bに示すように、細胞100の膜表面上のPL酵素結合タンパク質110Aに、PL酵素120を発現する本発明の膜構造体130(ウイルス130)を結合させる。
次に、
図2Cに示すように、蛍光色素140で標識をしたPL酵素の基質150を細胞100に加えることで、
図2Dに示すように、PL酵素120により標的タンパク質110Bが蛍光色素140によって標識される。
蛍光色素140で標識された標的タンパク質110Bは、タンパク質解析によって同定することができる。
【0015】
図2Aから
図2Dに示される本発明の一実施形態に係る膜構造体(ウイルス)を用いたProximity labeling法は、従来のPL酵素結合タンパク質に対する抗とPL酵素の複合タンパク質(リコンビナントスパイクタンパク質)を用いたProximity labeling法よりも、実際のウイルス粒子が感染する状況下で生理的にウイルス受容体を標識することができる。
【0016】
前記PL酵素とは、Proximity labeling法に用いられる酵素であり、例えば、HRP(Horseradish peroxidase)、APEX(Ascorbate peroxidases)、及びBioID(Biotin ligase)などが挙げられる。前記膜構造体が、PL酵素を有することで、標的細胞上に発現する標的タンパク質を簡便かつ迅速に同定することが可能となる。
【0017】
前記その他の成分としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、核酸、エンベロープタンパク質、キャプシドタンパク質などが挙げられる。
【0018】
前記核酸とは、プリン又はピリミジンから導かれる含窒素塩基、糖、及びリン酸が規則的に結合した高分子の有機化合物を意味し、核酸の断片、あるいはこれら核酸又はその断片のアナログなども含まれる。
核酸としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、DNA、RNA、cDNAなどが挙げられる。
【0019】
核酸又は核酸断片としては、生物から得られる天然物又はそれらの加工物であってもよく、また、遺伝子組換技術を利用して製造されたもの、化学的に合成された人工合成核酸などでもよい。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。人工合成核酸とすることにより、不純物が少なくなり、低分子化することが可能となるため、初期反応効率を向上させることができる。
なお、人工合成核酸としては、天然に存在するDNA又はRNAと同様の構成成分(塩基、デオキシリボース、リン酸)からなる核酸を人工的に合成した核酸を意味する。人工合成核酸としては、例えば、タンパク質をコードする塩基配列を有する核酸に限らず、任意の塩基配列を有する核酸を含む。
【0020】
核酸又は核酸断片のアナログとしては、核酸又は核酸断片に非核酸成分を結合させたもの、核酸又は核酸断片を蛍光色素や同位元素等の標識剤で標識したもの(例えば、蛍光色素や放射線同位体で標識されたプライマーやプローブ)、核酸又は核酸断片を構成するヌクレオチドの一部の化学構造を変化させた人工核酸(例えば、PNA、BNA、LNAなど)などが挙げられる。
【0021】
核酸の形態としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、二本鎖核酸、一本鎖核酸、部分的に二本鎖又は一本鎖核酸などが挙げられ、環状又は直鎖状のプラスミドも使用することができる。
また、核酸は修飾又は変異されていてもよい。
【0022】
<細胞外小胞(脂質膜小胞)>
前記細胞外小胞(脂質膜小胞)としては、PL酵素を有していれば特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができ、例えば、リポソームなどが挙げられる。
前記リポソームとは、閉鎖空間を有するリン脂質やコレステロールなどの脂質で構成される二重膜のことをいう。前記リポソームを構成するリン脂質膜は、両親媒性界面活性剤であるリン脂質が、極性基を水相側に向けて界面を形成し、疎水基が界面の反対側に向く構造を有する。
【0023】
前記リポソームにおけるリン脂質やコレステロールなどの脂質としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、リポソームに用いられる公知のリン脂質やコレステロールなどの脂質を適宜選択することができる。前記リン脂質やコレステロールなどの脂質は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0024】
前記リポソームの製造方法としては、特に制限はなく、公知の方法を適宜選択することができる。
【0025】
(膜構造体の製造方法)
本発明の一実施形態である膜構造体の製造方法としては、細胞にPL酵素発現ベクターを導入して、細胞膜上にPL酵素を発現するPL酵素発現細胞を形成する工程と、前記PL酵素発現細胞から、PL酵素を膜表面上に有する膜構造体を形成する工程と、を有する。
【0026】
細胞としては、増幅可能な試薬(例えば、核酸)を有し、生物体を形成する構造的及び機能的単位を意味する。
細胞としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、真核細胞、原核細胞、多細胞生物細胞、単細胞生物細胞を問わず、すべての細胞について使用することができる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0027】
真核細胞としては、特に制限はなく、目的応じて適宜選択することができ、例えば、動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、真菌、藻類、原生動物などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、動物細胞が好ましい。
【0028】
接着性細胞としては、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、組織や器官から直接採取した初代細胞を何代か継代させたものでもよく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、分化した細胞、未分化の細胞などが挙げられる。
【0029】
分化した細胞としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、肝臓の実質細胞である肝細胞;星細胞;クッパー細胞;血管内皮細胞;類道内皮細胞、角膜内皮細胞等の内皮細胞;繊維芽細胞;骨芽細胞;砕骨細胞;歯根膜由来細胞;表皮角化細胞等の表皮細胞;気管上皮細胞;消化管上皮細胞;子宮頸部上皮細胞;角膜上皮細胞等の上皮細胞;乳腺細胞;ペリサイト;平滑筋細胞、心筋細胞等の筋細胞;腎細胞;膵ランゲルハンス島細胞;末梢神経細胞、視神経細胞等の神経細胞;軟骨細胞;骨細胞などが挙げられる。
【0030】
未分化の細胞としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞等の多能性幹細胞;単分化能を有する血管内皮前駆細胞等の単能性幹細胞;iPS細胞などが挙げられる。
【0031】
真菌としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、カビ、酵母菌などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、細胞周期を調節することができ、1倍体を使用することができる点から、酵母菌が好ましい。
細胞周期とは、細胞が増えるとき、細胞分裂が生じ、細胞分裂で生じた細胞(娘細胞)が再び細胞分裂を行う細胞(母細胞)となって新しい娘細胞を生み出す過程を意味する。
【0032】
PL酵素発現ベクターとしては、細胞に導入することでPL酵素を発現することができれば特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができる。例えば、配列表の配列番号1に示す塩基配列を含むベクターを用いることができる。
【実施例0033】
以下、実施例を挙げて、本発明を説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0034】
(実施例1)
パッケージング細胞としてのHEK293Tに対して、pLenti-GFP、pLenti-HRP-DAFGPI(
図8の上部(HRP-DAFGPI)参照:HRP-DAFGPIにおけるDAFSからDAFGPIまでの塩基配列が配列番号1であり、アミノ酸配列が配列番号3である)、またはpLenti-HRP-TH1GPI(
図8の上部(HRP-THY1GPI)参照:HRP-THY1GPIにおけるTHY1SからTHY1GPIまでの配列が配列番号2であり、アミノ酸配列が配列番号4である)、の各レンチウイルスベクターに、psPAX2ベクター(レンチウイルスパッケージングベクター)とpMD2.Gベクター(VSVGスパイクタンパク質発現ベクター)を混合し、TransIT2020試薬(Takara)により、形質転換(transfection)を行った。
形質転換後の細胞から分泌された各レンチウイルスをそれぞれ別々に再び新しい293T細胞に処理した。この作業により、コントロールとしてのパッケージング細胞(以下、「293」と称することがある)、DAF-HRPパッケージング細胞(以下、「DAF」と称することがある)、THY1-HRPパッケージング細胞(以下、「THY1」と称することがある)の3つのパッケージング細胞を安定的に得ることができた(DAFおよびTHY1は、両方ともGPI結合タンパク質であるが、発現部位等が異なるので、2つのGPI配列を使用してより利便性の高い方を採用することとした)。
作製した各パッケージング細胞のライゼートおよび各パッケージングから作製したVSVGウイルスを回収して濃縮したサンプルを、SDS-PAGEにて電気泳動した後に、ウエスタンブロットにてHRPの発現を確認した(パッケージング細胞ライゼート:packaging cells;VSVGウイルス:VSVG virus)。結果を
図3に示す。
図3の結果から、THY1とDAFは、HRPを発現していた。ウイルスのHRP発現はさほど変わらなかった。
【0035】
DAF-HRPウイルスの産生効率について、Lenti-X
TM GoStix
TM Plus(Takara)を使用して測定した。結果を
図4に示す。293パッケージング細胞(native VSVGウイルスを産生)およびDAF-HRPパッケージング細胞のウイルス培養液20μLをGoStix
TM に添加後、chase buffer(kitに添付)をさらに80μL加え、反応バンドをGoStix
TMアプリ(Android版)で読み込むことで、ウイルス量を定量した。Native VSVGおよびDAF-HRP-VSVGウイルスの両方とも同じ条件でウイルス産生を実施し、測定した結果、DAF-HRP-VSVGウイルスの産生量はnative VSVGウイルスの約半分程度になることが分かった。
【0036】
次に、各パッケージング細胞から作製したウイルスをウイルス培養液として、同量を293T細胞に感染させた。各ウイルスに感染した細胞はGFPが発現し蛍光を発するので、蛍光顕微鏡で観察した。結果を
図5に示す。
各VSVGウイルスの感染効率は、293>THY1-DAF>DAF-HRPの順となった(
図5の左図)。また、各パッケージング細胞にSARS-CoV-2ウイルス産生用ウイルスベクター(System Biosiences)をTransIT2020試薬(Takara)により導入し、HRPを発現したSARS-CoV-2ウイルスをVSVGと同様に作製した。VSVGと同様に宿主細胞である293T-ACE2細胞を用いて感染実験を行ったところ、ほぼ同様の感染効率で感染が認められた(
図5の右図参照)。
【0037】
前述の方法で作製した293、DAF-HRP、THY1-HRPパッケージング細胞により、VSVGおよびSARS-CoV-2ウイルス(計6種類)を作製した。各ウイルス培養液にLenti-X レンチウイルス濃縮試薬(Takara)を加え、各ウイルスを濃縮した。濃縮ウイルスを各宿主細胞に処理し、室温で10分間インキュベートした後、結合しなかったウイルスをPBSで洗浄し除去した。各宿主細胞にウイルスが結合した状態で、EMARS試薬(0.1mM fluorescein-tyramideを含むPBS溶液)を処理し、室温で20分間インキュベートした。EMARS反応後の宿主細胞を回収し、fluorescein(FITC)標識されたウイルス受容体等の候補分子群を免疫沈降(IP)で濃縮し、SDS-PAGEにて電気泳動した。電気泳動ゲルを直接蛍光イメージング装置(Bio-Rad: Chemidoc)にてfluorescein(FITC)を検出したところ、DAF-HRPウイルスにおいて標識バンドが検出された。THY1-HRPはわずかに標識バンドが検出された。結果を
図6の左図に示す。検出後、ゲルをブロッティングし、抗FITC抗体を用いたウエスタンブロットにて各標識分子を検出したところ、多くのバンドが検出された(
図6の右図参照)。
【0038】
前述の方法で293T細胞にDAF-HRPを発現させた細胞(DAF-HRP細胞)において、ウイルスベクター導入によるウイルス作製は行わず、単にDAF-HRP細胞を3日間培養した培養液を回収した。この培養液中に分泌された細胞外小胞(EV)をLenti-X レンチウイルス濃縮試薬(Takara)でウイルスと同様に回収・濃縮できることを利用し、HRP発現EVを回収・濃縮した。このEVにHRPが発現しているか、ウエスタンブロットで確認した。結果を
図7に示す。
図7の結果から、DAF-HRP細胞から分泌された細胞外小胞にはHRPが発現していることが分かった(
図7の左図参照)。また、このHRP発現EVを用い、前述のウイルス実験において実施したEMARS(Proximity labeling)を行って、EV受容体をfluorescein標識し、免疫沈降(IP)でそれらを濃縮した。これらのサンプルをSDS-PAGEにて電気泳動し、電気泳動ゲルを蛍光イメージング装置(Bio-Rad: Chemidoc)にてfluorescein(FITC)標識分子を検出した。293T細胞から分泌したEV(HRPは発現していないEV)では標識された分子は検出されなかったが、DAF-HRP細胞から分泌したEVでは、標識された分子が複数検出された。
これらの実験から、本発明のウイルスを用いて本発明の課題を解決することができることが分かった。