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特開2025-7906加締締結用軸部材および遊星歯車減速機用軸受装置
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  • 特開-加締締結用軸部材および遊星歯車減速機用軸受装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025007906
(43)【公開日】2025-01-17
(54)【発明の名称】加締締結用軸部材および遊星歯車減速機用軸受装置
(51)【国際特許分類】
   F16C 3/02 20060101AFI20250109BHJP
   F16H 1/28 20060101ALI20250109BHJP
   C21D 9/28 20060101ALI20250109BHJP
   F16D 1/06 20060101ALI20250109BHJP
   F16D 1/072 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
F16C3/02
F16H1/28
C21D9/28 A
F16D1/06 200
F16D1/072
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023109629
(22)【出願日】2023-07-03
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001586
【氏名又は名称】弁理士法人アイミー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山内 清茂
【テーマコード(参考)】
3J027
3J033
4K042
【Fターム(参考)】
3J027FA17
3J027FA37
3J027GC13
3J027GE05
3J033AA01
3J033AC01
3J033BA14
4K042AA14
4K042AA22
4K042BA03
4K042CA06
4K042CA08
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA03
4K042DB01
4K042DC03
4K042DC05
(57)【要約】
【課題】軸部材の加締められる領域を低硬度にしつつ、軌道面にまで低硬度領域が広がってしまうことを防止することができる加締締結用軸部材を提供する。
【解決手段】加締締結用軸部材(1)は、軸方向両端部に、被締結部材に加締締結されるリング形状の加締予定部(14)が設けられた加締締結用軸部材であって、軸部材(1)の外径寸法をdとすると、軸部材の軸方向端面からの長さがd/3を越える主要領域(W2)表面のビッカース硬さが650HV以上であり、軸部材の軸方向端面からの長さが7d/30以下の最端領域(W3)表面のビッカース硬さが450HV未満である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向両端部に、被締結部材に加締締結されるリング形状の加締予定部が設けられた加締締結用軸部材において、
前記軸部材の外径寸法をdとすると、
前記軸部材の軸方向端面からの長さがd/3を越える主要領域表面のビッカース硬さが650HV以上であり、
前記軸部材の軸方向端面からの長さが7d/30以下の最端領域表面のビッカース硬さが450HV未満である、加締締結用軸部材。
【請求項2】
前記軸部材は、軸方向端面からの長さが7d/30を越え、9d/30以下におけるビッカース硬さが、600HV未満である、請求項1に記載の加締締結用軸部材。
【請求項3】
前記リング形状の加締予定部の内周面は、前記軸部材の端面に向かって広がるテーパ面であり、
軸心に対する前記テーパ面の角度は10~20°である、請求項1または2に記載の加締締結用軸部材。
【請求項4】
軸方向両端部に、被締結部材に加締締結されるリング形状の加締予定部が設けられた加締締結用軸部材と、
前記加締締結用軸部材の外周面上に転がり軸受を介して回転可能に設けられた遊星歯車と、
前記加締締結用軸部材の加締予定部に取付けられる前記被締結部材としてのキャリアとを備える遊星歯車減速機用軸受装置において、
前記加締締結用軸部材は、
前記軸部材の外径寸法をdとすると、
前記軸部材の軸方向端面からの長さがd/3を越える主要領域表面のビッカース硬さが650HV以上であり、
前記軸部材の軸方向端面からの長さが7d/30以下の最端領域表面のビッカース硬さが450HV未満である、遊星歯車減速機用軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車のトランスミッション等の遊星歯車装置の遊星歯車支持構造に関し、特に遊星歯車を回転自在に支持し、その軸端部が加締められて被締結部材に固定される、加締締結用軸部材と、それを備える遊星歯車減速機用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のトランスミッションの遊星歯車機構において、遊星歯車(ピニオンギヤ)の中心孔には、軸部材が通され、軸部材は転がり軸受を介して遊星歯車を回転自在に支持する構造が広く知られている。
【0003】
図4を参照して、一般的な軸部材100は、ピニオンギヤ200と、転がり軸受300とともに、トランスミッションの遊星歯車減速機用軸受装置600の一部として自動車に設けられる。ピニオンギヤ200は外歯歯車であり、中心孔210を有する。中心孔210は、ピニオンギヤ200の一端面から他端面までピニオンギヤ200を貫通して延びる。
【0004】
ピニオンギヤ200の中心孔210には、円柱状の軸部材100が通され、ピニオンギヤ200の内周面(中心孔210)と軸部材100の外周面110によって区画される環状空間に転がり軸受300が設置される。
【0005】
転がり軸受300は、保持器310および複数のころ320を有する。複数のころ320は、ピニオンギヤ200の内周面(中心孔210)を外側軌道面とし、軸部材100の外周面110を内側軌道面とし、これらの軌道面上を転動する。
【0006】
軸部材100は、両端120がピニオンギヤ200から突出する。これらの端部120にはキャリア400が取付固定される。ピニオンギヤ200は遊星歯車を構成し、図示しないサンギヤおよびリングギヤと噛合して、サンギヤの周りを公転しながら自転する。キャリア400は、ピニオンギヤ200の公転運動を出入力するものであって、サンギヤおよびリングギヤと同軸に配置され、サンギヤの中心軸回りに回転する。軸部材100は転がり軸受300を介してピニオンギヤ200を回転自在に支持する。
【0007】
軸部材100は、端部120をキャリア400に加締締結することで固定する。このような構造を開示するものとして、たとえば特開2015-14032号公報(特許文献1)に記載の軸部材がある。
【0008】
また図5は、一般的な加締前の軸部材100の構造を示す断面図である。遊星歯車機構に使用される軸部材100の外周面(軌道面)110は、転がり軸受300のころ320の転動時に高負荷状態となるため、高い硬度が必要とされる。また、軸部材100の端部120は、キャリア400と加締締結するため、端部120が変形できるだけの低硬度部分X’が必要とされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2015-14032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ここで、軸部材100の端部(突状リング部)120は、一般的には高周波加熱コイルで焼鈍されることで低硬度に形成される。特許文献1には高周波加熱コイルの配置等について記載していないが、一般的には図5に示すように、端部120の外周面110に高周波加熱コイル500が配置される。
【0011】
軸部材100の端部120が変形するには、加締締結時に変形する部分、すなわち突状リング形状である加締予定部(端部)120の内径側まで低硬度となる必要がある。しかしながら、外周面110に配置された高周波加熱コイル500から加締予定部120の内径側を所望の硬度としようとすると、低硬度部分X’が軸部材100の外周面110の軌道面の両端部にまで広がり、軌道面端部の硬度も低下させてしまうという課題があった。このため、軸部材100に不具合が生じたり、短寿命化につながるおそれがあった。
【0012】
上記課題を解決するため、本発明は、軸部材の加締められる領域を低硬度にしつつ、軌道面にまで低硬度領域が広がってしまうことを防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明による加締締結用軸部材は、軸方向両端部に、被締結部材に加締締結されるリング形状の加締予定部が設けられた加締締結用軸部材であって、軸部材の外径寸法をdとすると、軸部材の軸方向端面からの長さがd/3を越える主要領域表面(転がり軸受の軌道面)のビッカース硬さが650HV以上であり、軸部材の軸方向端面からの長さが7d/30以下の最端領域表面のビッカース硬さが450HV未満である。
【0014】
好ましくは、軸部材は、軸方向端面からの長さが7d/30を越え、9d/30以下におけるビッカース硬さが、600HV未満である。
【0015】
好ましくは、リング形状の加締予定部の内周面は、軸部材の端面に向かって広がるテーパ面であり、軸心に対するテーパ面の角度は10~20°である。
【0016】
本発明による遊星歯車減速機用軸受装置は、軸方向両端部に、被締結部材に加締締結されるリング形状の加締予定部が設けられた加締締結用軸部材と、加締締結用軸部材の外周面上に転がり軸受を介して回転可能に設けられた遊星歯車と、加締締結用軸部材の加締予定部に取付けられる被締結部材としてのキャリアとを備える。加締締結用軸部材は、軸部材の外径寸法をdとすると、軸部材の軸方向端面からの長さがd/3を越える主要領域表面のビッカース硬さが650HV以上であり、軸部材の軸方向端面からの長さが7d/30以下の最端領域表面のビッカース硬さが450HV未満である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の加締締結用軸部材によれば、軸部材の加締められる領域を低硬度にしつつ、軌動面にまで低硬度領域が広がってしまうことを防止することができる。
【0018】
また、本発明の遊星歯車減速機用軸受装置によれば、最小限の領域のみを低硬度にして長寿命化された軸部材を使用するため、装置としての長寿命化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係る加締締結用軸部材を概略的に示す断面図である。
図2】本発明の一実施形態に係る加締締結用軸部材の軸端部分を示す拡大断面図である。
図3】本実施の形態に係る加締締結用軸部材および従来の軸部材の外周面からの深さ0.1mm位置のビッカース硬さを示すグラフである。
図4】従来の軸部材の加締締結後の状態を表す断面図である。
図5】従来の軸部材の加締締結前の状態を表す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0021】
(構成について)
図1,2を参照して、本発明の実施の形態に係る加締締結用軸部材1(以下の説明において、単に「軸部材」という)について説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る軸部材を概略的に示す断面図である。図2は、本発明の実施の形態に係る軸部材の軸端部分を示す拡大断面図である。
【0022】
図1を参照して、本実施の形態に係る軸部材1は、軸方向両端部11に、被締結部材に加締締結されるリング形状の加締予定部14が設けられた加締締結用軸部材1である。なお、本明細書では主に軸部材1の一方端部における構成を説明するが、他方端部における構成についても同様である。また、本明細書に記載する寸法は、すべて、加締処理を施す前の軸部材1における寸法である。
【0023】
はじめに、軸部材1の硬さについて説明する。軸部材1の外径寸法をdとし、軸方向の長さ寸法をWとする。軸部材1の長さ寸法Wのうち、軸方向端面11aからの長さ寸法がd/3以下の領域をW1とし、軸方向端面11aからの長さ寸法がd/3を超える領域をW2とする。以下の説明において、W1は端部領域W1ともいい、W2は主要領域W2ともいう。なお、本明細書では、ビッカース硬さが450HV未満であることを「低硬度」とし、650HV以上であることを「高硬度」とし、450HV以上かつ650HV未満であることを「中硬度」という。
【0024】
また、端部領域の長さ寸法W1のうち、軸部材1の軸方向端面11aからの長さが7d/30以下の領域をW3とする。以下の説明において、W3は最端領域W3ともいう。最端領域W3の表面のビッカース硬さは450HV未満である。図1において、450HV未満の領域をXで示す。このように、最端領域W3は加締締結するのに十分な低硬度を有しているため、被締結部材に加締締結することができ、加締時における割れなどの不具合を防止することができる。
【0025】
また、端部領域の長さ寸法W1のうち、軸部材1の軸方向端面11aからの長さが7d/30を越え、9d/30以下の領域をW4とする。以下の説明において、W4は第1遷移領域W4ともいう。第1遷移領域W4の表面のビッカース硬さは最端領域W3の硬さ以上600HV未満である。すなわち第1遷移領域W4は、低硬度から中硬度にかけて遷移する領域である。
【0026】
また、端部領域の長さ寸法W1のうち、軸部材1の軸方向端面11aからの長さが9d/30を超え、d/3以下の領域をW5とする。以下の説明において、W5は第2遷移領域W5ともいう。第2遷移領域W5の表面のビッカース硬さは第1遷移領域W4の硬さ以上であり、かつ650HVに近づくように形成される。すなわち、第2遷移領域W5は、中硬度から高硬度にかけて遷移する領域である。換言すれば、第1および第2遷移領域W4,W5は、主要領域W2の表面のビッカース硬さを確実に650HV以上にするための「予備領域」ということができる。このように本願発明は、狭い範囲(W4,W5)における硬さ勾配が急であり、低硬度領域が軌動面13の端部にまで広がらないことを特徴としている。これにより、軸部材の軌動面13を広く確保することができ、軸部材1の全長Wを短縮することができる。
【0027】
加締予定部14は、軸部材1の外径と同じ外径であり、軸部材1の端部領域W1に含まれ、外周面14aと、軸方向端面11aと、内周面14bとを備える。加締予定部14の内周面14bは、軸部材1の軸方向端面11aに向かって広がるテーパ面14bであり、軸心(回転軸線O)に対するテーパ面14bの角度は10~20°である。これにより、加締予定部14は、軸部材1の外径方向に向かうように変形し易くなり、キャリアに加締締結し易くすることができる。また、テーパ面を有さない形状の加締予定部と比較して、加締予定部14の加締締結時における変形量を小さくすることができ、軸部材1が割れてしまうことを防止できる。
【0028】
本実施の形態の軸部材は、軌動面の端部を含む主要領域W2を十分な高硬度としつつ、加締められる領域を含む最端領域W3を十分な低硬度とすることができる。また、主要領域W2と最端領域W3との間に位置する第1,第2遷移領域W4,W5は狭い範囲でありながらも急な硬さ勾配が形成されている。これにより、高硬度が所望される領域および低硬度が所望される領域の双方に、適切な硬度を提供することができる。
【0029】
(高周波加熱コイルについて)
次に、図1を参照して、本発明の加締締結用軸部材1を製造するための高周波加熱コイル2について説明する。本実施の形態に係る高周波加熱コイル2は、軸部材1の軸方向両端部11に設けられたリング形状の加締予定部14を焼鈍するための高周波加熱コイル2である。高周波加熱コイル2は、加締予定部14の外周面14aを加熱する外周面加熱部21と、加締予定部14の軸方向端面11aを加熱する端面加熱部22と、加締予定部14の内周面14bを加熱する内周面加熱部23とを備える。
【0030】
図5に示す従来の高周波加熱コイル500は、軸部材100の加締予定部120を外周面110からのみ焼鈍していたのに対し、図1に示す本発明の高周波加熱コイル2は、加締予定部14の三面14a,11,14bを取り囲むように焼鈍する。これにより、従来よりも所望の領域のみを効率よく焼鈍することができる。また、低硬度領域を最端領域W3という狭い領域に留め、低硬度領域が軌動面13の端部にまで広がってしまうことを防止することができる。
【0031】
本実施の形態に係る高周波加熱コイル2は、軸部材1の外周面14aからのみでなく、軸方向端面11aおよび内周面14bからも加熱する。これにより、焼鈍の影響を抑えたい外周面10への熱影響の広がりを最小限に抑えることができる。外周面10への熱影響の広がりが少ないと、所望硬さの軌動面13を多く確保することができる。したがって、本実施の形態に係る高周波加熱コイル2は、軸部材1の小型化、あるいは軸部材1の軌動面13の広範囲化を実現することができ、限られた軸方向寸法内において、転がり軸受の内側軌道輪として、従来よりも軸部材の長寿命化が期待できる。
【0032】
なお、本実施の形態に係る軸部材1の端部領域W1におけるビッカース硬さや、その硬さの勾配は、たとえば高周波加熱コイル2の形状や寸法、軸部材1を保持する治具の形状や寸法、高周波焼鈍装置の周波数、電圧、加熱や冷却の時間などにより、調整できる場合がある。
【0033】
(製造方法について)
次に、本実施の形態に係る軸部材1の製造方法について説明する。
【0034】
初めに、軸部材1の端部領域W1に防炭処理を施すための防炭工程S1を行う。本実施の形態の防炭工程S1は、たとえば浸漬法、バレル法など、公知の手法を用いて軸部材1全体に銅めっきを施した後、軌動面13に相当する部分の銅めっきを除去するめっき除去工程S2を行う。めっき除去工程S2により、軸部材1の端部領域W1のみが防炭処理を施された状態になる。めっき除去工程S2は、効率よく行う観点から、たとえば芯なし研削など公知の手法により行われる。銅めっきが施された部分を、図2に一点鎖線Yで示す。
【0035】
本実施の形態に係る軸部材の製造方法によれば、防炭工程S1において、銅めっきを施している。これにより、軸部材への均一電着性を高めることができ、軸部材への浸食を抑えることができる。また、銅めっきは表面が滑らかであるため、めっき除去工程S2の加工も容易に行うことができる。
【0036】
次に、軌動面13の表面硬さを高硬度とするための、浸炭処理および/または浸炭窒化処理S3を行う。浸炭処理および/または浸炭窒化処理S3は、軸部材1の外周面10のうち、少なくとも軌動面13に炭素および/または窒素を取り込ませ、高硬度にするための処理である。炭素および/または窒素を取り込ませた後、たとえば焼入焼戻などの熱処理工程S4を行うことで、軌動面13は硬化する。
【0037】
熱処理工程S4の後、加締予定部14について、高周波加熱コイル2を用いて硬度を低下させる、焼鈍工程S5を行う。焼鈍工程S5は、軸部材1の加締予定部14に近接して配置した高周波加熱コイル2により行われる。これにより、軸部材1の炭素および/または窒素が取り込まれなかった端部領域W1の硬度を低下させることができ、加締締結に必要な硬度まで下げることができる。
【0038】
焼鈍工程S5の後、転がり軸受の内側軌道面に適する寸法及び精度を有する外周面とするために、軸部材の外周面を仕上げる研削工程S6を行う。研削工程S6では加締予定部14に残された軸部材1の外周面の銅めっきの除去も併せて行う。
【0039】
(実施例について)
図3を参照して、本発明の軸部材および従来の軸部材の硬度の評価結果について説明する。
【0040】
<サンプルについて>
比較例1は、本願出願人の従来の軸部材に相当するものを使用した。実施例1~3は、本発明の軸部材を使用した。比較例1および実施例1~3の各寸法は、軸外径d=15mm、加締予定部14のテーパ面14bの深さW6=2.5mmである。また、端部領域W1=d/3=5.0mmであり、最端領域W3=7d/30=3.5mmであり、第1遷移領域W4=3.5mmを超え、9d/30=4.5mm以下であり、第2遷移領域W5=4.5mmを超え、d/3=5.0mm以下の領域である。
【0041】
また、各サンプルは、表1に示す製造条件に基づいて製造した。比較例1と実施例1~3とは、冷却時間が相違する。また、高周波加熱コイルの形状も、比較例1では軸部材の加締予定部を外周面からのみ焼鈍するよう配置するのに対し(図5の高周波加熱コイル500を参照)、実施例1~3では加締予定部の三面を取り囲むように配置される点が相違する(図1の高周波加熱コイル2を参照)。なお、「プレート電圧」は、カソードとプレートとの間の電圧である。「冷却開始待ち時間」は、加熱完了後に冷却を開始するまでの時間である。
【0042】
【表1】
【0043】
<測定条件について>
実施例1~3および比較例1の各々について、外周面10からの深さ0.1mmにおけるビッカース硬さHVを測定した。軸部材1について、軸方向端面11aから6.0mmまでの範囲におけるビッカース硬さHVを測定した。
【0044】
<評価結果について>
上記測定条件に基づいた測定結果を表2に示す。また、表2の数値をグラフ化したものを図3に示す。
【0045】
【表2】
【0046】
表2および図3を参照して、比較例1では、低硬度領域(ビッカース硬さ450HV未満の領域)が4.3mmにまで及び、中硬度領域(ビッカース硬さ450HV以上650HV未満の領域)は5.3mmにまで及んだ。すなわち、比較例1の軸部材は、高硬度が要求される主要領域W2(軸端面からの距離が5.0mm以上の領域)にまで中硬度領域が広がっており、主要領域W2の全ての領域におけるビッカース硬さを高硬度(650HV以上)に到達させることができなかった。
【0047】
実施例1では、最端領域W3におけるビッカース硬さは450HV以下と低硬度を保ちつつ、第1,第2遷移領域W4,W5の間に210HV以上硬度が上昇し、主要領域W2におけるビッカース硬さを650HV以上の高硬度とすることができた。実施例2では、最端領域W3におけるビッカース硬さは450HV以下と低硬度を保ちつつ、第1,第2遷移領域W4,W5の間に260HV以上硬度が上昇し、主要領域W2におけるビッカース硬さを650HV以上の高硬度とすることができた。実施例3では、最端領域W3におけるビッカース硬さは450HV以下と低硬度を保ちつつ、第1,第2遷移領域W4,W5の間に約250HV硬度が上昇し、主要領域W2におけるビッカース硬さを650HV以上の高硬度とすることができた。
【0048】
実施例1~3の結果より、本実施の形態に係る軸部材は、1.5mmという狭い第1,第2遷移領域W4,W5の間にビッカース硬さを低硬度から高硬度まで遷移させることで、加締締結したい最端領域W3と、転がり軸受転動時にかかる負荷に耐えることのできる主要領域W2との双方にとって最適な硬度を有する軸部材とすることができた。
【0049】
(材料組成について)
次に、本実施の形態の軸部材の材料組成について説明する。
【0050】
軸部材は、炭素含有量が0.15~0.30質量%であることが好ましい。これにより、熱処理工程時に、軸端部の硬さが上昇してしまうことを抑えることができる。また、炭素含有量を上記値とすることで、軸部材の芯部の残留オーステナイト量を3体積%以下とすることができる。残留オーステナイト量が少ないと、軸部材のクリープ変形を防止できるため、高温環境下における使用時に、軸部材が塑性変形してしまうことを防ぐことができる。
【0051】
軸部材は、シリコンを0.1~1.2質量%、マンガンを0.3~1.2質量%、クロムを0~1.6質量%、モリブデンを0~0.3質量%含むことが好ましい。シリコンを上記割合含むことで、焼戻軟化抵抗性が向上し、焼戻し処理時に軟化してしまうことを抑制でき、高温環境下における軸部材の耐久性を向上させることができる。また、窒化物の析出を促進することができる。マンガンを上記割合含むことで、焼入れ処理時の硬化を促進でき、オーステナイトを安定化することができる。クロム、モリブデンを上記割合含むことで、焼入性の向上と、焼戻軟化抵抗性が向上し、高温環境下における軸部材の耐久性を向上させることができる。
【0052】
また、軸部材の表面層は、残留オーステナイト量が25体積%以上であることが好ましい。残留オーステナイト量が25体積%以上であることで、潤滑油に異物が含まれている状況において、異物を噛み込んだ場合でも比較的軟質の残留オーステナイトの存在により圧痕周囲の盛り上がりが緩和されるため、軸部材の長寿命化が期待できる。但し、過剰に多くすると表面硬さの低下や経年寸法変化を招くため、40体積%を上限にすることが好ましい。
【0053】
軸部材の表面層は、窒素濃度が0.1質量%以上1.2質量%以下であることが好ましい。0.1質量%以上とすることで、表面層の残留オーステナイト量が増加し、異物含有潤滑油を含む過酷な環境下における転動疲労寿命の向上と、焼戻軟化抵抗性の向上による高温環境下における軸部材の耐久性を向上させることができる。1.2質量%以下とすることで、残留オーステナイト量過多によって表面層の硬さが低下してしまったり、経年寸法変化が生じてしまうことを防ぐことができる。
【0054】
軸部材の表面層は、窒素濃度が0.2質量%以上0.7質量%以下であることがさらに好ましい。これにより、表面層に十分な硬度を付与して、耐摩耗性と転動疲労寿命を向上することができる。また、窒素濃度過多による残留オーステナイト量過多に伴う硬さの低下や、経年寸法変化を防止することができる。
【0055】
軸部材の表面層は、炭素濃度が0.6~1.2質量%であることが好ましい。0.6質量%以上とすることで、転がり軸受の内側軌道輪として機能する軸部材として、適切な表面硬さを供することができる。しかしながら、過剰な炭素濃度とすると、表面層にたとえば網状セメントタイトなどの異常組織が生じてしまうため、1.2質量%を上限とすることが好ましい。なお、異常組織の発生を確実に防止する観点から、炭素濃度の上限値は0.9質量%とすることがさらに好ましい。
【0056】
軸部材の表面層は、旧オーステナイトの結晶粒の平均粒径が22.1μm以下であることが好ましい。これにより、異物含有潤滑油による圧痕形成や亀裂進展への耐性が向上し、転動寿命を向上することができる。なお、旧オーステナイトの結晶粒の平均粒径は、小さい程好ましい。これにより、軸部材に亀裂が生じ難くなり、亀裂が生じた場合であっても、その進展を遅らせることができ、転動寿命を向上することができる。
【0057】
軸部材の芯部は、残留オーステナイト量が3体積%以下であることが好ましい。これにより、残留オーステナイトがクリープ変形して、軸部材が塑性変形してしまうことを抑制することができる。
【0058】
今回開示された実施の形態は全ての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0059】
1 加締締結用軸部材、2 高周波加熱コイル、10 外周面、11 軸方向両端部、11a 軸方向端面、12表面、13 軌道面、14 加締予定部、14b テーパ面、21 外周面加熱部、22 端面加熱部、23 内周面加熱部、120 両端(端部)。
図1
図2
図3
図4
図5