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特開2025-8202発芽時期が調整されたコーティング種子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025008202
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】発芽時期が調整されたコーティング種子
(51)【国際特許分類】
   A01C 1/06 20060101AFI20250109BHJP
【FI】
A01C1/06 Z
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023110159
(22)【出願日】2023-07-04
(71)【出願人】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(71)【出願人】
【識別番号】000231981
【氏名又は名称】日本甜菜製糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】浪越 毅
(72)【発明者】
【氏名】安達 時雄
(72)【発明者】
【氏名】大竹 勝
【テーマコード(参考)】
2B051
【Fターム(参考)】
2B051AB01
2B051BA03
2B051BB01
2B051BB14
(57)【要約】      (修正有)
【課題】春に播種する従来の栽培体系から、秋又は冬に播種時期を前倒しすることにより、作業時期の分散に寄与することができるコーティング種子を提供する。
【解決手段】発芽に適した温度に達するまで、種子の発芽トリガーとなる吸水を阻害するとともに、生育可能な温度で種子から剥離するコーティング材(例えば下記式(1)の繰り返し単位からなるビニルエーテル系共重合体を含む疎水性のコーティング材)を被覆することにより、種子の生残性を保ちつつ、適切な時期まで発芽を抑制することが可能となる。

は、炭素原子数3~10のアルキル基を示し、Rは、炭素原子数10~15の脂環式基を基本骨格とする環状炭化水素基を示す。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
種子の表面にビニルエーテル系共重合体を含むコーティング層を有するコーティング種子であって、
前記ビニルエーテル系共重合体は、下記条件にて定義される軟化温度が0.5℃以上であり、Tgが-35℃~13℃であること特徴とする、
コーティング種子。
<軟化温度>
前記ビニルエーテル系共重合体をアルミパン(φ5.8mm×高さ1.5mm)に充填し、
円柱形状の取っ手部とその先端に二股状に広がり平らな上面を有する枝分かれ部を有する略Y字形状のステンレス棒(重さ0.21g、ステンレス棒全体の長さ2.1cm、取っ手部の長さ0.9cm、取っ手部の底面:1.0mm×0.7mm(略長方形)、枝分かれ部の股部から枝分かれ部の上面まで長さ1.2cm、枝分かれ部の厚み0.7mm、枝分かれ部の上面間の距離0.85cm)の枝分かれ部を上方に向け、前記共重合体の中央部に突き刺して前記アルミパンの底に接するようにステンレス棒を立て、温度を-20℃から昇温させたとき、
ステンレス棒が完全に倒れた瞬間の前記共重合体の赤外線放射温度計による表面温度を軟化温度とする。
【請求項2】
前記ビニルエーテル系共重合体は、25℃の粘度が30~300Pa・sであり、数平均分子量が800~15000であることを特徴とする、
請求項1に記載のコーティング種子。
【請求項3】
前記ビニルエーテル系共重合体は、2.0以下の分子量分布(Mn/Mw)を有することを特徴とする、請求項2に記載のコーティング種子。
【請求項4】
前記ビニルエーテル系共重合体が、下記式(1)で示される繰り返し単位からなることを特徴とする、請求項1乃至請求項3のうちいずれか一項に記載のコーティング種子。
【化1】
(式(1)において、
は、炭素原子数3~10のアルキル基を示し、
は、炭素原子数10~15の脂環式基を基本骨格とする環状炭化水素基を示し、
pは3~95の整数を示し、qは2~38の整数を示し、且つpとqはp:q=5.8:4.2~7.2:2.8を満たし、
mはアルキレン基の数であって0又は1の整数を示す。)
【請求項5】
前記Rは、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基、イソプロピル基、イソブチル基、t-ブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、イソヘキシル基、イソヘプチル基、イソオクチル基、2-エチルヘキシル基、イソノニル基、及びイソデシル基からなる群
から選択されるいずれか1以上の基であり、
前記Rは、下記式(2)~(6)で表される基からなる群から選択されるいずれか1以上の基であることを特徴とする、
請求項4に記載のコーティング種子。
【化2】
(式中、*は結合手を表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に寒冷地において、農作業時期を分散させるために、播種時期を前倒しして種子を圃場で越冬させる場合に、種子の生残性を保ちつつ、適切な時期まで発芽を抑制することで、良好な生育を確保することが可能なコーティング種子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
北海道の畑作において基幹作物であるてん菜において、その安定した収量を確保するために、土を充填した紙筒へ播種し一定期間の育苗を経て移植する移植栽培が行われている。他方で、近年は農家一戸あたりの作付面積の拡大に伴い増加する作業の省力化や、コストダウンの観点から、てん菜の直播栽培が拡大している。直播栽培は育苗の手間は省けるものの、播種時期が他品目の作業時期と重なるため、人手不足に陥る課題がある。また、春先の天候不順により、農作業機の圃場への立ち入りが制限される場合には、播種時期が遅延し、作物の十分な生育期間が確保できなくなる虞がある。
【0003】
作物の生育期間を確保するための方法として、播種時期を前倒しする方法が挙げられる。しかし、通常、寒冷地における直播作業は圃場の融雪及び凍結融解後に開始可能となるものであり、播種を前倒しできる時期は限られることから、根本的な解決には至らない。この課題の解決策として、直播した種子を任意の時期に発芽させることにより、例えば積雪前の前年秋季に播種することで種子を圃場で越冬させ春先に発芽させる技術が知られている。
特許文献1には、種子の外周を生分解性プラスチックにて密閉被覆し、種子を一定期間外気、水と遮断することによって、種子の発芽時期を一定期間遅延させる技術が示されている。
特許文献2には、春先の発芽を狙って秋播きする稲種子に対して、生育に不適な冬期に圃場で吸水することで枯死しないように、ピンホールのない被覆を行なって稲種子に疎水性を付与するとともに、その持続をコントロールするべく、数平均分子量が400~1000で、かつ20℃における粘度が100~500センチポイズである疎水性のポリブタジエンを被覆した稲種子が示されている。
特許文献3には、法面等の播種工による緑化工法において、種子の発芽若しくは発芽時期を自由にコントロールすることにより、施工不適期にも播種施工を可能とするために、生分解性樹脂を含む有機合成樹脂を種子にコーティングすることにより、種子の発芽要因である酸素、水、温度のうち少なくとも1つを一定期間遮断し、種子の発芽を一定期間抑制する技術が示されている。
特許文献4には、播種時期を栽培開始時期より任意に前倒しした際に、種子の生残性を保ちつつ、適切な時期まで発芽を抑制するために、水分含有率を0~20重量%の範囲とした種子に対して、その表面に非水溶性樹脂であるポリエチレン系重合体をコーティングする技術が示されている。
特許文献5には、道路法面、湖沼・河川法面等の土木工事により新たに形成された地面を緑化させる草本類の緑化工法において、播種後あらかじめ設定された時期に被覆が崩壊して、種子が発芽して成育するように、土壌中の微生物により劣化崩壊する生分解性樹脂を含む被覆剤を種子に被覆する技術が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8-21号公報
【特許文献2】特公昭61-033523号公報
【特許文献3】特開平8-256590号公報
【特許文献4】特開2017-35043号公報
【特許文献5】特開平8-149907号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Namikoshi,T.,Hashimoto,T.,Urushisaki,M.,Synthesis of poly(vinylether) plastics for optical use by Cationic copolymerization oftricyclodecyl vinyl ether with n-butyl vinyl ether, Journal of PolymerScience, Part a: Polymer Chemistry, 45(18), 4389-4393(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1・3に開示された技術は、種子の発芽開始が微生物によるコーティング層(生分解性樹脂)の分解作用に依存する技術であり、播種した圃場の領域によって土壌条件が一定でなく、例えば微生物の生息密度や温度条件などに起因して分解活性に偏りが生じた場合には、圃場の領域ごとに発芽の開始時期に差が生じることで、その後の生育差が拡大する虞がある。
特許文献2に開示された技術は、そもそも、冬期の生育不適な期間に、稲種子が圃場中の水分を吸水した状態に置かれることによって死滅することで全体的な発芽率が低下するという課題を解決するべくなされた技術であり、土壌環境が発芽に適した条件となるタイミングで、被膜が種子から剥離し発芽するように調整することを意図した技術ではない。
特許文献4に開示された技術は、種子の表面を非水溶性樹脂であるオレフィン系重合体を含有する被膜でコーティングすることによって、種子の生残性を保ちつつ、発芽の抑制を図ったものである。当該発芽抑制期間は、被膜の組成及び種子に対する被膜の含有率等に依存するものであり、土壌環境が発芽に適した条件となるタイミングで、被膜が種子から剥離するように調整することを意図した技術ではない。よって、適切な生育適期に種子を発芽させて、良好な生育を確保することを目指すうえでは、改善点がある。
特許文献5に開示された技術は、生分解性樹脂の劣化崩壊によって初めて発芽が可能になる技術であり、播種後一定期間(3~6か月)は、たとえ温度などの発芽条件が適切であっても発芽が抑制されることとなる。
このように、従来提案された技術では、適切な生育適期に至るまで発芽を抑制し、かつ、任意の温度条件にて発芽させることにより、良好な生育を確保することは難しい。
【0007】
本発明は上記課題を解決するべくなされたものであり、すなわち土壌環境が発芽に適した状態となるまで種子の発芽を抑制し、且つ、温度などの適切な生育適期に至るタイミングにて種子を発芽させることができる技術を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の[1]~[5]を対象とする。
[1]
種子の表面にビニルエーテル系共重合体を含むコーティング層を有するコーティング種子であって、
前記ビニルエーテル系共重合体は、下記条件にて定義される軟化温度が0.5℃以上であり、Tgが-35℃~13℃であること特徴とする、
コーティング種子。
<軟化温度>
前記ビニルエーテル系共重合体をアルミパン(φ5.8mm×高さ1.5mm)に充填し、
円柱形状の取っ手部とその先端に二股状に広がり平らな上面を有する枝分かれ部を有する略Y字形状のステンレス棒(重さ0.21g、ステンレス棒全体の長さ2.1cm、取っ手部の長さ0.9cm、取っ手部の底面:1.0mm×0.7mm(略長方形)、枝分かれ部の股部から枝分かれ部の上面まで長さ1.2cm、枝分かれ部の厚み0.7mm、枝分かれ部の上面間の距離0.85cm)の枝分かれ部を上方に向け、前記共重合体の中央部に突き刺して前記アルミパンの底に接するようにステンレス棒を立て、温度を-20℃から昇温させたとき、
ステンレス棒が完全に倒れた瞬間の前記共重合体の赤外線放射温度計による表面温度を軟化温度とする。
[2]
前記ビニルエーテル系共重合体は、25℃の粘度が30~300Pa・sであり、数平均分子量が800~15000であることを特徴とする、
[1]に記載のコーティング種子。
[3]前記ビニルエーテル系共重合体は、2.0以下の分子量分布(Mn/Mw)を有することを特徴とする、[2]に記載のコーティング種子。
[4]
前記ビニルエーテル系共重合体が、下記式(1)で示される繰り返し単位からなることを特徴とする、[1]~[3]の何れか1つに記載のコーティング種子。
【化1】
(式(1)において、
は、炭素原子数3~10のアルキル基を示し、
は、炭素原子数10~15の脂環式基を基本骨格とする環状炭化水素基を示し、
pは3~95の整数を示し、qは2~38の整数を示し、且つpとqはp:q=5.8:4.2~7.2:2.8を満たし、
mはアルキレン基の数であって0又は1の整数を示す。)
[5]
前記Rは、n-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基、イソプロピル基、イソブチル基、t-ブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、イソヘキシル基、イソヘプチル基、イソオクチル基、2-エチルヘキシル基、イソノニル基、及びイソデシル基からなる群から選択されるいずれか1以上の基であり、
前記Rは、下記式(2)~(6)で表される基からなる群から選択されるいずれか1以上の基であることを特徴とする、
[4]に記載のコーティング種子。
【化2】
(式中、*は結合手を表す。)
【発明の効果】
【0009】
本発明に係るコーティング種子は、作業時期を分散させる観点から、春に播種する従来の栽培体系から、播種時期を前倒しして秋又は冬に播種した場合において、種子の生残性を保ちつつ、適切な時期まで発芽を抑制することを可能とするものである。そのために、発芽に適した温度に達するまで種子の吸水を阻害する疎水性ポリマーを種子にコーティングすることにより、当該種子を圃場で越冬する場合においても、周囲の水分を種子が吸収して凍結することで生じる凍枯、及び、生存に過酷な条件である冬期に発芽してしまうことによる植物体の枯死を防止することができる。また、生育に適した温度でコーティング層が種子から剥離することによって、生育適期に発芽させ、かつ、その後の植物の良好な生育を確保することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、n-ブチルビニルエーテル(NBVE)とトリシクロデカンビニルエーテル(TCDVE)の組成比を変えた共重合体におけるFoxの式によるTgの理論値を示す図である。
図2図2は、軟化温度の測定の模式図である。
図3図3は、剥離試験の実施前後のコーティング種子(テンサイ種子)の外観を示す図である。
図4図4は、発芽試験のスケジュール(1)~(3)を示す図である。
図5図5は、スケジュール(2)にて発芽試験を実施したコーティング種子(テンサイ種子)の発芽を示す図である。
図6図6は、発芽試験実施後、土中に確認されたコーティング材を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(コーティング材)
本願発明に係るコーティング種子に用いられるコーティング材は、所定の温度条件に至るまでは、被覆した種子の吸水を阻害する作用を有するポリマー(重合体)からなる。すなわち、当該コーティング材は、水分によって溶解や崩壊を生じない材料、いわば疎水性材料(疎水性ポリマーともいう)であり、かつ、所定の温度に至るまで固化した状態を維持することにより、水がコーティング層を通過して種子まで浸透することを防ぐ作用を有する。なお本明細書において「疎水性ポリマー」とは、水との親和性が低いポリマーを意
味する。
【0012】
(軟化温度)
発芽のトリガーとなる吸水は、種子を被覆する上記コーティング材からなるコーティング層が所定温度で軟化して、種子からの剥離が進行することによって生じる。本願発明では、コーティング層が軟化する温度、すなわち、固化したコーティング材が流動性を持ち、液体状態になることで、種子に被覆されたコーティング層の剥離が開始・進行する温度を「軟化温度」と定義する。軟化温度は所定温度でコーティング層が種子から剥離するトリガーとなる温度であり、発芽を開始させる温度条件の指標とすることができるが、本願では種子の発芽適温とは別概念として用いる。
本願発明に係る適正な軟化温度は、コーティング種子が厳寒期に発芽せずに、春先の発芽に適した温度での発芽を実現する温度であり、少なくとも0.5℃以上であることを要する。また、発芽する幼植物体の耐寒性にも依存するが、発芽後に冷気に曝されることによる生育の停滞及び/又は生存率の低下を抑えるためには、3℃以上が好ましく、4℃以上がより好ましく、5℃以上がさらに好ましい。
軟化温度は一般にJIS K 7206 A50法に記載の方法で測定することができるが、本願発明では、次の方法により測定した温度を軟化温度として扱う。
まず、アルミパン(例えばDSC測定用のクリンプセル)(φ5.8mm×高さ1.5mm)にコーティング材(ポリマー)を充填する。必要に応じてポリマーを加熱し、溶融状態として前記アルミパンに充填する。このときポリマーは、アルミパンの上縁まで擦り切りいっぱい充填する。その後、このアルミパンを-20℃に設定した温度コントロールユニットに乗せ、アルミパン中のポリマーの中央部に、アルミパンの底に接するように略Y字形状のステンレス棒を突き刺し、ステンレス棒を立てた状態とする。ここで使用する略Y字形状のステンレス棒は、重さ0.21g、ステンレス棒全体の長さ2.1cm、取っ手部の長さ0.9cm、取っ手部の底面:1.0mm×0.7mm(略長方形)、枝分かれ部の股部から枝分かれ部の上面までの長さ1.2cm、枝分かれ部の厚み0.7mm、枝分かれ部の上面間の距離0.85cmであり、該枝分かれ部が上方に向くように、前記ポリマーに突き刺し立てる。
次に、-20℃から徐々に温度を上げて、前記ステンレス棒が完全に倒れた(前記ステンレス棒全体がポリマーに接したような状態)瞬間のアルミパン中のポリマーの表面温度を、赤外線放射温度計で測定し、この表面温度を軟化温度とする。
【0013】
(粘度、数平均分子量)
本発明のコーティング種子において、種子からのコーティング層の剥離を制御する主要素として、前記軟化温度の設定が重要となるが、コーティング材の粘度や数平均分子量の設定も副要素として考慮できる。
たとえば、コーティング層が種子から剥離するには、コーティング材が軟化した状態において適正な粘性を備えることが望まれる。すなわち、コーティング材(ポリマー)が後述するガラス転移温度(Tg)に達したとしても、その粘度が高い場合には流動性が低いものとなり、コーティング材が種子から剥離するうえで障害となり得る。
本願発明では、軟化したコーティング層が種子からの剥離が可能となる粘度の指標として、25℃における粘度を採用することができる。具体的には、コーティング材(ポリマー)の粘度が30~300Pa・s(25℃で振動型粘度計にて測定した値)であればよく、35~250Pa・sが好ましく、38~200Pa・sがより好ましい。
一般にポリマーの粘度は、ポリマーの分子量が高くなると大きくなることから、コーティング材が当該適正な粘度を備えるうえでは、コーティング材であるポリマーの数平均分子量(Mn)が例えば800~15,000であることが好ましく、1,000~14,000がより好ましく、1,200~13,000がさらに好ましい。なお、数平均分子量(Mn)が18,000以上であると、粘度が高くなるがゆえ、発芽可能な温度条件においてコーティング層が種子から剥離することが困難になる虞がある。すなわち、通常の
傾向としては、分子量を小さくすることにより粘度を低くすれば、Tgと軟化温度との温度差を小さく制御することが可能であり、分子量を大きくすることにより粘度を高くすれば、Tgと軟化温度との温度差を大きく制御することが可能である。
このように、コーティング材の粘度調整方法の一つとしてポリマーの分子量を制御することが挙げられ、例えばポリマー調製時に分子量の制御が可能なリビングカチオン重合を用いることで、分子量制御の実現を図ることができる。すなわち、本発明に係るコーティング材のポリマーは、リビングカチオン重合体とすることができる。なお勿論、ポリマーの調製にあたり、アニオン重合、リビングアニオン重合、カチオン重合、フリーラジカル重合、及びリビングラジカル重合等の一般に用いられる重合方法を用いることができる。
また本発明に係るコーティング材(ポリマー)は、その分子量分布(Mw/Mn)が2.0以下であることが好ましく、例えば1.5以下、また1.2以下であることが好ましい。
なお、上記数平均分子量(Mn)並びに分子量分布(Mw/Mn)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によるポリスチレン換算にて得られる値を採用することができる。
【0014】
(ガラス転移温度)
ガラス転移温度(Tg)はポリマー主鎖のミクロブラウン運動の凍結温度、すなわち、コーティング材がガラス状態から粘性状態へと変化しはじめる温度であり、ポリマーの軟化のしやすさを示す指標となる物性値である。本発明において、コーティング材が“軟化(コーティング層の剥離が進行する)”状態に至る前段階として、固化状態(凍結状態)から解放された状態(粘性状態)を経ることが想定される。つまりは、固化したコーティング材(ポリマー)が軟化して種子から剥離するうえでは、少なくともコーティング材であるポリマーがガラス転移温度に達して、凍結状態から粘性状態へと転移していることが必要といえる。
こうした観点から本願発明では、コーティング材料であるポリマーのガラス転移温度(Tg)を考慮したとき、その下限値は、少なくとも-35℃以上あればよく、-10℃以上が好ましく、-3℃以上がより好ましく、0℃以上がさらに好ましい。また、Tgの上限値は、気温が上昇した春先の発芽に適した温度で剥離を進行させる観点からは、10℃以下であればよく、7℃以下が好ましく、5℃以下がより好ましい。なお、霜害のリスク回避を考慮すると、発芽間もないてん菜の幼苗が霜害に対する耐性が低いことを踏まえて、播種する環境の温度を考慮してTgの上限を決定することができ、例えば、北海道十勝地方における5月上旬などのように、地中温度が10~15℃に達する時期に発芽させることを目標にする場合には、Tgの上限を13℃とすることもできる。
【0015】
さて、2以上のモノマーから構成される共重合体のガラス転移温度(θ)は計算式に従って理論値を求めることができ、例えばモノマー2種から構成される共重合体の場合には、下記のFoxの式により、各共重合モノマーA、Bの単独重合体(ホモポリマー)のTg(θ1、θ2)と各共重合モノマーの組成比率(C1、C2)に基づいて理論的に求めることが出来る。
1/θ=c1/θ1+c2/θ2
すなわち、後述のアルキル基を骨格に有するビニルエーテル(モノマーA)と、環状炭化水素を有するビニルエーテル(モノマーB)との共重合体のガラス転移温度は、モノマーAのホモポリマーのTg(A)、モノマーBのホモポリマーのTg(B)、そしてモノマーAとモノマーBの組成比率から算出することが可能となる。
【0016】
例えば、図1に示すように、ポリ(n-ブチルビニルエーテル)(poly(NBVE);Tg=-56℃の原料モノマーと、ポリ(トリシクロデカンビニルエーテル)(poly(TCDVE);Tg=105℃の原料モノマーとを共重合させて得られる共重合体のTgは、上記Foxの式に従いTCDVE分率(あるいはNBVE分率)によって制御
できることが報告されている(非特許文献1)。図1中、黒丸(●)はモル分率にて算出したTgの理論値を、白丸(○)は質量分率にて算出したTgの理論値をそれぞれ示す。
当該式によれば、NBVE:TCDVE=5.8:4.2~7.2:2.8(モル比)において、共重合体の理論上のTgは-10.2℃~12.5℃の範囲となる。また、ポリ(n-デシルビニルエーテル)(NDVE);Tg=-62℃の原料モノマーと、ポリ(トリシクロデカンビニルエーテル)(poly(TCDVE);Tg=105℃の原料モノマーとの共重合体では、NDVE:TCDVE=5.8:4.2~7.2:2.8において、理論上のTgは-33.0℃~-15.1℃となる。
【0017】
他方で、Tgはコーティング層が種子から剥離できる状態へ転移したことを示す1つの指標とはなるものの、ポリマーの流動性を示す温度ではなく、コーティング層が所定温度で種子から剥離することを示す指標としては、前述した軟化温度の方がより直接的である。また、Tgと前述の軟化温度は必ずしも相関しない。なお、Tgの測定においては、示差走査熱量測定(Differential Scanning Calorimetry:DSC)やTMAを用いることができる。
【0018】
(ポリマーの種類)
本願発明においてコーティング材として用いられるポリマーは、いわゆる疎水性ポリマーであり種子に被覆され固化した状態(ポリマー層)において、当該ポリマーからなる層への水の浸透による種子の吸水を防ぐとともに、所定の温度でポリマー層が軟化した際に一定の粘性(流動性)を備えることによって、被覆した種子から剥離する性質を備えるものであれば、特に限定されない。上述したように「疎水性ポリマー」は水との親和性が低いポリマーを指し、疎水性構造を有するポリマーを挙げることができる。前記疎水性構造としては、非極性基、非極性骨格等が挙げられ、特に、炭化水素基、環状炭化水素基、炭化水素主鎖等が挙げられる。また、疎水性構造を有するモノマー(疎水性モノマー)を構成単位とする共重合体も、疎水性ポリマーに含むことができる。
【0019】
(疎水性ポリマー)
上記性質を備える疎水性ポリマーとして、下記一般式(1)に示す2種の繰り返し単位からなるビニルエーテル系共重合体を用いることができる。当該式中のpは2~95、qは2~38、mはアルキレン基の数であって0~1の整数を表す(すなわち単結合またはメチレン基を表す)。またpとqはp:q=5.8:4.2~7.2:2.8を満たし、好ましくはp:q=6:4~7:3の範囲とすることができる。
【化3】
【0020】
一般式(1)中のRは、炭素原子数数が3~10のアルキル基であって、具体的にはn-プロピル基、n-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、n-ヘプチル基、n-オクチル基、n-ノニル基、n-デシル基等の直鎖状アルキル基の他、イソプロピル基、イソブチル基、t-ブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、イソヘキシル基、イソヘプチル基、イソオクチル基、2-エチルヘキシル基、イソノニル基、イソデシル基等の分岐鎖状アルキル基を表すものとすることができる。
【0021】
一般式(1)中のRは、炭素原子数が10~15の脂環式基を基本骨格とする環状炭化水素基であれば特に制限はなく、下記式(2)で表されるトリシクロ[5.2.1.02,6]デシル基、式(3)又は式(4)で表されるトリシクロデセニル基、式(5)又は式(6)で表されるペンタシクロペンタデシル基を好ましく用いることができる。なお各式中、*は結合手を表す。
【化4】
【0022】
上記ビニルエーテル系共重合体は、上記R(アルキル基)を有するビニルエーテル(モノマーA)と、R(脂環式基)を有するビニルエーテル(モノマーB)とを溶媒中で重合することにより、製造することができる。
重合方法の一態様として、例えば各モノマー及び重合体を溶解するトルエン、キシレンなどの芳香族系炭化水素溶剤や塩化メチレンなどのハロゲン化炭化水素中で重合を実施するリビングカチオン重合などが採用される。リビングカチオン重合は、重合度を容易に制御することが可能であり、分子量分布が狭い重合物を得る方法として有用である。これにより、共重合体の分子量の制御が可能となり、コーティング材の粘性の調整を容易に行うことができる。その他にアニオン重合、リビングアニオン重合、カチオン重合、フリーラジカル重合、及びリビングラジカル重合等の一般に用いられる重合方法を用いることができる。
【0023】
モノマーAは、炭素原子数が3~10のアルキル基を有するビニルエーテルであれば特に制限はなく、例えばn-プロピルビニルエーテル、n-ブチルビニルエーテル、n-ペンチルビニルエーテル、n-ヘキシルビニルエーテル、n-ヘプチルビニルエーテル、n-オクチルビニルエーテル、n-ノニルビニルエーテル、n-デシルビニルエーテル等の直鎖状アルキル基を有するビニルエーテルの他、イソプロピルビニルエーテル、イソブチルビニルエーテル、t-ブチルビニルエーテル、イソペンチルビニルエーテル、ネオペンチルビニルエーテル、イソヘキシルビニルエーテル、イソヘプチルビニルエーテル、イソオクチルビニルエーテル、2-エチルヘキシルビニルエーテル、イソノニルビニルエーテル、イソデシルビニルエーテル等の分岐鎖状のアルキル基を有するビニルエーテルを挙げることができる。
【0024】
モノマーBは、脂環式基を基本骨格とする環状炭化水素基を有するビニルエーテルであれば特に制限はなく、例えば8-トリシクロ[5.2.1.02,6]デカンビニルエーテル(式(2-1))、8-トリシクロ[5.2.1.02,6]デカンモノメチルビニ
ルエーテル(式(2-2))、8-トリシクロデセンビニルエーテル(式(3-1)、式(3-2))、8-トリシクロデセンモノメチルビニルエーテル、8-ペンタシクロペンタデカンビニルエーテル(式(5-1)、式(6-1))、8-ペンタシクロペンタデカンモノメチルビニルエーテル(式(5-2)、式(6-2))、8-ペンタシクロペンタデセンビニルエーテル、8-ペンタシクロペンタデセンビニルエーテルトリシクロデセンモノメチルビニルエーテルを挙げることができる。なお、これらのビニルエーテルは、特許第4136886号明細書に記載の方法に基づいて合成することができる。
【化5】
【0025】
(コーティング種子)
本発明に使用する種子としては特に限定されず、例えば蔬菜類、花卉類、牧草類、穀類及び工芸作物類、樹木類などの種子が挙げられ、より具体的には以下のものが挙げられる。
蔬菜類の種子としては、例えばキュウリ、メロン、カボチャ等のウリ科の種子、例えばナス、トマト等のナス科の種子、例えばエンドウ、インゲン等のマメ科の種子、例えばタマネギ、ネギ等のユリ科の種子、例えば、カブ、ハクサイ、キャベツ、ブロッコリー、ハナヤサイ等のブラシカ属及びダイコンなどのアブラナ科の種子、例えばニンジン、セロリ等のセリ科の種子、例えばゴボウ、レタス、シュンギク等のキク科の種子、例えばシソ等のシソ科の種子、例えばホウレンソウ等のヒユ科の種子等が挙げられる。
花卉類の種子としては、例えばハボタン、ストック、アリッサム等のアブラナ科の種子、例えばロベリア等のキキョウ科の種子、例えばアスター、ジニア、ヒマワリ等のキク科の種子、例えばデルフィニウム等のキンポウゲ科の種子、例えばキンギョソウ等のゴマノハグサ科の種子、例えばプリムラ等のサクラソウ科の種子、例えばベゴニア等のシュウカイドウ科の種子、例えばサルビア等のシソ科の種子、例えばパンジー、ビオラ等のスミレ科の種子、例えばペチュニア等のナス科の種子、例えばユーストマ等のリンドウ科の種子等が挙げられる。
牧草類の種子としては、例えば、チモシー(オオアワガエリ)、イタリアンライグラス(ネズミムギ)、バーミューダグラス(ギョウギシバ)、オーツヘイ(燕麦)、スーダングラス、クレイングラス、フェスク、及び、オーチャードグラス(カモガヤ)の種子が挙げられる。
穀類の種子としては、例えば、イネ、オオムギ、コムギ、ダイズ、アワ、ソバ、ヒエ及びキビが挙げられる。
工芸作物類の種子としては、例えば、テンサイなどのヒユ科の種子、タバコなどのナス科種子、ナタネなどのアブラナ科種子、イグサ等のイネ科の種子が挙げられる。
樹木類の種子としては、サツキ、クヌギ、スギ、ヒノキ、ナラ、ブナ、マツ、ツツジ類などの種子が挙げられる。
【0026】
本発明のコーティング種子の製造方法は特に限定されず、たとえば公知の造粒機のような装置を利用することができる。
具体的には、流動装置や噴流装置により、種子を流動状態にしたり、回転パン、回転ドラムなどの転動装置により種子を転動状態とし、ここに本発明に係るコーティング材(ビニルエーテル系共重合体)の溶融液または溶液を滴下、噴霧等の方法で当該種子に添加し、その表面を被覆すればよい。
【0027】
本発明のコーティング種子の播種方法は、本発明の効果を得る特性上、すなわち、播種作業時にコーティング材が種子から剥離することを防止する観点から、コーティング材の軟化温度未満、好ましくはTg未満で播種する限り、特に限定されない。例えば、土壌表面に播種するのみの方法、土壌表面に播種してから覆土する方法、土壌表面に播種してから土壌と混和する方法、土を充填した紙筒などの育苗用ポットへ播種してから覆土する方法などが挙げられる。また土壌の種類は、上記した種子がそれぞれ一般的に適用される種類のものであれば特に限定されない。
【実施例0028】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に示す。ただし本発明は、これらの実施例及び比較例によって何ら制限されるものではない。
【0029】
[製造例1]種子コーティング用ポリマーの調製
粘度の異なるポリマーを調製するべく、目標分子量1,000、5,000、10,000、10,000以上の4種類の分子量の異なるコポリマーを、下記手順にて調製した。
また、コポリマーのTgが5~10℃になるように、前述の図1に示すTCDVE分率とTgの関係図から、共重合体組成をNBVE(n-ブチルビニルエーテル):TCDVE(トリシクロデカンビニルエーテル)=6:4、7:3のモル比の2種類に決定し、下記手順にて、表1に示す種々のコポリマーを調製した。なおまたTCDVEのホモポリマーもあわせて調製した。
【0030】
<ポリマー調製方法>
n-ブチルビニルエーテル(NBVE、液状モノマー、富士フイルム和光純薬(株))、トリシクロデカンビニルエーテル(TCDVE、液状モノマー、丸善石油化学(株))、三フッ化ホウ素ジエチルエーテル(BFOEt(液状))、塩化水素溶液(HCl;Aldrich社、4.0M 1,4-ジオキサン溶液)をそれぞれアンプルに小分けし、冷蔵庫で保存し、下記製造において用いた。
また塩化亜鉛溶液(ZnCl;Aldrich社、1.0M ジエチルエーテル溶液)、ジエチルエーテル((CO、富士フイルム和光純薬(株)、超脱水)、トルエン(CCH、富士フイルム和光純薬(株)、超脱水)は、それぞれ市販品を有機溶媒精製装置を用いて水分を除去・精製して、下記製造において使用した。
【0031】
三方コックを付けたナス型フラスコに窒素を流しながらヒーティングガンでベーキングし、無水反応系に備えた。ここに後述する液状モノマー、開始剤(溶液)、活性化剤溶液を所定の濃度となるように加え、反応に供した。
詳細には、表1に示す所定のモル比とした液状モノマー(13.5ml)を入れたナス型フラスコを-30℃にて冷却した後、開始剤(BFOEt/1.5ml)を加え、重合溶液とした(製法A)。
または、表1に示す所定のモル比とした液状モノマー(12.0ml)に開始剤溶液(HCl溶液/1.5ml)と活性化剤溶液(ZnCl溶液/1.5ml)をこの順番で加え、重合溶液とした(製法B)。
このように重合溶液15mlのスケールにて重合を行った後、アンモニア水を少量加えた水を2mL加えることで重合を停止した。
その後、得られたポリマーを少量のTHFに溶かして大量(~800ml)のメタノールに加え再沈殿させることでポリマーを精製し、目的とするポリマー(コーティング材)を得た。
得られたポリマーの分子量、ガラス転移温度及び軟化温度を以下の手順に従い測定した。
【0032】
(試験例1)ポリマーの分子量測定
得られたポリマーの数平均分子量(Mn)と分子量分布(Mw/Mn)は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用い、標準ポリスチレン(分子量:96,400、37,900、18,100、9,100、5,870、2,670、1,050、500)から作成した検量線により算出した。
ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)
ポンプ:HITACHI l-7100
示差屈折計:TOSOH RI-8020
紫外可視分光計:SHIMADZU SPD-10a
カラム:Shodex LF-802、Shodex LF-804(3本)
溶媒:THF
流速:1.0ml/min(40.0℃)
【0033】
(試験例2)ポリマーのガラス転移温度(Tg)測定
得られたポリマーのガラス転移温度(Tg)を、示差走査熱量測定(DSC)により決定した。装置にはSHIMADZU DSC-60を使用し、アルミニウムのサンプルパンを用い、窒素雰囲気下で測定した。1回目の昇温、降温速度は10℃/minで、2回目の昇温、降温速度は5℃/minで測定した。解析にはセカンドヒーティングミッドポイントのデータを用いた。
【0034】
(試験例3)ポリマーの軟化温度の測定
得られたポリマーをDSC測定用のクリンプセル(アルミパンφ5.8mm×高さ1.5mm)に、該セルの上縁まで擦り切りいっぱい詰めた。なお、充填時に液状であったポリマーはそのまま、充填時に固体あるいは粘度が高いポリマーは約60℃まで加熱した後、クリンプセルに充填した。これを-20℃に設定した温度コントロールユニット(TOB-1000,ハヤシレピック株式会社)に乗せ、重さ0.21gの略Y字形状のステンレス棒を、Y字が上向きとなるように、前記ポリマーの中央部に前記セルの底に接するように突き刺して立てた(図2参照)。前記略Y字のステンレス棒は、全体の長さ2.1cm、取っ手部の長さ0.9cm、取っ手部の底面:1.0mm×0.7mm(略長方形)、枝分かれ部の股部から枝分かれ部の上面までの長さ1.2cm、枝分かれ部の厚み0.7mm、枝分かれ部の上面間の距離0.85cmであった。
前記温度コントロールユニットの温度を-20℃から徐々に上げ、前記ステンレス棒が
完全に倒れ、該ステンレス棒がポリマーに接したような状態となった瞬間に、アルミパン中のポリマーの表面温度を赤外線放射温度計(SK-8900,(株)佐藤計量器製作所)で測定し、軟化温度とした。
【0035】
得られたポリマーの分子量(数平均分子量、分子量分布)の測定結果、ガラス転移温度の測定結果、並びに軟化温度の測地結果を表1に示す。なお目標とした数平均分子量(Calc(Mn))とFoxの式より算出した理論上のガラス転移温度(Calc(Tg))をあわせて表1に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
表1に示すように、調製したポリマーの数平均分子量(Mn)は、いずれも計算値に対して高い結果となったが、調製したポリマーの分子量分布(Mw/Mn)は1.08~1.22と狭く、リビング的な重合が進行していることが確認された。
表1に示すように、Tg(測定値)及び軟化温度は、いずれも理論値同様に、TCDVE分率が低くなるほど低くなる傾向が得られた。また共重合体においては、Foxの式による理論値のTgに比べて、Tgの測定値はいずれも低い値を示した。なお同一組成の共重合体においては、分子量によってTg(測定値)及び軟化温度の値は変化した。
【0038】
[製造例2]コーティング種子の調製
室温でサンプル瓶に[製造例1]で得た各ポリマーを入れ、そこに未コーティングの種子(テンサイ種子又はタマネギ種子)を加え、薬さじで攪拌し種子を取り出した。取り出した種子を低温下(-20℃)に放置して、ポリマーを硬化し、コーティング種子を得た。
なお高分子量のため粘度が高すぎて種子にコーティングが困難であったポリマー(NBVEとTCVEの組成モル比6:4、Mn=18,700)と、Tgの高いpoly(TCDVE)は、一度ジクロロメタン(CHCl)にポリマーを溶解して粘度を調整してから種子のコーティングに用いた。
得られたコーティング種子を用いて、下記手順に従い、コーティング剥離試験及び発芽試験を実施した。
【0039】
(試験例4)コーティング剥離試験
各ポリマーにてコーティングした種子をシャーレに乗せて5℃のインキュベーター(KMH-207、アズワン(株))内で10日間放置した後、インキュベーター内を10℃にして3日間放置した。その後インキュベーター内の温度を20℃とし、種子からのコーティングの剥離を目視にて確認した。
5℃で観測を開始し20℃としてから9日間の観測中に、コーティングが種子から一部でも剥離したものを○、コーティングが剥離せずに完全に残っていたものを×として評価した。得られた結果を表2に示す。
また、観測開始前と観測を開始してから16日経過後(20℃としてから4日目)の剥離状況について、(組成比)NBVE:TCDVE=6:4における、Mn=1,700のコポリマーを用いたコーティング種子(テンサイ種子)の外観を図3(A)に、Mn=18,700のコポリマーを用いたコーティング種子(テンサイ種子)の外観を図3(B)にそれぞれ示す。
【0040】
【表2】
【0041】
図3にも示すように、組成比が6:4のコポリマーを分子量別に比較すると、Mn=1,700のコポリマーは観測開始から16日経過後、すなわち20℃としてから4日にて完全な剥離が確認できた(図3(A))。しかし、Mn=18,700のコポリマーは20℃とした後においても剥離を確認できず、すなわち観測開始から16日経過後(20℃としてから4日)では剥離を確認できず(図3(B))、観測開始から32日(20℃としてから20日)以上経過してもコポリマーの剥離を確認できなかった。これら2つのコポリマーのTgの差は約3℃にも関わらず、またこれらコポリマーのTgを大きく上回る20℃という環境下でも、Mn=18,700のコポリマーは種子から剥離しないという結果の一因として、高分子量体のポリマーは高粘度であるため剥離が生じにくく、本発明に係る種子コーティング材としては不向きであったことが考えられる。
ただしTgはポリマー主鎖のミクロブラウン運動の凍結/解放を示す温度であり、Tg自体はポリマーの流動性やその指標となる温度であるとはいえない。本発明では、固化したポリマーが流動性を持ち、液体状態になる温度と定義した軟化温度をポリマーの流動性の指標とすることができる。
表2に示すように、組成比6:4のMn=1,700のコポリマーとMn=18,700のコポリマーの軟化温度は、それぞれ8.2℃と21.0℃であり、Tgの差が3.2℃に対し、軟化温度の差は12.8℃と大きく異なる結果となった。本剥離試験は、Mn=18,700のコポリマーの軟化温度(21℃)以下の条件での実施であったため、当該コポリマーは種子から剥離しなかったと考えられる。
これらの結果より、コーティング材の要求特性として、高分子特有の粘性のため、剥離温度は軟化温度を上回る必要がある、要するに、想定される種子の発芽適温よりも、コーティング材の軟化温度を低く設定することが望ましいとみられることがわかった。
【0042】
(試験例5)発芽試験
図4に示すスケジュール(1)~(3)にて、発芽試験を実施した。なお育苗に供した土壌は、固化剤を含まない一般的な育苗培土を使用した。
<非コーティング種子>
(1)ポリマーコーティングしていない種子を水漬けし、3℃に設定したインキュベーター内にて、または室温にて、前記土壌にて育苗し、発芽を確認した(図4:スケジュール(1)参照)。
<コーティング種子>
(2)ポリマーコーティングした種子を前記土壌に播種後、インキュベーター内で3℃で8日間→10℃で4日間→20℃で1~7日間のスケジュールにて昇温させながら育苗し、発芽を確認した(図4:スケジュール(2)参照)。
(3)ポリマーコーティングした種子を前記土壌に播種したポットを水漬けにし、常に吸水させながら(2)と同様のスケジュール(3℃で8日間→10℃で4日間→20℃で1~7日間)で育苗した。スケジュール(2)において20℃にて発芽が確認された期間経過後においても発芽しないサンプルについて、水からポットを引き上げて水漬け状態を解消し、さらに20℃で4日~8日間育苗を続け、発芽を確認した(図4:スケジュール(3)参照)。
【0043】
非コーティング種子を用いて実施したスケジュール(1)の発芽試験では、3℃で播種してから6日で発芽が確認された。また室温で播種した場合には3日で発芽した。発芽率はいずれの条件においても100%であった。また、本結果より、種子を水漬けし、低温下にさらしても種子の発芽機能が失われることはないことが確認された。
【0044】
コーティング種子を用い、スケジュール(2)にて実施した発芽試験では、最短で20℃としてから1日(播種してから13日)でNBVEとTCVEの組成モル比6:4、Mn=1,700のコポリマーによるコーティング種子において発芽が確認された。表3に示すように、Mn=1,700のコポリマーによるコーティング種子の発芽率は50%であり、スケジュール(1)(発芽率:100%)と比べ低下するものの、ポリマーコーティングにより種子を死滅させることなく発芽させることが可能であることが確認できた(図5(テンサイ種子)参照)。
【0045】
また、同じ組成モル比と分子量のサンプルをスケジュール(3)にて実施した発芽試験では、スケジュール(2)の発芽期間を経過しても発芽せず、その後水を除いて4日で発芽が確認された。
スケジュール(3)(水漬けあり)とスケジュール(2)(水漬けなし)の温度条件は同じであり、水漬け解消後に通常育苗に切り替えた後に発芽したことから、コーティング材の軟化温度以上の環境下であっても、種子周りの水の存在により種子から疎水性のコーティング材が剥離せず、種子の吸水を完全に阻害することができ、それにより発芽が抑制されたと考えられる。
【0046】
また、スケジュール(2)とスケジュール(3)は最終温度(発芽温度)を20℃に設定しているため、軟化温度が20℃を超えるコポリマー(NBVE:TCDVE(モル比)=6:4、Mn=18,700)及びpoly(TCDVE)を用いたコーティング種子では、コーティングが剥離せず発芽しないと予想されたが、表3に示すようにこれらのコーティング材でも発芽を確認できた。
この結果に関して、発芽後に土中を確認したところ、poly(TCDVE)のコーティングが割れて殻のような状態として残っていたことが確認された(図6参照、図6はテンサイ種子を用いたコーティング種子の結果)。このことから、発芽した原因は、種子にコーティングを行う際に粘度の調製に用いたジクロロメタン(CHCl)が、コーティングが固化する際に揮発し、これがコーティングに空隙を生じさせる要因となり、この空隙から種子が吸水し、コーティング材を割って発芽したと考えられる。
【0047】
【表3】
【0048】
(試験例6)再コーティングを施したコーティング種子による剥離試験及び発芽試験
試験例5で用いたpoly(TCDVE)によるコーティング種子について、さらにポリマーの塗布と乾燥を繰り返すことにより、コーティング層を厚くしたコーティング種子(2)を作製した。そしてこのコーティング種子(2)を用い、インキュベーター内の温度を1日目から20℃に設定し、剥離試験及び発芽試験を行った。
poly(TCDVE)〔分子量 41,200〕を再度コーティングしたコーティング種子(2)は発芽せず、またコーティング材の剥離も確認できなかった。この結果は、表3に示す前述の発芽の原因が、乾燥時の空隙の発生によるものであることを裏付けるものであった。また、インキュベーター内を25℃に上昇させたが同様に発芽は確認されなかった。
【0049】
(試験例7)ポリマーの粘度と剥離の相関を示す試験
ポリマーの粘度と種子からの剥離の相関を示すために、得られたポリマーを用い種子をコーティングし、ポリマーが種子から剥離するか検討した。種子コーティング用ポリマーの調製(調製A)、ポリマーの分子量測定、軟化温度の測定及び、コーティング種子の調製及びコーティング剥離試験は、前述の手順に従い実施した。
またポリマーの粘度は、振動式粘度計((株)セコニック、VM-10A-H型)を用い、25℃の条件で測定した。結果を表4に示す。少なくとも粘度52~184Pa・Sでは、コーティング層の剥離が確認された。
【0050】
【表4】
【0051】
以上の結果から、本発明に係るコーティング種子の設計において、種子からコーティング材が剥離する温度がコーティング材の軟化温度を上回る(想定される種子の発芽適温よりも、コーティング材の軟化温度を低く設定する)ようにコーティング材を設計することが望ましいこと、また、高分子量のポリマーは高粘度であり、また軟化温度が高い傾向があるため、コーティグ材には適さないことが確認された。
またNBVE:TCDVE(モル比)=6:4である共重合体において、目標分子量:Mn=1,000のポリマーとMn=5,000のポリマーでは軟化温度の差があまりな
いものの、より早く剥離しやすいこと(表2参照)が確認されたことから、組成6:4と7:3の間で軟化温度が同程度の場合にはより低分子量のポリマーとすることが好ましい。
図1
図2
図3
図4
図5
図6