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特開2025-82107新規鉄酸化細菌、その鉄酸化細菌を含む資材、及びその鉄酸化細菌を用いたヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025082107
(43)【公開日】2025-05-28
(54)【発明の名称】新規鉄酸化細菌、その鉄酸化細菌を含む資材、及びその鉄酸化細菌を用いたヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20250521BHJP
   C02F 3/34 20230101ALI20250521BHJP
   C02F 1/62 20230101ALI20250521BHJP
【FI】
C12N1/20 A ZNA
C02F3/34 Z
C02F1/62 Z
C12N1/20 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023195359
(22)【出願日】2023-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】504147254
【氏名又は名称】国立大学法人愛媛大学
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 聡明
(74)【代理人】
【識別番号】100185915
【弁理士】
【氏名又は名称】長山 弘典
(74)【代理人】
【識別番号】100194135
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 修
(72)【発明者】
【氏名】光延 聖
(72)【発明者】
【氏名】大政 勝喜
(72)【発明者】
【氏名】植田 健太郎
【テーマコード(参考)】
4B065
4D038
4D040
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AC20
4B065BA22
4B065BA23
4B065BB02
4B065CA56
4D038AA01
4D038AA08
4D038AB70
4D038BA02
4D038BB06
4D038BB16
4D038BB17
4D038BB18
4D038BB19
4D038BB20
4D040DD05
4D040DD20
(57)【要約】
【課題】ヒ素含有液体中から効率的にヒ素(特には、亜ヒ酸及びヒ酸)を除去することが可能である鉄酸化細菌、その鉄酸化細菌を含む資材、及びその鉄酸化細菌を用いたヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法を提供する。
【解決手段】鉄酸化細菌は、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する。その鉄酸化細菌が含まれる資材は、その鉄酸化細菌を生息可能な支持材を更に含む。その鉄酸化細菌を用いたヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法は、細菌の添加工程、亜ヒ酸及びヒ酸を吸着可能な水酸化鉄(III)鉱物が形成されること及び細菌によって亜ヒ酸をヒ酸に酸化させることを含む反応工程、及び亜ヒ酸及び/又はヒ酸を吸着させた水酸化鉄(III)鉱物をヒ素含有液体から分離する分離工程を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有することを特徴とする、鉄酸化細菌。
【請求項2】
前記鉄酸化細菌がRoseovarius属に属する細菌であることを特徴とする、請求項1に記載の鉄酸化細菌。
【請求項3】
Roseovarius azorensisに対して、前記鉄酸化細菌のDigital DNA-DNA Hybridizationが15~45%であり、前記鉄酸化細菌のAverage Nucleotide Identityが70~90%であることを特徴とする、請求項2に記載の鉄酸化細菌。
【請求項4】
前記鉄酸化細菌が、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターにおいて受領番号NITE AP-03992で示されるRoseovarius sp.OM2株であることを特徴とする、請求項2に記載の鉄酸化細菌。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の鉄酸化細菌とその鉄酸化細菌を生息可能な支持材とを含むことを特徴とする、資材。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌、又は2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する鉄酸化細菌と亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する細菌との混合物をヒ素含有液体中に添加する添加工程、
前記2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌又は前記2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する細菌と2価鉄イオンとが接触して亜ヒ酸及びヒ酸を吸着可能な水酸化鉄(III)鉱物が形成されること、及び、その水酸化鉄(III)鉱物に亜ヒ酸が吸着されて、前記2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌又は前記亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する細菌によって亜ヒ酸をヒ酸に酸化させることを含む反応工程、及び
亜ヒ酸及び/又はヒ酸が吸着した水酸化鉄(III)鉱物を前記ヒ素含有液体から分離する分離工程、
を含むことを特徴とする、ヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規鉄酸化細菌、その鉄酸化細菌を含む資材、及びその鉄酸化細菌を用いたヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒ素は有害性が高く、微量であっても長期間摂取すると角化症などの皮膚疾患や発がん及び代謝疾患、神経疾患、免疫疾患など慢性ヒ素中毒による健康被害をもたらすことが知られており、排水や土壌などに含まれるヒ素濃度を適切な値まで下げる必要がある。ヒ素は、環境水中で主に3価の形態(亜ヒ酸)と5価の形態(ヒ酸)で存在し、これらの形態はともにオキシ陰イオンとして存在する。特に、亜ヒ酸は鉱物等への固体吸着性が低く(すなわち、水中において拡散され易く)、生体毒性が高いことが知られている。
【0003】
水中に溶存するヒ素を除去する方法としては、例えば、微生物が産生した酸化マンガンと5価の形態のヒ素を含む陰イオンを吸着する陰イオン吸着剤とを含む重金属吸着剤を用いる除去方法が知られている(特許文献1参照)。この除去方法によれば、吸着法による除去が困難な環境中の3価の形態のヒ素(亜ヒ酸)が、酸化マンガンの酸化力(すなわち、無機的な酸化)によって固体吸着性が高い5価の形態のヒ素(ヒ酸)に酸化され、この5価の形態のヒ素を陰イオン吸着剤によって吸着除去されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2016-187801号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の発明の場合には、酸化マンガン(バーネス鉱)の酸化力により3価の形態のヒ素が5価の形態のヒ素に酸化される方法が採用されているが、酸化マンガンと3価の形態のヒ素とは負電荷同士のために反発してしまい、3価の形態のヒ素から5価の形態のヒ素への酸化が進みづらいという欠点があった。また、酸化マンガン自体は3価及び5価のヒ素に対する強い吸着能を持たないので、ヒ素吸着剤としての酸化鉄又は酸化鉄源(鉄粉)が更に必要であるという欠点があった。
【0006】
上記の課題に鑑みてなされた本発明の目的は、ヒ素含有液体中におけるヒ素を従来よりも効率的に除去することが可能な細菌、その細菌を含む資材、及びその細菌を用いるヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的達成に向け鋭意検討を行った結果、日本の或る場所で採取及び単離した細菌を使用することによってヒ素含有液体中におけるヒ素を効率的に除去することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。更に、この細菌を詳細に分析した結果、この細菌は公知の細菌とは異なる機能を有する新種の細菌であることが判明した。
【0008】
上記目的を達成するための請求項1に記載の発明の鉄酸化細菌は、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有することを特徴とする。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記鉄酸化細菌がRoseovarius属に属する細菌であることを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の発明において、Roseovarius azorensisに対して、前記鉄酸化細菌のDigital DNA-DNA Hybridizationが20~40%であり、前記鉄酸化細菌のAverage Nucleotide Identityが70~90%であることを特徴とする。
【0011】
請求項4に記載の発明は、請求項2に記載の発明において、前記鉄酸化細菌がRoseovarius sp. OM2株であることを特徴とする。
【0012】
請求項5に記載の発明の資材は、請求項1~4のいずれか1項に記載の鉄酸化細菌とその鉄酸化細菌を生息可能な支持材とを含むことを特徴とする。
【0013】
請求項6に記載の発明のヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法は、
請求項1~4のいずれか1項に記載の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌、又は2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する鉄酸化細菌と亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する細菌との混合物をヒ素含有液体中に添加する添加工程、
前記2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌又は前記2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する細菌と2価鉄イオンとが接触して亜ヒ酸及びヒ酸を吸着可能な水酸化鉄(III)鉱物が形成されること、及び、その水酸化鉄(III)鉱物に亜ヒ酸が吸着されて、前記2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌又は前記亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する細菌によって亜ヒ酸をヒ酸に酸化させることを含む反応工程、及び
亜ヒ酸及び/又はヒ酸が吸着した水酸化鉄(III)鉱物を前記ヒ素含有液体から分離する分離工程、
を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の鉄酸化細菌、その鉄酸化細菌を含む資材、及びその鉄酸化細菌を用いたヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法によれば、ヒ素含有液体中から効率的にヒ素(特には、亜ヒ酸及びヒ酸)を除去することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の鉄酸化細菌を用いるヒ素除去メカニズムの概要を示す模式図である。
図2】Roseovarius sp.OM2株によって微生物由来の酸化鉄バンドが生成されたことを示す図面代用写真である。
図3】Roseovarius sp.OM2株がヒ素酸化酵素を保有することを示す図面代用写真である。
図4】Roseovarius sp.OM2株が単離されたことを示す図面代用写真である。
図5】16S rRNAの部分塩基配列に基づくRoseovarius sp.OM2株の系統樹を示す。
図6】Roseovarius sp.OM2株が鉄酸化活性を有することを示すグラフである。
図7】Roseovarius sp.OM2株が亜ヒ酸の酸化活性を有することを示すグラフである。
図8】鉄及びヒ素の共存系又はヒ素系におけるRoseovarius sp.OM2株のヒ素酸化速度を示すグラフである。
図9】Roseovarius sp.OM2株による溶存ヒ素の除去効率を示すグラフである。
図10】Roseovarius sp.OM2株によって生成された酸化鉄鉱物の同定結果を示すグラフである。
図11】Roseovarius sp.OM2株を走査電子顕微鏡で観察した場合における元素マップの結果を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[本発明の鉄酸化細菌を用いるヒ素除去メカニズムの概要]
図1は、本発明の鉄酸化細菌を用いるヒ素除去メカニズムの概要を示す。本発明の鉄酸化細菌は、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸(3価の形態のヒ素)のヒ酸(5価の形態のヒ素)への酸化能の両方の機能を有している。この機能の内の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能によってヒ素含有液体中における2価鉄イオンが3価鉄イオンへ酸化される。この酸化によって、鉄酸化細菌の表面に水酸化鉄(III)含有鉱物が形成される。
この水酸化鉄(III)含有鉱物に対してヒ素含有液体中における亜ヒ酸が吸着され、本発明の鉄酸化細菌が有する亜ヒ酸のヒ酸への酸化能によって、亜ヒ酸がヒ酸に酸化される。なお、この酸化によって、有毒性の高い亜ヒ酸が有毒性の低いヒ酸に酸化されるので、低毒化も達成することができる。
このように、本発明の鉄酸化細菌によって形成された水酸化鉄(III)含有鉱物に対してヒ素(亜ヒ酸及びヒ酸)を吸着させることによって、ヒ素含有液体中におけるヒ素が除去される。
【0017】
[本発明の鉄酸化細菌]
本発明の鉄酸化細菌は、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有している。
【0018】
鉄酸化細菌は、好ましくはRoseovarius(ロゼオバリウス)属細菌に属するものであり、より好ましくはRoseovarius sp.OM2株である。このRoseovarius sp.OM2株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターにおいて(受領日)2023年10月18日において(受領番号)NITE AP-03992として寄託されている。
【0019】
Roseovarius sp.OM2株は、例えば、Roseovarius azorensis SSW084 KC534172に対して、DDH(Digital DNA-DNA Hybridization)の下限値が、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、更により好ましくは25%以上であり、そして、その上限値が、好ましくは45%以下、より好ましくは40%以下、更により好ましくは35%以下であり、これら下限値及び上限値は、任意に組み合わせることができる。このDDHは、特には29%である。そして、Roseovarius sp.OM2株は、例えば、Roseovarius azorensis SSW084 KC534172に対して、ANI(Average Nucleotide Identity)の下限値が、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上、更により好ましくは80%以上であり、そして、その上限値が、好ましくは90%以下、より好ましくは85%以下であり、これら下限値及び上限値は、任意に組み合わせることができる。このDDHは、特には83%である。
【0020】
[本発明の鉄酸化細菌が含まれる資材]
本発明の鉄酸化細菌が含まれる資材を提供することができる。この資材には、本発明の鉄酸化細菌に加えて、その細菌を生息可能な支持材が含まれる。この支持材としては、細菌の生息環境を提供できる公知の支持材(例えば、多孔質濾材、ろ紙、及びフェルト)を使用することができる。
従って、本発明の鉄酸化細菌が含まれる資材は、例えば、濾材(例えば、多孔質濾材、ろ紙、及びフェルト)として使用することができる。
【0021】
支持材への鉄酸化細菌の接種は、公知の接種方法を使用することができる。
【0022】
[本発明の鉄酸化細菌を用いるヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法]
鉄酸化細菌を用いるヒ素含有液体中におけるヒ素の除去方法は、後述の添加工程、反応工程、及び分離工程が含まれる。
【0023】
(処理対象)
処理対象であるヒ素含有液体は、好ましくは水を主成分とするヒ素含有液体(ヒ素含有水系液体)であり、例えば、原水、飲料水、鉱山廃水が挙げられる。このヒ素含有液体には、例えば、亜ヒ酸及び場合によりヒ酸が含まれており、更に、好ましくは鉄(2価鉄イオン、又は2価鉄イオン及び3価鉄イオン)が含まれる。
【0024】
ヒ素含有液体は、酸素が含まれる環境(すなわち、好気的環境)であることが好ましい。ヒ素含有液体の酸素濃度は限定されないが、酸素濃度が好ましくは20~250μM、より好ましくは100~200μMである。
【0025】
(添加工程)
添加工程では、本発明の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌がヒ素含有液体中に添加される。
本発明の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌に代えて、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する細菌と亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する細菌との混合物を使用することもできる。この場合、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する鉄酸化細菌としては、例えば、Gallionella属又はLeptothrix属の細菌が挙げられ、亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する細菌としては、例えば、Mesorhizobium属又はThiomonas属の細菌が挙げられる。
【0026】
ヒ素含有液体への本発明の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌(又は、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する細菌と亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する細菌との混合物)の添加は、例えば、細菌を静置して前培養する作業を予め行い、その後、その細菌をヒ素含有液体中に添加することによって行うことができる。ヒ素含有液体の温度は、好ましくは10~30℃である。ヒ素含有液体中の細菌数は、好ましくは10~10 細胞/ml、より好ましくは10~10 細胞/mlである。
【0027】
(反応工程)
反応工程では、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能及び亜ヒ酸のヒ酸への酸化能を有する鉄酸化細菌(又は、細菌の混合物を使用した場合には、2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化能を有する鉄酸化細菌)と2価鉄イオンとを接触させることによって、水酸化鉄(III)鉱物が形成される。なお、この水酸化鉄(III)鉱物には、後述の実施例で説明されるように、正電荷を多量に有すると共に表面積が大きいferrihydriteが多く含まれており、これは、様々な陰イオン(例えば、亜ヒ酸及びヒ酸)を吸着する吸着媒体として機能させることができる。すなわち、ヒ素含有液体中に存在する亜ヒ酸及びヒ酸を水酸化鉄(III)鉱物に吸着させることができる。
【0028】
この反応工程は、通常の室内に静置させた状態で反応を進めることができる。具体的には、静置させるだけで鉄酸化細菌の表面に2価鉄イオン及び亜ヒ酸が集まり、この鉄酸化細菌及び2価鉄イオンにより水酸化鉄(III)鉱物が形成される。その後、この水酸化鉄(III)鉱物にヒ素(亜ヒ酸及びヒ酸)が吸着し、鉄酸化細菌によって亜ヒ酸がヒ酸へ酸化された後、ヒ酸を吸着した水酸化鉄(III)鉱物を沈殿させることができる。静置させた状態で反応を進めることができるが、適宜、公知の攪拌方法によって攪拌を行って反応を進めることもできる。静置期間は、ヒ素含有液体中に含まれるヒ素の濃度により適宜決定され、例えば、比較的高いヒ素濃度(75ppm=1mM)の場合には、後述の図8における経過時間を考慮すると、好ましくは少なくとも5日間程度、より好ましくは少なくとも6日間程度である。ヒ素含有液体の静置温度は、好ましくは10~30℃程度である。
【0029】
(分離工程)
分離工程では、亜ヒ酸及びヒ酸を吸着させた水酸化鉄(III)鉱物がヒ素含有液体から分離される。
【0030】
分離方法としては、例えば、公知の分離方法(例えば、公知の濾過方法、公知のデカンテーション方法、及び遠心分離法)が挙げられる。
【0031】
[その他]
(培養方法)
本発明の鉄酸化細菌の培養は、後述の実施例における「<Roseovarius sp.OM2株の培養、細菌由来の遺伝子解析、単離確認、及び系統解析>」に記載の培養方法及び当業者の技術常識で行うことができる。
【0032】
なお、培地は、塩化アンモニウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、リン酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、Yeast Extractを含むことが好ましい。培養温度は、10~30度であることが好ましい。培養pHは、好ましくは5~8であるであることが好ましい。
【実施例0033】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0034】
<Roseovarius sp.OM2株の培養、細菌由来の遺伝子解析、単離確認、及び系統解析>
下記表1に示す集積用基本培地(この培地に含まれるwolfe’s mineral solution及びVitamin solutionの組成を下記表2及び3に示す)にFe(II)源としての硫化鉄(FeS)及びヒ素源としてのAs(III)(最終濃度0.1~0.5 mM)を添加した溶液8mlに対して、植種源である温泉堆積物(試料採取地:島根県の温泉地)の希釈液を100μl添加して28℃で集積培養した。希釈液は10倍~10倍まで段階希釈した溶液を用い、各希釈率で3~5本の培地を作成した。2~3週間後に鉄酸化物バンドの生成が確認された培地を採取して、再び10倍~10倍まで段階希釈をおこない新しい培地にてさらに2~3週間28℃で培養した。なお、鉄酸化物バンドは、図2に示すように、その生成が明らかとなった。
【0035】
【表1】
※Vitamin solution及びNaHCO溶液はオートクレーブ後に添加した。
※オートクレーブ滅菌させた後、COガスバブリングを30秒おこない、pH6.5程度に調整後に培地として使用した。
【0036】
【表2】
※1.5gのNitrilotriacetic acidを0.5Lの純水に添加した後、6M KOHでpH6.5に調整しつつ溶解させた後、それ以外の試薬を全て添加溶解させた後、1Lにメスアップした。
【0037】
【表3】
※すべて溶解させた後、フィルターろ過(孔径0.20μm)滅菌を行った。
【0038】
次に、鉄酸化物バンドの生成が確認された培地について、細菌由来の遺伝子解析、単離確認、及び系統解析をおこなった。
【0039】
細菌由来のヒ素酸化酵素遺伝子(aio A)解析は、aio A配列に特異性をもつオリゴヌクレオチドプライマーをもちいたPCRアンプリコン解析によって行った。その結果、図3に示すようにヒ素酸化酵素遺伝子を保有することが明らかとなった。また、ショットガンメタゲノム解析によるOM2株の全ゲノム解析においてもaio Aの保有は確認されている。
【0040】
単離確認は、細菌由来16S rRNA遺伝子を標的とした変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法によって行い、その結果、図4に示すように単一バンドが確認され、Fe/As酸化細菌が単離されていることが明らかとなった。
【0041】
系統解析は、16S rRNAの部分塩基配列に基づく系統樹によって行われ、Roseovarius sp.OM2株の系統学的位置について分析した。前記系統樹の作製には、ソフトウェアMEGA11(https://www.megasoftware.net/)を用いた。16S rRNAの部分塩基配列に基づく系統樹の作製を行い、Roseovarius sp.OM2株の系統学的位置について分析した。系統解析の結果、Roseovarius sp.OM2株は、図5に示すようにRoseovariusに属する細菌であることが明らかとなった。図5において、左下のスケールバーは、0.01であり、1%の相違塩基を意味する。系統枝の分岐に位置する数字は、ブートストラップ値を示す。
【0042】
また、上記系統解析によって、Roseovarius sp.OM2株は、Roseovarius azorensis SSW084 KC534172に近縁する新種の細菌であることが分かった。Roseovarius sp.OM2株のDigital DNA-DNA Hybridization及びAverage Nucleotide Identityについての(Roseovarius azorensis SSW084 KC534172に対する)比率を以下の表4に示す。
【0043】
【表4】
(上記%は、Roseovarius azorensis SSW084 KC534172に対する比率である)
上記の表1から明らかなように、Roseovarius sp.OM2株は新種の株であると考えられる。
【0044】
ショットガンメタゲノム解析によるOM2株の全ゲノム解析によって解析した結果、Roseovarius sp.OM2株の16S rRNA遺伝子の塩基配列(配列番号1)は以下の表5の通りであった。なお、この塩基配列は、後述の「配列表」の欄における塩基配列と同じである。
【表5】
【0045】
<Roseovarius sp.OM2株の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化活性確認、亜ヒ酸のヒ酸への酸化活性確認、亜ヒ酸のヒ酸への酸化速度の確認、溶存ヒ素の除去効率の確認>
上記確認において使用される試料を以下に示す方法で準備した。
【0046】
(Fe&As共存系にRoseovarius sp.OM2株が含まれる試料の準備方法)
下記表5に示す実験用基本培地にFe(II)源としての硫化鉄(FeS)及びヒ素源としてのAs(III)(最終濃度1mM)を添加した溶液8mlに対して、前培養を行ったOM2株(「<Roseovarius sp.OM2株の培養、細菌由来の遺伝子解析、単離確認、及び系統解析>」において培養されたOM2株)を初期細胞数として1×10細胞/ml添加した後、常温(25~28℃)にて静置培養した。15日間培養を行い、培養開始日から3日間隔で培地(鉄酸化物及び細胞を含む懸濁試料)及び培地をフィルター(孔径0.20μm)にてろ過した試料(水溶液試料)を採取した。
【0047】
【表6】
※Vitamin solution、NaHCO溶液はオートクレーブ後に添加した。
※オートクレーブ滅菌させた後、COガスバブリングを30秒おこない、pH6.5程度に調整後に培地として使用した。
【0048】
(As系にRoseovarius sp.OM2株が含まれる試料の準備方法)
上記の実験用基本培地にヒ素源としてのAs(III)(最終濃度1mM)を添加した培地8mlに対して、前培養をおこなったOM2株(「<Roseovarius sp.OM2株の培養、細菌由来の遺伝子解析、単離確認、及び系統解析>」において培養されたOM2株)を初期細胞数として1×10細胞/ml添加した後、常温(25~28℃)にて静置培養する。同様に、15日間培養をおこない、培養開始日から3日間隔で培地(鉄酸化物及び細胞を含む懸濁試料)及び培地をフィルター(孔径0.20μm)にてろ過した試料(水溶液試料)を採取した。
【0049】
<Roseovarius sp.OM2株の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化活性の確認>
Roseovarius sp.OM2株の2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化活性を確認するために、Fe&As共存系における細胞数の変化、及びその細胞数の変化に伴う3価鉄イオン(Fe(III))濃度の変化を確認した。なお、細胞数及び3価鉄イオン濃度は、以下に示す方法で求めた。
【0050】
(細胞数の求め方)
細胞数は、採取した懸濁試料に含まれるOM2株の細胞を核酸染色剤(DAPI、SYTO9など)により染色後、公知の蛍光顕微鏡を用いて細胞数を計数した。
【0051】
(3価鉄イオン濃度の求め方)
3価鉄イオン濃度は、採取した懸濁試料を3M塩酸にて全溶解させた試料(以下、全溶解試料と称する)に含まれる全鉄イオン濃度から2価鉄イオン濃度を差し引くことで算出した。なお、全鉄イオン濃度については、公知のICP発光分析装置にて定量した。2価鉄イオン濃度については、フェナントロリン法にて測定した。
【0052】
(結果)
Roseovarius sp.OM2株の細胞数の変化及びその細胞数の変化に伴う3価鉄イオン濃度の変化についての結果を図6に示す。図6に示すように、時間経過による細胞数の増加に伴い3価鉄イオン濃度が増加することが分かった。すなわち、Roseovarius sp.OM2株が2価鉄イオンの3価鉄イオンへの酸化活性(酸化能)を有していることが明らかとなった。
【0053】
<Roseovarius sp.OM2株の亜ヒ酸のヒ酸への酸化活性の確認>
OM2株の亜ヒ酸(As(III))のヒ酸(As(V))への酸化活性を確認するために、Fe&As共存系においてOM2株を植菌した場合及びOM2株を植菌しない場合における亜ヒ酸とヒ酸との割合を確認した。亜ヒ酸濃度及びヒ酸濃度は、以下の方法によって求めた。
【0054】
(亜ヒ酸濃度及びヒ酸濃度の求め方)
ヒ酸濃度は、全溶解試料に含まれる全ヒ素濃度をICP発光分析装置にて定量した後、水素化物発生法にて測定した全溶解試料中の亜ヒ酸濃度を全ヒ素濃度から差し引くことで、懸濁試料中のヒ酸濃度を算出した。溶存ヒ素濃度は水溶液試料中の全ヒ素濃度をICP発光分析装置にて定量した。
【0055】
(結果)
各場合における亜ヒ酸とヒ酸との割合についての結果を図7に示す。図7に示すように、Roseovarius sp.OM2株を植菌した場合には、植菌しない場合と比較して、亜ヒ酸濃度の割合が時間経過によって増加することが分かった。すなわち、Roseovarius sp.OM2株が亜ヒ酸のヒ酸への酸化活性を有していることが明らかとなった。
【0056】
<亜ヒ酸のヒ酸への酸化速度の確認>
亜ヒ酸(As(III))のヒ酸(As(V))への酸化速度を確認するために、Fe&As共存系の場合及びAs単独系の場合における亜ヒ酸とヒ酸との割合を確認した。亜ヒ酸濃度及びヒ酸濃度は、上述の方法で求めた。
【0057】
各場合における亜ヒ酸とヒ酸との割合についての結果を図8に示す。図8に示すように、Fe存在下の方が、ヒ酸への酸化速度が大きいことが分かった。すなわち、Fe&As共存系の場合の方が、ヒ素の除去方法には好ましいことが明らかとなった。
【0058】
<溶存ヒ素の除去効率の確認>
溶存ヒ素の除去効率を確認するために、Fe&As共存系の場合及びAs単独系の場合における溶存ヒ素(亜ヒ酸及びヒ酸)の除去率を確認した。この除去率は、以下の方法で求めた。
【0059】
(亜ヒ酸及びヒ酸の除去率の求め方)
培地をフィルター(孔径0.20μm)にてろ過した試料(水溶液試料)を経時的に採取して試料中のヒ素濃度をICP発光分析装置にて定量した。定量したヒ素濃度を初期ヒ素濃度(1mM)にて割り算をして除去率を算出した。
【0060】
溶存ヒ素の除去率についての結果を図9に示す。図9に示すように、Fe&As共存系において、溶存ヒ酸が効率的に除去されることが明らかとなった。
【0061】
<Roseovarius sp.OM2株が生成した酸化鉄鉱物の同定>
上述の「(Fe&As共存系にRoseovarius sp.OM2株が含まれる試料の準備方法)」において採取された(懸濁)試料をフィルター(孔径0.20μm)でろ過し、フィルター上に残った沈殿物を乾燥させたものを酸化鉄鉱物の同定用試料とした。乾燥させた試料のFe K端X線吸収分光微細構造(XAFS)スペクトルを得て、この得られたスペクトルを酸化鉄鉱物標準試料(ferrihydrite、goethite、lepidocrocite)のスペクトルと比較した。この比較によって、OM2株が生成した酸化鉄鉱物の同定を行った。
【0062】
なお、XAFS分析は、放射光施設KEK-PF BL12C(つくば市)にて行った。このXAFS分析の結果を図10に示す。
標準試料スペクトルを用いたスペクトルフィッティングを行い、これによって、含有される酸化鉄鉱物の含有率(%)を算出した。この結果を以下の表6に示す。
【0063】
【表7】
(この表におけるferriはferrihydriteを、lepiはlepidocrociteを、goeはgoethiteを意味する。)
【0064】
上記の表から明らかなように、酸化鉄鉱物は、ferrihydriteが最も多く含まれていた。
【0065】
<SEMによるRoseovarius sp.OM2株における元素マップの確認>
上述の「(Fe&As共存系にRoseovarius sp.OM2株が含まれる試料の準備方法)」において採取された(懸濁)試料を公知の走査電子顕微鏡(SEM)によって観察して、Roseovarius sp.OM2株における元素マップを確認した。この結果を図11に示す。
【0066】
左の写真と中央の写真との比較によってRoseovarius sp.OM2株が存在する場所において鉄(Fe)が形成されていることが確認され、中央の写真と右の写真との比較によってこの形成された鉄の場所においてヒ素(As)が吸着されていることが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【配列表】
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