(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025008217
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】可視赤外分離膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/26 20060101AFI20250109BHJP
G02B 5/08 20060101ALI20250109BHJP
C09D 7/45 20180101ALI20250109BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20250109BHJP
C09D 7/20 20180101ALI20250109BHJP
C09D 17/00 20060101ALI20250109BHJP
C09C 3/10 20060101ALI20250109BHJP
C09C 1/62 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
G02B5/26
G02B5/08 D
G02B5/08 C
C09D7/45
C09D7/61
C09D7/20
C09D17/00
C09C3/10
C09C1/62
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023110185
(22)【出願日】2023-07-04
(71)【出願人】
【識別番号】000155067
【氏名又は名称】ミネベアアクセスソリューションズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100154852
【弁理士】
【氏名又は名称】酒井 太一
(74)【代理人】
【識別番号】100194087
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 伸一
(72)【発明者】
【氏名】松本 渚
(72)【発明者】
【氏名】桑原 健志
(72)【発明者】
【氏名】土田 なみ
【テーマコード(参考)】
2H042
2H148
4J037
4J038
【Fターム(参考)】
2H042DA01
2H042DB01
2H042DB03
2H042DC04
2H148FA03
2H148FA04
2H148FA07
2H148FA16
4J037AA30
4J037EE08
4J037EE28
4J037FF15
4J037FF23
4J037FF30
4J038HA216
4J038HA296
4J038JA17
4J038KA08
4J038KA09
4J038MA07
4J038MA10
4J038NA19
(57)【要約】
【課題】スパッタリング法などの薄膜製造技術を用いることなく容易に製造することを可能にする可視赤外分離膜の製造方法を提供する。
【解決手段】酸化銀及び炭酸銀から選択される少なくとも1種の銀化合物と高分子分散剤とをアルコール溶媒中に分散させ、次いで超音波を照射することによって前記銀化合物を分散させ、次いで暗所で放置することにより、塗布液を調製する準備工程と、準備工程によって得られた塗布液を基材の表面に塗布し、乾燥させる塗膜形成工程と、を備える、可視赤外分離膜の製造方法を採用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化銀及び炭酸銀から選択される少なくとも1種の銀化合物と高分子分散剤とをアルコール溶媒中に分散させ、次いで超音波を照射することによって前記銀化合物を分散させ、次いで暗所で放置することにより、塗布液を調製する準備工程と、
前記準備工程によって得られた塗布液を基材の表面に塗布し、乾燥させる塗膜形成工程と、を備える、可視赤外分離膜の製造方法。
【請求項2】
前記アルコール溶媒中の銀化合物の濃度が5~40質量%である、請求項1に記載の可視赤外分離膜の製造方法。
【請求項3】
前記アルコール溶媒は、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール及び1-メトキシ-2-プロパノールからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の可視赤外分離膜の製造方法。
【請求項4】
前記高分子分散剤は酸価が150以下である、請求項1に記載の可視赤外分離膜の製造方法。
【請求項5】
前記高分子分散剤は、スチレン-無水マレイン酸樹脂構造を有し、前記無水マレイン酸の一部が末端水酸基のポリアルキレングリコール又は末端アミノ基のポリアルキレングリコールで変性されているものからなる、請求項4に記載の可視赤外分離膜の製造方法。
【請求項6】
前記高分子分散剤の前記銀化合物に対する添加量は不揮発分の質量比で2~25%である、請求項1に記載の可視赤外分離膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光を反射し、赤外光を透過する可視赤外分離膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、可視光と赤外光を分離する場合に、入射光のうち可視光を反射する一方で赤外光を透過する誘電体多層膜が用いられることがある。誘電体多層膜は、屈折率が異なる2種類の誘電体を交互に積層することによって形成される。このような誘電体多層膜は、自然界においてタチウオ(太刀魚)等の皮膚に見られる理想型重層薄膜干渉現象を発現させることで可視光のみを特異的に反射させ、残りは誘電体のため透過させることで可視赤外分離を行う。
【0003】
一般に知られるものとして、特許文献1に記載されるようなコールドミラーと呼ばれるものがあり、基材の上に一般に20層以上の薄膜をスパッタ等で精密に積層させて作成されたものがある。コールドミラーの用途としては、光学フィルター、特にプロジェクター等において光源からの赤外線の除去する用途で使用される。また、特許文献2に示されるように、コールドミラーは、ヘッドアップディスプレイ(HUD)の反射鏡に用いることで、外部から侵入する太陽光のうちの赤外線をカットして加熱防止する用途でも用いられる。更に、コールドミラーは、太陽光を可視光と赤外光に分離した上で、可視光を発電に用いるとともに赤外光を熱源として用いるシステムの中核として用いることで、太陽光を高効率で利用可能としている。
【0004】
また、最近では、屈折率が僅かに異なる樹脂を交互に1000層程度重ねた多層膜からなり、金属調外観を示すフィルムも知られている。このようなフィルムは、外観と電波透過性を生かして、ミリ波レーダー透過性を有する自動車用エンブレムや、赤外線を透過する特性を生かして家電製品のリモコンの赤外線受光部を覆うための加飾材などに利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006-259124号公報
【特許文献2】特許第6577342号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のコールドミラーは、外観の発現原理が構造色であるため、より少ない積層数で可視光のみを特異的に反射させるように光学計算シミュレーションにより各層の膜厚をナノメートルの単位で決定し、スパッタ等でその決めた膜厚を精密に再現することで作成されている。しかし、合計で20層以上の薄膜を、その成分を変えながら精密スパッタをし、最終的には1マイクロメートルの膜厚になるように製膜するため、製造に多大の時間を要し、非常にコストが高くなる問題がある。また、製膜設備の制約により、大面積化が困難であり、また、基材の形状の自由度も低い問題がある。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、スパッタリング法などの薄膜製造技術を用いることなく容易に製造することを可能にする可視赤外分離膜の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は以下の構成を採用する。
本発明の可視赤外分離膜の製造方法は、酸化銀及び炭酸銀から選択される少なくとも1種の銀化合物と高分子分散剤とをアルコール溶媒中に分散させ、次いで超音波を照射することによって前記銀化合物を分散させ、次いで暗所で放置することにより、塗布液を調製する準備工程と、
前記準備工程によって得られた塗布液を基材の表面に塗布し、乾燥させる塗膜形成工程と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、スパッタリング法などの薄膜製造技術を用いることなく容易に製造することを可能にする可視赤外分離膜の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態である可視赤外分離膜を備えた可視赤外分離部材の構成を説明する断面模式図。
【
図2】本発明の実施形態である可視赤外分離部材の要部の断面模式図。
【
図3】本発明の実施形態である可視赤外分離膜の構造の一例を説明する模式図。
【
図4】本発明の実施形態である可視赤外分離膜の構造の別の例を説明する模式図。
【
図5】実施例1の可視赤外分離膜を示す断面SEM写真。
【
図6】実施例1の反射率及び透過率と、入射光の波長との関係を示すスペクトル図。
【
図7】比較例1の可視赤外分離膜を示す断面SEM写真。
【
図8】比較例1の反射率及び透過率と、入射光の波長との関係を示すスペクトル図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
可視光を反射する一方で、赤外光を透過させる機能を実現する物質は、物性物理学の観点から言えば基本的に存在しえない。即ち、金属のような可視光の反射を得るためには、ドルーデ・ゾンマーフェルトモデルに従い、自由電子の存在が前提となり、同時に電子が自由に動けることから、特定の波長帯のみに反射を持たせることは出来ない。
【0012】
そのため先行する技術はいずれも、誘電体多層膜による構造色の実現を以て可視光に特異的な反射を持たせることで可視赤外分離を実現している。しかしながら、この誘電体多層膜による構造色には課題がある。第一に、高度に光学設計され、ナノメートルオーダーで精密に膜厚を制御された多層膜であることから製造に難を抱えることが挙げられる。また、第二に、そのような多層膜であるから大面積への加工や入射角の角度による影響など制約があることが挙げられる。
【0013】
そこで、上記の課題に対して本発明者が鋭意検討した。
可視光反射と赤外光透過が両立しない原因は、自由電子の運動に制約が働かないことである。そこで、ナノサイズの領域に自由電子を物理的に閉じ込めることが出来れば、短波長の光(電磁波)に対しては追従可能なために自由電子として振る舞い、長波長の光(電磁波)に対しては物理閉じ込めにより自由電子として振舞えないので電磁波を透過させること予想され、実現可能と考えられる。
【0014】
これらの実現する条件は「構造がお互いに独立した金属ナノ粒子を含有する」ことである。ただし、独立した金属ナノ粒子を含有するのみでは不十分である。すなわち、金属ナノ粒子は、局在表面プラズモン共鳴(以下LSPRという)を持ち、これらによる自由電子の共振による吸収・反射が混ざってくるため、狙いの効果を得ることが出来ない。
【0015】
よって、LSPRを持つナノ粒子であっても次に示す新たに発見された「ナノ粒子間を電子が通り抜けある程度自由に振舞う現象」を利用することで、可視光反射と赤外光透過の両立を実現できることを見出した。
【0016】
従来、金属ナノ粒子の基礎研究及び応用研究においては、光をナノ領域に閉じ込めて、増強やエネルギー変換のトリガーとして使えるLSPRに対する興味が前提であった。そのため研究に当たっては、ナノ粒子間のトンネリングによる電子の移動と運動は想定されておらず、独立したナノ粒子内部での挙動のみを考慮した時間領域差分法(FDTD法)によるシミュレーションが基本となっている。僅かではあるが電子の染み出し(以下スピルアウト)が起こることは知られているがそれが、シミュレーションとの齟齬が生じないようにそれらを無視できるように分散剤(リガンド)で十分粒子間距離を取ったサンプルが研究の対象となってきた。
【0017】
一方、金属ナノ粒子の1種である銀ナノ粒子の積層膜のうち、分散剤の選択により粒子間距離が十分近い(2nm以下程度)積層膜の挙動を詳しく調査した結果、LSPRでは説明できず、ナノ粒子間を電子が通り抜けて「あたかも自由電子のように振る舞う」ことを想定しなければ説明できない現象を見出した。即ち、スピルアウトに留まらず、あたかも粒子間に新たなバンドを形成したかの如く振舞う電子を見出した。
【0018】
この発見に基づき、複数の金属ナノ粒子間を電子がトンネリングできる状態を膜中に整えることで、不定形なナノ粒子と同等の効果を得ることが出来ることを見出した。
【0019】
可視光の反射と、赤外光の透過とを同時に実現するには、膜中に、長径25nm以下の金属ナノ粒子が独立して存在することが必要である。従来、金属ナノ粒子を含む機能膜においては、粒子間のトンネリングは考慮されていなかったが、トンネリングを想定しなければ成立しない現象が見出された。金属ナノ粒子間が十分近接すれば、トンネリングが発生し、複数のナノ粒子を跨いで電子が自由に動き回り、擬似的に「不定形且つ十分小さい金属ナノ構造体」として振舞えるようになる。
【0020】
ここで問題なのは、金属ナノ構造体が一定以上に大きい場合である。金属ナノ構造体が一定以上大きいと、長波長の光(電磁波)に対しても金属の様に応答するため、赤外領域の光(電磁波)の透過を著しく阻害する。これを防ぐために、金属ナノ粒子間のトンネリングは距離に対して指数関数的に減少することを利用し、コンパクトに凝集した金属ナノ粒子の凝集体を最低限の距離を保って独立させるという対策を立てた。従来、この凝集体を十分独立させるという要件を満たさないため、赤外領域まで反射や吸収が入り込み、効果的な可視赤外分離膜を得られていなかった。
【0021】
以下、本発明の実施形態である可視赤外分離膜の製造方法について説明する。
【0022】
本実施形態において、可視光とは、波長380~750nmの範囲の光をいう。赤外光とは、波長850~1600nmの範囲の光をいう。1600nm以上の光の場合透明樹脂基材の吸収が顕著に影響することから除外する。
【0023】
本実施形態の製造方法によって製造される可視赤外分離膜は、長径が25nm以下である金属ナノ粒子が凝集した凝集体を含み、凝集体の内部における金属ナノ粒子同士の表面間距離が2nm以下であり、凝集体の大きさが50nm以下であり、凝集体同士が相互に5nm以上の間隔を有して離間しており、膜厚が120nm以下の可視赤外分離膜である。
以下、本実施形態の製造方法の説明に先立ち、可視赤外分離膜について説明する。
【0024】
可視赤外分離膜は、基材上に形成されたプライマリー層の上に積層されていてもよい。可視赤外分離膜は、膜厚が120nm以下の薄膜であるため、基材の凹凸の影響を受けやすい。そのため、基材表面の平滑化のためにプリマリー層を設けるとよい。また、可視赤外分離膜には、クリア層が積層されていてもよい。可視赤外分離膜は銀ナノ粒子を含有するものであり、破損しやすいため、これを保護するためにクリア層を設けてもよい。
【0025】
すなわち、
図1に示すように、基材1と、基材1上に形成されたプライマリー層2と、プライマリー層2の上に形成された可視赤外分離膜3と、可視赤外分離膜3の上に形成されたクリア層4とを備えた可視赤外分離部材5としてもよい。プライマー層2は、例えば、アクリルウレタン系のプライマー塗料を塗布することによって形成される。また、クリア層4は、例えば、アクリルウレタン系のクリア塗料を塗布することによって形成される。
【0026】
基材1は、可視赤外分離膜3の光入射面側に配置される場合と、可視赤外分離膜3の光出射面側に配置される場合とがある。基材1が光入射面側に配置される場合は、可視光及び赤外光に対してそれぞれ90%以上の透過率を持つものが好ましい。これは、入射光に含まれる可視光および赤外光が可視赤外分離膜3を透過する前に基材1に吸収されることを防止するためである。このような基材1としては、例えば、ポリメタクリル酸メチル、ポリカーボネート、アクリルウレタンなどを例示できる。一方、基材1が光出射面側に配置される場合は、赤外光に対して90%以上の透過率を持つものが好ましい。これは、可視赤外分離膜3の出射光に含まれる赤外光が基材に吸収されることを防止するためである。このような基材1としては、例えば、ポリメタクリル酸メチル、ポリカーボネート、アクリルウレタンなどを例示できる。
【0027】
可視赤外分離膜3は、
図2および
図3に示すように、長径が25nm以下である金属ナノ粒子3Aが凝集した凝集体3Bを含む。凝集体3Bとは、少なくとも2つ以上の金属ナノ粒子3Aが凝集することによって形成されたものをいう。凝集体3B内部では、2つ以上の金属ナノ粒子3Aが、表面間距離2nm以下の距離で近接している。また、凝集体3B同士は、表面間距離5nm以上の距離で離間している。このように、表面間距離を計測することで、凝集体3Bを特定することが可能になる。金属ナノ粒子3Aの表面間距離は、金属ナノ粒子3Aの粒子表面同士の最短距離である。凝集体3Bの表面間距離は、凝集体3Bの表面同士の最短距離である。
【0028】
また、可視赤外分離膜3には、金属ナノ粒子3Aの他に高分子分散剤よりなる樹脂が含まれる。
【0029】
可視赤外分離膜3に含まれる金属ナノ粒子3Aの含有率は、体積充填率(%)で、35~50%であることが好ましい。残部は樹脂(高分子分散剤)としてよい。金属ナノ粒子3Aの含有率が35~50%の範囲であることにより、入射光のうち可視光を反射させ、赤外光を透過させることができる。金属ナノ粒子3Aの含有率が50%以上では、凝集体の表面間距離を5nm以上にできなくなる畏れがある。金属ナノ粒子3Aの含有率が35%を未満では、粒子の割合が少なすぎて金属外観を保てなくなる。
【0030】
金属ナノ粒子3AがAg(銀)である場合の金属ナノ粒子の形状は、球状、円盤状、棒状または長方体のいずれかであることが好ましい。また、金属ナノ粒子それぞれの形状が揃っていることが好ましい。
図3には、金属ナノ粒子3Aが球状であって、金属ナノ粒子3Aそれぞれの形状が揃っている場合を示している。ただし、金属ナノ粒子がIn(インジウム)である場合の金属ナノ粒子の形状は、
図4に示すように、球状、円盤状、棒状または長方体のいずれにも該当しないような形状、すなわち、
図4に示すように、不揃いな不定形状であることが好ましい。不定形の銀のナノ粒子は銀塩写真から予想されるように黒っぽい外観となり反射を妨げる。よって形状が揃ったものを利用することでそれを回避することが出来る。一方インジウムのナノ粒子は蒸着またはスパッタで得ることが出来、その際不定形な形状となるが外観は白銀色となるため、問題はない。
【0031】
金属ナノ粒子3Aの長径は、25nm以下であることが好ましい。長径が25nm以下であることにより、赤外光を透過させることができる。金属ナノ粒子3Aの長径は、SEMまたはTEMで観察した場合の金属ナノ粒子3Aの最大径である。
【0032】
可視赤外分離膜3は、上述したように、金属ナノ粒子3Aとともに樹脂が含まれる。樹脂は、金属ナノ粒子3A同士の間、および凝集体3B同士の間に存在しており、金属ナノ粒子3Aの粒子同士を互いに離間させるとともに、金属ナノ粒子3Aが凝集した後でも独立を保つことに寄与して凝集体3Bとして維持させる。このため、金属ナノ粒子3Aは、凝集体でありながら、相互に接触することがなく、電子の自由な移動が制限された状態にある。
【0033】
凝集体3Bの内部における金属ナノ粒子3Aの表面間距離は2nm以下である必要がある。これにより、ナノ粒子間を自由電子が通り抜けてある程度自由に振舞う現象を惹起させることができ、入射光のうち可視光を反射させることができる。また、赤外光を透過させることができる。金属ナノ粒子3Aの表面間距離は0nm超であればよい。
【0034】
また、凝集体3B同士の表面間距離は5nm以上であることが好ましい。金属ナノ粒子の凝集体3B同士の表面間距離が5nm未満では、赤外光を反射してしまうので好ましくない。凝集体3B同士の表面間距離は例えば20nm以下または10nm以下でもよい。
【0035】
また、可視赤外分離膜に含まれる凝集体のうち、短径に対する長径の比であるアスペクト比(長径/短径)が1~2の範囲である凝集体が、個数割合で70%以上含有されることが好ましい。好ましくは90%以上であるとよい。これにより、赤外光まで応答しうる長尺のナノ粒子または塊をできるだけ排して、赤外領域に反射・吸収が起こることを抑制する。
【0036】
可視赤外分離膜の厚みは、120nm以下とする。可視赤外分離膜の厚みは、100nm以下でもよい。また、50nm以上でもよく、30nm以上でもよい。可視赤外分離膜の厚みを120nm以下とすることにより、入射光のうち可視光を反射させ、赤外光を透過させることができる。
【0037】
金属ナノ粒子は、銀(Ag)、インジウム(In)の何れかよりなることが好ましい。特に好ましくは、銀(Ag)である。
【0038】
金属ナノ粒子の長径の測定方法は、ミクロトーム等で断面を切り出しSEMによる計測を行う。倍率を10万~15万倍とし観察視野内のナノ粒子を無作為に10個選び計測を行う。場所を変えて5視野で行い、その平均値を長径とする。
【0039】
金属ナノ粒子の表面間距離の測定方法は、ミクロトーム等で断面を切り出しSEMによる計測を行う。倍率を10万~15万倍とし観察視野内のナノ粒子の塊の中から無作為に10ヵ所の粒子間を選び計測を行う。場所を変えて5視野で行い、その平均値を表面距離とする。
【0040】
金属ナノ粒子のアスペクト比の測定方法は、ミクロトーム等で断面を切り出しSEMによる計測を行う。
【0041】
アスペクト比(長径/短径)が1~2の範囲である金属ナノ粒子の個数割合の測定方法は、ミクロトーム等で断面を切り出しSEMによる観察を行い、視野内に存在する全てのナノ粒子のアスペクト比を計算する。これを5か所の視野で行い、その平均から割合を求める。
【0042】
高分子分散剤は、スチレン-無水マレイン酸樹脂構造を有し、無水マレイン酸の一部が末端水酸基のポリアルキレングリコール又は末端アミノ基のポリアルキレングリコールで変性されているものからなるものが好ましい。ポリアルキレングリコールは、ポリエチレングリコール鎖とポリプロピレングリコール鎖のモル比率は6/4~8/1、分子量は500~3000であることが好ましい。このような構成の高分子分散剤を使用することにより、可視赤外分離膜の内部において金属ナノ粒子を安定して分散させた状態にすることができる。
【0043】
また、高分子分散剤は酸価が150以下であることが好ましい。これにより、銀のナノ粒子の酸化を抑制できる。
【0044】
次に、本実施形態の可視赤外分離膜の製造方法について説明する。本実施形態の製造方法は、従来のように、屈折率の異なる複数の薄膜を交互に積層するのではなく、基材上に単一の積層膜を形成することによって製造可能である。
【0045】
すなわち、本実施形態の可視赤外分離膜の製造方法は、塗布液を調製する準備工程と、塗布液を噴霧することにより、塗布液を基材の表面に塗布し、次いで、乾燥させる塗膜形成工程と、から構成される。以下、各工程について説明する。
【0046】
準備工程は、酸化銀及び炭酸銀から選択される少なくとも1種の銀化合物と高分子分散剤とをアルコール溶媒中に分散させ、次いで超音波を照射することによって銀化合物を還元、分散させ、次いで、暗所で3~6か月放置することにより、塗布液を調製する。還元および分散させた直後の塗布液を直ちに塗布すると、塗布膜中に凝集体を形成することができない。調整液を暗所で3~6か月放置することで、銀ナノ粒子同士が自然凝集し、50nm以下の凝集体が生成される。暗所で放置とは、塗布液に一切の光が入射しない状態で放置することをいう。
【0047】
高分子分散剤は、上述したものを用いるとよい。スチレン-マレイン酸コポリマー構造を有する高分子分散剤及びこれの無水マレイン酸の一部を末端水酸基のポリアルキレングリコール又は末端アミノ基のポリアルキレングリコールで変性した高分子分散剤は既に市販されている。例えば、ベースレジンとしてのスチレン-マレイン酸コポリマーは、SMA(登録商標名)ベースレジン1000、2000、3000、SMAエステルレジン1440,2625(以上、Cray Valley USA、LLC製)、アラスター700(荒川化学製)、等が挙げられる。これらのSMA構造を有するベースレジンの酸価は175~500と大きい。また、Disperbyk 190、2015(不揮発分40%、酸価10、BYK社製)は、スチレン-無水マレイン酸樹脂構造を有し、この無水マレイン酸の一部が末端水酸基のポリアルキレングリコール等によって変性されたものからなり、不揮発分の酸価は共に25である。
【0048】
このように、市販されている高分子分散剤は、酸価が大きいものも小さいものも存在するが、酸価が所定の値に固定されている。そこで、スチレン-マレイン酸コポリマー構造を有する高分子分散剤の一つであるSMAベースレジン1000を用いて、スチレン-マレイン酸コポリマー構造の無水マレイン酸の一部を末端水酸基のポリアルキレングリコール又は末端アミノ基のポリアルキレングリコールで変性することにより酸価を150以下に調整すればよい。
【0049】
また、アルコール溶媒は、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール及び1-メトキシ-2-プロパノールからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0050】
酸化銀及び炭酸銀から選択される少なくとも1種の銀化合物は、特に制限はなく、粉末状のものであればよい。
【0051】
高分子分散剤の銀化合物に対する添加量は不揮発分の質量比で2~25%とする。また、アルコール溶液中の銀化合物の濃度は5~40質量%とする。
【0052】
高分子分散剤を溶解したアルコール系溶媒に、酸化銀ないし炭酸銀を添加すると、酸化銀ないし炭酸銀が分散した固-液二相の不均一状態のアルコール溶液が得られる。このアルコール溶液に超音波を照射すると、溶液中に気泡(キャビテーション)が生じる。このキャビテーションの生成・圧壊に伴って、溶液中に高温の局所反応場が生成し、ラジカルの生成を助け、これによりソノケミカル反応が進行する。すなわち、別途還元剤を添加しなくても酸化銀ないし炭酸銀に分解還元反応が生起されて金属としての銀が生成し、これが銀ナノ粒子の形態で析出する。反応式を下記に示す。
【0053】
Ag2O → 2Ag + O2↑
Ag2CO3 → 2Ag + 1/2O2↑+ CO2↑
【0054】
上記反応式に示すように、副成物として酸素(酸化銀の場合)又は酸素と二酸化炭素(炭酸銀の場合)が生じるが、これらは揮発性であり、アルコール溶媒も揮発性であり、かつこれらの物質はいずれも非腐食性の成分である。そのため、塗膜形成工程を行うことによって、銀ナノ粒子と高分子分散剤からなる可視赤外分離膜を容易に製造可能になる。
【0055】
超音波を照射することによって銀化合物を分散させた後のアルコール溶液は、さらに暗所で放置する。これにより、銀ナノ粒子の凝集が進み、可視赤外分離膜における金属ナノ粒子同士の表面間距離が2nm以下で凝集して大きさが50nm以下の凝集体を形成することが可能になる。50nm以下の凝集体を形成可能であれば放置時間に制限はないが、例えば、3か月以上放置することが好ましい。放置時間の上限は特に制限はないが、例えば、6か月以下でよい。なお、放置時間の開始時点は、超音波照射の終了時とする。
【0056】
次に、塗膜形成工程では、例えば、準備工程によって得られた塗布液を噴霧(スプレー)することにより、塗布液を基材の表面に塗布し、次いで、乾燥させる。乾燥は例えば、5~80℃の雰囲気中にて行うとよい。
塗布液を噴霧する手段としては、一般的な噴霧器を用いればよい。噴霧条件は特に制限はないが、塗布液の吐出量を30~60mL/minになるようにニードルを調整し、霧化圧を0.2~0.3MPaとする条件を挙げることができる。塗布液を噴霧することにより、塗布液が基材の表面に到達する前に、アルコールの揮発が進み、金属ナノ粒子の凝集がさらに進行する。これにより、放置時に凝集しきらなかった独立したナノ粒子を強制的に凝集させる。その結果、そのようなフリーのナノ粒子が凝集体隙間を埋めることを防止し、可視赤外分離膜における凝集体同士の表面間距離を5nm以上にすることが可能になる。
【0057】
なお、塗膜形成工程では、塗布液を噴霧(スプレー)することにより基材の表面に塗布する形態を説明したが、本実施形態はこれに限らず、スクリーン印刷法、スピンコート法等といった、各種の液体塗布法を用いてもよい。
【0058】
以上説明したように、本実施形態の可視赤外分離膜によれば、塗布法で形成するので、大面積化が可能であり、また、基材の形状の自由度を高くすることが可能である。
また、本実施形態の可視赤外分離膜の製造方法によれば、スパッタリング法などの薄膜製造技術を用いることなく容易に可視赤外分離膜を製造できる。
【0059】
また、本実施形態の可視赤外分離膜は、可視光の反射率を40%以上とすることができ、赤外光の透過率を60%以上にすることができる。ここで、可視光の反射率は、波長380~750nmの範囲の光の反射率の平均値である。また、赤外光の透過率は、波長850~1600nmの範囲の光の透過率の平均値である。
【0060】
また、本実施形態の可視赤外分離膜は、上述したように塗布法により形成するので、大面積化が可能であり、また、基材の形状の自由度を高くすることができる。更に、本実施形態の可視赤外分離膜は、スパッタリング法などの薄膜製造技術を用いることなく容易に製造することができる。また、従来の誘電体多層膜のように何十層もの膜を交互に精密に重ねる必要はなく、簡便、短時間で作成可能である。
【実施例0061】
以下、本発明の実施例について説明する。
【0062】
(実施例1)
高分子分散剤としてDisperbyk2015(不揮発分40%、酸価10、BYK社製)4gを2-プロパノール(イソプロピルアルコール)100g中に溶解し、酸化銀粉末25gを懸濁させた。この高分子分散剤の不揮発分の酸価は25であり、高分子分散剤の含有割合は酸化銀に対して質量比で6.4%であった。なお、Disperbyk2015は、スチレン-無水マレイン酸樹脂構造を有し、この無水マレイン酸の一部が末端水酸基のポリアルキレングリコールによって変性されたものからなるものであった。
【0063】
次いで、この懸濁液に対して、15~17℃の室温下で2時間、20KHzで照射した。次に1μmのフィルターでろ過して褐色の銀ナノ粒子分散液を得た。更に、この銀ナノ粒子分散液を、15~17℃の室温下で6か月に渡って放置した。放置する際は、分散液に対する光の入射を遮断した。このようにして、塗布液を調製した。
【0064】
上述のようにして調製された銀ナノ粒子分散液:エチルアルコールを比率1:3で稀釈した。ポリメタクリル酸メチルよりなる基材上にアクリルウレタン系のプライマー塗料を塗布、乾燥硬化させて試験片とした。この試験片上に希釈した分散液をスプレー塗装し、80℃で30分間乾燥させた。銀分散液のスプレー塗布の条件は、エアスプレーガンとしてアネスト岩田LPH-101を用い、塗布液の吐出量を30~60mL/minになるようにニードルを調整し、霧化圧を0.2~0.3MPaとし、1回のみ塗布した。その後アクリルウレタン系のクリア塗料を塗布して銀ナノ粒子を保護した。このようにして、実施例1の可視赤外分離膜を製造した。
【0065】
(比較例1)
1μmのフィルターでろ過した銀ナノ粒子分散液を放置することなく、銀ナノ粒子分散液:エチルアルコールを比率1:2で稀釈した。ポリメタクリル酸メチルよりなる基材上にアクリルウレタン系のプライマー塗料を塗布、乾燥硬化させて試験片とした。この試験片上に希釈した分散液をスプレー塗装し、80℃で30分乾燥させた。銀分散液のスプレー塗布の条件は、エアスプレーガンとしてアネスト岩田LPH-101を用い、塗布液の吐出量は60mL/minになるようにニードルを調整し、霧化圧を0.2~0.3MPaとし、2回塗り重ねを行った。以後は上記実施例1と同様にして、比較例1の可視赤外分離膜を製造した。
【0066】
(評価方法)
可視光の反射率及び赤外光の透過率は、日立ハイテクサイエンスのUH4150または近赤外領域まで測定可能な分光光度計を利用した。測定装置に設置可能なサイズに試験片を切り出して用意し、装置にセットした。スキャンスピードは可視領域で300nm/min、赤外領域で750nm/minとし、可視赤外の検視付き切り替えは長波850nmとした。サンプリング間隔1nm、検出器切り替えは自動、減光板を使用せず測定を行いエクセルデータとして出力し、所定の波長帯の反射率、透過率の平均値を計算して測定値とした。
【0067】
また、金属ナノ粒子の長径、凝集体の内部における金属ナノ粒子同士の表面間距離、凝集体の大きさ、凝集体同士の表面間距離、膜厚、アスペクト比1~2の凝集体の割合は、上記の方法により測定した。
【0068】
結果を表1に示す。
【0069】
【0070】
表1に示すように、実施例1の可視赤外分離膜は、本発明の範囲内にあり、可視光の反射率が40%以上、赤外光の透過率が60%以上になり、可視光を反射するとともに赤外光を透過させることができた。一方、比較例1の可視赤外分離膜は、凝集体間の表面距離が3nm未満になり、本発明の範囲を満たさなかった。このため、赤外光の透過率が60%未満になり、赤外光を十分に透過させることができなかった。