(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025008267
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】改質ポリエステル繊維
(51)【国際特許分類】
D06M 14/14 20060101AFI20250109BHJP
D06M 15/263 20060101ALI20250109BHJP
D06M 13/224 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
D06M14/14
D06M15/263
D06M13/224
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023110270
(22)【出願日】2023-07-04
(71)【出願人】
【識別番号】518381846
【氏名又は名称】東洋紡せんい株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103816
【弁理士】
【氏名又は名称】風早 信昭
(74)【代理人】
【識別番号】100120927
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 典子
(72)【発明者】
【氏名】河端 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】土居 薫
【テーマコード(参考)】
4L033
【Fターム(参考)】
4L033AA07
4L033AB01
4L033AC15
4L033BA21
4L033CA18
(57)【要約】
【課題】従来達成することが困難であった高いグラフト重合率による改質、及び従来と同程度のグラフト重合率であっても高い機能性向上を発現できる改質ポリエステル繊維及び繊維製品を提供する。
【解決手段】エチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合させたポリエステル繊維及びそれを含む繊維製品であって、脂肪族カルボン酸及び/又は芳香族カルボン酸のアルキルエステル化合物が25~10000ppm含有されていることを特徴とする。エチレン性不飽和有機酸は、(メタ)アクリル酸であることが好ましい。アルキルエステル化合物は、TMPDB,TMPMB,DEHPが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
エチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合させたポリエステル繊維であって、脂肪族カルボン酸及び/又は芳香族カルボン酸のアルキルエステル化合物が25~10000ppm含有されていることを特徴とする改質ポリエステル繊維。
【請求項2】
エチレン性不飽和有機酸が(メタ)アクリル酸であることを特徴とする請求項1に記載の改質ポリエステル繊維。
【請求項3】
アルキルエステル化合物が2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレート、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート、及びジ-2-エチルヘキシル=フタレートからなる群から選択される少なくとも1種の化合物であることを特徴とする請求項1に記載の改質ポリエステル繊維。
【請求項4】
重合による質量増加率が5~60質量%となるようにエチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合させていることを特徴とする請求項1に記載の改質ポリエステル繊維。
【請求項5】
抽出pHが4~10であることを特徴とする請求項1に記載の改質ポリエステル繊維。
【請求項6】
20℃65%RHの環境における吸湿率が3~30%であることを特徴とする請求項1に記載の改質ポリエステル繊維。
【請求項7】
酢酸消臭率≧90%,イソ吉草酸≧90%,アンモニア消臭率≧90%であることを特徴とする請求項1に記載の改質ポリエステル繊維。
【請求項8】
請求項1~7のいずれかに記載の改質ポリエステル繊維を5質量%以上含有することを特徴とする繊維製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボキシル基を有する改質ポリエステル繊維、及びそれを使用した繊維製品に関し、特に高いグラフト重合率による改質、及び特定のアルキルエステル化合物の含有による機能性向上を達成したものに関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリエステル繊維にカルボキシル基を導入して、吸湿性や消臭性などの機能性を高めることは従来から知られている(例えば特許文献1,2参照)。しかしながら、ポリエステル繊維は、高結晶性であり、カルボキシル基を導入して改質されてルーズな構造部分を形成したとしても、依然、微細で緻密な構造を有するため、機能性の向上にはある程度限界があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002-69844号公報
【特許文献2】特開2017-14641号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑み創案されたものであり、従来達成することが困難であった高いグラフト重合率による改質、及び従来と同程度のグラフト重合率であっても高い機能性向上を発現できる改質ポリエステル繊維、及びそれを含む繊維製品を提供することを目的とする。
【0005】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意研究を重ねた結果、エチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合したポリエステル繊維に特定のアルキルエステル化合物を含有させることで、グラフト重合による繊維改質効果を劇的に高めることができることを見出し、本発明の完成に至った。
【0006】
即ち、本発明は、以下の(1)~(8)の構成を有するものである。
(1)エチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合させたポリエステル繊維であって、脂肪族カルボン酸及び/又は芳香族カルボン酸のアルキルエステル化合物が25~10000ppm含有されていることを特徴とする改質ポリエステル繊維。
(2)エチレン性不飽和有機酸が(メタ)アクリル酸であることを特徴とする(1)に記載の改質ポリエステル繊維。
(3)アルキルエステル化合物が2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレート、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート、及びジ-2-エチルヘキシル=フタレートからなる群から選択される少なくとも1種の化合物であることを特徴とする(1)に記載の改質ポリエステル繊維。
(4)重合による質量増加率が5~60質量%となるようにエチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合させていることを特徴とする(1)に記載の改質ポリエステル繊維。
(5)抽出pHが4~10であることを特徴とする(1)に記載の改質ポリエステル繊維。
(6)20℃65%RHの環境における吸湿率が3~30%であることを特徴とする(1)に記載の改質ポリエステル繊維。
(7)酢酸消臭率≧90%,イソ吉草酸≧90%,アンモニア消臭率≧90%であることを特徴とする(1)に記載の改質ポリエステル繊維。
(8)(1)~(7)のいずれかに記載の改質ポリエステル繊維を5質量%以上含有することを特徴とする繊維製品。
【発明の効果】
【0007】
本発明の改質ポリエステル繊維は、機能性モノマーの反応率を高めることにより、これまでに到達できなかった高いグラフト重合率のポリエステル改質が可能になり、ケミカルコストの低減が可能である。また、同じ改質率(グラフト重合率)であっても、繊維中に特定のアルキルエステル化合物を存在させることで機能性を劇的に向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図2】
図2は、実施例1の改質繊維1のm/z71抽出イオンクロマトグラムを示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の改質ポリエステル繊維は、エチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合することで機能性が改質されているポリエステル繊維であり、好ましくはポリエステル繊維にエチレン性不飽和有機酸をグラフト重合することで改質されている繊維である。エチレン性不飽和有機酸はカルボキシル基を有するので、エチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合することで繊維の吸湿率や消臭性等の機能性を高めることができる。
【0010】
本発明の繊維として使用するポリエステルは、繊維形成性のポリエステルであれば特に限定されない。ポリエステルの主たるカルボン酸成分としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸等が挙げられ、主たるグリコール成分としては、エチレングリコール、プロピレングリコール、またはテトラメチレングリコール等が挙げられる。ポリエステルとしては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリエチレンイソフタレート、ポリブチレンテレフタレート、あるいはポリエチレン2,6-ナフタレート等の線状ポリエステルを主成分としたものが好ましく、特にポリエチレンテレフタレートが望ましい。
【0011】
また、当該ポリエステルは、用途によっては難燃性、易染性、制電性等の機能性を有する化合物等が共重合されていても、ダル剤、無機粒子等の添加剤が含まれていてもよい。
【0012】
本発明においてエチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合させる方法としては、例えば、ビニル基等の不飽和基を有するエチレン性不飽和有機酸(モノマー)をポリエステルに吸尽させて、少なくともポリエステル繊維内部でモノマー同士を重合させる方法が挙げられる。好ましくはポリエステル分子鎖にモノマーをグラフト重合させて繊維の特性を改質させるのが好ましい。本発明ではこのようにポリエステル繊維内部でエチレン性不飽和有機酸を重合させて繊維を改質することを「グラフト重合」と称する。
【0013】
ポリエステルにグラフト重合する際に用いられるエチレン性不飽和有機酸としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、イタコン酸、クロトン酸、ブテントリカルボン酸等のカルボキシル基を有するエチレン性不飽和有機酸;スチレンスルホン酸等が挙げられ、中でもカルボキシル基を有するエチレン性不飽和有機酸が好ましい。これらは各々、単独または2種以上の混合物としてグラフト重合に用いることができる。エチレン性不飽和有機酸としては、特にアクリル酸及び/又はメタクリル酸が好ましい。また、エチレン性不飽和有機酸以外のエチレン性不飽和単量体を共存させることも可能である。これらのエチレン性不飽和単量体としては、不飽和有機酸エステル類、これらのフッ素や臭素の置換体、リンや硫黄含有化合物など各種の機能性を付与できる化合物が挙げられる。
【0014】
本発明では、脂肪族カルボン酸及び/又は芳香族カルボン酸のアルキルエステル化合物をポリエステル繊維に含有させていることを特徴とする。これにより、これまで得られなかった高いグラフト重合率を達成して機能性を高めたり、従来と同じグラフト重合率であっても高い機能性を発現することができる。脂肪族カルボン酸及び/又は芳香族カルボン酸のアルキルエステル化合物としては、例えば以下に化学式で示す、ジ-2-エチルヘキシル=フタレート(DEHP)、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレートTMPMB(Texanol)、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレートTMPDB(TXIB)を挙げることができる。好ましくは脂肪族カルボン酸のアルキルエステル化合物である2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレート、及びまたは2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレートを用いるのがよい。
【0015】
【0016】
2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレート(TMPMB)
【0017】
2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(TMPDB)
【0018】
脂肪カルボン酸又は芳香族カルボン酸のアルキルエステル化合物をポリエステル繊維に含有させる方法としては、繊維製品を製造するまでの工程でこれらの化合物を添加すればよく、それにより吸湿性や消臭性等の機能性の向上効果を得ることができる。各工程での付与方法としては、繊維製造時に練込んでもよいし、繊維に付着させた後に熱処理したり、吸尽法により繊維内部に含有させてもよい。具体的な例として、ワタ形態であれば、オーバーマイヤー染色機で吸尽処理したり、スプレー等で付与した後に熱処理してもよく、糸形態であればチーズ染色機等を用いて付与してもよいし、織編物や不織布にしてからパディング法や染色機を用いた吸尽法で付与してもよい。好ましくはグラフト重合加工時、又はそれ以前の工程でこれらの化合物をポリエステル繊維に含有させると、高いグラフト重合率の改質繊維が実現でき、グラフト効率を高めてケミカルコストの低減を見込むことができる。より好ましくはグラフト重合加工時に同時に添加することがよい。なお、これらのアルキルエステル化合物は水に溶けにくいため、水系の加工工程を用いる場合はオルトフェニルフェノール(OPP)系、クロルベンゼン系、フタルイミド系等のポリエステル繊維のキャリヤー剤に溶かしてから、キャリヤー剤とともに水に分散させて使用すればよい。キャリヤー剤の使用量はこれらのアルキルエステル化合物に対して5~20倍程度の質量を用いればよい。
【0019】
エチレン性不飽和有機酸を繊維内部で重合させた時の重合による質量増加率(グラフト重合率)は、好ましくは5~60質量%であり、より好ましくは7~55質量%、更に好ましくは10~50質量%であり、特に好ましくは20~45質量%である。グラフト重合率が上記範囲より低いと、吸湿性や消臭性等の機能性が十分発揮できなくなるおそれがある。また、グラフト重合率が上記範囲より高いと、染色堅牢度が低下しやすくなる傾向にある。
グラフト重合率は、グラフト重合前の繊維の絶乾質量(W0)に対する、グラフト重合して洗浄した後の繊維の絶乾質量(W1)の質量増加率から下記の式に従って計算することができる。
グラフト重合率=(W1-W0)×100/W0
【0020】
なお、原料モノマーの使用量が同じ場合、グラフト重合率が高いほど、原料モノマーを効率よく使用し、ケミカルコストを低減したことを意味する。
【0021】
グラフト重合方法は、特に限定されるものではないが、ラジカル重合開始剤、N-アルキルフタルイミド系化合物、界面活性剤、及びエチレン性不飽和有機酸を含む水性乳化液中にポリエステル繊維を浸漬し、加熱処理する方法が好ましい。この方法を用いることにより、効率よく均一にグラフト重合することができ、繊維の物理特性の低下が少なくなる。
【0022】
グラフト重合の処理浴におけるエチレン性不飽和有機酸の濃度は、ポリエステル繊維の質量に対して1~100%owf(on the weight of fiber)が好ましく、より好ましくは5~80%owfであり、更に好ましくは8~60%owfである。これらのモノマー濃度で加工すると、通常0.5~100質量%のグラフト重合率を得ることが可能となる。この範囲ではモノマー濃度が高いほどグラフト重合率が向上して、それに応じて機能性が高まる傾向がある。
【0023】
ラジカル重合開始剤としては、過酸化ベンゾイル(BPO)、トルイルパーオキサイド、芳香族アルキルパーオキサイド系化合物、ジクロルベンゾイルパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、アゾビスイソブチロニトリル、キュメンハイドロパーオキサイド、過安息香酸、過安息香酸エステル等が挙げられる。なお、ラジカル重合開始剤の使用量は、繊維質量に対して0.1~10%owf程度であることが好ましい。また、ラジカル重合開始剤は疎水性であることが好ましい。
【0024】
本発明では、エチレン性不飽和有機酸の吸尽を促進したり、開始剤の水への分散性を改善するためにキャリヤー能を有する化合物を使用するのが好ましい。このキャリヤー能を有する化合物としては、オルトフェニルフェノール(OPP)系、クロルベンゼン系、フタルイミド系の化合物等を用いることができる。使いやすさや加工トラブルが起こりにくいことからフタルイミド系化合物が好ましく用いられる。フタルイミド系化合物は、フタルイミド基を有する化合物であり、フタルイミドのN基に脂肪族もしくは芳香族のアルキル基を有するN置換フタルイミド化合物が好ましく、加工処理後の製品への残存量、臭気、安全性、取り扱い性を考えると、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル等の低分子量脂肪族アルキル基を有するN-アルキルフタルイミド系化合物がより好ましい。また、これらの化合物は単独で用いても、数種類混合して用いてもよい。フタルイミド系化合物の使用量は、グラフト重合浴中、0.01質量%以上4質量%以下が好ましい。安全性、処理液コスト、反応性の点から、より好ましくは0.1質量%以上1.0質量%以下である。この範囲より少ないと、重合効率が低下しやすい。またこの範囲より使用量を増やしても、重合率は高くならずに臭気が残りやすくなる。
【0025】
グラフト重合処理浴の安定化のために、非イオン型界面活性剤、アニオン型界面活性剤、カチオン型界面活性剤、両性界面活性剤、非イオンアニオン型界面活性剤、非イオンカチオン型界面活性剤などの界面活性剤が用いることができる。これらは単独又は場合によっては2種以上の併用で用いられるが、乳化系の安定性及びグラフト重合の効率の面からは、非イオン系界面活性剤、非イオンアニオン型界面活性剤又は非イオン型界面活性剤とアニオン型活性剤の混合物を用いることが好ましい。
【0026】
グラフト重合処理中にポリエステル繊維を浸漬して加熱処理する場合、処理条件は通常50℃~150℃で5分~3時間であり、好ましくは70℃~130℃で30分~2時間である。処理中の雰囲気としては空気中でもよいが、窒素ガス置換して窒素ガス雰囲気中で処理する方が好ましい。
【0027】
これらの方法によりエチレン性不飽和有機酸をグラフト重合させた繊維は、重合直後は酸型のカルボキシル基を有するが、これをpHの高い浴中で処理して重合したエチレン性不飽和有機酸の酸末端基の一部をアルカリ金属塩化することにより、吸湿性を高めることができる。また、エチレン性不飽和有機酸の酸末端基の一部はアルカリ金属塩化せずに残すとよい。残った酸性末端基により、強力なアンモニア消臭性能を得ることができる。
【0028】
このアルカリ金属塩化に用いる金属塩としては、リチウム、ナトリウム、カリウム等が挙げられ、塩基性アルカリ金属化合物としては、具体的には炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、リン酸-2-ナトリウム、リン酸-3-ナトリウムなど無機弱酸のアルカリ金属塩、酢酸ナトリウム、プロピオン酸ナトリウムなど有機弱酸のアルカリ金属塩、亜硫酸ナトリウム、珪酸ナトリウム等の水に溶けてアルカリ性を示す化合物が挙げられる。これらは単独または2種以上の混合物として用いられる。本発明では、該アルカリ金属化合物は、液pHが12未満の濃度で使用するのが好ましい。高pHのアルカリ液を用いると、改質繊維が大きく膨潤して、染色したときに染色堅牢度が低下してしまうからである。例えばトリポリリン酸ナトリウム等のポリリン酸塩は、pH調整が容易で好ましく使える。なお、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどの強アルカリになるアルカリ金属水酸化物は、弱アルカリ域での液pHの調整が難しいため、他の弱アルカリ塩を使用するのが好ましい。なお、グラフト重合したポリエステル繊維のアルカリ金属塩化処理は、一般には常温から100℃の範囲の温度で行うのが好ましい。
【0029】
上記のアルカリ金属化合物と共に用いられてもよい金属イオン封鎖剤としては、公知の物質が使用できる。一般に金属イオン封鎖剤としては、ピロリン酸ナトリウム、トリリン酸ナトリウム、トリメタリン酸ナトリウム、テトラメタリン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム等の縮合リン酸塩類、エチレンジアミンテトラ酢酸の2ナトリウム塩、エチレンジアミンテトラ酢酸の4ナトリウム塩、エチレンジアミンテトラ酢酸の2アンモニウム塩、エチレンジアミンテトラ酢酸の4アンモニア塩等のエチレンジアミンテトラ酢酸塩、N-ヒドロキシエチルエチレンジアミン-N、N’N’-トリ酢酸類、ジエチレントリアミンペンタ酢酸、グリコールエーテルジアミンテトラ酢酸、シクロヘキサンジアミンテトラ酢酸、ニトリロトリ酢酸類等が挙げられる。これらの金属イオン封鎖剤の使用量は、用水中に溶存する多価金属イオンの量にもよるが、一般には0.01g/L~5g/Lの濃度である。
【0030】
上記の方法により得られた改質ポリエステル繊維は、20℃×65%RH環境下での吸湿率が3~30%、さらには5~30%、さらには9~30%であり、なおかつアンモニア等の塩基性臭気や酢酸等の酸性臭気に対して高い消臭性能を有することができる。この場合のアンモニア消臭性能とは、5Lのポリ容器に100ppmの濃度になるようにアンモニア水を滴下し、そのポリ容器に10cm×10cmのサンプルを入れ、密閉し120分後のポリ容器中のアンモニア濃度が30ppm以下になるような性能を言う。アンモニア濃度は、(株)ガステック社製のガス検知管を使用して測定する。120分後に30ppmより高いアンモニア濃度であれば、実使用において臭気の吸収は不十分であり、十分なアンモニア消臭性能とはいえない。
【0031】
具体的には、本発明の改質ポリエステル繊維は、酢酸、イソ吉草酸、アンモニアの各消臭性能に関して、酢酸消臭率≧90%,イソ吉草酸≧90%,アンモニア消臭率≧90%を満たすことができる。より好ましくは、酢酸消臭率≧95%,イソ吉草酸≧95%,アンモニア消臭率≧95%を満たすことができる。
【0032】
本発明の改質ポリエステル繊維の吸湿性や消臭性等の機能性を安定的に発揮させるためには、染色加工後の繊維自身のpHをコントロールすることが好ましい。本発明の改質ポリエステル繊維を使用した繊維製品の仕上げでの抽出pHは、下限としては4以上、好ましくは4.5以上であり、より好ましくは6以上に調整し、上限としては10以下、好ましくは8.9以下、より好ましくは7.9以下に調整することが好ましい。抽出pHが上記範囲未満の場合には吸湿性や消臭性等の機能性が低下しやすくなり、また抽出pHが上記範囲を超えると染色堅牢度が低下しやすくなる。このように抽出pHを特定の範囲に調整することにより、従来は、グラフト重合率が10質量%を超えると、摩擦堅牢度や洗濯堅牢度等の湿潤染色堅牢度が低下し易くなり実用的な使い方はできなかったが、グラフト重合率を10質量%より高めても染色堅牢度の低下を抑制することが可能となる。繊維の抽出pHを前記範囲に調整するには、例えば水溶液がアルカリ性になる塩基性アルカリ金属化合物等を使って、処理浴をpH12未満の酸性~弱アルカリ性浴に調整して繊維製品を浸漬して処理する。具体的には染色後の洗浄最終液及び/又は仕上液のpHを、好ましくは5~10、より好ましくは5.5~9に調整するのがよい。これは製品の抽出pHを上記範囲(弱酸~弱アルカリ)にコントロールするためである。なお、この処理浴からCaイオンやMgイオンを除去するために金属イオン封鎖剤を添加したり、逆に二価や三価の金属イオンを添加しても構わない。
【0033】
本発明の改質ポリエステル繊維を用いた繊維製品は、その形態として、ワタ、トウ、糸、織物、編物、不織布などのいずれでもよい。また、それらを用いて縫製された衣料品、寝装品、インテリア用品、その他小物等、染色された製品も繊維製品に含まれる。
【0034】
繊維製品への本発明の改質ポリエステル繊維の混率は、繊維質量全体に対して5質量%以上であることが好ましい。これにより、未改質繊維のみでできた繊維製品と比べて、吸湿性、消臭性等の機能性で有意な差を得ることができる。混率は、好ましくは10~100質量%、より好ましくは20~100質量%である。混率が少ないと、改質ポリエステル繊維の機能性の効果が繊維製品に発現しにくい。繊維製品には前記改質ポリエステル繊維以外の成分として、ポリエチレンテレフタレート繊維、ポリブチレンテレフタレート繊維、ポリ乳酸繊維等のポリエステル繊維;ナイロン6、ナイロン66等のポリアミド繊維;レーヨン、ポリノジック、キュプラ、リヨセル等の再生繊維;アセテート繊維、トリアセテート繊維等の半合成繊維;綿等の天然繊維が含まれていてもよい。これらの繊維は改質されていても改質されていなくても、いずれであってもよい。
【0035】
本発明の繊維製品は、改質ポリエステル繊維のみで繊維製品にすることもできるが、生産コストや紡績糸等の品質向上から、未改質のポリエステル繊維や他の繊維と混用することが好ましい。例えば、ポリエステル100%の繊維製品であれば、20℃×65%RH環境下での吸湿率として、繊維製品全体として吸湿率1.0%以上になるようにすれば、未改質のポリエステル繊維製品と比べて吸湿性の差を感じることができる。より好ましくは1.5%以上、更に好ましくは3%以上になるように改質ポリエステル繊維の混率などを調整することが好ましい。
【0036】
本発明の繊維製品は、弱酸性から弱アルカリ性に調整すると、各種機能性がバランスよく発現し、また家庭洗濯による生地pHの変化が少ないので、洗濯後の性能変化が少なくなる。但し、高い吸湿性を求めるのであれば、繊維のpHは10程度に高めるのが好ましい。
【0037】
本発明の改質ポリエステル繊維は、高い吸湿性と消臭性を兼ね備えることができ、従来ポリエステル繊維を用いた場合に問題となっていたベタつき、蒸し暑さという点を改善することができる上に、高い汗消臭性や適度なpHバランス性を有するので、発汗による汗臭や皮膚表面のpH変化の不快感を軽減することができる。また、本発明の繊維製品は、特にアンモニア臭の消臭に優れているため、衣料品だけでなく生活資材・インテリア、ペット用品等にも好適である。本発明の改質ポリエステル繊維は、洗濯耐久性も抜群であり、高い吸湿性、消臭性を製品寿命まで継続して享受することができる。
【実施例0038】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限を受けるものではない。
【0039】
<グラフト重合率>
グラフト重合前の繊維の絶乾質量(W0)に対する、グラフト重合して洗浄した後の繊維の絶乾質量(W1)の質量増加率から下記の式に従って計算した。
グラフト重合率=(W1-W0)×100/W0
尚、絶乾質量は、120℃熱風乾燥機で4時間乾燥させた後、シリカゲル入りデシケーターで室温まで徐冷して測定される乾燥質量である。
【0040】
<繊維に含まれるTMPDB、TMPMBの定量方法>
試料0.1g程度を秤量し、クロロホルム30mLにて、超音波抽出(60min×3回)した。各抽出液をGCMSにて測定し、TMPDB、TMPMBを定量した。TMPDB、TMPMB標準をクロロホルムで希釈した標準液のm/z71抽出イオンクロマトグラムを測定して、検量線を作成して、各試料液について検量線の回帰式によりTMPDB、TMPMBの含有量を算出した。参考のため、
図1に標準TMPDBの検量線を示す。(標準液濃度:ピーク面積値 0.107μg/ml:area8645,1.07μg/ml:area87906,10.67μg/ml:area939878)なお、TMPMBについては標準溶液の測定において異性体混合物として2つのピークが検出されるため、2種の異性体の総量として算出した。
(GCMS分析条件)
装置:アジレントテクノロジー社製 HP-7890/HP-5975(Agilent)、カラム:Rxi-1ms(長さ30m、内径0.25mm、膜厚1.0μm)、注入口温度:280℃、カラム流量:1mL/min、スプリット比:10、カラムオーブン温度:50℃(2min)-280℃(15min),15℃/min、
MS測定モード:SIM、TMPDB(43,56,71)、TMPMB(43,56,71) 定量イオン:m/z71
【0041】
<吸湿率>
繊維製品の絶乾質量(S0)を求めた後、標準状態(20℃×相対湿度65%)の環境で48時間放置した後の繊維製品の質量(S1)を求め、これらの値から質量増加量から計算して吸湿率とした。
吸湿率(質量%)=(S1-S0)×100/S0
【0042】
<グラフト繊維の混率>
ポリエステル以外の繊維と混用している場合は、JIS-L1030により繊維鑑別及び繊維混用率を求めた。また、通常のポリエステル繊維と改質ポリエステル繊維を混用している場合は、色や繊維外観(太さ、断面、光沢等)で分別できる場合は、拡大鏡を使って繊維分別する。色や外観で分別できない場合は、繊維製品をカチオン染料を用いて、常温染色により改質繊維を染色した後、拡大鏡を使って繊維分別を行う。その後、分別した改質繊維を、染料が溶出しなくなるまで80℃酢酸水溶液で湯洗い・水洗いを繰り返した後、標準状態で平衡水分率になるまで放置し、質量測定を行って混率を求めた。
【0043】
<摩擦堅牢度>
JIS-L0849 摩擦試験機II形(学振形)により測定した。添付白布、乾燥/湿潤の条件はJIS-L0849の規定に準じて行い、汚染性を級判定した。
【0044】
<抽出液のpH>
JIS-L1096:2020 8.37抽出液のpH A法(JIS法)に基づいて測定した。
【0045】
<アンモニア消臭率>
テドラーバック(ポリフッ化ビニリデンフィルム製)に織編物10cm×10cmを入れて密封し、アンモニアを100ppmの濃度になるように封入し、120分間放置した後、ガス検知管を使用してアンモニア濃度を測定した。濃度の減少率から、アンモニアの消臭率を算出した。
【0046】
<酢酸消臭率>
テドラーバック(ポリフッ化ビニリデンフィルム製)に織編物10cm×10cmを入れて密封し、酢酸を50ppmの濃度になるように封入し、120分間放置した後、ガス検知管を使用して酢酸濃度を測定した。濃度の減少率から、酢酸の消臭率を算出した。
【0047】
<イソ吉草酸消臭率>
テドラーバック(ポリフッ化ビニリデンフィルム製)に織編物6cm×8cmを入れて密封し、さらに窒素ガスを2L入れた。その後、イソ吉草酸を約38ppmの濃度になるように封入し、120分間放置した後、ガスクロマトグラフィー法にてイソ吉草酸濃度を測定した。濃度の減少率から、イソ吉草酸の消臭率を算出した。
【0048】
(実施例1)
ポリエチレンテレフタレート(固有粘度0.633)を、中空丸断面繊維用紡糸ノズルを用いてポリマー温度288℃、紡糸速度1600m/分で紡糸した。その後、延伸温度112℃、延伸倍率2.32、延伸速度140m/分で延伸し、捲縮付与後、カットファイバーとした。得られた中空断面のポリエステル短繊維は、繊度6.5dtex、カット長64mmであった。
【0049】
次に、該ポリエステル短繊維のワタを、オーバーマイヤー染色機を用いて精練・水洗した後、下記処方1によりグラフト重合処理を行って改質繊維1を作製した。その後、湯洗いし、この繊維をソーダ灰水溶液1g/Lで60℃、10分間処理した後、イオン交換水で水洗して繊維の抽出pHを7.9~8.1になるように調整した。更にオイリングして取り出した。この改質繊維1のグラフト重合率は30質量%であった。
(処方1)
99%メタクリル酸40%owf、過酸化ベンゾイル(75%含湿品)0.8%owf、2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(TMPDB)0.4%owf、キレート剤(ニトリロ三酢酸・二ナトリウム)0.5g/L、キャリヤー剤(N-ブチルフタルイミド)5g/L、ノニオン系分散剤1%owf、ソーダ灰で処理液pHを3.2に調整。浴比1:10、処理温度105℃、処理時間90分
【0050】
引き続いて改質繊維1を30質量%と改質前の未改質繊維を70質量%との混率となるように計量して混合し、混打綿して均一に混合することで枕用の中ワタを作製した。実施例1の改質繊維1と中ワタの評価結果を表1に示す。また、改質繊維1のTMPDB含有率を計算するためのm/z71抽出イオンクロマトグラムを
図2に示す。
【0051】
(実施例2)
処方1の2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(TMPDB)の濃度を0.1%owfに変更した以外は、実施例1と同様にグラフト重合処理を行い、改質繊維2と中ワタを作製した。実施例2の改質繊維2と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0052】
(実施例3)
処方1の2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(TMPDB)の濃度を2.5%owfに変更した以外は、実施例1と同様にグラフト重合処理を行い、改質繊維3と中ワタを作製した。実施例3の改質繊維3と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0053】
(実施例4)
処方1のメタクリル酸をアクリル酸に変更した以外は、実施例1と同様にグラフト重合処理を行い、改質繊維4と中ワタを作製した。実施例4の改質繊維4と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0054】
(実施例5)
処方1のメタクリル酸の濃度を10%owfに変更した以外は、実施例1と同様にグラフト重合処理を行い、改質繊維5と中ワタを作製した。実施例5の改質繊維5と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0055】
(実施例6)
処方1の2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(TMPDB)を2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールモノイソブチレート(TMPMB)に変更した以外は、実施例1と同様にグラフト重合処理を行い、改質繊維6と中ワタを作製した。実施例6の改質繊維6と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0056】
(実施例7)
ポリエチレンテレフタレートを ポリトリメチレンテレフタレート(固有粘度0.95)に変更し、ポリマー温度を265℃に変更して紡糸する以外は、実施例1と同様に中空断面のポリエステル短繊維(繊度6.5dtex、カット長64mm)を得た。この短繊維を実施例1と同様に処方1にてグラフト重合処理を行い、改質繊維7と中ワタを作製した。実施例7の改質繊維7と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0057】
(実施例8)
処方1で処理したポリエステル短繊維を、ソーダ灰の代わりに苛性ソーダ水溶液10g/Lで40℃、10分間処理した後、イオン交換水で水洗して繊維の抽出pHを9.8に調整して改質繊維8と中ワタを作製した。実施例8の改質繊維8と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0058】
(実施例9)
処方1の2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(TMPDB)をジ-2-エチルヘキシル=フタレート(DEHP)に変更した以外は、実施例1と同様にグラフト重合処理を行い、改質繊維9と中ワタを作製した。実施例9の改質繊維9と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0059】
(実施例10)
処方1のメタクリル酸の濃度を55%owfに変更した以外は、実施例1と同様にグラフト重合処理を行い、改質繊維10と中ワタを作製した。実施例10の改質繊維10と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0060】
(比較例1)
実施例1における処方1の2,2,4-トリメチル-1,3-ペンタンジオールジイソブチレート(TMPDB)を添加しない処方で処理した以外は、実施例1と同様に行って改質繊維11と中ワタを作製した。比較例1の改質繊維11と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0061】
(比較例2)
実施例1において処方1で処理しない未改質のポリエステル短繊維と中ワタを作製した。比較例2の未改質繊維と中ワタの評価結果を表1に示す。
【0062】
【0063】
表1からわかるように、特定のアルキルエステル化合物を含有させた実施例1~10の改質ポリエステル繊維を使用した中ワタは、極めて高い吸湿率及び消臭性を示したが、アルキルエステル化合物を含有させていない比較例1の改質ポリエステル繊維を使用した中ワタは、メタクリル酸(エチレン性不飽和有機酸)の加工濃度が実施例1と同一であるにもかかわらず、グラフト重合率が明らかに低く、実施例1と比べて吸湿率及びイソ吉草酸に対する消臭率が大きく劣っていた。また、比較例2の未改質ポリエステル繊維を使用した中ワタは、実施例1と比べて吸湿率、及び酢酸、イソ吉草酸、アンモニアのいずれに対する消臭率も顕著に劣っていた。
本発明の改質ポリエステル繊維は、高いグラフト重合率による改質、及び特定のアルキルエステル化合物による消臭性等の機能性の向上を達成しているので、各種の繊維製品を取り扱う分野において極めて有用である。