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特開2025-8606波形計測装置、波形計測方法、波形計測プログラム
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  • 特開-波形計測装置、波形計測方法、波形計測プログラム 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025008606
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】波形計測装置、波形計測方法、波形計測プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3586 20140101AFI20250109BHJP
【FI】
G01N21/3586
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023110908
(22)【出願日】2023-07-05
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100116274
【弁理士】
【氏名又は名称】富所 輝観夫
(72)【発明者】
【氏名】谷内 華菜
(72)【発明者】
【氏名】村野 賢一
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB08
2G059EE01
2G059EE04
2G059FF04
2G059GG01
2G059GG08
2G059GG10
2G059HH05
2G059JJ19
2G059KK10
2G059LL01
2G059MM05
(57)【要約】
【課題】テラヘルツ波パルス等の電磁波パルスの波形の計測時間を短縮できる波形計測装置等を提供する。
【解決手段】波形計測装置1は、発振パルスOPに基づいて、実質的に同じ周波数の電磁波パルスEMPを発振する電磁波発振部23と、発振パルスOPと実質的に同じ周波数の検出パルスDPに基づいて、電磁波パルスEMPを検出する電磁波検出部24と、検出パルスDPの経路長を変更する経路長変更部25と、経路長変更部25によって経路長を変更しながら、サンプルSに照射された後の電磁波パルスEMP’を電磁波検出部24に検出させることで、当該電磁波パルスEMP’のサンプル波形を計測する波形計測部3と、サンプルSがない状態における電磁波パルスEMPのリファレンス波形に対するサンプル波形の時間的遅延を低減する方向に経路長を調整し、サンプル波形の計測開始時における初期経路長を設定する初期経路長設定部42と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発振パルスに基づいて発振される電磁波パルスの波形を計測する波形計測装置であって、
前記発振パルスおよび検出パルスの少なくともいずれかの経路長を変更する経路長変更部と、
前記経路長変更部によって前記経路長を変更しながら、サンプルに照射された後の前記電磁波パルスを前記検出パルスに基づいて検出することで、当該電磁波パルスの波形であるサンプル波形を計測する波形計測部と、
前記サンプルがない状態における前記電磁波パルスの波形であるリファレンス波形に対する前記サンプル波形の時間的遅延を低減する方向に前記経路長を調整し、前記サンプル波形の計測開始時における初期経路長を設定する初期経路長設定部と、
を備える波形計測装置。
【請求項2】
前記発振パルスに基づいて、当該発振パルスと実質的に同じ周波数の前記電磁波パルスを発振する電磁波発振部と、
前記発振パルスと実質的に同じ周波数の前記検出パルスに基づいて、前記電磁波パルスを検出する電磁波検出部と、
を備え、
前記経路長変更部は、前記電磁波発振部および前記電磁波検出部の少なくともいずれかの前段に設けられ、
前記波形計測部は、前記経路長変更部によって前記経路長を変更しながら、前記サンプルに照射された後の前記電磁波パルスを前記電磁波検出部に検出させることで、前記サンプル波形を計測する、
請求項1に記載の波形計測装置。
【請求項3】
前記波形計測部は、前記経路長変更部によって前記経路長を変更しながら、前記サンプルがない状態における前記電磁波パルスを前記電磁波検出部に検出させることで、当該電磁波パルスの波形である前記リファレンス波形を計測する、請求項2に記載の波形計測装置。
【請求項4】
前記初期経路長設定部は、前記リファレンス波形の計測開始時における初期経路長を、前記サンプル波形の計測開始時における初期経路長と異なるように設定する、請求項3に記載の波形計測装置。
【請求項5】
前記波形計測部は、前記サンプル波形のピークであるサンプルピークおよび前記リファレンス波形のピークであるリファレンスピークを計測し、
前記初期経路長設定部は、前記サンプルピークより所定の前計測期間だけ前に前記サンプル波形の計測が開始されるような前記初期経路長を設定し、前記リファレンスピークより同じ前計測期間だけ前に前記リファレンス波形の計測が開始されるような前記初期経路長を設定する、
請求項4に記載の波形計測装置。
【請求項6】
前記波形計測部は、
前記サンプルピークより前記前計測期間だけ前から、当該サンプルピークより所定の後計測期間だけ後まで、前記サンプル波形を計測し、
前記リファレンスピークより前記前計測期間だけ前から、当該リファレンスピークより同じ後計測期間だけ後まで、前記リファレンス波形を計測する、
請求項5に記載の波形計測装置。
【請求項7】
前記波形計測部は、前記サンプル波形のピークであるサンプルピークおよび前記リファレンス波形のピークであるリファレンスピークを計測し、
前記初期経路長設定部は、前記波形計測部によって計測される前記サンプル波形および前記リファレンス波形において、前記サンプルピークおよび前記リファレンスピークが重なるように前記各初期経路長を設定する、
請求項4に記載の波形計測装置。
【請求項8】
一定周波数の基本パルスを生成する基本パルス生成部と、
前記基本パルスを、前記発振パルスおよび前記検出パルスに分割するパルス分割部と、
を備える請求項1から7のいずれかに記載の波形計測装置。
【請求項9】
前記基本パルス生成部は、前記基本パルスとしてのレーザパルスを生成する、請求項8に記載の波形計測装置。
【請求項10】
前記電磁波パルスは、テラヘルツ波パルスである、請求項1から7のいずれかに記載の波形計測装置。
【請求項11】
発振パルスに基づいて、電磁波パルスを発振することと、
検出パルスに基づいて、前記電磁波パルスを検出することと、
前記発振パルスおよび前記検出パルスの少なくともいずれかの経路長を変更することと、
前記経路長を変更しながら、サンプルに照射された後の前記電磁波パルスを検出することで、当該電磁波パルスの波形であるサンプル波形を計測することと、
前記サンプルがない状態における前記電磁波パルスの波形であるリファレンス波形に対する前記サンプル波形の時間的遅延を低減する方向に前記経路長を調整し、前記サンプル波形の計測開始時における初期経路長を設定することと、
を実行する波形計測方法。
【請求項12】
発振パルスに基づいて、電磁波パルスを発振することと、
検出パルスに基づいて、前記電磁波パルスを検出することと、
前記発振パルスおよび前記検出パルスの少なくともいずれかの経路長を変更することと、
前記経路長を変更しながら、サンプルに照射された後の前記電磁波パルスを検出することで、当該電磁波パルスの波形であるサンプル波形を計測することと、
前記サンプルがない状態における前記電磁波パルスの波形であるリファレンス波形に対する前記サンプル波形の時間的遅延を低減する方向に前記経路長を調整し、前記サンプル波形の計測開始時における初期経路長を設定することと、
をコンピュータに実行させる波形計測プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、波形計測装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、テラ(1012)ヘルツ領域の周波数を有する電磁波であるテラヘルツ波を使用してサンプルを検査する、いわゆるテラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS: Terahertz Time-Domain Spectroscopy)の一例が開示されている。一般的なテラヘルツ時間領域分光法では、サンプルに照射された後のテラヘルツ波パルスの時間的な波形(時間波形)を計測するために、当該テラヘルツ波パルスと実質的に同じ周波数の検出パルス(以下では、プローブ光やプローブパルスとも表される)が使用される。プローブ光が伝播する経路長または光路長を順次変えることで、当該プローブ光によって検出対象のテラヘルツ波パルスを時間領域において実質的にスキャンできるため、当該テラヘルツ波パルスの時間波形が得られる。
【0003】
テラヘルツ時間領域分光法では、サンプルがある状態におけるテラヘルツ波パルスの波形であるサンプル波形に加えて、サンプルがない状態におけるテラヘルツ波パルスの波形であるリファレンス波形が利用されることがある。リファレンス波形からのサンプル波形の振幅や位相の変化が、サンプルについての有益な情報をもたらす。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-150873号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的に、テラヘルツ波パルスは、サンプルの厚さや屈折率等の影響によって、サンプルを通過する際に時間的な遅延を受ける。このため、サンプル波形は、同じ計測条件の下で得られたリファレンス波形より時間的に遅れて現れる。このように時間差を伴って現れるリファレンス波形およびサンプル波形を確実に捕捉するため、時間領域における波形計測範囲を大きく設定しておく必要があった(波形計測範囲が小さいと、例えば、リファレンス波形に対して遅れて現れるサンプル波形の後ろの方が切れてしまう)。時間領域における波形計測範囲を大きくすることは、波形計測時におけるプローブ光の光路長の総変更距離を大きくすることと等価であり、波形計測時間の長期化を招く。
【0006】
本開示はこうした状況に鑑みてなされたものであり、テラヘルツ波パルス等の電磁波パルスの波形の計測時間を短縮できる波形計測装置等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の波形計測装置は、発振パルスに基づいて発振される電磁波パルスの波形を計測する波形計測装置であって、発振パルスおよび検出パルスの少なくともいずれかの経路長を変更する経路長変更部と、経路長変更部によって経路長を変更しながら、サンプルに照射された後の電磁波パルスを検出パルスに基づいて検出することで、当該電磁波パルスの波形であるサンプル波形を計測する波形計測部と、サンプルがない状態における電磁波パルスの波形であるリファレンス波形に対するサンプル波形の時間的遅延を低減する方向に経路長を調整し、サンプル波形の計測開始時における初期経路長を設定する初期経路長設定部と、を備える。
【0008】
本態様では、リファレンス波形に対するサンプル波形の時間的遅延が低減されるように、当該サンプル波形の計測開始時における初期経路長が設定される。この結果、リファレンス波形およびサンプル波形の時間差が小さくなるため、時間領域におけるサンプル波形の計測範囲(サンプル波形の計測時における経路長変更部の経路長の総変更距離)を従来より小さく設定でき、サンプル波形の計測時間を短縮できる。
【0009】
本開示の別の態様は、波形計測方法である。この方法は、発振パルスに基づいて、電磁波パルスを発振することと、検出パルスに基づいて、電磁波パルスを検出することと、発振パルスおよび検出パルスの少なくともいずれかの経路長を変更することと、経路長を変更しながら、サンプルに照射された後の電磁波パルスを検出することで、当該電磁波パルスの波形であるサンプル波形を計測することと、サンプルがない状態における電磁波パルスの波形であるリファレンス波形に対するサンプル波形の時間的遅延を低減する方向に経路長を調整し、サンプル波形の計測開始時における初期経路長を設定することと、を実行する。
【0010】
なお、以上の構成要素の任意の組合せや、これらの表現を方法、装置、システム、記録媒体、コンピュータプログラム等に変換したものも、本開示に包含される。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、テラヘルツ波パルス等の電磁波パルスの波形の計測時間を短縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】波形計測装置の構成を模式的に示す。
図2】波形計測装置によって計測されるサンプル波形およびリファレンス波形の例を示す。
図3】偏光計測の例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下では、図面を参照しながら、本開示を実施するための形態(以下では実施形態とも表される)について詳細に記述する。記述および/または図面においては、同一または同等の構成要素、部材、処理等に同一の符号を付して重複する記述を省略する。図示される各部の縮尺や形状は、記述の簡易化のために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。実施形態は例示であり、本開示の範囲を何ら限定するものではない。実施形態において提示される全ての特徴やそれらの組合せは、必ずしも本開示の本質的なものであるとは限らない。実施形態は、便宜的に、それを実現する機能毎および/または機能群毎の構成要素に分解されて提示される。但し、実施形態における一つの構成要素が、実際には別体としての複数の構成要素の組合せによって実現されてもよいし、実施形態における複数の構成要素が、実際には一体としての一つの構成要素によって実現されてもよい。
【0014】
図1は、本開示の実施形態に係る波形計測装置1の構成を模式的に示す。波形計測装置1は、サンプルSおよび/または当該サンプルSと同種の不図示の対象物(以下では、サンプルSと対象物を区別する必要がある場合を除いて、サンプルSと総称される)の特性や内部状態の検査等のために、サンプルSに照射された後の電磁波パルスの波形を計測する。図示されるように、サンプルSに照射される前の電磁波パルスはEMPと表され、サンプルSに照射された後の電磁波パルスはEMP’と表される。典型的には、電磁波パルスEMP’は、サンプルSを透過または通過した電磁波パルスEMPである。なお、以下では、サンプルS照射前の電磁波パルスEMPおよびサンプルS照射後の電磁波パルスEMP’は、特に区別される必要がある場合を除いて電磁波パルスEMPと総称される。
【0015】
本実施形態では、テラヘルツ領域の周波数を有するテラヘルツ波のパルスが電磁波パルスEMPとして使用される。テラヘルツ波は、低周波数の電波と高周波数の光の中間的な性質を有し、例えば、一般的な光が透過できない高分子材料も電波のように透過できる。また、テラヘルツ波は、生体分子その他の高分子材料における固有振動による吸収等の強い作用を受ける。このような特徴から、テラヘルツ波は、高分子材料の分光計測(スペクトル計測)に好適に使用される。但し、本開示に係る波形計測装置は、テラヘルツ波より周波数が高い任意の光や、テラヘルツ波より周波数が低い任意の電波(例えば、ギガ(109)ヘルツ領域の周波数を有するギガヘルツ波)を、テラヘルツ波に代えてまたは加えて使用できる。
【0016】
電磁波パルスEMPとしてテラヘルツ波パルスを使用するテラヘルツ時間領域分光法によれば、電磁波パルスEMP’の波形計測を通じて、サンプルSの各種の特性や内部状態を計測できる。例えば、サンプルSにおける屈折率異方性、誘電率異方性、吸光度、残留応力、歪み、配向、内部構造、劣化等が、テラヘルツ時間領域分光法によって計測されうる。なお、後述するように、例えば、サンプルSの屈折率異方性や誘電率異方性の計測のためには、互いに異なる偏光(例えば、水平偏光と垂直偏光)を有する複数種類の電磁波パルスEMPを使用した偏光計測が行われる、一方、例えば、サンプルSの吸光度の計測では、単一の電磁波パルスEMPが使用される。
【0017】
図1は、波形計測装置1がサンプルSに対して行う予備計測に関する構成を模式的に示す。ここで、予備計測とは、サンプルSと同種の典型的には多数の対象物(不図示)に対する本計測に使用される各種の計測パラメータを適切に設定するために、サンプルSに対して予備的に行われる分光計測である。後述するように、本実施形態では、波形計測範囲設定部4における各種の計測パラメータが、波形計測部3を通じたサンプルSに対する予備計測を通じて適切に設定される。サンプルSと同種の対象物に対する本計測では、予備計測を通じて設定された波形計測範囲設定部4における各種のパラメータに基づいて、当該対象物に照射された後の電磁波パルスEMP’の波形を波形計測部3によって計測する。
【0018】
なお、サンプルSと対象物が「同種」であるとは、波形計測範囲設定部4における共通のパラメータを使用して有意な計測が行われうる程度に、両者が類似していることを意味する。例えば、サンプルSおよび対象物が実質的に同じ材料で、実質的に同じ形状や厚さ(電磁波パルスEMPが透過する寸法)に形成されている場合、両者は「同種」であるといえる。同様に、例えば、サンプルSおよび対象物が、実質的に同じ製造装置(例えば、射出成形機)および/または実質的に同じ製造方法によって製造された実質的に同じ製品(例えば、樹脂成形品)である場合、両者は「同種」であるといえる。このように、サンプルSおよび対象物は同じ製品群に属していてもよい。また、サンプルSは、当該製品群から予備計測のために抽出された一または複数の少数の製品でもよい。
【0019】
図1において、波形計測装置1は、電磁波分光計測部2と、波形計測部3と、波形計測範囲設定部4と、ユーザ入力部5と、を備える。波形計測装置1が以下で説明する作用および/または効果の少なくとも一部を実現できる限り、これらの機能ブロックの一部は省略できる。これらの機能ブロックは、コンピュータの中央演算処理装置、メモリ、入力装置、出力装置、コンピュータに接続される周辺機器等のハードウェア資源と、それらを用いて実行されるソフトウェアの協働により実現されてもよい。コンピュータの種類や設置場所は問わず、上記の各機能ブロックは、単一のコンピュータのハードウェア資源で実現してもよいし、複数のコンピュータに分散したハードウェア資源を組み合わせて実現してもよい。
【0020】
電磁波分光計測部2は、テラヘルツ時間領域分光法における物理的な分光計測を担うテラヘルツ波分光計測部である。電磁波分光計測部2は、基本パルス生成部21と、パルス分割部22と、電磁波発振部23と、電磁波検出部24と、経路長変更部25と、を備える。
【0021】
基本パルス生成部21は、一定周波数(繰返し周波数)の基本パルスBPを生成する。基本パルス生成部21の構成や方式は任意であるが、本実施形態の例では、一定周波数のレーザパルスを基本パルスBPとして生成可能なパルスレーザ装置によって基本パルス生成部21が構成される。
【0022】
後述するように、基本パルスBPの一部は、電磁波発振部23に向かう発振パルスOPになる。このような基本パルスBPまたは発振パルスOPの周波数等の光学的特性は、電磁波発振部23における電磁波パルスEMPの発振が適切に行われるように決定される。電磁波発振部23が電磁波パルスEMPとしてテラヘルツ波パルスを発振する本実施形態の例では、例えば、テラヘルツ波の発振に好適な約800nm(例えば、780nm)の波長のレーザ光による数10MHz~100MHzの繰返し周波数のレーザパルス(フェムト秒レーザとも呼ばれる)が、基本パルスBPおよび発振パルスOP(および、検出パルスDP)として使用される。
【0023】
なお、本明細書において「周波数が実質的に同じ」であるとは、各種のパルスについて繰返し周波数が実質的に同じであることを意味する。具体的には、後述するように、基本パルスBP、発振パルスOP、検出パルスDP、電磁波パルスEMPが、実質的に同じ周波数(例えば、数10MHzの繰返し周波数)を有する。
【0024】
ビームスプリッタ等によって構成されるパルス分割部22は、基本パルス生成部21が生成した基本パルスBPを、電磁波発振部23に向かう発振パルスOPと、電磁波検出部24に向かう検出パルスDPに分割する。このため、基本パルスBP、発振パルスOP、検出パルスDPは、周波数、波長、偏光を含む実質的に同じ光学的特性を有する。発振パルスOPはポンプパルスまたはポンプ光と表されてもよく、検出パルスDPはプローブパルスまたはプローブ光と表されてもよい。
【0025】
なお、基本パルス生成部21およびパルス分割部22の代わりに、実質的に同じ光学的特性(特に、繰返し周波数)を有する発振パルスOPおよび検出パルスDPをそれぞれ生成可能な発振パルス生成部および検出パルス生成部が、別のフェムト秒レーザ装置等として設けられてもよい。
【0026】
電磁波発振部23は、基本パルス生成部21およびパルス分割部22から提供される発振パルスOPに基づいて、当該発振パルスOPと実質的に同じ周波数の電磁波パルスEMPを発振する。前述の通り、本実施形態では、テラヘルツ波発振部としての電磁波発振部23が、発振パルスOPに基づいて電磁波パルスEMPとしてのテラヘルツ波パルスを発振する。テラヘルツ時間領域分光法において知られているように、電磁波発振部23は、テルル化亜鉛や三フッ化N,N-ジエチルアミノ硫黄(DAST)等の非線形光学結晶や、光伝導アンテナとも呼ばれる光伝導スイッチによって構成される。
【0027】
ここで、電磁波発振部23の入力である発振パルスOP(および、当該発振パルスOPと実質的に同じ検出パルスDPおよび基本パルスBP)と、電磁波発振部23の出力である電磁波パルスEMPは、実質的に同じ繰返し周波数(例えば、数10MHz)を有する。なお、発振パルスOPを構成するレーザ光自体の物理的な周波数(780nmの波長のレーザ光の場合は約384THz)と、電磁波パルスEMPを構成するテラヘルツ波自体の物理的な周波数(例えば、1THz(約300μmの波長に相当))は異なる。
【0028】
電磁波発振部23が発振または生成したテラヘルツ波パルスである電磁波パルスEMPは、サンプルSに照射される。そして、サンプルSに照射された後の電磁波パルスEMP’は、テラヘルツ波検出部としての電磁波検出部24によって検出される。電磁波検出部24は、電磁波発振部23と同様に、光伝導スイッチまたは光伝導アンテナとして構成されてもよい。このような電磁波検出部24は、発振パルスOPおよび電磁波パルスEMPと実質的に同じ周波数(例えば、数10MHzの繰返し周波数)の検出パルスDPに基づいて、電磁波パルスEMP’を検出する。具体的には、電磁波検出部24は、検出パルスDPが入力されたタイミング(または、瞬間)で、テラヘルツ波パルスとしての電磁波パルスEMP’の時間波形における一点を検出する。
【0029】
このように、電磁波検出部24が一回で検出できるのは、電磁波パルスEMP’の時間波形における一点である。電磁波発振部23および電磁波検出部24の少なくともいずれかの前段(および、パルス分割部22の後段)に設けられる時間遅延ステージとしての経路長変更部25は、発振パルスOPおよび検出パルスDPの少なくともいずれかが伝播する経路長または光路長を変更することで、電磁波パルスEMP’の時間波形において電磁波検出部24が検出する点(検出点)を連続的に移動させる。経路長変更部25は、発振パルスOPおよび検出パルスDPの少なくともいずれかの経路長を変更する機構として、例えば、固定ミラー251および可動ミラー252を備える。固定ミラー251は、電磁波分光計測部2内において実質的に固定されており、可動ミラー252は、固定ミラー251に対して移動可能に設けられる(図1では、二つの位置252、252’が例示されている)。
【0030】
経路長変更部25が電磁波検出部24の前段に設けられる図1の例では、パルス分割部22によって分割された検出パルスDPが、固定ミラー251の入力側ミラーに入射して可動ミラー252に向けて反射される。この検出パルスDPは、可動ミラー252における一対の反射ミラーによって略反転されて、固定ミラー251の出力側ミラーに戻される。当該出力側ミラーは、検出パルスDPを電磁波検出部24に対して出力する。固定ミラー251に対する可動ミラー252の距離を徐々に変化させることで、検出パルスDPが電磁波検出部24に入るタイミングがシフトする。具体的には、固定ミラー251に対する可動ミラー252の距離を大きくすると、検出パルスDPが電磁波検出部24に入るタイミングが遅くなり、固定ミラー251に対する可動ミラー252の距離を小さくすると、検出パルスDPが電磁波検出部24に入るタイミングが早くなる。このように、経路長変更部25による経路長の変更を通じて、電磁波検出部24に入る検出パルスDPのタイミングを自在に変えられるため、当該検出パルスDPに基づいて当該電磁波検出部24が検出する電磁波パルスEMPの時間波形上の点を自在に変えられる。
【0031】
一方、図示は省略するが、経路長変更部25が電磁波発振部23の前段に設けられる場合、パルス分割部22によって分割された発振パルスOPが、固定ミラー251の入力側ミラーに入射して可動ミラー252に向けて反射される。この発振パルスOPは、可動ミラー252における一対の反射ミラーによって略反転されて、固定ミラー251の出力側ミラーに戻される。当該出力側ミラーは、発振パルスOPを電磁波発振部23に対して出力する。固定ミラー251に対する可動ミラー252の距離を徐々に変化させることで、発振パルスOP由来の電磁波パルスEMPに対して検出パルスDPが電磁波検出部24に入る相対的なタイミングがシフトする。具体的には、固定ミラー251に対する可動ミラー252の距離を大きくすると、発振パルスOPが電磁波発振部23に入るタイミングが遅くなり、当該発振パルスOP由来の電磁波パルスEMPに対して検出パルスDPが電磁波検出部24に入る相対的なタイミングが早くなる。逆に、固定ミラー251に対する可動ミラー252の距離を小さくすると、発振パルスOPが電磁波発振部23に入るタイミングが早くなり、当該発振パルスOP由来の電磁波パルスEMPに対して検出パルスDPが電磁波検出部24に入る相対的なタイミングが遅くなる。このように、経路長変更部25による経路長の変更を通じて、電磁波発振部23に入る発振パルスOPのタイミングを自在に変えられるため、当該発振パルスOP由来の電磁波パルスEMPに対して相対的に動く検出パルスDPに基づいて、電磁波検出部24が検出する電磁波パルスEMPの時間波形上の点を自在に変えられる。
【0032】
波形計測部3は、以上のような原理に基づいて、電磁波パルスEMPの時間波形を計測する。すなわち、波形計測部3は、経路長変更部25によって検出パルスDPおよび/または発振パルスOPの経路長を変更しながら、電磁波パルスEMPを電磁波検出部24に連続的に検出させることで、当該電磁波パルスEMPの波形を計測する。前述の通り、電磁波検出部24は一つの電磁波パルスEMPについて時間波形上の一点のみを検出するが、連続的な電磁波パルスEMPについて検出タイミングを徐々にずらしながら(経路長変更部25における経路長を徐々に変えながら)連続的な検出を行うことで、時間波形の全体を計測できる。
【0033】
波形計測部3は、少なくとも、経路長変更部25によって検出パルスDPおよび/または発振パルスOPの経路長を変更しながら、サンプルSに照射された後の電磁波パルスEMP’を電磁波検出部24に検出させることで、当該電磁波パルスEMP’の時間波形であるサンプル波形を計測するサンプル波形計測部31を備える。波形計測部3は、経路長変更部25によって検出パルスDPおよび/または発振パルスOPの経路長を変更しながら、サンプルSがない状態における電磁波パルスEMPを電磁波検出部24に検出させることで、当該電磁波パルスEMPの時間波形であるリファレンス波形を計測するリファレンス波形計測部32を備えてもよい。
【0034】
図2(A)は、同じ計測条件の下で得られるサンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrの例を示す。この例における主な計測条件は、経路長変更部25における可動ミラー252の計測開始位置Ps’と計測終了位置Pe’である。すなわち、図2(A)の例では、サンプル波形計測部31およびリファレンス波形計測部32が、サンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrをそれぞれ計測する際に、共通の計測開始位置Ps’および計測終了位置Pe’(すなわち、共通の波形計測範囲ΔP’=Pe’-Ps’)を使用する。図示されるように、図2(A)における横軸の最小値または原点(すなわち、波形開始時刻「0ps」)は計測開始位置Ps’に相当し、図2(A)における横軸の最大値(すなわち、波形終了時刻「24ps」)は計測終了位置Pe’に相当する。換言すれば、サンプル波形計測部31およびリファレンス波形計測部32は、それぞれサンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrを計測する際に、波形開始時刻「0ps」に相当する計測開始位置Ps’から波形終了時刻「24ps」に相当する計測終了位置Pe’まで、波形計測範囲ΔP’に亘って可動ミラー252を連続的に移動させる。
【0035】
一般的に、テラヘルツ波パルス等の電磁波パルスEMP’は、サンプルSの厚さや屈折率等の影響によって、サンプルSを通過する際に時間的な遅延を受ける。具体的には、サンプルSが厚いほど、または、サンプルSの屈折率が高いほど、遅延が大きくなる。このため、サンプル波形WFsは、同じ計測条件の下で得られたリファレンス波形WFrより時間的に遅れて現れる(図2(A)の例では、約「3ps」の遅延ΔTが存在する)。このように時間差を伴って現れるリファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsを確実に捕捉するため、時間領域における波形計測範囲(例えば、リファレンス波形WFrのピークより前の前計測期間Taと、リファレンス波形WFrのピークより後の後計測期間Tb’の和)を大きく設定しておく必要があった。例えば、リファレンス波形WFrを捕捉するためには、後述されるような短い後計測期間Tbで十分であるが、当該リファレンス波形WFrより遅れて現れるサンプル波形WFsを捕捉するためには、長い後計測期間Tb’を設定しておく必要があった。このように時間領域における波形計測範囲(Ta+Tb’)を大きくすることは、経路長変更部25におけるプローブ光DPの光路長の総変更距離(あるいは、可動ミラー252の総移動距離(波形計測範囲)ΔP’=Pe’-Ps’)を大きくすることと等価であり、波形計測時間の長期化を招く。
【0036】
以上のような課題を解決するために、本実施形態では波形計測範囲設定部4が設けられる。波形計測範囲設定部4は、ピーク探索部41と、初期経路長設定部42と、波形計測長設定部43と、を備える。
【0037】
ピーク探索部41は、波形計測部3(特に、サンプル波形計測部31)によるサンプル波形WFsの予備計測を通じて、当該サンプル波形WFsのピークであるサンプルピークSPを計測する。また、ピーク探索部41は、波形計測部3(特に、リファレンス波形計測部32)によるリファレンス波形WFrの予備計測を通じて、当該リファレンス波形WFrのピークであるリファレンスピークRPを計測してもよい。このような予備計測の結果、リファレンスピークRPに対するサンプルピークSPの時間的遅延ΔTが検出される。なお、ここでは、各波形WFr、WFsの代表的な形状的な特徴であるピークRP、SPに着目することで時間的遅延ΔTを効率的に検出できるが、両波形WFr、WFsのピークRP、SP以外の任意の形状的な特徴の比較に基づいて、当該両波形WFr、WFsの時間的遅延ΔTが検出されてもよい。
【0038】
初期経路長設定部42におけるサンプル波形計測初期経路長設定部421は、予備計測において検出されたリファレンス波形WFrに対するサンプル波形WFsの時間的遅延ΔTを低減する方向に経路長変更部25における経路長を調整し、サンプル波形WFsの計測開始時における初期経路長を設定する。ここで、経路長変更部25における経路長は、前述のように、可動ミラー252の位置によって決まる。従って、サンプル波形計測初期経路長設定部421は、サンプル波形WFsの計測開始時における可動ミラー252の初期位置を設定する。
【0039】
図2(B)に模式的に示されるように、サンプル波形計測初期経路長設定部421は、図2(A)における可動ミラー252の計測開始位置Ps’と異なる計測開始位置Psを、サンプル波形WFsの計測(および/または、サンプルSと同種の不図示の対象物に照射された後の電磁波パルスEMP’の波形の本計測:以下同様)のために設定する。
【0040】
経路長変更部25が検出パルスDPの経路長の変更のために設けられる図2の例では、サンプル波形計測初期経路長設定部421が、経路長変更部25における検出パルスDPの経路長を短く調整し、サンプル波形WFsの計測開始時における可動ミラー252の初期位置Ps(図2(A)における初期位置Ps’より左側)を設定する。一方、図示は省略するが、経路長変更部25が発振パルスOPの経路長の変更のために設けられる場合、サンプル波形計測初期経路長設定部421が、経路長変更部25における発振パルスOPの経路長を長く調整し、サンプル波形WFsの計測開始時における可動ミラー252の初期位置Ps(変更前の初期位置Ps’より右側)を設定する。
【0041】
なお、初期経路長設定部42におけるリファレンス波形計測初期経路長設定部422は、図2(A)と同じリファレンス波形WFrの計測開始時における初期経路長、すなわち、リファレンス波形WFrの計測開始時における可動ミラー252の初期位置Ps’を設定してもよい。このように、本実施形態の初期経路長設定部42によれば、リファレンス波形WFrの計測開始時における初期経路長(図2(A)における可動ミラー252の初期位置Ps’)を、サンプル波形WFsの計測開始時における初期経路長(図2(B)における可動ミラー252の初期位置Ps)と異なるように設定してもよい。
【0042】
以上のようなサンプル波形計測初期経路長設定部421による初期経路長(可動ミラー252の初期位置Ps)の設定の結果、図2(B)に模式的に示されるように、設定前の図2(A)ではリファレンス波形WFrから大きく遅れていたサンプル波形WFsが、リファレンス波形WFrに近づく。好ましくは、図2(B)に示されるように、サンプル波形計測初期経路長設定部421による適切な設定の結果、両波形WFr、WFs(特に、ピークRP、SP)の間の時間的距離ΔTが略零になる。この場合、波形計測部3によって計測されるサンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFr(図2(B))において、両ピークSP、RPおよび/または両波形WFs、WFr全体が重複または略一致する。
【0043】
前述のように、サンプル波形計測初期経路長設定部421による設定前の図2(A)では、リファレンス波形WFrより遅れて現れるサンプル波形WFsを捕捉するために、リファレンスピークRPより後の後計測期間Tb’を長く設定しておく必要があった。これに対して、サンプル波形計測初期経路長設定部421による設定後の図2(B)では、リファレンス波形WFrとサンプル波形WFsの間の時間的遅延ΔTが大幅に低減されているため、互いに略一致するリファレンスピークRPおよびサンプルピークSPの後計測期間Tbを、図2(A)における後計測期間Tb’より有意に小さくできる。このように、波形計測部3によるサンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrの時間領域における波形計測範囲(Ta+Tb)を、図2(A)(Ta+Tb’)より小さくできる(図2の例では、ΔTに相当する約「3ps」の短縮が可能)。このことは、経路長変更部25における経路長の総変更距離(あるいは、図2(B)における可動ミラー252の総移動距離(波形計測範囲)ΔP=Pe-Ps)を小さくすることと等価であり、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsの各計測時間を短縮できる。
【0044】
図2(B)に示されるように、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsの各計測時間は「Ta+Tb」は実質的に同じである。この計測時間は、ピーク探索部41によって検出されるリファレンスピークRPおよび/またはサンプルピークSPより前の共通の前計測期間Taと、ピーク探索部41によって検出されるリファレンスピークRPおよび/またはサンプルピークSPより後の共通の後計測期間Tbの和として、波形計測長設定部43によって設定されてもよい。波形計測長設定部43は、前計測期間Taを個別に設定する前計測期間設定部431と、後計測期間Tbを個別に設定する後計測期間設定部432と、を備えてもよい。前計測期間設定部431および/または後計測期間設定部432は、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsを適切に捕捉できる前計測期間Taおよび/または後計測期間Tbを自動的に設定してもよいが、図1の例ではユーザが操作可能なコンピュータ等によって構成されるユーザ入力部5を通じてマニュアルで設定する。
【0045】
なお、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsの計測において、図2(B)における最適化後の計測時間(Ta+Tb)が実質的に同じであるのに対し、前述のように可動ミラー252の初期位置は異なる。すなわち、リファレンス波形WFrの計測開始時における可動ミラー252の初期位置は図2(A)に示される「Ps’」であり(但し、総移動距離は、図2(A)に示される「ΔP’」ではなく、図2(B)に示される「ΔP」である)、サンプル波形WFsの計測開始時における可動ミラー252の初期位置は図2(B)に示される「Ps」である。
【0046】
以上のように、本実施形態では、波形計測範囲設定部4または初期経路長設定部42が、互いに略一致するサンプルピークSPおよびリファレンスピークRPより共通の前計測期間Taだけ前にサンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrの計測が開始されるような初期経路長(サンプル波形WFsに対する初期位置「Ps」およびリファレンス波形WFrに対する初期位置「Ps’」)を設定する。そして、サンプル波形計測部31は、サンプルピークSPより共通の前計測期間Taだけ前から、当該サンプルピークSPより共通の後計測期間Tbだけ後まで、サンプル波形WFsを計測し、リファレンス波形計測部32は、リファレンスピークRPより共通の前計測期間Taだけ前から、当該リファレンスピークRPより共通の後計測期間Tbだけ後まで、リファレンス波形WFrを計測する。
【0047】
以上のような本実施形態によれば、リファレンス波形WFrに対するサンプル波形WFsの時間的遅延ΔTが低減されるように、当該サンプル波形WFsの計測開始時における初期経路長(可動ミラー252の初期位置Ps)が設定される。この結果、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsの時間差が小さくなる(好ましくは、略零になる)ため、時間領域におけるサンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrの計測範囲(図2(B)における、Ta+Tb)またはサンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrの計測時における経路長変更部25の経路長の総変更距離(図2(B)における、ΔP)を従来より小さく設定でき、サンプル波形WFsおよびリファレンス波形WFrの計測時間を短縮できる。
【0048】
また、図2(A)の例では、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsの両方が波形計測範囲(Ta+Tb’)に含まれるものの、それぞれのピークRPおよびSPが互いにずれているため、リファレンス波形WFrでは相対的にリファレンスピークRP後の計測期間(Tb’)が長く、サンプル波形WFsでは相対的にサンプルピークSP前の計測期間が長くなっていた。このように、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsの計測範囲は完全に一致しておらず、両者の厳密な比較に支障を及ぼす可能性があると共に、波形計測範囲(Ta+Tb’)以降に含まれうるサンプル波形WFsの有益な情報を捕捉できない恐れがあった。これに対して、図2(B)の例では、リファレンスピークRPおよびサンプルピークSPが略一致しているため、当該各ピークRP、SP前後の実質的に等しい期間(TaおよびTb)に亘って各波形WFr、WFsを計測できる。このため、両波形WFr、WFsの厳密な比較が可能になると共に、一方の波形(特に、サンプル波形WFs)のみで有益な情報が欠落するという事態も回避できる。
【0049】
テラヘルツ時間領域分光法において知られているように、サンプル波形計測部31によって計測されるサンプル波形WFs(および/または、サンプルSと同種の不図示の対象物に照射された後の電磁波パルスEMP’の本計測に係る波形)と、リファレンス波形計測部32によって計測されるリファレンス波形WFr(サンプルSに照射される前の電磁波パルスEMPの波形と実質的に同じ)の比較に基づいて、サンプルS(および/または、サンプルSと同種の不図示の対象物)の各種の特性や内部状態を計測できる。
【0050】
例えば、図2(B)に示されるグラフでは、リファレンス波形WFrとサンプル波形WFsの位相変化(図2(A)における時間的遅延ΔTに相当)に関する情報は見かけ上失われているが、振幅変化に関する情報は残っている。例えば、この振幅変化(典型的には、リファレンスピークRPからサンプルピークSPへの減少)に基づいて、サンプルSの吸光度等が計測され、サンプルSの特性や内部状態が推定される。また、図2(B)では見かけ上失われているリファレンス波形WFrとサンプル波形WFsの位相変化の情報も、サンプル波形計測初期経路長設定部421によって設定された初期経路長(図2(B)における計測開始位置Psと、図2(A)における計測開始位置Ps’の差)として保存されているため、引き続き活用できる。
【0051】
また、例えば、サンプルSの屈折率異方性や誘電率異方性の計測においては、互いに異なる偏光(例えば、水平偏光と垂直偏光)を有する複数種類の電磁波パルスEMPまたは発振パルスOPが利用される。この場合、図2(B)における最適化は、一の偏光(例えば、水平偏光)の電磁波パルスEMPについて行われる。このため、当該一の偏光の電磁波パルスEMPについては、図2(B)に示されるような、リファレンスピークRPおよびサンプルピークSPが略一致した波形WFr、WFsが得られる。一方、図示は省略するが、他の偏光(例えば、垂直偏光)の電磁波パルスEMPについては、典型的な場合、サンプルSの異方性のためにリファレンスピークRPおよびサンプルピークSPが僅かにずれて現れる(図2(A)における時間的遅延ΔTより小さいずれ)。このような他の偏光の電磁波パルスEMPについての波形WFr、WFsの僅かなずれに基づいて、サンプルSの屈折率異方性や誘電率異方性等が計測され、サンプルSの特性や内部状態が推定される。
【0052】
図3は、以上のような偏光計測の例を示すフローチャートである。この図では、便宜的に、サンプルSに対する予備計測と、サンプルSと同種の対象物(不図示)に対する本計測が、一つのフローチャートにおける一連の処理として示されている。しかし、予備計測と本計測は例えば別の日時における別の処理として実行されてもよい。なお、フローチャートにおける「S」は、ステップまたは処理を意味する。S1~S7がサンプルSの予備計測に関する処理であり、S8~S16が対象物の本計測に関する処理である。
【0053】
S1では、電磁波発振部23が発振する電磁波パルスEMPを第1偏光(例えば、水平偏光)に設定する。具体的には、第1偏光に対応する所望の姿勢(または、方向)で電磁波発振部23の後段(および、サンプルSの前段)に配置されるワイヤーグリッド偏光子等の不図示のサンプル前偏光部によって、サンプルSに照射される電磁波パルスEMPが第1偏光に設定される。なお、直線偏光である第1偏光の電磁波パルスEMPは、サンプルSを通過する際に典型的には楕円偏光に変わる。一方、後段の電磁波検出部24では直線偏光のみが検出可能であるため、サンプルSを通過した後の電磁波パルスEMP’の楕円偏光を直線偏光に変える不図示のサンプル後偏光部が設けられる。S2では、リファレンス波形計測部32が、S1で設定された第1偏光の電磁波パルスEMPのリファレンス波形WFrを計測する。なお、予備計測(S1~S7)では、後述するS5においてリファレンスピークRPが検出されればよいため、S2においては図2に示されるようなリファレンス波形WFr全体を計測しなくてもよい。例えば、図2(A)における原点(可動ミラー252の初期位置Ps’に相当)からリファレンスピークRPが検出されるまでのリファレンス波形WFrの部分波形が計測されてもよい。
【0054】
S3では、サンプルSが設置される。S4では、サンプル波形計測部31が、S1で設定された第1偏光の電磁波パルスEMP’のサンプル波形WFsを計測する。なお、予備計測(S1~S7)では、後述するS5においてサンプルピークSPが検出されればよいため、S4においては図2に示されるようなサンプル波形WFs全体を計測する必要はない。ここで、サンプルSの材料、厚さ、屈折率等の基本的な構成がある程度分かっている場合には、図2(A)に示されるような時間的遅延ΔTをある程度予測できるため、S4ではサンプルピークSPが現れる可能性が高い範囲(予測された時間的遅延ΔTの近傍)に絞って、サンプル波形WFsの一部のみを計測すればよい。
【0055】
S5では、ピーク探索部41が、S2で計測されたリファレンス波形WFrにおけるリファレンスピークRPおよびS4で計測されたサンプル波形WFsにおけるサンプルピークSPを探索または特定する。S6では、サンプル波形計測初期経路長設定部421が、S5で特定されたリファレンスピークRPおよびサンプルピークSPの時間差ΔTを低減する方向に経路長変更部25における経路長を調整し、サンプル波形WFsの本計測(後述するS10およびS15)開始時における初期経路長を設定する。前述のように、図2(B)の例では、サンプル波形計測初期経路長設定部421が、サンプル波形WFsの本計測開始時における可動ミラー252の初期位置(Ps)を設定する。なお、リファレンス波形計測初期経路長設定部422は、S2におけるリファレンス波形WFsの予備計測開始時における初期経路長(図2(A)における可動ミラー252の初期位置Ps’に相当)を、リファレンス波形WFrの本計測(後述するS8およびS13)開始時における初期経路長として設定する。
【0056】
S7では、予備計測の最終ステップとして、サンプルSが撤去される。このように、予備計測はS1で設定された第1偏光について行われればよく、第1偏光と異なる第2偏光(例えば、垂直偏光)については予備計測が行われなくてもよい。
【0057】
S8では、リファレンス波形計測部32が、S6で設定された初期経路長(可動ミラー252の初期位置Ps’)に基づいて、S1で設定された第1偏光の電磁波パルスEMPのリファレンス波形WFrを計測する。なお、S8は予備計測におけるS2と実質的に同じであるため、S2でリファレンス波形WFrの全体が計測されている場合には、S8を重複して実行しなくてもよい。
【0058】
S9では、サンプルSと同種の検査対象物が設置される。S10では、サンプル波形計測部31が、S6で設定された初期経路長(可動ミラー252の初期位置Ps)に基づいて、S1で設定された第1偏光の電磁波パルスEMP’のサンプル波形WFsを計測する。S8およびS10における第1偏光の電磁波パルスEMPの波形計測の結果、図2(B)に示されるような互いに重複したリファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFsが得られる。S11では、検査対象物が一旦撤去される。
【0059】
S12では、電磁波発振部23が発振する電磁波パルスEMPを第1偏光と異なる第2偏光(例えば、垂直偏光)に設定する。具体的には、第2偏光に対応する所望の姿勢(または、方向)で電磁波発振部23の後段(および、サンプルSの前段)に配置されるワイヤーグリッド偏光子等の不図示のサンプル前偏光部によって、サンプルSに照射される電磁波パルスEMPが第2偏光に設定される。なお、直線偏光である第2偏光の電磁波パルスEMPは、サンプルSを通過する際に典型的には楕円偏光に変わる。一方、後段の電磁波検出部24では直線偏光のみが検出可能であるため、サンプルSを通過した後の電磁波パルスEMP’の楕円偏光を直線偏光に変える不図示のサンプル後偏光部が設けられる。
【0060】
S13では、リファレンス波形計測部32が、S6で設定された初期経路長(可動ミラー252の初期位置Ps’)に基づいて、S12で設定された第2偏光の電磁波パルスEMPのリファレンス波形WFrを計測する。
【0061】
S14では、S11で一旦撤去された検査対象物が再設置される。S15では、サンプル波形計測部31が、S6で設定された初期経路長(可動ミラー252の初期位置Ps)に基づいて、S12で設定された第2偏光の電磁波パルスEMP’のサンプル波形WFsを計測する。S13およびS15における第2偏光の電磁波パルスEMPの波形計測の結果、リファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFs(不図示)が得られる。
【0062】
S16では、S8およびS10において得られた第1偏光の電磁波パルスEMPのリファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFs(図2(B))における振幅等の比較、および/または、S13およびS15において得られた第2偏光の電磁波パルスEMPのリファレンス波形WFrおよびサンプル波形WFs(不図示)における振幅や位相等の比較に基づいて、検査対象物の特性や内部状態が多面的に検査または評価される。
【0063】
以上、本開示を実施形態に基づいて説明した。例示としての実施形態における各構成要素や各処理の組合せには様々な変形例が可能であり、そのような変形例が本開示の範囲に含まれることは当業者にとって自明である。
【0064】
なお、実施形態で説明した各装置や各方法の構成、作用、機能は、ハードウェア資源またはソフトウェア資源によって、あるいは、ハードウェア資源とソフトウェア資源の協働によって実現できる。ハードウェア資源としては、例えば、プロセッサ、ROM、RAM、各種の集積回路を利用できる。ソフトウェア資源としては、例えば、オペレーティングシステム、アプリケーション等のプログラムを利用できる。
【符号の説明】
【0065】
1 波形計測装置、2 電磁波分光計測部、3 波形計測部、4 波形計測範囲設定部、5 ユーザ入力部、21 基本パルス生成部、22 パルス分割部、23 電磁波発振部、24 電磁波検出部、25 経路長変更部、31 サンプル波形計測部、32 リファレンス波形計測部、41 ピーク探索部、42 初期経路長設定部、43 波形計測長設定部、251 固定ミラー、252 可動ミラー、421 サンプル波形計測初期経路長設定部、422 リファレンス波形計測初期経路長設定部、431 前計測期間設定部、432 後計測期間設定部。
図1
図2
図3