(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025086769
(43)【公開日】2025-06-09
(54)【発明の名称】加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法および加圧水型原子力プラント
(51)【国際特許分類】
G21D 1/00 20060101AFI20250602BHJP
G21C 19/28 20060101ALI20250602BHJP
G21C 17/02 20060101ALI20250602BHJP
G21C 15/00 20060101ALI20250602BHJP
【FI】
G21D1/00 W
G21C19/28
G21C17/02 300
G21D1/00 X
G21C15/00 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023201041
(22)【出願日】2023-11-28
(71)【出願人】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 陽一
(72)【発明者】
【氏名】清水 亮介
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 剛
【テーマコード(参考)】
2G075
【Fターム(参考)】
2G075AA05
2G075BA16
2G075CA20
2G075DA07
2G075DA14
2G075DA15
2G075GA38
(57)【要約】
【課題】PWRの一次冷却材に接液する接液部の腐食電位を低く維持し、ステンレス鋼のSCCの抑制とニッケル基合金のSCCの抑制とを両立することが可能な加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法、および、これを用いる加圧水型原子力プラントを提供する。
【解決手段】加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法は、水素注入を行う工程と、貴金属注入を行う工程と、接液部の電極電位を測定する工程とを含み、貴金属注入を行う注入点は、化学体積制御系P300の再生熱交換器P33の下流であり、一次冷却材の溶存水素濃度を、接液部の電極電位とニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が目標電位差よりも大きくなるように制御する。加圧水型原子力プラントは、一次冷却系P100、二次冷却系P100、化学体積制御系P300、水素注入装置、貴金属注入装置P31、電位センサを備え、貴金属注入装置P31は、再生熱交換器P33の下流に接続されている。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加圧水型原子炉の一次冷却材に水素注入を行う工程と、
前記一次冷却材に貴金属注入を行う工程と、
圧力容器の内部を含む一箇所以上で前記一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する工程と、を含み、
前記貴金属注入を行う注入点は、化学体積制御系の再生熱交換器よりも下流であり、
前記一次冷却材の溶存水素濃度を、前記電極電位とニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が、予め設定された目標電位差よりも大きくなるように制御する加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法。
【請求項2】
請求項1に記載の加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法であって、
前記貴金属注入を行う注入点は、化学体積制御系の再生熱交換器よりも下流と、前記再生熱交換器よりも上流とである加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法。
【請求項3】
加圧水型原子炉の一次冷却材に水素注入を行う工程と、
前記一次冷却材に貴金属注入を行う工程と、
圧力容器の内部を含む一箇所以上で前記一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する工程と、を含み、
前記貴金属注入を行う注入点は、余熱除去系の冷却器よりも下流であり、
前記一次冷却材の溶存水素濃度を、前記電極電位とニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が、予め設定された目標電位差よりも大きくなるように制御する加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法であって、
前記電極電位を測定する場所は、前記圧力容器の内部と、前記圧力容器の外部と、を含む二箇所以上である加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法。
【請求項5】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法であって、
前記一次冷却材の溶存水素濃度、前記一次冷却材の導電率、前記一次冷却材のpH、および、前記一次冷却材のイオン濃度のうちの一以上を測定する工程を含む加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法。
【請求項6】
請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法であって、
前記接液部のうちで応力腐食割れのリスクの高い部位を選定する選定工程と、
選定された前記部位の腐食電位を監視する監視工程と、
選定された前記部位に接液する前記一次冷却材に貴金属注入を行って前記応力腐食割れに対する予防保全を実行する予防保全実行工程と、
監視されている前記電極電位と、前記平衡電位との差分が、予め設定された目標電位差よりも大きくなる範囲に、前記一次冷却材の水質パラメータを是正する是正工程と、
前記是正工程を実行しても前記差分が前記目標電位差よりも大きくならない場合に、選定された前記部位の材料の交換、または、選定された前記部位の応力を緩和する措置を実行する改善工程と、
前記選定工程、前記監視工程、前記予防保全実行工程、前記是正工程、前記改善工程の繰り返しによって、前記接液部の応力腐食割れによるリスクを管理するライフサイクルマネジメント工程と、を含む加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法。
【請求項7】
請求項6に記載の加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法であって、
前記水質パラメータは、前記一次冷却材の溶存水素濃度と、前記一次冷却材の導電率、前記一次冷却材のpH、前記一次冷却材のイオン濃度、および、前記接液部に対する貴金属の付着量のうちの一以上とである加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法。
【請求項8】
加圧水型原子炉の圧力容器に接続されており、蒸気発生器、加圧器および冷却材ポンプを有し、前記圧力容器と前記蒸気発生器との間で前記加圧器を介して一次冷却材を循環させる一次冷却系と、
前記蒸気発生器と復水器との間に接続されており、タービンを有し、前記蒸気発生器と前記復水器との間で前記タービンを介して二次冷却材を循環させる二次冷却系と、
前記一次冷却系にバイパス状に接続されており、前記一次冷却材のホウ素濃度および体積を調整する化学体積制御系と、
前記一次冷却材に水素注入を行う水素注入装置と、
前記一次冷却材に貴金属注入を行う貴金属注入装置と、
前記一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する電位センサと、を備え、
前記化学体積制御系は、前記一次冷却系から抽出された一次冷却材と前記ホウ素濃度および前記体積が調整された一次冷却材とを熱交換させる再生熱交換器を有し、
前記貴金属注入装置は、前記化学体積制御系の前記再生熱交換器の下流に接続されている加圧水型原子力プラント。
【請求項9】
請求項8に記載の加圧水型原子力プラントであって、
前記貴金属注入装置は、前記化学体積制御系の前記再生熱交換器よりも下流と、前記再生熱交換器よりも上流とに接続されている加圧水型原子力プラント。
【請求項10】
加圧水型原子炉の圧力容器に接続されており、蒸気発生器、加圧器および冷却材ポンプを有し、前記圧力容器と前記蒸気発生器との間で前記加圧器を介して一次冷却材を循環させる一次冷却系と、
前記蒸気発生器と復水器との間に接続されており、タービンを有し、前記蒸気発生器と前記復水器との間で前記タービンを介して二次冷却材を循環させる二次冷却系と、
前記一次冷却系にバイパス状に接続されており、前記一次冷却材のホウ素濃度および体積を調整する化学体積制御系と、
前記一次冷却系にバイパス状に接続されており、原子炉の停止後の前記一次冷却材の余熱を除去する余熱除去系と、
前記一次冷却材に水素注入を行う水素注入装置と、
前記一次冷却材に貴金属注入を行う貴金属注入装置と、
前記一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する電位センサと、を備え、
前記余熱除去系は、前記一次冷却系から抽出された一次冷却材を冷却する冷却器を有し、
前記貴金属注入装置は、前記余熱除去系の前記冷却器よりも下流に接続されている加圧水型原子力プラント。
【請求項11】
請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の加圧水型原子力プラントであって、
前記一次冷却材の溶存水素濃度は、前記電極電位とニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が、予め設定された目標電位差よりも大きくなるように制御される加圧水型原子力プラント。
【請求項12】
請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の加圧水型原子力プラントであって、
前記電位センサは、前記圧力容器の内部と、前記圧力容器の外部と、を含む二箇所以上に設置されている加圧水型原子力プラント。
【請求項13】
請求項8から請求項10のいずれか一項に記載の加圧水型原子力プラントであって、
前記一次冷却材の溶存水素濃度、前記一次冷却材の導電率、前記一次冷却材のpH、および、前記一次冷却材のイオン濃度のうちの一以上を測定する測定器が設置されている加圧水型原子力プラント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造部材の応力腐食割れを貴金属注入によって抑制する加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法および加圧水型原子力プラントに関する。
【背景技術】
【0002】
原子力プラントの機器や配管は、ステンレス鋼、ニッケル基合金等で形成されている。これらの材料は、材料的因子、力学的因子および環境的因子の重畳によって、応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking:SCC)の感受性が高くなる。そのため、原子力プラントでは、プラントの健全性を維持するために、SCCを防止する対策が実施されている。また、近年では、原子炉の稼働率の向上や、経済性の向上や、高経年化への対応の観点からも、SCCの予防が進められている。
【0003】
SCCに対する対策としては、材料の耐食性の向上や、引張応力の緩和や、腐食環境の緩和等を目的とした措置が実行されている。国内外の沸騰水型原子炉(Boiling Water Reactor:BWR)では、冷却水である軽水に接液する構造部材のSCCを防止する対策として、水素注入が広く行われている。特許文献1、2には、水素注入に関する技術が開示されている。
【0004】
圧力容器の内部のような高線量下では、水の放射線分解が起こり、冷却水中に酸素や過酸化水素が生成される。圧力容器に対して循環する冷却水は、酸素濃度や過酸化水素濃度が高くなり、SCCが発生し易い腐食環境となる。水素注入では、このような冷却水に水素ガスを注入して、酸素や過酸化水素と水素とを再結合反応させる。冷却水中の酸素や過酸化水素を再結合反応で消費させることによって、冷却水に接液する材料が晒される腐食環境が緩和される。
【0005】
BWRでは、SCCに対する予防保全の効果を表す指標として、冷却水に接液する構造部材の腐食電位(Electrochemical Corrosion Potential:ECP)が用いられている。ステンレス鋼の腐食電位が-300~-200mV vs.SHEよりも低くなると、SCCの発生が抑制されることが知られている。そのため、-300mV vs.SHE程度よりも低い腐食電位の目標値の下で、プラントの運転が行われている。
【0006】
一方、加圧水型原子炉(Pressurized Water Reactor:PWR)においても、PWRの実用化の当初から一次冷却系に対する水素注入が行われている。接液部の腐食環境を表す指標としては、一次冷却材である軽水の溶存水素濃度が用いられている。PWRの保安規定では、溶存水素濃度の許容範囲が15~50mL/kgに定められている。PWRの水化学管理指針では、出力運転中の溶存水素濃度の許容範囲が25~35mL/kgとされている。一次冷却材の溶存酸素濃度の運転管理値は、5ppb以下に設定されている。
【0007】
従来の研究によると、PWRにおいて、ステンレス鋼のSCCを抑制するために必要な構造部材の電極電位の条件は、約-400mV vs.SHE以下であると考えられる。PWRの運転中の溶存水素濃度の範囲では、構造部材の腐食電位が水素電極電位付近まで低下していると考えられる。そのため、一次冷却材の温度や、pHないし溶存水素濃度を考慮した組み合わせ条件に基づくと、PWRで確保するべき腐食電位は-800~-700mV vs.SHEとなる。
【0008】
構造部材の腐食電位を低下させる技術を用いる場合、冷却材に接液する構造部材の腐食電位を把握する必要があり、構造部材の電極電位を高精度に測定する必要がある。PWRにおいて腐食電位を監視した事例は少ないが、炉心の上部や炉外で電極電位を測定した事例がある。一般には、圧力容器の内部や、圧力容器に接続された配管に電位センサが設置されており、電位センサによる測定結果に基づいて、構造部材の腐食電位が所定の条件に管理されている。
【0009】
また、BWRでは、冷却水に接液する構造部材のSCCを防止する対策として、貴金属注入が行われている。貴金属注入では、冷却水に貴金属化合物の溶液を注入して、冷却水に接液する構造部材の表面に貴金属を付着させる。白金族等の貴金属は、構造部材の表面に粒子として析出し、再結合反応を触媒する。そのため、貴金属注入を行うと、水素注入量が少ない場合であっても、腐食環境を効率的に緩和させることが可能になる。
【0010】
特許文献3には、原子炉の高温高圧の水に晒されるステンレス鋼製部材の表面の混合酸化物外皮の表面上に、白金族金属に属する少なくとも1種の金属の薄い皮膜を形成することが記載されている。特許文献3の技術は、沸騰水型原子炉を対象としている。
【0011】
特許文献4には、原子炉の金属部品の浸食及び割れを抑制する方法であって、部品に触媒表面を形成する工程、原子炉の水中に化学量論的過剰量の還元体を生じさせて表面での酸化体の濃度を実質的に零に低減する工程を含んでなる方法が記載されている。特許文献4の技術は、原子炉、特にPWRの高濃度一次及び二次系内の金属部品における浸食及び割れを抑制するとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開第2687780号公報
【特許文献2】特開2005-043051号公報
【特許文献3】特開平4-223299号公報
【特許文献4】特開2002-323596号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
近年、加圧水型原子炉(PWR)において、一次冷却系に用いられるニッケル基合金の一次冷却系応力腐食割れ(Primary Water Stress Corrosion Cracking:PWSCC)の問題が顕在化している。一次冷却系の構造材料や溶接部の材料としては、ニッケル基合金である600合金が用いられている。従来、PWRでは、一次冷却材に対する水素注入が行われてきた。しかし、ニッケル基合金のPWSCCが、1980年代から確認されており、2000年前後から重要な問題として認識されている。
【0014】
ニッケル基合金のPWSCCは、これまでに、圧力容器、加圧器、蒸気発生器、一次冷却系の配管等で広く確認されている。このような問題に対し、一次冷却材に接液する材料をCr量が多い690合金等に転換する措置や、一次冷却材に接液する材料の応力を緩和する措置や、SCCの発生箇所の運転温度を低下させる措置等が行われている。しかし、いずれも限定的な対策であり、より広範囲に効果が及ぶ対策が望まれている。
【0015】
ニッケル基合金のPWSCCは、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位と関係があると考えられている。材料の電位が酸化物形成反応の平衡電位に近いと、酸化皮膜が不安定になり、SCCの発生時間が短くなったり、SCCの進展速度が速くなったりして、PWSCCが顕在化するという考え方がある。酸化物形成反応の平衡電位は、酸化種や還元種の濃度に依存する。溶存水素濃度が十分に高い場合や十分に低い場合であれば、SCCの発生時間が長くなると共に、SCCの進展速度が遅くなることが確認されている。
【0016】
そのため、ニッケル基合金のPWSCCに対する対策としては、一次冷却材に接液する接液部の電極電位がニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近くならないように、一次冷却材の溶存水素濃度を制御する方法が検討されている。このような方法は、一次冷却材の溶存水素濃度を平衡電位に対応する基準値よりも高くする方法と、一次冷却材の溶存水素濃度を平衡電位に対応する基準値よりも低くする方法とに大別される。
【0017】
一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法を用いる場合には、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位が、ステンレス鋼のSCCを抑制するために必要な要求値を下回っている必要がある。水素注入によって供給された水素が、水の放射線分解によって発生した酸素や過酸化水素と再結合反応した後においても、高度な還元性条件が保たれる必要がある。一方、一次冷却材の溶存水素濃度を高くする方法を用いる場合には、水素脆化の問題を考慮する必要がある。燃料被覆管の水素吸収量が、水素脆化を抑制するために必要な限界値を下回っている必要がある。
【0018】
特許文献1~2に記載された技術では、水素注入は行われているが、貴金属注入は行われてない。特許文献3に記載された技術では、BWRを対象とした貴金属注入が行われている。一方、特許文献4に記載された技術では、PWRを対象としており、PWRの高濃度一次及び二次系内の金属部品における浸食及び割れを抑制するとしている。しかし、特許文献4では、運転中における貴金属注入の実施が想定されていない。PWRの運転中を含む共用期間中にSCCを抑制する措置を実行して、ステンレス鋼のSCCとニッケル基合金のSCCの両方を抑制することが求められている。
【0019】
そこで、本発明は、PWRの一次冷却材に接液する接液部の腐食電位を低く維持し、ステンレス鋼のSCCの抑制とニッケル基合金のSCCの抑制とを両立することが可能な加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法、および、これを用いる加圧水型原子力プラントを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
前記課題を解決するために本発明に係る加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法は、加圧水型原子炉の一次冷却材に水素注入を行う工程と、前記一次冷却材に貴金属注入を行う工程と、圧力容器の内部を含む一箇所以上で前記一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する工程と、を含み、前記貴金属注入を行う注入点は、化学体積制御系の再生熱交換器の下流であり、前記一次冷却材の溶存水素濃度を、前記電極電位と、次の式(1);Ni+H2O⇔NiO+H2で表されるニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が、予め設定された目標電位差よりも大きくなるように制御する。
【0021】
また、本発明に係る加圧水型原子力プラントは、加圧水型原子炉の圧力容器に接続されており、蒸気発生器、加圧器および冷却材ポンプを有し、前記圧力容器と前記蒸気発生器との間で前記加圧器を介して一次冷却材を循環させる一次冷却系と、前記蒸気発生器と復水器との間に接続されており、タービンを有し、前記蒸気発生器と前記復水器との間で前記タービンを介して二次冷却材を循環させる二次冷却系と、前記一次冷却系にバイパス状に接続されており、前記一次冷却材のホウ素濃度および体積を調整する化学体積制御系と、前記一次冷却材に水素注入を行う水素注入装置と、前記一次冷却材に貴金属注入を行う貴金属注入装置と、前記一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する電位センサと、を備え、前記化学体積制御系は、前記一次冷却系から抽出された一次冷却材と前記ホウ素濃度および前記体積が調整された一次冷却材とを熱交換させる再生熱交換器を有し、前記貴金属注入装置は、前記化学体積制御系の前記再生熱交換器の下流に接続されている。
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、PWRの一次冷却材に接液する接液部の腐食電位を低く維持し、ステンレス鋼のSCCの抑制とニッケル基合金のSCCの抑制とを両立することが可能な加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法、および、これを用いる加圧水型原子力プラントを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】PWRの一次冷却材の溶存水素濃度と応力腐食割れによる亀裂の発生時間および進展速度との関係を示す図である。
【
図2】一次冷却材の溶存水素濃度とニッケルの状態との関係を示す図である。
【
図5A】PWRの一次冷却材の溶存水素濃度と酸化種濃度との関係を解析した結果を示す図である。
【
図5B】PWRの一次冷却材の溶存水素濃度と酸化種濃度との関係を解析した結果を示す図である。
【
図6】PWRの一次冷却材の溶存水素濃度と一次冷却材に接液する接液部の電極電位および一次冷却材の酸化還元系の組成との関係を示す図である。
【
図7】PWRの一次冷却系における貴金属注入の注入点の一例を示す図である。
【
図8】PWRの一次冷却系における貴金属注入の注入点の一例を示す図である。
【
図9】PWRの一次冷却系における貴金属注入の注入点の一例を示す図である。
【
図10】PWRにおける機器信頼性確保プロセスを示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施形態に係る加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法、および、これを用いる加圧水型原子力プラントについて、図を参照しながら説明する。なお、以下の各図において、共通する構成については同一の符号を付して重複した説明を省略する。
【0025】
本実施形態に係る加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法は、加圧水型原子炉(PWR)において、一次冷却材に接液する構造部材の応力腐食割れ(SCC)の要因となる腐食環境を緩和する方法に関する。この腐食環境緩和方法では、PWRで貴金属注入を実施することによって、一次冷却系に用いられるステンレス鋼のSCCを抑制すると共に、一次冷却系に用いられるニッケル基合金のSCCを抑制する。
【0026】
本実施形態に係る腐食環境緩和方法は、加圧水型原子炉の一次冷却材に水素注入を行う工程と、加圧水型原子炉の一次冷却材に貴金属注入を行う工程と、加圧水型原子炉の圧力容器の内部を含む一箇所以上で一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する工程と、を含む。接液部としては、原子炉機器や配管を構成する金属製の構造部材の表面側の部位や、このような部位と同様の環境に置かれた材料が挙げられる。構造部材の材料としては、ステンレス鋼やニッケル基合金が挙げられる。
【0027】
本実施形態に係る腐食環境緩和方法では、水素注入と貴金属注入によって、PWRの一次冷却材の溶存水素濃度を制御する。また、一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定することによって、溶存水素濃度の制御の結果である接液部の腐食電位を把握する。一次冷却材の溶存水素濃度の制御を行うことによって、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位を制御して、SCCの要因となる腐食環境を緩和する。
【0028】
具体的には、本実施形態に係る腐食環境緩和方法では、一次冷却材の溶存水素濃度を、一次冷却材に接液する接液部の電極電位とニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が目標電位差よりも大きくなるように制御する。すなわち、接液部の電極電位がニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近くならないように、一次冷却材の溶存水素濃度を制御する。具体的には、一次冷却材の溶存水素濃度をニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に対応する基準値よりも十分に高くする制御、または、一次冷却材の溶存水素濃度をニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に対応する基準値よりも十分に低くする制御を行う。
【0029】
図1は、PWRの一次冷却材の溶存水素濃度と応力腐食割れによる亀裂の発生時間および進展速度との関係を示す図である。
図1には、330℃の一次冷却材に接液する接液部のPWSCCの挙動を解析した結果を示す。
図1において、横軸は、PWRの一次冷却材の溶存水素濃度[mL/kg]を示す。縦軸は、亀裂が発生するまでの発生時間、横軸は、亀裂が進展する進展速度を示す。破線の曲線は、亀裂の発生時間の解析結果である。実線の曲線は、亀裂の進展速度の解析結果である。
【0030】
図1に示すように、PWSCCにおける亀裂の発生時間は、運転中の一次冷却材の溶存水素濃度に対して極小値をとる。また、PWSCCにおける亀裂の進展速度は、運転中の一次冷却材の溶存水素濃度に対して極大値をとる。一次冷却材の溶存水素濃度が十分に高い場合や十分に低い場合には、亀裂の発生時間が長くなる。また、一次冷却材の溶存水素濃度が十分に高い場合や十分に低い場合には、亀裂の進展速度が遅くなる。
【0031】
そのため、従来、ニッケル基合金のPWSCCに対する対策としては、一次冷却材の溶存水素濃度を亀裂の発生時間の極小値や亀裂の進展速度の極大値を生じる濃度よりも十分に高くする方法や、一次冷却材の溶存水素濃度を亀裂の発生時間の極小値や亀裂の進展速度の極大値を生じる濃度よりも十分に低くする方法が検討されている。
【0032】
ニッケル基合金のPWSCCは、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位と関係があると考えられている。一次冷却材に接液する構造部材の電極電位が、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近いと、構造部材の表面の酸化皮膜が不安定になり、亀裂の発生時間が短くなると共に亀裂の進展速度が速くなり、PWSCCの発生や進展が問題になるという考え方がある。ニッケルの酸化物形成反応は、次の式(1)で表される。
Ni+H2O⇔NiO+H2・・・(1)
【0033】
図2は、一次冷却材の溶存水素濃度とニッケルの状態との関係を示す図である。
図2には、J. W. Cobbleらによる報告(“High-temperature Thermodynamic Data for Species in Aqueous Solution”, EPRI NP-2400, (1982))の引用を示す。
図2において、横軸は、PWRの一次冷却材の溶存水素濃度[mL/kg]を示す。縦軸は、PWRの一次冷却材の温度[℃]を示す。曲線は、金属ニッケル(Ni)と酸化ニッケル(NiO)との平衡状態に相当する相同士の境界線を示す。
【0034】
図2に示すように、PWRの出力運転中の溶存水素濃度は、PWRの水化学管理指針に基づいて、25~35mL/kgの範囲内に設定される。また、PWRの出力運転中の一次冷却材の温度は、圧力容器の入口側で約290℃、圧力容器の出口側で約330℃である。このような溶存水素濃度や温度の範囲では、ニッケルの酸化物形成反応が平衡状態となり得る。平衡状態では、亀裂の発生時間が極小化したり、亀裂の進展速度が極大化したりするため、ニッケル基合金のSCCの発生や進展が問題になる可能性がある。
【0035】
図2に示す条件では、一次冷却材の溶存水素濃度を約12mL/kg以下に低下させると、一次冷却材の温度にかかわらず、NiOが安定な領域となるため、ニッケル基合金のSCCを抑制できる。一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法を用いると、一次冷却材の溶存水素濃度を高くする方法と比較して、反応平衡をNiOが増加する側に偏らせることができる。NiOは比較的溶解させ易く、核燃料物質に対するNiの付着の抑制に繋がる。そのため、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法は、放射化による廃棄物の発生量や使用済燃料による被曝のリスクを低減できる点で有利であると考えられている。
【0036】
但し、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法を用いる場合には、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位が、ステンレス鋼のSCCを抑制するために必要な要求値を下回っている必要がある。ステンレス鋼のSCCの抑制とニッケル基合金のSCCの抑制とを両立させるためには、水素注入によって供給された水素が、水の放射線分解によって発生した酸素や過酸化水素と再結合反応した後においても、高度な還元性条件が保たれる必要がある。一方、一次冷却材の溶存水素濃度を高くする方法を用いる場合には、水素脆化の問題を考慮する必要がある。燃料被覆管の水素吸収量が、水素脆化を抑制するために必要な限界値を下回っている必要がある。
【0037】
このような問題に対し、本実施形態に係る腐食環境緩和方法では、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入を実施する。また、一次冷却材に接液する接液部の電極電位がニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近くならないように、一次冷却材の溶存水素濃度を予め設定された基準値よりも十分に高くする制御、または、一次冷却材の溶存水素濃度を予め設定された基準値よりも十分に低くする制御を行う。
【0038】
基準値としては、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に対応する所定の溶存水素濃度が予め設定される。ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に対応する基準値は、プラントの運転条件に基づく一次冷却材の水質等に応じて設定できる。目標電位差としては、接液部の電極電位がニッケルの酸化物形成反応の平衡電位から十分に遠くなるように、プラントの運転中の変動幅や測定誤差を超えるような任意の電位差を設定できる。
【0039】
本実施形態に係る腐食環境緩和方法では、一次冷却材の溶存水素濃度を高くする制御、および、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする制御のうち、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする制御を少なくとも行うことが好ましい。溶存水素濃度を低くする制御を行うと、ニッケルの酸化物形成反応の反応平衡をNiO側に偏らせることができる。そのため、廃棄物の発生量や被曝のリスクを低減しつつ、貴金属注入による水素注入量の削減の効果についても有効に得ることができる。
【0040】
≪BWRの概要≫
次に、貴金属注入が先行的に適用されているBWRの構成や、軽水である冷却水に水素注入や貴金属注入を実施するための構成について説明する。
【0041】
図3は、BWRの構成を模式的に示す図である。
図3に示すように、BWRの原子炉冷却系P500は、原子炉P501、タービンP503、復水器P504等を備える。原子炉冷却系P500には、給水系P510が備えられる。また、原子炉冷却系P500には、再循環系P520や、原子炉浄化系P530が接続される。
【0042】
原子炉P501は、格納容器P511内に設置される。原子炉P501は、炉心P513を内蔵する原子炉圧力容器P512を備える。炉心P513は、格納容器P511内に設置された円筒状のシュラウドP515によって周囲を囲まれる。炉心P513には、燃料集合体が装荷される。燃料集合体は、複数の燃料棒が格子状のチャンネルボックスに収納されて形成される。燃料棒は、核燃料物質で製造された複数の燃料ペレットを燃料被覆管の中に収容している。
【0043】
圧力容器P512の内面とシュラウドP515の外面との間には、環状のダウンカマP517が形成される。ダウンカマP517には、複数のジェットポンプP521が設置される。ジェットポンプP521の出口は、ダウンカマP517の下部に配置される。ダウンカマP517の下部は、圧力容器P512の下部にある下部プレナムP551と連通する。下部プレナムP551の底部を炉底部と呼ぶ。シュラウドP515は、シュラウドサポートP523によって圧力容器P512の内側に支持される。
【0044】
給水系P510は、復水器P504と圧力容器P512との間を接続する給水配管や、この配管に設置された機器によって構成される。給水配管には、復水浄化装置P505、復水昇圧ポンプP506、給水ポンプP507、不図示の低圧給水加熱器、高圧給水加熱器P509が、上流から下流に向けて、この順に設置される。
【0045】
再循環系P520は、圧力容器P512の下部とジェットポンプP521との間を圧力容器P512の外部を経由して接続する再循環系配管や、この配管に設置された機器によって構成される。再循環系配管には、再循環ポンプP544が設置される。
【0046】
原子炉浄化系P530は、再循環系P520と給水系P510との間を接続する浄化系配管や、この配管に設置された機器によって構成される。浄化系配管には、浄化系ポンプP524、不図示の再生熱交換器、不図示の非再生熱交換器、ろ過脱塩器P527が設置される。
【0047】
BWRにおいて、給水系P510の復水浄化装置P505と復水昇圧ポンプP506との間には、水素注入装置P516が水素注入配管P518を介して接続される。水素注入装置P516は、水素注入を行う装置であり、冷却水に水素ガスを注入する。また、給水系P510の高圧給水加熱器P509の下流には、貴金属注入装置P31が貴金属注入配管P32を介して接続される。貴金属注入装置P31は、貴金属注入を行う装置であり、冷却水に貴金属化合物の溶液を注入する。
【0048】
圧力容器P512の内部において、ダウンカマP517の冷却水は、ジェットポンプP521に吸い込まれ、下部プレナムP551に噴射される。冷却水は、下部プレナムP551から炉心P513に供給される。また、ダウンカマP517の冷却水は、再循環ポンプP544によって、再循環系配管を通じて炉心P513に対して強制的に循環される。炉心P513に供給された冷却水は、核燃料物質の核分裂反応の熱で加熱されて、一部が蒸気になる。
【0049】
炉心P513で発生した蒸気は、圧力容器P512から主蒸気配管P502を通じてタービンP503に送られる。蒸気がタービンP503を回転させることによって、タービンP503に連結された発電機が回転して発電が行われる。
【0050】
タービンP503から排出された蒸気は、復水器P504で凝縮して水になる。凝縮した水は、給水系P510を通じて圧力容器P512の内部に供給される。給水は、復水浄化装置P505で不純物が除去された後、復水昇圧ポンプP506で昇圧され、給水ポンプP507でさらに昇圧される。そして、低圧給水加熱器や高圧給水加熱器P509で加熱されてから、圧力容器P512の内部に給水される。主蒸気配管P502やタービンP503から抽気された抽気蒸気は、不図示の抽気配管を通じて高圧給水加熱器P509や低圧給水加熱器に送られて、給水を加熱する加熱源として用いられる。
【0051】
圧力容器P512に対して循環的に供給される冷却水には、金属腐食生成物が含まれ得る。金属腐食生成物は、原子炉機器や配管を形成する構造部材等の腐食によって生成したり、給水に混入していたりする。そのため、一定の割合の冷却水が、原子炉浄化系P530に抽出されて浄化される。再循環系P520に取り出された冷却水は、浄化系ポンプP524によって原子炉浄化系P530に送られる。そして、再生熱交換器および非再生熱交換器によって50℃程度に冷却される。その後、ろ過脱塩器P527に通水されて金属腐食生成物を除去される。浄化された冷却水は、再生熱交換器で加熱されてから、給水系P510に戻される。
【0052】
BWRの運転中には、冷却水に接液する構造部材のSCCを防ぐために、水素注入、または、水素注入と貴金属注入との組み合わせが実施される。水素注入は、冷却水に水素ガスを注入して、冷却水中の酸素や過酸化水素と水素とを反応させて水に戻す技術である。貴金属注入は、冷却水に貴金属化合物の溶液を注入して、冷却水に接液する材料の表面に触媒として働く貴金属を付着させる技術である。貴金属化合物としては、ヘキサヒドロキソ白金酸ナトリウム等が用いられる。
【0053】
水素注入では、水素注入装置P516によって、圧力容器P512に向けて給水される冷却水に水素ガスが注入される。給水に注入された水素は、ダウンカマP517の上方に設置された給水スパージャから噴出して炉水と混合する。炉水には、水の放射線分解によって生成された酸素や過酸化水素が含まれ得る。ダウンカマP517のガンマ線量下では、酸素や過酸化水素と水素との再結合反応が促進される。腐食の要因となる酸化種が再結合反応によって消費されるため、冷却水に接液する構造部材のSCCが抑制される。
【0054】
貴金属注入では、貴金属注入装置P31によって、圧力容器P512に向けて給水される冷却水に貴金属化合物の溶液が注入される。給水に注入された貴金属化合物は、冷却水に接する構造部材の表面に貴金属の粒子を付着させる。貴金属の一部は、炉心513に到達して核燃料の表面に付着する。貴金属は、酸素や過酸化水素と水素との再結合反応を触媒して、腐食の要因となる酸化種の消費を促進させる。腐食の要因となる酸化種の消費が促進されるため、水素ガスの注入量を抑制することが可能になる。
【0055】
過酸化水素を1/2量の等価な酸素として扱うと、水素が酸素に対して化学量論比である2以上のモル比で存在する場合に、水素が酸素に対して余剰となり、中性のpHにおける水素酸化還元電位である-500mV vs.SHE付近で再結合反応が進行する。冷却水に接液する材料の腐食電位が混成して-500mV vs.SHE付近まで低下すると、SCCに対する対策として必要な-230mV vs.SHE以下の条件が実現される。出力運転中には、このような条件が維持されるように、冷却水に接液する構造部材の電極電位を測定して、効果の指標である腐食電位を監視する。
【0056】
貴金属注入装置P31は、給水系P510に代えて、原子炉浄化系P530に接続される場合もある。例えば、貴金属注入装置P31が、原子炉浄化系P530の給水系P510側である浄化系配管の再生熱交換器の下流に接続される場合がある。但し、貴金属注入装置P31を再生熱交換器の下流に接続する場合、貴金属注入の注入点と圧力容器P512との距離が長くなる。注入された貴金属の多くが途中の配管に付着するため、圧力容器P512の内部に対する貴金属の付着量が少なくなる。
【0057】
水素注入や貴金属注入が実施されるBWRには、水素注入や貴金属注入による効果を確認するために、腐食電位を測定するための電位センサが設置されている。電位センサは、ボトムドレンラインから分岐した分岐ラインに設置される場合がある。ボトムドレンラインは、圧力容器P512の炉底部と浄化系P530との間に接続される配管である。分岐ラインは、一端がボトムドレンラインに接続され、他端が再循環系P520から分岐したサンプリングライン等に接続される。
【0058】
電位センサは、配管から分岐したT字管や、配管に連結可能なフランジ管に取り付けられる。BWRの場合には、再循環系P520や原子炉浄化系P530に炉底部の冷却水が流れる。そのため、電位センサによって、炉底部の水質における腐食電位が測定される。改良型沸騰水型原子炉(Advanced Boiling Water Reactor:ABWR)の場合には、電位センサは、例えば、浄化系配管にフランジ管を接続することによって設置できる。或いは、ボトムドレンラインから分岐した分岐ラインに設置できる。そのため、ABWRの場合には、電位センサによって、ダウンカマP517の上部の水質における腐食電位が測定される。
【0059】
また、電位センサは、中性子計装管に設置される場合がある。中性子計装管は、下部プレナムP551や炉心P513に設置されている。既存の中性子計装管を改造することによって、中性子計装管の内部に電位センサが内蔵される。中性子計装管には、外部と連通する開口が設けられる。腐食電位の測定は、中性子計装管の内部に開口を通じて冷却水を流入させることによって行われる。
【0060】
BWRの原子炉機器や配管等の構造部材は、主に、SUS316L、SUS304L、SUS316L、SUS316Lに窒素を添加したSUS316NG等のオーステイナイト系ステンレス鋼や、ニッケル基合金で形成されている。例えば、シュラウドP515は、SUS304L、SUS316L等で形成されている。再循環系配管は、SUS316NG等で形成されている。シュラウドサポートP523は、高強度が要求されるため、600合金で形成されている。ノズルや炉底部等の溶接部や肉盛部には、182合金や82合金が使用されている。
【0061】
≪PWRの概要≫
次に、貴金属注入が適用される本実施形態に係るPWRの構成や、軽水である一次冷却材に貴金属注入を実施するための構成について説明する。
【0062】
図4は、PWRの構成を模式的に示す図である。
図4に示すように、PWRは、一次冷却系P100、二次冷却系P200、化学体積制御系P300等を備える。一次冷却系P100と二次冷却系P200とは、蒸気発生器P15を介して熱的に結合されているが、冷却材の流路としては独立している。化学体積制御系P300は、一次冷却系P100に接続されている。
【0063】
一次冷却系P100は、原子炉P1、加圧器P14、蒸気発生器P15等を備える。一次冷却系P100は、圧力容器P12に接続されている。一次冷却系P100は、圧力容器P12と蒸気発生器P15との間で加圧器P14を介して一次冷却材を循環させる。一次冷却系P100は、蒸気発生器P15に内蔵された熱交換用の細管の内側と連通する。
【0064】
原子炉P1は、炉心P13を内蔵する圧力容器P12を備える。炉心P13には、燃料集合体が装荷される。燃料集合体は、複数の燃料棒が格子状のチャンネルボックスに収納されて形成される。燃料棒は、核燃料物質で製造された複数の燃料ペレットを燃料被覆管の中に収容している。
【0065】
一次冷却系P100は、圧力容器P12から加圧器P14および蒸気発生器P15をこの順に経由して圧力容器P12に戻る一次冷却系配管P10や、この配管に設置された機器によって構成される。一次冷却系配管P10には、加圧器P14、蒸気発生器P15、循環ポンプP16が、上流から下流に向けて、この順に設置される。
【0066】
圧力容器P12の内部において、一次冷却材は、炉心P13の外周側を流れ下り、圧力容器P12の底部から上昇して炉心P13に供給される。炉心P13に供給された一次冷却材は、核燃料物質の核分裂反応の熱で加熱されて、圧力容器P12の上部から一次冷却系配管P10に流れ出る。
【0067】
一次冷却系配管P10に流れ出た一次冷却材は、加圧器P14の接続点を通過した後に、蒸気発生器P15に流入する。加圧器P14は、一次冷却材が約300℃を超える高温でも沸騰しないように、蒸気を発生させて一次冷却材を加圧する。蒸気発生器P15では、細管の外側に供給された二次冷却材と、細管の内側に供給された一次冷却材との熱交換が行われて、二次冷却材が加熱されると共に一次冷却材が冷却される。熱交換によって冷却された一次冷却材は、一次冷却系配管P10を通じて圧力容器P12に戻される。
【0068】
化学体積制御系P300は、再生熱交換器P33、非再生熱交換器P34、樹脂塔P35、体積制御タンクP37、薬品注入系統P46等を備える。化学体積制御系P300は、一次冷却系P100にバイパス状に接続されており、一次冷却材のホウ素濃度および体積を調整する。
【0069】
化学体積制御系P300は、一次冷却系配管P10に接続された化学体積制御系配管P30や、この配管に設置された機器によって構成される。化学体積制御系配管P30には、再生熱交換器P33、非再生熱交換器P34、樹脂塔P35、体積制御タンクP37、薬品注入系統P46が、上流から下流に向けて、この順に設置される。体積制御タンクP37には、一次冷却材に対して水素注入を行う不図示の水素注入装置が接続される。
【0070】
一次冷却系配管P10を流れる一次冷却材の一部は、化学体積制御系配管P30に抽出される。一次冷却材は、再生熱交換器P33、非再生熱交換器P34、樹脂塔P35、体積制御タンクP37の順に流入する。再生熱交換器P33では、系内に流入する一次冷却系P100から抽出された一次冷却材と、系内から流出するホウ素濃度および体積が調整された一次冷却材との熱交換が行われて、流入側の一次冷却材が冷却されると共に流出側の一次冷却材が加熱される。非再生熱交換器P34では、一次冷却材と冷却水P102との熱交換が行われて、流入側の一次冷却材が更に冷却される。
【0071】
樹脂塔P35では、一次冷却材に対するイオン交換処理が行われて、金属腐食生成物等に由来する不純物のイオンが除去される。イオン交換処理には、陽イオン交換樹脂や、陽イオン交換樹脂と陰イオン交換樹脂との混床樹脂が用いられる。体積制御タンクP37では、一次冷却材の体積が調整される。また、水素注入が行われて、一次冷却材の溶存水素濃度が調整される。薬品注入系統P46としては、ホウ酸を注入する装置や、水酸化リチウムを注入する装置が備えられる。ホウ素濃度および体積が調整された一次冷却材は、再生熱交換器P33で加熱された後、一次冷却系配管P10の下流側に戻される。
【0072】
二次冷却系P200は、給水系P20、主蒸気配管P22、タービンP23、復水器P24等を備える。二次冷却系P200は、蒸気発生器P15と復水器P24との間に接続されている。二次冷却系P200は、蒸気発生器P15と復水器P24との間でタービンP23を介して二次冷却材を循環させる。二次冷却系P200は、蒸気発生器P15に内蔵された熱交換用の細管の外側と連通する。
【0073】
二次冷却系P200の給水系P20は、復水器P24と蒸気発生器P15との間を接続する給水配管や、この配管に設置された機器によって構成される。給水配管には、不図示の復水浄化装置、復水昇圧ポンプ、低圧給水加熱器、脱気器、給水ポンプP27、高圧給水加熱器P29が、上流から下流に向けて、この順に設置される。
【0074】
二次冷却材は、給水ポンプP27によって、復水器P24から蒸気発生器P15に供給される。二次冷却材は、高圧給水加熱器P29で加熱されてから、蒸気発生器P15に供給される。二次冷却材は、蒸気発生器P15に内蔵された細管の外側に供給される。蒸気発生器P15では、二次冷却材が熱交換によって加熱されて蒸気になる。
【0075】
二次冷却材の蒸気は、蒸気発生器P15から主蒸気配管P22を通じてタービンP23に送られる。蒸気がタービンP23を回転させることによって、タービンP23に連結された発電機が回転して発電が行われる。タービンP23としては、高圧側のタービンと低圧側のタービンが備えられる。高圧側のタービンと低圧側のタービンとの間には、湿分分離加熱器が設置される。高圧側のタービンから排出された蒸気は、湿分分離加熱器によって湿分が分離された後に、低圧側のタービンに導入される。
【0076】
タービンP23から排出された蒸気は、復水器P24で凝縮して水になる。凝縮した水である二次冷却材は、給水系P20を通じて蒸気発生器P15に供給される。二次冷却材は、不図示の復水浄化装置で不純物が除去された後、復水昇圧ポンプで昇圧される。そして、低圧給水加熱器で加熱された後、脱気器で脱気される。その後、給水ポンプP27でさらに昇圧された後、高圧給水加熱器P29で加熱されてから、蒸気発生器P15に供給される。主蒸気配管P22やタービンP23から抽気された抽気蒸気は、不図示の抽気配管を通じて高圧給水加熱器P29や低圧給水加熱器に送られて、給水を加熱する加熱源として用いられる。
【0077】
PWRでは、一次冷却系P100と二次冷却系P200とが分離しているため、給水系P20で貴金属注入を実施したとしても、圧力容器P12の内部や一次冷却系P100の構成部材の表面等に、貴金属を付着させることはできない。PWRで貴金属注入を実施する場合には、BWRとは異なる固有の注入点を決定する必要がある。
【0078】
≪PWRの一次冷却材中の酸化種濃度≫
次に、PWRの一次冷却材中の酸化種濃度を解析した結果について説明する。
【0079】
図5Aおよび
図5Bは、PWRの一次冷却材の溶存水素濃度と酸化種濃度との関係を解析した結果を示す図である。
図5Aおよび
図5Bには、一次冷却材の溶存水素濃度を変化させたときの一次冷却材の酸化種濃度を、放射線分解モデルを用いて計算した結果を示す。放射線分解モデルは、水の放射線分解によって生成する各種の化学種について、エネルギ吸収や生成速度を考慮した反応の挙動を模擬するモデルである。
【0080】
図5Aは、PWRの炉内についての結果である。
図5Bは、PWRの炉外についての結果である。炉内の解析は、炉心の中心部を対象として行った。
図5Aおよび
図5Bにおいて、実線の曲線は、一次冷却材の過酸化水素濃度を示す。破線の曲線は、一次冷却材の酸素濃度を示す。
【0081】
図5Aに示すように、PWRの炉内では、一次冷却材の溶存水素濃度が0mL/kgである場合、酸素濃度や過酸化水素濃度が1000ppb程度の高濃度となる。しかし、溶存水素濃度が増加すると、酸素濃度や過酸化水素濃度が急激に低下する。過酸化水素濃度は、溶存水素濃度が5mL/kg以上になると、1ppb程度までの減少で下げ止まる。これに対し、酸素濃度は、溶存水素濃度が5mL/kg程度になると、0.01ppb程度以下まで減少し、一次冷却材中で無視できる濃度となる。
【0082】
一方、
図5Bに示すように、PWRの炉外では、一次冷却材の溶存水素濃度が0mL/kgである場合、酸素濃度や過酸化水素濃度が1000ppb程度の高濃度となるが、溶存水素濃度が僅かでも増加すると、酸素濃度や過酸化水素濃度が急激に低下する。酸素濃度や過酸化水素濃度は、溶存水素濃度が5mL/kg以下であっても、0.0001ppb程度以下まで減少し、一次冷却材中で無視できる濃度となる。
【0083】
したがって、PWRでは、PWRの水化学管理指針で設定されている現行の25~35mL/kgの溶存水素濃度を5mL/kg程度まで低下させたとしても、酸素濃度や過酸化水素濃度の増大が問題になる可能性は低いといえる。ニッケル基合金のPWSCCに対する対策として、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法を用いたとしても、炉内および炉外のいずれにおいても、酸化種濃度に対する影響は小さい。よって、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法によって、ステンレス鋼のSCCの抑制とニッケル基合金のSCCの抑制とを両立できるといえる。
【0084】
図6は、PWRの一次冷却材の溶存水素濃度と一次冷却材に接液する接液部の電極電位および一次冷却材の酸化還元系の組成との関係を示す図である。
図6には、一次冷却材の溶存水素濃度を変化させたときの一次冷却材の酸化種濃度を、放射線分解モデルを用いて計算した結果を示す。また、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位を、文献に記載された数式を用いて計算した結果を示す。
【0085】
腐食電位を計算する数式としては、Takiguchiらの文献(“Optimization of Dissolved Hydrogen Concentration for Control of Primary Coolant Radiolysis in Pressurized Water Reactors”, J. Nuclear Science and Technology, 2004, 41(5), p601-609)に記載された簡易式を用いた。この簡易式は、炉心の酸化剤と還元剤との濃度比をパラメータとして材料の腐食電位を計算する数式である。酸化還元系の組成は、酸素、過酸化水素、ラジカル等の酸化剤と、水素、水和電子等の還元剤との濃度比として求めた。
【0086】
図6に示すように、PWRの水化学管理指針で設定されている現行の25~35mL/kgの溶存水素濃度の範囲では、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位が-0.2V vs.SHE程度まで低下する結果が得られた。また、溶存水素濃度が5mL/kg程度であると、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位が0V vs.SHE程度まで低下した。溶存水素濃度が5mL/kgよりも低い場合には、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位が0V vs.SHEを超える結果が得られた。
【0087】
図6では、放射線分解モデルを用いた計算結果を入力としているため、実機よりも高い腐食電位が算出された可能性がある。放射線分解モデルを用いた計算では、モデルの誤差の影響を受ける可能性がある点、研究炉で取得されたデータに基づくパラメータが使用されている点、研究炉でのデータの取得に測定誤差を生じる点等が、計算結果に影響を与え得るためである。
【0088】
しかし、
図6に示す結果は、ニッケル基合金のPWSCCに対する対策として、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法を用いた場合、溶存水素濃度が極端に低くなると、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位が高くなり得ることを示唆している。よって、ニッケル基合金のPWSCCに対する対策としては、一次冷却材の溶存水素濃度を高くする方法が、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法よりも有利な可能性がある。
【0089】
一方、溶存水素濃度を5mL/kg程度まで低下させた場合には、一次冷却材の水素と酸素とのモル比が1000を超え、水素が酸素に対して大過剰となった。溶存水素濃度が1mL/kg以上の範囲で貴金属注入を行った場合、一次冷却材に接液する接液部の電極電位が-0.7V vs.SHE以下となる計算結果が得られた。また、PWRの水化学管理指針で設定されている現行の25~35mL/kgの溶存水素濃度の範囲で貴金属注入を行った場合には、一次冷却材に接液する接液部の電極電位が-0.75V vs.SHE以下となる計算結果が得られた。
【0090】
PWRの一次冷却材の高温におけるpHは6.8~7.3程度である。そのため、PWRで貴金属注入を行うと、溶存水素濃度を或る程度まで低下させた場合であっても、一次冷却材に接液する接液部の電極電位を-0.8~-0.75V vs.SHE程度まで低下させることができるといえる。従来の研究(鶴田孝雄、春期学術講演大会講演予稿集、腐食防食協会、1983年、p78)によると、PWRにおいて、ステンレス鋼のSCCを抑制するために必要な構造部材の電極電位の条件は、PWRの運転中のpHの範囲では、約-400mV vs.SHE以下であると考えられる。
【0091】
よって、PWRで貴金属注入を行うと、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位を、ステンレス鋼のSCCを防止するために必要な-0.4V vs.SHE以下に低下させることができるといえる。ニッケル基合金のPWSCCに対する対策として、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする方法を用いる場合であっても、貴金属注入の実施によって、ステンレス鋼のSCCも抑制できるといえる。また、一次冷却材の溶存水素濃度を高くする方法を用いる場合においても、貴金属注入を実施することによって、接液部の電極電位を水素酸化還元電位以下に維持できるといえる。
【0092】
したがって、本実施形態に係る加圧水型原子炉の腐食環境緩和方法や、これを用いる加圧水型原子力プラントによると、PWRで貴金属注入を実施することによって、接液部の電極電位がニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近くならないように、一次冷却材の溶存水素濃度を制御することが可能になる。一次冷却材の溶存水素濃度をニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に対応する溶存水素濃度の基準値よりも十分に高くする制御、または、一次冷却材の溶存水素濃度をニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に対応する溶存水素濃度の基準値よりも十分に低くする制御によって、PWRの一次冷却材に接液する接液部の腐食電位を低く維持し、ステンレス鋼のSCCの抑制とニッケル基合金のSCCの抑制とを両立することが可能である。溶存水素濃度の適切な制御によって、一次冷却材に接液する構造部材のSCCを抑制して、PWRの機器信頼性を向上させることができる。
【0093】
≪PWRにおける貴金属注入の注入点≫
次に、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入の注入点について説明する。
【0094】
図7は、PWRの一次冷却系における貴金属注入の注入点の一例を示す図である。
図7には、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入を行う場所を示すために、出力運転時に作動するPWRの一次冷却系P100の構成を模式的に示す。一次冷却系P100には、化学体積制御系P300が接続されている。
図7に示すように、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入の注入点は、化学体積制御系P300の再生熱交換器P33の下流とすることができる。
【0095】
一次冷却系配管P10は、ホットレグP17、クロスオーバーレグP18およびコールドレグP19によって形成される。ホットレグP17は、圧力容器P12から蒸気発生器P15までの区間である。クロスオーバーレグP18は、蒸気発生器P15から循環ポンプP16までの区間である。コールドレグP19は、循環ポンプP16から圧力容器P12までの区間である。
【0096】
炉心P13に供給された一次冷却材は、核燃料物質の核分裂反応の熱で加熱された後、圧力容器P12の上部からホットレグP17に流れ出る。ホットレグP17に流れ出た一次冷却材は、加圧器P14の接続点を通過した後に、蒸気発生器P15に流入する。蒸気発生器P15で冷却された一次冷却材は、クロスオーバーレグP18を流れ、循環ポンプP16で昇圧された後、コールドレグP19を流れ、圧力容器P12に戻る。
【0097】
本実施形態では、PWRにおける貴金属注入の注入点を、一次冷却系P100に接続された化学体積制御系P300とする。PWRにおいて貴金属注入を行う場合、出力運転中に作動している系統を用いる必要があるためである。また、貴金属注入の注入点としては、圧力容器P12に近い場所が好ましいためである。PWRの一次冷却系P100には、BWRのような給水系がないため、圧力容器P12に近いコールドレグP19に接続された化学体積制御系P300が適切といえる。
【0098】
化学体積制御系P300には、蒸気発生器P15で熱交換によって冷却された一次冷却材の一部が、クロスオーバーレグP18から抽出される。化学体積制御系P300に流入した一次冷却材は、再生熱交換器P33で冷却された後、非再生熱交換器P34で冷却水P102との熱交換によって更に冷却される。冷却水P102は、例えば、補機冷却系から供給される。
【0099】
冷却された一次冷却材は、樹脂塔P35で不純物のイオンを除去される。樹脂塔P35としては、複数の処理塔P35a,P35bが並列状に備えられる。不純物のイオンを除去された一次冷却材は、フィルタP36で懸濁物質等を除去された後、体積制御タンクP37で体積および溶存水素濃度を調整される。体積制御タンクP37では、水素注入が行われる。
【0100】
体積および溶存水素濃度が調整された一次冷却材には、ホウ酸が溶解した水溶液や水酸化リチウムが溶解した水溶液が注入される。薬液を調製するための純水は、体積制御タンクP37の下流に向けて、純水タンクP38から供給ポンプP39によって供給される。純水には、薬品タンクP40から供給ポンプP41によってホウ酸が注入される。また、純水には、薬注装置P42から水酸化リチウムが注入される。また、亜鉛注入を実施するプラントでは、薬注装置P43から亜鉛が注入される。
【0101】
化学体積制御系P300でホウ素濃度や体積等が調整された一次冷却材は、注入ポンプP44によって再生熱交換器P33に送られる。一次冷却材は、再生熱交換器P33で加熱された後、コールドレグP19に戻される。また、化学体積制御系P300でホウ素濃度や体積等が調整された一次冷却材の一部は、シール水注入配管P45を通じて循環ポンプP16に供給される。循環ポンプP16では、一次冷却材がポンプのシール水として用いられる。
【0102】
図7では、貴金属注入装置P31が、化学体積制御系配管P30のうち、注入ポンプP44よりも下流、且つ、シール水注入配管P45への分岐点よりも下流であって、再生熱交換器P33よりも下流に接続されている。貴金属注入装置P31によって注入された貴金属化合物は、コールドレグP19に入り、圧力容器P12に到達して、炉内の構造部材等の表面に貴金属を付着させる。
【0103】
再生熱交換器P33の下流は、圧力容器P12に近い区間である。そのため、貴金属注入の注入点が再生熱交換器P33よりも下流であると、一次冷却材に注入された貴金属の多くを、途中の配管への付着による損失を低減しつつ、圧力容器P12の内部、特に炉心P13を構成する構造部材の表面に到達させることができる。そのため、酸素や過酸化水素が生成し易い炉内で、再結合反応を促進させることができる。
【0104】
仮に、貴金属注入装置P31を注入ポンプP44よりも上流に接続すると、一次冷却材に注入された貴金属の多くが、再生熱交換器P33に内蔵された細管に付着するため、圧力容器P12の内部に到達し難くなる。また、貴金属注入装置P31をシール水注入配管P45への分岐点よりも上流に接続すると、貴金属が循環ポンプP16に供給されるため、貴金属の付着による異常振動や腐食等が発生する虞がある。これに対し、注入ポンプP44やシール水注入配管P45への分岐点よりも下流であれば、循環ポンプP16の健全性を確保しつつ、貴金属の多くを炉内における再結合反応の促進に利用できる。
【0105】
化学体積制御系P300を利用した貴金属注入の実施時には、一次冷却材に接液する接液部の電極電位が測定される。一次冷却材に接液する接液部の電極電位は、圧力容器P12の内部や一次冷却系P100に電位センサP50を設置することによってオンラインで測定できる。電位センサP50は、一次冷却材に接液する材料の電位を測定する作用極と、一次冷却材中で基準電位を発生する参照極を備える。接液部の電極電位を測定することによって、貴金属注入による効果の確認が行われる。
【0106】
貴金属注入の実施時には、一次冷却材に接液する接液部の電極電位とニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が、予め設定された目標電位差よりも大きくなるように、一次冷却材の溶存水素濃度を制御する。一次冷却材の溶存水素濃度は、水素注入における水素ガスの注入量の調節や、貴金属注入における貴金属化合物の溶液の注入量の調節等によって制御できる。
【0107】
目標電位差は、接液部の電極電位がニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近くならない限り、任意の電位差に設定できる。例えば、
図1に示す亀裂の発生時間の極小値や亀裂の進展速度の極大値に対して、このような極小値や極大値から十分に遠くなるように溶存水素濃度の目標範囲を設定する。このような溶存水素濃度の目標範囲に対応するように、任意の幅の目標電位差を設定できる。目標電位差を生じるように設定された電極電位の上限値や下限値を電極電位の測定結果と比較できる。
【0108】
一次冷却材に接液する接液部の電極電位の測定結果と、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に基づく電極電位の上限値とを比較し、測定結果が上限値以上である場合には、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近くないため、一次冷却材の溶存水素濃度を現在の状態に維持できる。一方、測定結果が上限値未満である場合には、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近いため、一次冷却材の溶存水素濃度を高くする制御を行う。或いは、測定結果が電極電位の下限値以下となるまで、溶存水素濃度を低くする制御を行う。
【0109】
また、一次冷却材に接液する接液部の電極電位の測定結果と、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に基づく電極電位の下限値とを比較し、測定結果が下限値以下である場合には、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近くないため、一次冷却材の溶存水素濃度を現在の状態に維持できる。一方、測定結果が下限値を超える場合には、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位に近いため、一次冷却材の溶存水素濃度を低くする制御を行う。或いは、測定結果が電極電位の上限値以上となるまで、溶存水素濃度を高くする制御を行う。
【0110】
一次冷却材に接液する接液部の電極電位を測定する場所は、圧力容器P12の内部と、圧力容器P12の外部と、を含む二箇所以上であることが好ましい。炉内および炉外の両方において、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位が、ステンレス鋼のSCCとニッケル基合金のSCCが抑制される目標電位の範囲内にあることを常時監視することが好ましい。炉内および炉外の両方で測定を行うと、酸素や過酸化水素が生成する炉内と、酸化種濃度が定常に近い炉外との間で、水素注入や貴金属注入による効果を比較できる。
【0111】
図7では、炉内の代表点である炉心P13の上部に電位センサP50aが設置されている。また、炉外の代表点であるホットレグP17から分岐したドレン配管に電位センサP50bが設置されている。電位センサP50は、その他の設置場所として、一次冷却系配管P10から分岐した分岐ラインに設置したり、圧力容器P12に繋がる計装管に収納したり、一次冷却材に浸漬される計装機器に内蔵したりできる。
【0112】
化学体積制御系P300を利用した貴金属注入は、PWRの出力運転中に実施してもよいし、PWRの降温運転中に実施してもよいし、PWRの運転停止中に実施してもよい。但し、ステンレス鋼のSCCやニッケル基合金のSCCを継続的に抑制する観点からは、少なくともPWRの出力運転中に実施することが好ましい。
【0113】
また、貴金属注入を実施するPWRには、電位センサに加え、一次冷却材の溶存水素濃度、一次冷却材の導電率、一次冷却材のpH、および、一次冷却材のイオン濃度のうちの一以上を測定する測定器が設置されることが好ましい。これらの測定器は、一次冷却系配管P10や化学体積制御系配管P30から分岐した分岐ライン等に設置することが好ましい。これらの測定器は、一次冷却材の水質パラメータの測定に使用できる。一次冷却材の水質パラメータは、SCCのリスクの推定に用いることができる。
【0114】
図8は、PWRの一次冷却系における貴金属注入の注入点の一例を示す図である。
図8には、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入を行う場所を示すために、出力運転時に作動するPWRの一次冷却系P100の構成を模式的に示す。一次冷却系P100には、化学体積制御系P300が接続されている。
図8に示すように、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入の注入点は、化学体積制御系P300の再生熱交換器P33の下流と再生熱交換器P33の上流との組み合わせとすることもできる。
【0115】
図8では、貴金属注入装置P31が、化学体積制御系配管P30のうち、注入ポンプP44よりも下流、且つ、シール水注入配管P45への分岐点よりも下流であって、再生熱交換器P33よりも下流と、再生熱交換器P33よりも上流とに接続されている。再生熱交換器P33よりも下流には、下流側の貴金属注入装置P31aが接続されている。再生熱交換器P33よりも上流には、上流側の貴金属注入装置P31bが接続されている。
【0116】
下流側の貴金属注入装置P31aによって注入された貴金属化合物は、コールドレグP19に入り、圧力容器P12に到達して、炉内の構造部材等の表面に貴金属を付着させる。貴金属注入の注入点が再生熱交換器P33よりも下流であると、一次冷却材に注入された貴金属の多くを、途中の配管への付着による損失を低減しつつ、圧力容器P12の内部、特に炉心P13を構成する構造部材の表面に到達させることができる。そのため、酸素や過酸化水素が生成し易い炉内で、再結合反応を促進させることができる。
【0117】
一方、上流側の貴金属注入装置P31bによって注入された貴金属化合物は、再生熱交換器P33に内蔵された細管の表面に貴金属を付着させる。貴金属注入の注入点が再生熱交換器P33よりも上流であると、化学体積制御系P300で注入された薬品や純水に酸素が含まれていたとしても、一次冷却系配管P10や圧力容器P12の内部に酸素が持ち込まれるのを抑制できる。一次冷却材に混入した酸素が下流側の注入点に到達する前に消費されるため、下流側の注入点による溶存水素濃度の制御性を向上できる。
【0118】
なお、下流側の貴金属注入装置P31aと上流側の貴金属注入装置P31bとは、互いに同じ時期に貴金属注入を実行してもよいし、互いに異なる時期に貴金属注入を実行してもよい。また、下流側の貴金属注入装置P31aと上流側の貴金属注入装置P31bとは、互いに同じ注入量に制御されてもよいし、互いに異なる注入量に制御されてもよい。但し、出力運転中の一次冷却材を十分な還元性条件に維持する観点からは、互いに同じ時期に貴金属注入を実行することが好ましい。
【0119】
図9は、PWRの一次冷却系における貴金属注入の注入点の一例を示す図である。
図9には、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入を行う場所を示すために、降温運転時に作動するPWRの一次冷却系P100の構成を模式的に示す。一次冷却系P100には、余熱除去系P400が接続されている。
図9に示すように、PWRの一次冷却材に対する貴金属注入の注入点は、余熱除去系P400の冷却器P49よりも下流とすることもできる。
【0120】
余熱除去系P400は、余熱除去系ポンプP48、冷却器P49等を備える。余熱除去系P400は、一次冷却系P100にバイパス状に接続されており、原子炉の停止後の一次冷却材の余熱を除去する。原子炉P1の運転の停止時には、制御棒が炉心P13に挿入されて、核燃料物質の核分裂連鎖反応が停止する。炉心P13や圧力容器P12の内部の機器に残留する熱は、一次冷却材の蒸発によって除去される。但し、或る程度まで一次冷却材の温度が下がると、蒸発による除熱効率が低下する。そのため、余熱除去系P400を作動させる降温運転が行われる。
【0121】
余熱除去系P400は、一次冷却系配管P10に並列状に接続された余熱除去系配管P47や、この配管に設置された機器によって構成される。余熱除去系配管P47には、余熱除去系ポンプP48、冷却器P49が、上流から下流に向けて、この順に設置される。
【0122】
PWRの降温運転中には、一次冷却系配管P10を循環する一次冷却材が、余熱除去系ポンプP48の作動によって、余熱除去系配管P47を通じて、冷却器P49に送られる。冷却器P49では、一次冷却材と冷却水P102との熱交換が行われて、一次冷却材が冷却される。冷却水P102は、例えば、補機冷却系から供給される。余熱を除去された一次冷却材は、コールドレグP19に戻される。
【0123】
図9では、貴金属注入装置P31が、余熱除去系配管P47のうち、冷却器P49よりも下流に接続されている。貴金属注入装置P31は、例えば、冷却器P49の下流のベントライン等に接続できる。貴金属注入装置P31によって注入された貴金属化合物は、コールドレグP19に入り、圧力容器P12に到達して、炉内の構造部材等の表面に貴金属を付着させる。
【0124】
貴金属注入の注入点が余熱除去系P400であると、余熱除去系P400の作動時にしか貴金属注入を実行できない制約がある。しかし、冷却器P49の下流は、圧力容器P12に近い区間である。そのため、一次冷却材に注入された貴金属の多くを、途中の配管への付着による損失を低減しつつ、圧力容器P12の内部、特に炉心P13を構成する構造部材の表面に到達させることができる。そのため、酸素や過酸化水素が生成し易い炉内で、再結合反応を促進させることができる。
【0125】
≪PWRにおける機器信頼性確保プロセス≫
次に、PWRにおけるSCCを抑制する機器信頼性確保プロセスについて説明する。
【0126】
従来、原子力プラントでは、信頼性重視保全(Reliability Centered Maintenance:RCM)の導入が世界的に進められている。RCMに関する代表的な文書としては、米国原子力発電協会(Institute of Nuclear Power Operations:INPO)のAP913がある。RCMでは、機器信頼性(Established Reliability:ER)のために、重要な構造物、システムおよび機器(Structures, Systems and Components:SSC)や、最適な保全方法や、保全措置の実施時期を選定し、最適な保全プログラムを策定する。
【0127】
本実施形態に係る加圧水型原子力プラントでは、貴金属注入の実施を前提とした機器信頼性確保プロセスを実行することが好ましい。この機器信頼性確保プロセスでは、一次冷却材に接液する接液部の腐食電位(ECP)を常時監視することによって、監視対象の部位に対する措置をプラントのライフサイクルにわたって実行し、ステンレス鋼のSCCおよびニッケル基合金のSCCを抑制する。
【0128】
機器信頼性確保プロセスでは、ステンレス鋼のSCCおよびニッケル基合金のSCCがPWRの運転に影響を与えていない状態をPWRの「あるべき性能」と考え、ECPが目標範囲にありPWRが運転に好適な状態であること常時監視する。このようなRCMの導入によって、検査コストの削減、プラントの稼働率の向上、ヒューマンエラーの低減等を図り、原子力プラントの信頼性を向上させる。
【0129】
図10は、PWRにおける機器信頼性確保プロセスを示すブロック図である。
図10に示すように、本実施形態に係るPWRにおける機器信頼性確保プロセスは、選定工程S1と、監視工程S2と、予防保全実行工程S3と、是正工程S4と、改善工程S5と、ライフサイクルマネジメント工程S6と、を含む。
図10は、INPOのAP913のダイアグラムに基づき、貴金属注入を実施するPWRに対応するプロセスとして構築したものである。
【0130】
選定工程S1は、機器ないし部位を分類して重要な要素を監視対象として選定する工程である。監視工程S2は、システムや要素のパフォーマンスを監視する工程である。予防保全実行工程S3は、機器条件等について予防保全措置を実行する工程である。是正工程S4は、改良保全等の是正措置を実行する工程である。改善工程S5は、機器信頼性を継続的に改善する改善措置を実行する工程である。ライフサイクルマネジメント工程S6は、システムや要素について監視による寿命延長等を管理するステップである。
【0131】
予防保全実行工程S3、是正工程S4および改善工程S5では、選定工程S1で監視対象として選定された部位に対して、SCCのリスクを低減する各種の措置を行う。予防保全実行工程S3、是正工程S4および改善工程S5の実行によって、一次冷却材に接液する部位のうちでSCCのリスクの高い部位の順位が変化する。ライフサイクルマネジメント工程S6では、このような順位の変化に応じて、監視対象の部位を選定し直しながら、SCCのリスクを低減する措置を繰り返す。
【0132】
SCCに対する機器信頼性確保プロセスは、
図1に示す工程S1~S5のうち、任意の工程から開始できる。通常は、常時監視する監視対象を特定するために、選定工程S1から開始する。以下、貴金属注入を実施するPWRに対応した各工程の詳細を説明する。
【0133】
(選定工程S1)
選定工程S1では、一次冷却材に接液する部位のうちで応力腐食割れ(SCC)のリスクの高い部位を選定する。例えば、一次冷却材に接液するステンレス鋼やニッケル基合金で形成された部位のうちで、当該部位に接液する一次冷却材の水質や、運転中に生じる応力等を考慮して、SCCのリスクが高い部位を選定する。そして、SCCのリスクが最高である部位を常時監視の監視対象として選定する。
【0134】
部位の選定は、原子炉の安全系に関する基準や圧力境界に関する基準を考慮して行うことができる。安全系に関する基準は、事故の影響を緩和するために備えられる冷却系統、その関連系統等の設計について、工学的な見地等から規定ないし推奨される基準である。圧力境界に関する基準は、圧力バウンダリ等の所定の範囲に含まれる機器や配管等について、工学的な見地等から規定ないし推奨される基準である。PWRの構造物、システムおよび機器(SSC)の重要度に基づいて、一次冷却材に接液する部位を、SCCのリスクに応じて順位付けすることができる。
【0135】
部位の選定は、リスク解析ツール、人為的リスク解析、または、これらの両方を利用して行うことができる。リスク解析ツールとしては、リスクを数値化して自動で定量的な解析を行うツール等が挙げられる。人為的リスク解析としては、専門家や、実務従事者や、これらの集団による会議、経験的分析、演繹的分析等に基づく解析が挙げられる。これらを利用すると、客観性を確保しつつ順位付けを行うことができる。
【0136】
SCCのリスクが高い部位としては、ステンレス鋼やニッケル基合金で形成されており、当該部位に接液する一次冷却材の水質や運転中に生じる応力がSCCを引き起こす可能性が高い部位が想定される。特に、接近が困難であり、補修や交換が実施し難い部位や、圧力バウンダリを構成する機器や構造物等が候補となる。このような部位の具体例としては、炉底部の計測ノズルや、炉上部の制御棒駆動機構ノズルや、熱電対ノズル等がある。
【0137】
選定工程S1の実行後には、監視工程S2や改善工程S5に移行できる。但し、通常は、監視対象のSCCのリスクを評価するために、監視工程S2に移行する。監視工程S2や改善工程S5では、選定工程S1で選定された最新の部位を対象として、ECPの監視や、腐食環境を緩和する措置等を行う。
【0138】
(監視工程S2)
監視工程S2では、監視対象として選定された部位の性能指標として、当該部位の腐食電位(ECP)を監視する。RCMでは、ERの状態を示すために、特定の性能指標を常時監視する必要がある。監視工程S2では、監視対象として選定された部位の電極電位を測定することによって、効果の指標であるECPの基準値に対する変動を監視する。ECPと基準値との関係を監視することによって、監視対象として選定された部位のSCCのリスクを判断する。監視対象のECPは、プラントの供用期間中に常時監視される。
【0139】
監視対象として選定された部位のECPは、電位センサによって測定される。電位センサとしては、監視対象として選定された部位と同じ系統に設置された既存の電位センサや、監視対象として選定された部位の近傍に新たに設置された新規の電位センサ等を用いることができる。電位センサは、配管継手状のフランジや、T字管や、配管の周壁に形成した案内口等に取り付けることができる。
【0140】
監視対象として選定された部位のSCCのリスクは、ECPの変動の確認に加え、監視対象として選定された部位の材料や、監視対象として選定された部位に生じる応力や、監視対象として選定された部位に接液する一次冷却材の水質パラメータを参照して評価できる。また、監視対象として選定された部位と同様の条件で測定されたSCCの発生時間や進展速度の実測結果を参照して評価できる。これらに基づくSCCのリスクの評価によって、PWRの構造物、システムおよび機器(SSC)のパフォーマンスを監視する。
【0141】
監視工程S2では、一次冷却材の溶存水素濃度、一次冷却材の導電率、一次冷却材のpH、一次冷却材の鉄イオン等の不純物イオンのイオン濃度、および、接液部に対する貴金属の付着量のうちの一以上を測定することが好ましい。SCCは、電気化学的な腐食の側面を持ち、一次冷却材の導電率やpHの影響を受ける。また、鉄イオン等の不純物イオンの溶出を伴う。そのため、これらを測定することによって、監視対象として選定された部位のSCCの状態を推定できる。
【0142】
監視工程S2の実行後には、是正工程S4や改善工程S5やライフサイクルマネジメント工程S6に移行できる。例えば、SCCのリスクが高い場合、是正工程4に移行できる。或いは、SCCのリスクが高い場合であって、是正工程S4を行ってもリスクが十分に低下しないと予測されるとき、改善工程S5に移行できる。
【0143】
(予防保全実行工程S3)
予防保全実行工程S3では、監視対象として選定された部位の応力腐食割れ(SCC)に対する予防保全措置を実行する。予防保全措置としては、監視対象として選定された部位に接液する一次冷却材に対し、水素注入と貴金属注入が少なくとも行われる。また、予防保全実行工程S3では、監視対象として選定された部位について、標準的な検査を行うことができる。
【0144】
水素ガスの注入量や貴金属化合物の溶液の注入量は、監視対象として選定された部位の電極電位が、ステンレス鋼のSCCを抑制するために必要な目標電位以下の範囲、且つ、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が目標電位差よりも大きい範囲となるように制御する。例えば、腐食電位が-400mV vs.SHE以下となり、且つ、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が十分に大きい範囲となるように、水素注入と貴金属注入によって一次冷却材の溶存水素濃度を制御する。
【0145】
標準的な検査は、SCCの発生状況を調べる検査であり、実測を伴って行われる。標準的な検査は、常時監視とは異なり、必要時に断続的に行われる。標準的な検査としては、目視による検査や、浸透探傷検査や、超音波探傷検査等を行うことができる。標準的な検査によって、SCCの発生の有無や、SCCの発生時間や、SCCの進展速度等が評価される。標準的な検査を行うことによって、常時監視されるECPとSCCの発生状況との相関関係を校正することが可能になる。
【0146】
予防保全実行工程S3の実行後には、監視工程S2に移行できる。監視工程S2では、予防保全実行工程S3の実行後の腐食電位やSCCの発生時間や進展速度を確認することができる。
【0147】
(是正工程S4)
是正工程S4では、監視対象として選定された部位に接液する一次冷却材の水質パラメータを制御する是正措置を実行する。水質パラメータの制御によって、SCCの発生時間や進展速度を低減させて、ステンレス鋼のSCCとニッケル基合金のSCCを抑制する。是正措置としては、水素注入の条件の変更や、貴金属注入の条件の変更を行うことができる。水質パラメータとしては、一次冷却材の溶存水素濃度を少なくとも制御する。
【0148】
是正工程S4では、監視対象として選定された部位の電極電位が、ステンレス鋼のSCCを抑制するために必要な目標電位以下の範囲、且つ、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が目標電位差よりも大きい範囲となるように是正措置を実行する。例えば、腐食電位が-400mV vs.SHE以下となり、且つ、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が十分に大きい範囲となるように、水素注入と貴金属注入によって一次冷却材の溶存水素濃度を制御する。
【0149】
水質パラメータとしては、一次冷却材の溶存水素濃度と、一次冷却材の導電率、一次冷却材のpH、一次冷却材の鉄イオン等の不純物イオンのイオン濃度、および、接液部に対する貴金属の付着量のうちの一以上とを制御することが好ましい。これらの水質パラメータを制御すると、効果の指標である腐食電位を一次冷却材の水質に応じて、より正確に制御することができる。貴金属の付着量が減少している場合には、貴金属化合物の再注入や増量によって、腐食電位を目標範囲内に調整できる。
【0150】
是正工程S4の実行後には、監視工程S2や改善工程S5やライフサイクルマネジメント工程S6に移行できる。例えば、SCCのリスクを確認するために、監視工程S2に移行できる。或いは、SCCのリスクが高い場合であって、是正工程S4を行ってもリスクが十分に低下しないとき、改善工程S5に移行できる。
【0151】
(改善工程S5)
改善工程S5では、監視対象として選定された部位の材料を交換する改善措置や、監視対象として選定された部位の応力を緩和する措置を実行する。改善措置は、是正工程S4を実行しても、監視対象として選定された部位の電極電位と、ニッケルの酸化物形成反応の平衡電位との差分が、予め設定された目標電位差よりも大きくならない場合に行うことができる。
【0152】
材料を交換する改善措置では、監視対象として選定された部位の材料を、現在の材料と同種の材料に交換してもよいし、現在の材料と異なる材料に交換してもよい。例えば、現在の材料よりも耐食性が高い材料に変更できる。監視対象として選定された部位の材料は、現在の材料と異なる金属種に変更してもよいし、同じ金属種のうちの異なる化学組成に変更してもよい。例えば、ニッケル基合金600からニッケル基合金690への変更や、182合金から82合金への変更等を行うことができる。
【0153】
応力を低減する措置では、一次冷却材に接液する材料に対して、圧縮応力を付与する処理や、残留応力を緩和する処理等を行うことができる。圧縮応力を付与する処理としては、ショットピーニング、ウォータジェットピーニング、超音波ショットピーニング等が挙げられる。残留応力を緩和する処理としては、レーザピーニング、一次冷却材に接液する材料の熱処理等が挙げられる。
【0154】
改善工程S5の実行後には、監視工程S2や予防保全実行工程S3やライフサイクルマネジメント工程S6に移行できる。例えば、SCCのリスクを確認するために、監視工程S2に移行できる。或いは、改善措置後の材料に予防保全措置を実施するために、予防保全実行工程S3に移行できる。
【0155】
(ライフサイクルマネジメント工程S6)
ライフサイクルマネジメント工程S6では、選定工程S1、監視工程S2、予防保全実行工程S3、是正工程S4および改善工程S5の長期にわたる継続的な繰り返しによって、PWRの一次冷却材に接液する接液部の応力腐食割れ(SCC)によるリスクをプラントの運転期間にわたって管理する。SCCによるリスクを管理することによって、プラントのERを向上させる。
【0156】
ライフサイクルマネジメント工程S6では、工程S1~S5の繰り返し毎に、SCCのリスクに応じて、監視対象となる部位を更新する。そして、監視対象として選定された部位について、腐食電位の監視や、水素注入および貴金属注入による予防保全措置や、水質パラメータを是正する是正措置や、材料の交換や応力を緩和する改善措置を繰り返す。
【0157】
工程S1~S5を繰り返す間には、腐食電位の測定結果や、SCCの発生時間や進展速度の評価結果を、監視対象の部位毎のデータとして蓄積できる。繰り返しの過程で蓄積したデータは、監視対象として選定された部位のSCCの発生時間や進展速度の推定に用いることができる。SCCの発生時間や進展速度の推定を行うことによって、定期的な検査の時間間隔を延長し、その間のSCCの監視を腐食電位の監視によって代用できる。
【0158】
以上のSCCに対する機器信頼性確保プロセスによると、SCCのリスクの高い部位を監視対象として、ECPを常時監視するため、性能指標に基づいて推定される監視対象のSCCの発生時間や進展速度を、目標範囲に入るように管理することができる。そのため、原子力プラントの構造物、システムおよび機器(SSC)の全体について、SCCのリスクを、予防保全を合理的に実施可能な水準(As Low As Reasonably Practicable:ALARP)まで低下させることができる。コンフィグレーション管理上で、各SSCが、設計通りのあるべき状態であることや、あるべき性能を発揮していることが示されることになるため、プラントのSCCに対する機器信頼性が良好であることを明示することができる。
【0159】
また、以上のSCCに対する機器信頼性確保プロセスによると、SCCのリスクに応じて監視対象を選定するため、監視対象として選定された部位だけでなく、選定された部位が属する系統内の他の部位についても機器信頼性を確保できる。RCMの適用によると、長期的な観点からは、SCCの状況の定期的な検査の一部を監視指標の常時監視によって代替できる。検査の時間間隔の延長や、検査の頻度の軽減や、検査の部位の削減が可能であるため、機器信頼性を確保しつつ、検査を合理化して、検査の物量や検査のコストを低減できる。よって、このような機器信頼性確保プロセスによって、機器信頼性の向上と機器保全の合理化とを同時に実現し、検査の簡素化や作業者の安全性の確保を図れる。
【0160】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更が可能である。例えば、本発明は、必ずしも前記の実施形態が備える全ての構成を備えるものに限定されない。或る実施形態の構成の一部を他の構成に置き換えたり、或る実施形態の構成の一部を他の形態に追加したり、或る実施形態の構成の一部を省略したりすることができる。
【符号の説明】
【0161】
P1 原子炉
P10 一次冷却系配管
P12 圧力容器
P13 炉心
P14 加圧器
P15 蒸気発生器
P17 ホットレグ
P18 クロスオーバーレグ
P19 コールドレグ
P20 給水系
P22 主蒸気配管
P23 タービン
P24 復水器
P27 給水ポンプ
P29 高圧給水加熱器
P30 化学体積制御系配管
P31 貴金属注入装置
P32 貴金属注入配管
P33 再生熱交換器
P34 非再生熱交換器
P35 樹脂塔
P36 フィルタ
P37 体積制御タンク
P38 純水タンク
P39 供給ポンプ
P40 薬品タンク
P41 供給ポンプ
P42 薬注装置
P43 薬注装置
P44 注入ポンプ
P45 シール水注入配管
P46 薬品注入系統
P47 余熱除去系配管
P48 余熱除去系ポンプ
P49 冷却器
P50 電位センサ
P100 一次冷却系
P200 二次冷却系
P300 化学体積制御系
P400 余熱除去系