(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025008712
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】水素ガスの検知方法及び検知装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/17 20060101AFI20250109BHJP
【FI】
G01N21/17 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023111121
(22)【出願日】2023-07-06
(71)【出願人】
【識別番号】000214191
【氏名又は名称】長崎県
(74)【代理人】
【識別番号】100120086
【弁理士】
【氏名又は名称】▲高▼津 一也
(74)【代理人】
【識別番号】100191204
【弁理士】
【氏名又は名称】大塚 春彦
(72)【発明者】
【氏名】田尻 健志
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA05
2G059BB01
2G059DD12
2G059DD13
2G059EE02
2G059EE12
2G059HH02
2G059JJ01
(57)【要約】
【課題】迅速かつ高感度に、常温でリアルタイムに水素ガスを検知することができる、微小球を用いたウィスパリングギャラリーモード(WGM)に基づく水素ガスの検知方法及検知装置を提供すること。
【解決手段】基板10上に配置された微小球1に対して、基板10の裏面側から光9を照射し、基板10の表面側から染み出したエバネセント光11により微小球1表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードを共振させ、微小球1表面から発せられる散乱光の共振ピーク波長を検出して、水素ガス存在時及び非存在時の共振ピーク波長の変化に基づき、水素ガスを検知する水素ガスの検知方法及び検知装置である。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に配置された微小球に対して、該基板の裏面側から光を照射し、該基板の表面側から染み出したエバネセント光により微小球表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードを共振させ、前記微小球表面から発せられる散乱光の共振ピーク波長を検出して、水素ガス存在時及び非存在時の共振ピーク波長の変化に基づき、水素ガスを検知することを特徴とする水素ガスの検知方法。
【請求項2】
前記微小球は、その表面の一部が水素ガスを吸蔵する材料で構成されていることを特徴とする請求項1記載の水素ガスの検知方法。
【請求項3】
前記微小球は、その表面に水素ガスを保持可能な細孔を有していることを特徴とする請求項1記載の水素ガスの検知方法。
【請求項4】
前記水素ガスを吸蔵する材料が、パラジウム、ニオブ、チタン、タングステン、ニッケル及びバナジウムから選ばれるいずれかの材料であることを特徴とする請求項2記載の水素ガスの検知方法。
【請求項5】
前記微小球が、SiO2から構成されていることを特徴とする請求項3記載の水素ガスの検知方法。
【請求項6】
ケーシング内に収容された、基板上に配置された微小球と、
照射光を前記微小球の径以下に集光しエバネセント光を発生できる励起用対物レンズを介して基板の裏面側から光を照射する光源と、
前記微小球表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードの共振ピーク波長を検出する分光器と、
を備えたことを特徴とする水素ガス検知装置。
【請求項7】
前記微小球は、その表面の一部が水素ガスを吸蔵する材料で構成されていることを特徴とする請求項6記載の水素ガス検知装置。
【請求項8】
前記微小球は、その表面に水素ガスを保持可能な細孔を有していることを特徴とする請求項6記載の水素ガス検知装置。
【請求項9】
前記水素ガスを吸蔵する材料が、パラジウム、ニオブ、チタン、タングステン、ニッケル及びバナジウムから選ばれるいずれかの材料であることを特徴とする請求項7記載の水素ガス検知装置。
【請求項10】
前記微小球が、SiO2から構成されていることを特徴とする請求項8記載の水素ガス検知装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素ガスの検知方法及び検知装置に係り、特に、単一の微小球を用いたウィスパリングギャラリーモード(WGM)に基づく水素ガスの検知方法及び検知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
再生可能エネルギーを主力電源として利用するためには、コスト、系統制約、調整力の問題を解決する必要がある。このような状況の中、余剰電力を水素に変換して貯蔵・利用するPower To Gas(P2G)が注目され、実用化に向けた実証事業が進められている。しかしながら、水素ガスは拡散し易く、爆発し易いという特徴を持っているため、作業時の安全性の確保やガス漏れ時の迅速な検知が求められていた。
【0003】
水素ガスの迅速な検知手法として、接触燃焼式、半導体式、光学式などによる研究や開発が進められているが、中でも水素の爆発濃度範囲(4~74%)を広範囲に検知できる光学式検知手法は、常温での迅速性や安全性等の点で優れているため開発が行われている(例えば、特許文献1~2参照)。
【0004】
特許文献1には、水素原子を吸蔵した着色するガスクロミック金属薄膜を用いて、水素ガスとの反応で光反射が変わることにより、水素ガスの漏洩を判別する方法が公開されている。
【0005】
特許文献2には、半導体レーザーを測定対象のガスに照射し、ラマン散乱光を検出することにより、ガス濃度を測定する方法が公開されている。
【0006】
しかし、これらの検知方法や検査装置は、センサー部分の劣化に伴う薄膜の交換や測定機器の調整が必要となることから、ランニングコストを抑えた検査結果を得ることは難しい。
【0007】
一方、単一の共振器内にプローブ光を入射し循環させる光学モードを利用した技術が開発されている。この光学共振モードおよび共振は、ウィスパリングギャラリーモード(WGM)、または、形態依存共振(MDR)と呼ばれ、プローブ光で入射した光が共振器の境界面で全反射し閉じ込められた場合に発生する。
【0008】
例えば、WGMは、表面の状態に非常に敏感であるために、微小球表面に標的分析物と結合する結合パートナーを固定化し、WGMのプロファイルピークを検出するバイオセンサーに利用されている(例えば、特許文献3~4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】実登第3192325号公報
【特許文献2】特開2011-158307号公報
【特許文献3】特開2012-137490号公報
【特許文献4】特表2012-509070号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
水素を取り扱う現場では、ガスの爆発を防止するため、迅速かつ高精度に水素ガスを検知する方法が求められている。また、作業時の安全性を確保するため、常温でリアルタイムに水素ガスを検知することが望まれている。
【0011】
本発明の課題は、迅速かつ高感度に、常温でリアルタイムに水素ガスを検知することができる、微小球を用いたウィスパリングギャラリーモード(WGM)に基づく水素ガスの検知方法及検知装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、単一の微小球を使用したウィスパリングギャラリーモードに基づく水素ガスの検知方法を見いだした。すなわち、基板上に配置された微小球に対して、該基板の裏面側から光を照射し、基板の表面側から染み出したエバネセント光により微小球表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードを共振することにより、微小球表面から発せられる散乱光の共振ピーク波長を検出して、水素ガス存在時及び非存在時の共振ピーク波長の変化に基いて、水素ガスを検知できることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]基板上に配置された微小球に対して、該基板の裏面側から光を照射し、該基板の表面側から染み出したエバネセント光により微小球表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードを共振させ、前記微小球表面から発せられる散乱光の共振ピーク波長を検出して、水素ガス存在時及び非存在時の共振ピーク波長の変化に基づき、水素ガスを検知することを特徴とする水素ガスの検知方法。
[2]前記微小球は、その表面の一部が水素ガスを吸蔵する材料で構成されていることを特徴とする上記[1]記載の水素ガスの検知方法。
[3]前記水素ガスを吸蔵する材料が、パラジウム、ニオブ、チタン、タングステン、ニッケル及びバナジウムから選ばれるいずれかの材料であることを特徴とする上記[2]記載の水素ガスの検知方法。
[4]前記微小球は、その表面に水素ガスを保持可能な細孔を有していることを特徴とする上記[1]~[3]のいずれか記載の水素ガスの検知方法。
[5]前記微小球が、SiO2から構成されていることを特徴とする上記[4]記載の水素ガスの検知方法。
【0014】
[6]ケーシング内に収容された、基板上に配置された微小球と、
照射光を前記微小球の径以下に集光しエバネセント光を発生できる励起用対物レンズを介して基板の裏面側から光を照射する光源と、
前記微小球表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードの共振ピーク波長を検出する分光器と、
を備えたことを特徴とする水素ガス検知装置。
[7]前記微小球は、その表面の一部が水素ガスを吸蔵する材料で構成されていることを特徴とする上記[6]記載の水素ガス検知装置。
[8]前記水素ガスを吸蔵する材料が、パラジウム、ニオブ、チタン、タングステン、ニッケル及びバナジウムから選ばれるいずれかの材料であることを特徴とする上記[7]記載の水素ガス検知装置。
[9]前記微小球は、その表面に水素ガスを保持可能な細孔を有していることを特徴とする上記[6]~[8]のいずれか記載の水素ガス検知装置。
[10]前記微小球が、SiO2から構成されていることを特徴とする上記[9]記載の水素ガス検知装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明の水素ガスの検知方法及検知装置によれば、迅速かつ高感度に、常温でリアルタイムに水素ガスを検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の水素ガスの検知方法及び検知装置に用いる一実施形態に係る微小球の説明図であり、(a)は、水素ガスを吸蔵する材料からなる薄膜が表面の一部に形成された状態を示す模式図であり、(b)は、薄膜が水素ガスを吸蔵し膨張した状態を示す模式図である。
【
図2】本発明の水素ガスの検知方法及び検知装置に用いる他の実施形態に係る微小球の説明図であり、水素ガスを保持可能な細孔を有する微小球の表面に水素ガスが保持されている(水素ガスが浸透している)状態を示す模式図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る水素ガス検知装置の概略図である。
【
図4】本発明の水素ガス検知装置を含む一実施形態に係るシステムを示す概略図である。
【
図5】(a)は、パラジウム薄膜を形成したシリカ微小球を用いた場合の、水素ガスを充填する前後のWGMの共振ピーク波長を示すグラフであり、(b)は、Mie散乱理論より算出した微小球の表面状態におけるWGMの共振ピーク波長を示すグラフである。
【
図6】無修飾のシリカ微小球を用いた場合の、濃度が異なる水素ガスを充填した場合におけるWGMの共振ピーク波長の変化を示す図であり、濃度3.92%、9.83%、30.00%、50.30%、99.99%の水素ガスを充填した場合を示す。図中の白矢印は、大気中のWGMの共振ピーク波長を基準とし、水素ガスを充填した後に共振ピーク波長が短波長側へ変化したことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の水素ガスの検知方法は、基板上に配置された微小球に対して、基板の裏面側から光を照射し、基板の表面側から染み出したエバネセント光により微小球表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードを共振させ、微小球表面から発せられる散乱光の共振ピーク波長を検出して、水素ガス存在時及び非存在時の共振ピーク波長の変化に基づき、水素ガスを検知することを特徴とする。
【0018】
本発明の水素ガスの検知方法によれば、迅速かつ高感度に、常温でリアルタイムに水素ガスを検出することができる。すなわち、WGMのピーク信号の変化を用いて、水素ガスの有無を容易に検知することができる。これにより、作業時の安全性の確保やガス漏れ時の迅速な検知が可能となる。また、本発明の検知方法は、センサー部分を加熱する必要がないため、安全性が高い。さらに、単一の微小球、所定の光源、分光器を用いることで水素ガスを検知可能なため、従来の接触燃焼式、半導体式、光学式などの水素ガスセンサーよりも、コストを抑えて効率的に水素ガスを検知することができる。
【0019】
本発明の水素ガスの検知方法は、水素製造施設、水素貯蔵施設、水素運搬車、水素自動車、燃料電池船など水素を利用する現場等において用いることができる。
【0020】
本発明の水素ガスの検知方法は、爆発濃度範囲(4~74%)の濃度の水素を検出することができるものであり、爆発濃度範囲以下の濃度の水素も検知可能である。また、本発明の検知方法は、常温で水素ガスを検知することができる。ただし、常温環境下以外の環境下で用いることを妨げるものではない。
【0021】
[基板]
基板は、その上に微小球が載置される透明な板状部材であり、その裏面側から光を照射した場合に、エバネセント光を表面側から染み出させることができるものであれば制限されない。基板の厚みとしては、200μm以下であることが好ましく、50~170μmであることがより好ましい。これにより、励起用対物レンズと平面状基板との間をイマージョンオイルで満たした場合にも、焦点を微小球に合わせやすい。
【0022】
[微小球]
微小球の直径としては、0.5~15μmであることが好ましく、1~10μmであることがより好ましい。また、透明なものが好ましく、また、真球性が高く屈折率が高いものが好ましい。これにより、より確実に、微小球の表面内に光を閉じ込めることができる。微小球を構成する材料としては、具体的に例えば、SiO2、PMMA、アクリル、ポリスチレン等を挙げることができ、SiO2が特に好ましい。
【0023】
微小球は、その表面の一部が水素ガスを吸蔵する材料(水素ガス吸蔵材料)で構成されていることが好ましい。微小球の全面が水素ガス吸蔵材料で構成されている場合には、微小球表面における光の吸収が大きく、微小球表面を周回する光が減衰するため、WGMを励起できないおそれがある。微小球の表面における水素ガス吸蔵材料は、微小球表面を周回する光(WGM)の軌道面において20~80%存在することが好ましく、25~50%存在することがより好ましい。
【0024】
微小球の表面の一部が水素ガス吸蔵材料で構成されている態様としては、水素ガス吸蔵材料以外の材料で構成された微小球の表面を水素ガス吸蔵材料で被覆する態様を挙げることができる。具体的に好ましい態様としては、例えば、水素ガス吸蔵材料が、水素ガス吸蔵材料以外の材料で構成された微小球の表面にドット状に存在している態様や、ボーダー状に存在されている態様等を挙げることができる。水素ガス吸蔵材料の被覆厚さとしては、例えば、10~40nmであることが好ましく、15~30nmであることがより好ましい。
【0025】
(水素ガス吸蔵材料)
水素ガス吸蔵材料としては、膨張や屈折率が変化するなど水素ガスを特異的に吸蔵するものであれば特に制限されるものではなく、例えば、パラジウム、ニオブ、チタン、タングステン、ニッケル、バナジウム等を挙げることができ、パラジウムが好ましい。
【0026】
(水素ガス保持細孔)
微小球は、その表面に水素ガスを保持可能な細孔を有している態様も好ましい。また、細孔にヒドロキシル基(OH基)を備えているものが好ましい。このような細孔を有する微小球は、表面の一部が水素ガスを吸蔵する材料で構成されていなくても(無修飾の微小球であっても)、水素ガスを微小球表面に保持することができ、共振ピーク波長の変化を生じさせて、水素ガスを検知することができる。
【0027】
水素ガスを保持可能な細孔を有する微小球としては、SiO2から構成されている微小球を挙げることができる。
なお、本発明の微小球は、微小球自体が水素ガスを保持可能な細孔を有する材料で構成され、その表面の一部が水素ガスを吸蔵する材料で被覆された態様が特に好ましい。
【0028】
続いて、上記水素ガスの検知方法に用いることが可能な水素ガス検知装置について説明する。
本発明の水素ガス検知装置は、ケーシング内に収容された、基板上に配置された微小球と、照射光を微小球の径以下に集光しエバネセント光を発生できる励起用対物レンズを介して基板の裏面側から光を照射する光源と、微小球表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードの共振ピーク波長を検出する分光器と、を備えたことを特徴とする。
【0029】
本発明の水素ガスの検知装置によれば、迅速かつ高感度に、常温でリアルタイムに水素ガスを検出することができる。すなわち、WGMのピーク信号の変化を用いて、水素ガスの有無を容易に検知することができる。これにより、作業時の安全性の確保やガス漏れ時の迅速な検知が可能となる。また、本発明の検知装置は、センサー部分を加熱する必要がないため、安全性が高い。さらに、単一の微小球、所定の光源、分光器を用いることで水素ガスを検知可能なため、従来の接触燃焼式、半導体式、光学式などの水素ガスセンサーよりも、コストを抑えて効率的に水素ガスを検知することができる。
【0030】
本発明の水素ガスの検知装置は、水素製造施設、水素貯蔵施設、水素運搬車、水素自動車、燃料電池船など水素を利用する現場等において用いることができる。
【0031】
[基板及び微小球]
基板及び微小球は、上記水素ガスの検知方法で説明したものと同様のため省略する。
【0032】
[励起用対物レンズ]
励起用対物レンズは、大きな開口数(NA)を有するものが好ましい。これにより、入射光のスポット径が微小球の直径以下となり、微小球以外からの迷光を検出せず、高いS/N比で検出が可能となる。
【0033】
[分光器]
分光器の分解能は、1nm以下であることが好ましい。これにより、分光器で検出した散乱光の共振ピーク波長が、約2~4nm長波長側へシフトしても検出が可能となる。
【0034】
以下、本発明を実施するための一実施形態について図面を参照しつつ説明するが、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0035】
ここで、
図1は、本発明の水素ガスの検知方法及び検知装置に用いる一実施形態に係る微小球の説明図であり、(a)は、水素ガスを吸蔵する材料からなる薄膜が表面の一部に形成された状態を示す模式図であり、(b)は、薄膜が水素ガスを吸蔵し膨張した状態を示す模式図である。
図2は、本発明の水素ガスの検知方法及び検知装置に用いる他の実施形態に係る微小球の説明図であり、水素ガスを保持可能な細孔を有する微小球の表面に水素ガスが保持されている(水素ガスが浸透している)状態を示す模式図である。
【0036】
図1(a)に示すように、本発明の水素ガスの検知方法及び検知装置に用いる微小球1は、マイクロキャビティー共振器として真球性のあるシリカ微小球である。微小球1は、厚さ40nm程度のパラジウム薄膜2が微小球1の表面にドット状に形成されている。微小球1は、平面状基板上に配置される。
【0037】
図1(b)に示すように、微小球1は、水素ガスを吸蔵すると、膨張したパラジウム薄膜3により屈折率が変化し、WGMに起因した周期的な共振ピーク波長の変化を検出することで水素ガスの存在及び非存在の判定(水素ガスの検知)が可能となる。
【0038】
微小球1では、平面状基板の裏面側から入射した光が平面状基板の表面側で全反射した時に発生するエバネセント光により、その表面が励起され、表面内に光を閉じ込め循環するWGMが発生する。このとき、微小球1の表面から発する散乱光からは、WGMに起因した周期的な共振ピーク波長を有するスペクトルが検出される。この共振ピーク波長は、微小球の直径や屈折率、微小球周辺の状態などにより非常に敏感であるため、共振ピーク波長の変化に基づき、水素ガスの有無を検知することができる。
【0039】
また、
図2に示すように、他の実施形態に係るシリカ微小球1Aは、水素ガス4を保持可能な細孔2Aを有している。細孔2Aは、全体の半分程度に設けられ、その径は、水素ガス4の動的分子径0.289nmよりも大きい。そのため、水素ガス4がシリカ微小球1A表面に浸透し、表面のヒドロキシル基(OH基)と化学結合する。
【0040】
続いて、本発明の一実施形態に係る水素ガス検知装置について説明する。ここに、
図3は、本発明の一実施形態に係る水素ガス検知装置の概略図である。
図3に示すように、本発明の水素ガス検知装置は、ケーシング内に収容された、平面状基板10上に配置された微小球1と、照射光を微小球1の径以下に集光しエバネセント光11を発生できる励起用対物レンズ8を介して基板10の裏面側から光を照射する励起用光源5と、微小球1表面に励起されるウィスパリングギャラリーモードの共振ピーク波長を検出する分光器18とを備えている。
【0041】
励起用光源5は白色光源であり、偏光子6によってTE偏光とTM偏光の励起方向を切替え、反射ミラー7によって倒立型の励起用対物レンズ8へ入射光9を照射する。微小球1は、ディッシュ底面に貼りつけた平面状基板10に配置させる。入射光9は、大きな開口数(NA)を持つ励起用対物レンズ8により入射されるため、平面状基板10への入射光9の角度は全反射角度以上となり、平面状基板10の表面上に局在波であるエバネセント光11が発生する。励起用対物レンズ8と平面状基板10の間をイマージョンオイル12で満たして、焦点が微小球1に合うようにするために、平面状基板10の厚みは170μm以下であることが好ましい。
【0042】
本発明の水素ガス検知装置においては、大きな開口数(NA)を持つ励起用対物レンズ8を用いることで、入射光9のスポット径は微小球1の直径以下となり、微小球1以外からの迷光を検出せず、高いS/N比で検出が可能となる。また、Oリングとシールテープを用い封止蓋13で封止し、検出部に挿入したチューブ14から水素ガス4を充填することで、水素ガス4の有無による高精度なスペクトルの検出が可能となる。微小球1からの散乱光は上部に取り付けられた検出用レンズ15により集光し、X軸移動ミラー16によりCCDカメラ17の観測と分光器18のスペクトル検出に切替えながら評価することができる。なお、分光器18で検出した散乱光は、水素ガスの存在により、共振ピーク波長が約2~4nm短波長側へシフトするため、分光器18の分解能は1nm以下のものを用いることが好ましい。
【0043】
図4は、本発明の水素ガス検知装置を含む一実施形態に係るシステムを示す概略図である。WGM光検出部19(
図3に示した水素ガス検知装置において分光器18を除いたもの)から取得した散乱光は光ファイバー20で導光され、分光器18で検出される。分光器18により光信号から変換された電気信号は、波長変化検出部21により共振ピーク波長の変化量が算出され、漏洩ガス判定部22により微小球1の表面に目的のガスを吸蔵したことを判定できる。
【0044】
例えば、分光器18の波長分解能を1nmに設定し、漏洩ガス判定部22により水素ガス4を検知すると、検知時間は1~2秒程度である。
【実施例0045】
上記の水素ガス検知装置を用いて、水素ガスの検知の実証実験を行った。
以下実証実験の内容を具体的に説明する。
【0046】
(1)水素ガス
太陽日酸社、および、ジーエルサイエンス社の水素ガスカセット缶を使用した。水素濃度(4%~50%)の調整には、窒素をバランスガスとして使用した。
【0047】
(2)微小球プローブ
直径10μmのシリカ微小球(micromod社製)を使用し、水素ガスを特異的に吸蔵するパラジウム薄膜を粉体めっき(清川メッキ学研究所社製)により形成した。
【0048】
(3)照射光
励起用光源として、Technology社の白色光源(170~2100nm)を使用した。シグマ光機社製の偏光子(グラントムソンプリズム)を90°回転することにより、ランダム偏光からTEまたはTMの偏光方向を選択した。
【0049】
(4)水素ガスの充填と排気方法
微小球を配置するガラスベースディッシュ(Iwaki社製)にフッ素樹脂チューブ(日星電気製)を挿入し、ガスカセット缶より水素ガスを充填した。水素ガスの排気はガスカセット缶からの充填を停止し大気中へ放出した。
【0050】
(5)微小球プローブの評価方法
微小球プローブは、
図3のガラスベースディッシュの底面に貼りつけた平面状基板の上に配置し、ニトリルゴムOリング(uxcell社製)やシールテープ(スリーボンド社製)を用いて封止蓋で封止した。白色光源で微小球を励起し、555~580nmの波長領域で散乱光スペクトルを検出した。
【0051】
ここに、
図5(a)は、パラジウム薄膜を形成したシリカ微小球を用いた場合の、水素ガスを充填する前後のWGMの共振ピーク波長を示すグラフであり、
図5(b)は、Mie散乱理論より算出した微小球の表面状態におけるWGMの共振ピーク波長を示すグラフである。
【0052】
図5(a)のグラフに示すように、微小球を励起しながら水素(濃度99.99%)を充填すると散乱光スペクトルの中に微小球の表面状態を反映したWGMの共振ピーク波長を検出できた。すなわち、水素ガスを充填すると、短波長側に3~4nmシフト変化した。
【0053】
また、検出した共振ピーク波長は、
図5(b)のグラフで示したMie理論による散乱断面積とフィッティングすることで薄膜の屈折率や厚みの変化を見積れる。
シリカ微小球1の直径と屈折率を10μmと1.40、空気と水素の屈折率を1.000300と1.000139とする。水素を充填すると微小球1表面のパラジウム薄膜2の厚みが10%膨張し、屈折率が低下すると、
図5(a)のWGMの共振ピーク波長の変化と一致することがわかる。なお、ここでは、シリカ微小球1にパラジウム薄膜2が単一層になって固定化されているとし、パラジウム層の厚みは20nmから22nm、屈折率は1.40から1.0として計算している。
【0054】
図6は、無修飾のシリカ微小球を用いた場合の、濃度が異なる水素ガスを充填した場合におけるWGMの共振ピーク波長の変化を示す図であり、濃度3.92%、9.83%、30.00%、50.30%、99.99%の水素ガスを充填した場合を示す。図中の白矢印は、大気中のWGMの共振ピーク波長を基準とし、水素ガスを充填した後に共振ピーク波長が短波長側へ変化したことを示す。
【0055】
5種類の水素ガスカセット缶(濃度3.92%、9.83%、30.00%、50.30%、99.99%)を交換し濃度を変化させると、共振ピーク波長が短波長側へシフトし、水素の爆発濃度範囲(4~74%)において検知が可能であることがわかる。また、水素濃度が高いほど共振ピーク波長の変化が大きくなることがわかる。なお、窒素ガスを充填すると共振ピーク波長の変化は1nm以下と変化が殆どなく、本検知手法が水素ガスを特異的に検知していることがわかる。
【0056】
パラジウム薄膜を形成したシリカ微小球及び無修飾のシリカ微小球は、水素ガスの充填を停止すると共振ピーク波長が充填前の位置へ復帰し、再度水素ガスを充填すると再度共振ピーク波長が短波長側へシフトすることを確認した。すなわち、シリカ微小球は、再利用が可能である。