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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025008957
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 31/00 20060101AFI20250109BHJP
【FI】
B23K31/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023111616
(22)【出願日】2023-07-06
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100136777
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 純子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼嶋 康人
(72)【発明者】
【氏名】杵渕 雅男
(72)【発明者】
【氏名】松下 政弘
(72)【発明者】
【氏名】岩竹 ちよ美
(72)【発明者】
【氏名】泉 学
(72)【発明者】
【氏名】三大寺 悠介
(57)【要約】
【課題】高い疲労強度を示す溶接継手の製造方法を提供する。
【解決手段】複数の鋼材を溶接してなる溶接継手の製造方法であって、
前記複数の鋼材を溶接し、溶接まま状態の溶接継手を得る溶接工程と、
溶接まま状態の溶接継手の溶接ビード止端部を含む領域を研削し、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を露出させる研削工程と
を含む、溶接継手の製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の鋼材を溶接してなる溶接継手の製造方法であって、
前記複数の鋼材を溶接し、溶接まま状態の溶接継手を得る溶接工程と、
溶接まま状態の溶接継手の溶接ビード止端部を含む領域を研削し、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を露出させる研削工程と
を含む、溶接継手の製造方法。
【請求項2】
前記複数の鋼材の少なくとも1つは耐疲労鋼である、請求項1に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項3】
前記溶接工程の後であって、前記研削工程の前に、
前記溶接まま状態の溶接継手の溶接ビードの長手方向に垂直な断面で、溶け込み状況を確認する、溶け込み状況確認工程と、
前記断面において、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線から、研削砥石盤の中心が位置する母材表面に対する垂線までの距離と、研削深さとを含む研削条件を、溶け込み状況に応じて決定する、研削条件決定工程とを含み、
前記研削工程で、研削条件決定工程で決定された研削条件で研削する、請求項1に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項4】
前記研削工程では、研削砥石盤の中心が、溶接ビードの長手方向に垂直な断面において、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線上にある、請求項1に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項5】
前記研削工程では、研削砥石盤の中心が、溶接ビードの長手方向に垂直な断面において、溶接ビード止端部よりも母材原質部側の位置における母材表面に対する垂線上にある、請求項1に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項6】
前記研削工程では、前記領域の研削深さを少なくとも0.2mmとする、請求項1に記載の溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁、船舶、建築物、建設機械等の溶接構造物では、該溶接構造物の疲労強度向上の観点から、溶接継手の疲労強度を向上することが求められる。溶接継手の疲労強度を向上させる技術として、溶接残留応力を低減する技術、止端形状を改善する技術等が挙げられる。前記溶接残留応力を低減する技術として、例えば特許文献1には、溶接ビードに沿ってハンマーピーニングまたは超音波衝撃処理で圧縮残留応力を導入して疲労強度を改善する方法が示されている。また特許文献2、特許文献3には、低変態温度溶接材料を使用して溶接する方法が示されている。前記止端形状を改善する技術として、例えば特許文献4には、隅肉溶接継手の溶接止端部を研削する方法、また特許文献5には、TIGアーク熱により溶接止端部を溶融して滑らかにする方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-233590号公報
【特許文献2】特許3851953号
【特許文献3】特許3752545号
【特許文献4】特開平5-69128号公報
【特許文献5】特開昭59-110490号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記の通り、溶接継手の疲労強度を向上させる方法として種々の方法があるが、これらの方法では、溶接継手の疲労強度を十分高めることが難しく、更なる改善が必要であると考えられる。本開示は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、高い疲労強度を示す溶接継手の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の態様1は、
複数の鋼材を溶接してなる溶接継手の製造方法であって、
前記複数の鋼材を溶接し、溶接まま状態の溶接継手を得る溶接工程と、
溶接まま状態の溶接継手の溶接ビード止端部を含む領域を研削し、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を露出させる研削工程と
を含む、溶接継手の製造方法である。
【0006】
本発明の態様2は、
前記複数の鋼材の少なくとも1つは耐疲労鋼である、態様1に記載の溶接継手の製造方法である。
【0007】
本発明の態様3は、
前記溶接工程の後であって、前記研削工程の前に、
前記溶接まま状態の溶接継手の溶接ビードの長手方向に垂直な断面で、溶け込み状況を確認する、溶け込み状況確認工程と、
前記断面において、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線から、研削砥石盤の中心が位置する母材表面に対する垂線までの距離と、研削深さとを含む研削条件を、溶け込み状況に応じて決定する、研削条件決定工程とを含み、
前記研削工程で、研削条件決定工程で決定された研削条件で研削する、態様1または2に記載の溶接継手の製造方法である。
【0008】
本発明の態様4は、
前記研削工程では、研削砥石盤の中心が、溶接ビードの長手方向に垂直な断面において、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線上にある、態様1~3のいずれか1つに記載の溶接継手の製造方法である。
【0009】
本発明の態様5は、
前記研削工程では、研削砥石盤の中心が、溶接ビードの長手方向に垂直な断面において、溶接ビード止端部よりも母材原質部側の位置における母材表面に対する垂線上にある、態様1~3のいずれか1つに記載の溶接継手の製造方法である。
【0010】
本発明の態様6は、
前記研削工程では、前記領域の研削深さを少なくとも0.2mmとする、態様1~5のいずれか1つに記載の溶接継手の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、高い疲労強度を示す溶接継手の製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】溶接継手の研削面を説明する図である。
図2】溶接継手の別の研削面を説明する図である。
図3】実施例1における汎用鋼の溶接まま状態の溶接継手Aの断面マクロ観察写真である。
図4】実施例1における耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Aの断面マクロ観察写真である。
図5】実施例1における汎用鋼の溶接まま状態の溶接継手Bの断面マクロ観察写真である。
図6】実施例1における耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Bの断面マクロ観察写真である。
図7】実施例1における耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Bの研削イメージ図である。
図8】実施例1における耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Bの別の研削イメージ図である。
図9】実施例1における汎用鋼と耐疲労鋼の溶接継手Aの疲労試験結果を示す図である。
図10】実施例1における耐疲労鋼の溶接継手Aの疲労試験後の亀裂発生位置を示す断面マクロ観察写真である。
図11】実施例1における汎用鋼と耐疲労鋼の溶接継手Bの疲労試験結果を示す図である。
図12】実施例1における汎用鋼と耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Bの疲労試験結果を示す図である。
図13】実施例1における耐疲労鋼の溶接継手Bの疲労試験後の亀裂発生位置を示す断面マクロ観察写真である。
図14】実施例2における汎用鋼と耐疲労鋼の溶接継手(ガセット継手)の疲労試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは高い疲労強度を示す溶接継手を製造すべく、溶接継手の製造方法について鋭意検討を行った。溶接構造物の製造では、使用する鋼材の高強度化が進んでいる。鋼材が高強度化すると、鋼材自体の疲労強度は向上する。しかし、鋼材自体の疲労強度が向上しても、溶接継手の疲労強度は改善しないことが、例えば、渡辺修ら、「高強度鋼溶接継手の疲労強度とその支配因子-応力集中係数と溶接残留応力の効果-」、溶接学会論文集,1995年、第13巻、第3号、p.438-443によって知られている。その理由として、溶接ビードの止端部(「溶接ビード止端部」ともいう)の形状に起因した応力集中、溶接で生じた引張残留応力の存在により、溶接ビード内で疲労亀裂が発生しやすい状態となることが挙げられる。前述の通り、溶接継手の疲労強度改善のため、前記止端部の形状を滑らかにすることや溶接残留応力を低減することが従来技術として挙げられているが、溶接構造物の疲労寿命の十分な改善にはつながっていない。
【0014】
本発明者らは、従来技術において疲労寿命が十分改善されていないのは、亀裂発生位置が、依然として溶接金属にあることが理由であると考えた。そこで本発明者らは、疲労寿命の十分改善された溶接継手、該溶接継手を含む疲労寿命の十分改善された溶接構造物を実現すべく検討を行ったところ、複数の鋼材を溶接してなる溶接継手の製造方法として、前記複数の鋼材を溶接し、溶接まま状態の溶接継手を得る溶接工程と、溶接まま状態の溶接継手の溶接ビード止端部を含む領域を研削し、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を露出させる研削工程とを含むようにすればよいことを見出した。本開示の製造方法によれば、亀裂発生位置を溶接金属内でなく、母材領域とすることができる。その結果、鋼材(母材)の種類を選択、例えば鋼材(母材)として耐疲労鋼等を選択することによって、溶接継手の疲労強度の高強度化、更には溶接構造物の疲労強度の高強度化を達成できることを見出した。以下、各工程について説明する。ここで、「溶接まま状態」とは、溶接を行った後の溶接部に、熱処理及びピーニング等による材質的な変化を与えていない状態のことをいう。
【0015】
[溶接工程]
溶接工程では、複数の鋼材を溶接し、溶接まま状態の溶接継手を得る。「溶接まま状態の溶接継手」とは、溶接ままであって、研削前の溶接継手をいい、本開示の「溶接継手」、即ち、研削後の溶接継手とは区別される。
〔鋼材(母材)〕
本開示に係る溶接継手の製造方法で用いる鋼材(母材)の種類は限定されない。複数の鋼材の種類は同一であってもよく、または異なっていてもよい。後述する実施例に記載の汎用鋼を用いてもよい。溶接継手や溶接構造物の疲労強度をより高める観点からは、複数の鋼材の少なくとも1つとして、耐疲労鋼を使用することが好ましい。好ましくは耐疲労鋼を使用し、溶接継手の母材の耐疲労性を高めることによって、溶接継手の疲労強度をより向上させることができる。耐疲労鋼には、例えば、特許第5104037号、特開2009-202224号公報に示される通り、軟相と硬相を最適に配置して亀裂始点抵抗性を向上させた鋼材、特開2022-13657号公報に示される通り、合金成分の調整により亀裂発生を抑制させた鋼材等が挙げられる。本開示では、耐疲労鋼の種類は問わず、これら疲労強度を高めた鋼材を使用することができる。鋼材の形状は限定されず、鋼板、条鋼、棒鋼、鋼管等でありうる。耐疲労鋼の一つの形態として特開2022-13657号公報に示されるような合金成分を有する鋼板が挙げられる。
【0016】
前記鋼板は、成分組成が、
C :0.02~0.10質量%、
Si:0.10~0.60質量%、
Mn:1.00~2.00質量%、
P :0質量%超0.035質量%以下、
S :0質量%超0.035質量%以下、
Cu:0.10~0.60質量%、
Al:0.010~0.060質量%、
Nb:0質量%超0.050質量%以下、
Ti:0質量%超0.050質量%以下、
N :0.0010~0.0100質量%、および
残部:鉄および不可避不純物からなり、且つ
SiおよびCuの合計含有量が0.30質量%以上である。
【0017】
前記鋼板は、任意に含まれる元素として、更に、
(a)Ni:0質量%超1.00質量%以下、
Ca:0質量%超0.0050質量%以下、
B :0.0003質量%超0.0050質量%以下、
V :0.003~0.500質量%、
Cr:0.05~1.00質量%、および
Mo:0.010質量%以上0.05質量%未満よりなる群から選択される一種以上、および/または、
(b)REM:0質量%超0.0060質量%以下、
Zr:0質量%超0.0050質量%以下、
Mg:0.0005~0.0100質量%、および
Ta:0.010~0.500質量%よりなる群から選択される一種以上
を更に含有しうる。
【0018】
溶接工程で実施する溶接の条件として角度、熱量、溶接速度等が挙げられるが、本開示の方法によれば、溶接して得られた溶接まま状態の溶接継手の、溶接ビード止端部を含む領域を研削し、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を露出させればよく、よって溶接条件は特に限定されない。研削時に、研削面において熱影響部と母材原質部の両方をより容易に露出させる観点からは、一実施形態として、例えば、溶け込みが浅くHAZの厚みが薄くなるような条件で溶接することが挙げられる。溶け込みを浅くするための一つの手段として、余盛角を大きく立たせることが挙げられるがこれに限定されない。
【0019】
本開示の方法で製造する溶接継手の種類も特に限定されない。後述する実施例では、十字すみ肉溶接継手およびガセット溶接継手を作製し評価を行ったが、これに限定されず、本開示の製造方法では、突合せ継手等の他の溶接継手を製造することができる。
【0020】
[研削工程]
研削工程では、溶接まま状態の溶接継手の溶接ビード止端部を含む領域を研削し、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を露出させる。なお本明細書において、溶接継手における「母材」は、溶接による熱の影響を受けて、組織が、溶接に供する鋼材(原板等)と異なる「熱影響部(HAZ)」と、溶接による熱の影響を実質受けておらず、組織が、溶接に供する鋼材と同じである「母材原質部」に分けられる。
【0021】
研削面について、図1を用いて説明する。図1は、溶接まま状態の溶接継手の溶接ビードの長手方向に垂直な断面を示す断面マクロ観察写真を用い、研削をイメージした図である。前記断面マクロ観察写真は後述する図7右と同じである。研削面とは、研削により露出した表面をいい、図1に示された溶接継手1において、A1からA4までの曲面をいう。研削面は、溶接金属2の研削面A1からA2と、熱影響部(HAZ)3の研削面A2からA3と、母材原質部4の研削面A3からA4とで構成される。本開示の製造方法では、研削により、HAZの研削面A2からA3と、母材原質部の研削面A3からA4の両方が観察される。本開示の製造方法では、研削により研削面において熱影響部とともに母材原質部を露出させることによって、溶接金属における亀裂発生を避けることのできる溶接継手を実現できる。
【0022】
研削方法は、研削面において熱影響部と母材原質部が確実に露出する方法であればよく、研削方法の種類は限定されない。例えば後述する実施例で行った通りバーグラインダーを用いた研削の他、ロータリーカッターやエンドミルを用いた研削の方法が挙げられる。グラインダの場合、研削砥石盤の直径も、適宜設定することができる。
【0023】
研削条件の好ましい条件の一つとして、溶接ビードの長手方向に垂直な断面において、後述する実施例で示す図7の通り、研削砥石盤の中心(「R中心」ともいう)が、溶接ビード止端部Qにおける母材表面に対する垂線L1上にあることが挙げられる。この条件で研削することにより、溶接ビード止端部を含む領域を研削して、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を容易に露出させることができる。
【0024】
研削条件の別の好ましい条件の一つとして、後述する実施例で示す図8の通り、研削砥石盤の中心が、溶接ビードの長手方向に垂直な断面において、溶接ビード止端部Qよりも母材原質部側の位置Zにおける母材表面に対する垂線L2上にあることが挙げられる。この条件で研削することにより、溶接ビードの止端部を含む領域を容易に研削でき、かつ研削面において、熱影響部と母材原質部を十分に露出させることができる。研削面において、特には熱影響部よりも母材原質部を多く露出させることができ、その結果、溶接金属での亀裂発生を十分避けることができる溶接継手を実現できる。
【0025】
研削砥石盤の中心(R中心)が、溶接ビードの止端部Qよりも母材原質部側の位置Zにおける母材表面に対する垂線L2上にある場合、溶接ビードの止端部Qにおける母材表面に対する垂線L1から、母材原質部側の位置Zにおける母材表面に対する垂線L2までの距離(図8におけるd)は、例えば0mm超、1mm以下とすることができ、更には0.5mm以上、1mm以下とすることができる。この様に研削砥石盤の中心(R中心)を溶接ビードの止端部よりも母材原質部側にずらすことで、切断面において、HAZとともに母材原質部を露出させやすくなる。例えば後述する実施例で示す図8左では、研削砥石盤の中心(R中心)が、溶接ビードの止端部Qよりも母材原質部側に1mmの位置Zでの母材表面に対する垂線L2上にある。
【0026】
研削深さ(削り込み深さ)は、得られた溶接まま状態の溶接継手の溶け込みの程度に応じて決定すればよく限定されない。溶接方向に垂直な断面において、溶け込みの状況により、例えば研削深さを0.2mm以下とすることができる。または、溶け込みの状況により、研削深さを少なくとも0.2mm、更には0.3mm以上、より更には0.3mm超としてもよい。溶接方向に垂直な断面において、HAZの厚みは通常1mm以上ありうる。この場合、0.3mmまで削り込みを行ったとしても、母材原質部の露出は難しい。本開示では、研削面においてHAZとともに母材原質部も容易に露出させるため、例えば研削深さを、少なくとも0.3mm、更には0.3mm超とすることが一つの実施形態として挙げられる。なおこの場合であっても、例えば溶接継手の強度維持の観点から、研削深さを0.5mm以下とすることができる。
【0027】
母材原質部をより露出させ、溶接金属での亀裂発生を十分抑制する観点から次の様な態様が挙げられる。図2は、溶接まま状態の溶接継手の、溶接ビードの長手方向に垂直な断面を示す断面マクロ観察写真を用い、研削をイメージした図である。前記断面マクロ観察写真は後述する図8左と同じである。図2において、研削面は、B1からB4までの曲面をいい、研削面は、溶接金属の研削面B1からB2と、HAZの研削面B2からB3と、母材原質部の研削面B3からB4とで構成されている。また図2において、研削面における母材原質部領域(B3~B4)の母材表面と平行な距離はD1で表され、研削面におけるHAZ領域(B2~B3)の母材表面と平行な距離はD2で表され、D1はD2よりも大きい(D1>D2)の関係にある。一方、前記図1にて示されるD1はD2よりも小さい。本開示において、上記図2の通り、研削面における母材領域のうち、HAZ領域よりも母材原質部領域を大きくすることによって、溶接金属での亀裂発生を十分抑制できると考えられる。
【0028】
本開示の製造方法は更に、前記溶接工程の後であって、前記研削工程の前に、
前記溶接まま状態の溶接継手の溶接ビードの長手方向に垂直な断面で、溶け込み状況を確認する、溶け込み状況確認工程と、
前記断面において、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線から、研削砥石盤の中心が位置する母材表面に対する垂線までの距離と、研削深さとを含む研削条件を、溶け込み状況に応じて決定する、研削条件決定工程とを含み、
前記研削工程で、研削条件決定工程で決定された研削条件で研削してもよい。これら溶け込み状況を確認する工程と研削条件決定工程とを更に含むことによって、研削面において熱影響部と母材原質部を確実に露出させることができる。
【0029】
[溶け込み状況確認工程]
上記溶接で得られた溶接まま状態の溶接継手の溶け込み状況を確認する工程では、例えば次のようにして溶け込み状況を確認することが挙げられる。ただし溶け込み状況を確認する工程は下記の方法に限定されず他の方法で確認してもよい。
【0030】
前記溶接ビード止端部の溶接方向(溶接ビードの長手方向)に垂直な断面を観察できるように、溶接まま状態の溶接継手を切断する。切断方法として、例えばガス切断法のように熱を加える方法は溶接以外の熱が影響するため好ましくなく、鋸盤やバンドソーによる切断が好ましい。切断面において、溶接金属とHAZと母材原質部とを、例えば断面マクロ観察(目視)にて、変色の度合いにより判別することが挙げられる。または光学顕微鏡等の顕微鏡を用いた観察で判別してもよい。
【0031】
目視で変色の度合いにより判別することが難しい場合、または容易に判別するために、切断面を腐食させ、腐食後の切断面を、例えば目視で変色の度合いにより判別することが挙げられる。前記腐食の方法として、例えばJIS G0553「鋼のマクロ組織試験方法」に記載の方法を利用すること等が挙げられる。腐食方法として、例えば硝酸エタノール法(ナイタール法)で、腐食液として体積分率が5~10%の硝酸のエタノール溶液を調整して用いることで、腐食により変色した範囲をHAZであると判別することが容易になる。
【0032】
腐食によっても熱影響部と母材原質部の判別が難しい場合には、前記腐食に代えて、温度シミュレーションによる伝熱計算で、例えば、変態温度(Ac1点)以上にまで温度が上昇した箇所をHAZと判断し、それ以外の母材部分を母材原質部と判断することにより、溶接金属とHAZと母材原質部とを区別することが挙げられる。伝熱計算方法として例えば、中尾ら、「高張力鋼多層盛溶接熱影響部の組織分布」、溶接学会論文集、1985年、第3巻、第4号、p.766-773によって知られている、瞬間線熱源からの距離rと最高到達温度Tpの関係を用いて、Tpが変態温度となる距離rを求めることによってHAZを判別することができる。
【0033】
[研削条件決定工程]
上記溶け込み状況を確認する工程で、溶け込み状況を把握した後、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線から、研削砥石盤の中心が位置する母材表面に対する垂線までの距離と、研削深さとを含む研削条件を、溶け込み状況に応じて決定する。研削条件の好ましい条件等については、上述した[研削工程]で述べた通りである。
【0034】
本開示の製造方法では、実操業において、例えば複数の同様の溶接継手を連続して製造する場合、最初の溶接継手の製造工程において、上述した溶け込み状況を確認する工程と研削条件決定工程で研削条件を決定して、最初の溶接継手を製造した後、2つ目以降の溶接継手の製造では、溶け込み状況を確認する工程と研削条件決定工程を設けず、溶接工程の後、最初の溶接継手の製造で決定した研削条件で研削し、研削面において熱影響部と母材原質部の両方を露出させることができる。
【0035】
本開示の溶接継手の製造方法は、本開示の効果を損ねない範囲で上記以外の工程を含んでいてもよい。
【実施例0036】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0037】
(溶接用鋼材(母材))
鋼材(母材)として、耐疲労鋼または汎用鋼を用いた。前記汎用鋼も耐疲労鋼も引張強さは490MPa級であって、疲労強度は汎用鋼よりも耐疲労鋼の方が大きかった。
【0038】
[実施例1(十字すみ肉溶接継手)]
1.溶接
ガスシールドアーク溶接法で十字すみ肉(1パス)溶接を行った。下記表1に示す通り、鋼板の板厚等の異なる条件で溶接を行い、汎用鋼と耐疲労鋼のそれぞれの鋼材につき、形状(余盛角)の異なる2種類の溶接継手A、Bを作製した。
【0039】
【表1】
【0040】
2.溶接継手の溶け込み状況と研削後のイメージの確認
まず、溶接ビード止端部に対して研削する前に、断面マクロ観察写真で溶け込み状況を次の通り確認した。上記十字すみ肉溶接継手の溶接ビードの長手方向に垂直な断面を観察できるように切断した。次いで、切断面を硝酸のエタノール溶液で腐食させて、HAZと母材原質部が区別された断面マクロ観察写真を得た。図3は汎用鋼の十字すみ肉溶接継手(余盛角43.0度、以下、この余盛角が45度未満の溶接継手を「汎用鋼の(溶接まま状態の)溶接継手A」ということがある)、図4は耐疲労鋼の十字すみ肉溶接継手(余盛角42.4度、以下、この余盛角が45度未満の溶接継手を「耐疲労鋼の(溶接まま状態の)溶接継手A」ということがある)の写真であり、これら溶接継手Aは、余盛角が45度未満であって小さめの溶接ビードを有していた。
【0041】
一方、図5は汎用鋼の十字すみ肉溶接継手(余盛角62.9度、以下、この余盛角が45度以上の溶接継手を「汎用鋼の(溶接まま状態の)溶接継手B」ということがある)、図6は耐疲労鋼の十字すみ肉溶接継手(余盛角56.3度、以下、この余盛角が45度以上の溶接継手を「耐疲労鋼の(溶接まま状態の)溶接継手B」ということがある)の写真である。これら溶接継手Bは、余盛角が45度以上であって大きめの溶接ビードを有していた。なお前記「余盛角」とは、溶接ビードの余盛部分の角度であり、JIS Z 3001(2008)で規定される角度をいう。
【0042】
次に、研削後のイメージを確認した。研削後のイメージ確認について、耐疲労鋼の溶接継手Bを例に説明する。
(研削イメージその1)
図7は、溶接ビード止端部をR中心としてグラインダ研削する場合のイメージ図である。図7左は、前記図6と同様に、耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Bを作製し、この耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Bの断面マクロ観察写真に対し、研削範囲を破線で描いた図である。図7右は、図7左の研削範囲を研削後のイメージを示した図である。図7右のイメージ図の通り研削することで、HAZとともに母材原質部も研削されることがわかる。
【0043】
(研削イメージその2)
図8は、図7と異なる位置を研削する場合を示しており、溶接ビード止端部から母材原質部側1mmをR中心としてグラインダ研削する場合のイメージ図である。図7の通り、R中心が、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線上にある状態で研削する場合、研削後のHAZと母材原質部の露出は少なめであるのに対し、図8の通り、R中心が、溶接ビード止端部から母材原質部側1mmの位置における母材表面に対する垂線上にある状態で研削することにより、研削領域の最深部付近でHAZと母材原質部が露出しやすくなることがわかる。
【0044】
これら図7図8の通り、溶接部の溶け込み断面写真から、溶接継手の溶け込み状況と研削後のイメージを事前に確認し、該イメージから、例えば、R中心を、溶接ビード止端部から母材原質部側へ0.5~1mmずれた位置における母材表面に対する垂線上に位置させ、かつ、研削深さを少なくとも0.2mmとするとの研削条件を決定し、かつ該研削条件でグラインダ研削を実施することで、研削面においてHAZと母材原質部の両方を確実に露出させることができる。
【0045】
3.研削(溶接ビード止端部のグラインダ仕上げ)
溶接ビード止端部の研削を次の通り行った。詳細には、汎用鋼の溶接まま状態の溶接継手A、耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Aのそれぞれについては、止端形状が滑らか(止端半径3mm)になるように、前記図7に示す通り、R中心が、溶接ビード止端部における母材表面に対する垂線上にある状態でグラインダを当てて研削し、溶接ビード止端部の溶接金属を除去するとともに、母材におけるHAZの一部を削除した。すなわち溶接継手Aでは、前記研削を行ってもHAZと母材原質部の両方は露出しなかった。以下、研削後の汎用鋼の溶接継手A、研削後の耐疲労鋼の溶接継手Aをそれぞれ、汎用鋼の溶接継手A、耐疲労鋼の溶接継手Aといい、研削を行っていない、汎用鋼の溶接まま状態の溶接継手A、耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Aと区別する。
【0046】
汎用鋼の溶接継手B、耐疲労鋼の溶接継手Bのそれぞれについては、前記図8のイメージの通り、R中心が、図8左の位置Qを起点として母材原質部側に1mmの位置Zにおける母材表面に対する垂線上となるように定めて、グラインダを当てて研削し、溶接ビード止端部の溶接金属を除去するとともに、母材のHAZと母材原質部を露出させた。このときの研削深さは少なくとも0.2mmとし、仕上がり止端半径が3mmとなるように先端φ7mmのバーグラインダーを用いた。以下、研削後の汎用鋼の溶接継手B、研削後の耐疲労鋼の溶接継手Bをそれぞれ、汎用鋼の溶接継手B、耐疲労鋼の溶接継手Bといい、研削を行っていない、汎用鋼の溶接まま状態の溶接継手B、耐疲労鋼の溶接まま状態の溶接継手Bと区別する。
【0047】
なお、この実施例ではバーグラインダーで研削したが、溶接ビード止端部付近でHAZと母材原質部の両方を露出させることができれば、研削手段は限定されない。
【0048】
4.溶接継手の疲労寿命の評価
作製した各溶接継手(汎用鋼の溶接継手A、耐疲労鋼の溶接継手A、汎用鋼の溶接継手B、耐疲労鋼の溶接継手B)を用いて、荷重非伝達型十字すみ肉溶接継手の疲労試験を実施した。疲労試験の条件は、荷重制御で両振り、試験打ち切り限界を500万回とした。
【0049】
汎用鋼の溶接継手Aと耐疲労鋼の溶接継手Aの疲労試験結果を図9に示す。図9では、研削後であることを「止端仕上げ」と示している。図9から、研削でHAZと母材原質部の両方が露出しなかった溶接継手Aの場合、鋼板の種類の違いは疲労寿命に影響せず、汎用鋼と耐疲労鋼のいずれの溶接継手Aも疲労寿命はほぼ同じであった。
【0050】
また図10は、耐疲労鋼の溶接継手Aの疲労試験後の亀裂発生位置を矢印で示した断面マクロ観察写真である。耐疲労鋼の溶接継手Aの場合、HAZと母材原質部の両方は露出しておらず、図10に示される通り、亀裂発生位置は溶接金属の部位であった。上記図9の結果と図10の写真から、HAZと母材原質部の両方が露出していない溶接継手Aの場合、疲労亀裂は溶接金属内で発生しており、鋼板(母材)の疲労強度ではなく、溶接金属の疲労強度が反映された結果となった。この場合、鋼板(母材)の疲労強度を高めても、溶接継手自体の疲労強度を高めることは難しい。
【0051】
次に、汎用鋼の溶接継手Bと耐疲労鋼の溶接継手Bの疲労試験結果を図11に示す。図11では、研削後であることを「止端仕上げ」と示している。また参考までに、汎用鋼の研削無し(溶接まま)溶接継手B、耐疲労鋼の研削無し(溶接まま)溶接継手Bの疲労試験結果を図12に示す。図12から、研削無し(溶接まま)溶接継手Bの場合、汎用鋼と耐疲労鋼で疲労寿命に違いは生じなかった。この疲労寿命は、図12中に示した、一般社団法人日本鋼構造協会(JSSC)の鋼構造物の疲労設計指針・同解説における疲労等級Dの線(JSSC-D等級、荷重非伝達型で滑らかな止端をもつ溶接継手の疲労等級)とほぼ対応した。すなわち母材の疲労強度は、溶接継手の疲労強度に影響しなかった。なお本実施例で、上記の通り疲労等級Dを基準とした理由は次の通りである。すなわち、本実施例で対象とする「荷重非伝達型十字すみ肉溶接継手」は、一般社団法人日本鋼構造協会(JSSC)の鋼構造物の疲労設計指針・同解説において、(1)滑らかな止端をもつとき:D等級、(2)止端仕上げしたとき:D等級、(3)非仕上げのとき:E等級で設計することが規定されている。設計上、D等級またはE等級の2通りであるが、このうち上位の等級であるD等級を基準としたことによる。
【0052】
一方で、図11に示す通り、汎用鋼の溶接継手Bと耐疲労鋼の溶接継手Bの通り、グラインダ研削してHAZと母材原質部の両方を露出させることにより、図11中のD等級の線よりも疲労寿命が大きく向上した。さらに図11において、汎用鋼の溶接継手Bよりも耐疲労鋼の溶接継手Bの方が疲労寿命はより向上した。
【0053】
図13は、耐疲労鋼の溶接継手Bの疲労試験後の亀裂発生位置を矢印で示した断面マクロ観察写真である。耐疲労鋼の溶接継手Bの場合、HAZと母材原質部の両方が露出しており、図13に示される通り、亀裂発生位置は溶接金属の部位ではなく、母材(母材原質部)にあった。
【0054】
前記図11と、前記図9および前記図12とを比較して、次のことがわかった。前記図11の通り、研削によりHAZと母材原質部の両方を露出させることによって、亀裂発生位置は溶接金属の部位ではなく、母材(母材原質部)とすることができた。その結果、研削無しで溶接ままの場合とHAZのみ研削の場合(溶接継手A)よりも、溶接継手の疲労寿命を高めることができた。母材(母材原質部)として、耐疲労鋼を用いることによって、汎用鋼を使用した場合よりも更に溶接継手の疲労寿命が向上し、ひいては溶接継手を含む溶接構造物の疲労強度を高めることができる。
【0055】
[実施例2(ガセット継手)]
実施例2では、実施例1と同様に汎用鋼または耐疲労鋼を用い、実施例1の溶接継手(溶接継手B)と異なるガセット継手を作製し、その疲労特性を評価した。
【0056】
まず継手板厚12mmの490MPa級鋼板に、同じ厚さで高さ100mmの付加板をすみ肉回し溶接で面外ガセット継手を製作した。溶接材料はFAMILIARC(登録商標)MX-Z210を用いた。汎用鋼または耐疲労鋼のいずれの場合にも、付加板として汎用鋼と同じ材質のものを使用した。
【0057】
溶接して得られた面外ガセット継手に対し、すみ肉回し溶接部の止端を、実施例1の溶接継手Bに対する研削条件(前記図8)と同様にしてグラインダで研削した。
【0058】
得られた研削後の継手で曲げ疲労試験を実施した。このときの疲労寿命は、回し溶接部止端に亀裂が発生した時点として、止端近傍のひずみゲージの値が試験開始時から5%低下したときの繰返し数N5%で定義した。その結果を図14に示す。図14では、研削後であることを「止端仕上げ」と示している。図14から、実施例1と異なる溶接継手としてガセット継手を作製した場合も、該ガセット継手は、前記図11と同様に、鋼板(母材)に耐疲労鋼を用いることによって、溶接継手の疲労寿命が、汎用鋼を使用した場合よりも更に向上することを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の実施形態に係る溶接継手の製造方法は、得られる溶接継手の疲労特性に優れているため、例えば橋梁、船舶、建築物、建設機械等の溶接構造物の製造に好適である。
【符号の説明】
【0060】
1 溶接継手(の一部)
2 溶接金属
3 熱影響部(HAZ)
4 母材原質部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図13
図14