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特開2025-8966腹膜機能評価マーカー、腹膜機能評価キット、及び腹膜透析排液の測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025008966
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】腹膜機能評価マーカー、腹膜機能評価キット、及び腹膜透析排液の測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20250109BHJP
   G01N 33/573 20060101ALI20250109BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20250109BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/573 A
G01N33/543 545A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023111635
(22)【出願日】2023-07-06
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002251
【氏名又は名称】弁理士法人眞久特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 隆志
(72)【発明者】
【氏名】坂井 宣彦
(72)【発明者】
【氏名】岩田 恭宜
(72)【発明者】
【氏名】大島 恵
(72)【発明者】
【氏名】堀越 慶輔
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB30
2G045DA20
(57)【要約】
【課題】 通常の腹膜透析の際の透析液排液で、簡便な手法で、簡素な指標によって、PETによるD/P CrやD/D Gluや排液量の測定、又はdip Naの測定と同等の腹膜機能の評価をすることができ、しかも腹膜透析期間をできるだけ長くする処置を適切に取ることができるようにして患者の生活の質の向上及び腹膜透析期間並びに余命期間の延長と、医療経済の向上とに資することができる腹膜機能評価マーカー、腹膜機能評価キット、及び腹膜透析排液の測定方法を提供する。
【解決手段】 腹膜機能評価マーカーは、オートタキシンからなる。腹膜機能の評価キットは、オートタキシンからなる腹膜機能評価マーカーを検出する試薬を含んでいる。腹膜透析排液の測定方法は、腹膜透析排液中のオートタキシンからなる腹膜機能評価マーカーを、検出するというものである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オートタキシンからなることを特徴とする腹膜機能評価マーカー。
【請求項2】
前記オートタキシンが腹膜透析排液中のものであることを特徴とする請求項1に記載の腹膜機能評価マーカー。
【請求項3】
腹膜透析継続可能性、及び血液透析移行予見性から選ばれる少なくともいずれかの指標を評価するためのものであることを特徴とする請求項1~2の何れかに記載の腹膜機能評価マーカー。
【請求項4】
1.5ng/mlを超えることを前記指標の閾値とすることを特徴とする請求項3に記載の腹膜機能評価マーカー。
【請求項5】
オートタキシンからなる腹膜機能評価マーカーを検出する試薬を含んでいることを特徴とする腹膜機能の評価キット。
【請求項6】
前記試薬が、抗オートタキシンモノクローナル抗体と、前記抗オートタキシンモノクローナル抗体の酵素標識試薬とを含んでいることを特徴とする請求項5に記載の腹膜機能の評価キット。
【請求項7】
腹膜透析排液中のオートタキシンからなる腹膜機能評価マーカーを、検出することを特徴とする腹膜透析排液の測定方法。
【請求項8】
前記腹膜機能評価マーカーを腹膜透析継続可能性、及び血液透析移行予見性から選ばれる少なくともいずれかの指標とすることを特徴とする請求項7に記載の腹膜透析排液の測定方法。
【請求項9】
前記腹膜機能評価マーカーを、抗オートタキシンモノクローナル抗体と、前記抗オートタキシンモノクローナル抗体の酵素標識試薬とにより測定することを特徴とする請求項7に記載の腹膜透析排液の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腹膜透析患者の腹膜機能を判定する正確かつ簡便な方法に用いられるもので、腹膜機能評価マーカー、それを測定するための腹膜機能評価キット、及びそれを測定する腹膜透析排液の測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腎臓は、老廃物(例えばクレアチニンのような血液系の老廃物)や過剰に摂取し過ぎた水分を尿として排泄し、体液を一定に保つ機能を司っている。糖尿病や腎硬化症などの原因によって、腎臓がダメージを受けて次第に機能が低下すると、末期腎不全となり、尿毒症などの症状を発症してしまう。
【0003】
腎機能が約10%を下回った慢性腎不全患者の低下した腎機能を補完し、老廃物や水分を除去するために、腹膜透析や血液透析のような人工透析が行われる。
【0004】
腹膜透析は、腎機能が比較的残存している間に開始される療法であり、肝臓、胃、腸などの内臓表面や腹壁の内面を覆っている腹膜に囲まれた腹腔に透析カテーテルを通じて透析液を一時的に一定時間入れておき、血液中の老廃物や余分な水分などを腹腔内の腹膜内毛細血管から腹膜を介して腹膜内透析液に移動させ、老廃物や水分などが透析液に十分に移行した時点で透析カテーテルを通じて腹膜内透析液を体外に取り出し排液することにより、血液を綺麗に浄化するというものである。
【0005】
一方、血液透析も腎機能が約10%を下回った慢性腎不全患者に対して行われる療法であり、ダイアライザーと呼ばれる透析器中の半透膜製の中空糸の内側に血液を流し、中空糸の外側を流れる透析液に血液中の老廃物や余分な水分を拡散・限外濾過・浸透圧によって移動させて、血液を綺麗に浄化するというものである。
【0006】
人工透析患者は、約35万人居ると言われており、年々約1万人程度増加している。その人工透析患者のうち、約9千人が腹膜透析患者である。腹膜透析は、血液透析よりも残存腎機能保持、心血管系への負担軽減による生命予後改善に寄与できる治療であるため、また医療経済上、増加させることが好ましい。また腹膜透析は在宅で施行可能な透析療法であり、災害時の医療として、また高齢化社会の医療として優れたものである。しかし、新規腹膜透析患者の増加は年々約2千人程度であり頭打ちしており、人工透析患者のうち、新規血液透析患者を含め残余の大多数が血液透析患者である。
【0007】
腹膜透析のメリットは、残存腎機能が比較的保持でき、心血管系への負担が少ないため生命予後改善に寄与できるばかりか、不均衡症状が少なく、時間的束縛が短く、社会復帰に有利であって、生活の質に及ぼす影響が少なくて患者の満足度が高いというものである。一方、腹膜透析のデメリットは、腹膜機能低下により長期継続が困難で4~10年で血液透析に移行しなければならないことが挙げられる。このデメリットが、腹膜透析が選択されない要因の1つと考えられ、腹膜機能低下の評価・予測は重要な課題である。
【0008】
腎機能低下によって排泄されなくなった毛細血管腔内の血液中の老廃物溶質例えばクレアチニン(Cr)は、半透膜である腹膜を介して腹腔内透析液に拡散によって移動し、同等の濃度になることにより除去される結果、血液内の老廃物溶質が減少して血液が綺麗になる。
一方、腎機能低下によって排泄されなくなって体内に過剰に蓄積された水分は、毛細血管腔内の血液中の水分が、血液にブドウ糖(Glu)が含まれ浸透圧が280mOsmであるのに対し、腹腔内透析液にもブドウ糖が過剰に含まれ浸透圧が340~480mOsmであるから、浸透圧が均等になるように水分が毛細血管腔内の血液から腹膜内透析液に移動することにより、除去される。
【0009】
腹膜機能評価は、日常診療においては、腹膜平衡試験(PET)によって行われ、具体的には、クレアチニン除去率:D/P Cr=(試験開始4時間経過後の腹腔内透析液中のクレアチニン濃度:D Cr)÷(血液中のクレアチニン濃度:P Cr)と、ブドウ糖吸収率:D/D Glu=(試験開始4時間経過後の腹腔内透析液中のブドウ糖濃度:D Glu)÷(試験開始初期時の透析液中のブドウ糖濃度:D Glu)とで評価される。
【0010】
D/P Crは、クレアチニンが血液(特に血漿)から透析液へと移動したかを観察していることになるから、高いほど腹膜透過性が高い(High)ことを示し低いほど腹膜透過性が低い(Low)ことを示している、一方、D/D Gluは、ブドウ糖の透析液から血液への移動を観察していることになるから、低いほど腹膜透過性が高い(High)ことを示し、高いほど腹膜透過性が低い(Low)ことを示している。腹膜透過性が高いほど、ブドウ糖の透析液から血液への移動が亢進するため、浸透圧差が減少し除水能が低くなり、腹膜透過性が低いほど、ブドウ糖は透析液中に保持されやすく浸透圧差が保たれるため、除水能は高くなる。
【0011】
腹膜機能低下は、除水不全と溶質過剰輸送が特徴的であり、腹膜透析離脱の主要な原因である。従って、腹膜透過性亢進が腹膜機能低下と関連している(非特許文献1及び2参照)。腹膜機能は経時的に透過性亢進を認めるようになる。つまり腹膜機能が経時的に低下していく。腹膜機能低下により血液透析に移行しなければならず、この間に腹膜機能を維持させるための処置を施すため、腹膜機能を正しく評価する指標が必要である。
【0012】
このようなPETによるD/P CrやD/D Gluは腹膜機能を正しく評価する指標として広く使われているが、2.5%ブドウ糖含有腹膜透析液1500mLを注液後、0時間時(試験開始直後)に排液量を記録し、1、2時間後に採血血液中と透析液排液中のクレアチニン及びブドウ糖濃度を測定し、さらに4時間後に透析液排液のクレアチニン及びブドウ糖濃度と排液量とを測定するという煩雑なものである。
【0013】
近年では、1時間で行うPET試験(Mini-PET)で透析液排液中のNa濃度低下(dip Na)が、除水不全の予測因子となりうることが報告されている(非特許文献2及び3参照)。通常のPETと比べ時間は短いが、1時間の貯留が必要な点で時間的制約や煩雑な手技を要する点は、問題点である。
【0014】
本発明者らは、オートタキシン(autotaxin:ATX)は、片側腎結紮による腎線維化進展過程において、血管透過性亢進により血管外漏出することを報告している(非特許文献4参照)。腹膜透析においても、腹膜の血管透過性亢進が腹膜線維化を背景とした腹膜機能低下に寄与するとされているが、腹膜機能とオートタキシンの関連は全く未知である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Brown EA, et al. J Am Soc Nephrol; 14: 2948-2957, 2003
【非特許文献2】La Milla, et al. Kidney Int; 69: 927-933, 2006
【非特許文献3】La Milla, et al. Kidney Int; 68: 840-846, 2005
【非特許文献4】Sakai N, et al. Sci Rep; 9: 7414, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
PETによるD/P CrやD/D Gluや排液量の測定、又はdip Naの測定によらずとも、これらと同等に腹膜機能を反映する評価をすることができる簡便な指標が求められていた。
【0017】
本発明は前記の課題を解決するためになされたものである。すなわち、通常の腹膜透析の際の透析液排液のみを使用する簡便な検体採取法で、透析排液中オートタキシン濃度を測定するという簡素な指標によって、PETによるD/P CrやD/D Gluや排液量の測定、又はdip Naの測定と同等の腹膜機能の評価をすることができ、簡便に適切な腹膜機能評価を行うことにより、腹膜透析期間をできるだけ長くする処置を適切に取ることができるようにして患者の生活の質の向上及び腹膜透析期間並びに余命期間の延長と、医療経済の向上とに資することができる腹膜機能評価マーカー、腹膜機能評価キット、及び腹膜透析排液の測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
前記の目的を達成するためになされた腹膜機能評価マーカーは、オートタキシンからなるというものである。
【0019】
この腹膜機能評価マーカーは、例えば、前記オートタキシンが腹膜透析排液中のものであるというものである。
【0020】
この腹膜機能評価マーカーは、腹膜透析継続可能性、及び血液透析移行予見性から選ばれる少なくともいずれかの指標を評価するためのものであることが好ましい。
【0021】
この腹膜機能評価マーカーは、1.5ng/mlを超えることを前記指標の閾値とすることが好ましい。この閾値を超えると腹膜機能が腹膜透析には不十分であるメルクマールとすることができる。
【0022】
前記の目的を達成するためになされた腹膜機能の評価キットは、オートタキシンからなる腹膜機能評価マーカーを検出する試薬を含んでいるというものである。
【0023】
この腹膜機能の評価キットは、前記試薬が、抗オートタキシンモノクローナル抗体と、前記抗オートタキシンモノクローナル抗体の酵素標識試薬とを含んでいるというものである。
【0024】
前記の目的を達成するためになされた腹膜透析排液の測定方法は、腹膜透析排液中のオートタキシンからなる腹膜機能評価マーカーを、検出するというものである。
【0025】
この腹膜透析排液の測定方法は、前記腹膜機能評価マーカーを腹膜透析継続可能性、及び血液透析移行予見性から選ばれる少なくともいずれかの指標とすることが好ましい。
【0026】
この腹膜透析排液の測定方法は、例えば前記腹膜機能評価マーカーを、抗オートタキシンモノクローナル抗体と、前記抗オートタキシンモノクローナル抗体の酵素標識試薬により測定するというものである。
【発明の効果】
【0027】
本発明の腹膜機能評価マーカーは、通常の腹膜透析の際の透析液排液を用いて、既に血液において肝線維化マーカーとして保険収載されている簡便な手法で、オートタキシンという簡素な指標によって検査入院のような面倒な処置を必要とせず、従来のように検査入院で行うPETによるD/P CrやD/D Gluや排液量の測定、又はdip Naの測定と同等以上の腹膜機能評価をするためのものである。
【0028】
さらに、腹膜機能評価マーカーを測定すれば、通常の腹膜透析の際の腹膜透析液中の濃度を測定するものであるから、非侵襲的であり、患者に過度の負担を強いず、検査のためだけの入院のような面倒な処置が不要である。
【0029】
また、この腹膜機能評価マーカーを測定すれば、腹膜透析期間をできるだけ長くする処置を適切に取るために、患者の生体に優しいブドウ糖濃度が薄い透析液を適切に選定して、透析効率を向上させつつ、ブドウ糖濃度が濃い透析液を使用する時期を遅らせて腹膜の負担を低減できるようにして、患者の生活の質の向上及び腹膜透析継続期間並びに余命期間の延長を図ることができる。
【0030】
しかも、血液透析に移行する時期を遅らせることができ、簡便な検査によって腹膜機能を簡易に検査できるから、保険適用され検査受注数が増加したとしても安価に済み医療経済の向上に資することができる。
【0031】
この腹膜機能評価マーカーを測定すれば、簡便な腹膜機能評価が実現できることから、腹膜透析市場の拡大が期待でき、腹膜透析とその後の血液透析移行とにより余命を長くすることができる。
【0032】
また、本発明の腹膜機能評価キット、及び腹膜透析排液の測定方法によれば、簡便かつ簡素に腹膜機能評価マーカーであるオートタキシンを短時間で確実かつ正確に測定して、正しい腹膜機能評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明を適用する実施例の腹膜機能評価マーカーであるオートタキシン、及び本発明を適用外の対照例のdip Naを測定するための腹膜透析試験の経過時間と操作との概要を示す略図である。
図2】本発明を適用外のPET法のための対照例の腹膜透析試験の経過時間と操作との概要を示す略図である。
図3】本発明を適用する実施例の腹膜機能評価マーカーであるオートタキシンと、本発明を適用外のPET法でのD/P Cr及びD/D Gluとの相関を示すグラフである。
図4】本発明を適用する実施例の腹膜機能評価マーカーであるオートタキシンと、本発明を適用外のdip Naとの相関を示すグラフである。
図5】本発明を適用する実施例の腹膜機能評価マーカーであるオートタキシンと、Net UFとの相関を示すグラフである。
図6】本発明を適用する実施例の腹膜機能評価マーカーであるオートタキシンと、Net UFの変化量との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
本発明の腹膜機能評価マーカーは、オートタキシンからなるものである。オートタキシンは、脂質メディエーターの一つであるリゾホスファチジン酸の合成酵素(リゾホスホリパーゼDの1種)である。オートタキシンは、片側腎結紮による腎線維化進展過程において、血管透過性亢進により血管外漏出することから、腹膜の血管透過性亢進により透析液中に漏出し、透析排液中濃度と腹膜機能と相関するという仮説を立てて試験を行ったところ、その相関が認められたことにより、腹膜機能評価マーカーとして有用なことを見出した。そのことによって、本発明を完成させたものである。
【0036】
オートタキシンは、片側腎結紮による腎線維化進展過程において、血管透過性亢進により血管外漏出することから血管透過性亢進部位に発現するものと考えられる。腹膜における腹膜透過性亢進と、腹膜透析排液中オートタキシン濃度との関連の機序は必ずしも明らかでないが、腹膜の血管透過性亢進により血管外漏出したオートタキシンが腹膜透析液中に移行し、腹膜透析排液中オートタキシン濃度上昇を起こすと推察される。
【0037】
腹膜機能評価マーカーであるオートタキシンは、サンドイッチ法を用いた蛍光酵素免疫測定法、化学発光酵素免疫測定法、又は酵素法により測定することができるもので、腹膜透析の透析液排液中から測定することにより、腹膜機能評価マーカーとなり得るものである。
【0038】
オートタキシンは、抗オートタキシンモノクローナル抗体と、前記抗オートタキシンモノクローナル抗体の酵素標識試薬とにより、測定できるものである。
【0039】
オートタキシンは、腹膜機能評価マーカーとして、8~12時間前に腹膜透析液で前貯留した後、検査当日に排液し測定するものである。このように、短時間で迅速かつ簡便に測定でき、従来のPET法やMini-PET法に比べて短時間の検査で済むから検査入院の必要がなく、通常の腹膜透析の際の測定で済むばかりか、透析患者に侵襲的負担がなく、検査拘束時間を短縮できる。
【0040】
オートタキシン濃度は、従来のように検査入院したPETにより同様に8~12時間前に腹膜透析液で前貯留した後、検査当日に排液して直ぐに腹膜透析液を注液し、4時間後の排液から測定したD/P CrやD/D Gluでの腹膜透過性亢進の結果と有意差のある相関が認められた。また、同様にMini-PETにより8~12時間前に腹膜透析液で前貯留した後、検査当日に排液して直ぐに腹膜透析液を注液し、1時間後の排液から測定したDip Naでの腹膜機能亢進の結果と有意差のある相関が認められた。
【0041】
オートタキシン濃度は、排液から頻繁に測定できるため、簡便な腹膜機能評価が可能である。簡便な腹膜機能評価により、患者の生体に優しいブドウ糖濃度が薄い透析液を適切に選定し、ブドウ糖濃度が濃い透析液を使用する時期を遅らせることができるから、腹膜への負担を軽減して、腹膜透析継続期間の延長を図ることができる。しかも、腹膜透析継続期間が長くなるほど、1回当たり3~4時間とし週に3回もの時間的制約を受ける長い血液透析への移行を遅らせて患者の生活の質の向上を図ることができる。
【0042】
また、このオートタキシンを腹膜機能評価マーカーとして測定すれば、従来、腹膜透析と血液透析との何れか人工透析を開始できるにも拘わらず血液透析を選択していたために残存腎機能が早期に喪失してしまっていたような症例であっても、今後は、最初に腹膜透析を安心して選択でき、残存腎機能をできるだけ残して腹膜透析を長期間継続できるようになる。
【0043】
また、このオートタキシンを腹膜機能評価マーカーとして測定することが定着すれば、正しい腹膜機能評価として活用でき、腹膜透析市場が拡大し、初期は腹膜透析を行い、腹膜透析機能が低下したら血液透析に移行して、従来、平均余命の半分程度といわれていた透析患者の余命を延長することができるようになる。
【0044】
また、このオートタキシンを腹膜機能評価マーカーとして測定するための腹膜透析機能の評価キットは、具体的には、蛍光酵素免疫測定法、化学発光酵素免疫測定法で測定するものとして、サンドイッチ法を用いたELISA法であって、抗オートタキシンモノクローナル抗体と、抗オートタキシンモノクローナル抗体の酵素標識試薬とを用いるもので、透析液排液中のオートタキシンと抗オートタキシンモノクローナル抗体とを抗原抗体反応させ、必要に応じこの複合体を磁力で集磁した後に洗浄を行って未反応物を除去後、酵素標識試薬である酵素標識抗体を反応させ、必要に応じ同様に洗浄を行い未反応物を除去後、化学発光性基質を加えて、複合体中の酵素により加水分解され発光した発光量を測定するというものや、それに代えて化学発光性化合物の標識抗体を用いるものが挙げられ、より具体的には、Echelon Biosciences Inc.社製のAutotaxin Activity Assay、Autotaxin Sandwich ELISA Kit、Autotaxin Inhibitor Screening Kitや、R&D Systems, Inc.社製のENPP-2 DuoSet Kit、東ソー株式会社製のAIA-パックCL オートタキシンという商品名のものが挙げられる。
【0045】
また、このオートタキシンである腹膜機能評価マーカーは、透析液排液中の濃度が、1.5ng/mlを超えることを腹膜透析継続可能性、血液透析移行予見性から選ばれる少なくともいずれかの指標の閾値と考えられる。図3の回帰直線を参照すると、オートタキシンが1.5ng/mLを超えると、D/P CrおよびD/D0 GluがHighとなる数値に近似している。このことから、1.5ng/mlを超えると、腹膜の機能が低下して腹膜透析に適合しなくなって腹膜透析継続が困難となってきている可能性があり、腹膜透析から血液透析に移行する必要が出てくる。
【実施例0046】
以下のように、本発明を適用する実施例と、本発明を適用外の比較例について、試験を行った。その結果を示す。
【0047】
(実施例1)
・対象
2016年5月から2021年3月の間に、国立大学法人金沢大学附属病院、及び関連病院に通院し、腹膜透析を行っている患者を対象とした。なお、全患者から書面で同意を得た。
・除外基準
なお、1)悪性腫瘍を有する患者、2)腎移植予定がある患者、3)妊婦および授乳婦、及び4)同意が得られなかった患者を除外した。
・試験デザイン
前向きコホート研究により行った。
・患者背景
症例数は45人、平均年齢は69歳、33人(73%)が男性、平均腹膜透析期間は32ヶ月であった。腎不全の主な原疾患は、糖尿病性腎症(15人、33%)、良性腎硬化症(9人、20%)、IgA腎症(6人、13%)であった。
・試験方法
試験方法は、Mini-PET法に準じて、図1に示す方法により行った。
先ず、測定日前日の21時に、各患者の腹腔内へ1.5%もしくは2.5%ブドウ糖含有腹膜透析液(バクスター株式会社製;商品名レギュニール、又はテルモ株式会社製;商品名ミッドペリック)1500mLを注液し、測定日当日8時に、全量排液して排液検体0を採取しつつ、排液量を記録し、2.5%ブドウ糖含有腹膜透析液(バクスター株式会社製;商品名レギュニール、又はテルモ株式会社製;商品名ミッドペリック)1500mLを注液し、初期値として排液検体1を採取し、9時に全量排液して排液量を記録し、1時間後の排液検体2を採取した。排液検体0について、R&D Systems, Inc社製のQuantikine ELISA, Human ENPP-2/Autotaxin Immunoassayキットを用いてオートタキシン濃度をELISA法によって測定した。
【0048】
(対照例1)
図1に準じ、透析液排液中のオートタキシン濃度を測定する代わりにNa濃度を常法に従って測定し、
DipNa=(排液1のNa濃度)-(排液2のNa濃度)
を算出した。
【0049】
(対照例2)
従来のPET法として、図2に示す方法により行った。
先ず、測定日前日の21時に、各患者の腹腔内へ1.5%もしくは2.5%ブドウ糖含有腹膜透析液(バクスター社製;商品名レギュニール、もしくは、テルモ社製;商品名ミッドペリック)1500mLを注液し、測定日当日9時に、全量排液して排液検体0を採取しつつ、排液量を記録し、2.5%ブドウ糖含有腹膜透析液(バクスター社製;商品名レギュニール、もしくは、テルモ社製;商品名ミッドペリック1500mLを注液し、初期値として排液検体1を採取し併せて採血1を行い、11時に排液検体2を採取し併せて採血2を行い、13時に全量排液して排液量を記録し、4時間後の排液検体3を採取した。血中のクレアチニン濃度を常法に従って測定し、D/P Cr=(4hr D Cr)÷(P Cr)を算出した。また、透析液中のブドウ糖濃度を常法に従って測定し、D/D Glu=(4hr D Glu)÷(0hr D Glu)を算出した。さらに、排液量から、Net UF=(4時間時点での排液量)-(初期注液量)を算出した。
【0050】
(解析1:オートタキシンとPETマーカーとの横断解析)
短期間での変動は少ないと考えられるため別の日夫々、観察開始から最初に行ったPETおよびmini-PETの際のPETマーカーおよびオートタキシン濃度との関連について横断解析を行ったところ、図3に示す通り、オートタキシン濃度と、D/P Cr及びD/D Gluとは、夫々相関係数r=0.496で有意差p<0.001の正の相関、及び相関係数r=-0.514で有意差p<0.001の負の相関を示していた。
【0051】
(解析2:オートタキシンとdip Naとの横断解析)
観察開始から最初に行ったmini-PETの際の、dip Naおよびオートタキシン濃度との関連について横断解析を行ったところ、図4に示す通り、オートタキシン濃度と、dip Naとは、相関係数r=-0.366で有意差p=0.013の負の相関を示していた。
【0052】
(解析3:オートタキシンとPETマーカーとの多変量線形回帰分析)
観察開始から最初に行ったPETおよびmini-PETの際のPETマーカーおよびオートタキシン濃度との関連について多変量線形回帰分析を行ったところ、多くの臨床因子で調整後でも、ATXは、D/P Cr、 D/D Glu、及びdip Naと有意に相関した。
【0053】
(解析4:オートタキシンとNet UFとの横断解析)
観察開始から最初に行ったPETおよびmini-PETの際のPETマーカーおよびオートタキシン濃度との関連について横断解析を行ったところ、図5に示す通り、オートタキシン濃度とNet UFの量との間に相関が認められなかった。
【0054】
(解析5:オートタキシンとNet UFとの縦断解析)
しかし、1年間の経過を追ってデータを取得した19例において、観察開始当初のオートタキシン濃度と、1年間でのNet UFの変化量について縦断解析を行ったところ、
図6に示す通り、1年間のNet UF変化量であるΔNetUFと、観察開始から最初のmini-PETの際の測定値であるベースラインでのオートタキシンの濃度とに関し、初年度のオートタキシン濃度と、1年間でのNet UFの変化量とは、相関係数r=-0.353で有意差p=0.141と、相関する傾向を示していた。今後症例数を増やすことで、除水能の予測マーカーとなる可能性も示唆される。
【0055】
これら解析1~5から明らかな通り、腹膜透析排液中のオートタキシン濃度は、従来から汎用されているPET試験でのD/P Cr、及びD/D Glu、並びに過去の報告で除水不全との関連が示唆されているdip Naと相関した。また、初年度のオートタキシン濃度は,1年間でのnet UFの変化量と相関する傾向を認めた。これらのことから、腹膜透析排液中のオートタキシンは、腹膜機能を反映しており、PET試験でのD/P Cr、及びD/D Gluに代わって簡易かつ簡便に検査できる腹膜機能評価マーカーとして、有用であることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の腹膜機能評価判定方法によれば、人工透析の初期に、腹膜透析と血液透析とのうち腹膜透析を選択し、腹膜の機能をできるだけ長持ちさせるように定期的に検査する指標として、腹膜透析液の排液中のオートタキシンからなる腹膜機能評価マーカーを測定して、適切な腹膜機能評価を行うことにより、腹膜透析の拡大と腹膜透析長期継続とに利用することができる。
しかも、腹膜機能評価におけるオートタキシン測定の保険適用承認がなされれば、検査受注数が増え、血液透析の医療資源を減じて、医療経済を好転させることができるようになる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6