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特開2025-9047腱板断裂性肩関節症モデル動物及び腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025009047
(43)【公開日】2025-01-20
(54)【発明の名称】腱板断裂性肩関節症モデル動物及び腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20240101AFI20250109BHJP
【FI】
A01K67/027
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023111774
(22)【出願日】2023-07-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り アドレス:https://site2.convention.co.jp/40jsbmr/syoroku/、掲載日:令和4年7月11日 集会名:第40回日本骨代謝学会学術集会、開催日:令和4年7月23日 アドレス:https://site2.convention.co.jp/joakiso2022/appli/、掲載日:令和4年10月4日 集会名:第37回日本整形外科学会基礎学術集会、開催日:令和4年10月13日 刊行物名:13th International BMP Conference,BOOK OF ABSTRACTS、発行者名:13th International BMP Conference Organizing Committee,Croatian Academy of Sciences and Arts、掲載日:令和4年10月8日 集会名:13th International BMP Conference、開催日:令和4年10月8日 アドレス:https://www.ors.org/abstract-search/、掲載日:令和5年1月26日 集会名:ORS 2023 Annual Meeting、開催日:令和5年2月12日 刊行物名:第35回日本軟骨代謝学会プログラム・抄録集、発行者名:第35回日本軟骨代謝学会 事務局、頒布日:令和5年2月17日 集会名:第35回日本軟骨代謝学会、開催日:令和5年3月4日 刊行物名:第8回日本骨免疫学会Program&Abstracts、発行日(頒布日):令和5年6月25日 集会名:第8回日本骨免疫学会、開催日:令和5年6月25日
(71)【出願人】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】谷口 昇
(72)【発明者】
【氏名】前田 真吾
(72)【発明者】
【氏名】伊集院 俊郎
(57)【要約】
【課題】腱板断裂性肩関節症の病態をより忠実に再現することができる腱板断裂性肩関節症モデル動物及び腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法を提供する。
【解決手段】腱板断裂性肩関節症モデル動物は、同じ側の肩甲上腕関節における棘上筋の筋腱、棘下筋の筋腱、上方関節包及び上腕二頭筋長頭腱が切離されているげっ歯類動物である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
同じ側の肩甲上腕関節における棘上筋の筋腱、棘下筋の筋腱、上方関節包及び上腕二頭筋長頭腱が切離されたげっ歯類動物である、
腱板断裂性肩関節症モデル動物。
【請求項2】
前記げっ歯類動物は、
ラットである、
請求項1に記載の腱板断裂性肩関節症モデル動物。
【請求項3】
前記ラットの週齢が12週齢以降である、
請求項2に記載の腱板断裂性肩関節症モデル動物。
【請求項4】
軟骨下骨が陥没する又は陥没している、
請求項1から3のいずれか一項に記載の腱板断裂性肩関節症モデル動物。
【請求項5】
げっ歯類動物の同じ側の肩甲上腕関節における棘上筋の筋腱及び棘下筋の筋腱を切離し、
前記肩甲上腕関節における上方関節包を切離し、
前記肩甲上腕関節における上腕二頭筋長頭腱を切離する、
腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腱板断裂性肩関節症モデル動物及び腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肩腱板断裂は、耐え難い肩関節痛の主な原因である。80歳以上の高齢者の6割以上が肩腱板断裂に罹患している。肩腱板断裂の症例の一部は、肩関節(肩甲上腕関節)の著明な変形、上腕骨の関節軟骨下骨陥没、上腕骨頭の骨量減少等を特徴とする、腱板断裂性肩関節症(cuff tear arthropathy;以下単に“CTA”ともいう)に移行する。CTAは激烈な肩関節痛をもたらすとともに、肩関節の可動域制限によって日常生活動作を著しく制限する。CTAによって、自立生活が送れなくなる等、生活の質が低下する。CTAは高齢者の健康寿命を短縮させる。また、肩関節腱板断裂及びCTAは、若年者においても職業活動及びスポーツ活動に大きな障害をもたらす。CTAについては、患者の身体的負担及び経済的負担はもとより、医療経済的な社会負担も大きい。
【0003】
CTAの治療法はリバース型人工肩関節置換術に限定されている。そのため、肩腱板断裂後にCTAの発症を予防する、あるいは軽度のCTAの増悪を抑制する治療法の開発のために、CTAの病態解明が期待される。肩腱板断裂を伴わない一次性の変形性関節症(osteoarthritis;以下単に“OA”ともいう)は、関節軟骨変性と骨棘形成を特徴とする変形である。OAはレントゲン学的にも組織学的にもCTAと明確に区別され、この両者の分子病態は異なることが予想される。したがって、CTAの病態解明には、既存の膝関節OAモデル等では代替できず、CTAの特徴を正確に再現する動物モデルが必要である。
【0004】
非特許文献1では、棘上筋及び棘下筋の筋腱を切離したCTAモデルラットが報告されている。非特許文献2では、棘上筋、棘下筋及び小円筋の筋腱を切離したCTAモデルマウスが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Erik J Kramer,外6名,「Evaluation of cartilage degeneration in a rat model of rotator cuff tear arthropathy」,J Shoulder Elbow Surg,2013年,22(12):1702-1709
【非特許文献2】Alissa Zingman,外8名,「Shoulder arthritis secondary to rotator cuff tear:A reproducible murine model and histopathologic scoring system」,J Orthop Res,2017年,35(3):506-514
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1で報告されたCTAモデルラットでは、術後にCTAの病態が現れるのに12週(ヒトの生涯換算で8年)を要するうえ、非特許文献1には上腕骨の関節軟骨下骨陥没及び上腕骨頭の骨量減少について言及されていない。当該CTAモデルラットを再現したところ、ヒトの腱板では自然修復は起こらないのに対し、CTAモデルラットでは瘢痕組織によって自然修復されてしまう。非特許文献2で報告されたCTAモデルマウスでは、術後にCTAの病態が現れるのに45週(ヒトの生涯換算で36年)を要するため、加齢による変化を否定できないうえ、非特許文献2には上腕骨の関節軟骨下骨の陥没について言及されていない。さらに、ヒト腱板断裂では、小円筋の断裂は稀であるため、当該CTAモデルマウスはCTAの病態を正確に反映していない。非特許文献1で報告されたCTAモデルラット及び非特許文献2で報告されたCTAモデルマウスはいずれもCTAの表現型に係る変化が小さく、CTAの臨床を反映しているとは言い難い。
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、腱板断裂性肩関節症の病態をより忠実に再現することができる腱板断裂性肩関節症モデル動物及び腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(腱板断裂性肩関節症モデル動物)
本明細書に記載された腱板断裂性肩関節症モデル動物は、
同じ側の肩甲上腕関節における棘上筋の筋腱、棘下筋の筋腱、上方関節包及び上腕二頭筋長頭腱が切離されたげっ歯類動物である。
【0009】
前記げっ歯類動物は、
ラットであることとしてもよい。
【0010】
前記ラットの週齢が12週齢以降であることとしてもよい。
【0011】
上記本明細書に記載された腱板断裂性肩関節症モデル動物は、
軟骨下骨が陥没する又は陥没していることとしてもよい。
【0012】
(腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法)
本明細書に記載された腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法は、
げっ歯類動物の同じ側の肩甲上腕関節における棘上筋の筋腱及び棘下筋の筋腱を切離し、
前記肩甲上腕関節における上方関節包を切離し、
前記肩甲上腕関節における上腕二頭筋長頭腱を切離する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、腱板断裂性肩関節症の病態をより忠実に再現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施の形態に係る腱板断裂性肩関節症モデル動物において切離される箇所の一例を模式的に示す図である。
図2】実施例における改良腱板断裂関節症モデル作製のための外科的処置をA~Dの順番の時系列で撮影した画像を示す図である。
図3】従来の腱板切離モデルにおいて肩甲上腕関節軟骨変性を評価した結果を示す図である。Aはヘマトキシリン-エオシン染色した肩甲上腕関節及び周辺組織の切片の画像を示す。Bはアルシアンブルー染色した肩甲上腕関節及び周辺組織の切片の画像を示す。CはOAの程度の指標であるスコアを示す。
図4】実施例における4週後の改良腱板断裂関節症モデルの上腕骨頭の画像を示す図である。
図5】実施例における改良腱板断裂関節症モデルのアルシアンブルー染色した肩甲上腕関節及び周辺組織の切片の画像を示す図である。
図6】実施例における改良腱板断裂関節症モデルにおけるOAの程度の指標であるスコアを示す図である。
図7】実施例における4週後の改良腱板断裂関節症モデルのサフラニンO染色した肩甲上腕関節及び周辺組織の切片の画像を示す図である。
図8】免疫組織化学染色で得られた実施例における改良腱板断裂関節症モデルの4週後の上腕骨頭関節軟骨の切片の画像を示す図である。
図9】実施例における改良腱板断裂関節症モデルの骨の組織形態計測の結果を示す図である。Aはトルイジンブルー染色した4週後の上腕骨頭軟骨下骨の切片を示す。Bは4週後の軟骨下骨における骨量を示す。Cは単位面積あたりの破骨細胞数を示す。Dは石灰化速度を示す。Eは骨形成速度を示す。
図10】実施例における免疫組織化学染色された4週後の改良腱板断裂関節症モデルの上腕骨頭軟骨下骨の切片の画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る実施の形態について図面を参照して説明する。なお、本発明は下記の実施の形態及び図面によって限定されるものではない。なお、下記の実施の形態において、“有する”、“含む”又は“含有する”といった表現は、“からなる”又は“から構成される”という意味も包含する。
【0016】
本実施の形態に係る腱板断裂性肩関節症モデル動物は、同じ側の肩甲上腕関節における棘上筋の筋腱、棘下筋の筋腱、上方関節包及び上腕二頭筋長頭腱が切離されたげっ歯類動物である。げっ歯類動物としては、例えば、ラット(Rattus norvegicus)、マウス(Mus musculus)、モルモット(Cavia porcellus)が挙げられる。ヒトとの腱板周囲の解剖学的類似性が高いことから、げっ歯類動物は、好ましくはラットである。以下では、げっ歯類動物としてラットを用いた腱板断裂性肩関節症モデル動物について説明する。
【0017】
ラットの週齢は特に限定されないが、10週齢以降又は11週齢以降、好ましくは12週齢以降である。ラットの雌雄は特に限定されない。腱板断裂性肩関節症モデル動物において切離される箇所を図1に示す。腱板は、棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋から構成されている。棘上筋は肩甲骨の棘上窩と肩甲棘の上面から起始し、上腕骨の大結節に停止している。棘下筋は肩甲骨の棘下窩と肩甲棘下面から起始し、上腕骨の大結節に停止している。上方関節包(関節包靭帯複合体ともいう)は、関節窩を囲むように肩甲骨の頚部及び関節唇とその外周から起始し、大結節及び小結節に付着している。上腕二頭筋長頭腱は、肩甲骨関節上結節から起始し、関節包内及び上腕骨結節間溝を通り、その大部分は橈骨粗面に付着している。腱板断裂性肩関節症モデル動物は、同じ側の腱板を構成する棘上筋及び棘下筋の筋腱、上方関節包、並びに上腕二頭筋長頭腱がそれぞれ切離されている。
【0018】
ここで、本実施の形態に係る腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法について説明する。腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法は、第1ステップ~第4ステップを含む。図2は、ラットの右側の肩甲上腕関節における腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法の実施例を示す。好ましくは、腱板断裂性肩関節症モデル動物の製造方法は、麻酔下のラットに対して行われる。第1ステップの前に、棘上筋の筋腱及び棘下筋の筋腱を露出させるために、図2Aに示すように、三角筋をT型に切開する。
【0019】
第1ステップでは、図2B及び図2Cに示すように、肩甲上腕関節における棘上筋(以下単に“SSP”ともいう)の筋腱及び棘下筋(以下単に“ISP”ともいう)の筋腱を切離する。好ましくは、SSP及びISPは、それぞれ上腕骨頭での付着部分で切離される。切離は、メス、ハサミ等を用いて公知の方法で行うことができる。第2ステップでは、図2Dの破線に示された、当該肩甲上腕関節における上関節上腕靱帯(以下単に“SGHL”ともいう)を含む上方関節包(以下単に“capsule”ともいう)を切離する。第3ステップでは、当該肩甲上腕関節における上腕二頭筋長頭腱(以下単に“LHB”ともいう)を切離する。
【0020】
本実施の形態に係る腱板断裂性肩関節症モデル動物は、下記実施例に示すように、術後2週程で、顕著なOAの変化を示す。術後4週では、さらに顕著にOAの病態を呈し、軟骨下骨が陥没する。陥没した軟骨下骨を覆う部位には、線維性パンヌスが現れる。また、当該腱板断裂性肩関節症モデル動物では、骨代謝バランスが骨吸収に傾き、CTA患者で報告されている上腕骨頭の骨量の低下が認められる。さらに当該腱板断裂性肩関節症モデル動物では、ヒトのOAと同様に、炎症性サイトカイン及び異化酵素(軟骨基質消化酵素)の発現が増大する。
【0021】
本実施の形態に係る腱板断裂性肩関節症モデル動物は、その病態生理がヒトのCTAに類似しており、腱板断裂性肩関節症の病態をより忠実に再現することができる。ヒトCTAの自然経過については不明な点が多いところ、当該腱板断裂性肩関節症モデル動物によって、組織学的変化、特に軟骨下骨の変化の経時的観察が可能となる。また、当該腱板断裂性肩関節症モデル動物は、原因遺伝子、原因タンパク質、疾患増悪因子等の解明に加え、新規治療薬の研究開発、並びに既存薬剤の治療効果及び副作用の研究に寄与する。さらに、当該腱板断裂性肩関節症モデル動物を用いることで、骨、軟骨、靱帯、腱、筋、滑膜等の再生医療、治療装具、手術法、手術器具、トレーニング法、リハビリテーション手技、サポーター、テーピング法などの開発が可能となる。
【0022】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【実施例0023】
雄のSprague-Dawley(以下単に“SD”ともいう)ラット(日本エスエルシー社製)を、ケージあたり2匹を収容し、飼料及び水を自由摂取させて、室温が23±1℃に制御された部屋で12時間の明暗サイクル下で飼育した。本実施例では、12週齢のラット52匹(367±11g)を使用した。すべての外科処置は、酸素と混合した2%イソフルランを用いた全身麻酔下で行い、感染を予防するためにペニシリン(20000U/kg)をラットの皮下に投与した。鎮痛のために、ブプレノルフィン(0.05mg/kg、皮下、12時間毎)を術後にラットに投与した。
【0024】
摂食及び飲水が困難であること、自傷、姿勢異常及び跛行による生活の質の顕著な低下を人道的エンドポイントと定義した。しかし、有害事象はなく、摂食が良好で、体重減少も見られなかったため、除外した個体はなかった。
【0025】
腱板切離(Rotator cuff tenotomy;以下単に“RCT”ともいう)モデルを次のように作製した。SDラット(各時点でn=7)の右肩で肩甲上腕関節を覆う皮膚を切開し、腱板を処置できるように上腕骨頭において三角筋を長手方向に切開した。上腕二頭筋は処置せずそのままにした。SSP及びISPの腱を上腕骨頭における付着部分で切離した。疑似手術(以下単に“Sham”とする)として、左肩の皮膚及び三角筋を切開した。ラットを手術直後(0日目)、術後1週間及び術後4週間で殺処分とした。
【0026】
改良腱板断裂関節症(以下単に“mCTA”ともいう)モデルを次のように作製した。SDラット(各時点での組織学的分析ごとにn=7、ただし4週目は、肉眼による検査及び骨の組織形態計測を実施するためにサンプルを追加しn=17とした)の右肩で三角筋(deltoid)をT型に切開し(図2A)、SSPの筋腱及びISPの筋腱を上腕骨頭での付着部分で切離した(図2B及び図2C)。続いてSGHLを含むcapsuleを切離し(図2Dの破線)、LHBを切離した(図2D)。Shamとして、左肩の皮膚及び三角筋を切開した。ラットを術後1週間及び術後2週間、4週間及び8週間で殺処分とした。
【0027】
殺処分したラットから肩甲上腕関節及び周辺組織を採取し、室温にて24時間、10%中性緩衝ホルマリンで固定した。続いて、それらを4℃で5日間、K-CX AT溶液(ファルマ社製)で脱灰し、パラフィン包埋した切片を作製した。組織学的評価のために、関節軟骨を上位(superior)、中位(middle)、下位(inferior)の3つの領域に区分けした。サフラニンO染色によって各領域の20箇所において関節軟骨の厚みを測定し、平均値を算出した。Murine Shoulder Arthritis Score(MSAS;上記非特許文献2参照)を用いてOAの変化を評価するためにアルシアンブルー(pH1.0)染色を行った。異なる実施者それぞれが各測定を2回行った。
【0028】
骨の組織形態計測では、カルセイン(8mg/kg)を殺処分の5日前と1日前のそれぞれラットの腹腔内に注射した。メタクリル酸グリシジル樹脂包埋切片をトルイジンブルーで染色した。クレハ分析センターにおいてHistometry RT Camera(システムサプライ社製)を用いて上腕骨の骨幹端を解析した。BZ-X710/BZ-X700マイクロスコープシステム(キーエンス社製)を用いて上腕骨頭軟骨下骨を分析した。
【0029】
免疫組織化学分析では、抗原回復のため、切片をL.A.B.solution(Polysciences社製)とともにインキュベートした。3%過酸化水素を含むリン酸緩衝生理食塩水で内因性のペルオキシダーゼを不活化し、CAS-Block(Thermo Fisher Scientific社製)でブロッキングした。一次抗体には、ウサギポリクローナル抗腫瘍壊死因子(TNF)-α抗体(1:200、bs-2081R、Bioss社製)、ウサギポリクローナル抗インターロイキン(IL)-1β(1:200、bs-0812R、Bioss社製)、ウサギポリクローナル抗IL-6(1:200、bs-0782R、Bioss社製)、ウサギポリクローナル抗マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)-3(1:200、17873-1-AP、Proteintech社製)、ウサギポリクローナル抗MMP-13(1:200、ab39012、Abcam社製)、ウサギポリクローナル抗ADAMTS(a disintegrin and metalloproteinase with thrombospondin motifs)-5(1:200、bs-3573R、Bioss社製)、ウサギポリクローナル抗CD34(1:200、bs-0646R、Bioss社製)、マウスモノクローナル抗ビメンチン(1:1000、60330-1-Ig、Proteintech社製)、マウスモノクローナル抗レプチン受容体(1:200、MA5-32685、Invitrogen社製)、ウサギポリクローナル抗血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)α(1:200、bs-0231R、Bioss社製)、マウスモノクローナル抗RUNX2(1:200、D130-3、MBL International社製)及びマウスモノクローナル抗RANKL(receptor activator of nuclear factor-kappa B ligand)(1:100、ab45039、Abcam社製)を使用した。
【0030】
正常ウサギIgG(sc-2027、Santa Cruz Biotechnology社製)及び正常マウスIgG(sc-2025、Santa Cruz Biotechnology社製)を一次抗体の陰性対照として使用した。抗マウスペルオキシダーゼ結合二次抗体及び抗ウサギペルオキシダーゼ結合二次抗体の混合物であるHistofine Simple Stain Rat MAX PO(MULTI)(414191、ニチレイバイオサイエンス社製)を一次抗体のシグナル検出に使用した。シグナルはジアミノベンジジン溶液(415171、ニチレイバイオサイエンス社製)を用いて可視化した。マイヤーヘマトキシリン溶液を用いて対比染色を行った。BZ-X710/BZ-X700マイクロスコープシステムを用いて切片の画像を撮像した。シグナル陽性細胞の個数を総細胞数で除して陽性染色率を定量した。3つの独立した領域の平均スコアを統計解析に用いた。
【0031】
(結果)
まず、RCTモデルの上腕骨頭関節軟骨変性を評価した。ヘマトキシリン-エオシン染色による組織学的評価では、図3Aに示すようにSSP及びISPの切離された腱が術後1週間で炎症細胞が浸潤した肉芽組織によって再結合し、4週間以内で瘢痕組織によってさらに修復されていた。RCTモデルの肩のOAの変化をMSASで評価したところ、図3B及び図3Cに示すように、上腕骨頭軟骨の上位領域でアルシアンブルーによる染色度がわずかに低下し、MSASが少し増加した一方で、中位領域及び下位領域の軟骨には影響がなかった(ウイルコクソンの順位和検定)。この結果は、ラットが腱板の腱の自己修復力を有し、肩関節の不安定化と、上腕骨頭と肩峰との間の直接の衝突を防ぐことを示す。
【0032】
mCTAモデルの4週後の上腕骨頭を図4に示す。なお、図4の“SSC”は肩甲下筋を示す。軟骨の光沢面が全体的になくなり、特に上位領域において色褪せ、ザラつきが生じていた。mCTAモデルにおける肩のOAの特徴をアルシアンブルー染色で評価したところ、図5に示すように、切離された腱板の腱が2週以内に瘢痕組織によって修復された。4週後には、軟骨下骨が陥没し、その後陥没が拡がった。mCTAモデルでは、上腕骨頭の関節部分の丸み、軟骨細胞の細胞充実度、軟骨下骨の形態及びアルシアンブルーの可染性が低下していたが、4週から線維性パンヌスが出現し、損傷した軟骨下骨を覆っていた。mCTAモデルにおける上位領域のOAの変化の程度をMSASで評価した結果を図6に示す。図6では“S”はShamを示し、“C”はmCTAモデルを示す。MSASの評価では、ShamとmCTAモデルとの間ではウイルコクソンの順位和検定を行い、異なる時点での各群間では、クラスカル・ワリス検定及びスチール・ドワス検定を行った。図6に示すように、時間依存的にOAの変化が顕著になった。図7は、Sham及びmCTAモデルのサフラニンO染色した4週後の切片の画像を示す。mCTAモデルでは、陥没した軟骨下骨を覆う旺盛な線維性パンヌスを認めた。
【0033】
4週後のmCTAモデルの上腕骨頭関節軟骨切片(上位領域)におけるOA関連炎症性サイトカイン及び異化酵素に関する免疫組織化学染色の結果を図8に示す。mCTAモデルでは、TNF-α、IL-1β、IL-6、MMP-3、MMP-13及びADAMTS-5の発現が顕著に増加していた。このため、mCTAモデルの軟骨変性の病態生理学はOAに類似していた。
【0034】
非脱灰硬組織切片をトルイジンブルー染色した上腕骨頭の切片を図9Aに示す。4週後のmCTAモデルの軟骨下骨での骨量(BV(骨量)/TV(総骨量))、単位面積あたりの破骨細胞数(Oc.N(破骨細胞数)/BS(骨表面積))、石灰化速度(MAR)及び骨形成速度(BFR/BS)をそれぞれ図9B図9C図9D及び図9Eに示す(ウイルコクソンの順位和検定)。CTA患者の上腕骨頭の骨量が減るという病態がmCTAモデルにおいて4週で再現された。mCTAモデルでは、骨吸収が亢進し、骨形成には変化がなかったことから骨代謝バランスが骨吸収に傾斜していた。
【0035】
図10は、4週後のmCTAモデルの上腕骨頭における陥没した軟骨下骨近傍にあるパンヌス細胞における骨髄由来間葉系幹細胞マーカー(CD34、ビメンチン、レプチン受容体及びPDGFRα)及び幼若骨芽細胞マーカー(RUNX2及びRANKL)の免疫組織化学染色の結果を示す図である。いずれの骨髄由来間葉系幹細胞マーカーも陽性であったため、パンヌス細胞の起源が間葉系幹細胞であることが示唆された。また、パンヌス細胞が、骨芽細胞の分化の主な制御因子であるRUNX2及び破骨細胞形成を促進するRANKLを発現していることが示された。
【0036】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等な発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明は、腱板断裂性肩関節症の分子病態研究、治療薬、再生医療、治療器具等の開発に有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10