(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025091773
(43)【公開日】2025-06-19
(54)【発明の名称】肉盛層
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250612BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20250612BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20250612BHJP
【FI】
C22C38/00 302X
B22F1/00 T
B23K35/30 340B
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023207226
(22)【出願日】2023-12-07
(71)【出願人】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大西 真也
(72)【発明者】
【氏名】山本 隆久
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018BA16
4K018BD09
(57)【要約】
【課題】耐食性及び耐摩耗性に優れた肉盛層の提供。
【解決手段】肉盛層の材質は、鉄基合金である。この鉄基合金は、
B:4.0質量%以上8.0質量%以下、
C:0.10質量%以上1.0質量%以下、
及び
Cr:5.0質量%以上10.0質量%以下
を含む。この肉盛層の金属組織は、ホウ化物を含む。このホウ化物の面積率は、20%以上50%以下である。この肉盛層の製造方法は、
(1)その材質が鉄基合金である粉末を、準備する工程、
(2)この粉末を加熱して溶融金属を得る工程、
及び
(3)この溶融金属をベースの上で凝固させる工程
を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
その材質が鉄基合金である肉盛層であって、
この鉄基合金が、
B:4.0質量%以上8.0質量%以下、
C:0.10質量%以上1.0質量%以下、
及び
Cr:5.0質量%以上10.0質量%以下
を含んでおり、
その金属組織がホウ化物を含んでおり、このホウ化物の面積率が20%以上50%以下である、肉盛層。
【請求項2】
(1)多数の粒子からなり、これらの粒子の材質が鉄基合金であり、この鉄基合金が、
B:4.0質量%以上8.0質量%以下、
C:0.10質量%以上1.0質量%以下、
及び
Cr:5.0質量%以上10.0質量%以下
を含む粉末を、準備する工程、
(2)上記粉末を加熱して溶融金属を得る工程、
並びに
(3)上記溶融金属をベースの上で凝固させる工程
を備えた、肉盛層の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、肉盛層を開示する。この肉盛層は、レーザークラッディング、プラズマ粉体肉盛溶接等の製造方法によって、得られうる。
【背景技術】
【0002】
その表面に硬質クロムメッキが施された鋼が、例えば油圧シリンダーのシャフトのような擦動部材に、用いられている。硬質クロムメッキは、鋼の耐食性に寄与する。硬質クロムメッキは、耐摩耗性にも優れている。硬質クロムメッキの形成工程では、六価クロムを含む電解液が利用される。六価クロムは、有害物質である。
【0003】
特表2020-530876公報には、レーザークラッディングで得られた肉盛層が開示されている。この肉盛層は、耐食性に優れる。従ってこの肉盛層は、硬質クロムメッキを代替しうる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特表2020-530876公報に開示された肉盛層の耐摩耗性は、十分ではない。この肉盛層は、油圧シリンダーのような擦動部材には、適していない。
【0006】
本出願人の意図するところは、耐食性及び耐摩耗性に優れた肉盛層の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本明細書が開示する肉盛層の材質は、鉄基合金である。この鉄基合金は、
B:4.0質量%以上8.0質量%以下、
C:0.10質量%以上1.0質量%以下、
及び
Cr:5.0質量%以上10.0質量%以下
を含む。この肉盛層の金属組織は、ホウ化物を含む。このホウ化物の面積率は、20%以上50%以下である。
【0008】
本明細書は、肉盛層の製造方法も開示する。この製造方法は、
(1)多数の粒子からなり、これらの粒子の材質が鉄基合金であり、この鉄基合金が、
B:4.0質量%以上8.0質量%以下、
C:0.10質量%以上1.0質量%以下、
及び
Cr:5.0質量%以上10.0質量%以下
を含む粉末を、準備する工程、
(2)上記粉末を加熱して溶融金属を得る工程、
並びに
(3)上記溶融金属をベースの上で凝固させる工程
を含む。
【発明の効果】
【0009】
この粉末から、耐食性及び耐摩耗性に優れた肉盛層が得られうる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る肉盛層を有する金属製品の一部が示された、断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態が詳細に説明される。
【0012】
[金属製品]
図1に、金属製品2が示されている。この金属製品2は、ベース4と肉盛層6とを有している。肉盛層6は、ベース4の表面を被っている。肉盛層6は、肉盛法によって得られうる。典型的な肉盛法は、レーザークラッディングである。他の肉盛法として、プラズマ粉体肉盛溶接が挙げられる。これらの肉盛法では、粉末が用いられる。粉末は、多数の粒子の集合である。この粉末が過熱され、溶融金属が得られる。この溶融金属がベース4の上で凝固することで、肉盛層6が形成される。典型的な金属製品2は、油圧シリンダーである。
【0013】
[鉄基合金]
この肉盛層6の材質は、鉄基合金である。この鉄基合金は、
B:4.0質量%以上8.0質量%以下、
C:0.10質量%以上1.0質量%以下、
及び
Cr:5.0質量%以上10.0質量%以下
を含む。好ましくは、この鉄基合金の残部は、Fe及び不可避的不純物である。粉末の組成も、この肉盛層6の鉄基合金の組成と同じである。以下、各元素の役割が詳説される。
【0014】
[鉄(Fe)]
この合金のベース元素は、Feである。Feは、肉盛層6の強度及び耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Feの含有率は60質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、80質量%以上が特に好ましい。合金が他の元素を十分に含みうるとの観点から、Feの含有率は95量%以下が好ましく、92質量%以下がより好ましく、90質量%以下が特に好ましい。
【0015】
[ホウ素(B)]
肉盛層6においてBは、Feに固溶している。Bはさらに、ホウ化物として存在している。典型的なホウ化物は、Fe2Bである。Fe2Bは、硬質である。この鉄基合金では、Feがマトリックスである固溶体相とFe2B相との、共晶組織が達成されている。この金属組織を有する肉盛層6は、高硬度である。この肉盛層6は、耐摩耗性に優れる。十分なFe2Bが得られるとの観点から、Bの含有率は4.0質量以上が好ましく、4.5質量%以上がより好ましく、5.0質量%以上が特に好ましい。Bが過剰な合金では、肉盛時の熱履歴に起因して、Bが固溶体から析出して存在しうる。この析出は、肉盛層6の硬度を阻害する。硬度の観点から、Bの含有率は8.0質量%以下が好ましい。
【0016】
[炭素(C)]
肉盛層6においてCは、Feに固溶している。Cはさらに、肉盛層6において炭化物として存在している。Cは、肉盛層6の硬度、強度及び耐摩耗性に寄与しうる。
【0017】
粉末の製造では、粒子の内部にポアが生じうる。ポアが存在する粉末から得られた肉盛層6では、このポアのガスが残存する。この粉末からは、緻密な肉盛層6は得られにくい。本発明者が得た知見によれば、Cは意外にも、このポアを抑制しうる。さらに、本発明者が得た知見によれば、Cは意外にも、粉末製造時の材料歩留まりにも寄与する。
【0018】
肉盛層6の硬度、強度、耐摩耗性及び緻密性、並びに粉末の歩留まりの観点から、Cの含有率は0.10質量%以上が好ましく、0.15質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上が特に好ましい。過剰なCは、肉盛層6の靱性を阻害する。靱性の観点から、Cの含有率は1.0質量%以下が好ましく、0.9質量%以下がより好ましく、0.8質量%以下が特に好ましい。
【0019】
[クロム(Cr)]
肉盛層6においてCrは、Feに固溶している。Crは、肉盛層6の耐食性に寄与する。この観点からCrの含有率は5.0質量%以上が好ましく、5.5質量%以上がより好ましく、6.0質量%以上が特に好ましい。肉盛層6の低コストの観点から、Crの含有率は10.0質量%以下が好ましい。
【0020】
[ホウ化物]
前述の通り、肉盛層6は、ホウ化物を含んでいる。ホウ化物の面積率は、20%以上50%以下が好ましい。この面積率が20%以上である肉盛層6は、耐摩耗性に優れる。この観点から、この面積率は22%以上がより好ましく、23%以上が特に好ましい。この面積率が50%以下である肉盛層6は、割れにくい。この観点から、この面積率は46%以下がより好ましく、43%以下が特に好ましい。適正な量のBを含有する粉末を肉盛法に供することにより、ホウ化物の面積率が上記範囲内である肉盛層6が得られうる。
【0021】
面積率は、肉盛層6の厚さ方向に沿った断面において、測定される。この断面がSEMで観察され、反射電子像が撮影される。この像の画像解析により、ホウ化物の面積率が算出される。ホウ化物の特定は、EDS分析でなされうる。
【0022】
[粉末の製造方法]
前述の通り肉盛層6は、粉末が肉盛法に供されることで、得られうる。この粉末は、アトマイズ法、粉砕法等によって製造されうる。アトマイズ法として、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法及びディスクアトマイズ法が、例示される。粉末に不純物が混入しにくいとの観点から、ガスアトマイズ法及びディスクアトマイズ法が好ましい。粉末に不純物が混入しにくいとの観点から、不活性ガス雰囲気でのアトマイズが好ましい。量産性の観点から、ガスアトマイズが好ましい。
【実施例0023】
以下、実施例に係る肉盛層の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本明細書で開示された範囲が限定的に解釈されるべきではない。
【0024】
[実施例1]
その組成が下記表1に示された原料を、準備した。この原料を耐火物性の坩堝に投入し、アルゴンガス雰囲気にて誘導法で溶解し、溶湯を得た。坩堝の底にあるノズルから溶湯を流出させ、窒素ガスによるガスアトマイズを施して、原料粉末を得た。この原料粉末に、篩による分級を施して、粒子径が250μm以下である肉盛用の粉末を得た。この粉末をレーザークラッディングに供し、鋼板の上に肉盛層を形成して、積層体を得た。レーザークラッディングの条件は、以下の通りであった。
レーザーの出力:2000W
粉末の供給量:0.2g/s
装置の送り速度:30cm/min
鋼板のサイズ:30mm×20mm
【0025】
[実施例2-15及び比較例1-6]
組成が下記表1に示された原料を準備した他は実施例1と同様にして、実施例2-15及び比較例1-6の肉盛層を得た。
【0026】
[耐摩耗性]
積層体から試験片を切り出し、大越式摩耗試験に供して、比摩耗量を測定した。試験の条件は、以下の通りであった。
試験器:株式会社東京試験機の「OAT-U」
リング:SCM420(硬度:88HRB)
摩擦速度:3.86m/S
摩耗距離:200m
最終荷重:61.8N
この結果が、下記の表1に示されている。
【0027】
[耐食性試験]
肉盛層に、「JIS Z 2371」の規定に準拠して、塩水を噴霧した。1ヶ月後にこの肉盛層を目視で観察し、以下の基準に従って格付けした。
A:発錆がまったくない。
B:一部に発錆がある。
C:全体に発錆がある。
この結果が、下記の表1に示されている。
【0028】
【0029】
表1に記載されたそれぞれの合金の組成の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
【0030】
表1に示される通り、各実施例の肉盛層は、諸性能に優れている。この評価結果から、この肉盛層の優位性は明らかである。