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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2025092184
(43)【公開日】2025-06-19
(54)【発明の名称】有機ケイ素化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 7/18 20060101AFI20250612BHJP
【FI】
C07F7/18 W
C07F7/18 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023207904
(22)【出願日】2023-12-08
(71)【出願人】
【識別番号】000003182
【氏名又は名称】株式会社トクヤマ
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小野塚 遼
(72)【発明者】
【氏名】小倉 健嗣
(72)【発明者】
【氏名】石津 澄人
(72)【発明者】
【氏名】笠野 承平
(72)【発明者】
【氏名】一ノ瀬 亘
【テーマコード(参考)】
4H049
【Fターム(参考)】
4H049VN01
4H049VP11
4H049VQ21
4H049VR11
4H049VR22
4H049VR41
4H049VT54
4H049VW02
4H049VW07
(57)【要約】
【課題】不純物としての鉛成分が少ない有機ケイ素化合物を得ることができる有機ケイ素化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも一のアルコキシシラン、有機ハロゲン化物、およびマグネシウムを用いてグリニャール反応させて反応液を得る反応工程、並びに前記反応液に、紫外線を照射する照射工程、を含む、有機ケイ素化合物の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも一のアルコキシシラン、有機ハロゲン化物、およびマグネシウムを用いてグリニャール反応を行い反応液を得る反応工程、並びに
前記反応液に、紫外線を照射する照射工程、
を含む、有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項2】
使用する前記アルコキシシラン全体に含まれるアルコキシ基の合計量(mol)に対する、使用する前記ハロゲン化物全体に含まれるハロゲン基(X)の合計量(mol)の比率が、0.50mol/mol以上、8.0mol/mol以下である、請求項1に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項3】
前記反応工程において、さらに有機溶媒を用いる、請求項1又は2に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項4】
前記有機溶媒の合計使用量(L)に対する前記アルコキシシランの合計使用量(mol)の比率が、0.10mol/L以上、6.0mol/L以下である、請求項3に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項5】
前記照射工程後の反応液を精製する精製処理を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項6】
前記反応工程後、前記照射工程前において、酸を含む水性溶液と前記反応液とを混合することにより、前記反応液を有機相と水相とに分液する分液処理を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項7】
前記酸がマグネシウムと塩を形成し得る酸であり、かつ、該塩が水に不溶な塩である、請求項6に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【請求項8】
前記酸が、シュウ酸、炭酸、及び酒石酸からなる群から選択される1種以上の酸である、請求項7に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ケイ素化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機ケイ素化合物は幅広い分野で用いられており、例えば、材料工学分野、光学分野、医薬品分野、又は農芸分野等の分野において、重要な化合物として注目されている。
有機ケイ素化合物の製造においては、その用途に応じて構造を制御することが重要である。所望の構造を有する有機ケイ素化合物を得るための方法の一つとして、グリニャール反応を利用した合成方法が知られている。グリニャール反応は、マグネシウムと有機ハロゲン化物の反応により生じるグリニャール試薬を用いた反応であり、該反応を利用することにより有機ケイ素化合物中のケイ素元素に所望の有機基等を付加することができる。
例えば、特許文献1には、シラン化合物と第三級アルキルグリニャール試薬とを反応させることにより第三級アルキルシランを製造する方法が開示されている。
また、特許文献2には、ジクロロシランと特定の構造を有するグリニャール試薬とを反応させることによりジアルキルジアルコキシランを製造する方法が開示されている。
また、特許文献3には、アルキルシランとグリニャール試薬とを反応させることによりアルキルシランのケイ素に別のアルキル基が付加された有機ケイ素化合物を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-002077号公報
【特許文献2】特開平09-012584号公報
【特許文献3】国際公開第2022/224950号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したように、所望の構造を有する有機ケイ素化合物を得るためにグリニャール反応を利用することが従来から知られている。本発明者らは、この反応に関する検討を進める中で、反応の過程において副生成物として重金属である鉛を含む成分(鉛成分)が生じ得ることを観察した。最終的に得られる製品中の鉛成分の量は少ないことが好ましいが、鉛成分の量を効率的に低減するための検討、特にグリニャール反応に用いる有機ケイ素化合物の種類の観点からの効率的な鉛成分低減の検討は行われておらず、改善の余地が残されていた。
そこで本発明は、不純物としての鉛成分が少ない有機ケイ素化合物を得ることができる有機ケイ素化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは鋭意検討を行った結果、グリニャール反応に用いる有機ケイ素化合物として特定の種類の有機ケイ素化合物を用い、さらに紫外線を照射する処理を利用することにより上記の課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
項1 ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも一のアルコキシシラン、有機ハロゲン化物、およびマグネシウムを用いてグリニャール反応を行い反応液を得る反応工程、並びに
前記反応液に、紫外線を照射する照射工程、
を含む、有機ケイ素化合物の製造方法。
項2 使用する前記アルコキシシラン全体に含まれるアルコキシ基の合計量(mol)に対する、使用する前記ハロゲン化物全体に含まれるハロゲン基(X)の合計量(mol)の比率が、0.50mol/mol以上、8.0mol/mol以下である、項1に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
項3 前記反応工程において、さらに有機溶媒を用いる、項1又は2に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
項4 前記有機溶媒の合計使用量(L)に対する前記アルコキシシランの合計使用量(mol)の比率が、0.10mol/L以上、6.0mol/L以下である、項3に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
項5 前記照射工程後の反応液を精製する精製処理を含む、項1~4のいずれか1項に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
項6 前記反応工程後、前記照射工程前において、酸を含む水性溶液と前記反応液とを混合することにより、前記反応液を有機相と水相とに分液する分液処理を含む、項1~5のいずれか1項に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
項7 前記酸がマグネシウムと塩を形成し得る酸であり、かつ、該塩が水に不溶な塩である、請求項6に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
項8 前記酸が、シュウ酸、炭酸、及び酒石酸からなる群から選択される1種以上の酸である、請求項7に記載の有機ケイ素化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、不純物としての鉛成分が少ない有機ケイ素化合物を得ることができる有機ケイ素化合物の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に本発明の実施形態を詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限りこれらの内容に限定されない。また、本発明は、その要旨を逸脱しない範囲内で任意に変更して実施することができる。
本明細書において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味し、「A~B」は、A以上B以下であることを意味する。さらに、数値範囲が段階的に記載されている場合、各数値範囲の上限及び下限は任意に組み合わせることができる。
また、本明細書における「A又はB」の表現は、「A及びBからなる群から選択される少なくとも1つ」と読み替えてもよい。
また、本明細書における「Aの量に対するBの量」の表現は、「Bの量/Aの量」を表す。
また、本明細書では複数の実施形態を説明するが、適用できる範囲で各実施形態における種々の条件を互いに適用し得る。
【0009】
<有機ケイ素化合物の製造方法>
本発明の一実施形態に係る有機ケイ素化合物の製造方法(以下、単に「有機ケイ素化合物の製造方法」とも称する。)は、
ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも一のアルコキシシラン、有機ハロゲン化物、およびマグネシウムを用いてグリニャール反応を行い反応液を得る反応工程、並びに
前記反応液に、紫外線を照射する照射工程、
を含む、有機ケイ素化合物の製造方法である。
上記の製造方法は、上記の反応工程、及び照射工程以外の工程を含んでいてもよい。
【0010】
重金属は人体に影響を及ぼし、体内に過剰に取り込まれると健康被害を引き起こすこと
が知られており、特に重金属の一種である鉛は、体内に蓄積されやすく排出されにくいため、中毒症状を引き起こしやすい。よって、製品中の鉛及び/又は鉛を含む化合物(以下、「鉛及び/又は鉛を含む成分」を総称して「鉛成分」と称する。)の量は少ないことが好ましい。
ここで、有機合成に用いる材料中に鉛成分が含まれる場合、有機合成の過程で鉛成分と有機化合物が反応し、有機鉛化合物が生成する。有機鉛化合物は、有機溶剤に溶解し易く水性溶剤に溶解しにくいため有機化合物の合成等においては分液等の処理での除去が難しく、また、鉛自体(鉛イオンを含む。)や無機鉛化合物と比較して分子サイズが大きくなりやすいため、ろ過や吸着等の処理での除去が難しいという問題があった。
鉛成分は様々な製品に含まれる可能性があり、有機ケイ素化合物の合成に用いられる材料にも含まれ得る。特に、グリニャール反応ではマグネシウムが用いられるが、市販されるマグネシウム(市販品)には、通常、不純物として塩化鉛(II)、又は塩化鉛(IV)等の鉛成分が含まれている。
【0011】
本発明者らは、鋭意検討を行った結果、紫外線の照射により有機鉛化合物中の鉛原子と炭素原子の結合を切断することができること、さらに紫外線の照射で分子サイズが小さくなった鉛成分は精製処理等により容易に除去することができることを見出した。
さらに検討を行った結果、本発明者らは、有機ケイ素化合物の合成に用いる原料としてのシラン化合物の種類によって、その鉛成分の除去の効率が異なることを見出した。
具体的に、グリニャール反応を用いて有機ケイ素化合物を合成する場合において、原料としてジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも一のアルコキシシラン(以下、「特定のアルコキシシラン」とも称する。)を用いた場合、原料としてハロゲン化シランを用いた場合と比較して、紫外線照射による有機鉛化合物中の鉛原子と炭素原子の結合の切断が効率的に行われることが分かった。本発明者らが検討した結果、ハロゲン化シランはマグネシウムとの反応性が高く、ハロゲン化シランとマグネシウムとの副反応により紫外線を吸収する物質(本発明者らの分析によれば、少なくともケイ素原子及び炭素原子を含む物質)が生成されやすい一方で、ハロゲン化シランと比較して特定のアルコキシシランはマグネシウムとの反応性が低いために紫外線を吸収する物質が生成されにくいことが理由であることが分かった。
以上より、本実施形態に係る製造方法であれば、除去しにくい有機鉛化合物を製造過程で容易に除去することができるため、不純物としての鉛成分が少ない有機ケイ素化合物を得ることができる。
【0012】
[反応工程]
有機ケイ素化合物の製造方法は、ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも一のアルコキシシラン、有機ハロゲン化物、及びマグネシウムを用いてグリニャール反応を行い反応液を得る反応工程を含む。
反応に供する各成分を使用する態様は特段制限されず、例えば、アルコキシシランと有機ハロゲン化物を溶媒に溶解させた溶液を、マグネシウムを分散した溶媒に滴下する態様が挙げられる。
【0013】
(特定のアルコキシシラン)
特定のアルコキシシランは、ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも一のアルコキシシランであれば特段制限されないが、反応活性の観点から、トリアルコキシシランが好ましい。特定のアルコキシシランは、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0014】
特定のアルコキシシランは以下の式(1)で表すことができる。
Si(R(OR4-b (1)
上記式(1)において、Rは、それぞれ独立して水素原子又は1価の有機基を表し;Rは、それぞれ独立してアルキル基を表し;bは0~2の整数を表す。
【0015】
は、それぞれ独立して水素原子又は1価の有機基であれば特段制限されず、水素原子又は1価の炭化水素基であってもよいが、反応性の観点から、水素原子であることが好ましい。1価の有機基は、直鎖構造であってもよく、分岐鎖を有する構造であってもよく、環構造(脂環式構造及び/又は芳香環構造)を有していてもよく、不飽和結合を有していてもよい。
に係る1価の炭化水素基は特段制限されないが、該炭化水素基の炭素数は、反応性の観点から、1~10であることが好ましく、1~5であることがより好ましく、1~2であることがさらに好ましい。
【0016】
は、それぞれ独立してアルキル基であれば特段制限されず、該アルキル基は、直鎖構造であってもよく、分岐鎖を有する構造であってもよい。複数のRは、全て同じであることが好ましい。
に係るアルキル基は特段制限されないが、該アルキル基の炭素数は、反応性の観点から、1~10であることが好ましく、1~5であることがより好ましく、1~2であることがさらに好ましい。
【0017】
bは、0~2の整数であれば特段制限されないが、反応性の観点から、1であること(つまり、トリアルコキシシラン)が好ましい。
【0018】
ジアルコキシシランとしては、具体的には例えば、ジメトキシシラン、メチルジメトキシシラン、エチルジメトキシシラン、プロピルジメトキシシラン、ブチルジメトキシシラン、ビニルジメトキシシラン、フェニルジメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルエチルジメトキシシラン、もしくはジエチルジメトキシシラン等のジメトキシ系シラン;ジエトキシシラン、メチルジエトキシシラン、エチルジエトキシシラン、プロピルジエトキシシラン、ブチルジエトシシラン、ビニルジエトキシシラン、フェニルジエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、メチルエチルジエトキシシラン、もしくはジエチルジエトキシシラン等のジエトキシ系シラン;又はジプロポキシシラン、メチルジプロポキシシラン、エチルジプロポキシシラン、プロピルジプロポキシシラン、ブチルジプロポシシラン、ビニルジプロポキシシラン、フェニルジプロポキシシラン、ジメチルジプロポキシシラン、メチルエチルジプロポキシシラン、もしくはジエチルジプロポキシシラン等のジプロポキシ系シラン等が挙げられる。
トリアルコキシシランとしては、具体的には例えば、トリメトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、もしくはフェニルトリメトキシシラン等のトリメトキシ系シラン;トリエトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、もしくはフェニルトリエトキシシラン等のトリエトキシ系シラン等;トリプロポキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、エチルトリプロポキシシラン、ビニルトリプロポキシシラン、もしくはフェニルトリプロポキシシラン等のトリプロポキシ系シラン等が挙げられる。
テトラアルコキシシランとしては、具体的に例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、又はテトラプロポキシシラン等が挙げられる。
【0019】
アルコキシシラン、有機ハロゲン化物、及びマグネシウムを用いれば有機ケイ素化合物を得ることは可能であるため、アルコキシシランの使用量は特段制限されないが、例えば、反応工程において後述する溶媒を用いる場合(好ましくは有機溶媒を用いる場合)、溶媒の合計使用量(L)に対するアルコキシシランの合計使用量(mol)の比率は、反応性の観点から、0.10mol/L以上であることが好ましく、0.30mol/L以上
であることがより好ましく、0.50mol/L以上であることがさらに好ましく、0.70mol/L以上であることが特に好ましく、また、反応の生成物の溶解性の観点から、6.0mol/L以下であることが好ましく、4.0mol/L以下であることがより好ましく、3.0mol/L以下であることがさらに好ましく、2.0mol/L以下であることが特に好ましい。
なお、反応工程の説明において、「合計使用量」は、反応を通して使用される対象の物質の合計の使用量を意味する。例えば、アルコキシシランと有機ハロゲン化物を溶媒に溶解させた溶液を、マグネシウムを分散した溶媒に滴下して反応を行う場合、溶媒の合計使用量は、マグネシウムを分散した溶媒における溶媒の量と、アルコキシシランと有機ハロゲン化物を溶解させた溶液における溶媒の量との合計が溶媒の合計使用量となる。
【0020】
(有機ハロゲン化物)
有機ハロゲン化物は、ハロゲン原子を有する有機基であれば特段制限されない。有機ハロゲン化物は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0021】
有機ハロゲン化物は以下の式(2)で表すことができる。
(2)
上記式(2)において、Rは、a価の有機基を表し;Xは、それぞれ独立してハロゲン原子を表し;aは1以上の整数を表す。この有機基の価数は結合するXの数によって決まり、例えば、Xの数が1であれば1価であり、Xの数が2であれば2価であり、Xの数が3であれば3価である。また、これらの炭化水素は、本発明の効果が得られる範囲で置換基を有していてもよい。
【0022】
は、a価の有機基であれば特段制限されず、例えば、a価の炭化水素基であってよく、直鎖構造であってもよく、分岐鎖を有する構造であってもよく、環構造(脂環式構造及び/又は芳香環構造)を有していてもよく、不飽和結合を有していてもよい。
に係る炭化水素基は特段制限されないが、該炭化水素基の炭素数は、反応性の観点から、1~12であることが好ましく、1~10であることがより好ましく、1~6であることがさらに好ましい。
【0023】
Xは、それぞれ独立してハロゲン原子であれば特段制限されず、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子のいずれであってもよいが、反応性の観点から、塩素原子又は臭素原子が好ましく、臭素原子がより好ましい。
【0024】
aは、1以上の整数であれば特段制限されないが、反応性の観点から、1~4であることが好ましく、1~2であることがより好ましい。
【0025】
有機ハロゲン化物としては、具体的には例えば、クロロメタン、クロロエタン、クロロプロパン、2-クロロプロパン、1-クロロ-2-メチルプロパン、2-クロロ-2-メチルプロパン、2-ブロモ-2メチルプロパン、クロロブタン、ブロモブタン、クロロペンタン、クロロシクロペンタン、クロロヘキサン、ブロモメタン、ブロモエタン、ブロモプロパン、2-ブロモプロパン、1-ブロモ-2-メチルプロパン、ブロモブタン、ブロモペンタン、ブロモシクロペンタン、ブロモヘキサン、ヨードメタン、ヨードエタン、ヨードプロパン、2-ヨードプロパン、1-ヨード-2-メチルプロパン、ヨードペンタン、ヨードシクロペンタン、もしくはヨードヘキサン等のハロゲン化アルキル;ビニルクロリド、アリルクロリド、2-メチルアリルクロリド、ビニルブロミド、アリルブロミド、2-メチルアリルブロミド、などのハロゲン化アルケニル;クロロベンゼン、α-クロロトルエン、ブロモベンゼン、α-ブロモトルエン、ヨードベンゼン、もしくはα-ヨードトルエン等のハロゲン化アリール;,3-ジクロロプロパン、1,4-ジクロロブタン、1,5-ジクロロペンタン、1,3-ジブロモプロパン、1,4-ジブロモブタン、1,
5-ジブロモペンタン、1,3-ジヨードプロパン、1,4-ジヨードブタン、もしくは1,5-ジヨードペンタン等のジハロゲン化アルキレン;又はo-ジクロロベンゼン、m-ジクロロベンゼン、p-ジクロロベンゼン、o-ジブロモベンゼン、m-ジブロモベンゼン、о-ジブロモベンゼン、o-ジヨードベンゼン、m-ジヨードベンゼン、もしくはp-ジヨードベンゼン等のジハロゲン化アリーレン;等が挙げられる。
【0026】
アルコキシシラン、有機ハロゲン化物、及びマグネシウムを用いれば有機ケイ素化合物を得ることは可能であるため、有機ハロゲン化物の使用量は特段制限されないが、目的とする反応生成物によって適切な使用量比は異なる。例えば、すべてのアルコキシ基を反応させる場合、使用するアルコキシシラン全体に含まれるアルコキシ基(ОR)の合計量(mol)に対する、使用する有機ハロゲン化物全体に含まれるハロゲン基(X)の合計量(mol)の比率は、反応性の観点から、0.10mol/mol以上であることが好ましく、0.20mol/mol以上であることがより好ましく、0.40mol/mol以上であることがさらに好ましく、0.50mol/mol以上であることが特に好ましく、また、反応溶液の濃度、原料使用量のコストの観点から、20mol/mol以下であることが好ましく、12mol/mol以下であることがより好ましく、10mol/mol以下であることがさらに好ましく、8.0mol/mol以下であることが特に好ましい。
例えば、アルコキシシランとしてジアルコキシシランをXmol用い、有機ハロゲン化物としてモノハロゲン化アルキルをYmol用いた場合、上記の比率はY/2Xmol/molで表される。
【0027】
(マグネシウム)
マグネシウムの形態は特段制限されず、公知の態様で使用し得る。本明細書において、「マグネシウム」とは、特段言及がない限りマグネシウム原子を意味し、マグネシウム原子は、例えば、金属マグネシウムの形態やマグネシウム塩の形態で存在し得る。ただし、グリニャール反応は金属マグネシウムを用いて行われるため、反応に供するマグネシウムは少なくとも金属マグネシウムを含む。
【0028】
アルコキシシラン、有機ハロゲン化物、及びマグネシウムを用いれば有機ケイ素化合物を得ることは可能であるため、金属マグネシウムの使用量は特段制限されないが、例えば、使用する有機ハロゲン化物全体に含まれるハロゲン基(X)の合計量(mol)に対する金属マグネシウムの合計使用量(mol)の比率は、反応効率の観点から、0.20mol/mol以上であることが好ましく、0.40mol/mol以上であることがより好ましく、0.50mol/mol以上であることがさらに好ましく、0.90mol/mol以上であることが特に好ましく、また、反応完了後に未反応で残留する金属マグネシウムの後処理の都合上、50mol/mol以下であることが好ましく、25mol/mol以下であることがより好ましく、10mol/mol以下であることがさらに好ましく、7.0mol/mol以下であることが特に好ましい。
【0029】
(その他の成分)
反応工程では、本発明の効果を損なわない範囲で、上記の特定のアルコキシシラン、有機ハロゲン化物、及びマグネシウム以外の成分(その他の成分)を用いてもよく、例えば、溶媒、又は添加剤等を用いることができる。
【0030】
反応工程では、さらに溶媒を用いることができる。溶媒は、上記の各成分、及び任意の添加し得る成分を溶解させることができれば特段制限されないが、炭化水素系溶媒、又はエーテル系溶媒等の有機溶媒が好ましく、エーテル系溶媒であることがより好ましい。エーテル系溶媒としては、例えば、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジブチルエーテル、tert-ブチルメチルエーテル、1,2-ジメトキシエタン、テトラヒドロ
フラン、2-メチルテトラヒドロフラン、又は1,4-ジオキサン等が挙げられる。これらの中でも、反応の制御や工業的入手の容易さの観点から、テトラヒドロフランが好ましい。溶媒は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0031】
溶媒の使用量は特段制限されないが、例えば、上記の特定のアルコキシシランの項で説明した溶媒の合計使用量(L)に対するアルコキシシランの合計使用量(mol)の比率を満たすように用いることが好ましい。
【0032】
反応工程では、さらに添加物を用いることができる。添加物は、グリニャール反応を促進させる目的で加えられる成分等が挙げられ、該成分は上記の溶媒に溶解させることができれば特段制限されず、代表的なものとしてヨウ素が挙げられる。
【0033】
反応により得られた反応液は、上述した通り、通常、有機鉛化合物を含む。反応液中の有機鉛化合物の含有量は特段制限されず、質量換算で例えば、1ppb~1000ppmであってよく、10ppb~100ppmであってもよく、10ppb~1ppmであってもよい。
【0034】
反応液等の液体中に含まれる成分の種類や含有量を分析する方法は特段制限されず、公知の方法により分析することができる。
【0035】
(グリニャール反応)
本明細書におけるグリニャール反応では、有機ハロゲン化物(R;Rは有機基、Xは独立してハロゲン原子、aは1以上の整数)とマグネシウム(Mg)との反応によりグリニャール試薬(例えば、a=1の場合、RMgX)を生成し、その後、該グリニャール試薬と特定のアルコキシシラン(Si(R(OR4-b;Rは独立して有機基、及びRは独立して有機基、bは0~2以上の整数)とが反応し、該アルコキシシランの少なくとも一部の(OR)がRに置換された有機ケイ素化合物が生成する。
なお、反応工程は、少なくともグリニャール反応の処理を含んでいればよく、他の処理を含んでいてもよい。
【0036】
グリニャール反応を行う方法は特段制限されず、公知の方法により行うことができる。
グリニャール反応を行う反応温度は特段制限されないが、反応促進の観点から、0℃以上であることが好ましく、10℃以上であることがより好ましく、20℃以上であることがさらに好ましく、30℃以上であることが特に好ましく、また、反応の第1段階であるグリニャール反応剤の安定性の観点から、100℃以下であることが好ましく、80℃以下であることがより好ましく、60℃以下であることがさらに好ましい。
また、グリニャール反応を行う反応時間は特段制限されないが、発熱量の大きいグリニャール反応の除熱効率の観点から、0.1時間以上であることが好ましく、0.5時間以上であることがより好ましく、1時間以上であることがさらに好ましく、また、合成効率の観点から、24時間以下であることが好ましく、12時間以下であることがより好ましく、8時間以下であることがさらに好ましく、6時間以下であることが特に好ましい。
また、グリニャール反応を行う雰囲気は特段制限されず、大気中で行うこともできるが、窒素ガス又はアルゴンガス等の不活性ガス中で行うことが好ましい。
【0037】
グリニャール反応の一例を示すと、有機ハロゲン化物(R)、特定のアルコキシシラン(Si(R)(OR)、及びマグネシウム(Mg)を用いた場合、まず、有機ハロゲン化物とマグネシウム(Mg)との反応によりグリニャール試薬(R(X)MgX)を生成し、その後、該グリニャール試薬と特定のアルコキシシランとが反応し、該アルコキシシランの少なくとも一部の(OR)がRに置換され、下記の式(3)で
表される構造を有する有機ケイ素化合物(以下、化合物(3)とも称する。)が生成する。
さらに化合物(3)とマグネシウム(Mg)との反応によりグリニャール試薬(XMgRSi(R)(OR)を生成し、その後、該グリニャール試薬とアルコキシシラン、又は化合物(3)との反応が複数回繰り返されることで、下記の式(4)で表される構造を有する有機ケイ素化合物(以下、化合物(4)とも称する。)が生成する。式(4)中、nは繰り返し数を表し、2以上の整数である。
【0038】
【化1】
【0039】
【化2】
【0040】
上記の反応で用いられる特定のアルコキシシランは比較的反応性が低く、ハロゲン化シランとマグネシウムとの副反応により紫外線を吸収する物質が生成されにくいため、後述する紫外線を照射する工程により十分に有機鉛化合物中の鉛原子と炭素原子の結合の切断が効率的に行われる。したがって、反応液中から鉛成分を容易に除去でき、ひいては本実施形態に係る方法で製造した有機ケイ素化合物中の鉛成分を低減することができる。
【0041】
式(3)中のaは特段制限されず、得られる有機ケイ素化合物の用途に応じて適宜設計することができる。重量平均分子量の観点から考えると、有機ケイ素化合物の分子量は、例えば、200以上であってよく、300以上であってもよく、400以上であってもよく、また、1000以下であってよく、800以下であってもよく、600以下であってもよい。この重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(以下、GPCと略す)等で測定することができる。
【0042】
GPCを用いた重量平均分子量の測定は、例えば、高速GPC装置HLC8220GPC、又はHLC8420GPC(いずれも東ソー株式会社製)等の装置を用いて行うことができる。また、溶離液にはテトラヒドロフラン(安定剤不含、GPC用)を用いることができ、詳細な分析条件は以下の表1に示す条件を適用することができる。なお、この場合、重量平均分子量は、標準ポリスチレン、およびp-t-ブトキシスチレンを用いて作成した検量線をもとに換算した値として評価することができる。
【0043】
【表1】
【0044】
検量線の作成に用いる標準ポリスチレンとしては、例えば、以下の表2に示す標準ポリスチレン(いずれも東ソー社株式会社製)を用いることができる。
【0045】
【表2】
【0046】
なお、後述する実施例では、GPC装置として高速GPC装置HLC8220GPC(東ソー株式会社製)を用い、標準ポリスチレンとして上記の表2に示すものを用い、上記の表1の条件を含め上記の方法に従い、得られた有機ケイ素化合物の重量平均分子量を測定した。
【0047】
一方で、上記の化合物(4)は、次に示す方法によっても製造することができる。シラン化合物として、特定のアルコキシシランでなくハロゲン化有機ケイ素化合物Si(R)Y;Yはハロゲン原子)を用い、該シラン化合物、有機ハロゲン化物(R)、及びマグネシウム(Mg)を用いた場合、まず、有機ハロゲン化物とマグネシウム(Mg)との反応によりグリニャール試薬(R(X)MgX)を生成し、その後、該グリニャール試薬とハロゲン化有機ケイ素化合物とが反応し、該ハロゲン化有機ケイ素化合物の少なくとも一部のYがRに置換され、下記の式(5)で表される構造を有する有機ケイ素化合物(以下、化合物(5)とも称する。)が生成する。
さらに化合物(5)とマグネシウム(Mg)との反応によりグリニャール試薬(XMgRSi(R)(Y))を生成し、その後、該グリニャール試薬とハロゲン化有機ケイ素化合物、又は化合物(5)との反応が複数回繰り返されることで、下記の式(6)で表される構造を有する有機ケイ素化合物(以下、化合物(6)とも称する。)が生成する。次いで、該化合物(6)と、アルコール(ROH)とを反応させると、上記の化合物(4)が生成する。
【0048】
【化3】
【0049】
【化4】
【0050】
上記の反応で用いられるハロゲン化有機ケイ素化合物は比較的反応性が高く、該ハロゲン化有機ケイ素化合物とマグネシウムとの副反応により紫外線を吸収する物質が生成されやすいため、後述する紫外線を照射する工程により十分に有機鉛化合物中の鉛原子と炭素原子の結合の切断が生じにくい。
【0051】
また、上記の化合物(4)のようなアルコキシシランを製造しようとする場合、本実施形態に係る方法は、1段階の反応(グリニャール反応のみ)で目的物を得ることができる一方で、上記のハロゲン化有機ケイ素化合物を用いる方法では、グリニャール反応及びアルコキシ化に係る反応の2段階の反応を要する。よって、これらの比較から、本実施形態に係る方法では製造コストを低減することができ、ひいては本方法を利用して製造された製品の製品価格を低減することができる。
【0052】
反応工程は、グリニャール反応の副生物として、ハロゲン化マグネシウムアルコキシド(MgX(OR))を生じる。このマグネシウム塩はテトラヒドロフランに溶解しやすく、目的の有機ケイ素化合物と分離する方法として、貧溶媒への置換による塩の析出とそのろ過や分液が実施可能である。
【0053】
上述したように、本実施形態に係る方法では、ハロゲン化有機ケイ素化合物とマグネシウムとの副反応により生じ得る紫外線を吸収する物質が生じにくい。
【0054】
[重縮合工程]
有機ケイ素化合物の製造方法は、上記の反応工程で得られた有機ケイ素化合物を重縮合する重縮合工程を含んでいてもよい。重縮合工程は、上記の反応工程より後に行われれば、任意の時点で行うことができる。重縮合は、具体的には、有機ケイ素化合物が有するアルコキシ基の加水分解反応と、生成したシラノール基間で行われる脱水縮合反応との一連の反応工程である。該重縮合を行う方法は特段制限されず、例えば、該有機ケイ素化合物、水、及び酸触媒存在下で重縮合反応を行うこともできる。
酸触媒は特段制限されず、例えば、シュウ酸、塩酸、硝酸、酢酸、又は硫酸等が挙げられる。
【0055】
重縮合反応を行う方法は特段制限されず、公知の方法により行うことができる。該反応の条件は特段制限されず、反応温度は、例えば10~80℃、又は20~50℃等であってよく、反応時間は、例えば1~24時間、又は1~4時間等であってよく、反応雰囲気は、例えば大気又は不活性ガス等であってよい、
【0056】
重縮合工程は、任意の重合度に達した段階で、分液操作により、反応を停止し、かつ反応物の精製を行うことができる。さらに溶液中の残留水分によってさらに反応が進む可能性があるため、有機溶液中の水分を除去する公知の方法として、無機物又は有機物の脱水剤を添加することができる。脱水剤としては、例えば、無水硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、又はオルトギ酸トリメチル等が挙げられる。
【0057】
[照射工程]
有機ケイ素化合物の製造方法は、上記の反応液に紫外線を照射する照射工程を含む。該紫外線の照射により、有機鉛化合物中の鉛原子と炭素原子との間の結合を切断することができるため、反応液中の有機鉛化合物の量を低減することができる。照射工程は、上記の処理工程の後であればよく、後述の精製工程の前であってもよく、精製工程の後であってもよい。
紫外線を照射する方法は特段制限されず、公知の方法により行うことができる。
【0058】
紫外線の波長は特段制限されないが、効率的に有機鉛化合物を除去できる観点から、210~350nmが好ましく、220~320nmがより好ましく、240~300nmがさらに好ましい。350nm超の波長では、有機鉛化合物に由来する吸収をもたないために、反応が起こりにくいために有機鉛化合物の除去効果が低下する傾向にある。210nm未満の短い波長では、有機ケイ素化合物の吸収による副反応が生じやすい傾向にある。
【0059】
紫外線照射量は積算光量で規定され、積算光量は特段制限されないが、反応液中の有機鉛化合物の含有量に合わせて適宜調整すればよく、0.1~100J/cmであることが好ましく、1~80J/cmであることがより好ましく、10~60J/cmであることがさらに好ましい。
【0060】
積算光量は、紫外線の強度と照射時間の積で求めることができる。よって、照射する紫外線の強度及び照射時間は、積算光量が上記範囲となるように適宜設定することが好ましい。
【0061】
紫外線を照射する装置としては、紫外線を発する光源を用いたものであれば特に制限されず、紫外線蛍光ランプ、水銀ランプ、重水素ランプ、紫外線LED、又は紫外線レーザ
ー等を用いることができる。
【0062】
紫外線の照射方法は特段制限されず、反応液に紫外線を照射すればよいが、効率化の観点から、液体を入れる容器として紫外線の透過性が高い石英製容器等を用い、該容器に紫外線を照射する方法が好ましい。
【0063】
照射工程を採用する場合、紫外線照射による効果を高める点で反応液は以下の成分を含んでいてもよい。
紫外線照射による効果を高めることができる成分としては、例えば、ベンゾフェノン、アントラセン、又はカンファーキノン等の光増感剤等が挙げられる。また、有機鉛化合物が(メタ)アクリル基、ビニル基、又はエポキシ基等の重合性基を有する場合、ジブチルヒドロキシトルエン、又はベンゾキノン等の重合禁止剤を添加してもよい。反応液中のこれらの成分の含有量は特段制限されず、所望する効果を勘案して適宜決定すればよいが、光増感剤であれば、例えば、1~50質量%であってよく、また、重合禁止剤であれば、例えば、1~50質量%であってよい。
【0064】
[精製工程]
有機ケイ素化合物の製造方法は、上記の反応液から除去したい成分を除去する、つまり反応液を精製する精製工程(「精製処理」と称してもよい。)を含んでいてもよい。この除去したい成分には、上記の鉛成分も含まれる。該鉛成分の態様は特段制限されないが、通常、鉛イオンと液体中に含まれるアニオンとで形成される塩として存在する。精製工程は、任意の時点で行うことができ、反応液等の液体中の不純物を除去するために上記の反応工程後に行ってもよく、また、紫外線の照射により分解された鉛成分を除去するために上記の照射工程の後に行ってもよく、また、反応工程等のいずれかの工程と並行して行ってもよいが、鉛成分の除去の観点からは、照射工程後に少なくとも1回行うことが好ましい。
本項の説明では、精製する対象を「液体」と称するが、該液体とは、反応により得られた反応液等である。
【0065】
精製する方法は特段制限されず、公知の方法を利用することができる。具体的には、以下で説明する分液処理、ろ過処理、又は吸着処理等を用いた方法が挙げられるが、バッチ方式で処理を行うことができるためにコストを低減することができる観点から、分液処理を採用することが好ましい。バッチ方式で行うことができる分液処理以外の処理としては、濃縮処理又は溶剤置換処理等が挙げられ、これらの処理は公知の技術を適用することができる。
ろ過や活性炭処理により精製を行う場合には、所定の容器に入った液体を、ろ過膜を有する容器や活性炭を含む容器等の別の容器に移動させる必要があり、バッチ方式での処理が困難である。一方で、分液処理を採用した場合には、容器間で液体を移動させることなく所定の容器内で液体の精製を行うことができるため、バッチ方式での処理が容易であるため製造コストを低減でき、ひいては本処理を経て製造された製品の製品価格を低減することができる。
なお、分液処理以外の処理が制限されるものではなく、分液処理以外の処理を適宜利用してよく、例えば、分液処理、濃縮処理、又は溶剤置換処理等の処理までバッチ方式で各処理を行い、上記の照射工程を経た後、最後に吸着処理等を行うことができる。
【0066】
精製工程は、1種の処理を利用してもよく、複数の種類の処理を組み合わせて利用してもよい。また、精製工程の回数は特段制限されず、1回であってもよく、複数回行ってもよい。また、本項で説明するような精製のための処理は、鉛成分の除去だけでなく、他の成分を除去するために利用することもできる。
【0067】
(分液処理)
分液を行うことにより、液体中の不純物を除去することができる。分液する方法は特段制限されず、例えば、該液体と水又は酸とを接触させて、次いで水層を除去することにより、不純物を除去することが可能である。水を用いる場合、鉛成分等の水への溶解性を上げるために、さらに硝酸又は塩酸等の希酸を使用してもよい。希酸を用いる場合、酸の濃度は、例えば0.001~1.0mol/L等であってよい。
なお、分液処理を行った場合には、有機ケイ素化合物が含まれる有機相を上記の反応液として扱う。
【0068】
液体と水とを接触させる際の温度については特に制限されず、有機ケイ素化合物および有機溶媒が安定する温度で適宜設定すればよく、0~30℃等であってよい。
【0069】
照射工程後に分液処理を採用した場合には、紫外線照射により分解された鉛成分を含有する液体中の鉛の含有量を大幅に低減させることが可能であり、質量基準でサブppbレベルまで低減することも可能である。従って、該除去方法を利用することで、採取することを目的とする成分の純度を向上させることができ、電子材料や医薬品原体等の用途において好適に用いることができる。また、採取することを目的とする成分の種類によっては、再結晶又はカラムクロマトグラフィー等の公知の精製操作を行い、純度を向上させることも可能である。
【0070】
また、反応工程後、照射工程前において、酸を含む水性溶液と反応液とを混合することにより、反応液を有機相と水相とに分液する分液処理を含んでいてもよい。該酸はマグネシウムと塩を形成し得る酸であり、かつ、該塩が水に不溶な塩であることが好ましく、具体的に、該酸は、例えば、シュウ酸、炭酸、及び酒石酸等からなる群から選択される1種以上であることがより好ましい。
上記の処理により、液体中の不純物を除去するだけでなく、以下で説明するように、液体が粘度の高い一相のゲル状の液体となってしまうことを抑制することもできる。
本発明者らは、液体に含まれる有機ケイ素化合物がアルコキシ基等の配位性官能基を有する有機ケイ素化合物であり、さらに液体がマグネシウムを含む場合、配位性官能基がマグネシウム及び/又はマグネシウム塩に配位し、液体が粘度の高い一相のゲル状の液体となってしまうことを見出した。そこで本発明者らは鋭意検討を行った結果、有機ケイ素化合物等を含む液体と、酸を含む水溶液とを混合することにより、有機相と水相とに分液することができることを見出した。
【0071】
(ろ過処理)
液体中で不純物が沈殿した場合には、ろ過操作で不純物を系外に除くことができる。フィルター又はろ紙等を用いてろ過操作を行い、ろ液を回収することで、不純物を低減させた液体を得ることができる。
【0072】
(吸着剤処理)
液体を吸着剤と接触させることで、液体中の不純物を吸着剤に吸着せしめて除去することも可能である。例えば、鉛成分を除去するための吸着剤としては、公知の金属処理で使用されるイオン交換樹脂、キレート樹脂、活性炭、又は合成吸着剤等を用いることができる。
【0073】
活性炭は粒状、粉末状、又は繊維状のいかなる形状のものを用いてもよく、原料はヤシ殻などの天然物由来、及び合成樹脂由来のいずれであってもよく、前処理として150~250℃での加熱減圧乾燥を行うことが好ましい。活性炭を用いた処理においては、バッチ処理、カラム処理ともに適用することが可能である。バッチ処理においては、具体的には液体に1~15質量%の活性炭を添加し、0~30℃の液温度で0.5~48時間の撹
拌・振とうを行った後にろ過により活性炭を除去することで、不純物(特に鉛成分)を低減させた液体を得ることができる。カラム処理においては、具体的にはPTFE、PFA、又はガラス等の筒状容器に有機化合物を溶解せしめた有機溶媒で活性炭を充填したのち、液体を液温度0~30℃で通液することで、不純物(特に鉛成分)を低減させた液体を得ることができる。
【0074】
イオン交換樹脂としては陽イオン交換樹脂を用いることができ、強酸性、弱酸性、ゲル型、又はポーラス型等のいかなる陽イオン交換樹脂を用いてよい。キレート樹脂は公知の金属処理で用いられるキレート樹脂を用いることができ、具体的な例としては、イミノ二酢酸型、ニトリロ三酢酸型、エチレンジアミン四酢酸型、ジエチレントリアミン五酢酸型、又はトリエチレンテトラミン六酢酸型等が挙げられる。合成吸着剤はポリスチレン型、又はポリメタクリル酸型のものを用いてよく、具体的な例としては、スチレン-ジビニルベンゼン共重合体、エチルスチレン-ジビニルベンゼン共重合体、又はメタクリル酸メチル-エチレングリコールジメタクリレート共重合体等が挙げられ、スチレンのベンゼン環に臭素などのハロゲンが置換されたものを用いてもよい。イオン交換樹脂、キレート樹脂、又は合成吸着剤の前処理としては、公知の方法で処理した後に、液体に含まれ得る溶媒等で樹脂中の溶媒を置換することが好適である。イオン交換樹脂、キレート樹脂、又は合成吸着剤等による不純物(特に鉛成分)を含む液体の処理においては、バッチ処理、又はカラム処理ともに適用することが可能であり、具体的には上記の活性炭処理と同様の操作で不純物(特に鉛成分)を低減させた液体を得ることができる。
【0075】
精製工程後の反応液中の鉛原子の濃度は特段制限されず、少ないほど好ましく、500質量ppb以下であることが好ましく、100質量ppb以下であることがより好ましく、50質量ppb以下であることがさらに好ましく、10質量ppb以下であることが特に好ましく、3質量ppb以下であることが殊更特に好ましい。該濃度の下限は特段設定を要しないが、0質量ppb(検出限界未満)であってもよく、0質量ppb以上であってもよく、0質量ppb超であってもよい。
上記の鉛原子の濃度の評価方法は特段制限されないが、ICP-MS(例えば、アジレント・テクノロジー社製 ICP-MS7900)等を用いて行うことができる。
【0076】
<有機ケイ素化合物の用途>
上述した有機ケイ素化合物の製造方法により製造される有機ケイ素化合物は、その用途が限定されるものではないが、材料工学分野、電子材料分野、医薬品分野、又は農芸分野等の分野において用いることができる。具体的に、有機ケイ素化合物の一種であるアルコキシシラン化合物は、それ自体が表面改質剤、接着促進剤、又は架橋剤等の材料として用いることができるだけでなく、シロキサン結合を有する化合物を合成するための原料としても利用することができる。
上述した有機ケイ素化合物の製造方法では、鉛成分を質量基準でサブppbレベルに減少させることができるため、態様によっては鉛成分以外の金属成分も質量基準でサブppbレベルに減少させることができ、該製造方法は、電子材料の製造、特に半導体の製造において有用である。
【0077】
上述した有機ケイ素化合物の製造方法を第1の方法とも称し、以下に示す有機ケイ素化合物の製造方法を第2の方法とも称する。
本発明の別の実施形態は、ジアルコキシシラン、トリアルコキシシラン、およびテトラアルコキシシランからなる群より選択される少なくとも1のアルコキシシラン、有機ハロゲン化物、およびマグネシウムを用いてグリニャール反応を行い反応液を得る反応工程、を含む、有機ケイ素化合物の製造方法である。
該製造方法は、反応工程以外の工程を含んでいてもよく、上述した紫外線照射工程をさらに含むことが好ましい。
第1の方法で説明したように、上記の反応工程を含む態様では、紫外線を吸収する物質が生成されにくいため、紫外線照射工程等を設けることにより、不純物としての鉛成分が少ない有機ケイ素化合物を得ることができる。
第2の方法における反応工程は、第1の方法で説明した反応工程の条件を同様に適用することができ、これらの以外の工程についても、第1の方法における各工程を同様に適用することができる。
【実施例0078】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0079】
実施例、比較例での実験方法及び評価方法は以下の通りである。
【0080】
<評価>
[鉛濃度の評価]
後述する実施例又は比較例で得られた液体1mLをテフロン(登録商標)製の容器に添加して、該容器をホットプレート上に置いて130~150℃で加熱を行い、有機溶媒を揮発させた。そこに、超純水1mL、硝酸(60質量%)3mLとフッ化水素酸(50質量%)2mLを滴下して、180℃で再度加熱を行い、湿式分解を行ったのち、さらに加熱を続け、乾固させた。有機ケイ素化合物が完全分解するまで、湿式分解と乾固を繰り返したのち、残存した鉛成分を硝酸(60%)0.2mLで回収したのち、20mLにメスアップした液を測定溶液とした。測定溶液中の鉛(Pb)濃度(質量%)をICP-MS(アジレント・テクノロジー社製 ICP-MS7900)で定量した。評価結果を以下の表3に示す。
【0081】
<有機ケイ素化合物の合成>
[実施例1]
反応フラスコにマグネシウム粒子32.7g及びテトラヒドロフラン0.56Lを入れた後、1,3-ジブロモプロパン129.2g、トリメトキシシラン78.2g、及びテトラヒドロフラン0.12Lを含む混合溶液(合計314.2gのテトラヒドロフラン溶液中、1,3-ジブロモプロパンの濃度41重量%、トリメトキシシランの濃度25重量%)を徐々に添加し、下記の式(7)で表される有機ケイ素化合物(GPCで測定した重量平均分子量 500~600、分散度 1.15~1.25)を含む反応液を得た。得られた反応液は、該有機ケイ素化合物及びマグネシウム塩が溶解された無色透明の溶液であった。なお、反応液中の該有機ケイ素化合物の含有量は、5.3重量%であった。また、溶媒の合計使用量(L)に対するアルコキシシランの合計使用量(mol)の比率は0.94mol/Lであり、使用したアルコキシシラン全体に含まれるアルコキシ基の合計量(mol)に対する、使用した有機ハロゲン化物全体に含まれるハロゲン基の合計量(mol)の比率は0.67mol/molであり、使用した有機ハロゲン化物全体に含まれるハロゲン基の合計量(mol)に対する金属マグネシウムの合計使用量(mol)の比率は1.05mol/molであった。
その後、シュウ酸水溶液を用いた分液を行い、マグネシウム塩を水層に溶解、除去した。有機層で該有機ケイ素化合物を含む無色透明の溶液を得た。
得られた溶液を用い、紫外線照射装置(セン特殊光源株式会社製;反応容器 VG300;水冷ジャケット JV-1Q;ランプ UVL20PH-6、波長は254nm;電源 UVB-20C)を用いて1時間で紫外線照射(紫外線強度 3,000mW/cm;積算光量 10.8kJ/cm)を行った。
照射後の溶液に事前に真空乾燥したキレート樹脂(オルガノ株式会社製;オルライト(登録商標)DS―21)を用いて残留金属を吸着させた後、ろ過を行い、得られた液体を用いて鉛(Pb)濃度の評価を行った。
【0082】
【化5】
【0083】
<有機ケイ素化合物の合成>
[比較例1]
反応フラスコにマグネシウム粒子32.7g及びテトラヒドロフラン0.56Lを入れた後、1,3-ジブロモプロパン129.2g、トリクロロシラン86.7g、及びテトラヒドロフラン0.12Lを含む溶液(合計322.7gのうち1,3-ジブロモプロパンの濃度40重量%、トリクロロシランの濃度27重量%)を徐々に添加し、反応液を得た。得られた反応液にトリエチルアミン129.5gおよび、メタノール41.0gを加えて、上記の式(7)で表される有機ケイ素化合物(GPCで測定した重量平均分子量 550~650、分散度 1.13~1.20)、マグネシウム塩、トリエチルアミン塩酸塩を含む白黄色のスラリー状の反応液を得た。なお、反応液中の該有機ケイ素化合物の含有量は、5.1重量%であった。
その後、シュウ酸水溶液を用いた分液を行い、マグネシウム塩、トリエチルアミン塩酸塩を水層に溶解、除去した。有機層で該有機ケイ素化合物を含む無色透明の溶液を得た。
その後、紫外線照射装置(セン特殊光源株式会社製;反応容器 VG300;水冷ジャケット JV-1Q;ランプ UVL20PH-6、波長は254nm;電源 UVB-20C)を用いて1時間で紫外線照射(紫外線強度 3,000mW/cm;積算光量
10.8J/cm)を行った。
さらに、紫外線照射後の溶液に事前に真空乾燥したキレート樹脂(オルガノ株式会社製;オルライト(登録商標)DS―21)または固相樹脂カラムを用いて残留金属を吸着させた後、ろ過を行い、得られた液体を用いて鉛(Pb)濃度の評価を行った。
【0084】
【表3】